説明

無欠陥型プルシアンブルー類似体によるリチウムイオン2次電池用電極材料

【課題】
プルシアンブルー類似体を正極材料とするリチウムイオン2次電池における少ない充放電容量を改善する。
【解決手段】
KCN水溶液にM1イオンおよびM2イオン含有水溶液を滴下することで、含有するH2O分子の量を抑えた無欠陥プルシアンブルー類似体を合成する。
当該無欠陥プルシアンブルー類似体からカリウムイオンを予め電気化学的に引き抜くことで、さらに軽量化するとともに、リチウムイオンの収容能を高めることによって、高い充放電容量を持つリチウムイオン2次電池用の電極材料とすることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン2次電池用の電極材料に関するものである。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン2次電池用電極には、現在LiCoO2等の希少な金属を用いた正極材料が使用されており、コスト面から、リチウムイオン2次電池の高効率自動車への搭載を難しくしている。また、近年開発されているコスト面で有利なLiMn2O4は充放電容量が低く、LiFePO4も電子伝導性が低いことが問題視されている。プルシアンブルーあるいはプルシアンブルー類似体をリチウムイオン2次電池用電極材料として利用する研究も行われてきたが(非特許文献1,2)、充放電容量が乏しいこと、サイクル特性が著しく低いことが問題であった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】N.Imanishi et al., J.Power Sources,1999,79,215.
【非特許文献2】N.Imanishi, et al., J.Power Sources,1999,81,530.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、プルシアンブルー類似体(PBA)における少ない充放電容量を改善することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
従来知られているプルシアンブルーないしその類似体AxM1y[M2(CN)6]nH2O(A : アルカリ金属イオン, M1,M2 : Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Znなどの遷移金属、プルシアンブルーでは、AはK、M1,M2はともにFe)は、結晶格子上の構造欠陥を有し、これに起因してH2O分子を多量に含む(n>5程度)。このため、単位構造当たりの重量が大きいとともに、充放電により出入りするべきアルカリ金属イオンの収容能が小さいので、充放電容量が低い。一般的な合成法であるK3[M2(CN)6]を含む水溶液にM1イオンを滴下する手法では、この構造欠陥を抑えることができない。
本発明者らは、KCN水溶液にM1イオンおよびM2イオン含有水溶液を滴下することで、含有するH2O分子の量を抑えた無欠陥プルシアンブルー類似体を合成できることを見出した。
当該無欠陥プルシアンブルー類似体は、合成法に由来するカリウムイオンを比較的多量に含んでおり、このままでは、リチウムイオン2次電池用電極材料として不都合である。当該無欠陥プルシアンブルー類似体からカリウムイオンを予め電気化学的に引き抜くことで、さらに軽量化するとともに、リチウムイオンの収容能を高めることによって、高い充放電容量を持つリチウムイオン2次電池用の電極材料とすることができる。
【0006】
本発明者らは、プルシアンブルー類似体における充放電容量を増大させるために、まず、KCN水溶液にMnCl2水溶液を滴下し、K1.9Mn1.1[Mn(CN)6]0.7H2Oを合成した(図1)。SEM像から、このプルシアンブルー類似体は1μm程度の粒子径を持つことが分かった(図2)。
次に、リチウムイオン脱挿入可能な電極材料とするために、電気化学的にカリウムイオンを脱離し、Mn1.1[Mn(CN)6]0.7H2Oを得た。
得られたMn1.1[Mn(CN)6]0.7H2Oの電極特性を調べたところ、1サイクル目で130mAh/gの極めて高い放電容量を示した(図4)。この値は、一般的なプルシアンブルー類似体における放電容量60mAh/gを大きく超える値である。
【0007】
上述したMn1.1[Mn(CN)6]0.7H2Oは、構造中に含まれるH2O分子が少なく、充放電容量の大幅な改善が見られたが、粒子サイズが大きいことに起因する充放電曲線の分極が問題であった。そこで、粒子サイズを低減するとともに、更に低コスト化が可能なFeのドープを行った。
KCN水溶液にMnCl2、FeSO4、アスコルビン酸を含有する水溶液を滴下し、K2(MnFe)(CN)6・2.6H2Oを合成した(図1)。TEM像から、このプルシアンブルー類似体では、100nm程度の粒子が得られていることが分かり(図3)、Feドープにより粒子サイズの低減に成功したことを確認した。
このプルシアンブルー類似体から、上と同様の電気化学的カリウムイオン引き抜きにより、K0.3(MnFe)(CN)6・2.6H2Oを得た。
次に、得られたK0.3(MnFe)(CN)6・2.6H2Oの電極特性を調べたところ、1サイクル目での放電容量は120 mAh/gと極めて高く、また、Mn1.1[Mn(CN)6]0.7H2Oと比較して高い電位での放電反応を示し、エネルギー密度の観点から改善された電極材料であることが分かった(図4)。更に、粒子サイズを低減したことにより充放電曲線の分極が大きく抑えられ、放電容量と充電容量の差である不可逆容量も減少した(図4)。
【0008】
プルシアンブルーおよびその類似体の結晶格子は、M1,M2およびこれを繋ぐCNから形成され、当該結晶格子の隙間に電荷を中和する量のアルカリ金属イオンを含み得るものであるが、従来のプルシアンブルーおよびその類似体は、当該結晶格子からM2(CN)6単位が一部欠落することによる構造欠陥を有しており、これにより生じた空間に水分子が入り込むことにより高い水分含有量を有し、また、当該水分子によりアルカリ金属イオンを含み得る空間が狭小なものとなっている。
上記具体例に示したとおり、KCN水溶液にM1イオンおよびM2イオン含有水溶液を滴下する方法により、上記構造欠陥の少ない、すなわち、M1とM2の比率が1ないし1に近いプルシアンブルー類似体を製造することができ、これにより、結晶に含まれる水分の量を極力少ないものとし、また、含み得るアルカリ金属の量を極力増加させることができる。
【0009】
上記手法に用いられるM1,M2としては、それぞれ、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Znからなる群から選ばれた遷移金属が挙げられる。
また、上記手法により、上述のプルシアンブルーおよびその類似体の組成式AxM1y[M2(CN)6]nH2Oにおけるyが1〜1.25の範囲、例えば1〜1.1であり、nが0〜3の範囲、例えば0.7〜2.6であり、xが1.0〜2.0の範囲、例えば1.9〜2.0である、無欠陥型のプルシアンブルー類似体を得ることができる。
【0010】
本願は、本発明者により得られた上記知見に基づき、以下の発明を提供するものである。
〈1〉 組成式KxM1y[M2(CN)6]nH2Oで表わされる、プルシアンブルー類似体。
(但し、上記組成式中、M1,M2は、それぞれ、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Znからなる群から選ばれた遷移金属であり、x、y、nは、それぞれ、x=1.0〜2.0、y=1〜1.25、n=0〜3である。)
〈2〉 KCN水溶液にM1イオンおよびM2イオン含有水溶液を滴下することを特徴とする、〈1〉のプルシアンブルー類似体の製造方法。
〈3〉 組成式K1.9Mn1.1[Mn(CN)6]0.7H2Oで表わされる、〈1〉のプルシアンブルー類似体。
〈4〉 組成式K2(MnFe)(CN)6・2.6H2Oで表わされる、〈1〉のプルシアンブルー類似体。
〈5〉 組成式KM1y[M2(CN)6]nH2Oで表わされる、プルシアンブルー類似体。
(但し、上記組成式中、M1,M2は、それぞれ、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Znからなる群から選ばれた遷移金属であり、z、y、nは、それぞれ、z=0〜0.3、y=1〜1.25、n=0〜3である。)
〈6〉 組成式KxM1y[M2(CN)6]nH2Oで表わされるプルシアンブルー類似体から電気化学的にカリウムイオンを引き抜くことを特徴とする、〈5〉のプルシアンブルー類似体を製造する方法。
(但し、上記組成式中、M1,M2は、それぞれ、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Znからなる群から選ばれた遷移金属であり、x、y、nは、それぞれ、x=1.0〜2.0、y=1〜1.25、n=0〜3である。)
〈7〉 組成式Mn1.1[Mn(CN)6]0.7H2Oで表わされる、〈5〉のプルシアンブルー類似体。
〈8〉 組成式K0.3(MnFe)(CN)6・2.6H2Oで表わされる、〈5〉のプルシアンブルー類似体。
〈9〉 〈5〉のプルシアンブルー類似体から成る、電極材料。
〈10〉 〈5〉のプルシアンブルー類似体を電極活物質として含有する、電池用電極。
〈11〉 電極として〈10〉に記載の電極を用いることを特徴とする、リチウムイオン2次電池。
【発明の効果】
【0011】
本発明のプルシアンブルー類似体の製造方法により、水分含有量の小さいプルシアンブルー類似体を製造することができ、当該プルシアンブルー類似体を正極活物質として用いることにより、従来の低い充放電容量が著しく改善された、充放電容量の高いリチウムイオン2次電池が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明のプルシアンブルー類似体K1.9Mn1.1[Mn(CN)6]・0.7H2OおよびK2(MnFe)(CN)6・2.6H2Oの粉末X線回折パターン。
【図2】K1.9Mn1.1[Mn(CN)6]・0.7H2のSEM観察写真。
【図3】K2(MnFe)(CN)6・2.6H2OのTEM観察写真。
【図4】本発明のMn1.1[Mn(CN)6]・0.7H2OおよびK0.3(MnFe)(CN)6・2.6H2Oと従来技術のプルシアンブルー類似体K0.14Mn1.43[Fe(CN)6]・6H2Oの1サイクル目の充放電曲線の対比図。
【発明を実施するための形態】
【実施例】
【0013】
以下に、本発明について、実施例を用いてさらに詳しく説明する。
【0014】
実施例1
プルシアンブルー類似体K1.9Mn1.1[Mn(CN)6]・0.7H2Oの製造
塩化マンガン4水和物(MnCl2・4H2O)500mgを純水10mLで、青酸カリウム(KCN) 836mgを純水10mLで、それぞれ溶解する。作成した塩化マンガン水溶液を、青酸カリウム水溶液に滴下し、生成した沈殿物を遠心分離により取り出す。沈殿物を12時間室温で真空乾燥することにより、粉末状のプルシアンブルー類似体K1.9Mn1.1[Mn(CN)6]・0.7H2Oを得た。組成は、元素分析により決定した。
【0015】
実施例2
プルシアンブルー類似体K2(MnFe)(CN)6・2.6H2Oの製造
塩化マンガン4水和物(MnCl2・4H2O)250mg、硫酸鉄7水和物(FeSO4・7H2O)350mg、L-アスコルビン酸176mgを純水10mLで、青酸カリウム(KCN) 836mgを純水10mLでそれぞれ溶解する。作成した塩化マンガン・硫酸鉄の混合水溶液を、青酸カリウム水溶液に滴下し、生成した沈殿物を遠心分離により取り出す。沈殿物を12時間室温で真空乾燥することにより、粉末状のプルシアンブルー類似体K2(MnFe)(CN)6・2.6H2Oを得た。組成は、元素分析により決定した。
【0016】
実施例1および2で合成した各サンプル粉末のX線回折パターンをみると、両サンプルにおいて、固溶体の形成を示す鋭い回折ピークが見られ、目的物が不純物を含まない単相で得られていることが分かる(図1)。また、実施例1では、SEM観察により、1μm程度の粒子が合成されたことが分かり(図2、図中のスケールは200nm)、実施例2では、TEM観察により、100nm程度の粒子が合成されたことが分かる(図3、図中のスケールは500nm)。
【0017】
実施例3
プルシアンブルー類似体K1.9Mn1.1[Mn(CN)6]・0.7H2Oの脱カリウムイオン化によるMn1.1[Mn(CN)6]・0.7H2Oの調製
次に、リチウムイオン脱挿入可能な電極材料とするために、K1.9Mn1.1[Mn(CN)6]・0.7H2O 50mg, 導電性助剤であるアセチレンブラック 13.3mg, 結着剤であるテフロン 3.3mgを混合してペースト化する。対極・参照極にリチウム金属、電解液に1MのLiClO4を溶解したエチレンカーボネート/ジエチルカーボネート溶液を使用した3極式の電気化学セルにペースト状K1.9Mn1.1[Mn(CN)6]・0.7H2Oを浸し、18mA/gの電流をカットオフ電圧4.3V vs Li/Li+まで流し、ペースト中のカリウムイオンを全て取り除くことで、Mn1.1[Mn(CN)6]・0.7H2Oを得た。カリウムイオンが全て取り除かれていることは、XPSスペクトルから決定した。
【0018】
実施例4
プルシアンブルー類似体K2(MnFe)(CN)6・2.6H2Oの脱カリウムイオン化によるK0.3(MnFe)(CN)6・2.6H2Oの調製
実施例3と同様の手法により、K2(MnFe)(CN)6・2.6H2OからK0.3(MnFe)(CN)6・2.6H2Oを得た。カリウムイオンの残存量は、イオン引き抜きに印加した総電流量から決定した。
【0019】
実施例5
電極特性試験
実施例3において得られた本発明のプルシアンブルー類似体Mn1.1[Mn(CN)6]0.7H2O、同じく実施例4において得られたK0.3(MnFe)(CN)6・2.6H2O、および、従来技術のプルシアンブルー類似体K0.14Mn1.43[Fe(CN)6]・6H2Oについて、以下の電極特性試験を行い、その充放電特性を調べた。
電極特性試験は、対極・参照極にリチウム金属、電解液に1MのLiClO4を溶解したエチレンカーボネート/ジエチルカーボネート溶液を使用した3極式の電気化学セルで行った。充放電電圧は4.3〜2.5V vs.Li/Li+、電流密度は30mA/g、温度は298Kで行った。
図4に、従来技術のプルシアンブルー類似体K0.14Mn1.43[Fe(CN)6]・6H2O、本発明の実施例3のMn1.1[Mn(CN)6]0.7H2O、及び、実施例4のK0.3(MnFe)(CN)6・2.6H2Oの1サイクル目の充放電曲線を示す。
従来技術では、放電容量が60mAh/gに留まるのに対し、本発明により得られたMn1.1[Mn(CN)6]0.7H2Oにおいては130mAh/g、K0.3(MnFe)(CN)6・2.6H2Oにおいては120mAh/gの極めて高い放電容量が得られる。これは、本発明によりプルシアンブルー類似体を無欠陥型とすることにより、構造水の含有量が低下したことにより得られた効果である。
また、Mn1.1[Mn(CN)6]0.7H2OとK0.3(MnFe)(CN)6・2.6H2Oの充放電曲線を比べると、Mn1.1[Mn(CN)6]0.7H2Oにおいて見られる分極が、K0.3(MnFe)(CN)6・2.6H2Oにおいて十分に抑制されている。これは、K0.3(MnFe)(CN)6・2.6H2Oにおいては、Mn1.1[Mn(CN)6]0.7H2OにFeをドープすることにより、粒子サイズが低減したことにより得られた効果である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
組成式KxM1y[M2(CN)6]nH2Oで表わされる、プルシアンブルー類似体。
(但し、上記組成式中、M1,M2は、それぞれ、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Znからなる群から選ばれた遷移金属であり、x、y、nは、それぞれ、x=1.0〜2.0、y=1〜1.25、n=0〜3である。)
【請求項2】
KCN水溶液にM1イオンおよびM2イオン含有水溶液を滴下することを特徴とする、請求項1に記載のプルシアンブルー類似体の製造方法。
【請求項3】
組成式K1.9Mn1.1[Mn(CN)6]0.7H2Oで表わされる、請求項1に記載のプルシアンブルー類似体。
【請求項4】
組成式K2(MnFe)(CN)6・2.6H2Oで表わされる、請求項1に記載のプルシアンブルー類似体。
【請求項5】
組成式KM1y[M2(CN)6]nH2Oで表わされる、プルシアンブルー類似体。
(但し、上記組成式中、M1,M2は、それぞれ、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Znからなる群から選ばれた遷移金属であり、z、y、nは、それぞれ、z=0〜0.3、y=1〜1.25、n=0〜3である。)
【請求項6】
組成式KxM1y[M2(CN)6]nH2Oで表わされるプルシアンブルー類似体から電気化学的にカリウムイオンを引き抜くことを特徴とする、請求項5に記載のプルシアンブルー類似体を製造する方法。
(但し、上記組成式中、M1,M2は、それぞれ、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Znからなる群から選ばれた遷移金属であり、x、y、nは、それぞれ、x=1.0〜2.0、y=1〜1.25、n=0〜3である。)
【請求項7】
組成式Mn1.1[Mn(CN)6]0.7H2Oで表わされる、請求項5に記載のプルシアンブルー類似体。
【請求項8】
組成式K0.3(MnFe)(CN)6・2.6H2Oで表わされる、請求項5に記載のプルシアンブルー類似体。
【請求項9】
請求項5に記載のプルシアンブルー類似体から成る、電極材料。
【請求項10】
請求項5に記載のプルシアンブルー類似体を電極活物質として含有する、電池用電極。
【請求項11】
電極として請求項10に記載の電極を用いることを特徴とする、リチウムイオン2次電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−46399(P2012−46399A)
【公開日】平成24年3月8日(2012.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−192362(P2010−192362)
【出願日】平成22年8月30日(2010.8.30)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】