説明

生体組織抽出物保持基板

【課題】生体組織抽出物のうち、ポリペプチドなどの測定対象物を保持し、測定対象物のイオン化を阻害する要因である生体組織中の塩や低分子量の脂質などを効率的に除去することのできる生体組織抽出物保持基板の提供を課題とする。
【解決手段】本発明の生体組織抽出物保持基板は、平均孔径が5nm以上100nm未満の細孔を有し、厚さが1μm未満である第1層と、平均孔径が0.1μm以上1μm以下の細孔を有し、厚さが0.5mm以上である第2層を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は生体組織抽出物保持基板に関し、さらには、生体組織抽出物保持基板を用いて、生体組織抽出物を質量分析装置で分析する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年生体の機能を分子のレベルで説明する分子生物学の進歩が著しい。特にポストゲノム研究としてのプロテオミクスは、医療や健康の面において人間の生活をより豊かなものにするための非常に有望な技術領域であるといえる。
【0003】
このような研究においては、タンパク質やペプチド、あるいは酵素等で断片化されたペプチド(以後、ポリペプチドと総称)を高感度かつ高精度で分析するための解析手段が必須である。特に最近ではある種の疾病と特定のポリペプチドが密接な関連性を有していることが次々に発見されており、今後の診療や治療への適用が期待されている。例えば、ある種の疾患細胞にはマーカータンパクと呼ばれる特異なポリペプチドが選択的に発現していることが知られており、このようなマーカータンパクを高感度で検出することは、疾患の早期発見にも繋がる重要性の高い技術である。
【0004】
生体組織中に発現しているポリペプチドの高感度、高信頼性の測定方法として、質量分析法がある。これは生体組織中のポリペプチドをレーザー等で脱離イオン化させ、例えば飛行時間型の質量分析装置でその脱離イオンの質量を測定することで、生体組織中に含まれているポリペプチドを同定する分析法である。
【0005】
ポリペプチドは一般に分子量の大きな高分子であり、通常の質量分析では直接測定することが難しい。この問題を解決するために、マトリクス支援質量分析法(MALDI−MS)や表面支援質量分析法(SALDI−MS)等が提案されている。前記手法はポリペプチドのような大きな分子が分解されてフラグメンテーションを起こすのを防ぎ、そのままの状態で質量分析を行うことを可能にする。このような手法によりプロテオーム解析における質量分析の地位は確固たる物になっている。
【0006】
一方、癌腫瘍組織などに発現しているタンパク質を、細胞レベルで網羅的に可視化する新しい分析手法の出現が期待されている。本発明者らはこれまでに、高い空間分解能が得られる飛行時間型質量分析計(TOF−SIMS)を基本とし、例えば、生体組織切片の表層を消化酵素で分解し、生成したペプチド断片の二次元分布を計測する方法や、SIMSに特異的な増感物質を用いて微量な生体関連物質を検出する方法などを提案してきた。
【0007】
これまでに、基板上に生体組織を接触することで、基板上に成分の一部を保持させ、保持された成分を分析する方法が開示されている。組織中の成分が組織上の位置を保って基板上に保持されるので、この方法を用いれば組織中でのポリペプチドの二次元分布に関する知見を得ることが可能である。特許文献1では2層構造の多孔質基板上に生体組織中の成分を転写する技術が開示されている。特許文献2では、異なる化学修飾を行った複数の検出部位を持った基板に生体組織を接触させて、化学的な相互作用から特異的に吸着する生体組織中成分の測定を行う技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2007−143551号公報
【特許文献2】特開2007−093608号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
生体組織抽出物のうち、ポリペプチドなどの測定対象物を保持し、測定対象物のイオン化を阻害する要因である生体組織中の塩や低分子量の脂質などを効率的に除去することのできる生体組織抽出物保持基板の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明により提供される生体組織抽出物保持基板は、第1の層及び第2の層からなり、第1の層は第2の層に積層され、第1の層は平均孔径が5nm以上100nm未満の第1の細孔を有し、厚さが1μm未満であり、第2の層は平均孔径が0.1μm以上1μm以下の第2の細孔を有し、厚さが0.5mm以上であり、第1の細孔と第2の細孔が貫通していることを特徴とする。
【0011】
また、本発明により提供される生体組織抽出物分析法は、前記生体組織抽出物保持基板を用い、第1の層に接するように生体組織を積層する工程、前記生体組織を生体組織処理溶液で処理する工程、第2の層側からの吸引、遠心分離、もしくは、前記生体組織側から加圧することにより生体組織抽出物を基板に保持させる工程、保持された生体組織抽出物を質量分析装置で分析する工程、を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明の生体組織抽出物保持基板は基板を貫通する細孔を有することで、吸引等により、生体組織抽出物を効率よく基板上に保持することができる。本発明の生体組織抽出物保持基板は、生体組織抽出物と接する層である第1層に孔径5nm以上100nm未満の第1の細孔を有するため、ポリペプチドまたは高分子の脂質は第1の細孔を通過できず表面に残り、小さい共雑物は第1の細孔を透過して除去される。これにより測定対象物のイオン化を阻害する要因である生体組織中の塩や低分子量の脂質などの共雑物を除くことが出来、質量分析の際、共雑物を除かない場合と比較して、生体組織抽出物の測定対象物の検出イオン強度が増大する。
【0013】
従来、100nm未満の孔径の細孔を有する基板を生体組織抽出物保持基板として用いると、吸引に要する圧力が高くなり、それに耐える強度を維持するためには厚さが必要となった。一方、吸引の圧力に耐えうる厚さとすると、吸引の効率が悪い、または、表面に凹凸が生じ、空間分解能が下がるという問題点があった。本発明の生体組織抽出物保持基板は、平均孔径が0.1μm以上1μm以下の第2の細孔を有し、厚さが0.5mm以上の第2層を有する。従って、十分な強度を有し、なおかつ、効率のよい吸引を達成できる。また、本発明では、第1層の作製に微細加工技術を用いており、それゆえに、基板表面の凹凸が小さい。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の基板に生体組織を積層した状態を示す。
【図2】本発明の基板の斜視図である。
【図3】細孔の孔径を定義する上面図である
【図4】細孔の形状を例示する図である。 (a)層に対して垂直方向である細孔の例(b)層に対して任意の角度を持つ細孔の例(c)径が均一ではない細孔の例 (d)カラム方向が均一でない細孔の例 (e)円形でない細孔の例 (f)径が一定ではない細孔の例を示す。
【図5】第1層の作製過程における、シリカ部位とアルミ柱状部位を示す。
【図6】限外濾過膜の断面を示す。
【図7】本発明と従来法におけるTOF-SIMS分析結果の比較を示す。 (a)(c)(e)は実施例1 (b)(d)(f)は比較例3で得られた質量スペクトルを示す。
【図8】質量分析結果の比較を示す。 (a)は実施例1 (b)は比較例3で得られた質量分析結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
(基板)
本発明の基板に生体組織を積層した状態を図1に、本発明の基板を図2に示す。本発明の基板は好ましくは第2層である多孔質基板上に第1層であるナノ構造体層を形成する。ただし、第1層21と第2層22は密着し空気の漏れが無ければ、必ずしも一体成型である必要は無い。また、本発明の基板は、溶液や気体が透過するために一方の表面からもう一方の表面へと細孔が貫通している必要がある。基板の面積は質量分析方法が適用可能であれば特に制限は無い。基板の側面から気体が進入すると吸引効率が落ちるため、側面を密閉処理しておくことが好ましい。
【0016】
(細孔)
第1及び第2の細孔の孔径とは図3で示す開口径長辺方向31の長さと定義する。いずれにおいても、細孔の孔径は電子顕微鏡で観察することにより測定することができる。また、孔径は分布をもってもよく、その場合は、孔径とは平均孔径を指す。細孔は、層に対して垂直方向であるもの(図4(a))、層に対して任意の角度を持つもの(図4(b))、径が均一ではないもの(図4(c))、細孔のカラム方向が均一でないもの(図4(d))、細孔の形が円形でないもの(図4(e))、径が一定ではないものなどがある(図4(f))。また、これらのうち2つ以上の細孔が層中でつながっている物もある。これらは全て本発明に用いることが可能であり、これらのうち2種類以上の細孔を持った基板も本発明に用いることができる。これらの細孔は溶液や気体が透過するために層の一方の表面から、もう一方の表面へ貫通している必要がある。
【0017】
(第1層)
第1層は、ゾルゲル法、エッチング法、斜方蒸着法、スパッタ法により作製することが出来るが、前記の構造を満たすならば特に制約はない。第1層の素材はどんなものでも良いが、酸、アルカリ、界面活性剤、消化酵素、有機溶剤、水などに侵されにくい材料が好ましい。例示するとガラス、セラミックス、貴金属、合金などである。その中でも質量分析手法がMALDIの場合、第1層は紫外線を吸収する半導体セラミックス材料である酸化チタンや酸化亜鉛、またはこれらの混合物で形成されることが望ましい。また、質量分析手法がTOF-SIMSの場合、第1層はイオン化に好適な金または銀で形成されていることが好ましい。しかし、非金属材料で形成されている場合には、生体組織抽出物を保持した後に金や銀を付与して用いることも出来、このような構成はコスト的な面からも好ましい。またさらには、第1層は質量分析を用いた質量分析の際にチャージアップを防ぐため、導電性を持っていることが好ましい。
【0018】
第1層の厚さは、真空吸引において、適度な圧力で透過流量を確保し、生体組織抽出物の横方向への染み出しを抑える必要があることから、1μm未満、さらには1nm以上1μm未満が好ましい。第1層の第1の細孔は、平均孔径が5nm以上100nm未満であり、さらには、質量分析のターゲットにより、異なる大きさのものを用いるのが好ましい。測定対象物が分子量が100万以上の場合台の第1の細孔の平均孔径は10nmから100nm、分子量1万以上100万未満の場合5nmから10nm、分子量1000以上1万未満の場合2nmから5nm、分子量500以上の1000以下の場合1nmから2nmの範囲がそれぞれ適している。また、細孔の数が多いほど、組織抽出物の横方向への染み出しが減り、正確に位置情報を保持することが可能であるため好ましい。
【0019】
また、TOF-SIMSの空間分解能、質量分解能を保つためには、第1層の表面が平坦であることが好ましく、500μm×500μm当たりの細孔以外の表面の質量において、TOF-SIMSを用いる場合には1μm未満の高低差以内であることが好ましい。
【0020】
第1層のもっとも簡便な作製方法としては、金や銀の薄膜を第2層上に斜方蒸着で作製する方法が挙げられる。厚さ1nm〜1μmの薄い膜を蒸着することで、下地の第2の細孔をふさぐことなく細孔を第2層上に形成できる。また、蒸着の膜厚を制御することで、最表面に存在する細孔の径の制御も可能となる。
【0021】
(第2層)
第2層は支持体の役割を備えるため、組織が載っていない側からの真空吸引に耐える強度が必要であり、その厚みは0.5mm以上必要である。さらに前処理後の真空吸引において溶液を速やかに透過させる必要があり、かつ、第1層を支える必要があるので第2の細孔の平均孔径は0.1μm以上1μm以下が好ましい。また酸、アルカリ、界面活性剤、消化酵素、有機溶剤、水などに侵されにくい材料が好ましい。例示すると、ガラス、セラミックス、貴金属、合金などである。もし第1層をゾルゲル法で作製し、第2層として金属を用いる場合は、金属の酸化を防ぐため、脱酸素下で界面活性剤除去処理をすることが好ましい。第2の細孔も溶液や気体が透過させるために一方の表面からもう一方の表面へ貫通している必要がある。また、前記のように、第2層上に斜方蒸着法により金や銀の薄膜を形成する場合は、第2層の材料自身に、MALDIやSELDI分析手法に適した紫外光吸収性の性質を持たせても良い。
【0022】
(本発明の生体組織抽出物保持基板を用いた生体組織抽出物分析法)
本発明による生体組織処理用の基板の第1層側に生体組織を積層し、生体組織の基板と接していない側の面から生体組織処理溶液(消化酵素もしくはポリペプチド抽出剤)を作用させる。それらの生体組織処理溶液により生体組織から生体組織抽出物(塩、脂質、ポリペプチドなど)が抽出され、溶液中に放出される。その後基板の生体組織と接していない側(第2の層側)の面から吸引すると、生体組織抽出物は生体組織を透過し、基板と生体組織の接する面へ到達する。さらに吸引を続けると、低分子量物質(溶媒、塩、低分子量の脂質など)は第1層の細孔を透過し、第2層側へと浸透する。一方、ポリペプチドなどの高分子量物質は第1層の細孔を透過することが出来ないので、その一部が第1の細孔近傍に保持される。その後、生体組織残渣を除去し、第1層に保持された生体組織抽出物を質量分析する。また、上記の吸引による方法以外に、遠心分離、加圧によって、生体組織抽出物を生体組織処理用の基板に保持させてもよい。遠心分離による際は、遠心力が第1の層から第2の層に向かってかかるように遠心分離機で分離を行い、生体組織抽出物を生体組織処理用の基板に保持させる。加圧による場合は、生体組織側から加圧することによって生体組織抽出物を生体組織処理用の基板に保持させる。
【0023】
生体組織を基板に積層する方法は、免疫化学染色における方法に順ずる。また、免疫化学染色後のサンプルも、本発明の生体組織として用いることも可能である。その際は、好ましくは光学顕微鏡により、細胞の形を正確に把握でき、コスト的にも有利なヘマトキシリン-エオジン染色が適しているが、これに限定されない。冷凍切片を用いる場合は薄切後、基板上に積層する。ホルマリン固定組織を用いる場合はホルマリン固定をパラフィン置換後、ミクロトームで薄切し基板上に載せ、加熱することにより基板に積層する方法が例示されるが、これに限定されない。
【0024】
本発明においては、イオン化の阻害要因となる塩や低分子量の脂質などの不純物を分析面から除去することが可能であるため、目的の生体組織抽出物(ポリペプチド、高分子量の脂質)のイオン化効率を高めることが出来る。さらには、基板表面に第1の細孔を有する構成をとることにより、生体組織中の抽出成分を位置情報を維持したまま、基板上に固定することが可能になる。
【0025】
図1は第1層11、第2層12、生体組織13を示す。生体組織13中の細胞14は、前処理剤を付与することにより、その構成物は生体組織抽出物(ポリペプチド、ペプチド、脂質、塩など)として溶液中に溶出する。よって本発明による生体処理用の基板は、生体組織抽出物の保持基板として、好適に用いることが可能である。
【0026】
本発明の生体組織抽出物分析法によれば、生体組織中における生体組織抽出物の位置情報を維持したまま、生体組織抽出物をイオン化しやすい状態で基板に保持して、質量分析することができる。
【0027】
(質量分析)
本発明における質量分析は、生体組織抽出物の質量スペクトルを得て、さらには、質量スペクトルの二次元分布を得ることである。質量分析には、ポリペプチドの質量分析が可能で、高い空間分解能を持つ質量分析である、MALDI、SIMS(Secondary Ion-microprobe Mass Spectrometry)、SELDI(Surface-enhanced laser desorption/ionization)などを用いるのが好ましいが、前記に制限されない。なお、TOF-SIMSを用いる場合、一次イオンとしてはビスマス、金、炭素などのクラスターイオンが高分子量分析に適しているため好ましい。ポリペプチドを断片化しないで分析する場合は、高分子量分析に強みのあるMALDI、SELDIを用いるのが好ましい。
また、本発明の基板は質量分析の他、分光分析(赤外、紫外、可視、ラマン)なども用いることが可能である。
【0028】
(生体組織処理溶液)
生体組織から測定対象物を抽出するために使用する。具体的には生体組織処理溶液として、酵素、ポリペプチド抽出剤、有機溶媒(エタノール、メタノールなど)を用いることができる。酵素、ポリペプチド抽出剤はバッファー等に溶解して用いる。
【0029】
酵素は生体組織の成分を分解する物であればどんなものでも本発明に用いることが出来る。好ましくはポリペプチド分解酵素、あるいは脂質分解酵素である。酵素を溶解させる溶媒は酵素が働く環境であれば、いかなるものでも良い。その中でもポリペプチドの変性を防ぐためpH4から11程度の緩衝溶液が適している。酵素溶液の付与方法としては生体組織に対しマイクロピペットによる滴下やインクジェットプリンタで液滴を付与する方法が適している。あるいは生体組織を酵素溶液に浸漬する、スプレーする、あるいはディスペンサーを用いて付与するなどの方法もある。好ましくは位置情報精度をより高めるため、微小液滴による付与が適している。さらに酵素溶液を付与する前に、生体組織中のポリペプチドを断片化しやすくする処理をしておくことが好ましい。例えば、界面活性剤による膜タンパク可溶化、ホルマリン固定生体組織における抗原賦活化処理、システインのSS結合の切断などが可能である。
【0030】
ポリペプチド抽出剤は膜タンパク質を可溶化させ、ポリペプチドを断片化せずに保持したい場合に用いる。界面活性剤がポリペプチド抽出剤として適しており、陽イオン性界面活性剤、陰イオン界面活性剤、非イオン界面活性剤、両性イオン界面活性剤など、いずれも用いることが可能である。ポリペプチド抽出剤を用いた場合は、ポリペプチドが断片化されずに基板に転写されるため、MALDIなどの高分子検出が得意な分析手法が質量分析手法として好ましい。さらにポリペプチドを基板に保持した後に断片化処理(酵素処理、SS結合切断処理など)を行うことも可能である。
【実施例】
【0031】
以下、実施例を用いて、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例の内容に限定されるものではない。
(実施例1)
本実施例では多孔質金属を第2層、その上に形成されるシリコン層を第1層として使用する。基板の製法は次のようにして作製する。ファイバー径1μm、厚み0.5mmのSUSファイバー焼結フィルターを第2層として用いる。このSUSファイバー焼結フィルターは細孔径0.1μmであり、また加工が容易、高強度、安価であることから第2層として適している。
【0032】
前記基板上に、非平衡状態で物質を形成する成膜法であるマグネトロンスパッタリング法を用いて、シリコンをアルミニウムとシリコンの全量に対して37atomic%含んだアルミニウムシリコン混合膜を約200nmの厚さに形成する。スパッタ条件は、RF電源を用いて、Ar流量:50sccm、放電圧力:0.7Pa、投入電力:1kWとする。基板温度は室温(25℃)とする。すると、シリコン中に、微細なアルミニウム柱が形成される。これを焼成すると、図5のように、シリカ部位52と、アルミニウム柱状構造体部位51で構成された基板が得られる。これをりん酸5wt%中にて4時間浸し、アルミニウム柱状構造体部位のみを選択的にエッチングして多孔質基板を貫通する細孔を形成する。前記基板の第1の細孔径は6nm、厚みは200nm、面内方向に8nmの周期構造を持つものである。
【0033】
分析対象の生体組織は液体窒素を用いて冷凍し、ミクロトームを用い4μmの厚みに薄切する。薄切後の生体組織を前記基板の第1層側に接触させ、基板に積層する。得られる基板を解凍し、乾燥しないうちに生体組織に対し消化溶液(炭酸水素ナトリウムバッファー、トリプシン)をマイクロピペットにより付与し温度37℃湿度95%で12時間消化する。この間生体組織が乾燥しないように注意する。
【0034】
その後、前記基板の生体組織が積層されていない側から、真空引きし、溶液を基板の方へ排出する。前記基板より生体組織残渣を除去し、ワイヤー型蒸着機で前記基板の生体組織が載っていた面に5nmの厚みの金を蒸着する。前記基板の生体組織が載っていた面をTOF-SIMSで質量分析すると、断片化したポリペプチドの位置情報を得ることが可能である。
【0035】
TOF-SIMSの測定条件は以下の通り。
測定用1次イオン:Bi3+、25kV 0.1pA(パルス電流値)
スキャニング:sawtoothスキャンモード、500×500μm2
測定用1次イオン及びクラスターイオンのパルス周波数:3.3kHz
測定用1次イオンのパルス幅:約0.8ns
測定用1次イオンのビーム直径:約2μm
積算時間:約400秒。
【0036】
前記ポリペプチドは生体組織由来のポリペプチドの断片化により生成する物であるので、これらのポリペプチドの位置情報は断片化前のポリペプチドの位置情報を保持している。このように生体組織中のポリペプチドの質量分析が可能である。本実施例ではイオン化を阻害するNa+やK+などが分析表面から除去されている。そのため従来法と比較すると高感度な質量分析が可能である。なお本実施例での金蒸着はTOF-SIMS測定における感度向上を目的としたものであり、第1層を構成するものではない。
【0037】
(比較例1)
実施例1と同様の第2層に対し、限外濾過ディスク(Millipore社 ウルトラセル 限外ろ過ディスクPLAC02510)を第1層として貼り付けた基板を用いる。この限外濾過ディスクは約5nmの孔径を有し、厚さは100μmである生体組織の積層、ポリペプチドの断片化、および、TOF-SIMSによる質量分析を実施例1と同一の方法で行う。
TOF-SIMSを用いて質量分析を行うと、ポリペプチドのイオン化を阻害するNa+やK+などの共雑物が分析表面から除去されているため、ポリペプチドの高感度な質量分析が可能である。しかしながら図6に示すように、500μm×500μm当たりの細孔以外の高低差が10μm以上ある。そのため実施例1と比較すると質量分解能、空間分解能が低下する。
【0038】
(比較例2)
0.4mmの厚みの実施例1と同一の多孔質ガラスを第2層に用い、実施例1と同一の方法で基板を作製、生体組織の積層し、ポリペプチドの断片化を行う。その後、前記基板の生体組織が積層されていない側から、真空引きすると、基板の強度が足りず、基板が割れてしまう。このため効率的な基板への転写が困難である。
【0039】
(比較例3)
比較例として従来発明(特許文献1)を用いた実施例を示す。すなわち、本比較例では、第2層が細孔を持たないシリコンウエハであり、第1層が孔径1μm厚さ1μmである基板を用いた。この基板は、シリコンウェハー上に金を1μm蒸着し、1cm角に切断する。へき開後のマイカ基板上に、平均粒子径1μmのシリカ微粒子を自己組織的に並べて圧着する。前記のマイカ基板のシリカ微粒子面を、前記金蒸着基板に押し付けた後、マイカ基板を取り除く。埋め込まれたシリカ微粒子を水/エタノール中で超音波処理によって除去することにより、シリコンウェハー表面に孔径1μmの細孔を持つ厚さ1μmの金の第1層が形成される。その後10μMトリプシンのリン酸緩衝溶液(pH7.4)をインクジェットプリンタを用いて第1層の孔中に注入する。
【0040】
前記基板が乾燥しないうちに、生体組織を前記基板の金多孔質面に接触させ、37℃で30分間静置する。基板表面に接触する生体組織の一部の細胞は、孔中あるいは基板表面に存在するトリプシンによってポリペプチドが分解される。所定時間静置することで、孔中に存在するペプチド組織が第1層表面に吸着する。
【0041】
前記基板から生体組織残渣を除去し、実施例1と同様に、金蒸着を行い、TOF-SIMSで質量分析を行うことにより、断片ペプチドの位置情報を得た。
【0042】
この基板では本発明の細孔と異なり、基板を貫通していないため細孔底部に目的とするポリペプチド、ペプチド、脂質以外に、Na+やK+などの塩も同時に保持される。よって本発明のような脱塩によるイオン増強効果を得ることは出来ない。
【0043】
実施例1および比較例3のTOF-SIMSによる質量スペクトルの結果を、図7に示めす。図7(a)の71、72はそれぞれm/z = 997、1002のポリペプチドイオンピークである。×は不純物を示す。図7の(a)と (b)を比較すると、実施例1の方が比較例3に較べてシグナル強度が最大約30倍になる事がわかる。また、図7(c)、(e)の73、74はそれぞれ実施例1のNa+とK+のシグナルである。同様に、比較例3のNa+とK+のシグナルを図7(d)、(f)に示す。両者を比較すると、実施例1では比較例3と比べてNa+やK+のシグナル強度が約1/10となることから、Na、Kが分析表面から除かれていて、それによりポリペプチドイオンのシグナルが増大す事が分かる。
【0044】
図8(a)、(b)に実施例1と比較例3のTOF-SIMSによる質量分析結果をそれぞれ示す。実施例1の方が比較例3の結果よりも細胞がくっきり見え、細胞質81、細胞核82を区別することができる。
これも本発明による、生体組織抽出物のシグナル強度向上のためである。
【符号の説明】
【0045】
11 第1層
12 第2層
13 生体組織
14 細胞
21 第1層
22 第2層
31 孔径
51 アルミ柱状構造体部位
52 シリカ部位
71 ペプチド1(m/z = 997)
72 ペプチド2(m/z = 1002)
73 Na+
74 K+
81 細胞質
82 細胞核

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体組織抽出物を保持するための基板であって、第1の層及び第2の層からなり、第1の層は第2の層に積層され、第1の層は平均孔径が5nm以上100nm未満の第1の細孔を有し、厚さが1μm未満であり、第2の層は平均孔径が0.1μm以上1μm以下の第2の細孔を有し、厚さが0.5mm以上であり、第1の細孔と第2の細孔が貫通していることを特徴とする、生体組織抽出物保持基板。
【請求項2】
請求項1の生体組織抽出物保持基板を用い、
第1の層に接するように生体組織を積層する工程、
前記生体組織を生体組織処理溶液で処理する工程、
第2の層側からの吸引、遠心分離、もしくは、前記生体組織側から加圧することにより生体組織抽出物を基板に保持させる工程、
保持された生体組織抽出物を質量分析装置で分析する工程、
を含む生体組織抽出物分析法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−13013(P2011−13013A)
【公開日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−155558(P2009−155558)
【出願日】平成21年6月30日(2009.6.30)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】