説明

無端ベルト、定着装置及び画像形成装置

【課題】使用時の繰り返しの曲げ変形による亀裂の発生が低減された無端ベルトを提供する。
【解決手段】無端ベルトである定着ベルト61は、円筒状であって、内周側から、基材となる金属層61aと、金属層61aの外側に積層された離型層61cとを備えている。基材となる金属層61aは、非晶質のニッケル合金の層を少なくとも1層有している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無端ベルト、それを用いた定着装置及び画像形成装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、電子写真方式の画像形成装置において、加熱方式の定着装置に対する高速化の要求に応えるため、強度面で優れた金属製ベルトを定着ベルトとして用いることが提案されている。
【0003】
特許文献1には、電鋳により無端状に形成され、結晶配向比I(200)/I(111)が80以上250以下の結晶配向性を有し、ニッケルを主成分とする金属ベルトが記載されている。
特許文献2には、少なくとも、離形層と、ニッケルを有する金属層とを有する略円筒形の定着ベルトであって、該金属層の離型層側の硬度が離型層の反対側より低くするため、前記金属層の離型層側の結晶配向比I(200)/I(100)を前記金属層の離型層と反対側の結晶配向比I(200)/I(100)にくらべ大きくした定着ベルトが記載されている。
特許文献3には、転写材上のトナー像を定着するための定着ベルトであって、ニッケル電鋳製無端状ベルト基体を備え、前記ベルト基体を構成する結晶子のうち、300℃で2時間の加熱後に最も粗大化した結晶成長面を有する結晶子が400Å以下の平均粒径を有する定着ベルトが記載されている。
特許文献4には、リンを0.05質量%以上、0.4質量%未満の含有率で、硫黄を0.005質量%以上の含有率で含有するニッケル電鋳ベルト基体を備えるトナー定着ベルトが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2004−183033号公報
【特許文献2】特開2007−47817号公報
【特許文献3】特開2006−171542号公報
【特許文献4】特開2006−47766号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
一般に、金属製のベルトは、繰り返しの曲げ変形によって歪みを蓄積させると、疲労破壊による亀裂を発生する。
本発明の目的は、使用時の繰り返しの曲げ変形(以下、「繰り返し曲げ変形」と表現する。)による亀裂の発生が低減された無端ベルトを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
請求項1に記載の発明は、非晶質のニッケル(Ni)合金の層を少なくとも1層有する円筒状の金属層と、前記金属層の外側に積層された離型層とを備えることを特徴とする無端ベルトである。
請求項2に記載の発明は、前記ニッケル(Ni)合金は、X線回折におけるNi(111)面からの回折線の半値幅が3°以上であることを特徴とする請求項1に記載の無端ベルトである。
請求項3に記載の発明は、前記ニッケル(Ni)合金は、硫黄(S)を0.005質量%以上且つ0.03質量%以下の含有率で含有することを特徴とする請求項1または2に記載の無端ベルトである。
請求項4に記載の発明は、前記ニッケル(Ni)合金は、リン(P)を0.5質量%以上且つ3.0質量%以下の含有率で含有することを特徴とする請求項3に記載の無端ベルトである。
請求項5に記載の発明は、前記ニッケル(Ni)合金の層の厚さは、10μm以上且つ250μm以下であることを特徴とする請求項1ないし4のいずれか1項に記載の無端ベルトである。
請求項6に記載の発明は、非晶質のニッケル(Ni)合金の層を少なくとも1層有する円筒状の金属層と、当該金属層の外側に積層された離型層とを備える定着ベルトと、前記定着ベルトの外側に圧接される加圧部材と、前記定着ベルトを加熱する加熱部材とを備えることを特徴とする定着装置である。
請求項7に記載の発明は、トナー像を形成する像形成部と、前記像形成部で形成されたトナー像を記録材に転写する転写部と、非晶質のニッケル(Ni)合金の層を少なくとも1層有する円筒状の金属層と、当該金属層の外側に積層された離型層とを備える定着ベルトと、当該定着ベルトとの間に押圧部を形成し回転駆動される加圧部材と、当該定着ベルトを加熱する加熱部材とを有し、前記記録材に転写されたトナー像を当該記録材に定着する定着部とを備えることを特徴とする画像形成装置である。
【発明の効果】
【0007】
請求項1、2の発明によれば、金属層に非晶質のニッケル(Ni)合金の層を少なくとも1層有さない場合に比べて、繰り返し曲げ変形による亀裂の発生が低減する。
請求項3の発明によれば、ニッケル(Ni)合金が硫黄(S)を0.005質量%未満または0.03質量%を超えた含有率で含有する場合に比べて、繰り返し曲げ変形による亀裂の発生がより低減される。
請求項4の発明によれば、ニッケル(Ni)合金がリン(P)を0.5質量%未満または3.0質量%を超えた含有率で含有する場合に比べ、繰り返し曲げ変形による亀裂の発生がより低減される。
請求項5の発明によれば、ニッケル(Ni)合金の層の厚さが10μm未満または250μmを超える場合に比べて、繰り返し曲げ変形による亀裂の発生がより低減される。
請求項6の発明によれば、金属層に非晶質のニッケル(Ni)合金の層を少なくとも1層有さない定着ベルトに比べて、安定した定着ができる。
請求項7の発明によれば、本構成を有しない場合に比べて、画質の劣化を抑制した画像形成ができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】本実施の形態が適用される画像形成装置の概略構成図である。
【図2】定着装置の構成を示す図である。
【図3】定着装置の他の構成を示す図である。
【図4】定着装置のさらに他の構成を示す図である。
【図5】本実施の形態が適用される定着ベルト(無端ベルト)構成の一例を示す模式断面図である。
【図6】液体急冷法による金属層の製造方法を説明する図である。
【図7】実施例1及び比較例5の金属層のX線回折において得られた回折図形を示す図である。
【図8】液体急冷法で調整された実施例1〜24及び比較例1〜6の金属層の硫黄(S)組成(質量%)と回折線の半値幅(°)との関係を示す図である。
【図9】液体急冷法で調整された実施例1〜24及び比較例1〜6の金属層のリン(P)組成(質量%)と回折線の半値幅(°)との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の実施の形態について説明する。尚、本発明は、以下の実施の形態に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で種々変形して実施することができる。また、使用する図面は、本実施の形態を説明するために使用するものであり、実際の大きさを現すものではない。
【0010】
(画像形成装置)
図1は、本実施の形態が適用される画像形成装置100の概略構成図である。ここでは、一般にタンデム型と呼ぶ中間転写方式の画像形成装置を例に挙げ説明する。図1に示す画像形成装置100は、像形成部の一例として、電子写真方式により各色成分のトナー像を形成する複数の画像形成ユニット1Y、1M、1C、1Kを備える。次に、転写部の一例として、各画像形成ユニット1Y、1M、1C、1Kにより形成する各色成分トナー像を中間転写ベルト15に順次転写(一次転写)する一次転写部10と、中間転写ベルト15上に転写した重畳トナー画像を記録材の一例としての用紙Pに一括転写(二次転写)する二次転写部20を有する。さらに、定着部の一例として、二次転写された画像を用紙P上に定着する定着装置60を備える。また、各装置(各部)の動作を制御する制御部40を有する。
【0011】
図1に示すように、各画像形成ユニット1Y、1M、1C、1Kは、矢印A方向に回転する感光体ドラム11と、感光体ドラム11を帯電する帯電器12と、感光体ドラム11上に静電潜像を書込むレーザ露光器13と、各色成分トナーを収容し感光体ドラム11上の静電潜像をトナーにより可視像化する現像器14とを有する。また、感光体ドラム11上に形成する各色成分トナー像を一次転写部10にて中間転写ベルト15に転写する一次転写ロール16と、感光体ドラム11上の残留トナーを除去するドラムクリーナ17と、を有する。これらの画像形成ユニット1Y、1M、1C、1Kは、中間転写ベルト15の上流側から、イエロー(Y)、マゼンタ(M)、シアン(C)、黒(K)の順に略直線状に配置されている。
【0012】
中間転写ベルト15は、各種ロールにより、図1に示す矢印B方向に循環駆動される。各種ロールとして、中間転写ベルト15を駆動する駆動ロール31と、中間転写ベルト15を支持する支持ロール32と、中間転写ベルト15に一定の張力を与え蛇行を防止するテンションロール33と、二次転写部20に設けるバックアップロール25と、中間転写ベルト15上の残留トナーを掻き取るクリーニング部に設けるクリーニングバックアップロール34とを有している。
【0013】
一次転写部10は、中間転写ベルト15を挟み感光体ドラム11に対向する一次転写ロール16を有する。二次転写部20は、中間転写ベルト15のトナー像保持面側に配置する二次転写ロール22と、二次転写ロール22の対向電極として中間転写ベルト15の裏面側に配置されたバックアップロール25と、バックアップロール25に二次転写バイアスを印加する給電ロール26とを有する。
【0014】
二次転写部20の下流側に、中間転写ベルト15上の残留トナーや紙粉を除去する中間転写ベルトクリーナ35を設ける。イエローの画像形成ユニット1Yの上流側に、各画像形成ユニット1Y、1M、1C、1Kにおける画像形成タイミングをとるための基準信号を発生する基準センサ(ホームポジションセンサ)42を配設する。また、黒の画像形成ユニット1Kの下流側には、画質調整を行うための画像濃度センサ43を配設する。
【0015】
用紙搬送系には、用紙収容部50と、用紙収容部50中の用紙Pを取り出して搬送するピックアップロール51と、用紙Pを搬送する搬送ロール52と、用紙Pを二次転写部20へと送る搬送路53と、二次転写ロール22により二次転写された用紙Pを定着装置60へと搬送する搬送ベルト55と、用紙Pを定着装置60に導く定着入口ガイド56とを有する。
【0016】
画像形成装置100の基本的な作像プロセスについて説明する。
図1に示すような画像形成装置100では、画像読取装置(図示せず)等から出力される画像データに画像処理を施した後、画像データをY、M、C、Kの4色の色材階調データに変換し、レーザ露光器13に出力する。レーザ露光器13は、入力される色材階調データに応じ、例えば、半導体レーザから出射された露光ビームBmを画像形成ユニット1Y、1M、1C、1Kの矢印A方向に回転する各感光体ドラム11に照射する。各感光体ドラム11の表面を帯電器12によって帯電した後、レーザ露光器13によって表面を走査露光し、静電潜像を形成する。形成した静電潜像は、各々の画像形成ユニット1Y、1M、1C、1Kによって、Y、M、C、Kの各色のトナー像として現像する。
【0017】
次に、感光体ドラム11上に形成するトナー像を、一次転写部10において中間転写ベルト15の表面に順次重ね合わせて一次転写を行う。中間転写ベルト15は矢印B方向に移動してトナー像を二次転写部20に搬送する。用紙搬送系は、トナー像を二次転写部20に搬送するタイミングに合わせて、用紙収容部50から用紙Pを供給する。
二次転写部20では、中間転写ベルト15上に保持された未定着トナー像を、中間転写ベルト15と二次転写ロール22との間に挟み込まれた用紙P上に静電転写する。その後、トナー像を静電転写した用紙Pを搬送ベルト55により定着装置60まで搬送し、定着装置60は、用紙P上の未定着トナー像を熱及び圧力で処理し用紙P上に定着する。定着画像を形成した用紙Pは、画像形成装置100から排出される。
【0018】
(定着装置60)
次に、本実施の形態における定着装置60について説明する。
図2は、定着装置60の構成を示す図である。この定着装置60は、電磁誘導加熱方式を採用する。
図2に示すように、定着装置60は、無端ベルトである定着ベルト61、交流電流により生じる磁界によって定着ベルト61を発熱させる磁場発生ユニット85、定着ベルト61に対向するように配置する加圧ロール62、定着ベルト61を介して加圧部材の一例としての加圧ロール62から押圧される圧力パッド64を有する。
【0019】
無端ベルトである定着ベルト61は、X線回折における回折線の半値幅が3°以上である少なくとも1層の非晶質性(非晶質度)の高い金属の層(金属層)を有し、例えば、直径30mm程度の円筒形状を有する。定着ベルト61の層構成は後述する。定着ベルト61は、圧力パッド64とベルトガイド部材63、定着ベルト61の両側側端部に配置するエッジガイド部材(図示せず)によって回転駆動自在に支持される。そして、ニップ部N(押圧部)において加圧ロール62に圧接され、加圧ロール62に従動して矢印C方向に周回駆動する。
【0020】
ベルトガイド部材63は、定着ベルト61の内部に配置するホルダ65に取り付ける。定着ベルト61の回転駆動方向に向けた複数のリブ(図示せず)で形成し、定着ベルト61内周面との接触面積を小さくする。ベルトガイド部材63は、摩擦係数が低く、かつ熱伝導率が低いポリフルオロアルキルビニルエーテル(PFA)やポリフェニレンサルファイド(PPS)等の耐熱性樹脂で形成し、定着ベルト61内周面との摺動抵抗を低減し、熱の発散が低くなるように構成する。
【0021】
圧力パッド64は、定着ベルト61を介して加圧ロール62から押圧されてニップ部Nを形成する。圧力パッド64は、バネや弾性体によって加圧ロール62を、例えば35kgfの荷重で押圧するようにホルダ65により支持される。圧力パッド64は、シリコーンゴム、フッ素ゴム等の弾性体からなり、加圧ロール62側を平面状に形成し、ニップ部Nにおいて均一なニップ圧を形成する。定着ベルト61は、圧力パッド64の加圧ロール62側の面から離れる際に急激な曲率の変化を生じ、定着後の用紙Pは定着ベルト61から剥離する。
【0022】
ニップ部Nの下流側近傍に配設する剥離補助部材70は、剥離バッフル71が定着ベルト61の回転方向と対向する方向(カウンタ方向)に向け、バッフルホルダ72により保持する。また、圧力パッド64と定着ベルト61との間に低摩擦シート68を配設し、定着ベルト61内周面と圧力パッド64との摺動抵抗を低減する。本実施の形態では、低摩擦シート68は圧力パッド64と別体に構成し、両端をホルダ65に固定する。
ホルダ65に、定着装置60の長手方向に亘って潤滑剤塗布部材67を配設する。潤滑剤塗布部材67は、定着ベルト61内周面に接触し、定着ベルト61と低摩擦シート68との摺動部に潤滑剤を供給する。尚、潤滑剤としては、例えば、シリコーンオイル、フッ素オイル等の液体状オイル;固形物質と液体とを混合させたグリース等、さらにこれらを組み合わせたものが挙げられる。
【0023】
加圧ロール62は、例えば、直径16mmの中実の鉄製のコア(円柱状芯金)621と、コア621の外周面を被覆する、例えば厚さ12mmのシリコーンスポンジ等のゴム層622と、例えば、厚さ30μmのPFA等の耐熱性樹脂被覆または耐熱性ゴム被覆による表面層623とを有する。尚、加圧ロール62の製造方法としては、例えば、PFAチューブの内周面に接着用プライマーを塗布したフッ素樹脂チューブと中実シャフトとを成形金型内にセットし、フッ素樹脂チューブと中実シャフトとの間に液状発泡シリコーンゴムを注入後、加熱処理(150℃×2hrs)によりシリコーンゴムを加硫、発泡させて弾性層を形成する方法が挙げられる。
加圧ロール62は、定着ベルト61に対向するように配置し、矢印D方向に、例えば140mm/sのプロセススピードで回転し、定着ベルト61を矢印C方向に従動させる。また、加圧ロール62と圧力パッド64とにより定着ベルト61を挟持した状態で保持してニップ部Nを形成し、このニップ部Nに未定着トナー像を保持した用紙Pを通過させ、熱及び圧力を加えて未定着トナー像を用紙Pに定着する。
【0024】
加熱部材の一例としての磁場発生ユニット85は、断面が定着ベルト61の形状に沿ったアール形状を有し、定着ベルト61の外周表面と0.5mm〜2mm程度の間隙で設置する。磁場発生ユニット85は、磁界を発生させる励磁コイル851と、励磁コイル851を保持するコイル支持部材852と、励磁コイル851に電流を供給する励磁回路853とを有する。
【0025】
励磁コイル851は、例えば、相互に絶縁された直径φ0.5mmの銅線材を16本〜20本程度束ねたリッツ線を、長円形状や楕円形状、長方形状等の閉ループ状に巻いて形成したものを用いる。励磁コイル851に励磁回路853によって予め定められた周波数の交流電流を印加することにより、励磁コイル851の周囲に交流磁界Hが発生する。交流磁界Hが、後述する定着ベルト61の金属層61a(後述する図5参照)を横切る際に、電磁誘導作用によってその交流磁界Hの変化を妨げる磁界を発生するように渦電流Iが生じる。励磁コイル851に印加する交流電流の周波数は、例えば、10kHz〜50kHzに設定する。渦電流Iが定着ベルト61の金属層61aを流れることによって、金属層61aの抵抗値Rに比例した電力W(W=IR)によるジュール熱が発生し、定着ベルト61を加熱する。
【0026】
コイル支持部材852は、耐熱性を有する非磁性材料で構成する。このような非磁性材料としては、例えば、耐熱ガラス、ポリカーボネート、ポリエーテルサルフォン、PPS等の耐熱性樹脂、またはこれらにガラス繊維を混合した耐熱性樹脂が挙げられる。
【0027】
定着装置60では、加圧ロール62の矢印D方向への回転に伴い、定着ベルト61が矢印C方向に従動回転し、励磁コイル851により発生した磁界に曝される。この際、定着ベルト61中の金属層61aには渦電流Iが発生し、定着ベルト61の外周面が定着可能な温度まで加熱される。このようにして加熱された定着ベルト61は、加圧ロール62とのニップ部Nまで移動する。搬送手段により未定着トナー像がその表面に設けられた用紙Pが搬送され、用紙Pが定着ベルト61と加圧ロール62とのニップ部Nを通過した際に、未定着トナー像は定着ベルト61により加熱され用紙P表面に定着される。その後、画像が表面に形成された用紙Pは、搬送手段により搬送され、定着装置60から排出される。また、ニップ部Nにおいて定着処理を終え、外周面の表面温度が低下した定着ベルト61は、次の定着処理に備えて再度加熱されるために、定着ベルト61は、励磁コイル851方向へと回転する。
【0028】
図3は、定着装置60の他の構成を示す図である。この定着装置60は、図2に示した電磁誘導加熱方式に代えて、輻射ランプ加熱方式を採用する。
図3に示すように、定着装置60は、図2に示した定着装置60における磁場発生ユニット85の代わりに、加熱部材の一例としての輻射ランプ発熱体86を設けている。よって、図2に示した定着装置60と同様のものについては、同じ符号を付して、その詳細な説明を省略する。
【0029】
輻射ランプ発熱体86は、定着ベルト61の内部に配置される。そして、輻射ランプ発熱体86を点灯すると、輻射ランプ発熱体86の発する赤外線を定着ベルト61が吸収することで、定着ベルト61が加熱される。定着ベルト61は、矢印C方向に従動回転するので、定着ベルト61の回転に従って、定着ベルト61が順次加熱されていく。
輻射ランプ発熱体86としては、例えば、ハロゲンランプ等が挙げられる。
尚、図3では、輻射ランプ発熱体86を、定着ベルト61の内部に配置したが、定着ベルト61の外部に配置してもよい。
【0030】
図4は、定着装置60のさらに他の構成を示す図である。この定着装置60は、図2に示した電磁誘導加熱方式に代えて、抵抗加熱方式を採用する。
図4に示すように、定着装置60は、図2に示した定着装置60における磁場発生ユニット85の代わりに、圧力パッド64と低摩擦シート68との間に、加熱部材の一例としての抵抗発熱体69を設けている。よって、図2に示した定着装置60と同様のものについては、同じ符号を付して、その詳細な説明を省略する。
【0031】
抵抗発熱体69は、例えばセラミック基板に厚膜抵抗(抵抗)を印刷して焼成されている。そして、抵抗発熱体69に設けられた抵抗に電流を流すことにより、ジュール熱を発生させ、低摩擦シート68を介して定着ベルト61を加熱する。定着ベルト61は、矢印C方向に従動回転するので、定着ベルト61の回転に従って、定着ベルト61が順次加熱されていく。
抵抗発熱体69の抵抗としては、例えば、鉄−クロム−アルミ合金、ニッケル−クロム合金、白金、モリブデン、タンタル、タングステン、炭化珪素、モリブデン−シリサイト、カーボン等が挙げられる。
【0032】
(定着ベルト61)
次に、本実施の形態が適用される定着ベルト61について説明する。
図5は、本実施の形態が適用される定着ベルト(無端ベルト)61の構成の一例を示す模式断面図である。図5に示すように、定着ベルト61は、円筒状であって、内周側から順に、基材となる金属層61a、弾性層61b、離型層61cを設けた3層構成からなっている。
【0033】
本実施の形態の基材となる金属層61aは、X線回折におけるNi(111)面からの回折線の半値幅が3°以上である少なくとも1層の非晶質度の高い金属の層を有している。金属層61aにおいて、回折線の半値幅が3°以上である少なくとも1層の金属層は、例えば溶融した金属(溶融金属)を急冷すること(液体急冷法)で形成さている。
以下では、金属層61aは、回折線の半値幅が3°以上である1層の層から構成されているとし、金属層61aが回折線の半値幅が3°以上である金属層であるとして説明する。
【0034】
ここで、本実施の形態では、X線回折における回折線の半値幅は、金属層61aを構成する金属材料の結晶成長の尺度を表す指標であって、この半値幅が大きいほど、金属層61aの結晶性が弱く、非晶質度が高いと考えられる。
X線回折における回折線の半値幅が大きいと、金属層61aの非晶質度が増大し、使用時の繰り返し曲げ変形による亀裂の発生が減る傾向がある。
尚、半値幅は、CuKα1(波長0.154056nm)を用いたX線回折装置(ディフラクトメーター)により求めた回折波形から求めた。
ここでは、非晶質度が高いことを非晶質と呼ぶ。
【0035】
本実施の形態において、定着ベルト61の金属層61aとして、液体急冷法で形成される非晶質度の高い金属の層を用いる理由は、以下の通りである。
無端ベルトを定着ベルト61として用いた定着装置60では、ニップ部N(図2参照)において、定着ベルト61を大きな曲率で曲げ回すことになる。すると、定着ベルト61の金属層61aに曲げ変形による歪みが生じる。さらに、定着ベルト61を従動回転させることにより、金属層61aには繰り返し曲げ変形による歪みが生じる。金属層61aに繰り返し曲げ変形による歪みが生じると、金属層61aが疲労し、亀裂が生じる。
【0036】
電鋳法により形成した金属層61aでは、金属の結晶が厚み方向に成長するため、厚み方向に金属の結晶が配列した状態となっている。一方、厚み方向と直交する方向(無端ベルトの周方向)では、金属の結晶が弱く結合した状態となっている。
このような電鋳法により形成した金属層61aは、疲労すると、金属の結晶方向と直交する強度が劣る方向において亀裂が生じやすい。すなわち、電鋳法により形成した金属層61aは、繰り返し曲げ変形による歪みにより亀裂が発生しやすい。そして、金属層61aに亀裂が生じると、定着ベルト61としての機能が失われてしまう。
【0037】
そこで、本実施の形態では、定着ベルト61の金属層61aを液体急冷法により形成し、非晶質度を高くし、無端ベルト全体の原子配列を不規則にさせることにより、繰り返し曲げ変形による亀裂の発生を抑制している。
すなわち、本実施の形態が適用される定着ベルト61の金属層61aは、液体急冷法により形成された円筒状の無端ベルトであり、X線回折におけるNi(111)面からの回折線の回折線の半値幅が3°以上であるニッケル合金であることが好ましい。
【0038】
弾性層61bは、例えば、シリコーンゴム、フッ素ゴム等の公知の耐熱性ゴムを用いて形成する。中でもシリコーンゴムは、表面張力が小さく、弾性に優れる点で好ましい。このようなシリコーンゴムとしては、例えば、RTVシリコーンゴム、HTVシリコーンゴムなどが挙げられ、具体的には、ポリジメチルシリコーンゴム(MQ)、メチルビニルシリコーンゴム(VMQ)、メチルフェニルシリコーンゴム(PMQ)、フルオロシリコーンゴム(FVMQ)などが挙げられる。弾性層61bの厚さは、通常、0.1mm〜0.5mm、好ましくは0.15mm〜0.3mmである。弾性層61bのデュロメータ硬さ(JIS K6253)は、通常、A/5〜A/50、好ましくはA/10〜A/30である。
弾性層61bの形成方法としては、リング塗布法、浸漬塗布法、注入成型法等が挙げられる。
【0039】
離型層61cは、トナー像に対し適度な離型性を示す材料を用いて形成する。このような材料としては、例えば、フッ素ゴム、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、四フッ化エチレン六フッ化プロピレン共重合体(FEP)等のフッ素樹脂;シリコーン樹脂、ポリイミド樹脂等が挙げられる。離型層61cの厚さは、通常、10μm〜50μm、好ましくは20μm〜40μmである。
離型層61cの形成方法としては、静電粉体塗布法、スプレー塗布法、浸漬塗布法、遠心製膜法、チューブ被覆法等が挙げられる。
【0040】
(液体急冷法)
ここで、液体急冷法による金属層61a(図5参照)の製造方法について説明する。
図6は、液体急冷法による金属層61aの製造方法を説明する図である。直径が定着ベルト61の金属層61aの内径である金属棒94上に、金属層61aの原料を溶解した溶融金属96を保持するるつぼ91が設けられている。
さらに、るつぼ91の側面をらせん状に取り囲むように、加熱コイル93が設けられている。加熱コイル93に高周波の交流電流を流すことにより、るつぼ91およびるつぼ91中の金属層61aの原料を誘導加熱し、るつぼ91中に投入された金属層61aの原料を溶解する。
尚、金属棒94とるつぼ91とは、るつぼ91の下端に設けられたノズル92から流れ出た溶融金属96が、金属棒94に当たるように、配置されている。
【0041】
そして、金属棒94は金属棒94の中心軸95の回りを矢印E方向に高速回転するようになっている。また、るつぼ91は、金属棒94上を矢印F方向に移動するようになっている。るつぼ91が矢印F方向に移動するときも、金属棒94とるつぼ91とは、るつぼ91の下端に設けられたノズル92から流れ出た溶融金属96が、金属棒94に当たるように、配置されている。
【0042】
るつぼ91の融点は、金属層61aを構成する材料の融点より高く、るつぼ91の材料は、金属層61aを構成する材料と化合物を構成しないことが好ましい。金属層61aが例えばニッケル合金である場合、ニッケルの融点は1453℃である。よって、るつぼ91としては、アルミナ(融点2050℃)、マグネシア(融点2852℃)などを用いうる。
一方、金属棒94としては、ステンレススティール鋼(SUS)などを用いうる。また、金属棒94は、室温にて用いても、室温以下に冷却して用いてもよい。
【0043】
次に、液体急冷法により金属層61aを製造する方法を説明する。
るつぼ91に金属層61aの原料を投入し、この原料を加熱コイル93に交流電流を流して溶融し、溶融金属96を作る。一方、金属棒94を中心軸95の回りに矢印E方向に高速回転させておく。
尚、金属層61aが融点1453℃のニッケル合金の場合、るつぼ91内は融点以上の温度、例えば1500℃に加熱される。このとき、ニッケル合金の酸化を抑制するため、窒素等の不活性雰囲気とすることが好ましい。
【0044】
金属層61aの原料が溶解した後、るつぼ91を矢印F方向に移動させつつ、るつぼ91の下端に設けられたノズル92から、液体状の溶融金属96を金属棒94の左端部の表面に、吐出させる。
すると、液体状の溶融金属96は、金属棒94の表面に当たって、急速に冷やされて固化し、金属リボン97となって金属棒94に巻きつく。このとき、巻きついた金属リボン97の端の一部が互いに重なるように、るつぼ91を矢印F方向に移動して、金属リボン97が円筒状になるように構成する。尚、金属リボン97の重なる部分では、下側の金属リボン97上に、溶解した溶融金属96が当たって上側の金属リボン97が形成されるので、下側の金属リボン97と上側の金属リボン97とが融着し、一体化している。
【0045】
そして、金属リボン97が金属棒94の右端部にいたるまで、金属棒94を回転させつつ、るつぼ91を矢印F方向に移動させる。その後、金属棒94から金属リボン97を抜き取り、整形することにより金属層61aを得る。
その後、上述したように、金属層61a上に弾性層61bと、離形層61cとを順に形成することで、無端ベルトである定着ベルト61が製造される。
【実施例】
【0046】
以下、実施例及び比較例に基づき本発明をより具体的に説明する。尚、本発明はその要旨を超えない限り以下の実施例に限定されるものではない。
表1は、実施例1〜24及び比較例1〜12に用いた定着ベルト61の金属層61aの組成(質量%)、調整方法、金属層厚さ(μm)及びX線回折におけるNi(111)面からの回折線の半値幅(°)を示す。さらに、表1は、実施例1〜24及び比較例1〜12の定着ベルト61の評価(後述する加熱空回転耐久評価)に用いた加熱方式、設定温度(℃)、及び評価結果としての定着ベルト61の金属層61aに亀裂が発生するまでの時間(金属層の亀裂発生までの時間)を示す。これらの項目については後述する。
尚、実施例及び比較例の説明では、製造を調整と表現する。
【0047】
【表1】

【0048】
(定着ベルト61の調整)
定着ベルト61の金属層61aは、実施例1〜24及び比較例1〜12のいずれにおいても、ニッケル(Ni)合金であって、目的とする組成になるように、ニッケル(Ni)原料にリン(P)原料および硫黄(S)原料を加えて調整されている。表1に示す組成(質量%)は、調整後の金属層61aを発光分光分析法によって分析して求めたリン(P)および硫黄(S)の組成である。尚、表1に示すニッケル(Ni)の組成(質量%)は、残余(Bal.)としている。
【0049】
<実施例1〜実施例24、比較例1〜6>
表1の実施例1〜実施例24、比較例1〜6の定着ベルト61に用いた金属層61aは、液体急冷法(図6参照)にて調整した。具体的には、実施例1〜実施例24、比較例1〜6のそれぞれについて、目的とする組成を設定し、ニッケル(Ni)原料にリン(P)原料と硫黄(S)原料をるつぼ91に投入し、窒素雰囲気下で1500℃にて溶解して、ニッケル(Ni)合金からなる溶融金属96を得た。そして、るつぼ91の下端に設けられたノズル92から、溶融金属96を、中心軸95を中心に高速回転する直径30mmの金属棒94に当てることにより急冷し、金属棒94の側面に巻きついた金属リボン97により円筒容器状に成型した。その後、金属棒94から金属リボン97を抜き出し、整形して、内径30mm、長さ370mmのニッケル(Ni)合金からなる無端ベルトである金属層61aを得た。尚、実施例1〜実施例24、比較例1〜6の金属層61aの厚さは、表1に示すように、10μm〜360μmの範囲に設定されている。
【0050】
次に、金属層61aの表面にJIS K6253で規定されるデュロメータ硬さがA/35となるように調整された液状シリコーンゴム(KE1940−35、液状シリコーンゴムA/35品、信越化学工業株式会社製)を、膜厚が200μmとなるように塗布し、乾燥させて乾燥状態の液状シリコーンゴム層からなる弾性層61bを得た。
続いて、弾性層61bの表面に、PFAディスパージョン(500CL、三井・デュポンフロロケミカル社製)を、膜厚30μmとなるように塗布し、310℃で焼成することで、PFAからなる離型層61cを形成し、定着ベルト61を得た。
【0051】
<比較例7〜12>
比較例7〜12の定着ベルト61に用いた金属層61aは、電鋳法にて調整した。具体的には、これらの金属層61aは、外径30mmの円筒形ステンレススティール(SUS)金型を、硫酸ニッケル(NiSO)を主成分とし、リン(P)および硫黄(S)を添加物として加えた電解めっき浴(pH3.0、浴温50℃)中に浸漬し、陰極電流密度7A/dmにて60分電析を行うことで得た。これにより、内径30mm、長さ370mmのニッケル(Ni)合金の金属層61aを得た。尚、比較例7〜12の金属層61aの厚さは、表1に示すように、15μm〜270μmの範囲に設定されている。
その後、前述した実施例1〜実施例24、比較例1〜6の定着ベルト61の調製と同様に、弾性層61bと離型層61cとを形成し、定着ベルト61を得た。
【0052】
(加圧ロール62の調製)
内面に接着用プライマーを塗布した外径50mm、長さ340mm、厚さ30μmのフッ素樹脂チューブと金属製の中空芯金コアとを成形金型内にセットし、フッ素樹脂チューブとコア間に液状発泡シリコーンゴム(層厚:2mm)を注入後、加熱処理(150℃、2時間)によりシリコーンゴムを加硫し、発泡させたゴム弾性を有した加圧ロール62を作製した。
【0053】
(加熱空回転耐久評価)
上述のようにして調製した定着ベルト61と加圧ロール62とを、加熱方式(輻射ランプ加熱方式、抵抗加熱方式、電磁誘導加熱方式)の異なる定着装置60に装着した。
そして、これらの定着装置60を順次画像形成装置100(富士ゼロックス製、Docu Print C620)に取りつけて加熱空回転耐久評価を行った。尚、定着ベルト61と加熱方式とは表1に示すように組み合わせた。
すなわち、実施例1〜5、実施例16〜18および比較例1〜4は、ハロゲンランプを用いた輻射ランプ方式(表1では「ハロゲンランプ」と表現する。)を、実施例6〜10、実施例19〜21および比較例5〜8は、抵抗加熱方式(表1では「抵抗」と表現する。)を、実施例11〜15、実施例22〜24および比較例9〜12は、電磁誘導加熱方式(表1では「電磁誘導」と表現する。)を用いた。
【0054】
加熱空回転耐久評価は、上記の画像形成装置100を用いて、それぞれの加熱方式により定着ベルト61を設定温度180℃に加熱した状態で、連続200時間空回転させることで行った(表1参照)。尚、後述する定着が不良(定着不良)になった定着ベルト61については、定着不良が発生した時点において連続空運転を停止した。
【0055】
以下では、回折線の半値幅、金属層61aの亀裂、回折線の半値幅と金属層61aの亀裂の発生との関係、回折線の半値幅と金属層61aの組成との関係及び金属層61aの膜厚を説明し、評価結果における定着ベルト61の金属層61aに亀裂が発生するまでの時間(金属層の亀裂発生までの時間)について説明する。
【0056】
<回折線の半値幅>
図7は実施例1及び比較例5の金属層61aのX線回折において得られた回折図形を示す図である。図7(a)は実施例1の液体急冷法により調整された金属層61aの回折図形、図7(b)は比較例5の液体急冷法により調製された金属層61aの回折図形である。図7(a)及び(b)の横軸は回折線の位置2θ(°)である。縦軸はX線の強度である計数管のカウント数を任意スケール(a.u.)で示している。これらは、金属層61aから切り出した小片を用いて、CuKα1(波長0.154056nm)を用いたX線回折装置(ディフラクトメーター)により求めた。
ここで回折線の半値幅とは、図7(a)に示すように、回折図形における回折線の最大の強度に対して1/2の強度となる二つの位置2θの間の距離(°)をいう。
【0057】
ニッケル(Ni)の粉末試料では、CuKα1(波長0.154056nm)を用いたX線回折において、Ni(111)面からの回折線が位置2θ=44.51°に、Ni(200)面からの回折線が位置2θ=51.85°において観察される。また、Ni(111)面からの強度を100とすると、Ni(200)面からの強度は42である。
【0058】
さて、図7(a)の実施例1の金属層61aでは、位置2θ=45.4°に幅の広い回折線が見られる。この回折線は、位置2θが粉末試料における位置2θより約1°大きいが、Ni(111)面からのものと考えられる。Ni(111)面からの回折線の半値幅は4.6°である。そして、図7(a)では、粉末試料において位置2θ=52°近傍に見られるNi(200)面からの回折線が見られない。これらのことから、実施例1の金属層61aは非晶質度が高いと思われる。
【0059】
一方、図7(b)の比較例5の金属層61aでは、位置2θ=44.73°にNi(111)面からと考えられる回折線が、位置2θ=51.89°にNi(200)面からと考えられる回折線が見られる。これらの回折線の位置2θは、粉末試料でのそれぞれの位置2θと近い。Ni(111)面からの回折線の半値幅は0.3°である。また、Ni(111)面からの回折線からの強度を100とすると、Ni(200)面からの強度は37であって、粉末試料での強度の比に近い。これらのことから、比較例5の金属層61aは結晶性が高く、粒径の大きな結晶が集まって構成された多結晶状態にあると思われる。
【0060】
以上説明したように、非晶質度が高い実施例1の金属層61aのNi(111)面からの回折線の半値幅は4.6°で、逆に結晶性が高い比較例5の金属層61aのNi(111)面からの回折線の半値幅は、0.3°である。すなわち、金属層61aのNi(111)面からの回折線の半値幅は、金属層61aの非晶質度(非晶質性)の指標とできることが分かる。
なお、実施例1及び比較例5のそれぞれの金属層61aは、共に液体急冷法によって調整されている。しかし、上述したように、Ni(111)面からの回折線の半値幅が大きく異なる。この理由については後述する。
【0061】
表1には、実施例1〜24及び比較例1〜12について、上述したと同様に求めたNi(111)面からの回折線の半値幅を示している。
そして、表1から分かるように、実施例1〜24においては、Ni(111)面からの回折線の半値幅が3°以上である。一方、比較例1〜12においては、Ni(111)面からの回折線の半値幅が3°未満である。
【0062】
<金属層61aの亀裂>
前述したように、実施例1〜24及び比較例1〜12の定着ベルト61により加熱空回転耐久評価を行った。
加熱空回転耐久評価においては、定着装置60(図2〜4参照)を通過した用紙Pを目視で観察し、段差(しわ)の発生が見られるようになるまでの時間を計測した。
定着により用紙Pに段差(しわ)が発生することは、定着が不良(定着不良)になったことを示している。もはや定着ベルト61は継続して使用されることができない。よって、定着装置60を通過した用紙Pにおいて、段差(しわ)が発生するまでの時間が長いほど好ましい。
【0063】
そして、定着により用紙Pに段差(しわ)が発生した定着ベルト61の金属層61aの表面を目視にて観察すると、亀裂が見られた。これに対して、段差(しわ)の発生が見られなかった定着ベルト61の金属層61aには亀裂は見られなかった。すなわち、定着により用紙Pに発生する段差(しわ)は、定着ベルト61の金属層61aに発生した亀裂によって生じたと考えられる。
そこで、表1では、評価結果として、定着により用紙Pに段差(しわ)が発生するまでの時間を、定着ベルト61の金属層61aに亀裂が発生するまでの時間(金属層の亀裂発生までの時間)として示した。尚、空回転の開始から200時間経過しても、定着不良にいたらない場合は「200時間以上」と表現した。
逆に、200時間までに定着により用紙Pに段差(しわ)が発生した時は、その時点(定着不良になった時点)において連続空回転を停止した。
尚、連続空回転を停止した後、実施例1〜24および比較例1〜12において、金属層61aの表面を観察して亀裂の発生の有無を目視にて調べ、定着不良と金属層61aの亀裂の発生の有無とに上述した相関関係があることを確認した。
【0064】
表1の実施例1〜15の定着ベルト61では、200時間空回転しても、定着不良を生じることなく、金属層61aにも亀裂の発生が見られなかった。よって、金属層61aに亀裂が発生するまでの時間は、200時間以上である。
これに対し、表1の実施例16〜24の定着ベルト61では、空回転開始から103時間から182時間の間に定着不良を生じるとともに、金属層61aに亀裂の発生が見られた。
さらに、表1の比較例1〜12の定着ベルト61では、空回転開始から21時間から40時間の間において定着不良が生じるとともに、金属層61aに亀裂の発生が見られた。
【0065】
金属層61aの調整方法について見てみると、電鋳法で調整された金属層61aを用いた比較例7〜12の定着ベルト61は、空回転開始から21時間から40時間の間において定着不良が生じ、金属層61aに亀裂の発生が見られた。すなわち、電鋳法で調整された金属層61aを用いた定着ベルト61は、短い時間で金属層61aに亀裂が生じ、耐久性が低い。
これに対し、液体急冷法にて調整された金属層61aを用いた比較例1〜6の定着ベルト61は、金属層61aに亀裂が発生するまでの時間が25時間〜40時間で、電鋳法で調整された金属層61aを用いた定着ベルト61と同様に、短い時間で亀裂が生じ、耐久性が低い。一方、液体急冷法にて調整された金属層61aを用いた実施例16〜24の定着ベルト61は、金属層61aに亀裂の発生が見られるまでの時間が103時間から182時間と、比較例1〜6に比べて長く、耐久性が向上している。さらに、液体急冷法にて調整された実施例1〜15の金属層61aを用いた定着ベルト61は、金属層61aに亀裂の発生が見られるまでの時間が200時間以上と、実施例16〜24に比べて長く、耐久性がより向上している。
以上のことから、液体急冷法により調整した金属層61aを用いても、定着ベルト61の耐久性が、電鋳法により金属層61aが調整された定着ベルト61に比べ、向上するとは限らないことが分かる。
【0066】
<回折線の半値幅と金属層61aの亀裂の発生との関係>
次に、回折線の半値幅と金属層61aの亀裂の発生との関係を説明する。
金属層61aに亀裂が発生するまでの時間が200時間以上である実施例1〜15および金属層61aに亀裂が発生するまでの時間が103時間〜182時間である実施例16〜24では、金属層61aのX線回折におけるNi(111)面からの回折線の半値幅が3°以上である。一方、金属層61aに亀裂が発生するまでの時間が21時間〜40時間の比較例1〜12では、金属層61aのNi(111)面からの回折線の半値幅が3°未満である。
以上のことから、金属層61aの亀裂の発生までの時間と回折線の半値幅とが関連性を有していることが分かる。すなわち、Ni(111)面からの回折線の半値幅が3°以上の、非晶質度が高い金属層61aを用いた定着ベルト61は、金属層61aに亀裂が発生するまでの時間が100時間以上となり、耐久性が高い。一方、Ni(111)面からの回折線の半値幅が3°未満の、結晶性が高く、粒径の大きい結晶が集まって構成された多結晶である金属層61aを用いた定着ベルト61は、金属層61aに亀裂が発生するまでの時間が100時間未満で、耐久性が低い。
【0067】
尚、定着ベルト61の耐久性が低い比較例7〜12では、電鋳法で調整された金属層61aを用いている。電鋳法で調整された金属層61aでは、膜厚方向に結晶が成長するため、結晶の粒径が大きくなりやすい。そして、膜厚方向と直交する方向には結合が弱く、繰り返し曲げ変形により亀裂を生じやすいと考えられる。
これに対し、液体急冷法では、溶融金属96を急冷することにより金属層61aを形成するため、原子配列が不規則になりやすく、金属層61aが非晶質になりやすい。上述した実施例1〜24のように、金属層61aのX線回折におけるNi(111)面からの回折線の半値幅が3°以上であると、金属層61aに亀裂の発生するのが抑制されて、定着ベルト61の耐久性が向上すると考えられる。
なお、表1に示したように、上記の結果は、定着ベルト61の加熱方式(輻射ランプ加熱方式、抵抗加熱方式、電磁誘導加熱方式)に依存しない。
【0068】
<回折線の半値幅と金属層61aの組成との関係>
次に、液体急冷法で調整された実施例1〜24及び同じく液体急冷法で調整された比較例1〜6の定着ベルト61の金属層61aについて、金属層61aの組成とX線回折におけるNi(111)面からの回折線の半値幅との関係について説明する。
図8は、実施例1〜24及び比較例1〜6の定着ベルト61の金属層61aの硫黄(S)組成(質量%)と回折線の半値幅(°)との関係を示す図である。横軸は硫黄(S)組成(質量%)、縦軸は回折線の半値幅(°)である。図8中では、実施例1〜24は○に実施例の番号を付して、比較例1〜6は△に比較例の番号を付して表示している。
【0069】
図8に示すように、金属層61aの回折線の半値幅(°)が3°以上であって、且つ定着ベルト61の金属層61aに亀裂が発生するまでの時間が200時間以上の実施例1〜15は、硫黄(S)組成が0.005質量%以上且つ0.03質量%以下の範囲にある。
これに対し、金属層61aに亀裂が発生するまでの時間が103時間〜182時間である実施例16、17、20、22、23の金属層61aは、硫黄(S)組成が0.005質量%未満または0.03質量%を超える領域にある。
また、硫黄(S)組成が0.005質量%未満または0.03質量%を超える領域では、回折線の半値幅(°)が3°未満の金属層61a(比較例1〜6)が出現する。回折線の半値幅(°)が3°未満の金属層61aを用いた定着ベルト61は金属層61aに亀裂が発生するまでの時間が短い。
よって、定着ベルト61において亀裂が発生するまでの時間が長い、すなわち亀裂の発生を抑制した金属層61aとするには、金属層61aにおける硫黄(S)組成が、0.005質量%以上且つ0.03質量%以下に設定されることが好ましい。
【0070】
図9は、実施例1〜24及び比較例1〜6の定着ベルト61の金属層61aのリン(P)組成(質量%)と回折線の半値幅(°)との関係を示す図である。横軸はリン(P)組成(質量%)、縦軸は回折線の半値幅(°)である。図9中では、図8と同様に、実施例1〜24は○に実施例の番号を付して、比較例1〜6は△に比較例の番号を付して表示している。
【0071】
図9に示すように、金属層61aの回折線の半値幅(°)が3°以上であって、且つ定着ベルト61の金属層61aに亀裂が発生するまでの時間が200時間以上の実施例1〜15は、金属層61aのリン(P)組成が0.5質量%以上且つ3.0質量%以下の範囲にある。これに対し、金属層61aに亀裂が発生するまでの時間が103時間〜145時間である実施例17、19、20、23は、リン(P)組成が0.5質量%未満または3.0質量%を超える領域にある。
そして、回折線の半値幅(°)が3°未満の金属層61aである比較例1、2、3、4は、リン(P)組成が0.5質量%未満または3.0質量%を超える領域にあって、リン(P)組成が0.5質量%以上且つ3.0質量%以下の範囲には含まれない。
しかし、金属層61aのリン(P)組成が0.5質量%以上且つ3.0質量%以下の範囲においても、回折線の半値幅(°)が3°未満の金属層61aである比較例5、6が出現する。
したがって、金属層61aのリン(P)組成が0.5質量%以上且つ3.0質量%以下の範囲としても、回折線の半値幅(°)は3°以上で、金属層61aに亀裂が発生するまでの時間が長い金属層61aを得ることができない。
【0072】
しかし、金属層61aの硫黄(S)組成を前述したように0.005質量%以上且つ0.03質量%以下とするとともに、リン(P)組成を0.5質量%以上且つ3.0質量%以下とすれば、比較例5および6に用いた金属層61aの組成を含まない。さらに、金属層61aに亀裂が発生するまでの時間が103時間とやや短い実施例17の組成も含まない。
このことから、金属層61aの硫黄(S)組成を0.005質量%以上且つ0.03質量%以下とするとともに、リン(P)組成を0.5質量%以上且つ3.0質量%以下とすると、金属層61aの亀裂の発生をより低減(抑制)しうる。
以上説明したように、液体急冷法によって金属層61aを調整しても、必ずしも金属層61aの亀裂の発生が必ずしも抑制できることにならないのは、硫黄(S)およびリン(P)の含有率によっては、金属層61aが結晶化しやすくなるためと考えられる。
【0073】
<金属層61aの膜厚>
次に、金属層61aの膜厚について説明する。
硫黄(S)組成を0.005質量%以上且つ0.03質量%以下とし、さらにリン(P)組成を0.5質量%以上且つ3.0質量%以下とした範囲には、金属層61aに亀裂が発生するまでの時間が137時間の実施例18(金属層61aの厚さ360μm)、同じく171時間の実施例21(金属層61aの厚さ290μm)、同じく153時間の実施例24(金属層61aの厚さ330μm)が含まれる。これらの膜厚は、金属層61aに亀裂が発生するまでの時間が200時間以上である実施例1〜15での金属層61aの厚さ10μm〜250μmに比べて厚い。よって、金属層61aに亀裂が発生するまでの時間は金属層61aの厚さに依存すると考えられる。
【0074】
例えば、表1に示すように実施例9および実施例24の金属層61aでは、硫黄(S)組成とリン(P)組成が近似している。すなわち、実施例9および実施例24の金属層61aにはリン(P)が共に1.8質量%含まれている。また、硫黄(S)は実施例9の金属層61aには0.017質量%、実施例24の金属層61aには0.016質量%含まれている。そして、実施例24(金属層61aに亀裂が発生するまでの時間が153時間)の金属層61aの厚さ330μmは、実施例9(金属層61aに亀裂が発生するまでの時間が200時間以上)の金属層61aの厚さ190μmの1.7倍以上である。すなわち、金属層61aの厚さが厚いほど、金属層61aに亀裂が発生するまでの時間が短い。
【0075】
同様に、表1に示すように実施例13および実施例18の金属層61aでは、硫黄(S)組成とリン(P)組成が近似している。すなわち、実施例13および実施例18の金属層61aにはリン(P)が共に1.7質量%含まれている。また、硫黄(S)は実施例13の金属層61aには0.023質量%、実施例24の金属層61aには0.018質量%含まれている。そして、実施例18(金属層61aに亀裂が発生するまでの時間が137時間)の金属層61aの厚さ360μmは、実施例13(金属層61aに亀裂が発生するまでの時間が200時間以上)の金属層61aの厚さ180μmの2倍以上である。すなわち、金属層61aの厚さが厚いほど、金属層61aに亀裂が発生するまでの時間が短い。
すなわち、定着ベルと61の金属層61aの厚さが厚いほど変形しづらく、繰り返し曲げ変形により、亀裂が発生しやすくなると考えられる。
このことから、定着ベルト61の金属層61aの厚さを10μm以上且つ250μm以下の範囲とすると金属層61aの亀裂の発生がさらに低減できる。
【0076】
上述したように、回折線の半値幅(°)が3°以上である金属層61aを定着ベルト61に用いると、金属層61aの亀裂の発生を低減できる。よって、液体急冷法によることなく、電着法であっても、金属層61aの回折線の半値幅(°)が3°以上であれば用いることができることは明らかである。
さらに、加熱方式によらないため、輻射ランプ、抵抗、電磁誘導などの加熱方式が適用できる。
【符号の説明】
【0077】
1Y、1M、1C、1K…画像形成ユニット、11…感光体ドラム、12…帯電器、13…レーザ露光器、14…現像器、15…中間転写ベルト、16…一次転写ロール、17…ドラムクリーナ、20…二次転写部、60…定着装置、61…定着ベルト、61a…金属層、61b…弾性層、61c…離型層、62…加圧ロール、63…ベルトガイド部材、64…圧力パッド、65…ホルダ、67…潤滑剤塗布部材、68…低摩擦シート、69…抵抗発熱体、70…剥離補助部材、71…剥離バッフル、85…磁場発生ユニット、86…輻射ランプ発熱体、91…るつぼ、92…ノズル、93…加熱コイル、94…金属棒、95…中心軸、96…溶融金属、97…金属リボン、621…コア、622…ゴム層、623…表面層、851…励磁コイル、852…コイル支持部材、853…励磁回路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
非晶質のニッケル(Ni)合金の層を少なくとも1層有する円筒状の金属層と、
前記金属層の外側に積層された離型層と
を備えることを特徴とする無端ベルト。
【請求項2】
前記ニッケル(Ni)合金は、X線回折におけるNi(111)面からの回折線の半値幅が3°以上であることを特徴とする請求項1に記載の無端ベルト。
【請求項3】
前記ニッケル(Ni)合金は、硫黄(S)を0.005質量%以上且つ0.03質量%以下の含有率で含有することを特徴とする請求項1または2に記載の無端ベルト。
【請求項4】
前記ニッケル(Ni)合金は、リン(P)を0.5質量%以上且つ3.0質量%以下の含有率で含有することを特徴とする請求項3に記載の無端ベルト。
【請求項5】
前記ニッケル(Ni)合金の層の厚さは、10μm以上且つ250μm以下であることを特徴とする請求項1ないし4のいずれか1項に記載の無端ベルト。
【請求項6】
非晶質のニッケル(Ni)合金の層を少なくとも1層有する円筒状の金属層と、当該金属層の外側に積層された離型層とを備える定着ベルトと、
前記定着ベルトの外側に圧接される加圧部材と、
前記定着ベルトを加熱する加熱部材と
を備えることを特徴とする定着装置。
【請求項7】
トナー像を形成する像形成部と、
前記像形成部で形成されたトナー像を記録材に転写する転写部と、
非晶質のニッケル(Ni)合金の層を少なくとも1層有する円筒状の金属層と、当該金属層の外側に積層された離型層とを備える定着ベルトと、当該定着ベルトとの間に押圧部を形成し回転駆動される加圧部材と、当該定着ベルトを加熱する加熱部材とを有し、前記記録材に転写されたトナー像を当該記録材に定着する定着部と
を備えることを特徴とする画像形成装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2011−150230(P2011−150230A)
【公開日】平成23年8月4日(2011.8.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−12947(P2010−12947)
【出願日】平成22年1月25日(2010.1.25)
【出願人】(000005496)富士ゼロックス株式会社 (21,908)
【Fターム(参考)】