説明

生分解性液状エステル化合物

【課題】生分解性及び粘度を制御できる液状エステル化合物を提供する。
【解決手段】下記式(1)又は(2)で表される液状エステル化合物。


(式中、Rは炭素数4〜18のアルキル基であり、Rはそれぞれ炭素数6〜20のアルキル基であり、Rは炭素数2〜12の、2価〜4価の炭化水素基である。nは1〜10であり、mは2〜4である。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生分解性液状エステル化合物に関する。さらに詳しくは、生分解性及び粘度の調整が容易な新規生分解性液状エステル化合物に関する。
【背景技術】
【0002】
2−ヒドロキシカルボン酸の誘導体は、生体適合性や生分解性等を有するため、各種分野で使用されている。
例えば、短鎖(炭素数3以下)の2−ヒドロキシカルボン酸は、ポリ乳酸等の生分解性樹脂の原料として使用されている。ポリ乳酸は分解性のエステル基を分子内にもつ生分解素材であるが、その分解にはコンポスト条件のような比較的激しい条件で長時間の分解時間を要する。また、活性汚泥等による温和な条件下での生分解性は低いものが多い。
【0003】
また、長鎖(炭素数4以上)の2−ヒドロキシカルボン酸誘導体は、低分子の状態で使用されている。例えば、特許文献1〜3等には、その生体適合性を活かして化粧品分野での利用が開示されている。
また、2−ヒドロキシカルボン酸の界面活性効果を利用した顔料の分散剤(特許文献4)、洗剤組成物(特許文献5)、さらにポリ(エーテルケトンケトン)から金属成分を除去する抽出剤(特許文献6)としての利用が開示されている。
【0004】
液状のポリエステルとしては、例えば、特許文献7に環状ラクトンとエチレングリコールから得られる直鎖状エステルを酸触媒存在下縮合させたポリエステルジオールが記載されている。
【特許文献1】特許第3489703号公報
【特許文献2】特許第3515522号公報
【特許文献3】特許第3011696号公報
【特許文献4】特許第3235930号公報
【特許文献5】特公昭56−044119号公報
【特許文献6】特公平06−062760号公報
【特許文献7】特許第3231094号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
生分解性を有する液状物では、用途や使用環境等により、分解速度や粘度を調整することが必要である。しかしながら、生分解性と粘度のいずれか一方を要求される性能に調整することはできたが、生分解性と粘度の両者を同時に調整することは困難であった。
本発明は上述の問題に鑑みなされたものであり、生分解性及び粘度を調整できる液状エステル化合物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明によれば、以下の液状エステル化合物等が提供される。
1.下記式(1)又は(2)で表される液状エステル化合物。
【化3】

(式中、Rは炭素数4〜18のアルキル基であり、Rはそれぞれ炭素数6〜20のアルキル基であり、Rは炭素数2〜12の、2価〜4価の炭化水素基である。nは1〜10であり、mは2〜4である。)
2.下記式(3)で表される2−ヒドロキシカルボン酸化合物と、炭素数4〜18の1価のアルコール又は炭素数2〜12の2価〜4価のアルコールを、酸触媒の存在下、脱水縮合させる1に記載の液状エステル化合物の製造方法。
【化4】

(式中、Rは炭素数6〜20のアルキル基である。)
3.上記2に記載の製造方法で得られる液状エステル化合物。
【発明の効果】
【0007】
本発明により、生分解性を有し、様々な粘度の液状エステル化合物を供給することが可能となる。
また、本発明の液状エステル化合物は、分子鎖中の2−ヒドロキシカルボン酸の連鎖数を制御することで生分解度の調整が可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明の液状エステル化合物は、下記式(1)又は(2)で表される構造を有する。
【化5】

(式中、Rは炭素数4〜18のアルキル基であり、Rはそれぞれ炭素数6〜20のアルキル基であり、Rは炭素数2〜12の、2価〜4価の炭化水素基である。nは1〜10であり、mは2〜4である。)
【0009】
式(1)の化合物は、一価のアルコールと2−ヒドロキシカルボン酸からなるエステルであり、式(2)の化合物は、多価(2〜4価)のアルコールと2−ヒドロキシカルボン酸からなるエステルである。
式(1)において、Rは炭素数4〜18のアルキル基である。炭素数が3以下の場合、エステル化合物の合成に使用するアルコールの沸点が低いため、脱水縮合させにくく、エステル化合物の合成が困難になる。特に好ましくは、ブチル基、ヘキシル基、オクチル基、デカニル基、ドデカニル基、テトラデカニル基、ヘキサデカニル基、オクタデカニル基である。
【0010】
は炭素数6〜20のアルキル基である。炭素数が5以下の場合、エステル化合物が液状にならない場合がある。炭素数が21以上の場合、液状エステル化合物の結晶化により流動点が上昇するため実用的ではない。好ましくは、炭素数6〜12のアルキル基であり、特に好ましくは、ヘキシル基、オクチル基、デシル基、ドデカニル基である。
【0011】
nは2−ヒドロキシカルボン酸の連鎖数を示し、1〜10である。nを調整することによりエステル化合物の生分解性を制御できる。連鎖数が大きくなるに従い、生分解性は低下する傾向にある。
【0012】
式(2)において、Rは炭素数2〜12の、2価〜4価の炭化水素基である。例えば、エチレングリコール、1,4−ブタンジオール、1,6−ヘキサンジオール、1,8−オクタンジオール、1,10−デカンジオール、グリセリン、トリメチロールメタン、トリメチロールエタン、トリメチロールプロパン、ペンタエリスリトール等の多価アルコール由来の基である。好ましくは、エチレングリコール、1,4−ブタンジオール、1,10−デカンジオール、グリセリン、トリメチロールプロパン、ペンタエリスリトール由来の基である。
【0013】
mは2〜4であり、多価アルコールの価数を意味する。
尚、式(2)のR及びnの具体例は、式(1)の具体例と同様である。
【0014】
本発明の液状エステル化合物は、上記式(1)のR又は式(2)のRを有するアルコールと、下記式(3)で表される2−ヒドロキシカルボン酸を混合し、硫酸等の酸存在下にて加熱し、理論量の反応生成水を蒸留除去することにより合成することができる。尚、理論量の反応生成水は加えた2HAモル数に等しい。
【化6】

式中、Rは炭素数6〜20のアルキル基である。Rの具体例は、式(1)の具体例と同様である。
【0015】
本発明では、エステル化合物における式(3)の2−ヒドロキシカルボン酸の連鎖数nを調整することにより、エステル化合物の生分解性を制御できる。2−ヒドロキシカルボン酸の連鎖数は、出発原料であるアルコールと2−ヒドロキシカルボン酸の仕込み比で制御できる。具体的に、アルコールの仕込み量をAL(mol)、価数をX、2−ヒドロキシカルボン酸の仕込み量をH(mol)とした場合、連鎖数nは下記の計算により求められる。
n=H/(AL×X)
尚、エステル化合物の実際の2−ヒドロキシカルボン酸の連鎖数は、プロトンNMRで測定する。実際の連鎖数は上記計算値とほぼ等しくなる。
【0016】
本発明のエステル化合物は、連鎖数nが3以下であれば易分解性になり、11以上であれば難分解性になる。連鎖数がこの間にあれば中程度の分解性を示す。
尚、生分解性はOECD−301Cに則ったBOD試験で測定することができる。
【0017】
エステル化合物の粘度は、連鎖数nの他、R及びRの鎖長、アルコールの価数等で制御できる。エステル化合物の生分解性は、主に連鎖数nで制御できることから、生分解性とは別の手段により粘度を制御できる。従って、生分解性と粘度の両者を同時に調整することができる。
【0018】
原料であるアルコールと2−ヒドロキシカルボン酸は、特に限定はなく、一般に市販されているものが使用できる。尚、2−ヒドロキシカルボン酸は、例えば、カルボン酸のHell−Volhard−Zelinskii反応(Org.Synth.,Coll.Vol.4,848(1965))とそれに続く加水分解によって合成することができる。
【0019】
本発明の製造方法においては、反応時間は6〜20時間程度であり、反応温度は、100〜130℃程度とすればよい。
溶媒を使用する場合、ヘプタン、オクタン、トルエン、キシレン等が好ましい。
【実施例】
【0020】
実施例1 (2−ヒドロキシドデカン酸/エチレングリコール:仕込みモル比=4/1、H/(AL×X)=2)
2−ヒドロキシドデカン酸(SIGMA社製)100g、エチレングリコール7.17g、酸触媒として硫酸2.0gを300mlのヘプタンと共に容量が500mlの3つ口フラスコに入れた。フラスコにディーンスタークを取り付け、加熱してヘプタンを還流させた。6時間の還流により約8.0mlの水が留出した。
溶媒を留去し、さらに120℃で6時間加熱した。その後、室温まで放冷し、100mlの5重量%NaCl水で3回抽出し酸触媒を除去した。有機層を無水硫酸ナトリウムで乾燥し、ロータリーエバポレーターで溶媒であるヘプタンを除去して、無色透明又は薄い黄色の粘調な油状物質を回収した(収量92.53g)。
【0021】
この油状物質のH−NMRスペクトルを図1に示す。このスペクトルから下記の構造を有する液状エステル化合物が生成したことを確認した。
H−NMRスペクトルのピークの帰属を表1に示す。
【0022】
【表1】

【0023】
尚、H−NMRの測定は、装置として日本電子製ECA−500を使用し、CDCl溶媒に試料を約10wt%溶解させ、5φNMR試料管を使用して測定した。テトラメチルシラン(0.00ppm)又はCDCl中のCHCl(7.20ppm)を基準とした。
【0024】
実施例2 (2−ヒドロキシドデカン酸/エチレングリコール:仕込みモル比=8/1、H/(AL×X)=4)
エチレングリコールの仕込み量を3.59gとした他は、実施例1と同様にして液状エステル化合物を製造した(収量88.12g)。
この液状エステル化合物のH−NMRスペクトルを図2に示す。液状エステル化合物の構造とH−NMRスペクトルのピークの帰属を表2に示す。
【0025】
【表2】

【0026】
実施例3 (2−ヒドロキシドデカン酸/1−ドデカノール:仕込みモル比=3/1、H/(AL×X)=3)
エチレングリコールの代わりに1−ドデカノールを11.42g使用した他は、実施例1と同様にして液状エステル化合物を製造した(収量112.81g)。
この液状エステル化合物のH−NMRスペクトルを図3に示す。液状エステル化合物の構造とH−NMRスペクトルのピークの帰属を表3に示す。
【0027】
【表3】

【0028】
実施例4 (2−ヒドロキシドデカン酸/1−ブタノール:仕込みモル比=6/1、H/(AL×X)=6)
エチレングリコールの代わりに1−ブタノールを5.71g使用した他は、実施例1と同様にして液状エステル化合物を製造した(収量93.49g)。
この液状エステル化合物のH−NMRスペクトルを図4に示す。液状エステル化合物の構造とH−NMRスペクトルのピークの帰属を表4に示す。
【0029】


【表4】

【0030】
実施例5 (2−ヒドロキシドデカン酸/1−ヘキサノール:仕込みモル比=10/1、H/(AL×X)=10)
エチレングリコールの代わりに1−ヘキサノールを4.72g使用した他は、実施例1と同様にして液状エステル化合物を製造した(収量88.50g)。
この液状エステル化合物のH−NMRスペクトルを図5に示す。液状エステル化合物の構造とH−NMRスペクトルのピークの帰属を表5に示す。
【0031】
【表5】

【0032】
実施例6 (2−ヒドロキシドデカン酸/グリセリン:仕込みモル比=5/1、H/(AL×X)=1.67)
エチレングリコールの代わりにグリセリンを8.51g使用した他は、実施例1と同様にして液状エステル化合物を製造した(収量94.68g)。
この液状エステル化合物のH−NMRスペクトルを図6に示す。液状エステル化合物の構造とH−NMRスペクトルのピークの帰属を表6に示す。
【0033】
【表6】

【0034】
実施例7 (2−ヒドロキシドデカン酸/ペンタエリスリトール:仕込みモル比=10/1、H/(AL×X)=2.5)
エチレングリコールの代わりにペンタエリスリトールを6.29g使用した他は、実施例1と同様にして液状エステル化合物を製造した(収量93.76g)。
この液状エステル化合物のH−NMRスペクトルを図7に示す。液状エステル化合物の構造とH−NMRスペクトルのピークの帰属を表7に示す。
【0035】
【表7】

【0036】
実施例8 (2−ヒドロキシドデカン酸/1,10−デカンジオール:仕込みモル比=4/1、H/(AL×X)=2)
エチレングリコールの代わりに1,10−デカンジオールを20.14g使用した他は、実施例1と同様にして液状エステル化合物を製造した(収量103.88g)。
この液状エステル化合物のH−NMRスペクトルを図8に示す。液状エステル化合物の構造とH−NMRスペクトルのピークの帰属を表8に示す。
【0037】
【表8】

【0038】
実施例9 (2−ヒドロキシオクタン酸/エチレングリコール:仕込みモル比=4/1、H/(AL×X)=2)
2−ヒドロキシドデカン酸の代わりに2−ヒドロキシオクタン酸(ランカスター社製)を100g、エチレングリコールを9.69g使用した他は、実施例1と同様にして液状エステル化合物を製造した(収量94.91g)。
この液状エステル化合物のH−NMRスペクトルを図9に示す。液状エステル化合物の構造とH−NMRスペクトルのピークの帰属を表9に示す。
【0039】
【表9】

【0040】
実施例1−9で製造した液状エステル化合物の連鎖数n、動粘度及び生分解性の評価結果を表10に示す。また、連鎖数nと生分解性の関係を示すグラフを図10に、動粘度と生分解性の関係を示すグラフを図11に示す。
尚、連鎖数nは水素原子の積分比から計算した。
【0041】
【表10】

【0042】
この結果から、液状エステル化合物の生分解性は、連鎖数nと強い相関性があることが確認できた。また、同程度の生分解性を有しながら、動粘度の異なる液状エステル化合物が製造できることが確認できた。
尚、動粘度及び生分解性の評価方法は下記のとおりである。
(1)動粘度
・測定機器:SVM 3000スタビンガー粘度計(日本シイベルヘグナー株式会社製)
・測定方法:ASTM D7042に準拠して測定を行った。
(2)生分解性
・試験条件:OECD301C:修正MITI(I)法
・培養条件:25±1℃、暗所、攪拌
・培養期間:28日
・植種源:標準活性汚泥((財)化学物質評価研究機構)
・試料濃度:100mg/L
・植種源濃度:30mg−DRY/L
・試験培養液:250ml(pH6.98)
尚、表10に示す生分解性(%)が高いほど分解されやすい。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明の液状エステル化合物は、生分解性潤滑油、鯨油代替の殺虫剤、ポリウレタン、ポリエステル、エポキシ樹脂等に使用されるエラストマー(添加剤、マクロモノマー等)、塗料、接着剤、弾性繊維、シーラント等の各種工業製品の原料として用いることができる。また、活性汚泥程度の分解培地により分解する等、高度な生分解性を示し、かつ液状を保っているので、様々な分野の材料として非常に有用なものである。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】実施例1で製造した液状エステル化合物のH−NMRスペクトルである。
【図2】実施例2で製造した液状エステル化合物のH−NMRスペクトルである。
【図3】実施例3で製造した液状エステル化合物のH−NMRスペクトルである。
【図4】実施例4で製造した液状エステル化合物のH−NMRスペクトルである。
【図5】実施例5で製造した液状エステル化合物のH−NMRスペクトルである。
【図6】実施例6で製造した液状エステル化合物のH−NMRスペクトルである。
【図7】実施例7で製造した液状エステル化合物のH−NMRスペクトルである。
【図8】実施例8で製造した液状エステル化合物のH−NMRスペクトルである。
【図9】実施例9で製造した液状エステル化合物のH−NMRスペクトルである。
【図10】液状エステル化合物の連鎖数nと生分解性の関係を示すグラフである。
【図11】液状エステル化合物の動粘度と生分解性の関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)又は(2)で表される液状エステル化合物。
【化1】

(式中、Rは炭素数4〜18のアルキル基であり、Rはそれぞれ炭素数6〜20のアルキル基であり、Rは炭素数2〜12の、2価〜4価の炭化水素基である。nは1〜10であり、mは2〜4である。)
【請求項2】
下記式(3)で表される2−ヒドロキシカルボン酸化合物と、炭素数4〜18の1価のアルコール又は炭素数2〜12の2価〜4価のアルコールを、酸触媒の存在下、脱水縮合させる請求項1に記載の液状エステル化合物の製造方法。
【化2】

(式中、Rは炭素数6〜20のアルキル基である。)
【請求項3】
請求項2に記載の製造方法で得られる液状エステル化合物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2009−96720(P2009−96720A)
【公開日】平成21年5月7日(2009.5.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−266684(P2007−266684)
【出願日】平成19年10月12日(2007.10.12)
【出願人】(000183646)出光興産株式会社 (2,069)
【Fターム(参考)】