説明

生体分子検出デバイスおよび検出方法

【課題】 試料中に微量で存在する生体分子を短時間内でほぼリアルタイムに検出し、その濃度を決定することができ、病気の検査や医薬品の開発に有利に使用することのできる生体分子検出手段を提供する。
【解決手段】 生体分子に特異的に結合可能な結合部と、生体分子の結合を検出するための検出部を含む分子鎖で構成される生体分子検出体を第一導電性部材上に固定させ、この第一導電性部材を生体分子が含まれる試料液中に浸漬し、第一導電性部材と試料液中に挿入された第二導電性部材との間に電圧を印加して生体分子検出体を第一導電性部材から遊離させ、遊離された生体分子検出体の結合部を生体分子と結合させ、生体分子検出体の検出部に光を照射し、この検出部の発光を検出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体分子検出デバイスおよび検出方法に関する。本発明は、特に、極微量で存在する標的生体分子を検出し、並びにその濃度を短時間で測定することのできるデバイスおよび方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトゲノムの全配列が明らかとなり、その配列に基づいて特定の蛋白質に対する薬剤を開発するゲノム創薬が、製薬業界では今後の重要なビジネスチャンスと捉えられ、そのための技術開発が精力的に進められている。一方、疾病に起因して体内で特徴的に合成または分解される微量蛋白質 (疾病マーカ) を検出することにより、早期診断、早期治療を実現するための手段の開発も盛んに行なわれるようになっている。かかる状況から、近い将来には、疾病に関わりのある蛋白質にゲノム創薬薬剤を選択的に投与し、症状の緩和や治癒をリアルタイムで行う時代が到来するものと予想される。
【0003】
疾病に起因して存在する微量蛋白質を簡便に測定するための技術としては、従来から、二次元電気泳動と質量分析機の組み合わせまたは酵素抗体法 (Enzyme-linked Immunosorbent Assay:ELIZA)と放射性免疫測定法 (Radioimmunoassay: RIA)が知られている。しかしながら、これらの方法では、測定結果が明らかになるまでに数時間の時間を要することと訓練を受けた臨床検査技師でなければ信頼性の高い結果を得ることは困難である。また、検出感度の高いRIA 法はラジオアイソトープを用いるものであるがためにこれを利用できる施設が限られ、試薬と検出器とを含めると費用もかなり高価になるという欠点がある。よって、これらの方法により臨床の現場、例えば、手術中やベッドサイドで患者の症状をリアルタイムで把握することは困難であり、適切な治療を施せない場合もある。脳塞栓症の治療においては、MRI(Magnetic Resonance Imaging) により梗塞部の脳血流量を測定してプラスミノーゲン・アクチベータ(Tissue Plasminogen Activator:t−PA)の適用量を決定しているが、t−PAの血中濃度を簡便にモニタして投薬量と時期を制御すれば、脳梗塞巣周辺に大きな出血を生じるなどの副作用を抑制することができ、治療の成功率は3割から6割に上がると予想されている。エイズやウイルス性肝炎などの感染症においても、ウイルスRNAの血中濃度のモニタリングと合わせて、免疫や肝機能を蛋白質の種類と量とによって簡便にモニタリングすることができれば、患者が体調をリアルタイムで把握し、健康な人と変わらぬ日常生活を営むとともに、病状悪化の兆しを捉えて医療機関での治療を早期に開始できるメリットが生じる。
【0004】
蛋白質等の標的生体分子を検出する方法およびそのための装置ついてはすでに多くの特許文献、例えば、特開2004−132848号公報、特開2004−170364号公報、特開2004−170372号公報、特開2004−198140号公報等に開示されているが、これらの方法および装置は微量で存在する標的生体分子を短時間で検出し、あるいはその濃度を測定するための手段としてはまだ十分であるとは言い難いものであった。
【0005】
【特許文献1】特開2004−132848号公報
【特許文献2】特開2004−170364号公報
【特許文献3】特開2004−170372号公報
【特許文献4】特開2004−198140号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、試料中に微量で存在する標的生体分子、例えば、蛋白質、糖質、脂質、核酸等を短時間で検出し、その濃度を決定することのできる生体分子検出手段を提供することにある。
【0007】
また、本発明の目的は、病気の診断や医薬品の開発に有利に使用することのできる生体分子検出手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上記課題を解決するため、標的生体分子に対して特異的に結合する性質を持たせた結合部と、この結合部に標的生体分子が結合したことを検出するための検出部を含む分子鎖から構成される生体分子検出体と、この生体分子検出体を一時的に固定させる第一導電性部材と、第一導電性部材との間に電圧を印加することにより一時的に固定された生体分子検出体を第一導電性部材から遊離させる第二導電性部材と、これらの導電性部材間に標的生体分子を含む試料液を保持し、第一導電性部材から遊離された生体分子検出体の結合部を標的生体分子と結合させるための反応容器と、生体分子検出体の検出部に光を照射するための光照射部と、およびこの検出部の蛍光(発光)を検出するための検出部とを含む生体分子検出デバイスを提供する。
【0009】
本発明は、また、標的生体分子に対して特異的に結合する性質を持たせた結合部と、この結合部に標的生体分子が結合したことを検出するための検出部を含む分子鎖から構成される生体分子検出体を第一導電性部材上に一時的に固定させ、この第一導電性部材を標的生体分子が含まれる試料液中に浸漬し、第一導電性部材と試料液中に挿入された第二導電性部材との間に電圧を印加して一時的に固定された生体分子検出体を第一導電性部材から遊離させ、遊離された生体分子検出体の結合部を標的生体分子と結合させ、生体分子検出体の検出部に光を照射し、この検出部の発光を検出することを含む生体分子の検出方法を提供する。
【発明の効果】
【0010】
上記の如き構成を有する本発明によれば、試料中に存在する、疾病マーカとなる微量蛋白質やその他の蛋白質、糖質、脂質、核酸等の標的生体分子の簡便で信頼性の高い検出並びに定量を、短時間内にほぼリアルタイムで行うことが可能となる。したがって、本発明によれば、病気の診断や医薬品の開発に有利に使用することのできる生体分子検出手段を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下に、本発明の好ましい実施の形態について説明するが、これは本発明の実施の典型的な形態を例示するものであって、本発明がこれらの形態に限定されることを意味するものではない。
【0012】
本発明の好ましい態様においては、例えば、試料中に存在する標的生体分子が検出され、定量される。ここで、試料とは、検出対象となる標的生体分子を含む任意の液体を包含し、典型的には人や動物の体液、例えば、血液、尿、汗、唾液その他の液体である。これらの液体は、そのままで使用してもよく、あるいは適当な溶媒で希釈しもしくは精製して使用してもよい。また、標的生体分子は、試料に基づき多岐に及ぶけれども、典型的には蛋白質、糖質、脂質、核酸等を例示することができる。
【0013】
生体分子検出体の結合部は、例えば、検出対象となる生体分子すなわち標的生体分子を認識することのできる分子プローブからなる。例えば、標的生体分子が蛋白質であれば、その抗体もしくは人工抗体からなるのがよい。より具体的にはポリクロナール抗体、モノクロナール抗体、それらの抗体フラグメント、核酸により構成されるアプタマー、そのアプタマー誘導体などが挙げられる。
【0014】
生体分子検出体の検出部は、例えば、光が照射されたときに発光する電荷分離原子団または発光色素団からなる。電荷分離原子団の例としては、極性溶媒中での励起分子と電子供与体または受容体の複合体が挙げられる。また、発光色素団の例としては、蛍光色素、例えば、Cy3誘導体 (indocarbocyanine 3-1-O-(2-cyanoethyl)-N,N-diisopropyl derivative)が挙げられる。
【0015】
生体分子検出体の分子鎖は、例えば、ヌクレオチド鎖(以下ナノワイヤと呼ぶ)からなる。かかるヌクレオチドナノワイヤは、オリゴヌクレオチド鎖およびポリヌクレオチド鎖を包含する。この分子鎖は、第一導電性部材に対して物理的または化学的結合により一時的に固定されている。この分子鎖の上記検出部に結合している末端とは反対側の末端は、第一導電性部材とのかかる固定化をもたらすために、例えば、−SH基、−OH基、−COOH基、−NH2基、もしくは末端にこれらを含む基、または−S−S−結合を含む基により化学的に修飾されていてもよい。
【0016】
また、第一導電性部材の材料としては、例えば、金、銀、白金またはアルミニウムを挙げることができる。
【0017】
また、本発明においては、生体分子検出体の検出部による発光の検出によって、発光強度の時間変化率を求めるのが好ましい。
【0018】
次に、本発明における標的生体分子の検出の方法およびその操作についてさらに具体的に説明する。
【0019】
本発明に従い、先ず、生体分子検出体を第一導電性部材に一時的に固定させておき、次いでこれを検出対象である生体分子を含む試料液中に浸漬する。次に、この第一導電性部材と試料液中に挿入された第二導電性部材との間に正または負の電圧を印加し、これにより、反応容器内において、生体分子検出体を第一導電性部材から遊離させて試料液中に生体分子検出体を放出させる。反応容器内に標的生体分子が存在しない場合、分子量の小さい (約数百) 生体分子検出体は、第一導電性部材から遊離後、試料液中に速やかに拡散し、極めて短時間内に発光検出のための観測視野から外れるために、その発光強度の時間変化率は急激である。一方、標的生体分子が反応容器内に存在する場合、第一導電性部材から遊離後に分子量の大きい (約数千〜数十万) 標的生体分子と結合した生体分子検出体は、試料液中にゆっくりと拡散するために、発光検出のための観測視野内に比較的長時間留まり、発光強度の時間変化率は緩やかになる。すなわち、試料液中の標的生体分子の濃度が高ければ高いほど、発光強度の時間変化率は緩やかになる。
【0020】
ここで、導電性部材間への電圧印加終了から数十秒経過すると、観測視野に留まっているのは、標的生体分子が結合した生体分子検出体が主成分となる(未結合生体分子検出体は、拡散により観測視野から外れていくため)。この時点をt=0として、発光強度の時間変化率I(t)を指数関数で外挿する。外挿により求めた係数と標的生体分子の濃度とは、対数比例の関係にあり、標的生体分子の濃度を決定することができる。
【0021】
よって、本発明に従い、導電性部材間に印加される電圧に同期して生体分子検出体を発光検出のための観測視野内に放出させ、拡散させることで、標的生体分子と生体分子検出体との反応が平衡に達していなくても、発光強度の時間減衰の外挿から標的生体分子の濃度決定をほぼリアルタイムで実現することができる。
【0022】
また、本発明に従い、導電性部材間に印加される電圧に同期して生体分子検出体を液相中に放出させることで、生体分子検出体と標的生体分子とを液相中ですばやく結合させることにより、ほぼリアルタイムに標的生体分子の濃度測定を行うができる。
【0023】
また、本発明に従い、導電性部材間に印加される電圧に同期して生体分子検出体を発光検出のための観測視野内に放出させ、拡散させることで、標的生体分子と結合した生体分子検出体と未結合の生体分子検出体とを精製、分離することなく、発光強度の時間減衰の外挿から標的生体分子の濃度決定を行うことができる。
【0024】
さらに、本発明に従い、正または負に帯電した分子鎖で構成される生体分子検出体が放出される初速度と放出量とを決定する要因である、第一導電性部材と生体分子検出体との固定に用いる緩衝溶液の濃度と塩濃度、生体分子検出体を放出させるために第一導電性部材に印加する電位とその時間を制御することにより、極微量標的生体分子の濃度を連続して決定することができる。
【実施例】
【0025】
次に、本発明の実施例についてさらに説明する。
【0026】
1.生体分子検出体の構成
図1は、生体分子検出体の構成の一例を示す模式図である。生体分子検出体は、12個のヌクレオチドから構成され、その長さは約10nm、分子量は数百であり、かつ、負に強く帯電した分子鎖(以下ナノワイヤと呼ぶ)を含む。アビジン(標的生体分子)(分子量は1.6万)と強固な複合体を形成できるように、ナノワイヤの5’末端に分子プローブであるビオチン(結合部)を結合させ、生体分子検出体の拡散を可視化するために蛍光色素Cy3誘導体(検出部)を修飾させた。蛍光色素Cy3誘導体は、波長500nm付近の光で励起すると、波長550nm近傍の光を発光する性質を有する。また、金薄膜からなる電極(第一導電性部材)の表面にナノワイヤを強く固定させるために、3’末端にジチオ結合を含む基を修飾させて、下記式で示される構成とした。このようにして金電極に固定化されたナノワイヤを含む生体分子検出体は、緩衝溶液中に浸漬されている。
【0027】
【化1】

【0028】
(ここで、RはCy3−pTpApGpTpCpGpGpApApGpCpAを表す)
2.金電極の構成
ナノワイヤを固定する金電極は、サファイヤ基板上に小径の円形の金薄膜を4個ずつ近接させた形で合計16個成膜して構成されている。金薄膜とサファイヤ基板との間の密着層として白金プラチナシリサイドを用いた。また、ナノワイヤの固定に適した金の結晶面を(1,1,1)に揃えるために、直下の下地としてPt(1,1,1)を成膜した。
【0029】
3.洗浄
ヌクレオチドナノワイヤを固定化させた後、金電極の洗浄を10〜20回繰り返して金電極に固定化されてないナノワイヤを除去した。
【0030】
4.固定化された生体分子検出体の放出
緩衝溶液に浸漬された金電極に電圧を印加するためには、電圧印加装置と電位をモニターするための参照電極(第二導電性部材)が必要となる。図2に示すように、ナノワイヤが固定化された金電極に負の電位を印加すると、ナノワイヤと金電極との結合が解除されて、生体分子検出体を緩衝溶液中に放出させることができる。これは、負に強く帯電しているナノワイヤが静電反発により液相中に放出されるからであると考えられる。印加する電位が負に大きければ大きいほど、生体分子検出体の放出初速度は大きくなる。また、印加時間が長ければ長いほど、放出される生体分子検出体の量は多くなる。従って、印加する電位と時間とを制御することにより、後述するように、液相に放出される生体分子検出体の放出初速度と量とを最適化することができる。
【0031】
また、ナノワイヤを修飾している蛍光色素Cy3誘導体からの発光を観測することにより、生体分子検出体の放出と拡散の状態を可視化 (観測) することができる。
【0032】
5.固定化された生体分子検出体の放出に適した結合条件
本発明に係る生体分子検出デバイスにおいては、限定された観測視野で蛍光強度の時間変化率を観測することにより、標的生体分子の濃度の計測を実現するものである。すなわち、図3に示すように、液相中に標的生体分子が存在しない場合、分子量の小さい (約数百) 生体分子検出体は速やかに拡散して蛍光検出のための観測視野から外れるために、その発光強度の時間変化率は急激である。一方、液相中に標的生体分子が存在する場合には、分子量の大きい (約数千〜数十万) 標的生体分子と結合した生体分子検出体は、ゆっくりと拡散するために、蛍光検出のための観測視野に長時間留まり、発光強度の時間変化率は緩やかになる。
【0033】
蛍光強度の時間変化率の半減期は、感度と計測時間に影響を与える。計測時間の観点からは、半減期が短ければ短いほど、計測の短時間化を実現することができる。しかし、感度の観点からは、標的生体分子が結合した生体分子検出体の拡散速度と未結合の生体分子検出体の拡散速度との差が蛍光強度の時間変化率の差として捉えられるように、蛍光強度の時間変化率の半減期を最適化する必要がある。
【0034】
未端が−SH基または−S−S−結合を含む基により化学的に修飾されたヌクレオチド鎖を金電極に固定させる際には、一般には、高塩濃度の緩衝溶液(例えば、数千mM)が用いられる。これは、緩衝溶液中の正電荷(Na+)がナノワイヤの負電荷を中和することにより静電反発が減少され、金電極への固定化が促進されるためである。高塩濃度の緩衝溶液中で結合されたナノワイヤの時間変化率の半減期は、数分と長く、液相中の標的生体分子の有無を蛍光強度の時間変化率から区別することができない。
【0035】
本発明においては、結合時の塩濃度を低下させると、蛍光強度の減衰率の半減期が短くなる現象が見出された。これは、ナノワイヤの負電荷が緩衝溶液中の正電荷により中和されておらず、電極に印加される負電圧との静電反発が大きいためであると考えられる。数十〜数mMの緩衝溶液を用いてナノワイヤを固定させ、数百mVの負電圧を数秒間印加したときに、図4に示すように、最大感度に到達し、約aMの標的生体分子の有無を区別することができた。
【0036】
6.短時間計測の実現
極低濃度の標的生体分子の検出に用いられるELISA法では、測定に数時間を必要とする。その理由は、1)固相−液相間で標的生体分子とその分子プローブ(例えば、抗体、抗体の誘導体、核酸により構成されるアプタマー、そのアプタマー誘導体などの分子プローブ)とを反応させるものであるために結合反応が遅く、2)定量性を確保するために、標的生体分子とその分子プローブの結合反応が化学平衡に達する時間を待つ必要があり、3)測定感度向上のために、標的生体分子とその分子プローブを多段で反応させるために手間と時間がかかり、4)標的生体分子が結合した分子プローブと未反応の分子プローブとを分離してから検出するからであると考えられる。一方、本発明においては、1)生体分子結合体と標的生体分子とを液相で反応させるので、各反応体が相互に出会う確率が大きく、結合反応が早く進行し、2)標的生体分子とその分子プローブの結合反応が非化学平衡状態であっても、定量性を確保でき、3)標的生体分子とその分子プローブを一段で反応させてもELISA以上に高感度であり、手間が省かれ、かつ、時間も短縮され、4)標的生体分子が結合した生体分子検出体と未結合の生体分子検出体とを分離することなく、標的生体分子の濃度を計測できるために、ほぼリアルタイムで測定(10秒/測定)を実現することが可能であった。
【0037】
7.標的生体分子の濃度決定
図5に示す発光強度測定装置を用いて、蛍光強度の時間変化率と標的生体分子濃度の関係を調べた。その結果を図6に示す。図5に示す装置においては、励起光源用光ファイバーからのアルゴンレーザ光が照射されている領域と検出用光ファイバーが受光できる領域とが相互に重なり合った領域が発光検出のための観測視野となる。よって、この領域(観測視野)内に拡散する、標的生体分子が結合した生体分子検出体と未結合の生体分子検出体の拡散速度の差が、蛍光強度の時間変化率で測定されるものである。
【0038】
図6において、左下のグラフに標的生体分子の濃度の増大による蛍光強度の減衰率変化を示し、右上のグラフに測定開始から50秒後における蛍光強度 (縦軸) と標的生体分子濃度 (横軸:対数表示) を示す。電圧印加の終了時点 (図6左下のグラフの35秒の時点) をt=0として、発光強度の時間変化率I(t)を指数関数で外挿することにより、液相の標的生体分子の濃度を決定することができる。例えば、 I(t) = a + b × exp (-c
× t) で外挿すると、係数aまたはbと標的生体分子が対数比例の関係にある。
【0039】
図6からわかるように、Sub fM〜sub nMオーダの6桁に渡り、濃度と蛍光強度の間で対数比例関係が見出された。これは、発光検出のための限定された観測視野内で生体分子検出体と標的生体分子が複合体を形成し、生体分子検出体の拡散速度が大幅に低下して、観測視野内により長く留まるためであると推測される。この対数比例関係は、標的生体分子の添加後、3分程度の短い(複合体の形成反応が平衡に至っていない)時間であっても成り立つ。このように複合体形成反応の平衡化を待たずに極低濃度の標的生体分子を定量できたのは、電極から放出される生体分子検出体により、複合体形成反応の非平衡性が著しく強調された系を測定できているからであると考えられる。
【0040】
生体分子結合体と結合する標的生体分子の分子量が小さければ小さい程、観測視野が金電極により近い位置で、かつ、その立体角が小さいほど発光強度の時間変化率が最大となる。従って、標的生体分子の分子量に応じて検出感度が最大となるように観測視野と金電極との距離を制御する必要がある。この距離を制御する際に、観測視野の立体角の大きさが変化すると、液相に含まれる標的生体分子の濃度が同じであっても、外挿した関数の係数値が変化する。距離を最適化するために、キャリブレーションを毎回行う必要が生じ、ほぼリアルタイムな計測を実現することは困難となる。
【0041】
図7に示す光学系を用いた発光強度測定装置は、光照射部と検出部は対物レンズを共有しており、試料溶液の光照射領域と検出領域の立体角の重なり (観測視野) を変化させることなく、金電極からの距離を自在に変えられる測定装置であり、本発明のデバイスおよび方法を実現するために極めて有効な光学系である。
【0042】
図8は、キャピラリー電気泳動を利用して発光強度測定を行う装置の模式図である。図9は、この装置の測定部分を拡大して示す模式図である。図8に示す微細流路に試料溶液を導入し、検出部を通過させる。この検出部において、試料溶液がガラス基板上の金薄膜の上を通過する間に、このガラス基板から入射される光をフォトダイオードにより測定することにより、試料溶液中に含まれる標的生体分子の検出並びに定量を短時間で行うことが可能になる。
【0043】
以上に説明した本発明の生体分子検出デバイスおよび生体分子検出方法は、以下に付記する様々な態様として示すことができる。
【0044】
(付記1) 標的生体分子に対して特異的に結合する性質を持たせた結合部と、この結合部に標的生体分子が結合したことを検出するための検出部を含む分子鎖から構成される生体分子検出体と、この生体分子検出体を一時的に固定させる第一導電性部材と、第一導電性部材との間に電圧を印加することにより一時的に固定された生体分子検出体を第一導電性部材から遊離させる第二導電性部材と、これらの導電性部材間に標的生体分子を含む試料液を保持し、第一導電性部材から遊離された生体分子検出体の結合部を標的生体分子に結合させるための反応容器と、生体分子検出体の検出部に光を照射するための光照射部と、およびこの検出部の発光を検出するための検出部とを含む生体分子検出デバイス。
【0045】
(付記2) 標的生体分子が蛋白質、糖質、脂質または核酸からなる、付記1に記載の生体分子検出デバイス。
【0046】
(付記3) 生体分子検出体の結合部が分子プローブからなる、付記1または2に記載の生体分子検出デバイス。
【0047】
(付記4) 標的生体分子が蛋白質であり、分子プローブが抗体または人工抗体から、付記1〜3のいずれかに記載の生体分子検出デバイス。
【0048】
(付記5) 生体分子検出体の検出部が電荷分離原子団または発光色素団からなる、付記1〜4のいずれかに記載の生体分子検出デバイス。
【0049】
(付記6) 電荷分離原子団が極性溶媒中での励起分子と電子供与体または受容体の複合体からなる、付記5に記載の生体分子検出デバイス。
【0050】
(付記7) 発光色素団が蛍光色素からなる、付記5に記載の生体分子検出デバイス。
【0051】
(付記8) 生体分子検出体の分子鎖がヌクレオチドナノワイヤからなる、付記1〜7のいずれかに記載の生体分子検出デバイス。
【0052】
(付記9) ヌクレオチドナノワイヤがオリゴヌクレオチド鎖またはポリヌクレオチド鎖である、付記8に記載の生体分子検出デバイス。
【0053】
(付記10) 第一導電性部材が金、銀、白金またはアルミニウムからなる、付記1〜9のいずれかに記載の生体分子検出デバイス。
【0054】
(付記11) 生体分子検出体が第一導電性部材に対して物理的または化学的に固定される、付記1〜10のいずれかに記載の生体分子検出デバイス。
【0055】
(付記12) 生体分子検出体の分子鎖が−SH基、−OH基、−COOH基、−NH2基、もしくは末端にこれらを含む基、または−S−S−結合を含む基により化学的に修飾されている、付記11に記載の生体分子検出デバイス。
【0056】
(付記13) 標的生体分子に対して特異的に結合する性質を持たせた結合部と、この結合部に標的生体分子が結合したことを検出するための検出部を含む分子鎖から構成される生体分子検出体を第一導電性部材上に一時的に固定させ、この第一導電性部材を標的生体分子が含まれる試料液中に浸漬し、第一導電性部材と試料液中に挿入された第二導電性部材との間に電圧を印加して一時的に固定された生体分子検出体を第一導電性部材から遊離させ、遊離された生体分子検出体の結合部を標的生体分子に結合させ、生体分子検出体の検出部に光を照射し、この検出部の発光を検出することを含む生体分子の検出方法。
【0057】
(付記14) 標的生体分子が蛋白質、糖質、脂質または核酸からなる、付記13に記載の生体分子検出方法。
【0058】
(付記15) 生体分子検出体の結合部が分子プローブからなる、付記13または14に記載の生体分子検出方法。
【0059】
(付記16) 標的生体分子が蛋白質であり、分子プローブが抗体または人工抗体から、付記13〜15のいずれかに記載の生体分子検出方法。
【0060】
(付記17) 生体分子検出体の検出部が電荷分離原子団または発光色素団からなる、付記13〜16のいずれかに記載の生体分子検出方法。
【0061】
(付記18) 電荷分離原子団が極性溶媒中での励起分子と電子供与体または受容体の複合体からなる、付記17に記載の生体分子検出方法。
【0062】
(付記19) 発光色素団が蛍光色素からなる、付記17に記載の生体分子検出方法。
【0063】
(付記20) 生体分子検出体の分子鎖がヌクレオチドナノワイヤからなる、付記13〜19のいずれかに記載の生体分子検出方法。
【0064】
(付記21) ヌクレオチドナノワイヤがオリゴヌクレオチド鎖またはポリヌクレオチド鎖である、付記20に記載の生体分子検出方法。
【0065】
(付記22) 第一導電性部材が金、銀、白金またはアルミニウムからなる、付記13〜21のいずれかに記載の生体分子検出方法。
【0066】
(付記23) 生体分子検出体が第一導電性部材に対して物理的または化学的に固定される、付記13〜22のいずれかに記載の生体分子検出方法。
【0067】
(付記24) 生体分子検出体の分子鎖が−SH基、−OH基、−COOH基、−NH2基、もしくは末端にこれらを含む基、または−S−S−結合を含む基により化学的に修飾されている、付記23に記載の生体分子検出方法。
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明は、試料中に存在する蛋白質、糖質、脂質、核酸等の標的生体分子の簡便で信頼性の高い検出並びに定量を、短時間内にほぼリアルタイムで行うことが可能にし、病気の検査や医薬品の開発に有利に使用することができるので、産業上極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】生体分子検出体の構成の一例を示す模式図である。
【図2】電圧印加により放出される生体分子検出体の概念図である。
【図3】標的生体分子の結合の有無による生体分子検出体の拡散速度の差を示す概念図である。
【図4】標的生体分子の結合の有無による生体分子検出体の発光強度の減衰率の差を示す概念図である。
【図5】発光強度測定方法の一例を説明するための模式図である。
【図6】本発明の実施例で測定された蛍光強度の時間変化率と標的生体分子濃度の関係を示す図である。
【図7】発光強度測定方法の他の例を説明するための模式図である。
【図8】発光強度測定方法の他の例を説明するための模式図である。
【図9】図8に示す装置の測定部分の模式拡大図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
標的生体分子に対して特異的に結合する性質を持たせた結合部と、この結合部に標的生体分子が結合したことを検出するための検出部を含む分子鎖から構成される生体分子検出体と、この生体分子検出体を一時的に固定させる第一導電性部材と、第一導電性部材との間に電圧を印加することにより一時的に固定された生体分子検出体を第一導電性部材から遊離させる第二導電性部材と、これらの導電性部材間に標的生体分子を含む試料液を保持し、第一導電性部材から遊離された生体分子検出体の結合部を標的生体分子と結合させるための反応容器と、生体分子検出体の検出部に光を照射するための光照射部と、およびこの検出部の発光を検出するための検出部とを含む生体分子検出デバイス。
【請求項2】
標的生体分子が蛋白質、糖質、脂質または核酸からなる、請求項1に記載の生体分子検出デバイス。
【請求項3】
生体分子検出体の結合部が、抗体、抗体の誘導体、核酸により構成されるアプタマー、そのアプタマー誘導体などの分子プローブからなる、請求項1または2に記載の生体分子検出デバイス。
【請求項4】
生体分子検出体の検出部が電荷分離原子団または発光色素団からなる、請求項1〜3のいずれかに記載の生体分子検出デバイス。
【請求項5】
標的生体分子に対して特異的に結合する性質を持たせた結合部と、この結合部に標的生体分子が結合したことを検出するための検出部を含む分子鎖で構成される生体分子検出体を第一導電性部材上に一時的に固定させ、この第一導電性部材を標的生体分子が含まれる試料液中に浸漬し、第一導電性部材と試料液中に挿入された第二導電性部材との間に電圧を印加して一時的に固定された生体分子検出体を第一導電性部材から遊離させ、遊離された生体分子検出体の結合部を標的生体分子と結合させ、生体分子検出体の検出部に光を照射し、この検出部の発光を検出することを含む生体分子の検出方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate


【公開番号】特開2006−84456(P2006−84456A)
【公開日】平成18年3月30日(2006.3.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−62481(P2005−62481)
【出願日】平成17年3月7日(2005.3.7)
【出願人】(000005223)富士通株式会社 (25,993)
【Fターム(参考)】