説明

環境因子測定方法、鋼材の板厚減少量予測方法および鋼材の選定方法

【課題】大気環境に曝された構造材に付着する硫黄酸化物量あるいは飛来塩分量を速やかに簡便に測定することができる環境因子測定方法を提供する。また、この測定方法によって測定した環境因子を用いる鋼材の板厚減少量予測方法などを提供する。
【解決手段】本発明の環境因子測定方法は、下記のA群あるいはB群のいずれか一種の純金属あるいは二種以上の金属元素からなる合金によって形成された金属材を大気環境に暴露し、暴露前後の前記金属材の単位面積当たりの接触抵抗変化量を測定し、予め前記金属材について求めた単位面積当たりの接触抵抗変化量と硫黄酸化物量あるいは飛来塩分量との関係から、前記接触抵抗変化量に基づいて当該大気環境下に暴露される構造材に付着する硫黄酸化物の硫黄酸化物量あるいは飛来塩分量を求める。
A群:Ni、Cr、Co、Cu、Zn、Ag
B群:Fe、Al、Zr、Nb、Mo、Ta

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大気環境における環境因子の硫黄酸化物量または飛来塩分量の測定方法、及び大気環境で使用される鋼材の板厚減少量予測方法に関する。さらにまた表面処理を施していない裸仕様の鋼材やさび安定化処理、重防食塗装などの表面処理を施した鋼材をある大気環境で使用する際の当該鋼材の選定の適否を判断する鋼材の選定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
橋梁などの大気環境で用いられる鋼構造物の設計においては、腐食による経年劣化を考慮して最適な構造用鋼材を選定する必要がある。例えば、山間部などのマイルドな腐食環境では、JISのSM規格に代表される通常の溶接構造用鋼が選定される。一方、海洋に近い、腐食性の厳しい環境では、合金元素の添加により耐食性を向上させた耐食鋼材(耐候性鋼)が選定され、裸仕様のみならず、場合によってはさび安定化処理や重防食塗装など表面処理が施したものが用いられる。鋼材の選定においては、初期コストのみでなく、構造物建設後の維持費、管理費をも含めたライフサイクルコストを極小化する観点から、鋼材の選定の基礎データとして、当該大気環境における腐食による鋼材の板厚減少量を高精度で予測する必要性がある。
【0003】
ある地域での鋼材の腐食による板厚減少量は、例えば非特許文献1に記載されているように、任意の経年変化後の鋼材の板厚減少量Yは、Xを暴露年数、AおよびBをその大気環境に依存する係数(定数)とするとき、下記の指数関数式によって予測できることが知られている。前記係数値A,Bは、構造物の建設地で暴露試験をある期間行い、その時得られた腐食による板厚減少量のデータを基に決定することができる。しかし、この方法を実施するには、実際に構造物の建設地で暴露試験を相当程度長期間に亘って行う必要がある。
Y=AXB
【0004】
また、例えば非特許文献2には、大気腐食環境における鋼材の腐食減耗量に及ぼす成分組成の影響を精緻に検討し、鋼材の成分組成から決定される耐候性合金指標およびJIS SMA材の腐食データを用いて、任意組成の鋼材の腐食減耗量を予測する方法も提案されている。この方法によれば、SMA材の腐食減耗量が既知の場所では任意組成の鋼材の腐食減耗量を予測することができるが、SMA材の腐食減耗量が不明な場所では腐食減耗量を予測することができない。
【0005】
このような問題に対して、非特許文献3には、前記指数関数における係数A及びBを、平均気温、平均湿度、降水量、飛来塩分量、硫黄酸化物量などの環境因子をパラメータとする関数α、βとして記述することにより、任意の場所(大気環境)における板厚減少量を求めることが提案されている。この方法では、腐食による板厚減少量の予測は、これらの環境因子を測定することにより可能となる。しかし、環境因子の内、平均気温、平均湿度、降水量などの一般的気象データは、鋼材使用予定地域における気象データから知ることができるが、飛来塩分量および硫黄酸化物量については実測する必要がある。
【0006】
前記飛来塩分量の測定方法としては、JISZ2381(屋外曝露試験方法通則)の参考3に規定されているように、純水でよく塩分を浸出させた後、よく乾燥させたガーゼを二つ折りして、内寸が100mmXlOOmmの木枠にはめ込み、直接雨が当たらない通風の良いところに1ケ月間垂直に曝露し、曝露後に取り外してCl量を化学分析する方法が一般的である。
【0007】
また、硫黄酸化物量の測定方法としては、同じくJISZ2381の参考2に規定されているように、二酸化鉛ペーストを塗布したガーゼを貼り付けたプラスチック製等の円筒を専用のシェルター内に1ケ月間垂直に曝露し、曝露後に取り外してS量を分析する方法が一般的である。
【0008】
上記飛来塩分量、硫黄酸化物量の測定方法によって得られた測定値や、温度、湿度等の一般的気象データに基づいて、前記板厚減少量を表す指数関数モデルによって板厚減少量を決定する方法では、暴露試験期間をある程度短縮することができるものの、飛来塩分量および硫黄酸化物量の実測には1ケ月間かかることから、時間短縮の点では不十分であり、また測定にはかなりの労力を要する。
【0009】
なお、硫黄酸化物量や飛来塩分量を実測しなくとも、特許文献1に記載されているように、地図情報から読み取られる人工密集度、近隣の地域特性、自動車の交通量といった評点値を用いて、それらの環境因子の値を推定して、腐食減耗量の予測を行う方法も知られている。しかし、飛来塩分量や硫黄酸化物量は風速、風向、地形などの様々な気象因子や地理因子などの影響を大きく受けるため、腐食減耗量の予測誤差が場合によって非常に大きくなるという欠点がある。
【非特許文献1】耐候性鋼材の橋梁への適用に関する共同研究報告書(XII)、建設省土木研究所,(社)鋼材倶楽部,(社)日本橋梁建設協会、平成4年3月
【非特許文献2】三木ら、土木学会論文集No.738/I−64、pp271−281、2003年
【非特許文献3】中村ら、金属表面技術、33(2)、pp77−82、1982年
【特許文献1】特開2005−134320号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は上記問題に鑑みなされたもので、ある大気環境に曝された構造材に付着する硫黄酸化物量あるいは飛来塩分量を速やかに、かつ簡便に測定することができる環境因子の測定方法を提供することを目的とする。また、前記環境因子の測定方法を利用して、ある大気環境で使用される鋼材の板厚減少量を短期間で簡便に予測することができる鋼材の板厚減少量の予測方法を提供する。さらにかかる予測方法を利用して、ある大気環境で使用する鋼材に対して使用の適否を判断する鋼材の選定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、大気環境に特定の金属を暴露した場合、その金属表面の接触抵抗が飛来塩分量あるいは硫黄酸化物量に応じて変化することを見出した。すなわち、金属は導電性が良好であるため、裸の金属表面は極めて低い接触抵抗値を示すが、腐食性物質としての塩分や硫黄酸化物が共存する大気環境に金属が曝された場合、特定の金属の表面では、腐食反応により、塩分では酸化物やオキシ水酸化物の皮膜が、硫黄酸化物では硫化物などの皮膜がその金属表面に生成して接触抵抗を増大させる。従って、大気環境に所定金属を暴露した後、その金属の暴露前後の接触抵抗の変化を測定することにより、予め実測した飛来塩分量あるいは硫黄酸化物量と接触抵抗変化量との関係から、それらの環境因子を定量的に、しかも簡単に測定することができる。本発明者はかかる着想を基に本発明の環境因子測定方法を完成するに至った。また、かかる測定方法を利用して、ある大気環境下での飛来塩分量および硫黄酸化物量を簡便に測定することにより、当該大気環境で使用される鋼材の板厚減少量を所定の予測モデル式に基づいて容易かつ速やかに予測することができるとの観点から本発明の鋼材の板厚減少量の予測方法を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明の環境因子測定方法は、下記のA群のいずれか一種の純金属あるいは二種以上の金属元素からなる合金によって形成された金属材を大気環境に暴露し、暴露前後の前記金属材の単位面積当たりの接触抵抗変化量を測定し、予め前記金属材について求めた単位面積当たりの接触抵抗変化量と硫黄酸化物量との関係から、前記接触抵抗変化量に基づいて当該大気環境下に暴露される構造材に付着する硫黄酸化物の単位期間、単位面積当たりの硫黄酸化物量を求めるものである。
A群:Ni、Cr、Co、Cu、Zn、Ag
【0013】
また、本発明の他の環境因子測定方法は、下記のB群のいずれか一種の純金属あるいは二種以上の金属元素からなる合金によって形成された金属材を大気環境に暴露し、暴露前後の前記金属材の単位面積当たりの接触抵抗変化量を測定し、予め前記金属材について求めた単位面積当たりの接触抵抗変化量と飛来塩分量との関係から、前記接触抵抗変化量に基づいて当該大気環境下に暴露される構造材に付着する飛来塩分の単位期間、単位面積あたりの飛来塩分量を求めるものである。
B群:Fe、Al、Zr、Nb、Mo、Ta
【0014】
さらに、本発明の鋼材の板厚減少量予測方法は、大気環境に暴露された鋼材の板厚減少量を予測するに際し、当該鋼材の板厚減少量をY、暴露期間をX、単位期間および単位面積当たりの硫黄酸化物量および飛来塩分量を環境因子として含み、前記環境因子を変数とする関数をα、βとするとき、X経過後の当該鋼材の板厚減少量を指数関数Y=αXβ によって予測する方法において、下記のA群のいずれか一種の純金属あるいは二種以上の金属元素からなる合金によって形成されたA群金属材を当該大気環境に暴露し、暴露前後の前記A群金属材の単位面積当たりの接触抵抗変化量を測定し、予め前記A群金属材について求めた単位面積当たりの接触抵抗と硫黄酸化物量との関係から、前記接触抵抗変化量に基づいて当該大気環境下に暴露される鋼材に付着する硫黄酸化物の単位期間、単位面積当たりの硫黄酸化物量を求めると共に、下記のB群のいずれか一種の純金属あるいは二種以上の金属元素からなる合金によって形成されたB群金属材を当該大気環境に暴露し、暴露前後の前記B群金属材の単位面積当たりの接触抵抗変化量を測定し、予め前記B群金属材について求めた単位面積当たりの接触抵抗と飛来塩分量との関係から、前記接触抵抗変化量に基づいて当該大気環境下に暴露される鋼材に付着する飛来塩分の単位期間、単位面積あたりの飛来塩分量を求め、求められた前記硫黄酸化物量および飛来塩分量を用いて鋼材の板厚減少量を求めるものである。
A群:Ni、C r、Co、Cu、Zn、Ag
B群:Fe、Al、Zr、Nb、Mo、Ta
【0015】
上記予測方法において、前記α、βはそれぞれ環境因子を変数とする一次関数で表すことができる。α、βを一次関数で表すことにより、板厚減少量の予測モデルを簡単に記述することができる。このため、回帰分析によってα、βの一次式を容易に決定することができ、板厚減少量の予測計算も容易になる。
【0016】
さらにまた、本発明の鋼材の選定方法は、上記鋼材の板厚減少量予測方法を用いて、ある鋼材の板厚減少量を予測し、予測した板厚減少量と予め決められた基準板厚減少量とを比較して、当該鋼材の使用の可否を判断するものである。この選定方法によると、板厚減少量の予測を速やかに行うことができるので、鋼材の選定も容易かつ速やかに判断することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
まず、従来、環境因子の内、実測することが求められている硫黄酸化物量、飛来塩分量を簡便に測定する方法について説明する。この方法は、大気環境中で暴露した所定の金属材の接触抵抗変化を測定することにより、当該大気環境における硫黄酸化物量、飛来塩分量を測定する方法である。この測定方法により、金属材に付着した硫黄酸化物量あるいは飛来塩分量を測定する場合、硫黄酸化物量を測定する際に用いた金属材の接触抵抗変化は飛来塩分量に依存せず、一方、飛来塩分量を測定する際に用いた金属材は硫黄酸化物量に依存しないことが必要である。
【0018】
大気環境中での接触抵抗変化が硫黄酸化物量に依存するが、飛来塩分量には依存しないものとしては、下記A群に記載された金属元素の内の一種(純金属)あるいは同群の金属元素の内から選択された二種以上の金属元素で形成された合金を用いることができる。これらの金属(「金属」という場合、純金属および合金を含む。)は、大気環境に暴露された金属材に付着した硫黄酸化物と反応して、金属材の表面に硫化物を主体とした腐食生成物の皮膜を形成する。この皮膜は暴露した大気環境の硫黄酸化物濃度に依存し、接触抵抗を上昇させる。一方、飛来塩分とはほとんど反応せず、飛来塩分に起因する腐食生成物は生成し難い。なお、下記A群の金属元素と同様の作用を有するものとしては、例えばIn、Sn、Cd、Hg、Tl、Pbを挙げることができ、これらも硫黄酸化物量の測定用金属として用いることができる。
A群:Ni、Cr、Co、Cu、Zn、Ag
【0019】
また、大気環境中での接触抵抗変化が硫黄酸化物量には依存しないが、飛来塩分量に依存するものとしては、下記B群に記載された金属元素の内の一種(純金属)あるいは同群の金属元素の内から選択された二種以上の金属元素で形成された合金を用いることができる。これらの金属は、大気環境に暴露された金属材に付着した飛来塩分と反応して、金属材の表面に酸化物あるいはオキシ水酸化物を主体とした腐食生成物の皮膜を形成し、その皮膜が接触抵抗を上昇させる。一方、これらの金属材の表面には硫化物主体の皮膜はほとんど生成しない。このため、接触抵抗変化は、大気環境中の硫黄酸化物濃度に依存せず、飛来塩分量によって接触抵抗変化が決定される。なお、下記B群の金属元素と同様の作用を有するものとしては、例えばW、Hfを挙げることができ、これらも飛来塩分量の測定用金属として用いることができる。
B群:Fe、Al、Zr、Nb、Mo、Ta
【0020】
上記の金属材は、暴露前後の接触抵抗の測定を考慮すると、板状のものが推奨される。その大きさは数cm角程度でよく、また厚さは変形しない程度の厚さ(例えば2mm程度)でよい。金属材の表面は、例えば湿式研磨などで表面を平滑化し、ミルスケールやさびなどの腐食生成物を予め除去した状態で大気環境に暴露することが好ましい。
【0021】
暴露期間については、暴露期間が短すぎると腐食生成物の生成が少ないため、接触抵抗の変化が小さくなり、測定誤差が大きくなるおそれがある。また、暴露期間が長すぎると腐食生成物が厚くなりすぎて、環境による接触抵抗変化の違いが小さくなるため、やはり測定誤差が大きくなりやすい。このような観点から、暴露期間は1日〜30日程度が好ましく、5日〜15日程度がより好ましい。
【0022】
接触抵抗の測定方法としては、特に限定されないが、測定誤差を小さくするため4端子法による測定が推奨される。測定要領としては、例えば、金属材(供試材)の被測定面に銅や金などの導電性の高い電極をある圧力で押し付け、一定電流Iを流した場合の接触部前後の電位差Vから接触抵抗をV/Iとして算出する。このとき、供試材と電極との間には、カーボンクロスなどの軟質で導電性の高い導電性密着材を設置することが好ましい。導電性密着材を設けることで、供試材と電極とが十分密着するようになり、測定精度を向上させることができる。
【0023】
接触抵抗の測定に際して、電極の接触面積を1cm2 とすることにより、測定値がそのまま単位面積あたりの抵抗値となる。これにより単位面積当たりの接触抵抗値に換算する手間を省くことができる。押し付ける圧力は大き過ぎると、供試材表面の腐食生成物が破壊されて、基材が露出する。こうなると腐食による接触抵抗を正確に測定することができない。一方、圧力が小さ過ぎるとカーボンクロスと供試材との接触状況にバラツキを生じて、やはり測定誤差が大きくなる。このような点を考慮すると、押し付ける圧力は、0.1kgf/cm2 (0.01MPa)から20kgf/cm2 (2MPa)程度が好ましい。また、通電する電流が大き過ぎると、発熱により腐食生成物が変質して、暴露後の接触抵抗が変化する。一方、電流が小さ過ぎると、測定される電圧が小さいため、やはり測定誤差が大きくなる。このような観点から、通電する電流は1mAから1A程度が好ましい。
【0024】
大気暴露前後に供試材の接触抵抗を上記要領により測定し、その測定値の差が接触抵抗変化となる。この接触抵抗変化を硫黄酸化物量、飛来塩分量に換算するためには、予め硫黄酸化物量および飛来塩分量を測定した2箇所以上の暴露サイトにおいて、上記接触抵抗差を測定し、接触抵抗変化と硫黄酸化物量あるいは飛来塩分量との相関関係を求めておく。この相関関係を用いることによって、任意の暴露サイトにおける接触抵抗変化、暴露期間から単位面積、単位期間当たり硫黄酸化物量および飛来塩分量を簡便に求めることができる。なお、硫黄酸化物量、飛来塩分量については、通常、単位期間、単位面積当たりの量が問題となるので、特に断らない限り、そのような単位量、例えば1日当たり、1デシm2 当たりのmg量(単位:mdd)を意味する。
【0025】
次に、鋼材の板厚減少量予測方法について説明する。板厚減少量は、基本的には非特許文献3に記載されているように、下記指数関数モデルによって予測される。
Y=αXβ
但し、Yは板厚減少量(mm)、Xは暴露(経過)年数、α,βは暴露サイトにおける平均気温、平均湿度、降水量、硫黄酸化物量、飛来塩分量などの環境因子をパラメータとする関数で表される。
【0026】
前記α、βの関数形は、例えば、環境因子をパラメータとする線形モデルで表すことができる。例えば、環境因子をx1 、x2 、x3 ,x4 ,x5 で示した場合、α、βは下記式で表される。式中のa0〜a5、b0〜b5はフィッティング係数であり、種々の暴露サイトにおいて実測によって求められたY=AXB のA値、B値から回帰分析によって求めることができる。なお、Y=AXB の式は非特許文献1に記載されたものであり、すでに説明したとおり、A、Bは暴露サイトすなわち暴露環境によって定まる係数値である。
α=a0+a1・x1 +a2・x2 +a3・x3 +a4・x4 +a5・x5
β=b0+b1・x1 +b2・x2 +b3・x3 +b4・x4 +b5・x5
【0027】
この実施形態では、環境因子の内、実測を要する硫黄酸化物量、飛来塩分量について、上記実施形態の環境因子測定方法を適用する。これによって、従来、時間、手間を要したこれらの値を簡便に測定することができ、ひいては板厚減少量の予測計算についても簡単に行うことができる。
【0028】
上記のようにして所定期間経過後の鋼材の板厚減少量が予測されるが、その予測値を予め決定された基準板厚減少量と比較し、基準板厚減少量以下であれば当該鋼材によって構築した構造物を、予測した暴露サイト(大気環境)に設けても、構造物建設後の維持、管理にも問題がなく、当該鋼材を構造物の素材として選定することができる。一方、予測値が基準板厚減少量を越えれば、当該鋼材を構造物の素材として用いることは不適当であり、当該鋼材を選定することはライフサイクルコスト上、選定すべきではない。
【0029】
さらに、本発明について具体的実施例を挙げて説明するが、本発明はかかる実施例によって限定的に解釈されるものではない。
【実施例】
【0030】
本発明に係る環境因子(硫黄酸化物量、飛来塩分量)の測定方法を実施するに際し、まず、国内における暴露サイト5箇所(地区A〜E)において、硫黄酸化物量、飛来塩分量をJISZ2381に準じて実測した。その結果を表1に示す。表1には、理科年表より読み取った各暴露サイトの平均気温と平均湿度についても併記した。
【0031】
【表1】

【0032】
表1のデータによれば、地区A、BおよびDは硫黄酸化物量がほぼ同じであるが、飛来塩分量が異なるため、これらの接触抵抗変化を比較することにより、接触抵抗変化の飛来塩分量の依存性が明らかになる。また、地区C、D、Eは逆に硫黄酸化物量が異なるが、飛来塩分量がほぼ同じであるため、これらの接触抵抗変化を比較することにより、接触抵抗変化の硫黄酸化物量の依存性が明らかになる。
【0033】
次に、本発明に係る環境因子の測定方法により、A群およびB群の金属材を暴露サイト5箇所に7日間暴露して、接触抵抗変化から硫黄酸化物量および飛来塩分量を測定した。暴露した金属材(供試材)は、下記A群、B群の合計12種の金属材である。
A群:Ni、Cr、Co、Cu、Zn、Ag、Ni−34質量%Cu合金(以下、Ni−Cu合金と記す。)
B群:Fe、Al、Zr、Nb、Mo、Ta、Zr−25wt%Nb合金(以下、Zr−Nb合金と記す。)
【0034】
前記供試材の内、純金属はすべて純度99%以上の純金属である。Ni−Cu合金およびZr−Nb合金は純度99%以上の純金属を真空溶解して作製した。供試材は板状であり、その大きさは、全て、長さ40×幅20×板厚2mmであり、端部には3mmφの穴を開けた。この穴によって、供試材は暴露の際に釣り糸などにより吊り下げた。暴露前に供試材表面の全面をSiC#600まで湿式研磨により平滑化し、アセトンで洗浄し、乾燥させた。その後、下記の方法にて接触抵抗の測定を行った。また、7日間の暴露の後、回収した供試材は、表面の腐食生成物被膜を破壊しないように軽く水洗し、アセトンで脱脂した後、接触抵抗測定を行った。これらの測定値から接触抵抗の変化量(暴露前後の接触抵抗値の差)を求め、予め実測した接触抵抗変化と硫黄酸化物量あるいは飛来塩分量との関係からこれらの値を求めた。
【0035】
接触抵抗の測定の際には、図1に示すように、板状供試材1の両面を、接触部の面積が1cm2 (1cm×1cm)の銅製電極2で挟み、1kgf/cm2 (0.1MPa)の圧力で押し付けた。このとき、電極2と供試材1の間にはカーボンクロス3を挿入した。そして、銅電極間に10mAの一定電流Iを流して、供試材に押しつけた両カーボンクロス間の電圧Vを測定した。このとき、接触抵抗はV/2Iで表される。
【0036】
上記のようにして測定した硫黄酸化物量あるいは飛来塩分量(いずれもmdd)と接触抵抗(mΩ・cm2 )の変化との関係を図2〜5に示す。図2および図3は、飛来塩分量がほぼ同じで硫黄酸化物量が異なる地区C、D、EでのA群およびB群の供試材の接触抵抗変化と硫黄酸化物量との関係を示す。A群供試材は、図2より硫黄酸化物量が多いほど接触抵抗の増大が大きくなるが、B群供試材は、図3より接触抵抗の硫黄酸化物量依存性はほとんど認められない。一方、図4および図5は、硫黄酸化物量がはば同じで飛来塩分量が異なる地区A、B、DでのA群およびB群の供試材の接触抵抗変化と飛来塩分量との関係を示す。B群供試材は、図5より飛来塩分量が多いほど接触抵抗の増大が大きくなるが、A群供試材は、図4より接触抵抗の飛来塩分量依存性ははとんど認められない。
【0037】
以上の結果より、A群の供試材の接触抵抗変化には硫黄酸化物量との依存性が認められるが、飛来塩分量との依存性はなく、逆に、B群の供試材の接触抵抗変化には硫黄酸化物量との依存性はないが、飛来塩分量との依存性があることがわかる。これより、任意の暴露地区においてA群およびB群の金属材の接触抵抗変化を求めることにより、黄酸化物量および飛来塩分量を求めることができることが確かめられた。
【0038】
次に、板厚減少量の予測実施例について説明する。表2に示す化学組成の鋼材を以下の要領で作製した。まず、転炉で溶製した後、連続鋳造法により鋼塊とした。得られた鋼塊を1150℃に加熱した後、熱間圧延を行って、板厚19mmの鋼材とした。この鋼材より150×70×5(mm)の試験片を切り出し、試験片全面をSiC#600まで湿式研磨により平滑化した。試験片はアセトンで脱脂し、乾燥した後、150×70mmの1面を試験面として、それ以外の面をシリコンシーラントで被覆して、暴露試験用の試験片とした。
【0039】
【表2】

【0040】
まず、表1に示した地区A〜Eの5箇所にそれぞれ表2の試料No. 1の鋼材(JISSMA490相当)を20枚づつ暴露し、1年、3年、6年および9年経過時点に5枚づつ回収して、板厚減少量を測定した。板厚減少量は、鋼材の密度を7.9g/cm3 として、暴露前後の重量変化から算出した。なお、暴露後の重量測定前には、10%クエン酸水素2アンモニウム水溶液中での陰極チャージを行って、鉄錆びを除去した。
【0041】
このようにして測定した板厚減少量の平均値の経時変化をX−Yプロットして、各地区における板厚減少量を表す、下記指数関数式(1) における係数A値およびB値を求めた。さらに、下記指数関数式(2) における環境因子をパラメータとする一次関数αおよびβを求めた。すなわち、各地区の平均気温、平均湿度、飛来塩分量、硫黄酸化物量をパラメータとして、A値およびB値を回帰分析して、下記の相関式(3) 、(4) を得た。相関式は、非特許文献3に従い、それぞれの環境因子をパラメータとする1次関数とした。式(2) 〜(4) を用いることにより、ある地区の平均気温、平均湿度、飛来塩分量、硫黄酸化物量がわかれば、その地区における所定期間におけるSMA鋼板の板厚減少量を予測することができる。
Y=AXB ……(1)
Y=αXβ ……(2)
α=0.001711+0.00000463T+0.000147H+0.137504C−0.02379S ……(3)
β=−0.07428−0.01865T+0.01505H−0.13599C+0.23283S ……(4)
ただし、Y:板厚減少量(mm)、X:暴露期間(年)、T:平均気温(℃)、H:平均湿度(%RH)、C:飛来塩分量(mdd)、S:硫黄酸化物量(mdd)である。
【0042】
次に、神戸市西区に所在する出願人の研究所内において飛来塩分量および硫黄酸化物量を上記の環境因子測定方法に従って測定した。測定に用いた金属はNiおよびFeである。得られた当社研究所の飛来塩分量および硫黄酸化物量の測定結果は下記の通りである。また、平均気温、平均湿度についても以下のとおりであった。平均気温および平均湿度は百葉箱から読み取った。
平均気温:15.7(℃)
平均湿度:68.0(%RH)
飛来塩分量:0.033(mdd)
硫黄酸化物量:0.089(mdd)
【0043】
当社研究所にて7年間暴露した場合の板厚減少量を上記(2) 〜(4) の指数関数式で予測計算すると共に暴露試験による実測値を表3に併せて示す。暴露試験による実測値は、上記5地区で行った暴露試験に準じて行った、試験片5枚の板厚減少量の平均値である。本発明に係る板厚減少量の予測計算の結果は、実測との誤差が10%未満に収まっており、予測精度が良好であることが確認された。
【0044】
また、表3には、上記(2) 〜(4) 式より求めた100年後の板厚減少量の予測値も示した。耐用年数を100年間として、構造物の強度面より許容される板厚減少量を0.3mmとして構造物設計を行う場合、試料No. 1の鋼材では100年後の板厚変化が0.36mmと予測され、構造部材として使用することは問題があるが、試料No. 2〜13の鋼材では100年後の板厚変化が0.3mm未満に収まっているため、使用可能と判断することができる。
【0045】
【表3】

【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】接触抵抗測定要領を示す説明図である。
【図2】実施例におけるA群の金属における硫黄酸化物量と接触抵抗変化との関係を示すグラフである。
【図3】実施例におけるB群の金属における硫黄酸化物量と接触抵抗変化との関係を示すグラフである。
【図4】実施例におけるA群の金属における飛来塩分量と接触抵抗変化との関係を示すグラフである。
【図5】実施例におけるB群の金属における飛来塩分量と接触抵抗変化との関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記のA群のいずれか一種の純金属あるいは二種以上の金属元素からなる合金によって形成された金属材を大気環境に暴露し、暴露前後の前記金属材の単位面積当たりの接触抵抗変化量を測定し、予め前記金属材について求めた単位面積当たりの接触抵抗変化量と硫黄酸化物量との関係から、前記接触抵抗変化量に基づいて当該大気環境下に暴露される構造材に付着する硫黄酸化物の単位期間、単位面積当たりの硫黄酸化物量を求める、環境因子測定方法。
A群:Ni、C r、Co、Cu、Zn、Ag
【請求項2】
下記のB群のいずれか一種の純金属あるいは二種以上の金属元素からなる合金によって形成された金属材を大気環境に暴露し、暴露前後の前記金属材の単位面積当たりの接触抵抗変化量を測定し、予め前記金属材について求めた単位面積当たりの接触抵抗変化量と飛来塩分量との関係から、前記接触抵抗変化量に基づいて当該大気環境下に暴露される構造材に付着する飛来塩分の単位期間、単位面積あたりの飛来塩分量を求める、環境因子測定方法。
B群:Fe、Al、Zr、Nb、Mo、Ta
【請求項3】
大気環境に暴露された鋼材の板厚減少量を予測するに際し、当該鋼材の板厚減少量をY、暴露期間をX、単位期間および単位面積当たりの硫黄酸化物量および飛来塩分量を環境因子として含み、前記環境因子を変数とする関数をα、βとするとき、X経過後の当該鋼材の板厚減少量を指数関数Y=αXβ によって予測する方法において、
下記のA群のいずれか一種の純金属あるいは二種以上の金属元素からなる合金によって形成されたA群金属材を当該大気環境に暴露し、暴露前後の前記A群金属材の単位面積当たりの接触抵抗変化量を測定し、予め前記A群金属材について求めた単位面積当たりの接触抵抗と硫黄酸化物量との関係から、前記接触抵抗変化量に基づいて当該大気環境下に暴露される鋼材に付着する硫黄酸化物の単位期間、単位面積当たりの硫黄酸化物量を求めると共に、
下記のB群のいずれか一種の純金属あるいは二種以上の金属元素からなる合金によって形成されたB群金属材を当該大気環境に暴露し、暴露前後の前記B群金属材の単位面積当たりの接触抵抗変化量を測定し、予め前記B群金属材について求めた単位面積当たりの接触抵抗と飛来塩分量との関係から、前記接触抵抗変化量に基づいて当該大気環境下に暴露される鋼材に付着する飛来塩分の単位期間、単位面積あたりの飛来塩分量を求め、
求められた前記硫黄酸化物量および飛来塩分量を用いて鋼材の板厚減少量を求める、鋼材の板厚減少量予測方法。
A群:Ni、C r、Co、Cu、Zn、Ag
B群:Fe、Al、Zr、Nb、Mo、Ta
【請求項4】
前記α、βがそれぞれ環境因子を変数とする一次関数で表された、請求項3に記載した鋼材の板厚減少量予測方法。
【請求項5】
請求項3または4に記載した鋼材の板厚減少量予測方法を用いて、ある鋼材の板厚減少量を予測し、予測した板厚減少量と予め決められた基準板厚減少量とを比較して、当該鋼材の使用の可否を判断する、鋼材の選定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−250845(P2009−250845A)
【公開日】平成21年10月29日(2009.10.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−100811(P2008−100811)
【出願日】平成20年4月8日(2008.4.8)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】