説明

物質検出方法及び物質検出装置

【課題】
吸着を利用した検出において、特定物質に対する検出感度を向上する。
【解決手段】
物質検出方法は、検出対象物質のエネルギレベル構造に基づき、検出対象物質を基底状態から励起状態に励起できる第1の波長の光を検出空間の雰囲気に照射して、検出対象物質を励起し、励起状態から真空レベル以上のエネルギ状態に励起できる第2の波長の光を検出対象空間の雰囲気に照射して、検出対象物質をイオン化し、イオンを電界加速して検出子に吸着させ、吸着量を検出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、雰囲気中に含まれる検出対象物質を検出するための物質検出方法及び物質検出装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の半導体装置を始めとする精密電子デバイスの製造分野においては、クリーンルーム等の製造環境雰囲気中に含まれる有機物質等がデバイス性能や製造歩留りに影響を与えるため、雰囲気中の検出対象物質を検出することが要請されている。
【0003】
この様な雰囲気中の検出対象物質を簡便な方法で検出するために水晶振動子を用いた水晶マイクロバランス(QCM:quartz crystal microbalance)センサ等が用いられている。QCMセンサは、水晶振動子の発振周波数が振動子の重量によって変化する現象を利用するものであり、振動子表面に雰囲気中の物質が吸着した場合に、水晶振動子の発振周波数の変化によって物質の存在を検出するものである。
【0004】
QCMセンサは小型であり、且つ、リアル・タイムで高感度に計測できる特長があるため、製造工場の環境管理や、各所の雰囲気管理に利用されている。
また、このような物質感応センサとしては、水晶振動子を用いたQCMセンサの他に、SAW(表面弾性波)素子を利用したものも知られている。
【0005】
特開2002−48797号は、振動子表面に特定の測定対象が結合する抗体を付着させ、振動子の出力周波数の時間変化を測定して、抗体と結合した物質の質量の変化を検出する監視装置および監視方法を提案している。
【0006】
圧電素子として水晶振動子を用いた場合、測定対象となる化学物質(抗原)に特定的に結合する抗体を形成させた水晶振動子を発振回路によって発振させると、抗体の付着量(質量)に比例して、一定の周波数で水晶振動子が発振する。このとき抗体と抗原とが反応すると反応生成物により水晶振動子の質量が変化する。この質量の変化は、Δf=kf(Δw/A)に従って、水晶振動子の周波数(振動数)の変化と関係付けられる。ここで、fは水晶振動子の初期周波数、Δfは周波数変化量、Δwは質量変化量、Aは水晶振動子に形成された抗原の面積、kは定数である。例えば、初期周波数9MHzの水晶振動子を用いると、抗原抗体反応による導電性薄膜の質量増加0.5ng/cmを1Hzの感度で測定できる。
【0007】
本発明者が、先に出願した、特開2009−98084号は、センサ電極と対向して対向電極を配置し、電圧を印加してイオンを加速できるようにし、センサ電極と対向電極の間の空間に紫外線を照射できるように紫外線源を設けた雰囲気分析装置を提案している。空間中の検出対象物質が紫外線によりイオン化すると、イオンが電界により駆動され、センサ電極に吸着する。紫外線の照射を停止すると、イオンの発生は停止する。紫外線照射時と紫外線不照射時の信号の差分を取り出すことにより、検出対象に対する感度を向上することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2002−48797号公報
【特許文献2】特開2009−98084号公報。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明者の先の提案を改良する。
【0010】
特定の物質を選択的に検出可能にする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
1観点によれば、
検出対象物質のエネルギレベル構造に基づき、検出対象物質を基底状態から励起状態に励起できる第1の波長の光を検出空間の雰囲気に照射して、検出対象物質を励起し、
前記励起状態から真空レベルまでのエネルギ以上の状態に励起できる第2の波長の光を前記検出対象空間の雰囲気に照射して、検出対象物質をイオン化し、
イオンを電界加速して検出子に吸着させ、
吸着量を検出する、
物質検出方法
が提供される。
【0012】
他の観点によれば、
吸着量を検出できる検出子と、
前記検出子と検出空間を隔てて対向する対向電極と、
検出対象物質の基底エネルギレベルと1つの励起エネルギレベルの差に相当するエネルギの第1波長の光を前記検出空間に照射できる第1光源と、
前記検出対象物質の前記励起エネルギレベルと真空レベルの差に相当するエネルギ以上の第2波長の光を前記検出空間に照射できる第2光源と、
前記対向電極と前記検出子との間に加速電界を形成する電圧を印加できる加速電源と、
前記検出子に検出用信号を供給できる検出回路と、
前記第1光源と前記第2光源の出射タイミングを制御する制御回路と、
を有する物質検出装置
が提供される。
【発明の効果】
【0013】
特定物質に対する検出感度を向上できる。紫外線光源に対する要求を緩和できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】図1Aは、実施例1による物質検出装置のブロック図、図1Bは2光子イオン化の機構を示すダイアグラムである。
【図2】図2A,2Bは、ベンゼンおよびナフタレンの吸収スペクトルを示すグラフである。
【図3】図3は、実施例2による物質検出装置のブロック図である。
【図4】図4Aは本発明者の先の提案による雰囲気分析装置のブロック図、図4Bは代表的な分子のイオン化エネルギを示す表である。
【図5】図5は、表面弾性波素子の構成を概略的に示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
図4Aは、本発明者の先の提案による雰囲気分析装置の主要部を示すブロック図である。水晶板112の表面に電極113,114を設けた水晶振動子111が、検出対象である汚染物質を含む雰囲気に露出され、一方の電極113と間隙を隔てて対向電極115が対向配置されている。紫外線源116が、電極113と対向電極115との間隙に紫外線を照射する。電極113,114間に発振回路118が接続され、電極113と対向電極115との間に、直流電圧源117が接続されている。電極113と対向電極115との間隙の間隔は、3〜10mmであり、また、直流電圧源117の電圧は、電極113と対向電極115との間の電界が100V/cm以上になるような電圧である。
【0016】
紫外線源116は、例えば、小型で10.78eV以下の紫外線を放射するMgF2 窓を備えた重水素放電管である。多くの有機物のイオン化エネルギは、真空紫外領域に属するが、10.78eV以下であり、この紫外線によってイオン化できる。紫外線の強度としては、5×10-8W/cm2 程度以上の強度があればよい。
【0017】
直流電圧源117が、電極113と対向電極115と間に加速電界を形成する、紫外線によって、イオンが発生すると、イオンは加速電界によって電極113に向かって加速され、電極113に吸着する。水晶振動子111は、一対の電極113,114に発振回路118から電圧を印加され、発振する。吸着イオンによって振動子の質量が増加すれば、発振周波数が変化する。周波数の変化により吸着物質の質量が検出できる。紫外線の照射をオン・オフを制御することにより、紫外光によってイオン化し、振動子に吸着した物質を高精度に検出できる。
【0018】
図4Bは種々の物質のイオン化エネルギを示す表である。水分子のイオン化エネルギーは12.61eV、酸素のイオン化エネルギは12.08eV、窒素のイオン化エネルギは15.58eVであるので、10.78eV以下の真空紫外線しか放射しないMgF2 窓を備えた重水素放電管からの紫外線ではイオン化しない。検出不要の物質をイオン化しないことにより、ノイズレベルを下げ、検出精度を向上することができる。
【0019】
この検出装置により1光子でイオン化を行う場合、光子エネルギ以下のイオン化エネルギを有する物質は、全てイオン化可能である。結果として得られた質量が、どのような物質によるものであるか、同定することは困難であり、検出結果の絞込みが難しい。また、MgFの窓付き重水素放電管のような短波長(高エネルギ)紫外線源は、特殊な光源であり、使用寿命が短い。
【0020】
物質は、一般的に固有の(原子ないし分子)エネルギ状態を有する。エネルギ状態は、電子構造に関して、分散配置されたエネルギレベルと真空レベル以上の連続帯を有する。電子は、低い電子軌道から順に高い電子軌道へと配分される。電子が充填された内殻軌道は、化学的に不活性であり、通常、外殻軌道の電子のみを考察すればよい。最も低いエネルギを持つ電子状態が基底状態となる。基底状態より上のエネルギレベルは、通常空の状態であり、励起エネルギレベルと呼ばれる。基底状態の電子を励起すれば、励起エネルギレベルや真空レベル以上の連続帯に電子を励起することができる。原子・分子のレベル間エネルギは、通常、紫外線領域の光子エネルギに相当する。
【0021】
本発明者は、測定対象物質を1光子でイオン化する代わりに、2光子でイオン化することを考察した。即ち、電子を、第1の光子によって基底状態から1つの励起状態に励起し、第2の光子によって励起状態から真空レベル以上の連続帯に励起すれば、電子は自由電子と成って外部へ飛び出し、イオン化を行なうことができる。エネルギレベルは物質固有であり、基底状態から励起状態までのエネルギ差も物質固有である。物質固有のエネルギ差に合わせた特定エネルギの紫外線を照射することにより、特定の物質(原子分子)のみを励起することができる。励起状態の物質に、励起レベルから真空レベルまでのエネルギ差以上のエネルギ(光子)を与えれば、イオン化を行なうことができ、イオンを検出することが可能になる。偶然の一致の場合を除外して、検出物質の同定が可能となる。基底状態からのイオン化を2段階励起で行なうので、各段階の励起エネルギが低くなり、より長波長の光で目的を達することができる。
【0022】
以下、本発明の実施例1の物質検出装置を説明する。
【0023】
図1Aに示すように、 水晶板2の表面に電極3,4を設けた水晶振動子1が、検出対象である汚染物質を含む雰囲気に露出され、水晶振動子1と間隙を隔てて対向電極5が対向配置されて、検出空間SPを画定している。第1の光源6からの第1の光がミラー8を介して検出空間SPに導かれ、平行配置された対向反射鏡11,12間で多重反射する。第2の光源7からの第2の光がミラー9を介して検出空間SPに導かれ、対向反射鏡11,12間で多重反射する。多重反射により、反射回数を多くし、光路長を延長して、光と雰囲気との反応を拡大する。なお、消費されなかった光を吸収するためのダンパ14を設けることができる。
【0024】
図に示すように、第1、第2の光の光路を重ねる場合は、第2の光を透過させるため、ミラー8は、誘電体多層膜等を用いたダイクロイックミラーないしハーフミラー等とすればよい。
【0025】
第1、第2の光源6,7は、例えばベータバリウムボレート(β―Ba、BBO)結晶を用いた、光学的パラメトリック発振(OPO)パルスレーザで構成する。発振波長を調整したパルスレーザ光を出射できる。パルス幅は、数nsec〜高々数十nsecである。パルスの立ち上がりはエネルギ密度が低い。分子の励起状態の寿命は短い。なるべく多くの分子が励起状態に励起された状態で、第2の光を照射するためには、第2の光を第1の光より、例えば1nsec〜50nsec程度遅らせるほうが有利な場合が多い。
【0026】
光源オン/オフ制御回路20、タイミング制御回路21が、第1、第2の光源からの出射光のオン/オフとそのタイミングを調整する。第1のパルス光の出射後、1nsec〜50nsec、例えば10nsec、遅れて、第2のパルス光が出射する。
【0027】
図1Bに示すように、第1の光のエネルギhν1が、検出対象物質の分子を基底状態GSから選択した励起状態ESに励起する。第2の光のエネルギhν2が、検出対象物質の分子を励起状態ESから真空レベルVL以上の連続帯に励起する。連続帯の電子は自由電子となり分子から離脱するので、残る分子はイオンとなる。第1の光のエネルギhν1は、基底状態GSと励起状態ESのエネルギ差に等しいことが必要である。第1の光のエネルギhν1の選択により、検出する物質の選択がなされる。
【0028】
電極4と対向電極5との間に、直流電圧源17が接続されている。水晶振動子1の電極3,4と対向電極5との間に直流電圧源17が接続されていると考えることもできる。電極4と対向電極5との間の間隔は、例えば2cmであり、直流電圧は例えば200V程度である。直流電圧の印加により、検出空間SP内には対向電極5から電極4(水晶振動子1)に向かう直流電界が形成される。検出空間に発生した陽イオンは、電界により加速され、水晶振動子1に到達し、水晶振動子1に吸着する。
【0029】
発振回路18は、水晶振動子の電極3,4間に接続され、発振回路を形成する。発振回路18の発振周波数は、周波数カウンタ25で検出される。物質の吸着により、水晶振動子1の質量が増大すると発振周波数が変化する。発振周波数の変化から、吸着物質の質量(重量)を検出できる。
【0030】
中央制御ユニット30は、光源オン/オフ制御回路を制御して第1、第2の光のオン/オフを制御し、第1、第2の光のオン/オフと同期したフェーズロック検出により、周波数の変化を検出する。以下、検出する具体的物質を例示して説明する。
【0031】
図2Aは、ベンゼンの吸収スペクトルを示すグラフである。横軸が波長を単位nmで示し、縦軸が吸収強度を任意単位で示す。波長220nm〜270nmの紫外波長領域に数個の吸収ピークがあり、4つの吸収ピークが特に強い。第1の光の波長を244nm(5.08eV)の吸収ピークに合わせる。電子の基底状態から一重項の最低励起状態への遷移に対応する。ベンゼンのイオン化エネルギは9.24eVであり、この励起状態から真空レベルまでのエネルギは、4.16eV(297nm)となる。第2の光は297nmより短波長の光となる。
【0032】
図2Bは、ナフタレンの吸収スペクトルを示すグラフである。横軸が波長を単位nmで示し、縦軸が吸収強度を任意単位で示す。波長約250nm〜290nmの紫外波長領域に数個の吸収ピークがあり、2つの吸収ピークが特に強い。第1の光の波長を276nm(4.49eV)の吸収ピークに合わせる。電子の基底状態から一重項の最低励起状態への遷移に対応する。ベンゼンのイオン化エネルギは8.14eVであり、この励起状態から真空レベルまでのエネルギは、3.65eV(339nm)となる。第2の光は339nmより短波長の光となる。
【0033】
なお、第2の光は励起状態から真空レベル以上のエネルギに電子を励起できるものであればよい。一般的に、真空紫外領域の光は短波長ほど得にくい(強度が弱くなりやすい)、遷移エネルギが小さいほど遷移確率は高くなる、性質がある。従って、第2の光は励起状態から真空レベルをわずかに越すエネルギ(僅かに短い波長)を選択することが好ましいであろう。
【0034】
図3は、実施例2による物質検出装置のブロック図である。実施例1と異なる点を中心に説明する。第1の光源6と第2の光源7とが、多重反射ミラー11,12の反対側から光を入射させる。ミラー8,9は全反射メタルミラーでよい。多重反射ミラー11,12に挟まれた検出空間SPにおける第1の光と第2の光の光路が全く重なるようにしても、ダイクロイックミラーやハーフミラーを用いなくても良くなる。検出空間SPを金属メッシュ15で取り囲み、正電位に接続する。雰囲気中には、紫外線を照射されていない状態でも、何らかのイオンが存在し得る。イオンは、メッシュの正電位にはじかれ、検出空間には侵入しない。大気中で電荷を持たない検出対象の物質は、メッシュの正電位に影響を受けず、検出対象の空間に容易に到達できる。
【0035】
なお、水晶振動子を用いたQCMの場合を説明したが、表面弾性波素子を用いて吸着物質の質量を測定することもできる。
【0036】
図5は、表面弾性波素子の構成を概略的に示す斜視図である。面弾性波素子60は、両端に増幅器48を介して接続された入力用電極62と出力用電極63とを設けるとともに、両者の間にセンサ電極、即ち、物質吸着電極64を設けたLiTaO3 基板61からなる。図1A,図3の水晶振動子1に代え、表面弾性波素子60を用い、物質吸着電極64に対向して、例えば、5mm離して設けた対向電極5を設けらればよい。
【0037】
以上、実施例に沿って本発明を説明したが、本発明はこれらの限られるものではない。例えば種々の変更、置換、改良、組み合わせ等が可能なことは当業者に自明であろう。
【符号の説明】
【0038】
1 水晶振動子、
5 対向電極、
6,7 光源、
11,12 多重反射鏡、
20 光源オン/オフ制御回路、
21 タイミング制御回路、
60 表面弾性波素子。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
検出対象物質のエネルギレベル構造に基づき、検出対象物質を基底状態から励起状態に励起できる第1の波長の光を検出空間の雰囲気に照射して、検出対象物質を励起し、
前記励起状態から真空レベル以上のエネルギ状態に励起できる第2の波長の光を前記検出対象空間の雰囲気に照射して、検出対象物質をイオン化し、
イオンを電界加速して検出子に吸着させ、
吸着量を検出する、
物質検出方法。
【請求項2】
前記第1の波長の光、第2の波長の光がパルス光であり、第2の波長のパルス光が第1の波長のパルス光より遅れて照射される請求項1に記載の物質検出方法。
【請求項3】
前記第1の波長の光、第2の波長の光のオン/オフと同期して、前記吸着量の検出を行なう請求項1又は2に記載の物質検出方法。
【請求項4】
吸着量を検出できる検出子と、
前記検出子と検出空間を隔てて対向する対向電極と、
検出対象物質の基底エネルギレベルと1つの励起エネルギレベルの差に相当するエネルギの第1波長の光を前記検出空間に照射できる第1光源と、
前記検出対象物質の前記励起エネルギレベルと真空レベルの差に相当するエネルギ以上の第2波長の光を前記検出空間に照射できる第2光源と、
前記対向電極と前記検出子との間に加速電界を形成する電圧を印加できる加速電源と、
前記検出子に検出用信号を供給できる検出回路と、
前記第1光源と前記第2光源の出射タイミングを制御する制御回路と、
を有する物質検出装置。
【請求項5】
前記検出子が、水晶発振子または表面弾性波素子であり、前記第1光源が光学的パラメトリック発振パルスレーザである請求項4に記載の物質検出装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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