説明

甘味誘導物質ミラクリンの精製方法

【課題】ミラクリンの高効率な精製法の提供。
【解決手段】ミラクリン含有液を、金属イオンをキレート結合させた担体に接触させ、該担体への吸着物をpHグラディエント溶出により溶出させることを含む、ミラクリンの精製方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ミラクリンタンパク質の精製法に関する。
【背景技術】
【0002】
ミラクルフルーツに含まれるミラクリンは、酸味により甘味を誘導する食味修飾活性を有するタンパク質として知られている(非特許文献1)。ミラクリンタンパク質の全アミノ酸配列が決定され(非特許文献2)、その遺伝子の完全長cDNA配列も報告されている(非特許文献3;GenBankアクセッション番号D38598)。
【0003】
ミラクルフルーツからのミラクリン精製法は過去にいくつかの報告がある。特開昭62-242700号公報(特許文献1)では、ミラクルフルーツの果肉から、pH6〜9付近の中性塩溶液を抽出溶媒として用いてミラクリンを抽出する方法が開示されている。また、特開昭63-185349号公報(特許文献2)及びTheeracilpら(非特許文献4)の方法によれば、ミラクルフルーツの果肉粉末を水で洗浄した後、中性の塩化ナトリウム水溶液を加えてミラクリンを抽出し、次に硫安沈殿、CMセファロースイオン交換カラム及びアフィニティーカラムを使って精製する。更に、特開平6-172388号公報(特許文献3)には、ミラクリン含有原料から酸性緩衝塩溶液pH3.5〜5.5の溶液でミラクリンを抽出することにより着色不純物の少ないミラクリンを効率的に生産する方法が記載されている。
【0004】
しかし、特許文献1の方法では不純物の混入が多いという問題がある。一方、特許文献2及び非特許文献4の方法では、高純度のミラクリンが精製されるものの、精製ステップが多いため精製に1〜2週間を要すとともに回収ロスが生じやすい。さらに、精製コストも高くなるといった問題がある。また、特許文献3の方法については、このステップだけでは純度の点で問題があるため、実際にはさらに別の精製法を組み合わせる必要がある。このため、ミラクリンを高純度でかつ高効率に回収できる方法がなおも望まれていた。
【0005】
【特許文献1】特開昭62-242700号公報
【特許文献2】特開昭63−185349号公報
【特許文献3】特開平6−172388号公報
【非特許文献1】Kurihara and Beidler, Science (1968) 161(847), p.1241-1243
【非特許文献2】Theerasilp et al., J. Biol. Chem., (1989) 264(12), p.6655-6659
【非特許文献3】Masuda et al., Gene (1995) 161, p.175-177
【非特許文献4】Theeracilp et al., J. Biol. Chem.,(1988)23, p.11536-11539
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、ミラクリンの高効率な精製法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、金属キレート担体を用いる方法により、ミラクリンを高効率に精製することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は以下を包含する。
[1] ミラクリン含有液を、金属イオンをキレート結合させた担体に接触させ、該担体への吸着物をpHグラディエント溶出により溶出させることを含む、ミラクリンの精製方法。
[2] 前記吸着物を、イミダゾールを含まない溶出液を用いたpHグラディエント溶出により溶出させる、上記[1]の方法。
[3] pHグラディエント溶出が、pH6.6からpH6.0へのグラディエントによる溶出である、上記[1]又は[2]の方法。
[4] pHグラディエント溶出が、pHリニアグラディエント溶出又はpHステップワイズグラディエント溶出である、上記[1]〜[3]の方法。
[5] 金属イオンが、二価の金属イオンである、上記[1]〜[4]の方法。
[6] 金属イオンが、ニッケルイオンである、上記[5]の方法。
[7] ミラクリンタンパク質が、単量体及び/又は多量体ミラクリンである、上記[1]〜[6]の方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の方法によれば、ミラクリンの高純度かつ高効率な精製が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、ミラクリンの特徴的な立体構造を利用して、金属イオンをキレート結合させた担体(金属キレート担体)を使用したアフィニティークロマトグラフィー法により、ミラクリンを高純度かつ高効率に精製する方法を提供する。
【0011】
本発明の方法では、ミラクリン含有液を、金属イオンをキレート結合させた担体に接触させ、該担体への吸着物をpHグラディエント溶出により溶出させることにより、ミラクリンを高純度かつ高い回収率で精製する。
【0012】
本発明において「ミラクリン含有液」は、本発明の方法によって精製しようとするミラクリンタンパク質を含有する任意の水性液体を意味する。水性液体は、水溶液、懸濁液、又は混合液等であってよい。ミラクリン含有液は、尿素、界面活性剤、アルコール等のタンパク質変性剤を少なくともタンパク質変性が生じる量では含有しないことが好ましく、特に、そのようなタンパク質変性剤を含有しないことがより好ましい。本発明におけるミラクリン含有液は、好ましくはミラクルフルーツの果実からの中性緩衝塩溶液による抽出液であってよく、例えば、抽出バッファー(20mM Tris-HCl, 0.5M NaCl, pH 7.2)で抽出したミラクリン粗抽出液であってもよい。
【0013】
本発明の方法によって精製されるミラクリンは、ミラクルフルーツの果肉等に含まれる天然物であってもよいし、当業者に公知の遺伝子組換え技術等によって人工的に生産されたものであってもよい。本発明におけるミラクリンは、典型的には、成熟ミラクリンタンパク質、とりわけ公知のアミノ酸配列を有する成熟ミラクリンタンパク質(GenBankアクセッション番号D38598の配列情報に示されている)から構成されるが、そのような成熟ミラクリンタンパク質にシグナルペプチドが付加された前駆体タンパク質や標識ペプチドが付加された融合タンパク質から構成されるものや、甘味誘導活性を有する限りその変異型タンパク質から構成されるもの等であってもよい。
【0014】
本発明の方法においては、単量体ミラクリン又は多量体ミラクリン(より好ましくは二量体ミラクリン)を、好適に精製することができる。本発明において「単量体ミラクリン」「二量体ミラクリン」「多量体ミラクリン」とは、それぞれ、1個、2個、複数個の成熟ミラクリンタンパク質が会合して構成される単量体、二量体、多量体であるミラクリンを意味する。二量体又は四量体等の多量体ミラクリンが、甘味誘導活性(食味修飾活性)を有する活性型ミラクリンであることが知られている(Paladino et al., Biochem Biophys Res Commun (2008) 367, p.26-32)。また、本発明の方法で精製可能なミラクリンは、非変性のものであることが好ましい。
【0015】
本発明の方法では、上記のようなミラクリン含有液を、金属イオンをキレート結合(チャージ)させた担体と接触させることにより、ミラクリン含有液に含まれるミラクリンを担体に吸着させる。金属イオンとしては、二価金属イオンがより好ましく、例えば、銅イオン(Cu(II))、亜鉛イオン(Zn(II))、ニッケルイオン(Ni(II))、コバルトイオン(Co(II))、鉄(II)イオン(Fe(II))、マグネシウムイオン(Mg(II))、マンガンイオン(Mn(II))、カドミウムイオン(Cd(II))、鉛イオン(Pb(II))、カルシウムイオン(Ca(II))等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0016】
金属イオンをキレート結合させる担体としては、特に限定されず、金属キレートアフィニティクロマトグラフィー(IMAC)に使用される各種担体を使用することができる。担体の好適な具体例としては、Chelating Sepharose Fast Flow(GE Healthcare)、IMAC Sepharose High Performance(GE Healthcare)、IMAC Sepharose 6 Fast Flow(GE Healthcare)、IMAC Profinity(Bio-Rad)などが挙げられる。金属イオンをキレート結合させる担体は、カラムに充填させた形態のものを使用することも好ましく、そのような担体を充填したカラムも各種市販されている(例えば、HiTrap IMAC HP(GE Healthcare)、HiTrap IMAC FF(GE Healthcare)、Bio-Scale Mini Ni-IMAC Profinity Cartridge(Bio-Rad)など)。
【0017】
金属イオンをキレート結合させた担体は、常法により、上記担体又はそれを充填したカラムに金属イオンを導入することによって調製することができる。例えば、ニッケルイオンを担体に結合させる場合には、一例として、硫酸ニッケル溶液を担体に添加すればよい。金属イオンをキレート結合させた担体は、使用前に適当なバッファーで平衡化しておくことが好ましい。
【0018】
ミラクルフルーツからのタンパク抽出液は、ミラクルフルーツ果実に含まれる成分のために酸性pHに傾く傾向がある。そこでミラクリン含有液は、酸性pHを示すか又はその可能性が高い場合には、金属キレート担体と接触させる前に、pHを中性付近(好ましくはpH6.7〜7.5、より好ましくはpH7.2)に調整することがより好ましい。pH調整は、例えば1N NaOHを添加することにより行えばよい。
【0019】
本発明の方法では、上記のようにしてミラクリン含有液から金属キレート担体に吸着させたミラクリン等の吸着物を、溶出液を用いて溶出させる。吸着物の溶出の前には、担体の洗浄を行うことが好ましい。洗浄液は、当業者であれば適当なものを選択して使用することができるが、吸着物の溶出に用いる溶出液と同じ組成であって溶出液の最高pHと同じかそれより高いpHに調整したものを用いることが好ましい。
【0020】
担体への吸着物の溶出は、pHグラディエント溶出により行うことが好ましい。「pHグラディエント溶出」とは、pHを上昇又は低下勾配を描くように変化させた溶出液を用いて溶出を行う技法をいう。本発明におけるpHグラディエント溶出は、溶出液のpHを連続的(リニア)又は段階的(ステップ)に低下させる方法で行うことが好ましい。pHを連続的に変化させるpHグラディエント溶出を「pHリニアグラディエント溶出」、pHを段階的に変化させるpHグラディエント溶出を「pHステップワイズグラディエント溶出」と呼ぶ。本発明の方法では、pHグラディエント溶出は、中性付近でのpHの低下勾配を用いる溶出が好ましく、例えばpH7.0〜pH4.0のうち任意の範囲でpHの低下勾配を用いる溶出がより好ましく、pH7.0〜pH5.6のうち所定の範囲でpHの低下勾配を用いる溶出が特に好ましく、pH6.6からpH6.0へのグラディエント(勾配)による溶出がさらに好ましい。本発明の方法では、このようなpHグラディエント溶出により、金属キレート担体からミラクリンを不純物の混入を最小限に抑えながらより特異的に溶出させることができる。
【0021】
本発明では、pHグラディエント溶出に用いる溶出液は、クエン酸緩衝液、酢酸緩衝液、コハク酸緩衝液、フタル酸緩衝液等の、比較的酸性の領域で緩衝能の高い緩衝液であることが好ましい。通常、金属キレートカラムに結合させたHisタグを有するタンパク質を溶出させる際にはイミダゾール溶液が使用されるが、本発明の方法では、イミダゾールを含有しない溶出液を使用することが好ましい。というのも、本発明の方法でイミダゾール溶液を用いて担体吸着物を溶出させると、担体に吸着したタンパク質が全て溶出するため、溶出させたミラクリンの純度が低下してしまうためである。pHグラディエント溶出に用いる溶出液の好適な具体例としては、例えばニッケルイオンをキレート結合させた担体を用いる場合には、pH6.6〜pH6.0のリニアグラディエントとして用いる溶出バッファー(50 mM 酢酸緩衝液, 0.5M NaCl)が挙げられる。
【0022】
以上のようにして得られる担体からの溶出物は、ミラクリンを高純度かつ高回収率で含む。このことは、担体からの溶出物をSDS-PAGEにかけ、電気泳動後のゲルに対して抗ミラクリン抗体を用いてウェスタンブロット解析を行うことにより、確認することができる。
【0023】
本発明の方法により、一般的には70%以上、通常は80%以上、好ましくは90%以上、特に好ましくは95%以上の純度で精製ミラクリンを取得することができる。
【0024】
また本発明の方法によれば、本方法に供したミラクリン含有液中に含まれていたミラクリン含量と比較して、一般的には60%以上、通常は70%以上、好ましくは80%以上、特に好ましくは85%以上の回収率で精製ミラクリンを回収することができる。
【0025】
これまでに、ミラクリンの単量体では2つのヒスチジン残基、二量体では合計4つのヒスチジン残基(成熟ミラクリンタンパク質の30位と60位のヒスチジン残基)が立体構造の外側を向くことが構造予測により報告されている(Paladino et al., Biochem Biophys Res Commun (2008) 367, p.26-32)。ミラクリンの甘味誘導活性型は通常は二量体であるが、近年の研究で、二量体ミラクリンのこの立体構造外側のヒスチジン残基をアラニン残基へ変異させたミラクリンでは甘味誘導活性が失われることが報告されている(Ito et al., Biochem. Biophys. Res. Commun.,(2007)360,p.407-411)。ヒスチジンなどのアミノ酸が、中性pH域(pH6〜8)でキレート形成している金属イオンと複合体を形成することが知られていることを考えると、本発明の方法では、ミラクリンタンパク質において二量体を形成したときに外側を向いている4つのヒスチジン残基が、ミラクリンの立体構造の外側で活性に関わっていると考えられ、そのヒスチジン残基によって金属キレートカラムへの効率的な吸着が可能となっていると考えられた。このような、ミラクリンの立体構造上の特性を利用した本発明のようなミラクリン精製法は、従来までの方法にはない新しい発想による方法である。
【0026】
従来のミラクリン精製法では、ミラクルフルーツの果肉粉末を蒸留水、0.5M NaCl溶液で抽出し、その抽出液から硫安沈殿、CMセファロースイオン交換クロマトグラフィー、Con-Aセファロースアフィニティークロマトグラフィーを経て、ミラクリンを精製していた。この方法では、硫安沈殿やクロマトグラフィーの後、透析や限外濾過などが必要となるため、かなりの時間とコストがかかっていた。これに対し、本発明の方法では、固定金属キレートアフィニティークロマトグラフィー(IMAC)のような方法により金属キレート担体にミラクリンを吸着させ、それをpHグラディエント溶出によって溶出することにより、果実からの抽出液のように他の多くのタンパク質を含むミラクリン含有液を原料とする場合でも、他のタンパク質等の不純物を最大限に排除してより高純度な精製を行うことが可能である。本発明の方法ではこのように簡便な手順で高純度にミラクリンを精製できるため、従来の方法よりも精製ステップを少なくすることができ、それにより、ステップ毎に生じる回収ロスを抑え、回収率を改善できるとともに、好ましくは、従来法で1〜2週間かかっていたところを1日で従来法と同じ純度にまで精製することができるという精製工程の短縮効果も得ることができる。さらに、本発明の方法では、溶出の際に塩やイミダゾール等の使用を必要としないため、精製後のミラクリンについて脱塩等の追加的処理を行う必要性が低減され、比較的容易な取り扱いが可能になるという利点も得ることができる。
【実施例】
【0027】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0028】
1.抗ミラクリン抗体の調製
ミラクリンタンパク質の検出に用いる抗ミラクリン抗体は、以下の方法により調製した。成熟ミラクリンタンパク質の全長アミノ酸配列(GenBankアクセッション番号D38598に示される220アミノ酸長の前駆体配列から1位〜29位のシグナル配列が除去された191アミノ酸長の成熟タンパク質配列)をコードするDNA断片をプラスミドpQE(Qiagen)に組み込んで組換え発現ベクターを作製し、そのベクターを常法により大腸菌に導入して、組換え法によりミラクリンタンパク質を生産させた。得られたタンパク質を抗原としてウサギに投与して、ミラクリンタンパク質に対するポリクローナル抗体(ウサギ抗ミラクリン抗体)を生成させた(Scrum Inc., Tokyo, Japanに受託)。得られたウサギ抗ミラクリン抗体は、硫安沈殿(40%飽和)後、発現ベクターpGEX-4T-1(Amersham Biosciences)を用いて大腸菌中で組換え生産させた成熟ミラクリンタンパク質のN末端の89アミノ酸残基(1位〜89位のアミノ酸残基)からなるポリペプチドをカップリングさせたカラムSepharose 4 Fast Flow(Amercham Biosciences)を用いたイムノアフィニティークロマトグラフィーによって、精製した。得られた抗ミラクリン抗体には、Peroxidase Labeling Kit-SH(Dojindo, Japan)を用いてペルオキシダーゼ標識を付加した。
【0029】
2.ミラクルフルーツからのミラクリンの粗抽出
ミラクルフルーツ(Richadella dulcifica)の果肉を、液体窒素で凍結した後、乳棒と乳鉢を用いて粉砕した。得られた粉末果肉サンプル約25gに対し、100 mlの蒸留水を加えて懸濁し、12,000gで20分、4℃で遠心分離した。上清(ミラクリンを含まない)を捨て、再度100 mlの蒸留水で懸濁し、12,000gで20分、4℃で遠心分離した。上清を捨て、沈殿を50 mlの抽出バッファー(20mM Tris-HCl, 0.5M NaCl, pH 7.2)に懸濁し、12,000gで20分、4 ℃で遠心分離した。上清を回収し、これをミラクリン粗抽出液(タンパク質粗抽出液)とした。
【0030】
3.固定金属キレートアフィニティクロマトグラフィー(Immobilized Metal Affinity Chromatography: IMAC)によるミラクリン精製
カラムの調整は、以下のようにして行った。まず、0.1M 硫酸ニッケル溶液を調製し、0.45μmのフィルターで濾過した。IMACカラム(1 ml、HiTrap IMAC HP, GE Healthcare;担体としてIMAC Sepharose High Performanceを使用)からストッパーを外し、蒸留水で満たした注射器に連結して、5 mlの蒸留水でカラムを洗浄した。洗浄したIMACカラムに0.5 mlの上記で調製した0.1M 硫酸ニッケル溶液を流した後、5 mlの蒸留水で洗浄し、5 ml以上の結合バッファー(50mM Tris-HCl, 0.5M NaCl, pH 7.2)でカラムを平衡化することにより、ニッケル-IMACカラムを調製した。その後、AKTAdesignクロマトグラフィーシステム(Amersham Pharmacia Biotech)にそのカラムを接続した。
【0031】
10mlの上記で調製したミラクリン粗抽出液(酸性)を、1N NaOHでpH 7.2に調整した後すぐに、上記のようにして調製した結合バッファーで平衡化されたニッケル-IMACカラムへアプライした。次いでカラムを、結合力の弱いタンパク質を除くために上記と同じ結合バッファーを加えて洗浄(流速1 ml/分、液量30 ml)し、さらに20 mlの洗浄バッファー(50mM 酢酸緩衝液, 0.5M NaCl、pH 6.6)を加えて洗浄した。
【0032】
IMACカラムに吸着しているタンパク質を、約30 mlの溶出バッファー(50mM 酢酸緩衝液, 0.5M NaCl)のpH6.6からpH6.0へのリニアグラディエントで溶出した。さらに、カラムに残っている吸着タンパク質を、pH4.0の溶出バッファー(50mM 酢酸緩衝液, 0.5M NaCl) 20mlで溶出した。溶出溶液は流速1 ml/分、1分画 3 mlで回収した。
【0033】
溶出溶液中のタンパク質は280nmの吸光度でモニタリングした(図1)。フロースルー(Flow through)画分(0〜20 ml)、洗浄画分1(42〜60 ml)、標的(Target)画分(60〜75 ml)、洗浄画分2(102〜120 ml)をそれぞれ回収した。
【0034】
4.ミラクリン回収率の検定
上記で回収した画分及び上記ミラクリン粗抽出液 各20μlを12% SDS-PAGEゲルで電気泳動し、Hybond-Pメンブラン(Amersham Biosciences)に転写した。転写後のメンブランは、5%スキムミルクを含むTBS-T溶液(3 g/L Tris、8 g/L NaCl、0.2 g/L KCL、0.05% Tween-20)中、4 ℃で一晩ブロッキングした後、PBS-T溶液で希釈した上記ペルオキシダーゼ標識抗ミラクリン抗体を加えて、室温で30分インキュベートした。その後、抗ミラクリン抗体と免疫反応を示したタンパク質(ミラクリンタンパク質)を、ウエスタンブロット法に基づくイムノブロッティングシステム(Peroxidase Stain Kit for Immuno-blotting, Nuclease tested, nacalai tesque inc. Kyoto, Japan)を用いて発色反応により検出した(図2B)。また、上記で回収した画分及びミラクリン粗抽出液を同様に電気泳動した12% SDS-PAGEゲルを、Silver Staining Kit(Wako)を用いて銀染色し、全タンパク質の検出を行った(図2A)。
【0035】
その結果、ミラクリン粗抽出液には各種サイズの多くのタンパク質が含まれていた(図2Aのレーン1)が、ミラクリン粗抽出液をニッケル-IMACカラムに通してpH6.6のバッファーでカラムを洗浄したところ、ミラクリン以外の大部分のタンパク質を高度に除去することができた(図1、図2A及びBのレーン2、3)。さらに、pH6.6〜6.0のグラディエント溶出により、純度の高いミラクリンを精製できることが確認できた(図1の標的画分のピーク、図2A及びBのレーン4)。
【0036】
5.逆相HPLCによる純度検定
上記のようにしてミラクリン粗抽出液から精製されたミラクリンを、逆相HPLCに掛けてその純度を調べた。逆相HPLCには、SOURCE RPC カラム(0.46 x 15cm, GE Healthcare)を使用した。上記で回収された甘味誘導活性のある標的画分の1 mlをSOURCE RPC カラムに流し、次いで1%トリフルオロ酢酸を含むアセトニトリル20〜70%のリニアグラディエント、流速1 ml/分で溶出させた。溶出液中のタンパク質は280nmの吸光度でモニタリングした。測定の結果、この精製ミラクリンの純度は95%以上であった(図3、表1)。
【0037】
さらに、ニッケル-IMACカラムによる精製前後の溶液中の全タンパク質含量及びミラクリンの純度の値に基づき、本発明の精製法によるミラクリン回収率を計算した。その結果、上記精製におけるミラクリン回収率(精製効率)は約87%であった(表1)。
【0038】
【表1】

【0039】
表1中の数値は3反復実験の平均値と標準誤差を示している。ニッケル-IMACカラム精製前のミラクリン粗抽出液10ml(カラムにアプライした量)中、及びニッケル-IMACカラム精製後の精製ミラクリン溶液(標的画分:約15ml)中の全タンパク質含量とミラクリンの純度は、それぞれBradford法(Quick start protein assay kit, Bio-Radを使用)と逆相HPLCの結果から数量化した。各溶液中のミラクリン量は、全タンパク質量とミラクリンの純度の値から算出し、この結果を元にミラクリン回収率を計算した。
【0040】
上記結果に示されるように、本発明の方法によれば、ミラクルフルーツ果肉からの純度95%以上のミラクリンタンパク質の精製が、1日で可能であることが示された。
【0041】
6.N末端アミノ酸配列決定によるミラクリンタンパク質の確認
精製したタンパク質がミラクリンであることを確認するため、そのN末端のアミノ酸配列を調べた。解析はエドマン法により、Model 490アミノ酸シークエンサー(ProciseTM, Applied Biosystems)を使用して実施した。
【0042】
回収した標的画分のタンパク質を、SDS-PAGE電気泳動に掛けた後、Hybond-Pメンブラン(Amersham Bioscience)にエレクトロブロッティングによって転写し、ブリリアントブルー染色(Brilliant Blue R Staining, Sigma, USAを使用)を行った。染色したタンパク質部分のメンブランを切り出し、Model 490アミノ酸シークエンサー(ProciseTM)を用いてN末端側のアミノ酸配列を決定した。
【0043】
その結果、標的画分中に精製されたタンパク質のN末端アミノ酸配列は、Asp-Ser-Ala-Proであり、これは使用した成熟ミラクリンタンパク質のN末端の4アミノ酸残基の配列と完全に一致していた。このことから、上記の通り金属キレートアフィニティクロマトグラフィーで精製されたタンパク質が、ミラクリンであることが確認された。
【0044】
7.立体構造を変性させたミラクリンの精製
金属キレートIMACカラムによるミラクリンの高純度精製における、ミラクリンの立体構造の影響を調べるため、タンパク質の立体構造を変性させる作用が知られている尿素(疎水結合を切断する)を用いて変性させたミラクリンを、上記と同様にして金属キレートIMACカラムクロマトグラフィーに供した。具体的には、精製ミラクリン溶液に、ニッケル-IMACカラムにアプライする前に、尿素を8Mの濃度になるように加えた。結合バッファーにも、ニッケル-IMACカラムに添加する前に、尿素を8Mの濃度になるように加えた。尿素を加えた精製ミラクリン溶液をニッケル-IMACカラムにアプライした後、上記と同様の方法で洗浄及び溶出を行い、280nmの吸光度でタンパク質をモニタリングした。その結果を図4に示す。ミラクリンの立体構造を8M尿素で変性させることにより、ミラクリンはニッケル-IMACカラムに吸着できずにフロースルー画分に流出したことが示された(図4A、B)。このことから、本実施例で用いた金属キレートアフィニティクロマトグラフィーを利用したミラクリン精製法においては、ミラクリンの立体構造が重要であることが示された。これは、このミラクリン精製法によって達成される高純度及び回収率の高さが、活性型ミラクリンの立体構造において外側に露出したヒスチジン残基を含め、その特徴的な立体構造に基づくものであることを示す結果である。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明の方法は、ミラクリンの簡便、効率的かつ高純度な精製のために使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】図1はニッケル-IMACカラムによるミラクリンの溶出プロファイルを示す。
【図2】図2は各溶出画分中のタンパク質を示すSDS-PAGEの結果を示す写真である。図2Aは、SDS-PAGEゲルの銀染色の結果、図2Bはそのウエスタンブロット解析の結果である。マーカー(M)には、XLラダーマーカー(APRO)を使用した。各レーンに20μlを泳動した。図中、二量体又は単量体ミラクリンのそれぞれのサイズを矢印で示している。「二量体」及び「単量体」は、SDSによる立体構造の変性が十分でないミラクリンが現れているバンドである。これらのバンドは、サンプルをアプライする前の熱変性処理を省略すると増強した。M: XLラダーマーカー、レーン1: ミラクリン粗抽出液、レーン2: フロースルー画分、レーン3: 洗浄画分1、レーン4: 標的画分、レーン5: 洗浄画分2
【図3】図3は標的画分の逆相HPLCプロファイルを示す。ニッケル-IMACカラムで得た標的画分(ミラクリン含有画分)1mlをアプライした。
【図4】図4は、8 M尿素で変性させたミラクリンの精製結果を示す溶出プロファイル及び写真である。図4Aはニッケル-IMACカラムによる、8 M尿素で変性させたミラクリンの溶出プロファイルを示す。図4Bは、フロースルー画分(FL)のウエスタンブロット解析の結果を示す。ミラクリンの大部分がフロースルー画分として回収されたことが示された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ミラクリン含有液を、金属イオンをキレート結合させた担体に接触させ、該担体への吸着物をpHグラディエント溶出により溶出させることを含む、ミラクリンの精製方法。
【請求項2】
前記吸着物を、イミダゾールを含まない溶出液を用いたpHグラディエント溶出により溶出させる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
pHグラディエント溶出が、pH6.6からpH6.0へのグラディエントによる溶出である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
pHグラディエント溶出が、pHリニアグラディエント溶出又はpHステップワイズグラディエント溶出である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
金属イオンが、二価の金属イオンである、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
金属イオンが、ニッケルイオンである、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
ミラクリンが、単量体及び/又は二量体ミラクリンである、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2010−116357(P2010−116357A)
【公開日】平成22年5月27日(2010.5.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−291418(P2008−291418)
【出願日】平成20年11月13日(2008.11.13)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成18〜20年度、経済産業省、「植物機能を活用した高度モノ作り基盤技術開発/植物利用高付加価値物質製造基盤技術開発」に関する委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504171134)国立大学法人 筑波大学 (510)
【出願人】(503354480)株式会社インプランタイノベーションズ (1)
【Fターム(参考)】