説明

熱電変換材料及びその製造方法

【課題】熱伝導率が低減され、電気伝導率の低下が抑制された、トータルとして熱電性能指数が向上した熱電変換材料及びその製造方法を提供する。
【解決手段】(1)基板の厚み方向に、独立した微細孔を有するアルミナ基板上に、p型ビスマステルライドを成膜したことを特徴とする熱電変換材料、及び(1)のアルミナ微細孔作製工程とp型ビスマステルライド成膜工程とを有する熱電変換材料の製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱と電気との相互エネルギー変換を行う熱電変換材料に関し、特に、高い熱電性能指数を有する、熱電変換材料及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、システムが単純でしかも小型化が可能な熱電発電技術が、ビル、工場等で使用される化石燃料資源等から発生する未利用の廃熱エネルギーに対する回収発電技術として注目されている。しかしながら、熱電発電は一般に発電効率が悪いこともあり、さまざまな企業、研究機関で発電効率の向上のための研究開発が活発になされている。発電効率の向上には、熱電変換材料の高効率化が必須となるが、これらを実現するために、金属並みの高い電気伝導率とガラス並みの低い熱伝導率を備えた材料の開発が望まれている。
【0003】
熱電変換特性は、熱電性能指数Z(Z=σS2/λ)によって評価することができる。ここで、Sはゼーベック係数、σは電気伝導率(抵抗率の逆数)、λは熱伝導率である。上記、熱電性能指数Zの値を大きくすれば、発電効率が向上するため、発電の高効率化にあたっては、ゼーベック係数S及び電気伝導率σが大きく、熱伝導率λが小さい熱電変換材料を見出すことになる。
【0004】
一般に、固体物質の熱伝導率λと電気伝導率σは、材料の密度やキャリア濃度をパラメータとして設計することが可能ではあるが、両物性はヴィーデマンフランツの法則から、互いに独立ではなく、密接に連動するため、大幅な熱電性能指数の向上が図れていないのが実情であった。このような中で、材料を焼結体にして数十ミクロンオーダーの多数の結晶粒界を導入することによって熱伝導率を小さくする試みがなされているが、キャリアも粒界で散乱を受けるため、電気伝導率が小さくなり、かつゼーベック係数の変化がわずかなため、この手法においても、熱電性能指数の大幅な向上を望むことができなかった。
特許文献1及び2には、半導体材料内部に電子とフォノンの平均自由行程と同程度あるいはそれ以下の間隔で分散した非常に微細な空孔を多数導入して多孔質化し、熱伝導率の減少やゼーベック係数を増加させた熱電変換材料が提案されている。特許文献1及び2の実施例によると、熱伝導率は低減したものの、電気伝導率もともに低下(抵抗率が大幅増加)してしまい、無次元熱電性能指数ZT(T:絶対温度300Kとして算出)としては、0.017から多孔質化により0.156に増加したにすぎず、実用化に向けての指標値となるZT≧1にはほど遠い状況であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平11−317547号公報
【特許文献2】特開平11−317548号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記実情を鑑み、熱伝導率が低減され、電気伝導率の低下が抑制された、トータルとして熱電性能指数が向上した熱電変換材料及びその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、微細孔を有するアルミナ基板上に、p型ビスマステルライドを成膜することにより、トータルとして熱電性能指数が大幅に向上することを見出し、本発明を完成した。
すなわち、本発明は、以下の(1)〜(10)を提供するものである。
(1)基板の厚み方向に、独立した微細孔を有するアルミナ基板上に、p型ビスマステルライドを成膜したことを特徴とする熱電変換材料。
(2)前記微細孔内を貫通する中心線が、前記アルミナ基板上に立てた法線に対し±10°以内の角度を有する上記(1)の熱電変換材料。
(3)前記微細孔の平均直径が10〜30nm、深さが100〜1000nm、及び微細孔間の平均間隔が30〜60nmである上記(1)又は(2)の熱電変換材料。
(4)前記p型ビスマステルライドが微細孔内底部とアルミナ基板表面に存在し、かつ該微細孔内底部と該アルミナ基板表面とは絶縁性を維持する上記(1)〜(3)のいずれかの熱電変換材料。
(5)前記p型ビスマステルライドの前記アルミナ基板表面における膜厚が1〜350nm、前記微細孔内底部における膜厚が0〜300nmである上記(4)の熱電変換材料。
(6)前記p型ビスマステルライドがBiXTe3Sb2-Xであって、0<X≦0.6である上記(1)〜(5)のいずれかの熱電変換材料。
(7)アルミナ微細孔作製工程と、その後に行うp型ビスマステルライド成膜工程とを有することを特徴とする上記(1)〜(6)のいずれかの熱電変換材料の製造方法。
(8)前記アルミナ微細孔作製工程が、二段陽極酸化法による上記(7)の熱電変換材料の製造方法。
(9)前記二段陽極酸化工程の後に、さらに、エッチング処理工程を有する上記(8)の熱電変換材料の製造方法。
(10)前記p型ビスマステルライド成膜工程が、フラッシュ蒸着法による上記(7)〜(9)のいずれかの熱電変換材料の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、熱伝導率が低減され、電気伝導率の低下が抑制された、トータルとして熱電性能指数が向上した熱電変換材料が得られ、従来の熱電変換材料と比べ、高い変換効率を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明の熱電変換材料におけるp型ビスマステルライドを設けるアルミナ基板の断面を模式的に示した図である。
【図2】本発明の熱電変換材料の微細孔の断面の一例を模式的に示した図である。
【図3】本発明の実施例1で得られた熱電変換材料の細孔を示すSEM写真であり、(a)は表面、(b)は断面である。
【図4】比較例2で用いた熱電変換材料の細孔を示すSEM写真であり、(a)は表面、(b)は断面である。
【図5】実施例1(2)で使用されたフラッシュ蒸着装置の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
[熱電変換材料]
本発明の熱電変換材料は、基板の厚み方向に、独立した微細孔を有するアルミナ基板上に、p型ビスマステルライドを成膜したことを特徴とする。ここで、独立した微細孔とは、個々の微細孔が隣接する他の微細孔と物理的に繋がることなく、適度の間隔を保ち、分布している態様を意味する。パーコレーション理論により、独立していない微細孔を有する多孔質体の電気伝導率は極めて低いことが知られている。
【0011】
(アルミナ基板)
本発明で使用されるアルミナ基板は、アルミニウム(Al)又はその合金を基体とし、陽極酸化を行うことで形成することができる。アルミニウム合金としては、アルミニウムと合金が形成できかつ微細孔を有する多孔質の酸化皮膜を形成できるものであれば、特に制限なく使用することができる。例えば、アルミニウムに微量の他の金属を添加したアルミニウム−銅合金、アルミニウム−シリコン合金が挙げられる。
【0012】
本発明の熱電変換材料のアルミナ基板を図により説明する。図1は、本発明の熱電変換材料におけるp型ビスマステルライドを設けるアルミナ基板の断面を模式的に示した図である。図1において、アルミナ基板1は、アルミニウム基体2、アルミナの多孔質膜3、微細孔4で構成される。図に示すとおり、アルミニウム基体2の上には、陽極酸化により形成されたアルミナの多孔質膜3が存在し、多孔質膜3はアルミナ基板1の厚み方向に多数の独立した微細孔4を有している。
【0013】
アルミナ基板1の微細孔4の平均直径は、好ましくは10〜30nm、より好ましくは
15〜25nmである。平均直径が10nm以上であると、蒸着後も独立した微細孔が維持されやすいので好ましく、30nm以下であると、熱変換材料の機械的強度が確保でき、電気特性も維持されるため好ましい。尚、微細孔4の平均直径は、測定倍率10万倍でのSEM写真(アルミナ基板微細孔表面)から、視野内に存在する独立した微細孔4の個々の孔径の最大径、最小径を読み取り単純平均し、次いで、測定を全数にわたり行い、最後に再度単純平均することにより算出している。
微細孔4の深さは、好ましくは100〜1000nm、より好ましくは500〜1000nmである。深さが100nm以上であると、独立した微細孔が維持されるという観点から好ましい。1000nm以下であると乾燥時の強い表面張力構造が壊れることなくアルミナ生成プロセスが容易であるので好ましい。
また、微細孔4の配列する平均間隔(隣接する孔と孔との中心間距離)は、好ましくは30〜60nmであり、より好ましくは50〜60nmである。平均間隔が30nm以上であると、電子の平均自由行程より長くなり、電子の散乱因子となりにくくなるため、電気伝導率の低下が抑制され好ましい。60nm以下であると、フォノンの平均自由行程より短くなり、フォノンの散乱因子となりやすくなるため、熱伝導率が低減でき好ましい。微細孔4の個数は、平均間隔を30〜60nmとした場合、1mm2当たり2.8×108〜11×108個程度となる。
【0014】
微細孔内を基板の厚み方向に貫通する中心線5とアルミナ基板1上に立てた法線6とのなす角度7は、好ましくは±10°以内、より好ましくは±5°以内である。法線6とのなす角度7が±10°以内であると、p型ビスマステルライドを成膜した時、微細孔内部の壁面にp型ビスマステルライドが付着しにくくなるため、好ましい。尚、前記微細孔内を基板の厚み方向に貫通する中心線5とアルミナ基板1上に立てた法線6とのなす角度7は、測定倍率8万倍でのSEM写真(アルミナ基板断面)を用い測定した。
さらに、図2に示すように、微細孔4は、p型ビスマステルライドを成膜した時に、微細孔内部の壁部に付着しない形状、例えば、アルミナ基板1の深さ方向に、逆テーパー形状(a)、ビア樽形状(b)、又は一部壁部に付着しても、アルミナ基板1の表面との絶縁性が維持されるような、折曲部が存在する形状(c)等でも使用することができる。ここで、貫通する中心線5は、微細孔上部の中心と底部の中心を結んだものである。
【0015】
上記のアルミナ基板1に、p型ビスマステルライドをフラッシュ蒸着法等により成膜することにより、本発明の熱電変換材料を得ることができる。
【0016】
(p型ビスマステルライド)
本発明の熱電変換材料(p型:キャリアが正孔、ゼーベック係数が正値)において、成膜されたp型ビスマステルライドは、通常アルミナ基板1の表面と微細孔4の底部に存在するが、微細孔4の底部には微細孔4の直径及び形状によっては殆ど存在しないこともある。また、微細孔4の底部とアルミナ基板1の表面との絶縁性は、熱伝導率の低減効果が低くなることを防ぐために、常に維持されている。
前記p型ビスマステルライドの、前記アルミナ基板表面における膜厚は、好ましくは、1〜350nmであり、より好ましくは10〜300nm、更に好ましくは50〜250nmである。アルミナ基板表面の膜厚が1nm以上であると底面と連続した膜にならずに多孔質膜構造の薄膜を形成できる観点から好ましい。350nm以下であると、材料コスト削減及び成膜時間短縮の点で好ましい。
また、前記微細孔4の底部の、前記p型ビスマステルライドの膜厚は、好ましくは300nm以下であり、より好ましくは100nm以下である。微細孔4の底部のp型ビスマステルライドの膜厚が300nm以下であると、微細孔構造が維持され好ましい。
本発明の熱変換材料に使用されているp型ビスマステルライドは、BiXTe3Sb2-Xが好ましいが、この場合、Xは、好ましくは0<X≦0.6であり、より好ましくは0.4<X≦0.6である。Xが0より大きく0.6以下であるとゼーベック係数と電気伝導率が大きくなり、p型熱電変換材料としての特性が維持されるので好ましい。
【0017】
本発明のp型熱電変換材料は、単独で、好ましくはn型熱電変換材料(n型:キャリアが電子、ゼーベック係数が負値)と一対にし、使用することができる。例えば、複数対を、電気的には電極を介して直列に、熱的にはセラミックス等の絶縁体を介して並列に接続して、熱電変換素子として、発電用及び冷却用として使用することができる。
【0018】
[熱電変換材料の製造方法]
本発明の熱電変換材料の製造方法は、アルミナ微細孔作製工程と、その後に行うp型ビスマステルライド成膜工程とを有することを特徴とする。さらに詳述すると、(1)アルミナ微細孔作製工程は、例えば、アルミニウム基体表面の自然酸化膜を除去する電解処理工程、多孔質膜(Al23)を形成する陽極酸化工程(一段陽極酸化)、形成した多孔質膜を除去し、再度、陽極酸化工程(二段陽極酸化)により多孔質膜を形成する工程、さらに、その後、アルミナ基板の孔の拡張、表面の平滑化を行うエッチング処理工程を含むことが好ましい。また、(2)p型ビスマステルライド成膜工程は、例えば、アルミナ基板を真空装置内に設置、排気し、真空に保持されたアルミナ基板にフラッシュ蒸着を行う工程を含むことが好ましい。
【0019】
(1)アルミナ微細孔作製工程
(1)−1 電解処理工程
陽極酸化する金属は、金属酸化物の成長等に影響を与えるおそれがあるため、前処理をすることが好ましい。本発明で使用されるアルミニウム金属のように、自然酸化膜が容易に形成されてしまうおそれのある金属に関しては、必要に応じて、自然酸化膜を除去する。
まず、本発明で使用したアルミニウム基体の表面の自然酸化膜は、一例として、過塩素酸とエチルアルコールの混合溶液で電解処理することにより除去することが好ましい。
(1)−2 陽極酸化工程1
本発明で使用されるアルミナ基板は、アルミニウム又はその合金を基体とし、電解液の濃度、温度及び電解時間を制御しつつ、20〜30Vで陽極酸化することにより製造され、微細孔の孔径及び深さが制御される。
【0020】
ここで、一例として、本発明で適用した陽極酸化法について説明する。本発明で適用した陽極酸化は、陽極酸化すべく金属アルミニウムを陽極に、対極となる陰極に、例えば、カーボン材からなる電極を配置し、これらを電解液に浸漬し、外部電源を接続し、電気(通常は直流電流)を流すことにより行う。
【0021】
次に、定電流条件で陽極酸化した場合の、酸化皮膜の成長メカニズムは以下のように考えられる。
生成する酸化皮膜の厚さは、成長開始時は電解時間に比例し直線的に増加するが、生成する酸化皮膜の電気抵抗が、厚さ方向に必ずしも一定とはならないため、酸化皮膜の成長とともにその両端にかかる電圧が飽和傾向を示す。この時の、酸化皮膜の膜厚、電位を、アルミニウム金属を陽極酸化する時の、限界膜厚、限界高電位と呼ぶ。この限界高電位はアルミニウム金属の陽極酸化速度と陽極溶解速度とのバランスにより決まるため、電解液の種類、濃度等により異なり、一般に硫酸では20V、シュウ酸では40V程度の電位で行われる。
また、構造的に見た場合、酸化皮膜はバリヤー皮膜とポーラス皮膜からなり、バリヤー皮膜は、緻密で孔がなく、電流が高電場のもとで絶縁性の酸化物の中を流れ、厚く成長するが、ポーラス皮膜は、最初にできたバリヤー皮膜が高電場による作用と、電解液の溶解作用を受けて、局部的に孔を形成することにより、多孔質膜となる。
【0022】
本発明で使用したアルミニウム酸化皮膜の成長のメカニズムは必ずしも明確ではないが、以下のように考えられる。まず、陽極酸化の初期には酸化物の均一溶解を伴って、バリヤー皮膜の厚さが増大する。次に、皮膜の成長とともに酸化物の局所的溶解が起こり、無数の微細孔が発生する。さらに、初期に発生した微細孔の一部が芽孔により成長し、残りの大部分の微細孔は成長を停止する。定常状態では六角セル構造が完成し、多孔質陽極酸化皮膜が成長していく。
また、細孔底部に素地金属と接して存在する半円球状のバリアー層には、アノード電場がかかり、これにより、Al3+イオンが素地金属バリアー層を横切り孔底部に向かって移動する。孔底部に到達したAl3+イオンは、直接溶液中を移動する。O2-に関しては、逆に孔底部から素地金属表面部へ移動する。バリアー層と素地金属界面に到達したO2-イオンはAl3+と反応して新しい酸化物を形成する。これらにより、初期にできた芽孔は深さ方向に進行し、柱状構造の多孔質体となる。
【0023】
本発明に使用した多孔質膜の細孔の数、孔径は、陽極酸化条件により変化する。アノード電位を高くすると、孔径は増大し、細孔の数は減少する。よって、陽極酸化の電位、電流条件により、細孔数及び孔径を適宜制御することができる。
【0024】
本発明に適用した陽極酸化では、使用するアルミナ基板の細孔の平均直径を10〜30nmに制御する観点から、例えば、硫酸を電解液とし、陽極酸化電圧を20Vとした場合、電解液の濃度を好ましくは0.2〜5質量%、より好ましくは0.2〜0.5質量%とし、一段目の陽極酸化を行うことが好ましい。
【0025】
(1)−3 陽極酸化工程2(二段陽極酸化)
上記により得られた多孔質膜は、そのまま使用できるが、得られた多孔質膜を除去して、再度新たな多孔質膜を形成させ、すなわち陽極酸化を二回行う(二段陽極酸化)ことにより、より孔径の揃った、内壁の凸部が少ない多孔質膜を形成できる。
本発明における、二段陽極酸化法は以下の工程(a)〜(c)を順次行う方法である。
(a)硫酸等の酸性溶液中での陽極酸化(一段目)により多孔質膜を形成する工程。
(b)形成した多孔質膜を、リン酸とクロム酸の混合溶液等で除去する工程(アルミニウム素地金属表面部に孔の底部に対応したパターンを形成)。
(c)(a)と同様、硫酸等の酸性溶液中で陽極酸化(二段目)により多孔質膜を形成する工程。
すなわち、本発明の熱電変換材料の製造においては、一度、陽極酸化して得られた多孔質膜をリン酸とクロム酸の混合溶液等で剥離し、素地金属表面部に孔の底部に対応したパターンを形成させる。次に、このパターン上に二段目の陽極酸化を行う。このようにして、予め孔のパターンを形成した素地表面に、陽極酸化を行うことにより、一段目に比べ、より孔径の揃った、内壁の凸部が少ない多孔質膜を形成できるので好ましい。
【0026】
(1)−4 エッチング処理工程
さらに、アルミナ基板の孔の拡張、表面の平滑化をするために、リン酸等の酸性溶液を使用して、エッチング処理を行うことが好ましい。このエッチング処理は、アルミナ基板そのものを溶解することにより成形するものであるので、所定の形状を得るために、細かい条件出しを行う必要がある。
【0027】
(2)p型ビスマステルライド成膜工程
本発明においては、前記(1)アルミナ微細孔作製工程の後に、p型ビスマステルライドをアルミナ基板へ成膜することが好ましい。ここで、成膜方法としては、微細孔内底部とアルミナ基板表面との絶縁性を維持できる成膜方法であれば、特に限定されないが、フラッシュ蒸着法が好ましく用いられる。
【0028】
(フラッシュ蒸着法による成膜)
フラッシュ蒸着法とは、粒子状にした蒸発材料を、例えば、材料の沸点以上に予め加熱したるつぼ、又はボート型ヒータに、連続的に少量ずつ供給して、瞬間的に材料を蒸発させる蒸着法である。このようなプロセスで蒸着すると、瞬時に材料が蒸発するため、特に蒸気圧の異なる2種類以上の元素からなる合金を蒸着する場合、蒸発材料である蒸発源をヒータ上に固定し、加熱蒸着する蒸着法に比べ、組成比をより一定に保つことができる。また、材料の飛散、未蒸発物の残留等がなく、材料を効率良く利用でき、製造コスト的にも好ましい。また、フラッシュ蒸着法では、蒸着時の材料の直進性が高く、微細孔内の壁面に材料が蒸着されにくくなるためより好ましい。
【0029】
フラッシュ蒸着法に使用できる装置の例を説明する。図5は、実施例1(2)で使用されたフラッシュ蒸着装置の概略図である。図5において、9はフラッシュ蒸着装置、10は真空チャンバー、11は蒸着材料、12はヒータである。
真空チャンバー10において、蒸着材料11を加熱蒸発させるヒータ12として、例えば、ボート型を有したヒータ12を使用するが、ボート材料としては、通常、モリブデン、タンタル、ニオブ等に代表される高融点金属が使用され、蒸着材料11の融点、沸点等の物性に合わせ、適宜選択される。アルミナ基板13は、通常ヒータ12に対向する位置に設置する。
また、フラッシュ蒸着装置9にはフラッシュ蒸着の特徴の一つである、蒸発材料11を連続的に少量ずつ供給する機構を備えている。具体的には、例えば、フラッシュ蒸着装置9の上部に、電磁フィーダ14を設け、電磁フィーダ14から蒸発材料11の粒子を漏斗15へ供給し、所定量の蒸着材料11が漏斗15を介して連続的にヒータ12上に落下するように設計されている。
【0030】
実際の蒸着は、以下のようにして行われる。フラッシュ蒸着装置9の真空排気口13より排気をし、所定の真空度まで到達させ一定時間保持した後、ヒータ12を加熱させる。
基板温度に関しては、膜物性の設計等によるが、通常、アルミナ基板13を所定温度まで加熱し、一定時間保持した後、蒸着材料11をヒータ12上に落下させることで、蒸着を開始する。蒸発材料11が瞬時に蒸発して、対向するアルミナ基板13に付着し、蒸着が行われる。
蒸着終了後、ヒータ12への電流供給を停止し、基板温度を所定温度以下まで冷却し、真空チャンバー10を開放することでフラッシュ蒸着工程が完了する。
【実施例】
【0031】
次に、本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明は、これらの例によってなんら限定されるものではない。
【0032】
実施例、比較例で作製した熱電変換材料の熱電性能評価は、以下の方法で、熱伝導率、ゼーベック係数及び電気伝導率を算出することにより行った。
(a)熱伝導率
パルス秒加熱サーモリフレクタンス法(ピコ秒サーモリフレクタンス装置、型番:PicoTR、株式会社ピコサーム製)により、パルスレーザで試料表面を瞬間的に加熱し、熱拡散に伴う試料表面の温度変化を測定し、膜の膜厚方向の熱伝導率を算出した。
(b)ゼーベック係数
作製した試料の一端を加熱して、試料の両端に生じる温度差をクロメル−アルメル熱電対を使用し測定し、熱電対設置位置に隣接した電極から熱起電力を測定した。具体的には、温度差と起電力を測定する試料の両端間距離を15mmとし、一端を20℃に保ち、他端を25℃から30℃まで1℃刻みで加熱し、その際の熱起電力を測定して、傾きからゼーベック係数を算出した。
(c)電気伝導率
作製した試料の両端から定電流を供給し、デジタルボルトメーター(デジタルボルトメーター、型番:Model7555、横河電機株式会社製)で試料の両端の電位を測定することにより、試料の抵抗値を算出し、試料のサイズ(縦×横×厚さ)を考慮して電気伝導率を算出した。
【0033】
実施例1
(1)アルミナ基板の作製
微細孔を有するアルミナ多孔質膜を、二段陽極酸化法で形成し、アルミナ基板1を作製した。
まず、アルミニウム基体2(10×100×0.5mm、純度99.9%;株式会社ニラコ製)をアセトンで洗浄し、60質量%の過塩素酸とエチルアルコールを1:4(体積比)の割合で混合した溶液を20℃に加温し、10Vの直流電圧を5分間印加し、アルミニウム基体2の表面の自然酸化膜を除去した。次に、20℃の0.3質量%の硫酸溶液中で、20Vの直流電圧を2時間印加し、一段目の陽極酸化を行い、アルミナの多孔質膜を形成させた。
さらに、二段陽極酸化を行うために、6質量%のリン酸と1.8質量%のクロム酸の水溶液を60℃に加温し、14時間浸漬することにより、一段目の陽極酸化で形成したアルミナ多孔質膜を完全に除去した。除去後のアルミニウム基体2の素地面には、アルミニウムが陽極酸化反応で侵食されたことを示す、孔の底部に対応したパターンが形成されている。
再び、アルミニウム基体2を20℃の0.3質量%の硫酸溶液中で、20Vの直流電圧を5分間印加し、二段目の陽極酸化を行い、アルミナの多孔質膜3を形成させた。最後に、30℃の6質量%のリン酸の水溶液中で15分間エッチング処理し、アルミナの多孔質膜3の孔の拡張、表面の平滑化を行い、アルミナ基板1を作製した。作製したアルミナ基板1の微細孔4の平均直径は20nm、平均間隔は50nm、深さは1000nmであった。
【0034】
(2)p型ビスマステルライドの成膜
熱電変換素材料は、前記(1)で作製したアルミナ基板1を使用し、フラッシュ蒸着法でp型ビスマステルライドを成膜することにより作製した。
図5に示したフラッシュ蒸着装置9の真空チャンバー10において、蒸着材料11を加熱蒸発させるヒータ12としてボート型のタングステンヒータを使用し、ヒータ12に対向する位置(20cm)に(1)で作製したアルミナ基板1を配置した。
次いで、フラッシュ蒸着装置9の真空排気口16より排気をし、1.4×10-3Paの真空度まで到達させ、真空度を安定させた後、85Aの電流をタングステンヒータ12に供給し、加熱させた。基板温度に関しては、200℃で一定時間保持した。蒸着材料11であるBi0.4Te3Sb1.6合金をボート上に連続的に少量ずつ落下させ、平均蒸着速度
0.17(nm/秒)、蒸着時間600(秒)で成膜を行い、熱電変換材料を作製した。
図3は本発明の実施例1で得られた熱電変換材料の微細孔を示すSEM写真であり、(a)は表面、(b)は断面である。図3(a)に示すように、Bi0.4Te3Sb1.6合金が成膜されたアルミナの多孔質膜の表面は独立した微細孔になっていることがわかる。また、図3(b)に示すように、微細孔の断面は、基板の厚み方向にやや傾きを有している場合があるが、各微細孔内を貫通する中心線が、アルミナ基板上に立てた法線に対し、±10°内に十分収まっていることがわかる。成膜したBi0.4Te3Sb1.6のアルミナ基板表面の膜厚は100nm、微細孔の底部の膜厚は0nmであった。熱電性能評価結果を表1に示す。
【0035】
比較例1
微細孔がないアルミナ基板上に、Bi0.4Te3Sb1.6合金をフラッシュ蒸着して、熱電変換材料を作製した。熱電性能評価結果を表1に示す。
【0036】
比較例2
微細孔が独立していないBi0.4Te3Sb1.6薄膜については、Bi0.4Te3Sb1.6原料をナノサイズに粉砕した粒子を塗布することで成膜した。
図4は比較例2で用いた熱電変換材料の細孔を示すSEM写真であり、(a)は表面、(b)は断面である。図4(a)に示すように、アルミナの多孔質膜の表面の細孔は、独立していない態様であることがわかる。また、図4(b)に示すように、微細孔の断面も独立していない構造であることがわかる。熱電性能評価結果を表1に示す。
【0037】
【表1】

【0038】
実施例1では、熱伝導率が大幅に低下し、電気伝導率の減少が抑制され、かつゼーベック係数はバルクの物性値(Bi0.4Te3Sb1.6のバルクの物性値:220μV/K)にほぼ維持された。このため、無次元熱電性能指数ZTは1.87となり、実用の目安となる指標値1をはるかに越えた値が得られた。
一方、微細孔が形成されていない薄膜のみのアルミナ基板を使用した比較例1では、無次元熱電性能指数ZTは1.05であり、微細孔が独立していないアルミナ基板を使用した比較例2では、ZTは0.16であった。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明の熱電変換材料は、熱と電気の相互エネルギー変換を行う熱電変換素子にして、モジュールに組み込み、利用される。具体的には、高効率な熱電変換材料であるので、工場や廃棄物燃焼炉、セメント燃焼炉等の各種燃焼炉からの排熱、自動車の燃焼ガス排熱及び電子機器の排熱を電気に変換する用途への適用が考えられる。
【符号の説明】
【0040】
1:アルミナ基板
2:アルミニウム基体
3:多孔質膜
4:微細孔
5:微細孔内を貫通する中心線
6:アルミナ基板上に立てた法線
7:微細孔内を貫通する中心線と法線のなす角度
8:アルミナ基板に対して平行に引いた仮想線
9:フラッシュ蒸着装置
10:真空チャンバー
11:蒸着材料
12:ヒータ
13:アルミナ基板
14:電磁フィーダ
15:漏斗
16:真空排気口

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板の厚み方向に、独立した微細孔を有するアルミナ基板上に、p型ビスマステルライドを成膜したことを特徴とする熱電変換材料。
【請求項2】
前記微細孔内を貫通する中心線が、前記アルミナ基板上に立てた法線に対し±10°以内の角度を有する請求項1に記載の熱電変換材料。
【請求項3】
前記微細孔の平均直径が10〜 30nm、深さが100〜1000nm、及び微細孔間の平均間隔が30〜60nmである請求項1又は2に記載の熱電変換材料。
【請求項4】
前記p型ビスマステルライドが微細孔内底部とアルミナ基板表面に存在し、かつ該微細孔内底部と該アルミナ基板表面とは絶縁性を維持する請求項1〜3のいずれかに記載の熱電変換材料。
【請求項5】
前記p型ビスマステルライドの前記アルミナ基板表面における膜厚が1〜350nm、前記微細孔内底部における膜厚が0〜300nmである請求項4に記載の熱電変換材料。
【請求項6】
前記p型ビスマステルライドがBiXTe3Sb2-Xであって、0<X≦0.6である請求項1〜5のいずれかに記載の熱電変換材料。
【請求項7】
アルミナ微細孔作製工程と、その後に行うp型ビスマステルライド成膜工程とを有することを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の熱電変換材料の製造方法。
【請求項8】
前記アルミナ微細孔作製工程が、二段陽極酸化法による請求項7に記載の熱電変換材料の製造方法。
【請求項9】
前記二段陽極酸化工程の後に、さらに、エッチング処理工程を有する請求項8に記載の熱電変換材料の製造方法。
【請求項10】
前記p型ビスマステルライド成膜工程が、フラッシュ蒸着法による請求項7〜9のいずれかに記載の熱電変換材料の製造方法。

【図2】
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【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−174813(P2012−174813A)
【公開日】平成24年9月10日(2012.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−33980(P2011−33980)
【出願日】平成23年2月18日(2011.2.18)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 〔発行者名〕 日本熱電学会 〔刊行物名〕 第7回 日本熱電学会学術講演会(TSJ2010)予稿集及び発表スライド 〔発行年月日〕 2010年(平成22年)8月19日 〔刊行物等〕 〔発行者名〕 American Institute of Physics 〔刊行物名〕 APPLIED PHYSICS LETTERS 〔巻数、号数〕 Vol.98,023114(2011) 〔発行年月日〕 2011年(平成23年)1月14日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度 独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(ロボット・新技術イノベーションプログラム)「異分野融合型次世代デバイス製造技術開発プロジェクト」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【出願人】(509130000)技術研究組合BEANS研究所 (13)
【出願人】(000102980)リンテック株式会社 (1,750)