説明

異常プリオン分解酵素阻害物質及びその用途

【課題】食品由来の異常プリオン分解酵素阻害物質を提供する。
【解決手段】ニンニクから抽出され、異常プリオン分解酵素プリオナーゼによるタンパク質分解を阻害する活性を有し、100℃で20分間加熱しても当該活性を保持しているが、プロテイナーゼK処理により失活することを特徴とする異常プリオン分解酵素阻害物質;前記物質を含有する異常プリオン分解酵素阻害剤;及び前記物質及び異常プリオン分解酵素を用いる羊腸又は羊腸から製造される天然ケーシングの浄化方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、異常プリオン分解酵素阻害物質及びその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
わが国において海綿状脳症(BSE)に罹患した牛が平成19年2月までに32頭確認され、プリオン病発症機序の解明及び治療・予防法の開発が緊急課題となっている。一方、本発明者らは、ラット肝臓から進化的に高度に保存された新規なタンパク質を世界に先駆けて発見し、これを過塩素酸可溶性タンパク質(PSP)と名付けた(非特許文献1)。PSPの立体構造は、異常プリオンタンパク質と極めて類似した立体構造を示す(非特許文献2)。また、プロテイナーゼKや熱に対する耐性も異常プリオンタンパク質と同様の性質を示したことから、PSPは異常プリオンタンパク質のモデルとなりうるとの着想に至った。PSPを基質として異常プリオンタンパク質を分解する酵素をスクリーニングした結果、ある種の放線菌(ストレプトミセス・エスピー99−GP−2D−5株(FERM P−19336))が分泌する酵素(プリオナーゼTM)が異常プリオンタンパク質を分解することを見出した(特許文献1及び非特許文献3)。
【0003】
一方、ソーセージの皮は天然ケーシングとして羊腸から生成される。EUではBSEが羊へ感染することが実験的に確認されている(非特許文献4)。自然界でBSE罹患羊が確認された場合、食の安全に深刻な影響を与えることになる(非特許文献5)。本発明者らは、既にプリオナーゼの性質を明らかにするとともに、本酵素を天然ケーシング加工過程に導入し、天然ケーシングの浄化法について検討した(特許文献2)。スクレイピー由来の異常プリオンタンパク質を混在させたモデルケーシングをプリオナーゼで処理すると、わずか15分で異常プリオンタンパク質が検出限界以下にまで浄化された。また、プリオナーゼは羊腸の異常プリオンタンパク質を浄化できるだけでなく、羊腸をコラーゲンのみの理想的なケーシングに仕上げる酵素であることが明らかにされた。
【0004】
過去にオーストラリアで同様の酵素が見出され、ソーセージの製造過程に応用されたが、酵素の活性があまりに強力であったため、加工の過程でケーシングが破損したという経緯が報告されている。プリオナーゼは強力な酵素であることから、ソーセージ製造にプリオナーゼを応用した場合にもケーシングが破損することは十分に懸念される。従って、プリオナーゼを用いる際には、阻害剤を併せて使用することで、ソーセージの安全性及び品質を改善しつつ、ケーシングの破損を予防することが可能となる。プリオナーゼはセリン性プロテアーゼであり、既知の阻害剤としてフェニルメチルスルホニルフルオリド(PMSF)やフルオロリン酸ジイソプロピル(DFP)が知られているが、これらの阻害剤は毒性があり、食品に使用することは不可能である。そこで、本発明者らは、食品に由来するプリオナーゼ阻害物質のスクリーニングを行った。その結果、ニンニク抽出液にプリオナーゼ阻害効果があることを明らかにし、その活性本体は低分子の物質であると報告した(非特許文献6)。
【0005】
【特許文献1】特開2005−34152号公報
【特許文献2】特開2006−180826号公報
【非特許文献1】Oka T, Tsuji H, Noda C, Sakai K, Hong YM, Suzuki I, Munoz S, Natori Y., Isolation and characterization of a novel perchloric acid-soluble protein inhibiting cell-free protein synthesis., J. Biol. Chem., 270, 30060-30067 (1995).
【非特許文献2】Carugo KD, Saraste M, Oka T., Crystallization and preliminary X-ray diffraction studies of perchloric acid soluble protein (PSP) from rat liver., Acta Cryst., D55, 667-668 (1999).
【非特許文献3】Hui Z, Doi H, Kanouchi H, Matsuura Y, Mohri S, Nonomura Y, Oka T., Alkaline serine protease produced by Streptomyces sp. degrades PrP(Sc)., Biochem. Biophys. Res. Commun., 321, 45-50 (2004).
【非特許文献4】Foster JD, Bruce M, McConnell I, Chree A, Fraser H., Detection of BSE infectivity in brain and spleen of experimentally infected sheep., Vet. Rec., 138, 546-548 (1996).
【非特許文献5】Declan Butler., A wolf in sheep's clothing., Nature, 414, 576-577 (2001).
【非特許文献6】平成18年度日本栄養・食糧学会九州・沖縄支部および農芸化学会西日本支部合同大会講演要旨集第29頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、食品由来の異常プリオン分解酵素阻害物質を提供することである。
前記課題を解決するため、本発明者らが更に検討を重ねたところ、ニンニク抽出液のプリオナーゼ阻害効果の活性本体は先に予想していた低分子の物質ではなく、タンパク質であることを見出すとともに、当該物質を単離・精製することに成功し、本発明を完成するに至った。
【課題を解決するための手段】
【0007】
(1)ニンニクから抽出され、異常プリオン分解酵素プリオナーゼによるタンパク質分解を阻害する活性を有し、100℃で20分間加熱しても当該活性を保持しているが、プロテイナーゼK処理により失活することを特徴とする異常プリオン分解酵素阻害物質。
(2)ニンニク水抽出液に80%飽和になるように硫安を加え、遠心分離後、沈殿を水に再溶解し、一晩透析後、100℃で20分間加熱した後、再び遠心分離し、上清を回収後、Native−PAGE法で分離することにより得られる前記(1)に記載の異常プリオン分解酵素阻害物質。
(3)SDS−PAGE法にて分子量約12,000を示す前記(1)又は(2)に記載の異常プリオン分解酵素阻害物質。
(4)次のアミノ酸配列:
GNILMNDEGLYAGQSL
で示されるN末端アミノ酸配列を含むタンパク質である前記(1)〜(3)のいずれかに記載の異常プリオン分解酵素阻害物質。
(5)前記(1)〜(4)のいずれかに記載の異常プリオン分解酵素阻害物質を含有する異常プリオン分解酵素阻害剤。
(6)ニンニク水抽出液、又はニンニク水抽出物の水溶液に75〜85%飽和になるように硫安を加え、遠心分離後、回収した沈殿を水に再溶解し、透析後、80〜100℃で加熱した後、再び遠心分離して得られる上清又はその処理物を含有する異常プリオン分解酵素阻害剤。
(7)前記(5)又は(6)記載の異常プリオン分解酵素阻害剤及び異常プリオン分解酵素を用いる羊腸又は羊腸から製造される天然ケーシングの浄化方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明の異常プリオン分解酵素阻害物質はニンニク由来であるので、これを用いることにより、フェニルメチルスルホニルフルオリド(PMSF)やフルオロリン酸ジイソプロピル(DFP)のように毒性を有する阻害剤を用いることなく、羊腸又は羊腸から製造される天然ケーシングを浄化することができ、安全でかつ高品質のソーセージの製造が可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明の異常プリオン分解酵素阻害物質は、ニンニク抽出物から、異常プリオン分解酵素プリオナーゼによるタンパク質分解を阻害する活性を有し、100℃で20分間加熱しても当該活性を保持しているが、プロテイナーゼK処理により失活する物質を分離することにより得ることができる。
【0010】
抽出溶媒としては、好ましくは水、リン酸緩衝液が用いられ、抽出温度は、通常4〜20℃であり、抽出時間は、通常10〜20分である。本発明の物質は、100℃で20分間加熱しても、異常プリオン分解酵素プリオナーゼによるタンパク質分解を阻害する活性を保持しているので、抽出溶媒として、熱水を用いることもできる。
【0011】
本発明の異常プリオン分解酵素阻害物質により酵素活性が阻害される異常プリオン分解酵素としては、例えば特開2005−34152号公報(特許文献1)に記載のストレプトミセス・エスピー99−GP−2D−5株(FERM P−19336)が分泌する酵素(プリオナーゼTM)が挙げられる。
【0012】
本発明の物質を含有するニンニク水抽出液、ニンニク水抽出物の水溶液などの水溶液に75〜85%飽和になるように硫安を加え、遠心分離後、回収した沈殿を水に再溶解し、透析後、80〜100℃で10〜60分間、好ましくは20分間加熱した後、再び遠心分離し、上清を回収後、Native−PAGE法で精製・分離することにより本発明の物質を得ることができる。
【0013】
本発明の異常プリオン分解酵素阻害剤には、前記のようにして精製・分離した本発明の物質の他、前記上清又はこれをクロマトグラフィー等の各種精製手段で処理して得られる処理物を用いることもできる。
【0014】
本発明の物質は、異常プリオン分解酵素阻害作用を有し、異常プリオン分解酵素を用いる羊腸又は羊腸から製造される天然ケーシングの浄化方法に用いることにより、ソーセージの安全性及び品質を改善しつつ、ケーシングの破損を予防することが可能となる。この際の使用方法としては、特開2006−180826号公報(特許文献2)に記載されているように、異常プリオンを有し得る天然ケーシングに異常プリオン分解酵素を加え、該分解酵素の活動に有効な温度でインキュベートし、インキュベート終了後に本発明の異常プリオン分解酵素阻害物質を阻害剤として添加して反応を停止させる方法が挙げられる。
【実施例】
【0015】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明の範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【0016】
(実施例1)
(1)ニンニク抽出液の調製
ニンニク球根をその5倍重量の水でホモジナイズし、14,000×gで20分間遠心分離して上清を得、サンプルとした。
【0017】
(2)ニンニク抽出液のプリオナーゼ阻害活性
非特許文献1(J. Biol. Chem., 270, 30060-30067 (1995))記載の方法に準じて豚肝臓より抽出した過塩素酸可溶性タンパク質(PSP)にプリオナーゼを添加し、各倍率に希釈したニンニク抽出液又はフェニルメチルスルホニルフルオリド(PMSF)存在下において60℃で30分間加熱した。その後、抗PSP抗体(Comp Biochem Physiol B Biochem Mol Biol. 2003 Apr; 134(4): 571-8)を用いたウェスタンブロッティング法でPSPの検出を行った。
ニンニク抽出液はPMSFと同様にプリオナーゼ阻害効果を示した。また、その阻害効果はニンニク抽出液の濃度依存的であった(図1)。
【0018】
(3)プロテイナーゼK処理がニンニク抽出液のプリオナーゼ阻害活性に及ぼす効果
前記PSPにプリオナーゼを添加し、ニンニク抽出液及びタンパク質分解酵素であるプロテイナーゼKの存在下、60℃で30分間加熱した。その後、前記抗PSP抗体を用いたウェスタンブロッティング法でPSPの検出を行った。
その結果、ニンニク抽出液からプリオナーゼ阻害活性が失われた(図2)。これらの結果は、ニンニク抽出液中の阻害物質がタンパク質であることを示唆している。
【0019】
(4)ニンニク抽出液のプリオナーゼ阻害活性に及ぼす加熱の効果
ニンニク抽出液を100℃で20分間加熱した後、14,000×gで20分間遠心分離し、沈殿を除去した。更に前記PSPにプリオナーゼを添加し、加熱又は非加熱のニンニク抽出液存在下で30分間加熱した。最後に前記抗PSP抗体を用いたウェスタンブロッティング法でPSPの検出を行った。
ニンニク抽出液を100℃で20分間加熱してもニンニク抽出液はプリオナーゼに対する活性阻害効果を保持していた(図3)。これらの結果は、ニンニク抽出液中の阻害物質は耐熱性を有するタンパク質であることを示唆している。
【0020】
(5)プリオナーゼ阻害物質の精製
以下のようにして、プリオナーゼ阻害物質を精製した。
先ず、ニンニク水抽出液に80%飽和になるように硫安を加え、1時間静置した。次に14,000×gで20分間遠心分離後、沈殿を回収して水に再溶解した。一晩透析後、14,000×gで20分間遠心分離後、上清を回収した。最後に、100℃で20分間加熱した後、14,000×gで20分間遠心分離し、上清を回収後、Native−PAGE法で分離して精製標品とした。本精製標品は、濃度依存的にプリオナーゼを阻害した(図4)。
【0021】
また、精製標品をSDS−PAGEに供した結果、分子量約12,000のタンパク質が検出された(図5)。本タンパク質のN末端アミノ酸配列を解析した結果、GNILMNDEGLYAGQSL(配列番号1)であることが明らかにされた。更に、データベースによる解析を行った結果、同様のアミノ酸配列を有するタンパク質は見出されなかったことから本阻害物質は新規なタンパク質であることが明らかにされた。
【産業上の利用可能性】
【0022】
本発明の異常プリオン分解酵素阻害物質は、安全でかつ高品質のソーセージの製造に利用される。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】プリオナーゼ活性に及ぼすニンニク抽出液の効果を示す図である。
【図2】プロテイナーゼK処理がニンニク抽出液のプリオナーゼ阻害活性に及ぼす効果を示す図である。
【図3】ニンニク抽出液のプリオナーゼ阻害活性に及ぼす加熱の効果を示す図である。
【図4】ニンニク抽出液精製標品のプリオナーゼ阻害活性を示す図である。
【図5】ニンニク抽出液精製標品のSDS−PAGEの結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニンニクから抽出され、異常プリオン分解酵素プリオナーゼによるタンパク質分解を阻害する活性を有し、100℃で20分間加熱しても当該活性を保持しているが、プロテイナーゼK処理により失活することを特徴とする異常プリオン分解酵素阻害物質。
【請求項2】
ニンニク水抽出液に80%飽和になるように硫安を加え、遠心分離後、沈殿を水に再溶解し、一晩透析後、100℃で20分間加熱した後、再び遠心分離し、上清を回収後、Native−PAGE法で分離することにより得られる請求項1記載の異常プリオン分解酵素阻害物質。
【請求項3】
SDS−PAGE法にて分子量約12,000を示す請求項1又は2記載の異常プリオン分解酵素阻害物質。
【請求項4】
次のアミノ酸配列:
GNILMNDEGLYAGQSL
で示されるN末端アミノ酸配列を含むタンパク質である請求項1〜3のいずれか1項に記載の異常プリオン分解酵素阻害物質。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の異常プリオン分解酵素阻害物質を含有する異常プリオン分解酵素阻害剤。
【請求項6】
ニンニク水抽出液、又はニンニク水抽出物の水溶液に75〜85%飽和になるように硫安を加え、遠心分離後、回収した沈殿を水に再溶解し、透析後、80〜100℃で加熱した後、再び遠心分離して得られる上清又はその処理物を含有する異常プリオン分解酵素阻害剤。
【請求項7】
請求項5又は6記載の異常プリオン分解酵素阻害剤及び異常プリオン分解酵素を用いる羊腸又は羊腸から製造される天然ケーシングの浄化方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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