説明

熱音響光スイッチ

【課題】光通信・光情報処理等の分野の光波回路の熱光学効果を利用した光スイッチの特に、超高速で動作させる熱音響光スイッチに関する。
【解決手段】シリコン基板101上に、マッハツェンダー型干渉計のアーム導波路104上には、熱光学効果を誘起する熱光学移相器が装荷されている。音響媒質である石英系光導波路102内に超音波を放射させる圧電薄膜であるZnO膜105をアーム導波路104上に形成する。ZnO膜は、石英系光導波路102表面にCr400Å+金電極2000Åを形成した上に作製した。ZnO膜105は、ECRスパッタ法で作製した。石英系光導波路内を縦波(伝播速度5968m/s)の超音波が伝播する際に生じる熱音響現象により、超音速の熱移動に伴うアーム導波路104のコア内に生じる屈折率変化で、スイッチング速度は9nsが観測された。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光通信・光情報処理等の分野の光波回路の熱光学効果と熱音響現象を利用した光スイッチの特に、超高速で動作する熱音響光スイッチに関する。
【背景技術】
【0002】
熱光学現象は、非特許文献1に各種透明材料でこの現象の発見が報告されている。その後、各所で基板材料としてLiNbOやガラスを使用した研究が進められてきた。近年、光通信ネットワークに対し、各種光機能デバイスの高性能化や小型化・低コスト化に関する研究開発が盛んに行われ、信頼性・安定性に優れた石英系光導波路は、最近、兆速の進歩を遂げつつある。特にシリコン基板上に作製される石英系光導波路は、低損失であり、信頼性および光ファイバとの整合性に優れているという特長を有し、商用化され実用的な光波回路として機能する光導波路の最有力手段となっている。熱光学光スイッチは、デバイスの安定性や信頼性の面から、シリコンを基板とした2つの3dB方向性結合器と同一長のアーム光導波路からなる対称マッハツェンダー型の2×2光スイッチが開発の主流となっている。特許文献1の石英系熱光学光スイッチは、シリコン基板上のクラッド中に埋め込まれたコアの真上に薄膜ヒータのオン、またはオフにより、石英系膜の熱光学効果を利用して光導波路に屈折率分布を起こし光導波路中の導波光に位相差を与えバー状態またはクロス状態を生じさせ光スイッチングを実現させるものである。石英系熱光学光スイッチは、スイッチ素子の小型化と低消費電力化のために超高Δ導波路と断熱構造を適用して、波長多重(WDM)用石英系平面光波回路の必須のモジュールに成長している。特許文献2では、レーザプラズマ溶射で3次元光導波路を実現し、μsレベルの高速応答を実現している。
【0003】
非特許文献2は、1983年にE.J.Watsonが管内振動流により実効の熱拡散率が数10倍から数100倍に増す異常拡散を報告している。熱音響現象は、流体中の音響振動で熱を輸送される現象であるが、音響媒質が固体であっても動作原理的には流体と同じに取り扱えることはよく知られている。
【0004】
非特許文献3のレーザー誘起熱音響波は、物体表面に照射されたレーザー光が電子を励起し、その電子が低準位に遷移する際に格子振動を励起する物体の温度が上昇し、熱弾性効果により熱膨張によるひずみが発生する。特にパルスレーザーを用いると、急激な熱膨張が起こり、このひずみが弾性波として、物体内部を伝播する。縦波の指向性は、面内で横方向に拡がる成分が大きいため、通常の圧電振動子の場合と異なり斜め方向に最大の振幅をもつ。レーザー誘起熱音響波を光スイッチに適用するには、装置自体が複雑になりデバイス化は困難である。
【0005】
【特許文献1】特許2959293号公報(第7頁、第1図)
【特許文献2】特許3627052号公報(第7頁、第2図)
【非特許文献1】渡辺隆弥“新しい電気光学光偏向器”, 第3回強誘電体応用会議20‐O‐6: 昭和56年5月25日
【非特許文献2】E.J.Watson”Diffusion in oscillatory pipe flow”,J.Fluid.Mech.(1983),vol.133,pp.233-244
【非特許文献3】山中一司“レーザー超音波法の原理と応用”、非破壊検査、第49巻、第5号、292−299、2000年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明が解決しようとする課題は、熱光学光スイッチに関する根源的問題の解決である。これまで実現されている石英系熱光学光スイッチの切替速度は、応答速度は1ms〜3msで十分とはいえない。全光化、高信頼性キーデバイスとして、現在、光幹線網の重要なデバイスとして実用化されている。Dense WDM技術を基礎とした光ネットワークの構築には、光スイッチの大規模化へのさらなる対応とnsレベルの高速の応答を得ることは緊急の課題となっている。光スイッチの断面構造では、クラッドの裏面に熱溜となるシリコンがあるため石英系ガラス光導波路の上に形成された加熱されたヒータ電極からの熱流は主として一次元的に熱溜(シリコン)に向かって流れる。超音波で動作する熱光学光スイッチのスイッチング速度は、熱伝導の方程式を解くことにより求められる。超音波の速度をuとすると、熱伝導方程式は数1のようになる。ここで、k:熱拡散率、ρ:物質の密度、c:比熱である。温度分布T(X,t)は簡単に求まり、応答時間は数2となる。図3は、熱光学現象により発生した温度勾配に超音波印加前後のクラッドの深さ方向にクラッド内を伝播する温度分布T(X,0)での温度曲線300とT(X,8.3ns)での温度曲線301を示す。ここでクラッド層の厚み50μm、熱溜のシリコンの厚みは5μmである。
【0007】
【数1】

【0008】
【数2】

【課題を解決するための手段】
【0009】
熱光学効果を利用した光スイッチをnsレベルの高速の応答を得る課題の解決法は、以下の通りである。
1.シリコン基板上に下部クラッド層、コア、上部クラッド層からなる光導波路が形成された光導波路のクラッド内に加熱ヒータ電極により温度勾配が形成され、前記温度勾配に沿って音響振動が重畳されるように超音波トランスジューサはコアの所定領域の真上のクラッドに配置された熱音響光スイッチである。
2.シリコン基板上に下部クラッド層、コア、上部クラッド層からなる光導波路が形成された光導波路内に温度勾配が形成された光導波路内のコアの所定領域の真上に位置するように設けられた薄膜ヒータのパターン幅と同等またはそれより大きい面積の領域で基板の厚みを加工し薄い膜(ダイヤフラム)とし、温度勾配に沿って音響振動が重畳されるように薄膜ヒータと超音波トランスジューサがコアの所定領域の真上に配置し、かつ対向する裏面には超音波吸収層を形成した熱音響光スイッチである。
3.シリコン基板上に下部クラッド層、コア、上部クラッド層からなる光導波路が形成された光導波路内に温度勾配が形成された光導波路内のコアの所定領域の真上に薄膜ヒータを設け、薄膜ヒータと対向するように基板の裏面に(水晶、ZnO、CdS、LiNbO、LiTaO、Li、KNbO、Bi12GeO20、GaAs、AlN、PZT−4、PbNb、PbTiO)のどれか一つでヘテロエピタキシャルに成長させ圧電薄膜を形成するか、又は高分子圧電薄膜であるPVDF又はP(VDCN−VAc)又はP(VDF−TrFE)を基板裏面に塗布して圧電薄膜を形成、もしくは圧電薄膜を基板に張付けて超音波トランスジューサとした熱音響光スイッチである。
4.シリコン基板上に下部クラッド層、コア、上部クラッド層からなる光導波路が形成された光導波路のクラッド内に加熱ヒータ電極により温度勾配が形成され、かつ温度勾配に沿って音響振動が重畳されるように超音波トランスジューサを設置され、かつ対向する裏面には超音波吸収層を形成した熱音響光スイッチである。
5.基板材料がシリコンであり、光導波路材料がガラス材料もしくは、有機材料である熱音響光スイッチである。
6. シリコン(100)基板上に下部クラッド層、コア、上部クラッド層からなる光導波路が形成された光導波路内に温度勾配が形成された光導波路内のコアの所定領域の真上に位置するように設けられた薄膜ヒータのパターン幅と同等またはそれより大きい面積の領域で基板の厚みを加工し薄い膜(ダイヤフラム)とした熱音響光スイッチである。
【0010】
本発明は、DenseWDMシステムを支える光交換のキーデバイスである光路変換スイッチを提供することである。本発明は、熱光学効果と熱音響現象を利用したMZ(マッハツェンダー)干渉型の導波路スイッチであり、大規模化の可能な光路変換スイッチで低損失で安定性に優れた、nsレベルの高速動作を可能とする熱音響光スイッチである。
【発明の効果】
【0011】
以上のとおり、本発明の熱音響光スイッチは、光通信・光情報処理等の分野の平面光波回路の熱光学効果に熱音響現象を利用した光スイッチでありnsレベルの高速動作を保証する熱音響光スイッチである。本願発明の熱音響光スイッチは、熱光学効果に超音波振動による熱音響現象を重ね合わせた相乗効果で光スイッチの超高速動作を達成させるもので、当業者が容易になしうるものではない。その工業的価値は極めて高い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の音響光スイッチは、シリコン基板上に下部クラッド層、コア、上部クラッド層からなる光導波路において、コアの所定領域の真上に位置するように配置された薄膜ヒータにより光導波路のグラッド内に温度勾配が形成された温度勾配に沿って音響振動が重畳されるように超音波トランスジューサが設置され、または基板の厚みを加工し薄い膜(ダイヤフラム)として熱音響現象を利用できる構造としている。
【実施例1】
【0013】
図1は、本発明の熱音響光スイッチの断面図と平面図である。クラッド102を構成する石英系光導波路は、シリコン基板101上にFDH法(火炎加水分解法)又はMOCVD法により石英を堆積させ、反応性イオンエッチングで導波路を加工して作製されたマッハツェンダー型干渉計は、2つのアーム導波路103,104と3dB方向性結合器からなる。アーム導波路104上には、熱光学効果を誘起する熱光学移相器が装荷されている。熱光学移相器のヒータ電極端子110、111に電圧を印加し、熱光学移相器に電流を流して温度を上げることで、アーム導波路104の屈折率を高くして干渉状態を変化させ、光導波路内の光波の切り替を行っている。熱光学光スイッチのスイッチチング速度は、厚み50μmの石英系光導波路102内の熱伝導で形成される温度勾配による屈折率変化で決まる。本発明は、熱光学効果により光導波路のクラッド内に発生した温度勾配に超音波を重畳させることで超高速のスイッチチング速度を実現している。圧電薄膜であるZnO膜105は、音響媒質である石英系光導波路内のクラッド102に縦波(伝播速度5968m/s)の超音波を放射させるヒータ電極が設けられた所定のアーム導波路104上に形成する。ZnO膜は、石英系光導波路102の表面にCr400Å+金電極2000Åを形成した上に作製した。ZnO膜105は、ECR(Electron Crystron Resonator)スパッタ法で作製した。作製条件は、シリコン基板101を温度180℃に加熱した状態で、真空度10−4Torrで膜厚4.7ミクロンのc軸配向ZnO膜を得た。超音波励振用の表面電極107、内部電極108は、ZnO膜105に作製して超音波トランスジューサを構成した。112は、シリコン基板101の裏面に形成された超音波トランスジューサから放射された縦波を効率よく吸収する超音波吸収層である。超音波吸収層112は、シリコン基板101の裏面が縦波超音波を反射させて定在波を利用する本願発明の熱音響光スイッチの場合は必要としない。超音波励振用の表面電極107、内部電極108の電極寸法は幅72μm、長さ5mmである。超音波励振用の表面電極107、内部電極108に電気的に接続された106、109は、これらの引出電極である。この超音波トランスジューサは、この超音波トランスジューサは、中心周波数が500MHzで変換損失は5.4dB、帯域幅は23%であった。石英系光導波路内を超音波が伝播する際に生じる熱音響現象により、超音速の熱移動に伴うアーム導波路104のコア内に生じる屈折率変化で、スイッチング速度は9nsが観測された。
【実施例2】
【0014】
図2は、本発明の他の実施例である熱音響光スイッチの断面図と平面図である。シリコン基板の裏面からエッチングにより部分的に薄くしてダイヤフラムを形成し、その上にZnO圧電薄膜を作製したものである。シリコン基板201をエッチング加工して凹部210を形成し、ダイヤフラム構造に石英系光導波路202が作製されてなる。マッハツェンダー型干渉計は、2つのアーム導波路203,204と3dB方向性結合器から構成される。アーム導波路204上には、熱光学効果を誘起する熱光学移相器が装荷されている。熱光学移相器に直流電圧をヒータ電極端子211、212に印加し、熱光学移相器に電流を流して温度を上げることで、アーム導波路204の屈折率を高くし、干渉状態を変化させ光導波路内の光波の切り替を行っている。スイッチチング速度は、厚み50μmの石英系光導波路202内の熱伝導で形成される温度勾配による屈折率変化で決まる。音響媒質である石英系光導波路202内に超音波を放射させる圧電薄膜であるZnO膜205をアーム導波路204上に形成する。本願発明の熱音響光スイッチの構造は、クラッドの裏面には熱溜となるSiがあり、加熱ヒータ電極からの熱流は縦波超音波によりクラッド内を熱溜(シリコン)に向かって超高速で伝わる。本願発明の具体的な加工方法としては、凹部210の形成にシリコンウエハ(100)201の裏面に所定の厚さの高濃度のボロンドープ層を形成させ、ウエハ両面に熱酸化やスパッタなどによりSiO膜を形成させる。次にエッチングにより裏面のSiO膜に[110]方向に平行な辺をもつ方形の窓をあけ、このSiO膜をマスクとしてEDP液(46モル%エチレンジアミン+4モル%ピロカテコール+50モル%水)中で窒素ガスをバブルさせながら、118℃でSiのエッチングを行う。エッチング進行とともに(100)面と54.74°の角度をなす[111]面が表れる。形成されたSiダイヤフラム上の石英系光導波路202に下部電極、圧電体としてc軸配向の単結晶のZnO膜としたZnO/SiO/Si構造の熱音響光スイッチが完成させている。ZnO膜は、石英系光導波路202表面にCr400Å+金電極2000Åを形成した上に作製した。ZnO膜205は、ECRスパッタ法で作製した。作製条件は、シリコン基板201を温度180℃に加熱した状態で、真空度10−4Torrで膜厚4.7ミクロンのc軸配向ZnO膜を得た。超音波励振用の表面電極207、内部電極208は、ZnO膜205に作製して超音波トランスジューサを構成した。超音波励振用の表面電極207、内部電極208の電極寸法は幅72μm、長さ5mmである。超音波励振用の表面電極207、内部電極208に電気的に接続された206、209は、これらの引出電極である。この超音波トランスジューサは、中心周波数が500MHzで変換損失は5.2dB、帯域幅は25%であった。213は、シリコン基板201の裏面の凹部に形成された超音波トランスジューサから放射された縦波を効率よく吸収する超音波吸収層である。超音波吸収層213は、シリコン基板201の裏面が縦波超音波を反射させて定在波を利用する本願発明の熱音響光スイッチの場合は必要としない。石英系光導波路内を超音波が伝播する際に生じる熱音響現象により、超音速の熱移動に伴うアーム導波路204のコア内に生じる屈折率変化で、8.5nsのスイッチング速度が観測された。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の実施例である熱音響光スイッチの断面図と平面図である。
【図2】本発明の他の実施例である熱音響光スイッチの断面図と平面図である。
【図3】本発明の熱音響現象を説明する温度分布の移動の様子を示す図である。
【符号の説明】
【0016】
101 シリコン基板
102 クラッド
103 アーム導波路
104 アーム導波路
105 ZnO膜
106 引出電極
107 超音波励振用の表面電極
108 超音波励振の内部電極
109 引出電極
110 ヒータ電極
111 ヒータ電極
112 超音波吸収層
201 シリコン基板
202 クラッド
203 アーム導波路
204 アーム導波路
205 ZnO膜
206 引出電極
207 超音波励振用の表面電極
208 超音波励振用の内部電極
209 ヒータ電極
210 引出電極
211 凹部
212 ヒータ電極
213 ヒータ電極
213 超音波吸収層
300 超音波印加前のクラッド内の温度分布
301 超音波印加後のクラッド内の温度分布

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に下部クラッド層、コア、上部クラッド層からなる光導波路が配置された熱音響現象を利用する干渉計型または分岐型の光スイッチにおいて、コアの所定領域の真上に位置するように配置された薄膜ヒータにより光導波路のグラッド内に温度勾配が形成され、前記温度勾配に沿って音響振動が重畳されるように超音波トランスジューサがグラッド上に設置されたことを特徴とする熱音響光スイッチ。
【請求項2】
基板上に形成された光導波路のコアの所定領域の真上に位置するように設けられた薄膜ヒータのパターン幅と同等またはそれより大きい面積の領域で基板の厚みを加工し薄い膜(ダイヤフラム)としたことを特徴とする請求項1記載の熱音響光スイッチ。
【請求項3】
圧電薄膜が(水晶、ZnO、CdS,LiNbO、LiTaO、Li、KNbO、Bi12GeO20、GaAs,AlN,PVDF、P(VDCN−VAc)、P(VDF−TrFE),PZT−4、PbNb、PbTiO)の中の一つからなることを特徴とする請求項1記載又は請求項2記載の熱音響光スイッチ。
【請求項4】
超音波トランスジューサの対向する裏面には超音波吸収層が設けられたことを特徴とする請求項1記載又は請求項2記載の熱音響光スイッチ。
【請求項5】
基板材料がシリコンであり、光導波路材料がガラス材料もしくは、有機材料であることを特徴とする請求項1記載又は請求項2記載の熱音響光スイッチ。
【請求項6】
基板がシリコン(100)であることを特徴とする請求項2記載の熱音響光スイッチ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−89939(P2008−89939A)
【公開日】平成20年4月17日(2008.4.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−270196(P2006−270196)
【出願日】平成18年9月30日(2006.9.30)
【特許番号】特許第3947211号(P3947211)
【特許公報発行日】平成19年7月18日(2007.7.18)
【出願人】(595141982)
【Fターム(参考)】