説明

熱電対用Ni−Cr合金

【課題】 熱電対の正極用合金を製造する際に金元素の一部が溶湯中に含有する酸素等と反応して目的とする組成から変動することが抑制された、また、熱間加工性が改良された、長期安定性を有する熱電対の正極用合金を提供する。
【解決手段】クロム(Cr)9.0質量%以上10.0質量%以下、ケイ素(Si)を0.2質量%以上0.7質量%以下、鉄(Fe)を0.05質量%以上0.70質量%以下、カルシウム(Ca)を0.001質量%以上0.1質量%以下、並びにアルミニウム(Al)1.0質量%以下及び/又はジルコニウム(Zr)1.0質量%以下を含み、残部がニッケル(Ni)からなる熱電対用Ni−Cr合金。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱電対の正極(プラス極)に使用可能な熱起電力特性を有する熱電対用Ni−Cr合金に関するものである。
【背景技術】
【0002】
JIS C 1602に規定されているK型熱電対は安価で室温から約1200℃迄の広い温度範囲を測定することが可能であり、広く産業界での温度計測に使用されてきている。ここで、熱電対は、温度と熱起電力特性の比例関係を利用して、熱起電力を検出することにより温度を検知するものである。
【0003】
前記K型熱電対は正極(プラス極)(KP)として、例えば10質量%のクロム(Cr)を含むニッケル合金であるNi−Cr合金(通称クロメル(米国ホスキンス社の商品名))が、負極(マイナス極)(KN)として、例えば1.50質量%のアルミニウムを含むニッケルアルミ合金(通称アルメル(米国ホスキンス社の商品名))が広く用いられてきており、その合金組成は各種存在している。
【0004】
近年、半導体を代表する温度管理の厳しい製造工程では、更なる高精度温度管理の実現が求められている。さらに各種産業界においても、計測環境が多様化していることから短命化が問題となる場合があり耐久性の向上が求められている。また、熱電対交換によるメンテナンスコスト及び環境負荷低減を目的とした熱電対の耐久性の向上が求められている。また、燃料電池分野を代表とする新規温度計測用途への利用がなされようとしている。これら新規用途を実現するためには、高精度な熱起電力を有するだけではなく、初期特性を長期間維持した特性耐久性を兼ね備えることが望まれている(特許文献1)。
【特許文献1】特公平3−40097号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来、用いられて来たNi−Cr合金においては、合金を溶製する際、合金元素の一部が溶湯中に含有する酸素などと反応するため所望組成から変動し、高度に組成制御して所望特性を得ることが極めて困難であった。また、新たな課題として、原料中に不純物として含有する硫黄(S)が熱間加工性を低下させる問題があることも分かってきた。さらに、現在は、使用環境下での耐久性を向上させるために従来の合金より耐高温酸化性を高める必要が生じている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記課題を解決するための、クロム(Cr)9.0質量%以上10.0質量%以下、ケイ素(Si)を0.2質量%以上0.7質量%以下、鉄(Fe)を0.05質量%以上0.70質量%以下、カルシウム(Ca)を0.001質量%以上0.1質量%以下、並びにアルミニウム(Al)1.0質量%以下及び/又はジルコニウム(Zr)1.0質量%以下を含み、残部がニッケル(Ni)からなる熱電対用Ni−Cr合金に関する。
【発明の効果】
【0007】
本発明の熱電対用Ni−Cr合金を使用することにより、合金製造時にNi−Cr合金の必須成分元素であるCr、Si、Fe、並びにAl及び/又はZrの組成変化を防止して正極用熱電対としての熱起電力特性のバラツキを低減することができ、所望の熱起電力特性を再現性よく得ることが出来、加えて耐高温酸化性を向上させた正極用熱電対合金が提供可能となる。更に、本発明の熱電対用Ni−Cr合金は、良好な熱間加工性を有している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明の熱電対用Ni−Cr合金は、クロム(Cr)9.0質量%以上10.0質量%以下、ケイ素(Si)を0.2質量%以上0.7質量%以下、鉄(Fe)を0.05質量%以上0.70質量%以下、カルシウム(Ca)を0.001質量%以上0.1質量%以下、並びにアルミニウム(Al)1.0質量%以下及び/又はジルコニウム(Zr)1.0質量%以下を含み、残部がニッケル(Ni)からなることを特徴とする。
【0009】
すなわち、本発明の熱電対用Ni−Cr合金は、必須の成分元素であるCr、Si、Fe及びAl、Zrに、耐酸化性及び熱間加工性等を向上させるために、一定割合のCaを含有している。
【0010】
ここで、Cr含有量が9.0質量%未満では、ASTM E230−96に記載のTable33の単線熱起電力値基準値より600〜1000℃温度域での熱起電力特性がマイナス方向に逸脱するという問題があり、また10.0質量%を超えると前記単線熱起電力値基準値より200℃〜1000℃以下の熱起電力特性がマイナス方向に逸脱するという問題が生じることから、Cr含有量は、9.0〜10.0質量%の範囲が好ましい。
【0011】
また、Si含有量は0.2質量%未満では前記単線熱起電力値基準値より600℃以上の熱起電力特性がプラス方向に逸脱するという問題があり、また0.7質量%を超えると前記単線熱起電力値基準値より400℃以上の熱起電力特性がマイナス方向に逸脱するという問題が生じることから、Si含有量は、0.2〜0.7質量%の範囲が望ましい。
【0012】
また、Fe含有量は前記0.05質量%未満では前記単線熱起電力値基準値より600℃以上の熱起電力特性がプラス方向に逸脱するという問題があり、また前記0.70質量%を超えると前記単線熱起電力値基準値より200〜600℃以下の熱起電力特性がマイナス方向に逸脱するという問題が生じることから、Fe含有量は、0.05〜0.70質量%が望ましい。
【0013】
また、Al含有量は1.0質量%以下であれば、ASTM E230−96に記載のTable33の単線熱起電力値基準値より逸脱するという問題はない。高温使用環境下において熱電対用Ni−Cr合金表面に生成したCr酸化層の直下にAlに集積し、Cr酸化層の密着性を保持し耐酸化性維持する効果がある。
【0014】
また、Zr含有量は1.0質量%以下であれば、ASTM E230−96に記載のTable33の単線熱起電力値基準値より逸脱するという問題はない。Zrは酸化性雰囲気下で合金中に進入する酸素(O)と優先的に酸化し耐熱性向上に寄与する効果を有する。さらにZrは結晶組織を微細化する効果があり、使用環境下での粒界破壊を防止する効果を有する。しかしながら1.0質量%を超えるとNiとZrの化合物を生成し熱間および冷間加工性を低下させる。
【0015】
さらに、Ca含有量は0.001〜0.1質量%の範囲ではASTM E230−96に記載のTable33の単線熱起電力値基準値より逸脱するという問題はない。またCaは熱間加工性を低下させる硫黄(S)と結びついて化合物を形成し、硫黄(S)を除去あるいは固定し熱間加工性を向上させる。しかしながら、Caは過度に添加されると熱間加工性が低下する。従って好ましくはCaの含有量は0.001〜0.1質量%であり、好ましくは0.005〜0.03質量%であり、更に好ましくは0.005〜0.015質量%である。このようなCaの含有量の範囲が最も熱起電力特性の製造ばらつきを低減する効果を発揮する。加えて、Caを熱電対合金の正極に含有させることにより、熱電対の耐酸化性が向上し高温環境下での高寿命化に寄与する。
さらに、Ca元素は、上記した熱電対用Ni−Cr合金の必須成分であるCr、Si、Fe並びにAl及び/又はZrよりも酸化反応を受けやすい元素であることから、溶湯中に酸素が含有されていると酸素と優先的に酸化反応を受けて、他の元素の酸化反応が防止され、その結果組成の変動が低減されるという効果も有している。
【0016】
なお、本発明において他の不純物は、不可避的不純物であるものとする。
【0017】
以下に本発明の熱電対用Ni−Cr合金の製造例を記載する。
Cr、Si、Fe、Al、及びZrを所定の割合に配合して溶解させ、さらにメルトダウン後に所定量のCaを添加して鋳造・冷却して、熱電対用Ni−Cr合金である鋳塊を作製する。
さらに、前記鋳塊を旋盤等で削出して、熱間鍛造で丸棒とし、更に溝ロールで線材に延伸する。該線材を中間焼鈍、冷間伸線加工して最終焼鈍を施して熱電対の正極として使用できる線材を得ることができる。
【実施例】
【0018】
熱電対用Ni−Cr合金A〜Fを作製して、熱電対の正極線材としての評価を行った。
【0019】
(1)熱電対用Ni−Cr合金試料の作製
Cr:9.50質量%、Si:0.40質量%、Fe:0.30質量%、AlとZrは各々0.06質量%を含有し、Caの添加量を表1のように変化させたNi−Cr合金熱電対試料A〜Fをそれぞれ3試料ずつ作製した。
具体的には、Ca以外の原料成分を上記割合となるよう配合した後、溶解させ、さらにメルトダウン後にCaを添加した。次いで鋳造、冷却し鋳塊とし、該鋳塊を旋盤で外削後、熱間鍛造により直径15mmφの丸棒とし,さらに溝ロールで7mmの線材とした。該線材に対し、適宜中間焼鈍(850℃×2時間)を行い、直径3.2mmまで冷間伸線加工して最終焼鈍(950℃×4.5m/min)を施した。
【0020】
(2)熱起電力特性変動、熱間加工性の評価
最終焼鈍を施したNi-Cr合金線材A〜Fをそれぞれ負極線材としての白金線と接続し、比較校正法により200〜1000℃の範囲で熱起電力の測定を行った。製造毎の熱起電力特性の変動評価は、各合金試料について3試料を製造し、各試料の温度毎の熱起電力値を、標準偏差3σを用いて評価し、その結果を表1にまとめて示した。
評価基準として、200〜1000℃範囲の標準偏差3σが0.020未満のもの◎、0.020〜0.030未満のものを○、0.030以上のものを×として判定した。
また、熱間加工性の評価基準は、圧延割れの有無を目視により確認し、割れがないものを◎、割れの長さが2mm未満のものを○、割れの長さが2mm以上のものを×として判定した。
【0021】
【表1】

【0022】
(3)耐酸化性評価
上記と同様の方法で、表2に示す組成の熱電対用Ni−Cr合金試料を調製した。なお、表2中、Bal.とは残余を示す。また、合金試料の形状は3.2mmφ×長さ40mmである。これらの試料を1000℃の大気中で1〜100hr暴露した後に、酸化増量をJIS Z 2281に規定されている金属材料の高温連続酸化試験方法に準拠した方法で測定することにより耐酸化性の評価を行った。評価の結果を図1に示す。
【0023】
【表2】

【0024】
図1の酸化増量の値から、本発明の熱電対用Ni−Cr合金試料は従来の熱電対用Ni−Cr合金と比較し、酸化による重量増が100時間程度の加熱時間において、およそ1/2に低減していることから耐酸化性が向上していることが確認された。
【0025】
(4)熱起電力の耐久性評価
上記と同様の方法で、表2に示す組成の熱電対用Ni−Cr合金試料を調製した。その後、熱起電力耐久性試験として試料を900℃の大気中で所定時間保持した後、1000℃における熱起電力値の経時変化を測定することにより、1000℃での初期特性値からの特性を評価した。
熱起電力耐久性試験結果を図2に示す。図2より、本発明の合金試料は従来の合金と比較し、短時間でのプラス方向の熱起電力特性変化は同様な傾向を示すが、本発明合金は長時間おいて熱起電力特性の経時変化が従来の合金と比較して抑制されており熱起電力耐久性に優れていることが確認された。
【0026】
上記実施形態例では、いずれも線材形状のものを用いて評価したが、本願発明は任意の形状で使用することができる。例えば、線材形状のK型正電極(KP)だけでなく、板・条等任意の形状のK型正電極(KP)や、同様に任意形状のE型正電極(EP)等にも用いることができる。
【0027】
本発明の熱電対用Ni−Cr合金は、製造時において熱起電力特性の変動を低減し、所望の熱起電力特性を再現よく得ることが出来る。加えて耐高温酸化性を向上させた熱電対用正極合金を提供出来る。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明の熱電対用Ni−Cr合金は、製造時において熱起電力特性の変動を低減し、所望の熱起電力特性を再現よく得ることが出来る。加えて耐高温酸化性を向上させた熱電対用正極合金を提供出来る。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明の実施例における熱電対用Ni−Cr合金試料の耐酸化性を示すグラフである。
【図2】本発明の実施例における熱電対用Ni−Cr合金試料の熱起電力耐久性を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
クロム(Cr)を9.0質量%以上10.0質量%以下、ケイ素(Si)を0.2質量%以上0.7質量%以下、鉄(Fe)を0.05質量%以上0.70質量%以下、カルシウム(Ca)を0.001質量%以上0.1質量%以下、並びにアルミニウム(Al)1.0質量%以下及び/又はジルコニウム(Zr)1.0質量%以下を含み、残部がニッケル(Ni)からなる熱電対用Ni−Cr合金。

【図1】
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【図2】
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