説明

生体内薬剤濃度分布測定装置およびこれに用いる波長可変フィルタ、生体内薬剤濃度分布測定方法

【課題】非侵襲で生体内の薬剤濃度分布を正確かつ迅速に測定できる薬剤濃度分布測定装置を提供する。
【解決手段】本発明の生体内薬剤濃度分布測定装置1は、光を照射する光源3と、標識剤に光が照射された際に標識剤から生体外に放出される光が入射され、所定の波長域の光を透過するとともに、波長域を変更可能な液晶フィルタ4(波長可変フィルタ)と、液晶フィルタ4を通して入射された光の強度を検出して測定対象の複数位置から放出される光の強度分布を取得するエリアセンサ5(光検出手段)と、エリアセンサ5が取得した光強度分布に基づいて標識剤とともに投与された薬剤の濃度を算出するDSP6(薬剤濃度算出手段)と、を備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体内薬剤濃度分布測定装置およびこれに用いる波長可変フィルタ、生体内薬剤濃度分布測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
医療分野において、患者に薬剤を投与した際、薬剤による副作用を最小限に抑え、かつ十分な治療効果を得るために、患者の体内における薬剤の濃度に関する情報を得ることが求められている。従来、最も一般的な手法として、患者の静脈から採血を行って血中濃度を測定し、そのデータを解析することで体内の薬物動態を解析する方法が採られている。しかしながら、正確な薬物動態を知るには血中濃度測定を例えば5〜6時点以上で行う必要があり、日常の臨床においてそれだけ多くの血中濃度測定を行うことは現実的には不可能であり、治療効果や安全性を保証する意味では1〜2時点の測定に限られる。したがって、非侵襲の方法で生体内の薬剤濃度分布が得られる方法が求められている。また、生体内の薬剤濃度を知ることは、治療分野のみならず、医薬品開発分野でも重要な役割を果たす。
【0003】
従来、生体内の薬剤濃度を知る方法としては、以下のようなものが提案されている。下記の特許文献1には、アスピリン等の薬剤の体内薬剤濃度を測定する有機センサと、体温を測定する体温センサと、を備えた薬剤濃度測定装置が開示されている。下記の特許文献2には、薬剤投与を適応的に調整するシステムが開示されており、このシステムでは薬剤を投与した際の患者の生理的作用である血圧、心拍、体温等の変化を経時的に測定することで薬剤濃度を検出する手法が用いられている。また、濃度を測定する方法ではないが、下記の特許文献3には、造影剤をリンパ管に投与した後、観察部位にレーザ光を照射し、その際に造影剤から放射される近赤外線を検出することによりリンパ管を経皮的に観察できるリンパ管観察装置が開示されている。
【特許文献1】特開2007−294214号公報
【特許文献2】特表2007−519487号公報
【特許文献3】特開2005−211355号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記の特許文献1〜3の技術は、いずれも上記の要求を満足できるものではなかった。
特許文献1の方法では、有機センサを使用する際に、指先等に穿刺器を穿刺し、試験紙に血液を付着させる必要がある。すなわち、特許文献1の方法は非侵襲で薬剤濃度分布を測定できるものではない。また、特許文献2の方法は、薬剤を投与した際の患者の生理的作用を測定する方法であるから、測定結果に個人差が生じる、測定結果の再現性に劣る、測定に長時間を要する、等の問題があった。また、特許文献3の装置では、リンパ管の観察は行えるものの、薬剤濃度分布を測定することはできない。
【0005】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、非侵襲で生体内の薬剤濃度分布を正確かつ迅速に測定できる薬剤濃度分布測定装置およびこれに用いる波長可変フィルタ、生体内薬剤濃度分布測定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の生体内薬剤濃度分布測定装置は、測定対象である生体に対して光を照射する光源と、前記標識剤に生体外から前記光が照射された際に前記標識剤から生体外に放出される光が入射され、入射光の全波長域のうちの所定の波長域の光を透過するとともに、前記波長域を変更可能な波長可変フィルタと、前記波長可変フィルタを通して入射された光の強度を検出して前記測定対象の複数の位置から放出される光の強度分布を取得する光検出手段と、前記光検出手段が取得した前記測定対象の複数の位置における光の強度分布に基づいて前記標識剤とともに投与された薬剤の濃度を算出する薬剤濃度算出手段と、を備えたことを特徴とする。
【0007】
本発明の生体内薬剤濃度分布測定装置は、造影機能を有する標識剤と薬剤とが投与された生体内の薬剤の濃度分布を測定する装置である。光源を用いて生体外から標識剤に光を照射すると、波長約600nm以下の光はヘモグロビンで吸収され、波長約1500nm以上の光は水で吸収されるため、波長約600〜1500nmの光は身体を透過して血管内の標識剤に照射される。すると、造影機能を有する標識剤では、照射された光を励起光として光が放射されたり、一部の光が吸収されて残りの光が反射されたりして波長約700〜1400nmの光が生体外に放出される。
【0008】
ここで、一般的に標識剤の濃度が高いほど光強度が大きくなるため、波長可変フィルタの透過波長域を変化させつつ、光検出手段は、波長可変フィルタを通して入射された光の強度を検出し、測定対象の複数の位置から放出される光の強度分布(スペクトル)を取得する。薬剤濃度算出手段は、光強度分布と標識剤濃度との相関関係および薬剤濃度との相関関係のデータを予め持っており、光検出手段が取得した測定対象の複数の位置における光強度分布に基づいて標識剤とともに投与された薬剤の濃度を算出する。このとき、本発明の装置では、特定波長の光の強度値だけで薬剤濃度を算出するのではなく、例えば約700〜1400nmといった所定の波長帯域の光強度分布から薬剤濃度を算出するので、薬剤濃度の算出を精度良く行える。このようにして、本発明の生体内薬剤濃度分布測定装置によれば、採血等を行うことなく非侵襲の方法であって、生体からの放出光を検出することで薬剤濃度分布を正確かつ迅速に測定することができる。
【0009】
本発明の他の生体内薬剤濃度分布測定装置は、測定対象である生体に対して光を照射する光源と、前記薬剤に生体外から前記光が照射された際に前記薬剤から生体外に放出される光が入射され、入射光の全波長域のうちの所定の波長域の光を透過するとともに、前記波長域を変更可能な波長可変フィルタと、前記波長可変フィルタを通して入射された光の強度を検出して前記測定対象の複数の位置から放出される光の強度分布を取得する光検出手段と、前記光検出手段が取得した前記測定対象の複数の位置における光の強度分布に基づいて前記薬剤の濃度を算出する薬剤濃度算出手段と、を備えたことを特徴とする。
【0010】
本発明の他の生体内薬剤濃度分布測定装置は、造影機能を有する薬剤が投与された生体内の薬剤の濃度分布を測定する装置である。すなわち、生体に造影機能を有する薬剤を投与することができれば、造影機能を有する標識剤を用いる必要がなくなる。この生体内薬剤濃度分布測定装置においても、上記と同様の作用、効果を得ることができ、非侵襲の方法で薬剤濃度分布を正確かつ迅速に測定することができる。
【0011】
また、本発明において、前記波長可変フィルタが、一対の偏光子と、前記一対の偏光子の間に挟持される液晶層と、前記液晶層に電圧を印加する電極と、を備えた液晶セルを複数組有していることが望ましい。
波長可変フィルタとして複数組の液晶セルを有するものを用いた場合、各液晶セル作製時のセル厚の設定、および使用時の印加電圧の調整によって、透過波長域を最適化できるとともに、透過波長域を容易に変化させることができる。
【0012】
また、本発明において、前記光検出手段の入射側に、波長が650nm以下の光を遮断する光学フィルタが設けられていることが望ましい。
この構成によれば、液晶セルによる波長可変フィルタを用いたときに生じる波長が650nm以下の光を遮断でき、ノイズ成分を除去することで光強度の検出精度を向上させることができる。
【0013】
本発明の波長可変フィルタは、造影機能を有する標識剤と薬剤もしくは造影機能を有する薬剤が投与された生体内の前記薬剤の濃度分布を測定する装置に用いられる波長可変フィルタであって、一対の偏光子と、前記一対の偏光子の間に挟持される液晶層と、前記液晶層に電圧を印加する電極と、を備えた液晶セルを複数組有し、前記一対の偏光子の透過軸が互いに平行であり、前記液晶層は液晶分子がホモジニアス配向したものであり、前記一対の偏光子の透過軸と前記液晶分子の配向方向とのなす角が45°±5°であり、前記液晶層の波長590nmの光に対する光学異方性をΔn、前記液晶層の層厚をdとしたときに、下の式(1)を満たすことを特徴とする。
(1.034×Δn−0.90)<d<2(2.266×Δn−0.82)…(1)
(ただし、m=0,1,2,3,4,5)
【0014】
この構成によれば、波長可変フィルタの検出可能なピーク値の最大波長を800nm以上、1400nm以下の範囲とすることができる。これにより、例えば波長1100nm付近の光を放射する標識剤を用いるのに好適な波長可変フィルタとすることができる。詳細は後述する。
【0015】
さらに、本発明において、前記液晶層の波長590nmの光に対する光学異方性をΔn、前記液晶層の層厚をdとしたときに、下の式(2)を満たすことがより望ましい。
(1.245×Δn−0.89)<d<2(1.865×Δn−0.83)…(2)
(ただし、m=0,1,2,3,4,5)
【0016】
この構成によれば、波長可変フィルタの検出可能なピーク値の最大波長を900nm以上、1300nm以下の範囲とすることができる。これにより、例えば波長1100nm付近の光を放射する標識剤を用いるのにより好適な波長可変フィルタとすることができる。詳細は後述する。
【0017】
さらに、本発明において、一対の偏光子と、前記一対の偏光子の間に挟持される液晶層と、前記液晶層に電圧を印加する電極と、を備え、前記一対の偏光子の透過軸が互いに直交し、前記液晶層は液晶分子がホモジニアス配向したものであり、前記一対の偏光子の透過軸と前記液晶分子の配向方向とのなす角が45°±5°である補正用液晶セルを有することが望ましい。
この構成によれば、ノイズ成分となる光を補正用液晶セルによって除去することができる。
【0018】
本発明の生体内薬剤濃度分布測定方法は、造影機能を有する標識剤と薬剤とを生体に投与する投与工程と、測定対象である生体に対して光を照射する光照射工程と、前記標識剤に生体外から前記光が照射された際に前記標識剤から生体外に放出される光のうち、前記測定対象の複数の位置から放出される特定の波長域の光の強度を検出し、前記波長域を変えて前記強度の検出を複数回繰り返すことにより、前記測定対象の複数の位置から放出される光の強度分布を取得する強度分布取得工程と、前記測定対象の複数の位置における光の強度分布に基づいて前記標識剤とともに投与された薬剤の濃度を算出する濃度算出工程と、を備えたことを特徴とする。
【0019】
本発明の生体内薬剤濃度分布測定方法は、投与工程において、造影機能を有する標識剤と薬剤の双方を生体に投与する方法である。本発明の生体内薬剤濃度分布測定方法によれば、所定の波長帯域の光の強度分布から薬剤濃度を算出しているので、薬剤濃度の算出を精度良く行うことができる。このようにして、本発明の生体内薬剤濃度分布測定装置によれば、採血等を行うことなく非侵襲の方法であって、生体からの放出光を検出することで薬剤濃度分布を正確かつ迅速に測定することができる。
【0020】
また、本発明において、前記投与工程において、前記標識剤を複数種生体に投与し、前記強度分布取得工程において、前記測定対象の複数の位置から放出される光の強度分布を前記複数種の標識剤毎に取得し、前記濃度算出工程において、前記複数種の標識剤に対応する前記測定対象の複数の位置における光の強度分布に基づいて前記薬剤の濃度を算出することが望ましい。
この構成によれば、複数種の標識剤の濃度と薬剤の濃度との相関関係から薬剤の濃度を算出するため、薬剤濃度をより実態に近い形で算出することができる。
【0021】
本発明の他の生体内薬剤濃度分布測定方法は、造影機能を有する薬剤を生体に投与する投与工程と、測定対象である生体に対して光を照射する光照射工程と、前記薬剤に生体外から前記光が照射された際に前記薬剤から生体外に放出される光のうち、前記測定対象の複数の位置から放出される特定の波長域の光の強度を検出し、前記波長域を変えて前記強度の検出を複数回繰り返すことにより、前記測定対象の複数の位置から放出される光の強度分布を取得する強度分布取得工程と、前記測定対象の複数の位置における光の強度分布に基づいて前記薬剤の濃度を算出する濃度算出工程と、を備えたことを特徴とする。
【0022】
本発明の他の生体内薬剤濃度分布測定方法は、投与工程において、造影機能を有する薬剤を生体に投与する方法である。すなわち、生体に造影機能を有する薬剤を投与することができれば、造影機能を有する標識剤を用いる必要がなくなる。この生体内薬剤濃度分布測定方法においても、上記と同様の作用、効果を得ることができ、非侵襲の方法で薬剤濃度分布を正確かつ迅速に測定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、本発明の実施形態について図面を用いて説明する。
本実施形態の生体内薬剤濃度分布測定装置(以下、単に「濃度分布測定装置」という)は、造影機能を有する標識剤と薬剤とが投与された生体内の薬剤の濃度分布を測定する装置の一例である。測定対象は、人間でも良いし、薬理実験等に良く用いられるラット、マウス等の動物でも良いが、本実施形態では人間(患者)を想定して説明する。
図1は、本実施形態の濃度分布測定装置の概略構成を示すブロック図である。図2は、濃度分布測定装置の使用状態のイメージを示す斜視図である。
【0024】
[装置構成]
本実施形態の濃度分布測定装置1は、図1に示すように、光源3と、液晶フィルタ4(波長可変フィルタ)と、エリアセンサ5(光検出手段)と、信号処理プロセッサ6(Digital Signal Processor,DSP)(薬剤濃度算出手段)と、外部メモリ7と、を備えている。光源3は、測定対象である生体に対して光(励起光)を照射するものである。液晶フィルタ4は、生体内の標識剤に光が照射された際に標識剤から放出される光を受け、入射光の全波長域のうちの特定波長域の光を透過させるものである。エリアセンサ5は、液晶フィルタ4を通して入射された放射光の強度を検出するものである。DSP6は、エリアセンサ5が取得した測定対象の複数の位置における光の強度分布に基づいて薬剤の濃度を算出するものである。外部メモリ7は、DSP6が得た画像データを記憶するものである。
【0025】
薬剤の濃度分布の測定に先立って、造影機能を有する標識剤と薬剤との混合物を薬剤投与装置2により人体に投与する(投与工程)。光を用いて生体内の情報を得るためには、生体の構成成分に吸収される波長以外の波長の光を用いる必要がある。波長が約600nm以下の光はヘモグロビンで吸収され、波長が約1500nm以上の光は水で吸収されるため、これらの波長域の光は利用できず、波長が約600〜1500nmの光は生体組織を比較的良く透過する。この観点から、約600〜1500nmの波長域の光を受けてこの波長域の光を放出する特性を有する標識剤を本濃度分布測定に用いることができる。
【0026】
具体的には、標識剤として、インドシアニングリーン、金ナノロッド、蛍光造影剤SF64(商品名、富士フィルム社製)等を用いることができる。インドシアニングリーンは、波長750〜780nmの光の照射によって励起され、波長800〜1200nm程度の近赤外光を放射する物質である。インドシアニングリーンに代わる物質として、パテントブルー、インジゴカルミン等が挙げられる。金ナノロッドは、棒状の金ナノ粒子のことであり、近赤外域に強い吸収性を有しており、近赤外光を用いる際の造影剤として使用できる。蛍光造影剤SF64は、近赤外域で強い蛍光を生じる特性を有している。
【0027】
標識剤と薬剤との混合物の投与方法としては、皮内注射、皮下注射、筋肉内注射、(末梢点滴)静脈内注射、中心静脈内注射、直腸投与、経皮投与、経肺投与、経鼻投与、口腔内投与等、侵襲、非侵襲のいずれの方法を用いても良い。より具体的には、例えば点滴法を用いた静脈内注射であれば、薬剤の投与量や投与速度を調整可能な薬剤投与用マイクロポンプ等を用いることができる。
【0028】
光源3には例えばキセノンランプが用いられる。キセノンランプの光源3から、可視域(青色域)から赤外域までの連続した分光スペクトルを持つ光が射出され、測定対象である人体に照射される(光照射工程)。このとき、予め投与された標識剤と薬剤とが人体内に分布しているため、光源3からの光のうちの一部の波長の光が人体を透過して標識剤に照射されると、標識剤から近赤外光が放出される。例えば標識剤にインドシアニングリーンを用いた場合には、光源3から射出された光のうち、波長750〜780nmの光によって標識剤が励起され、標識剤の濃度に応じて波長800〜1200nm程度の近赤外光が放射される。インドシアニングリーンの場合は近赤外光によって自身が励起され、近赤外光を放射する特性を有しているが、必ずしも近赤外光を放射する特性を持つ必要はなく、標識剤の濃度に応じた量の吸収もしくは反射が生じ、所定量の近赤外光を放出する特性を有していれば良い。
【0029】
液晶フィルタ4は、詳細な構成は後述するが、一対の基板と、一対の基板の外面に配置された一対の偏光子と、一対の基板の間に挟持された液晶層と、一対の基板の内面に配置され、液晶層に電圧を印加する一対の電極と、を備えた複数組の液晶セルから構成されている。本発明の場合、後述のエリアセンサ5において、ある1点の波長における光量を検出するのではなく、複数の波長における光量を検出し、放射光のスペクトルを取得する必要があるため、エリアセンサ5の入射側で透過波長域を走査できる波長可変フィルタが必要である。液晶フィルタ4はこのような波長可変フィルタとして機能する。液晶フィルタ4のいくつかの構成例については後述する。
【0030】
エリアセンサ5には、CCD、CMOSセンサ等からなる2次元のイメージングセンサが用いられる。一般にCCD、CMOSセンサ等のイメージングセンサは、波長800〜1200nm程度の近赤外光を含む感度領域を有している。エリアセンサ5には液晶フィルタ4を通して光が入射されるため、ある時刻においては所定の波長帯域の光のみを受光するが、液晶フィルタ4の透過波長域の走査に応じて異なる波長帯域の光を受光し、走査時間全体として光の強度分布(スペクトル)を取得することができる。エリアセンサ5は、受光した近赤外光の強度を電気信号として後述のDSP6に伝達する。なお、本例では2次元のイメージングセンサを用いたが、1次元のイメージングセンサ、いわゆるリニアセンサを用いても良い。その場合には、例えば測定領域上でリニアセンサを走査し、2次元の測定領域における光の強度を検出すれば良い。
【0031】
さらに、図1には図示していないが、エリアセンサ5の感度領域内で本濃度分布測定に不要な光、例えば波長が700nm以下の光を遮断する光学フィルタをエリアセンサ5の入射側に配置しても良い。この種の光学フィルタとしては、紫外・可視光カットフィルタR−72(商品名:Edmund社製)等を用いることができる。
【0032】
DSP6では、エリアセンサ5からの電気信号を受け、測定対象上の各点における光の強度分布に基づいて標識剤の濃度を算出し、標識剤の濃度から薬剤の濃度を算出する。このように、測定対象上の各点における薬剤の濃度を算出することによって全体として生体内の薬剤濃度分布を知ることができる。得られた薬剤濃度分布の測定データは、図2に示すように、DSP6から液晶モニタ等の任意の出力装置9に送られ、薬剤濃度の大小を色やその濃淡で表現するなどして、医師や看護師等の使用者が視覚的に確認することができる。
【0033】
[液晶フィルタ−1]
ここで、液晶フィルタ4の第1構成例について図3〜図6を用いて説明する。
図3は、本構成例の液晶フィルタ4を分解した状態で示す斜視図である。図4は、液晶フィルタ4を構成する一つの液晶セルの断面図である。図5は、各液晶セルへの印加電圧と透過ピーク波長との関係を示すグラフである。図6は、液晶フィルタの分光特性を示す図である。
なお、以下に示す液晶セルへの印加電圧、透過波長等の具体的な数値は、本発明者らが行ったシミュレーション結果に基づいている。
【0034】
本構成例の液晶フィルタ4は、図3、図4に示すように、シール剤11を介して貼り合わされた一対のガラス基板12,13と、一対のガラス基板12,13の外面に配置された一対の偏光板14,15と、一対のガラス基板12,13の間に挟持された液晶層16と、一対のガラス基板12,13の内面に配置され、液晶層16に電圧を印加する一対の電極17,18と、各電極17,18上の配向膜19,20と、を備えた液晶セル21a,21b,21cが3組積層されたものである。ただし、隣接する組の液晶セルの間に位置する偏光板については、これら2つの液晶セルで1枚の偏光板を共用している。なお、以下の説明では便宜上、図面の上側から下側に向けて「第1液晶セル21a」、「第2液晶セル21b」、「第3液晶セル21c」、…と呼ぶことにする。
【0035】
第1〜第3液晶セル21a,21b,21cは、一対のガラス基板12,13が互いに平行でかつ逆向きの配向方向をとっており、いわゆるアンチパラレル配向を呈している。これにより、各液晶セル21a,21b,21cの液晶層16を構成する液晶分子はホモジニアス配向の状態となる。また、一対のガラス基板12,13を挟んで配置された一対の偏光板14,15は、その透過軸同士が互いに平行であり、透過軸の方向が一方の基板の配向方向に対して45°±5°の角度をなすように配置されている。偏光板14,15としては、ヨウ素系偏光フィルムは近赤外域における偏光性を有していないために好ましくなく、位相差層と等方層を交互に積層した積層型反射偏光子、もしくはワイヤーグリッド型反射偏光子を用いるのが好適である。また、各液晶セル21a,21b,21cの一対の電極17,18間にはこれら電極に電圧を印加するための駆動回路22が接続されている。
【0036】
第1〜第3液晶セル21a,21b,21cの全てにわたって、各液晶セルの液晶層16の波長590nmの光に対する光学異方性Δnの値は0.201に設定されている。一方、液晶層16の層厚(一対の基板12,13のセルギャップ)は第1〜第3液晶セル21a,21b,21cのそれぞれで異なり、第1液晶セル21aの液晶層厚が6.5μm、第2液晶セル21bの液晶層厚が12.9μm、第3液晶セル21cの液晶層厚が25.8μm、である。本構成例の液晶フィルタ4では、830〜1098nmの波長域で15段階の分光スペクトルを選択している。したがって、DSP6は、液晶フィルタ4の各液晶セル21a,21b,21cに対して15段階の印加電圧のうちのいずれかを供給するように駆動回路22を制御する。DSP6は、第1〜第3液晶セル21a,21b,21cに対して略同一の電圧を印加するが、予めメモリに記憶されている補正データを参照して微小な電圧の補正を行う。
【0037】
測定対象から放射される光の強度を画像データとして取り込む際には、まず第1〜第3液晶セル21a,21b,21cへの印加電圧を0Vとする。すると、液晶フィルタ4は1098nmにピークを有する透過特性を示し、1098nmの波長の光を透過させ、この光がエリアセンサ5のアレイ状の画素面に入射する。ここで、エリアセンサ5は入射光の強度を画素毎に順次検出していき、1画面分の画像全体を30msecで読み出し、電気信号に変換した後、DSP6に向けて出力する。そして、DSP6は、波長1098nmでの1画面分の画像データを外部メモリ7に蓄える。以上で第1サイクルの選択画像データ取り込み処理が終了する。
【0038】
次いで、第1〜第3液晶セル21a,21b,21cへの印加電圧を1.0Vとする。すると、液晶フィルタ4は1077nmにピークを有する透過特性を示し、1077nmの波長の光がエリアセンサ5に入射する。エリアセンサ5は、1画面分の画像を30msecで読み出し、電気信号に変換した後、DSP6に向けて出力する。そして、DSP6は、波長1077nmでの1画面分の画像データを外部メモリ7に蓄える。以上で第2サイクルの選択画像データ取り込み処理が終了する。
【0039】
以下、第3サイクル以降は、表1に示すように、第1〜第3液晶セル21a,21b,21cへの印加電圧を1.10V、1.15V、1.18V、1.21V、1.23V、1.26V、1.28V、1.30V、1.32V、1.34V、1.35V、1.37V、1.39V(最後のサイクルでは第1液晶セル21aのみ1.42Vに補正する)と変化させる。すると、この電圧変化に応じて透過ピーク波長は1057nm、1018nm、999nm、980nm、962nm、944nm、927nm、910nm、893nm、877nm、861nm、845nm、830nmと変化する。以上で全15サイクルの選択画像データ取り込み処理が終了する(強度分布取得工程)。
【表1】

【0040】
表1のデータをグラフに表したものが図5である。すなわち、図5は各液晶セル21a,21b,21cへの印加電圧と透過ピーク波長との関係を示すグラフであって、縦軸が印加電圧(V)、横軸が透過ピーク波長(nm)を示している。また、これら透過ピーク波長の値に基づき、液晶フィルタ4の分光特性として示したものが図6である。つまり、本構成例によれば、図6に示す分光特性を有する波長800〜1100nmの透過波長範囲の液晶フィルタを実現できる。なお、図6のスペクトルのうち、700nm以下の波長成分は本濃度分布測定にとって不要なノイズ成分となるので、上述の光学フィルタを用いて除去することが望ましい。
【0041】
[液晶フィルタ−2]
液晶フィルタ4の第2構成例について図7、図8を用いて説明する。
図7は、本構成例の液晶フィルタを分解した状態で示す斜視図である。図8は、液晶フィルタの分光特性を示す図である。なお、図7において、第1構成例の図3と共通の構成要素には同一の符号を付し、詳細な説明は省略する。
【0042】
第1構成例の液晶フィルタが3組の液晶セル21a,21b,21cを積層した構成であったのに対し、本構成例の液晶フィルタは4組の液晶セル21a,21b,21c,21dを積層した構成である点が異なっている。本構成例の液晶フィルタは、図7に示すように、第3液晶セル21cの下方に第4液晶セル21dが積層されている。第4液晶セル21dの配向方向や偏光板の透過軸方向は第1〜第3液晶セル21a,21b,21cと同一である。ただし、液晶層厚は異なり、第1液晶セル21aの液晶層厚が6.5μm、第2液晶セル21bの液晶層厚が12.9μm、第3液晶セル21cの液晶層厚が25.8μm、第4液晶セル21dの液晶層厚が51.6μm、である。
【0043】
各液晶セル21a,21b,21c,21dに対する印加電圧と透過ピーク波長との関係は、表2に示す通りである。第1〜第3液晶セル21a,21b,21cに対する印加電圧は同一であり、第4液晶セル21dに対する印加電圧は第1〜第3液晶セル21a,21b,21cに対する印加電圧と略同一であるが、若干の調整を行う。
【表2】

【0044】
表2の透過ピーク波長の値に基づき、液晶フィルタ4の分光特性として示したものが図8である。本構成例によれば、図8に示す分光特性を有する波長800〜1100nmの透過波長範囲の波長可変フィルタを実現できる。また、第1構成例と比較すると、液晶セルを3層から4層にすることにより、透過波長域の半値幅が、第1構成例では70〜90nmと広かったものが本構成例では30〜50nmと狭くなった。これにより、標識剤濃度の検出精度を向上させることができる。
【0045】
[液晶フィルタ−3]
液晶フィルタの第3構成例について説明する。
本構成例の液晶フィルタは、第2構成例の液晶フィルタと同様、4組の液晶セルを積層した構成である。各液晶セルの配向方向や偏光板の透過軸方向についても第2構成例と同一である。ただし、液晶層厚が異なり、第1液晶セルの液晶層厚が6.5μm、第2液晶セルの液晶層厚が12.9μm、第3液晶セルの液晶層厚が51.6μm、第4液晶セルの液晶層厚が51.6μm、である。すなわち、本構成例では、第3液晶セルに第4液晶セルと同一のものを用いた。
【0046】
各液晶セルに対する印加電圧と透過ピーク波長との関係は、表3に示す通りである。第1、第2液晶セルに同一の電圧を印加し、第3液晶セルには第1、第2液晶セルよりも高い電圧を印加する。第4液晶セルに対する印加電圧は第1、第2液晶セルと略同一であるが、若干の調整を行う。
【表3】

【0047】
図示は省略したが、本構成例の場合も、第2構成例の液晶フィルタと略同様の分光特性を有する波長可変フィルタを実現できる。本構成例の場合は、第2構成例と異なり、第3液晶セルに第4液晶セルと同じ仕様のものを用いることができるため、液晶フィルタの製造が容易になるという利点がある。
【0048】
[液晶フィルタ−4]
液晶フィルタの第4構成例について説明する。
本構成例の液晶フィルタは、第2、第3構成例の液晶フィルタと同様、4組の液晶セルを積層した構成である。各液晶セルの配向方向や偏光板の透過軸方向についても第2、第3構成例と同一である。ただし、液晶層厚が異なり、第1液晶セルの液晶層厚が12.9μm、第2液晶セルの液晶層厚が12.9μm、第3液晶セルの液晶層厚が51.6μm、第4液晶セルの液晶層厚が51.6μm、である。すなわち、第1液晶セルに第2液晶セルと同一のものを用い、第3液晶セルに第4液晶セルと同一のものを用いた。
【0049】
各液晶セルに対する印加電圧と透過ピーク波長との関係は、表4に示す通りである。第1液晶セルには第2液晶セルよりも高い電圧を印加する。第3液晶セルへの印加電圧は第1液晶セルと略同一であり、第4液晶セルへの印加電圧は第2液晶セルと略同一であるが、ともに若干の調整を行う。
【表4】

【0050】
図示は省略したが、本構成例の場合も、第2、第3構成例の液晶フィルタと略同様の分光特性を有する波長可変フィルタを実現できる。本構成例の場合は、第1液晶セルに第2液晶セルと同じ仕様のもの、第3液晶セルに第4液晶セルと同じ仕様のものを用いることができるため、第3構成例に比べて液晶フィルタの製造がさらに容易になるという利点がある。
【0051】
[液晶フィルタ−5]
液晶フィルタの第5構成例について説明する。
第1〜第4構成例では、各液晶セルの波長590nmの光に対する光学異方性Δnの値を0.201に設定したが、本構成例では各液晶セルの波長590nmの光に対する光学異方性Δnの値を0.136に設定した。また、光学異方性Δnの値の変更に伴い、液晶層厚も変更し、第1液晶セルの液晶層厚を9.0μm、第2液晶セルの液晶層厚を18.0μm、第3液晶セルの液晶層厚を36.1μm、第4液晶セルの液晶層厚を72.1μm、とした。
【0052】
図示は省略したが、本構成例の場合も、第2〜第4構成例の液晶フィルタと略同様の分光特性を有する波長可変フィルタを実現できる。すなわち、液晶層の光学異方性Δnの値を変えても、それに応じて適切な液晶層厚dを設定すれば、本発明に好適な波長可変フィルタが得られることがわかった。
【0053】
[液晶フィルタにおけるΔnとdとの関係]
次に、液晶セルの波長590nmの光に対する光学異方性Δn(以下、Δn(590nm)と記す)と液晶層厚dを変化させたときの分光特性を調べた。その結果について説明する。
ここで、第m液晶セルの液晶層厚dmは、第1液晶セルの液晶層厚をd0としたとき、dm=2×d0の関係を満たすようにした。
【0054】
液晶セルの光学異方性Δn(590nm)と液晶層厚dを種々の値に変え、液晶フィルタの透過ピーク波長の最大値λmaxを求めた。そして、液晶フィルタの透過ピーク波長の最大値λmax毎に、光学異方性Δn(590nm)と第1液晶セルの液晶層厚d0との関係を示したのが図9である。図9の横軸は光学異方性Δn(590nm)[nm]、縦軸は第1液晶セルの液晶層厚d0[μm]である。
【0055】
液晶フィルタの透過ピーク波長の最大値λmaxが800nm以下になると、標識剤から放射される近赤外光が液晶フィルタを透過できず、標識剤の濃度検出が困難になる。よって、最大値λmaxの下限を800nmとする。そこで、図9のλmax:800nmの曲線におけるΔn(590nm)とd0との関係から、Δn(590nm)と液晶層厚dとの関係式を求めると、下の(3)式となる。
d=2(1.034×Δn−0.90)…(3)
(ただし、m=0,1,2,3,4,5)
すなわち、最適な液晶層厚は(3)式で表されるdよりも厚くする必要がある。
【0056】
一方、液晶フィルタの透過ピーク波長の最大値λmaxが1400nm以上になると、波長1200nm以下の近赤外光を検出するためには2〜3Vの高電圧を印加しなければならず、分光特性が不安定になってしまう。よって、最大値λmaxの上限を1400nmとする。そこで、図9のλmax:1400nmの曲線におけるΔn(590nm)とd0との関係から、Δn(590nm)と液晶層厚dとの関係式を求めると、下の(4)式となる。
d=2(2.266×Δn−0.82)…(4)
(ただし、m=0,1,2,3,4,5)
すなわち、最適な液晶層厚は(4)式で表されるdよりも薄くする必要がある。
【0057】
したがって、最適な液晶層厚dは、(3)式、(4)式より、
(1.034×Δn−0.90)<d<2(2.266×Δn−0.82)…(5)
(ただし、m=0,1,2,3,4,5)
となる。
【0058】
基本的には(5)式を満足すれば十分であるが、より望ましい条件を求めると、以下のようになる。
液晶フィルタの透過ピーク波長の最大値λmaxが900nm以上になると、標識剤から放射される近赤外光のノイズ成分が除去でき、強度検出がより容易になる。そこで、図9のλmax:900nmの曲線を用い、上述した手順によって最適な液晶層厚dを求めると、下の(6)式となる。
d=2(1.245×Δn−0.89)…(6)
(ただし、m=0,1,2,3,4,5)
すなわち、最適な液晶層厚は(6)式で表されるdよりも厚くする必要がある。
【0059】
一方、透過ピーク波長の最大値λmaxが1300nm以下であれば、高電圧を印加することなく、波長1200nm以下の近赤外光をより安定して検出できる。そこで、図9のλmax:1300nmの曲線を用い、上述した手順によって最適な液晶層厚dを求めると、下の(7)式となる。
d=2(1.865×Δn−0.83)…(7)
(ただし、m=0,1,2,3,4,5)
すなわち、最適な液晶層厚は(7)式で表されるdよりも薄くする必要がある。
【0060】
したがって、最適な液晶層厚dは、(6)式、(7)式より、
(1.245×Δn−0.89)<d<2(1.865×Δn−0.83)…(8)
(ただし、m=0,1,2,3,4,5)
となる。
【0061】
なお、上記の式中の「m」の値は0,1,2,3,4,5のいずれかを取ることが好ましい。このような「m」の数値範囲から、上記の式中の液晶層厚dの数値範囲を求めると、概ね数μm〜100μm程度となる。上記の数値範囲が好ましい理由は、「m」の値が5を超えると、バンドパスフィルターとしての透過波長域が小さくなり過ぎる、透過率が低下し始める、液晶層厚dが100μm以上となって液晶セルの製作が困難になる、等の不具合があるからである。
【0062】
[液晶フィルタ−6]
液晶フィルタの第6構成例について図10〜図12を用いて説明する。
図10は、本構成例の液晶フィルタを分解した状態で示す斜視図である。図11は、各液晶セルへの印加電圧と透過ピーク波長との関係を示すグラフである。図12は、液晶フィルタの分光特性を示す図である。なお、図10において、第1構成例の図3と共通の構成要素には同一の符号を付し、説明は省略する。
【0063】
本構成例の液晶フィルタは、図10に示すように、第1構成例の液晶フィルタの第4層目に補正用液晶セル24を備えたものである。補正用液晶セル24は、一対のガラス基板12,13がアンチパラレル配向であって、液晶層を構成する液晶分子はホモジニアス配向となっている。一対の偏光板14,15は、その透過軸同士が互いに直交しており、一方の偏光板(図10の下側の偏光板)の透過軸の方向が一方の基板の配向方向に対して135°±5°の角度をなすように配置されている。また、第1構成例と同様、第1液晶セル21aの液晶層厚が6.5μm、第2液晶セル21bの液晶層厚が12.9μm、第3液晶セル21cの液晶層厚が25.8μmであり、補正用液晶セル24の液晶層厚が16.1μm、である。
【0064】
本構成例によれば、図12に示す分光特性を有する波長800〜1200nmの透過波長範囲の液晶フィルタを実現できる。第1構成例の図6のスペクトルと比較すると、700nm以下のノイズ成分が低減されていることがわかる。
以上、[液晶フィルタ−1]〜[液晶フィルタ−6]に、液晶フィルターの構成例を示したが、複数組の液晶セルを積層する順番は任意でよい。
【0065】
[濃度分布算出方法]
次に、DSP6による濃度算出方法について説明する。
DSP6は、外部メモリ7に蓄えた波長毎の画像データを読み出し、画像データと予め記憶しておいたデータテーブルとから標識剤の濃度を検出する。このデータテーブルは検量線に相当するものであり、画像データを構成する各画素の光強度分布を、データテーブル内の光強度−標識剤濃度の相関関係と照合し、標識剤の濃度を求める。光強度−標識剤濃度の相関関係は予備実験により求めておき、データテーブルを作成しておく。なお、データテーブルを用いる方法に代えて、各点の光強度分布のデータを基に多変量解析を行い、標識剤濃度を求めても良い。その後、DSP6は、標識剤の濃度から薬剤の濃度を算出する。
【0066】
薬剤の濃度をCx、標識剤の濃度をCm、投与後の経過時間をtとすると、薬剤の濃度Cxは、標識剤の濃度Cmと経過時間tの関数として捉えることができる。すなわち、
Cx=f(Cm,t) …(9)
である。
具体的には、例えば、
Cx=k(t)・Cm+l(t) …(10)
となる。この場合、標識剤と薬剤の混合物を生体に投与した後、複数時点で採血を行い、経過時間tと標識剤の濃度Cmおよび薬剤の濃度Cxとの相関関係を調べ、その結果から(10)式中のk(t)やl(t)を求めておく。その後、上記の方法により標識剤の濃度を求めることができれば、(10)式から薬剤の濃度を算出することができる(濃度算出工程)。
【0067】
例えば標識剤と薬剤の混合物を静脈内注射により数時間おきに生体に投与した場合、標識剤と薬剤は、生体内の所定の位置において図13に示すような濃度変化を生じると推定される。すなわち、薬剤の濃度を、副作用が生じることなく治療に有効な濃度管理範囲Cmin〜Cmax内にコントロールしたいときには、上記の方法により標識剤の濃度Cmを求めた後、例えば(10)式から薬剤の濃度Cxを算出すれば、生体内の薬剤濃度Cxの変化が図13のように測定でき、薬剤の濃度が濃度管理範囲内にあるか否かを判断することができる。また同様に、標識剤と薬剤の混合物を数時間おきに経口投与した場合には、図14に示すような動向を示す。
【0068】
本実施形態の濃度分布測定装置1においては、特定波長の光の強度値だけで薬剤濃度を算出するのではなく、例えば約800〜1200nmといった所定の波長帯域の光の強度分布から薬剤濃度を算出しているので、薬剤濃度の算出を精度良く行うことができる。このようにして、本実施形態の濃度分布測定装置1によれば、採血等を行うことなく非侵襲の方法で、生体からの放出光を検出することで薬剤濃度分布を正確かつ迅速に測定できる。
【0069】
個々の患者の血中薬剤濃度を測定することで望ましい有効治療濃度に収まるように用法、用量を設計する薬物治療モニタリング(Therapeutic Drag Monitoring:TDM)という医療技術が知られている。本実施形態の濃度分布測定装置1は、薬剤濃度をリアルタイムで測定できるので、内服薬のような投薬間隔の長い(例えば3〜6時間)投与経路だけでなく、経鼻投与、経肺投与、静脈内注射等の即効性の投与経路においてもTDM技術に利用できる。また、従来の採血による方法では静脈内の1点の濃度データでしか取れなかったものが、2次元の濃度分布データとして取れることになり、得られる情報の幅が広がることで測定精度が大幅に向上し、応用範囲が格段に広がる。
【0070】
さらに、従来は測定時間がかかり、非経済的であるとして、モニタリングして投与する方法を採っていなかった薬剤についても、TDMの考え方が適用できるようになる。このようにして、副作用を生じることなく、種々の薬剤の効果を大きく引き出すことができる。したがって、薬理効果は大きい反面、副作用が大きい、有効濃度域が狭い等の理由で使い難かった薬剤も使い易くできる。このようにして、本実施形態によれば、医療の質を向上させるとともに医療コストを低減させることができ、社会に大きく貢献できる。
【0071】
なお、本発明の技術範囲は上記実施形態に限定されることなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。例えば、上記実施形態では標識剤と薬剤との混合物を生体に投与する例を説明したが、造影機能を有する薬剤を生体に投与することができれば、標識剤を用いる必要がなくなる。この場合、光強度−薬剤濃度の相関関係を記したデータテーブルを作成しておけば、測定対象上の各画素の光強度分布のデータから、データテーブルを用いて薬剤の濃度分布を直接求めることができる。
【0072】
また、上記実施形態では、1種類の標識剤と薬剤との混合物を用いる例を説明したが、標識剤は1種類に限るものではなく、複数種の標識剤と薬剤との混合物を用いても良い。例えば2種類の標識剤を用いる場合、第1の標識剤に対する光強度分布−標識剤濃度のデータテーブル、第2の標識剤に対する光強度分布−標識剤濃度のデータテーブルの2つのデータテーブル(検量線)を準備しておけば良い。そして、薬剤の濃度をCx、第1の標識剤の濃度をCm1、第2の標識剤の濃度をCm2、投与後の経過時間をtとすると、薬剤の濃度Cxは、第1の標識剤の濃度Cm1と第2の標識剤の濃度Cm2と経過時間tの関数として捉えることができる。すなわち、
Cx=f(Cm1,Cm2,t) …(11)
である。
【0073】
具体的には、例えば、
Cx=k(t)・Cm1+l(t)・Cm2+m(t) …(12)
となる。この場合、第1,第2の標識剤と薬剤の混合物を生体に投与した後、複数時点で採血を行い、経過時間tと第1,第2の標識剤の濃度Cm1,Cm2および薬剤の濃度Cxとの相関関係を調べ、その結果から(12)式中のk(t)、l(t)、m(t)を求めておく。その後、上記実施形態の方法により標識剤の濃度が求められれば、(12)式から薬剤の濃度を算出することができる。
【0074】
例えば第1,第2の標識剤と薬剤との混合物を静脈内注射により数時間おきに生体に投与した場合、第1,第2の標識剤と薬剤は、生体内の所定の位置において図15に示すような濃度変化を生じることが推定される。すなわち、薬剤の濃度を、副作用が生じることなく治療に有効な濃度管理範囲Cmin〜Cmax内にコントロールしたいときには、上記の方法により第1,第2の標識剤の濃度Cm1,Cm2をそれぞれ求めた後、例えば(12)式から薬剤の濃度Cxを算出すれば、生体内の薬剤濃度Cxの変化が図15のように算出でき、薬剤の濃度Cxが濃度管理範囲Cmin〜Cmax内にあるか否かを判断することができる。また同様に、第1,第2の標識剤と薬剤の混合物を数時間おきに経口投与した場合には、図16に示すような動向を示す。
【0075】
例えば生体内のどの位置に蓄積されやすいか、といった生体内での挙動が標識剤と薬剤とで異なるのは十分に予想されることである。この点を考慮すると、1種類の標識剤濃度から薬剤濃度を算出するよりも複数種の標識剤濃度から薬剤濃度を算出した方が、より実態に近い形の薬剤濃度の算出が可能になる。
【0076】
また、上記実施形態の図2は、生体に対して離れた位置に比較的大型の濃度分布測定装置を配置するイメージで描いているが、身体の一部のみを測定する小型の装置であっても良いし、例えば腕時計のような形態で光源や液晶フィルタ、CCD等を搭載した装置を肌に直接装着するものであっても良い。
【図面の簡単な説明】
【0077】
【図1】本発明の実施形態の濃度分布測定装置のブロック図である。
【図2】濃度分布測定装置の使用状態のイメージを示す斜視図である。
【図3】第1構成例の液晶フィルタを分解した状態で示す斜視図である。
【図4】液晶フィルタを構成する一つの液晶セルの断面図である。
【図5】各液晶セルへの印加電圧と透過ピーク波長との関係を示すグラフである。
【図6】液晶フィルタの分光特性を示す図である。
【図7】第2構成例の液晶フィルタを分解した状態で示す斜視図である。
【図8】液晶フィルタの分光特性を示す図である。
【図9】液晶フィルタの透過ピーク波長の最大値毎に、光学異方性Δnと第1液晶セルの液晶層厚d0との関係を示すグラフである。
【図10】第6構成例の液晶フィルタを分解した状態で示す斜視図である。
【図11】各液晶セルへの印加電圧と透過ピーク波長との関係を示すグラフである。
【図12】液晶フィルタの分光特性を示す図である。
【図13】静脈内注射で投与した場合の標識剤濃度と薬剤濃度との関係を示すグラフである。
【図14】経口投与を行った場合の標識剤濃度と薬剤濃度との関係を示すグラフである。
【図15】静脈内注射で投与した場合の2種類の標識剤濃度と薬剤濃度との関係を示すグラフである。
【図16】経口投与の場合の2種類の標識剤濃度と薬剤濃度との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0078】
1…生体内薬剤濃度分布測定装置、3…光源、4…液晶フィルタ(波長可変フィルタ)、5…エリアセンサ(光検出手段)、6…信号処理プロセッサ(薬剤濃度算出手段)、7…外部メモリ、21a,21b,21c,21d…液晶セル、24…補正用液晶セル。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
造影機能を有する標識剤と薬剤とが投与された生体内の前記薬剤の濃度分布を測定する装置であって、
測定対象である生体に対して光を照射する光源と、
前記標識剤に生体外から前記光が照射された際に前記標識剤から生体外に放出される光が入射され、入射光の全波長域のうちの所定の波長域の光を透過するとともに、前記波長域を変更可能な波長可変フィルタと、
前記波長可変フィルタを通して入射された光の強度を検出して前記測定対象の複数の位置から放出される光の強度分布を取得する光検出手段と、
前記光検出手段が取得した前記測定対象の複数の位置における光の強度分布に基づいて前記標識剤とともに投与された薬剤の濃度を算出する薬剤濃度算出手段と、
を備えたことを特徴とする生体内薬剤濃度分布測定装置。
【請求項2】
造影機能を有する薬剤が投与された生体内の前記薬剤の濃度分布を測定する装置であって、
測定対象である生体に対して光を照射する光源と、
前記薬剤に生体外から前記光が照射された際に前記薬剤から生体外に放出される光が入射され、入射光の全波長域のうちの所定の波長域の光を透過するとともに、前記波長域を変更可能な波長可変フィルタと、
前記波長可変フィルタを通して入射された光の強度を検出して前記測定対象の複数の位置から放出される光の強度分布を取得する光検出手段と、
前記光検出手段が取得した前記測定対象の複数の位置における光の強度分布に基づいて前記薬剤の濃度を算出する薬剤濃度算出手段と、
を備えたことを特徴とする生体内薬剤濃度分布測定装置。
【請求項3】
前記波長可変フィルタが、一対の偏光子と、前記一対の偏光子の間に挟持される液晶層と、前記液晶層に電圧を印加する電極と、を備えた液晶セルを複数組有していることを特徴とする請求項1または2に記載の生体内薬剤濃度分布測定装置。
【請求項4】
前記光検出手段の入射側に、波長が650nm以下の光を遮断する光学フィルタが設けられたことを特徴とする請求項3に記載の生体内薬剤濃度分布測定装置。
【請求項5】
造影機能を有する標識剤と薬剤もしくは造影機能を有する薬剤が投与された生体内の前記薬剤の濃度分布を測定する装置に用いる波長可変フィルタであって、
一対の偏光子と、前記一対の偏光子の間に挟持される液晶層と、前記液晶層に電圧を印加する電極と、を備えた液晶セルを複数組有し、
前記一対の偏光子の透過軸が互いに平行であり、
前記液晶層は液晶分子がホモジニアス配向したものであり、
前記一対の偏光子の透過軸と前記液晶分子の配向方向とのなす角が45°±5°であり、
前記液晶層の波長590nmの光に対する光学異方性をΔn、前記液晶層の層厚をdとしたときに、下の式(1)を満たすことを特徴とする波長可変フィルタ。
(1.034×Δn−0.90)<d<2(2.266×Δn−0.82)…(1)
(ただし、m=0,1,2,3,4,5)
【請求項6】
前記液晶層の波長590nmの光に対する光学異方性をΔn、前記液晶層の層厚をdとしたときに、下の式(2)を満たすことを特徴とする請求項5に記載の波長可変フィルタ。
(1.245×Δn−0.89)<d<2(1.865×Δn−0.83)…(2)
(ただし、m=0,1,2,3,4,5)
【請求項7】
一対の偏光子と、前記一対の偏光子の間に挟持される液晶層と、前記液晶層に電圧を印加する電極と、を備え、前記一対の偏光子の透過軸が互いに直交し、前記液晶層は液晶分子がホモジニアス配向したものであり、前記一対の偏光子の透過軸と前記液晶分子の配向方向とのなす角が45°±5°である補正用液晶セルを有することを特徴とする請求項5または6に記載の波長可変フィルタ。
【請求項8】
生体内の薬剤の濃度分布を測定する方法であって、
造影機能を有する標識剤と薬剤とを生体に投与する投与工程と、
測定対象である生体に対して光を照射する光照射工程と、
前記標識剤に生体外から前記光が照射された際に前記標識剤から生体外に放出される光のうち、前記測定対象の複数の位置から放出される特定の波長域の光の強度を検出し、前記波長域を変えて前記強度の検出を複数回繰り返すことにより、前記測定対象の複数の位置から放出される光の強度分布を取得する強度分布取得工程と、
前記測定対象の複数の位置における光の強度分布に基づいて前記標識剤とともに投与された薬剤の濃度を算出する濃度算出工程と、
を備えたことを特徴とする生体内薬剤濃度分布測定方法。
【請求項9】
前記投与工程において、前記標識剤を複数種生体に投与し、
前記強度分布取得工程において、前記測定対象の複数の位置から放出される光の強度分布を前記複数種の標識剤毎に取得し、
前記濃度算出工程において、前記複数種の標識剤に対応する前記測定対象の複数の位置における光の強度分布に基づいて前記薬剤の濃度を算出することを特徴とする請求項8に記載の生体内薬剤濃度分布測定方法。
【請求項10】
生体内の薬剤の濃度分布を測定する方法であって、
造影機能を有する薬剤を生体に投与する投与工程と、
測定対象である生体に対して光を照射する光照射工程と、
前記薬剤に生体外から前記光が照射された際に前記薬剤から生体外に放出される光のうち、前記測定対象の複数の位置から放出される特定の波長域の光の強度を検出し、前記波長域を変えて前記強度の検出を複数回繰り返すことにより、前記測定対象の複数の位置から放出される光の強度分布を取得する強度分布取得工程と、
前記測定対象の複数の位置における光の強度分布に基づいて前記薬剤の濃度を算出する濃度算出工程と、
を備えたことを特徴とする生体内薬剤濃度分布測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2010−91318(P2010−91318A)
【公開日】平成22年4月22日(2010.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−259425(P2008−259425)
【出願日】平成20年10月6日(2008.10.6)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】