説明

燃料電池システム、燃料電池の運転方法及び電解質の乾燥度合い推定方法

【課題】より適切に電解質の乾燥を抑制できる燃料電池システム、燃料電池の運転方法及び電解質の乾燥度合い推定方法の提供。
【解決手段】アノード圧損(水素ガスが燃料電池を通過することによって生じる圧力損失)の減少中における下に凸の変曲点(以下「変曲点」と言う。)を検出したかを判定する(ステップS60)。変曲点を検出したと判定すると(ステップS60,YES)、現時点におけるセル温度を温度T2として記憶する(ステップS70)。続いて、現時点におけるセル温度が温度T2以上かを判定する(ステップS80)。現時点におけるセル温度が温度T2以上と判定すると(ステップS80,YES)、カソード背圧を圧力P3に設定することで(ステップS90)、乾燥抑制をより強くする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子電解質型燃料電池(以下、単に「燃料電池」と言う。)は、電荷担体としてプロトン、プロトンを伝導させる電解質として固体高分子電解質膜(以下、単に「電解質膜」と言う。)が採用されることが多いが、電解質膜が適量の水分を含んでいなければ発電能力が低下してしまう。そこで、電解質膜の水分量を制御するための技術として、燃料ガスが燃料電池内を通過することで生じる圧力損失(以下「アノード圧損」とも言う。)が低下した場合に「電解質膜が乾燥した」と判定し、この判定に基づいて電解質膜の加湿をする技術が開示されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−288148号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記従来技術には、「電解質膜が乾燥しているか否か」という判定しかしないので、この判定に基づいた乾燥抑制制御は必ずしも適切でない、という課題があった。
【0005】
本発明は、上記従来技術の課題を解決するために、より適切に電解質の乾燥を抑制できる燃料電池システム、燃料電池の運転方法及び電解質の乾燥度合い推定方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、先述の課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり、以下の形態または適用例として実現することが可能である。
【0007】
[適用例1]
電荷担体を伝導させる電解質を有する燃料電池を用いて発電を行う燃料電池システムであって、前記燃料電池に供給される燃料ガスが該燃料電池を通過する際に生じる圧力損失の経時変化について、圧力損失の減少中における下に凸の変曲点を検出する変曲点検出部と、前記変曲点検出部によって前記変曲点が検出された場合、該変曲点の検出時点以前よりも強く前記電解質の乾燥を抑制する乾燥抑制部とを備える燃料電池システム。
【0008】
適用例1によれば、従来よりも適切に電解質の乾燥を抑制できる。燃料ガスの圧力損失が減少中ということは、発電に十分な量の水分が電解質に存在せず、電解質の乾燥をより抑制する(より湿らせる)ことが望ましい状態である場合がある。そして、適用例1の構成においては、より強く乾燥を抑制するのが望ましい状態を更に2段階に分類し、その分類結果に基づいて乾燥抑制の強さを判定している。つまり、従来よりもきめ細かく乾燥抑制の強さを判定することで、適切に電解質の乾燥を抑制できる。
【0009】
なお、下に凸の変曲点は、数学的に厳密な意味での変曲点でも良いし、そうでなくても良い。例えば、圧力損失の2階差分値がゼロ以上になった点を変曲点としても良いし、閾値(>ゼロ)以上になった点を変曲点としても良いし、近似直線を利用しても良い。また「下に凸」の「下」とは、圧力損失の減少方向を下向きとした通常の計測系における下のことである。
【0010】
[適用例2]
適用例1に記載の燃料電池システムであって、前記圧力損失の経時変化について、ピークを検出するピーク検出部を備え、前記乾燥抑制部は、前記ピーク検出部によってピークが検出された場合、該ピークの検出時点以前よりも強く前記電解質の乾燥を抑制し、前記変曲点検出部は、前記乾燥抑制部によってピークの検出時点以前よりも強く前記電解質の乾燥が抑制されている場合に、前記変曲点を検出する燃料電池システム。
【0011】
適用例2によれば、より適切に電解質の乾燥を抑制できる。なぜなら、(ア)アノード圧損のピークを検出した場合は乾燥抑制を強くした方が良いから、さらに、(イ)減少中の下に凸の変曲点検出に基づいて乾燥抑制を強くするのは、ピーク検出後である方が良いからである。(ア)については、アノード圧損のピークは、電解質の乾燥が進んだことを示す場合が多いのが、その理由である。
【0012】
一方(イ)については、減少中に下に凸の変曲点を検出した場合であっても、ピーク検出を経ていないのであれば、より強く乾燥を抑制した方が良いとは言えないときがあるのが、その理由である。よって、より強く乾燥を抑制するか否かを変曲点検出に基づいて判定するのを、ピーク検出後に行うことによって、より適切に電解質の乾燥を抑制できることになる。
【0013】
[適用例3]
適用例2に記載の燃料電池システムであって、前記ピーク検出部によってピークが検出された後に前記変曲点検出部によって前記変曲点が検出されてない場合に、前記ピークの検出時点における前記燃料電池の温度と、現時点における燃料電池の温度との関係が所定条件を満たすか否かを判定するピーク温度条件判定部を備え、前記乾燥抑制部は、前記ピーク温度条件判定部によって前記所定条件が満たされると判定された場合、該判定時点以前よりも弱く前記電解質の乾燥を抑制する燃料電池システム。
【0014】
適用例3によれば、より適切に電解質の乾燥を抑制できる。すなわち、ピーク検出に基づき乾燥抑制を強くした後かつ変曲点検出の前において、乾燥抑制を再び弱くするか否かの判定をアノード圧損に基づいて行っても良いのだが、このような判定をする際のアノード圧損は、挙動が不安定で判定基準に適さない場合がある。そこで、適用例3は、燃料電池の温度に基づいて上記判定をすることで、乾燥抑制を再び弱くするか否かの判定をより適切に行うことができ、ひいてはより適切に電解質の乾燥を抑制できる。
【0015】
また、燃料電池の温度が低下中の場合にピークを検出したときは、乾燥抑制を強くすべきとは言えない場合が多い。このような場合、適用例3によれば、一旦は乾燥抑制を強くするものの、その後弱くするので、不必要に乾燥抑制を強くし続けることを避けることができる。
【0016】
なお、温度比較についての所定条件については種々考えられる。例えば、2つの温度が等しくなったことを条件にしても良いし、2つの温度の差や比が所定範囲であることを条件にしても良い。
【0017】
[適用例4]
適用例1〜3の何れか1つに記載の燃料電池システムであって、前記乾燥抑制部による変曲点の検出時点以前よりも強く前記電解質の乾燥が抑制されている場合に、前記変曲点の検出時点における前記燃料電池の温度と、現時点における燃料電池の温度との関係が所定条件を満たすか否かを判定する変曲点温度条件判定部を備え、前記乾燥抑制部は、前記変曲点温度条件判定部によって前記所定条件が満たされると判定されたとき、該判定時点以前よりも弱く前記電解質の乾燥を抑制する燃料電池システム。
【0018】
適用例4によれば、より適切に電解質の乾燥を抑制できる。理由は、適用例3について述べた内容と同等である。なお、温度比較についての所定条件については、適用例3における所定条件と同じでも違っていても良い。
【0019】
[適用例5]
適用例1〜4の何れか1つに記載の燃料電池システムであって、前記乾燥抑制部は、前記変曲点検出部によって変曲点が検出された場合、前記電解質の少なくとも一部において電荷担体の伝導量が減少する状態から、更に乾燥が進むことで前記電解質の少なくとも一部において電荷担体が伝導しなくなる状態に移行したと推定し、該推定に従って前記電解質の乾燥をより強く抑制する燃料電池システム。
【0020】
下記適用例に記載された方法によっても、上記適用例と同様な効果を得ることができる。
[適用例6]
電荷担体を伝導させる電解質を有する燃料電池を用いて発電を行う燃料電池の運転方法であって、前記燃料電池に供給される燃料ガスがその燃料電池を通過する際に生じる圧力損失について、減少中における下に凸の変曲点を検出した場合、該変曲点検出時点以前よりも強く前記電解質の乾燥を抑制する燃料電池の運転方法。
【0021】
[適用例7]
電荷担体を伝導させるために燃料電池に用いられる電解質の乾燥度合い推定方法であって、前記電解質の乾燥度合いが、前記電解質の少なくとも一部において電荷担体の伝導量が減少する状態に当てはまるのか、該状態から更に乾燥が進むことで前記電解質の少なくとも一部において電荷担体が伝導しなくなる状態に当てはまるのかを、前記燃料電池に供給される燃料ガスがその燃料電池を通過する際に生じる圧力損失の経時変化に基づいて推定する電解質の乾燥度合い推定方法。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】燃料電池自動車20の概略図。
【図2】乾燥抑制処理を示すフローチャート。
【図3】乾燥抑制処理の実行によるカソード背圧、セル温度、アノード圧損及びアノード圧損の時間に関する2階差分値の経時変化を示すグラフ。
【図4】乾燥抑制処理の実行によるカソード背圧、セル温度、アノード圧損及びアノード圧損の時間に関する2階差分値の経時変化を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明の実施形態を図面と共に説明する。図1は本発明が適用された燃料電池自動車20の概略を示す図である。
【0024】
[1.ハードウェア構成]
図示するように、この燃料電池自動車20は、車体22に燃料電池システム30及び燃料電池自動車20の前輪FW駆動用のモーター170を搭載する。この燃料電池システム30は、前輪FW駆動用のモーター170等の原動機に電力を供給するためのものであり、燃料電池100、水素ガス供給系120、空気供給系140、冷却系160、2次電池172及びDC−DCコンバーター174を備える。
【0025】
燃料電池100は、電解質膜の両側にアノードとカソードとによる両電極を接合させた膜電極接合体(Membrane Electrode Assembly/MEA)を備えるセルを積層して構成され、前輪FWと後輪RWとの間において車体22の床下に配置される。この燃料電池100は、水素ガス供給系120から供給される水素と、空気供給系140から供給される空気中の酸素との電気化学反応によって発電し、その発電電力によってモーター170等の原動機を駆動する。燃料電池100の発電電力は電流センサー102によって計測され、その計測結果は電流センサー102から後述の制御装置200へ出力される。
【0026】
水素ガス供給系120は、水素ガスタンク110、水素供給経路121、供給用開閉バルブ124、減圧バルブ125及び水素供給機器126を備える。水素ガスタンク110は内部に水素ガスを貯蔵しており、水素供給経路121は水素ガスタンク110と燃料電池100とをつなぐガス経路である。一方、水素供給機器126は、水素ガスタンク110内の水素ガスを水素供給経路121経由で燃料電池100に供給する。また、供給用開閉バルブ124は、水素供給経路121を開閉する機能を持ち、減圧バルブ125は、水素供給経路121内を減圧する機能を持つ。
【0027】
水素ガス供給系120は更に、水素ガス循環経路122、放出経路123、水素ガス循環ポンプ127及び水素ガス流量センサー128を備える。放出経路123は、燃料電池100によって消費されなかった水素ガス(アノードオフガス)を、大気放出するための経路である。一方、水素ガス循環経路122は、アノードオフガスを水素供給経路121に戻して循環させるための経路であり、この循環は、水素ガス循環ポンプ127が実行する。水素ガス流量センサー128は、循環する水素ガスの流量を測定するセンサーであり、放出用開閉バルブ129は、水素ガス循環経路122と放出経路123との間の経路を開閉するバルブである。なお、放出経路123は、後述する空気供給系140においても、空気を放出する経路として用いられる。
【0028】
水素ガス供給系120には更に、上記の水素ガスの経路に圧損センサー190が設けられている。圧損センサー190は、水素ガスについて、燃料電池100に供給直前・直後の圧力差を、つまり燃料電池100を通過することによって生じる圧力損失を測定するものである。
【0029】
一方、空気供給系140は、コンプレッサー130、空気供給経路141、排出流量調整バルブ143、加湿装置145及び空気流量センサー147を備える。空気供給系140は、大気と燃料電池100のカソードとをつなぐ経路であり、この経路は、コンプレッサー130が大気から取り込んだ空気を、空気供給経路141を通じて燃料電池100に供給する。加湿装置145は、空気供給経路141上において、コンプレッサー130と燃料電池100との間に配置されており、燃料電池100に供給される空気を加湿する。一方、排出流量調整バルブ143は、水素ガス供給系120と放出経路123との間をつなぐ経路上に配置され、燃料電池100によって消費されなかった空気(カソードオフガス)の排出圧力(カソード背圧)及び排出量を調整するバルブである。
【0030】
上記の排出流量調整バルブ143から排出された空気は、加湿装置145を経て、先述の放出経路123に流入する。この加湿装置145は、気液分離機器として構成されている。つまり、加湿装置145は、カソードオフガスから水分を分離し、その分離した水分を空気供給経路141内の空気に混合するように、なおかつ、カソード背圧が高いほど分離・混合する水分量が多くなるように構成されている。よって、燃料電池100に供給される空気の湿度調整は、排出流量調整バルブ143によるカソード背圧調整によって実現できる。この供給空気の湿度調整は、後述する乾燥抑制制御において利用される。
【0031】
一方、冷却系160は、ラジエーター150、冷却水循環経路161、バイパス162、三方流量調整弁163、冷却水循環ポンプ164及び温度センサー166を備える。冷却水循環経路161は、燃料電池100とラジエーター150との間で冷却水を循環させるための経路であり、この循環は冷却水循環ポンプ164が行う。このようにして循環する冷却水は、燃料電池100内において吸熱し、ラジエーター150において放熱することで、燃料電池100を冷却する(セル温度を低下させる)。また、バイパス162は、燃料電池100から流出した冷却水を、ラジエーター150を通過させずに再度、燃料電池100に流入させるための経路である。一方、三方流量調整弁163は、バイパス162を通過する冷却水の流量を調整する弁である。
【0032】
次に、電気系統について説明する。電気系統として、燃料電池100の他、先述した2次電池172及びDC−DCコンバーター174が備えられている。2次電池172は、DC−DCコンバーター174を介して燃料電池100に接続されており、燃料電池100による発電電力を充電することや、充電電力を他の機器へ供給することができる。2次電池172には容量検出センサー176が接続されている。DC−DCコンバーター174は、燃料電池100の発電の制御、2次電池172の充放電の制御、モーター170への電圧印加をするためのものである。
【0033】
制御装置200は、CPUやROM、RAM等を備えたいわゆるマイクロコンピューターで構成される。この制御装置200は、アクセル180や先述した種々のセンサーからの信号入力を取得し、その取得した信号に基づいてDC−DCコンバーター174やその他種々のバルブや機器等を先述したように制御することにより、燃料電池システム30を運転する。
【0034】
[2.乾燥抑制処理]
制御装置200による上記種々の制御は、対応する処理(プログラム)を実行することによって実現されるわけだが、既知の処理についての説明は省略し、以下、乾燥抑制処理を説明する。乾燥抑制処理は、燃料電池100の一部を構成する電解質膜の乾燥抑制を目的とし、燃料電池システム30による発電が行われている間、制御装置200が主体となって繰り返し実行する処理である。
【0035】
以下、図2及び図3を参照しながら乾燥抑制処理を説明する。図2は乾燥抑制処理を示すフローチャート、図3(A)はカソード背圧の経時変化を示すグラフ、図3(B)はセル温度及びアノード圧損の経時変化を示すグラフ、図3(C)はアノード圧損の2階差分値の経時変化を示すグラフである。図3に示す各グラフは、燃料電池自動車20の高速登坂等によりセル温度が上昇して、電解質膜の一部が完全に乾燥した後、乾燥を抑制した例の経時変化を模式的に示す。
【0036】
まず、排出流量調整バルブ143のバルブ開度調整により、カソード背圧を圧力P1に設定する(ステップS10)(図3(A)参照)。カソード背圧が圧力P1の場合、通常の乾燥抑制(弱い乾燥抑制)が行われることになる。次に、圧損センサー190から入力される信号に基づいて、アノード圧損のピークを検出したかを判定し(ステップS20)、ピークを検出していないと判定すると(ステップS20,NO)、カソード背圧を圧力P1に設定するステップ(ステップS10)に戻る。つまり、ピーク検出までは、電解質膜は湿潤状態にあると推定し、カソード背圧を圧力P1に保つことで、弱い(通常程度の)乾燥抑制を維持する。
【0037】
ピーク検出の判定基準はP”(t)≦Th1及びP’(t)<ゼロ<P’(t−Δt)であり、両式とも満たされた場合にピークを検出したと判定する。P’はアノード圧損の時間に関する1階差分値、P”はアノード圧損の時間に関する2階差分値、tは時刻についての変数、Δtはアノード圧損の測定間隔、Th1は予め定められた閾値(<ゼロ、図3(C)参照)を示す。
【0038】
上記のようにアノード圧損のピークを検出しているのは、電解質膜の乾燥状態を推定するためである。燃料電池自動車20が高速登坂などの条件で走行すると、燃料電池100の発熱量が増加する割には、ラジエーター150による放熱量は増加しない。このような条件下では、発電に伴う生成水の量は増えるものの、セル温度が上昇することで飽和水蒸気量が大きくなり、電解質膜の乾燥が始まる場合がある。電解質膜が乾燥し始めると、燃料電池100内における水素ガスの流路における水分量が減少することで、アノード圧損Pが下降に転じることになる。この様子を、図3(B)時刻t1に示した。
【0039】
カソード背圧をP1とした状態で燃料電池100の運転を継続しながら(ステップS10)、アノード圧損のピーク検出を繰り返しているので、電解質膜が乾燥し始めて、アノード圧損にピークが現れると、これを検出し(ステップS20,YES)、この時点でのセル温度を記憶する処理を行う(ステップS30)。つまり、アノード圧損のピークを検出した直後のセル温度を温度T1として記憶するのである。
【0040】
温度T1を記憶した後、続いて、現時点におけるセル温度が、アノード圧損のピークを検出した直後のセル温度(温度T1)以上か否かの判定を行う(ステップS40)。アノード圧損にピークが生じた際にセル温度が下降していなければ、ステップS40での判定はYESとなる。この場合には、カソード背圧をP2(>P1)に設定する処理を行う(ステップS50)。カソードに供給される空気は、加湿装置145により加湿されるので、カソード背圧をそれまでの圧力P1より高めることにより、燃料電池100に供給する空気中の水分量を増加させるのである。この結果、燃料電池100に対して、中程度の乾燥抑制が行われることになる。
【0041】
セル温度に対する判定とカソード背圧の制御とを行った後、アノード圧損に変曲点が現れたか否かの判定を行う(ステップS60)。正確には、アノード圧損が減少中で、かつ下に凸の変曲点が生じた否かの判定を行うのである。具体的には、P’<ゼロ、かつ、P”≧Th2(>ゼロ、図3(C)参照)が満たされた場合に変曲点を検出したと判定する。変曲点が検出されない場合には(ステップS60,NO)、先述したステップS40に戻り、セル温度の判定処理を繰り返す。
【0042】
この間、セル温度が温度T1以上のまま、アノード圧損が更に低下していく様子を、図3(B)に時刻t1〜時刻t2として示した。これは、中程度の乾燥抑制処理(カソード背圧=P2)を継続しても、電解質膜の乾燥が更に進むケースである。
【0043】
乾燥が更に進んで電解質膜の一部が完全に乾燥した状態(完全乾燥の状態)となると、図3(B)に時刻t2に示したように、アノード圧損に変曲点が現れる。これは、燃料電池100内の水分分布に変化が生じるからである。すなわち、電解質膜の一部において完全乾燥が生じると、その部位では水分がごく少ないので、その部位を通過するアノードガスの圧損は減少する。一方で、完全乾燥が生じていない部位においては、完全乾燥した部位の発電量を補うために発電量が増えることで、生成水の量も増える。この結果、乾燥していない部位におけるアノード圧損は増加する。その両部位の差し引きの結果として、アノード圧損の減少度合いが鈍くなり、変曲点が出現するのである。
【0044】
この間、セル温度の判定(ステップS40)と変曲点の検出(ステップS60)とを繰り返しているから、セル温度がT1以上のままアノード圧損に変曲点が現れると、これを検出し(ステップS60,YES)、続いてこの時のセル温度を温度T2として記憶する(ステップS70)。
【0045】
温度T2を記憶した後、続いて、現時点におけるセル温度が、変曲点を検出した直後のセル温度(温度T2)以上か否かの判定を行う(ステップS80)。アノード圧損に変曲点が生じた際にセル温度が下降していなければ、ステップS80での判定はYESとなる。この場合には、カソード背圧をP3(>P2)に設定する処理を行う(ステップS90)。この結果、燃料電池100に対して、強い乾燥抑制が行われることになる。
【0046】
カソード背圧をP3に設定した後、ステップS80に戻り、セル温度の判定処理を繰り返す。この間、セル温度が温度T2以上のまま、アノード圧損が変遷する様子を図3(B)に時刻t2〜時刻t3として示した。図3には、アノード圧損が変曲点後に底を打って上昇に転じ、その後、再び下降していく様子が示されている。この変遷は、電解質膜の乾燥が抑制されていく過程において発生するものである。一方、セル温度は、高速登坂が終了するなど、燃料電池自動車20の走行条件の変化に伴い、図示のように上昇・横這いを経て、低下に転じる様子が図示されている。
【0047】
このようにセル温度の低下を検出するのは、アノード圧損の場合と同様、電解質膜の乾燥状態を推定するためである。セル温度が低下すると、飽和水蒸気量が小さくなることで電解質膜の乾燥が抑制されていくからである。
【0048】
この間、セル温度の判定(ステップS80)を繰り返しているから、セル温度がT2未満になると、これを検出し(ステップS80,NO)、先述したステップS40に戻り、現時点におけるセル温度がT1以上かを判定する。温度T2>温度T1なので、セル温度が温度T2未満であると判定した時刻(時刻t3)においては、現時点におけるセル温度は温度T1以上と判定することになり(ステップS40,YES)、カソード背圧を圧力P2に設定する(ステップS50)。この結果、中程度の乾燥抑制が行われる。
【0049】
カソード背圧をP2に設定した後は、先述した通り、現時点におけるセル温度が温度T1以上かの判定(ステップS40)、及び変曲点を検出したかの判定(ステップS60)を繰り返すことになる。つまり、セル温度が温度T1未満になるか(ステップS40,NO)、又は変曲点を検出するまで(ステップS60,YES)、カソード背圧を圧力P2に保ち、中程度の乾燥抑制を維持する。セル温度が温度T2から温度T1へ下降すると共に、アノード圧損も低下していく様子を図3(B)時刻t3〜時刻t4に示した。
【0050】
この間、セル温度の判定(ステップS40)を繰り返しているから、セル温度が温度T1未満になると、これを検出し(ステップS40,NO)、先述した通りカソード背圧を圧力P1に設定するステップ(ステップS10)に戻り、通常の乾燥抑制に回帰する。この様子を、図3(B)時刻t4に示した。
【0051】
以上、ピーク→変曲点→セル温度低下→更なるセル温度低下を経たことに基づき、乾燥抑制の程度を弱(通常)→中→強→中→弱という順序で設定する場合を例にとり、乾燥抑制処理を説明した。
【0052】
次に、ピーク→セル温度低下を経ることにより、乾燥抑制の程度を弱→中→弱という順序で設定する場合を図4と共に説明する。図4(A)はカソード背圧の経時変化、図4(B)はセル温度及びアノード圧損の経時変化、図4(C)はアノード圧損の2階差分値の経時変化を模式的に示すグラフである。
【0053】
まず、カソード背圧を圧力P1に設定する(ステップS10)。次に、アノード圧損のピークを検出したかを判定し(ステップS20)、ピークを検出していないと判定すると(ステップS20,NO)、カソード背圧を圧力P1に設定するステップ(ステップS10)に戻る。つまり、通常の乾燥抑制(弱い乾燥抑制)を行う。この様子は、図4の時刻tゼロ〜時刻t5に示されている。
【0054】
ピークを検出すると(ステップS20,YES)、現時点のセル温度を温度T1として記憶する(ステップS30)。続いて、現時点におけるセル温度が温度T1以上と判定し(ステップS40,YES)、カソード背圧を圧力P2に設定する(ステップS50)。つまり、中程度の乾燥抑制を行う。この様子は、図4の時刻t5〜時刻t6に示されている。
【0055】
続いて、変曲点を検出したかを判定し(ステップS60)、変曲点を検出していないと判定すると(ステップS60,NO)、現時点におけるセル温度が温度T1以上かを判定するステップ(ステップS40)に戻る。
【0056】
セル温度が温度T1未満になったと判定すると(ステップS40,NO)、カソード背圧を圧力P1に設定するステップ(ステップS10)に戻り、カソード背圧を圧力P1に設定する(ステップS10)。つまり、通常の乾燥抑制を行う。この様子は、図4の時刻t6以降に示されている。
【0057】
以上に説明したように、乾燥抑制処理を実行することで、アノード圧損及びセル温度に基づき電解質膜の乾燥度合いを推定し、その推定に基づいた適切な乾燥抑制を実現できる。
【0058】
[3.実施形態と適用例との対応関係]
ステップS10・ステップS50・ステップS90が乾燥抑制部、ステップS20がピーク検出部、ステップS40がピーク温度条件判定部、ステップS60が変曲点検出部、ステップS80が変曲点温度条件判定部、のソフトウェアにそれぞれ対応する。
【0059】
[4.変形例]
本発明は、先述した実施形態になんら限定されるものではなく、発明の要旨を逸脱しない範囲内における種々の形態により実施できる。例えば、実施形態の構成要素の中で付加的なものは、実施形態から省略できる。ここで言う付加的な構成要素とは、実質的に独立している適用例においては特定されていない事項に対応する要素のことである。この他、例えば、以下のような実施形態が考えられる。
【0060】
・乾燥抑制の方法は、以下の何れかでも良い。(a)アノードガスを加湿する(b)カソードガスとアノードガスの両方を加湿する(c)水素ガスの供給量を増やす(d)水素ガスの圧力を下げる(e)空気の供給量を減らす(f)空気の供給圧力を上げる(g)冷却系160によって冷却度合いを強くする。
【0061】
・用途は、自動車用でなくとも、家庭用発電機等どのようなものでも良いが、急激に運転条件が変化し得る用途(例えば、2輪車などの輸送用機器搭載用)に特に適している。
・変曲点やピークの検出方法は、種々考えられる。図3(C)や図4(C)に示されたようには圧力の2階差分値が鋭く立ち上がらない場合も考えられる。このような場合は、例えば、圧力の2階差分値について、所定時間範囲の積分値が閾値以上か否かを判定しても良い。
【0062】
・乾燥抑制制御のステップS60とステップS70との間に「セル温度が上昇中?」という判定を挿入し,YESの場合はステップS70へ,NOの場合はステップS40に進むようにしても良い。そもそも実施形態として説明した乾燥抑制制御の場合、カソード背圧が圧力P2に設定されている際に、セル温度が下降中に変曲点を検出したときは、ステップS90まで進んでカソード背圧を圧力P2から圧力P3にするものの、その直後、ステップS80,NO→ステップS40,NO→ステップS50と進んでカソード背圧を圧力P2に戻すことになり、冗長とも言える。そこで、上記「セル温度が上昇中?」という判定を挿入すれば、このような冗長さが解消される。
・上記と同様な理由で、乾燥抑制制御のステップS30とステップS40との間に「セル温度が上昇中?」という判定を挿入しても良い。
【0063】
・乾燥抑制を弱くするトリガーとして、アノード圧損を基準としても良い。具体的には、ステップS40を「アノード圧損がピーク?」として、YESならステップS50、NOならステップS10に進むようにする。さらに、ステップS80を「アノード圧損が上昇中、かつ、下に凸の変曲点?」として、YESならステップS90、NOならステップS40に進むようにする。アノード圧損を基準とする場合、挙動が不安定な場合があるのがデメリットであるが、セル温度の測定が不要になる。
【0064】
・温度T1及び温度T2は、実施形態とは異なり、アノード圧損の挙動に基づかずに決定しても良い。具体的には、アノード圧損のピーク及び変曲点が出現する際の温度に再現性があれば、温度T1及び温度T2を予め決定しておいても良い。
【符号の説明】
【0065】
20…燃料電池自動車
22…車体
30…燃料電池システム
100…燃料電池
102…電流センサー
110…水素ガスタンク
120…水素ガス供給系
121…水素供給経路
122…水素ガス循環経路
123…放出経路
124…供給用開閉バルブ
125…減圧バルブ
126…水素供給機器
127…水素ガス循環ポンプ
128…水素ガス流量センサー
129…放出用開閉バルブ
130…コンプレッサー
140…空気供給系
141…空気供給経路
143…排出流量調整バルブ
145…加湿装置
147…空気流量センサー
150…ラジエーター
160…冷却系
161…冷却水循環経路
162…バイパス
163…三方流量調整弁
164…冷却水循環ポンプ
166…温度センサー
170…モーター
172…2次電池
174…DC−DCコンバーター
176…容量検出センサー
180…アクセル
190…圧損センサー
200…制御装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電荷担体を伝導させる電解質を有する燃料電池を用いて発電を行う燃料電池システムであって、
前記燃料電池に供給される燃料ガスが該燃料電池を通過する際に生じる圧力損失の経時変化について、圧力損失の減少中における下に凸の変曲点を検出する変曲点検出部と、
前記変曲点検出部によって前記変曲点が検出された場合、該変曲点の検出時点以前よりも強く前記電解質の乾燥を抑制する乾燥抑制部とを備える
燃料電池システム。
【請求項2】
請求項1に記載の燃料電池システムであって、
前記圧力損失の経時変化について、ピークを検出するピーク検出部を備え、
前記乾燥抑制部は、前記ピーク検出部によってピークが検出された場合、該ピークの検出時点以前よりも強く前記電解質の乾燥を抑制し、
前記変曲点検出部は、前記乾燥抑制部によってピークの検出時点以前よりも強く前記電解質の乾燥が抑制されている場合に、前記変曲点を検出する
燃料電池システム。
【請求項3】
請求項2に記載の燃料電池システムであって、
前記ピーク検出部によってピークが検出された後に前記変曲点検出部によって前記変曲点が検出されてない場合に、前記ピークの検出時点における前記燃料電池の温度と、現時点における燃料電池の温度との関係が所定条件を満たすか否かを判定するピーク温度条件判定部を備え、
前記乾燥抑制部は、前記ピーク温度条件判定部によって前記所定条件が満たされると判定された場合、該判定時点以前よりも弱く前記電解質の乾燥を抑制する
燃料電池システム。
【請求項4】
請求項1〜3の何れか1つに記載の燃料電池システムであって、
前記乾燥抑制部による変曲点の検出時点以前よりも強く前記電解質の乾燥が抑制されている場合に、前記変曲点の検出時点における前記燃料電池の温度と、現時点における燃料電池の温度との関係が所定条件を満たすか否かを判定する変曲点温度条件判定部を備え、
前記乾燥抑制部は、前記変曲点温度条件判定部によって前記所定条件が満たされると判定された場合、該判定時点以前よりも弱く前記電解質の乾燥を抑制する
燃料電池システム。
【請求項5】
請求項1〜4の何れか1つに記載の燃料電池システムであって、
前記乾燥抑制部は、前記変曲点検出部によって変曲点が検出された場合、前記電解質の少なくとも一部において電荷担体の伝導量が減少する状態から、更に乾燥が進むことで前記電解質の少なくとも一部において電荷担体が伝導しなくなる状態に移行したと推定し、該推定に従って前記電解質の乾燥をより強く抑制する
燃料電池システム。
【請求項6】
電荷担体を伝導させる電解質を有する燃料電池を用いて発電を行う燃料電池の運転方法であって、
前記燃料電池に供給される燃料ガスがその燃料電池を通過する際に生じる圧力損失について、減少中における下に凸の変曲点を検出した場合、該変曲点検出時点以前よりも強く前記電解質の乾燥を抑制する
燃料電池の運転方法。
【請求項7】
電荷担体を伝導させるために燃料電池に用いられる電解質の乾燥度合い推定方法であって、
前記電解質の乾燥度合いが、前記電解質の少なくとも一部において電荷担体の伝導量が減少する状態に当てはまるのか、該状態から更に乾燥が進むことで前記電解質の少なくとも一部において電荷担体が伝導しなくなる状態に当てはまるのかを、前記燃料電池に供給される燃料ガスがその燃料電池を通過する際に生じる圧力損失の経時変化に基づいて推定する
電解質の乾燥度合い推定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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