説明

環境DNAからの新規なニトリルヒドラターゼおよびその遺伝子

【課題】新規ニトリルヒドラターゼ及びニトリルヒドラターゼ遺伝子の提供する。
【解決手段】以下の(a)又は(b)のタンパク質と、以下の(c)又は(d)のタンパク質とを含むニトリルヒドラターゼ。(a)特定なアミノ酸配列を含むタンパク質、(b)特定なアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加してなるアミノ酸配列を含み、かつ、ニトリルヒドラターゼのαサブユニット活性を有するタンパク質、(c)特定なアミノ酸配列を含むタンパク質、(d)特定なアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加してなるアミノ酸配列を含み、かつ、ニトリルヒドラターゼのβサブユニット活性を有するタンパク質。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、環境DNA由来の新規ニトリルヒドラターゼおよびその遺伝子に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、遺伝子のスクリーニングは、目的の酵素活性を有する微生物を自然界から単離し、それら微生物の中からより有用なものを選別するという手法により行われてきた。しかし、近年、自然界に存在する微生物のうち、現在の技術で単離・培養可能であるものは1%未満にすぎないという研究結果が報告された。従来の手法では、自然界中の遺伝子資源の殆どを利用できないことが明らかとなったのである。更に、有用微生物の単離によく用いられる集積培養法(目的微生物を濃縮するための培養法)の場合、その培養条件において生育の速い微生物のみが濃縮されるため、環境サンプルの包含する微生物群のうち生育速度の速い数種類の微生物しか得られないという問題がある。このような問題を解消するため、従来法のように微生物を単離するのではなく、自然界から遺伝子(環境DNA又はメタゲノム)を直接単離し、その中から有用な酵素遺伝子をスクリーニングするという手法(メタゲノムスクリーニング)が行われるようになってきた(例えば非特許文献1,2,3及び特許文献1,2)。
【0003】
メタゲノムスクリーニング法として、現在、ホモロジー法及びショットガン法の2つの方法が知られている。ホモロジー法は、目的酵素と類似の機能を有する既知酵素におけるアミノ酸配列が高度に保存された領域(以下、高度保存領域)の配列情報を利用する方法である。一方、ショットガン法は、メタゲノムをランダムクローニングし、組換え体を作製した後にスクリーニングを行う方法である。
【0004】
ホモロジー法は、既知の酵素遺伝子の配列情報を基礎としてスクリーニングする方法であるため、既知の遺伝子とは本質的に異なる新規酵素遺伝子を得ることが困難であり、また遺伝子全長を効率的に取得する方法自体が未確立の状態である。実際、ホモロジー法によるメタゲノムからのニトリルヒドラターゼ遺伝子の取得の試みがなされているが、今のところ遺伝子全長の取得には至っていない(非特許文献4)。このため、ホモロジー法の主な利用法は、増幅することができた部分を既知酵素と置換した「キメラ」を作製するなどし、既存の酵素機能を向上させることにある。
【0005】
ショットガン法によるニトリルヒドラターゼ遺伝子の取得の試みもなされており、複数のニトリルヒドラターゼ遺伝子全長を取得した例がある(非特許文献5及び特許文献3)。しかしながら、ショットガン法については、多くの酵素が元来の宿主でない細胞内で活性を有する形で発現させるのは難しいと考えられており、活性の検出が困難な場合が少なくない。またこの方法では、巨大な環境メタゲノムライブラリーのスクリーニングに多大な労力と時間を要するという課題もある。
さらに、既知のニトリルヒドラターゼは、活性化状態になるためにはnha3(非特許文献6)やnhlE(非特許文献7)等のアクチベーターの存在が必須である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007-252373号公報
【特許文献2】特開2007-228850号公報
【特許文献3】WO2005/090595
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Christel Schmeisser et al., Metagenomics, biotechnology with non-cultured microbes. Appl Microbiol Biotechnol. 2007 Jul;75(5):955-962
【非特許文献2】Patrick Lorens et al., Metagenomics and industrial application. NATURE REVIEW MICROBIOLOGY 2005 Jun vol.3 510-516
【非特許文献3】Taku Uchiyama et al., Improved inverse PCR scheme for metagenome walking. BioTechniques 41 (August 2006) 183-188
【非特許文献4】Pedro Miguel Lopes Lourenco et al., Searching for nitrile hydratase using the Consensus-Degenerate Hybrid Oligonucleotide Primers strategy. J. Basic Microbiol. 44 (2004) 3, 203-214
【非特許文献5】Klaus Liebeton et al., Identification and Expression in E. coli of Novel Nitrile Hydratases from the metagenome. Eng. Life Sci. 2004; 4(6) 557-562
【非特許文献6】Masaki Nojiri et al., Functional Expression of Nitrile Hydratase in Escherichia coli: Requirement of Nitrile Hydratase Activator and Post-Translational Modification of a Ligand Cysteine. J. Biochem.1999; 125 696-704
【非特許文献7】Zhemin et al., Discovery of posttranslational maturation by self-subunit swapping. PNAS 2008 Sep; 105(39): 14849-14854
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、メタゲノム由来の新規ニトリルヒドラターゼおよびその遺伝子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、所定のPCR条件のもと、メタゲノムから複数のニトリルヒドラターゼ遺伝子をクローニングすることに成功し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は以下の通りである。
(1)以下の(a)又は(b)のタンパク質と、以下の(c)又は(d)のタンパク質とを含むニトリルヒドラターゼ。
(a)配列番号2n(nは1〜22の整数を表す。)で示されるアミノ酸配列を含むタンパク質
(b)配列番号2n(nは1〜22の整数を表す。)で示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加してなるアミノ酸配列を含み、かつ、ニトリルヒドラターゼのαサブユニット活性を有するタンパク質
(c)配列番号2n(nは23〜44の整数を表す。)で示されるアミノ酸配列を含むタンパク質
(d)配列番号2n(nは23〜44の整数を表す。)で示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加してなるアミノ酸配列を含み、かつ、ニトリルヒドラターゼのβサブユニット活性を有するタンパク質
(2)前記(1)に記載のニトリルヒドラターゼをコードする遺伝子DNA。
(3)以下の(a)又は(b)のDNAと、以下の(c)又は(d)のDNAとを含む、ニトリルヒドラターゼ遺伝子DNA。
(a)配列番号2n-1(nは1〜22の整数を表す。)で示される塩基配列を含むDNA
(b)配列番号2n-1(nは1〜22の整数を表す。)で示される塩基配列に相補的な塩基配列を含むDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、ニトリルヒドラターゼのαサブユニット活性を有するタンパク質をコードするDNA
(c)配列番号2n-1(nは23〜44の整数を表す。)で示される塩基配列からなるDNA
(d)配列番号2n-1(nは23〜44の整数を表す。)で示される塩基配列に相補的な塩基配列を含むDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、ニトリルヒドラターゼのβサブユニット活性を有するタンパク質をコードするDNA
(4)前記(2)又は(3)に記載の遺伝子DNAを含む組換えベクター。
(5)前記(4)に記載の組換えベクターを含む形質転換体。
(6)前記(5)に記載の形質転換体を培養して得られる培養物から採取されるニトリルヒドラターゼ 。
(7)前記(5)に記載の形質転換体を培養し、得られる培養物からニトリルヒドラターゼを採取する工程を含む、ニトリルヒドラターゼの製造方法。
(8)前記(5)に記載の形質転換体を培養して得られる培養物若しくは当該培養物の処理物、又は前記(6)に記載のニトリルヒドラターゼをニトリル化合物に接触させ、当該接触により生成されるアミド化合物を採取する工程を含む、アミド化合物の製造方法。
(9)環境サンプルから抽出されたメタゲノムを鋳型とし、ニトリルヒドラターゼの高度保存領域のアミノ酸配列情報に基づいて設計されたオリゴヌクレオチドをプライマーとして用いてinverse PCRを行う工程を含む、ニトリルヒドラターゼ遺伝子のスクリーニング方法。
(10)inverse PCR後に、さらにnested PCRを行う工程を含む(9)に記載の方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、メタゲノム由来の新規ニトリルヒドラターゼ遺伝子が提供される。本発明の遺伝子は、今まで単離できなかった微生物由来のニトリルヒドラターゼ遺伝子であり、従来のものとは異なる性質を有するため、従来の応用範囲を超えた利用が期待できる点で極めて有用である。
また、本発明により、メタゲノムからニトリルヒドラターゼ遺伝子をスクリーニングする方法が提供される。
メタゲノムから、目的遺伝子全長を効率よく回収することは困難であるが、本発明により、多様なニトリルヒドラターゼ遺伝子又はその断片の情報を得ることができ、ニトリルヒドラターゼの効率的生産又はアミド化合物生産への利用が可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】ニトリルヒドラターゼα-サブユニット遺伝子断片増幅用プライマーの位置を示す図である。
【図2】ニトリルヒドラターゼα-サブユニット遺伝子断片増幅用プライマーNHSCR-01〜12の塩基配列を示す図である。
【図3】ニトリルヒドラターゼα-サブユニットの領域1(340bp)及び領域2(230bp))を示す図である。
【図4】本発明のニトリルヒドラターゼのα-サブユニットと既知ニトリルヒドラターゼのα-サブユニットとの比較を示す図である。
【図5】ニトリルヒドラターゼの活性中心周辺のアミノ酸配列を示す図である。
【図6】inverse PCR用プライマーの位置を示す図である。
【図7】inverse PCR手法の概要を示す図である。
【図8】inverse PCR及びnested PCR用のプライマーの塩基配列を示す図である。
【図9】ステップダウンPCRの結果を示す模式図である。
【図10】二段階PCRの結果を示す図である。
【図11】ニトリルヒドラターゼ遺伝子増幅断片の配列解析(ホモロジー検索)結果を示す図である。
【図12】ニトリルヒドラターゼ発現プラスミド構築用プライマーの塩基配列を示す図である。
【図13】ダイレクトシークエンスの実験手法を示す図である。
【図14】TA-cloningの実験手法を示す図である。
【図15】Transformation及びプラスミド調製の実験手法を示す図である。
【図16】メタゲノムを各種制限酵素で処理する際の実験手法を示す図である。
【図17】環状化処理及び環状化サンプルの増幅手法を示す図である。
【図18】inverse PCRの実験手法を示す図である。
【図19】inverse PCR(ステップダウンPCR)の実験手法を示す図である。
【図20】PrimeStar max DNA polymerase を用いたinverse PCR(ステップダウンPCR)の実験手法を示す図である。
【図21】nested PCRの実験手法を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、新規ニトリルヒドラターゼ、及びニトリルヒドラターゼ遺伝子に関するものであり、当該遺伝子は、土壌等の環境サンプルから抽出したメタゲノムを採取源としてスクリーニングを行った結果、得られたものである。
【0014】
1.概要
本発明において、自然界から直接メタゲノムを抽出し、そこから新規有用酵素遺伝子をスクリーニングする手法の開発を試みた。本発明においては、ニトリルヒドラターゼ遺伝子の全長をクローニングする手法の一例としてinverse PCR法を採用し、そのPCR条件を設計した。
inverse PCR法の条件設計後、実際に採取した土壌から抽出したメタゲノムを使用し、ニトリルヒドラターゼ遺伝子のメタゲノムスクリーニングを実施した。
その結果、本発明のスクリーニング手法により、メタゲノムから新規ニトリルヒドラターゼ遺伝子全長を含む断片を増幅することに成功し、その全長配列を決定することができた。本発明においては、ライブラリーからのショットガンスクリーニングを経ずに、メタゲノムからニトリルヒドラターゼ遺伝子全長を取得することに初めて成功した。クローニングされた遺伝子は、既知ニトリルヒドラターゼとは異なる新規型ニトリルヒドラターゼをコードしていた。そして、この新規型ニトリルヒドラターゼの大腸菌発現系を構築し、これらがニトリルヒドラターゼ活性を保有していることを確認した。
【0015】
(1)メタゲノムスクリーニング手法について
効率よくメタゲノムスクリーニングを実施するためには、損傷が少なく、且つきれいなメタゲノムを回収することが必要である。
土壌中の微生物は土塊に包まれた状態のものも存在し、普通に緩衝溶液などで懸濁しただけでは微生物を遊離させることは出来ない。また、土壌微生物群の中には堅い外壁を有するものも存在するため、それら微生物を溶菌すること自体が難しい。さらに、サンプルが土壌の場合、土壌中に含まれる腐植物質のような酵素反応阻害物質もメタゲノムと共に抽出されてしまうため、水系サンプルや生物の器官を使用する場合よりもメタゲノム調製は困難である。
そこで本発明においては、メタゲノムを抽出するために界面活性剤による溶菌とビーズによる物理的破砕を併用した手法を採用することが好ましい。
【0016】
(2)inverse PCR法
inverse PCR(逆PCR)法とは、既知の領域に隣接する未知の塩基配列を増幅する方法である。鋳型DNAを、既知部分の外側で制限酵素消化し、生じた断片を分子内連結反応によって環状化する。続いて3'末端が未知領域に向かってアニールするようなプライマー対を用いてPCRを実施する。結果的に、既知領域に隣接する未知領域が、既知領域の2つのプライマーの3'末端間に挟まれた状態で増幅される。
inverse PCR法により標的遺伝子全長を取得するために使用するプライマーの設計には、標的遺伝子の部分情報が必要である。各タンパク質のファミリー間で高度に保存されている領域が存在する場合、その配列情報を利用することにより比較的容易に部分配列取得用プライマーを設計することができる。そこで本発明においても、ニトリルヒドラターゼの高度保存領域のアミノ酸配列情報に基づいてプライマーを設計する。
しかしながら、本発明の予備実験において、保存領域の情報を利用しても増幅させることが困難であることが分かった。その理由は、メタゲノム中にニトリルヒドラターゼ遺伝子を含むものは一部に過ぎず、また、部分配列の取得に混合プライマー(異なる配列のものを複数含むプライマー)を使用するため、PCRの増幅効率が非常に悪くなってしまうためである。
従って、本発明において、PCRプライマーの配列は、文献(非特許文献4)に記載されたプライマーの配列に改良を加えたものを使用する。具体的には、“N(A or T or G or C)”の替わりに“I(イノシン)”を含むプライマーを使用することとした。これにより、メタゲノムに対するプライマーのアニーリング効率が向上し、文献に記載のNHblockBを用いたときは増幅できなかったのに対し、本発明では増幅が可能となる。
【0017】
一方、inverse PCRに使用する鋳型は、メタゲノムを一度消化し、自己連結反応により環状化したものである。そのため、効率的にinverse PCRを行うためには、メタゲノムを完全に消化することが理想的である。一般的に、微生物のゲノムDNAを既知の制限酵素により消化した場合、どの酵素でも効率的に消化できるわけではなく、その消化効率は各微生物により異なる。メタゲノムは多種多様な微生物ゲノムDNAの混合物であるため、メタゲノムを消化・環状化する過程において、実際にinverse PCRに鋳型として利用できる環状DNAを効率的に得ることは困難である。
本発明においては、多くの反応系の中から、特異性が高く且つプライミングに優れたポリメラーゼの反応系を採用し、鋳型の調製法や反応条件にも工夫を凝らした。例えば、inverse PCRを実施する場合、標的になる遺伝子のコピー数がある程度必要であるため、通常のPCRよりも多くの鋳型が必要になる。メタゲノムの場合は単一生物のゲノムDNAを使用する場合よりも更に多量の鋳型を用意しなければならない。そこで、本発明においては、環状DNA増幅キットTempliPhi DNA Amplification Kit(GE Healthcare)等を使用し、事前に環状化したメタゲノムを増幅することによりinverse PCRに必要な鋳型量を確保することにした。inverse PCRにはステップダウンPCRを導入し、少量の鋳型からの増幅効率が更に向上するように工夫した。ステップダウンPCRとは、アニーリング反応及び/又は伸長反応温度を徐々に下げていき、最終的に至適温度まで下げた後に通常サイクルを実施するPCR法であり、特異的に増幅するもののみを本サイクルの前にあらかじめ増幅することにより目的遺伝子の増幅効率を向上させる手法である。さらに、本発明においては、メタゲノム中のニトリルヒドラターゼ遺伝子DNAの増幅効率を高めるため、inverse PCR後にnested PCRを行う二段階PCRを実施することが好ましい。
【0018】
(3)nested PCR法
nested PCR(ネスティドPCR)とは、標的遺伝子配列を特異的に増幅するために行われるPCRであって、一度PCRで増幅した産物を鋳型に使用するPCRである。nested PCRでは、1回目のPCRに用いたプライマーの更に内側にアニールするように設計したプライマーを使用するため、より短い配列が増幅する。その結果、1回目に非特異的に増幅された配列は2回目には増幅されないため、目的の遺伝子断片をより効率的に得ることができる。
本発明において、inverse PCRに使用するプライマーの片方をビオチン化しておき(非特許文献2及び特許文献2)、増幅産物のみを精製できる状態にしておくことが好ましい。これにより、nested PCR時の競合DNAを大幅に減らすことができるため、目的の遺伝子を高確率に増幅することができる。
【0019】
(4)新規型ニトリルヒドラターゼ
本発明により、メタゲノムから新規型ニトリルヒドラターゼ遺伝子全長をクローニングすることに成功し、またこのニトリルヒドラターゼがアクリロニトリルを基質にした場合にニトリルヒドラターゼ活性を持つことを確認した。
既知のニトリルヒドラターゼは、活性中心に補欠因子(鉄イオン又はコバルトイオン)を取り込むことにより活性化状態となる。そして、活性化状態になるためには前記のとおりnha3(非特許文献6)やnhlE(非特許文献7)等のアクチベーターの存在が必須である。しかし、本発明のニトリルヒドラターゼはアクチベーターの手助けなしに活性を獲得している。
【0020】
2.ニトリルヒドラターゼ
「ニトリルヒドラターゼ」とは、ニトリル化合物を対応するアミド化合物に変換する水和反応(RCN+H2O→RCONH2)を触媒する酵素である。また、「ニトリルヒドラターゼ」の構造は、αサブユニットとβサブユニットとの複合体であり、高次構造をとる。既知のニトリルヒドラターゼは、活性中心に配位している補欠因子の種類によりさらに鉄型(鉄イオンが配位)とコバルト型(コバルトイオンが配位)に分類される。
そして、本発明の新規ニトリルヒドラターゼは、以下の特徴を有するものである。
【0021】
(1)構造的特徴
(i) 活性中心に金属イオンの配位子として機能すると推測される3つの保存されたシステインとセリンをもつ。
(ii) 活性中心とその周辺の配列は保存されているが、その保存配列は既知ニトリルヒドラターゼのものとは異なっている。
(iii) 活性中心より上流に塩基性アミノ酸に富む保存配列(KHHRH:配列番号104)を有する。
(iv)αサブユニットとβサブユニットから成り、その下流にアクチベーターが存在していない。
【0022】
(2)機能的特徴
(i) アクリロニトリルを基質としてアクリルアミドを生産する。
(ii) アクチベーターなしで酵素活性を有する。
(iii) 組換え菌で反応を行う場合、反応系の塩濃度によりその活性が変化する。
例えば、反応系にNaClを含めた場合、1〜1.5 Mの濃度で活性が最大となる。1 M時の活性は0 M時の約60倍である。
【0023】
(3)アミノ酸配列
本発明のニトリルヒドラターゼは、以下αサブユニット及びβサブユニットのタンパク質を含むものである。
<αサブユニット>
(a)配列番号2n(nは1〜22の整数を表す。以下同様。)で示されるアミノ酸配列を含むタンパク質
(b)配列番号2n(nは1〜22の整数を表す。)で示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加してなるアミノ酸配列を含み、かつニトリルヒドラターゼのαサブユニット活性を有するタンパク質
<βサブユニット>
(c)配列番号2n(nは23〜44の整数を表す。以下同様。)で示されるアミノ酸配列を含むタンパク質
(d)配列番号2n(nは23〜44の整数を表す。)で示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加してなるアミノ酸配列を含み、かつ、ニトリルヒドラターゼのβサブユニット活性を有するタンパク質
本発明のニトリルヒドラターゼを構成するαサブユニット及びβサブユニットの遺伝子の塩基配列及びタンパク質のアミノ酸配列情報を表1に示す。
【0024】
【表1】

【0025】
本発明のニトリルヒドラターゼのαサブユニット及びβサブユニットには、上記アミノ酸配列又は塩基配列の上流又は下流にゲノム内の他のタンパク質配列(アミノ酸配列)が含まれていてもよい。但し、本発明においては、配列番号2n(n=1-22)(αサブユニット)又は2n(n=23-44)(βサブユニット)で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質であることが好ましい。
また、本発明のニトリルヒドラターゼのαサブユニット及びβサブユニットには、上記アミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加され、又はそれらの組合せにより変異されたアミノ酸配列を含み、かつ、αサブユニットについてはαサブユニット活性、及びβサブユニットについてβサブユニット活性を有するタンパク質も含まれる。
【0026】
配列番号2n(n=1-22)(αサブユニット)又は2n(n=23-44)(βサブユニット)で示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が、欠失、置換、若しくは付加され、又はそれらの組合せにより変異されたアミノ酸配列としては、例えば、
(i)配列番号2n(n=1-22)又は2n(n=23-44)で示されるアミノ酸配列中の1〜9個(例えば、1〜5個、好ましくは1〜3個、より好ましくは1〜2個、さらに好ましくは1個)のアミノ酸が欠失したアミノ酸配列、
(ii) 配列番号2n(n=1-22)又は2n(n=23-44)で示されるアミノ酸配列中の1〜9個(例えば、1〜5個、好ましくは1〜3個、より好ましくは1〜2個、さらに好ましくは1個)のアミノ酸が他のアミノ酸で置換されたアミノ酸配列、
(iii) 配列番号2n(n=1-22)又は2n(n=23-44)で示されるアミノ酸配列に1〜9個(例えば、1〜5個、好ましくは1〜3個、より好ましくは1〜2個、さらに好ましくは1個)のアミノ酸が付加したアミノ酸配列、
(iv) 上記(i)〜(iii) の組合せにより変異されたアミノ酸配列
などが挙げられる。
【0027】
ここで、「αサブユニット活性」とは、βサブユニットと結合して複合体を形成する機能を意味し、「βサブユニット活性」とは、αサブユニットと結合して複合体を形成する機能を意味する。そして、形成された複合体はニトリルヒドラターゼ活性を獲得する。
「ニトリルヒドラターゼ活性」とは、ニトリル化合物のニトリル基に作用して対応するアミド化合物に変換させる活性を意味する。本発明のニトリルヒドラターゼの酵素活性の測定方法としては、例えば、ニトリル化合物の1つであるアクリロニトリルを用いる方法が挙げられる。この方法では、ニトリルヒドラターゼがアクリロニトリルに作用することによりアクリロニトリルに対応するアミド化合物であるアクリルアミドが得られる。従って、本発明のニトリルヒドラターゼをアクリロニトリルに作用させ、生成するアクリルアミドの生成量を定量することで、ニトリルヒドラターゼ活性を測定することができる。あるいは、アクリロニトリルの消費量を定量することによってニトリルヒドラターゼ活性を測定することもできる。
さらに、本発明のニトリルヒドラターゼには、配列番号2n(n=1-22)又は2n(n=23-44)で示されるアミノ酸配列と約96%以上、好ましくは約97%以上、より好ましくは約98%以上の相同性を有するアミノ酸配列を有し、かつαサブユニット活性又はβサブユニット活性を有するものも含まれる。
【0028】
上記の変異を有するタンパク質を調製するために、当該タンパク質をコードするDNAに変異を導入するには、「Molecular Cloning, A Laboratory Manual 2nd ed.」(Cold Spring Harbor Press(1989))、「Current Protocols in Molecular Biology」(John Wiley & Sons(1987-1997))、Kunkel(1985)Proc. Natl. Acad. Sci. USA 82: 488-92、Kramer and Fritz(1987)Method. Enzymol. 154: 350-67、Kunkel(1988)Method. Enzymol. 85: 2763-6等に記載の部位特異的変異誘発法等の方法に従って調製することができる。また、Kunkel法やGapped duplex法等の部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット、例えばQuikChangeTM Site-Directed Mutagenesis Kit(ストラタジーン)、GeneTailorTM Site-Directed Mutagenesis System(インビトロジェン)、TaKaRa Site-Directed Mutagenesis System(Mutan-K、Mutan-Super Express Km、PrimeSTAR(登録商標) Mutagenesis Basal Kit、TaKaRa LA PCRTM in vitro Mutagenesis Kit等:タカラバイオ)等を用いて行うことができる。
【0029】
3.ニトリルヒドラターゼ遺伝子
本発明のニトリルヒドラターゼ遺伝子DNAは、αサブユニット(配列番号2n-1(n=1-22))及びβサブユニット(配列番号2n-1 (n=23-44))をコードするDNAの塩基配列(表1)の上流又は下流にゲノム内の他のタンパク質のコード配列(塩基配列)が含まれていてもよいが、αサブユニット及びβサブユニットからなるアミノ酸配列をコードするDNAであることが好ましい。
また、本発明のニトリルヒドラターゼ遺伝子DNAは、上記配列番号2n-1(n=1-22)及び2n-1(n=23-44)で示される塩基配列を含むDNA、又は配列番号2n-1(n=1-22)及び2n-1(n=23-44)で示される塩基配列からなるDNAのほか、当該遺伝子DNAの塩基配列に相補的な塩基配列を含むDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、ニトリルヒドラターゼ活性を有するタンパク質をコードするDNAも含まれる。
【0030】
「ストリンジェントな条件」とは,特異的なハイブリダイゼーションのみが起き,非特異的なハイブリダイゼーションが起きないような条件をさす。ストリンジェントな条件は、配列に依存的であるが、通常、一般的なハイブリダイゼーション条件よりも塩濃度を低く設定したり、ホルムアミドを加えたりすることにより最適化できる。例えば、5×SSC、1%SDSおよび50%ホルムアミドを含む緩衝液中における42℃でのハイブリダイゼーション、あるいは5×SSC、および1%SDSを含む緩衝液中における65℃でのハイブリダイゼーション(両方とも0.2×SSCおよび0.1%SDSで65℃での洗浄を伴う)が挙げられる。当業者であれば、このようなバッファーの塩濃度、温度等の条件に加えて、その他のプローブ濃度、プローブの長さ、反応時間等の諸条件を加味し、本発明のニトリルヒドラターゼをコードする遺伝子DNAを得るための条件を適宜設定することができる。
【0031】
ハイブリダイゼーション法の詳細な手順については、「Molecular Cloning, A Laboratory Manual 2nd ed.」(Cold Spring Harbor Press(1989))等を参照することができる。ハイブリダイズするDNAとしては、本発明の遺伝子DNAに対して少なくとも40%以上、好ましくは60%、さらに好ましくは90%以上の同一性を有する塩基配列を含むDNA又はその部分断片が挙げられる。
【0032】
本明細書において、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドには、例えば、配列番号2n-1(n=1-22) (αサブユニット)又は2n-1 (n=23-44) (βサブユニット)で示される塩基配列と少なくとも80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは96%以上、さらに好ましくは98%以上の同一性(相同性)を有する塩基配列を含むポリヌクレオチドが含まれる。同一性を示す値は、BLASTなどの公知のプログラムを利用することにより算出することができる。
【0033】
また、配列番号2n-1(n=1-22)(αサブユニット)又は(n=23-44)(βサブユニット)で示される塩基配列に相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドは、例えば、配列番号2n-1(n=1-22)(αサブユニット)又は(n=23-44)(βサブユニット)で示される塩基配列において1個又は数個の核酸に欠失、置換又は付加などの変異の生じた塩基配列を含むポリヌクレオチドが挙げられる。
【0034】
ここで、2n-1(n=1-22)又は2n-1 (n=23-44)で示される塩基配列において数個又は十数個の核酸に欠失、置換又は付加などの変異の生じた塩基配列としては、例えば、
(v) 配列番号2n-1(n=1-22)又は2n-1 (n=23-44)で示される塩基配列中の3m個(例えば、m=1〜9、好ましくはm=1〜5、より好ましくはm=1〜3、さらに好ましくはm=1〜2)の核酸が欠失した塩基配列、
(vi) 配列番号2n-1(n=1-22)又は2n-1 (n=23-44)で示される塩基配列中の1〜10個(例えば、1〜5個、好ましくは1〜3個、より好ましくは1〜2個、さらに好ましくは1個)の核酸が他の核酸で置換された塩基配列、
(vii) 配列番号2n-1(n=1-22)又は2n-1 (n=23-44)で示される塩基配列に3m個(例えば、m=1〜9、好ましくはm=1〜5、より好ましくはm=1〜3、さらに好ましくはm=1〜2)の核酸が付加した塩基配列、
(viii)上記(a)〜(c)の組合せにより変異された塩基配列
などが挙げられる。
【0035】
本発明において、塩基配列の確認は、慣用の方法により配列決定することにより行うことができ、例えば、適当なDNAシークエンサーを利用して配列が解析される。
一旦本発明の遺伝子DNAの塩基配列が決定されると、その後は、当該塩基配列情報に基づき、PCR法により、あるいは他の化学的な合成法によって本発明の遺伝子DNAを調製することができる。
【0036】
4.組換えベクター、形質転換体
ニトリルヒドラターゼ遺伝子DNAは、形質転換される宿主生物において発現可能なように、ベクターに組み込むことが必要である。例えば、ベクターとしてはプラスミドDNA、バクテリオファージDNA、レトロトランスポゾンDNA、人工染色体DNAなどが挙げられる。
また、本発明において使用し得る宿主は、上記組換えベクターが導入された後、目的のニトリルヒドラターゼを発現することができる限り特に限定されるものではない。例えば、大腸菌及び枯草菌等の細菌、酵母、動物細胞、昆虫細胞、植物細胞等を用いることができる。大腸菌を宿主とする場合、発現効率の高い発現ベクター、例えばtrcプロモーターを有する発現ベクターpkk233-2(GE Healthcare)又はpTrc99A(GE Healthcare)などを用いることが好ましい。
【0037】
ベクターには、ニトリルヒドラターゼ遺伝子DNAのほか、プロモーター、ターミネーター、エンハンサー、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナル、選択マーカー、リボソーム結合配列(SD配列)等を連結することができる。なお、選択マーカーとしては、例えばアンピシリン耐性遺伝子、カナマイシン耐性遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子、クロラムフェニコール耐性遺伝子、ジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子等が挙げられる。
【0038】
細菌を宿主とする場合、例えば、エシェリヒア・コリ(Escherichia coli)が挙げられ、ロドコッカス菌としては、例えばロドコッカス・ロドクロウス(Rhodococcus rhodochrous)ATCC12674、ロドコッカス・ロドクロウス(Rhodococcus rhodochrous)ATCC17895、ロドコッカス・ロドクロウス(Rhodococcus rhodochrous)ATCC19140等が挙げられる。これらのATCC株は、アメリカンタイプカルチャーコレクションから入手できる。
細菌への組換えベクターの導入方法としては、細菌にDNAを導入する方法であれば特に限定されるものではない。例えばカルシウムイオンを用いる方法、エレクトロポレーション法等が挙げられる。
【0039】
酵母を宿主とする場合は、例えばサッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)、シゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)、ピヒア・パストリス(Pichia pastoris)等が用いられる。酵母への組換えベクターの導入方法としては、酵母にDNAを導入する方法であれば特に限定されず、例えばエレクトロポレーション法、スフェロプラスト法、酢酸リチウム法等が挙げられる。
【0040】
動物細胞を宿主とする場合は、サル細胞COS-7、Vero、CHO細胞、マウスL細胞、ラットGH3、ヒトFL細胞等が用いられる。動物細胞への組換えベクターの導入方法としては、例えばエレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法、リポフェクション法等が挙げられる。
【0041】
昆虫細胞を宿主とする場合は、Sf9細胞、Sf21細胞等が用いられる。昆虫細胞への組換えベクターの導入方法としては、例えばリン酸カルシウム法、リポフェクション法、エレクトロポレーション法等が用いられる。
【0042】
植物細胞を宿主とする場合は、タバコBY-2細胞等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。植物細胞への組換えベクターの導入方法としては、例えばアグロバクテリウム法、パーティクルガン法、PEG法、エレクトロポレーション法等が用いられる。
【0043】
5.ニトリルヒドラターゼの製造方法
本発明において、ニトリルヒドラターゼは、上記形質転換体を培養し、得られる培養物から採取することにより製造することができる。
本発明において、「培養物」とは、培養上清、培養細胞、培養菌体、又は細胞若しくは菌体の破砕物のいずれをも意味するものである。本発明の形質転換体を培養する方法は、宿主の培養に用いられる通常の方法に従って行われる。目的のニトリルヒドラターゼは、上記培養物中に蓄積される。
【0044】
本発明の形質転換体を培養する培地は、宿主菌が資化し得る炭素源、窒素源、無機塩類等を含有し、形質転換体の培養を効率的に行うことができる培地であれば、天然培地、合成培地のいずれを用いてもよい。炭素源としては、グルコース、ガラクトース、フラクトース、スクロース、ラフィノース及びデンプン等の炭水化物、酢酸及びプロピオン酸等の有機酸、エタノール及びプロパノール等のアルコール類が挙げられる。窒素源としては、アンモニア、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、酢酸アンモニウム及びリン酸アンモニウム等の無機酸、若しくは有機酸のアンモニウム塩、又はその他の含窒素化合物が挙げられる。その他、ペプトン、酵母エキス、肉エキス、コーンスティープリカー、各種アミノ酸等を用いてもよい。無機物としては、リン酸第一カリウム、リン酸第二カリウム、リン酸マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム、硫酸第一鉄、硫酸マンガン、硫酸亜鉛、硫酸銅、炭酸カルシウム等が挙げられる。また、必要に応じ、培養中の発泡を防ぐために消泡剤を添加してもよい。さらに、培地にはニトリルヒドラターゼの誘導剤となるニトリル類やアミド類を添加してもよい。
【0045】
培養中、ベクター及び目的遺伝子の脱落を防ぐために選択圧を掛けた状態で培養してもよい。すなわち、選択マーカーが薬剤耐性遺伝子である場合に相当する薬剤を培地に添加してもよく、選択マーカーが栄養要求性相補遺伝子である場合に相当する栄養因子を培地から除いてもよい。また、選択マーカーが資化性付与遺伝子である場合は、相当する資化因子を必要に応じて唯一因子として添加することができる。例えば、アンピシリン耐性遺伝子を含むベクターで形質転換した大腸菌を培養する場合、培養中、必要に応じてアンピシリンを添加してもよい。
【0046】
プロモーターとして誘導性のプロモーターを用いた発現ベクターで形質転換した形質転換体を培養する場合は、必要に応じてインデューサーを培地に添加してもよい。例えば、イソプロピル-β-D-チオガラクトシド(IPTG)で誘導可能なプロモーターを有する発現ベクターで形質転換した形質転換体を培養するときには、IPTG等を培地に添加することができる。また、インドール酢酸(IAA)で誘導可能なtrpプロモーターを用いた発現ベクターで形質転換した形質転換体を培養するときには、IAA等を培地に添加することができる。
【0047】
形質転換体の培養条件は、目的のニトリルヒドラターゼの生産性及び宿主の生育が妨げられない条件であれば特段限定されるものではないが、通常、10℃〜40℃、好ましくは20℃〜37℃で5〜100時間行う。pHの調整は、無機又は有機酸、アルカリ溶液等を用いて行い、例えば大腸菌であれば6〜9に調整する。培養方法としては、固体培養、静置培養、振盪培養、通気攪拌培養などが挙げられるが、特に大腸菌形質転換体を培養する場合には、振盪培養又は通気攪拌培養(ジャーファーメンター)により好気的条件下で培養することが好ましい。
上記培養条件で培養すると、高収率で本発明のニトリルヒドラターゼを上記培養物中、すなわち、培養上清、培養細胞、培養菌体、又は細胞若しくは菌体の破砕物の少なくともいずれかに蓄積することができる。
【0048】
培養後、ニトリルヒドラターゼが菌体内又は細胞内に生産される場合には、菌体又は細胞を破砕することにより、目的のニトリルヒドラターゼを採取することができる。菌体又は細胞の破砕方法としては、フレンチプレス又はホモジナイザーによる高圧処理、超音波処理、ガラスビーズ等による磨砕処理、リゾチーム、セルラーゼ又はペクチナーゼ等を用いる酵素処理、凍結融解処理、低張液処理、ファージによる溶菌誘導処理等を利用することができる。破砕後、必要に応じて菌体又は細胞の破砕残渣(細胞抽出液不溶性画分を含む)を除くことができる。残渣を除去する方法としては、例えば、遠心分離やろ過などが挙げられ、必要に応じて、凝集剤やろ過助剤等を使用して残渣除去効率を上げることもできる。残渣を除去した後に得られた上清は細胞抽出液可溶性画分であり、粗精製したニトリルヒドラターゼ溶液とすることができる。
【0049】
また、ニトリルヒドラターゼが菌体内又は細胞内に生産される場合、菌体や細胞そのものを遠心分離、膜分離等で回収して、未破砕のまま使用することも可能である。
ニトリルヒドラターゼが菌体外又は細胞外に生産される場合には、培養液をそのまま使用するか、遠心分離やろ過等により菌体又は細胞を除去する。その後、必要に応じて硫安沈澱による抽出等により前記培養物中からニトリルヒドラターゼを採取し、さらに必要に応じて透析、各種クロマトグラフィー(ゲルろ過、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティクロマトグラフィー等)を用いて単離精製することができる。
【0050】
形質転換体を培養して得られたニトリルヒドラターゼの生産収率は、例えば、培養液あたり、菌体湿重量又は乾燥重量あたり、粗酵素液タンパク質あたりなどの単位で、SDS-PAGE(ポリアクリルアミドゲル電気泳動)やニトリルヒドラターゼ活性測定などにより確認することができるが、特段限定されるものではない。SDS-PAGEは当業者であれば公知の方法を用いて行うことができる。また、ニトリルヒドラターゼ活性は、上述した活性の値を適用することができる。
また、本発明においては、生細胞を全く使用することなく、無細胞タンパク質合成系を採用してニトリルヒドラターゼを生産することが可能である。
【0051】
無細胞タンパク質合成系とは、細胞抽出液を用いて試験管等の人工容器内でタンパク質を合成する系である。なお、本発明において使用される無細胞タンパク質合成系には、DNAを鋳型としてRNAを合成する無細胞転写系も含まれる。
この場合、上記の宿主に対応する生物は、下記の細胞抽出液の由来する生物に相当する。ここで、上記細胞抽出液は、真核細胞由来又は原核細胞由来の抽出液、例えば、小麦胚芽、大腸菌などの抽出液を使用することができる。なお、これらの細胞抽出液は濃縮されたものであっても濃縮されていないものであってもよい。
【0052】
細胞抽出液は、例えば限外濾過、透析、ポリエチレングリコール(PEG)沈殿等によって得ることができる。さらに本発明において、無細胞タンパク質合成は、市販のキットを用いて行うこともできる。そのようなキットとしては、例えば試薬キットPROTEIOSTM(東洋紡)、TNTTMSystem(プロメガ)、WakoPURE system(和光純薬)、合成装置のPG-MateTM(東洋紡)、RTS(ロシュ・ダイアグノスティクス)などが挙げられる。
上記のように無細胞タンパク質合成によって得られるニトリルヒドラターゼは、前述のように適宜クロマトグラフィーを選択して、精製することができる。
【0053】
6.アミド化合物の製造方法
上述のように製造されたニトリルヒドラターゼ は、酵素触媒として物質生産に利用することができる。例えば、ニトリル化合物に、上記ニトリルヒドラターゼを接触させることにより、アミド化合物を製造することができる。
酵素触媒としては、前述のように適当な宿主内でニトリルヒドラターゼ遺伝子が発現するように遺伝子導入を行い、宿主を培養した後の培養物、当該培養物の処理物、又は上記取得されたニトリルヒドラターゼを利用することができる。処理物としては、例えば、培養後の細胞をアクリルアミド等のゲルで包含したもの、グルタルアルデヒドで処理したもの、アルミナ、シリカ、ゼオライト及び珪藻土等の無機担体に担持したもの等が挙げられる。
【0054】
基質として使用されるニトリル化合物は、本発明のニトリルヒドラターゼが基質として作用できる化合物であれば特に限定されないが、好ましくはアセトニトリル、プロピオニトリル、アクリロニトリル、メタクリロニトリル、n−ブチロニトリル、イソブチロニトリル、クロトノニトリル、α−ヒドロキシイソブチロニトリル等といった炭素数2〜4のニトリル化合物がその代表例として挙げられる。ニトリル化合物の水性媒体中での濃度は、ニトリル化合物の水性媒体中での最大溶解度を越えない範囲内であれば特に限定されるものではないが、好ましくはニトリル化合物によるニトリルヒドラターゼの失活を考慮して5%以下、より好ましくは2%以下になるように制御しつつ逐次添加するのが好ましい。
【0055】
反応方法、及び反応終了後のアミド化合物の採取方法は、基質及び酵素触媒の特性により適宜選択される。酵素触媒は、その活性が失活しない限り、リサイクル使用することが好ましい。失活の防止やリサイクルを容易にすることに鑑み、酵素触媒は処理物の形態で使用されることが好ましい。
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0056】
環境サンプルからのメタゲノム抽出
本実施例は、メタゲノムスクリーニングを実施する際に必要となるメタゲノムの抽出を示すものである。
1-1. 環境サンプルの採取
神奈川県横浜市内の工業団地地区の土壌を環境サンプルとして採取した。採取後の土壌は滅菌ガーゼを通して植物の根や小石等を取り除いた後、-20℃又は-80℃で凍結保存した。
1-2. 環境サンプルからのメタゲノム抽出
凍結土壌からのメタゲノムの抽出にはISOIL for Beads Beating(ニッポンジーン)を使用した。抽出は、キットの説明書に従って行った。メタゲノムが回収されたことの確認は、0.7%アガロースゲル電気泳動により行った。その結果、0.5 gの凍結土壌から0.6〜1.2μg程度のメタゲノムが回収できた。
【実施例2】
【0057】
新規ニトリルヒドラターゼ遺伝子断片の増幅
本実施例は、実施例1で得られたメタゲノムを鋳型として、新規ニトリルヒドラターゼ遺伝子断片の増幅を示すものである。
【0058】
2-1. 既知酵素の高度保存領域情報を利用した新規ニトリルヒドラターゼ遺伝子断片の増幅
既知コバルト型ニトリルヒドラターゼの高度保存領域の配列情報を利用して、ニトリルヒドラターゼα-サブユニット遺伝子断片増幅用プライマーNHSCR-01〜12を設計した。それぞれのプライマーの位置情報を図1に示す。また、プライマーの配列を図2に示す。
上記プライマーを使用し、メタゲノムからのニトリルヒドラターゼα-サブユニット遺伝子断片の増幅を試みた。なお、プライマー設計に際し、α-サブユニットの活性中心付近の領域を「領域1」(340bp)とし、活性中心の下流部分の領域を「領域2」(230bp)とした(図3)。
領域1及び領域2の増幅には、AccPrime Taq DNA polymerase(Invitrogen)を使用し、PCR反応はキットの説明書に従って行った。
PCR産物は、1.5%アガロースゲルを使用した電気泳動(50V 60 min)を行い、エチジウムブロミド染色後、GFX PCR DNA and Gel purification kit(GE Healthcare)を使用して精製した。
その結果、それぞれ領域1(図3)及び領域2(図3)に相当する長さの断片の増幅が確認された。増幅した断片は、クローニング用ベクターに接続する前に直接配列解析し(以下、ダイレクトシークエンス)、確かにニトリルヒドラターゼ遺伝子の断片であることを確認した。ニトリルヒドラターゼ遺伝子断片をクローニング用ベクターpGEM-T Easy(Promega)に接続後、プラスミドを複数個回収し、配列解析を実施した。ダイレクトシークエンス、pGEM-T Easyへの接続、並びにTransformation及びプラスミド調製の実験手法をそれぞれ図13、図14及び図15に示す。
その結果、メタゲノム中に非常に多様なニトリルヒドラターゼ遺伝子が含まれていることが判明した。また、クローニングした増幅断片のアミノ酸配列と既知ニトリルヒドラターゼの配列を比較したところ、既知のニトリルヒドラターゼと異なる新規型と期待されるグループが含まれていることも判明した(図4、太枠部分)。
領域1で見出されたこの新規型ニトリルヒドラターゼと思われるグループの特徴は、活性中心周辺のアミノ酸配列がコバルト型とも鉄型とも異なることである(図5)。また、活性中心上流に4〜5アミノ酸程度の塩基性アミノ酸からなる保存領域(KHHRH)(配列番号104)をもつ(図4)。
【0059】
2-2. inverse PCR用プライマーの設計
2-1で得られた領域1の配列情報を基にinverse PCR用プライマーを設計した(図6)。新規型ニトリルヒドラターゼと期待されるグループをグループ1、コバルト型の新規ニトリルヒドラターゼと期待されるグループをグループ2とした。本実施例ではグループ1に着目し、それらを増幅するためのプライマーを複数設計した。
【実施例3】
【0060】
メタゲノムスクリーニング法の構築
本実施例は、土壌から抽出したメタゲノムを使用したメタゲノムスクリーニング法の構築を示すものである。
【0061】
3-1. 新規ニトリルヒドラターゼ遺伝子全長取得手法の設計
はじめに、メタゲノムから新規ニトリルヒドラターゼ遺伝子全長を取得する手法の設計を行った(図7)。本実施例では、inverse PCR法による全長取得を試みた。inverse PCR法は、制限酵素消化により断片化したゲノムDNAを環状化したものを鋳型に使用する(図7)。この際、プライマーは通常と逆向きに設計したものを使用する。inverse PCRによりニトリルヒドラターゼ遺伝子両末端の配列情報を取得した後、それを基に全長取得用プライマーを設計し、ニトリルヒドラターゼ遺伝子全長を取得する。
【0062】
3-2. inverse PCR用鋳型DNAの調製
メタゲノムを制限酵素により消化後、自己連結反応により環状化し(セルフライゲーション)、inverse PCR用の鋳型を調製することにした。
まず、メタゲノムを各種制限酵素により切断し、どの酵素の使用が適切であるか検討した。実験手法を図16に示す。その結果、BamHI、PstI、SalI、XhoIを使用した時に比較的よく切断されていた。一方、EcoRI、HindIII、NdeI、XbaIを使用した時にはほとんど切断されなかった。本実施例では、メタゲノムをBamHI、PstI、SalI及びXhoIで切断した後、セルフライゲーションにより環状化した。
環状化DNAサンプルをTempliPhi DNA Amplification Kitにより増幅し、得られた増幅産物をinverse PCRの鋳型とした。環状化処理及び環状化サンプルの増幅手法を図17に示す。
【0063】
3-3. inverse PCR
上項3-2にて増幅した環状化DNAを鋳型とし、TA340-3の配列情報から設計したプライマー(NHCOMP-008〜011)(図6及び図8)を使用したinverse PCRを試みた。酵素はAccuPrime Taq DNA polymeraseを使用した。inverse PCRの実験手法を図18に示す。
inverse PCRの結果、約0.9 kbの断片の増幅が確認された。各増幅断片を精製後ダイレクトシークエンスにより配列解析を行い、各断片がニトリルヒドラターゼ遺伝子断片であることを確認した。上記断片をpGEM-T Easy vectorに接続後、各断片の全配列を決定した。配列決定した断片を解析したところ、増幅断片中に複数のニトリルヒドラターゼ遺伝子断片が含まれていることが判明した。上記2-1項の説明と同様、このinverse PCRの結果も、メタゲノム中に多様なニトリルヒドラターゼ遺伝子が含まれていることを示すものであった。
inverse PCRによりメタゲノムからの新規ニトリルヒドラターゼ遺伝子断片の増幅に成功した。しかし、その増幅断片は0.9 kbと短く、このままでは遺伝子全長情報を得ることは難しいと考えた。そこで、inverse PCRの条件検討を実施することにした。
【0064】
3-4. inverse PCR条件の検討
先に述べたとおり、メタゲノムを使用したinverse PCRの増幅効率は非常に低い。そこで、より効率的に目的遺伝子を増幅する方法の検討を行った。
【0065】
3-4-a. サイクル条件の検討(ステップダウンPCR)
目的遺伝子を効率的に増幅するため、ステップダウンPCRを導入した。このPCR法はcDNAライブラリー等混合物の中から特定遺伝子のみを増幅するような場合に有効であり、今回のメタゲノムに対しても効果があると期待される。
3-2にて増幅した環状化DNAを鋳型とし、TA340-3の由来プライマーを使用したinverse PCRを試みた。PCRの基本サイクル条件は表2に示す通りである。ステップダウンPCRの実験手法を図19に示す。
【0066】
【表2】

【0067】
ステップダウンPCRにより、3-3で得られたものよりも長い約1.2 kbの断片の増幅が確認された。また、通常のPCR時は増幅が確認されなかったグループ1由来プライマーを使用した場合(NHCOMP-017(配列番号111)& 018(配列番号112)及びNHCOMP-017 (配列番号111)& 019(配列番号113):図8)、最大約1.8 kbの断片が増幅していることを確認した。
各増幅断片を精製後ダイレクトシークエンスにより配列解析を行い、各断片がニトリルヒドラターゼ遺伝子断片であることを確認した。上記断片をpGEM-T Easy vectorに接続後、各断片の全配列を決定した。最も長い1.8 kbの断片はα-サブユニット及びβ-サブユニット全体、並びにα-サブユニットの上流約0.5 kbの領域をカバーしていた。アクチベーター部分の配列は取得することができなかった(図9)。
【0068】
3-4-b. 二段階PCRの検討(inverse PCR & nested PCR)
inverse PCR時にステップダウンPCRを採用した場合、通常PCR時よりも良好な結果が得られたが、新規ニトリルヒドラターゼ遺伝子全長情報は取得できなかった。そこで、inverse PCRにより一度増幅を行った後、nested PCRにより目的断片のみに絞り込む二段階PCRを試みることにした。
本実施例では、AccuPrime Taq DNA polymeraseの他に、2種類の高性能酵素(PrimeStar max DNA polymerase(タカラバイオ)、Phusion High-Fiderity DNA polymerase(Finnzyme))を使用したPCRも並行して実施し、どの酵素が目的により適しているかも併せて検証した。各酵素の特徴を表3に示す。また、PCRの実験手法を図19、図20、及び図21に示す。なお、増幅断片の精製は、Dynabeads M-280 Streptavidin(DYNAL BIOTECH)を用い、キットの説明書に従って行った。
【0069】
【表3】

【0070】
二段階PCRの結果、AccuPrime Taq DNA polymeraseとPrimeStar max DNA polymeraseを使用した場合に良好な結果が得られた。特に、PrimeStar max DNA polymeraseを使用したサンプルでは約2.8 kbという長断片の増幅が確認された。
次に、二段階PCRにより増幅した断片それぞれの配列解析を行った。その結果、α-サブユニットとβ-サブユニット全体とその周辺をカバーしているものが複数確認された(図10)。全増幅断片の両サブユニットの周辺配列をホモロジー検索等により分析したところ、上流側にも下流側にもアクチベーターをコードしていると思われる遺伝子は存在していなかった(図11)。既知ニトリルヒドラターゼでは、金属イオンを取り込んで活性を獲得するためにはアクチベーターが必要であることが知られている。
【実施例4】
【0071】
新規型ニトリルヒドラターゼの性能評価
本実施例は、土壌から抽出したメタゲノムを鋳型としたinverse PCRにより得られた配列情報を基に、メタゲノムから新規型ニトリルヒドラターゼ遺伝子全長を増幅した後に、その発現系を構築し、その性能を評価したことを示すものである。メタゲノムを鋳型としたPCRによりニトリルヒドラターゼ遺伝子全長を取得した例はこれまで知られていない。
【0072】
4-1. 新規型ニトリルヒドラターゼ発現系の構築
実施例3で得られたDNAの塩基配列情報を元に、新規型ニトリルヒドラターゼ遺伝子増幅用プライマーを設計した。設計したプライマーの配列を図12に示す。
これらのプライマーは、増幅断片の5'側に制限酵素PciI切断サイト又は制限酵素NcoI切断サイトを、3'側に制限酵素Sse8387I切断サイトを付加する設計になっており、増幅した新規型ニトリルヒドラターゼ遺伝子をNcoI及びSse8387Iで切断したタンパク質発現用ベクターに接続することが可能になっている。
これらのプライマーとメタゲノムを使用し、新規型ニトリルヒドラターゼ遺伝子全長の増幅を試みた。
その結果、primer set 1以外の4組で約1.2 kbのDNA断片が増幅した。この断片の配列解析を行い、増幅した断片がニトリルヒドラターゼ遺伝子であることを確認した。ニトリルヒドラターゼ断片を大腸菌発現用ベクターpTrc99Aに接続した後、各断片挿入後のプラスミドを複数個回収し、それぞれの配列解析を行った。その結果、40クローンの中に22種類の新規型ニトリルヒドラターゼ遺伝子が含まれていた。αサブユニット及びβサブユニットをコードするDNAの塩基配列を以下に示す。
【0073】
αサブユニット:配列番号1、3、5、7、9、11、13、15、17、19、21、23、25、27、29、31、33、35、37、39、41及び43
βサブユニット:配列番号45、47、49、51、53、55、57、59、61、63、65、67、69、71、73、75、77、79、81、83、85及び87
【0074】
4-2. 新規型ニトリルヒドラターゼ発現菌の活性確認
各プラスミドを大腸菌JM109に導入し、LB培地(50 μg/mlアンピシリンと1 mM IPTGを含む)にてそれぞれの発現菌を一晩培養した。各菌体を遠心分離により集菌し、生理食塩水で洗浄後、50 mMリン酸ナトリウム緩衝溶液(pH7.0)に懸濁したものを菌体溶液とした。菌体溶液を50 mMリン酸ナトリウム緩衝溶液と0.5%アクリロニトリル存在下で10℃、一晩反応させた。活性測定時の反応溶液は総量1 mlである。反応終了後の溶液から菌体を濾別し、ガスクロマトグラフィーにて生成したアクリルアミドの量を定量した。
<分析条件>
分析機器:ガスクロマトグラフGC-14B(島津製作所)
検出器:FID(検出温度200℃)
カラム:ポラパックPS(ウォーターズ社カラム充填剤)を充填した1 mlガラスカラム
カラム温度:190℃
その結果、アクリルアミドが生成していることを確認した。つまり、これら新規型ニトリルヒドラターゼがアクチベーターの補助なしで活性を獲得していることが示された。
【0075】
4-2-a. 新規型ニトリルヒドラターゼ発現菌の基質至適濃度
上述4-2.と同様の手順で培養・洗浄した新規型ニトリルヒドラターゼ発現菌の菌体溶液を使用して、アクリロニトリルを基質とした場合の基質至適濃度を評価した。50 mMリン酸ナトリウム緩衝溶液存在下でアクリロニトリル濃度が0.5%、1%、2%、4%の条件下で反応を行った。10℃で0.5時間、1時間、2時間、4時間、6時間及び8時間反応させた後、0.45 μmフィルターを通して反応溶液から菌体を濾別し、ガスクロマトグラフィーによりアクリルアミド生成量を定量した。その結果、アクリロニトリル濃度2%の場合に最も高い活性を示した。
【0076】
4-2-b. NaCl存在下における新規型ニトリルヒドラターゼ発現菌の活性
上述4-2.と同様の手順で培養・洗浄した新規型ニトリルヒドラターゼ発現菌の菌体溶液を使用して、反応条件の検討を実施した。その結果、反応系にNaClを添加した場合にニトリルヒドラターゼ活性の向上が確認された。既知のニトリルヒドラターゼにはこのような性質を有するものは知られていない。そこで、NaClが存在する場合のニトリルヒドラターゼ活性について評価を行った。
50 mMリン酸ナトリウム緩衝溶液、2%アクリロニトリル存在下で、NaCl濃度を0 Mから2.5 Mまで変化させた条件下で反応を行った。10℃、0.5時間反応させた後、0.45 μmフィルターを通して反応溶液から菌体を濾別し、ガスクロマトグラフィーによりアクリルアミド生成量を定量した。結果を表4に示す。その結果、NaCl濃度が1〜1.5 Mの場合に活性が最大になることが分かった。驚くべきことに、NaCl非存在下(0 M)の場合と比較すると、NaCl が1 M存在する場合、その活性が約65倍に高くなっていた。
【0077】
【表4】

【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明により、多様なニトリルヒドラターゼ遺伝子又はその断片の情報を得ることができ、ニトリルヒドラターゼの効率的生産又はアミド化合物生産への利用が可能となった。
【配列表フリーテキスト】
【0079】
配列番号89〜100、105〜141:合成DNA

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)又は(b)のタンパク質と、以下の(c)又は(d)のタンパク質とを含むニトリルヒドラターゼ。
(a)配列番号2n(nは1〜22の整数を表す。)で示されるアミノ酸配列を含むタンパク質
(b)配列番号2n(nは1〜22の整数を表す。)で示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加してなるアミノ酸配列を含み、かつ、ニトリルヒドラターゼのαサブユニット活性を有するタンパク質
(c)配列番号2n(nは23〜44の整数を表す。)で示されるアミノ酸配列を含むタンパク質
(d)配列番号2n(nは23〜44の整数を表す。)で示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加してなるアミノ酸配列を含み、かつ、ニトリルヒドラターゼのβサブユニット活性を有するタンパク質
【請求項2】
請求項1に記載のニトリルヒドラターゼをコードする遺伝子DNA。
【請求項3】
以下の(a)又は(b)のDNAと、以下の(c)又は(d)のDNAとを含む、ニトリルヒドラターゼ遺伝子DNA。
(a)配列番号2n-1(nは1〜22の整数を表す。)で示される塩基配列を含むDNA
(b)配列番号2n-1(nは1〜22の整数を表す。)で示される塩基配列に相補的な塩基配列を含むDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、ニトリルヒドラターゼのαサブユニット活性を有するタンパク質をコードするDNA
(c)配列番号2n-1(nは23〜44の整数を表す。)で示される塩基配列を含むDNA
(d)配列番号2n-1(nは23〜44の整数を表す。)で示される塩基配列に相補的な塩基配列を含むDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、ニトリルヒドラターゼのβサブユニット活性を有するタンパク質をコードするDNA
【請求項4】
請求項2又は3に記載の遺伝子DNAを含む組換えベクター。
【請求項5】
請求項4に記載の組換えベクターを含む形質転換体。
【請求項6】
請求項5に記載の形質転換体を培養して得られる培養物から採取されるニトリルヒドラターゼ 。
【請求項7】
請求項5に記載の形質転換体を培養し、得られる培養物からニトリルヒドラターゼを採取する工程を含む、ニトリルヒドラターゼの製造方法。
【請求項8】
請求項5に記載の形質転換体を培養して得られる培養物若しくは当該培養物の処理物、又は請求項6に記載のニトリルヒドラターゼをニトリル化合物に接触させ、当該接触により生成されるアミド化合物を採取する工程を含む、アミド化合物の製造方法。
【請求項9】
環境サンプルから抽出されたメタゲノムを鋳型とし、ニトリルヒドラターゼの高度保存領域のアミノ酸配列情報に基づいて設計されたオリゴヌクレオチドをプライマーとして用いてinverse PCRを行う工程を含む、ニトリルヒドラターゼ遺伝子のスクリーニング方法。
【請求項10】
inverse PCR後に、さらにnested PCRを行う工程を含む請求項9に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【公開番号】特開2010−178671(P2010−178671A)
【公開日】平成22年8月19日(2010.8.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−24918(P2009−24918)
【出願日】平成21年2月5日(2009.2.5)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】