説明

特定細胞吸着装置

【課題】水不溶性担体に特定細胞と親和性を有するリガンドを保持させた特定細胞吸着材の細胞吸着選択性を上げ、採血流量が低くても特定細胞の吸着選択性が高い特定細胞吸着装置を提供することを目的とする。
【解決手段】血液入口および血液出口を有する容器に水不溶性担体に特定細胞と親和性を有するリガンドを保持させた特定細胞吸着材が充填された特定細胞吸着器4を有する、特定細胞を吸着する方法における吸着選択性を向上させるために用いられる特定細胞吸着装置であって、該装置に更に前記特定細胞吸着器の血液出口側の血液を該特定細胞吸着器の入口側にフィードバックし、特定細胞吸着器内に流入する血液の流量を血液ポンプAの流量より大きくするためのフィードバック導管3およびフィードバックポンプBを設けたことを特徴とする、特定細胞吸着装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血液中の特定細胞を特異的あるいは選択的に吸着する特定細胞吸着装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、多発性硬化症、重症筋無力症、ギランバレー症候群等の神経免疫疾患の治療法として血液中の特定細胞を吸着除去する技術の研究が行われており、その治療器として特定細胞吸着器が開発されつつある。この特定細胞吸着器は、特定細胞に親和性を有するリガンドを水不溶性担体の表面に固定した材料(以下、特定細胞吸着材という)を充填し、様々な細胞の中から特定細胞を特異的あるいは選択的に吸着することを目的としている。
【0003】
しかしながら、細胞の中には高い粘着性を有するものがあることや特定細胞吸着材の物理化学的な性質から、特定細胞吸着材が目的以外の細胞をも吸着してしまい、特定細胞を特異的あるいは選択的に吸着することは困難であった。
【0004】
これまで、特定細胞を選択的に吸着する試みはいくつかなされている。例えば特許文献1には、リンパ球を選択的に分離する方法が開示されている。特許文献1には、血球浮遊液から単球および顆粒球の捕捉フィルターを用いて単球および顆粒球を捕捉し、リンパ球を採取するに当り、単球および顆粒球の捕捉フィルターに残留するリンパ球を洗い流すための洗浄液として、少なくともγ−グロブリンを含む液体を用いることを特徴とするリンパ球の採取方法により、リンパ球が純度良く、高い回収率で得られることが記載されている。また、同じく特許文献1には血球浮遊液のバッグと単球および顆粒球の捕捉フィルターと白血球の捕捉フィルターを導管で連結し、血球浮遊液を単球および顆粒球の捕捉フィルターと白血球の捕捉フィルターをこの順に通し、両フィルターを通過した血球浮遊液を排出管から排出するようにした装置において、血球浮遊液の排出管と血球浮遊液のバッグまたは血球浮遊液バッグ側の導管とを結ぶフィードバック回路を設けたリンパ球の採取装置を用いて、洗浄液として少なくとも白血球を除去した自己血液を用いるリンパ球の採取方法が記載されている。
しかし、特許文献1の発明は、採取目的以外の細胞(繊維に粘着し易い単球および顆粒球)を別なフィルターで前もって除去して、このフィルターに残留する採取目的細胞(単球、顆粒球に比べて繊維に粘着し難いリンパ球)を洗浄液で洗浄して、リンパ球を捕捉するフィルターに送り込み、このフィルターにリンパ球を捕捉させ、これを回収することにより採取目的細胞の回収率を上げる技術であるが、水不溶性担体に特定細胞と親和性を有するリガンドを保持させた特定細胞吸着材を用い、特定の細胞を吸着する際に非選択的に吸着されてしまう細胞を減らして特定細胞の吸着選択性を上げようとする技術ではない。また特許文献1の装置は、フィードバック回路を有するものの、その使用方法は、二種類のフィルターに血液を流し終わった後に、洗浄のために、二種類のフィルターで白血球を除去された血液を再度二種類のフィルターに流して単球および顆粒球の捕捉フィルターに残留するリンパ球を白血球の捕捉フィルターに移動させる目的で使用されるものであり、フィルター内に流入する血液の流量を血液流量より大きくして特定細胞の吸着選択性を向上させようとする目的は無い。
【0005】
非特許文献1には、血液の体外循環により血液を白血球除去カラムに流して白血球を除去する際に、白血球除去カラムの出口から流出する血液の一部を白血球除去カラムに再循環することにより、白血球除去カラム入口側回路の圧力上昇を抑制する方法が開示されているが、非特許文献1で使用されている白血球除去カラムは水不溶性担体に特定細胞と親和性を有するリガンドを保持させた特定細胞吸着材を充填したカラムではなく、リガンドを保持させていない材料に白血球を、白血球の持つ材料に対する粘着性を利用して吸着させるカラムであり、白血球除去カラム入口側回路の圧力上昇を抑制する効果には言及されているものの、特定細胞を特異的あるいは選択的に吸着させること、ましてやその吸着選択性を更に向上させるという目的も効果も記載されていない。
【0006】
水不溶性担体に特定細胞と親和性を有するリガンドを保持させた特定細胞吸着材が充填された特定細胞吸着器、一端を特定細胞吸着器の血液入口に接続された採血側導管、一端を特定細胞吸着器の血液出口に接続された返血側導管、および採血側導管上の血液ポンプからなる装置を用いた特定細胞吸着装置において、吸着選択性を向上させる装置を開発する試みはこれまでになかった。
【0007】
またこれまでに述べた先行技術とは視点が異なるが、特定細胞の吸着除去が必要な疾病の患者は、血液透析患者のように表在静脈の動脈化(シャント)手術を受けていない患者が殆どであり、採血流量を大きくできないという、治療施行上の大きな制約がある。血液透析患者の場合は、採血流量として200ml/min、あるいはそれ以上の流量がとれるが、特定細胞の吸着除去が必要な疾病の患者の場合は、静脈からの採血流量で30〜50ml/minが通常とれる血液流量である。もしとれたとしても70ml/minが限度であり、これを長時間維持することは難しいのが実情である。
【特許文献1】特開昭55−15448号公報
【非特許文献1】2005年日本アフェレシス学会学術大会抄録集196頁「再循環LCAP法の検討」
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、水不溶性担体に特定細胞と親和性を有するリガンドを保持させた特定細胞吸着材の細胞吸着選択性を上げることを目的とし、採血流量が低くても特定細胞の吸着選択性が高い特定細胞吸着装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは前記課題を解決するため、採血流量を上げずに特定細胞を選択的に吸着することを目的に鋭意検討した結果、血液入口および血液出口を有する容器に水不溶性担体に特定細胞と親和性を有するリガンドを保持させた特定細胞吸着材が充填された特定細胞吸着器の血液出口の血液を血液入口にフィードバックする導管とフィードバックポンプを設け、特定細胞吸着器内の血液流量を採血流量より高めて、特定細胞吸着器内の血液の線速を上げることにより、驚くべきほど非選択的吸着が少なくなり、特定細胞のみを選択的に吸着できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
即ち本発明は以下を含む。
(1) 血液入口および血液出口を有する容器に水不溶性担体に特定細胞と親和性を有するリガンドを保持させた特定細胞吸着材が充填された特定細胞吸着器、一端を特定細胞吸着器の血液入口に接続された採血側導管、一端を特定細胞吸着器の血液出口に接続された返血側導管、及び採血側導管上の血液ポンプからなる装置を用いて、血液を前記採血側導管より前記特定細胞吸着器に流し、該特定細胞吸着器に血液中の前記特定細胞を吸着させ、特定細胞吸着器から流出する血液を前記返血側導管を通して返血する、特定細胞を吸着する方法における吸着選択性を向上させるために用いられる特定細胞吸着装置であって、該装置に更に前記特定細胞吸着器の血液出口側の血液を該特定細胞吸着器の入口側にフィードバックし、特定細胞吸着器内に流入する血液の流量を血液ポンプの流量より大きくするためのフィードバック導管およびフィードバックポンプを設けたことを特徴とする、特定細胞吸着装置。
(2) 前記特定細胞吸着器内の血液の線速を1.1ml/min/cm2以上、3.3ml/min/cm2以下になるように血液ポンプおよびフィードバックポンプの流量を設定する流量設定手段を備えた(1)記載の特定細胞吸着装置。
(3) 前記特定細胞が単核球である(1)または(2)記載の特定細胞吸着装置。
(4) 前記特定細胞吸着器の有効濾過長が1.0mm以上、20.0mm以下である(1)乃至(3)の何れかに記載の特定細胞吸着装置。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る特定細胞吸着装置を用いることにより、水不溶性担体に特定細胞と親和性を有するリガンドを保持させた特定細胞吸着材を充填した特定細胞吸着器の細胞吸着選択性を著しく高めることができる。また、採血流量を低くしか設定できない患者の場合でも、特定細胞吸着器内の血液の線速を最適な値に設定でき、その結果として特定細胞の吸着選択性を高くすることができる特定細胞吸着装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明について、以下具体的に説明する。
本発明でいう特定細胞吸着器とは、入口と出口を有する容器に水不溶性担体に特定細胞と親和性を有するリガンドを保持させた特定細胞吸着材を充填してなるものである。容器の入口から血液を導入し、特定細胞吸着材に接触させた後に出口から処理された血液を回収することによって、特定細胞が吸着除去された処理後の血液が得られる。また本発明は、血液を容器内に導入し、特定細胞吸着材に接触させた後に特定細胞吸着材に吸着された特定細胞を分離回収して、血液中から特定細胞のみを得る場合にも有用に用いられる。さらに、体外循環で疾患起因物質などを選択的に吸着除去する治療法としても有効に用いられる。
【0013】
本発明でいう特定細胞とは、特定の細胞表面抗原を発現している、該細胞表面抗原によって識別可能な細胞集団を指し、このような細胞であればどのような細胞でも良いが、特に血液中の免疫系単核球が好ましい。血液中の免疫系単核球としては、リンパ球、単球、造血幹細胞等の血液細胞を例示でき、過剰な免疫応答による免疫性疾患等の治療の場合は、特にヘルパーT細胞を例示できる。疾患により疾患治療に有用な特定細胞の種類は選択され、複数の場合もある。疾患治療に有用な特定細胞は、例えば多発性硬化症、クローン病やI型糖尿病のようなヘルパーT細胞の中でも1型(Th1型)
に優位な免疫性疾患においてはTh1細胞であり、また潰瘍性大腸炎のようなヘルパーT細胞2型(Th2型)優位な免疫性疾患においてはTh2細胞である。
【0014】
本発明でいう水不溶性担体とは、水に不溶(血液に不溶)で、特定細胞と親和性を有するリガンドを安定に固定できるものであれば特に限定なく様々なものを用いることができる。水不溶性担体としては、具体的には、多孔質体、平膜、不織布、織布、粒子等を例示できるが、細胞の選択的除去という観点から、多孔質体、不織布、粒子が好ましく、なかでもリガンド固定化技術の観点から不織布が最も好ましい。
【0015】
水不溶性担体の材質は、リガンドを安定に固定でき、かつ細胞と効率的に接触できる構造を保ち易い素材であれば特に限定はない。様々な形状に加工でき、リガンドを直接または間接的に化学結合でき、且つ医療材料として安全に用いることができる固体であれば何れのものでもよい。例えば、ガラス・カオリナイト・ベントナイトなどの無機材料、セルロース・デキストラン・キチン・キトサン・デンプン・アガロース・蛋白質・天然ゴムなどの天然ポリマー、ポリスチレン・ポリアミド・ポリエステル・ポリエチレン・ポリウレタン・ポリビニルアルコール・エチレンビニルアルコール共重合体・ポリメタクリル酸エステル・ポリ塩化ビニル・ポリアミノ酸などの合成ポリマー、活性炭等が挙げられ、次に述べる形状に適した素材を適宜選択すればよい。
【0016】
水不溶性担体の形状としては、特定細胞との接触頻度を高めるために表面積が大きいものであれば何れの形状でもよく、例えば繊維状・綿状・布状・糸状・中空糸状・糸束状・不織布状等の繊維構造体、スポンジ等の高分子多孔質体、ビーズ状・ゲル状等の形状が挙げられる。特に、血液細胞を分離、或いは吸着する場合、吸着効率の点より、織布や不織布が好ましく用いられ、担体の構造制御がしやすいという点から不織布が最も好ましい。
【0017】
ここで、不織布について具体的に示すと、不織布を構成する繊維の材質としては、セルロース、ポリエステル、ポリプロピレン等の繊維が強度や加工性、安全性の点から好ましく用いられる。不織布担体の構造は、例えば構成する繊維の平均繊維直径を適宜選択することで制御することができ、例示すると、平均繊維直径が2.5μm以上50μm未満の繊維からなる不織布が好適である。平均繊維直径が2.5μm未満であると、不織布の目が細かくなる傾向があり、特定細胞以外の細胞を物理的に捕捉する非特異的細胞吸着が起こり易くなるため好ましくない。一方、50μm以上の場合、目が粗くなる傾向があり、特定細胞との接触頻度が著しく低下して吸着効率が下がり易いので好ましくない。
【0018】
本発明でいうリガンドとは、特定細胞と特異的あるいは選択的に結合する物質のことをいい、特定細胞と親和性を有するものであれば構造など特に限定はない。リガンドの種類としては、モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体等の抗体あるいはこれら抗体の断片または抗体の断片を用いた組換え抗体、また抗体以外では低分子化合物やペプチド、アプタマーなどが挙げられる。抗体は親和性が優れている点で好ましく、低分化合物は安全性の点から体外循環の際に体内に混入することが万一生じても免疫原性が低いため好ましい。さらに好ましいのは、特定細胞への選択性がきわめて高いモノクローナル抗体あるいはその一部を用いた組み換え抗体である。
【0019】
上記の抗体をその抗原特異性により例示すると、抗CD4抗体、抗CD8抗体(以下、同じ)、抗CD3、抗CD2、抗TCR−Vβ、抗CXCR3、抗CCR2、抗CCR5、抗CD1a、抗CD1b、抗CD5、抗CD3R、抗CD6、抗CD7、抗CD9、抗CD10、抗CD11a、抗CD18、抗CD19、抗CD20、抗CD21、抗CD22、抗CD23、抗CD24、抗CD28、抗CD37、抗CD40、抗CD72、抗CD77、抗CD16、抗CD32、抗CD33、抗CD34、抗CD35、抗CD45RO、抗CD64、抗CD65、抗CDw65、抗CD66b、抗CD66e、抗CD89、抗CDw90、抗CD56、抗CD57、抗CD94、抗CD105、抗CD106、抗CD46、抗CD31、抗CDw36、抗CD41、抗CD42a、抗CD42b、抗CD63、抗CD11a、抗CD11b、抗CD11c、抗CD18、抗CD29、抗CD44、抗CD45、抗CD48、抗CD49a、抗CD49b、抗CD49c、抗CD49d、抗CD49e、抗CD49f、抗CD50、抗CD51、抗CD54、抗CD58、抗CD61、抗CD62E、抗CD62L、抗CD62P、抗CD103、抗CD26、抗CD30、抗CD69、抗CD70、抗CD71、抗CD95、抗CD96、抗CD25、抗CD117、抗CD122、抗CDw124、抗CD126、抗CD127、抗IL−2R、抗CD69、抗CD40L、抗CD152、抗CD178、抗CD183、抗CD184、抗CD195、抗CDw197、抗CD226、抗HLA−DR抗体等の抗体が挙げられるが、神経免疫疾患の治療に用いられる場合は、細胞性免疫に関与する細胞の表面抗原に対する抗体である抗CD3抗体、抗CXCR3抗体、抗CD4抗体が好ましく用いられる。中でも細胞性免疫の中心的機能を有するヘルパーT細胞の表面抗原に対する抗CD4抗体が最も好ましく用いられる。
【0020】
以下リガンドが抗体の場合を例にとって説明する。
抗体の固定状態としては、抗体が担体表面に直接結合していてもよいし、リンカーを介して結合していてもよい。抗体の固定部位としては、固定後も抗体が細胞親和性を維持できる状態であればどのような部位であってもよいが、より安定した細胞親和力を維持する点から抗体のFc部分であることが好ましい。
【0021】
また、抗体の固定は抗体流出を抑制する点から共有結合を用いることが好ましい。固定時の結合方法は、抗体の活性を維持できる方法であれば公知のいずれの反応でも用いることができ、例えば、置換反応、縮合反応、開環反応等を用いて良好に結合できる。
本発明における特定細胞吸着材の抗体固定量は、吸着する細胞の数や細胞表面の抗原発現量、抗体の特異性、親和力によって異なるが、細胞との接触効率の点から、担体の単位表面積当り0.7mg/m2以上固定されていることが好ましい。また、ある一定量以上の抗体が固定されると抗体に吸着した細胞同士の距離が近すぎ、抗体が有効に使用されない可能性がある為、0.7〜5.0mg/m2の範囲が好ましく、抗体が最も効率的に特定細胞と相互作用し易い、という観点から最も好ましいのは0.7〜3.0mg/m2である。
【0022】
本発明で用いる担体表面に抗体を固定するためのリンカーは、リガンドと担体とを共有結合できる構造であれば公知のいずれの官能基であっても良い。例えば、N−ヒドロキシメチルハロアセトアミド、N−ヒドロキシメチルジハロアセトアミド等を用いて担体表面をリガンドと結合可能な活性化状態にしたα−アセトアミノハロゲン基、N−ヒドロキシメチルジハロプロピオンアミド等を用いて担体表面を活性化したα,β−プロピオンアミノハロゲン基、N−ヒドロキシメチルジハロアセトアミド等を用いて単体表面を活性化したα,α−アセトアミノジハロゲン基、N−ヒドロキシメチルトリハロアセトアミド等を用いて担体表面を活性化したα,α,α−アセトアミノトリハロゲン基等のハロアセトアミノアルカン化剤を用いたリンカー、エピクロロヒドリン等を用いて担体を活性化したエポキシ基等が挙げられる。他に、イソシアネート基、イソチオシアネート基、アミノ基、カルボキシル基、水酸基、ビニル基、ブロモシアンによるリンカー等も挙げられるがこれらに限定されるものではない。本発明においては、リガンドの機能を維持したまま穏和な条件で反応できる点より、ハロアセトアミノアルカン化剤を用いたリンカーが良好に用いられる。
【0023】
また、前記リンカーの担体当りの導入量は、リガンド固定量へ影響する為、0.6nmol/m2以上が好ましいが、ある一定以上の導入量になるリガンド密度が増加し過ぎて有効利用されないため0.6〜250nmol/m2が好ましく、さらにリガンド固定の安定性の観点から50〜250nmol/m2が最も好ましい。
【0024】
このような細胞吸着材は、被処理液の入口と処理された液の出口とを有する容器に公知の方法によって充填され、特定細胞吸着器とされる。特定細胞吸着器は組立てられた後滅菌されるが、滅菌後も抗体の機能を維持する為に滅菌保護液で浸漬又は湿潤化する方法が好んで用いられる。
【0025】
ここでいう滅菌保護液とは、滅菌時に特定細胞吸着材のリガンド機能を損なわないための充填液であり、リガンドを安定に保持できるものであれば特に限定はないが、滅菌時に発生するラジカルをトラップできるものや、ラジカルによる酸化を防ぐ抗酸化剤などがより効果的に用いられる。中でも安全性の点から、抗酸化剤であるアスコルビン酸塩などがより好ましく用いられる。溶解度の理由から、アスコルビン酸塩の最適濃度は5mM〜2Mであることが好ましい。5mM未満の場合、担体表面に共有結合されたリガンドの近傍に存在するアスコルビン酸塩濃度が低い為、滅菌後に抗体の機能を維持でき難くなる傾向がある。また、2Mを超えるとアスコルビン酸塩の溶解度の関係でアスコルビン酸塩が析出し易くなり、好ましくない。さらに安全性の点から5mM〜20mMが好ましく、プライミング時の置換性の点から5mM〜10mMが最も好ましく用いられる。
上記アスコルビン酸塩とは、アスコルビン酸でもよいし、アスコルビン酸とアルカリ性物質等の反応により生成するアスコルビン酸塩でもよい。
【0026】
本発明でいう導管とは、血液および/または生理的溶液等の溶液を送液できる導管であり、かつ生体にとって安全に送液できるものであればいかなる導管でも用いることができる。また、安全性の点から血液および/または生理的溶液等の溶液によって有害な物質が溶出しない材質であればいずれの材質でも用いることができる。例えば、軟質ポリ塩化ビニル、シリコン、ポリプロピレン、ポリエチレン等が挙げられる。強度の観点から、好ましくは軟質ポリ塩化ビニルが用いられる。
【0027】
また、本発明でいうポンプとは導管内の溶液を送液できればいずれの形式でも用いることができるが、体外循環時に安定した送液を行うため、脈動が小さく一定流量を維持できるものが好ましい。
【0028】
本発明でいうフィードバックとは、特定細胞吸着器の血液出口から流出する血液を再び特定細胞吸着器の血液入口に導入することであり、フィードバック導管とは特定細胞吸着器の血液出口付近から分岐し特定細胞吸着器の血液入口付近に接続された導管のことをいう。
【0029】
また、フィードバック導管上に設けたフィードバックポンプとは、特定細胞吸着器内の流量を採血側流量よりも大きくするためのものであり前記ポンプと同様のものであればいずれのものでも用いることができる。フィードバックポンプの流量は特に限定するものではないが、特定細胞吸着器内の血液の線速を、特定細胞吸着器の構造とも関係するが、吸着選択性の観点で好ましい範囲に設定できる流量であれば良い。
【0030】
本発明でいう線速とは、特定細胞吸着器の流路面積当りの流速をいい、ここでいう流速とは採血側導管上の血液ポンプとフィードバック導管上のフィードバックポンプとの流速の総和を意味する。また流路面積とは、特定細胞吸着材の断面積に濾過長を乗した占有容積から、特定細胞吸着材の重量を比重で除した特定細胞吸着材の体積を引いた空隙容積を、特定細胞吸着材の濾過長で除した値をいう。血液中の特定細胞を特異的あるいは選択的に吸着するためには、特定細胞と親和性を有するリガンドと特定細胞との接触時間が重要であり、線速が1.1ml/min/cm2以上の時に、より特異的あるいは選択的に特定細胞のみを吸着除去可能である。また、体外循環では特定細胞吸着器を通過した血液を体内に戻す為、線速が高すぎると細胞がダメージを受ける可能性があるために好ましくない。よって、安全かつ選択的な特定細胞除去の観点から、線速が1.1ml/min/cm2以上、3.3ml/min/cm2以下が好ましい。また、特定細胞吸着器を体外循環のようなex vivoで使用する場合は、末梢血管から血流確保可能な流速で血液ポンプを設定する必要があり、血液ポンプは10〜70ml/min程度が好ましく、さらに安全に安定した血流を確保するには30〜50ml/minが好ましい。患者抹消血を脱血して本発明に係る特定細胞吸着器に導入し、1.1ml/min/cm2〜3.3ml/min/cm2の線速で特定細胞吸着器に通して、患者血液から特定細胞を吸着除去した後、該血液を患者に返血する方法は、前述した多発性硬化症、クローン病、I型糖尿病、潰瘍性大腸炎のような免疫性疾患の患者の治療方法として有効な可能性がある。患者
血液から除去する特定細胞は疾患によって異なる。
本発明でいう流量設定手段とは特定細胞吸着器内の流量を調整するための手段を意味し、例えば該流量設定手段には血液ポンプやフィードバックポンプに設けられた流量設定機構の他に、クランプなどの導管の開閉手段も含まれる。
【0031】
また本発明でいう単核球とは、血液細胞中のリンパ球や単球、マクロファージのような免疫に関与する細胞をいい、リンパ球の中でも免疫調節の主要な役割を担うヘルパーT細胞を特異的あるいは選択的に吸着除去することで免疫性疾患の有用な治療手段になりうると考えられている。
【0032】
特定細胞吸着器の有効濾過長とは、血液が特定細胞吸着器の入口から出口までに通過する垂直方向の特定細胞吸着材の距離をいい、この有効濾過長が短すぎるとリガンドと目的細胞との接触頻度や接触時間が不足し、目的細胞を吸着除去でき難くなる。よって、目的細胞を吸着除去する為には有効濾過長が1.0mm以上であることが好ましい。また、有効濾過長が長くなりすぎると目的細胞以外の細胞が物理的に水不溶性担体に吸着する非特異的な吸着が起こりやすくなる。よって、バランスよく目的細胞を特異的あるいは選択的に吸着除去するには有効濾過長が1.0mm以上、20.0mm以下であることが好ましく、より非特異的な吸着を抑える為に1.0mm以上、10.0mm以下であることが最も好ましい。
【0033】
[実施例]
以下に実施例を示すが、本発明はこれに限定されるものではない。
【実施例1】
【0034】
〔活性化不織布の作成〕
ガラス製のフラスコにN‐ヒドロキシメチルヨードアセトアミド0.6g、濃硫酸5.7ml及びニトロベンゼン7.2mlを加えて常温にて撹拌溶解し、更にパラホルムアルデヒド0.036gを加え、撹拌した。これにポリプロピレンからなる不織布(平均繊維直径3.5μm、目付80g/m2、厚み0.6mm)0.3gを入れ常温にて24時間遮光反応した。24時間反応後不織布を取り出し、エタノール及び純水にて洗浄し、これを真空乾燥して活性化不織布を得た。
この活性化不織布を直径0.68cmの円に切断したもの12枚を、カルシウム、マグネシウムを含まないリン酸緩衝液(以下PBS(−))に溶解した抗ヒトCD4モノクローナル抗体液(以下「抗ヒトCD4液」という)1200μL(48μg/1200μL)に常温で2.5時間浸し、モノクローナル抗体(以下「抗体」という)を固定後、PBS(−)6mlで洗浄した.次に0.2%ポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート/PBS(−)溶液(以下「Tween20溶液」という)を加え常温で2.5時間浸漬した後、PBS(−)6mlで洗浄し、目的の特定細胞吸着材を得た。
入口と出口を有する容量1mlの容器に上記特定細胞吸着材12枚と、充填液として10mMアスコルビン酸PBS(−)溶液(分子量176)を充填し、有効濾過長が7.2mm、流路面積が0.3cm2の特定細胞吸着材を作成した。流路面積の算出方法は、空隙容積(0.22cm3)/有効濾過長(0.72mm)である。また、空隙容積の算出方法は、不織布の断面積(0.36cm2)×有効濾過長(0.72mm)−不織布占有体積(0.0414cm3)である。この特定細胞吸着材に25kGyのγ線を照射して滅菌した。
【0035】
〔細胞吸着性の評価〕
図1のような装置を用いて細胞吸着性評価を行った。体外循環を想定した時に、特定細胞吸着器を導管に接続する前に導管内を生理食塩液等で充填した状態で、特定細胞吸着器を接続する。採血流速が50ml/minに相当するよう、血液ポンプを0.2ml/minに設定して実施した。図1で特定細胞吸着器の血液入口に設けられたクランプIIと返血側導管上に設けられたクランプIIIを開放し
、かつフィードバック導管への流入口に設けられたクランプIを閉じた状態で採血側導管上の血液ポ
ンプAの流速を0.2ml/minに設定し、血液がフィードバック導管3の入口付近に到達した時点で、速やかにクランプIを開放し、フィードバックポンプBの流速を0.2ml/minに設定し
稼動させ、低分子ヘパリン加ヒト新鮮血液12ml(低分子ヘパリン1000IU/L)を特定細胞吸着装置で処理した。特定細胞吸着器の血液入口に接続された採血側導管1から血液を導入した。特定細胞吸着器4内の血液線速は1.1ml/min/cm2であり、処理後の血液を回収した。
採取目的細胞であるCD4陽性(CD4(+))細胞吸着率、粘着性が高く回収が困難な顆粒球の吸着率を、フローサイトメーター(COULTER EPICS ELITE ESP ASSYNO.66056078)を用いてフローサイトメトリー法で測定したところCD4(+)細胞の吸着率は99.2%、顆粒球吸着率は29.8%であり、CD4(+)細胞を選択的に吸着できた。
【0036】
[比較例1]
実施例1のフィードバックポンプを稼動せず、クランプIを閉じたままにする以外は、実施例1と
同様の条件で、特定細胞吸着器内の血液線速が、0.6ml/min/cm2となるよう血液ポンプを設定し、血液を処理した。このときのCD4(+)細胞の吸着率は83.7%、顆粒球吸着率は98.7%であり、CD4(+)細胞を選択的に吸着できなかった。
【実施例2】
【0037】
血液ポンプの流速を0.2ml/min、フィードバックポンプの流速を0.1ml/minで送液し、特定細胞吸着器内の血液線速が1.0ml/min/cm2になるように設定した以外は実施例1と同様の実験を行った。このときのCD4(+)細胞の吸着率は99.7%、顆粒球吸着率は45.8%であり、CD4(+)細胞を選択的に吸着できた。
【実施例3】
【0038】
血液ポンプの流速を0.2ml/min、フィードバックポンプの流速を0.3ml/minで送液し、特定細胞吸着器内の血液線速が1.5ml/min/cm2になるように設定した以外は実施例1と同様の実験を行った。このときのCD4(+)細胞の吸着率は98.7%、顆粒球吸着率は25.7%であり、CD4(+)細胞を選択的に吸着できた。
【実施例4】
【0039】
血液ポンプの流速を0.2ml/min、フィードバックポンプの流速を0.8ml/minで送液し、特定細胞吸着器内の血液線速が3.3ml/min/cm2になるように設定した以外は実施例1と同様の実験を行った。このときのCD4(+)細胞の吸着率は93.1%、顆粒球吸着率は24.2%であり、CD4(+)細胞を選択的に吸着できた。
【実施例5】
【0040】
血液ポンプの流速を0.2ml/min、フィードバックポンプの流速を0.9ml/minで送液し、特定細胞吸着器内の血液線速が3.6ml/min/cm2になるように設定した以外は実施例1と同様の実験を行った。このときのCD4(+)細胞の吸着率は90.2%、顆粒球吸着率は45.3%であり、CD4(+)細胞を選択的に吸着できた。
【0041】
以上の結果を表1に示す。
【表1】

【実施例6】
【0042】
抗ヒトCD4モノクローナル抗体を用いる代わりに抗ヒトTCRVβ5.2モノクローナル抗体を用い、特定細胞吸着材は4枚充填(有効濾過長約4.2mm)、処理血液はACD−A加ヒト新鮮血液4ml(血液:ACD−A=8:1)で実施する以外は、実施例4と同様の実験を行った。このときのTCRVβ5.2(+)細胞の吸着率は69.5%、顆粒球吸着率は7.3%であり、TCRVβ5.2(+)細胞を選択的に吸着できた。
【実施例7】
【0043】
抗ヒトCD4モノクローナル抗体を用いる代わりに抗ヒトCD154モノクローナル抗体を用い、特定細胞吸着材は4枚充填(有効濾過長約4.2mm)、処理血液はACD−A加ヒト新鮮血液4ml(血液:ACD−A=8:1)で実施する以外は、実施例4と同様の実験を行った。このときのCD154(+)細胞の吸着率は68.8%、顆粒球吸着率は8.4%であり、CD154(+)細胞を選択的に吸着できた。
【0044】
以上の結果を表2に示す。
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明に係る特定細胞吸着装置は特定細胞を選択的に除去できるので、自己免疫疾患のような疾患に悪影響を与えるある特定の細胞を吸着除去する治療において有用に用いることができる。また患者からの採血流量も小さくできるので患者の身体的負担が少ない条件で有効な治療ができる。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】本発明特定細胞吸着装置の構成例を示す模式図である。
【符号の説明】
【0047】
1:一端を特定細胞吸着器の血液入口に接続された採血側導管
2:一端を特定細胞吸着器の血液出口に接続された返血側導管
3:特定細胞吸着器の血液出口側の血液を特定細胞吸着器の入口側にフィードバックするためのフィードバック導管
4:特定細胞吸着器
A:採血側導管上の血液ポンプ
B:特定細胞吸着器内に流入する血液の流量を血液ポンプの流量より大きくするためのフィードバックポンプ
I:フィードバック導管への流入口に設けられたクランプ
II:特定細胞吸着器の血液入口に設けられたクランプ
III:返血側導管上に設けられたクランプ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
血液入口および血液出口を有する容器に水不溶性担体に特定細胞と親和性を有するリガンドを保持させた特定細胞吸着材が充填された特定細胞吸着器、
一端を特定細胞吸着器の血液入口に接続された採血側導管、
一端を特定細胞吸着器の血液出口に接続された返血側導管、
及び採血側導管上の血液ポンプからなる装置を用いて、
血液を前記採血側導管より前記特定細胞吸着器に流し、
該特定細胞吸着器に血液中の前記特定細胞を吸着させ、
特定細胞吸着器から流出する血液を前記返血側導管を通して返血する、
特定細胞を吸着する方法における吸着選択性を向上させるために用いられる特定細胞吸着装置であって、該装置に更に前記特定細胞吸着器の血液出口側の血液を該特定細胞吸着器の入口側にフィードバックし、特定細胞吸着器内に流入する血液の流量を血液ポンプの流量より大きくするためのフィードバック導管およびフィードバックポンプを設けたことを特徴とする特定細胞吸着装置。
【請求項2】
前記特定細胞吸着器内の血液の線速を1.1ml/min/cm2以上、3.3ml/min/cm2以下になるように血液ポンプおよびフィードバックポンプの流量を設定する流量設定手段を備えた請求項1記載の特定細胞吸着装置。
【請求項3】
前記特定細胞が単核球である請求項1または請求項2記載の特定細胞吸着装置。
【請求項4】
前記特定細胞吸着器の有効濾過長が1.0mm以上、20.0mm以下である請求項1乃至3の何れかに記載の特定細胞吸着装置。


【図1】
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【公開番号】特開2007−307280(P2007−307280A)
【公開日】平成19年11月29日(2007.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−141399(P2006−141399)
【出願日】平成18年5月22日(2006.5.22)
【出願人】(000116806)旭化成メディカル株式会社 (133)
【Fターム(参考)】