説明

熱膨張性黒鉛およびその製造方法

【課題】 膨張開始温度が高く、高融点の重合体に対しても難燃剤として配合することができる熱膨張性黒鉛およびその製造方法を提供する。
【解決手段】 膨張開始温度が300℃以上、1000℃の膨張度が50〜150cc/gである熱膨張性黒鉛。原料黒鉛を硫酸および酸化剤の混合物中で処理し、濾過回収した酸処理黒鉛にアルカリ土類金属の酸化物、水酸化物、炭酸塩等の固体中和剤を混合し、膨張開始温度が300℃以上、1000℃の膨張度が50〜150cc/gである熱膨張性黒鉛を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、熱膨張開始温度が高く、種々の重合体に配合することによって難燃性を付与することが可能な熱膨張性黒鉛およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
熱硬化性樹脂や熱可塑性樹脂等の重合体は、電化製品、自動車部品、建築材料、日常用品などに広く使用されている。これらの製品は、安全性の観点から高度な難燃性が要求される。
【0003】
重合体に難燃性を付与する方法としては、熱膨張性黒鉛を配合することは既に知られている。熱膨張性黒鉛を配合した重合体は、重合体が高温に晒されると熱膨張性黒鉛が膨張して重合体表面を覆い、重合体の燃焼を防止する。しかし、重合体の難燃性は、熱膨張性黒鉛の膨張度により変化し、膨張度が低い場合、熱膨張性黒鉛を重合体に多量に添加する必要がある。
【0004】
しかし、市場に流通している熱膨張性黒鉛は、熱膨張開始温度が200℃前後のものが多く、200℃前後から硫酸ガスの放出を開始し、混練機、成形機などの腐食を惹起する。このため、従来の熱膨張性黒鉛は、融点が200℃以下のポリエチレン、ポリプロピレン、常温で液状のポリウレタン等を対象とし、高融点のポリブチレンテレフタレート、アクリロニトリルーブタジエンースチレン樹脂などには適用できない。
【0005】
高融点の重合体に配合する熱膨張性黒鉛としては、硫酸および酸化剤を反応溶液として使用して黒鉛と反応させ、反応溶液に燐酸を添加したのち、洗浄、乾燥して得られる熱膨張開始温度が250℃以上の熱膨張性黒鉛が提案されている(特許文献1)。しかし、反応溶液に燐酸を添加しない比較例では、熱膨張開始温度が210℃の熱膨張性黒鉛しか得られていない。
【0006】
また、本出願人は、反応溶液に燐酸を添加しなくても、黒鉛を硫酸および酸化剤の混合物中で処理した後、アルカリ水溶液または水で洗浄したものに、固体中和剤を混合することによって熱膨張開始温度が270℃以上、1000℃の熱膨張度が70〜99cc/gの熱膨張性黒鉛が得られることを究明し、既に特願2004-251889号として出願している。
【特許文献1】特開平10-330108号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1に開示の反応溶液に燐酸を添加した熱膨張性黒鉛は、燐酸添加によりコストが高くなるのみならず、廃液処理操作が煩雑となるという難点がある。また、特願2004-251889号に開示の発明は、黒鉛を硫酸および酸化剤の混合物中で処理した後、アルカリ水溶液または水による洗浄が必須であり、処理廃液の処理が必要であるという欠点を有している。
【0008】
本発明の目的は、上記従来技術の欠点を解消し、黒鉛を硫酸および酸化剤の混合物中で処理した後、廃液の処理が必要となるアルカリ水溶液または水による洗浄を行うことなく、熱膨張開始温度が300℃以上、1000℃の熱膨張度が50〜150cc/gの熱膨張性黒鉛およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
すなわち、本発明の熱膨張性黒鉛の特徴は、熱膨張開始温度が300℃以上、1000℃の熱膨張度が50〜150cc/gである。また、本発明の熱膨張性黒鉛の製造方法の特徴は、黒鉛を硫酸および酸化剤の混合物中で処理した後、固体中和剤を添加することにある。
【発明の効果】
【0010】
本発明の熱膨張性黒鉛は、熱膨張開始温度が300℃以上、1000℃の熱膨張度が50〜150cc/gであるため、ポリエチレンやポリプロピレンのような低融点の熱可塑性重合体のみならず、高融点の熱可塑性重合体や種々の熱硬化生重合体の難燃剤として使用することができる。
【0011】
また、本発明の熱膨張性黒鉛の製造方法は、黒鉛を硫酸および酸化剤の混合物中で処理した後、廃液の処理が必要となるアルカリ水溶液または水による洗浄を行うことなく、固体中和剤を混合することによって、熱膨張開始温度が300℃以上、1000℃の熱膨張度が50〜150cc/gの熱膨張性黒鉛を製造でき、製造工程を簡略化することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の熱膨張性黒鉛は、1000℃の膨張度が50〜150cc/g、好ましくは80〜120cc/gであり、膨張開始温度が300℃以上、好ましくは350℃以上である。このような性状を示す熱膨張性黒鉛は、低融点の熱可塑性重合体のみならず、高融点の熱可塑性重合体や種々の熱硬化生重合体の難燃剤として使用することができる。
【0013】
上記の性状を示す熱膨張性黒鉛は、原料黒鉛を硫酸および酸化剤の混合物中で処理した後、固体中和剤を混合することによって容易に得ることができる。
【0014】
前記熱膨張性黒鉛の原料黒鉛としては、天然黒鉛、熱分解黒鉛、キッシュ黒鉛などを挙げることができるが、工業的に入手が容易な天然鱗片状黒鉛を使用するのが好ましい。原料黒鉛の粒度は、種々の粒度のものを使用できるが、例えば、20〜200メッシュが80%以上、好ましくは30〜100メッシュが90%以上のものを使用する。原料黒鉛の粒度が20メッシュ未満では、重合物と混合する際に均一分散が困難になる場合がある。また、原料黒鉛の粒度が200メッシュを超では、黒鉛粒子の結晶に歪みを生じて黒鉛層間化合物を生成し難く、黒鉛粒子の熱膨張性が悪化する場合がある。
【0015】
前記の硫酸としては、濃硫酸、無水硫酸、発煙硫酸などを挙げることができるが、工業的には濃度90%以上、好ましくは濃度95〜98%の濃硫酸を使用するのが有利である。
【0016】
また、酸化剤としては、過酸化水素、過酸化アンモニウム、過酸化カリウムのような過硫酸塩、濃硝酸、発煙硝酸のような硝酸、過塩素酸、過塩素酸塩などを挙げることができるが、特に過酸化水素の使用が好ましい。過酸化水素としては、例えば、濃度30〜60%程度のものを用いることができるが、工業的に入手が容易な濃度60%のものを使用するのが好ましい。
【0017】
上記酸化剤は、硫酸100重量部に対し、通常1〜10重量部程度、好ましくは3〜7重量部使用する。酸化剤の使用量が1重量部未満では、原料黒鉛の酸化が進行しない畏れがある。また、硫酸は、原料黒鉛100重量部に対し、200〜500重量部、特に250〜400重量部使用するのが好ましい。なお、硫酸と酸化剤の混合においては、あまり温度が上昇しないように、例えば、60℃以下、好ましくは20℃以下を保つように硫酸中に酸化剤を添加する。
【0018】
固体中和剤としては、アルカリ土類金属の酸化物、水酸化物、炭酸塩などから選ばれたものを使用する。また、固体中和剤の平均粒径は、1〜30μm程度のものを使用するのが好ましい。具体的な固体中和剤は、酸化マグネシウム、酸化カルシウム、酸化ベリリウム、水酸化マグネシウム、水酸化カルシウム、水酸化ベリリウム、炭酸マグネシウム、炭酸カルシウム、炭酸ベリリウムなどを挙げることができるが、工業的には炭酸カルシウム、水酸化マグネシウムを使用するのが有利である。固体中和剤の使用量は、黒鉛表面に残存する酸を考慮して決定すればよく、例えば、酸処理黒鉛100重量部に対し、炭酸カルシウムの場合40〜110重量部、好ましくは、90〜110重量部、水酸化マグネシウムの場合40〜90重量部、好ましくは、50〜70重量部である。
【0019】
本発明の熱膨張性黒鉛の製造方法では、先ず硫酸と酸化剤の混合物を調整し、調整した混合物中に原料黒鉛を投入してして反応させる。反応は、撹拌下、例えば、60℃以下、特に50℃以下の温度で行うのが好ましい。反応時間は、通常60分以内、好ましくは10〜40分程度である。酸処理後の反応混合物は、濾過等によって液相部分を除去し、固形成分として得られた酸処理黒鉛に固体中和剤を添加混合したのち、余剰の固体中和剤を篩別して熱膨張性黒鉛を得る。
【0020】
酸処理黒鉛と固体中和剤の混合は、酸処理黒鉛に固体中和剤を添加することも、固体中和剤に酸処理黒鉛を添加することもできる。酸処理黒鉛に固体中和剤を添加混合すると、例えば、固体中和剤が炭酸カルシウムの場合は、中和熱により130〜140℃、水酸化マグネシウムの場合は、180〜190℃に上昇するので、乾燥する必要はないが、必要に応じて乾燥することもできる。
【0021】
このようにして得た熱膨張性黒鉛は、余剰の固体中和剤を篩別して除去し、製品化する。この熱膨張性黒鉛は、膨張開始温度が300℃以上と高く、1000℃の膨張度が50〜150cc/g、好ましくは80〜120cc/gであるから、各種重合体の難燃剤として好適に使用することができる。
【0022】
適用可能な重合体としては、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ-1-ブテン、ポリ-4-メチル-1-ペンテン、エチレン・酢酸ビニル共重合体、エチレン・(メタ)アクリル酸エステル共重合体、エチレン・(メタ)アクリル酸共重合体またはそのアイオノマー、ポリオレフィンエラストマーなどのオレフィン系共重合体、ポリスチレン、AS樹脂、ABS樹脂、ノニル、SBS、SEBSなどのスチレン系共重合体、ポリエチレンテレフタレート、ポリトリメチレンテレフタレート、ポリテトラメチレンテレフタレート、ポリエステルエラストマー、ポリ乳酸などのポリエステル、ナイロン-6、ナイロン-6,6、ナイロン-12、ポリアミドエラストマーなどのポリアミドなどのほか、ポリメチルメタクリレート、ポリカーボネート、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリイミド、ポリエーテルイミド、ポリアミドイミド、ポリフェニレンオキサイド、ポリアセタール、ポリフェニレンサルファイド、熱可塑性ポリウレタン、あるいはこれら2種以上の混合物などの熱可塑性重合体、ウレタン樹脂、エポキシ樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、尿素樹脂、メラミン樹脂、フェノール樹脂などの熱硬化性重合体を挙げることができる。
【0023】
本発明の熱膨張性黒鉛は、膨張開始温度が300℃以上と高いため、硫酸などのガスの生じない条件下において、多くの重合体との混練および成形加工が可能であり、重合体に難燃性を付与することができる。重合体に対する熱膨張性黒鉛の配合量は、重合体100重量部当たり、例えば、1〜40重量部、好ましくは3〜30重量部である。
【実施例】
【0024】
以下、実施例によって本発明をさらに詳細に説明する。以下の実施例における各物性の評価は、以下の方法にしたがって実施した。
【0025】
膨張開始温度は、目盛の付いた容量12mlのガラスシリンダーに熱膨張性黒鉛の試料1gを投入したものを電気炉に入れ、150℃から毎分5℃の速度で昇温し、5℃毎にガラスシリンダー内の容積を読み取り、熱膨張性黒鉛の容積がもとの容積の1.1倍以上に膨張した時の温度を膨張開始温度とした。
【0026】
1000℃の膨張度は、1000℃に保持した電気炉内に5分間以上保持した容量150mlの石英ビーカーを炉外に取り出し、直ちに熱膨張性黒鉛の試料0.5gを投入して1000℃に保持した電気炉内に入れる。そのまま10秒間保持した後、炉外に取り出し、放冷後、石英ビーカーの目盛により膨張後の容積を測定し、試料重量に対する膨張後の容積をcc/gで表示した。
【0027】
実施例1〜4
容積1000mlの容器に98%濃硫酸450gを仕込み、5℃に冷却した後、室温に保たれた濃度60%の過酸化水素水溶液7.5gを5分間かけて投入し、温度18℃の混合物を得た。この混合物を撹拌しながら、粒度22メッシュオン:1%、22〜30メッシュ:15%、30〜50メッシュ:70%、50〜83メッシュ:10%、83メッシュパス:4%の天然鱗片状黒鉛150gを2分間かけて投入し、30分間保持して反応させた。この間、液温は、最高56℃まで上昇した。得られた反応混合物は、フィルタープレスを用いて濾過し、固形分の酸処理黒鉛を回収した。
【0028】
回収した酸処理黒鉛は、実施例1〜4においては各50gをV型ブレンダーに仕込み、表1に示すように、固定中和剤として粒度1〜30μmの炭酸カルシウム20〜55gを投入して10分間混合し、酸処理黒鉛表面に付着した酸を中和処理した後、篩目20メッシュと50メッシュの篩を用いて篩分けし、熱膨張性黒鉛45gを得た。なお、中和時の温度は、中和熱により最高130℃まで上昇した。得られた各熱膨張性黒鉛は、膨張開始温度、1000℃の膨張度を測定した。その結果を表1に示す。
【0029】
実施例5〜8
実施例1〜4における炭酸カルシウムの代わりに水酸化マグネシウムを20〜45gを使用した以外は、同条件で酸処理黒鉛表面に付着した酸を中和処理し、熱膨張性黒鉛を得た。なお、中和時の温度は、中和熱により最高185℃に上昇した。得られた各熱膨張性黒鉛は、膨張開始温度、1000℃の膨張度を測定した。その結果を表1に示す。
【0030】
実施例9、10
実施例1におけるラボ試験の酸処理黒鉛の代わりに実機より回収した酸処理黒鉛を使用した以外は、表1に示すように、同条件で中和処理し、熱膨張性黒鉛を得た。得られた熱膨張性黒鉛は、膨張開始温度と1000℃の膨張度を測定して。その結果を表1に示す。
【0031】
比較例1
実施例1と同条件で回収した酸処理黒鉛を中和処理しないで、撹拌下、5℃に保持した水750ml中に投入して10分間洗浄したのち濾過し、熱風乾燥機中において、温度100〜105℃で3時間乾燥させて熱膨張性黒鉛を得た。得られた熱膨張性黒鉛は、膨張開始温度と1000℃の膨張度を測定して。その結果を表1に示す。
【0032】
比較例2
実施例1におけるラボ試験の酸処理黒鉛の代わりに実機より回収した酸処理黒鉛を中和処理しないで、撹拌下、5℃に保持した水750ml中に投入して10分間洗浄したのち濾過し、熱風乾燥機中において、温度100〜105℃で3時間乾燥させて熱膨張性黒鉛を得た。得られた熱膨張性黒鉛は、膨張開始温度と1000℃の膨張度を測定して。その結果を表1に示す。
【0033】
表1に示すように、実施例1〜10に示す本発明の熱膨張性黒鉛は、いずれも膨張開始温度が305〜470℃、1000℃の膨張度も76〜111cc/gを示しており、各種重合体の難燃剤として好適に使用可能である。これに対し、比較例1、2の熱膨張性黒鉛は、いずれも膨張開始温度が203〜210℃、1000℃の膨張度が97〜180cc/gであって、膨張開始温度が低く、高融点の重合体の難燃剤として使用不能であった。
【0034】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
膨張開始温度が300℃以上で、1000℃の膨張度が50〜150cc/gである熱膨張性黒鉛。
【請求項2】
黒鉛を硫酸および酸化剤の混合物中で処理した後、固体中和剤を混合することを特徴とする熱膨張性黒鉛の製造方法。
【請求項3】
黒鉛として、粒度が30〜100メッシュのものを使用することを特徴とする請求項2記載の熱膨張性黒鉛の製造方法。
【請求項4】
固体中和剤がアルカリ土類金属の酸化物、水酸化物、炭酸塩のうちの1種または2種以上の混合物であることを特徴とする請求項2記載の熱膨張性黒鉛の製造方法。

【公開番号】特開2007−45676(P2007−45676A)
【公開日】平成19年2月22日(2007.2.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−232985(P2005−232985)
【出願日】平成17年8月11日(2005.8.11)
【出願人】(398037527)エア・ウォーター・ケミカル株式会社 (15)
【Fターム(参考)】