説明

物質固定化剤、物質固定化方法および物質固定化基板

【課題】非特異吸着の防止効果に優れた、基体上に種々の物質を固定化するための手段を提供すること。
【解決手段】1分子中に少なくとも2個の光反応性基を有する光架橋剤およびポリエチレングリコール換算分子量が50万〜5000万のポリマーを含む、基体上に被固定化物質を固定化するための物質固定化剤。前記ポリマーは、ポリエチレングリコール(メタ)アクリレートのホモポリマーまたはコポリマーである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリペプチド、核酸、脂質等の所望の物質を基体上に固定化するための物質固定化剤、および物質固定化方法ならびにそれを用いた物質固定化基板に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、抗体または抗原をプレート上に固定化した、免疫測定のためのイムノプレートや、核酸をチップ上に固定化したDNAチップ等が広く用いられている。基体上にタンパク質や核酸を固定化する方法の1つとして、物理吸着が挙げられる。例えばポリスチレンのような疎水性の基体と、基体上に固定化すべきタンパク質や核酸の水溶液とを接触させて放置することにより、物理吸着によってタンパク質や核酸を基体上に固定化することができる。
【0003】
しかしながら、物理吸着を用いる方法では、基体と固定化物質との結合が弱く、物質を固定化した基体の安定性が不十分であるという問題がある。また、目的のタンパク質や核酸で被覆されなかった領域への非特異吸着を防止するために、ウシ血清アルブミン(BSA)、カゼイン、スキムミルク等のタンパク質(タンパク質を固定化する場合)や、サケ精子DNA等のDNA(DNAを固定化する場合)、免疫学的に反応しない抗体または抗原(抗体または抗原を固定化する場合)でブロッキングすることが行われている(特許文献1参照)。しかし、このようなブロッキングによる非特異吸着の防止効果は必ずしも満足できるものではない。
【0004】
また、基体上の官能基と、固定化すべきタンパク質や核酸の官能基とを共有結合させることにより、基体上にタンパク質や核酸を固定化することも行われている(特許文献2参照)。しかしながら、この方法では、用いる官能基が物質の活性部位の中またはその近傍にある場合には、固定化により物質の活性が失われてしまう。また、適当な官能基が存在しない場合には、この方法により固定化することができない。更に、物理吸着の場合と同様、ブロッキングにより非特異吸着を防止することも行われるが、その防止効果は必ずしも満足できるものではない。
【0005】
一方、光反応性基を利用して物質を基板に固定化することも提案されている(非特許文献1参照)。しかしながら、この方法でも、依然として非特異吸着の問題がある。
【特許文献1】特開平11−337551号公報
【特許文献2】特開2001−337089号公報
【非特許文献1】Y. Ito and M. Nogawa, ‘‘Preparation of a protein micro−array using a photo−reactive polymer for a cell adhesion assay,'' Biomaterials, 24、3021−3026 (2003)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、非特異吸着の防止効果に優れた、基体上に種々の物質を固定化するための手段を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成する手段は、以下の通りである。
[1] 1分子中に少なくとも2個の光反応性基を有する光架橋剤およびポリエチレングリコール換算分子量が50万〜5000万のポリマーを含む、基体上に被固定化物質を固定化するための物質固定化剤であって、
前記ポリマーは、ポリエチレングリコール(メタ)アクリレートのホモポリマーまたはコポリマーである、前記物質固定化剤。
[2] 前記ポリマーは、ポリエチレングリコール(メタ)アクリレートのホモポリマーであり、
前記ポリエチレングリコール(メタ)アクリレートは、1分子中に
【化1】

を1〜120個含む、[1]に記載の物質固定化剤。
[3] 前記光反応性基が、アジド基である[1]または[2]に記載の物質固定化剤。
[4] 前記光架橋剤が、水溶性ジアジド化合物である[1]〜[3]のいずれかに記載の物質固定化剤。
[5] 前記物質が、ポリペプチド、核酸、脂質、細胞およびその構成要素からなる群から選ばれる少なくとも一種である[1]〜[4]のいずれかに記載の物質固定化剤。
[6] 1分子中に少なくとも2個の光反応性基を有する光架橋剤、ポリエチレングリコール換算分子量が50万〜5000万のポリマーおよび被固定化物質の混合物を基体上へ塗布し、光照射することを含む、基体上への物質固定化方法であって、
前記ポリマーは、ポリエチレングリコール(メタ)アクリレートのホモポリマーまたはコポリマーである、前記方法。
[7] 1分子中に少なくとも2個の光反応性基を有する光架橋剤とポリエチレングリコール換算分子量が50万〜5000万のポリマーとの混合物を基体上へ塗布してポリマー層を形成し、次いで、
表面の少なくとも一部に前記ポリマー層を有する基体上に、被固定化物質を含む塗布液を塗布し、光照射することを含む、基体上への物質固定化方法であって、
前記ポリマーは、ポリエチレングリコール(メタ)アクリレートのホモポリマーまたはコポリマーである、前記方法。
[8] 前記塗布液は、1分子中に少なくとも2個の光反応性基を有する光架橋剤を更に含む、[7]に記載の方法。
[9] 前記ポリマーは、ポリエチレングリコール(メタ)アクリレートのホモポリマーであり、
前記ポリエチレングリコール(メタ)アクリレートは、1分子中に
【化2】

を1〜120個含む、[6]〜[8]のいずれかに記載の方法。
[10] 前記光反応性基が、アジド基である[6]〜[9]のいずれかに記載の方法。
[11] 前記光架橋剤が、水溶性ジアジド化合物である[6]〜[10]のいずれかに記載の方法。
[12] 前記物質が、ポリペプチド、核酸、脂質、細胞およびその構成要素からなる群から選ばれる少なくとも一種である[6]〜[11]のいずれかに記載の方法。
[13] [6]〜[12]のいずれかに記載の方法により基体上に被固定化物質を固定化した物質固定化基板。
[14] 前記基体は、樹脂製基体、少なくとも被固定化物質を固定化する表面をシランカップリング剤でコーティングしたガラス基体、または少なくとも被固定化物質を固定化する表面を有機物処理した金基体である、[13]に記載の基板。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、非特異的吸着を抑制しつつ、基体上に所望の物質を固定化することができる。本発明により物質が固定化された基板によれば、被固定化物質および/または被固定化物質と特異的に反応する物質を高感度で検出することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明について更に詳細に説明する。

[物質固定化剤]
本発明の物質固定化剤は、1分子中に少なくとも2個の光反応性基を有する光架橋剤およびポリエチレングリコール換算分子量が50万〜5000万のポリマーを含む、基体上に被固定化物質を固定化するための物質固定化剤であって、前記ポリマーは、ポリエチレングリコール(メタ)アクリレートのホモポリマーまたはコポリマーである。
【0010】
ポリマー
本発明の物質固定化剤に含まれるポリマーの分子量は、ポリエチレングリコール換算分子量として、50万〜5000万の範囲であり、好ましくは500万〜5000万の範囲である。上記範囲の分子量を有するポリマーは、水溶性を示し、基体上で非特異的吸着防止効果を発揮することができる。前記分子量が50万未満では、効率よく固定化を行うことが困難となり、5000万を超えると、良好な水溶性を示さず十分な非特異的吸着防止効果を得ることができない。前記ポリマーの水溶性については、溶解度(水100gに溶解するグラム数)が1以上であることが好ましく、5以上であることが更に好ましい。
なお、本発明における「ポリエチレングリコール換算分子量」は、GPC(ゲル濾過クロマトグラフィー)測定用の標準物質であるポリエチレングリコールの分子量を基準としてGPCのリテンションタイムから算出される分子量をいうものとする。また、本発明において、「(メタ)アクリレート」とは、メタクリレートまたはアクリレートを意味する。
【0011】
前記ポリマーは、ポリエチレングリコール(メタ)アクリレートのホモポリマーまたはコポリマーである。
基体上への物質の固定化を効率的に行い、かつ高感度検出を可能にするためには、被固定化物質を効率的に取り込み、固定化後には、未反応物による非特異的吸着を防ぐことが好ましい。また、基体上に固定化された物質と特異的に反応する物質との特異的反応を用いて化学発光等による検出を行う場合には、上記特異的反応後には、非特異的吸着を抑制するために、未反応物を効率よく除去することが好ましい。ポリエチレングリコール(メタ)アクリレートのホモポリマーまたはコポリマーにおいては、主鎖の疎水部分が主として被固定化物質の効率的な取り込みおよび特異的反応促進に寄与し、側鎖の親水部分(ポリエチレングリコール部)は、主として非特異的吸着の抑制(洗浄による未反応物の除去のしやすさ)に寄与すると考えられる。これにより、本発明によれば、上記分子量を有する、ポリエチレングリコール(メタ)アクリレートのホモポリマーまたはコポリマーを用いることにより、基体上への物質の効率的な固定化および高感度検出を可能にすることができる。
【0012】
前記ポリマーは、ポリエチレングリコール(メタ)アクリレートのホモポリマーであってもよく、または、ポリエチレングリコール(メタ)アクリレートと他の重合性成分とのコポリマーであってもよい。
前記ポリマーがポリエチレングリコール(メタ)アクリレートのホモポリマーの場合、固定化効率および検出感度の向上のためには、前記ポリエチレングリコール(メタ)アクリレートは、1分子中に、
【化3】

で表されるエチレングリコール部を1〜120個含むことが好ましい。より好ましくは1〜25個である。
【0013】
一方、前記ポリマーがポリエチレングリコール(メタ)アクリレートのコポリマーの場合、併用する重合性成分としては、他の重合性成分としては、ビニル系モノマーを用いることが好ましい。また、前記ポリマーがポリエチレングリコール(メタ)アクリレートのコポリマーの場合、ポリエチレングリコール(メタ)アクリレートと他の重合性成分との比率は、特に限定されないが、好ましくは、モル比で1:0.5以下、より好ましくは1:0.3以下、更に好ましくは1:0.1以下である。コポリマーを得るための重合性成分として使用するポリエチレングリコール(メタ)アクリレートは、前述のエチレングリコール部を、1分子中に1〜120個含むことが好ましい。より好ましくは1〜25個である。
前記ポリマーは、ポリエチレングリコール(メタ)アクリレートのホモポリマーであることが好ましいが、光架橋剤として親水性基と疎水性基の両方を有する化合物を用いる場合には、ミセル化を防ぐため、親水性基と疎水性基の両方を含むモノマーを共重合することが好ましい。
【0014】
ポリエチレングリコール(メタ)アクリレートとしては、分子量は、例えば100〜5000、好ましくは100〜1000のものである。なお、重合性成分として使用するポリエチレングリコール(メタ)アクリレートは、ポリエチレングリコールモノ(メタ)アクリレートであってもよく、ポリエチレングリコールジ(メタ)アクリレートであってもよいが、ポリエチレングリコールモノ(メタ)アクリレートであることが好ましい。
【0015】
本発明の物質固定化剤における前記ポリマーの濃度は、特に限定されないが、例えば0.005〜10質量%、好ましくは0.04〜5質量%とすることができる。
【0016】
光架橋剤
本発明の物質固定化剤は、1分子中に少なくとも2個の光反応性基を有する光架橋剤を含む。本発明において、「光反応性基」とは、光を照射することによりラジカルを生じる基を意味する。
本発明の物質固定化剤に含まれる光架橋剤は、光照射により光反応性基がラジカルを生じることにより、アミノ基やカルボキシル基、有機化合物を構成する炭素原子等と共有結合を形成することができる。これにより、本発明の物質固定化剤に光を照射することによって、基体と前記ポリマー、該ポリマーと被固定化物質をそれぞれ光架橋剤を介して結合させることができ、結果的に、被固定化物質を基体上に固定化することができる。
【0017】
前記光架橋剤が有する光反応性基としては、アジド基(−N3)、ベンゾイル基、ジアジリン基を挙げることができる。特に、アジド基は、光を照射することにより窒素分子が離脱すると共に窒素ラジカルが生じ、この窒素ラジカルは、アミノ基やカルボキシル基等の官能基のみならず、有機化合物を構成する炭素原子とも結合することが可能であるので、ほとんどの有機物と共有結合を形成し得るため好ましい。
【0018】
本発明の物質固定化剤に含まれる光架橋剤は、水溶性であることが好ましい。光架橋剤についての「水溶性」とは、0.5mM以上、好ましくは2mM以上の濃度の水溶液を与えることができることを意味する。
【0019】
前記光架橋剤は、1分子中に少なくとも2個の光反応性基を含む。架橋剤1分子中に含まれる光反応性基の個数は、例えば2〜4個、好ましくは2〜3個である。前記光架橋剤としては、アジド基を2個有するジアジド化合物が好ましく、特に水溶性ジアジド化合物が好ましい。本発明に用いられる光架橋剤の好ましい例として、下記一般式[I]で表されるジアジド化合物を挙げることができる。
【0020】
【化4】

【0021】
一般式[I]中、Rは単結合または任意の基を示す。−R−は、2個のフェニルアジド基を連結することができる構造であれば、特に限定されない。好ましい−R−の例として、単結合(すなわち、2個のフェニルアジド基が直接連結される)、炭素数1〜6のアルキレン基(1個または2個の炭素間不飽和結合を含んでいてもよく、1個または2個の炭素原子が酸素と二重結合してカルボニル基を構成していてもよい)(特に好ましくはメチレン基)、−O−、−SO2−、−S−S−、−S−、−R2・・・・・・3−(ただし、・・・は単結合または二重結合を示し、Yは炭素数3〜8のシクロアルキレン基、R2およびR3はそれぞれ独立に炭素数1〜6のアルキレン基(1個または2個の炭素間不飽和結合を含んでいてもよく、該アルキレン基の基端の炭素原子とYとの結合が二重結合であってもよく)、1個または2個の炭素原子が酸素と二重結合してカルボニル基を構成していてもよい)を示し、シクロアルキレン基は、1個または2個以上の任意の置換基で置換されていてもよく(置換されている場合、好ましくはシクロアルキレン基を構成する炭素原子のうち、1個若しくは2個が酸素と二重結合してカルボニル基を構成し、および/若しくは1個若しくは2個の炭素数1〜6のアルキル基で置換されている)を挙げることができ、また、一般式[I]中のそれぞれのベンゼン環は、1個または2個以上の任意の置換基(好ましくはハロゲン、炭素数1〜4のアルコキシル基、スルホン酸若しくはその塩等の親水性基)で置換されていてもよい。好ましい−R−の具体例として次のものを例示することができる。−、−CH2−、−O−、−SO2−、−S−S−、−S−、−CH=CH−、−CH=CH−CO−、−CH=CH−CO−CH=CH−、−CH=CH−、
【0022】
【化5】

【0023】
好ましいジアジド化合物の具体例として、下記のものを例示することができる。
【0024】
【化6】

【0025】
【化7】

【0026】
【化8】

【0027】
【化9】

【0028】
【化10】

【0029】
本発明の物質固定化剤における光架橋剤の添加量については特に制限はないが、好ましくは前記ポリマーに対して0.1〜50質量%、より好ましくは1〜30質量%、更に好ましくは1〜10質量%である。
【0030】
本発明の物質固定化剤は、前述の光架橋剤およびポリマーに加え、さらに溶媒を含んでいてもよい。溶媒としては、水、水と任意の割合で混じり合う低級アルコール(好ましくはエタノール)およびこれらの混合物を用いることができる。中でも、溶媒として水を含むことが好ましい。更には、ガラス基板を使用する場合にはシランカップリング剤を、または、金基板を使用する場合にはチオール化合物などを含んでいても良い。
【0031】
本発明の物質固定化剤は、そのまま基体上へ塗布してもよい。または、本発明の物質固定化剤を、被固定化物質とともに水(または水と前述の低級アルコールを含む水系溶媒)に溶解して水溶液の状態で使用することもでき、水(または水系溶媒)中に懸濁させて水懸濁液の状態で使用することもできる。水溶液または水懸濁液中の前記ポリマーの濃度(被固定化物質と混合する前の濃度)は、例えば、0.005質量%〜10質量%、好ましくは0.04質量%〜5質量%程度とすることができる。
【0032】
本発明の物質固定化剤に含まれる光架橋剤およびポリマーは、それ自体公知であり、公知の製造方法により製造可能であり、また、市販されているものもある。
【0033】
本発明の物質固定化剤を用いて固定化される物質(被固定化物質)は、特に限定されないが、ポリペプチド(糖タンパク質およびリポタンパク質を包含する)、核酸、脂質並びに細胞(動物細胞、植物細胞、微生物細胞等)およびその構成要素(核、ミトコンドリア等の細胞内小器官、細胞膜や単位膜等の膜等を包含する)を例示することができる。
【0034】
本発明の物質固定化剤を用いて被固定化物質を固定するために使用される基体としては、少なくともその表面が、前述の光反応性基含有光架橋剤と結合し得る物質からなるものであれば特に限定されず、マイクロプレート等で広く用いられているポリスチレンをはじめ、アクリル樹脂、ポリ塩化ビニル、ポリエチレンテレフタレート、ポリカーボネートやポリプロピレン等の樹脂製のものを例示することができる。少なくとも被固定化物質を固定化する表面をシランカップリング剤でコーティングしたガラス基体、少なくとも被固定化物質を固定化する表面をアルキルチオール等の有機物で処理した金基体も好ましく用いられる。また、基体の形態は何ら限定されるものではなく、マイクロアレイ用基板のような板状のものや、ビーズ状、繊維状のもの等を用いることができる。さらに、板に設けられた穴や溝、例えば、マイクロプレートのウェル等も用いることができる。本発明の物質固定化剤は、これらのうち、特にマイクロアレイ用に適している。
【0035】
[物質固定化方法]
本発明は、更に、
1分子中に少なくとも2個の光反応性基を有する光架橋剤、ポリエチレングリコール換算分子量が50万〜5000万のポリマーおよび被固定化物質の混合物を基体上へ塗布し、光照射することを含む、基体上への物質固定化方法であって、
前記ポリマーは、ポリエチレングリコール(メタ)アクリレートのホモポリマーまたはコポリマーである、前記方法(以下、「固定化方法I」という);および、
1分子中に少なくとも2個の光反応性基を有する光架橋剤とポリエチレングリコール換算分子量が50万〜5000万のポリマーとの混合物を基体上へ塗布してポリマー層を形成し、次いで、
表面の少なくとも一部に前記ポリマー層を有する基体上に、被固定化物質を含む塗布液を塗布し、光照射することを含む、基体上への物質固定化方法であって、
前記ポリマーは、ポリエチレングリコール(メタ)アクリレートのホモポリマーまたはコポリマーである、前記方法(以下、「固定化方法II」という)
に関する。
【0036】
固定化方法I
固定化方法Iは、本発明の物質固定化剤、または先に説明した本発明の物質固定化剤の成分であるポリマーおよび光架橋剤と被固定化物質との混合物を基体上に塗布し、光照射する。これにより、先に説明したように、光架橋剤に含まれる光反応性基のラジカル化が起こり、基体上へ所望の物質を固定化することができる。
【0037】
物質固定化剤(またはその成分であるポリマーおよび光架橋剤の合計量)と被固定化物質との混合比(質量比)は、特に限定されないが、通常、1:1〜1:100、好ましくは1:2〜1:20とすることができる。物質固定化剤(またはその成分であるポリマーおよび光架橋剤)と被固定化物質は、そのまま混合して使用してもよく、先に説明したように、水溶液または水懸濁液の状態で使用することもできる。ポリマーの濃度、ポリマーに対する光架橋剤の添加量は、前述の通りである。
【0038】
前記混合物を基体上へ塗布する方法は特に限定されず、例えば、マイクロピペット等によってスポットする方法、ピン方式によるスポッティングや圧電方式によるスポッティング等の方法を用いることができる。
【0039】
固定化方法Iでは、上記方法等を用いて基体上に前記混合物を塗布した後、好ましくは該混合物の乾燥後、光照射を行う。光反応性基のラジカル化は、一段階の光照射によって行うこともでき、二段階以上の光照射によって行うこともできる。照射する光の波長および照射時間は、使用する光架橋剤に応じて適宜設定することができる。例えば波長300〜400nmの光を照射することができ、照射時間は、例えば1〜15分間程度とすることができる。また、照射する光の線量は、特に限定されないが、通常、1cm2当たり1mW〜100mW程度である。
【0040】
また、本発明では、フォトマスクを介して選択的に露光を行うことも可能である。フォトマスクを使用する場合、光が照射されなかった部分では、光反応性基が基体および被固定化物質に結合しないので、洗浄すれば未反応の光架橋剤および被固定化物質が除去される。従って、フォトマスク等を介して選択露光を行うことにより、任意のパターンで物質を固定化することができる。従って、選択露光により、マイクロアレイ等の任意の種々の形状に物質を固定化することができるので、非常に有利である。
【0041】
固定化方法II
固定化方法IIでは、まず、本発明の物質固定化剤、または、先に説明した本発明の物質固定化剤の成分であるポリマーおよび光架橋剤の混合物を基体上に塗布してポリマー層を形成し(以下、第一工程という)、次いで、表面の少なくとも一部に前記ポリマー層を有する基体上に、被固定化物質を含む塗布液を塗布し、光照射する(以下、第二工程という)。この方法は、被固定化物質のスポットが、第一工程で形成されたポリマー層上に形成されるため、最表層に露出する被固定化物質の割合が高くなり、検出感度が向上するという利点がある。
【0042】
第一工程では、本発明の物質固定化剤(またはその成分であるポリマーおよび光架橋剤の混合物)をそのまま基体上に塗布してもよく、先に説明したように、水溶液または水懸濁液の状態で使用することもできる。ポリマーの濃度、ポリマーに対する光架橋剤の添加量は、前述の通りである。また、基体上への物質固定化剤の塗布方法としては、先に記載した方法等を用いることができる。
【0043】
本発明の物質固定化剤(またはその成分であるポリマーおよび光架橋剤の混合物)を基体上へ塗布した後、好ましくは乾燥させることによりポリマー層を形成する。
【0044】
第二工程では、こうして表面の少なくとも一部に前記ポリマー層が形成された基体上に、被固定化物質を含む塗布液を塗布し、光照射する。良好な固定化を行うためには、前記塗布液にも前述の光架橋剤を添加することが好ましい。前記塗布液は、被固定化物質または被固定化物質と光架橋剤を、水(または水系溶媒)に溶解した水溶液、または水(または水系溶媒)に懸濁させた水懸濁液であることができる。前記塗布液中に光架橋剤を添加する場合、塗布液中の光架橋剤の濃度は、被固定化物質に対して0.1〜20質量%、好ましくは1〜10質量%とすることができる。前記塗布液の塗布方法としては、前述の方法等を用いることができる。
【0045】
次いで、塗布液を塗布した後、光反応性基のラジカル化のための光照射を行う。この光照射の詳細は、前述の通りである。なお、本発明では、第一工程においても光反応性基のラジカル化のための光照射を行い、第二工程前にポリマーと基体とを結合させることも可能である。
【0046】
また、本発明では、溶液の塗布方法としてマイクロスポッティングを用いてもよい。マイクロスポッティングは、液を基体上の非常に狭い領域に塗布する手法である。この方法は、DNAチップ等の作製に常用されており、そのための装置も市販されているので、市販の装置を用いて容易に行うことができる。固定化方法IIでは、本発明の物質固定化剤(またはその成分であるポリマーおよび光架橋剤の混合物)を基体表面全体にコーティングしてポリマー層を形成し、次いで、その上に、被固定化物質を含む塗布液をマイクロスポッティングして光照射してもよい。さらに、本発明の物質固定化剤(またはその成分であるポリマーおよび光架橋剤の混合物)をマイクロスポッティングしてポリマー層を形成し、その上に被固定化物質を含む塗布液をマイクロスポッティングして光照射してもよい。また、固定化方法Iでも、塗布方法として、マイクロスポッティングを用いることができる。
【0047】
本発明では、固定化方法IまたはIIによって所望の物質を固定化した後、基体を洗浄して未反応の光架橋剤や被固定化物質を除去することが好ましい。こうして、非特異的吸着を抑制しつつ、所望の物質が固定化された基板を得ることができる。固定化方法I、IIにおいて使用される被固定化物質および基体については、先に説明した通りである。
なお、本発明では、光反応性基により生じるラジカルを利用して結合反応を行うので、光架橋剤は、固定化すべき物質の特定の部位と結合するのではなく、ランダムな部位と結合する。従って、活性部位が結合に供されて活性を喪失する分子も出てくる可能性はあるが、活性部位に影響を与えない部位で結合する分子も多数存在するので、全体として、その影響は少ないと考えられる。本発明によれば、従来、適当な置換基が活性部位またはその近傍にあるために、共有結合で固定化することが困難であった物質であっても、全体として活性を喪失させることなく、共有結合により基体に固定化することができる。
【0048】
[物質固定化基板]
本発明は、更に、前述の方法により基体上に被固定化物質を固定化した物質固定化基板に関する。その詳細は、前述の通りである。
【実施例】
【0049】
以下、本発明を実施例に基づき具体的に説明する。但し、本発明は実施例に示す態様に限定されるものではない。

1.ポリマーの合成
表1に示す量の酢酸エチルに、ポリエチレングリコールモノメタクリレート(ポリエチレングリコール部のポリエチレングリコール換算分子量352、1分子中のエチレングリコール部:8個)7gを溶解し、表1に示す量のAIBNを開始剤として、60℃で20時間反応させた。反応液をジエチルエーテルに入れ重合物を取り出すと共に、ジエチルエーテルで洗浄した。東ソー株式会社製のゲル濾過クロマトグラフィー(GPC)SD−8022および東ソー株式会社のカラムTSK−gelαを使用して、生成したポリマーの、ポリマーラボラトリーズ社製の標準物質EasiVial PEG/PEOを使用したリテンションタイムを基準にしたポリエチレングリコール換算分子量を求めた。得られたポリマーの分子量を表1に示す。
【0050】
2.抗原の固定化
上記ポリマーを、0.25質量%の濃度になるように水に溶解した。得られたポリマー水溶液に、光架橋剤(4,4'−ジアジドスチルベン−2,2'−ジスルホン酸ナトリウム)を混合した(光架橋剤の添加量はポリマーに対して5質量%)。得られたポリマー水溶液を、ポリスチレン基板の上に、10mm×10mmの面積に10μl滴下しコーティングした。乾燥後、BSA0.125質量%水溶液に光架橋剤(4,4'−ジアジドスチルベン−2,2'−ジスルホン酸ナトリウム)を混合(光架橋剤の添加量はBSAに対して5質量%)した水溶液を、上記ポリマー層上に50nlずつスポットした。乾燥後、UV照射(波長290〜390nm、照度1.7mW/cm2、7分間)し、その後PBS(0.1% Tween20(登録商標))で洗浄してBSAを固定化した。
【0051】
3.免疫測定
50ng/ml濃度の抗BSA抗体(市販品)と室温で20分間反応させた。PBS(0.1% Tween20(登録商標))で洗浄後、セイヨウワサビペルオキシダーゼ(HRP)標識二次抗体(市販品)と室温で20分間反応させた。PBS(0.1% Tween20(登録商標))で洗浄後、化学発光試薬を添加し、発光強度を測定した。結果を表1に示す。
【0052】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明は、抗体若しくはその抗原結合性断片または抗原を固定化した免疫測定用プレートの作製、DNAやRNAを基板上に固定化した核酸チップ、マイクロアレイ等の作製に好適に用いることができるが、これらに限定されるものではなく、例えば、細胞全体やその構成要素の固定化等にも適用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
1分子中に少なくとも2個の光反応性基を有する光架橋剤およびポリエチレングリコール換算分子量が50万〜5000万のポリマーを含む、基体上に被固定化物質を固定化するための物質固定化剤であって、
前記ポリマーは、ポリエチレングリコール(メタ)アクリレートのホモポリマーまたはコポリマーである、前記物質固定化剤。
【請求項2】
前記ポリマーは、ポリエチレングリコール(メタ)アクリレートのホモポリマーであり、
前記ポリエチレングリコール(メタ)アクリレートは、1分子中に
【化1】

を1〜120個含む、請求項1に記載の物質固定化剤。
【請求項3】
前記光反応性基が、アジド基である請求項1または2に記載の物質固定化剤。
【請求項4】
前記光架橋剤が、水溶性ジアジド化合物である請求項1〜3のいずれか1項に記載の物質固定化剤。
【請求項5】
前記物質が、ポリペプチド、核酸、脂質、細胞およびその構成要素からなる群から選ばれる少なくとも一種である請求項1〜4のいずれか1項に記載の物質固定化剤。
【請求項6】
1分子中に少なくとも2個の光反応性基を有する光架橋剤、ポリエチレングリコール換算分子量が50万〜5000万のポリマーおよび被固定化物質の混合物を基体上へ塗布し、光照射することを含む、基体上への物質固定化方法であって、
前記ポリマーは、ポリエチレングリコール(メタ)アクリレートのホモポリマーまたはコポリマーである、前記方法。
【請求項7】
1分子中に少なくとも2個の光反応性基を有する光架橋剤とポリエチレングリコール換算分子量が50万〜5000万のポリマーとの混合物を基体上へ塗布してポリマー層を形成し、次いで、
表面の少なくとも一部に前記ポリマー層を有する基体上に、被固定化物質を含む塗布液を塗布し、光照射することを含む、基体上への物質固定化方法であって、
前記ポリマーは、ポリエチレングリコール(メタ)アクリレートのホモポリマーまたはコポリマーである、前記方法。
【請求項8】
前記塗布液は、1分子中に少なくとも2個の光反応性基を有する光架橋剤を更に含む、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記ポリマーは、ポリエチレングリコール(メタ)アクリレートのホモポリマーであり、
前記ポリエチレングリコール(メタ)アクリレートは、1分子中に
【化2】

を1〜120個含む、請求項6〜8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
前記光反応性基が、アジド基である請求項6〜9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
前記光架橋剤が、水溶性ジアジド化合物である請求項6〜10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
前記物質が、ポリペプチド、核酸、脂質、細胞およびその構成要素からなる群から選ばれる少なくとも一種である請求項6〜11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
請求項6〜12のいずれか1項に記載の方法により基体上に被固定化物質を固定化した物質固定化基板。
【請求項14】
前記基体は、樹脂製基体、少なくとも被固定化物質を固定化する表面をシランカップリング剤でコーティングしたガラス基体、または少なくとも被固定化物質を固定化する表面を有機物処理した金基体である、請求項13に記載の基板。

【公開番号】特開2007−139587(P2007−139587A)
【公開日】平成19年6月7日(2007.6.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−333951(P2005−333951)
【出願日】平成17年11月18日(2005.11.18)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】