説明

環状部材の鋳造方法、及び鋳造環状部材

【課題】環状鋳造部材の円周方向における硬度の違い、複数個取りの場合の製品間の硬度の違いを解消し、安定した品質の製品を得る鋳造方法並びに該製品を提供する。
【解決手段】環状部材用キャビティCを有する鋳型の中心軸側から溶融した湯を放射状にキャビティC内に充填する。特にスタックモールド鋳造法では、環状部材用のキャビティCを備えた略円形の鋳型11〜13を該円形の中心軸を垂直にして複数積み重ね、複数の鋳型11〜13の共通の中心軸を貫通する湯路18を設けてスタックモード型10を構成し、湯路18の上方に設けられた湯口19から湯を注ぎ、湯路18を介して積み重ねられた各層の鋳型11〜13内に湯を導き、該湯を各鋳型のキャビティC内の半径方向内側から外側に向けて充填させ、冷却後にキャビティC内に形成された環状部材を取り出す。複数のキャビティCの中間に位置する鋳型12には、冷却プレート21を設けてもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、環状部材の鋳造方法、特には環状部材の製品品質のばらつき、欠陥を最小限に抑え、さらには複数個取りする環状部材間での品質のばらつきを最小限に抑える鋳造方法、並びに該鋳造方法によって得られた鋳造環状部材に関する。
【背景技術】
【0002】
所望形状のキャビティを備えるよう鋳物砂で成形された型の中に、溶融金属を流し込んで所望形状の製品を得る鋳造方法は従来から広く利用されている。大きな製品であれば1つの湯口から1つの製品を得るが、ある程度のサイズ以下の製品となると湯口から分岐した湯路から複数の製品用のキャビティにつながれ、1回の注湯によって複数個の製品取りを行うことで生産効率を高めるのが一般である。
【0003】
図6に示す車両用のブレーキディスク素材1も、そのような鋳造によって製造される環状部材の具体例の1つとして挙げられる。ブレーキディスク素材1は一般に、キャリパと呼ばれる摩擦材で挟むことにより制動力を発生するリング部2と、軸芯側で車軸に取り付けられて全体を保持するハブ部3とから主に構成される。図示の例ではベンチレーテッドディスクと呼ばれる冷却用の複数の貫通穴4がリング部分2に放射状に穿孔されている。
【0004】
従来技術におけるブレーキディスクの鋳造方法に関し、例えば特許文献1ではブレーキディスク素材1のリング部2の外周に相当する一点に設けられた堰からキャビティ内に湯を注入し、ここからリング部全周に湯が行き渡るよう構成されている。複数製品取りの例となる特許文献2では、一つの湯口から湯路を通して4個のブレーキディスク用キャビティに湯を注ぎ、4個取りを可能にしている。コンベア上に多数の型を並べて搬送しつつこれに順次注湯を行う量産型の鋳造プラントにおいては、複数個取りの個数は型を構築する型枠の大きさによって制限される。特許文献2では4個取りとしているが、型枠サイズと製品サイズによっては、上記型枠の制約によって2個取りが限界となる場合がある。そのような場合には湯口から湯路が2つに分岐し、それぞれが各ブレーキディスク用キャビティにつながっている。
【0005】
他の従来技術におけるブレーキディスク素材の鋳造方法として、特許文献3にはロトスワックス法を開示している。ロストワックス法は、製品に模したワックス型を形成し、そのワックス型の周囲に砂を盛って固めた後、これを加熱して内部のワックス型のみを溶かすことで脱蝋し所望キャビティを得るもので、精密鋳造に適する方法として知られている。
【0006】
これとは別に、鋳造方法の1つとしてスタックモールド法が知られている。スタックモールド法は、幾つもの平坦状の型を積み重ねて何層ものキャビティを垂直方向に形成し、上方に設けられた湯口から下方に向いた湯路を介して各キャビティ内に湯を流すことにより複数個の製品取りを可能にしている。例えば、特許文献4では、スタックモールド法を用いることで、各階層において平坦部品をツリー状に多数個取りする方法が開示されている。スタックモールド法はこのように、比較的小物の製品を多数個取りする場合に主に使用されているが、これは小物部品を一般の鋳造方法によって鋳込むとすれば、小物製品用のキャビティを平面的に複数配置することとなり、湯路が長く延び、面積を広く取る必要がある割には一回の注湯で得られる製品数が限られることにある。スタックモールド法はこのような型の配置によるロスを垂直方向に展開することによって改善するものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2002−59243号公報
【特許文献2】特開2007−211828号公報
【特許文献3】特開平08−267176号公報
【特許文献4】特開2001−129640号公報
【特許文献5】特開昭62−240140号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、従来の鋳造方法では問題があった。上述したブレーキディスクを例にした場合の問題点について図7、8を参照して説明する。図7(a)は、ブレーキディスク素材を2個取りする場合の型枠内の配置パターン(平面図)を示している。図において、ブレーキディスク用のキャビティ6は型枠7の略対角線上に一対が配置され、その両者に接近して型枠7の中央付近に設けられた湯路8と堰9が両方のキャビティ6に結ばれている。鋳込む際には湯口22から湯が注がれ、溶けた金属が湯路8から堰9を通ってキャビティ6内に注入される。後は冷却を待ってキャビティ6内で固まった素材を得、さらに機械加工等を経て製品とされる。
【0009】
図7(b)は、以上のようにして得られたブレーキディスク素材の硬度分布を示している。図はブリネル硬度(BHN)による測定結果と、そのスケールとを示すもので、図からも明らかなように、ブレーキディスク素材は図7(a)に示す湯路8(堰9)近い位置で硬度が低く(硬度約206)、それから離れるにしたがって徐々に硬度が高まってリング部2の内の湯路8から最も離れた位置で最も高い硬度(約215)となっている。両者の中間では中間的な硬度(206から215)の間でばらつき、その硬度の変化は湯路8に近い位置からブレーキディスク素材のほぼ中心を横切って湯路8の反対側に及ぶ一方向に傾斜した変化となっていることが分かる。
【0010】
図8は、図7に示すような鋳造によって得られるブレーキディスク素材の冷却時間(横軸)と温度変化(縦軸)との関係を表すグラフである。グラフ右上に示すように、一方のブレーキディスク素材1における図示の3点P1、P2、P3を選び、時間と温度との関係をプロットしている。その結果、湯路8から一番離れている点P1が最も急激な冷却曲線を描き、逆に湯路8に最も接近した点P2が最も緩やかな曲線となり、点P3はその中間となっている。一般にFe−C系溶融金属を冷却して固化する場合、冷却速度が速いほど、特にはA1変態点(鋳鉄の場合726℃)を通過する冷却速度が速いほどパーライトの緻密化が変化し、硬度が高まることが知られている。図7(b)に示すような位置による硬度の違いが、この冷却速度の相違に起因するものであることが理解できる。
【0011】
実際、図7(a)に示すような型枠7内の配置において、湯路8から離れて型枠7に近い位置ほど冷却が促進され、型枠7の中央付近に位置する堰9の近傍では放熱効率が低いために冷却速度が低くなることは容易に想像できる。これは、特許文献1に示すような垂直方向に湯を圧入する形式の鋳造方法においても同様である。なお、図8において、730℃近辺で冷却速度の低下がいずれも一旦停滞しているのは、上述したA1変態点の通過を示すものである。
【0012】
このような位置による硬度の違いは、車両用ブレーキディスクなどの機能部品(重要保安部品)においては特に問題が大きい。一般に硬度が高いほど耐摩性に優れるため、車両の制動時、ブレーキディスクに摩擦材(キャリパ)が押し付けられると、この硬度差が問題となる。図6に示すブレーキディスク素材1から得られるブレーキディスクは、自身の回転対称軸を中心に回転するため、摩擦材が押し付けられるリング部2には、図7(b)に示すように硬度が高い部分と低い部分が混在するものとなる。これにより、摩擦材による長期間の繰り返し摩擦作用によってリング部2の円周方向の摩耗量にばらつきが生ずる。摩擦材(キャリパ)の側からこれを見ると、摩擦接触する相手側(リング部2)が波打ち状になることを意味し、これに摩擦材を押し付けることによってジャダー(びびり振動)や異音が発生する原因となる。激しい場合は振動の拡散によってブレーキ性能そのものにも影響を及ぼしかねないものとなる。
【0013】
このような問題を軽減するため、例えば特許文献2(表示された例は4個取り)では、湯路を延ばしてブレーキディスク素材のリング部の複数位置からキャビティ内に湯を流すよう対処している。しかしながらこの方法によっても、ある程度の改善が見られたとしても、湯口からの距離が不均等であることは不変であり、またキャビティ同士が向き合った位置と型枠に近い外周部分では当然ながら放熱効果には差があるため、ブレーキディスク素材のリング部の硬度差を無くすための完全な解決策とはなり得ない。
【0014】
特許文献3に示すようなロストワックス法では、例示のような小物、精密部品の鋳造には適していても、ロストワックスの扱いそのものが手間であり、量産性が劣るほかコスト的にも不利となり、かつ特に大型ディスクブレーキ素材の製造に適するものではない。
【0015】
冷却速度の相違に基づく製品の硬度差が発生する問題は、特許文献4に示すスタックモールド法においても見られ得る現象である。湯口付近では冷却速度が遅く(硬度が低く)、型枠付近では冷却速度が速い(硬度が高い)ことは上記の鋳造方法と状況は同じであり、この他にも重ねられた(スタックされた)型の内、最上段と最下段においては冷却速度が速く、両者の中間に重ねられた型内の製品は冷却速度が低いという問題がある。これは、最上段、最下段では片方が外気に接しているのに対し、両者の中間における型は両側にて高温の製品に接近して配置されているため、放熱効率が劣るという原因に基づく。
【0016】
以上より、本発明は、従来の鋳造方法にあった鋳造環状部材の円周方向における硬度差を解消し、また、スタックモールド法における最上段、最下段とその両者の中間における冷却速度の違い(及びこれによる硬度差の発生)を解消し、品質の安定した環状部材を製造するための鋳造方法、ならびに該鋳造方法によって得られる製品を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明では、環状部材用キャビティの中心軸側から注湯して湯を放射状にキャビティ内に充填することによって環状部材単品での品質のばらつきを解消し、かつ多段となるスタックモールド法の中間層には冷却プレートを配置して各段の冷却速度の違いを解消することにより、上述した課題を解決するもので、具体的には以下の内容を含む。
【0018】
すなわち、本発明に係る1つの態様は、環状部材を鋳造する鋳造方法であって、環状部材用のキャビティを水平に配した鋳型の中心に上方から注湯する湯口を配し、前記湯口につながる湯路を介して湯を前記キャビティの中央側から該キャビティ内に導き、該キャビティの中央側から前記環状部材の半径方向外側となるキャビティの外周に向けて湯を充填するよう鋳込むことを特徴とする鋳造方法に関する。
【0019】
本発明に係る他の態様は、環状部材をスタックモールド法によって鋳造する環状部材の鋳造方法であって、前記環状部材用のキャビティを備えた略円形の鋳型を該略円形の中心軸を垂直にして複数積み重ね、前記複数の鋳型の共通の中心軸を貫通する湯路を設けてスタックモード型を構成し、前記湯路の上方に設けられた湯口から湯を注いで前記湯路を介して前記積み重ねられた各層の鋳型内に湯を導き、前記湯を各鋳型のキャビティ内の半径方向内側から外側に向けて充填させ、冷却後にキャビティ内に形成された環状部材を取り出すステップからなることを特徴とする鋳造方法に関する。
【0020】
前記鋳造方法は、前記スタックモールド型内に積み重ねられたキャビティとキャビティの間に配置された放熱用の冷却プレートを用いることにより、積み重ねられたキャビティ部の冷却を制御することができる。
【0021】
本発明に係るさらに他の態様は、環状部材をスタックモールド法によって鋳造するためのスタックモールド型において、前記環状部材用のキャビティを備えた略円形の複数の鋳型で、前記略円形の中心軸を共通の軸として該軸を垂直方向に向けて積み重ねられた複数の鋳型と、前記複数の鋳型の中心軸をそれぞれ貫通して形成される湯路と、前記湯路の上端に配置される湯口とから構成され、前記湯口から注がれた湯が前記湯路を経由して各キャビティ内に導入され、各キャビティ内の中心軸側から半径方向外側に向けて充填されるよう構成されていることを特徴とするスタックモールド型に関する。
【0022】
前記スタックモールド型の積み重ねられた複数の鋳型の内、上下のキャビティの中間に位置する鋳型部分は、当該部分内に少なくともその一部が埋め込まれた、キャビティ内に露出することのない冷却プレートをさらに備えていてもよい。
【0023】
本発明に係るさらに他の態様は、鋳造により形成される環状部材であって、上述した鋳造方法により、もしくは上述したスタックモールド型を用いることにより製造されることを特徴とする環状部材に関する。当該環状部材は、車両用のブレーキディスクとすることができる。
【発明の効果】
【0024】
本発明の実施により、環状部材単品内での円周方向における硬度の違いが解消され、機能部品として使用された場合の偏摩耗に伴う不具合を防ぎ、製品の信頼性を高めるものとなる。さらに、複数個間での硬度の違い、特にはスタックモールド法における階層間での違いがなくなり、当該製品を一対もしくはそれ以上の数を組み合わせて同時に使用する場合にバランスの取れた性能を発揮する製品を提供できるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明の実施の形態に係る鋳造方法で使用される鋳型構造を示す側面断面図である。
【図2】図1に示す鋳造方法によって得られた製品の硬度分布を示す模式図である。
【図3】本発明の他の実施の形態に係る鋳造方法で使用される鋳型構造を示す側面断面図である。
【図4】本発明の各実施の形態に係る鋳造方法によって得られる製品の冷却曲線を示すグラフである。
【図5】本発明の各実施の形態に係る鋳造方法によって得られる製品の硬度分布を示すグラフである。
【図6】ブレーキディスク素材の外観を示す斜視図である。
【図7】従来技術によるブレーキディスク素材の鋳型レイアウト例(平面図)と、これによって得られる製品の硬度分布を示す説明図である。
【図8】従来技術による鋳造方法によって得られる製品の冷却曲線を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明の第1の実施の形態にかかる鋳造方法について、図面を参照して説明する。図1は、本実施の形態に係るブレーキディスク素材の鋳造方法にて使用されるスタックモールド型の概要を示している。図は、本実施の形態に係るスタックモールド型10を垂直方向に切断した断面を示している。なお、以下の各実施の形態では、図6に示すブレーキディスク素材1を鋳造する場合を例に挙げて説明するが、本実施の形態にかかる鋳造方法はこれに限定されるものではなく、円周方向に均一な品質を有することが好ましい環状部材の製造に等しく適用することが可能である。
【0027】
図1において、スタックモールド型10は下から順に最下層型11、4つの中間層型12、最上層型13の計6つの鋳型が垂直方向に積み重ねられ、これらが上下の押さえ板14、16に挟まれて固定具である長ボルト17により(クランプ、錘など他の固定方法でもよい)固定されている。中間層型12は、それぞれ下面側では下方に位置する製品の上面のパターンを提供し、上面側では上方に位置する中間層型12を支持する支持パターンを提供する。また、最下層型11の上面側には上方に位置する中間層型12を支持する支持パターンを提供し、最上層型13の下面側では下方に位置する製品の上面のパターンを提供する。これらを図示のように中心軸を合わせて積み重ねることによって、垂直方向に5枚のブレーキディスク素材を鋳造するキャビティCが配置されたスタックモールド型10を得るものとなる。なお、図1に示す例では、中間層型12はキャビティCを挟んで下型12aと上型12bの2つを重ねて形成されているが、本明細書ではこの両者を合わせたものを中間層型12と呼ぶものとする。
【0028】
また、上下の押さえ板14、16に所定形状を施すことで、最下層型11、最上層型13を中間層型12と共通化することも可能である。さらに、図示の例では5個取りとしているが、中間層型12の枚数を増減することによってこれ以外の取り個数とすることができる。例えば1個取りのみとすることも可能であり(この場合には通常の鋳造方法となる)、5個よりも多い数の取り個数とすることもできる。
【0029】
各鋳型11〜13には、ブレーキディスクの回転対称軸となる部分に中心軸方向に抜ける貫通穴が設けられており、各鋳型11〜13が重ねられることによってこの貫通穴が上下方向に連なって湯路18を形成している。そして湯路18の上端に湯口19を取り付けることで、スタックモールド型10が形成されている。当該スタックモールド型10は、コンベア搬送される寸胴(型枠)25の中に収められ、周囲が更に砂で囲われて注湯の準備がされる。各型11〜13を積み上げた際には湯路18から各キャビティCにつながる堰が各鋳型の間に形成されるよう型取りがされている。本実施の形態では、中間層型12の下型12aと上型12bとの間に(最下段では下型12aと最下層型11との間に)堰が設けられている。
【0030】
以上のように構成されたスタックモールド型10を使用する際の動作は、準備されたスタックモールド型10の湯口19に溶融した湯(溶融鉄)が注がれ、湯が湯路18に沿って降下すると共に、上述した図示しない各型11〜13の堰を通過して各キャビティC内に充填される。その後所定温度に下がるまで放置され、冷却した後に寸胴25が外され、長尺ボルト17を外し、スタックモールド型10を分解して製品が取り出される。その後の加工工程は従来技術と同様である。冷却時にはA1変態点以下の温度に低下するまで待つことが安定した製品を得る上で好ましい。
【0031】
図面からも明らかなように、本実施の形態によるブレーキディスク素材1の鋳造方法によれば、湯路18が型の中央に設けられ、湯は型の中心を流れてそこから周囲にある各キャビティC内に注がれるものとなる。その際の湯の流れは、ブレーキディスク素材1の中央部にあるハブ部3から外周にあるリング部2(図6参照)に向けて放射状に広がるものとなる。また、スタックモールド型10は、全周囲が外気に開放されているため(あるいはその外周にある砂を介して外気に開放されているため)、製品となるブレーキディスク素材1のリング部2は円周方向の全周囲が均等に冷却されるものとなる。この結果、リング部2の円周方向には、従来技術では得られない優れた特徴を得るものとなる。
【0032】
図2は、本実施の形態によって得られたブレーキディスク素材1の硬度分布を示す模式図である。分布は中央の軸を中心にきれいな同心円状のものとなり、中心から周囲に向けて円周方向に均等に冷却されることがうかがえる。硬度的には、ブリネル硬度(BHN)にて中央側の203から外周側の216の間に広がるが、ブレーキディスク素材1の円周方向の硬度差に関していえばほぼゼロ、あるいはあっても1という、非常に優れた硬度分布となっている。これは上述した外周にあるリング部2の周囲から均等に冷却され、それが中心部に順次広がることと整合している。
【0033】
ブレーキディスクの使用形態から見た場合、キャリパは回転するブレーキディスクのリング部2を挟んで摩擦力を及ぼすため、その摺動方向(ブレーキディスクの回転方向)においてはほとんど硬度差がないこととなり、リング部2に磨耗が発生するとしてもその磨耗量は円周方向においては均一なものとなる。リング部2の半径方向においては、硬度差のために磨耗量の差が生じたとしても回転方向ではないためにキャリパがこの摩耗差に追従することは容易である。これによって、従来技術にあるようなリング部2における円周方向(回転方向)の偏磨耗が生ずることはなく、したがってジャダー、異音の発生を有効に防ぐことができる。さらに加えて、ブレーキ性能に影響を及ぼすことがなく、また偏摩耗を排除してブレーキディスクの寿命を高めるというより重要な効果をも奏するものとなる。
【0034】
スタックモールド法を用いて環状部材を鋳造するに際し、環状部材の中央に湯口、湯路を設けてそこから周囲に放射状に湯を均一に展開する技術は本願発明におけるユニークな発想である。従来技術においては、特許文献4に示すように多数の小物部品をツリー状に配置して多数個取りする際にスタックモールド法が広く利用されていた。また、ブレーキディスク素材1のような比較的大物の製品に対してスタックモールド法を適用すること自身が余り一般的ではなく、さらに環状部品の鋳造にスタックモールド法が用いられた場合においても、湯口、湯路は環状部品の外部に設けることが一般であった(例えば、特許文献5参照。)。本願発明者らは、新たな発想によって従来にないスタックモールド法の適用を発想し、環状部材における円周方向の硬度差を解消する技術を見出したものである。
【0035】
さらに加えて、キャビティ内において湯を中央のハブ部から周囲のリング部に向けて放射状に均等に行き渡らせる本実施の形態に係る方法によれば、従来技術にあったような湯を一方向から周囲へ流すことによって生ずる「湯堺」や「湯じわ」などの欠陥の発生(例えば、特許文献1参照。)を有効に防ぐことができるものともなる。
【0036】
次に、本発明の第2の実施の形態に係る鋳造方法について、図面を参照して説明する。図3は、本実施の形態にかかるブレーキディスク素材の鋳造方法に用いられるスタックモールド型20の概要を示すもので、図はスタックモールド型20を垂直方向に切断した断面図を示している。当該図は、先の実施の形態で示す図1に対応するもので、図1に示す要素と同一の要素については同一の符号を付し、これらについての説明は省略する。本実施の形態係るスタックモールド型20は、図1に示すスタックモールド型10に対して、中間層型12に冷却プレート21がそれぞれ設けられていることを特徴とする。その他の構成は先のスタックモールド型10と同様である。
【0037】
第1の実施の形態に係るスタックモールド型10を使用した鋳造方法においては、図2に示すように円周方向に均一な硬度分布が得られ、図7(b)に示すような従来技術によるブレーキディスクに対して大幅な改善とはなるが、本実施の形態ではこれをさらに一歩前進させ、スタックモールド法によって一回の鋳造で得られる複数の製品間の硬度差をも抑制する技術を提供するものである。
【0038】
図4(a)は、第1の実施の形態に示すスタックモールド型10を使用して一回の鋳造で得られる5個の製品の冷却温度と時間との関係を示している。X1からX5は、図1に示すスタックモールド型10の各キャビティCによって得られた各ブレーキディスク1に対し、下の段から上の段への順に従ってX1からX5の符号を付与したものである。図4(a)からも明瞭なように、最下層、最上層にあるX1とX5の冷却が早く、中間層にあるX2〜X4の冷却が遅い。図1を参照すれば、スタックモールド型10の最下層型11、最上層型13は外部に向けて開放されて放熱性が良好であることから、その直上、直下に位置する符号X1、X5のブレーキディスク1の冷却が早いことが理解できる。これに対して中間層型12により鋳造されるX2〜X4のブレーキディスク素材1は、外周は開放されていても上下に位置する他の高熱のブレーキディスク素材1に挟まれており、冷却性が劣るものとなる。
【0039】
1回の鋳造で得られるこのような製品間の硬度差は、製品によっては好ましくない影響を及ぼし得る。製品が単品で使用されるものであって、しかもこのようなばらつきが許容範囲内に収まっているものであれば全く問題とはならない。しかしながら一対あるいは複数組み合わせて使用されるような製品においては問題となり得る。特に車両用のブレーキディスクについていえば、このようなばらつきのある製品が左右両輪に分かれて使用されると、左右間で硬度差による磨耗量の差異が生じ、左右の寿命にアンバランスが生ずるほか、ブレーキ片効きの遠因にもなり得る。
【0040】
本実施の形態に係るスタックモールド型20はこのような問題を解消するものであり、図3に戻って、かかる対策として各中間層型12に冷却プレート21を設けたものである。本実施の形態では環状の冷却プレート21(鉄板、鋳物、焼結などによるもの)が使用されており、これを中間層型12の製作時に鋳型内部に埋め込むことにより構成している。この冷却プレート21は繰り返し再利用が可能である。本実施の形態に係る中間層型12では、冷却プレート21の外周を中間層型12よりも外部に突出させており、これによって放熱効果をさらに高めるものとしている。この外部への突出量や冷却プレートの厚さなどの諸元は、所望の冷却特性に応じて適切に選択することができる。
【0041】
また、図示の例では各中間層型12につき1枚の冷却プレート21を備えるものとしているが、これは複数枚とすることでもよい。あるいは、鋳型の位置に応じて冷却プレート21の厚さ、形状を変化させることでもよい。さらには、冷却プレート21を環状部材とすることなく、例えば角棒や丸棒などの棒状部材を中間層型12の周囲に放射状に延びるよう多数配置することでもよい。本実施の形態でいう「冷却プレート」には、放射冷却を目的として中間層型12に配置されるこれらの部材をも包含するものとする。なお、鋳造時における動作は先の実施の形態と同様である。
【0042】
図4(b)は、本実施の形態に係る冷却プレート21を備えたスタックモールド型20を使用して一回の鋳造で得られた5個の製品の冷却曲線を示している。スタックモールド型20の下の段から上の段までの各キャビティから得られたブレーキディスク素材に、その順番に従ってY1〜Y5の符号を付している。図からも明瞭なように、Y1〜Y5の間で冷却速度に若干の相違は見られるだけで、ほぼ同じ冷却傾向を示しており、図4(a)に示す冷却プレート1を使用しない場合の冷却曲線と比較してそのばらつきの減少は極めて顕著である。
【0043】
冷却プレート21を設けたことによる更なる効果として、スタックモールド型20全体での放熱による冷却性の改善が挙げられる。図4(a)に示す冷却プレート21を使用しない場合には、冷却速度が比較的速いX1、X5においてさえ30分経過後に800℃以上に留まっている。これに対し、図4(b)に示す冷却プレート21を使用した本実施の形態では、Y1〜Y5の全てが20分で800℃近傍にまで下降しており、スタックモールド型20全体での冷却性の改善を如実に示している。
【0044】
この冷却性の改善は、生産性の向上につなげることができる。ディスクブレーキとして硬度を含む適切な安定した素材を得るには、A1変態点を通過するのを待って型枠を解き、製品を取り出すことが好ましい。図4(b)に示す冷却プレート有りの場合には、鋳込んだ後、A1変態点(鉄の場合726℃)を通過したと思われる約50分を経過した後には解枠し、製品の取り出しが可能となる。これに対して図4(a)に示す冷却プレートなしの場合には、冷却性の優れたX1、X5においても変態点通過には約60分を要し、全てのディスクブレーキX1〜X5の変態点通過には約90分を要するものと想定され得る。この冷却時間の改善は、鋳造工程におけるサイクルタイムの低減につながり、生産性を高める効果を奏するものとなる。
【0045】
図5は、(a)冷却プレート21を使用しない場合と、(b)冷却プレート21を使用した場合におけるブレーキディスク素材1の周囲6点における硬度測定結果を示している。冷却プレート21を使用した場合、ディスクブレーキ素材1相互間におけるばらつきが無くなると同時に、これに加えて5個全てのディスクプレート1間での硬度のばらつきが高レベルに収斂していることが分かる。これはブレーキディスク素材1の品質が安定したものとなることを意味している。なお、図5に示す硬度はブリネル硬度BHDで表しており、圧痕の径で表示するために数値の大きい方が硬度が低いことを意味している。両グラフの間では冷却プレート有り(図5(b))の方が冷却プレートなし(図5(a))よりも硬度が低くなっているが、これはいずれも鋳込み後50分経過時に解枠しており、冷却プレート有りではA1変態点通過後の測定であるのに対し、冷却プレートなし(図5(a))の場合にはA1変態点通過前に解枠してその後外気で急冷されたことに伴い、硬度測定結果が高く出たものである。
【0046】
本実施の形態にかかる冷却プレート21は、従来技術によるスタックモールド法には見られない本願特有の発想に基づくものである。従来技術においては「冷やし金」の利用が知られており、スタックモールド法においてもその使用例が見られる(例えば、特許文献4参照。)。しかしながらこの冷やし金は、キャビティ内部に露出して製品に直接接するように配置され、製品の一部を局部的に冷却してその部分の物理的性質を改善することを目的とするものである。この点において、キャビティ内部に露出することなく、鋳型内部に少なくともその一部が埋め込まれて型全体での放熱性を改善する本実施の形態に係る冷却プレートとは技術的に相違するものである。
【0047】
本実施の形態に係る鋳造方法によれば、複数の階層に分けて同時に鋳込まれるスタックモールド鋳造方法を用いた場合においても、型内の配置位置に関係なく安定した品質の製品を得ることができ、特に複数個を同時に組み合わせて使用する製品の場合においても、製品間のばらつき管理に煩わされることなく使用することができるようになる。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明は、鋳造技術分野、ならびに鋳造された素材を利用する機械加工部品の製造、販売、使用を行う産業技術分野において広く利用することができる。
【符号の説明】
【0049】
1.ブレーキディスク素材、 2.リング部、 3.ハブ部、 6.キャビティ、 7.型枠、 8.湯路、 9.堰、 10.スタックモールド型、 11.最下層型、 12.中間層型、 13.最上層型、 14、16.型枠板、 18.湯路、 19.湯口、 20.スタックモールド型、 21.冷却プレート、 22.湯口。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
環状部材を鋳造する鋳造方法において、
環状部材用のキャビティを水平に配した鋳型の中心に上方から注湯する湯口を配し、
前記湯口につながる湯路を介して湯を前記キャビティの中央側から該キャビティ内に導き、
該キャビティの中央側から前記環状部材の半径方向外側となるキャビティの外周に向けて湯を充填するよう鋳込むことを特徴とする鋳造方法。
【請求項2】
環状部材をスタックモールド法によって鋳造する環状部材の鋳造方法において、
前記環状部材用のキャビティを備えた略円形の鋳型を該略円形の中心軸を垂直にして複数積み重ね、
前記複数の鋳型の共通の中心軸を貫通する湯路を設けてスタックモード型を構成し、
前記湯路の上方に設けられた湯口から湯を注いで前記湯路を介して前記積み重ねられた各層の鋳型内に湯を導き、
前記湯を各鋳型のキャビティ内の半径方向内側から外側に向けて充填させ、
冷却後にキャビティ内に形成された環状部材を取り出すステップからなることを特徴とする鋳造方法。
【請求項3】
前記スタックモールド型内に積み重ねられたキャビティとキャビティとの間に配置された放熱用の冷却プレートを用いて型の冷却を促進させる、請求項2に記載の鋳造方法。
【請求項4】
環状部材をスタックモールド法によって鋳造するためのスタックモールド型において、
前記環状部材用のキャビティを備えた略円形の複数の鋳型であって、前記略円形の中心軸を共通の軸として該軸を垂直方向に向けて積み重ねられた複数の鋳型と、
前記複数の鋳型の中心軸をそれぞれ貫通して形成される湯路と、
前記湯路の上端に配置される湯口とから構成され、
前記湯口から注がれた湯が前記湯路を経由して各キャビティ内に導入され、各キャビティ内の中心軸側から半径方向外側に向けて充填されるよう構成されていることを特徴とするスタックモールド型。
【請求項5】
前記積み重ねられた複数の鋳型の内、上下のキャビティの中間に位置する鋳型部分が、当該部分内に少なくともその一部が埋め込まれた、キャビティ内部に露出することのない冷却プレートを備えている、請求項4に記載のスタックモールド型。
【請求項6】
鋳造により形成される環状部材であって、請求項1から請求項3の何れか一に記載の鋳造方法により、もしくは請求項4から請求項5の何れか一に記載のスタックモールド型を用いることにより製造されることを特徴とする環状部材。
【請求項7】
前記環状部材が車両用のブレーキディスク素材である、請求項6に記載の環状部材。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2011−189403(P2011−189403A)
【公開日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−60224(P2010−60224)
【出願日】平成22年3月17日(2010.3.17)
【出願人】(391012796)ヨシワ工業株式会社 (3)
【Fターム(参考)】