説明

環境汚染物質分解能を有する海水由来菌及びその単離方法、及び環境汚染物質分解方法

【課題】海水から環境汚染物質分解菌を単離する方法及び該分解菌による環境汚染物質分解方法、並びに該分解菌を提供する。
【解決手段】海水をろ過するフィルターろ過ステップと、フィルターの残渣をろ過した海水の一部に懸濁して懸濁液とする懸濁ステップと、海水培地又は人口海水培地に環境汚染物質を基質として添加し、これに懸濁液を滴下して一次培養液を得る一次培養ステップと、一次培養ステップにて得られた一次培養液を新たな海水培地又は人口海水培地で希釈し、新たに環境汚染物質を基質として添加し培養する培養工程を複数回繰り返す二次培養ステップと、二次培養液を海水培地又は人口海水培地で希釈し、これを重層培地に塗布する塗布ステップと、重層培地に塗布された菌をコロニーが確認できるまで静置培養した菌を採取して新たに重層培地に塗布して静置培養することを繰り返すことで菌を純化する純化ステップとからなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は海水から環境汚染物質分解菌を単離する方法及び該分解菌による環境汚染分解方法、並びに該分解菌に関する。
【背景技術】
【0002】
環境汚染物質とは、ダイオキシン類や多環芳香族炭化水素化合物(PAHs)、複素環式化合物などが知られている。特に、ダイオキシン類と呼ばれる化合物は発癌性や変異原性が高く問題となっている。これらのダイオキシン類は、平面構造をとるため、化学的に非常に安定であり、700℃以上でないと分解しない難分解性化合物である。PAHsとは2個以上の芳香環を持つ化合物の総称であり、複素環式化合物とは、2つのベンゼン環の間にヘテロ環が存在する化合物である。これらの化合物もダイオキシン類と同様に発癌性や変異原性等の毒性を有するものが多く存在し、難分解性化合物である。更には、環境汚染物質は脂溶性であるため、動物体内から排泄されにくく、生物濃縮作用が非常に大きい。それゆえ、生態系への影響が懸念される。
【0003】
近年、これらの環境汚染物質による環境汚染への対応策としてバイオレメディエーションやバイオオーギュメンテーションが注目されている。バイオレメディエーションとは、微生物の分解能力を利用して汚染物質を分解し、無害化する方法である。例えば、汚染物質が含まれた土壌中の水分、栄養、通気などを制御することにより、該土壌中に生息する微生物の活性を向上させ、汚染物質の分解を促進するというものである。バイオオーギュメンテーションとは、汚染現場の汚染原因となっている化学物質に対して分解能力を有する微生物を汚染現場に移植し、汚染物質を分解し、無害化する方法である。汚染現場にもともと生息する微生物では該汚染物質を分解できない場合に有効である。これらの方法は、物理処理や化学処理のように薬剤を一切使用しないので、低コストであるとともに安全性も高いという特徴がり、今後更なる利用が期待されている。
【0004】
しかし、これらの方法は陸水系(淡水系)では実用化されているが、海洋などの高塩濃度環境においての利用困難であるという問題がある。
【0005】
PHAsや複素環式化合物は主に原油中に含まれることから、油田周辺やタンカーなどが行き来する場所はこれらの化合物で汚染されていると考えられている。なかでも海洋にてついては、雨水、地下水によって大気中、土壌中に含まれる化学物質の終着点となる。また、洋上でのタンカー事故などにより、これらの環境汚染物質による海洋汚染も問題となっている。
【特許文献1】特開2005−533874
【非特許文献1】杉山純太、渡辺信、大和田紘一、黒岩常祥、高橋秀夫、徳田元 (1999) 新版 微生物学実験法、講談社
【非特許文献2】Hiroshi Habe, Yuji Ashikawa, Yuko Saiki, Takako Yoshida, Hideaki Nojiri, Toshio Omori. 2002. Sphingomonas sp. strain KA1, carrying a carbazole dioxygenase gene homologue, degrades chlorinated dibenzo-p-dioxin in soil. FEMS Microbiology Letters. 211, 43-49.
【非特許文献3】J. Widada, H.Nojiri, K. Kasuga, T. Yoshida, H. Habe, T. Omori. 2002. Molecular detection and diversity of polycyclic aromatic hydrocarbon-deg-rading bacteria isolated from geographically diverse sites. Applied Microbiology Biotechnology. 58, 202-209
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、海水等の高塩濃度環境における環境汚染物質を分解し、海水汚染を浄化することである。そこで、本願の第一の発明は、海水から環境汚染物質を分解可能な菌を単離する方法を提供することを目的とする。第二の発明は、第一の発明において単離された菌を用いて環境汚染物質を分解する方法を提供する。第三の発明は、第一の発明において単離された菌を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明者らは鋭意研究を重ねた結果、海水より環境汚染物質を分解する菌の単離に成功した。更には、該菌を用いて高塩濃度環境下で環境汚染物質を分解する方法、及び該菌の同定に成功した。
【0008】
(1)本発明は、環境汚染物質を分解する海水中生息の菌を単離する菌単離方法であって、海水をフィルターろ過するフィルターろ過ステップと、ろ過に使用したフィルターの残渣をろ過した海水の一部に懸濁して懸濁液とする懸濁ステップと、海水培地又は人口海水培地に前記環境汚染物質を基質として添加し、これに前記懸濁液を滴下して、海水培地又は人工海水培地に混入して菌を培養して一次培養液を得る一次培養ステップと、一次培養ステップにて得られた一次培養液を新たな海水培地又は人口海水培地に希釈し、新たに前記環境汚染物質を基質として添加し培養する培養工程を複数回繰り返す二次培養ステップと、二次培養ステップにて培養工程を複数回繰り返した後の培養液である二次培養液を海水培地又は人口海水培地にて希釈し、これを重層培地に塗布する塗布ステップと、塗布ステップにて重層培地に塗布された菌をコロニーが確認できるまで静置培養し、静置培養した菌を採取して新たに重層培地に塗布して静置培養することを繰り返すことで菌を純化する純化ステップとからなることを特徴とする菌の単離方法を提供する。
【0009】
(2)本発明は、前記(1)に記載の環境汚染物質は芳香族化合物であり、前記(1)に記載の単離方法により単離された菌を用いることで環境汚染物質である芳香族化合物を分解することを特徴とする芳香族化合物の分解方法を提供する。
【0010】
(3)本発明は、芳香族化合物がカルバゾール、ビフェニル、ジベンゾチオフェン、ナフタレン、ジベンゾフラン、ジベンゾ-p-ダイオキシンである前記(2)に記載の分解方法を提供する。
【0011】
(4)本発明は、単離される菌がKordiimonas sp. OC3株、Erythrobacter sp. OC4株、Hyphomonas sp. OC5株、Sphingomonas sp.OC5S株、Caulobacter sp. OC6株、Lysobacter sp. OC7株、Erythrobacter sp. OC8S株であることを特徴とする前記(2)および(3)に記載の分解方法を提供する。
【0012】
(5)本発明は、前記(1)に記載の単離方法により単離されたKordiimonas sp. OC3株、Erythrobacter sp. OC4株Hyphomonas sp. OC5株、Sphingomonas sp.OC5S株、Caulobacter sp. OC6株、Lysobacter sp. OC7株、Erythrobacter sp. OC8S株を提供する。
【0013】
(6)本発明は、前記(1)に記載の単離方法により単離された菌であってカルバゾール及び/又はビフェニル又はジベンゾチオフェン、ナフタレン、ジベンゾフラン、ジベンゾ-p-ダイオキシン分解能を有するKordiimonas sp. OC3株、Erythrobacter sp. OC4株、Hyphomonas sp. OC5株、Sphingomonas sp.OC5S株、Caulobacter sp. OC6株、Lysobacter sp. OC7株、Erythrobacter sp. OC8S株
【0014】
(7)本発明は、Sphingomonas sp. KA1株由来のカルバゾール分解遺伝子群及び/又はCA10株由来のカルバゾール分解遺伝子群とハイブリダイズする塩基配列を有する前記(5)に記載のSphingomonas sp. OC5S株。
【発明の効果】
【0015】
単離が困難であった海水から、高塩濃度環境下でも生育可能な菌株を単離することを可能とする。また、海水や汽水など高塩濃度下の環境汚染の浄化方法として、かかる菌株を用いて、難分解性環境汚染物質を無害化することを可能とする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下に、前記各発明を実施するための最良の形態を説明するが、本発明はこれらの実施形態に何ら限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において、種々なる態様で実施しうる。なお、実施形態1は主に請求項1および2に関する。
【0017】
<<実施形態1>>
【0018】
<実施形態1:概要>
【0019】
実施形態1は、環境汚染物質を分解する、海水中に生息の菌を海水から単離する方法に関する。
【0020】
<実施形態1:構成>
図1は本実施形態の海水から環境汚染分解菌を単離する方法を構成する各工程の流れを示した図である。この図で示すように、本実施形態の単離方法は、海水をフィルターろ過するろ過ステップ(S0101)と、ろ過に使用したフィルターの残渣をろ過した海水の一部に懸濁する懸濁ステップ(S0102)と、海水培地又は人工海水培地に環境汚染物質を基質として添加し、該培地に前記懸濁液を滴下し培養する一次培養ステップ(S0103)と、一次培養液を新たな海水培地又は人工海水培地にて希釈し、前記環境汚染物質を新たに基質として添加して培養するステップを複数回繰り返す二次培養ステップ(S0104)と、培養工程を複数回繰り返した後の二次培養液を海水培地又は二次海水培地にて希釈しこれを重層培地に塗布する塗布ステップ(S0105)と、重層培地にできたコロニーを採取し、人工海水培地にて希釈し重層培地に塗布して静置培養を繰り返し行う純化ステップ(S0106)とから構成される。
【0021】
環境汚染物質とは、広く、生態系に対して有害性を示す物質をいう。本発明では特に、芳香族化合物をいう。該芳香族化合物は安定な構造をとるため、難分解性化合物である。ビフェニル、ジベンゾフラン、カルバゾール、ナフタレン、ジベンゾチオフェン、ジベンゾ-p-ダイオキシンなどが該当する。
【0022】
フィルターろ過ステップに用いられるフィルターは、海水に生息する菌を透過せず、フィルターに残渣として採取できるものであることが必要である。該フィルターにて残渣として採取された菌は、懸濁ステップにてろ過した海水の一部に懸濁されて濃縮されるからである。該濃縮工程が必要な理由は、海水中に生息する菌は土壌などに比べ、単位当たりに生息する菌数が少ないため該濃縮工程を経ずに培養すると、菌は増殖が遅く又は増殖以前に死滅してしまうからである。
【0023】
一次培養ステップとは、ろ過ステップに続く懸濁ステップ直後の培養工程をいう。海水培地とは、天然海水にリン源、窒素源、炭素源等の栄養源を添加した液体培地をいう。人工海水培地とは、Marine Broth海洋性栄養培地から有機物を取り除いた液体培地である。後述する各ステップで用いる培地は海水培地又は人工海水培地のどちらでもよいが、海水培地は天然海水を用いているため不明な成分が含まれており、人工海水培地を用いるのが好ましい。但し、菌種によっては天然の海水を用いた海水培地でしか培養できないものもあるため、かかる場合は海水培地を用いる。該海水培地及び人工海水培地の組成を表1に示す。
【表1】

【0024】
環境汚染物質を基質として添加した培地にて培養することにより、前記海水より採取された菌のうち該環境汚染物質に対して資化性を有する菌のみを培養できる。
【0025】
環境汚染物質を基質として添加するとは、該環境汚染物質を唯一の炭素源として培養することをいう。
【0026】
二次培養ステップとは、前記一次培養ステップで得られた培養液を海水培地又は人工海水培地にて希釈し、これに一次培養ステップと同様に環境汚染物質を基質として添加し培養する工程を複数回繰り返すステップをいう。
複数回とは、2回以上をいい、採取した海水に含まれる菌種により決めるのが好ましい。また、一次培養ステップ及び二次培養ステップで用いる培地は、海水培地又は人工海水培地のどちらか一方に統一するのが好ましい。どちらか一方でしか培養できない菌がいるためである。また、基質として用いる環境汚染物質も一次培養ステップ及び二次培養ステップで統一するのが好ましい。該環境汚染物質に対する資化性は菌の種類により異なるため、特定の環境汚染物質に対してのみ資化性を有する菌の培養もできるからである。
【0027】
前記一次培養ステップ及び二次培養ステップにより、海水から採取された菌のうち、特定の環境汚染物質の対して資化性を有する菌を中心に培養することができる。
【0028】
塗布ステップとは、前記二次培養ステップで得られた培養液を人工海水液体培地で適宜希釈し、基質を添加した人工海水重層培地又は海水培地、及びMarine Brothの重層培地に塗布するステップをいう。
重層培地とは、2種の培地を層のように重ねた培地をいい、希釈した前記二次培養液を重層培地に塗布する。2種の培地とは、下の層(下層培地)は無機栄養培地であり、上の層(上層培地)は前記無機栄養培地に基質を添加した培地をいう。重層培地の一例としては、下層培地の無機栄養培地はMarine Broth培地であり、上層培地は該Marine Broth培地に基質としてカルバゾールを添加した培地である。
【0029】
重層培地に塗布された菌は、上層培地に含まれる基質を分解・消費して増殖しコロニーを形成し、その周辺にクリアゾーンを形成する。なお、必ずしも重層培地を用いる必要はなく、重層培地の場合と同様にコロニーが形成され、クリアゾーンが確認できれば単層培地を用いてもよい。
【0030】
純化ステップとは、純粋に1種類の菌のみを培養するためのステップをいう。コロニー周辺にクリアゾーンを形成する菌を採取し、これを前記塗布ステップにて希釈に用いた海水培地又は人工海水培地により希釈し、再度重層培地に塗布し、静置培養する。この工程を複数回繰り返すことにより、菌を純化する。該純化ステップは、前記コロニーより取得した菌を希釈し、これを重層培地に画線することによる純化も並行して行うことが好ましい。
【0031】
<実施形態1:効果>
【0032】
土壌などと比較して、単位あたりの菌数がすくない海水からも、高効率かつ高精度に菌を単離することができる。
【0033】
<<実施形態2>>
【0034】
<実施形態2:概要>
【0035】
実施形態2は、前記実施形態1により単離した菌を用いた芳香族化合物分解方法及び該単離した8種の菌株、Kordiimonas sp. OC3株、Erythrobacter sp. OC4株Hyphomonas sp. OC5株、Sphingomonas sp.OC5S株、Caulobacter sp. OC6株、Lysobacter sp. OC7株、Erythrobacter sp. OC8S株に関する(以下、それぞれOC3株、OC4株、OC5株、OC5S株、OC6株、OC7株、OC8S株とする)。本実施形態の菌株は全て独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに寄託されている。
【0036】
<実施形態2:構成>
【0037】
環境汚染物質を分解するとは、広く、生態系に対して有害性を示す物質が消失し、無害な物質が生成されたことをいう。
【0038】
分解処理方法の手順は、実施形態1の方法により、海水から単離された菌を、単離に用いた基質を栄養源として生育させ、該単離された菌から分解酵素を誘導し、菌体量がある程度増えた段階で菌体とともに環境汚染物質に添加すればよい。該環境汚染物質は、該単離された菌から誘導された分解酵素、特に代謝の一番最初の反応に関与する初発酸化酵素によって無害化される。
【0039】
芳香族化合物とは、広くベンゼン核を有する炭素環式化合物をいう。化合物の種類は特に限定しないが、具体的には、カルバゾールやジベンゾチオフェン、ナフタレン、ジベンゾフラン、ジベンゾ-p-ダイオキシンなどが該当する。
【0040】
実施形態1の単離方法により単離された菌の多様性をrep-PCRを用いて検討した。rep-PCR法とは、DNA中に存在するREP配列をプライマーとして用いて行う核酸増幅反応(PCR)をいう。REP配列とは、各生物種固有の繰り返し配列であるため、これにより種内多様性を検討できる。該rep-PCRに用いてプライマーペアの塩基配列は配列番号1及び2に示される。図2に、該rep-PCR産物の電気泳動の結果を示す。同じ海水サンプルから単離された、OC5株とOC5S株は異なるバンドパターンを示した。
【0041】
また、16SrDNAの塩基配列を利用して、実施形態1の単離方法により単離された菌の同定を行った。その結果、表2に示す8種の菌が同定された。
【表2】

【0042】
なお、「細菌の種は系統的にほぼ70%またはそれ以上のDNA-DNA相同性を示す菌株である」と定義されている(国際細菌分類命名委員会特別委員会報告、L. G. Wayne、 D. J. Brenner、 R. R. Colwell、 P. A. D. Grimont、 O. Kandler、 M. I. Krichevsky、 L. H. Moore、 W. E. C. Moor、 R. G. E. Murray、 E. Stackebrandt、 M. P. Starr and H. G. Truper: Report of the ad hoc committee on reconciliation of approaches to bacterial systematics. International Systematic Bacteriology、 37、 463-464、 1987)。Stackerbrandtらは、上記定義におけるDNA-DNA相同性と16S rRNA遺伝子の相同性との関係について、DNA-DNA相同性と16S rRNA遺伝子の相同性の比較からDNA-DNA相同性70%以上のものと16S rRNA遺伝子の相同性97%以上のものは対応するとし、16S rRNA遺伝子の相同性97%以上のものを同一の種とみなされると述べている(Stackebrandt、 E. and Goebel、 B. M.: Taxonomic note: a place for DNA-DNA reassociation and 16SrRNA sequence analysis in the present species definition in bacteriology. Int. J. Syst. Bacteriol.、44、 846-849、1994)。
【0043】
以上より、OC3株については最も近い菌種と思われる既知の菌、Kardiimonas gwangyangensis GW14-5との相同性が90%であったため新種であると判断した。OC3株の16SrDNAの塩基配列をそれぞれ配列番号3に示す。
【0044】
新種と判断したOC3株について、その分類学的性質を表3に、系統樹を図3に示す。
【表3】

【0045】
それぞれの菌株における分解性の確認は、液体培養での培地の変色、固体培養後のコロニー計数法にて行った。その結果を表4に示す。
【表4】


また、カルバゾール中間代謝産物の確認をGC-MSで行った。その結果を図4に示す。(a)から(d)はそれぞれ、OC4株、OC5株、OC6株、OC7株のGC-MSの結果を示す。全ての菌株でカルバゾールの消失が確認でき、その中間代謝産物としてアントラニル酸が確認できた。ゆえに、陸上のカルバゾー分解細菌Psewdomonas resinovorans CA10株と同様のカルバゾール分解経路が予想され、環境汚染物質分解菌として有効である。特に、OC5株においては、完全にカルバゾールが消失されており、より有効な環境汚染物質分解菌である。
【0046】
更に、培地の塩濃度を変化させた平板培地を用いて、塩濃度耐性の確認を行った。その結果を表5に示す。高い塩濃度耐性が確認できた。特に、OC4株については、塩濃度7.0%環境下でも生育が確認できた。海水塩濃度(略3.2%〜3.5%)と比較しても、さらに高塩濃度環境下での環境汚染物質の分解にきわめて有効である。
【表5】

【0047】
また、それぞれの菌のカルバゾール分解遺伝子の解析をDegenerate Primer用いたPCR法及びサザンハイブリダイゼーションにより行った。
【0048】
Degenerate Primerとは、所定のアミノ酸をコードし得る可能性のある塩基配列を全て含むオリゴヌクレオチドからなるプライマーをいう。該プライマーを用いてPCRを行えば、アミノ酸配列の情報を基にして、このたんぱく質をコードする遺伝子のDNA断片が得られる。
【0049】
用いたプライマーペアの塩基配列を配列番号4及び5に示す。これにより陸上のカルバゾー分解細菌Psewdomonas resinovorans CA10株及びSphingomonas sp. KA1株のカルバゾール分解に関る初発酸化酵素をコードするDNAを増幅することができる。増幅したDNA産物の電気泳動のバンドパターンを図5に示す。全ての菌株でバンドが確認でき、Psewdomonas resinovorans CA10株(以下、CA10株とする)及び/又はSphingomonas sp. KA1株(以下、KA1株とする)のカルバゾール分解に関る初発酸化酵素をコードする遺伝子を保持することがわかった。特に、OC5S株においては、KA1株と同じ位置にバンドが確認でき、KA1株のカルバゾール分解に関る初発酸化酵素をコードする遺伝子を保持していると考えられる。
【0050】
サザンハイブリダイゼーションとは、熱変性させて一本鎖の状態にした二本鎖DNAを、所定の条件下で再び二本鎖構造に戻す手法であり、標識したDNAプローブと二本鎖構造を形成させることによって、該プローブと相補性のあるDNA断片を同定することができる。
【0051】
ハイブリダイズするとは、DNAプローブと二本鎖構造を形成することをいう。
【0052】
プローブには、CA10株及びKA1株のカルバゾール分解遺伝子群を用いた。CA10株由来のカルバゾール分解遺伝子群とは、CA10株が生成するカルバゾール分解酵素をコードしている遺伝子群をいい、KA1株由来のカルバゾール分解遺伝子群とは、KA1株が生成するカルバゾール分解酵素をコードしている遺伝子群をいう。
【0053】
該遺伝子群の領域を図6に示す。(a)はCA10株、(b)はKA1株のカルバゾール遺伝子群を示し、それぞれ、プローブとして用いた領域を0601a、0601bに示す。該プローブの塩基配列をそれぞれ配列番号6および7に示す。サザンハイブリダイゼーションの結果を図7に示す。(a)は、CA10株のカルバゾール遺伝子群をプローブとして用いた場合を示し、(b)は、KA1株のカルバゾール遺伝子群をプローブとして用いた場合を示す。
【0054】
OC5S株においては、CA10株及びKA1株の双方とハイブリダイズすることが確認できた。つまり、OC5S株は、CA10株及びKA1株の双方のカルバゾール遺伝子群の全体又は部分的に保持していると考えられる。
【0055】
また、OC5S株を除く全ての菌株については、CA10株及びKA1株の双方ともハイブリダイズが確認できなかった。つまり、これらの既知のカルバゾール分解遺伝子ではない新規のカルバゾール分解遺伝子を保持していると考えられる。
【0056】
<実施形態2:効果>
【0057】
海水など、高塩濃度環境下でも生育可能であるため、海水中に流れ、又は工場廃水などに含まれる環境汚染物質を分解できる。ゆえに、環境への負荷の少ない環境汚染の浄化を可能とする。
<<実施例>>
【0058】
以下の実施例をもって本発明を具体的に説明する。なお、以下の実施例は単に例示するのみであり、本発明はこれらの実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0059】
<菌の単離方法の具体例>
【0060】
海水を10Lを採取し、フィルターろ過した。該ろ過に使用したフィルターを、該ろ過した海水30mlに懸濁し、海水中に含まれる菌を濃縮した。これを菌源とした。
表1に記載の滅菌済人工海水液体培地(若しくは天然海水液体培地)100mlに菌源1mlと、基質としてカルバゾール0.1〜0.5g/l(終濃度)添加し、500ml用バッフル付き三角フラスコを用いて30℃、150rpmで回転振盪培養した。
【0061】
三角フラスコ内の基質の消失、菌の増殖、培地の変色が確認できたら、菌の増殖速度に合わせて、培養液0.1〜5mlを新たな人工海水液体培地(若しくは天然海水液体培地)100mlに植え継ぎ、前記と同様に基質としてカルバゾール0.1〜0.5g/l(終濃度)添加し、500ml用バッフル付き三角フラスコを用いて30℃、150rpmで回転振盪培養した。
【0062】
前記植え継ぎを4回ほど繰り返した後、培養液を人工海水液体培地(若しくは天然海水液体培地)にて便宜希釈し、1.0g/lの基質を加えた人工海水重層培地(若しくは天然海水液体培地)及びMarine Broth重層培地に塗布した。これをコロニーが確認できるまで30℃で静置培養した。Marine Broth培地成分は表1に示したとおりである。
【0063】
基質資化の指標であるクリアゾーンが確認できたら、コロニーから菌を採取し、さらに人工海水液体培地(若しくは天然海水液体培地)にて便宜希釈して、前記と同様に重層培地に塗布し、コロニーが確認できるまで30℃で静置培養した。この作業を繰り返し行うことにより、菌を純化した。また、コロニーを重層培地に画線することにより、菌の純化も行った。
【0064】
純化した菌株は、基質を0.1〜0.5g/l添加した人工海水液体培地又は天然海水液体培地にて再度培養し、基質の消失、菌の増殖、培地の変色を確認した。
【0065】
<rep-PCRによる単離菌株の多様性の具体例>
【0066】
TaKaRa Ex TaqTmを説明書に従って使用した。
【0067】
(1)PCR反応溶液の組成
【0068】
total DNA 1μl、 10×Ex Taq buffer 10μl、 dNTP 8μl、 Ex Taq 0.5μl、 プライマーとして、REP-IR-1 100pmol 、 REP-2-1 100pmol 、及びdH2Oを、合わせて100μlになるように調整した。
【0069】
(2)PCR反応プログラム
【0070】
95℃で2分間処理した後、92℃で30秒間→40℃で1分間→65℃で8分間のサイクルを35サイクル行った。その後、4℃に冷却した。
【0071】
(3)電気泳動
【0072】
2.0%アガロースゲルを用いて前記PCR産物を100Vで40分間電気泳動した。
【0073】
(4)結果
【0074】
図2にrep-PCRの結果を示した。同じ海水サンプルから単離された、OC5株とOC5S株は異なるバンドパターンを示し、全て異なる菌株であると考えられる。
【0075】
<16SrDNA、系統樹>
【0076】
ABI PRISMTM 310NT Genetic Analyzer を説明書に従って使用した。
(1)PCR反応溶液の組成
【0077】
Premix 4μl、 5×sequencing buffer 2μl、 dNTP 8μl、 Ex Taq 0.5μl、 プライマーとして、10F(配列番号8) 3.2pmol、 350F(配列番号9)3.2pmol、 350R(配列番号10) 3.2pmol、 520F(配列番号11) 3.2pmol、 520R(配列番号12) 3.2pmol、 800F(配列番号13) 3.2pmol、 800R(配列番号14) 3.2pmol、 1100F(配列番号15) 3.2pmol、 1100R(配列番号16) 3.2pmol、 1500R(配列番号17) 3.2pmol、 M13-M4(配列番号18) 3.2pmol、M13-RV(配列番号19) 3.2pmol、及びdH2Oを、合わせて20μlになるように調整した。
【0078】
(2)PCR反応プログラム
【0079】
94℃で30秒間処理した後、94℃で30秒間→60℃で30秒間→72℃で2分間のサイクルを30サイクル行った。その後、4℃に冷却した。
【0080】
(3)反応溶液20μlに3M酢酸ナトリウム2μl、100%エタノール50μlを加え、室温で15分間静置した。その後、20分間、13000rpmで遠心分離した。上清を除去し、フラッシングして再度上清を除去した。70%エタノール250μlでリンスした後、5分間、13000rpmで遠心分離した。上清を除去し、10分間デシケータを用いて減圧乾燥した、
【0081】
15μlのTemplate Suppersion Reagent(TSR)、又はvortex mixerにて3回ほど軽く混合した。その後、遠心分離機でスピンダウンした。
【0082】
ブロックヒーターを用いて95℃で3分間加熱した後、氷浴上で急冷した。再度スピンダウンを行い、シーケンスチューブに移した後、シーケンスガイドに基づき操作した。
(4)得られた16SrDNAの塩基配列により、類似菌株の検索を検索プログラムBlastを用いて行った。また、NJ(近接接合)法で系統樹を作成した。
【0083】
<単離菌株によるカルバゾールに対する分解性の具体例>
【0084】
人工海水培地にて生育が良好であったErythrobacter sp. OC4株、Hyphomonas sp. OC5株、Caulobacter sp. OC6株、Lysobacter sp. OC7株、について、GC-MSによりカルバゾール中間代謝産物の確認を行った。
【0085】
(1)カルバゾール0.1g/l 含む人工海水液体培地5mlに、Marine Broth重層培地にて生育させた単離菌株のシングルコロニーを植菌し、30℃、200rpmで1週間培養し、該培養液をネジ付き試験管に全量移し、ph2〜3になるように1NHClで調整後、棟梁の酢酸エチルを加えて2分間激しく撹拌した。5000rpmで10分間遠心分離し、上清を新しい試験管に移した。同様の操作を再度行い、その後無水硫酸ナトリウムを適量加えて脱水した。該脱水した試料を無水硫酸ナトリウムを詰めたカラムに通し、新しい試験管に移した。アスピレータをつないだデシケータを用い、減圧下で酢酸エチル溶媒を留去後、アルゴンガスで気層を置換した。再度300μlの酢酸エチルで抽出物を溶解し、10μlをガラスチューブに分注した。N-methyl-N-(trimethylsilyl)trifluoroavetamide(MSTFA)を40μl加えてチューブを密閉し、70℃で20分間加熱したものを2μl分取し、GC-MS分析に供した。
【0086】
(2)結果を図4に示す。カルバゾールの中間代謝産物としてアントラニル酸が確認できた。
【0087】
<単離菌株の基質資化性>
【0088】
液体培養での培地の変色及び固体培養後のコロニー係数法により、それぞれの単離菌株の基質資化性を確認した。
【0089】
(1)各基質を添加したMarine Broth培地で培養し、コロニーの直径が1mmの大きさに達したら、シングルコロニーを人工海水液体培地にて便宜希釈し、希釈溶液を作成した。この希釈溶液を、0.1〜0.2g/lの各基質を添加した人工海水液体培地に加え、約10植菌した。植菌後、1〜3週間、30℃、200rpmで回転振盪培養した。その後、該培養液を人工海水液体培地にて便宜希釈し、人工海水平板培地に塗布し、1〜3週間、30℃で静置培養した。各基質は固体をvaporにて与えた。培養後、コロニー係数法により、各基質に対する資化性を測定した。
【0090】
(2)基質資化性の結果を表4に示す。
【0091】
<単離菌株の塩濃度耐性の具体例>
【0092】
単離菌株のなかでも人工海水培地にて生育が良好であった5菌株について塩濃度耐性の試験を行った。
【0093】
(1)各菌株をMarine Broth培地で培養した。基質はvaporで与えた。該培養後、シングルコロニーを人工海水液体培地にて便宜希釈した。これを、各塩濃度調整した各人工海水培地にそれぞれ塗布し、基質をvaporにて与え、30℃で静置培養した。培養後、コロニー係数法により、生育の有無を判断した。
【0094】
(2)結果を表5に示す。塩濃度が約3.2〜3.5%である海水においても、耐性を有することが確認された。
【0095】
<Degenetate Primer を用いたPCR>
【0096】
TaKaRa Ex TaqTMの説明書に従って、全ての菌株に対して行った。
【0097】
(1)プライマー
【0098】
CA10株及びKA1株のカルバゾール分解に関る初発酸化酵素をコードしているcarAa内部(図6)を増幅するCSプライマーを用いた。該CSプライマーは、CA10株及びKA1株のcarAa内部をそれぞれ810bp、1100bp増幅するプライマーペアであり、それぞれを配列番号4及び5で示す。
【0099】
(2)反応溶液
【0100】
Total DNA 2μl 、 プライマー 各2μl 、 10×Ex Taq buffer 10μl 、 dNTP 8μl、 Ex Taq 0.5μl、 及びdH2Oを、合わせて100μlになるように調整した。
【0101】
(3)PCR反応プログラム
【0102】
(第1増幅反応)95℃で5分間熱変性処理した後、95℃で30秒間→58℃〜48℃で30秒間→72℃で45秒間のサイクルを10サイクル行った。このとき、アニーリング温度である65℃は1サイクルごとに1℃低下するタッチダウンで行った。
【0103】
(第2増幅反応)第1増幅反応に引き続き、95℃で30秒間→48℃で30秒間→72℃で45秒間のサイクルを20サイクル行った。
【0104】
その後、72℃で5分間処理し、最後に4℃に冷却した。
【0105】
(4)電気泳動
【0106】
2.0%アガロースゲルを用いて前記PCR産物を100Vで電気泳動した。
【0107】
(5)結果を図5に示す。
<サザンハイブリダイゼーション>
【0108】
DIG DNA labeling and detection kit ( Roche Diagnostics ) を用いて行った。ナイロンメンブレンは Biodyne B(日本ジェネティクス)を使用した。
【0109】
(1)プローブ
【0110】
Hexanucleotide mixture ( Roche Diagnostics )、dNTP labeling mixture ( Roche Diagnostics )、Klenow fragment ( Roche Diagnostics )、TE buffer 100ml、Sodium acetate、 100% Ethanol
【0111】
pUCA1をEcoRI制限酵素処理、pBKA102をXhoI-Hind3制限酵素処理し、エタノール沈殿にて濃縮し、pUCA1 の6.9kb断片、pBKA102の4.5kb断片を精製した。該精製断片10μlを、100℃で10分間加熱処理後、4℃で5分間急冷した。Hexanucleotide mixture 2μl、dNTP labeling mixture 2μl、Klenow fragment 1μl、dH2O 5μlを加え、37℃で一晩反応させた。その後、65℃で10分間加熱し、反応をやめた。
【0112】
(2)ハイブリダイゼーション
【0113】
68℃で30分間プレハイブリダイゼーションし、その後熱変性(直後に100℃10分間、その後急冷)させたプローブを10μl加えてシーリングし、68℃で6時間以上反応させた。その後、68℃でメンブレンを洗浄した。メンブレンと発色溶液3mlをハイブリバッグに入れ、室温で遮光してインキュベーションし、発色反応を行った。十分発色させた後、TE bufferに浸して反応を停止させた。
【図面の簡単な説明】
【0114】
【図1】実施形態1の単離方法の手順を示すフローチャート。
【図2】rep-PCR産物の電気泳動バンドパターン。
【図3】OC3株の分子系統樹。
【図4】GC-MSによる中間代謝産物を示すチャート。
【図5】Degenerate Primerを用いたPCR産物の電気泳道バンドパターン。
【図6】サザンハイブリダイゼーションに用いたカルバゾール分解遺伝子群の領域を示す図。
【図7】サザンハイブリダイゼーションの結果を示す図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
環境汚染物質を分解する海水中生息の菌を単離する菌単離方法であって、
海水をフィルターろ過するフィルターろ過ステップと、
ろ過に使用したフィルターの残渣をろ過した海水の一部に懸濁して懸濁液とする懸濁ステップと、
海水培地又は人口海水培地に前記環境汚染物質を基質として添加し、これに前記懸濁液を滴下して、海水培地又は人工海水培地に混入して菌を培養して一次培養液を得る一次培養ステップと、
一次培養ステップにて得られた一次培養液を新たな海水培地又は人口海水培地に希釈し、新たに前記環境汚染物質を基質として添加し培養する培養工程を複数回繰り返す二次培養ステップと、
二次培養ステップにて培養工程を複数回繰り返した後の培養液である二次培養液を海水培地又は人口海水培地にて希釈し、これを重層培地に塗布する塗布ステップと、
塗布ステップにて重層培地に塗布された菌をコロニーが確認できるまで静置培養し、静置培養した菌を採取して新たに重層培地に塗布して静置培養することを繰り返すことで菌を純化する純化ステップと
からなる菌の単離方法により単離された菌を用いることで環境汚染物質である芳香族化合物を分解することを特徴とする芳香族化合物の分解方法。
【請求項2】
芳香族化合物がカルバゾール、ビフェニル、ジベンゾチオフェン、ナフタレン、ジベンゾフラン、ジベンゾ-p-ダイオキシンである請求項1に記載の分解方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−63431(P2013−63431A)
【公開日】平成25年4月11日(2013.4.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−242132(P2012−242132)
【出願日】平成24年11月1日(2012.11.1)
【分割の表示】特願2007−221729(P2007−221729)の分割
【原出願日】平成19年8月28日(2007.8.28)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発行者名 : 社団法人日本農芸化学会 刊行物名 : 大会講演要旨集 2007年度(平成19年度)大会[東京] 発行年月日 : 平成19年3月5日
【出願人】(599016431)学校法人 芝浦工業大学 (109)
【Fターム(参考)】