説明

環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法

【課題】工業的に有用な環式ポリアリーレンスルフィドを経済的且つ簡易な方法で効率よく製造する方法を提供することを課題としている。
【解決手段】少なくともスルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物および有機極性溶媒からなる反応混合物を加熱して環式ポリアリーレンスルフィドを製造する方法であって、反応混合物中の基質濃度を一定に維持するように原料を追添加することを特徴とする環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法に関する。より詳しくは環式ポリアリーレンスルフィドを経済的且つ簡易な方法で効率よく製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
芳香族環式化合物はその環状であることから生じる特性に基づく高機能材料や機能材料への応用展開可能性、たとえば包接能を有する化合物としての特性や、高分子量直鎖状高分子の合成のための有効なモノマーとしての活用など、その構造に由来する特異性で近年注目を集めている。環式ポリアリーレンスルフィド(以下、ポリアリーレンスルフィドをPASと略する場合もある)も芳香族環式化合物の範疇に属し、上記同様に注目に値する化合物である。
【0003】
環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法としては、たとえばジアリールジスルフィド化合物を超希釈条件下で酸化重合する方法(たとえば特許文献1参照。)や4−ブロモチオフェノールの銅塩をキノリン中の超希釈条件下で加熱する方法(例えば特許文献2参照。)が開示されている。これら方法では超希釈条件が必須であり、環式ポリアリーレンスルフィドが高選択で生成し、線状ポリアリーレンスルフィドはごく少量しか生成しなくとも、反応に長時間を要する上、反応容器単位容積あたりに得られる環式ポリアリーレンスルフィドはごくわずかであり、効率的に環式ポリアリーレンスルフィドを得るとの観点では課題の多い方法であった。また、精製が困難であり得られる環式ポリアリーレンスルフィドは純度の低いものであった。
【0004】
また、スルフィド化剤とジハロゲン化芳香族化合物といった汎用的な原料から脱塩縮合により環式ポリアリーレンスルフィドを得る方法として、N−メチルピロリドンに対する硫化ナトリウム量を0.1モル/リットルとして、これにジクロロベンゼンを加えて還流温度において接触させる方法が開示されている(例えば非特許文献1参照。)。この方法ではスルフィド化剤の硫黄原子1モルに対する有機極性溶媒量が1.25リットル以上と希薄であるため環式ポリアリーレンスルフィドが得られると推測できるが、ごくわずかな量の環式ポリアリーレンスルフィドしか得られず、また得られる環式ポリアリーレンスルフィドは純度の低いものであり、さらには反応に長時間が必要であるという問題があった。
【0005】
同様の原料を用いて収率良くまた高純度で環式ポリアリーレンスルフィドを得る方法として、スルフィド化剤とジハロゲン化芳香族化合物を、スルフィド化剤の硫黄1モルに対して1.25リットル以上の有機極性溶媒を用い、反応混合物を常圧における還流温度を越えて加熱する方法が開示されている(例えば特許文献3参照。)。この方法では0.5〜2時間と比較的短時間でジハロゲン化芳香族化合物の消費率が90%程度に達し、環式ポリアリーレンスルフィドの選択率は35%程度まで向上するものの、選択率向上にはより希薄な条件を要することから収率が向上しても反応容器単位容積あたりに得られる環式ポリアリーレンスルフィドは少なく、収率および収量の両方を満足するには依然課題が残った。
【0006】
上記課題を解決する方法として、線状ポリアリーレンスルフィドとスルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物を反応混合物中の硫黄成分1モルあたり1.25リットル以上の有機極性溶媒中で加熱して反応させる方法が開示されている(例えば特許文献4参照。)。この方法では、線状ポリアリーレンスルフィドを原料に用いているため使用するモノマー量を低減でき、そのためモノマーに対する環式ポリアリーレンスルフィドの収率が向上し、工業的な実現性が期待できるが、反応容器容積あたりに得られる環式ポリアリーレンスルフィドは依然十分ではなく改善が望まれていた。
【0007】
類似の方法として、少なくとも線状ポリアリーレンスルフィド、スルフィド化剤、有機極性溶媒含む反応混合物を加熱して反応を行い、次いで得られた反応混合物にジハロゲン化芳香族化合物を追加して、反応混合物中の硫黄成分1モルに対して1.25リットル以上の有機極性溶媒中で加熱して反応を行う方法が開示されている(例えば特許文献5参照。)。この方法でも線状ポリアリーレンスルフィドを原料に用いているため使用するモノマー量を低減できるが、反応混合物の希釈およびジハロゲン化芳香族化合物の添加と工程が多段階で操作が煩雑である上、反応容器容積あたりに得られる環式ポリアリーレンスルフィドは依然十分ではなく更なる高効率化が望まれていた。
【0008】
ポリアリーレンスルフィドを得る方法として、アルカリ金属硫化物およびアルカリ金属水流化物から選ばれる少なくとも1種の硫黄源、ジハロゲン化芳香族化合物ならびに有機極性溶媒を含む単量体混合物を、静的混合用構造物を内部に有する連続管状反応器を組み込んである重合ラインに供給し、単量体混合物を重合させながら通過させる方法が開示されている(例えば特許文献6参照。)。この方法はポリアリーレンスルフィドの製造コストを抑制することを目的としており、環式ポリアリーレンスルフィドの製造については何ら言及されていない。また、この方法は硫黄源の硫黄成分1モルに対して1.25リットル未満の溶媒中で行うため、仮に環式ポリアリーレンスルフィドが生成しても十分な収率は期待できず、環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法としては効率的と言えるものではなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許第3200027号公報 (特許請求の範囲)
【特許文献2】米国特許第5869599号公報 (第14頁)
【特許文献3】特開2009−30012号公報 (特許請求の範囲)
【特許文献4】国際公開第2008/105438号 (特許請求の範囲)
【特許文献5】特開2011−68885号公報 (特許請求の範囲)
【特許文献6】特開2008−285596公報 (特許請求の範囲)
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Polymer,vol.37,No.14,p.3111-3112,1996
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は上記課題を解決し、環式ポリアリーレンスルフィドを経済的且つ簡易な方法で効率よく製造する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は上記課題を解決するため以下のとおりである。
[1]少なくともスルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物および有機極性溶媒からなる原料混合物を加熱して環式ポリアリーレンスルフィドを製造する方法であって、反応混合物中の基質濃度を一定に維持するように原料を追添加することを特徴とする環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法。
[2]少なくともスルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物および有機極性溶媒からなる原料混合物(a)を調製し、原料混合物(a)の一部(a−1)を加熱して反応(A)を行い得られる反応混合物(b)に、加熱を継続したまま原料混合物(a)の残りの原料混合物(a−2)を追添加して反応(B)を行うことを特徴とする前記[1]に記載の環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法。
[3]反応混合物中の硫黄成分の濃度に対する、反応混合物中の未反応のスルフィド化剤の濃度を追添加の前後において、70%以下に維持することを特徴とする前記[1]または[2]に記載の環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法。
[4]追添加前後において、反応混合物中の未反応のスルフィド化剤の濃度を、原料混合物のスルフィド化剤の濃度以下に維持することを特徴とする[1]から[3]のいずれかに記載の環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法。
[5]原料の追添加完了後に加熱を継続する反応(C)を行うことを特徴とする前記[1]から[4]のいずれかに記載の環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法。
[6]加熱を常圧における還流温度を越える温度で行うことを特徴とする前記[1]から[5]のいずれかに記載の環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法。
[7]反応混合物中の有機極性溶媒が硫黄成分1モルに対して1.25リットル以上、50リットル以下であることを特徴とする前記[1]から[6]のいずれかに記載の環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法。
[8]ジハロゲン化芳香族化合物がジクロロベンゼンであることを特徴とする前記[1]から[7]のいずれかに記載の環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法。
[9]スルフィド化剤がアルカリ金属硫化物であることを特徴とする前記[1]から[8]のいずれかに記載の環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法。
[10]原料混合物に線状ポリアリーレンスルフィドを含むことを特徴とする前記[1]から[9]のいずれかに記載の環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法。
[11]追添加を一定速度で行うことを特徴とする前記[1]から[10]のいずれかに記載の環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法が提供でき、より詳しくは環式ポリアリーレンスルフィドを経済的且つ簡易な方法で効率よく製造する方法を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に、本発明実施の形態を説明する。
【0015】
(1)スルフィド化剤
本発明で用いられるスルフィド化剤とは、ジハロゲン化芳香族化合物にスルフィド結合を導入できるものであれば良く、例えばアルカリ金属硫化物、アルカリ金属水硫化物、および硫化水素が挙げられる。
【0016】
アルカリ金属硫化物の具体例としては、例えば硫化リチウム、硫化ナトリウム、硫化カリウム、硫化ルビジウム、硫化セシウムおよびこれら2種以上の混合物を挙げることができ、なかでも硫化リチウムおよび/または硫化ナトリウムが好ましく、硫化ナトリウムがより好ましく用いられる。これらのアルカリ金属硫化物は、水和物または水性混合物として、あるいは無水物の形で用いることができる。なお、水性混合物とは水溶液、もしくは水溶液と固体成分の混合物、もしくは水と固体成分の混合物のことをさす。一般的に入手できる安価なアルカリ金属硫化物は水和物または水性混合物であるので、このような形態のアルカリ金属硫化物を用いることが好ましい。
【0017】
アルカリ金属水硫化物の具体例としては、例えば水硫化リチウム、水硫化ナトリウム、水硫化カリウム、水硫化リチウム、水硫化ルビジウム、水硫化セシウムおよびこれら2種以上の混合物を挙げることができ、なかでも水硫化リチウムおよび/または水硫化ナトリウムが好ましく、水硫化ナトリウムがより好ましく用いられる。
【0018】
また、アルカリ金属水硫化物とアルカリ金属水酸化物から、反応系においてin situで調製されるアルカリ金属硫化物も用いることができる。また、あらかじめアルカリ金属水硫化物とアルカリ金属水酸化物を接触させて調製したアルカリ金属硫化物を用いることもできる。これらのアルカリ金属水硫化物及びアルカリ金属水酸化物は水和物または水性混合物として、あるいは無水物の形で用いることができ、水和物または水性混合物が入手のし易さ、コストの観点から好ましい。
【0019】
さらに、水酸化リチウム、水酸化ナトリウムなどのアルカリ金属水酸化物と硫化水素から反応系においてin situで調製されるアルカリ金属硫化物も用いることができる。また、あらかじめ水酸化リチウム、水酸化ナトリウムなどのアルカリ金属水酸化物と硫化水素を接触させて調製したアルカリ金属硫化物を用いることもできる。硫化水素は気体状、液体状、水溶液状のいずれの形態で用いても差し障り無い。
【0020】
本発明において、スルフィド化剤の量は、脱水操作などによりジハロゲン化芳香族化合物との反応開始前にスルフィド化剤の一部損失が生じる場合には、実際の仕込み量から当該損失分を差し引いた残存量を意味するものとする。
【0021】
なお、スルフィド化剤と共に、アルカリ金属水酸化物および/またはアルカリ土類金属水酸化物を併用することも可能である。アルカリ金属水酸化物の具体例としては、例えば水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウム、水酸化ルビジウム、水酸化セシウムおよびこれら2種以上の混合物を好ましいものとして挙げることができ、アルカリ土類金属水酸化物の具体例としては、例えば水酸化カルシウム、水酸化ストロンチウム、水酸化バリウムなどが挙げられ、なかでも水酸化ナトリウムが好ましく用いられる。
【0022】
スルフィド化剤として、アルカリ金属水硫化物を用いる場合には、アルカリ金属水酸化物を同時に使用することが特に好ましいが、この使用量はアルカリ金属水硫化物1モルに対し下限が0.80モル以上であり、好ましくは0.85モル以上、より好ましくは0.95モル以上、さらに好ましくは1.005モル以上である。また、上限は1.50モル以下であり、好ましくは1.25モル、より好ましくは1.20モルの範囲が例示できる。スルフィド化剤として硫化水素を用いる場合にはアルカリ金属水酸化物を同時に使用することが特に好ましく、この場合のアルカリ金属水酸化物の使用量は硫化水素1モルに対し2.0〜3.0モル、好ましくは2.01〜2.50モル、更に好ましくは2.04〜2.40モルの範囲が例示できる。ここでアルカリ金属水酸化物の使用量を上記範囲とすることにより高収率で環式PASが得られるが、上記範囲より多くても、また、少なくても生成した環式PASが分解しやすく生成率は低下する傾向にある。
【0023】
(2)ジハロゲン化芳香族化合物
本発明の環式PASの製造において使用されるジハロゲン化芳香族化合物としては、p−ジクロロベンゼン、o−ジクロロベンゼン、m−ジクロロベンゼン、p−ジブロモベンゼン、o−ジブロモベンゼン、m−ジブロモベンゼン、1−ブロモ−4−クロロベンゼン、1−ブロモ−3−クロロベンゼンなどのジハロゲン化ベンゼン、及び1−メトキシ−2,5−ジクロロベンゼン、1−メチル−2,5−ジクロロベンゼン、1,4−ジメチル−2,5−ジクロロベンゼン、1,3−ジメチル−2,5−ジクロロベンゼン、3,5−ジクロロ安息香酸などのハロゲン以外の置換基をも含むジハロゲン化芳香族化合物などを挙げることができる。なかでも、p−ジクロロベンゼンに代表されるp−ジハロゲン化ベンゼンを主成分にするジハロゲン化芳香族化合物が好ましい。特に好ましくは、p−ジクロロベンゼンを80〜100モル%含むものであり、さらに好ましくは90〜100モル%含むものである。また、環式PAS共重合体を製造するために異なる2種以上のジハロゲン化芳香族化合物を組み合わせて用いることも可能である。
【0024】
(3)有機極性溶媒
本発明の環式PASの製造においては反応溶媒として有機極性溶媒を用いるが、なかでも有機アミド溶媒を用いるのが好ましい。具体例としては、N−メチル−2−ピロリドン、N−エチル−2−ピロリドン、N−シクロヘキシル−2−ピロリドンなどのN−アルキルピロリドン類、N−メチル−ε−カプロラクタムなどのカプロラクタム類、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン、N,N−ジメチルアセトアミド、N,N−ジメチルホルムアミド、ヘキサメチルリン酸トリアミドなどに代表されるアプロチック有機溶媒、及びこれらの混合物などが、反応の安定性が高いために好ましく使用される。これらのなかでもN−メチル−2−ピロリドン、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノンが好ましく用いられる。
【0025】
(4)環式ポリアリーレンスルフィド
本発明における環式ポリアリーレンスルフィドとは式、−(Ar−S)−の繰り返し単位を主要構成単位とする環式化合物であり、好ましくは当該繰り返し単位を80モル%以上含有する下記一般式(A)のごとき化合物である。
【0026】
【化1】

【0027】
ここでArとしては下記一般式(B)〜式(M)などであらわされる単位を例示できるが、なかでも式(B)〜式(K)が好ましく、式(B)及び式(C)がより好ましく、式(B)が特に好ましい。
【0028】
【化2】

【0029】
(ただし、式中のR1,R2は水素、炭素数1から6のアルキル基、炭素数1から6のアルコキシ基、ハロゲン基から選ばれた置換基であり、R1とR2は同一でも異なっていてもよい。)
【0030】
【化3】

【0031】
(ただし、式中のR1,R2は水素、炭素数1から6のアルキル基、炭素数1から6のアルコキシ基、ハロゲン基から選ばれた置換基であり、R1とR2は同一でも異なっていてもよい。)
【0032】
【化4】

【0033】
(ただし、式中のR1,R2は水素、炭素数1から6のアルキル基、炭素数1から6のアルコキシ基、ハロゲン基から選ばれた置換基であり、R1とR2は同一でも異なっていてもよい。)。
【0034】
なお、環式ポリアリーレンスルフィドにおいては前記式(B)〜式(M)などの繰り返し単位をランダムに含んでも良いし、ブロックで含んでも良く、それらの混合物のいずれかであってもよい。これらの代表的なものとして、環式ポリフェニレンスルフィド、環式ポリフェニレンスルフィドスルホン、環式ポリフェニレンスルフィドケトン、これらが含まれる環式ランダム共重合体、環式ブロック共重合体及びそれらの混合物などが挙げられる。特に好ましい環式ポリアリーレンスルフィドとしては、主要構成単位としてp−フェニレンスルフィド単位
【0035】
【化5】

【0036】
を80モル%以上、特に90モル%以上含有する環式ポリフェニレンスルフィド(以下、環式PPSと略すこともある)が挙げられる。
【0037】
環式ポリアリーレンスルフィドの前記(A)式中の繰り返し数mに特に制限は無いが、2〜50が好ましく、2〜25がより好ましく、3〜20が更に好ましい範囲として例示できる。後述するように環式PASを含有するポリアリーレンスルフィドプレポリマーを高重合度体へ転化する場合には、環式ポリアリーレンスルフィドが溶融解する温度以上に加熱して行うことが好ましいが、mが大きくなると環式ポリアリーレンスルフィドの溶融解温度が高くなる傾向にあるため、ポリアリーレンスルフィドプレポリマーの高重合度体への転化をより低い温度で行うことができるようになるとの観点でmを前記範囲にすることは有利となる。
【0038】
また、環式ポリアリーレンスルフィドは、単一の繰り返し数を有する単独化合物、異なる繰り返し数を有する環式ポリアリーレンスルフィドの混合物のいずれでも良いが、異なる繰り返し数を有する環式ポリアリーレンスルフィドの混合物の方が単一の繰り返し数を有する単独化合物よりも溶融解温度が低い傾向があり、異なる繰り返し数を有する環式ポリアリーレンスルフィドの混合物の使用は前記した高重合度体への転化を行う際の温度をより低くできるため好ましい。
【0039】
(5)線状ポリアリーレンスルフィド
本発明における線状ポリアリーレンスルフィド(以下、線状PASと略する場合もある)とは、式、−(Ar−S)−の繰り返し単位を主要構成単位とする好ましくは当該繰り返し単位を80モル%以上含有する線状のホモポリマーまたは線状のコポリマーである。Arとしては前記の式(B)〜式(M)などであらわされる単位などがあるが、なかでも式(B)が特に好ましい。
【0040】
この繰り返し単位を主要構成単位とする限り、下記の式(N)〜式(Q)などで表される少量の分岐単位または架橋単位を含むことができる。これら分岐単位または架橋単位の共重合量は、−(Ar−S)−の単位1モルに対して0〜1モル%の範囲であることが好ましい。
【0041】
【化6】

【0042】
また、本発明における線状PASは上記繰り返し単位を含むランダム共重合体、ブロック共重合体及びそれらの混合物のいずれかであってもよい。
【0043】
これらの代表的なものとして、ポリフェニレンスルフィド、ポリフェニレンスルフィドスルホン、ポリフェニレンスルフィドケトン、これらのランダム共重合体、ブロック共重合体及びそれらの混合物などが挙げられる。特に好ましいPASとしては、ポリマーの主要構成単位としてp−フェニレンスルフィド単位
【0044】
【化7】

【0045】
を80モル%以上、特に90モル%以上含有するポリフェニレンスルフィド(以下、PPSと略すこともある)の他、ポリフェニレンスルフィドスルホン、ポリフェニレンスルフィドケトンが挙げられる。
【0046】
本発明における各種線状PASの溶融粘度に特に制限は無いが、一般的な線状PASの溶融粘度としては0.1〜1000Pa・s(300℃、剪断速度1000/秒)の範囲が例示でき、0.1〜500Pa・sの範囲が入手の容易性の観点で好ましい範囲といえる。また、線状PASの分子量にも特に制限は無く、一般的なPASを用いることが可能でありこの様なPASの重量平均分子量としては5,000〜1,000,000が例示でき、7,500〜500,000が好ましく、10,000〜100,000がより好ましい。一般に重量平均分子量が低いほど有機極性溶媒への溶解性が高くなるため、反応に要する時間が短くできるという利点があるが、前述した範囲であれば本質的な問題なく使用が可能である。 このような線状PASの製造方法は特に限定はされず、いかなる製法によるものでも使用することが可能であるが、例えば特開平05−163349号公報や特公昭45−3368号公報に代表される、少なくとも1個の核置換ハロゲンを含有する芳香族化合物またはチオフェンとアルカリ金属モノスルフィドとを極性有機溶媒中で高められた温度において反応せしめる方法、好ましくはスルフィド化剤とジハロゲン化芳香族化合物とを有機極性溶媒中で接触させることによって得ることができる。またこれら方法により製造されたPASを用いた成形品や成形屑、廃プラスチックやオフスペック品なども幅広く使用することが可能である。
【0047】
また、一般的に環式化合物の製造は本発明も含み、環式化合物の生成と線状化合物の生成の競争反応であるため、環式PASの製造を目的とする方法においては、目的物の環式PAS以外に線状PASが少なからず副生物として生成する。本発明ではこの様な副生線状PASも問題なく原料に用いることが可能であり、例えば前述した特許文献3に代表される、スルフィド化剤とジハロゲン化芳香族化合物とをスルフィド化剤の硫黄成分1モルに対して1.25リットル以上の有機極性溶媒を用いて、加熱して反応させて得られた環式ポリアリーレンスルフィドと線状ポリアリーレンスルフィドを含むポリアリーレンスルフィド混合物から、環式ポリアリーレンスルフィドを分離することによって得られた線状ポリアリーレンスルフィドを用いる方法は、特に好ましい方法といえる。また、前述した特許文献4に代表される線状ポリアリーレンスルフィドとスルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物を反応混合物中の硫黄成分1モルに対して1.25リットル以上の有機極性溶媒を用いて、加熱して反応させて得られた環式ポリアリーレンスルフィドと線状ポリアリーレンスルフィドを含むポリアリーレンスルフィド混合物から、環式ポリアリーレンスルフィドを分離することによって得られた線状ポリアリーレンスルフィドを用いる方法も好ましい方法といえる。
【0048】
さらに、本発明の実施により生成する線状ポリアリーレンスルフィド、すなわち、少なくともスルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物および有機極性溶媒からなる反応混合物を加熱して、反応混合物中の基質濃度を一定に維持するように原料を追添加することにより得られた環式ポリアリーレンスルフィドと線状ポリアリーレンスルフィドを含むポリアリーレンスルフィド混合物から、環式ポリアリーレンスルフィドを分離することによって得られた線状ポリアリーレンスルフィドを用いることは、ことさら好ましい方法である。
【0049】
なお、線状PASの形態に特に制限はなく、乾燥状態の粉末状、粉粒状、粒状、ペレット状でも良いし、反応溶媒である有機極性溶媒を含む状態で用いることも可能であり、また、本質的に反応を阻害しない第三成分を含む状態で用いることも可能である。この様な第三成分としては例えば無機フィラーやアルカリ金属ハロゲン化物が例示できる。ここで、アルカリ金属ハロゲン化物としては、アルカリ金属、すなわちリチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウムおよびセシウムとハロゲン、すなわちフッ素、塩素、臭素、ヨウ素およびアスタチンから構成されるいかなる組み合わせのものをも含み、具体例としては塩化リチウム、塩化ナトリウム、塩化カリウム、臭化リチウム、臭化ナトリウム、臭化カリウム、ヨウ化リチウム、ヨウ化ナトリウム、ヨウ化カリウム、フッ化セシウムなどが例示できるが、前述したスルフィド化剤とジハロゲン化芳香族化合物との反応によって生じるアルカリ金属ハロゲン化物が好ましく例示できる。一般的に入手が容易なスルフィド化剤およびジハロゲン化芳香族化合物の組み合わせから生じるアルカリ金属ハロゲン化物としては塩化リチウム、塩化ナトリウム、塩化カリウム、臭化リチウム、臭化ナトリウム、臭化カリウムおよびヨウ化ナトリウムが例示でき、塩化ナトリウム、塩化カリウム、臭化ナトリウム、臭化カリウムが好ましいものとして例示でき、塩化ナトリウムがより好ましいものである。また、無機フィラーやアルカリ金属ハロゲン化物を含む樹脂組成物の形態の線状PASを用いることも可能である。
【0050】
(6)環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法
本発明では、少なくともスルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物および有機極性溶媒からなる原料混合物を加熱して環式ポリアリーレンスルフィドを製造する。
【0051】
本発明の環式PASの製造に際しては、反応混合物中の基質濃度を一定に維持するように原料を追添加することが重要である。以下、基質濃度、原料の追添加方法、原料、およびその他反応条件について順に詳述する。
【0052】
(6−1)基質濃度
本発明でいう基質濃度とは以下に詳述するとおり、反応混合物中の硫黄成分およびアリーレン成分のそれぞれのモル数と有機極性溶媒との量関係により表される。つまり、本願の基質濃度とは、反応混合物中の硫黄成分当りの有機極性溶媒量または反応混合物中の硫黄成分当りのアリーレン単位量をいう。上記基質濃度はお互いに依存する関係にあり、一方が決まることで他方も決定される。
【0053】
すなわち、有機極性溶媒量で表す基質濃度は、反応混合物中の硫黄成分1モル当たりの有機極性溶媒の量で定義する。ここで反応混合物中の硫黄成分のモル量とは、反応混合物中に存在する硫黄原子のモル量と同義であり、例えば反応混合物中にアルカリ金属硫化物が1モル存在し、他の硫黄を含む成分が存在しない場合、反応混合物に含まれる硫黄成分は1モルに相当する。また、反応混合物中にアルカリ金属硫化物が0.5モルとアリーレンスルフィド単位が0.5モル存在する場合も、反応混合物に含まれる硫黄成分は1モルに相当する。
【0054】
したがって、反応開始時点、すなわち原料として仕込んだスルフィド化剤およびジハロゲン化芳香族化合物の反応が進行していない段階においては、硫黄原子を有する原料がスルフィド化剤のみの場合は、反応混合物に含まれる硫黄成分とはスルフィド化剤に由来する硫黄成分のことをさす。また反応が進行した段階、もしくは原料に線状ポリアリーレンスルフィドを含む場合においては、反応混合物中に含まれるスルフィド化剤に由来する硫黄成分と、反応混合物中に存在するアリーレンスルフィド化合物に由来する硫黄成分の合計値のことをさす。
【0055】
ここで、本発明においてアリーレンスルフィド化合物は、スルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物および線状ポリアリーレンスルフィドが反応することにより生成するため、反応の進行においては、消費したスルフィド化剤の量に相当するアリーレンスルフィド単位が新たに生成することとなる。すなわち、反応中にスルフィド化剤の除去や欠損や、追加などがない場合、反応が進行した段階であっても反応混合物に含まれる硫黄成分の量は仕込み段階と変わらないといえる。したがって、反応中に有機極性溶媒の除去や追加などがない場合、反応が進行した段階であっても硫黄成分の基質濃度は変わらないといえる。
【0056】
本発明では原料を追添加するが、追添加後の基質濃度も上記と同様に定義する。すなわち、原料追添加後の基質濃度は、原料追添加後の反応混合物中の硫黄成分1モル当たりの、原料追添加後の有機極性溶媒の量で表す。ここで本発明では反応混合物中の追添加前後で基質濃度を一定に維持することが重要であるため、原料を追添加する場合には追添加する硫黄成分の量に応じ、基質濃度を一定に維持するために必要な量の有機極性溶媒も同時に追添加する必要がある。
【0057】
また、反応混合物中の硫黄成分の量は、スルフィド化剤に由来する硫黄成分量および反応混合物中に存在するアリーレンスルフィド化合物の量をそれぞれ定量して求めることも可能である。ここで反応混合物中のスルフィド化剤の量は後述するイオンクロマトグラフィー手法で求めることができる。また、反応混合物中のアリーレンスルフィド化合物の量は、反応混合物の一部を大過剰の水に分散させることで水に不溶な成分を回収し、ついで乾燥することで得られる固形分の量から求めることが可能である。
【0058】
本発明の環式PASの製造における硫黄成分の基質濃度を上記定義で示すと、反応混合物中の硫黄原子1モルに対する有機極性溶媒の量は1.25リットル以上、50リットル以下が好ましく、1.5リットル以上、20リットル以下がより好ましく、2リットル以上、15リットル以下が更に好ましい。なお、ここでの溶媒量は常温常圧下における溶媒の体積を基準とする。有機極性溶媒量を多くすると、環式PAS生成の選択率が向上するが、多すぎる場合、反応容器の単位体積当たりの環式PASの生成量が低下する傾向に有り、更に、反応に要する時間が長時間化する傾向がある。環式PASの生成選択率と生産性を両立するとの観点では前記した有機極性溶媒量の範囲とする事が好ましい。
【0059】
また基質濃度は、上記硫黄成分と同様に反応混合物中のアリーレン単位1モル当たりの有機極性溶媒の量で示すことはできるが、本発明では反応混合物中のアリーレン単位と硫黄成分のモル比率で表す。
【0060】
反応混合物中のアリーレン単位は、反応混合物中の硫黄成分1モルに対し0.90モル以上、2.00モル以下の範囲となる関係が好ましく、0.92モル以上から1.50モル以下の範囲がより好ましく、0.95モル以上、1.20モル以下の範囲が更に好ましい。反応混合物中のアリーレン成分を上記範囲とすることにより、環式PASの生成率が高くなる傾向にあり環式PASを効率よく得られる。
【0061】
ここでアリーレン単位の量とは、反応開始時点、すなわち原料として仕込んだスルフィド化剤およびジハロゲン化芳香族化合物の反応が進行していない段階においては、アリーレン単位を含む原料がジハロゲン化芳香族化合物のみの場合は、反応混合物に含まれるジハロゲン化芳香族化合物に由来するアリーレン単位の値をさす。また、反応が進行した段階、もしくは原料に線状ポリアリーレンスルフィドを含む場合においては、反応混合物中に含まれるジハロゲン化芳香族化合物に由来するアリーレン単位と、反応混合物中に存在するアリーレンスルフィド化合物に由来するアリーレン単位の合計値のことをさす。
【0062】
なおここで、本発明においてアリーレンスルフィド化合物は、線状ポリアリーレンスルフィド、スルフィド化剤、およびジハロゲン化芳香族化合物が反応することにより生成するが、反応の進行においては、消費したジハロゲン化芳香族化合物の量に相当するアリーレンスルフィド単位が新たに生成することとなる。すなわち、反応中にアリーレン成分が除去されたり追加されたりしない場合、反応が進行した段階であっても反応混合物中のアリーレン単位の量は仕込み段階と変わらないといえる。したがって、反応中に有機極性溶媒の除去や追加などがない場合、反応が進行した段階であっても硫黄成分とアリーレン単位のモル比率は変わらないといえる。
【0063】
なお、本発明では原料を追添加するが、追添加後の基質濃度も上記と同様に定義する。つまり、原料追添加後の反応混合部中の硫黄成分1モル当りの、原料追添加後のアリーレン単位の量で表す。本願発明の効果を奏するためには、反応混合物中の基質濃度を一定に維持する必要があるため、追添加する原料中の硫黄成分1モル当りのアリーレン単位の量を調整する必要がある。
【0064】
本発明の環式PASの製造では、反応混合物中の基質濃度を一定に維持することが必要であるが、ここでいう「基質濃度を一定に維持」とは原料の追添加後の反応混合物中の基質濃度を、反応仕込み時の基質濃度、すなわち、最初の追添加をする前の反応混合物中の基質濃度に対し一定の範囲内に維持することをいい、基質濃度の範囲は反応仕込み時の基質濃度の±20%以内が好ましく、±15%以内がより好ましく、±10%以内が更に好ましく、±5%以内がとりわけ好ましい。また、後述する方法によれば原料の追添加中も含め、実質的に一定濃度を維持することも可能となる。原料の追添加前後において反応混合物中の基質濃度を上記範囲に維持することにより環式PASの生成選択率と生産性の両立が達成でき環式PASを効率よく得られるが、一定に維持できずに高濃度となった場合には環式PASの生成率が低下し、逆に低濃度となった場合には原料の消費速度が著しく低下し反応に長時間を要する傾向にあるのに加え、単位反応液当たりの環式PASの収量が低下することから、効率よく環式PASを得ることができなくなる。
【0065】
(6−2)原料の追添加方法
本発明の環式PASの製造において、原料を追添加する方法は反応混合物中の基質濃度が前記一定の範囲内に維持できればいかなる方法を適用してもよく、例えば複数回にわたって断続的に行う方法、一定速度で連続的に行う方法、あるいは反応混合物中の基質濃度を何らかの方法にて監視して変速的に行う方法等が例示できるが、操作の簡便性かつ基質濃度の変動幅を抑えるとの観点からは一定速度で連続的に行う方法が好ましい。また、原料成分の観点からは、例えばスルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物および有機極性溶媒の各原料をそれぞれ別々に反応容器に導入する方法、あるいは2種以上の原料を混合した後に反応容器に導入する方法が例示できるが、基質濃度制御の観点から後者の方法が好ましく、少なくともスルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物および有機極性溶媒を所望の基質濃度に合わせて予め混合して調製した原料混合物を反応容器に導入する方法がより好ましい方法として例示できる。
【0066】
本発明の環式PASの製造において、原料の追添加方法として前記の少なくともスルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物および有機極性溶媒を所望の基質濃度に合わせて予め混合して調製した原料混合物を反応容器に導入する方法を適用する場合には、少なくともスルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物および有機極性溶媒を所望の基質濃度に合わせて予め混合して原料混合物(a)を調製した後に、原料混合物(a)の一部(a−1)を加熱して反応(A)を行い得られる反応混合物(b)に、加熱を継続したまま残りの原料混合物(a−2)を追添加して反応(B)を行うことが好ましい。これにより反応混合物中の基質濃度を実質的に一定濃度に維持でき、環式PASの生成選択率と生産性を両立できる。
【0067】
(6−3)原料
ここで本発明における原料は、スルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物および有機極性溶媒を必須成分とするものであるが、線状PASを更に含んでいてもよく、また、前記必須成分以外に反応を著しく阻害しない第三成分や、反応を加速する効果を有する第三成分を加えることも可能である。ここで前記の原料混合物(a)を調製する場合は、これら成分も混合することができる。
【0068】
また、原料混合物(a)を調製する場合の有機極性溶媒の量は原料混合物(a)中の硫黄成分1モルに対して1.25リットル以上、50リットル以下が好ましく、1.5リットル以上、20リットル以下がより好ましく、2リットル以上、15リットル以下が更に好ましい。また、アリーレン単位の量は硫黄成分1モル当たり0.90以上、2.00モル以下であることが好ましく、0.92以上、1.50モル以下がより好ましく、0.95以上1.20モル以下の範囲が更に好ましい。また、原料混合物(a)中のアリーレン単位の量は硫黄成分1モルに対し0.90モル以上、2.00モル以下の範囲となる関係が好ましく、0.92モル以上から1.50モル以下の範囲がより好ましく、0.95モル以上、1.20モル以下の範囲が更に好ましい。原料混合物(a)の組成を上記範囲とすることは、前記の好ましい基質濃度を維持して効率よく環状PASを得るために好ましい方法である。
【0069】
(6−4)その他の反応条件
本発明において原料を追添加する前の反応混合物中の未反応のスルフィド化剤の濃度は、原料混合物中のスルフィド化剤の濃度以下に維持することが好ましい。より具体的には、原料混合物中のスルフィド化剤の濃度に対する、反応混合物中の未反応のスルフィド化剤の濃度を70%以下で維持することが例示でき、50%以下がより好ましく、30%以下がとりわけ好ましい。また、反応混合物中のスルフィド化剤が完全に消費した場合には未反応のスルフィド化剤の濃度は、原料混合物中のスルフィド化剤の濃度に対して0%となり、理想的な状態と言えるが、実際反応を行う上での下限としては0.1%以上であることが多い。
【0070】
また、原料を追添加した直後においても反応混合物中の未反応のスルフィド化剤の濃度は、原料混合物中のスルフィド化剤の濃度以下に維持することが好ましい。より具体的には、原料混合物中のスルフィド化剤の濃度に対する、反応混合物中の未反応のスルフィド化剤の濃度を70%以下で維持することが例示でき、50%以下がより好ましく、30%以下がとりわけ好ましい。
【0071】
上記の通り、原料を追添加する前後で反応混合物中の未反応のスルフィド化剤の濃度を原料混合物中のスルフィド化剤の濃度の70%以下に維持することにより、原料を追添加した後の環式PASの生成率はより向上しやすい傾向にあり、これは単量体濃度が低く維持されることにより疑似希釈条件下となり環化反応の選択性が向上したためと推測している。
【0072】
反応混合物中の硫黄成分の濃度に対する、反応混合物中の未反応のスルフィド化剤の濃度を追添加の前後で70%以下に維持することが好ましく、50%以下がより好ましく、30%以下がとりわけ好ましい。詳しくは、反応混合物中の未反応のスルフィド化剤の濃度/反応混合物中の硫黄成分の濃度が、70%以下であることが好ましい。
【0073】
ここで、前記反応混合物中の有機極性溶媒量で表す基質濃度とは、反応混合物中に存在する硫黄原子のモル濃度と同義である。詳細は前述したが、例えば反応が進行した段階においては、未反応のスルフィド化剤に由来する硫黄成分と、アリーレンスルフィド化合物に由来する硫黄成分との合計をいう。
【0074】
また、反応混合物中のスルフィド化剤が完全に消費した場合には未反応のスルフィド化剤の濃度は、反応混合物(b)中の硫黄成分の濃度に対して0%となり、理想的な状態と言えるが、実際反応を行う上での下限としては0.1%以上であることが多い。ここで反応混合物中の未反応のスルフィド化剤の濃度が70%以下に維持することにより、原料を追添加した後の環式PASの生成率はより向上しやすい傾向にあり、これは単量体濃度が低く維持されることにより疑似希釈条件下となり環化反応の選択性が向上したためと推測している。
【0075】
なお、ここで本発明の方法において、反応混合物中のスルフィド化剤の濃度は、例えば、電気伝導度検出器や電気化学検出器を具備したイオンクロマトグラフィー手法を用いて、反応混合物中のスルフィド化剤の量を定量することにより算出可能である。イオンクロマトグラフィー手法を用いた具体的評価方法としては、試料中に過酸化水素水を添加して、試料中に含まれる硫化物イオンの酸化を行った後に、電気伝導度検出器を用いた分析により、硫化物イオンの酸化によって生成する硫酸イオン量を算出する方法が例示でき、その量から反応混合物中のスルフィド化剤の濃度を算出することが可能である。
【0076】
ここで、反応混合物中の未反応のスルフィド化剤の濃度を上記の好ましい範囲に維持するための方法としては、原料の追添加の速度を調整する方法が例示できる。さらにスルフィド化剤およびジハロゲン化芳香族化合物の消費速度と追添加速度が一致する反応条件においては、追添加速度を一定にすることができる。
【0077】
本発明の環式PASの製造に際しては、原料の追添加完了後に加熱を継続する反応(C)を行ってもよい。反応(C)を行う反応条件に特に制限はないが、本反応は追添加完了時点の反応混合物中の未反応原料を消費させることが目的であり、当該原料が実質的に完全に消費する反応条件が好ましく、例えば加熱を0.1時間〜10時間継続する方法が例示でき、加熱を0.1時間〜3時間継続することがより好ましく、あるいは加熱温度を後述の好ましい範囲内で上昇させることなどが例示できる。
【0078】
本発明の環式PASの製造に際しては、上記諸成分からなる反応混合物を、反応混合物の常圧下における還流温度を越えて加熱することが好ましい。ここで常圧とは大気の標準状態近傍における圧力のことであり、約25℃近傍の温度、絶対圧で101kPa近傍の大気圧条件のことである。なお、還流温度とは反応混合物の液体成分が沸騰と凝縮を繰り返している状態の温度である。本発明では反応混合物を常圧下の還流温度を超えて加熱するが、反応混合物をこのような加熱状態にする方法としては、例えば反応混合物を常圧を越える圧力下で反応させる方法や、反応混合物を密閉容器内で加熱する方法が例示できる。
【0079】
本発明の環式PASの製造における反応温度は、常圧下の還流温度を越えれば良く、この温度は反応混合物中の成分の種類、量によって多様に変化するため一意的に決めることはできないが、通常120〜350℃、好ましくは180〜320℃、より好ましくは200〜310℃、さらに好ましくは220〜300℃、よりいっそう好ましくは230〜280℃の範囲を例示できる。この好ましい温度範囲ではより高い反応速度が得られ、反応が均一で進行しやすい傾向にあり、効率よく環式PASが得られる傾向にある。また、反応温度は一定、または段階的あるいは連続的に温度を変化させていく形式のいずれでもかまわない。
【0080】
(7)環式ポリアリーレンスルフィドの回収方法
本発明の環式PASの製造においては前記した反応により得られた反応混合物から環式PASを分離回収することも可能である。反応により得られた反応混合物には環式PAS、線状PAS及び有機極性溶媒が含まれ、その他成分として未反応のスルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物や水、副生塩などが含まれる場合もある。
【0081】
(7−1)環式ポリアリーレンスルフィドの回収方法1
この様な反応混合物からPAS成分を回収する方法に特に制限は無く、例えば必要に応じて有機極性溶媒の一部もしくは大部分を蒸留等の操作により除去した後に、PAS成分に対する溶解性が低く且つ有機極性溶媒と混和し、好ましくは副生塩に対して溶解性を有する溶剤と必要に応じて加熱下で接触させて、環式PASを線状PASとの混合固体としてPAS成分を回収する方法、反応混合物において環式PASおよび線状PASが溶解するに足る温度、好ましくは200℃を越える温度、より好ましくは230℃以上の温度において反応混合物中に存在する固形成分と可溶成分を固液分離により分離して少なくとも環式PAS、線状PASおよび有機極性溶媒を含む溶液成分を回収し、この溶液成分から必要に応じて有機極性溶媒の一部もしくは大部分を蒸留等の操作により除去した後に、PAS成分に対する溶解性が低く且つ有機極性溶媒と混和し、好ましくは副生塩に対して溶解性を有する溶剤と必要に応じて加熱下で接触させて、環式PASを線状PASとの混合固体としてPAS成分を回収する方法、が例示できる。この様な特性を有する溶剤は一般に比較的極性の高い溶剤であり、用いた有機極性溶媒や副生塩の種類により好ましい溶剤は異なるので限定はできないが、例えば水や、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノール、ヘキサノールに代表されるアルコール類、アセトンに代表されるケトン類、酢酸エチル、酢酸ブチルなどに代表される酢酸エステル類が例示でき、入手性、経済性の観点から水、メタノール及びアセトンが好ましく、水が特に好ましい。
【0082】
このような溶剤による処理を行うことで、環式PASと線状PASとの混合固体に含有される有機極性溶媒や副生塩の量を低減することが可能である。この処理により環式PAS及び線状PASは共に固形成分として析出するので、公知の固液分離法を用いて環式PAS及び線状PASの混合物としてPAS成分を回収することが可能である。固液分離方法としては、たとえば濾過による分離、遠心分離、デカンテーション等を例示できる。なお、これら一連の処理は必要に応じて数回繰り返すことも可能であり、これにより環式PASと線状PASとの混合固体に含有される有機極性溶媒や副生塩の量がさらに低減される傾向にある。
【0083】
また、上記の溶剤による処理の方法としては、溶剤と反応混合物を混合する方法があり、必要により適宜撹拌または加熱することも可能である。溶剤による処理を行う際の温度に特に制限は無いが、20℃〜220℃が好ましく、50℃〜200℃が更に好ましい。この様な範囲では例えば副生塩の除去が容易となり、また比較的低圧の状態で処理を行うことが可能であるため好ましい。ここで、溶剤として水を用いる場合、水は蒸留水あるいは脱イオン水であることが好ましいが、必要に応じてギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、クロロ酢酸、ジクロロ酢酸、アクリル酸、クロトン酸、安息香酸、サリチル酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、フタル酸、フマル酸などの有機酸性化合物及びそのアルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩、硫酸、リン酸、塩酸、炭酸、珪酸などの無機酸性化合物およびアンモニウムイオンなどを含む水溶液を用いることも可能である。この処理後に得られた環式PASと線状PASとの混合固体が処理に用いた溶剤を含有する場合には必要に応じて乾燥などを行い、溶剤を除去することも可能である。
【0084】
上で例示した回収方法では、環式PASは線状PASとの混合物(以下PAS混合物と称する場合もある)として回収される。環式PASと線状PASの分離を行う方法としては例えば、環式PASと線状PASの溶解性の差を利用した分離方法、より具体的には環式PASに対する溶解性が高く、一方で環式PASの溶解を行う条件下では線状PASに対する溶解性に乏しい溶剤を必要に応じて加熱下でPAS混合物と接触させて、溶剤可溶成分として環式PASを得る方法が例示できる。ここで、上記の溶解性を利用した分離方法により効率良く環式PASを得るために、線状PASの分子量は後述する環式PASを溶解可能な溶剤に溶解しにくい、好ましくは溶解しない特性を有する分子量であることが好ましく、重量平均分子量で2,500以上が例示でき、5,000以上が好ましく、10,000以上がより好ましく例示できる。
【0085】
環式PASと線状PASの分離に用いる溶剤としては環式PASを溶解可能な溶剤であれば特に制限はないが、溶解を行う環境において環式PASは溶解するが線状PASは溶解しにくい溶剤が好ましく、線状PASは溶解しない溶剤がより好ましい。PAS混合物を前記溶剤と接触させる際の反応系圧力は常圧もしくは微加圧が好ましく、特に常圧が好ましく、このような圧力の反応系はそれを構築する反応器の部材が安価であるという利点がある。この観点から反応系圧力は、高価な耐圧容器を必要とする加圧条件は避けることが望ましい。用いる溶剤としてはPAS成分の分解や架橋など好ましくない副反応を実質的に引き起こさないものが好ましく、PAS混合物を溶剤と接触させる操作をたとえば常圧環流条件下で行う場合に好ましい溶剤としては、例えばペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、シクロヘキサン、シクロペンタン、ベンゼン、トルエン、キシレン等の炭化水素系溶媒、クロロホルム、ブロモホルム、塩化メチレン、1,2−ジクロロエタン、1,1,1−トリクロロエタン、クロロベンゼン、2,6−ジクロロトルエン等のハロゲン系溶媒、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジイソプロピルエーテル等のエーテル系溶媒、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、トリメチルリン酸、N,N−ジメチルイミダゾリジノン、メチルエチルケトンなどの極性溶媒を例示できるが、中でもベンゼン、トルエン、キシレン、クロロホルム、ブロモホルム、塩化メチレン、1,2−ジクロロエタン、1,1,1−トリクロロエタン、クロロベンゼン、2,6−ジクロロトルエン、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジイソプロピルエーテル、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、トリメチルリン酸、N,N−ジメチルイミダゾリジノン、メチルエチルケトンが好ましく、トルエン、キシレン、クロロホルム、塩化メチレン、テトラヒドロフラン、メチルエチルケトンがより好ましく例示できる。
【0086】
PAS混合物を溶剤と接触させる際の雰囲気に特に制限はないが、接触させる際の温度や時間などの条件によってPAS成分や溶剤が酸化劣化するような場合には、非酸化性雰囲気下で行うことが望ましい。なお、非酸化性雰囲気とは気相の酸素濃度が5体積%以下、好ましくは2体積%以下、更に好ましくは酸素を実質的に含有しない雰囲気、即ち窒素、ヘリウム、アルゴン等の不活性ガス雰囲気であることを指し、この中でも特に経済性及び取扱いの容易さの面からは窒素雰囲気が好ましい。
【0087】
PAS混合物を溶剤と接触させる温度に特に制限はないが、一般に温度が高いほど環式PASの溶剤への溶解は促進される傾向にあるが、線状PASの分子量が低い場合、線状PASの溶解も促進される傾向にある。線状PASの分子量が前述した好ましい分子量である場合は、環式PASとの溶解性の差が大きくなるため、高い温度でPAS混合物の溶剤との接触を行っても環式PASと線状PASが好適に分離できる傾向にある。また、前記したように、PAS混合物の溶剤との接触は大気圧下でおこなうことが好適であるので、上限温度は使用する溶剤の大気圧下での環流条件温度にすることが望ましく、前述した好ましい溶剤を用いる場合はたとえば20〜150℃、好ましくは30〜100℃を具体的な温度範囲として例示できる。
【0088】
PAS混合物を溶剤と接触させる時間は、用いる溶剤種や温度等によって異なるため一意的には限定できないが、たとえば1分〜50時間が例示でき、この様な範囲では環式PASの溶剤への溶解が十分になる傾向にある。
【0089】
PAS混合物を溶剤と接触させる方法は、公知の一般的な手法を用いれば良く特に限定はないが、たとえばPAS混合物と溶剤を混合し、必要に応じて攪拌した後に溶液部分を回収する方法、各種フィルター上のPAS混合物に溶剤をシャワーすると同時に環式PASを溶剤に溶解させる方法、ソックスレー抽出法原理による方法などいかなる方法も用いることができる。PAS混合物と溶剤を接触させる際の溶剤の使用量に特に制限はないが、たとえばPAS混合物重量に対する浴比で0.5〜100の範囲が例示できる。浴比がこの様な範囲の場合、PAS混合物と溶剤を均一に混合し易く、また、環式PASが溶剤へ十分に溶解し易くなる傾向にある。一般に、浴比が大きい方が環式PASの溶剤への溶解には有利であるが、大きすぎてもそれ以上の効果は望めず、逆に溶剤使用量増大による経済的不利益が生じることがある。なお、PAS混合物と溶剤の接触を繰り返し行う場合は、小さい浴比でも十分な効果を得られる場合が多い。またソックスレー抽出法は、その原理上、PAS混合物と溶剤の接触を繰り返し行う場合と類似の効果が得られるので、この場合も小さな浴比で十分な効果を得られる場合が多い。
【0090】
PAS混合物を溶剤と接触させた後に、環式PASを溶解した溶液が固形状の線状PASを含む固液スラリー状で得られた場合、公知の固液分離法を用いて溶液部を回収することが好ましい。固液分離方法としては、たとえば濾過による分離、遠心分離、デカンテーション等を例示できる。このようにして分離した溶液から溶剤の除去を行うことで環式PASの回収が可能となる。一方、固体成分については、環式PASがまだ残存している場合、再度溶剤との接触及び溶液の回収を繰り返し行うことでより収率よく環式PASを得ることも可能である。また、環式PASがほとんど残存していない場合には、残存溶剤を除去することで高純度な線状PASとして好適にリサイクル可能である。
【0091】
前述のようにして得られた環式PASを含む溶液から溶剤の除去を行い、環式PASを固形成分として得ることも可能である。ここで溶剤の除去は、たとえば加熱し、常圧以下で処理する方法や、膜を利用した溶剤の除去を例示できるが、より収率よく、また効率よく環式ポリアリーレンスルフィドを得るとの観点では常圧以下で加熱して溶剤を除去する方法が好ましい。なお、前述の様にして得られた環式PASを含む溶液は温度によっては固形物を含む場合もあるが、この場合の固形物も環式ポリアリーレンスルフィド混合物に属するものであるので、溶剤の除去時に溶剤に可溶の成分とともに回収する事が望ましく、これにより収率よく環式PASを得られるようになる。ここで溶剤の除去は、少なくとも50重量%以上、好ましくは70重量%以上、更に好ましくは90重量%以上、よりいっそう好ましくは95重量%以上の溶剤を除去することが望ましい。加熱による溶剤の除去を行う際の温度は用いる溶剤の特性に依存するため一意的には限定できないが、通常、20〜150℃、好ましくは40〜120℃の範囲が選択できる。また、溶剤の除去を行う圧力は常圧以下が好ましく、これにより溶剤の除去をより低温で行うことが可能になる。
【0092】
(7−2)環式ポリアリーレンスルフィドの回収方法2
上記には環式PASの回収方法として、まず環式PASと線状PASを含むPAS混合物を得た後にこの混合物から環式PASを回収する方法について例示したが回収方法はこれに限定されるものではない。環式PAS回収方法として別の具体例を以下に示す。
【0093】
本発明で得られる反応混合物には環式PAS、線状PAS及び有機極性溶媒が含まれ、その他成分として未反応のスルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物や水、副生塩などが含まれる場合もあることは前述した通りであるが、この反応混合物において環式PASは幅広い温度領域で有機極性溶媒に溶解状態となる傾向がある。一方で線状PASは環式PASと溶解挙動が大きく異なり、具体的には200℃以下の温度領域ではその大部分が反応混合物中で固体として存在する傾向にある。
【0094】
従ってこの様な環式PASと線状PASの反応混合物中での溶解挙動差を用いることで、簡易な固液分離により環式PASと線状PASの分離が可能になる。このような固液分離による環式PASと線状PASの分離が可能となるより具体的な温度領域の上限としては200℃以下、より好ましくは150℃以下、更に好ましくは120℃以下が例示でき、一方で下限温度としては10℃以上が例示でき、20℃以上が好ましく、50℃以上がより好ましく、80℃以上が更に好ましい。この好ましい温度上限以下では反応混合物に含まれる線状PASは固形分として存在する傾向が強く、特に前述した好ましい重量平均分子量の線状PASはこの条件下で固形分となりやすい傾向がある。一方でこの好ましい温度領域において反応混合物中の環式PASは有機極性溶媒に可溶である傾向が強く、特に環式PASの繰り返し単位数mが前述した好ましい範囲の環式PASはこの条件下で有機極性溶媒に溶解する傾向が強い。また例示した下限温度以上では反応混合物の粘度が低くなる傾向になり固液分離操作がし易く、また固形成分と溶液成分の分離性にすぐれる傾向にある。
【0095】
また、先述した反応混合物の固液分離で得られる溶液成分、すなわち濾液成分(温度によっては固形成分を含む場合もある)には環式PASが含まれる。所望に応じて濾液成分から有機極性溶媒を除去することで環式PASを含む固体として回収することも可能である。この有機極性溶媒の除去方法としては例えば蒸留により除去する方法や、有機極性溶媒と混和する第二の溶剤と接触させる方法などが例示できる。蒸留により除去する具体的な方法としては、濾液成分を好ましくは20〜250℃、より好ましくは40〜200℃、さらに好ましくは100〜200℃、よりいっそう好ましくは120〜200℃に加熱する方法が例示できる。この加熱を減圧条件下や気流下で行うこと、さらには攪拌条件下で行うことで効率よく有機極性溶媒の除去を行うことが可能である。なお、加熱する際の雰囲気は非酸化性雰囲気で行うことが好ましく、これにより環式PASの分解、着色、架橋などを抑制できる傾向にある。なおここで、非酸化性雰囲気とは気相の酸素濃度が5体積%以下、好ましくは2体積%以下、更に好ましくは酸素を実質的に含有しない雰囲気、即ち窒素、ヘリウム、アルゴン等の不活性ガス雰囲気であることを指し、この中でも特に経済性及び取扱いの容易さの面からは窒素雰囲気が好ましい。濾液成分を第二の溶剤で溶剤置換する方法で環式PASを得る具体的な方法としては、環式PASが溶解しない、もしくは環式PASが溶解しにくい第二の溶剤と接触させることで、環式PASを含む固形成分を回収する方法を例示できる。この第二の溶剤と接触させるより具体的な方法としては後述の(7)で示す方法を採用することが例示できる。
【0096】
(8)その他後処理
かくして得られた環式ポリアリーレンスルフィドは十分に高純度であり、各種用途に好適に用いることができるが、さらに以下に述べる後処理を付加的に施すことによってよりいっそう純度の高い環式PASを得ることが可能である。
【0097】
前記(7)までの操作によって得られた環式PASは、用いた溶剤の特性によってはPAS混合物中に含まれる不純物成分を含む場合がある。このような少量の不純物を含む環式PASを不純物は溶解するが、環式PASは溶解しない、もしくは環式PASの溶解しにくい第二の溶剤と接触させることで、不純物成分を選択的に除去することが可能な場合が多い。また前記(7−2)の方法で得られた濾液成分(環式PASを含む溶液)から環式PASを固形成分として分離するためにこの第二の溶剤と濾液成分を接触させることも可能である。
【0098】
環式PAS混合物もしくは前記(7−2)で得られた濾液成分を前記第二の溶剤と接触させる際の反応系圧力は常圧もしくは微加圧が好ましく、特に常圧が好ましく、このような圧力の反応系はそれを構築する部材が安価であるという利点がある。この観点から反応系圧力は、高価な耐圧容器を必要とする加圧条件は避けることが望ましい。第二の溶剤として好ましい溶剤としては、環式PASの分解や架橋など好ましくない副反応を実質的に引き起こさないものが好ましく、例えばメタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、フェノール、クレゾール、ポリエチレングリコールなどのアルコール・フェノール系溶媒、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、シクロヘキサン、シクロペンタン等の炭化水素系溶媒、アセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトン、メチルイソブチルケトン、メチルブチルケトン、アセトフェノン等のケトン系溶媒、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸ペンチル、酢酸オクチル、酪酸メチル、酪酸エチル、酪酸ペンチル、サリチル酸メチル、蟻酸エチル、等のカルボン酸エステル系溶媒、及び水が例示でき、なかでもメタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、シクロヘキサン、シクロペンタン、アセトン、酢酸メチル、酢酸エチル、水が好ましく、メタノール、エタノール、プロパノール、エチレングリコール、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、シクロヘキサン、アセトン、酢酸エチル、水が特に好ましい。これらの溶媒は1種類または2種類以上の混合物として使用することができる。
【0099】
環式PASを第二の溶剤と接触させる温度に特に制限はないが、上限温度は使用する第二の溶剤の常圧下での環流条件温度にすることが望ましく、前述した好ましい第二の溶剤を用いる場合はたとえば20〜100℃が好ましい温度範囲として例示でき、より好ましくは25〜80℃が例示できる。
【0100】
環式PASを第二の溶剤と接触させる時間は、用いる溶剤種や温度等によって異なるため一意的には限定できないが、たとえば1分〜50時間が例示でき、この様な時間範囲内ででは環式PAS中の不純物の第二の溶剤への溶解が十分となる傾向にある。
【0101】
環式PASを第二の溶剤と接触させる方法としては固体状の環式PASと第二の溶剤を必要に応じて攪拌して混合する方法、各種フィルター上の環式PAS固体に第二の溶剤をシャワーすると同時に不純物を第二の溶剤に溶解させる方法、固体状の環式PASを第二の溶剤を用いたソックスレー抽出を用いる方法や、溶液状の環式PASもしくは溶剤を含む環式PASスラリーを第二の溶剤と接触させて、第二の溶剤の存在下で環式PASを析出させる方法などを用いることができる。なかでも溶剤を含む環式PASスラリーを第二の溶剤と接触させる方法は、操作後に得られる環式PASの純度が高く、有効な方法である。
【0102】
環式PASを第二の溶剤と接触させた後に公知の固液分離法を用いて固体状の環式PASを回収することが可能である。固液分離方法としては、たとえば濾過による分離、遠心分離、デカンテーション等を例示できる。固液分離後に得られた環式PAS中に不純物がまだ残存している場合は、再度環式PASと第二の溶剤とを接触させて、さらに不純物を除去することも可能である。
【0103】
(9)本発明の環式PASの特性
かくして得られた環式PASは、通常、環式PASを50重量%以上、好ましくは70重量%以上、より好ましくは80重量%以上含む純度の高いものであり、一般的に得られる線状のPASとは異なる特性を有する工業的にも利用価値の高いものである。また、本発明の製造方法により得られる環式PASは前記式(A)におけるmが単一ではなく、m=4〜50の異なるmを有する前記式(A)が得られやすいという特徴を有する。ここで好ましいmの範囲は4〜25,より好ましくは4〜20である。mがこの範囲の場合、後述するように環式PASをPASを得るための原料として用いる場合に重合反応が進行しやすく、高分子量体が得られやすくなる傾向にある。この理由は現時点判然とはしないが、この範囲の環式PASは分子が環式であるがために生じる結合のゆがみが大きく、重合時に高分子量化が起こりやすいためと推測している。
【0104】
なお、mが単一の環式PASは単結晶として得られるため、極めて高い融解温度を有するが、本発明では環式PASは異なるmを有する混合物が得られやすく、これにより環式PASの融解温度が低いという特徴があり、このことはたとえば環式PASを溶融して用いる際の加熱温度を低くできるという優れた特徴を発現することになる。
【0105】
(10)本発明の環式PASを配合した樹脂組成物
本発明で得られた環式PASを各種樹脂に配合して用いることも可能であり、このような環式PASを配合した樹脂組成物は、溶融加工時のすぐれた流動性を発現する傾向が強く、また滞留安定性にも優れる傾向にある。この様な特性、特に流動性の向上は、樹脂組成物を溶融加工する際の加熱温度が低くても溶融加工性に優れるという特徴を発現するため、射出成形品や繊維、フィルム等の押出成形品に加工する際の溶融加工性の向上をもたらす点で大きなメリットとなる。環式PASを配合した際にこの様な特性の向上が発現する理由は定かではないが、環式PASの構造の特異性、すなわち環状構造であるために通常の線状化合物と比較してコンパクトな構造をとりやすいため、マトリックスである各種樹脂との絡み合いが少なくなりやすいこと、各種樹脂に対して可塑剤として作用すること、またマトリックス樹脂どうしの絡み合い抑制にも奏効するためと推測している。
【0106】
環式PASを各種樹脂に配合する際の配合量に特に制限は無いが、各種樹脂100重量部に対して本発明の環式PASを0.1〜50重量部、好ましくは0.5〜20重量部、より好ましくは0.5〜10重量部配合することで顕著な特性の向上を得ることが可能である。
【0107】
また、上記樹脂組成物には必要に応じて更に繊維状および/または非繊維状の充填材を配合することも可能であり、その配合量は前記各種樹脂100重量部に対して0.5〜400重量部、好ましくは0.5〜300重量部、より好ましくは1〜200重量部、更に好ましくは1〜100重量部の範囲が例示でき、これにより優れた流動性を維持しつつ機械的強度が向上できる傾向にある。充填剤の種類としては、繊維状、板状、粉末状、粒状などのいずれの充填剤も使用することができる。これら充填剤の好ましい具体例としてはガラス繊維、タルク、ワラステナイト、およびモンモリロナイト、合成雲母などの層状珪酸塩が例示でき、特に好ましくはガラス繊維である。ガラス繊維の種類は、一般に樹脂の強化用に用いるものなら特に限定はなく、例えば長繊維タイプや短繊維タイプのチョップドストランド、ミルドファイバーなどから選択して用いることができる。また、上記の充填剤は2種以上を併用して使用することもできる。なお、本発明に使用する上記の充填剤はその表面を公知のカップリング剤(例えば、シラン系カップリング剤、チタネート系カップリング剤など)、その他の表面処理剤で処理して用いることもできる。また、ガラス繊維はエチレン/酢酸ビニル共重合体などの熱可塑性樹脂、エポキシ樹脂などの熱硬化性樹脂で被覆あるいは集束されていてもよい。
【0108】
また、樹脂組成物の熱安定性を保持するために、フェノール系、リン系化合物の中から選ばれた1種以上の耐熱剤を含有せしめることも可能である。かかる耐熱剤の配合量は、耐熱改良効果の点から前記各種樹脂100重量部に対して、0.01重量部以上、特に0.02重量部以上であることが好ましく、成形時に発生するガス成分の観点からは、5重量部以下、特に1重量部以下であることが好ましい。また、フェノール系及びリン系化合物を併用して使用することは、特に耐熱性、熱安定性、流動性保持効果が大きく好ましい。
【0109】
さらに、前記樹脂組成物には以下のような化合物、すなわち、有機チタネート系化合物、有機ボラン系化合物などのカップリング剤、ポリアルキレンオキサイドオリゴマ系化合物、チオエーテル系化合物、エステル系化合物、有機リン系化合物などの可塑剤、タルク、カオリン、有機リン化合物、ポリエーテルエーテルケトンなどの結晶核剤、モンタン酸ワックス類、ステアリン酸リチウム、ステアリン酸アルミ等の金属石鹸、エチレンジアミン・ステアリン酸・セバシン酸重宿合物、シリコーン系化合物などの離型剤、次亜リン酸塩などの着色防止剤、その他、滑剤、紫外線防止剤、着色剤、難燃剤、発泡剤などの通常の添加剤を配合することができる。上記化合物はいずれも前記各種樹脂100重量部に対して20重量部未満、好ましくは10重量部以下、更に好ましくは1重量部以下の添加でその効果が有効に発現する傾向にある。
【0110】
上記のごとき環式PASを配合してなる樹脂組成物を製造する方法は特に限定されるものではないが、例えば環式PAS、各種樹脂および必要に応じてその他の充填材や各種添加剤を予めブレンドした後、各種樹脂および環式PASの融点以上において一軸または二軸押出機、バンバリーミキサー、ニーダー、ミキシングロールなどの通常公知の溶融混合機で溶融混練する方法、溶液中で混合した後に溶媒を除く方法などが用いられる。ここで環式PASとして環式PASの単体、すなわち前記式(A)のmが単一のものを用いる場合や、異なるmの混合物であっても結晶性が高く融点が高いものを用いる場合は、環式PASを環式PASが溶解する溶媒に予め溶解して供給し溶融混練の際に溶媒を除去する方法、環式PASをその融点以上で一旦溶解した後に急冷することで結晶化を抑え、非晶状としたものを供給する方法、あるいはプリメルターを環式PASの融点以上に設定し、プリメルター内で環式PASのみを溶融させ、融液として供給する方法などを採用することができる。
【0111】
ここで環式PASを配合する各種樹脂に特に制限は無く、結晶性樹脂および非晶性樹脂の熱可塑性樹脂、また熱硬化性樹脂にも適用が可能である。
【0112】
ここで結晶性樹脂の具体例としては例えば、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、シンジオタクチックポリスチレンなどのポリオレフィン系樹脂、ポリビニルアルコール樹脂、ポリ塩化ビニリデン樹脂、ポリエステル樹脂、ポリアミド樹脂、ポリアセタール樹脂、ポリフェニレンスルフィド樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、ポリエーテルケトン樹脂、ポリケトン樹脂、ポリイミド樹脂およびこれらの共重合体などが挙げられ、1種または2種以上併用してもよい。中でも、耐熱性、成形性、流動性および機械特性の点で、ポリフェニレンスルフィド樹脂、ポリアミド樹脂、ポリエステル樹脂が好ましい。また、得られる成形品の透明性の面からはポリエステル樹脂が好ましい。各種樹脂として結晶性樹脂を用いる場合は、上述した流動性の向上の他に結晶化特性も向上する傾向がある。また、各種樹脂としてポリフェニレンスルフィド樹脂を用いることも特に好ましく、この場合、流動性の向上と共に、結晶性の向上、さらにはこれらが奏効した効果として射出成形時のバリ発生が顕著に抑制されるという特徴が発現しやすい傾向にある。
【0113】
非晶性樹脂としては非晶性を有する溶融成形可能な樹脂であれば、特に限定されないが、耐熱性の点で、ガラス転移温度が50℃以上であることが好ましく、60℃以上であることがより好ましく、70℃以上であることがさらに好ましく、80℃以上であることが特に好ましい。上限は、特に限定されないが、成形性などの点から300℃以下であることが好ましく、280℃以下であることがより好ましい。なお、本発明において、非晶性樹脂のガラス転移温度は、示差熱量測定において非晶性樹脂を30℃〜予測されるガラス転移温度以上まで、20℃/分の昇温条件で昇温し1分間保持した後、20℃/分の降温条件で0℃まで一旦冷却し、1分間保持した後、再度20℃/分の昇温条件で測定した際に観察されるガラス転移温度(Tg)を指す。この具体例としては、非晶性ナイロン樹脂、ポリカーボネート(PC)樹脂、ポリアリレート樹脂、ABS樹脂、ポリ(メタ)アクリレート樹脂、およびポリ(メタ)アクリレート共重合、ポリスルホン樹脂、ポリエーテルスルホン樹脂から選ばれる少なくとも1種が例示でき、1種または2種以上併用してもよい。これら非晶性樹脂の中でも、特に高い透明性を有するポリカーボネート(PC)樹脂、ABS樹脂の中でも透明ABS樹脂、ポリアリレート樹脂、ポリ(メタ)アクリレート樹脂、およびポリ(メタ)アクリレート共重合、ポリエーテルスルホン樹脂を好ましく使用することができる。各種樹脂として非晶性樹脂を用いる場合には、前述の溶融加工時の流動性向上に加えて、透明性に優れる非晶性樹脂を使用した場合においては、高い透明性を維持させることができるという特徴を発現できる。ここで、非晶性樹脂組成物に高い透明性を発現させたい場合には、環式PASとして前記式(A)のmが異なる環式PASを用いることが好ましい。なお、環式PASとして環式PASの単体、すなわち前記式(A)のmが単一のものを用いる場合、この様な環式PASは融点が高い傾向にあるため、非晶性樹脂と溶融混練する際に十分に溶融分散せずに樹脂中に凝集物となったり透明性が低下する傾向にあるが、前述したように前記式(A)のmが異なる環式PASはその融解温度が低い傾向にあり、このことは溶融混練時の均一性の向上に効果的である。ここで、本発明の製造方法により得られる環式PASは前記式(A)におけるmが単一ではなく、m=2〜50の異なるmを有する前記式(A)が得られやすいという特徴を有するため、高い透明性を有する非晶性樹脂組成物を得たい場合に特に有利である。
【0114】
上記で得られる、各種樹脂に環式PASを配合した樹脂組成物は通常公知の射出成形、押出成形、ブロー成形、プレス成形、紡糸などの任意の方法で成形することができ、各種成形品に加工し利用することができる。成形品としては、射出成形品、押出成形品、ブロー成形品、フィルム、シート、繊維などとして利用できる。またこれにより得られた各種成形品は、自動車部品、電気・電子部品、建築部材、各種容器、日用品、生活雑貨および衛生用品など各種用途に利用することができる。また、上記樹脂組成物およびそれからなる成形品は、リサイクルすることが可能である。例えば、樹脂組成物およびそれからなる成形品を粉砕し、好ましくは粉末状とした後、必要に応じて添加剤を配合して得られる樹脂組成物は、上記樹脂組成物と同じように使用でき、成形品とすることも可能である。
【0115】
(11)環式PASの高重合度体への転化
本発明によって製造される環式PASは(9)に述べたごとき優れた特性を有するので、ポリマーを得る際のプレポリマーとして好適に用いることが可能である。なおここでプレポリマーとしては本発明の環式PAS製造方法で得られる環式PAS単独でも良いし、所定量の他の成分を含むものでも差し障り無いが、環式PAS以外の成分を含む場合は線状PASや分岐構造を有するPASなど、PAS成分であることが特に好ましい。少なくとも本発明の環式PASを含み、以下に例示する方法により高重合度体へ変換可能なものがポリアリーレンスルフィドプレポリマーであり、以下PASプレポリマーと称する場合もある。
【0116】
環式PASの高重合度体への変換反応は、環式PASから環状PASの分子量よりも高分子量の成分が生成する条件下で行えばよく、例えば本発明の環式PAS製造方法による環式PASを含む、PASプレポリマーを加熱して高重合度体に転化させる方法が好ましい方法として例示できる。この加熱の温度は前記PASプレポリマーが溶融解する温度であることが好ましく、このような温度条件であれば特に制限は無い。加熱温度がPASプレポリマーの溶融解温度未満では分子量の高いPASを得るのに長時間が必要となる傾向がある。なお、PASプレポリマーが溶融解する温度は、PASプレポリマーの組成や分子量、また、加熱時の環境により変化するため、一意的に示すことはできないが、例えばPASプレポリマーを示差走査型熱量計で分析することで溶融解温度を把握することが可能である。なお、加熱温度が高すぎるとPASプレポリマー間、加熱により生成したPAS間、及びPASとポリアリーレンスルフィドプレポリマー間などでの架橋反応や分解反応に代表される好ましくない副反応が生じやすくなる傾向にあり、得られるPASの特性が低下する場合があるため、このような好ましくない副反応が顕著に生じる温度は避けることが望ましい。このような好ましくない副反応の顕在化を抑制しやすい加熱温度としては180〜400℃が例示でき、好ましくは200〜380℃、より好ましくは250〜360℃である。一方、ある程度の副反応が起こっても差し障り無い場合には、250〜450℃、好ましくは280〜420℃の温度範囲も選択可能であり、この場合には極短時間で高分子量体への転化を行えるという利点がある。
【0117】
前記加熱を行う時間は使用するPASプレポリマーにおける環式PASの含有率やm数、及び分子量などの各種特性、また、加熱の温度等の条件によって異なるため一様には規定できないが、前記した好ましくない副反応がなるべく起こらないように設定することが好ましい。加熱時間としては0.05〜100時間が例示でき、0.1〜20時間が好ましく、0.1〜10時間がより好ましい。0.05時間未満ではPASプレポリマーのPASへの転化が不十分になりやすく、100時間を超えると好ましくない副反応による得られるPASの特性への悪影響が顕在化する可能性が高くなる傾向にあるのみならず、経済的にも不利益を生じる場合がある。
【0118】
また、PASプレポリマーには加熱による高重合度体への転化に際しては、転化を促進する各種触媒成分を使用することも可能である。このような触媒成分としてはイオン性化合物やラジカル発生能を有する化合物が例示できる。イオン性化合物としてはたとえばチオフェノールのナトリウム塩やリチウム塩等、硫黄のアルカリ金属塩が例示でき、また、ラジカル発生能を有する化合物としてはたとえば加熱により硫黄ラジカルを発生する化合物を例示でき、より具体的にはジスルフィド結合を含有する化合物が例示できる。なお、各種触媒成分を使用する場合、触媒成分は通常はPASに取り込まれ、得られるPASは触媒成分を含有するものになることが多い。特に触媒成分としてアルカリ金属及び/または他の金属成分を含有するイオン性の化合物を用いた場合、これに含まれる金属成分の大部分は得られるPAS中に残存する傾向が強い。また、各種触媒成分を使用して得られたPASは、PASを加熱した際の重量減少が増大する傾向にある。従って、より純度の高いPASを所望する場合および/または加熱した際の重量減少の少ないPASを所望する場合には、触媒成分の使用をできるだけ少なくすることが好ましく、使用しないことがより好ましい。従って、各種触媒成分を使用してPASプレポリマーを高重合度体へ転化する際には、PASプレポリマーと触媒成分を含む反応系内のアルカリ金属量が100ppm以下、好ましくは50ppm以下、より好ましくは30ppm以下更に好ましくは10ppm以下であって、なお且つ、反応系内の全硫黄重量に対するジスルフィド重量が1重量%未満、好ましくは0.5重量%未満、より好ましくは0.3重量%未満、更に好ましくは0.1重量%未満になるように触媒成分の添加量を調整して行うことが好ましい。
【0119】
PASプレポリマーの加熱による高重合度体への転化は、通常溶媒の非存在下で行うが、溶媒の存在下で行うことも可能である。溶媒としては、PASプレポリマーの加熱による高重合度体への転化の阻害や生成したPASの分解や架橋など好ましくない副反応を実質的に引き起こさないものであれば特に制限はなく、例えばN−メチル−2−ピロリドン、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミドなどの含窒素極性溶媒、ジメチルスルホキシド、ジメチルスルホンなどのスルホキシド・スルホン系溶媒、アセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトン、アセトフェノンなどのケトン系溶媒、ジメチルエーテル、ジプロピルエーテル、テトラヒドロフランなどのエーテル系溶媒、クロロホルム、塩化メチレン、トリクロロエチレン、2塩化エチレン、ジクロルエタン、テトラクロルエタン、クロルベンゼンなどのハロゲン系溶媒、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、フェノール、クレゾール、ポリエチレングリコールなどのアルコール・フェノール系溶媒、ベンゼン、トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素系溶媒などがあげられる。また、二酸化炭素、窒素、水等の無機化合物を超臨界流体状態として溶媒に用いることも可能である。これらの溶媒は1種類または2種類以上の混合物として使用することができる。
【0120】
前記、PASプレポリマーの加熱による高重合度体への転化は、通常の重合反応装置を用いる方法で行うのはもちろんのこと、成形品を製造する型内で行っても良いし、押出機や溶融混練機を用いて行うなど、加熱機構を具備した装置であれば特に制限無く行うことが可能であり、バッチ方式、連続方式など公知の方法が採用できる。
【0121】
PASプレポリマーの加熱による高重合度体への転化の際の雰囲気は非酸化性雰囲気で行うことが好ましく、減圧条件下で行うことも好ましい。また、減圧条件下で行う場合、反応系内の雰囲気を一度非酸化性雰囲気としてから減圧条件にすることが好ましい。これによりPASプレポリマー間、加熱により生成したPAS間、及びPASとPASプレポリマー間などで架橋反応や分解反応等の好ましくない副反応の発生を抑制できる傾向にある。なお、非酸化性雰囲気とはPAS成分が接する気相における酸素濃度が5体積%以下、好ましくは2体積%以下、更に好ましくは酸素を実質的に含有しない雰囲気、即ち窒素、ヘリウム、アルゴン等の不活性ガス雰囲気であることを指し、この中でも特に経済性及び取扱いの容易さの面からは窒素雰囲気が好ましい。また、減圧条件下とは反応を行う系内が大気圧よりも低いことを指し、上限として50kPa以下が好ましく、20kPa以下がより好ましく、10kPa以下が更に好ましい。下限としては0.1kPa以上が例示でき、0.2kPa以上がより好ましい。減圧条件が好ましい上限を越える場合は、架橋反応など好ましくない副反応が起こりやすくなる傾向にあり、一方好ましい下限未満では、反応温度によってはPASプレポリマーに含まれる分子量の低い環式ポリアリーレンスルフィドが揮散しやすくなる傾向にある。
【0122】
前記したPASプレポリマーの高重合度体への転化は繊維状物質の共存下で行うことも可能である。ここで繊維状物質とは細い糸状の物質のことであって、天然繊維のごとく細長く引き延ばされた構造である任意の物質が好ましい。繊維状物質存在下でPASプレポリマーの高重合度体への転化を行うことで、PASと繊維状物質からなる複合材料構造体を容易に作成する事ができる。このような構造体は、繊維状物質によって補強されるため、PAS単独の場合に比べて、たとえば機械物性に優れる傾向にある。
【0123】
ここで、各種繊維状物質の中でも長繊維からなる強化繊維を用いることが好ましく、これによりPASを高度に強化する事が可能になる。一般に樹脂と繊維状物質からなる複合材料構造体を作成する際には、樹脂が溶融した際の粘度が高いことに起因して、樹脂と繊維状物質のぬれが悪くなる傾向にあり、均一な複合材料ができなかったり、期待通りの機械物性が発現しないことが多い。ここでぬれとは、溶融樹脂のごとき流体物質と、繊維状化合物のごとき固体基質との間に実質的に空気または他のガスが捕捉されないようにこの流体物質と固体基質との物理的状態の良好且つ維持された接触があることを意味する。ここで流体物質の粘度が低い方が繊維状物質とのぬれは良好になる傾向にある。本発明のPASプレポリマーは融解した際の粘度が、一般的な熱可塑性樹脂、たとえばPASと比べて著しく低いため、繊維状物質とのぬれが良好になりやすい。PASプレポリマーと繊維状物質が良好なぬれを形成した後、本発明のPASの製造方法によればPASプレポリマーが高重合度体に転化するので、繊維状物質と高重合度体(ポリアリーレンスルフィド)が良好なぬれを形成した複合材料構造体を容易に得ることができる。
【0124】
繊維状物質としては長繊維からなる強化繊維が好ましいことは前述したとおりであり、本発明に用いられる強化繊維に特に制限はないが、好適に用いられる強化繊維としては、一般に、高性能強化繊維として用いられる耐熱性及び引張強度の良好な繊維があげられる。例えば、その強化繊維には、ガラス繊維、炭素繊維、黒鉛繊維、アラミド繊維、炭化ケイ素繊維、アルミナ繊維、ボロン繊維が挙げられる。この内、比強度、比弾性率が良好で、軽量化に大きな寄与が認められる炭素繊維や黒鉛繊維が最も良好なものとして例示できる。炭素繊維や黒鉛繊維は用途に応じて、あらゆる種類の炭素繊維や黒鉛繊維を用いることが可能であるが、引張強度450Kgf/mm、引張伸度1.6%以上の高強度高伸度炭素繊維が最も適している。長繊維状の強化繊維を用いる場合、その長さは、5cm以上であることが好ましい。この長さの範囲では、強化繊維の強度を複合材料として十分に発現させることが容易となる。また、炭素繊維や黒鉛繊維は、他の強化繊維を混合して用いてもかまわない。また、強化繊維は、その形状や配列を限定されず、例えば、単一方向、ランダム方向、シート状、マット状、織物状、組み紐状であっても使用可能である。また、特に、比強度、比弾性率が高いことを要求される用途には、強化繊維が単一方向に引き揃えられた配列が最も適しているが、取り扱いの容易なクロス(織物)状の配列も本発明には適している。
【0125】
また、前記したPASプレポリマーの高重合度体への転化は充填剤の存在下で行うことも可能である。充填剤としては、たとえば非繊維状ガラス、非繊維状炭素や、無機充填剤、たとえば炭酸カルシウム、酸化チタン、アルミナなどを例示できる。
【実施例】
【0126】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明する。これら例は例示的なものであって限定的なものではない。
【0127】
<環式ポリフェニレンスルフィド生成率測定>
環式ポリフェニレンスルフィド化合物の生成率の測定は、HPLCを用いた定性定量分析によって行なった。HPLCの測定条件を以下に示す。
装置:島津株式会社製 LC−10Avpシリーズ
カラム:関東化学社製 Mightysil RP−18 GP150−4.6(5μm)
検出器:フォトダイオードアレイ検出器(波長270nm)。
【0128】
<スルフィド化剤の分析>
反応混合物中のスルフィド化剤の定量(水硫化ナトリウムの定量)はイオンクロマトグラフィーを用いて以下の条件にて実施した。
装置:島津製作所製 HIC−20Asuper
カラム:島津製作所製 Shim−packIC−SA2(250mm×4.6mmID)
検出器:電気伝導度検出器(サプレッサ)
溶離液:4.0mM炭酸水素ナトリウム/1.0mM炭酸ナトリウム水溶液
流速:1.0ml/分
注入量:50マイクロリットル
カラム温度:30℃。
【0129】
試料中に過酸化水素水を添加して試料中に含まれる硫化物イオンの酸化を行った後に上記分析により硫酸イオンとして定量し、過酸化水素水を添加しない無処理の試料を分析した際の硫酸イオン定量値を差し引く方法で、試料中の硫化物イオン量を算出した。ここで算出した硫化物イオン量を未反応のスルフィド化剤量とし、反応混合物中の濃度を算出した。
【0130】
[参考例1]
ここでは従来技術による線状PASの製造、すなわちスルフィド化剤とジハロゲン化芳香族化合物とを有機極性溶媒中で接触させて線状PASの製造を行った例を示す。
【0131】
攪拌機を具備したステンレス製オートクレーブに、水硫化ナトリウムの48重量%水溶液を116.9g(1.00モル)、96%水酸化ナトリウム43.8g(1.05モル)、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)198.3g(2.00モル)、酢酸ナトリウム8.2g(0.10モル)、及びイオン交換水150gを仕込んだ。オートクレーブに精留塔を取り付けた後、240rpmで攪拌を開始し、常圧で窒素を通じながら内温235℃まで約3時間かけて徐々に加熱した。この間に精留塔から212gが系外に留出した。また、硫化水素の飛散量は0.012モルであった。なお、留出液をガスクロマトグラフィーにより分析した結果、水209gおよびNMP3.5gの混合液であり、反応混合物中の水及びNMPの量はそれぞれ2.3g、194.8gであることがわかった。
【0132】
留出終了後、反応容器を約160℃に冷却し、p−ジクロロベンゼン(p−DCB)148.5g(1.01モル)およびNMP99.1g(1.00モル)を追添加し、反応容器を窒素ガス下に密封した。400rpmで撹拌しながら、約30分かけて200℃まで昇温した後、200℃から270℃まで0.6℃/分の速度で昇温して、270℃で反応を140分間継続した。その後、250℃まで15分かけて冷却しながら、水36g(2.00モル)を系内に注入し、次いで250℃から220℃まで 0.4℃/分の速度で冷却した。その後室温近傍まで急冷した。
【0133】
内容物を取り出し、500gのNMPで希釈してスラリー状とし、85℃で約30分間攪拌した後、スラリーをステンレス製80meshふるいで濾別して固形分を回収した。得られた固形分にNMP400gを加え85℃で約30分間攪拌したのち同様に濾別し固形分を回収した。その後800gの温水で攪拌、洗浄、濾別する操作を5回繰り返し粒状の固形分を得た。これを60℃で熱風乾燥した後、120℃で減圧乾燥し、乾燥固体約90gを得た。
【0134】
この様にして得られた固体を分析した結果、赤外分光分析(装置;島津社製FTIR−8100A)における吸収スペクトルより線状のポリフェニレンスルフィドであることがわかった。また重量平均分子量は38,600であった。ここで得られたポリフェニレンスルフィドを以下、線状PPS−1と称する。
【0135】
[参考例2]
ここでは水を含むスルフィド化剤を原料に用いて有機極性溶媒中で脱水処理を行い、水分量の低減されたスルフィド化剤を調製する方法を例示する。
【0136】
攪拌機付き1リットルオートクレーブに48重量%の水硫化ナトリウム水溶液28.1g(水硫化ナトリウムとして0.241モル)、48重量%の水酸化ナトリウム水溶液19.8g(水酸化ナトリウムとして0.238モル)、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)238.0g(2.40モル)を仕込んだ。原料に含まれる水分量は24.9g(1.38モル)であり、スルフィド化剤の硫黄成分1モル当たりの水の量は5.75モルであった。また、スルフィド化剤の硫黄成分1モル当たりの溶媒量は約0.97リットルであった。
【0137】
オートクレーブ上部にバルブを介して充填剤入りの精留塔を取り付け、常圧で窒素を通じて240rpmで撹拌しながら230℃まで約3時間かけて徐々に加熱して脱液を行い、留出液27.1gを得た。
【0138】
この留出液をガスクロマトグラフ法で分析したところ留出液の組成は水23.4g、NMPが3.7gであり、この段階では反応混合物中に水が1.5g(0.083モル)、NMPが234.3g(2.36モル)残存していることが判った。なお、脱水工程を通して反応系から飛散した硫化水素は0.004モルであり、硫化水素の飛散により反応系から水硫化ナトリウムが0.004モル減少し、水酸化ナトリウムが0.004モル増加したことになる。
【0139】
次いで反応器を室温近傍まで冷却して半固体状の内容物を回収した。上記分析の結果、この内容物は、水硫化ナトリウムを0.237モル、水酸化ナトリウムを0.242モル、水を0.083モル、NMPを234.3g(2.36モル)含む、含水量の少ないスルフィド化剤であることがわかった。
【0140】
[比較例1]
ここではスルフィド化剤及びジハロゲン化芳香族化合物を一度に反応させる方法で環式PASの製造を行った結果を示す。
【0141】
撹拌機を具備したステンレス製オートクレーブに参考例2で得られた含水量の少ないスルフィド化剤218.36g(水硫化ナトリウム11.21g(0.200モル)、水酸化ナトリウム8.17g(0.204モル)、水1.26g(0.070モル)、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)197.72g(1.997モル)からなる)、p−ジクロロベンゼン(p−DCB)29.99g(0.204モル)、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)386.53g(3.90モル)を仕込んだ。仕込んだ原料混合物中の硫黄成分1モルあたりの溶媒量は約2.85リットルであった。また、アリーレン成分は硫黄成分1モルあたり1.02モルであった。
【0142】
反応容器を室温・常圧下にて窒素ガス下に密封した後、400rpmで撹拌しながら、室温から200℃まで約25分かけて昇温した。次いで250℃まで約35分かけて昇温して、250℃で2時間保持した後、室温近傍まで急冷した。
【0143】
得られた内容物をガスクロマトグラフィー、イオンクロマトグラフィー及び高速液体クロマトグラフィーにより分析した結果、未反応p−DCBおよび未反応スルフィド化剤の濃度はそれぞれ原料中の濃度に対して4%、5%であり、また、反応混合物中の硫黄成分がすべて環式PASに転化すると仮定した場合の環式PASの生成率は17.0%であることがわかった。
【0144】
[実施例1]
ここではスルフィド化剤及びジハロゲン化芳香族化合物および有機極性溶媒からなる原料混合物(a)を調整し、原料混合物(a)の一部(a−1)を用いて反応(A)を行い得られる反応混合物(b)に、反応混合物中の基質濃度を一定に維持するように原料混合物(a)の残り(a−2)を追添加して反応(B)を行う方法で環式PASの製造を行った結果を示す。
【0145】
<原料混合物(a)の調製>
撹拌機を具備したステンレス製オートクレーブに参考例2で得られた含水量の少ないスルフィド化剤218.36g(水硫化ナトリウム11.21g(0.200モル)、水酸化ナトリウム8.17g(0.204モル)、水1.26g(0.070モル)、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)197.72g(1.997モル)からなる)、p−ジクロロベンゼン(p−DCB)29.99g(0.204モル)、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)386.53g(3.90モル)を仕込んだ。仕込んだ原料混合物中の硫黄成分1モルあたりの溶媒量は約2.85リットルであった。また、アリーレン成分は硫黄成分1モルあたり1.02モルであった。オートクレーブ内を十分に窒素置換した後に100℃で30分撹拌して得た均一スラリーを原料混合物(a)とした。
【0146】
<反応(A)>
上記原料混合物(a)の一部(a−1)317.44gを撹拌機および追添加ポットを具備したステンレス製オートクレーブに仕込み、室温・常圧下にて窒素ガス下に密封した後、400rpmで撹拌しながら、室温から200℃まで約25分かけて昇温した。次いで250℃まで約35分かけて昇温した。250℃で1時間保持して反応混合物(b)を得た。なお、別途同様にして実験を行い、室温付近まで急冷して得られた内容物を分析した結果より、この時点での反応混合物(b)中の未反応p−DCBおよび未反応スルフィド化剤の濃度は反応混合物(b)中のアリーレン成分および硫黄成分の各濃度に対してそれぞれ5%、6%であり、反応混合物中の硫黄成分がすべて環式PASに転化すると仮定した場合の環式PASの生成率は16.7%であった。
【0147】
<反応(B)>
上記反応混合物(b)に250℃を維持したまま、反応(A)で用いた原料混合物の残り(a−2)158.72gを、追添加ポットを介して追添加した。ここで最初の原料追添加直後の反応混合物中の硫黄成分の濃度に対する反応混合物中の未反応のスルフィド化剤の濃度は37%と算出され、また、反応混合物中の未反応のスルフィド化剤の濃度は原料混合物中のスルフィド化剤の濃度以下であった。さらに1時間後、原料混合物(a−2)の残り全量を、追添加ポットを介して追添加した。最初の原料混合物(a−2)の追添加から1時間後および2時間後の反応混合物(b)中の未反応p−DCBおよび未反応スルフィド化剤の濃度は、別途同様の実験を行い各時点で室温付近まで急冷して得られた内容物を分析した結果、反応混合物(b)中のアリーレン成分および硫黄成分の各濃度に対して、各時点ともにそれぞれ5%、6%であった。したがって、2回目の原料追添加直後の反応混合物中の硫黄成分の濃度に対する反応混合物中の未反応のスルフィド化剤の濃度は29%と算出され、また、反応混合物中の未反応のスルフィド化剤の濃度は原料混合物中のスルフィド化剤の濃度以下であった。また、最初の原料混合物(a−2)の追添加から1時間後および2時間後の反応混合物中の硫黄成分がすべて環式PASに転化すると仮定した場合の環式PASの生成率は、それぞれ17.5%、18.8%であった。また、反応混合物(b)と原料混合物(a)の濃度が同一であるため反応混合物(b)中の基質濃度は常に等濃度で維持された。
【0148】
本発明の環式PASの製造方法によると原料を一括で仕込んで反応を行う方法よりも環式PASの生成率が向上することがわかった。
【0149】
[実施例2]
ここでは実施例1に加え、原料混合物の追添加後に加熱を継続する反応(C)を行う方法で環式PASの製造を行った結果を示す。
【0150】
実施例1と同様に反応(A)および(B)を行い、さらに250℃にて1時間保持して反応(C)を行った後、室温付近まで急冷した。
【0151】
内容物を分析した結果、未反応p−DCBおよび未反応スルフィド化剤の濃度は反応混合物(b)中のアリーレン成分および硫黄成分の各濃度に対して3%、4%であり、反応混合物中の硫黄成分がすべて環式PASに転化すると仮定した場合の環式PASの生成率は19.5%であった。
【0152】
本発明の環式PASの製造方法によると反応(C)を行うことで原料の残存量が低減でき、さらに環式PASの生成率が向上することがわかった。
【0153】
[比較例2]
ここでは原料の追添加により反応混合物中の基質濃度が変動する方法にて環式PASの製造を行った結果を示す。
【0154】
実施例1と同様に反応(A)を行った後、反応混合物(b)に対し250℃を維持したまま、参考例2で得られた含水量の少ないスルフィド化剤258.76g(水硫化ナトリウム13.29g(0.237モル)、水酸化ナトリウム9.68g(0.242モル)、水1.49g(0.083モル)、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)234.3g(2.37モル)からなる)およびp−ジクロロベンゼン(p−DCB)35.54g(0.242モル)からなる原料混合物73.57gを、追添加ポットを介して追添加した。さらに1時間後に上記と同組成の原料混合物73.57gを、追添加ポットを介して追添加した。2回目の原料混合物追添加完了後の反応混合物中の硫黄成分1モルあたりの溶媒量は1.83リットルであり、追添加前後で硫黄成分の基質濃度が36%変化した。また、アリーレン成分は硫黄成分1モルあたり1.02モルであった。最初の追添加から2時間後に反応混合物を室温付近まで急冷して得られた内容物を分析した結果、反応混合物中の硫黄成分がすべて環式PASに転化すると仮定した場合の環式PASの生成率は、14.1%であった。
【0155】
本結果より基質濃度の変動範囲が本発明の好ましい範囲を越えた場合、環式PASの生成率は低下することがわかった。
【0156】
[比較例3]
ここでは線状ポリアリーレンスルフィドとスルフィド化剤及びジハロゲン化芳香族化合物を一度に反応させる方法で環式PASの製造を行った結果を示す。
【0157】
撹拌機を具備したステンレス製オートクレーブに参考例1で得られた線状PPS−1を20.7g(硫黄成分量0.192モル)、参考例2で得られた含水量の少ないスルフィド化剤52.4g(水硫化ナトリウム2.69g(0.0480モル)、水酸化ナトリウム1.96g(0.0490モル)、水0.30g(0.0167モル)、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)47.4g(0.479モル)からなる)、48重量%水溶液0.917g(水酸化ナトリウム0.440g(0.0110モル))、水0.477g(0.0265モル))、p−ジクロロベンゼン(p−DCB)8.82g(0.0600モル)、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)567.6g(5.73モル)を仕込んだ。仕込んだスルフィド化剤の硫黄成分1モル当たりの線状PPSの使用量は4モルであった。また、線状PPS−1および水硫化ナトリウムに由来する硫黄成分の合計は0.240モルであり、原料混合物中の硫黄成分1モルあたりの溶媒量は約2.50リットルであった。また、アリーレン成分は硫黄成分1モルあたり1.05モルであった。
【0158】
反応容器を室温・常圧下にて窒素ガス下に密封した後、400rpmで撹拌しながら、室温から200℃まで約25分かけて昇温した。次いで250℃まで約35分かけて昇温して、250℃で1時間保持した後、室温近傍まで急冷した。
【0159】
得られた内容物をガスクロマトグラフィー、イオンクロマトグラフィー及び高速液体クロマトグラフィーにより分析した結果、未反応p−DCBおよび未反応スルフィド化剤の濃度は反応混合物中のアリーレン成分および硫黄成分の各濃度に対して6%、6%であり、また、反応混合物中の硫黄成分がすべて環式PASに転化すると仮定した場合の環式PASの生成率は12.4%であることがわかった。
【0160】
[実施例3]
ここでは線状ポリアリーレンスルフィドとスルフィド化剤及びジハロゲン化芳香族化合物および有機極性溶媒からなる原料混合物(a)を調整し、原料混合物(a)の一部を用いて反応(A)を行った後に、反応混合物中の基質濃度を一定に維持するように原料混合物(a)の残りを追添加して反応(B)を行う方法で環式PASの製造を行った結果を示す。
【0161】
<原料混合物(a)の調製>
撹拌機を具備したステンレス製オートクレーブに参考例1で得られた線状PPS−1を20.7g(硫黄成分量0.192モル)、参考例2で得られた含水量の少ないスルフィド化剤52.4g(水硫化ナトリウム2.69g(0.0480モル)、水酸化ナトリウム1.96g(0.0490モル)、水0.30g(0.0167モル)、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)47.4g(0.479モル)からなる)、48重量%水溶液0.917g(水酸化ナトリウム0.440g(0.0110モル))、水0.477g(0.0265モル))、p−ジクロロベンゼン(p−DCB)8.82g(0.0600モル)、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)567.6g(5.73モル)を仕込んだ。仕込んだスルフィド化剤の硫黄成分1モル当たりの線状PPSの使用量は4モルであった。また、線状PPS−1および水硫化ナトリウムに由来する硫黄成分の合計は0.240モルであり、反応混合物中の硫黄成分1モルあたりの溶媒量は約2.50リットルであった。また、アリーレン成分は硫黄成分1モルあたり1.05モルであった。オートクレーブ内を十分に窒素置換した後に100℃で30分撹拌して得た均一スラリーを原料混合物(a)とした。
【0162】
<反応(A)>
上記原料混合物(a)の一部(a−1)325.2gを撹拌機および追添加ポットを具備したステンレス製オートクレーブに仕込み、室温・常圧下にて窒素ガス下に密封した後、400rpmで撹拌しながら、室温から200℃まで約25分かけて昇温した。次いで250℃まで約35分かけて昇温した。250℃で1時間保持して反応混合物(b)を得た。なお、別途同様にして実験を行い、室温付近まで急冷して得られた内容物を分析した結果より、この時点での反応混合物(b)中の未反応p−DCBおよび未反応スルフィド化剤の濃度は反応混合物(b)中のアリーレン成分および硫黄成分の各濃度に対してそれぞれ6%、6%であり、反応混合物中の硫黄成分がすべて環式PASに転化すると仮定した場合の環式PASの生成率は12.5%であった。
【0163】
<反応(B)>
上記反応混合物(b)に250℃を維持したまま、反応(A)で用いた原料混合物の残り(a−2)162.6gを、追添加ポットを介して追添加した。ここで最初の原料追添加直後の反応混合物中の硫黄成分の濃度に対する反応混合物中の未反応のスルフィド化剤の濃度は11%と算出され、また、反応混合物中の未反応のスルフィド化剤の濃度は原料混合物中のスルフィド化剤の濃度以下であった。さらに1時間後、原料混合物(a−2)162.6gを、追添加ポットを介して追添加した。最初の原料混合物(a−2)の追添加から1時間後および2時間後の反応混合物(b)中の未反応p−DCBおよび未反応スルフィド化剤の濃度は、別途同様の実験を行い各時点で室温付近まで急冷して得られた内容物を分析した結果、反応混合物(b)中のアリーレン成分および硫黄成分の各濃度に対して、各時点ともにそれぞれ6%、6%であった。したがって、2回目の原料追添加直後の反応混合物中の硫黄成分の濃度に対する反応混合物中の未反応のスルフィド化剤の濃度は9%と算出され、また、反応混合物中の未反応のスルフィド化剤の濃度は原料混合物中のスルフィド化剤の濃度以下であった。また、最初の原料混合物(a−2)の追添加から1時間後および2時間後の反応混合物中の硫黄成分がすべて環式PASに転化すると仮定した場合の環式PASの生成率は、それぞれ13.5%、14.5%であった。また、反応混合物(b)と原料混合物(a)の濃度が同一であるため反応混合物(b)中の基質濃度は常に等濃度で維持されている。
【0164】
本発明の環式PASの製造方法によると原料を一括で仕込んで反応を行う方法よりも環式PASの生成率が向上することがわかった。
【0165】
[実施例4]
ここでは実施例3に加え、原料混合物の追添加後に加熱を継続する反応(C)を行う方法で環式PASの製造を行った結果を示す。
【0166】
実施例1と同様に反応(A)および(B)を行い、さらに250℃にて1時間保持して反応(C)を行った後、室温付近まで急冷した。
【0167】
内容物を分析した結果、未反応p−DCBおよび未反応スルフィド化剤の残存濃度は反応混合物(b)中のアリーレン成分および硫黄成分の各濃度に対してそれぞれ2%、3%であり、反応混合物中の硫黄成分がすべて環式PASに転化すると仮定した場合の環式PASの生成率は15.0%であった。
【0168】
本発明の環式PASの製造方法によると反応(C)を行うことで原料の残存量が低減でき、さらに環式PASの生成率が向上することがわかった。
【0169】
[比較例4]
ここでは原料の追添加により反応混合物中の基質濃度が変動する方法にて環式PASの製造を行った結果を示す。
【0170】
実施例3と同様に反応(A)を行った後、反応混合物(b)に対し250℃を維持したまま、参考例2で得られた含水量の少ないスルフィド化剤78.5g(水硫化ナトリウム4.04g(0.0720モル)、水酸化ナトリウム2.94g(0.0735モル)、水0.45g(0.0250モル)、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)71.1g(0.718モル)からなる)およびp−ジクロロベンゼン(p−DCB)13.23g(0.0900モル)からなる原料混合物を、追添加ポットを介して追添加した。さらに1時間後に上記と同組成の原料混合物を、追添加ポットを介して追添加した。2回目の原料混合物追添加完了後の反応混合物中の硫黄成分1モルあたりの溶媒量は1.66リットルであり、追添加前後で硫黄成分の基質濃度が36%変化した。また、アリーレン成分は硫黄成分1モルあたり1.16モルであった。最初の追添加から2時間後に反応混合物を室温付近まで急冷して得られた内容物を分析した結果、反応混合物中の硫黄成分がすべて環式PASに転化すると仮定した場合の環式PASの生成率は、10.5%であった。
【0171】
本結果より基質濃度の変動範囲が本発明の好ましい範囲を越えた場合、環式PASの生成率は低下することがわかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくともスルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物および有機極性溶媒からなる原料混合物を加熱して環式ポリアリーレンスルフィドを製造する方法であって、反応混合物中の基質濃度を一定に維持するように原料を追添加することを特徴とする環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法。
【請求項2】
少なくともスルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物および有機極性溶媒からなる原料混合物(a)を調製し、原料混合物(a)の一部(a−1)を加熱して反応(A)を行い得られる反応混合物(b)に、加熱を継続したまま原料混合物(a)の残りの原料混合物(a−2)を追添加して反応(B)を行うことを特徴とする請求項1に記載の環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法。
【請求項3】
反応混合物中の硫黄成分の濃度に対する、反応混合物中の未反応のスルフィド化剤の濃度を追添加の前後において、70%以下に維持することを特徴とする請求項1または2に記載の環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法。
【請求項4】
追添加前後において、反応混合物中の未反応のスルフィド化剤の濃度を、原料混合物のスルフィド化剤の濃度以下に維持することを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法。
【請求項5】
原料の追添加完了後に加熱を継続する反応(C)を行うことを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法。
【請求項6】
加熱を常圧における還流温度を越える温度で行うことを特徴とする請求項1から5のいずれかに記載の環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法。
【請求項7】
反応混合物中の有機極性溶媒が硫黄成分1モルに対して1.25リットル以上、50リットル以下であることを特徴とする請求項1から6のいずれかに記載の環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法。
【請求項8】
ジハロゲン化芳香族化合物がジクロロベンゼンであることを特徴とする請求項1から7のいずれかに記載の環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法。
【請求項9】
スルフィド化剤がアルカリ金属硫化物であることを特徴とする請求項1から8のいずれかに記載の環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法。
【請求項10】
原料混合物に線状ポリアリーレンスルフィドを含むことを特徴とする請求項1から9のいずれかに記載の環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法。
【請求項11】
追添加を一定速度で行うことを特徴とする請求項1から10のいずれかに記載の環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法。

【公開番号】特開2013−32512(P2013−32512A)
【公開日】平成25年2月14日(2013.2.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−146448(P2012−146448)
【出願日】平成24年6月29日(2012.6.29)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】