説明

生物学的因子と神経幹細胞

【課題】アストログリア細胞、希突起膠細胞又はニューロンに分化する神経幹細胞の数を増加する方法を提供すること。
【解決手段】アストログリア細胞、希突起膠細胞又はニューロンに分化する神経幹細胞の数を増加する方法が記載される。この方法は、単離した神経幹細胞を第1増殖因子を含有する培養基中で増殖して前駆細胞を生産することを含む。この前駆細胞は、次いで、第2増殖因子又は増殖因子の組合わせを含有する第1増殖因子なしの第2培養基中でアストログリア細胞、希突起膠細胞又はニューロンに分化される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、種々の生物学的因子を用いる神経幹細胞の培養、増殖及び分化に関する。更に詳細には、本発明は、前駆細胞を特定の生物学的因子又はその組合わせに曝すことにより具体的な表現型に分化する該前駆細胞の数を増加する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
神経系の発生は、胎児発生の初期に始まる。神経織発生、新しいニューロンの生成は、生後早い段階で完了する。しかしながら、神経回路に関与するシナプスの連接は、シナプスの可塑性及び細胞の死滅によって個体の一生の間連続的に変化する。
神経発生の第1段階は細胞発生であり、これは前駆細胞又は始原細胞が増殖及び分化する正確な時間的及び空間的結果である。増殖する細胞は、神経芽細胞、膠芽細胞及び幹細胞を生じる。
第2段階は、始原細胞がニューロン及びグリア細胞になりかつ最終の位置に移動する細胞型分化及び移動期間である。神経管に由来する細胞は中枢神経系(CNS)のニューロン及びグリアを生じ、神経櫛に由来する細胞は末梢神経系(PNS)の細胞を生じる。神経増殖因子(NGF)のようなある種の因子が発生中に存在すると、神経細胞の増殖を促進する。NGFは神経櫛の細胞によって分泌され、ニューロンの軸索の出芽及び発育を促進する。
発生の第3段階は、具体的な神経伝達物質の発現のように細胞が特定の表現型を獲得するときである。このときに、ニューロンは標的にシナプス連接する突起を伸長する。ニューロンは、分化の後に分裂しない。
最後に、特定の細胞、線維及びシナプス連接が退化及び死滅すると神経系の複合回路を“微調整”する選択的細胞死が生じる。この“微調整”は、宿主の一生の間続く。晩年には、老化、感染及び他の未知の病因による選択的退化が神経変性疾患を招くことがある。
近年、神経学的組織移植の概念がパーキンソン病のような神経性疾患の治療に応用されてきた。神経移植片は絶え間のない薬剤投与だけでなく血液−脳関門のために起こる複雑な薬剤送達系の要求を避けることができる。しかしながら、この手法には限界がある。まず、移植に用いられた別の宿主からの分化細胞の細胞表面分子をもつ細胞は、宿主において免疫反応を誘発することがある。更に、その細胞は、隣接細胞と神経の正常な結合を形成することができる発生段階でなければならない。これらの理由のため、神経移植に関する初期の研究は胎細胞の使用に集中した。Perlowら,Science 204:643-647(1979)“脳移植片は黒質線条体ドーパミン系の破壊によって生じた運動異常を減じる”には、黒質線条体病変を化学的に誘導した成体ラットに胎児ドーパミン作動性ニューロンを移植することが記載されている。これらの移植片は、宿主動物において良好な生存、軸索派生及び運動異常の著しい減少を示した。Lindvallら,Science 257:574-577(1990)“胎児ドーパミンニューロンの移植はパーキンソン病の運動機能を残存及び改善する”には、ヒト胎児中脳ドーパミンニューロンの神経移植がドーパミン合成及び貯蔵を回復させ、パーキンソン病に罹患している患者の筋強剛及び動作緩慢を減じることができることが示された。更に、Freedら,Arch. Neurol. 47: 505-512(1990)“パーキンソン病に対するヒト胎児ドーパミン細胞の移植”には、胎児移植片を受けた患者の改善が示されている。
上記参考文献には、哺乳動物胎児脳組織が直接移植により良好な生存特性を有することが開示されている。胎児ニューロンの生存能の増大は、成体ニューロンより無酸素症に対する胎児ニューロンの感受性の低下及びその存在が成体の移植組織の拒絶反応を招く胎児細胞についての細胞表面マーカーの欠除によると考えられる。しかしながら、脳は免疫学的に特権が与えられた部位と見なされるが、胎児組織の拒絶が起こることがある。従って、胎児組織の使用能力は、別の宿主から単離された胎児組織の組織拒絶及びその結果生じる免疫抑制剤が必要なことばかりでなく胎児組織を得るに当たっての倫理的問題のために制限される。しかも、新生児脳組織は生存能が限定され、成体哺乳動物CNSニューロンは一般に脳への移植から生存しない。
成体CNSニューロンは神経移植に良好な候補ではないが、成体末梢神経系(PNS)からのニューロンは、移植から生存しかつ宿主神経組織を発生する際に神経栄養作用及び神経膠栄養作用を与えることが示された。移植用の1つの非CNS神経組織源は副腎髄質である。副腎クロム親和性細胞はPNSニューロンのように神経櫛に由来し、シナプスを受入れかつPNSニューロンと同様にキャリヤ及び酵素タンパク質を生産する。これらの細胞は無傷副腎髄質において内分泌方式で機能するが、培養ではこれらの細胞は腺表現型を失い、ある種の増殖因子及びホルモンの存在下に培養で神経構造を発生させる(Notterら,Cell Tissue Research 244:69-76 [1986]“サル副腎髄質の試験管内ニューロン特性”)。哺乳動物CNSに移植した場合、これらの細胞は生存しかつCNSの隣接領域におけるドーパミンレセプターと相互作用することができるドーパミンの相当量を合成する。
米国特許第4,980,174号では、成体ラット松果腺及び副腎髄質から単離したモノアミン含有細胞をラット前頭皮質に移植すると、宿主における学問的無能の改善、抑制形態をもたらした。米国特許第4,753,635号では、去勢牛由来のクロム親和性細胞及び副腎髄質組織をラットの脳幹又は脊髄に移植し、移植組織又は細胞が侵害受容器相互作用物質(即ち、ドーパミンのようなカテコールアミン)の放出を誘導すると無痛覚を生じた。副腎髄質細胞をヒトに自家移植し、生存し、症状の軽度から中程度の改善をもたらした(Wattsら,Neurology 39 Suppl 1:127[1989]“パーキンソン病(PD)患者の副腎尾状部移植:1年後の再調査”;Hurtigら,Annals of Neurology 25:607-614 [1989]“パーキンソン病患者における副腎髄質〜尾状部自家移植片の解剖分析”)。しかしながら、副腎細胞は正常な神経表現型を得ないので、シナプス連接が形成されねばならない移植の場合おそらく使用が制限される。
神経移植用のもう1つの組織源は、細胞系由来である。細胞系は、正常細胞をがん遺伝子で形質転換する(Cepko,Ann. Rev. Neurosci. 12:47-65 [1989]“レトロウイルス仲介がん遺伝子導入による神経細胞の不死化”)かあるいは増殖特性を変えた細胞を試験管内で培養する(Ronnettら,Science 248:603-605 [1990]“ヒト皮質ニューロン細胞系:片側巨脳患者からの樹立’’ことにより誘導される不死化細胞である。その細胞は、多移植に用いられるように大量に培養で増殖することができる。細胞系は、ニューライト形成、興奮性膜並びに神経伝達物質及びそのレセプターの合成のような種々のニューロン特性を表す化学処理の際に分化することが示されたものがある。更に、分化の際に、これらの細胞は無糸分裂であるので、非がん性であると考えられる。しかしながら、これらの細胞が逆の免疫応答を誘発する可能性、細胞を不死化するレトロウイルスの使用、これらの細胞が無糸分裂状態と逆になる可能性及びこれらの細胞の正常な増殖阻止信号に対する応答の欠徐が細胞系を広範な使用に最適でないものにしている。
O−2A細胞は、試験管内で希突起膠細胞及びII型アストログリア細胞だけを生じるグリア始原細胞である。生体内で免疫学的に染色してO−2A表現型を有することにより出現する細胞は、生体内で脱髄ニューロンを巧く再ミエリン化することが示された。Godfraindら,J. Cell Biol. 109:2405-2416(1989)。生体内で標的ニューロンすべてを十分に再ミエリン化するためには、O−2A細胞(他のグリア細胞調製物のように)がその場で分裂し続けないと考えられるので多数のO−2A細胞を注入することが必要である。O−2A始原細胞は培養で増殖させることができるが、現在有効な唯一の分離法は、出発物質として視神経を使用するものである。これは、低収量源であり、多くの精製工程が必要である。更に、有効な操作によって単離されたO−2A細胞は、限定した分裂しかできない欠点がある。Raff Science 243:1450-1455(1989)。
形質転換O−2A細胞系は、分裂の調節が後成的発現レベルにある初代細胞系又は神経幹細胞又は始原細胞とは反対に、形質転換プロセスが遺伝的に(がん遺伝子)制御された細胞分裂を生じるという事実のために移植に不適切である。更に問題の可能性としては、長時間にわたる細胞系の不安定性及び増殖因子に対する分化又は応答の異常型が挙げられる。Goldman Trends Neuro. Sci.15:359-362(1992)。
従来技術において移植片を宿主組織に完全に組込むことができないこと及び信頼できる移植源から無限量で細胞の利用可能性がないことは、おそらく神経移植の最大の限界である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
従って、神経細胞培養及び移植の従来技術の方法に伴う前述の不足を考慮すると、当該技術においてニューロン及びグリア細胞に分化することができる、移植用の無限数の信頼できる細胞源がなお求められていることは明らかである。
従って、本発明の目的は、ニューロン及びグリア細胞に分化することができる、移植用の後成的に調節された信頼できる細胞源を提供することである。
本発明のもう1つの目的は、特定の増殖因子を用いて前駆細胞の分化に影響する方法を提供することである。
本発明のこれらの及び他の目的及び特徴は、下記の詳細な説明及び添付の請求の範囲から当業者に明らかになるであろう。
前記参考文献はいずれも請求した本発明を開示するものでなく、従来技術であると考えられる。該参考文献は、背景情報のために提供されるものである。
【課題を解決するための手段】
【0004】
前駆細胞から分化した細胞を調製する方法であって、単離した神経幹細胞を試験管内で前駆細胞の生産を誘発する増殖因子を含有する培養基中で増殖させる方法が記載される。その前駆細胞は、次いで、第2増殖因子又は増殖因子の組合わせを含有する第2培養基中で分化される。その分化した細胞の主な表現型はその第2増殖因子又は増殖因子の組合わせの選択に依存する。
更に、前駆細胞の調製方法であって、単離した神経幹細胞を塩基性線維芽細胞増殖因子を含有する培養基中で維持し、次いで表皮増殖因子及び塩基性線維芽細胞増殖因子を含有する第2培養基中で増殖させる方法が開示される。
【0005】
定義
“幹細胞”なる語は、増殖することができかつ分化した又は微分できる娘細胞を生じることができる多数の始原細胞を生成する能力を有する多くの幹細胞を生じる未分化細胞を意味する。
“神経幹細胞”(NSC)なる語は、本発明の幹細胞を意味し、その後代としては適切な培養条件下でグリア細胞及びニューロン始原細胞の双方が含まれる。
“始原細胞”なる語は、神経幹細胞由来の本発明の未分化細胞を意味し、その後代としては適切な条件下でグリア細胞及び/又はニューロン始原細胞が含まれる。
“希突起膠細胞”なる語は、中枢神経系(CNS)の軸索を取り囲むミエリンを形成する分化グリア細胞を意味する。希突起膠細胞は、表現型ガラクトセレブロシド(+)、ミエリン塩基性タンパク質(+)及びグリア糸状酸性タンパク質(−)[Gal C(+)、MBP(+)、GFAP(−)]を有する。
“ニューロン”なる語は、表現型神経特異的エノラーゼ(+)又はニューロフィラメント(+)[NSE(+)又はNF(+)]を有する細胞を意味する。
“I型アストログリア細胞”なる語は、GFAP(+)、A2B5(−)、GalC(−)及びMBP(−)である平坦な原形質/繊維芽細胞様形態を有する分化グリア細胞型を意味する。
“II型アストログリア細胞”なる語は、表現型GFAP(+)、A2B5(+)、GalC(−)及びMBP(−)の形態を有する星状突起を示す分化グリア細胞を意味する。
“ニューロン始原細胞”なる語は、適切な条件下でニューロンになるあるいはニューロンを生じる娘細胞を生産する細胞を意味する。
“希突起膠細胞前駆細胞”なる語は、希突起膠細胞を生じる細胞を意味する。希突起膠細胞前駆細胞は、表現型A2B5(+)、O4(+)/GalC(−)、MBP(−)及びGFAP(−)をもつことができる[しかしこの表現型に限定されない]。
“神経小球”なる語は、神経幹細胞に由来しかつ試験管内で培養された細胞のクラスターを意味する。その細胞は、少なくともネスチン(+)表現型を有するものがある。そのクラスターは、幹細胞及び/又は始原細胞を含み、分化細胞を含んでも含まなくてもよい。
“前駆細胞”なる語は、増殖因子を含む培養基中で増殖された神経幹細胞由来の本発明の生細胞を意味し、始原細胞及び幹細胞の双方が含まれる。前駆細胞は典型的には神経小球の形で発育するが、培養条件によっては種々の発育パターンを示すことがある。
“増殖因子”なる語は、発育、増殖、分化又は栄養作用を有するタンパク質、ペプチド又は他の分子を意味する。
“ドナー”なる語は、本発明で用いられる神経幹細胞源であるヒト又は動物を意味する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
表現型の特徴
神経幹細胞(NSC)が報告されており、その使用可能性が記載されている。(Reynolds & Weiss, Science 255:1707(1992))。NSCは、神経芽細胞を生じることが示された(Reynolds & Weiss,Restorative Neurology & Neuroscience 4:208(1992))。NSCが主要大神経膠細胞型(アストログリア細胞及び希突起膠細胞)を生じることは現在既知である。
神経幹細胞は、Reynolds & Weissの方法(上記)によって単離及び培養することができる。要するに、表皮増殖因子(EGF)応答幹細胞は、無血清特定培地中EGF等のマイトジェンの存在下で発育させると、分裂を誘発して未分化細胞のクラスターを生じる。細胞のクラスターは、GFAP、ニューロフィラメント(NF)、ニューロン特異的エノラーゼ(NSE)又はMBPに免疫反応しない。しかしながら、クラスター内の前駆細胞は、ネスチン、未分化CNS細胞に見られる中間フィラメントタンパク質に免疫反応する。ネスチンマーカーはLehndahlら,Cell 60:585-595(1990)によって確認されており、参考として本明細書に引用する。前駆細胞の後代から分化される4種の細胞型と結合した成熟表現型は主としてネスチン表現型に陰性である。
EGF等のマイトジェンの存在を続けると、神経小球内の前駆細胞は分裂を続けて神経小球の大きさ及び未分化細胞の数が増大する結果となる[ネスチン(+)、GFAP(−)、NF(−)、NSE(−)、MBP(−)]。この段階で、細胞は非接着性であり、神経小球の特徴を示す自由浮動性クラスターを形成する傾向がある。しかしながら、クラスター状態は変動するので、前駆細胞がネスチン表現型をなお表す間は特徴的な神経小球を形成しない。マイトジェンを除去した後、細胞は基質(ポリオルニチン処理プラスチック又はガラス)に接着し、平らになり、ニューロン及びグリア細胞に分化し始める。この段階で、培養基は0.5-1.0%ウシ胎児血清(FBS)のような血清を含んでもよい。2−3日以内に、前駆細胞のほとんど又はすべてがネスチンに対する免疫反応性を失い始め、NF又はGFAPに対する免疫反応性によって各々示されるようにニューロン又はアストログリア細胞に特異的な中間フィラメントを表し始める。
ニューロンの確認は、ニューロン特異的エノラーゼ(NSE)の免疫反応性及び神経フィラメントタンパク質tau−1及びMAP−2を用いて達成される。これらのマーカーは非常に信頼できるので、基本的なニューロン確認に有効であり続けるが、ニューロンは特異的神経伝達物質表現型に基づいても確認することができる。
二重標識免疫蛍光法及び免疫ペルオキシダーゼ法を用いて、分化した神経小球培養物を神経伝達物質の発現又はある場合には神経伝達物質合成に関与する酵素について分析することができる。また、その場ハイブリッド形成組織化学は、ペプチド神経伝達物質又は神経伝達物質合成酵素mRNAに特異的なcDNA又はRNAプローブを用いて行うことができる。これらの手法は、免疫細胞化学法と併用して特定の表現型の確認を高めることができる。場合によっては、上記で述べた抗体と分子プローブをウエスタン及びノーザンブロット法に各々用いて細胞確認を助けることができる。
また、高性能液体クロマトグラフィー(HPLC)法は、表現型確認に用いることができる。HPLCは、多数の小さなペプチド神経伝達物質及びカテコールアミン及びインドールアミン神経伝達物質の確認に特に有効である。これらの手法は、非常に感受性であり、比較的少量の試料を要して大量スクリーニング範例において用いることができる。
ニューロン及びアストログリア細胞の存在の他に、ニューロンあるいはアストログリア細胞に特異的な中間フィラメントを表さない多数の細胞は正確な時間的方法で希突起膠細胞に特異的なマーカーを表し始める。即ち、それらの細胞はまず04(細胞表面抗原)、ガラクトセレブロシド(GalC、ミエリン糖脂質)、最後にミエリン塩基性タンパク質(MBP)に免疫反応性になる。これらの細胞は、特徴的な希突起膠細胞形態も有する。
本発明は、前駆細胞の分化段階で外因性増殖因子を加えることによりこれらの分化細胞型の相対割合に影響する方法を提供するものである。種々のニューロン及びグリア特異的抗体を含む二重標識免疫蛍光法及び免疫ぺルオキシダーゼ法を用いることにより、分化細胞についての外因性増殖因子の効果を求めることができる。
増殖因子及び栄養因子の生物作用は、一般に、細胞表面レセプターに結合することにより仲介される。これらの多数の因子に対するレセプターは確認されており、個々のレセプターに対する抗体及び分子プローブが利用できる。神経幹細胞を、全分化段階における増殖因子レセプターの存在について分析することができる。多くの場合、具体的なレセプターの確認は、外因性増殖因子又は栄養因子を加えることにより個々の発生経路に沿って細胞を更に分化するのに用いる方策を明確にするであろう。
外因性増殖因子は、単独で又は種々に組合わせて添加することができる。更に、時間的順序で添加することもできる(即ち、第1増殖因子に曝すと第2増殖因子レセプターの発現に影響する、Neuron 4:189-201(1990)。増殖因子及び試験管内で前駆細胞の分化に影響するように用いることができる他の分子の中には、酸性及び塩基性線維芽細胞増殖因子(aFGF&bFGF)、繊毛神経栄養因子(CNTF)、神経増殖因子(NGF)、脳由来神経栄養因子(BDNF)、ニューロトロフィン3(NT3)、ニューロトロフィン4(NT4)、インターロイキン、白血球阻止因子(LIF)、サイクリックアデノシン一リン酸(cAMP)、ホルスコリン、破傷風毒素、高レベルのカリウム(高K+)、アンフィレグリン、悪性化増殖因子α(TGF−α)、悪性化増殖因子β(TGF−β)、インスリン様増殖因子、デキサメタゾン(グルココルチコイドホルモン)、イソブチル3−メチルキサンチン(IBMX)、ソマトスタチン、成長ホルモン、レチノイン酸及び血小板由来増殖因子(PDGF)がある。これらの及び他の増殖因子並びに分子は、本発明に有用である。
更に、前駆細胞の分化は、ポリ−L−オルニチンの他にコラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン、マトリゲル等の種々の物質によって誘導される。
【実施例】
【0007】
実施例1
前駆細胞の増殖
胎生14日(E14)のCD1白マウス(Charles River)を断頭し、無菌操作を用いて脳と線条体を取り出した。この組織を、火炎仕上げのパスツールピペットを用いてダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)及びF−12栄養混合液(Gibco)の1:1混合液からなる無血清培地の中に機械的に解離した。細胞を800r.p.m.で5分間遠心し、上清を吸引し、細胞を計数のためにDMEM/F−12培地に再懸濁した。
細胞を、グルコース(0.6%)、グルタミン(2mM)、重炭酸ナトリウム(3mM)、HEPES(4−[2−ヒドロキシエチル]−1−ピペラジンエタンスルホン酸)培地(5mM)及びインスリン(25μg/ml)、トランスフェリン(100μg/ml)、プロゲステロン(20nM)、プトレシン(60μM)及び塩化セレン(30nM)を含む特定ホルモンミックス及び塩混合液(血清に置き換える)(グルタミン[Gibco]以外はすべてSigma製)を含むDMEM/F−12(1:1)からなる無血清培地、以後“完全培地”と呼ぶ、に懸濁した。更に、培地は16−20ng/ml EGF(マウスの下顎から精製されたもの、Collaborative Research)又はTGFα(ヒト組換え体、Gibco)を含有した。細胞を基質の前処理なしに75cm2組織培養フラスコ(Corning)に0.2×106細胞/mlで播種し、37℃、湿度100%、空気95%/CO25%のインキュベーターに入れた。
細胞は最初の48時間以内及び試験管内で3−4日まで増殖すると、神経小球として知られる小さなクラスターを形成し、4−6DIVに基質から離れた。
7DIV後、神経小球を取り出し、400r.p.m.で2−5分間遠心し、沈降物を火炎仕上げのガラスパスツールピペットを用いて2mlの完全培地中の個々の細胞の中に機械的に解離した。
1×106細胞を20mlのEGF含有完全培地を含む75cm2組織培養フラスコに再び播種した。幹細胞の増殖及び新しい神経小球の形成を再び開始した。この手順を6−8日毎に繰り返すことができる。
【0008】
実施例2
神経小球の分化
神経小球を下記の範例を用いて分化した。各範例に用いられた神経小球は、実施例1で述べたように生成した。使用した神経小球はすべて分化の前に少なくとも1回継代した。

範例1−−神経小球の急速分化
最初の継代の6〜8日後、神経小球を取り出し、400r.p.m.で遠心した。EGF含有上清を除去し、沈降物を1%ウシ胎児血清(FBS)を含有する無EGF完全培地に懸濁した。
神経小球(約0.5−1.0×106細胞/ウェル)を24ウェルNucoln(1.0ml/ウェル)培養皿のポリ−L−オルニチン被覆(15μg/ml)ガラスカバースリップ上にプレートした。培養状態で24時間後、カバースリップを0.5%FBSを含有する完全培地を含む12ウェル(Costar)培養皿に移した。培地を4−7日毎に交換した。この分化手順を“急速分化範例”又はRDPと呼ぶ。

範例2−−解離神経小球の分化
最初の継代の6〜8日後、神経小球を取り出し、400r.p.m.で遠心した。EGF含有培地を除去し、沈降物を1%FBSを含有する無EGF完全培地に懸濁した。神経小球を火炎仕上げのガラスパスツールピペットを用いて単一細胞の中に機械的に解離し、800r.p.m.で5分間遠心した。0.5−1.0×106細胞を24ウェルNucoln(1.0ml/ウェル)培養皿のポリ−L−オルニチン被覆(15μg/ml)ガラスカバースリップ上にプレートした。1%FBSを含有する無EGF培養基を4−7日毎に交換した。

範例3−−単一神経小球の分化
無EGF培地の交換による連続移動によってEGFを除いて洗浄した。単一神経小球を24ウェルプレートのポリ−L−オルニチン被覆(15μg/ml)ガラスカバースリップ上にプレートした。使用培養基は1%FBSあり又はなしの完全培地とした。培地を4−7日毎に交換した。

範例4−−単一解離神経小球の分化
無EGF培地の交換による連続移動によってEGFを除いて洗浄した。単一神経小球を0.5mlのエッペンドルフ遠心管に機械的に解離し、細胞をすべて35mmの培養皿上にプレートした。完全培地を1%FBSあり又はなしで用いた。
【0009】
実施例3
神経小球分化に関する増殖因子の影響
神経小球分化に関するCNTF,bFGF、BDNF及びレチノイン酸の影響を実施例2で述べた分化範例を用いて試験した。

CNTF
CNTFの作用を範例1及び3で分析した。両範例の場合、CNTFを実験の始めに10ng/mlの濃度であるいは毎日1ng/mlの濃度で添加した。
範例1においては、CNTFを添加すると、tau−1−免疫反応細胞数の他にニューロン特異的エノラーゼ(NSE)−免疫反応細胞数を増加し、CNTFがニューロンの増殖、生存又は分化に効果があることを示す。神経伝達物質GABA及びサブスタンスPを認識する抗体を用いる予備的試験は、これらのタンパク質を含有する細胞数が増加しないことを示している。これは、種々のニューロン表現型が生産していることを示すものである。
範例1の希突起膠細胞についてCNTFの影響を実験するために、O4、ガラクトセレブロシド(GalC)及びミエリン塩基性タンパク質(MBP)を用いた。CNTFはO4(+)細胞数に効果がなかったが、GalC(+)及びMBP(+)細胞数が対照に比べて増加した。即ち、CNTFは希突起膠細胞の成熟に役割を果たすと考えられる。
1実験においては、血清を培養基に決して加えない以外は範例1で述べたように神経小球を分化した。ニューロン及び希突起膠細胞についてCNTFの効果は血清の存在下と同様になかったが、平らな原形質アストログリア細胞の増殖が増大した。従って、CNTFは、種々の培養条件でアストログリア細胞の分化に影響する。
範例3においては、CNTFを添加すると、NSE(+)細胞数が増加する結果が得られた。

BDNF
BDNFの影響を範例3を用いて試験した。1神経小球当たりのNSE(+)ニューロン数が増加した。更に、ニューロンの分岐及びニューロンの小球からの移動が増加した。

bFGF
bFGFの影響を範例2及び4を用いて試験した。範例2においては、20ng/mlのbFGFを実験の始めに加え、7日後に細胞を染色した。bFGFは、GFAP(+)細胞数及びNSE(+)細胞数を増加した。これは、bFGFがニューロン及び希突起膠細胞について増殖又は生存効果があることを示すものである。
範例4においては、20ng/mlのbFGFを実験の始めに加え、7−10日後に分析した。bFGFは、EGF応答幹細胞によって生じた前駆細胞の増殖を誘導した。分裂する2種類の異なった細胞型、神経芽細胞及び二潜在的始原細胞型を誘導した。神経芽細胞は平均して約6ニューロンを生産し、二潜在的細胞は約6ニューロンと多数のアストログリア細胞を生産した。
上記実験において、低密度(2500細胞/cm2)でプレートした場合、試験管内で(DIV)7日までにEGFを添加すると、幹細胞の増殖を開始するが、7DIV後に加えると開始しないことが判明した。線条体細胞(E14、2500細胞/cm2)を20ng/mlのbFGFの存在なしで又は存在させてプレートした。11DIV後、培養物を洗浄し、20ng/mlのEGFを含有する培地を加えた。4−5DIV後、bFGFで感作した培養では70%以上の試験ウェルがEGF生成細胞の形態及び抗原特性を有するコロニーに発育した増殖細胞のクラスターを含有した。bFGFで感作しなかった培養物は、EGF応答増殖を示さなかった。これらの知見は、EGF応答幹細胞が長期生存を調節するbFGFレセプターを有することを示している。

レチノイン酸
10-7Mのレチノイン酸の影響を範例1を用いて試験した。NSE(+)及びtau−1(+)細胞が増加し、レチノイン酸がニューロン数を増加することを示した。
【0010】
実施例4
神経幹細胞に関するtrkBレセプターのスクリーニング
EGF生成神経小球におけるニューロトロフィンレセプターのtrkファミリーの発現を、ノザンブロット分析によって試験した。マウス及びラット線条体EGF生成神経小球から全mRNAを単離した。ラット及びマウス両神経小球は高レベルのtrkBレセプターmRNAを発現したが、trk又はtrkCmRNAを発現しなかった。予備的実験においては、単一EGF生成マウス神経小球をポリ−L−オルニチン被覆ガラスカバースリップ上にプレートし、10ng/mlのBDNFを存在させずに又は存在させて培養した。試験管内で14−28日後に試験すると、BDNFを存在させてプレートした神経小球は多くの及び非常に分岐した突起を有するNSE(+)細胞を含有した。ウェル発育NSE(+)細胞はBDNFのないときには見られなかった。EGF生成神経小球のtrkBレセプターを活性化すると、新たに生成したニューロンの分化、生存及び/又はニューライト派生を高めることができる。
【0011】
実施例5
神経幹細胞に関するGAP−43膜リンタンパク質のスクリーニング
増殖結合タンパク質(GAP−43)は、発育中ダウンレギュレートする神経系特異的膜リンタンパク質である。元来GAP−43はニューロン特異的であると考えられたが、最近の報告ではこのタンパク質があるアストログリア細胞、希突起膠細胞中及びシュワン細胞中での発育で少なくとも一時的に発現されることが示されている。現在、マクログリアにおけるGAP−43の役割は未知である。胎生及び成熟マウス線条体由来のEGF応答幹細胞から生成したグリア細胞中GAP−43の一時的発現を調べた。グリア細胞(アストログリア細胞及び希突起膠細胞)分化は、前駆細胞を無EGFの1%FBSを含有する培地中でプレートすることにより誘導した。次いで、GAP−43、ネスチン、GFAP,O4及びGalCに特異的な抗体を用いて細胞をプローブした。GAP−43を発現する細胞を確認するために、抗体を種々の組合わせで二重標識免疫蛍光法を用いてプールした。
プレーティング後の最初の2日間にほとんどすべての細胞に低レベルから中レベルのGAP−43の発現があったが、プレーティング後3−4日までにGAP−43発現レベルは紡錘形及び星状細胞に限定されるようになった。4日目に希突起膠細胞マーカーO4及びGalCであるが、GFAP及びGAP−43で共標識したGAP−43発現細胞の大部分が多数の細胞内で共発現した。しかしながら、プレーティング後1週間で、実質的にGFAP発現アストログリア細胞のすべてがもはやGAP−43を発現せず、O4及びGalC発現細胞の大部分がGAP−43の発現を続けた。7−10日目に、これらの希突起膠細胞はMBPを発現し始め、GAP−43の発現を消失した。EGF応答幹細胞は、グリア及びニューロンの発生においてGAP−43の役割の実験に有効なモデル系を示すものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
神経幹細胞から分化細胞を調製する方法であって、
(a)ニューロン、アストログリア細胞及び希突起膠細胞へ分化することができる後代を生成することができる、予め取得した少なくとも1つの神経幹細胞を、懸濁状態で、マイトジェンを含む増殖誘導性無血清培養基中で増殖して神経前駆細胞を生成する工程であって、該マイトジェンが表皮増殖因子である工程、及び
(b)該神経前駆細胞を、表皮増殖因子を含まない分化誘導性培養基中で培養することにより、該神経前駆細胞を分化させて分化神経細胞を生成する工程であって、該分化誘導性培養基が、
(i)CNTF、bFGF、BDNF及びレチノイン酸からなる群より選ばれる分化誘導性増殖因子又は、
(ii)該分化誘導性増殖因子及び該神経前駆細胞が接着する基質の両方
を含む工程、
を含むことを特徴とする方法。
【請求項2】
基質がポリ−L−オルニチン、コラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン及びマトリゲルからなる群より選ばれる請求項1に記載の方法。
【請求項3】
分化細胞がニューロンである、請求項1〜2のいずれかに記載の方法。
【請求項4】
分化細胞が成熟希突起膠細胞である、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
分化細胞がアストログリア細胞である、請求項1〜4のいずれかに記載の方法。

【公開番号】特開2007−14352(P2007−14352A)
【公開日】平成19年1月25日(2007.1.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−276639(P2006−276639)
【出願日】平成18年10月10日(2006.10.10)
【分割の表示】特願平6−510503の分割
【原出願日】平成5年10月27日(1993.10.27)
【出願人】(503345112)ニューロスフィアーズ ホウルディングス リミテッド (2)
【Fターム(参考)】