説明

環境ストレス耐性植物の作出方法

【課題】 乾燥ストレスなどの環境ストレスに対する耐性を向上させた植物の新たな分子育種手段を提供する。
【解決手段】 シロイヌナズナ中に存在するAt1g13990遺伝子又はAt4g01026遺伝子を植物に導入発現させ、その植物に乾燥ストレスなどの環境ストレスに対する耐性を付与する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物に環境ストレス耐性を付与するタンパク質をコードする遺伝子を含むベクター、前記ベクターを用いた環境ストレス耐性植物の作出方法、植物に環境ストレス耐性を付与するタンパク質をコードする遺伝子が導入された植物、及び環境ストレス耐性を付与する遺伝子のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
医療の進歩による死亡率の低下により人口の爆発的な増加が予想されている。高い人口の増加率に比べそれを支えるための食料の増加率は大きく下回っており、食料増産のための対策が急務である。しかし、食料増産にともなう農地拡大は環境破壊を引き起こすために限界がある。解決策として、バイオテクノロジーを用いて有用遺伝子を導入し、現在栽培が困難な乾燥条件下でも成育する植物体の作出が期待されている。これまで、遺伝子組換えによって植物の乾燥耐性が改善される実験例の報告として、トレハロース(非特許文献1)やガラクチノール、ラフィノース(非特許文献2)といったオリゴ糖合成を高めたものやパーオキシダーゼ遺伝子を導入したもの(非特許文献3)などがある。また乾燥誘導遺伝子を発現誘導または活性化によって乾燥耐性を高めた例として、転写因子を用いる方法(非特許文献4)やリン酸化酵素を用いる方法(非特許文献5)が報告されている。
【0003】
【非特許文献1】Garg AK et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, vol.99, pp15898-15903, 2002
【非特許文献2】Taji T et al., Plant J., vol.29, pp417-426, 2002
【非特許文献3】Llorente F et al., Plant J., vol.32, pp13-24, 2002
【非特許文献4】Kasuga M et al., Nat Biotechnol., vol.17, pp287-291, 1999
【非特許文献5】Umezawa T et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, vol.101, pp17306-17311, 2004
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
乾燥耐性植物の分子育種に関する報告は、上述したように幾例かある。しかし、乾燥等の環境変化に対する耐性植物の分子育種は、その耐性を獲得するための分子機構が複雑なため研究開発が遅れているのが現状である。
本発明は、このような技術的背景の下になされたものであり、乾燥ストレスなどの環境ストレスに対する耐性を向上させた植物の新たな分子育種手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、上記課題を解決するため、まず、種子の成熟や乾燥、塩ストレスに重要な役割を果たしている植物ホルモン「アブシジン酸 (ABA)」の合成が、葉緑体内で行われていることに着目し、葉緑体移行性タンパク質をコードする遺伝子の中から遺伝子の探索を試みた。遺伝子探索の材料としては、全ゲノムの塩基配列が決定されたモデル実験植物のシロイヌナズナを用い(The Arabidopsis Genome Initiative, Nature vol.408, pp796-815, 2000)、葉緑体移行タンパク質の同定は、タンパク質の N 末側に存在する葉緑体への移行シグナル(トランジットペプチド)を予想するプログラム(Emanuelsson O et al., J. Mol. Biol., vol.300, pp1005-1016, 2000)を用いた。シロイヌナズナゲノムにコードされる約 3,500 個と予想されている葉緑体タンパク質をコードする遺伝子の破壊系統と形質転換体を作出し、環境ストレス耐性能を調べることは時間と労力といった点から非常に困難である。そこで本発明者は、シロイヌナズナゲノム情報と発現プロファイル解析データの統合により、対象とする遺伝子を数個から数十個に絞り込み、この変異体と過剰発現体のストレス耐性能を調べることで、環境ストレス耐性を付与する遺伝子を特定した。
【0006】
本発明は、以上の知見に基づき完成されたものである。
即ち、本発明は、以下の(1)〜(9)を提供するものである。
【0007】
(1)下記の(a)、(b)、(c)、(d)、(e)、又は(f)のタンパク質をコードする遺伝子を含むことを特徴とするベクター、
(a)配列番号2記載のアミノ酸配列で表されるタンパク質、
(b)配列番号2記載のアミノ酸配列において、1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列で表され、植物に環境ストレス耐性を付与するタンパク質、
(c)配列番号1記載の塩基配列で表されるDNA又はそれと相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAがコードする植物由来のタンパク質であって、植物に環境ストレス耐性を付与するタンパク質、
(d)配列番号4記載のアミノ酸配列で表されるタンパク質、
(e)配列番号4記載のアミノ酸配列において、1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列で表され、植物に環境ストレス耐性を付与するタンパク質、
(f)配列番号3記載の塩基配列で表されるDNA又はそれと相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAがコードする植物由来のタンパク質であって、植物に環境ストレス耐性を付与するタンパク質。
【0008】
(2)(1)に記載のベクターを植物に導入し、その植物内で(a)、(b)、(c)、(d)、(e)、又は(f)のタンパク質をコードする遺伝子を発現させることを特徴とする環境ストレス耐性植物の作出方法。
【0009】
(3)植物が、アブラナ科植物であることを特徴とする(2)に記載の環境ストレス耐性植物の作出方法。
【0010】
(4)環境ストレスが、乾燥ストレスであることを特徴とする(2)又は(3)に記載の環境ストレス耐性植物の作出方法。
【0011】
(5)下記の(a)、(b)、(c)、(d)、(e)、又は(f)のタンパク質をコードする遺伝子が導入され、発現している環境ストレス耐性植物、
(a)配列番号2記載のアミノ酸配列で表されるタンパク質、
(b)配列番号2記載のアミノ酸配列において、1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列で表され、植物に環境ストレス耐性を付与するタンパク質、
(c)配列番号1記載の塩基配列で表されるDNA又はそれと相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAがコードする植物由来のタンパク質であって、植物に環境ストレス耐性を付与するタンパク質、
(d)配列番号4記載のアミノ酸配列で表されるタンパク質、
(e)配列番号4記載のアミノ酸配列において、1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列で表され、植物に環境ストレス耐性を付与するタンパク質、
(f)配列番号3記載の塩基配列で表されるDNA又はそれと相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAがコードする植物由来のタンパク質であって、植物に環境ストレス耐性を付与するタンパク質。
【0012】
(6)植物が、アブラナ科植物であることを特徴とする(5)に記載の環境ストレス耐性植物。
【0013】
(7)環境ストレスが、乾燥ストレスであることを特徴とする(5)又は(6)に記載の環境ストレス耐性植物。
【0014】
(8)下記の(A)及び(B)を指標として、遺伝子を選択することを特徴とする環境ストレス耐性を付与する遺伝子のスクリーニング方法、
(A)葉緑体移行性タンパク質をコードする遺伝子であること、
(B)アブシジン酸添加時又は環境ストレス付与時に発現が増大する遺伝子であること。
【0015】
(9)環境ストレスが、低温ストレス、乾燥ストレス、及び塩ストレスからなる群より選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする(8)に記載の環境ストレス耐性を付与する遺伝子のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明により、乾燥ストレスなどの環境ストレスに対し耐性を示す植物を作出できるようになる。このような環境ストレス耐性植物は、通常の植物では生育できないような劣悪な環境下においても生育できるので、農耕地の拡大、食料の増産などに寄与する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明のベクターは、以下の(a)、(b)、(c)、(d)、(e)、又は(f)のタンパク質をコードする遺伝子(以下、これらの遺伝子を「本遺伝子」という場合がある。)を含むことを特徴とするものである。
【0018】
(a)配列番号2記載のアミノ酸配列で表されるタンパク質、
(b)配列番号2記載のアミノ酸配列において、1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列で表され、植物に環境ストレス耐性を付与するタンパク質、
(c)配列番号1記載の塩基配列で表されるDNA又はそれと相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAがコードする植物由来のタンパク質であって、植物に環境ストレス耐性を付与するタンパク質、
(d)配列番号4記載のアミノ酸配列で表されるタンパク質、
(e)配列番号4記載のアミノ酸配列において、1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列で表され、植物に環境ストレス耐性を付与するタンパク質、
(f)配列番号3記載の塩基配列で表されるDNA又はそれと相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAがコードする植物由来のタンパク質であって、植物に環境ストレス耐性を付与するタンパク質。
【0019】
(a)及び(d)のタンパク質は、それぞれシロイヌナズナ中に含まれる「At1g13990」及び「At4g01026」という名称の遺伝子がコードするタンパク質である。これらの遺伝子は公知の遺伝子であるが、環境ストレス耐性に関与することは今回初めて明らかになったことである。
【0020】
(b)及び(e)のタンパク質は、それぞれ(a)及び(d)のタンパク質に、環境ストレス耐性を付与する機能に影響を与えない範囲内で変異が導入されたタンパク質である。このような変異は、自然界において生じる変異のほかに、人為的な変異をも含む。人為的変異を生じさせる手段としては、部位特異的変異誘発法(Nucleic Acids Res. 10, 6487-6500, 1982)などを挙げることができるが、これに限定されるわけではない。変異したアミノ酸の数は、前記した機能を失わせない限り、その個数は制限されないが、通常は、30アミノ酸以内であり、好ましくは20アミノ酸以内であり、更に好ましくは10アミノ酸以内であり、最も好ましくは5アミノ酸以内である。変異を導入したタンパク質が植物に環境ストレス耐性を付与するかどうかは、そのタンパク質をコードする遺伝子を植物に導入発現させ、その植物が環境ストレス耐性を示すかどうか調べることにより判断できる。
【0021】
(c)及び(f)のタンパク質は、DNA同士のハイブリダイゼーションを利用することにより得られる(a)及び(d)と同様の機能を持つタンパク質である。(c)及び(f)のタンパク質における「ストリンジェントな条件」とは、特異的なハイブリダイゼーションのみが起き、非特異的なハイブリダイゼーションが起きないような条件をいう。このような条件は、通常、37℃でのハイブリダイゼーション及び1×SSC、0.1%SDSを含む緩衝液による37℃での洗浄処理といった条件であり、好ましくは、42℃でのハイブリダイゼーション及び0.5×SSC、0.1%SDSを含む緩衝液による42℃での洗浄処理といった条件であり、更に好ましくは、65℃でのハイブリダイゼーション及び0.2×SSC、0.1%SDSを含む緩衝液による65℃での洗浄処理といった条件である。ハイブリダイゼーションにより得られるDNAは、配列番号1又は配列番号3記載の塩基配列で表されるDNAと通常高い相同性を有する。高い相同性とは、60%以上の相同性、好ましくは75%以上の相同性、更に好ましくは90%以上の相同性を指す。
【0022】
本発明のベクターは、本遺伝子を含んでいればよいが、適当なプロモーター等も含み、植物内で本遺伝子を発現できるものであることが好ましい。この際、使用するプロモーターとしては、実施例中で使用しているカリフラワーモザイクウイルスの35Sプロモーターを例示できるが、それ以外にもノパリン合成酵素遺伝子のプロモーター (Pnos)、トウモロコシ由来のユビキチンプロモーター、イネ由来のアクチンプロモーター、タバコ由来のPRタンパク質プロモーターなども使用できる。
【0023】
本発明のベクターを植物に導入し、本遺伝子を発現させることにより、環境ストレス耐性植物を作出することができる。
本発明のベクターを植物に導入する方法としては、アグロバクテリウムを用いた減圧浸潤法を例示できるが、それ以外にも、PEG-リン酸カルシウム法、エレクトロポレーション法、リポソーム法、パーティカルガン法、マイクロインジェクション法などによっても、導入することができる。
【0024】
導入対象とする植物は特に限定されず、種子植物一般を導入対象とすることができる。種子植物の中でも、特に双子葉植物を対象とするのが好ましく、双子葉植物の中では、アブラナ科植物、ナス科植物、マメ科植物、ウリ科植物、セリ科植物、キク科植物、アオイ科植物、アカザ科植物、フトモモ科植物、ヤナギ科植物などを対象とすることが好ましい。アブラナ科植物としては、例えば、シロイヌナズナ、ナタネ、キャベツ、カリフラワー、ブロッコリー、ダイコンなどを挙げることができる。
【0025】
本遺伝子によって環境ストレス耐性を付与できることが実験的に確認されたのは、シロイヌナズナだけであるが、本遺伝子による環境ストレス耐性付与は、植物一般に適用できると考えられる。これは以下の理由による。本遺伝子の一つであるAt4g01026遺伝子と類似する遺伝子は、シロイヌナズナ以外の植物においても存在し、しかも、シロイヌナズナとは分類学的に遠縁の植物であるイネにおいても存在する(図10及び図11)。従って、At4g01026遺伝子と類似する遺伝子は、植物一般に広く存在すると考えられる。また、それらの類似遺伝子は、At4g01026遺伝子と同様に環境ストレス耐性に関与しているものと考えられる。よって、At4g01026遺伝子又はその一部の配列を変更した遺伝子を植物に導入することにより、その植物に環境ストレス耐性を付与できると考えられる。また、本遺伝子の一つであるAt1g13990遺伝子と類似する遺伝子は、現在のところ、イネにおいてしか存在が確認されていない(図9)。しかし、イネとシロイヌナズナが植物の中では特にゲノム解析が進んでいること、及び類似の遺伝子がみつけられた植物がシロイヌナズナとは分類学的に遠縁のイネであることを考慮すると、イネ以外の植物においても、At1g13990遺伝子の類似遺伝子が存在している可能性は高い。従って、At4g01026遺伝子の場合と同様、At1g13990遺伝子遺伝子又はその一部の配列を変更した遺伝子を植物に導入することによっても、その植物に環境ストレス耐性を付与できると考えられる。
【0026】
本遺伝子によって付与される環境ストレス耐性としては、乾燥ストレス耐性のほか、低温ストレス耐性、塩ストレス耐性、浸透圧ストレス耐性などを例示できる。
本発明には、(A)葉緑体移行性タンパク質をコードする遺伝子であること及び(B)アブシジン酸添加時又は環境ストレス付与時に発現が増大する遺伝子であることを指標として、遺伝子を選択することを特徴とする環境ストレス耐性を付与する遺伝子のスクリーニング方法も含まれる。
【0027】
葉緑体移行性タンパク質かどうかは、トランジットペプチドの有無から判断できる。アブシジン酸添加時又は環境ストレス付与時に発現が増大するかどうかは、マイクロアレイなどによって調べることができる。スクリーニングの対象とする環境ストレスとしては、低温ストレス、乾燥ストレス、塩ストレス、浸透圧ストレス耐性などを例示できる。
【実施例】
【0028】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。
【0029】
〔実施例1〕 環境ストレス誘導性葉緑体移行タンパク質をコードする遺伝子の探索
約27,000個と予想されるシロイヌナズナの全遺伝子の中から、TargetPプログラムにより葉緑体への移行に関わると予想されるアミノ酸配列をもとに、シロイヌナズナゲノムの葉緑体移行タンパク質をコードする3,633個の遺伝子を選抜した。次に、これらの遺伝子群を、理研同研究室で解析した約7,000個の完全長cDNAマイクロアレイの結果により得られた乾燥・塩・低温の環境ストレス処理やABA処理で発現誘導された遺伝子群 (Seki et al. 2002 Plant J 31, pp279-292; Seki et al. 2002 Funct Integr Genomics 2, pp292-300) とマッチングさせ、54 個の環境ストレスに対する耐性に関わる葉緑体関連遺伝子の候補を得た。さらに、これらと理研同研究室で作製したトランスポゾン Ds 挿入変異体ラインのデータ (Ito et al. 2002 Plant Physiol 129, pp1695-1699; Kuromori et al. 2004 Plant J 37, pp897-905; Ito et al. 2005 Plant Cell Physiol 46, pp1149-1153) とのマッチングにより、遺伝子の内部に Ds が挿入された変異体が存在する10個の遺伝子を得た(図1)。
【0030】
この10個の遺伝子の内、5個の遺伝子が、下記の実施例3の解析の結果、変異体の Ds 挿入位置が異なっていることが判明したので、残りの5個の遺伝子を以後解析対象とした。解析対象とした5個の遺伝子に関する情報を表1に示す。
【0031】
【表1】

【0032】
なお、「At4g01026」遺伝子は、本発明者が解析した時点では、At4g01020 と注釈されており、葉緑体移行タンパク質であったが、2005 年 8 月にデーターベースが更新したことにより現在の番号 At4g01026 となり葉緑体移行タンパク質ではなくなった。
【0033】
〔実施例2〕 RNAブロットによるストレス誘導性の確認
用いた RNA サンプルは、植物育成培地で 3 週間育てた植物体を低温処理( 4℃ 保存)、乾燥処理(育成培地から、空のプラスチックシャーレ上に移植し保存)、塩処理( 250mM NaCl 水溶液中保存)、ABA 処理( 100μM ABA 水溶液中保存)を所定時間(0, 1, 2, 5, 10, 24時間)処理したものから ISOGEN 試薬(ニッポンジーン社)を用いて抽出した。10 個の遺伝子の完全長 cDNA を [α-32P]dCTP で標識し、プローブとして用いた。各サンプル RNA ( 10μg/ウェル) をアガロースゲル電気泳動し、RNA ブロットによりマイクロアレイデーターと同様な挙動で環境ストレスに応答して発現誘導することを確認した。解析対象とした5個の遺伝子の発現状況を図2に示す。
【0034】
図2に示すように、At1g13990遺伝子及びAt4g01026遺伝子は、低温処理以外のすべての処理において、RNA量の増加が観察されており、これら2つの遺伝子は環境ストレス耐性に関して重要な役割を果たしている予測された。At1g13990遺伝子の塩基配列及びそれがコードするタンパク質のアミノ酸配列をそれぞれ配列番号1及び2に示す。また、At4g01026遺伝子の塩基配列及びそれがコードするタンパク質のアミノ酸配列をそれぞれ配列番号3及び4に示す。
【0035】
〔実施例3〕 遺伝子変異体の収集・選抜と過剰発現体の作製
選抜した葉緑体のストレス関連遺伝子の植物個体における機能を調べるために、遺伝子を破壊した変異体の選抜および遺伝子を過剰に発現させた過剰発現体の作出を行った。
変異体は、理研同研究室で作出したタグラインの中から、目的遺伝子の内部にトランスポゾン Ds が挿入された植物種子を収集し、分離比解析およびPCR解析によりホモ変異体の選抜を行うことで得た。
【0036】
過剰発現体の作出には、目的遺伝子を恒常的に強発現するカリフラワーモザイクウイルスの 35S プロモーター (CaMV35S) の下流に連結させたコンストラクトを作製し、アグロバクテリウム GV3101 に導入した後、減圧浸潤法により野生型のシロイヌナズナに形質転換した。形質転換体を選択マーカー (カナマイシン/セフォタキシム) により選抜したところ、解析対象とした5個の遺伝子のそれぞれについて複数の個体が得られた。各個体について目的遺伝子が過剰発現していることを上記実施例2と同様に RNA ブロットで確認した。この結果を図3に示す。
【0037】
図3に示すように、ほとんどの個体で目的遺伝子の発現が確認できた。各遺伝子について、最も強く発現しているとみられる個体を一つ選抜し(図中の丸で囲った番号の個体)、以後の実験に用いた。
【0038】
〔実施例4〕 変異体と過剰発現体の表現型観察
変異体および過剰発現体は、通常育成条件下で培養プレート上または鉢植えにおいても野生型植物体と比べて、葉の色・形・大きさなどの著しい変化は存在しなかった(図4)。ストレス応答に関わる遺伝子を過剰発現した植物体ではしばしば背丈が短く枝が細くなるといった矮性を示すが、本発明の過剰発現体はそのような表現型を示さなかった。これは育種学的に有用であると思われた。
【0039】
〔実施例5〕 遺伝子変異体および過剰発現体の乾燥耐性試験
変異体及び過剰発現体を植物培地プレート上で 2 週間育成後、土に移植し 1 週間育てたものに、乾燥処理を行った。水を与えず乾燥させて約 2 週間置いた後に、再吸水させ、さらに 1 週間おいた処理での生存率を測定した。この実験は繰り返し行い、合計 15 個体の植物体の生存率から算出した。なお、Positive Controlとして乾燥耐性を付与することが知られているAtNCED3 遺伝子を導入した植物についても、同様に生存率を測定した。At1g13990遺伝子、At4g01026遺伝子の変異体及び過剰発現体の生存率を図5Bに示す。また、乾燥、再吸収処理後の変異体及び過剰発現体の外観写真を図5Aに示す。
【0040】
図5に示すように、At1g13990遺伝子に関しては、変異体が野生型に比べて乾燥に弱く、過剰発現体では野生型に比べてかなり強い乾燥耐性を示しており、At4g01026に関しては、変異体が野生型に比べて弱く、過剰発現体では野生型に比べてやや強い乾燥耐性を示した。
【0041】
〔実施例6〕 乾燥耐性付与のメカニズムの解明
乾燥耐性能を獲得した原因を調べるため、植物体の蒸散量の測定を行った。At1g13990遺伝子、At4g01026遺伝子の変異体および過剰発現体と野生型植物体を、育成培地から乾燥したろ紙上に移してクリーンベンチ内に放置し、所定時間 (0, 10, 20, 30, 40, 50, 60, 90, 120, 180 分) ごとに植物体の重量を測定して蒸散量を検出した。この結果を図6に示す。
図6に示すように、野生型と比べ変異体では水欠損率が高くなっており、一方、野生型と比べ過剰発現体では水欠損率が低くなっていた。
【0042】
蒸散は、植物体内の水が水蒸気となって空気中に出て行く現象で、主に葉の気孔で行われる。野生型植物体では、乾燥時には気孔が閉じて植物体内の水分を保つ働きを持つことが知られている。気孔の開閉を光学顕微鏡で調べたところ、通常時の気孔は、野生型や変異体では完全に開いているのに対し、過剰発現体ではやや閉じているものが多かった(図7)。また植物体を 5μM ABA, 1h 処理して乾燥条件下にすると、野生型に比べて変異体では気孔が開いた状態が続くのに対し、過剰発現体では完全に閉じていた(図7)。このことは、 2 個の遺伝子は共に気孔の閉鎖に関わっており、乾燥処理での耐性獲得のメカニズムは、気孔から排出する蒸散量が少ないためであると考えられた。
【0043】
〔実施例7〕 遺伝子の機能解析
At1g13990遺伝子、At4g01026遺伝子は、これまで全く報告がなく、機能は未知である。 これら2 個の遺伝子 (At1g13990, At4g01026) がコードするタンパク質 (PA, PB) が葉緑体に移行することを確認するため、CaMV35S プロモーター下に PA, PB の全長 cDNA と合成緑色蛍光タンパク質 (sGFP) 遺伝子とを連結させたコンストラクト (p35S:PA-sGFP, p35S:PB-sGFP) を作製し、タバコの葉にパーテクルガン(PDS-1000/He;バイオラッド社)で導入した。これらのコンストラクトは、導入した植物細胞内でPA-sGFP および PB-sGFP の融合タンパク質を強発現させ、sGFP 蛍光のシグナルを観察することで目的タンパク質の局在を調べることが可能である。p35S:PA-sGFP, p35S:PB-sGFP およびコントロール p35S:sGFP ベクターを導入した細胞を共焦点レーザー顕微鏡(ツァイス社)により観察した結果、p35S:PA-sGFP を導入した細胞では sGFP シグナルが葉緑体の自家蛍光と重なるのに対し(図8中段)、p35S:PB-sGFP を導入した細胞ではコントロール p35S:sGFP ベクターを導入したもの(図8上段)と同様に、sGFP シグナルが細胞質全体に見られた(図8下段)。このことからに PA は葉緑体への移行に必要なトランジットペプチドを持ち、葉緑体内で働くのに対し、PB は細胞質で働くと考えられた。
【0044】
葉緑体に移行するタンパク質 PA をコードすると考えられる遺伝子は、イネ(O.sativa)に高い相同性を持つ遺伝子が存在したが(図9)、シロイヌナズナ内や他の動植物に高い相同性を持つホモログは存在しなかった。一方、細胞質で働くタンパク質 PB をコードすると考えられる遺伝子は、シロイヌナズナに相同なメンバーが存在し、イネやトウモロコシやトウガラシやエンドウマメに高い相同性を持つ遺伝子が存在していた(図10、図11)。これらの遺伝子は、病原体が持つ毒素に関連する Bet v I allergen や PR10 様配列と似ていた。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】実施例1の選抜過程を模式的に表した図。
【図2】環境ストレス処理後の遺伝子の発現をRNA ブロットによって確認した結果を示す図。
【図3】選択マーカーにより選抜された過剰発現体における目的遺伝子の発現をRNA ブロットによって確認した結果を示す図。
【図4】各遺伝子の変異体(KO)及び過剰発現体(OX)の外観写真。
【図5】At1g13990遺伝子、At4g01026遺伝子の変異体(KO)及び過剰発現体(OX)の外観写真(A)、並びに乾燥処理後の生存率を示す図(B)。
【図6】At1g13990遺伝子、At4g01026遺伝子の変異体(KO)及び過剰発現体(OX)と野生型植物体(WT)の水欠損率の経時的変化を示す図。
【図7】At1g13990遺伝子、At4g01026遺伝子の変異体(KO)及び過剰発現体(OX)の気孔周辺の光学顕微鏡写真。
【図8】At1g13990遺伝子、At4g01026遺伝子と緑色蛍光タンパク質遺伝子の融合遺伝子を導入した細胞の共焦点レーザー顕微鏡写真。
【図9】At1g13990遺伝子がコードするタンパク質とイネに含まれるタンパク質のアミノ酸配列を示す図。
【図10】At4g01026遺伝子がコードするタンパク質とそれと類似するタンパク質のアミノ酸配列を示す図。
【図11】At4g01026遺伝子及びそれと類似する遺伝子の分子系統樹を示す図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の(a)、(b)、(c)、(d)、(e)、又は(f)のタンパク質をコードする遺伝子を含むことを特徴とするベクター、
(a)配列番号2記載のアミノ酸配列で表されるタンパク質、
(b)配列番号2記載のアミノ酸配列において、1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列で表され、植物に環境ストレス耐性を付与するタンパク質、
(c)配列番号1記載の塩基配列で表されるDNA又はそれと相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAがコードする植物由来のタンパク質であって、植物に環境ストレス耐性を付与するタンパク質、
(d)配列番号4記載のアミノ酸配列で表されるタンパク質、
(e)配列番号4記載のアミノ酸配列において、1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列で表され、植物に環境ストレス耐性を付与するタンパク質、
(f)配列番号3記載の塩基配列で表されるDNA又はそれと相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAがコードする植物由来のタンパク質であって、植物に環境ストレス耐性を付与するタンパク質。
【請求項2】
請求項1に記載のベクターを植物に導入し、その植物内で(a)、(b)、(c)、(d)、(e)、又は(f)のタンパク質をコードする遺伝子を発現させることを特徴とする環境ストレス耐性植物の作出方法。
【請求項3】
植物が、アブラナ科植物であることを特徴とする請求項2に記載の環境ストレス耐性植物の作出方法。
【請求項4】
環境ストレスが、乾燥ストレスであることを特徴とする請求項2又は3に記載の環境ストレス耐性植物の作出方法。
【請求項5】
下記の(a)、(b)、(c)、(d)、(e)、又は(f)のタンパク質をコードする遺伝子が導入され、発現している環境ストレス耐性植物、
(a)配列番号2記載のアミノ酸配列で表されるタンパク質、
(b)配列番号2記載のアミノ酸配列において、1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列で表され、植物に環境ストレス耐性を付与するタンパク質、
(c)配列番号1記載の塩基配列で表されるDNA又はそれと相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAがコードする植物由来のタンパク質であって、植物に環境ストレス耐性を付与するタンパク質、
(d)配列番号4記載のアミノ酸配列で表されるタンパク質、
(e)配列番号4記載のアミノ酸配列において、1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列で表され、植物に環境ストレス耐性を付与するタンパク質、
(f)配列番号3記載の塩基配列で表されるDNA又はそれと相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAがコードする植物由来のタンパク質であって、植物に環境ストレス耐性を付与するタンパク質。
【請求項6】
植物が、アブラナ科植物であることを特徴とする請求項5に記載の環境ストレス耐性植物。
【請求項7】
環境ストレスが、乾燥ストレスであることを特徴とする請求項5又は6に記載の環境ストレス耐性植物。
【請求項8】
下記の(A)及び(B)を指標として、遺伝子を選択することを特徴とする環境ストレス耐性を付与する遺伝子のスクリーニング方法、
(A)葉緑体移行性タンパク質をコードする遺伝子であること、
(B)アブシジン酸添加時又は環境ストレス付与時に発現が増大する遺伝子であること。
【請求項9】
環境ストレスが、低温ストレス、乾燥ストレス、及び塩ストレスからなる群より選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする請求項8に記載の環境ストレス耐性を付与する遺伝子のスクリーニング方法。

【図1】
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【図6】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2007−222129(P2007−222129A)
【公開日】平成19年9月6日(2007.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−49966(P2006−49966)
【出願日】平成18年2月27日(2006.2.27)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】