説明

癌治療剤

【課題】トラスツズマブの無効例を減少することを可能とする癌特異的膜抗原に対する抗体を含有する癌治療剤の提供。
【解決手段】上皮性癌細胞で発現する癌特異的膜抗原に対する、抗体依存性細胞障害活性を有する抗体を含有する癌治療剤であって、該癌治療剤は、(1)前記癌特異的膜抗原が陽性でありKLRG1に対するリガンドが陽性である上皮性癌の患者に対して用いられ(2)KLRG1アンタゴニストと併用される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、上皮性癌細胞に発現する癌特異的膜抗原に対する抗体を含有する癌治療剤に関する。さらに本発明は、上記癌特異的膜抗原に対する抗体とKLRG1アンタゴニストとを含む医薬組成物、並びに上記癌治療剤の抗体依存性細胞障害活性を増強するKLRG1アンタゴニストに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、わが国における乳癌の罹患数および死亡数の増加は著しい。乳癌はこれまでエストロゲンレセプター(ER)とプロゲステロンレセプター(PgR)の発現状況により手術以外の治療法が決められる傾向にあった。ホルモン療法、抗がん剤療法などの薬物療法が有用であり、奏功率、生存率の改善がみられている。しかし、ヒト上皮成長因子受容体human epidermal growth factor receptor-related 2(HER2)陽性乳癌の約50%はホルモン受容体陰性でありホルモン療法の対象外であった。最近ではHER2陽性乳癌に対するトラスツズマブを中心とする抗体療法などの分子標的療法が行われ、その有用性が示されており、今後の有力な治療法として期待されている。
【0003】
乳癌細胞は種々の増殖因子とその受容体を発現して、増殖に関連するシグナル伝達系を形成している。1984年に同定された癌遺伝子HER2はその1つであり、ヒト上皮成長因子受容体human epidermal growth factor receptor(EGFR,HER)ファミリーの一員である。
受容体は細胞膜貫通型の糖タンパクで、構造的な類似性からHER1、HER2、HER3、HER4が存在している(非特許文献1)。EGF受容体ファミリーは二量体形成を通じてシグナル伝達に寄与しており、リガンドが結合した受容体がもう1つの受容体と二量体を形成することによりシグナル伝達に寄与すると考えられている。
【0004】
HER2受容体を規定するHER2/neuはproto-oncogeneの1つと考えられ、17番染色体(17q21.1)に存在する(非特許文献2)。乳癌をはじめ卵巣癌、肺癌、胃癌など種々の癌においてHER2/neu遺伝子の増幅および過剰発現が認められている。HER2陽性乳癌は、乳癌全体の20%から30%を占める。成人の正常組織ではこの遺伝子の発現は非常に弱い。その自然経過は特異であり、全身療法を施行しない場合は再発が早く、1987年にHER2の増幅が乳癌の予後不良と相関することが報告されて以降、多くの研究においてHER2陽性転移乳癌では経過が不良であることが明らかにされている。
【0005】
1986年に抗HER2モノクローナル抗体がneu形質転換細胞の悪性形質を阻害することが示され、HER2を標的とするトラスツズマブが開発されるに到った。トラスツズマブの原型となったHER2受容体の細胞外ドメインに対するマウスモノクローナル抗体mu4D5は、in vitroにおいてHER2陽性の腫瘍細胞株に対して増殖抑制作用が認められている(非特許文献3)。また、HER2陽性ヒト乳癌細胞株であるSKBR3に対するマウス脾細胞の抗体依存性細胞傷害(antibody-dependent cell cytotoxicity, ADCC)は、マウスモノクローナル抗体で増強されており、in vivoにおいてはADCC活性も抗腫瘍効果に寄与しているとの報告もある(非特許文献4)。しかし臨床応用するにあたり、マウス抗体をそのまま用いてはhuman anti-mouse antibody(HAMA)の出現が問題となる。そこで、HER2受容体の細胞外ドメインに対するマウスモノクローナル抗体の抗原結合部位である可変部のみをヒトIgG1の定常部に移植したヒト化抗体として作製されたものがトラスツズマブ(商品名:ハーセプチン(登録商標))である。
【0006】
HER2はPI3KやMAPKを含む様々なシグナル伝達経路ネットワークを惹起するが、トラスツズマブはHER2受容体に結合することにより、このシグナル伝達経路を抑制し、細胞周期の停止やアポトーシス、血管新生抑制などを誘導して、直接的に腫瘍細胞増殖抑制作用を示すと考えられる。また、Srcチロシンキナーゼの阻害とそれに伴うPTENの活性化、Aktの脱リン酸化も報告されている。さらに、腫瘍細胞と結合したトラスツズマブのFc部分に、NK細胞をはじめとする免疫細胞に発現するFc受容体が結合し腫瘍細胞殺傷効果を示す(ADCC活性)ことも示されている(非特許文献5から8)。これらの直接的腫瘍細胞増殖抑制作用と、ADCC活性の2つがトラスツズマブの主な作用機序と考えられている。
【0007】
トラスツズマブはHER2を標的としており、その治療効果はHER2タンパクの発現の程度により大きく異なる。測定法や材料などによりその陽性率は大きく異なることが知られているが、HER2蛋白の過剰発現、DNAの増幅を調べるため、免疫組織化学方法(immunohistochemical method:IHC法)とfluoresence in situ hybridization(FISH)が広く行われている。また、トラスツズマブは術後補助療法に利用すると高い効果が得られることがHERA試験をはじめとする複数の大規模臨床試験で明らかになっている。
【0008】
これまでの様々な検討から、トラスツズマブ投与によりHER2を阻害すると、乳癌の自然経過に大きな影響を与えることがわかっている。しかし、トラスツズマブはHER2過剰発現乳癌すべての自然経過を変更するものではないこともわかってきており、初回トラスツズマブ単剤投与に反応する症例は、HER2過剰発現乳癌の約1/3以下であるといわれている。これと同様に顕微鏡的転移癌の場合、かなりの割合の腫瘍がトラスツズマブに耐性であることが示唆される。しかし、トラスツズマブ耐性の機序については明確には解明されていない。現在のところ耐性機序として、(1)トラスツズマブの到達が不十分なため、HER2の細胞外領域の阻害が十分ではないこと、(2)HER2発現の減少、(3)下流にあるHER2機能調節因子が変化していること(p27kip1の低下、PTENの消失または不活性化など)、(4)代替経路によるシグナル伝達が生じること(insulin-like growth factor I receptor:IGF1Rの過剰発現)、(5)免疫能の低下、特にADCC活性の低下、などの可能性が示唆されている。
【0009】
上記(5)に掲げた免疫能と耐性機序に関する検討はあまり活発ではない。近年、トラスツズマブの主たる作用機序の1つであるADCC活性に関わる因子であるNK細胞について、その機能が明らかにされてきている。NK細胞には抑制性のレセプターが発現しており、その一つとして同定されたのがレクチン様レセプターkiller cell lectin-like receptor G1(KLRG1)である。これまでNK細胞に関して明らかにされた抑制性レセプターのリガンドのほとんどは、MHCクラスI分子にかかわるものであったが、2006年にM.Itoらにより、KLRG1のリガンドがMHCクラスI分子以外であることが報告された。
【0010】
KLRG1は、ラット好塩基球性白血病細胞株RBL-2H3に発現する機能分子MAFA(mast cell function-associated antigen)として発見された(非特許文献9)。このKLRG1は、RBL-2H3細胞では抗KLRG1抗体でKLRG1を架橋することにより、Fcレセプター刺激による脱顆粒反応が抑制される。ラットKLRG1のcDNAクローニングから、細胞外領域にC型レクチン様の構造を持ち、細胞内領域にITIM(immunoreceptor tyrosine-based inhibitory motif)をもつII型膜貫通タンパク質のホモ二量体であることが、Pechtらにより報告されている(非特許文献10)。ヒトおよびマウスでは、KLRG1がNK cellやT cellの一部に発現する
が(非特許文献11から13)、健常人では末梢血NK cellの約50%に発現がみられることがわかっている。
【0011】
また近年、トラスツズマブのようなADCC活性を利用した抗体医薬が広く使用されている。例えば、非ホジキンリンパ腫の治療に使用される抗ヒトCD20抗体のリツキシマブ、B細胞悪性腫瘍の治療に使用される抗ヒトCD52抗体のアレムツズマブや大腸がんの治療薬である抗ヒトEGFR抗体のセツキシマブなどが挙げられる。しかし、これらの抗体医薬は全ての患者に有効性を示すわけではなく、例えば低悪性度の非ホジキンリンパ種患者の30〜50%はリツキシマブに反応しない。
【0012】
これに対し、特許文献1では、NK細胞上のMHCクラスI分子に関わる抑制性レセプター
を遮断することで治療抗体の有効性を増大させる方法が記載されている。しかし近年、NK細胞上の抑制性レセプターとして、MHCクラス1分子に関わるもの以外にKLRG1やLAIR-1(leukocyte-associated immunoglobulin-like receptor 1)、NKR-P1A(CD161)などが見出され、これらのリガンドも明らかとなってきた(非特許文献14から15)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】国際公開第2005/009465号パンフレット
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】Pinkas-Kramarski, R., I. Arloy and Y. Yarden (1997) ErbB receptors and EGF-like ligands: cell lineage determination and oncogenesis through combinatorial signaling. J Mammary Gland Biol Neoplasia, 2:97-107.
【非特許文献2】Schechter, A.L., D.F. Stern, L. Vaidyanathan, S.J. Decker, J.A. Drebin, M.I. Greene and R.A. Weinberg (1984) The neu oncogene: an erb-B-related gene encoding a 185,000-Mr tumour antigen. Nature, 312:513-516.
【非特許文献3】Hudziak RM, Lewis GD, Winget M, Fendly BM, Shepard HM, Ullrich A (1989) p185HER2 monoclonal antibody has antiproliferative effects in vitro and sensitizes human breast tumor cells to tumor necrosis factor. Mol Cell Biol, 9(3):1165-72.
【非特許文献4】Piccart-Gebhart MJ, Procter M, Leyland-Jones B, Goldhirsch A, Untch M, Smith I, Gianni L, Baselga J, Bell R, Jackisch C, Cameron D, Dowsett M, Barrios CH, Steger G, Huang CS, Andersson M, Inbar M, Lichinitser M, Lang I, Nitz U, Iwata H, Thomssen C, Lohrisch C, Suter TM, Ruschoff J, Suto T, Greatorex V, Ward C, Straehle C, McFadden E, Dolci MS, Gelber RD; Herceptin Adjuvant (HERA) Trial Study Team (2005) Trastuzumab after adjuvant chemotherapy in HER2-positive breast cancer. N Engl J Med, 353(16):1659-72
【非特許文献5】Clynes RA, Towers TL, Presta LG, Ravetch JV (2000) Inhibitory Fc receptors modulate in vivo cytoxicity against tumor targets. Nat Med, 6(4):443-6.
【非特許文献6】Izumi Y, Xu L, di Tomaso E, Fukumura D, Jain RK (2002) Tumour biology: herceptin acts as an anti-angiogenic cocktail. Nature, 416(6878):279-80
【非特許文献7】Gennari R, Menard S, Fagnoni F, Ponchio L, Scelsi M, Tagliabue E, Castiglioni F, Villani L, Magalotti C, Gibelli N, Oliviero B, Ballardini B, Da Prada G, Zambelli A, Costa A (2004) Pilot study of the mechanism of action of preoperative trastuzumab in patients with primary operable breast tumors overexpressing HER2. Clin Cancer Res., 10(17):5650-5
【非特許文献8】Barok, et al., (2007) Trastuzumab causes antibody-dependent cellular cytotoxicity-mediated growth inhibition of submacroscopic JIMT-1 breast cancer xenografts despite intrinsic drug resistance. Molecular Cancer Therapeutics, 6:2065-2072.
【非特許文献9】Ortega Soto E, Pecht I (1988) A monoclonal antibody that inhibits secretion from rat basophilic leukemia cells and binds to a novel membrane component. J Immunol, 141(12):4324-32.
【非特許文献10】Abramson J, Xu R, Pecht I (2002) An unusual inhibitory receptor--the mast cell function-associated antigen (MAFA). Mol Immunol, 38(16-18):1307-13.
【非特許文献11】Hanke T, Corral L, Vance RE, Raulet DH (1998) 2F1 antigen, the mouse homolog of the rat "mast cell function-associated antigen", is a lectin-like type II transmembrane receptor expressed by natural killer cells. Eur J Immunol., 28(12):4409-17
【非特許文献12】Butcher S, Arney KL, Cook GP (1998) MAFA-L, an ITIM-containing receptor encoded by the human NK cell gene complex and expressed by basophils and NK cells. Eur J Immunol., 28(11):3755-62
【非特許文献13】Blaser C, Kaufmann M, Pircher H (1998) Virus-activated CD8 T cells and lymphokine-activated NK cells express the mast cell function-associated antigen, an inhibitory C-type lectin. J Immunol., 161(12):6451-4
【非特許文献14】David B. Rosen(2005) J Immunol.,176:7796-7799
【非特許文献15】実験医学(2007) June Vol.25 No.9, 1282-1398 NK細胞の細胞認識機構疾患
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は、抗体依存性細胞障害活性を有する抗体を含有する癌治療剤の無効例を減少することを可能とするような新規な方法で投与することを特徴とする、癌特異的膜抗原に対する抗体を含有する癌治療剤を提供することを解決すべき課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、上記癌治療剤のような抗体依存性細胞障害活性を利用した抗癌剤の治療効果を増大させることを目的として、NK細胞上の細胞障害活性を抑制するレセプターに注目した。腫瘍細胞はMHCクラスI分子が変異または欠損していることから、MHCクラスI分子に関わる抑制性レセプター以外を検討した結果、上記癌治療剤が無効な患者の腫瘍組織において、KLRG1のリガンドであるE-カドヘリンの発現が高いことを突き止めた。そこで、本発明者らは上記癌治療剤を投与する際に、KLRG1アンタゴニストを併用すると、癌治療剤の抗体依存性細胞障害活性が増強し、癌治療剤に無効であった患者に対しても、大きな抗腫瘍効果を発揮することを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明は以下に関する。
【0017】
[1] 上皮性癌細胞で発現する癌特異的膜抗原に対する、抗体依存性細胞障害活性を有する抗体を含有する癌治療剤であって、該癌治療剤は、(1)前記癌特異的膜抗原が陽性であり、かつKLRG1に対するリガンドが陽性である上皮性癌の患者に対して用いられ、かつ(2)KLRG1アンタゴニストと併用されることを特徴とする、前記の癌治療剤。
[2] 前記癌治療剤の投与開始時期が、前記患者にKLRG1アンタゴニストを投与する投与時または投与後である、[1]に記載の癌治療剤。
[3] 前記癌治療剤が、前記KLRG1アンタゴニストをさらに含む、[1]または[2]に記載の癌治療剤。
[4] 前記KLRG1アンタゴニストが、抗KLRG1抗体またはその部分ペプチドである、[1]から[3]の何れか1項に記載の癌治療剤。
[5] 前記KLRG1アンタゴニストが、可溶性KLRG1またはその部分ペプチドである、[1]から[3]の何れか1項に記載の癌治療剤。
[6] 前記上皮性癌細胞で発現する癌特異的膜抗原が、HER2である、[1]から[5]の何れか1項に記載の癌治療剤。
[7] 前記上皮性癌細胞で発現する癌特異的膜抗原に対する、抗体依存性細胞障害活性を有する抗体が、トラスツズマブである、[6]に記載の癌治療剤。
[8] 前記上皮性癌細胞で発現する癌特異的膜抗原が、CEAである、[1]から[5]の何れか1項に記載の癌治療剤。
[9] 前記KLRG1に対するリガンドが、E−カドヘリン、N−カドヘリン、R−カドヘリンからなる群から選択される、[1]から[8]の何れか1項に記載の癌治療剤。
[10] 前記上皮性癌が乳癌である、[1]から[9]の何れか1項に記載の癌治療剤。
[11] 前記上皮性癌が胃癌である、[1]から[9]の何れか1項に記載の癌治療剤。
【0018】
[12] 上皮性癌細胞で発現する癌特異的膜抗原が陽性であり、かつKLRG1に対するリガンドが陽性である上皮性癌の患者に対して用いるための医薬組成物であって、上記癌特異的膜抗原に対する、抗体依存性細胞障害活性を有する抗体と、KLRG1アンタゴニストとを含む医薬組成物。
[13] 前記医薬組成物が、前記患者の末梢血から分離された単核球をさらに含む、[12]に記載の医薬組成物。
[14] 前記KLRG1アンタゴニストが、抗KLRG1抗体またはその部分ペプチドである、[12]または[13]に記載の医薬組成物。
[15] 前記KLRG1アンタゴニストが、可溶性KLRG1またはその部分ペプチドである、[12]または[13]に記載の医薬組成物。
[16] 前記上皮性癌細胞で発現する癌特異的膜抗原が、HER2である、[12]から[15]の何れか1項に記載の医薬組成物。
[17] 前記癌特異的膜抗原に対する、抗体依存性細胞障害活性を有する抗体が、トラスツズマブである、[16]に記載の医薬組成物。
[18] 前記上皮性癌細胞で発現する癌特異的膜抗原が、CEAである、[12]から[15]の何れか1項に記載の医薬組成物。
[19] 前記KLRG1に対するリガンドが、E−カドヘリン、N−カドヘリン、R−カドヘリンからなる群から選択される、[12]から[18]の何れか1項に記載の医薬組成物。
[20] 前記上皮性癌が乳癌である、[12]から[19]の何れか1項に記載の医薬組成物。
[21] 前記上皮性癌が胃癌である、[12]から[19]の何れか1項に記載の医薬組成物。
【0019】
[22] 上皮性癌細胞で発現する癌特異的膜抗原に対する、抗体依存性細胞障害活性を有する抗体を含有する癌治療剤であって、前記癌特異的膜抗原が陽性であり、かつKLRG1に対するリガンドが陽性である上皮性癌の患者に対して用いられる前記癌治療剤の抗体依存性細胞障害活性を増強し、かつKLRG1アンタゴニストを含有する薬剤。
[23] 前記KLRG1アンタゴニストが、抗KLRG1抗体またはその部分ペプチドである、[22]に記載の薬剤。
[24] 前記KLRG1アンタゴニストが、可溶性KLRG1またはその部分ペプチドである、[22]に記載の薬剤。
[25] 前記上皮性癌細胞で発現する癌特異的膜抗原が、HER2である、[22]から[24]の何れか1項に記載の薬剤。
[26] 前記上皮性癌細胞で発現する癌特異的膜抗原に対する、抗体依存性細胞障害活性を有する抗体が、トラスツズマブである、[25]に記載の薬剤。
[27] 前記上皮性癌細胞で発現する癌特異的膜抗原が、CEAである、[22]から[24]の何れか1項に記載の薬剤。
[28] 前記KLRG1に対するリガンドが、E−カドヘリン、N−カドヘリン、R−カドヘリンからなる群から選択される、[22]から[27]の何れか1項に記載の薬剤。
[29] 前記上皮性癌が乳癌である、[22]から[28]の何れか1項に記載の薬剤。
[30] 前記上皮性癌が胃癌である、[22]から[28]の何れか1項に記載の薬剤。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、上皮性癌細胞で発現する癌特異的膜抗原に対する抗体を投与しても従
来は抗癌効果が発揮されなかった患者においても、有効な抗癌効果を得ることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】図1は、ヌードマウスに接種されたヒト乳癌細胞株HCC1569に対する、トラスツズマブと抗KLRG1抗体の投与による増殖抑制効果を示す。None:無処置群、Tra:トラスツズマブ投与群、Ab:ハムスター抗KLRG1抗体(クローン名:2F1)投与群、Tra+Ab:トラスツズマブとハムスター抗KLRG1抗体(クローン名:2F1)とを投与した群。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明の癌治療剤は、上皮性癌細胞で発現する癌特異的膜抗原に対する、抗体依存性細胞障害活性を有する抗体を含有する癌治療剤であって、該癌治療剤は、(1)前記癌特異的膜抗原が陽性であり、かつKLRG1に対するリガンドが陽性である上皮性癌の患者に対して用いられ、かつ(2)KLRG1アンタゴニストと併用されることを特徴とする。
【0023】
本発明でいう上皮性癌としては、乳癌、胃癌、卵巣癌、肺癌、食道癌、大腸癌、十二指腸癌、膵臓癌、頭頸部癌、胆嚢癌、胆管癌、唾液腺癌などが挙げられ、好ましくは乳癌及び胃癌である。
【0024】
上皮性癌細胞で発現する癌特異的膜抗原としては、HER2、carcinoembryonic antigen (CEA)、mucin 1(MUC-1)、epithelial cell adhesion molecule (EpCAM)、epidermal growth factor receptor(EGFR)、cancer antigen 125(CA125)、kinase domain receptor(KDR)、などが挙げられる。好ましくは、HER2、及びCEAである。
【0025】
上皮性癌細胞で発現する癌特異的膜抗原に対する、抗体依存性細胞障害活性を有する抗体とは、上記癌特異的膜抗原に対する抗体で抗体依存性細胞障害活性を有するものであれば特に限定されないが、好ましくはHER2、CEA、MUC-1、EpCAM、EGFR、CA125、KDRに対する抗体であり、より好ましくは抗HER2抗体、及び抗CEA抗体である。抗HER2抗体の好ましい例としては、トラスツズマブが挙げられる。
【0026】
KLRG1に対するリガンドの例としては、E−カドヘリン、N−カドヘリン、R−カドヘリンからなる群から選択されるリガンドが挙げられる。
【0027】
KLRG1アンタゴニストとは、KLRG1とKLRG1に対するリガンドとの結合を阻害し、KLRG1を介した抑制性シグナルを遮断するものであれば特に限定されない。例えば、KLRG1に親和性を有し、アンタゴニスト活性を持つ抗KLRG1抗体または抗KLRG1抗体の部分ペプチドなどが挙げられる。また、KLRG1に対するリガンドに親和性を有する可溶性KLRG1またはその部分ペプチドなども用いられる。親和力の観点からすると、好ましくは抗KLRG1抗体またはその部分ペプチド、さらに好ましくは抗KLRG1抗体が用いられる。
【0028】
本発明でいう抗体とは、特定のエピトープを認識するモノクローナル抗体でも複数のエピトープを認識するポリクローナル抗体でもよいが、特異性の観点からモノクローナル抗体が好ましい。また、抗体の由来はマウス、ラット、ウサギなどの動物由来の抗体やキメラ抗体、ヒト化抗体、ヒト抗体などいずれのものでも使用できるが、安全性の点からキメラ抗体、ヒト化抗体、ヒト抗体が好ましく、より好ましくはヒト化抗体、ヒト抗体であり、最も好ましくはヒト抗体である。
【0029】
本発明の癌治療剤は、KLRG1アンタゴニストと併用されることを特徴とする。癌治療剤の投与開始時期はKLRG1アンタゴニストの投与時または投与後であることが好ましく、KLRG1アンタゴニストの投与時とは癌治療剤とKLRG1アンタゴニストを同時に投与することをいう。癌治療剤とKLRG1アンタゴニストの投与経路は特に限定しないが、患者への負担の観点から同一であることが好ましい。
【0030】
本発明における癌治療剤の投与量は治療効果を発揮する量であれば特に限定されないが、その投与量は抗体または抗体のフラグメントにより異なり、さらに形態によっても異なる。副作用や安全性の点から、癌治療剤の好ましい投与量は、有効成分である抗体の量として0.1mg/kg〜40mg/kgの範囲である。KLRG1アンタゴニストの投与量は、アンタゴニストの特性によっても異なるため特に限定されないが、癌治療剤の抗体依存性細胞障害活性を増強する量でなければならない。
【0031】
本発明はさらに、上皮性癌細胞で発現する癌特異的膜抗原が陽性であり、かつKLRG1に対するリガンドが陽性である上皮性癌の患者に対して用いるための医薬組成物であって、上記癌特異的膜抗原に対する、抗体依存性細胞障害活性を有する抗体と、KLRG1アンタゴニストとを含む医薬組成物に関する。癌特異的膜抗原に対する、抗体依存性細胞障害活性を有する抗体と、KLRG1アンタゴニストとを含む医薬組成物とは、抗癌特異的膜抗原抗体とKLRG1アンタゴニストを含有していれば形態や性状は特に限定されないが、容易に投与できる状態が好ましく、最も好ましくは液状である。前記医薬組成物は、患者の末梢血から分離した単核球を含んでいてもよい。単核球は、体外循環して遠心分離による血液成分分離機を用いて使用前に患者から調製し、抗癌特異的膜抗原抗体とKLRG1アンタゴニストと混合することが好ましい。
【0032】
本発明でいう癌特異的膜抗原に対する、抗体依存性細胞障害活性を有する抗体と、KLRG1アンタゴニストとを含む医薬組成物は、事前に、上記抗体とKLRG1アンタゴニストが混合されたものであってもよいし、投与時に混合されたものであってもよい。
【0033】
本発明はさらに、上皮性癌細胞で発現する癌特異的膜抗原に対する、抗体依存性細胞障害活性を有する抗体を含有する癌治療剤であって、前記癌特異的膜抗原が陽性であり、かつKLRG1に対するリガンドが陽性である上皮性癌の患者に対して用いられる前記癌治療剤の抗体依存性細胞障害活性を増強するための薬剤であって、KLRG1アンタゴニストを含有する前記薬剤に関する。上記薬剤におけるKLRG1アンタゴニストとしては、本明細書中上記したもの(KLRG1に親和性を有し、アンタゴニスト活性を持つ抗KLRG1抗体または抗KLRG1抗体の部分ペプチド、並びにKLRG1に対するリガンドに親和性を有する可溶性KLRG1またはその部分ペプチドなど)を使用することができる。
【0034】
以下の実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。
【実施例】
【0035】
[実施例1]
(A)方法
(1)マウス
6週齢の雌のヌードマウス(BALB/cAJcl-nu/nu)は、日本クレア株式会社から購入した。全ての動物は、認定されたプロトコールに基づく施設のガイドラインにしたがって維持され、取り扱われた。
【0036】
(2)トラスツズマブと抗KLRG1抗体の投与
0.2mlのPBSに5.0 x 106個のHER2陽性E-cadherin陽性ヒト乳癌細胞株HCC1569を懸濁し、ヌードマウスの皮下に接種した。この担癌マウスを次の4群に分けた。1)無処置群(コントロール群)、2)トラスツズマブ投与群、3)ハムスター抗KLRG1抗体(製品名:Functional Grade Purified anti-mouse KLRG1/MAFA、製造業者:eBioscience、クローン名:2F1、マウスKLRG1に対する抗体であるがヒトKLRG1とも交叉する。以下、抗KLRG1抗体という)投与群、4)トラスツズマブと抗KLRG1抗体の両者を投与した群。トラスツズマブは、マウスの体重1g当たり5μg腹腔内投与し、抗KLRG1抗体はマウス1匹当たり10μg腹腔内投与した。
トラスツズマブと抗KLRG1抗体の両者を投与した群は、抗KLRG1抗体投与から約30分後にトラスツズマブを投与した。
トラスツズマブ、抗KLRG1抗体の投与は、HCC1569の接種後4週間から開始され、週1回、10週間継続された。
【0037】
(3)腫瘍体積の測定
腫瘍体積は、週に1度、caliperを用いて、腫瘍の長さと幅と厚さを測定し、次式にしたがって算出された。
腫瘍体積(mm3)=(長さ:mm)x(幅:mm)x(厚さ:mm)
【0038】
(B)結果
HCC1569の接種後4週と9週の腫瘍体積のデータを(図1)に示した。HCC1569の接種後9週のデータにおいて、4週と比較すると、無処置群およびトラスツズマブ投与群、抗KLRG1抗体を投与した群では、腫瘍体積は高度に増加した。トラスツズマブと抗KLRG1抗体の両者を投与した群では、腫瘍体積の増加は軽度であった(図1)。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明の癌治療剤によれば、癌特異的膜抗原に対する抗体を含有する従来の癌治療剤が無効であった患者に対しても抗腫瘍効果を発揮することができ、従来の癌治療剤の有効率を大幅に高めることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
上皮性癌細胞で発現する癌特異的膜抗原に対する、抗体依存性細胞障害活性を有する抗体を含有する癌治療剤であって、該癌治療剤は、(1)前記癌特異的膜抗原が陽性であり、かつKLRG1に対するリガンドが陽性である上皮性癌の患者に対して用いられ、かつ(2)KLRG1アンタゴニストと併用されることを特徴とする、前記の癌治療剤。
【請求項2】
前記癌治療剤の投与開始時期が、前記患者にKLRG1アンタゴニストを投与する投与時または投与後である、請求項1に記載の癌治療剤。
【請求項3】
前記癌治療剤が、前記KLRG1アンタゴニストをさらに含む、請求項1または2に記載の癌治療剤。
【請求項4】
前記KLRG1アンタゴニストが、抗KLRG1抗体またはその部分ペプチドである、請求項1から3の何れか1項に記載の癌治療剤。
【請求項5】
前記KLRG1アンタゴニストが、可溶性KLRG1またはその部分ペプチドである、請求項1から3の何れか1項に記載の癌治療剤。
【請求項6】
前記上皮性癌細胞で発現する癌特異的膜抗原が、HER2である、請求項1から5の何れか1項に記載の癌治療剤。
【請求項7】
前記上皮性癌細胞で発現する癌特異的膜抗原に対する、抗体依存性細胞障害活性を有する抗体が、トラスツズマブである、請求項6に記載の癌治療剤。
【請求項8】
前記上皮性癌細胞で発現する癌特異的膜抗原が、CEAである、請求項1から5の何れか1項に記載の癌治療剤。
【請求項9】
前記KLRG1に対するリガンドが、E−カドヘリン、N−カドヘリン、R−カドヘリンからなる群から選択される、請求項1から8の何れか1項に記載の癌治療剤。
【請求項10】
前記上皮性癌が乳癌である、請求項1から9の何れか1項に記載の癌治療剤。
【請求項11】
前記上皮性癌が胃癌である、請求項1から9の何れか1項に記載の癌治療剤。
【請求項12】
上皮性癌細胞で発現する癌特異的膜抗原が陽性であり、かつKLRG1に対するリガンドが陽性である上皮性癌の患者に対して用いるための医薬組成物であって、上記癌特異的膜抗原に対する、抗体依存性細胞障害活性を有する抗体と、KLRG1アンタゴニストとを含む医薬組成物。
【請求項13】
前記医薬組成物が、前記患者の末梢血から分離された単核球をさらに含む、請求項12に記載の医薬組成物。
【請求項14】
前記KLRG1アンタゴニストが、抗KLRG1抗体またはその部分ペプチドである、請求項12または13に記載の医薬組成物。
【請求項15】
前記KLRG1アンタゴニストが、可溶性KLRG1またはその部分ペプチドである、請求項12または13に記載の医薬組成物。
【請求項16】
前記上皮性癌細胞で発現する癌特異的膜抗原が、HER2である、請求項12から15の何れか1項に記載の医薬組成物。
【請求項17】
前記癌特異的膜抗原に対する、抗体依存性細胞障害活性を有する抗体が、トラスツズマブである、請求項16に記載の医薬組成物。
【請求項18】
前記上皮性癌細胞で発現する癌特異的膜抗原が、CEAである、請求項12から15の何れか1項に記載の医薬組成物。
【請求項19】
前記KLRG1に対するリガンドが、E−カドヘリン、N−カドヘリン、R−カドヘリンからなる群から選択される、請求項12から18の何れか1項に記載の医薬組成物。
【請求項20】
前記上皮性癌が乳癌である、請求項12から19の何れか1項に記載の医薬組成物。
【請求項21】
前記上皮性癌が胃癌である、請求項12から19の何れか1項に記載の医薬組成物。
【請求項22】
上皮性癌細胞で発現する癌特異的膜抗原に対する、抗体依存性細胞障害活性を有する抗体を含有する癌治療剤であって、前記癌特異的膜抗原が陽性であり、かつKLRG1に対するリガンドが陽性である上皮性癌の患者に対して用いられる前記癌治療剤の抗体依存性細胞障害活性を増強し、かつKLRG1アンタゴニストを含有する薬剤。
【請求項23】
前記KLRG1アンタゴニストが、抗KLRG1抗体またはその部分ペプチドである、請求項22に記載の薬剤。
【請求項24】
前記KLRG1アンタゴニストが、可溶性KLRG1またはその部分ペプチドである、請求項22に記載の薬剤。
【請求項25】
前記上皮性癌細胞で発現する癌特異的膜抗原が、HER2である、請求項22から24の何れか1項に記載の薬剤。
【請求項26】
前記上皮性癌細胞で発現する癌特異的膜抗原に対する、抗体依存性細胞障害活性を有する抗体が、トラスツズマブである、請求項25に記載の薬剤。
【請求項27】
前記上皮性癌細胞で発現する癌特異的膜抗原が、CEAである、請求項22から24の何れか1項に記載の薬剤。
【請求項28】
前記KLRG1に対するリガンドが、E−カドヘリン、N−カドヘリン、R−カドヘリンからなる群から選択される、請求項22から27の何れか1項に記載の薬剤。
【請求項29】
前記上皮性癌が乳癌である、請求項22から28の何れか1項に記載の薬剤。
【請求項30】
前記上皮性癌が胃癌である、請求項22から28の何れか1項に記載の薬剤。

【図1】
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【公開番号】特開2012−25694(P2012−25694A)
【公開日】平成24年2月9日(2012.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−165550(P2010−165550)
【出願日】平成22年7月23日(2010.7.23)
【出願人】(000116806)旭化成クラレメディカル株式会社 (133)
【出願人】(510097747)独立行政法人国立がん研究センター (35)
【Fターム(参考)】