説明

異物の判別方法

【課題】電子部品などの製造の作業環境においては、原料中の不純物、作業者の皮膚などが異物となる。このため、異物を解析することによってその発生源を特定し、異物混入への対策を講ずることが必要となる。各種製品における品質管理において、異物がヒト由来であるか否かを迅速に特定する異物の判別方法を提供する。
【解決手段】異物にメチル基を有する水酸化アルキルアンモニウムを加え、ヒドロキシ安息香酸及びその誘導体をメチルエステル化させ、発生した気体をガスクロマトグラフ質量分析法により分析する。ガスクロマトグラフ質量分析においてメトキシ安息香酸メチルエステルが検出された場合、異物がヒト由来であると判別する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各種製品における品質管理において、製品中に混入した異物がヒト由来か否かを特定する異物の判別方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電子部品は、異物の存在によりその性能に大きな影響を受ける。例えば、電子回路に異物が存在すると、ショート、断線、過熱などの不具合が発生し、正常な機能が発揮できなくなる。そのため、電子部品などの各種製品への異物の混入を防ぐことが大変重要となる。
【0003】
電子部品などの製造の作業環境においては、原料中の不純物、作業者の皮膚などが異物となる。このため、異物を解析することによってその発生源を特定し、異物混入への対策を講ずることが必要となる。例えば、電子部品に混入した異物が皮膚などのヒト由来であれば、作業者の肌の露出を防ぐことにより、製品の品質向上を図ることができる。
【0004】
特許文献1には、異物がヒト由来であることを特定する方法として、核酸配列情報を解析する方法が提示されている。この方法は、食品製造工程等における異物を特定するためにDNA情報を解析するものであるが、個人を特定する必要がない場合には費用と時間が無駄に費やされてしまう。
【0005】
また、特許文献2には、特定の顕微赤外スペクトルが得られた試料について、X線マイクロアナライザー分析法又は蛍光X線分析法を用いた元素分析により酸素、硫黄、ナトリウム、カリウム及び塩素を検出することで、生体由来の異物であるか否かを判別する方法が提示されている。しかし、この特許文献2の技術では、生体由来の異物がヒト由来であるか否かを判別するのは困難である。
【0006】
また、非特許文献1には、フーリエ変換赤外分光法を用いて分析する方法が提示されている。しかし、フーリエ変換赤外分光法により検出されるペプチド結合のピークは、微生物及びヒトの皮膚のたんぱく質中のペプチド結合の平均化したスペクトルを反映しているため、微生物のピークとヒトの皮膚のピークには変化がほとんど見られず、異物がヒト由来であるか否かを判別するのは困難である。
【0007】
また、非特許文献2には、ラマン分光法により、ペプチド結合のピーク以外にフェニルアラニン、チロシンなどのアミノ酸のピークを検出することが開示されている。しかし、微生物及び皮膚に含まれるフェニルアラニン及びチロシンの含有量は多くても数%であるあるため、ラマン分光法で得られるピークは微小となり、定量精度を欠いてしまう。しかも、フェニルアラニン及びチロシンは、微生物及び皮膚に含まれる物質であることから、僅かのピーク強度の差異から異物が皮膚由来であるか否かを判別するのは困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2003−259897
【特許文献2】特開2009−156764
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】錦田晃一、西尾悦尾著、「チャートで見るFT−IR」、株式会社講談社、1990年6月20日発行、p.144−145
【非特許文献2】濱口宏夫、平川暁子著、「ラマン分光法」、株式会社学会出版センター、1988年12月10日発行、p.154−157
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記した課題を解決するために開発されたのであって、異物がヒト由来であるか否かを迅速に特定することで、製品の品質の向上に寄与することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本件発明者は、ヒトの体内に僅かに存在し、微生物中に存在する可能性が極めて低いヒドロキシ安息香酸及びその誘導体に注目し、これを低沸点化合物であるメトキシ安息香酸メチルエステルにメチルエステル化してガスクロマトグラフ質量分析法により検出することにより、異物がヒト由来であるか否かを迅速に判別可能であることを見出した。
【0012】
すなわち、本発明に係る異物の判別方法は、異物にメチル基を有する水酸化アルキルアンモニウムを加え、ヒドロキシ安息香酸及びその誘導体をメチルエステル化させる反応工程と、反応工程において発生した気体をガスクロマトグラフ質量分析法により分析し、メトキシ安息香酸メチルエステルを検出する分析工程と、分析工程においてメトキシ安息香酸メチルエステルが検出された場合、異物がヒト由来であると判別する判別工程とを有することを特徴としている。
【0013】
ここで、反応工程では、異物とメチル基を有する水酸化アルキルアンモニウムとを5秒以内に常温から400℃まで昇温させ、400℃以上の温度でヒドロキシ安息香酸及びその誘導体をメチルエステル化させることを特徴としている。
【0014】
また、分析工程では、質量数(m/e)166、135、又は133の少なくともいずれか1つのピークによりメトキシ安息香酸メチルエステルを検出することを特徴としている。
【0015】
また、メチル基を有する水酸化アルキルアンモニウムは、水酸化テトラメチルアンモニウム、水酸化トリメチルアンモニウム、水酸化ジメチルアンモニウム、又は水酸化モノメチルアンモニウムのうち少なくとも1つであることを特徴としている。
【0016】
また、メトキシ安息香酸メチルエステルは、2−メトキシ安息香酸メチルエステル、3−メトキシ安息香酸メチルエステル、又は4−メトキシ安息香酸メチルエステルのうち少なくとも1つであることを特徴としている。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、異物がヒト由来であるかを迅速に特定することができるため、製品の品質の向上に大きく寄与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】標準物質の2−メトキシ安息香酸メチルエステルのクロマトグラム(質量数166)である。
【図2】標準物質の2−メトキシ安息香酸メチルエステルの質量スペクトルである。
【図3】異物の反応生成物を測定した質量数166におけるクロマトグラムである。
【図4】培養物の反応生成物を測定した質量数166におけるクロマトグラムである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明を適用した具体的な実施の形態について、図面を参照しながら下記順序で詳細に説明する。
1.本発明の概要
2.異物の判別方法
2−1.異物と水酸化アルキルアンモニウムとの反応
2−2.ガスクロマトグラフ質量分析
2−3.異物がヒト由来か否かの判別
3.実施例
【0020】
<1.本発明の概要>
ヒトの体内には僅かであるがヒドロキシ安息香酸又はその誘導体化物が存在する。これは、野菜などの食物、皮膚病治療薬などに含まれる2−ヒドロキシ安息香酸又はその誘導体が、体内に摂取されてから体外に排出されるまで、代謝物として皮膚を含む体内に存在するためである。さらに、ヒドロキシ安息香酸及びその誘導体は、抗菌作用を有するため、微生物中に存在する可能性が極めて低い。そこで、本実施の形態では、ヒドロキシ安息香酸及びその誘導体の上記性質を異物の判別に適用させ、ヒドロキシ安息香酸又はその誘導体が異物中に検出されるか否かによって、異物がヒト由来か否かを判断する。
【0021】
また、ヒドロキシ安息香酸は、沸点が高いのでガスクロマトグラフを用いた分離には不向きである。そこで、本実施の形態では、ヒドロキシ安息香酸及びその誘導体をメチルエステル化して低沸点化合物であるメトキシ安息香酸メチルエステルに転換することにより、ガスクロマトグラフでの分離を迅速に行う。ガスクロマトグラフにより分離されたメトキシ安息香酸メチルエステルは、質量分析を行うことにより同定される。
【0022】
このようにしてメトキシ安息香酸メチルエステルが検出されれば、異物がヒト由来であると判断することができる。
【0023】
すなわち、本実施の形態における異物の判別方法は、異物にメチル基を有する水酸化アルキルアンモニウムを加え、ヒドロキシ安息香酸及びその誘導体をメチルエステル化させる反応工程と、反応工程において発生した気体をガスクロマトグラフ質量分析法により分析し、メトキシ安息香酸メチルエステルを検出する分析工程と、分析工程においてメトキシ安息香酸メチルエステルが検出された場合、異物がヒト由来であると判別する判別工程とを有する。これにより、異物がヒト由来であるかを迅速に特定することが可能となる。
【0024】
<2.異物の判別方法>
以下、本発明を適用させた異物の判別方法を工程毎に説明する。
【0025】
<2−1.異物と水酸化アルキルアンモニウムとの反応>
先ず、異物に水酸化アルキルアンモニウムを加えて反応させる。異物にヒドロキシ安息香酸が含まれていれば、水酸化アルキルアンモニウムによりメチルエステル化反応が起こり、メトキシ安息香酸メチルエステルが生成される。
【0026】
ここで、メチルエステル化反応は、400℃以上の温度で行うことが好ましい。メチルエステル化反応は、290℃以上で進行することが知られているが、400℃以上に加熱することにより、反応を迅速に行わせることができる。
【0027】
また、異物に水酸化アルキルアンモニウムを加え、常温(25℃)から400℃まで昇温させる昇温時間は、5秒以内であることが好ましい。昇温時間が5秒よりも長い場合には、ヒドロキシ安息香酸が分解してしまい、メチルエステル化反応が著しく減少してしまう。なお、加熱方法は、誘導加熱、抵抗加熱などを用いることができるが、5秒以内に常温から400℃まで昇温できる方法であれば、これらに限定されるものではない。
【0028】
水酸化アルキルアンモニウムとしては、メチル基が結合しているものを用いることができる。具体的には、メチル基が4個結合している水酸化テトラメチルアンモニウム、メチル基が3個結合している水酸化トリメチルアンモニウム、メチル基が2個結合している水酸化ジメチルアンモニウム、又はメチル基が1個結合している水酸化モノメチルアンモニウムのいずれかを用いることができる。
【0029】
ヒドロキシ安息香酸(2−ヒドロキシ安息香酸、3−ヒドロキシ安息香酸、4−ヒドロキシ安息香酸)と水酸化アルキルアンモニウムとが反応して生成されるメトキシ安息香酸メチルエステルは、−COOCHと−OCHとの位置関係から、2−メトキシ安息香酸メチルエステル、3−メトキシ安息香酸メチルエステル、4−メトキシ安息香酸メチルエステルのいずれかとなる。
【0030】
<2−2.ガスクロマトグラフ質量分析>
次に、上述したメチルエステル化反応によって発生した気体をガスクロマトグラフ−質量分析装置(以下、GC−MS装置ともいう。)に導入する。GC−MS装置は、試料注入部と、カラムからなる分離部と、質量分析装置とから構成され、試料注入部で導入された試料を分離カラムで個々の成分に分離し、質量分析装置内で電子衝撃により化合物をイオン化し、イオン化フラグメントのパタ−ンを検出する。
【0031】
図1は、標準物質の2−ヒドロキシ安息香酸をメチルエステル化して測定した質量数166におけるクロマトグラムである。このクロマトグラムの13.6分付近にメトキシ安息香酸メチルエステルの分子イオンのピークが見られる。
【0032】
また、図2は、標準物質の2−ヒドロキシ安息香酸をメチルエステル化して測定した質量スペクトルである。ここで、横軸は質量数を電荷で割った値m/z、縦軸はスペクトル中で最も強度の高い質量数(m/z)135のピークを100%としたときのイオンカウント数の相対値である。この質量スペクトルの質量数(m/z)166にメトキシ安息香酸メチルエステルの分子イオンピークが見られる。このほか質量数(m/z)135、133にピークが見られる。
【0033】
すなわち、メトキシ安息香酸メチルエステルが存在すれば、質量数(m/z)166、135、133のいずれかの位置にピークが検出される。
【0034】
<2−3.異物がヒト由来か否かの判別>
次に、GC−MS装置のクロマトグラムより、メトキシ安息香酸メチルエステルを同定し、メトキシ安息香酸メチルエステルが検出された場合、異物がヒト由来であると判別する。具体的には、質量数(m/z)166、135、133のいずれかの位置にピークが検出されれば、異物がヒト由来であると判別する。
【0035】
以上のように、異物を水酸化アルキルアンモニウムと共存した状態で加熱し、発生した気体をガスクロマトグラフ質量分析法により分析し、メトキシ安息香酸メチルエステルが検出されればヒト由来の異物と判別することにより、異物がヒト由来か否かを迅速に判別することができる。
<3.実施例>
【実施例】
【0036】
以下、実施例を挙げて、本発明を具体的に説明する。なお、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0037】
電子部品製造作業場で幅0.1mm、長さ0.1mm、厚さ0.03mmの異物を採取した。なお、この電子部品製造作業場はいわゆるクリーンルームとなっており、異物はヒト由来又は微生物由来のものである。
【0038】
採取した異物は、金属箔(日本分析工業製、590℃用パイロホイル)に載せ、そこに水酸化テトラメチルアンモニウム1mgを添加し、高周波炉(日本分析工業製、JHP−3)にて590℃に加熱した。昇温時間は1秒以内であった。この反応生成物をガスクロマトグラフ質量分析装置(島津製作所製、QP5000)にて測定した。
【0039】
図3は、異物の反応生成物を測定した質量数166におけるクロマトグラムである。このクロマトグラムの13.6分付近aに2−メトキシ安息香酸メチルエステルの分子イオンのピークが見られるため、異物が作業者由来物質であることが分かった。
【0040】
また、純水に含まれている一般細菌の培養物を、上述した電子部品製造作業場の異物と同様に分析した。すなわち、培養物を水酸化テトラメチルアンモニウムと混合して590℃に加熱し、発生した反応生成物をガスクロマトグラフ質量分析装置(島津製作所製、QP5000)にて測定した。
【0041】
図4は、培養物の反応生成物を測定した質量数166におけるクロマトグラムである。このクロマトグラムの13.6分付近bには、2−メトキシ安息香酸メチルエステルの分子イオンのピークが見られなかった。
【0042】
以上の結果より、異物と水酸化アルキルアンモニウムとを反応させ、発生した気体をガスクロマトグラフ質量分析法によってメトキシ安息香酸メチルエステルを検出することにより、異物がヒト由来か否かを迅速に判別することができることが分かった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
異物にメチル基を有する水酸化アルキルアンモニウムを加え、ヒドロキシ安息香酸及びその誘導体をメチルエステル化させる反応工程と、
上記反応工程において発生した気体をガスクロマトグラフ質量分析法により分析し、メトキシ安息香酸メチルエステルを検出する分析工程と、
上記分析工程においてメトキシ安息香酸メチルエステルが検出された場合、上記異物がヒト由来であると判別する判別工程と
を有することを特徴とする異物の判別方法。
【請求項2】
上記反応工程では、異物とメチル基を有する水酸化アルキルアンモニウムとを5秒以内に常温から400℃まで昇温させ、400℃以上の温度でヒドロキシ安息香酸及びその誘導体をメチルエステル化させることを特徴とする請求項1記載の異物の判別方法。
【請求項3】
上記分析工程では、質量数(m/e)166、135、又は133の少なくともいずれか1つのピークによりメトキシ安息香酸メチルエステルを検出することを特徴とする請求項1又は2記載の異物の判別方法。
【請求項4】
上記メチル基を有する水酸化アルキルアンモニウムは、水酸化テトラメチルアンモニウム、水酸化トリメチルアンモニウム、水酸化ジメチルアンモニウム、又は水酸化モノメチルアンモニウムのうち少なくとも1つであることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の異物の判別方法。
【請求項5】
上記メトキシ安息香酸メチルエステルは、2−メトキシ安息香酸メチルエステル、3−メトキシ安息香酸メチルエステル、又は4−メトキシ安息香酸メチルエステルのうち少なくとも1つであることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の異物の判別方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−196815(P2011−196815A)
【公開日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−63706(P2010−63706)
【出願日】平成22年3月19日(2010.3.19)
【出願人】(000183303)住友金属鉱山株式会社 (2,015)
【Fターム(参考)】