説明

燃料噴射弁

【課題】燃料噴射弁の噴射量精度を向上させるためには、弁体の開閉動作を迅速に行わせる必要がある。磁束の応答性を向上させるためにコアとアンカー形状を最適化する場合、アンカーの端面と固定コアの端面との密着現象を起き難くして貼り付きを防止しながら、十分な燃料通路面積を確保する必要がある。
【解決手段】上記目的を達成するために、本発明は、電磁式燃料噴射弁の可動子114を構成するアンカー102において、固定コア107との対向面側から裏面側に貫通する貫通孔を、大径部125と小径部124とを有するように形成し、大径部125は小径部124に対して上流側に位置し、かつ外周側にオフセットした構造とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関に用いられる燃料噴射弁に関し、特に電磁的に駆動される可動子によって、燃料通路を開閉するものに関する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関には、運転状態に応じた適切な燃料量を燃料噴射弁の噴射時間に変換する演算を行い、燃料を供給する燃料噴射弁を駆動させる燃料噴射制御装置が備えられている。燃料噴射弁は、内部のソレノイドに流れる電流によって発生する磁気力によって燃料噴射弁を構成している弁体の開閉を行い、燃料の噴射を行う。噴射される燃料量は、主に燃料の圧力と燃料噴射弁の噴口部の雰囲気圧力との差圧、並びに弁体を開いた状態に維持し、燃料が噴射されている時間により決定される。
【0003】
近年、燃料消費量低減という観点から、燃料消費量低減のため、内燃機関の出力が不要な場合に燃料の噴射を行わない燃料カットを行う機会が増加し、併せて燃料の噴射を再開する頻度も増加している。燃料噴射を再開する際には無負荷相当の少ない燃料量を噴射する必要がある。また、出力の増加や排気性能の向上を目的として、分割噴射が行われている。これは本来1回の噴射に必要な燃料を複数回に分割して、適切な時期に噴射することで内燃機関の性能を向上させようとするもので、1回当たりの燃料噴射量を少なくすることが求められている。
【0004】
また、内燃機関においては、ダウンサイジングにより車両搭載時の燃料消費量を向上させる試みも実施されている。この場合、過給等により比出力の向上が求められるため、最小噴射量を増加させることなく、あるいは減少させた上で、最大噴射量を増加させることが求められている。よって燃料噴射弁に求められるダイナミックレンジ(最大噴射量を最小噴射で除算した値)は増加する傾向にある。
【0005】
燃料噴射弁は、例えば、可動子が円筒状のアンカーとこのアンカーの中心部に位置するプランジャロッドと、さらにプランジャロッドの先端に設けられた弁体とを含んで構成されており、中心部に燃料を導く燃料導入孔を有する固定コアの端面とアンカーの端面との間に磁気ギャップが設けられており、さらにこの磁気ギャップを含む磁気通路に磁束を供給する電磁コイルを備えている。磁気ギャップを通る磁束によってアンカーの端面と固定コアの端面との間に生起された磁気吸引力でアンカーを固定コア側に引き付けて可動子を駆動し、弁体を弁座から引き離して弁座に設けた燃料通路を開くように構成されている。
【0006】
このように構成された燃料噴射弁では、アンカーの端面と固定コアの端面との間の衝突面が互いに貼りつき、磁気通路の磁力が消滅した後に、アンカーが初期位置、つまり両者が完全に離れて、弁体が弁座に押付けられた状態に復帰するまでの時間が長くなるという問題を有する。
【0007】
この原因の一つとして、アンカーの端面と固定コアの端面とが離れ始めて磁気吸引ギャップが徐々に拡大していく際に、アンカーの端面と固定コアの端面との間に流体的な密着現象が発生することが挙げられる。
【0008】
具体的には、アンカーを固定コアに貼り付けようとする流体的な力の大きさは、アンカーの移動速度に比例し、ギャップの大きさの3乗に反比例するという性質がある。開弁状態から、閉弁開始状態に切り替わった直後においてはギャップが小さいため、このギャップ内に外部から燃料が流れ込みにくいことと、アンカーを取り巻く流体の慣性質量のためにアンカーは非常に微小な移動速度で動くという理由で、上記の現象の影響を受けてアンカーの端面と固定コアの端面とが貼りついたような挙動を示す。
【0009】
この現象を和らげるためには、アンカーの端面と固定コアの端面との間及びアンカーの周囲に生じる燃料の流れを阻害しないこと、ひいては、その流れを助長することが重要である。
【0010】
従来技術においては上記問題を緩和するために、アンカーの端面と固定コアの端面との間の衝突面を部分的な接触面として、密着現象を起き難くして貼り付きを防止する技術が開示されている。
【0011】
従来技術の一例として、可動子に設けられた少なくとも1つの衝突区分が、コアの端面と可動子の端面との当接し合う領域の一部だけを成す幅bを有していて、該衝突区分の幅bが20μm〜500μmの間であって、衝突区分よりも低い位置にある段部区分が段部底部を有していて、この段部区分が衝突区分よりも5μm〜15μmだけ低い位置にある燃料噴射弁が知られている(例えば、特許文献1参照)。この燃料噴射弁では、互いに衝突し合う構成部分のうちの少なくともどちらか一方が、耐摩耗性表面の形成後に衝突面が長い運転時間後においても摩耗によって不都合に拡大されることがないように構成されているので、可動子が固定コアに吸引されて移動する時間及び可動子が固定コアの吸引力から解放されて固定コアから離れる方向に移動する時間がほぼ一定に維持され、磁気的又は液圧的な最適性を得られる。
【0012】
別の従来技術の一例として、アンカーに、その中央部で固定コアの燃料導入孔の端部に対面する位置に形成された凹所と、その端面に周方向に飛び飛びに形成され、固定コアの端面に接触する凸部区域と、その端面に凸部区域の残余の部分に形成された凹部区域と、この凹部区域に一端が開口し、他端がアンカーの反固定コア側端面で前記プランジャの周囲に開口する複数の貫通孔とを有する燃料噴射弁が知られている(例えば、特許文献2参照)。この燃料噴射弁では、可動子が開弁位置から閉弁動作に移行する状態でのアンカー周囲の燃料の流れがスムースになり、アンカーの端面と固定コアの端面との間のギャップに燃料がすばやく供給でき、アンカーを固定コアから速やかに引き離すことができるので、閉弁遅れ時間を短縮できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2007−187167号公報
【特許文献2】国際公開2008/038395号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
燃料噴射弁から適切な量の燃料噴射を精度良く行うには、弁体の開閉動作を迅速に行わせる必要があるが、燃料噴射弁の開、閉弁時には、磁束や流体の作用による応答遅れによって、燃料噴射制御装置が真に開、閉弁させたい時期よりも遅れて、弁の開、閉弁動作が完了する。
【0015】
この応答遅れを改善する一つの手段として、磁気回路の応答遅れを低減するために、固定コアにおいて必要な磁路面積を確保しつつ、磁束を発生させる電磁コイルから離れた部位、例えば燃料噴射弁の固定コアの中心に燃料通路がある場合は、燃料通路の径を拡大することで、固定コアの電磁コイルから離れた部位の断面積を減少させ、磁気回路の応答を高めることができる。また同様の原理で、アンカーの固定コアとの衝突面上に設けた凸部を電磁コイル側、つまりアンカーの外周側に配置することで、磁気回路の応答を高めることができる。
【0016】
しかしながら、特許文献1に開示されているように凸部衝突面をアンカーの外周側に寄せて配置し、特許文献2に開示されているようにアンカーの凸部衝突面を燃料通路を成す貫通孔で分断するためには、燃料通路を成す貫通孔をアンカーの外周側に寄せて配置する必要がある。その場合、貫通孔の固定コア側の開口部は固定コアに塞がれることになり、十分な燃料通路面積が確保できないといった課題が発生する。
【0017】
本発明の目的は、燃料噴射弁の弁体を高応答化させるために、固定コアとアンカーの形状を磁束の応答を高めるように最適化した場合でも、アンカーの端面と固定コアの端面との密着現象を起き難くして貼り付きを防止しながら、十分な燃料通路面積を確保できるアンカー形状を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上記目的を達成するために、本発明は、電磁式燃料噴射弁の可動子を構成するアンカーにおいて、固定コアとの対向面側から裏面側に貫通する貫通孔を、大径部と小径部とを有するように形成し、大径部は小径部に対して上流側に位置し、かつ外周側にオフセットした構造とする。
【発明の効果】
【0019】
磁気応答性を向上させるために、固定コアやアンカー凸部衝突面の形状を最適化させた場合でも、燃料通路をアンカー内側に配置でき、流路面積の減少を防止できる。またアンカーの外周側に固定コアとの衝突面がある場合でも、衝突面を分断し、固定コアとアンカーの貼り付き力を低減し、閉弁遅れ時間を短縮できるため、燃料噴射量精度を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の実施形態による燃料噴射弁の全体断面図である。
【図2】本発明の実施形態による燃料噴射弁の詳細断面図である。
【図3】本発明の実施形態によるアンカー形状である。
【図4】本発明の原理を実施できない燃料噴射弁の詳細断面図である。
【図5】本発明の原理を実施できないアンカー形状である。
【図6】本発明の原理を実施できない燃料噴射弁の詳細断面図である。
【図7】本発明の原理を実施できない燃料噴射弁の詳細断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、図1〜図7を用いて、本発明に係る燃料噴射弁の一実施例の構成について説明する。図1は本実施例における燃料噴射弁の縦断面図である。図2は図1の部分拡大図で、本実施例における燃料噴射弁の詳細を示したものである。
【0022】
ノズルホルダ101は直径が小さい小径筒状部22と直径が大きい大径筒状部23とを備えている。小径筒状部22の先端部分の内部に、ガイド部材115,燃料噴射口10を備えたオリフィスカップ116がこの順に積層されて挿入され、オリフィスプカップ116の先端面の外周部に沿って小径筒状部22に溶接固定される。ガイド部材115は後述する可動子114を構成するプランジャロッド114Aの先端に設けられた弁体114Bの外周をガイドする。オリフィスカップ116にはガイド部材115に面する側に円錐状の弁座39が形成されている。この弁座39にはプランジャ114Aの先端に設けた弁体114Bが当接し、燃料の流れを燃料噴射口10に導いたり遮断したりする。ノズルホルダ101の外周には溝が形成されており、この溝に樹脂材製のチップシール131に代表されるシール部材が嵌め込まれている。
【0023】
ノズルホルダ101の大径筒状部23の内周下端部には可動子114のプランジャロッド114Aをガイドするロッドガイド113が大径筒状部23の絞り加工部25に圧入固定されている。ロッドガイド113は中央にプランジャロッド114Aをガイドするガイド孔127が設けられており、その周囲に複数個の燃料通路126が穿孔されている。細長い形状のプランジャロッド114Aはロッドガイド113のガイド孔127とガイド部材115のガイド孔によってまっすぐに往復動するようガイドされる。
【0024】
プランジャロッド114Aの弁体114Bが設けられている端部とは反対の端部にはプランジャロッド114Aの直径より大きい外径を有する段付き部129を有する頭部114Cが設けられている。段付き部129の上端面にはスプリング110の着座面が設けられており、中心にはスプリングガイド用突起131が形成されている。
【0025】
可動子114はプランジャロッド114Aが貫通する貫通孔128を中央に備えたアンカー102を有する。アンカー102とロッドガイド113との間にゼロスプリング112が保持されている。ゼロスプリング112はアンカーを開弁方向に付勢しており、この付勢力はスプリング110による付勢力とは逆向きにアンカーに作用している。
【0026】
頭部114Cの段付き部129の直径より貫通孔128の直径の方が小さいので、プランジャ114Aをオリフィスカップ116の弁座39に向かって押付けるスプリング110の付勢力もしくは重力の作用下においては、ゼロスプリング112によって保持されたアンカー102の上側面とプランジャロッド114Aの段付き部129の下端面が当接し、両者は係合している。これによりゼロスプリング112の付勢力もしくは重力に逆らう上方へのアンカー102の動きあるいは、スプリング110の付勢力もしくは重力に沿った下方へのプランジャロッド114Aの動きに対して両者は協働して動くことになる。しかし、ゼロスプリング112の付勢力もしくは重力に関係なくプランジャロッド114Aを上方へ動かす力、あるいはアンカー102を下方へ動かす力が独立して両者に作用したとき、両者は別々の方向に動くことができる。
【0027】
アンカー102は、ノズルホルダ101の大径筒状部23の内周面とアンカー102の外周面との間ではなく、アンカー102の貫通孔128の内周面とプランジャロッド114Aの外周面とによって中心位置が保持されている。つまり、プランジャロッド114Aの外周面はアンカー102が、単独で軸方向に移動するときのガイドとして機能している。アンカー102の下端面はロッドガイド113の上端面に対面しているが、ゼロスプリング112が介在していることで両者が接触することはない。アンカー102の外周面とノズルホルダ101の大径筒状部23の内周面との間にはサイドギャップ130が設けられている。このサイドギャップ130はアンカー102の軸方向の動きを許容するためであるが、磁気抵抗との兼ね合いでその大きさが決定される。
【0028】
コア107の下端面(衝突端面)や、アンカー102の上端面122及び衝突端面160乃至163にはメッキを施して耐久性を向上させることがある。アンカー102に比較的軟らかい軟磁性ステンレス鋼を用いた場合においても、硬質クロムメッキや無電解ニッケルメッキを用いることで、耐久信頼性を確保することができる。
【0029】
ノズルホルダ101の大径筒状部23の内周部には固定コア107が圧入され、圧入接触位置で溶接接合されている。この溶接接合によりノズルホルダ101の大径筒状部23の内部と外気との間に形成される隙間が密閉される。固定コア107は中心にプランジャ114Aの頭部114Cの直径よりわずかに大きい直径Dの貫通孔107Dが燃料導入通路として設けられている。貫通孔107Dの下端部内周にはプランジャロッド114Aの頭部114Cが非接触状態で挿通されており、固定コア107の貫通孔107Dの内周下端テーパ132と頭部114Cの段付き部129の外周エッジ部134との間には隙間S1が与えられている。これは固定コア107からプランジャロッド114Aへの磁束漏洩防止と貫通孔107Dを通過してきた燃料をスムースに通過させるためである。
【0030】
プランジャロッド114Aの頭部114Cに設けられた段付き部129の上端面に形成されたスプリング受け面には初期荷重設定用のスプリング110の下端が当接しており、スプリング110の他端が固定コア107の貫通孔107Dの内部に圧入される調整子54で受け止められることで、頭部114Cと調整子54の間に固定されている。調整子54の固定位置を調整することでスプリング110がプランジャロッド114Aを弁座39に押付ける初期荷重を調整することができる。
【0031】
可動子114のストローク調整は、アンカー102をノズルホルダ101の大径筒状部23内にセットし、ノズルホルダ101の大径筒状部23外周に電磁コイル(104,105),ハウジング103を装着した後、プランジャロッド114Aをアンカー102に挿通した状態で、治具によりプランジャロッド114Aを閉弁位置に押下し、コイル105へ通電したときのプランジャロッド114のストロークを検出しながら、オリフィスカップ116の圧入位置を決定することで可動子114のストロークを任意の位置に調整できる。
【0032】
スプリング110の初期荷重が調整された状態で、固定コア107の下端面が可動子114のアンカー102の上端面122に対して約40乃至100ミクロン程度の磁気吸引ギャップ136を隔てて対面するように構成されている。なお図中では寸法の比率を無視して拡大して表示している。
【0033】
ノズルホルダ101の大径筒状部23の外周にはカップ状のハウジング103が固定されている。ハウジング103の底部には中央に貫通孔が設けられており、貫通孔にはノズルホルダ101の大径筒状部23が挿通されている。ハウジング103の外周壁の部分はノズルホルダ101の大径筒状部23の外周面に対面する外周ヨーク部を形成している。ハウジング103によって形成される筒状空間内には環状若しくは筒状の電磁コイル105が配置されている。電磁コイル105は半径方向外側に向かって開口する断面がU字状の溝を持つ環状のコイルボビン104と、この溝の中に巻きつけられた銅線で形成される。コイル105の巻き始め、巻き終わり端部には剛性のある導体109が固定されており、固定コア107に設けた貫通孔より引き出されている。この導体109と固定コア107、ノズルホルダ101の大径筒部23の外周はハウジング103の上端開口部内周から絶縁樹脂を注入して、モールド成形され、樹脂成形体121で覆われる。かくして、電磁コイル(104,105)の周りに矢印140で示すトロイダル状の磁気通路が形成される。
【0034】
導体109の先端部に形成されたコネクタ43Aには高電圧電源、バッテリ電源より電力を供給するプラグが接続され、図示しないコントローラによって通電,非通電が制御される。コイル105に通電中は、磁気回路140を通る磁束によって磁気吸引ギャップ136において可動子114のアンカー102と固定コア107との間に磁気吸引力が発生し、アンカー102がスプリング110の設定荷重を超える力で吸引されることで上方へ動く。このときアンカー102はプランジャロッドの頭部114Cと係合して、プランジャロッド114Aと一緒に上方へ移動し、アンカー102の上端面が固定コア107の下端面に衝突するまで移動する。その結果、プランジャ114Aの先端の弁体114Bが弁座39より離間し、燃料が燃料通路118を通り、オリフィスカップ116先端にある噴射口から内燃機関の燃焼室内に噴出する。
【0035】
電磁コイル105への通電が断たれると、磁気回路140の磁束が消滅し、磁気吸引ギャップ136における磁気吸引力も消滅する。この状態では、プランジャ114Aの頭部114Cを反対方向に押す初期荷重設定用のスプリング110のばね力がゼロスプリング112の力に打ち勝って可動子114全体(アンカー102,プランジャロッド114A)に作用する。その結果、アンカー102はスプリング110のばね力によって、弁体114Bが弁座39に接触する閉位置に押し戻される。このとき、頭部114Cの段付き部129がアンカー102の上面に当接してアンカー102を、ゼロスプリング112の力に打ち勝ってロッドガイド113側へ移動させる。弁体114Bが弁座に衝突すると、アンカー102はプランジャロッド114Aと別体であるため、慣性力にロッドガイド113方向への移動を継続する。このときプランジャロッド114Aの外周とアンカー102の内周との間に流体による摩擦が発生し、弁座39から再度開弁方向に跳ね返るプランジャロッド114Aのエネルギが吸収される。慣性質量の大きなアンカー102がプランジャロッド114Aから切り離されているので、跳ね返りエネルギ自体も小さくなる。また、プランジャロッド114Aの跳ね返りエネルギを吸収したアンカー102は自らの慣性力がその分だけ減少し、ゼロスプリング112を圧縮した後に受ける反発力も小さくなるため、アンカー102自体の跳ね返り現象によってプランジャロッド114Aが開弁方向に再び動かされる現象は発生し難くなる。かくして、プランジャロッド114Aの跳ね返りは最小限に抑えられ、電磁コイル(104,105)への通電が断たれた後に弁が開いて、燃料が不作為に噴射される、いわゆる二次噴射現象が抑制される。
【0036】
ここで、燃料噴射弁には、入力された開弁信号に対して素早く応答して開閉弁できることが求められる。すなわち、開弁パルス信号の立ち上りから実際に開弁状態になるまでの遅れ時間(開弁遅れ時間)や、開弁パルス信号が終了してから実際に閉弁状態になるまでの遅れ時間(閉弁遅れ時間)を短縮することが、最小の可制御噴射量(最小噴射量)をより小さくするという観点から重要である。とりわけ閉弁遅れ時間の短縮は最小噴射量の低減に有効であることが知られている。閉弁遅れ時間短縮の方法の1つに、弁体114Bを開状態から閉状態に移行させる力を可動子114に付与するスプリング110の設定荷重を大きくすることであるが、この力を大きくすると開弁時に大きな力が必要となり、電磁コイルが大型になるという相反する問題がある。このため設計上の限界があってこの方法だけで開弁遅れ時間を十分短縮できない。
【0037】
閉弁遅れを低減する手段は種々考案されているが、有効な手段として閉弁時に固定コア107の電磁吸引力により吸引されていたアンカー102をスプリング110で押下げたとき、固定コア107の下端面とアンカー102の上端面122との間の磁気ギャップ136の負圧状態を利用し、アンカー102移動によって押しのけられた燃料が、燃料通路118から速やかに磁気ギャップ136、アンカー側方の隙間(サイドギャップ)130に流れ込むようにし、固定コア107の下端面とアンカー102の上端面122の間に生ずるスクイーズ効果による貼り付き力を低減することで閉弁遅れ時間を短縮できる。
【0038】
他の有効な手段として、電磁コイル(104,105)への通電終了後、磁気回路140の磁束の消失遅れを低減するために、固定コア107の下端部にテーパ132を設けることが知られている。固定コア107において、電磁コイル(104,105)からの距離が大きい固定コアの貫通穴107Dの表面における、アンカーとの磁気ギャップ136を形成する部位の断面積を減少させることで、通電終了後の磁束の消失遅れによる固定コア107とアンカーとの残留吸引力の影響を小さくでき、閉弁遅れ時間を短縮できる。
【0039】
公知となっている従来の発明では上記二つの手段の効果を両立することができなかった。本発明は、双方の効果を損なうことなく実施できる燃料噴射弁の構造を提案するもので、以下図3から図7を用いて詳細を説明する。
【0040】
図3に実施例におけるアンカー102の詳細を示す。アンカー102における固定コア107との接触面はザグリ孔150,151,152,153によって分断され、衝突端面160,161,162,163を形成している。ザグリ孔150,151,152,153の径は貫通孔170,171,172,173よりも大きく、中心位置もアンカー102の外周側にオフセットされている。なお図中ではザグリ孔150,151,152,153の深さは寸法の比率を無視して拡大して表示している。一例として、ザグリ孔の深さはアンカー102の固定コア107との対向面側にある衝突突起(衝突端面)の頂点から20〜100μmの範囲にある。
【0041】
破線107Φは固定コア107の燃料導入孔107Dの内径を示す。一点差線117Φはプランジャ114Aの頭部114Cに形成されたスプリング受け座129の外径を示す。可動子114の開弁時、固定コア107の貫通孔107Dからアンカーに向けて導入される燃料は、固定コア107の内周のテーパ132とスプリング受け座129の上端外周のエッジとの間に形成される燃料通路S1を通過する。この燃料通路の下流にザグリ孔150−153とそれに続く貫通孔170−173の開口部が形成されているので、燃料はスムースに流れる。なお隙間S1によって形成される燃料通路の通路断面積よりも貫通孔170−173の通路断面積の総和の方が大きくなるように構成した。また、プランジャ貫通孔128の断面積より貫通孔170−173の通路断面積の総和の方が大きくなるように構成した。これにより、プランジャに貫通孔を設けた場合より大きな燃料通路断面積が得られることになる。当然、実施例の構成を維持しながら、プランジャ114Aの中心あるいは外周部に貫通孔を設けてさらに燃料通路を拡大してもよい。
【0042】
また、可動子114の閉弁時、磁気吸引力が消失して固定コア107に対してアンカー102が離反する際に、アンカー102によって押しのけられた燃料は通路118側から貫通孔170−173を通って流れ、負圧が生じているアンカー102の端面122と固定コア107の端面との間の磁気ギャップ136にスムースに流れ込む。
【0043】
つまり、衝突端面160,161,162,163を成す凸部区域(接触面)が不連続となっていることで、接触面の面積を磁気的、あるいは対衝撃性において必要とされる分を確保しつつも凸部区域(接触面)の内外への燃料の移動が容易に行われる。不連続となる部分がアンカー102のザグリ孔150−153、貫通孔170−173に隣接していることで、閉弁時にアンカー下流側の面が押出した燃料が容易にアンカー上流側に流れ、なおかつ凸部区域(接触面)とその内外へ供給されるため、弁体114Bを固定コア107に貼り付けるように作用するスクイーズ効果による力が減少し、閉弁遅れ時間が低減する。
【0044】
以上のように本実施例ではアンカー102において燃料通路となる貫通孔170−173よりも大きく、中心位置が貫通孔170−173の中心位置に対してアンカー102の外周側にオフセットされているザグリ孔150−153によって、スクイーズ効果による貼り付き力を低減すると共に、磁気回路の磁束消失遅れを低減する効果を両立させることとで、従来技術以上に閉弁遅れ時間を短縮でき、最小の可制御噴射量(最小噴射量)をより小さくできる。
【0045】
ザグリ孔150−153は、アンカー102の上端面(固定コア107側の端面)から下端面(反固定コア側の端面)まで貫通する貫通孔において、上流側に位置する大径の孔部を構成する。貫通孔170−173は、アンカー102の上端面から下端面まで貫通する貫通孔において、下流側に位置する小径の孔部を構成する。本実施例においては、ザグリ孔(大径部)150−153の中心と貫通孔(小径部)170−173の中心とはアンカー102の中心軸を横切り(交差し)径方向に伸びる仮想の直線上に位置している。
【0046】
また、アンカー102の上端面122は、ザグリ孔150−153の開口部と衝突端面160乃至163を除く部分が一つの平面を成すように形成されている。このとき、上端面122の外周、貫通孔128の開口周縁及びザグリ孔150−153の開口周縁には面取りが形成されており、また衝突端面160,161,162,163と上端面122との間に形成された段差面は傾斜面として形成されており、これらの面取り及び傾斜面は除くものとする。
【0047】
以下では、本発明の構成以外では必要な流路面積を確保しつつ、スクイーズ効果による貼り付き力低減と、磁気回路の磁束消失遅れの低減を両立させることが困難であることを説明する。
【0048】
図4はアンカー102にザグリ孔150―153が存在しない場合である。固定コア107からの燃料をスムースに流すために、固定コア内周のテーパ132とスプリング受け座129の上端外周のエッジとの間に形成される燃料通路S1に続くように、貫通孔170−173を配置する必要がある。一方、固定コア107とアンカー102の衝突面164は燃料通路を形成するテーパ132より外周側に配置される。またコイル通電時の磁気吸引力を大きくするためにアンカー102からハウジング103を通過する磁路140の面積はできるだけ大きくする必要がある。よって貫通孔170−173の径を大きくするには設計上の限界がある。
【0049】
図5はこの場合のアンカー102の形状を示したものである。ザグリ孔がない場合、アンカー102の接触面164は貫通孔170−173によって分断されることがない。よって凸部区域(接触面164)内外の燃料の移動が妨げられ、スクイーズ効果による貼り付き力を低減することができず、閉弁遅れ時間を短縮することができない。
【0050】
図6はアンカー102の貫通孔170−173を外周側に配置した場合である。アンカー102の接触面164を分断することはできるが、燃料通路S1に続くように貫通孔が配置されないため、燃料がスムースに流れず、可動子104の動作が妨げられ、開、閉弁時の遅れ時間は大きくなる。
【0051】
図7は図6のアンカー貫通孔124の中心よりも内径側にザグリ孔125の中心を配置した場合である。貫通孔124よりもザグリ孔125の径を大きくすることで、燃料通路S1からの燃料をスムースに貫通孔124に流すことは可能である。しかしながら磁気回路140により発生する磁気吸引力はザグリ孔125の深さhが大きくなるほど低下する。一例として吸引力の低下を許容できる深さhは20〜100μmである。よって実際のザグリ孔は図7に示すほど深くはできず、燃料をスムースに貫通孔124に流すことは難しい。また貫通孔124をアンカーの外周側に配置しているため、磁気回路140の磁路断面積を減少させ、磁気吸引力のさらなる低下を引き起こす。
【0052】
以上より、本発明の形状を適用すると、磁気応答性向上させるために、固定コアやアンカー凸部衝突面の形状を最適化させた場合でも、燃料通路をアンカー内側に配置でき、流路面積の減少を防止できる。またアンカーの外径側に固定コアとの衝突面がある場合でも、衝突面を分断し、固定コアとアンカーの貼り付き力を低減し、閉弁遅れ時間を短縮できるため、燃料噴射量精度を向上させることができる。
【0053】
なお、本発明は、前記実施形態に限定されるものではない。また、本発明の特徴的な機能を損なわない限り、各構成要素は上記構成に限定されるものではない。
【0054】
例として、本発明では燃料噴射弁に使用される燃料について特に述べていないが、ガソリン、軽油、アルコール等、内燃機関に使用される燃料すべてにおいて適用することができる。これは、本発明が流体の有する粘性抵抗の観点に立脚して為されているためである。どのような燃料を用いたとしても粘性抵抗は存在し、本発明の原理が適用できるため、効果を発揮することができる。また実施例中の図1−図7ではアンカーに円形のザグリ孔や貫通孔を設けているが、燃料通路という観点から必ずしも円形に限定されず、他の形状であっても本発明の原理は適用できる。
【符号の説明】
【0055】
22 ノズルホルダ小径筒状部
23 ノズルホルダ大径筒状部
39 弁座
43A コネクタ
54 調整子
101 ノズルホルダ
102 アンカー
103 ハウジング
104、105 電磁コイル
107 固定コア
107D 固定コア貫通孔(燃料通路)
107Φ 固定コア燃料通路内径仮想位置
109 導体
110 スプリング
112 ゼロスプリング
113 ロッドガイド
114 可動子
114A プランジャロッド
114B 弁体
114C プランジャロッド頭部
115 ガイド部材
116 オリフィスカップ
117Φ プランジャロッド頭部スプリング受け座外径位置
118、126、S1 燃料通路
121 樹脂成形体
122 アンカー上端面
127 ガイド孔
128、170、171、172、173 貫通孔
129 段付き部
130 サイドギャップ(燃料通路)
131 スプリングガイド用突起
132 固定コアテーパ
134 プランジャロッド頭部外周エッジ
140 磁気通路
150、151、152、153 ザグリ孔
160、161、162、163、164 アンカー衝突端面(接触面)
D 固定コア燃料通路直径

【特許請求の範囲】
【請求項1】
円筒状のアンカー、前記アンカーの中心部に位置するプランジャロッド及び前記プランジャロッドの先端に設けられた弁体を含んで構成される可動子と、中心部に燃料を導く燃料導入孔を有する固定コアと、前記アンカーの端面と前記固定コアの端面との間に設けられた磁気ギャップを含む磁気通路に磁束を供給する電磁コイルとを備え、前記磁気ギャップを通る磁束によって前記アンカーの端面と前記固定コアの端面との間に生起された磁気吸引力で前記アンカーを前記固定コア側に引き付けて前記可動子を駆動し、前記弁体を弁座から引き離して燃料通路を開く燃料噴射弁において、
前記アンカーに、前記固定コアとの対向面側から反対側まで貫通する貫通穴を、大径部と小径部とを有するように形成し、前記大径部は前記小径部に対して前記固定コア側に位置し、かつ前記大径部の中心軸は前記小径部の中心軸に対して前記アンカーの外周側にオフセットしていることを特徴とする燃料噴射弁。
【請求項2】
請求項1に記載の燃料噴射弁において、
前記固定コアは、アンカーと対向する端部の内径にテーパを有することを特徴とする燃料噴射弁。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の燃料噴射弁において、
アンカーのコアとの対向面側に環状の衝突突起があり、その衝突突起を分断するように貫通孔の大径部が配置されたことを特徴とする燃料噴射弁。
【請求項4】
請求項3に記載の燃料噴射弁において、
貫通孔の大径部の深さがアンカーのコアとの対向面側にある環状の衝突突起の頂点から20〜100μmの範囲にあることを特徴とする燃料噴射弁。
【請求項5】
請求項4に記載の燃料噴射弁において、
前記大径部の中心と前記小径部の中心とは前記アンカーの中心軸を横切り径方向に伸びる直線上に位置することを特徴とする燃料噴射弁。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−72298(P2013−72298A)
【公開日】平成25年4月22日(2013.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−210087(P2011−210087)
【出願日】平成23年9月27日(2011.9.27)
【出願人】(509186579)日立オートモティブシステムズ株式会社 (2,205)
【Fターム(参考)】