説明

疾患細胞ターゲティングプローブ

【課題】 疾患細胞に対して高い選択性で結合し、疾患細胞特異的に薬剤を送達したり、あるいは疾患細胞を特異的に識別することなどを可能とする疾患細胞ターゲティングプローブを提供する。
【解決手段】 疾患細胞の標的分子に特異的に結合する親和性ドメインと、親和性ドメインが標的分子に結合することを阻害する阻害ドメインとが、疾患細胞特異的な蛋白質分解酵素によって切断される切断サイトによって連結されている。親和性ドメインは、疾患細胞の2以上の異なる標的分子にそれぞれ結合する2以上であってもよい。また、親和性ドメインの開放末端には機能性ドメインを連結してもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、疾患細胞に対して高い選択性で結合し、疾患細胞特異的に薬剤を送達したり、あるいは疾患細胞を特異的に可視化することなどを可能とする疾患細胞ターゲティングプローブに関するものである。
【背景技術】
【0002】
疾患治療の最終目標は、疾患細胞の周辺にある正常細胞の機能を妨害せずに、疾患細胞のみを根絶することである。この目的のために、疾患細胞に対する薬物等の選択的送達が必要とされている。例えば、ガン細胞の原形質膜上に過剰発現している受容体蛋白質、接着蛋白質、糖鎖等の標的分子に対する抗体や指向性合成ペプチドに薬物を結合し、ガン細胞に対して選択的に薬物を送達する方法が提案されている(例えば、特許文献1、2)。
【0003】
しかし、ガン細胞における受容体蛋白質、接着蛋白質、糖鎖等の標的分子は正常細胞にも発現しているため、従来の薬物送達法では正常細胞にも薬物が送達されてしまい、結果として副作用の原因となる。同様に、動脈硬化や神経変性病など致死性の高い疾患においても、疾患細胞特異的な標的分子は同定されていない。
【0004】
また、標的分子に親和性の高い抗体や指向性ペプチドにレポーター分子を結合し、レポーター分子のシグナルを指標として疾患細胞の存在やその分布等を識別することも試みられているが、前記の薬物送達と同様に、標的分子が疾患細胞特異的でない以上、正確な識別には限界がある。
【特許文献1】特表2003-530299号公報
【特許文献2】特表2006-528954号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
前記のとおり、現在の薬物送達システムの技術範囲では、その有効性の向上は疾患細胞に特異的な標的分子の同定に全面的に依存しているが、長年にわたる膨大な研究によっても、そのような理想的な標的分子は同定されていない。
【0006】
従って、疾患細胞に対する選択的な治療を実現させるためには、従来の技術範囲を超えた、新しい手段が必要である。
【0007】
本発明は、以上のとおりの事情に鑑みてなされたものであり、疾患細胞に対して高い選択性で結合し、疾患細胞特異的に薬剤を送達したり、あるいは疾患細胞を特異的に識別することなどを可能とする疾患細胞ターゲティングプローブを提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、疾患細胞の標的分子に特異的に結合する親和性ドメインと、親和性ドメインが標的分子に結合することを阻害する阻害ドメインとが、疾患細胞特異的な蛋白質分解酵素によって切断される切断サイトによって連結されていることを特徴とする疾患細胞ターゲティングプローブを提供する。
【0009】
この疾患細胞ターゲティングプローブの好ましい態様の一つは、疾患細胞の2以上の異なる標的分子にそれぞれ結合する2以上の親和性ドメインが連結されていることである。
【0010】
さらに本願発明は、この親和性ドメインの開放末端に機能性ドメインを連結した疾患細胞ターゲティングプローブを提供する。機能性ドメインの一つの好ましい態様は、疾患細胞に対して治療効果を有する物質であり、別の好ましい態様は、レポーター分子である。また、機能性ドメインが、疾患細胞に対して治療効果を有する物質とレポーター分子との組合せであることを好ましい態様とする。
【0011】
さらに本願発明は、前記いずれかのプローブを発現することのできる発現ベクターを提供する。
【0012】
本発明に用語や概念は、発明の実施形態の説明や実施例において詳しく規定する。なお、用語は基本的にはIUPAC-IUB Commission on Biochemical Nomenclatureによるものであり、あるいは当該分野において慣用的に使用される用語の意味に基づくものである。また発明を実施するために使用する様々な技術は、特にその出典を明示した技術を除いては、公知の文献等に基づいて当業者であれば容易かつ確実に実施可能である。例えば、遺伝子工学および分子生物学的技術はJ. Sambrook, E. F. Fritsch & T. Maniatis, "Molecular Cloning: A Laboratory Manual (2nd edition)", Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, New York (1989); D. M. Glover et al. ed., "DNA Cloning", 2nd ed., Vol. 1 to 4, (The Practical Approach Series), IRL Press, Oxford University Press (1995); Ausubel, F. M. et al., Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons, New York, N.Y, 1995;日本生化学会編、「続生化学実験講座1、遺伝子研究法II」、東京化学同人 (1986);日本生化学会編、「新生化学実験講座2、核酸 III(組換えDNA技術)」、東京化学同人 (1992); R. Wu ed., "Methods in Enzymology", Vol. 68 (Recombinant DNA), Academic Press, New York (1980); R. Wu et al. ed., "Methods in Enzymology", Vol. 100 (Recombinant DNA, Part B) & 101 (Recombinant DNA, Part C), Academic Press, New York (1983); R. Wu et al. ed., "Methods in Enzymology", Vol. 153 (Recombinant DNA, Part D), 154 (Recombinant DNA, Part E) & 155 (Recombinant DNA, Part F), Academic Press, New York (1987)など、薬剤の調製はRemington's Pharmaceutical Sciences, 18th Edition, ed. A. Gennaro, Mack Publishing Co., Easton, PA, 1990などに記載の方法あるいはそこで引用された文献記載の方法またはそれらと実質的に同様な方法や改変法により行うことができる。また、本発明で使用する各種蛋白質やペプチド、あるいはそれらをコードするDNAについては、既存のデータベース(URL:http://www.ncbi.nlm.nih.gov/等)から入手することができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によって、疾患細胞に対して高い選択性で結合し薬剤を送達することや、あるいは疾患細胞を特異的に可視化することなどが可能となる。薬剤による副作用を低減して治療効果を大幅に向上することができ、また疾患細胞を特異的に識別することによって、治療の対象部位や治療効果を確実に確認することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明の疾患細胞ターゲティングプローブは、疾患細胞の標的分子に特異的に結合する親和性ドメイン(affinity domain, AD)と、ADが標的分子に結合することを阻害する阻害ドメイン(inhibitory domain, ID)とが、疾患細胞特異的な蛋白質分解酵素によって切断される切断サイト(cleavage site, CS)によって連結されている。
【0015】
疾患細胞の標的分子は、疾患細胞において発現する分子であるが、必ずしも疾患細胞特異的ではなく、正常細胞での発現が認められるものであってもよい。
【0016】
この標的分子に対する親和性ドメイン(AD)は、標的分子に特異的に結合する抗体や、標的分子と相互作用する蛋白質、標的分子に対するリガンド分子、標的分子に対してリガンド等を介して結合する分子、あるいは標的分子とともに複合体を構成する分子などである。また、抗体の場合には、その抗原認識部位を含む部分(例えばFab領域)のみであってもよい。リガンド分子等の蛋白質等も、親和性作用のための部分ペプチドであってもよい。さらに、ガン細胞ではHer-2などガン細胞特異的に過剰発現している受容体が数多く報告されており、受容体に対する指向性合成ペプチドの開発も盛んに行われている。それら指向性合成ペプチドを本発明プローブのADとして採用することもできる。
【0017】
ADが標的分子に結合することを阻害する阻害ドメイン(ID)は、立体障害等によってADを覆い隠し、ADの標的分子への結合機能を阻害することのできる蛋白質やペプチド、あるいは化合物等である。
【0018】
ADとIDとの間に介在するCSは、疾患細胞で特異的に発現する蛋白質分解酵素によって切断されるペプチド等である。例えば、多様な疾患細胞(例えば、動脈硬化細胞、アルツハイマー病などの神経変性細胞、リウマチなどの関節炎細胞、ガン細胞等)が発現するマトリクスメタロプロテアーゼ(MMP)ファミリー等の蛋白質分解酵素に対する特異的な切断配列からなるペプチドを採用することができる。また、CSとして、アルツハイマー病の発症に関連がある蛋白質分解酵素や、C型肝炎ウイルスやHIVウイルスに特異的に発現している蛋白質分解酵素によって切断されるペプチドを採用することもできる。
【0019】
この疾患細胞ターゲティングプローブは、図1に模式的に示したように、ADがIDによって覆い隠され、標的分子への結合機能が阻害された状態にある。そして、このプローブが疾患細胞に接近すると、疾患細胞が発現する蛋白質分解酵素によりCSが切断され、ADが露出して疾患細胞の標的分子に選択的に結合する。あるいは、標的分子と結合した状態で、エンドサイトーシス等により疾患細胞に取り込まれる。
【0020】
一方、標的分子を有するが、蛋白質分解酵素を発現していない細胞種(正常細胞種)にプローブが接近した場合には、CSは切断されないため、その細胞の標的分子にADが結合することはない。また、蛋白質分解酵素は発現しているがADが結合する標的分子を持たない細胞種(同じく、正常細胞種)にプローブが接近した場合には、CSが切断されてADは露出するが、ADが結合すべき標的分子が存在しないため、プローブはその細胞種(正常細胞種)には結合しない。
【0021】
このようなプローブは、例えば、各構成要素(AD、CS、ID)をそれぞれ別個に調製し、構成要素の材質等に応じて公知の方法で連結して作成することができる。例えば、全ての構成要素が蛋白質またはペプチドである場合には、公知のペプチド結合によって各構成要素を連結することができる。あるいは、プローブの各構成要素をそれぞれコードするポリヌクレオチドを連結したキメラポリヌクレオチドを保有する発現ベクターを用いて、遺伝子工学的手法によってプローブを作成することもできる。また、構成要素として化合物等を含む場合には、チオール基とマレイミド基の反応、ピリジルジスルフィド基とチオール基の反応、アミノ基とアルデヒド基の反応などを利用した公知の連結方法によってプローブを作成することもできる。
【0022】
さらに、この疾患細胞ターゲティングプローブは、図1に示したように、ADの開放末端に機能性ドメイン(FD)を連結することによって、FDの機能を疾患細胞に対してのみ発揮させることができる。FDとしては、例えば、疾患細胞に対して治療効果を有する物質(蛋白質やペプチド、化合物等)を採用することができる。例えば、疾患細胞がガン細胞の場合には、ガン細胞にアポトーシスを誘導するなどしてガン細胞を死滅させる物質、ガン細胞の細胞周期に影響を及ぼして細胞増殖を停止させるような物質、ガン細胞の移動を阻害して転移を抑制するような物質、などを採用することができる。また、細胞の特定機能の欠損を原因とする疾患の場合には、その欠損機能を補完できるような物質をFDとして用いることもできる。図1に示したように、プローブのADが標的分子と結合することによって、FDはその治療効果を発揮するのに十分な距離で疾患細胞に接近し、あるいは疾患細胞特異的に細胞内に取込まれる。
【0023】
FDはまた、蛍光物質や発光物質等のレポーター分子を採用することができる。プローブに連結されたレポーター分子は、プローブを介して疾患細胞に結合した状態でそのシグナルを発するため、シグナルの有無やシグナル量を指標として疾患細胞の存在位置やそれらの分布状態を検出することができる。この場合の疾患細胞は、生体内の細胞であってもよく、または手術等によって摘出された臓器または組織中の細胞であってもよい。
【0024】
レポーター分子としては、疾患細胞の種類や、疾患細胞の分布状態、ADとの連結の可否等に応じて、既存のレポーター分子から適宜に選択することができる。例えば、酵素、酵素基質、酵素阻害物質、補欠分子類、補酵素、酵素前駆体、アポ酵素、蛍光物質、色素物質、化学ルミネッセンス化合物、発光物質、発色物質、磁気物質、金属粒子(例えば金コロイドなど)、非金属元素粒子(例えばセレンコロイドなど)、放射性物質などを挙げることができる。例えば、レポーター分子からの蛍光や発光などのシグナルを検知するには、視覚によることもできるが、例えば螢光光度計、プレートリーダーなどを使用できる。また、放射性同位体(アイソトープ)などの出す信号を検知するには、例えばガンマーカウンター、シンチレーションなども使用することができる。また、鉄貯蔵タンパク質フェリチンをレポーター分子として用いた場合には、Magnetic resonance imaging(MRI)によって可視化することができる。そのほかにも、MRIやPETで検出できる造影剤をFDとして連結することもできる。このようなレポーター分子をFDとして連結することによって、疾患細胞の存在や分布を簡便かつ高感度で検出すること(すなわち、疾患の早期診断)が可能となる。
【0025】
さらにまた、このプローブでは、FDとして治療物質とレポーター分子とを共に連結してもよい。治療物質として、例えば、疾患細胞のアポトーシスを誘導する物質を用いた場合には、プローブの結合によって疾患細胞が選択的に死滅する。プローブは死滅した細胞から遊離して代謝され、レポーター分子からのシグナルも消滅する。従って、プローブ導入後から経時的にレポーター分子のシグナルを観察すれば、シグナル量を指標として治療物質の治療効果をモニターすることができる。
【0026】
プローブのADとFDとの連結は、FDの種類等に応じて、プローブの各構成要素の連結について説明した前記と同様の方法に従って行うことができる。
【0027】
さらにまた、本発明のプローブは、疾患細胞の異なる標的分子にそれぞれ結合する2以上のADを有することも好ましい。例えば、図2に例示したプローブの場合には、4種類の異なるAD(AD1-4)が連結しており、これら全てがIDによって機能阻害されるようになっている。このプローブが疾患細胞に接近すると、CSが酵素切断され、4つのADが全て露出する。従って、このプローブは、4種類のADのそれぞれに対する4種類の標的分子をより多く備えている細胞に対して親和性が高くなる。このように、複数種のADを用いることによって、治療や標識化の対象となる疾患細胞への選択性をさらに向上させることが可能となる。
【0028】
以上のとおりの プローブの生体内への導入は、例えば、既存の薬物送達システムや薬物徐放システムに用いられている脂質等の担体にプローブを封入するなどして、例えば局所注射等の手段によって行うことができる。また、プローブ発現ベクターを用いる場合には、疾患細胞の種類やその分布状態等に応じて、発現ベクターそれ自体(naked DNA)を生体組織(例えば、筋肉内)に注入したり、ウイルス性発現ベクターを有するウイルスを生体内の非疾患細胞に感染させ、生体内でプローブを発現させることによって、プローブを生体内に導入することもできる。
【実施例】
【0029】
以下、実施例を示して本発明をさらに詳細かつ具体的に説明するが、本発明は以下の例によって限定されるものではない。
実施例1
動脈硬化巣に代表されるような炎症部位に集積している活性化マクロファージに対するターゲティングプローブを開発した。
【0030】
マクロファージは免疫系において重要な役割を担う一方で、動脈硬化の進展にも寄与している。動脈硬化の原因物質である酸化低密度リポプロテイン(酸化LDL)は、スカベンジャー受容体を介してマクロファージ細胞内へと取り込まれる。また、活性化マクロファージはマトリクスメタロプロテイナーゼ(MMP)を分泌する。分泌されたMMPは細胞外基質を分解し、急性血栓症を誘発する。このMMPの酵素活性依存的にスカベンジャー受容体に対する結合能を制御することで、動脈硬化巣内のマクロファージによるプローブ分子の選択的取り込みを可能にする。すなわち、スカベンジャー受容体に対するADと、その結合能を阻害するIDを、MMPによって特異的に切断されるCSを介して連結する。
【0031】
従って、このプローブは、表1に要約したように、MMP活性およびスカベンジャー受容体がない細胞Aはもちろんのこと、MMP活性が低い細胞BではIDは切除されず、プローブ分子は細胞に取り込まれない。また、MMP活性を有するがスカベンジャー受容体を発現していない細胞Cもプローブ分子を取り込むことはない。動脈硬化巣内のマクロファージのように、MMP活性を有し,スカベンジャー受容体を発現している細胞Dのみがプローブ分子を取り込む。
【0032】
【表1】

【0033】
1.プローブ作製
作製したプローブ構成を図3に示す。スカベンジャー受容体に対するADとしてはアポリポプロテインBの547番目から735番目のアミノ酸残基を含むドメイン(apoB-ND)を選択した。このapoB-NDを含むLDL様リポソームが培養されたマクロファージによって取り込まれたという報告(Kreuzer J. et. al. Journal of Lipid Research, Vol. 38 (1997))があるからである。発明者らは、大腸菌シャペロンタンパク質であるtrigger factor(TF)を融合したapoB-NDはマクロファージ様細胞株であるRAW264.7によって取り込まれないことを確認し(後述)、IDとしてTFを使用した。TFとapoB-NDの間に挿入したCSは、活性化マクロファージにおいて過剰発現されることがよく知られたMMP-9によって選択的かつ効率よく切断される人工配列(VPLSLYSG:配列番号1)を挿入した。FDとしてapoB-NDのカルボキシ末端側にenhanced green fluorescent protein(EGFP)、またはRenillaluciferase(rLuc)を柔軟なリンカー配列を介して連結した。
【0034】
このプローブ分子をコードするキメラポリヌクレオチドをpCold TF DNAベクターに組み込み、大腸菌(BL21 pLysS)に発現させた。発現させたプローブ分子は固定化金属イオンアフィニティクロマトグラフィによって精製した。
【0035】
作製したプローブは、apoBとEGFPからなるもの(apoB-G)、apoBとrLucからなるもの(apoB-RL)、apoB-Gのアミノ末端側にTFとペプチド(VPLSLYSG)を連結したもの(TFmmpB-G)、apoB-RLのアミノ末端側にTFとペプチド(VPLSLYSG)を連結したもの(TFmmpB-RL)である。
2.方法と結果
(1)apoB-NDとスカベンジャー受容体との親和性の確認
apoB-NDがタンパク質ドメインのみでスカベンジャー受容体に認識されるかについて、およびスカベンジャー受容体ファミリーのうちどの種類のスカベンジャー受容体に親和性があるかを調査した。動脈硬化の進展に重要な関連があることが知られているSR-A、SR-B、CD36を、これらの受容体を発現していないチャイニーズハムスター卵巣細胞(CHO-K1)に過剰発現させ、apoB-GをインキュベートしたときのEGFPの蛍光を共焦点顕微鏡で観察した。
【0036】
図4に示すように、CHO-K1にSR-Aを過剰発現させた場合は、EGFPの蛍光を有する細胞が観察されたのに対し、SR-B、CD36を過剰発現させた場合は、ベクターコントロール細胞と同様に蛍光性の細胞は全く観察されなかった。さらに、ネイティブなLDLを認識するLDL受容体を過剰発現させた場合にも、蛍光性の細胞は全く観察されなかった。この結果は、apoB-NDは脂質を含まないタンパク質ドメインだけでもSR-Aに選択的に認識され得ることを示している。
【0037】
また、SR-Aのリガンドであるアセチル化LDLを蛍光ラベルしたDiI-acLDLと同時にapoB-Gをインキュベートした。DiI蛍光を有する細胞とEGFP蛍光を有する細胞がよく一致することからも、apoB-NDがSR-Aと相互作用することが確認された(図5)。
(2) スカベンジャー受容体によるプローブの取り込み
スカベンジャー受容体を内在的に発現しているマウス由来のマクロファージ様細胞株RAW264.7にapoB-GをインキュベートしEGFPの蛍光を観察した。結果は図6に示したとおりであり、インキュベートしたapoB-Gのタンパク質濃度依存的なEGFPの蛍光が、カバーガラス上のほとんどすべてのRAW264.7に認められた。また、SR-A特異的な阻害剤であるpolyinosinic acid(poly(I))で前処理しておくと、EGFPの蛍光強度がpoly(I)未処理に比べて顕著に低いことが観察された。この結果は、apoB-NDはマクロファージにおいても図4で得られた結果と同様にSR-Aによって認識されることを示している。
【0038】
さらに、apoB-Gの細胞内分布を詳細に調べるために、脂質ラフトマーカーであるcholera toxin subunit B Alexa Fluor 647 conjugate(CTXB-Alexa647)で原形質膜を染色し、共焦点顕微鏡を用いて三次元画像を構築した。図7に示したように、CTXB-Alexa647の蛍光よりも内側にEGFPの蛍光が認められることから、apoB-GはSR-Aに認識されたのち細胞内部へと取り込まれていることが確認された。また、EGFPの蛍光がドット状に見えることから、apoB-Gはエンドサイトーシスによって細胞内へ取り込まれ、少なくとも数時間はエンドソーム内に留まることが示唆された。
【0039】
一般に蛍光物質の蛍光強度は、蛍光物質の濃度に依存しておらず、高濃度においては自己消光を起こして蛍光強度が減少する。一方、発光タンパク質の発光強度は発光タンパク質の分子数に直線的な関係があるため定量性に優れている。そこで、apoB-NDにrLucを連結したapoB-RLを用いてマクロファージによるプローブ分子の取り込みの定量的評価を行った。図8aはapoB-RLをインキュベートする前にpoly(I)で処理しない場合と処理した場合の発光強度である。1mg/mlのpoly(I)はほぼ完全にSR-A依存的なエンドサイトーシスを阻害することが知られているため、未処理と処理した場合の発光強度の差分が取り込まれたプローブ分子からの正味の発光であると見積もった。図8bに示すように、インキュベートするapoB-RLの濃度と取り込まれたapoB-RLからの発光強度は、少なくとも図に示した濃度の範囲においては直線的な関係にあることが確認された。また、これらの結果はapoB-NDに連結するタンパク質は蛍光タンパク質や発光タンパク質に限らず柔軟に取り替えることができることを示している。
(3)スカベンジャー受容体(SR-A)とapoB-NDの相互作用の阻害
SR-AとapoB-NDの相互作用の阻害は、apoB-NDに比較的大きなドメインを連結し、立体構造的にSR-Aのリガンド結合ドメインとapoB-NDが近づけなくなることで達成できると想定した。TFは52 kDaの分子量を持つ大腸菌由来のシャペロンタンパク質で、apoB-ND(分子量21 kDa)に比べ約2倍の分子量を持つ。このTFをapoB-NDのアミノ末端側に連結すると、ほぼ完全にRAW264.7によるプローブ分子の取り込みが阻害された(図9)。この結果をもとに、図3に示したTFmmpB-GおよびTFmmpB-RLを作製した。
【0040】
TFmmpB-Gと市販の活性型MMP-9をin vitroで混合し、ウェスタンブロッティングによって分子量の変化を分析した(図10)。活性型MMP-9で処理すると48 kDa付近にバンドが見られることから、MMP-9はプローブ分子に挿入した切断部位を正しく認識し切断していることが確認された。また、MMP-9の存在下でプローブ分子(TFmmpB-G)をRAW264.7にインキュベートすると、EGFPの蛍光が観察された(図11)。この結果から、MMP-9で切断されることによって、プローブはSR-A結合能を獲得することが確認された。
【0041】
MMP-9は通常は不活性型で細胞外へ分泌されるが、MMP-9の100番目のグリシン残基をロイシンに置換すると、自己活性化を起こし、活性型として分泌されることが知られている。病変部位のようにMMP-9活性が高い状態を想定して、MMP-9 G100L変異体をRAW264.7に導入したときのTFmmpB-RLの取り込み量を発光により測定した。図12は図8bと同じく細胞内に取り込まれたプローブからの正味の発光強度を示している。MMP-9 G100L変異体を導入したRAW264.7はプローブの濃度依存的に発光強度が増加するのに対し、コントロールベクターを導入した細胞では発光は検出されなかった。この結果により、TFmmpB-RLはMMP-9の酵素活性依存的にマクロファージによって取り込まれることが可能であることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】本発明のプローブの構成例と、その作用原理を例示した模式図である。
【図2】本発明の別のプローブ構成例を示した模式図である。
【図3】実施例で作製したプローブの構成図である。
【図4】各種スカベンジャー受容体をそれぞれに発現させたチャイニーズハムスター卵巣細胞(CHO-K1)にプローブapoB-GをインキュベートしたときのEGFPの蛍光を共焦点顕微鏡で観察した結果である。
【図5】、スカベンジャー受容体SR-Aを発現するCHO-K1細胞に、アセチル化LDLを蛍光ラベルしたDiI-acLDLとapoB-Gをインキュベートした結果である。左上はDiI蛍光、右上はEGFP蛍光、左下は透過像、右下は重ね合わせ像である。
【図6】スカベンジャー受容体を内在的に発現しているマウス由来のマクロファージ様細胞株RAW264.7にapoB-GをインキュベートしEGFPの蛍光を観察した結果である。
【図7】脂質ラフトマーカーであるcholera toxin subunit B Alexa Fluor 647 conjugate(CTXB-Alexa647)で原形質膜を染色し、共焦点顕微鏡を用いて構築した三次元画像である。
【図8】aは、apoB-RLをインキュベートする前にpoly(I)で細胞を処理しない場合(no inhibitor)と処理した場合(poly(I))の発光強度である。bは、未処理と処理した場合の発光強度の差分を示す。
【図9】TFをapoB-NDのアミノ末端側に連結したプローブの、RAW264.7細胞への取り込みを試験した結果である。
【図10】プローブ(TFmmpB-G)と市販の活性型MMP-9をin vitroで混合し、ウェスタンブロッティングによってプローブの分子量の変化を分析した結果である。レーン1はapoB-G、レーン2はMMP-9(0.2μg/mL)処理後のTFmmpB-G、レーン3は切断処理なしのTFmmpB-Gである。
【図11】各プローブをRAW264.7にインキュベートした場合のEGFP蛍光シグナルの発生に対するMMP-9の効果を試験した結果である。
【図12】MMP-9 G100L変異体をRAW264.7に導入したときのTFmmpB-RLプローブからの正味の発光強度を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
疾患細胞の標的分子に特異的に結合する親和性ドメインと、親和性ドメインが標的分子に結合することを阻害する阻害ドメインとが、疾患細胞特異的な蛋白質分解酵素によって切断される切断サイトによって連結されていることを特徴とする疾患細胞ターゲティングプローブ。
【請求項2】
疾患細胞の2以上の異なる標的分子にそれぞれ結合する2以上の親和性ドメインが連結されている請求項1の疾患細胞ターゲティングプローブ。
【請求項3】
親和性ドメインの開放末端に、機能性ドメインを連結した請求項1または2の疾患細胞ターゲティングプローブ。
【請求項4】
機能性ドメインが、疾患細胞に対して治療効果を有する物質である請求項3の疾患細胞ターゲティングプローブ。
【請求項5】
機能性ドメインが、レポーター分子である請求項3の疾患細胞ターゲティングプローブ。
【請求項6】
機能性ドメインが、疾患細胞に対して治療効果を有する物質とレポーター分子である請求項3の疾患細胞ターゲティングプローブ。
【請求項7】
請求項1から6記載のいずれかのプローブを発現することのできる発現ベクター。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2008−245616(P2008−245616A)
【公開日】平成20年10月16日(2008.10.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−93834(P2007−93834)
【出願日】平成19年3月30日(2007.3.30)
【出願人】(597000098)
【Fターム(参考)】