説明

異種染色体添加4倍体植物とその細胞及びその子孫植物

【課題】
本発明は、ネギ属植物の種間交雑を用いた異種染色体添加技術において、シャロット由来の染色体が添加され雄性不稔形質を有することを特徴とする、異種染色体添加4倍体植物を提供することを目的とする
【解決手段】
上記課題の解決のため、本発明は、シャロットの特定の染色体(第1、第2染色体)が添加され、強い雄性不稔形質を有する異種染色体添加4倍体植物を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有用植物の育種分野において、品種改良の際に必要不可欠な雄性不稔形質の付与方法に関し、より詳しくは、シャロットの第1または第2染色体が添加され、雄性不稔形質を有した異種染色体添加4倍体植物とその細胞及びその子孫植物に関する。
【背景技術】
【0002】
作物など有用植物において、ある株と別の株との交配によって改良品種(F1)を得る手法は、F1が親品種を上回る収量や耐病性を示したり、両親の持つ良い形質をともに受け継いだりすることが知られ、古くから農業分野において利用されてきた。交配による品種の作出において非常に重要な点は、交配の際、自分の花粉で自分の胚珠が受粉する「自家受粉」を避け、確実に別株からの花粉を受粉することであり、その最も効率的かつ計画的な手法としては、親株の片方に雄性不稔(自身の花粉が主因で自家受粉による種子を形成しない)の形質を付与するという手法が用いられている。雄性不稔形質の導入方法としては、自然突然変異により生まれながらにして雄性不稔形質を持った株を利用する方法や、遺伝子組み換えを含む外来遺伝子の導入、薬品処理などによって人工的に雄性不稔形質を付与する方法、などがこれまでに提案されている(特許文献1−3)。
【0003】
また、近年、ネギ属植物における細胞質雄性不稔(Cytoplasmic male sterility:CMS)の解析から、アリウム・ガランサム(Allium galanthum)の細胞質を有した雄性不稔のネギが作出されたり、雄性不稔に関する遺伝子の解析が進められてその一部が明らかになりつつある(非特許文献1−4)。
しかしながら、従来の技術は、雄性不稔形質に関与する個別の遺伝因子を明らかにしてこれを利用したり、薬品処理などで人工的に雄性不稔を誘導するというものであり、通常の育種現場で適用可能なものでは無かった。食用・園芸用植物として極めて重要な位置にあるネギ属植物の育種分野において、通常の交配と顕微鏡観察等によって利用可能な、染色体レベルで雄性不稔形質を付与する技術の開発が待たれていた。
【特許文献1】特開2006−042730号公報 単子葉植物の雄性不稔体の生産方法およびこれを用いて得られる植物体、並びにその利用
【特許文献2】特開平05−301807号公報 ユリ綱植物において雄性不稔を誘発する方法
【特許文献3】特表平11−512290号公報 Polima CMS細胞質を有し、高温及び低温において雄性不稔性である細胞質雄性不稔性Brassica oleracea植物
【特許文献4】特許第2656311号公報 雄性不稔誘発剤及びそれを用いた雄性不稔誘発方法ならびにF▲下1▼採種法
【非特許文献1】Havey M.J.1999.J.Amer.Soc.Hort.Sci.124(6):626−629.
【非特許文献2】Szklarczyk,M.et al.2002.Cellu.Mol.Biol.Lett.7(2B):625−634.
【非特許文献3】Yamashita K.et al.2005.Theor.Appl.Genet.111:15−22.
【非特許文献4】Song,L.−Q.et al.2006.Theor.Appl.Genet.113(1):55−62.
【非特許文献5】Shigyo M.et al.1996.Genes Genet.Syst.71:363−371.
【非特許文献6】Adaniya S.& Tamaki S.1991.J.Jpn.Soc.Hort.Sci.60:105−112.
【非特許文献7】Adaniya S.& Ardian .1993.Euphytica 79:5−12.
【非特許文献8】執行ら 2000.園芸学会誌69号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記の現状に鑑み、本発明は、ネギ属植物の種間交雑を用いた異種染色体添加技術において、シャロット由来の染色体が添加され雄性不稔形質を有することを特徴とする、異種染色体添加4倍体植物とその細胞及びその子孫植物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題の解決のため、本発明者らは、ネギ(Allium fistulosum)をレシピエント(異種染色体が添加される植物)とし、種間交雑によってシャロット(Allium cepa)由来の染色体を添加するという異種染色体添加技術を独自に開発し、これまでにシャロットの各染色体を1本だけ持つ単一異種染色体添加2倍体ネギ系統の作出に成功している(非特許文献5)。
これら単一異種染色体添加系統はシャロットの持つ様々な有用形質を発現するなど、食用作物の品種改良法に新たな里程を築くものであるが、本発明者らは更に、添加された異種染色体の次世代への伝達のため、これら単一異種染色体添加2倍体ネギ系統の染色体倍加により4倍体系統の作出にも成功した。この異種染色体添加4倍体系統の作出過程において、本発明者らは、シャロットの特定の染色体が極めて強い雄性不稔形質をレシピエントであるネギに付与するという事実を見いだし、これを育種分野に適用すべく種々の解析を進めて、本発明を完成させた。
【0006】
すなわち、請求項1記載の発明では、シャロット(Allium cepa)由来の第1染色体を1対、及び/または第2染色体を1対有し、雄性不稔形質を有することを特徴とする、異種染色体添加4倍体植物を提供する。
上記構成の異種染色体添加4倍体植物においては、シャロットの特定の染色体が、強い雄性不稔形質をレシピエントに対して発揮するように作用する。
【0007】
請求項2記載の発明では、レシピエントがユリ科ネギ属植物である、請求項1に記載の異種染色体添加4倍体植物を提供する。
上記構成の異種染色体添加4倍体植物においても同様、シャロットの特定の染色体が強い雄性不稔形質をレシピエントであるユリ科ネギ属植物に対して発揮するように作用する。
【0008】
請求項3記載の発明では、レシピエントがネギ(Allium fistulosum)、ニンニク(Allium sativum)、ニラ(Allium tuberosum)、ラッキョウ(Allium chinense)、チャイブ(Allium schoenoprasum)、アサツキ(Allium schoenoprasum var.foliosum)、ノビル(Allium grayi)、ギョウジャニンニク(Allium victorialis)、リーキ(Allium ampeloprasum)、野生ネギ(Allium vavilovii)のうちいずれか1種類より選択される、請求項2記載に記載の異種染色体添加4倍体植物を提供する。
上記構成の異種染色体添加4倍体植物においても同様に、シャロットの特定の染色体が、強い雄性不稔形質をレシピエントであるネギやニンニクなどのユリ科ネギ属植物に対して発揮するように作用する。
【0009】
請求項4記載の発明では、レシピエントが花ネギ(Allium giganteum)、コワニー(Allium neapolitanum)、アリウム・アズレウム(Allium azureum)、アリウム・ロゼウム(Allium roseum)、アリウム・スファエロセファルム(Allium sphaerocephalum)、アリウム・トリクエトルム(Allium triquetrum)、アリウム・ディッキンソニイ(Allium dickinsonii)、アリウム・アフラチュネンセ(Allium aflatunense)、アリウム・ディクラミディウム(Allium dichlamydeum)、アリウム・モンゴリクム(Allium mongolicum)のうちいずれか1種類より選択される、請求項2記載に記載の異種染色体添加4倍体植物を提供する。
上記構成の異種染色体添加4倍体植物においても同様に、シャロットの特定の染色体が、強い雄性不稔形質をレシピエントである花ネギやコワニーなどのユリ科ネギ属植物に対して発揮するように作用する。
【0010】
請求項5記載の発明では、請求項1から請求項4のうちいずれか1項に記載の植物から単離された、異種染色体添加4倍体植物細胞を提供する。
上記構成の異種染色体添加4倍体植物細胞においても同様に、シャロットの特定の染色体が、強い雄性不稔形質を発揮するように作用する。
【0011】
請求項6記載の発明では、請求項5に記載の植物細胞を培養して得られる、異種染色体添加4倍体植物を提供する。
上記構成の異種染色体添加4倍体植物においても同様に、シャロットの特定の染色体が、強い雄性不稔形質を発揮するように作用する。
【0012】
請求項7記載の発明では、請求項1から請求項4のうちいずれか1項または請求項6に記載の異種染色体添加4倍体植物を種子親として得られる、子孫植物を提供する。
上記構成の異種染色体添加4倍体植物の子孫植物においても同様に、シャロットの特定の染色体が、強い雄性不稔形質を発揮するように作用する。
【発明の効果】
【0013】
本発明の提供するシャロット由来の染色体を添加された植物を利用することにより、ネギ属植物の改良品種に対して雄性不稔形質を染色体レベルという安定かつ確実なレベルで付与することが可能となる。この事はまた、添加された異種染色体が母系(雌性配偶子)を通じて後代に確実に伝達されることも示しており、これは交配育種分野においては極めて重要な形質である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下に本発明を実施するための最良の形態を示す。本発明の第1の実施の形態は、シャロット(Allium cepa)由来の第1染色体または第2染色体が添加され、雄性不稔形質を有することを特徴とする、異種染色体添加4倍体植物を提供する。
本発明者らはこれまでに、ネギ(Allium fistulosum)にシャロット由来の染色体1本を添加した「単一異種染色体添加ネギ系統」の作出に成功している。そして、第1染色体を導入したネギがさび病抵抗性を示すことも明らかにしている(非特許文献8)。
これらの系統について異種染色体の後代への伝達能を付与するため、染色体の倍加によって4倍体植物を作出し、この植物の性状を解析する中で、第1染色体または第2染色体を添加した系統に非常に強い雄性不稔形質が付与されている事を見いだし、本発明を完成した。ネギ属植物の雄性不稔についてはこれまで、ミトコンドリア遺伝子の関与や他の遺伝子の関与などが明らかにされつつあるが、これらはあくまで個別の遺伝子であって、例えばこれを利用して対象とする作物に雄性不稔形質を付与しようとする場合には遺伝子組み換えなどの操作が必要という問題点があった。
それに比し本実施の形態に係る異種染色体添加4倍体植物では、通常の掛け合わせ技術を基に染色体レベルで雄性不稔形質を付与することが可能であり、作物の育種分野においては遺伝子操作など複雑で高度な操作を要さない点、遺伝子組み換え技術を用いないため新品種に対する社会的な抵抗感を心配しなくても良い点が優れている。
下記実施例に示す通り、異種染色体の添加方法は異種同士の掛け合わせ(F×A)で生じた雑種第1代の染色体を倍加して4倍体とし、これに片親で用いた種(F)を掛け合わせて次代を作出し、さらにこの次代株に前記片親で用いた種(F)を掛け合わせる戻し交雑を行って子孫株を得るというものである。ここでは、戻し交雑を行うことにより、戻し交雑に用いなかった親(A)由来の染色体が不均等に分配されるという性質を利用し、A由来の染色体がランダムに分配された一連の子孫株群を作出している。こうして得られた子孫株由来細胞の染色体を顕微鏡等で観察することにより、特定の染色体が添加された系統を選抜するというものである。掛け合わせに用いる株やその手法、選抜に用いる手法などは、本発明を限定するものでは無い。
また、シャロットの第1染色体と第2染色体はどちらも異種染色体として添加した際に高い雄性不稔形質を付与するため、このどちらか一方が添加されれば十分な効果が期待できるが、下記実施例に示すとおり第1染色体添加系統は花粉の形成そのものがほとんど起こらず、第2染色体添加系統は花粉の形成は起こるが花粉の発芽率が極めて低いという異なった形質により雄性不稔を示すものであり、より高い効果を得る目的で2本両方を添加しても良いし、また第1染色体と第2染色体の一方または両方と他のシャロット染色体を添加して、更に異なった形質を付与しても良い。このうち特にシャロット第1染色体については、本発明者らが既にネギに添加した際にアスコルビン酸高生産能を付与することを明らかにしており、有用形質を付与しつつ雄性不稔形質も付与するという、育種上極めて優れた形質を有する染色体である。
【0015】
本実施の形態におけるシャロット染色体のレシピエントについては、シャロットとの掛け合わせが可能な植物であれば特に限定はされないが、近縁種であれば掛け合わせやその後の子孫取りが容易になるため、好ましくはユリ科のネギ属植物が適しており(第2の実施の形態)、更に好ましくは食用のネギ属植物、例えばネギ(Allium fistulosum)、ニンニク(Allium sativum)、ニラ(Allium tuberosum)、ラッキョウ(Allium chinense)、チャイブ(Allium schoenoprasum)、アサツキ(Allium schoenoprasum var.foliosum)、ノビル(Allium grayi)、ギョウジャニンニク(Allium victorialis)、リーキ(Allium ampeloprasum)、野生ネギ(Allium vavilovii)のうちいずれか1種類より選択される植物などが適している(第3の実施の形態)。これらの作物の品種改良において、シャロットの第1染色体と第2染色体の一方または両方を添加して4倍体化し、雄性不稔とすることは極めて有効である。
【0016】
本実施の形態におけるシャロット染色体のレシピエントとしては更に、ネギ属植物のうち園芸用として栽培される植物、例えば花ネギ(Allium giganteum)、コワニー(Allium neapolitanum)、アリウム・アズレウム(Allium azureum)、アリウム・ロゼウム(Allium roseum)、アリウム・スファエロセファルム(Allium sphaerocephalum)、アリウム・トリクエトルム(Allium triquetrum)、アリウム・ディッキンソニイ(Allium dickinsonii)、アリウム・アフラチュネンセ(Allium aflatunense)、アリウム・ディクラミディウム(Allium dichlamydeum)、アリウム・モンゴリクム(Allium mongolicum)のうちいずれか1種類より選択される植物もまた好適である(第4の実施の形態)。美しい花を咲かせるこれらの植物についても、品種改良により様々な品種が産み出されているが、それに本発明の提供する雄性不稔形質を加えれば、より効果的な品種改良が可能となる。
【0017】
本実施の形態におけるシャロット染色体のレシピエントとして特に好適なのは、ネギ(Allium fistulosum)であり、上述の通りネギについては第1染色体の添加と4倍体化によって雄性不稔形質が付与される事が確認されており、新品種として即活用可能である。
【0018】
本発明の第1から第4の実施の形態のうちいずれか1つに記載の植物から単離された、シャロット第1染色体とシャロット第2染色体の一方または両方を添加された4倍体植物細胞(第5の実施の形態)もまた、種苗生産等の目的で利用可能である。上記の染色体を有する4倍体植物は雄性不稔形質を示すため、次世代を得るためには種子親として利用し別株から花粉を得て受粉する手法が考えられるが、4倍体植物自身が非常に優れた形質を持つ場合などには、この4倍体植物の器官、組織或いは細胞を単離し、適当な培地で培養し更に発芽と発根を誘導し、これを更に育成して新たな植物体として提供することも可能である(第6の実施の形態)。器官、組織、細胞の単離方法、それらの培養方法、培養に用いる培地や温度、光、二酸化炭素濃度などの生育条件等は、農業分野で用いられている該当手法を適宜参照すれば良く、本発明を限定するものではない。
【0019】
更に、本発明の提供する異種染色体添加4倍体植物を親(種子親)とし、2倍体植物や高次倍数体植物と掛け合わせて得られる植物もまた、本発明の範囲内に含まれるべきものである(第7の実施の形態)。下記実施例で述べるとおり、本発明の提供する異種染色体添加4倍体植物は強い雄性不稔形質を示し、これは掛け合わせなどによる品種改良にとって非常に有用な形質である。また4倍体植物であることから、添加された異種染色体を確実に次世代に伝達することが可能であり、例えばシャロットの第1または第2染色体と、それ以外の染色体という複数の組み合わせを持った4倍体植物を作成し、これらの染色体の担う形質を子孫植物に付与することも可能になる。以下に本発明の実施例を示すが、本発明は実施例にのみ限定されるものではない。
【実施例1】
【0020】
(単一異種染色体添加ネギ系統の作出)
本発明に係る単一異種染色体添加ネギ系統は、非特許文献5に記載の方法で作出した(Shigyo et al. 1996)。作出方法の概要を表1に示す。2倍体のネギ(FF,2n=16)とシャロット(AA,2n=16)を掛け合わせ、雑種第1代(AF,n+n=16、Fはネギゲノムを、Aはシャロットゲノムをそれぞれ表す)を得た。染色体の倍加によりAmphidiploid(AAFF,2n=32)を得、これにネギ(FF)を掛け合わせて次代(AFF,2n+n=24)を得た。更にこれにネギ(FF)を掛け合わせ、シャロットゲノムAに由来する染色体が不均等に分配された子孫株群を作出した。得られた子孫株の細胞を顕微鏡等で観察することにより、この中から染色体1本を含む子孫の系統(Alien monosomic addition line)をそれぞれの染色体(第1〜第8)について作出した。
【0021】
【表1】

【0022】
(異種染色体を添加した4倍体ネギの作出)
材料として、上記方法によりシャロットの第1(FF+1A)、第2(FF+2A)、第5(FF+5A)、第8(FF+8A)染色体をそれぞれ一本ずつもつネギ単一異種染色体添加系統(2n=16+1)を供試した。各単一添加系統の盤茎と葉鞘部を3cm残して、根など必要ない部分を除去した。これをポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート(商品名:Tween20)を含む20%次亜塩素酸溶液で15分間殺菌し、滅菌蒸留水で3回洗浄した。1mm以下に切り出した茎頂部を0.05%(w/v)コルヒチンと2%(w/v)ジメチルスルホキシドを添加した3%(w/v)ショ糖含有MS(Murashige&Skoog)固形培地に置床して、暗所に4日間25℃で培養した。その後、茎頂部から発生したシュートをホルモンフリー3%(w/v)ショ糖含有MS固形培地に移し、25℃、16時間日長の条件下で3ヶ月間培養し、再生個体を得た。なお、FF+1Aの茎頂培養に用いた固形培地は0.8%寒天を、それ以外は0.4%ゲランガムを用いた。
【実施例2】
【0023】
(再生個体における倍数性調査)
各起源層(第1層から第3層)において、倍数性の調査を行った。第3層の倍数性は、再生個体の根を塩基性フクシンのホイルゲン染色による染色体数の調査により推定した。第2層は、葉身部をフローサイトメトリー分析に供試することで推定した。対照区には二倍性の単一異種染色体添加系統を、内部標準には野生種であるAllium vaviloviiを用いた。サンプルと内部標準との蛍光強度比EI(Extra chromosome index=サンプルの平均蛍光強度/内部標準の平均蛍光強度)を算出し、対照区のEIと比較した。第1層の倍数性は、Adaniyaら(非特許文献6,7)の表皮の孔辺細胞による検定方法を参考にした。また、第1層における倍数性の推定は、第3層および第2層において倍加が確認された個体のみ行った。完全展開葉の中央部から表皮を剥ぎ取り、1%酢酸カーミン液に2分間浸透させて染色した。染色後、蒸留水で余分な酢酸カーミン液を除去し、光学顕微鏡下で孔辺細胞を150細胞ずつ観察し、単一異種染色体添加系統と再生個体における孔辺細胞の直径を比較した。全ての起源層で倍加が確認された再生個体を、異種染色体を一対もつ四倍性ネギ(4n=32+2、FFFF+1A1A、FFFF+2A2A、FFFF+5A5A、FFFF+8A8A)とした。
【0024】
(異種染色体添加4倍体ネギにおける生殖能の検定)
得られた4倍体ネギのうち各系統1個体を用いて、細胞遺伝学的手法により花粉稔性を、自殖により種子生産能力を調査した。花粉稔性は、4倍体ネギにおける裂開前の葯の花粉1000粒以上を用いた酢酸カーミン擦り付け法による花粉の染色性、および裂開後の花粉粒の発芽培地上での2時間後の花粉発芽率(150粒)により調査した。
なお、発芽培地は、1%(w/v)寒天と10%(w/v)ショ糖を溶かした寒天液をペトリ皿に約2mm厚になるように作製した後、カバーガラスで約1.5cmの正方形ブロックに切り出して、スライドグラス上に置いて使用した。花粉を寒天培地に播種し、花粉が乾燥しないようにペトリ皿に蒸留水を湿らせたろ紙を敷いて、割り箸をスライドグラスとろ紙の間の枕木とした。ペトリ皿に蓋をして、播種2時間後に光学顕微鏡下で観察して花粉発芽率を算出した。
【実施例3】
【0025】
(異種染色体を1対持つ4倍体ネギ)
FF+1Aの茎頂部90個、FF+2Aの50個、FF+5Aの44個、FF+8Aの15個を用いて培養を行ったところ、それぞれ22,20,15,2個体からシュートが発生して、分げつおよび枯死を経て、最終的にそれぞれ29,18,12,2個体の再生植物体を得た。得られた再生個体の第3層の倍数性を調査したところ、FF+1A茎頂由来では7個体が、FF+2A由来では4個体が、FF+5A由来では3個体が、FF+8A由来では1個体が、それぞれ倍加した染色体数4n=32+2を示した。
図1にFF+5A(異種染色体添加2倍体植物;対照個体)およびFFFF+5A5A(異種染色体添加4倍体植物;再生個体)のフローサイトメトリー分析により得られたヒストグラムの一例を示す。
【0026】
図1において、グラフ横軸は蛍光強度を、縦軸はその蛍光強度を示した細胞のカウント数をそれぞれ表す。フローサイトメトリー分析は、DAPIによるDNAの蛍光染色でその蛍光強度を測定する(DNA含量が高いほど蛍光強度は強い)。フローサイトメトリーはDNAを定量的ではなく相対的に測定するため、内部標準を用いることでより正確な結果が得られる。今回はネギ単一添加系統よりゲノムサイズが大きい野生種のAllium vaviloviiを内部標準に使用して分析を行った。左側の図aでは、単一異種染色体添加系統の蛍光強度のピークが内部標準より左側にあり、これは、単一異種染色体添加系統の方が、DNA含量が低い(ゲノムサイズが小さい)ことを示している。右側の図bでは、再生個体が内部標準より高いDNA含量を示した。本実施例では内部標準の平均蛍光強度を基にしたEIを算出することにより倍数性を推定した。単一異種染色体添加2倍体ではEIが0.739であり、再生個体は1.465であった。これは、内部標準に対してゲノムサイズがそれぞれ0.739倍および1.465倍であることを示す。対照区の単一異種染色体添加系統は染色体数が2n=16+1と分かっており、EIより、再生個体はその対照区のおよそ2倍のゲノムサイズを有していることが示されているため、再生個体の染色体数は2倍の4n=34であることが示された。
【0027】
図1に示す第2層のフローサイトメトリー分析では、対照区の単一異種染色体添加系統と内部標準とのEIが0.709〜0.741であったため、これらの値に近いEIを示す再生個体は2倍体であると考えられた。一方、FF+1A由来において7個体が、FF+2A由来で9個体が、FF+5A由来で4個体が、FF+8A由来で1個体が、2倍体のおよそ倍のEIである1.400〜1.504を示し、これらの個体では染色体が倍加していることが示された。第1層の調査は第2層および第3層において倍加の可能性がある再生個体のみについて行った。
【0028】
図2に対照区(141、26)および再生個体(DAM141−1、DAM26−1)における孔辺細胞長のヒストグラムを示す。
この図は孔辺細胞の直径を光学顕微鏡下で測定し、それをヒストグラム化したものである。グラフ横軸は孔辺細胞の直径を、縦軸はその直径を有する孔辺細胞数をそれぞれ表す。孔辺細胞は倍数性が高次になるとその直径も大きくなることが明らかになっている。対照区である単一異種染色体添加2倍体ネギ系統と再生個体で孔辺細胞の直径を比較すると、再生個体のヒストグラムが右側にシフトしており、これは再生個体が単一添加系統より倍数性が高次であることを示している。
すなわち、図2に示すとおり、2倍体の孔辺細胞の直径と比較した結果、FF+1A由来では供試した11個体のうち5個体、FF+2A由来では6個体中4個体、FF+5A由来では3個体全てにおいて孔辺細胞の直径が大きくなっており(ヒストグラムがグラフ右側にシフト)、これらは4倍体ネギであると考えられた。
【0029】
(4倍体ネギの花粉稔性及び生殖能)
酢酸カーミンで染色された正常な花粉粒の割合はFFFF+1A1Aで0.84±0.04%、FFFF+2A2Aで28.31±0.80%、FFFF+5A5Aで59.27±2.35%、FFFF+8A8Aで28.83±1.12%であった。また、発芽培地における花粉管の発芽率はFFFF+1A1Aで0%、FFFF+2A2Aで6.72±1.67%、FFFF+5A5Aで38.67±3.56%、FFFF+8A8Aで14.67±4.97%であった(表2)。
さらに、4倍体ネギの自殖における種子形成胚珠率[{種子数/(交配小花数×6)}×100]はFFFF+1A1Aで0.07%、FFFF+2A2Aで0.33%、FFFF+5A5Aで0.93%、FFFF+8A8Aで1.07%であった(表3)。第1染色体添加4倍体は花粉の形成そのものと花粉の発芽の両方がほとんど起こらず、更には自殖もしないほぼ完全な雄性不稔形質を示した。第2染色体添加4倍体については、花粉の形成は起こるが花粉の発芽率については第5,第8染色体に比べて17%〜46%の発芽率しか示さず、また自殖による種子形成胚珠率も第5,第8染色体添加系統に比べ31%〜35%の能力しか持たない雄性不稔の形質をそれぞれ示した。これらの結果から、シャロットの第1,第2染色体を添加した異種染色体添加4倍体ネギ系統は、他の染色体を添加した系統に比べて強い雄性不稔形質を有し、育種などの分野に利用可能である事が示された。
【0030】
【表2】

【0031】
【表3】

【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】(a)は、FF+5A(異種染色体添加2倍体植物;対照個体)、(b)は、およびFFFF+5A5A(異種染色体添加4倍体植物;再生個体)のフローサイトメトリー分析により得られたヒストグラムの一例である。
【図2】(a)乃至(d)は、それぞれ対照区(141、26)および再生個体(DAM141−1、DAM26−1)における孔辺細胞長のヒストグラムである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シャロット(Allium cepa)由来の第1染色体を1対、及び/または第2染色体を1対有し、雄性不稔形質を有することを特徴とする、異種染色体添加4倍体植物。
【請求項2】
レシピエントがユリ科ネギ属植物である、請求項1に記載の異種染色体添加4倍体植物。
【請求項3】
レシピエントがネギ(Allium fistulosum)、ニンニク(Allium sativum)、ニラ(Allium tuberosum)、ラッキョウ(Allium chinense)、チャイブ(Allium schoenoprasum)、アサツキ(Allium schoenoprasum var.foliosum)、ノビル(Allium grayi)、ギョウジャニンニク(Allium victorialis)、リーキ(Allium ampeloprasum)、野生ネギ(Allium vavilovii)のうちいずれかの種より選択される、請求項2に記載の異種染色体添加4倍体植物。
【請求項4】
レシピエントが花ネギ(Allium giganteum)、コワニー(Allium neapolitanum)、アリウム・アズレウム(Allium azureum)、アリウム・ロゼウム(Allium roseum)、アリウム・スファエロセファルム(Allium sphaerocephalum)、アリウム・トリクエトルム(Allium triquetrum)、アリウム・ディッキンソニイ(Allium dickinsonii)、アリウム・アフラチュネンセ(Allium aflatunense)、アリウム・ディクラミディウム(Allium dichlamydeum)、アリウム・モンゴリクム(Allium mongolicum)のうちいずれかの種より選択される、請求項2に記載の異種染色体添加4倍体植物。
【請求項5】
請求項1から請求項4のうちいずれか1項に記載の植物から単離された、異種染色体添加4倍体植物細胞。
【請求項6】
請求項5に記載の植物細胞を培養して得られる、異種染色体添加4倍体植物。
【請求項7】
請求項1から請求項4のうちいずれか1項または請求項6に記載の異種染色体添加4倍体植物を種子親として得られる、子孫植物。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−72929(P2008−72929A)
【公開日】平成20年4月3日(2008.4.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−254208(P2006−254208)
【出願日】平成18年9月20日(2006.9.20)
【出願人】(304020177)国立大学法人山口大学 (579)
【Fターム(参考)】