説明

燃料電池用セパレータの製造方法

【課題】防食性に優れ耐久性がより向上した燃料電池用セパレータを提供する。
【解決手段】燃料電池用セパレータの製造方法は、ステンレス鋼からなる一対のセパレータ基材のそれぞれのガス流路を除く周縁部表面をアルカリ溶液中で陰極電解処理を行い、前記一対のセパレータ基材の周縁部表面に鉄系水和酸化物皮膜を形成する工程(S200)と、前記鉄系水和酸化物皮膜の表面を水で濡らす水処理を行う工程(S202)と、前記一対のセパレータ基材の少なくとも一方の水処理された鉄系水和酸化物皮膜上に水性樹脂を含んだエレクトロコーティング材を電着塗装する工程(S204)と、電着塗装により得られた水性樹脂を焼き付ける焼き付け工程(S206)とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池用セパレータの製造方法、特に、セパレータ基材と樹脂被覆層との密着性を向上させ耐久性に優れた燃料電池用セパレータの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、固体高分子型燃料電池は、図10に示すように、固体高分子膜からなる電解質膜52を燃料極50と空気極54との2枚の電極で挟んだ接合体(MEA:Membrane Electrode Assembly)を、さらに2枚のセパレータ40に挟持してなるセルを最小単位とし、通常、このセルを複数積み重ねて燃料電池スタック(FCスタック)とし、高圧電圧を得るようにしている。
【0003】
固体高分子型燃料電池の発電の仕組みは、一般に、燃料極(アノード側電極)50に燃料ガス、例えば水素含有ガスが、一方、空気極(カソード側電極)54には酸化剤ガス、例えば主に酸素(O2)を含有するガスあるいは空気が供給される。水素含有ガスは、セパレータ40の表面に加工された細かい溝を通って燃料極50に供給され、電極の触媒の作用により電子と水素イオン(H+)に分解される。電子は外部回路を通って、燃料極50から空気極54に移動し、電流を作り出す。一方、水素イオン(H+)は電解質膜52を通過して空気極54に達し、酸素および外部回路を通ってきた電子と結合し、反応水(H2O)になる。
【0004】
さらに、上述したMEAを挟持する2枚のセパレータは、水素ガスと酸素ガスとを隔てる役割をする仕切り板であるとともに、積み重ねられたセルを電気的に直列に接続する機能も有する。また、2枚のセパレータの表面には細かい凹凸の溝が形成され、この溝は水素含有ガスと酸素含有ガスまたは空気を流通させるガス流通路となっている。
【0005】
従来のセルの構造の一例が、図11および図12に示されている。なお、図12のA−A’線に沿った断面を図11に示す。
【0006】
図11、図12に示すように、2枚のセパレータ110,120の両端には、それぞれ、燃料ガスと酸化剤ガスと冷却水が供給される供給連通孔12a,12b,12cおよび燃料ガスと酸化剤ガスと冷却水が排出される排出連通孔14a,14b,14cが設けられ、さらに、セパレータ110,120には、供給連通孔12a,12bから供給された燃料ガスや酸化剤ガスをそれぞれ流通させるガス流路152,154が設けられている。また、セパレータ110,120の対向面にはそれぞれ凹部106,116が設けられ、接合体であるMEA30の両面周縁部には、それぞれ燃料ガスと酸化剤ガスとを隔てるためのシール材60a,60bが設けられおり、このシール材60a,60bは、それぞれ接着材70a,70bによって、2枚のセパレータ110,120に接着されて、セルが形成されている。
【0007】
ところで、セパレータとして、ステンレス鋼(いわゆる、SUS)を用いる場合、図6に示すように、SUS製セパレータ基材20の表面に酸化クロム膜からなる不動態皮膜22が形成されている。一方、上述した接着剤およびシール材は、近年環境に優しい素材を用いる傾向にあり、例えば、従来の溶剤に可溶な親油性の樹脂から親水性の高い水性樹脂を用いる傾向になってきている。しかしながら、上記不動態皮膜22は、水性樹脂との親和性が低い。したがって、上記水性樹脂を接着剤として、または接着剤を用いずシール材として直接SUS製セパレータ基材20上に接着させた場合、密着力が弱く、一対のセパレータ間に上記接合体を挟持した燃料電池用セルをスタック状に積層しマニホールドにて圧力をかけてスタック締結した際にずれ応力が発生し、樹脂の剥がれが生じたり、また、その他使用中に生じる熱膨張などにより樹脂が剥がれたり、場合によっては樹脂の脱着が発生したりするおそれがあった。
【0008】
また、図13に示すように、表面に酸化クロム膜からなる不動態皮膜22が形成されているSUS製セパレータ基材20に水性樹脂を電着塗装によって形成した場合、図6に示すように不動態皮膜22と得られた水性樹脂層26との親和性が少なく、その結果、電着塗料の浴中にSUS製セパレータ基材20を浸漬する際に空気を巻き込み、図7に示すようにSUS製セパレータ基材20の表面に気泡23が残留したまま、電着塗装が行われ、形成された水性樹脂層26中に、径50μmから100μmのピンホール27が多数個発生してしまう。
【0009】
そこで、SUS製セパレータ基材の表面に形成された不動態皮膜と水性樹脂層との間に、両者と親和性の高い鉄系水和酸化物皮膜を設け、この鉄系水和酸化物皮膜を介して不動態皮膜と水性樹脂層とを密着性させ、SUS製セパレータ基材と水性樹脂層との密着性の高い燃料電池用セパレータを形成することが提案されている(例えば、特許文献1を参照)。
【0010】
また、電着塗装前に被塗物表面に消泡剤を付着させて、電着塗料の浴中に被塗物を浸漬する際の空気巻き込みを低減させ、浴中における被塗物表面の気泡付着を抑制し、これにより、局所的な電着塗料の未付着を防止して、電着塗膜のピンホール等の膜欠陥の発生を抑制する電着塗装方法が提案されている(例えば、特許文献2を参照)。
【0011】
また、特許文献3には、基材であるウェハー表面にめっき処理を施す際に、水または界面活性剤を入れた水でウェハーを濡らした後、めっき液に浸しめっき処理を行うウェハーめっき方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2007−242576号公報
【特許文献2】特開2007−84877号公報
【特許文献3】特開2004−59985号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
近年、益々燃料電池の需要が増すなか、燃料電池の耐久性向上が望まれている。
【0014】
本発明は、上記課題に鑑みなされたものであり、セパレータ基材上に予め樹脂層と密着性の高い鉄系水和酸化物皮膜を形成し、さらに、鉄系水和酸化物皮膜と樹脂層との濡れ性を向上させるために、樹脂層形成前に、鉄系水和酸化物皮膜の表面を水処理してから鉄系水和酸化物皮膜上に樹脂層を形成させ、耐久性に優れた燃料電池用セパレータを製造する製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の燃料電池用セパレータの製造方法は、以下の特徴を有する。
【0016】
(1)ステンレス鋼からなる一対のセパレータ基材のそれぞれのガス流路を除く周縁部表面をアルカリ溶液中で陰極電解処理を行い、前記一対のセパレータ基材の周縁部表面に鉄系水和酸化物皮膜を形成する工程と、鉄系水和酸化物皮膜の表面を水で濡らし表面に一時的に水処理層を形成する水処理を行う工程と、前記一対のセパレータ基材の少なくとも一方の一時的に水処理層が形成された鉄系水和酸化物皮膜上に水性樹脂を含んだエレクトロコーティング材を電着塗装する工程と、を有する燃料電池用セパレータの製造方法である。
【0017】
(2)上記(1)に記載の燃料電池用セパレータの製造方法において、前記水処理を行う工程では、1秒から5分間の間、鉄系水和酸化物皮膜の表面を水で濡らし、表面に一時的に水処理層を形成することを特徴とする燃料電池用セパレータの製造方法である。
【0018】
アルカリ溶液中で陰極電解処理により形成された鉄系水和酸化物皮膜は、ステンレス鋼からなるセパレータ基材の表面に存在する不動態皮膜上に形成されるため、上記電解処理されたセパレータ基材は、処理前のセパレータ基材の防食性を維持することが可能である。さらに、上記鉄系水和酸化物皮膜とセパレータ基材上の不動態皮膜とはその組成が近似するため金属結合により密着性が高い。また、鉄系水和酸化物皮膜の表面を水で濡らす水処理工程を設けることにより、鉄系水和酸化物皮膜の表面と水性樹脂を含んだエレクトロコーティング材との濡れ性が高くなり、その結果、水性樹脂を含んだエレクトロコーティング材の浴中にセパレータ基材を浸漬しても、セパレータ基材に形成された鉄系水和酸化物皮膜の表面に気泡が付着しにくく、これにより、鉄系水和酸化物皮膜の表面に万遍なく水性樹脂を含んだエレクトロコーティング材を電着塗装することによって水性樹脂が析出し、気泡跡によるピンホールの発生を抑制又は防止することができる。さらに、上記鉄系水和酸化物皮膜は、その上に形成される樹脂層を形成する水性樹脂の親水性官能基と例えば水素結合によって結合することができるため、上記鉄系水和酸化物皮膜と樹脂層との密着性も高い。したがって、燃料電池用セルをスタック締結した際に、ずり応力が発生したとしても、樹脂の剥がれを防止することができ、また、その他使用中に生じる熱膨張などがあったとしても樹脂とセパレータ基材との密着性が高いため、樹脂が剥がれたり、脱着したりするおそれもない。これにより、樹脂層によるセパレータ同士のシール効果がより向上し、得られる燃料電池の耐久性がより向上する。
【0019】
(3)上記(1)または(2)に記載の燃料電池用セパレータの製造方法において、前記アルカリ溶液は電解処理溶液であって、前記電解処理溶液は、5〜50質量%の水酸化ナトリウム溶液、または、5〜50質量%の水酸化ナトリウム溶液に緩衝剤として0.2〜20質量%のリン酸三ナトリウム12水塩、0.2〜20質量%の炭酸ナトリウムを加えた水溶液で、液温が20℃〜95℃、電流密度0.5A/dm2以上、処理時間10秒以上である燃料電池用セパレータの製造方法である。
【0020】
上記条件にて陰極電解処理を行うことにより、均一な鉄系水和酸化物皮膜を形成することができる。
【0021】
(4)上記(1)から(3)のいずれか1つに記載の燃料電池用セパレータの製造方法において、前記水が、イオン交換水である燃料電池用セパレータの製造方法である。
【0022】
セパレータ基材を介してエレクトロコーティング材の浴中に不純物が持ち込まれ、さらに不純物が浴中に蓄積されることを防止できるので、経時で安定した電着塗装を行うことができる。
【0023】
(5)上記(1)から(4)のいずれか1つに記載の燃料電池用セパレータの製造方法において、前記水性樹脂がポリアミド系樹脂を含んでいる燃料電池用セパレータの製造方法である。
【0024】
ポリアミド系樹脂は、親和性官能基であるアミド基を有することから、セパレータ基材上に形成された鉄系水和酸化物皮膜の親和性が高く、その結果、セパレータ基材上の鉄系水和酸化物皮膜との密着性も高い。特に、上記鉄系水和酸化物皮膜は、鉄の水酸化物と酸化物との混合組成であることから、ポリアミド系樹脂におけるアミド基との水素結合可能な水酸基などがその表面に多く点在する。したがって、ポリアミド系電着樹脂がセパレータ基材上の鉄系水和酸化物皮膜に馴染み易く、均一な厚みで樹脂層を形成することができ、さらに従来より薄い厚みの樹脂層であっても十分にセパレータのシール効果を得ることができる。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、電着塗装することにより得られた水性樹脂層に気泡跡が形成されることを抑制又は防止することができ、また樹脂層を介してセパレータ同士の密着性が高いので、防食性に優れ、耐久性の高い燃料電池を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の燃料電池用セパレータの製造方法の工程の一例を示す工程図である。
【図2】本発明の燃料電池用セパレータの陰極電解処理領域を説明するための図である。
【図3】本発明の燃料電池用セパレータの製造方法のシャワー水洗による水処理工程を説明する図である。
【図4】本発明の燃料電池用セパレータの製造方法の浸漬水槽を用いた水処理工程を説明する図である。
【図5】本発明の燃料電池用セパレータにおける鉄系水和酸化物皮膜と水性樹脂層との密着力について説明する模式図である。
【図6】従来の燃料電池用セパレータにおけるSUS表面と水性樹脂層との密着力について説明する模式図である。
【図7】水性樹脂層にピンホールが発生するメカニズムを説明する模式図である。
【図8】水処理層を形成することによる気泡未残留のメカニズムを説明する模式図である。
【図9】水性樹脂層におけるピンホール検出方法の一例を説明する概略図である。
【図10】燃料電池のセルの構成および発電時のメカニズムを説明する図である。
【図11】従来の燃料電池用のセルの一態様の構成を説明する断面図である。
【図12】従来の燃料電池用のセルにおけるセパレータに接着されるシール材の位置を説明する図である。
【図13】SUS製セパレータ基材に直接電着塗装により水性樹脂層を形成した場合の樹脂層表面のピンホール発生を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の実施形態について、図面に基づいて説明する。
【0028】
[燃料電池用セパレータの製造方法]
本発明の好適な実施の形態の燃料電池用セパレータについて、以下に説明する。
【0029】
図1に示すように、本実施の形態における燃料電池用セパレータの製造方法は、ステンレス鋼からなる一対のセパレータ基材のそれぞれのガス流路を除く周縁部表面をアルカリ溶液中で陰極電解処理を行い、前記一対のセパレータ基材の周縁部表面に鉄系水和酸化物皮膜を形成する工程(S200)と、前記鉄系水和酸化物皮膜の表面を水で濡らす水処理を行う工程(S202)と、前記一対のセパレータ基材の少なくとも一方の水処理された鉄系水和酸化物皮膜上に水性樹脂を含んだエレクトロコーティング材を電着塗装する工程(S204)と、必要に応じて水性樹脂の焼き付け工程(S206)とを有する。
【0030】
以下に、本実施の形態の燃料電池用セパレータの製造方法の各工程について、図2から図8を用いて、さらに詳細に説明する。
【0031】
まず、鉄系水和酸化物皮膜を形成する工程(図1のS200)について説明する。図2に示すSUS製セパレータ基材20としては、例えばSUS304、SUS305、SUS310、SUS316やSUSMX7などのオーステナイト系ステンレス、SUS430などのフェライト系ステンレス、SUS403、SUS410、SUS416やSUS420などのマルテンサイト系ステンレスと、SUS631などの析出硬化系ステンレスなどのステンレス鋼が挙げられる。
【0032】
本実施の形態において、図2に示すように、SUS製セパレータ基材20の両端には、それぞれ、燃料ガスと酸化剤ガスと冷却水が供給される供給連通孔12a,12b,12cおよび燃料ガスと酸化剤ガスと冷却水が排出される排出連通孔14a,14b,14cが設けられ、さらに、SUS製セパレータ基材20には、供給連通孔12a,12bから供給された燃料ガスや酸化剤ガスをそれぞれ流通させる凹凸溝のガス流路152,154が設けられている。
【0033】
本実施の形態では、マスキングを施したガス流路152,154を除くSUS製セパレータ20の周縁部28、すなわち、燃料ガスと酸化剤ガスと冷却水が供給される供給連通孔12a,12b,12cおよび燃料ガスと酸化剤ガスと冷却水が排出される排出連通孔14a,14b,14cの周辺端部並びにセパレータ結合のためのシール領域に、陰極電解処理による鉄系水和酸化物皮膜を形成する。この鉄系水和酸化物皮膜は、鉄の水酸化物と鉄の酸化物の混合物からなり、鉄系水和酸化物皮膜を形成する工程(図1のS200、以下「超親水処理」という)は、後述するように、鉄とクロムとに水酸基(OH基)を結合させる処理である。得られた電解処理済セパレータ100には、図2に示すように、ガス流路152,154を除く周縁部に鉄系水和酸化物皮膜24が形成される。
【0034】
上記マスキングは、電解液の浸透を阻止する略矩形のシール皮膜をSUS製セパレータ基材20のガス流路上に脱離可能に接合してもよい。または、絶縁性の樹脂をSUS製セパレータ基材20のガス流路上に塗布して固化させるなど、従来のマスキング方法を用いることができる。
【0035】
本実施の形態の陰極電解処理は、アルカリ溶液からなる電解処理溶液中において、図2に示すSUS製セパレータ基材20の電極接続部15をカソードに接続し、このSUS製セパレータ基材20からなるワークを陰極とし、鉄または上述したステンレス鋼を陽極として、所定の厚みの鉄系水和酸化物皮膜を形成する。なお、ステンレス鋼を陽極として用いる場合、ニッケル含有量が3質量%未満のフェライト系ステンレス鋼が好ましい。
【0036】
上記陰極電解処理の条件は、前記アルカリ溶液は電解処理溶液であって、前記電解処理溶液は、5〜50質量%の水酸化ナトリウム溶液、または、5〜50質量%の水酸化ナトリウム溶液に緩衝剤として0.2〜20質量%のリン酸三ナトリウム12水塩、0.2〜20質量%の炭酸ナトリウムを加えた緩衝水溶液で、液温が20℃〜95℃、電流密度0.5A/dm2以上、処理時間10秒以上である。
【0037】
上記条件の範囲が好ましい理由は、以下の通りである。すなわち、5質量%未満の水酸化ナトリウム、0.2質量%未満のリン酸三ナトリウム12水塩、0.2質量%未満の炭酸ナトリウムではSUS製セパレータ基材20の表面に均一な有効な鉄系水和酸化物皮膜が得られにくく、後の水性樹脂との密着性が低くなるおそれがある。また、50質量%を超える水酸化ナトリウム、20質量%を超えるリン酸三ナトリウム12水塩、20質量%を超える炭酸ナトリウムでは、電解溶液の劣化が著しく、また、経済的にも不利である。また、液温が20℃未満の場合には、鉄系水和酸化物皮膜の形成が不十分となり、一方95℃を超える場合には、鉄系水和酸化物皮膜の形成時間が短縮し、消費電力が軽減されるものの、電解溶液濃度の管理が難しく、場合によって不均一な皮膜が形成されるおそれがある。また、電流密度0.5A/dm2未満、処理時間10秒未満の場合には、鉄系水和酸化物皮膜の形成が不十分となり、のちの水性樹脂との密着性が劣化するおそれがある。
【0038】
本実施の形態の陰極電解処理において、セパレータ基材のガス流路領域をマスキングする理由は次の通りである。仮に、上述のマスキングを施すことなく陰極電解処理を行うと、セパレータ基材のガス流路領域にも、鉄系水和酸化物皮膜が形成されることとなる。一方、上述したように、一対のセパレータ間に接合体を挟持して燃料電池用セルを形成し、さらにこの燃料電池用セルを積層して燃料電池を形成する。この燃料電池を使用する際に、ガス流路に燃料ガスまたは酸化剤ガスを流通させると、ガス流路流域に形成された鉄系水和酸化物皮膜から水酸化鉄または酸化鉄が、固体高分子膜からなる電解質膜を燃料極と空気極との2枚の電極で挟んだ接合体に徐々に溶出してゆき、燃料電池の劣化を招くおそれがある。そこで、本実施の形態では、セパレータ基材のガス流路領域をマスキングして上記陰極電解処理時に鉄系水和酸化物皮膜が形成されないようにしている。
【0039】
また、本実施の形態では、アルカリ溶液においてSUS製セパレータ基材20からなるワークを陰極として陰極電解処理を行っている。したがって、図5に示すように、上記鉄系水和酸化物皮膜24は、SUS製セパレータ基材20表面の酸化クロム皮膜からなる不動態皮膜22上に形成される。この鉄系水和酸化物皮膜24の厚みは、最大10nmである。また、図5に示すように、上述したアルカリ溶液中で陰極電解処理により形成された鉄系水和酸化物皮膜24は、SUS製セパレータ基材20の表面に存在する不動態皮膜22上に形成され、鉄とクロムとに水酸基(OH基)が結合されるため、電解処理済セパレータ基材100(図2参照)は、処理前のSUS製セパレータ基材20の防食性を維持しつつ、さらに、上記鉄系水和酸化物皮膜24とセパレータ基材上の不動態皮膜22とはその組成が近似するため金属結合により密着性が高い。
【0040】
仮に、SUS製セパレータ基材20を陽極としてアルカリ溶液にて電解処理した場合には、SUS製セパレータ基材20に形成されている不動態皮膜が溶出し、さらにSUS中の鉄が溶出して酸化鉄皮膜が形成されることとなる。かかる場合、不動態皮膜が消失しているため、防食性が劣化するおそれが高い。また、SUS製セパレータ基材を陽極として酸性溶液にて電解処理した場合、やはり、不動態皮膜が溶出し、さらにSUS中のクロムが溶出して酸化クロム皮膜が形成されることとなる。かかる場合、酸化クロム皮膜は不動態皮膜であることから防食性はあるものの、水性樹脂に対する濡れ性が悪いままとなる。したがって、本実施の形態では、SUS製セパレータ基材20を陰極としてアルカリ溶液にて電解処理することが好適である。
【0041】
次に、電解処理済みセパレータ100(図2)にガス流路部分および電解処理済セパレータ基材100の接合体挟持面と反対面である背面領域に、マスキング材29を施した電解処理済セパレータ基材を吊しながら、電解処理済セパレータ基材の鉄系水和酸化物皮膜の表面を水で濡らし、鉄系水和酸化物皮膜の表面張力を調整する(図1のS202)。エレクトロコーティング材は、親水性の性質も有する樹脂を含有する。一方、鉄系水和酸化物皮膜は、超親水性皮膜である。したがって、図5に示すように、一時的に鉄系水和酸化物皮膜24の表面に形成された水処理層25(いわゆる、水膜)を介することにより、エレクトロコーティング材との濡れ性が向上し、図8に示すように、マスキングされた電解処理済セパレータ基材を電着浴中に浸漬した際に、電解処理済セパレータ基材の鉄系水和酸化物皮膜24の表面に気泡が残留することが抑制又は防止され、その結果、後述する電着塗装を好適に行うことができる。
【0042】
ここで、表面を水で濡らす水処理工程は、シャワー水洗工程であっても、水槽浸漬工程であってもよいが、清浄水であることと使用水量の削減を考慮すると、シャワー水洗工程が好ましい。また、使用する水は、イオン交換水が好ましく、例えば電気伝導率が10μS/cm以下のイオン交換水が好ましい。
【0043】
上述したシャワー水洗工程に用いる装置構成の一例を、図3に示す。図3に示すように、マスキング材29が施されたワーク102の接合体挟持面及びその反対面の両面に対し、それぞれ水噴射器30から水を噴射して、ワーク102の表面上に水を流す(例えば図3の黒矢印方向)。シャワー水洗時間は、1秒から5分間であり、より好ましくは60秒である。1秒未満では、ワーク102の鉄系水和酸化物皮膜24の表面全体の表面張力を水によって改質することができず、その結果、エレクトロコーティング材を満たした浴中にワーク102を浸漬する際に空気を巻き込み、図7に示す場合と同様に、ワーク102の鉄系水和酸化物皮膜24の表面に気泡が残留したまま、電着塗装が行われ、形成された水性樹脂層中に、ピンホールが発生してしまう。一方、5分を超えた場合は、水流による表面張力の改質の改善がこれ以上望めず、使用する水量が多くなるため経済性の点で劣る。また、水を噴射させる所定時間の半分以上を吊されたワーク102の上方から水を吹き付け、その後徐々に下方に水を吹きかけてもよい。かかる場合は、噴射する水量が多くなくても、ワーク102の表面のほぼ全面に水が流れ伝い、表面の濡れ性を改質することができる。
【0044】
また、図4に上述した水槽浸漬工程に用いる装置構成の一例を示す。図4に示すように、水槽32内にワーク102を浸漬して、ワーク102の鉄系水和酸化物皮膜の表面全体の水で濡らし、その表面張力を調整する。浸漬時間は、シャワー水洗の場合と同様に、1秒から5分間であり、より好ましくは60秒である。また、浸漬した際に、ワーク102をゆっくり上下させる(図4の矢印の方向)ことによって、鉄系水和酸化物皮膜24の表面に生じた気泡を表面より離脱させてもよい。
【0045】
次に、水処理工程を経たのち、上記鉄系水和酸化物皮膜24上には、水性樹脂層26が形成される(図1のS204)。この場合は、電解処理済セパレータ基材100(図2)のガス流路部分および電解処理済セパレータ基材100の接合体挟持面と反対面である背面領域に、マスクキング材29を上述同様のマスキング処理を施した状態で樹脂層が形成される。
【0046】
マスキングを施した電解処理済セパレータ基材100(図2)を陰極とし、上記水性樹脂層26形成用のエレクトロコーティング材中に浸漬し、対極との間に直流電流を印加することによって、カチオン電着により鉄系水和酸化物皮膜24上に水性樹脂層26を形成する。ここで、電解処理済みセパレータ基材100(図2)は、そのガス流路152,154の裏面に相当する領域の複数箇所、または、電解処理済セパレータ基材100のマスキングされた領域を除く全面の複数箇所を電極接合部として、カソードに接続され、電解処理済セパレータ基材100からなるワークを陰極として、エレクトロコーティング材が、マスキング以外の領域に電着塗装される。
【0047】
上記水性樹脂層26を形成するエレクトロコーティング材は、親水性官能基、例えばアミド基を有するポリアミド系樹脂を用いることができる。ポリアミド系樹脂としては、例えば、ポリアミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、アミン硬化エポキシ樹脂などが挙げられる。
【0048】
上記ポリアミド系樹脂は、親和性官能基であるアミド基を有することから、セパレータ基材上に形成された鉄系水和酸化物皮膜24の親和性が高く、その結果、鉄系水和酸化物皮膜24との密着性も高い。この鉄系水和酸化物皮膜24は、上述したように、鉄の水酸化物と酸化物との混合組成であることから、ポリアミド系樹脂におけるアミド基との水素結合可能な水酸基などがその表面に多く点在する。したがって、図5に示すように、特にポリアミド系電着樹脂は、セパレータ基材上の鉄系水和酸化物皮膜24に馴染み易く、均一な厚みで水性樹脂層26を形成することができ、さらに従来より薄い厚みの樹脂層であっても十分にセパレータのシール効果を得ることができる。
【0049】
また、図1に示す電着塗装工程(S204)の後に、電着塗装されたセパレータ基材を塗料回収槽に移送して、未塗着のコーティング材を回収した後、例えば4段階からなる浸漬水洗槽により水洗し、次いで水切りエアーナイフで電着塗装されたセパレータ基材表面の水切りを行った後、必要に応じて、予備乾燥を行い、マスキング材を除去した後、所定の温度(例えば、210℃)で例えば30分間焼き付けを行う(図1のS206)。これにより、後述する実施の形態の燃料電池用セパレータが得られる。
【0050】
[燃料電池用セパレータ]
本実施の形態の燃料電池用セパレータは、ステンレス鋼からなる一対のセパレータ基材のそれぞれのガス流路を除く周縁部表面をアルカリ溶液中で陰極電解処理を行い、前記一対のセパレータ基材の周縁部表面に鉄系水和酸化物皮膜が形成され、前記一つのセパレータ基材の少なくとも一方の鉄系水和酸化物皮膜上に水性樹脂を含んだエレクトロコーティング材から得られる樹脂層が形成され、前記樹脂層の10cm×10cm平方の単位面積当たり径50μmから100μmのピンホールの数が4個以下である。
【0051】
前記樹脂層の10cm×10cm平方の単位面積当たり径50μmから100μmのピンホールの数が4個以下とすることで、樹脂層によるセパレータ同士のシール効果がより改善され、得られる燃料電池の耐久性がより向上する。
【実施例】
【0052】
以下に、本発明の燃料電池用セパレータの製造方法により得られた燃料電池用セパレータについて、実施例を用いて説明する。なお、本発明はその要旨を越えない限り、以下の実施例に制約されるものはない。
【0053】
[実施例1]
オーステナイト系ステンレス鋼SUS304からなるセパレータ基材のガス流路領域に、四隅に着脱可能な吸盤を有する略矩形のゴム製のシール部材を接合する。このマスキングされたセパレータ基材を陰極とし、フェライトステンレス鋼SUS430からなる板片を陽極として、水酸化ナトリウム20質量%、リン酸三ナトリウム12水塩5質量%、炭酸ナトリウム5質量%の電解水溶液とし、80℃の電解水溶液中で陰極電解電流密度6A/dm2で120秒処理した後、水洗し、上記シール部材を脱離させたのち、処理済みセパレータ基材を乾燥させた。得られた電解処理済みセパレータ基材を「セパレータ基材A」という。
【0054】
上記陰極電解処理が施されたセパレータ基材Aのガス流路領域に、四隅に着脱可能な吸盤を有する略矩形のゴム製のシール部材(図3のマスキング材29)を接合するとともに、セパレータAの接合体挟持面と反対面である背面全面に、同様にゴム製のシール部材を接続した。
【0055】
次に、図3に示すシャワー水洗装置を用い、マスキング処理されたセパレータ基材Aの接合体挟持面とその反対面の両方から、水噴射器30により1分間で1L/m2の量で60秒間、電気伝導率10μS/cmのイオン交換水を噴射し、水処理を行った。
【0056】
そののち、水性化したポリアミドイミド樹脂を含んだカチオン型エレクトロコーティング材(「Insuleed 4200」:日本ペイント株式会社製)を含有する濃度20質量%の電着浴に、上記マスキング済みのセパレータ基材Aを陰極として浸漬し、塗極比+/−:−1/2、極間距離:15cm、液温30℃に調整した。5秒で所定の電圧となるよう印加電圧を上げ、所定の電圧に達した後、115〜145秒間印加電圧を保持し、カチオン電着塗装を行い、未塗着のコーティング材を回収した後、4段階からなる浸漬水洗槽により水洗し、次いで水切りエアーナイフで電着塗装されたセパレータ基材表面の水切りを行った後、予備乾燥を行い、マスキング材を除去した後、260℃で30分間焼き付けを行い、樹脂層形成セパレータ基材Bを得た。
【0057】
[実施例2]
実施例1で得られたセパレータ基材Aを、図4に示す水槽による水処理に代えた以外は、実施例1に準じて行い、樹脂層形成セパレータ基材Cを得た。なお、水槽に貯留された電気伝導率10μS/cmのイオン交換水の容量は、200m3であり、浸漬時間は、60秒であった。
【0058】
[比較例1]
実施例1における上記電解処理を施していない未処理のオーステナイト系ステンレス鋼SUS304からなるセパレータ基材を「セパレータ基材D」という。このセパレータ基材Dのガス流路領域に、四隅に着脱可能な吸盤を有する略矩形のゴム製のシール部材を接合するとともに、セパレータDの接合体挟持面と反対面である背面全面に、同様にゴム製のシール部材(図3のマスキング材29)を接続した。そののち、実施例1と同様の電解浴で同条件の電着塗装条件にて電着塗装を行い、その後同様に水洗、水切り、予備乾燥を経て焼き付けを行い、樹脂層を形成し、樹脂形成セパレータ基材Eを得た。
【0059】
[比較例2]
実施例1で得られたセパレータ基材Aを、水処理を行わない以外は、実施例1に準じて行い、樹脂層形成セパレータ基材Fを得た。
【0060】
[比較例3]
実施例1で得られたセパレータ基材Aの両面に対し、図3に示すシャワー水洗装置の水噴射器30より、水の代わりに消泡剤であるエタノール(関東化学社製、特級)を噴射した以外は、実施例1に準じて行い、樹脂層形成セパレータ基材Gを得た。
【0061】
<樹脂層形成セパレータ基材のピンホール検出>
図9に示すピンホール検出方法を用いて、樹脂層形成セパレータ基材の樹脂層の10cm×10cm平方の単位面積当たり径50μmから100μmのピンホールの数を検出した。すなわち、図9に示すテスター34(HIOKI社製)を用い、切り替えスイッチで直流電流測定に設定した後、マイナス測定端子を樹脂層形成セパレータ基材のSUS製セパレータ基材20側に接触させ、一方、プラス測定端子の先端には硫酸含有pH2.0の酸性溶液+Cl-(500ppm)を湿らせた脱脂綿36を巻き付けておき、プラス測定端子とマイナス測定端子との間に電圧(25Vから125V)を印加し、その後、硫酸含有脱脂綿付きプラス測定端子を水性樹脂層26の表面に擦りながら当ててゆく。ここで、水性樹脂層26にピンホール27がある場合、ピンホール27の部分は、図9では鉄系水和酸化物皮膜24が露出し、電解処理を施していない場合にはSUS表面が露出しているため、脱脂綿36より染み出した硫酸溶液がピンホール27に浸透し、腐食電流が流れ出す。これにより、単位面積当たりのピンホール27の数をカウントした。また、ピンホールの径は、走査電子顕微鏡を用いて測定した。
【0062】
上述した実施例1,2及び比較例1,2,3により得られた樹脂層形成セパレータ基材B,C,E,F,Gについて、上述したピンホール検出評価方法を用いて評価した。結果を表1に示す。
【0063】
【表1】

【0064】
本発明の燃料電池用セパレータの製造方法は、燃料電池を用いる用途であれば、いかなる用途にも有効であるが、特に車両用の燃料電池に供することができる。
【符号の説明】
【0065】
20 SUS製セパレータ基材、22 不動態皮膜、24 鉄系水和酸化物皮膜、25 水処理層、26 水性樹脂層、27 ピンホール、28 周縁部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレス鋼からなる一対のセパレータ基材のそれぞれのガス流路を除く周縁部表面をアルカリ溶液中で陰極電解処理を行い、前記一対のセパレータ基材の周縁部表面に鉄系水和酸化物皮膜を形成する工程と、
鉄系水和酸化物皮膜の表面を水で濡らし表面に一時的に水処理層を形成する水処理を行う工程と、
前記一対のセパレータ基材の少なくとも一方の一時的に水処理層が形成された鉄系水和酸化物皮膜上に水性樹脂を含んだエレクトロコーティング材を電着塗装する工程と、を有する燃料電池用セパレータの製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の燃料電池用セパレータの製造方法において、
前記水処理を行う工程では、1秒から5分間の間、鉄系水和酸化物皮膜の表面を水で濡らし、表面に一時的に水処理層を形成することを特徴とする燃料電池用セパレータの製造方法。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の燃料電池用セパレータの製造方法において、
前記アルカリ溶液は電解処理溶液であって、
前記電解処理溶液は、5〜50質量%の水酸化ナトリウム溶液、または、5〜50質量%の水酸化ナトリウム溶液に緩衝剤として0.2〜20質量%のリン酸三ナトリウム12水塩、0.2〜20質量%の炭酸ナトリウムを加えた水溶液で、液温が20℃〜95℃、電流密度0.5A/dm2以上、処理時間10秒以上である燃料電池用セパレータの製造方法。
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の燃料電池用セパレータの製造方法において、
前記水が、イオン交換水である燃料電池用セパレータの製造方法。
【請求項5】
請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の燃料電池用セパレータの製造方法において、
前記水性樹脂がポリアミド系樹脂を含んでいる燃料電池用セパレータの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2011−29196(P2011−29196A)
【公開日】平成23年2月10日(2011.2.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−209018(P2010−209018)
【出願日】平成22年9月17日(2010.9.17)
【分割の表示】特願2008−141595(P2008−141595)の分割
【原出願日】平成20年5月29日(2008.5.29)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(000100805)アイシン高丘株式会社 (202)
【出願人】(000230054)日本ペイント株式会社 (626)
【Fターム(参考)】