燃料電池スタック、及び燃料電池用フレーム部材の製造方法
【課題】剛性が高く、耐食性に優れた燃料電池用フレーム部材を有する燃料電池用スタック、及び燃料電池用フレーム部材の製造方法を提供する。
【解決手段】電解質膜97の略中央部に触媒層103を介してガス拡散層104を設けた膜電極接合体96と、これらの触媒層103及びガス拡散層104の周囲を囲むように、前記膜電極接合体96の周縁部105に当接した状態で取り付けたフレーム部材90と、を備えた燃料電池スタックであって、前記フレーム部材90は、立方晶の結晶構造を有する窒化層を外表面に形成した、遷移金属又は遷移金属の合金からなる基材から構成したことを特徴とする。
【解決手段】電解質膜97の略中央部に触媒層103を介してガス拡散層104を設けた膜電極接合体96と、これらの触媒層103及びガス拡散層104の周囲を囲むように、前記膜電極接合体96の周縁部105に当接した状態で取り付けたフレーム部材90と、を備えた燃料電池スタックであって、前記フレーム部材90は、立方晶の結晶構造を有する窒化層を外表面に形成した、遷移金属又は遷移金属の合金からなる基材から構成したことを特徴とする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池スタック、及び燃料電池用フレーム部材の製造方法に関し、特にステンレス鋼を用いて形成する固体高分子電解質型の燃料電池用フレーム部材に関する。
【背景技術】
【0002】
地球環境保護の観点から、燃料電池を自動車の内燃機関に代えて作動するモーターの電源として利用し、このモーターにより自動車を駆動することが検討されている。
【0003】
この燃料電池は、資源の枯渇問題を有する化石燃料を使う必要がないため、排気ガス等を発生することがない。また、燃料電池は騒音がほとんど発生せず、更にはエネルギーの回収効率も他のエネルギー機関と比べて高くすることが可能である等の優れた特徴を有している。
【0004】
燃料電池は、使用される電解質の種類に応じて、固体高分子電解質型、リン酸型、溶融炭酸塩型及び固体酸化物型等がある。そのうちの一つである固体高分子電解質型燃料電池(PEFC:Polymer Electrolyte Fuel Cell)は、電解質として分子中にプロトン交換基を有する固体高分子電解質膜を使用して、高分子電解質膜を飽和に含水させるとプロトン伝導性電解質として機能することを利用した電池である。
【0005】
固体高分子電解質型燃料電池は比較的低温で作動し、かつ発電効率が高い。更には、固体高分子電解質型燃料電池は他の付帯設備と共に小型で軽量であるため、電気自動車搭載用をはじめとする各種の用途が見込まれている。
【0006】
前記固体高分子電解質型燃料電池は、燃料電池スタックを有する。この燃料電池スタックは、電気化学反応により発電を行う基本単位となる単セルを複数個積層して両端部をエンドフランジで挟み、締結ボルトにより加圧保持されて一体に構成される。単セルは、高分子電解質膜とその両側に接合されるアノード(水素極)とカソード(酸素極)により構成される。
【0007】
図15は、燃料電池スタックを形成する単セルの構成を示す断面図である。図15に示すように、単セル80は、固体高分子用電解質膜81の両側に酸素極82及び水素極83を接合して一体化した膜電極接合体を有する。酸素極82及び水素極83は、反応膜84及びガス拡散層85(GDL:gas diffusion layer)を備えた2層構造であり、反応膜84は固体高分子用電解質膜81に接触している。酸素極82及び水素極83の両側には、積層のために酸素極側セパレータ86及び水素極側セパレータ87が各々設置されている。そして、酸素極側セパレータ86及び水素極側セパレータ87により、酸素ガス流路、水素ガス流路及び冷却水流路が形成されている。
【0008】
前記構成の単セル80は、固体高分子用電解質膜81の両側に酸素極82、水素極83を配置して、通常、ホットプレス法により一体に接合して膜電極接合体を形成し、次に膜電極接合体の両側にセパレータ86、87を配置して製造する。前記単セル80から構成される燃料電池では、水素極83側に、水素、二酸化炭素、窒素、水蒸気の混合ガスを供給し、酸素極82側に空気及び水蒸気を供給すると、主に、固体高分子用電解質膜81と反応膜84との間の接触面において電気化学反応が起こる。以下、より具体的な反応について説明する。
【0009】
前記構成の単セル80において、酸素ガス流路及び水素ガス流路に酸素ガス及び水素ガスが各々供給されると、酸素ガス及び水素ガスが各ガス拡散層85を介して反応膜84側に供給され、各反応膜84において以下に示す反応が起こる。
【0010】
水素極側:H2 →2H+ +2e- ・・・式(1)
酸素極側:(1/2)O2+2H+ + 2e-→H2O ・・・式(2)
水素極83側に水素ガスが供給されると、式(1)の反応が進行して、H+ とe-とが生成する。H+は、水和状態で固体高分子用電解質膜81内を移動して酸素極82側に流れ、e- は負荷88を通って水素極83から酸素極82に流れる。酸素極82側では、H+とe-と供給された酸素ガスとにより、式(2)の反応が進行して、電力が生成する。
【0011】
前述したように、燃料電池用セパレータは各単セル間を電気的に接続する機能を有するため、電気伝導性が良く、かつガス拡散層等の構成材料との接触抵抗が低いことが要求される。
【0012】
また、固体高分子型電解質膜は、スルホン酸基を多数有する高分子から形成されており、湿潤状態においてスルホン酸基をプロトン交換として用いるため、プロトン伝導性を有する。固体高分子型電解質膜は強酸性であるため、該固体高分子型電解質膜に当接する構成部品にはpH2〜3程度の硫酸酸性に対する耐食性が要求される。さらに、燃料電池に供給される各ガスの温度は80〜90[℃]と高温であり、また、水素極ではH+が生じるだけでなく、酸素や空気等が通過する酸素極は、標準水素極電位に対して0.6〜1[VvsSHE]程度の電位が負荷される酸化性環境下にある。このため、酸素極及び水素極と同様に、燃料電池スタックの構成部品には強酸性雰囲気下において耐え得る耐食性が要求される。なお、ここで要求される耐食性とは、構成部品が強酸性の酸化環境下においても電気伝導性能を維持できる耐久性を意味する。つまり、カチオンが加湿水又は式(2)の反応により生成した水に溶け出すことにより、カチオンが本来プロトンの通り道となるべきスルホン酸基と結合してスルホン酸基を占有し、電解質膜の発電特性を劣化させる環境で、耐食性を測定する必要がある。
【0013】
また、前記膜電極接合体は、剛性が比較的低いため、燃料電池スタックを組み付ける際に撓んでしまい、組付け作業性が低下するおそれがある。従って、樹脂製のフレーム部材の中央部を矩形状に切り欠いて開口部を形成し、該開口部内に前記膜電極接合体を配設することにより、前記膜電極接合体の剛性を向上させる技術が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2004−165125公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
しかしながら、前記樹脂製のフレーム部材を用いた場合は、単セルを組み付けたときに、スタッキング荷重によって変形を起こすおそれがあった。また、この変形により、樹脂製フレームに固着したガスケットの反力が小さくなり、シール性能が低下するおそれがあった。
【0015】
そこで、本発明は、剛性が高く、耐食性に優れた燃料電池用フレーム部材を有する燃料電池用スタック、及び燃料電池用フレーム部材の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明に係る燃料電池スタックは、電解質膜の略中央部に触媒層を介してガス拡散層を設けた膜電極接合体と、これらの触媒層及びガス拡散層の周囲を囲むように、前記膜電極接合体の周縁部に当接した状態で取り付けたフレーム部材と、を備えた燃料電池スタックであって、前記フレーム部材は、立方晶の結晶構造を有する窒化層を外表面に形成した、遷移金属又は遷移金属の合金からなる基材から構成したことを特徴とする。
【0017】
また、本発明に係る燃料電池用フレーム部材の製造方法は、遷移金属又は遷移金属の合金からなる基材に500[℃]以下の温度でプラズマ窒化処理を施すことにより、前記基材の外表面に窒化層を形成する燃料電池用フレーム部材の製造方法であって、前記窒化層は、Fe、Cr、Ni及びMoの中から選択される少なくとも一種以上の遷移金属元素の金属原子によって形成された面心立方格子の単位胞中心の八面体空隙に窒素原子が配置されたM4N型の結晶構造を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明に係る燃料電池スタックによれば、遷移金属又は遷移金属の合金からなる基材を用いた燃料電池用フレーム部材を備えているため、剛性が高くなり、スタッキング時の変形等を抑制することができる。また、立方晶の結晶構造を有する窒化層を外表面に形成しているため、膜電極接合体に当接する部分の耐食性を向上させることができる。
【0019】
さらに、本発明に係る燃料電池用フレーム部材の製造方法によれば、剛性が高く、耐食性に優れた燃料電池用フレーム部材を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明の実施の形態に係る燃料電池スタック、及び燃料電池用フレーム部材の製造方法について、固体高分子型燃料電池に適用した例を挙げて説明する。
【0021】
(燃料電池用フレーム部材及び燃料電池スタック)
図1は本発明の実施の形態に係る燃料電池用フレーム部材を備えた燃料電池スタックの外観を示す斜視図、図2は図1に示す燃料電池スタックの分解斜視図である。
【0022】
図2に示すように、燃料電池スタック1は、電気化学反応により発電を行う基本単位となる膜電極接合体96と燃料電池用セパレータ3とを交互に複数個積層して構成される。各単セル2は、後述するように、固体高分子型電解質膜の両面に各々酸化剤極を有するガス拡散層、及び燃料極を有するガス拡散層を形成した膜電極接合体96と、該膜電極接合体96の周縁部に接着されたフレーム部材90と、燃料電池用セパレータ3とを備えている。また、膜電極接合体96の両側に燃料電池用セパレータ3を配置して、燃料電池用セパレータ3内部に酸化剤ガス流路と燃料ガス流路とを各々形成している。
【0023】
固体高分子型電解質膜としては、例えばスルホン酸基を有するフッ素系樹脂膜等を使用することができる。単セル2と燃料電池用セパレータ3とを積層した後、両端部にエンドフランジ4を配置して、外周部を締結ボルト5により締結して燃料電池スタック1を構成する。
【0024】
また、図1に示すように、燃料電池スタック1には、各単セル2に水素ガス等の水素を含有する燃料ガスを供給するための水素供給ラインと、酸化剤ガスとして空気を供給する空気供給ラインと、冷却水を供給する冷却水供給ラインが設けられている。
【0025】
図3は本発明の実施の形態に係るフレーム部材の斜視図、図4は本発明の実施の形態に係る膜電極接合体の平面図、図5は本発明の実施の形態に係る膜電極接合体及びフレーム部材の概念的な断面図である。
【0026】
前記フレーム部材90は、平面視で略額縁状に形成された金属製の板材である。即ち、図3における左右方向に細長い矩形状の金属製板状部材の中央部を矩形状に切り抜いて開口部91を設けたものである。従って、フレーム部材90の外表面は、図3における上面となる膜電極接合体96への当接面92、該当接面92の反対側の裏面93、内側面(開口部91の側面)94及び外側面95とからなる。
【0027】
また、図4,5に示すように、膜電極接合体96は、電解質膜97の略中央部に触媒層103を介してガス拡散層104を設けており、これらの触媒層103及びガス拡散層104の周縁部105の両面には、図5に示すように、前記フレーム部材90が接着されている。このように、フレーム部材90の形状は、膜電極接合体96の周縁部105の形状とほぼ同一に形成されている。
【0028】
そして、図5に示すように、単セル106は、膜電極接合体96とフレーム部材90とを備えている。
【0029】
前記膜電極接合体96は、固体高分子型電解質膜97と、該固体高分子型電解質膜97の両面に形成した触媒層103と、該触媒層103の両面に形成したガス拡散層104とから構成されている。
【0030】
図6は、図3のA−A線による拡大断面図である。
【0031】
この図6に示すように、フレーム部材90の外表面には、窒化層102が形成されている。
【0032】
このフレーム部材90は、遷移金属又は遷移金属の合金を基材として用いており、内方側に設けられた基層101と、該基層101の表層部に設けられた窒化層102とから形成されている。そして、この窒化層102は、外表面から深さ方向に形成され、立方晶の結晶構造を有している。
【0033】
前記窒化層102は、具体的には、膜電極接合体96への当接面92、該当接面92の反対側の裏面93、内側面94(開口部91の側面)に形成されており、本実施形態では、外側面95には形成されていない。ただし、この外側面95に窒化層102を設けても良い。
【0034】
そして、前記膜電極接合体96の周縁部105に当接する前記フレーム部材90の当接面92における窒化層102の厚さを、前記当接面92の裏面93に設けた窒化層102よりも厚く形成している。このため、強酸性の電解質膜97に当接する側の窒化層102の厚さを厚くして、より効率的にフレーム部材90の耐食性を向上させることができる。
【0035】
図7は比較例に係る膜電極接合体及びフレーム部材の概念的な断面図、図8(a)は別の比較例に係る膜電極接合体及びフレーム部材の概念的な断面図、(b)は組付前の状態におけるフレーム部材の断面図、(c)は組付後のフレーム部材の断面図である。
【0036】
図7に示すように、電解質膜97の周縁部の両面に断面略三角状のガスケット98を固着している。このガスケット98は、セパレータに当接してガスを封止するものである。しかし、厚さが10〜50μmという薄い電解質膜97にガスケット98を固着すると、電解質膜97を組み付ける際にたわんでしまい、電解質膜97にシワ等が発生するため、燃料電池スタックの組付性が低下するおそれがある。
【0037】
一方、図8に示すフレーム部材99は、樹脂から形成されているため、例えば60〜90℃の温度において燃料電池スタックに組み付ける際に、スタッキング荷重が加わり、図8(c)に示すように、フレーム部材99が変形するおそれがある。この変形によって、ガスケット100の反力が低下し、シール性能が低下するおそれがあるため、好ましくない。
【0038】
また、立方晶の結晶構造を有する窒化層102は、燃料電池として通常使用されるpH2〜3の強酸性雰囲気においても化学的に安定であるため耐食性に優れる。このように、フレーム部材90の部位のうち、外部に露出した基材の外表面に窒化層102を形成したため、電解質膜97及びガス拡散層104が当接しても、フレーム部材90が腐食を起こすおそれがない。
【0039】
基材は、Fe、Cr、Ni及びMoの群から選ばれる少なくとも一種以上の金属元素を含むステンレス鋼であることが好ましい。このような元素を含有するステンレス鋼として、オーステナイト系、オーステナイト・フェライト系、析出硬化系のステンレス鋼が挙げられる。これらの中でも、基材は、特にオーステナイト系ステンレス鋼から形成することが好ましい。オーステナイト系ステンレス鋼としては、例えば、SUS304、SUS310S、SUS316L、SUS317J1、SUS317J2、SUS321、SUS329J1、SUS836等が挙げられる。
【0040】
立方晶の結晶構造は、より具体的には、Fe(鉄)、Cr(クロム)、Ni(ニッケル)、Mo(モリブデン)の群から選ばれる少なくとも一種以上の金属原子によって形成された面心立方格子の単位胞中心の八面体空隙に窒素原子が配置されたM4N型の結晶構造であることが好ましい。
【0041】
図9は、M4N型の結晶構造を示している。
【0042】
図9に示すように、M4N型の結晶構造20は、Fe、Cr、Ni及びMoの中から選択される遷移金属原子21によって形成された面心立方格子の単位胞中心の八面体空隙に窒素原子22が配置された構造である。このM4N型の結晶構造20において、Mは、Fe、Cr、Ni及びMoの中から選択される遷移金属原子21を表し、Nは窒素原子22を表す。窒素原子22はM4N型の結晶構造20の単位胞中心の八面体空隙の1/4を占有する。すなわち、M4N型の結晶構造20は、遷移金属原子21の面心立方格子の単位胞中心の八面体空隙に窒素原子22が侵入した侵入型固溶体であり、立方晶の空間格子で表すと、窒素原子22は各単位胞の格子座標(1/2,1/2,1/2)に位置する。M4N型の結晶構造とすることにより、遷移金属原子21間の金属結合を維持したまま、遷移金属原子21と窒素原子22との間で強い共有結合性を示す。
【0043】
また、このM4N型の結晶構造20では、遷移金属原子M21はFeを主体としていることが好ましいが、FeがCr、Ni、Moなどの他の遷移金属原子と一部置換した合金であっても良い。
【0044】
そして、このM4N型の結晶構造では、高密度の転位や双晶を伴い、硬さも1000[HV]以上と高く、窒素が過飽和に固溶したfccまたはfct構造の窒化物であると考えられている(安丸、蒲池;日本金属学会誌,50,pp362−368,1986)。そして、表面に近いほど窒素濃度が高いことや、CrNが主成分とならないため、耐食性に有効なCrが減少せずに窒化後も耐食性が保たれる。このように、窒化層が少なくともFe、Cr、Ni、Moの群から選ばれる少なくとも一種以上の遷移金属原子によって形成された面心立方格子の単位胞中心の八面体空隙に窒素原子が配置されたM4N型の結晶構造を有する場合には、pH2〜3の強酸性雰囲気における耐食性を一段と優れたものとすることが可能となる。
【0045】
なお、窒化層の厚さは、基材の表面に厚さ0.5〜5[μm]の範囲で形成されていることが好ましい。この場合には、強酸性雰囲気における耐食性に優れる。なお、窒化層の厚さが0.5[μm]を下回る場合には、窒化層と基材との間に亀裂が発生したり、窒化層と基材との密着強度が不足することにより長時間使用すると窒化層が基材との界面から剥がれ易くなるため長時間の使用では充分な耐食性が得られにくくなる。また、窒化層の厚さが5[μm]を上回る場合には、窒化層の厚さの増大とともに窒化層内の応力が過大になって窒化層に亀裂が発生し、燃料電池用セパレータに孔食が発生し易くなり、耐食性の向上に寄与しにくくなる。
【0046】
さらに、窒化層の極表面の窒素量が10[at%]以上かつ酸素量が35[at%]以下であることが好ましい。ここで、窒化層の極表面とは、窒化層の最表面から3〜4[nm]の深さ、つまり原子数十層程度の深さの原子層をさす。また、最表面とは、窒化層の最外部の原子一層をさす。遷移金属の表面に吸着した酸素分子の被覆率が高くなると、遷移金属原子と酸素原子との間に明瞭な結合が形成する。これが遷移金属原子の酸化である。このような遷移金属表面の酸化は、まず最外部の第一原子層が酸化されることによって起こる。第一原子層の酸化が終わると、次に、第一原子層へ吸着した酸素が遷移金属内の自由電子をトンネル効果によって受け取り、酸素が負イオンになる。そして、この負イオンによる強い局部電場のために、遷移金属イオンが遷移金属内部から表面上に引っ張り出され、引っ張り出された遷移金属イオンが酸素原子と結合する。すなわち二層目の酸化膜が生成する。このような反応が次から次へと起こって酸化膜が厚くなっていく。このように、窒化層中の酸素量が35[at%]より多い場合には、絶縁性の酸化膜が形成されやすくなる。これに対し、このように、窒化層の極表面の窒素量が10[at%]以上かつ酸素量が35[at%]以下である場合には、強酸性雰囲気における耐食性に優れた燃料電池用セパレータを得ることができる。
【0047】
また、窒化層の最表面から10[nm]深さにおいて、窒素量が15[at%]以上かつ酸素量が26[at%]以下であることが好ましく、更には窒素量が18[at%]以上かつ酸素量が22[at%]以下であることがより好ましい。この場合には、強酸性雰囲気における耐食性に優れる。
【0048】
さらに、窒化層の最表面から100[nm]〜200[nm]深さにおいて、窒素量が16[at%]以上かつ酸素量が21[at%]以下であることが好ましい。この場合には、窒化層中の窒素原子のケミカルポテンシャルを高めて、遷移金属原子の活量をより一層小さく抑えた状態で遷移金属原子が窒素原子と化合物を形成すると、遷移金属原子の自由エネルギーが下がり、遷移金属原子の酸化に対する反応性を低くすることができ、遷移金属原子が化学的に安定する。
【0049】
このように、前記した構成を採用したことにより、本発明の実施の形態に係る燃料電池用フレーム部材90は耐食性に優れている。
【0050】
(燃料電池用フレーム部材の製造方法)
次に、本発明の実施の形態に係る燃料電池用フレーム部材の製造方法について説明する。この燃料電池用フレーム部材90の製造方法は、遷移金属又は遷移金属の合金からなる基材に500[℃]以下の温度で窒化処理を施すことにより、Fe、Cr、Ni及びMoの中から選択される遷移金属原子によって形成された面心立方格子の単位胞中心の八面体空隙に窒素原子が配置されたM4N型の結晶構造を有する窒化層を形成する工程を有することを特徴とする。
【0051】
ステンレス鋼の表面に高温で窒化処理を施すと、窒素が基材中のCrと結びつき、主としてNaCl型の結晶構造を有するCrN等の窒化物を析出するために燃料電池用フレーム部材90の耐食性が低下する。これに対し、500[℃]以下の温度で窒化処理を施すと基材表面には、主としてNaCl型の結晶構造を有するCrN等の窒化化合物ではなく、Fe、Cr、Ni、Moの群から選ばれる少なくとも一種以上の金属原子によって形成された面心立方格子または面心正方格子の単位胞中心の八面体空隙に窒素原子が配置された結晶構造が形成される。
【0052】
この結晶構造は、窒化層の中でも特に耐食性に富むため、500[℃] 以下の低温で窒化処理を施すことにより燃料電池用フレーム部材90の耐食性が向上する。
【0053】
なお、窒化温度が350[℃]を下回る場合には、この結晶構造を有する窒化層を得るためには長時間の処理を必要とするために生産性が悪化する。このため、窒化処理は350〜500[℃]の範囲で、より好ましくは350〜500[℃]で行うのが好ましい。
【0054】
また、窒化処理は、プラズマ窒化法であることが好ましい。窒化処理にはガス窒化法、ガス軟窒化法、塩浴法、プラズマ窒化法などを利用することが可能である。ガス軟窒化法は窒化処理中の酸素分圧が高いため窒化層中の酸素量が高くなる。これに対し、窒化処理のうち、プラズマ窒化法は、被処理物を陰極とし、直流電圧を印加して発生するグロー放電によって窒素ガスをイオン化し、イオン化した窒素が被処理物の表面へ高速加速衝突することで窒化する方法である。このため、プラズマ窒化法では、イオン衝撃によるスパッタリング作用により被処理物であるステンレス鋼表面の不動態皮膜を容易に除去しつつ窒化するためステンレス鋼に適した窒化方法であり、かつ非平衡反応によって基材中に窒素イオンを浸透させるために、前記結晶構造を短時間で容易に得ることができ、耐食性が向上する。
【0055】
次に、本発明の実施形態に係る燃料電池用フレーム部材の製造方法に用いる窒化装置の構成を図10に基づいて説明する。図10は、本実施形態の燃料電池用フレーム部材の製造方法に使用される窒化装置の構成を示す側面模式図である。
【0056】
図10に示すように、窒化装置30は、バッチ式の窒化炉31と、この窒化炉31に雰囲気ガスを供給するガス供給装置32と、窒化炉31内でプラズマを発生させるプラズマ電極33a、33b及びこれらの電極33a、33bに直流電圧を供給する直流電源33と、窒化炉31内のガスを排出するポンプ34と、窒化炉31内の温度を検知する温度センサ37とを含んでいる。窒化炉31は内壁31a及び外壁31bを有し、内壁31aの天井部31cには燃料電池用フレーム部材の形状に加工したステンレス鋼箔44を吊下するステンレス製のハンガ36が設けられる。ガス供給装置32は、ガス室38とガス供給管路39とを有し、ガス室38には開口部が設けられ、この開口部にはそれぞれガス供給弁が設置され、H2ガス、N2ガス、Arガスが供給されている。窒化炉31の天井部31cには、ガス供給管路39の他端と連通する開口31dを有する。ガス供給管路39にはガス供給弁が設けられている。窒化炉31内のガス圧は、窒化炉31の底部31eに設けられたガス圧センサ40によって検知される。窒化炉31には冷却水流路(不図示)が設けられ、冷却水は窒化炉31の外壁31bに設けられた開口31fから冷却水流路に流入し、開口31gから流出する。開口31fには冷却水供給弁が設けられ、冷却水の流量を調節する。ポンプ34は、上記底部31eに設けられた開口31hと連通する排出管路41と接続される。温度センサ37は、窒化炉31の外壁31bに設けられた設置口31iに設置される。
【0057】
窒化装置30には、グロー放電のために操作盤43から制御される直流電源33の他に、バイアス用のポテンショメータ35が設けられている。直流電源33は陽(+)極33aが窒化炉31の内壁31aに接続され、陰(−)極33bが接地されている。ポテンショメータ35は、バイアス用直流電源端子35cと接地回路35dとの間の電位差を、可動接触子により0[V]からバイアス電圧の範囲で分圧し、それにより得た電圧をバイアス回路35aを介して各ステンレス鋼箔44に供給する。直流電源33は操作盤43からの制御信号によりオン、オフされる。ポテンショメータ35は、操作盤43からバイアス制御回路35bを介してバイアス制御信号が供給され、この制御信号に応じて可動接触子が摺動する。従って、各ステンレス鋼箔44は、内壁31aに対し、直流電源33の端子間電圧と、可動接触子を介して供給されるバイアス電圧とを加えた電圧差を有する。なお、ガス供給装置32及びガス圧センサ40も、操作盤43によって制御される。
【0058】
プラズマ窒化には窒素ガス及び水素ガスを使用し、窒素ガス及び水素ガスを放電させた低温非平衡プラズマ中においてステンレス鋼材にマイナスのバイアス電圧をかけることにより、ステンレス鋼材を400〜500[℃]の温度で窒化を行うことが好ましい。プラズマ窒化処理では、イオン衝撃によるスパッタリング作用により金属材料表面の不動態皮膜を容易に除去できる。一方、通常使用されるガス窒化や塩浴窒化を用いて窒化処理を行った場合には、窒化層の数〜数十[nm]オーダの最表層では酸化が起きて絶縁性酸化物が形成されるため、燃料電池のガス拡散層として通常使用されるカーボンペーパとの間の接触抵抗が増大する。これに対し、本発明のようにプラズマ窒化の手法を用いた窒化処理では、金属材料表面の酸素を除去しながら窒化反応を進めることができるため、窒化後の金属材料の最表層の酸素レベルを十分に低く抑えることが可能となる。さらに、カーボンペーパとの間の接触抵抗を、燃料電池として好適となるように低い値に維持することが可能となる。
【0059】
また、プラズマ窒化処理をする際の処理条件は、温度400〜500[℃]、処理時間10〜60[分]、ガス混合比N2:H2=3:7〜7:3、処理圧力3〜7[Torr](=399〜931[Pa])とすることが好ましい。窒化処理条件を本範囲に規定したのは、処理時間が1[分]未満になると窒化層が形成されないからであり、逆に、処理時間が60[分]を超えると製造コストが高騰するからである。さらに、ガス混合比を本範囲に規定したのは、ガス中の窒素の割合が減少すると窒化層を形成することができないからであり、逆に、窒素の割合が増大すると還元剤として作用する水素量が減少して、基材表面が酸化されてしまうからである。このような処理条件下でプラズマ窒化処理をすることにより、M4N型の結晶構造を有する窒化層を基材表面に形成することができる。
【0060】
このように、本発明の実施の形態に係る燃料電池用フレーム部材の製造方法によれば、簡便な操作により、酸化性環境下での低抵触抵抗値を維持し、耐食性に優れ、かつ低コスト化を実現した燃料電池用フレーム部材90を製造することが可能となる。
【0061】
(燃料電池車両)
本発明の実施の形態に係る燃料電池車両の一例として、前述した本発明の実施の形態に係る燃料電池スタックを動力源とした燃料電池電気自動車を挙げて説明する。
【0062】
図11は、燃料電池スタックを搭載した燃料電池電気自動車の外観を示す図であり、本図のうち(a)は燃料電池電気自動車の側面図、(b)は燃料電池電気自動車の平面図である。
【0063】
図11(b)に示すように、車体51の前方には、左右のフロントサイドメンバとフードリッジのほか、フロントサイドメンバを含む左右のフードリッジ同士を互いに連結するダッシュロア部材をそれぞれ組み合わせて溶接接合したエンジンコンパートメント部52を形成している。図11(a)及び(b)に示す燃料電池電気自動車50では、エンジンコンパートメント部52内に燃料電池スタック1を搭載している。
【0064】
本発明の実施の形態に係る燃料電池用フレーム部材90を適用した発電効率の高い燃料電池スタック1を自動車等の移動体車両に搭載することにより、燃料電池電気自動車50の燃費向上を図ることができる。また、小型化した軽量の燃料電池スタック1を車両に搭載することにより、車両重量を低減して省燃費化を図ることができ、走行距離の長距離化を図ることができる。さらに、小型化した燃料電池を移動体車両等に搭載することにより、車室内空間をより広く活用することができ、スタイリングの自由度を高めることができる。
【0065】
なお、燃料電池車両の一例として電気自動車を挙げたが、本発明は電気自動車等の車両に限定されるものではなく、電気エネルギが要求される航空機その他の機関にも適用することが可能である。
【実施例】
【0066】
以下、本発明の実施の形態に係る燃料電池用フレーム部材90の実施例1〜実施例6及び比較例1〜比較例5について説明する。これらの実施例は、本発明に係る燃料電池用フレーム部材90の有効性を調べたもので、異なる原料に対して異なる条件下で処理して各試料を調製したものであり、例示した実施例に限定されるものではない。
【0067】
<試料の調製>
各実施例及び比較例では、表1に示すように、基材として、板厚0.1[mm]の、JIS規格のオーステナイト系ステンレス鋼(SUS304、SUS316、SUS316L、SUS310)、のそれぞれの光輝焼鈍(BA)材を用いた。これらの基材を脱脂洗浄後、両面にプラズマ窒化処理(直流電流グロー放電によるプラズマ窒化処理)を施した。この表1に示すように、プラズマ窒化条件は、処理温度350〜550[℃]、処理時間10〜60[分]、ガス混合比を実施例1〜6ではN2:H2=3:7〜7:3とし、処理圧力3〜7[Torr](=399〜931[Pa])とした。
【表1】
【0068】
ここで、各試料は、以下の方法によって評価された。
【0069】
<窒化層の結晶構造の同定>
前記方法によって得られた試料の窒化層の結晶構造の同定は、窒化処理を施すことによって改質した基材表面をX線回折測定を行うことにより同定した。装置は、マックサイエンス社製 X線回折装置(XRD)を用いた。測定は、線源はCuKα線、回折角20〜100[゜]、スキャン速度2[゜/min]の条件で行った。
【0070】
<窒化層の厚さの測定>
窒化層の厚さは、光学顕微鏡または走査型電子顕微鏡を用いて断面観察することにより測定した。
【0071】
<Feに対するCr原子比の測定及び極表面の窒素量及び酸素量の測定>
窒化層のFeに対するCr原子比の測定は、X線電子分光分析(XPS)により窒化層のFe濃度及びCr濃度を測定して求めた。また、窒化層極表面の窒素量及び酸素量をXPSを用いて測定し、測定結果より酸素量に対する窒素量の比O/Nを求めた。装置は、PHI社製 光電子分光分析装置Quantum-2000を用いた。測定は、線源としてMonochromated-Al-kα線(電圧1486.6[eV]、20.0[W])、光電子取り出し角度45[゜]、測定深さ約4[nm]、測定エリアφ200[μm]にてX線を試料に照射することにより行った。
【0072】
<窒化層の最表面から10[nm]及び100[nm]深さにおける窒素量及び酸素量の測定>
窒化層の最表面から10[nm]及び100[nm]深さにおける窒素量及び酸素量の測定は、走査型オージェ電子分光分析装置によって行った。装置は、PHI社製 MODEL4300を用いた。測定は、電子線加速電圧5[kV]、測定領域20[μm]×16[μm]、イオン銃加速電圧3[kV]、スパッタリングレート10[nm/min](SiO2換算値)の条件で行った。
【0073】
<耐食性の評価>
燃料電池では、水素極側に比較して酸素極側に最大で1[VvsSHE]程度の電位がかかる。また、固体高分子用電解質膜97は、分子中にスルホン酸基等のプロトン交換基を有する高分子電解質膜97を飽和に含水させてプロトン伝導性を利用するものであり、強酸性を示す。このため、耐食性の評価は、電気化学的な手法である定電位電解試験を用いて、所定の定電位をかけた状態で一定時間保持後に溶液中に溶け出す金属イオン量を蛍光X線分析により測定し、イオン溶出量の値から耐食性の低下の度合いを評価した。
【0074】
具体的には、各試料の中央部を大きさ30[mm]×30[mm]に切り出したサンプルをpH2の硫酸水溶液中で、温度80[℃]、電位1[VvsSHE]として100[時間]保持した。その後、硫酸水溶液中に溶け出したFe、Cr、Niのイオン溶出量を蛍光X線分析により測定した。
【0075】
窒化層の結晶構造、窒化層の厚さ、窒化層の極表面の窒素量及び酸素量、酸素量に対する窒素量の比O/N、窒化層の最表面から10[nm]及び100[nm]深さにおける窒素量及び酸素量、接触抵抗値及びイオン溶出量を表2に示す。
【表2】
【0076】
さらに、図12に、前記実施例1及び比較例1により得られた試料のX線解析パターンを示す。
【0077】
比較例1では、基材であるオーステナイト由来のピークのみが明確に観測されたのに対し、実施例1では、図中γで示す基材であるオーステナイト由来のピークの他には、前記M4N型の結晶構造を示すS1〜S5のピークが観測された。ここで、Mは、Feを主体としており、Feの他にはCr、Ni、Moの合金を含む。なお、図10(a)に示す断面組織より窒化層の厚さを観測すると、実施例1においては表面に5[μm]程度の窒化層が形成されていた。このように、表面はM4N型の結晶構造をもつ窒化層に覆われているにもかかわらず、X線回折ピークは基材であるオーステナイト由来のピークも観測されている。これは、本測定条件によるX線の基材への入射深さが10[μm]程度であることから、基材を検出していると判断した。なお、実施例2〜実施例6では、実施例1と同様に基材であるオーステナイト由来のピークの他に前記M4N型の結晶構造のピークが観測された。
【0078】
また、比較例2及び比較例3では、比較例1と同様に窒化層が形成されていないため、基材であるオーステナイト由来のピークのみが観測された。また、比較例4では、CrNとγ’相を示すピークが観測された。なお、γ’相は、CrがNと結合してCrNなどのCr系窒化化合物を形成するために、基材のCr濃度が低下することによってFe原子が面心立方格子を作る。そして、γ’相はこの格子の単位胞中心の八面体空隙に窒素原子が侵入した結晶構造、すなわち八面体空隙の1/4に窒素原子が配置されたFe4N型の結晶構造であり、Feの他にCrやNiの合金を含まない。このように、処理温度が500[℃]を越えた場合には、NaCl型の結晶構造を有するCrNなどのCr系窒化化合物が形成することがわかった。
【0079】
次に、実施例1で得られた試料の倍率400倍による断面組織写真を図13(a)に、比較例1で得られた試料の断面組織写真を図13(b)に示す。図13(a)では、基材71の両表面に窒化層72が形成されているが、図13(b)では、基材73の表面には窒化層などの改質層が形成されていないことがわかる。
【0080】
次に、図14に実施例1により得られた試料の走査型オージェ電子分光分析による深さ方向の元素プロファイルを示す。
【0081】
図14に示すように、窒化層の最表面では窒化処理中に若干の酸素分圧が存在するために酸化膜が存在し、その酸化膜の厚さを電子が自由に行き来できるため酸素量が一番高い。しかし、電子が自由に行き来できる範囲は最表面から3〜4[nm]の深さであるため、徐々に酸素量は低くなり窒素量が増えた。また、窒化層の最表面から10[nm]深さにおいて、窒素量が18[at%]であり酸素量が22[at%]であった。そして、窒化層の最表面から100[nm]深さにおいて、窒素量が17[at%]であり酸素量が17[at%]であった。なお、スパッター深さ50[nm]あたりから、基材の成分であるFeの割合が高くなった。
【0082】
以上の測定結果より、実施例1〜実施例6は、比較例1〜比較例5に対しいずれの実施例においても立方晶の結晶構造である、Fe、Cr、Ni、Moの群から選ばれる少なくとも一種以上の遷移金属原子によって形成された面心立方格子の単位胞中心の八面体空隙に窒素原子が配置されたM4N型の結晶構造を有する窒化層とすることで、イオン溶出量も少なく、耐食性に優れる。
【0083】
なお、本実施例においては、基材としてオーステナイト系ステンレス鋼を用いたが、これに限定されるものではなく、フェライト系もしくはマルテンサイト系ステンレス鋼を用いても、また、窒化処理としてプラズマ窒化処理を実施しているが、ガス窒化処理によっても同様の効果が得られる。
【0084】
以上の測定結果より、実施例1〜実施例6は比較例1〜比較例5に対しいずれの実施例においても、本実施形態によるフレーム部材90は、遷移金属又は遷移金属の合金からなる基材から形成されて基層101の直接上に形成された立方晶の結晶構造を有する窒化層102を備えることにより、高い耐食性を備えることが判明した。
【図面の簡単な説明】
【0085】
【図1】本発明の実施の形態に係るフレーム部材を用いて構成する燃料電池スタックの外観を示す斜視図である。
【図2】本発明の実施の形態に係るフレーム部材を用いて構成する燃料電池スタックの分解斜視図である。
【図3】本発明の実施の形態に係るフレーム部材の斜視図である。
【図4】本発明の実施の形態に係る膜電極接合体の平面図である。
【図5】本発明の実施の形態に係る膜電極接合体及びフレーム部材の概念的な断面図である。
【図6】図3のA−A線による拡大断面図である。
【図7】比較例に係る膜電極接合体及びフレーム部材の概念的な断面図である。
【図8】本図のうち、(a)は別の比較例に係る膜電極接合体及びフレーム部材の概念的な断面図、(b)は組付前の状態におけるフレーム部材の断面図、(c)は組付後のフレーム部材の断面図である。
【図9】本発明の実施の形態に係る中間板の窒化層中に含まれるM4N型結晶構造を示す概略図である。
【図10】本発明の実施の形態に係るフレーム部材の製造方法に用いる窒化処理装置を概念的に示す断面図である。
【図11】本発明の実施の形態に係る燃料電池スタックを搭載した電気自動車の外観を示す斜視図であり、(a)は電気自動車の側面図、(b)は電気自動車の平面図である。
【図12】実施例1及び比較例1により得られた試料のX線回折パターンを示す図である。
【図13】本図のうち、(a)は実施例1により得られた試料の断面組織写真、(b)は比較例1により得られた試料の断面組織写真である。
【図14】実施例1により得られた試料の走査型オージェ電子分光分析による深さ方向の元素プロファイルを示す図である。
【図15】燃料電池スタックを形成する単セルの構成を示す断面図である。
【符号の説明】
【0086】
1 燃料電池スタック
20 M4N型結晶構造
21 遷移金属原子
22 窒素原子
90 フレーム部材
92 当接面
96 膜電極接合体
97 電解質膜
102 窒化層
103 触媒層
104 ガス拡散層
105 周縁部
107 基材
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池スタック、及び燃料電池用フレーム部材の製造方法に関し、特にステンレス鋼を用いて形成する固体高分子電解質型の燃料電池用フレーム部材に関する。
【背景技術】
【0002】
地球環境保護の観点から、燃料電池を自動車の内燃機関に代えて作動するモーターの電源として利用し、このモーターにより自動車を駆動することが検討されている。
【0003】
この燃料電池は、資源の枯渇問題を有する化石燃料を使う必要がないため、排気ガス等を発生することがない。また、燃料電池は騒音がほとんど発生せず、更にはエネルギーの回収効率も他のエネルギー機関と比べて高くすることが可能である等の優れた特徴を有している。
【0004】
燃料電池は、使用される電解質の種類に応じて、固体高分子電解質型、リン酸型、溶融炭酸塩型及び固体酸化物型等がある。そのうちの一つである固体高分子電解質型燃料電池(PEFC:Polymer Electrolyte Fuel Cell)は、電解質として分子中にプロトン交換基を有する固体高分子電解質膜を使用して、高分子電解質膜を飽和に含水させるとプロトン伝導性電解質として機能することを利用した電池である。
【0005】
固体高分子電解質型燃料電池は比較的低温で作動し、かつ発電効率が高い。更には、固体高分子電解質型燃料電池は他の付帯設備と共に小型で軽量であるため、電気自動車搭載用をはじめとする各種の用途が見込まれている。
【0006】
前記固体高分子電解質型燃料電池は、燃料電池スタックを有する。この燃料電池スタックは、電気化学反応により発電を行う基本単位となる単セルを複数個積層して両端部をエンドフランジで挟み、締結ボルトにより加圧保持されて一体に構成される。単セルは、高分子電解質膜とその両側に接合されるアノード(水素極)とカソード(酸素極)により構成される。
【0007】
図15は、燃料電池スタックを形成する単セルの構成を示す断面図である。図15に示すように、単セル80は、固体高分子用電解質膜81の両側に酸素極82及び水素極83を接合して一体化した膜電極接合体を有する。酸素極82及び水素極83は、反応膜84及びガス拡散層85(GDL:gas diffusion layer)を備えた2層構造であり、反応膜84は固体高分子用電解質膜81に接触している。酸素極82及び水素極83の両側には、積層のために酸素極側セパレータ86及び水素極側セパレータ87が各々設置されている。そして、酸素極側セパレータ86及び水素極側セパレータ87により、酸素ガス流路、水素ガス流路及び冷却水流路が形成されている。
【0008】
前記構成の単セル80は、固体高分子用電解質膜81の両側に酸素極82、水素極83を配置して、通常、ホットプレス法により一体に接合して膜電極接合体を形成し、次に膜電極接合体の両側にセパレータ86、87を配置して製造する。前記単セル80から構成される燃料電池では、水素極83側に、水素、二酸化炭素、窒素、水蒸気の混合ガスを供給し、酸素極82側に空気及び水蒸気を供給すると、主に、固体高分子用電解質膜81と反応膜84との間の接触面において電気化学反応が起こる。以下、より具体的な反応について説明する。
【0009】
前記構成の単セル80において、酸素ガス流路及び水素ガス流路に酸素ガス及び水素ガスが各々供給されると、酸素ガス及び水素ガスが各ガス拡散層85を介して反応膜84側に供給され、各反応膜84において以下に示す反応が起こる。
【0010】
水素極側:H2 →2H+ +2e- ・・・式(1)
酸素極側:(1/2)O2+2H+ + 2e-→H2O ・・・式(2)
水素極83側に水素ガスが供給されると、式(1)の反応が進行して、H+ とe-とが生成する。H+は、水和状態で固体高分子用電解質膜81内を移動して酸素極82側に流れ、e- は負荷88を通って水素極83から酸素極82に流れる。酸素極82側では、H+とe-と供給された酸素ガスとにより、式(2)の反応が進行して、電力が生成する。
【0011】
前述したように、燃料電池用セパレータは各単セル間を電気的に接続する機能を有するため、電気伝導性が良く、かつガス拡散層等の構成材料との接触抵抗が低いことが要求される。
【0012】
また、固体高分子型電解質膜は、スルホン酸基を多数有する高分子から形成されており、湿潤状態においてスルホン酸基をプロトン交換として用いるため、プロトン伝導性を有する。固体高分子型電解質膜は強酸性であるため、該固体高分子型電解質膜に当接する構成部品にはpH2〜3程度の硫酸酸性に対する耐食性が要求される。さらに、燃料電池に供給される各ガスの温度は80〜90[℃]と高温であり、また、水素極ではH+が生じるだけでなく、酸素や空気等が通過する酸素極は、標準水素極電位に対して0.6〜1[VvsSHE]程度の電位が負荷される酸化性環境下にある。このため、酸素極及び水素極と同様に、燃料電池スタックの構成部品には強酸性雰囲気下において耐え得る耐食性が要求される。なお、ここで要求される耐食性とは、構成部品が強酸性の酸化環境下においても電気伝導性能を維持できる耐久性を意味する。つまり、カチオンが加湿水又は式(2)の反応により生成した水に溶け出すことにより、カチオンが本来プロトンの通り道となるべきスルホン酸基と結合してスルホン酸基を占有し、電解質膜の発電特性を劣化させる環境で、耐食性を測定する必要がある。
【0013】
また、前記膜電極接合体は、剛性が比較的低いため、燃料電池スタックを組み付ける際に撓んでしまい、組付け作業性が低下するおそれがある。従って、樹脂製のフレーム部材の中央部を矩形状に切り欠いて開口部を形成し、該開口部内に前記膜電極接合体を配設することにより、前記膜電極接合体の剛性を向上させる技術が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2004−165125公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
しかしながら、前記樹脂製のフレーム部材を用いた場合は、単セルを組み付けたときに、スタッキング荷重によって変形を起こすおそれがあった。また、この変形により、樹脂製フレームに固着したガスケットの反力が小さくなり、シール性能が低下するおそれがあった。
【0015】
そこで、本発明は、剛性が高く、耐食性に優れた燃料電池用フレーム部材を有する燃料電池用スタック、及び燃料電池用フレーム部材の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明に係る燃料電池スタックは、電解質膜の略中央部に触媒層を介してガス拡散層を設けた膜電極接合体と、これらの触媒層及びガス拡散層の周囲を囲むように、前記膜電極接合体の周縁部に当接した状態で取り付けたフレーム部材と、を備えた燃料電池スタックであって、前記フレーム部材は、立方晶の結晶構造を有する窒化層を外表面に形成した、遷移金属又は遷移金属の合金からなる基材から構成したことを特徴とする。
【0017】
また、本発明に係る燃料電池用フレーム部材の製造方法は、遷移金属又は遷移金属の合金からなる基材に500[℃]以下の温度でプラズマ窒化処理を施すことにより、前記基材の外表面に窒化層を形成する燃料電池用フレーム部材の製造方法であって、前記窒化層は、Fe、Cr、Ni及びMoの中から選択される少なくとも一種以上の遷移金属元素の金属原子によって形成された面心立方格子の単位胞中心の八面体空隙に窒素原子が配置されたM4N型の結晶構造を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明に係る燃料電池スタックによれば、遷移金属又は遷移金属の合金からなる基材を用いた燃料電池用フレーム部材を備えているため、剛性が高くなり、スタッキング時の変形等を抑制することができる。また、立方晶の結晶構造を有する窒化層を外表面に形成しているため、膜電極接合体に当接する部分の耐食性を向上させることができる。
【0019】
さらに、本発明に係る燃料電池用フレーム部材の製造方法によれば、剛性が高く、耐食性に優れた燃料電池用フレーム部材を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明の実施の形態に係る燃料電池スタック、及び燃料電池用フレーム部材の製造方法について、固体高分子型燃料電池に適用した例を挙げて説明する。
【0021】
(燃料電池用フレーム部材及び燃料電池スタック)
図1は本発明の実施の形態に係る燃料電池用フレーム部材を備えた燃料電池スタックの外観を示す斜視図、図2は図1に示す燃料電池スタックの分解斜視図である。
【0022】
図2に示すように、燃料電池スタック1は、電気化学反応により発電を行う基本単位となる膜電極接合体96と燃料電池用セパレータ3とを交互に複数個積層して構成される。各単セル2は、後述するように、固体高分子型電解質膜の両面に各々酸化剤極を有するガス拡散層、及び燃料極を有するガス拡散層を形成した膜電極接合体96と、該膜電極接合体96の周縁部に接着されたフレーム部材90と、燃料電池用セパレータ3とを備えている。また、膜電極接合体96の両側に燃料電池用セパレータ3を配置して、燃料電池用セパレータ3内部に酸化剤ガス流路と燃料ガス流路とを各々形成している。
【0023】
固体高分子型電解質膜としては、例えばスルホン酸基を有するフッ素系樹脂膜等を使用することができる。単セル2と燃料電池用セパレータ3とを積層した後、両端部にエンドフランジ4を配置して、外周部を締結ボルト5により締結して燃料電池スタック1を構成する。
【0024】
また、図1に示すように、燃料電池スタック1には、各単セル2に水素ガス等の水素を含有する燃料ガスを供給するための水素供給ラインと、酸化剤ガスとして空気を供給する空気供給ラインと、冷却水を供給する冷却水供給ラインが設けられている。
【0025】
図3は本発明の実施の形態に係るフレーム部材の斜視図、図4は本発明の実施の形態に係る膜電極接合体の平面図、図5は本発明の実施の形態に係る膜電極接合体及びフレーム部材の概念的な断面図である。
【0026】
前記フレーム部材90は、平面視で略額縁状に形成された金属製の板材である。即ち、図3における左右方向に細長い矩形状の金属製板状部材の中央部を矩形状に切り抜いて開口部91を設けたものである。従って、フレーム部材90の外表面は、図3における上面となる膜電極接合体96への当接面92、該当接面92の反対側の裏面93、内側面(開口部91の側面)94及び外側面95とからなる。
【0027】
また、図4,5に示すように、膜電極接合体96は、電解質膜97の略中央部に触媒層103を介してガス拡散層104を設けており、これらの触媒層103及びガス拡散層104の周縁部105の両面には、図5に示すように、前記フレーム部材90が接着されている。このように、フレーム部材90の形状は、膜電極接合体96の周縁部105の形状とほぼ同一に形成されている。
【0028】
そして、図5に示すように、単セル106は、膜電極接合体96とフレーム部材90とを備えている。
【0029】
前記膜電極接合体96は、固体高分子型電解質膜97と、該固体高分子型電解質膜97の両面に形成した触媒層103と、該触媒層103の両面に形成したガス拡散層104とから構成されている。
【0030】
図6は、図3のA−A線による拡大断面図である。
【0031】
この図6に示すように、フレーム部材90の外表面には、窒化層102が形成されている。
【0032】
このフレーム部材90は、遷移金属又は遷移金属の合金を基材として用いており、内方側に設けられた基層101と、該基層101の表層部に設けられた窒化層102とから形成されている。そして、この窒化層102は、外表面から深さ方向に形成され、立方晶の結晶構造を有している。
【0033】
前記窒化層102は、具体的には、膜電極接合体96への当接面92、該当接面92の反対側の裏面93、内側面94(開口部91の側面)に形成されており、本実施形態では、外側面95には形成されていない。ただし、この外側面95に窒化層102を設けても良い。
【0034】
そして、前記膜電極接合体96の周縁部105に当接する前記フレーム部材90の当接面92における窒化層102の厚さを、前記当接面92の裏面93に設けた窒化層102よりも厚く形成している。このため、強酸性の電解質膜97に当接する側の窒化層102の厚さを厚くして、より効率的にフレーム部材90の耐食性を向上させることができる。
【0035】
図7は比較例に係る膜電極接合体及びフレーム部材の概念的な断面図、図8(a)は別の比較例に係る膜電極接合体及びフレーム部材の概念的な断面図、(b)は組付前の状態におけるフレーム部材の断面図、(c)は組付後のフレーム部材の断面図である。
【0036】
図7に示すように、電解質膜97の周縁部の両面に断面略三角状のガスケット98を固着している。このガスケット98は、セパレータに当接してガスを封止するものである。しかし、厚さが10〜50μmという薄い電解質膜97にガスケット98を固着すると、電解質膜97を組み付ける際にたわんでしまい、電解質膜97にシワ等が発生するため、燃料電池スタックの組付性が低下するおそれがある。
【0037】
一方、図8に示すフレーム部材99は、樹脂から形成されているため、例えば60〜90℃の温度において燃料電池スタックに組み付ける際に、スタッキング荷重が加わり、図8(c)に示すように、フレーム部材99が変形するおそれがある。この変形によって、ガスケット100の反力が低下し、シール性能が低下するおそれがあるため、好ましくない。
【0038】
また、立方晶の結晶構造を有する窒化層102は、燃料電池として通常使用されるpH2〜3の強酸性雰囲気においても化学的に安定であるため耐食性に優れる。このように、フレーム部材90の部位のうち、外部に露出した基材の外表面に窒化層102を形成したため、電解質膜97及びガス拡散層104が当接しても、フレーム部材90が腐食を起こすおそれがない。
【0039】
基材は、Fe、Cr、Ni及びMoの群から選ばれる少なくとも一種以上の金属元素を含むステンレス鋼であることが好ましい。このような元素を含有するステンレス鋼として、オーステナイト系、オーステナイト・フェライト系、析出硬化系のステンレス鋼が挙げられる。これらの中でも、基材は、特にオーステナイト系ステンレス鋼から形成することが好ましい。オーステナイト系ステンレス鋼としては、例えば、SUS304、SUS310S、SUS316L、SUS317J1、SUS317J2、SUS321、SUS329J1、SUS836等が挙げられる。
【0040】
立方晶の結晶構造は、より具体的には、Fe(鉄)、Cr(クロム)、Ni(ニッケル)、Mo(モリブデン)の群から選ばれる少なくとも一種以上の金属原子によって形成された面心立方格子の単位胞中心の八面体空隙に窒素原子が配置されたM4N型の結晶構造であることが好ましい。
【0041】
図9は、M4N型の結晶構造を示している。
【0042】
図9に示すように、M4N型の結晶構造20は、Fe、Cr、Ni及びMoの中から選択される遷移金属原子21によって形成された面心立方格子の単位胞中心の八面体空隙に窒素原子22が配置された構造である。このM4N型の結晶構造20において、Mは、Fe、Cr、Ni及びMoの中から選択される遷移金属原子21を表し、Nは窒素原子22を表す。窒素原子22はM4N型の結晶構造20の単位胞中心の八面体空隙の1/4を占有する。すなわち、M4N型の結晶構造20は、遷移金属原子21の面心立方格子の単位胞中心の八面体空隙に窒素原子22が侵入した侵入型固溶体であり、立方晶の空間格子で表すと、窒素原子22は各単位胞の格子座標(1/2,1/2,1/2)に位置する。M4N型の結晶構造とすることにより、遷移金属原子21間の金属結合を維持したまま、遷移金属原子21と窒素原子22との間で強い共有結合性を示す。
【0043】
また、このM4N型の結晶構造20では、遷移金属原子M21はFeを主体としていることが好ましいが、FeがCr、Ni、Moなどの他の遷移金属原子と一部置換した合金であっても良い。
【0044】
そして、このM4N型の結晶構造では、高密度の転位や双晶を伴い、硬さも1000[HV]以上と高く、窒素が過飽和に固溶したfccまたはfct構造の窒化物であると考えられている(安丸、蒲池;日本金属学会誌,50,pp362−368,1986)。そして、表面に近いほど窒素濃度が高いことや、CrNが主成分とならないため、耐食性に有効なCrが減少せずに窒化後も耐食性が保たれる。このように、窒化層が少なくともFe、Cr、Ni、Moの群から選ばれる少なくとも一種以上の遷移金属原子によって形成された面心立方格子の単位胞中心の八面体空隙に窒素原子が配置されたM4N型の結晶構造を有する場合には、pH2〜3の強酸性雰囲気における耐食性を一段と優れたものとすることが可能となる。
【0045】
なお、窒化層の厚さは、基材の表面に厚さ0.5〜5[μm]の範囲で形成されていることが好ましい。この場合には、強酸性雰囲気における耐食性に優れる。なお、窒化層の厚さが0.5[μm]を下回る場合には、窒化層と基材との間に亀裂が発生したり、窒化層と基材との密着強度が不足することにより長時間使用すると窒化層が基材との界面から剥がれ易くなるため長時間の使用では充分な耐食性が得られにくくなる。また、窒化層の厚さが5[μm]を上回る場合には、窒化層の厚さの増大とともに窒化層内の応力が過大になって窒化層に亀裂が発生し、燃料電池用セパレータに孔食が発生し易くなり、耐食性の向上に寄与しにくくなる。
【0046】
さらに、窒化層の極表面の窒素量が10[at%]以上かつ酸素量が35[at%]以下であることが好ましい。ここで、窒化層の極表面とは、窒化層の最表面から3〜4[nm]の深さ、つまり原子数十層程度の深さの原子層をさす。また、最表面とは、窒化層の最外部の原子一層をさす。遷移金属の表面に吸着した酸素分子の被覆率が高くなると、遷移金属原子と酸素原子との間に明瞭な結合が形成する。これが遷移金属原子の酸化である。このような遷移金属表面の酸化は、まず最外部の第一原子層が酸化されることによって起こる。第一原子層の酸化が終わると、次に、第一原子層へ吸着した酸素が遷移金属内の自由電子をトンネル効果によって受け取り、酸素が負イオンになる。そして、この負イオンによる強い局部電場のために、遷移金属イオンが遷移金属内部から表面上に引っ張り出され、引っ張り出された遷移金属イオンが酸素原子と結合する。すなわち二層目の酸化膜が生成する。このような反応が次から次へと起こって酸化膜が厚くなっていく。このように、窒化層中の酸素量が35[at%]より多い場合には、絶縁性の酸化膜が形成されやすくなる。これに対し、このように、窒化層の極表面の窒素量が10[at%]以上かつ酸素量が35[at%]以下である場合には、強酸性雰囲気における耐食性に優れた燃料電池用セパレータを得ることができる。
【0047】
また、窒化層の最表面から10[nm]深さにおいて、窒素量が15[at%]以上かつ酸素量が26[at%]以下であることが好ましく、更には窒素量が18[at%]以上かつ酸素量が22[at%]以下であることがより好ましい。この場合には、強酸性雰囲気における耐食性に優れる。
【0048】
さらに、窒化層の最表面から100[nm]〜200[nm]深さにおいて、窒素量が16[at%]以上かつ酸素量が21[at%]以下であることが好ましい。この場合には、窒化層中の窒素原子のケミカルポテンシャルを高めて、遷移金属原子の活量をより一層小さく抑えた状態で遷移金属原子が窒素原子と化合物を形成すると、遷移金属原子の自由エネルギーが下がり、遷移金属原子の酸化に対する反応性を低くすることができ、遷移金属原子が化学的に安定する。
【0049】
このように、前記した構成を採用したことにより、本発明の実施の形態に係る燃料電池用フレーム部材90は耐食性に優れている。
【0050】
(燃料電池用フレーム部材の製造方法)
次に、本発明の実施の形態に係る燃料電池用フレーム部材の製造方法について説明する。この燃料電池用フレーム部材90の製造方法は、遷移金属又は遷移金属の合金からなる基材に500[℃]以下の温度で窒化処理を施すことにより、Fe、Cr、Ni及びMoの中から選択される遷移金属原子によって形成された面心立方格子の単位胞中心の八面体空隙に窒素原子が配置されたM4N型の結晶構造を有する窒化層を形成する工程を有することを特徴とする。
【0051】
ステンレス鋼の表面に高温で窒化処理を施すと、窒素が基材中のCrと結びつき、主としてNaCl型の結晶構造を有するCrN等の窒化物を析出するために燃料電池用フレーム部材90の耐食性が低下する。これに対し、500[℃]以下の温度で窒化処理を施すと基材表面には、主としてNaCl型の結晶構造を有するCrN等の窒化化合物ではなく、Fe、Cr、Ni、Moの群から選ばれる少なくとも一種以上の金属原子によって形成された面心立方格子または面心正方格子の単位胞中心の八面体空隙に窒素原子が配置された結晶構造が形成される。
【0052】
この結晶構造は、窒化層の中でも特に耐食性に富むため、500[℃] 以下の低温で窒化処理を施すことにより燃料電池用フレーム部材90の耐食性が向上する。
【0053】
なお、窒化温度が350[℃]を下回る場合には、この結晶構造を有する窒化層を得るためには長時間の処理を必要とするために生産性が悪化する。このため、窒化処理は350〜500[℃]の範囲で、より好ましくは350〜500[℃]で行うのが好ましい。
【0054】
また、窒化処理は、プラズマ窒化法であることが好ましい。窒化処理にはガス窒化法、ガス軟窒化法、塩浴法、プラズマ窒化法などを利用することが可能である。ガス軟窒化法は窒化処理中の酸素分圧が高いため窒化層中の酸素量が高くなる。これに対し、窒化処理のうち、プラズマ窒化法は、被処理物を陰極とし、直流電圧を印加して発生するグロー放電によって窒素ガスをイオン化し、イオン化した窒素が被処理物の表面へ高速加速衝突することで窒化する方法である。このため、プラズマ窒化法では、イオン衝撃によるスパッタリング作用により被処理物であるステンレス鋼表面の不動態皮膜を容易に除去しつつ窒化するためステンレス鋼に適した窒化方法であり、かつ非平衡反応によって基材中に窒素イオンを浸透させるために、前記結晶構造を短時間で容易に得ることができ、耐食性が向上する。
【0055】
次に、本発明の実施形態に係る燃料電池用フレーム部材の製造方法に用いる窒化装置の構成を図10に基づいて説明する。図10は、本実施形態の燃料電池用フレーム部材の製造方法に使用される窒化装置の構成を示す側面模式図である。
【0056】
図10に示すように、窒化装置30は、バッチ式の窒化炉31と、この窒化炉31に雰囲気ガスを供給するガス供給装置32と、窒化炉31内でプラズマを発生させるプラズマ電極33a、33b及びこれらの電極33a、33bに直流電圧を供給する直流電源33と、窒化炉31内のガスを排出するポンプ34と、窒化炉31内の温度を検知する温度センサ37とを含んでいる。窒化炉31は内壁31a及び外壁31bを有し、内壁31aの天井部31cには燃料電池用フレーム部材の形状に加工したステンレス鋼箔44を吊下するステンレス製のハンガ36が設けられる。ガス供給装置32は、ガス室38とガス供給管路39とを有し、ガス室38には開口部が設けられ、この開口部にはそれぞれガス供給弁が設置され、H2ガス、N2ガス、Arガスが供給されている。窒化炉31の天井部31cには、ガス供給管路39の他端と連通する開口31dを有する。ガス供給管路39にはガス供給弁が設けられている。窒化炉31内のガス圧は、窒化炉31の底部31eに設けられたガス圧センサ40によって検知される。窒化炉31には冷却水流路(不図示)が設けられ、冷却水は窒化炉31の外壁31bに設けられた開口31fから冷却水流路に流入し、開口31gから流出する。開口31fには冷却水供給弁が設けられ、冷却水の流量を調節する。ポンプ34は、上記底部31eに設けられた開口31hと連通する排出管路41と接続される。温度センサ37は、窒化炉31の外壁31bに設けられた設置口31iに設置される。
【0057】
窒化装置30には、グロー放電のために操作盤43から制御される直流電源33の他に、バイアス用のポテンショメータ35が設けられている。直流電源33は陽(+)極33aが窒化炉31の内壁31aに接続され、陰(−)極33bが接地されている。ポテンショメータ35は、バイアス用直流電源端子35cと接地回路35dとの間の電位差を、可動接触子により0[V]からバイアス電圧の範囲で分圧し、それにより得た電圧をバイアス回路35aを介して各ステンレス鋼箔44に供給する。直流電源33は操作盤43からの制御信号によりオン、オフされる。ポテンショメータ35は、操作盤43からバイアス制御回路35bを介してバイアス制御信号が供給され、この制御信号に応じて可動接触子が摺動する。従って、各ステンレス鋼箔44は、内壁31aに対し、直流電源33の端子間電圧と、可動接触子を介して供給されるバイアス電圧とを加えた電圧差を有する。なお、ガス供給装置32及びガス圧センサ40も、操作盤43によって制御される。
【0058】
プラズマ窒化には窒素ガス及び水素ガスを使用し、窒素ガス及び水素ガスを放電させた低温非平衡プラズマ中においてステンレス鋼材にマイナスのバイアス電圧をかけることにより、ステンレス鋼材を400〜500[℃]の温度で窒化を行うことが好ましい。プラズマ窒化処理では、イオン衝撃によるスパッタリング作用により金属材料表面の不動態皮膜を容易に除去できる。一方、通常使用されるガス窒化や塩浴窒化を用いて窒化処理を行った場合には、窒化層の数〜数十[nm]オーダの最表層では酸化が起きて絶縁性酸化物が形成されるため、燃料電池のガス拡散層として通常使用されるカーボンペーパとの間の接触抵抗が増大する。これに対し、本発明のようにプラズマ窒化の手法を用いた窒化処理では、金属材料表面の酸素を除去しながら窒化反応を進めることができるため、窒化後の金属材料の最表層の酸素レベルを十分に低く抑えることが可能となる。さらに、カーボンペーパとの間の接触抵抗を、燃料電池として好適となるように低い値に維持することが可能となる。
【0059】
また、プラズマ窒化処理をする際の処理条件は、温度400〜500[℃]、処理時間10〜60[分]、ガス混合比N2:H2=3:7〜7:3、処理圧力3〜7[Torr](=399〜931[Pa])とすることが好ましい。窒化処理条件を本範囲に規定したのは、処理時間が1[分]未満になると窒化層が形成されないからであり、逆に、処理時間が60[分]を超えると製造コストが高騰するからである。さらに、ガス混合比を本範囲に規定したのは、ガス中の窒素の割合が減少すると窒化層を形成することができないからであり、逆に、窒素の割合が増大すると還元剤として作用する水素量が減少して、基材表面が酸化されてしまうからである。このような処理条件下でプラズマ窒化処理をすることにより、M4N型の結晶構造を有する窒化層を基材表面に形成することができる。
【0060】
このように、本発明の実施の形態に係る燃料電池用フレーム部材の製造方法によれば、簡便な操作により、酸化性環境下での低抵触抵抗値を維持し、耐食性に優れ、かつ低コスト化を実現した燃料電池用フレーム部材90を製造することが可能となる。
【0061】
(燃料電池車両)
本発明の実施の形態に係る燃料電池車両の一例として、前述した本発明の実施の形態に係る燃料電池スタックを動力源とした燃料電池電気自動車を挙げて説明する。
【0062】
図11は、燃料電池スタックを搭載した燃料電池電気自動車の外観を示す図であり、本図のうち(a)は燃料電池電気自動車の側面図、(b)は燃料電池電気自動車の平面図である。
【0063】
図11(b)に示すように、車体51の前方には、左右のフロントサイドメンバとフードリッジのほか、フロントサイドメンバを含む左右のフードリッジ同士を互いに連結するダッシュロア部材をそれぞれ組み合わせて溶接接合したエンジンコンパートメント部52を形成している。図11(a)及び(b)に示す燃料電池電気自動車50では、エンジンコンパートメント部52内に燃料電池スタック1を搭載している。
【0064】
本発明の実施の形態に係る燃料電池用フレーム部材90を適用した発電効率の高い燃料電池スタック1を自動車等の移動体車両に搭載することにより、燃料電池電気自動車50の燃費向上を図ることができる。また、小型化した軽量の燃料電池スタック1を車両に搭載することにより、車両重量を低減して省燃費化を図ることができ、走行距離の長距離化を図ることができる。さらに、小型化した燃料電池を移動体車両等に搭載することにより、車室内空間をより広く活用することができ、スタイリングの自由度を高めることができる。
【0065】
なお、燃料電池車両の一例として電気自動車を挙げたが、本発明は電気自動車等の車両に限定されるものではなく、電気エネルギが要求される航空機その他の機関にも適用することが可能である。
【実施例】
【0066】
以下、本発明の実施の形態に係る燃料電池用フレーム部材90の実施例1〜実施例6及び比較例1〜比較例5について説明する。これらの実施例は、本発明に係る燃料電池用フレーム部材90の有効性を調べたもので、異なる原料に対して異なる条件下で処理して各試料を調製したものであり、例示した実施例に限定されるものではない。
【0067】
<試料の調製>
各実施例及び比較例では、表1に示すように、基材として、板厚0.1[mm]の、JIS規格のオーステナイト系ステンレス鋼(SUS304、SUS316、SUS316L、SUS310)、のそれぞれの光輝焼鈍(BA)材を用いた。これらの基材を脱脂洗浄後、両面にプラズマ窒化処理(直流電流グロー放電によるプラズマ窒化処理)を施した。この表1に示すように、プラズマ窒化条件は、処理温度350〜550[℃]、処理時間10〜60[分]、ガス混合比を実施例1〜6ではN2:H2=3:7〜7:3とし、処理圧力3〜7[Torr](=399〜931[Pa])とした。
【表1】
【0068】
ここで、各試料は、以下の方法によって評価された。
【0069】
<窒化層の結晶構造の同定>
前記方法によって得られた試料の窒化層の結晶構造の同定は、窒化処理を施すことによって改質した基材表面をX線回折測定を行うことにより同定した。装置は、マックサイエンス社製 X線回折装置(XRD)を用いた。測定は、線源はCuKα線、回折角20〜100[゜]、スキャン速度2[゜/min]の条件で行った。
【0070】
<窒化層の厚さの測定>
窒化層の厚さは、光学顕微鏡または走査型電子顕微鏡を用いて断面観察することにより測定した。
【0071】
<Feに対するCr原子比の測定及び極表面の窒素量及び酸素量の測定>
窒化層のFeに対するCr原子比の測定は、X線電子分光分析(XPS)により窒化層のFe濃度及びCr濃度を測定して求めた。また、窒化層極表面の窒素量及び酸素量をXPSを用いて測定し、測定結果より酸素量に対する窒素量の比O/Nを求めた。装置は、PHI社製 光電子分光分析装置Quantum-2000を用いた。測定は、線源としてMonochromated-Al-kα線(電圧1486.6[eV]、20.0[W])、光電子取り出し角度45[゜]、測定深さ約4[nm]、測定エリアφ200[μm]にてX線を試料に照射することにより行った。
【0072】
<窒化層の最表面から10[nm]及び100[nm]深さにおける窒素量及び酸素量の測定>
窒化層の最表面から10[nm]及び100[nm]深さにおける窒素量及び酸素量の測定は、走査型オージェ電子分光分析装置によって行った。装置は、PHI社製 MODEL4300を用いた。測定は、電子線加速電圧5[kV]、測定領域20[μm]×16[μm]、イオン銃加速電圧3[kV]、スパッタリングレート10[nm/min](SiO2換算値)の条件で行った。
【0073】
<耐食性の評価>
燃料電池では、水素極側に比較して酸素極側に最大で1[VvsSHE]程度の電位がかかる。また、固体高分子用電解質膜97は、分子中にスルホン酸基等のプロトン交換基を有する高分子電解質膜97を飽和に含水させてプロトン伝導性を利用するものであり、強酸性を示す。このため、耐食性の評価は、電気化学的な手法である定電位電解試験を用いて、所定の定電位をかけた状態で一定時間保持後に溶液中に溶け出す金属イオン量を蛍光X線分析により測定し、イオン溶出量の値から耐食性の低下の度合いを評価した。
【0074】
具体的には、各試料の中央部を大きさ30[mm]×30[mm]に切り出したサンプルをpH2の硫酸水溶液中で、温度80[℃]、電位1[VvsSHE]として100[時間]保持した。その後、硫酸水溶液中に溶け出したFe、Cr、Niのイオン溶出量を蛍光X線分析により測定した。
【0075】
窒化層の結晶構造、窒化層の厚さ、窒化層の極表面の窒素量及び酸素量、酸素量に対する窒素量の比O/N、窒化層の最表面から10[nm]及び100[nm]深さにおける窒素量及び酸素量、接触抵抗値及びイオン溶出量を表2に示す。
【表2】
【0076】
さらに、図12に、前記実施例1及び比較例1により得られた試料のX線解析パターンを示す。
【0077】
比較例1では、基材であるオーステナイト由来のピークのみが明確に観測されたのに対し、実施例1では、図中γで示す基材であるオーステナイト由来のピークの他には、前記M4N型の結晶構造を示すS1〜S5のピークが観測された。ここで、Mは、Feを主体としており、Feの他にはCr、Ni、Moの合金を含む。なお、図10(a)に示す断面組織より窒化層の厚さを観測すると、実施例1においては表面に5[μm]程度の窒化層が形成されていた。このように、表面はM4N型の結晶構造をもつ窒化層に覆われているにもかかわらず、X線回折ピークは基材であるオーステナイト由来のピークも観測されている。これは、本測定条件によるX線の基材への入射深さが10[μm]程度であることから、基材を検出していると判断した。なお、実施例2〜実施例6では、実施例1と同様に基材であるオーステナイト由来のピークの他に前記M4N型の結晶構造のピークが観測された。
【0078】
また、比較例2及び比較例3では、比較例1と同様に窒化層が形成されていないため、基材であるオーステナイト由来のピークのみが観測された。また、比較例4では、CrNとγ’相を示すピークが観測された。なお、γ’相は、CrがNと結合してCrNなどのCr系窒化化合物を形成するために、基材のCr濃度が低下することによってFe原子が面心立方格子を作る。そして、γ’相はこの格子の単位胞中心の八面体空隙に窒素原子が侵入した結晶構造、すなわち八面体空隙の1/4に窒素原子が配置されたFe4N型の結晶構造であり、Feの他にCrやNiの合金を含まない。このように、処理温度が500[℃]を越えた場合には、NaCl型の結晶構造を有するCrNなどのCr系窒化化合物が形成することがわかった。
【0079】
次に、実施例1で得られた試料の倍率400倍による断面組織写真を図13(a)に、比較例1で得られた試料の断面組織写真を図13(b)に示す。図13(a)では、基材71の両表面に窒化層72が形成されているが、図13(b)では、基材73の表面には窒化層などの改質層が形成されていないことがわかる。
【0080】
次に、図14に実施例1により得られた試料の走査型オージェ電子分光分析による深さ方向の元素プロファイルを示す。
【0081】
図14に示すように、窒化層の最表面では窒化処理中に若干の酸素分圧が存在するために酸化膜が存在し、その酸化膜の厚さを電子が自由に行き来できるため酸素量が一番高い。しかし、電子が自由に行き来できる範囲は最表面から3〜4[nm]の深さであるため、徐々に酸素量は低くなり窒素量が増えた。また、窒化層の最表面から10[nm]深さにおいて、窒素量が18[at%]であり酸素量が22[at%]であった。そして、窒化層の最表面から100[nm]深さにおいて、窒素量が17[at%]であり酸素量が17[at%]であった。なお、スパッター深さ50[nm]あたりから、基材の成分であるFeの割合が高くなった。
【0082】
以上の測定結果より、実施例1〜実施例6は、比較例1〜比較例5に対しいずれの実施例においても立方晶の結晶構造である、Fe、Cr、Ni、Moの群から選ばれる少なくとも一種以上の遷移金属原子によって形成された面心立方格子の単位胞中心の八面体空隙に窒素原子が配置されたM4N型の結晶構造を有する窒化層とすることで、イオン溶出量も少なく、耐食性に優れる。
【0083】
なお、本実施例においては、基材としてオーステナイト系ステンレス鋼を用いたが、これに限定されるものではなく、フェライト系もしくはマルテンサイト系ステンレス鋼を用いても、また、窒化処理としてプラズマ窒化処理を実施しているが、ガス窒化処理によっても同様の効果が得られる。
【0084】
以上の測定結果より、実施例1〜実施例6は比較例1〜比較例5に対しいずれの実施例においても、本実施形態によるフレーム部材90は、遷移金属又は遷移金属の合金からなる基材から形成されて基層101の直接上に形成された立方晶の結晶構造を有する窒化層102を備えることにより、高い耐食性を備えることが判明した。
【図面の簡単な説明】
【0085】
【図1】本発明の実施の形態に係るフレーム部材を用いて構成する燃料電池スタックの外観を示す斜視図である。
【図2】本発明の実施の形態に係るフレーム部材を用いて構成する燃料電池スタックの分解斜視図である。
【図3】本発明の実施の形態に係るフレーム部材の斜視図である。
【図4】本発明の実施の形態に係る膜電極接合体の平面図である。
【図5】本発明の実施の形態に係る膜電極接合体及びフレーム部材の概念的な断面図である。
【図6】図3のA−A線による拡大断面図である。
【図7】比較例に係る膜電極接合体及びフレーム部材の概念的な断面図である。
【図8】本図のうち、(a)は別の比較例に係る膜電極接合体及びフレーム部材の概念的な断面図、(b)は組付前の状態におけるフレーム部材の断面図、(c)は組付後のフレーム部材の断面図である。
【図9】本発明の実施の形態に係る中間板の窒化層中に含まれるM4N型結晶構造を示す概略図である。
【図10】本発明の実施の形態に係るフレーム部材の製造方法に用いる窒化処理装置を概念的に示す断面図である。
【図11】本発明の実施の形態に係る燃料電池スタックを搭載した電気自動車の外観を示す斜視図であり、(a)は電気自動車の側面図、(b)は電気自動車の平面図である。
【図12】実施例1及び比較例1により得られた試料のX線回折パターンを示す図である。
【図13】本図のうち、(a)は実施例1により得られた試料の断面組織写真、(b)は比較例1により得られた試料の断面組織写真である。
【図14】実施例1により得られた試料の走査型オージェ電子分光分析による深さ方向の元素プロファイルを示す図である。
【図15】燃料電池スタックを形成する単セルの構成を示す断面図である。
【符号の説明】
【0086】
1 燃料電池スタック
20 M4N型結晶構造
21 遷移金属原子
22 窒素原子
90 フレーム部材
92 当接面
96 膜電極接合体
97 電解質膜
102 窒化層
103 触媒層
104 ガス拡散層
105 周縁部
107 基材
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電解質膜の略中央部に触媒層を介してガス拡散層を設けた膜電極接合体と、これらの触媒層及びガス拡散層の周囲を囲むように、前記膜電極接合体の周縁部に当接した状態で取り付けたフレーム部材と、を備えた燃料電池スタックであって、
前記フレーム部材は、立方晶の結晶構造を有する窒化層を外表面に形成した、遷移金属又は遷移金属の合金からなる基材から構成したことを特徴とする燃料電池スタック。
【請求項2】
前記膜電極接合体の周縁部に当接する前記フレーム部材の当接面における窒化層の厚さを、前記当接面の裏面に設けた窒化層よりも厚く形成したことを特徴とする請求項1に記載の燃料電池スタック。
【請求項3】
前記窒化層は、Fe、Cr、Ni及びMoの群から選ばれる少なくとも一種以上の遷移金属元素を含む合金からなる基材の外表面を窒化処理することにより得られ、
前記基材の外表面から深さ方向に立方晶の結晶構造を有する窒化層が形成されていることを特徴とする請求項1又は2に記載の燃料電池スタック。
【請求項4】
前記窒化層の立方晶の結晶構造は、Fe、Cr、Ni及びMoの群から選ばれる少なくとも一種以上の遷移金属元素の金属原子によって形成された面心立方格子の単位胞中心の八面体空隙に窒素原子が配置されたM4N型の結晶構造であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の燃料電池スタック。
【請求項5】
前記窒化層の厚さは、0.5〜5[μm]であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の燃料電池スタック。
【請求項6】
前記窒化層の最表面から10[nm]深さにおいて、窒素量が15[at%]以上かつ酸素量が26[at%]以下であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の燃料電池スタック。
【請求項7】
前記窒化層の最表面から100[nm]〜200[nm]深さにおいて、窒素量が16[at%]以上かつ酸素量が21[at%]以下であることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の燃料電池スタック。
【請求項8】
遷移金属又は遷移金属の合金からなる基材に500[℃]以下の温度でプラズマ窒化処理を施すことにより、前記基材の外表面に窒化層を形成する燃料電池用フレーム部材の製造方法であって、
前記窒化層は、Fe、Cr、Ni及びMoの中から選択される少なくとも一種以上の遷移金属元素の金属原子によって形成された面心立方格子の単位胞中心の八面体空隙に窒素原子が配置されたM4N型の結晶構造を有することを特徴とする燃料電池用フレーム部材の製造方法。
【請求項9】
前記プラズマ窒化処理は、窒素ガス及び水素ガスを放電させた低温非平衡プラズマ中で、前記基材にマイナスのバイアス電圧をかけることにより行うことを特徴とする請求項8に記載の燃料電池用フレーム部材の製造方法。
【請求項1】
電解質膜の略中央部に触媒層を介してガス拡散層を設けた膜電極接合体と、これらの触媒層及びガス拡散層の周囲を囲むように、前記膜電極接合体の周縁部に当接した状態で取り付けたフレーム部材と、を備えた燃料電池スタックであって、
前記フレーム部材は、立方晶の結晶構造を有する窒化層を外表面に形成した、遷移金属又は遷移金属の合金からなる基材から構成したことを特徴とする燃料電池スタック。
【請求項2】
前記膜電極接合体の周縁部に当接する前記フレーム部材の当接面における窒化層の厚さを、前記当接面の裏面に設けた窒化層よりも厚く形成したことを特徴とする請求項1に記載の燃料電池スタック。
【請求項3】
前記窒化層は、Fe、Cr、Ni及びMoの群から選ばれる少なくとも一種以上の遷移金属元素を含む合金からなる基材の外表面を窒化処理することにより得られ、
前記基材の外表面から深さ方向に立方晶の結晶構造を有する窒化層が形成されていることを特徴とする請求項1又は2に記載の燃料電池スタック。
【請求項4】
前記窒化層の立方晶の結晶構造は、Fe、Cr、Ni及びMoの群から選ばれる少なくとも一種以上の遷移金属元素の金属原子によって形成された面心立方格子の単位胞中心の八面体空隙に窒素原子が配置されたM4N型の結晶構造であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の燃料電池スタック。
【請求項5】
前記窒化層の厚さは、0.5〜5[μm]であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の燃料電池スタック。
【請求項6】
前記窒化層の最表面から10[nm]深さにおいて、窒素量が15[at%]以上かつ酸素量が26[at%]以下であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の燃料電池スタック。
【請求項7】
前記窒化層の最表面から100[nm]〜200[nm]深さにおいて、窒素量が16[at%]以上かつ酸素量が21[at%]以下であることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の燃料電池スタック。
【請求項8】
遷移金属又は遷移金属の合金からなる基材に500[℃]以下の温度でプラズマ窒化処理を施すことにより、前記基材の外表面に窒化層を形成する燃料電池用フレーム部材の製造方法であって、
前記窒化層は、Fe、Cr、Ni及びMoの中から選択される少なくとも一種以上の遷移金属元素の金属原子によって形成された面心立方格子の単位胞中心の八面体空隙に窒素原子が配置されたM4N型の結晶構造を有することを特徴とする燃料電池用フレーム部材の製造方法。
【請求項9】
前記プラズマ窒化処理は、窒素ガス及び水素ガスを放電させた低温非平衡プラズマ中で、前記基材にマイナスのバイアス電圧をかけることにより行うことを特徴とする請求項8に記載の燃料電池用フレーム部材の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図14】
【図15】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図14】
【図15】
【図13】
【公開番号】特開2007−73371(P2007−73371A)
【公開日】平成19年3月22日(2007.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−259826(P2005−259826)
【出願日】平成17年9月7日(2005.9.7)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年3月22日(2007.3.22)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年9月7日(2005.9.7)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】
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