説明

生体組織マトリックスへの細胞播種方法

【課題】
同種または異種生体組織を脱細胞して得たスキャフォールドを再細胞化するため、スキャフォールドに細胞を播種する方法を提供する。
【解決手段】
脱細胞した生体組織片へ細胞を播種する方法であって、播種すべき細胞が内腔に充填された生分解性中空糸を前記生体組織片に埋め込み、該細胞片内部で中空糸内腔に充填した細胞の放出を許容することを特徴とする細胞播種方法。同じ方法は欠損した組織の再生を目的とするインビボ再生治療にも有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は組織エンジニアリング、特に再生医療において移植される生体組織片へ細胞を播種する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の再生医療技術の発展により、細胞移植による再生治療が始まっている。血管や心筋等の再生では、注射器やカテーテル針を用いて生体組織内へ直接細胞を注入する方法が取られている。欠損した組織の再生では、細胞移植のための足場材料(スキャフォールド)に細胞を組み込み、これを移植する方法が取られる。人工物、例えば生分解性もしくは生体吸収性高分子材料から作成されたスキャフォールドはスポンジ様のマトリックスであり、含浸等によって細胞を直接マトリックス内に組み込むのは容易である。
【0003】
人工物スキャフォールドに代って、ヒトドナーまたは哺乳類動物から採取した生体組織から細胞成分を取り去り、残存する結合組織に細胞を注入し、組織片内で細胞を増殖させて患者に移植する再生医療技術が注目されている。移植すべき細胞として患者の自家細胞を使用すれば、患者の免疫拒絶反応を回避することができるのみならず、患者による移植組織の自己組織化が促進されるからである。この場合細胞の増殖は組織片表面のみでなく、内部を含む全体で行われることが望ましい。ところが生体組織は人工物スキャフォールドのように開放セル構造を持たず、緻密であるため組織内に細胞を組み込み、増殖させることは困難であった。従って脱細胞した生体組織片へ細胞を播種するための方法の開発が望まれる。
【発明の開示】
【0004】
本発明は、脱細胞した生体組織片へ細胞を播種する方法を提供する。この方法は生分解性中空糸を用い、播種すべき細胞を生分解性中空糸の内腔へ充填し、これを組織片へ埋め込み、組織内部で細胞が中空糸内腔から放出されることを許容することを含む。
【0005】
組織片内部で細胞の放出を許容するため、中空糸の壁を開放セル構造の多孔質とし、細胞が通過できる多数の孔を設けるか、または中空糸を前記組織片中で数日間で分解する速生分解性高分子で作ることが好ましい。細胞は、生分解性のゾルまたはゲルに包接して中空糸の内腔に充填するのが好ましい。
【0006】
本発明は、本発明の細胞播種方法に使用する細胞を充填した中空糸にも関する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
生分解性多孔質中空糸の製造およびそのスキャフォールドとしての使用は公知である。特開2003−328229号公報は、同心二重円筒断面を有する中空糸紡糸ノズルを用いて湿式紡糸して得た膜厚5〜20μm、外径50〜500μmのポリ乳酸中空糸を製造する方法を開示している。
【0008】
しかしながらこれら中空糸のスキャフォールドとしての用い方は、中空糸の外壁へ細胞を付着させ、中空内部は酸素や栄養分の輸送経路として使用し、中空糸外壁で細胞の増殖を行うものである。
【0009】
これと対照的に、本発明においては中空糸の内腔へ細胞を充填し、これを組織へ埋め込んだ後、中空糸壁の開放セル構造のポアを通って遊走することによって細胞がスキャフォールド組織内に移動し、そこで増殖してスキャフォールド組織が再細胞化される。また細胞を充填した中空糸を直接患者へ埋め込んだ場合、細胞が周囲組織内へ遊走して周囲組織の修復に寄与する。このため生分解性中空糸壁は、細胞が通過できる寸法の開放孔を持たなければならない。そのようなポア寸法を有する多孔質中空糸は、例えばポリ乳酸などの生分解性高分子の溶液よりなる紡糸原液(ドープ)へ例えばデンプンを混合して紡糸し、その後デンプンを熱水で浸出または酵素分解して除去し、多孔質壁とする方法によって作ることができる。デンプンの代りに食塩、塩化カリウム、炭酸水素ナトリウムなどの水溶性塩の粒子を有機溶媒に溶かした生分解性高分子の溶液へ分散し、紡糸後水で浸出することによって多孔質中空糸を製造することもできる。ポアの寸法は紡糸原液へ懸濁させる粒子の寸法によって調節することができ、また粒子の生分解性高分子に対する固形分比率を調節することによって中空糸壁のポロシティ(空隙率)を調節することができる。
【0010】
生体適合性であり、生分解性である高分子材料はこの分野で良く知られている。典型的な生分解性材料は、ポリ乳酸(PLA)、ポリグリコール酸(PGA)、両者の共重合体(PLGA)である。ポリ−ε−カプロラクトンのようなポリエステルおよびポリグルタミン酸のようなポリアミノ酸およびデンプンおよびその部分加水分解物のような多糖類なども生分解性である。PLAおよびPLGAが好ましい。
【0011】
細胞が通過できる寸法の細孔を有する多孔質中空糸が好ましいけれども、例えば中空糸の壁厚を薄くすることによって強度を低くし、細胞を充填した中空糸をスキャフォールド組織へ埋め込んだ後、機械的衝撃によって中空糸壁を破り、細胞を組織内へ放出させることもできる。
【0012】
さらなる別の方法として、中空糸の材料に速生分解性高分子を使用することである。速生分解性とは、生体組織へ埋め込んだ後数時間、遅くとも数日間で分解し、充填した細胞が組織内へ放出されることを意味する。速生分解性は、中空糸壁の薄肉化、低分子量のPLA,PLGAなどの生分解性高分子の使用、埋め込み直前にエステラーゼ酵素による中空糸の含浸などによって実現可能である。
【0013】
埋め込んだ中空糸カプセルから細胞のスキャフォールド組織内での放出(レリーズ)を容易化するための上で述べた方法を組合わせて用いることもできる。
【0014】
中空糸の内腔へ細胞を充填する場合、細胞を生分解性ゾルまたはゲルで包接して充填するのが好ましい。これらは水分を閉じ込め、水分と共に細胞の流出、漏れを防止する。水溶性の生体適合性、生分解性高分子のゾルまたはゲルが好ましい。使用可能な水溶性高分子材料は、例えば米国特許No.5,709,854に開示されている。細胞の充填は埋め込みに適した長さにあらかじめカットした中空糸に対して行うこともできるが、連続した長さの中空糸にあらかじめ細胞を充填し、その後所定長さに切断して埋め込むこともできる。後者の場合、中空糸の切断と同時に切断した中空糸壁端部をヒートシールすることが好ましい。この作業は小型のヒートシーラーを用いて実施することができる。
【0015】
スキャフォールド組織へ播種される細胞はその組織が移植される部位および再細胞化の目的に依存する。例えば心臓弁や血管として移植に用いる場合、内皮細胞である。目的に応じて線維芽細胞、筋肉細胞および他の多種類の細胞を選ぶことができる。細胞は移植片受領者の自家細胞が最も好ましいが、同種細胞でもよい。
【0016】
これまで議論した本発明の細胞播種方法に使用する細胞充填中空糸(以後「細胞カプセル」という。)は、スキャフォールドではなく患者の血管や心筋へ埋め込み、これら生体組織を再生するインビボ再生治療にも有用である。この場合、これまでは注射器やカテーテル針(カニューレ)を用いて細胞の懸濁液を組織へ直接注入していたが、中空糸カプセルを注入することにより一度に多数の細胞を注入することができるので効率的である。
【0017】
中空糸カプセルのスキャフォールドまたは生体組織への埋め込みは注射針によって行うことができる。例えば注射針ルーメンへ中空糸カプセルを挿入し、シリンジを取付け、所定深さまで注射針を刺通し、シリンジ内の液体によって中空糸カプセルへ背圧を加えながら注射針を引抜き、中空糸カプセルを所定位置に残すことができる。
【実施例】
【0018】
以下に限定を意図しない実施例によって本発明を例証する。
1.材料
外径約500μm、膜厚約50μm、膜の空隙率50%を有するPLA中空糸を用意する。
図1はこの中空糸の拡大写真である。
2.細胞の充填
中空糸を大ゲージ注射針に差し入れ、血管内皮細胞の分散液を充填したシリンジに連結し、細胞分散液を中空糸内に圧入する。これを小型ヒートシーラーを用いて長さ0.5cmに溶断する。
3.スキャフォールド組織への埋め込み
あらかじめ細胞成分を除去したミニブタ心筋組織を用意する。この組織へ、上の中空糸を収めた注射針を刺通し、背圧を加えながら注射針を引抜き、中空糸を組織内へ埋め込んだ。
図2はこの操作の模式図であり、図3は細胞含有中空糸を埋め込んだ心筋組織の拡大断面写真である。
4.スキャフォールド組織内での細胞の放出および増殖
細胞含有中空糸を埋め込んだ上の組織を5%CO雰囲気内で37℃において24時間インキュベートし、埋め込んで周囲の組織を染色し、光学顕微鏡により観察した。図4の写真に見られるように、染色された細胞核の存在が観察され、組織への細胞の定着を示している。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】多孔質中空糸の拡大写真。
【図2】細胞含有中空糸の組織への埋め込み操作を示す模式図。
【図3】細胞含有中空糸を埋め込んだ組織の拡大写真。
【図4】本発明方法によって細胞が播種された組織の拡大写真。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
脱細胞した生体組織片へ細胞を播種する方法であって、播種すべき細胞が内腔に充填された生分解性中空糸を前記生体組織片に埋め込み、該組織片内部で中空糸内腔に充填した細胞の放出を許容することを特徴とする細胞播種方法。
【請求項2】
前記組織片内での細胞の放出を容易化するため、前記中空糸の壁は細胞が通過できる寸法の多数の開放セルを含んでいる請求項1の方法。
【請求項3】
前記組織片内での細胞の放出を容易化するため、前記中空糸は前記組織片へ埋め込み後生体内で数日間までに分解する速生分解性高分子から作られている請求項1の方法。
【請求項4】
播種すべき細胞は、生分解性ゾルまたはゲルに包接された形で中空糸内腔に充填される請求項1ないし3のいずれかの方法。
【請求項5】
細胞を充填した中空糸の前記生体組織片への埋め込みは、注射針によって行われる請求項1ないし4のいずれかの方法。
【請求項6】
前記生体組織片は、同種または哺乳類動物から採取した異種生体組織片である請求項1ないし5のいずれかの方法。
【請求項7】
播種すべき細胞は、生体組織片が移植される患者の同種細胞または自家細胞である請求項6の方法。
【請求項8】
再生医療において細胞移植に用いるための細胞カプセルであって、カプセルを埋め込んだ後生体内で細胞の放出を許容する態様で細胞が生分解性中空糸の内腔に充填されている細胞カプセル。
【請求項9】
前記中空糸の壁は細胞の通過を許容する寸法の多数の開放セルを含んでいる請求項8の細胞カプセル。
【請求項10】
前記中空糸は、生体内で数日間までに分解する速分解性高分子から作られている請求項8の細胞カプセル。
【請求項11】
充填される細胞は、生分解性ゾルまたはゲルに包接されている請求項8ないし10のいずれかの細胞カプセル。
【請求項12】
細胞は、細胞カプセルが埋め込まれる患者の同種細胞または自家細胞である請求項8ないし11のいずれかの細胞カプセル。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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