説明

生体光計測装置

【課題】 複数の位置でHb信号を計測し脳活動を可視化する生体光計測装置において,脳活動の生じた部位をより精度よく同定する解析法および表示法を提供する。
【解決手段】 各計測位置において,複数の生体情報(oxy-Hb信号とdeoxy-Hb信号など)の一定期間における変化を独立に統計的に検定し,前記複数の生体情報の結果を組み合わせて各計測位置を一つの範疇に分類し,同一の図中に表示する。更に,Hb信号の種類によって異なる活動期間を設定して活動の有無もしくは強度を評価し,同一の図中に前記複数のHb信号の活動を組み合わせた分類を表示することも有効である。
【効果】 本発明の脳活動解析方法および表示方法を用いた生体光計測装置により,脳活動が生じた部位を精度よく検出することが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は生体内部の情報,特に光吸収物質の濃度変化による信号を,光によって計測する生体光計測装置に関し,特に生体光計測で計測したデータを用いて脳活動を可視化する生体光計測装置に関する。
【背景技術】
【0002】
生体に対する透過性が高い,可視から近赤外領域に光強度ピーク波長を持つ光を用いることにより,生体内部の情報を無侵襲に計測することが可能である。これは,計測される光信号の対数値が光路長と濃度の積に比例することを示したLambert-Beer則に基づく。この法則を発展させ,生体中のヘモグロビン(Hb)の相対的濃度変化を表す信号(以下Hb信号と呼ぶ)を計測する技術が開発されてきた。本技術で計測できるHb信号には,基本的に「酸素化Hb(oxy-Hb)」,「脱酸素化Hb(deoxy-Hb)」,および「総Hb(oxy-Hbとdeoxy-Hbの総和: total-Hb)」の3種類があり,それぞれ「oxy-Hb信号」,「deoxy-Hb信号」,「total-Hb信号」と呼ぶ。
【0003】
特に,この技術を用いて人間の大脳皮質におけるHb信号を無侵襲に多点同時計測する技術が提案され(非特許文献1),研究および臨床面において広まりつつある。上記文献では,大脳皮質のHb信号を計測することにより,人の脳機能を計測する方法が開示されている。具体的には,人の知覚機能や運動機能の賦活に伴い,その機能を司る大脳皮質領野の血液量が局所的に増加し,該当部位のoxy-Hb信号やdeoxy-Hb信号が変化するため,脳の活動状況が評価できる。脳活動に伴う典型的な変化は,oxy-Hb信号の増加とdeoxy-Hb信号の減少である。これは,神経活動に伴う代謝活動で消費された酸素とグルコースを補うために血液流が増加することによって生じる。増加する血液は酸素を含んだ動脈血であるが,その増加は酸素消費に比べて過剰であるため,結果的にoxy-Hb信号は増加しdeoxy-Hb信号は減少すると考えられる。また,一般的にdeoxy-Hb信号の減少と比べてoxy-Hb信号の増加は大きいので,oxy-Hb信号とdeoxy-Hb信号の総和であるtotal-Hb信号は増加する。また,これらの血液量変化は,一般に神経活動から5〜7秒程度遅れることが知られている。この技術は,被験者に対し無侵襲且つ低拘束で,簡便に脳機能を計測できる特長を有し,これまでは実現できなかった健常の新生児,乳幼児の脳機能計測まで実現した(非特許文献2、3)。
【0004】
本技術は,oxy-Hb信号やdeoxy-Hb信号,total-Hb信号の3種類のHb信号を計測できるが,従来の脳機能研究では,それら複数の信号が効果的に使われている例は殆どない。例えば,成人の運動野活動を計測した非特許文献1においては,3種類のHb信号の時間変化を示しているものの,その違いについては殆ど言及せず総Hb信号の増加に注目し活動画像を表示している。同様に非特許文献2においても,総Hb信号の増加だけに注目し脳活動の評価を行っている。これに対して,非特許文献3ではoxy-Hb信号とdeoxy-Hb信号の両方を示しているが,それらの違いから有益な情報を引き出しているわけではない。例えば,活動波形の違いから,oxy-Hb信号の増加に比べてdeoxy-Hb信号の減少が遅く小さいことを述べているが,その違いに注目した解析は行われていない。非特許文献3をはじめとした過去の研究では,活動が明確に示されたoxy-Hb信号と比べてdeoxy-Hb信号の結果には一貫性が乏しいことから,deoxy-Hb信号では信号雑音比が低いことを考察するだけのものが多い。このことは,oxy-Hb信号とdeoxy-Hb信号が,本来なら同様の脳活動を表すという前提が含まれている。このように,3種類のHb信号が計測できる技術にも関わらずそれらの違いや共通性を積極的に利用して脳活動の検出精度を向上させる方法は従来なかった。
【0005】
【非特許文献1】Maki,A et al. (1995) “Spatial and temporal analysis of human motor activity using noninvasive NIR topography” Medical Physics 22, 1997-2005.
【0006】
【非特許文献2】Pena,M et al. (2003) “Sounds and silence: an optical topography study of language recognition at birth”. Proc Natl Acad Sci USA 100(20), 11702-11705.
【非特許文献3】Taga,G et al. (2003), “Brain imaging in awake infants by near-infrared optical topography” Proc Natl Acad Sci USA 100(19),10722-10,727.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
複数の位置でHb信号を計測し脳活動を可視化する生体光計測装置において,脳活動部位を精度よく表示する方法は必須である。しかし,従来は,どのHb信号を用いてどのように表示するのが有効か一致した見解はなく,複数の計測位置のデータから脳活動の中心位置を明示することが困難であった。主な従来法では,複数の計測位置のデータから空間的な脳活動の位置を可視化するために,単一のHb信号を用いて,mM・mm(ミリモル・ミリメーター)という単位の信号強度を色などで表し,計測位置毎に地図のように表示(マッピング)していた。しかし,ある計測者はoxy-Hb信号だけで脳活動を評価するが,別の計測者はtotal-Hb信号だけを用いるなど,計測者によって検討するHb信号が異なるという現状があった。Hb信号によって活動マップに違いがあるのか,また,どのHb信号を用いて活動を評価すべきか,については,未だ一致した見解が得られていない。
【0008】
このように,複数の位置でHb信号を計測し脳活動を可視化する生体光計測装置において,脳活動の生じた部位を標準的に,より精度よく同定する解析法および表示法の開発は重要な課題であった。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者らは,前記生体光計測装置を用いて,頭部全体に複数の計測点を配置し,脳活動を計測した。得られた各Hb信号(oxy-Hb信号, deoxy-Hb信号)を統計解析し,有意に変化した計測点(所定の解析方法により検定した結果,ある一定の確率以下でしか生じない変化が生じた場合)を活動位置として表示することにより,oxy-Hb信号とdeoxy-Hb信号では活動位置の分布が若干異なっているものの,一部の計測点においては両方のHb信号の活動が重なっていることを見出した(図1の表示部101参照)。ここでは,oxy-Hb信号とdeoxy-Hb信号を用いて活動を評価し,oxy-Hb信号だけが活動(増加)した計測点を格子模様で,deoxy-Hb信号だけが活動(減少)した計測点を点模様で,oxy-Hb信号とdeoxy-Hb信号の両方が活動した場合を黒で表示した。上記複数のHb信号の活動が重なった位置は,与えた刺激から予測された活動位置によく一致し,単一のHb信号だけの活動マップだけでは同定できない,より限局した活動部位を示す。この知見から,本発明では,各計測位置において,複数の生体情報(oxy-Hb信号とdeoxy-Hb信号など)の一定期間における変化を独立に統計的に検定し,前記複数の生体情報の結果を組み合わせて各計測位置を一つの範疇に分類し,同一の図中に表示する方法を提案する。この解決手段により,より限局した脳活動部位を精度よく検出することが可能となる。
【0010】
また,上記Hb信号の活動は,Hb信号の種類(oxy-Hb信号や deoxy-Hb信号)によって活動の空間的広がりおよびピークを迎える時間が異なる(図2)。図2では,10秒間の音声刺激を与えた場合の脳活動を,刺激開始から2.5秒毎に解析し,表示した例である。図1と同様にHb信号毎に統計解析を行い,その活動を3種類(oxy-Hb信号だけが活動した場合,deoxy-Hb信号だけが活動した場合,oxy-Hb信号とdeoxy-Hb信号の両方が活動した場合)に分類して表示した。oxy-Hb信号が増加する計測点は,刺激開始後2.6〜5.0秒後からが現れ始め,7.6〜12.5秒くらいの期間で最も多くの計測点が示される。一方,deoxy-Hb信号が減少する計測点は,刺激開始後7.6〜10.0秒後からが現れ始め,10.1〜15.0秒くらいの期間で最も多くの計測点が示される。このように,Hb信号の種類によって最も活動を検出できる期間が異なるため,Hb信号の種類によって異なる活動期間を設定して活動の有無もしくは強度を評価し,同一の図中に前記複数のHb信号の活動を組み合わせた分類を表示することにより,更に精度よく脳活動部位を同定することが可能となる(図3)。
【0011】
つまり、被検体頭部に光を照射する複数の光照射手段と、前記光照射手段から照射され前記被検体頭部を伝播した通過光を検出する複数の受光手段と、前記受光手段により検出された信号に基づき、前記光照射手段と前記受光手段の対により計測される計測点における、前記被検体頭部内の酸素化ヘモグロビンおよび脱酸素化ヘモグロビンの濃度変化を演算する演算部と、前記演算部による演算結果を表示する表示部とを有し、前記演算部は前記計測点における、前記酸素化ヘモグロビンおよび前記脱酸素化ヘモグロビンの濃度変化が有意なものであるかを前記計測点毎に判定し、前記表示部は前記判定結果を複数の前記計測点毎に表示することを特徴とする脳機能計測のための生体光計測装置により、脳活動部位・時間を精度よく解析・表示することができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明の脳活動解析方法および表示方法を用いた生体光計測装置により,従来法より脳活動が生じた部位を精度よく検出することが可能となる。また,図2のようにoxy-Hb信号の活動とdeoxy-Hb信号の活動の,時間的相違および空間的広がりの相違を可視化することにより,脳活動に伴う血行動態をより詳細に評価することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明を実施するための基本形態を,図1を参照して説明する。図1は,本発明による生体光計測装置の概要を示すブロック図である。生体光計測部は,パーソナルコンピュータやワークステーションに代表される電子計算機から構成される制御装置103と,異なる波長にピーク波長を持つ2つのレーザダイオード109と110と,前記2つのレーザダイオードを異なった周波数で変調するための信号を生成する発振器107と108と,前記ピーク波長の異なる2つの光を混合する光混合器111と,前記光混合器111からの光を光ファイバ経由で被検体上の光照射位置に照射する光照射手段と,前記光照射手段から適度に離れた光検出位置(本実施例では約3cm離れた点)から混合光を検出する光検出器112と,前記発振器からの変調周波数が参照信号として入力されたロックインアンプ105および106と,ロックインアンプの出力である各波長帯の光の透過光信号をアナログ信号からデジタル信号へ変換するアナログ−デジタル変換器104を備える。前記光照射位置と光検出位置の略中点を,計測位置の中心とする。図1では,計測位置3のみ正確な装置への接続構成を記したが,実際には図1に記した全ての光照射位置と光検出位置は,光ファイバ経由で装置へ接続されている。本装置では,発振器を用いて複数の光信号を分離するため,一つの検出器でも複数の位置からの光信号を計測することが出来る。本実施例では発振器を用いて複数の光信号を分離しているが,発振器は使わずにパルス光を用いて点灯タイミングで光信号を分離することも可能である。各波長帯の光の透過光信号はアナログ−デジタル変換器104でアナログ−デジタル変換された後,制御装置103に入力・記憶される。制御装置103では透過光信号を元に各計測部位における各Hb信号が算出され,元信号(透過光信号)と共にデータ解析装置102に転送され記憶される。透過光信号からHb信号を算出する方法については,非特許文献1に詳しく記されている。また,本実施例では,制御装置103と解析装置102を分けて記載したが,両方の機能を1台のPCで行うことも可能である。
【0014】
解析装置102では,計測された各Hb信号を統計解析し,有意な活動の有無を評価する。ここでの統計解析法は,例えば,t検定や分散分析などの手法に代表される。一般に脳活動計測は,特定の刺激や課題を被験者に与えたときの反応を,ある安静期間における状態と比べて脳活動として捉えるため,安静期間における信号と,刺激や課題による反応が生じていると考えられる期間(活動期間)における信号を比較することが統計解析の基本となる。この比較を行う代表的な統計手法には,t検定やF検定,あるいは分散分析や多重比較がある。また,パラメトリック検定だけでなく,ノンパラメトリック検定も使用可能である。他にも,複数の異なる刺激や課題を被験者に与えた場合,それぞれの活動期間における信号同士を直接比較する方法や,ある刺激や課題に対する活動を示す信号波形を仮定し,その信号波形との類似性を相関係数などで評価する方法も可能である。一般的に脳活動に伴うHb信号の変化は,oxy-Hb信号の増加とdeoxy-Hb信号の減少,total-Hb信号の増加であることが知られているため,本実施例では,これら3つの変化を活動信号として定義する。各計測位置において,Hb信号毎にt検定を用いて活動の有無を検定した結果を表示部101に記す。本実施例の計測では,20秒から30秒の期間内で設定した任意の長さの安静期間後に,10秒間の音声刺激を与えるシーケンスを1ブロックと定義し,5回のブロックを繰り返した。はじめに,各ブロックにおいて,刺激開始後5秒の時点から刺激終了後10秒までの期間を活動期間として,その活動期間における平均信号強度を活動値として求める(あるいは信号強度の最大値を活動値としてもよい)。更に,各ブロックにおいて,刺激開始直前の5秒間の安静期間における平均信号強度を安静値として求める。5ブロック分の活動値から得られる平均値と偏差,および5ブロック分の安静値から得られる平均値と偏差を使用して,活動値と安静値の平均に差があるかどうか,t検定を行った。t検定とは,帰無仮説が正しいと仮定した場合に統計量がt分布に従うことを利用する統計学的検定法の総称である。母集団が正規分布に従うと仮定するパラメトリック検定法であり,t分布が直接もとの平均や標準偏差にはよらない(ただし自由度による)ことを利用している。2つの集団の平均値に有意差があるかどうかの検定などに用いられる。ここでは,「安静値の平均値と活動値の平均値は同じである」という帰無仮説を立て,活動値と安静値の平均に差があるかどうか検定する。つまり,「安静値の平均値と活動値の平均値は同じである」という帰無仮説を,例えば95%以上の確率で棄却できる場合,有意な活動とみなす。このような手法で,ある閾値より有意な確率でoxy-Hb信号の増加や,deoxy-Hb信号の減少が認められた場合,脳活動として評価した。
【0015】
また、有意な活動の有無の評価は、測定者が任意に設定部より設定した閾値を脳活動値が越えたか否かや、脳活動が最大値となるまでにかかった時間など、測定者が任意に設定した基準により評価してもよい。
【0016】
また、有意な活動の有無の評価基準は計測位置ごとに異なるように設定してもよい。
【0017】
oxy-Hb信号だけが活動(増加)した計測点を格子模様で,deoxy-Hb信号だけが活動(減少)した計測点を点模様で,oxy-Hb信号とdeoxy-Hb信号の両方が活動した場合を黒で表示した。上記2つのHb信号の活動が重なった位置は,より限局した活動部位を示した。これらの活動部位は,音声刺激に反応すると予測された聴覚野付近に対応する左右の側頭部において見られた。また,言語音声を用いたため,記憶や注意に関係すると考えられている前頭部においても活動が見られた。このように,上記2つのHb信号の活動が重なった位置は与えた刺激から予測された活動位置によく一致し,単一のHb信号だけの活動マップより高精度で脳活動部位を検出できることを示した。
【0018】
更に,上記のデータに対し,活動期間を表す時間窓を刺激開始から2.5秒毎に設定し,解析・表示した例を図2に示す。図1と同様にHb信号毎に統計解析を行い,その活動を3種類(oxy-Hb信号だけが活動した場合,deoxy-Hb信号だけが活動した場合,oxy-Hb信号とdeoxy-Hb信号の両方が活動した場合)に分類して表示した。oxy-Hb信号が増加する計測点は,刺激開始後2.6〜5.0秒後からが現れ始め,7.6〜12.5秒くらいの時間窓で最も多くの計測点が示される。一方,deoxy-Hb信号が減少する計測点は,刺激開始後7.6〜10.0秒後からが現れ始め,10.1〜15.0秒くらいの時間窓で最も多くの計測点が示される。このように,Hb信号の種類によって活動の空間的広がりおよびピークを迎える時間が異なることが分かった。つまり,Hb信号の種類によって最もよく活動を検出できる時間窓が異なる。従って,Hb信号の種類によって異なる活動期間(時間窓)を設定して活動の有無もしくは強度を評価し,同一の図中に前記複数のHb信号の活動を組み合わせた分類を表示することにより,更に精度よく脳活動部位を同定することが可能となる。図3には,oxy-Hb信号の活動期間を表す時間窓に刺激開始後7.6〜12.5秒の期間を,deoxy-Hb信号の活動期間を表す時間窓に刺激開始後10.1〜15.0秒の期間を設定して解析した結果を,同一の図中に表示した例を示した。このように,Hb信号の種類によって異なる活動期間を表す時間窓を設定できる設定部301を設けることにより,活動期間として一律の時間窓を設定した場合には検出できない,より精度の高い活動領域を表示することが出来る。
【0019】
また,より高精度で脳活動を検出するために,各Hb信号の活動波形から各Hb信号の活動期間を表す時間窓を設定する方法を図4〜5に示す。図4では,全計測点における各Hb信号の平均波形から算出した各Hb信号の活動ピークを表示する表示部401と,その活動ピーク時を中心として活動期間の時間窓を設定する設定部402を有する表示方法を示した。活動期間の時間窓は,平均波形などを参考にユーザーが任意に決定できる。特に,oxy-Hb信号,deoxy-Hb信号など異なるHb信号毎に独立の活動期間の時間窓を設定できることを特徴とする。更に,図5では,全計測点における各Hb信号の平均波形から算出した各Hb信号の活動ピークに対する半値幅を表示する表示部501,および各Hb信号の活動ピークを中心にある基準値以上を示す時間窓を設定する設定部502を有する表示方法を示した。ここでは,時間窓の設定方法として,矢印ボタン503,504を操作することにより,oxy-Hb信号,deoxy-Hb信号それぞれの基準値を変化させ,時間窓を設定する方法を示した。ここでは,基準値を分かり易く表示するため,矢印ボタン503,504の操作により,時間窓を示す矢印505,506が上下に動く表示方法も有効である。もちろん基準値の設定は,直接の値を入力する方法や,活動信号のピークに対する割合(%)を入力する方法を用いても構わない。
【0020】
上記の例は全て,活動の評価にoxy-Hb信号とdeoxy-Hb信号の2種類を用いた場合だが,図6に示したように,oxy-Hb信号,deoxy-Hb信号,およびtotal-Hb信号の3種類を用いた場合も,全て同様の方法が可能である。3種類のHb信号を用いるため,例えば活動の分類は3種類から7種類に増えるが,3種類のHb信号が全て活動した部位に注目すると,更に活動部位が限局して示されることが分かる。このoxy-Hb信号の増加,deoxy-Hb信号の減少,およびtotal-Hb信号の増加の全てが見られる部位は,理論的に示される典型的な脳活動を示していると考えられる。つまり,動脈血の流入によりoxy-Hbとtotal-Hbが増加し,更にその血流速が酸素消費に比べて早くなるため,deoxy-Hbは減少する。その他の変化パターンでは,例えばoxy-Hb信号やtotal-Hb信号が増加するもののdeoxy-Hb信号が減少しない場合,動脈血の供給は行われているが血流速の上昇は少なく,活動部位の中心からは外れている可能性が示唆される。また逆に,deoxy-Hb信号だけが減少しoxy-Hb信号やtotal-Hb信号の増加が見られない場合,動脈血の供給は主に血流速の上昇という形で行われ血液量全体としては殆ど増えていないことが予想される。この部位も活動の中心からは外れている可能性が示唆される。また,これらのHb信号の変化パターンから,血管の弾力性など脳の血行動態が推測できる可能性もある。
【0021】
図4〜6では,全計測点における各Hb信号の平均波形を例として示したが,活動期間の時間窓を設定するために用いるHb信号の波形は,特に全計測点の平均値とは限らない。例えば,最も強く活動した計測位置のHb信号波形や,理論的に求められた標準的な脳活動波形(テンプレート波形)を用いることも可能である。あるいは,注目している部位の平均波形や,各被験者の過去の脳活動信号から作成した標準的な活動波形を用いることも可能である。被験者毎にHb信号波形を求めて解析に使用することは,Hb信号波形の個人差を吸収し,より精度よく脳活動を検出することに役立つ。
【0022】
図4〜6においては,ある閾値により活動の有無の有意性を統計的に検定し1―0で分類していたが,図7には,活動を示した計測点における活動強度を段階的に表示した例を記した。活動強度とは,例えば,活動期間における平均信号強度(mM・mm)活動強度の最大値(最小値),あるいは,統計値であるt値やF値,p値などを用いる。ある活動波形テンプレートを用いた場合は,そのテンプレートとの相関係数など類似性を示す指標を用いてもよい。図7の例では,まず図4〜6で示したように各Hb信号における活動の有無を統計的に検定した後,その活動期間における平均信号強度をカラーバー701に従い表示した。oxy-Hb信号かdeoxy-Hb信号が単独で活動を示した場合は,それぞれの平均信号強度を異なる色の濃淡などで表示すればよいが,oxy-Hb信号とdeoxy-Hb信号の両方が活動した場合は,また単独で活動した場合とは異なる色の濃淡などを用いて,oxy-Hb信号強度とdeoxy-Hb信号強度の和,あるいは平均値を表示する。あるいは,oxy-Hb信号強度とdeoxy-Hb信号強度が極端に異なる場合などは,oxy-Hb信号強度とdeoxy-Hb信号強度を同レベルに標準化し,合わせた信号強度を算出することも有用である。また,図8では,全計測点の平均波形や,最も強く活動した計測位置の活動波形,あるいは理論的に求められた標準的な脳活動波形をテンプレート波形とした時の,相関係数を表示した例を示した。ここでは,図7と同様にある閾値で各Hb信号における活動の有無を検定した後,その相関係数を異なる色の濃淡で表示した。oxy-Hb信号とdeoxy-Hb信号など複数のHb信号両方で有意な活動が見られた場合は,その平均相関係数などを表示する。このように,複数のHb信号を組み合わせた活動の有無の分類に加えて,それぞれの活動強度を段階的に表示することによって,より限局した活動部位を検出することが容易になる。
【0023】
上記いずれかの方法で脳活動部位を検出した後,その活動位置における活動の詳細を表示することは,脳活動を詳細に検討する際に有効である。図9には,oxy-Hb信号とdeoxy-Hb信号の両方において活動が示され,更にその中で最も活動が強かった計測点を選択し,その計測点におけるHb信号の時間波形を表示した例である。このように実際のHb信号の時間変化を示すことは,脳活動が何らかのアーチファクトではないことを確認したり,その活動パターンを評価したりする上で,有用である。また,図10には,脳活動を詳細に検討するために有用な,Hb信号のピーク値あるいは活動期間の平均値を縦軸に取り,その活動ピークに達するまでに要した時間遅れを横軸に示したグラフを示した。エラーバーは標準偏差,あるいは標準誤差,あるいは信頼区間などを示す。このグラフ表示により,どのHb信号強度が最も強く,あるいは,最も早く信号強度のピークに達したかが分かる。このグラフのパターンは,脳活動に伴う血行動態を評価する上で有効である。これまでの知見では,脳活動に伴うHb信号の変化は,はじめにtotal-Hb信号の増加がピークを迎え,次にoxy-Hb信号の増加がピークを迎え,最後にdeoxy-Hb信号の減少がピークを迎えることが知られている。このグラフを用いると,その典型パターンに合致するかどうか容易に判定することが出来るので,典型パターンに対する合致か否かをユーザーに表示する機能を追加することも出来る。図9,10では,全体から一つの計測点だけを選択し表示した例を示したが,複数の計測点を表示することも可能である。例えば,前頭部,側頭部,といった領域を複数設定し,それぞれの領域において活動強度の最も強い計測位置を選択する方法も有効である。
【0024】
以上,脳活動の評価を支援する実施例を挙げたが,同様の機能により,脳機能診断あるいは脳循環診断の支援が可能となる。例えば,図2のように,刺激開始から順次2.5秒間の時間窓における脳活動を解析し,表示した場合,各Hb信号の活動の空間的広がりおよびピークを迎える時間窓が分かり易い(図2)。oxy-Hb信号が最初に増加し,刺激開始後2.6〜5.0秒後から活動部位が現れ始め,7.6〜12.5秒くらいの期間で最も多くの計測点が示される。一方,deoxy-Hb信号の減少は遅く,刺激開始後7.6〜10.0秒後から活動部位が現れ始め,10.1〜15.0秒くらいの期間で最も多くの計測点が示される。個人によって若干異なるが,このパターンは一つの典型的な活動パターンと考えられる。例えば,最初に来るはずのoxy-Hb信号の増加領域が狭い,あるいは活動強度が小さい場合,脳活動に伴う動脈血の供給が少ないことを意味するので,血管の弾力性が低い可能性が示唆される。あるいは,最初にdeoxy-Hb信号の増加が見られて,遅れてoxy-Hb信号の増加が見られる場合も同様に,動脈血の供給が遅い傾向を示すので,血管の弾力性が低い可能性が示唆される。また,deoxy-Hb信号の減少が見られない,あるいは小さい場合は,血流速の増加が顕著ではないと考えられ,血管の弾力性が高いか,血管の流れが悪い可能性が示唆される。もしくは,動脈血の供給と均衡する酸素の消費が行われている可能性を示す。それ以外の変化パターンで,予測される生理変化から著しく外れた変化を示した場合は,脳活動信号を計測できていない恐れがあるので,エラーメッセージを表示する機能も有用である。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明の一実施形態の装置構成を示すブロック図および各Hb信号を組み合わせた脳活動の表示例。
【図2】刺激開始後から2.5秒毎に検討した,各Hb信号の活動結果を表示した例。
【図3】Hb信号の活動を検定するための時間窓の設定部と,その検定結果である脳活動を表示した画面。
【図4】全計測位置の平均波形と,各Hb信号の活動ピークに達するまでの時間,および活動ピーク時点を中心とした活動を検定するための期間の設定部,および,その検定結果である脳活動を表示した画面。
【図5】全計測位置の平均波形と,各Hb信号の活動ピークに対する反値幅,および活動ピーク時点を中心とした時間窓を設定する値の設定部,その検定結果である脳活動を表示した画面。
【図6】Hb信号として,oxy-Hb信号,deoxy-Hb信号,total-Hb信号の3種類を用いて,全計測位置の平均波形と,各Hb信号の活動ピークに対する反値幅,その検定結果である脳活動を表示した画面。
【図7】各Hb信号を組み合わせた脳活動を,活動強度に従い段階的に色あるいは色の濃淡を変えて表示した例。
【図8】各Hb信号を組み合わせた脳活動を,あるテンプレート波形との相関係数に従い段階的に色あるいは色の濃淡を変えて表示した例。
【図9】脳活動マップに加えて,活動中心の計測位置におけるHb信号の時間変化を表示した画面。
【図10】脳活動マップに加えて,活動中心の計測位置におけるHb信号について,強度を縦軸に,ピークに達するまでの時間を横軸にとったグラフを表示した画面。
【符号の説明】
【0026】
101…脳活動表示部,102…データ解析装置,103…制御装置,104…アナログデジタル変換器,105…ロックインアンプ,106…ロックインアンプ,107…発振器,108…発振器,109…光源,110…光源,111…光混合器,112…光検出器,301…活動期間を表す時間窓の設定部,401…Hb信号の活動ピークを表示する表示部,402…活動ピーク時を中心とした活動期間の時間窓を設定する設定部,501…各Hb信号の活動ピークに対する半値幅を表示する表示部,502…時間窓を設定する基準値を示す設定部, 503…oxy-Hb信号の時間窓を設定する矢印ボタン,504…deoxy-Hb信号の時間窓を設定する矢印ボタン,505…oxy-Hb信号の設定された時間窓を示す矢印, 506…deoxy-Hb信号の設定された時間窓を示す矢印, 701…活動期間における平均信号強度を表すカラーバー。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検体頭部に光を照射する複数の光照射手段と、
前記光照射手段から照射され前記被検体頭部を伝播した通過光を検出する複数の受光手段と、
前記受光手段により検出された信号に基づき、前記光照射手段と前記受光手段の対により計測される計測点における、前記被検体頭部内の酸素化ヘモグロビンおよび脱酸素化ヘモグロビンの濃度変化を演算する演算部と、
前記演算部による演算結果を表示する表示部とを有し、
前記演算部は前記計測点における、前記酸素化ヘモグロビンおよび前記脱酸素化ヘモグロビンの濃度変化が有意なものであるかを前記計測点毎に判定し、
前記表示部は前記判定結果を複数の前記計測点毎に表示することを特徴とする脳機能計測のための生体光計測装置。
【請求項2】
前記表示部は前記判定結果に基づき、色もしくは模様もしくは色の濃淡を変えて表示することを特徴とする請求項1記載の生体光計測装置。
【請求項3】
前記表示部は前記酸素化ヘモグロビンの濃度変化が有意であるか、前記脱酸素化ヘモグロビンの濃度変化が有意であるか、前記酸素化ヘモグロビンおよび前記脱酸素化ヘモグロビンの濃度変化が共に有意であるかに基づき、判定結果を変化させて表示することを特徴とする請求項1記載の生体光計測装置。
【請求項4】
前記演算部は統計解析により、前記酸素化ヘモグロビンおよび前記脱酸素化ヘモグロビンの濃度変化が有意なものであるかを判定することを特徴とする請求項1記載の生体光計測装置。
【請求項5】
前記統計解析は、パラメトリック検定、またはノンパラメトリック検定のいずれかを用いることを特徴とする請求項4記載の生体光計測装置。
【請求項6】
前記演算部による前記判定の方法を設定する設定部を有することを特徴とする請求項1記載の生体光計測装置。
【請求項7】
前記演算部は、前記計測点における脳活動波形の、所定のテンプレート波形との類似性に基づき、前記酸素化ヘモグロビンおよび前記脱酸素化ヘモグロビンの濃度変化が有意なものであるかを判定することを特徴とする請求項1記載の生体光計測装置。
【請求項8】
前記テンプレート波形は、全計測点における平均波形、最も強く活動した計測点の脳活動波形、または標準的な脳活動波形のいずれか一であることを特徴とする請求項7記載の生体光計測装置。
【請求項9】
酸素化ヘモグロビン、脱酸素化ヘモグロビン毎に活動期間を入力する設定部を有し、
前記演算部は前記設定部から入力された前記活動期間における前記酸素化ヘモグロビンおよび前記脱酸素化ヘモグロビンの濃度変化が有意なものであるかを判定することを特徴とする請求項1記載の生体光計測装置。
【請求項10】
前記演算部は酸素化ヘモグロビン、脱酸素化ヘモグロビン毎に脳活動のピーク時間を演算し、
前記ピーク時間を中心としてどれだけの期間の脳活動変化に基づき、前記演算部が前記酸素化ヘモグロビンおよび前記脱酸素化ヘモグロビンの濃度変化が有意なものであるかを判定するかを設定する設定部を有することを特徴とする請求項1記載の生体光計測装置。
【請求項11】
前記ピーク時間は、全計測点における平均波形、最も強く活動した計測点の脳活動波形、標準的な脳活動波形、計測対象部位の平均波形、または被検体の過去の脳活動信号から作成した標準的な脳活動波形のいずれか一から演算されることを特徴とする請求項10記載の生体光計測装置。
【請求項12】
前記表示部は計測期間毎に前記判定結果を並べて表示することを特徴とする請求項1記載の生体光計測装置。
【請求項13】
前記表示部は前記計測点における前記判定結果を、前記酸素化ヘモグロビンおよび前記脱酸素化ヘモグロビンの濃度変化の有意性に基づき段階的に表示することを特徴とする請求項1記載の生体光計測装置。
【請求項14】
前記表示部は前記酸素化ヘモグロビンまたは前記脱酸素化ヘモグロビンの濃度変化が最も有意である計測点における脳活動波形を表示することを特徴とする請求項1記載の生体光計測装置。
【請求項15】
前記演算部は、前記酸素化ヘモグロビンおよび前記脱酸素化ヘモグロビンの濃度変化および総ヘモグロビンの濃度変化が有意なものであるかを前記計測点毎に判定することを特徴とする請求項1記載の生体光計測装置。
【請求項16】
前記計測点は、前記光照射手段と前記受光手段の対の略中点であることを特徴とする請求項1記載の生体光計測装置。
【請求項17】
前記複数の光照射手段と前記複数の受光手段は格子状に交互に配置されていることを特徴とする請求項1記載の生体光計測装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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