説明

癌細胞のアポトーシスを誘導する転写因子

癌細胞にのみアポトーシスを誘導して死滅させる新しい癌治療の手段を提供する。p53又は1個若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加された変異p53、及びクラスリン重鎖から成る、癌細胞のアポトーシスを誘導する転写因子である。この転写因子は、p53AIP1プロモーターの転写能を高め、癌細胞のアポトーシスを誘導する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
この発明は、癌細胞のアポトーシスを誘導する転写因子に関する。
従来技術
癌抑制遺伝子p53はp21、p53R2又はp53AIP1等の標的遺伝子のDNA配列に特異的に結合して、その転写活性を制御する転写因子であり、近年p53の関与する細胞癌化のメカニズムは詳しく研究されてきている(細胞工学vol.22,No.1,23−28(2003))。p53が制御する標的遺伝子の中で、p53AIP1はミトコンドリアに局在するタンパク質で、ミトコンドリアの膜電位とシトクロムcの放出を制御することで正のアポトーシス作用を有している(Oda K.et al.,Cell,Vol.102,849−862,2000;Matsuda K.et al.,Cancer Res.,Vol.62,2883−2889,2002)。このp53AIP1はp53によるアポトーシス誘導に重要な役割を持つSer46のリン酸化(特願2001−292953)に強い相関を示し、p53AIP1遺伝子の発現により癌細胞のアポトーシスが誘導される。例えば、DNAが損傷される等の強いストレスを受けると、転写因子p53のSer46がp53DINP1等の働きによりリン酸化を受け、p53AIP1の発現が誘発され、癌細胞のアポトーシスが誘導されると考えられている(細胞工学vol.22,No.1,23−28(2003))。
一方、癌細胞のアポトーシスを誘導することを目的として、シスプラチンなどの抗癌剤が使用されているが、ほとんどがDNAに傷をつけることによってアポトーシスを誘導するものである。そのため、正常細胞のDNAにも傷がついて副作用が現れる。癌の放射線療法も同様に正常細胞のDNAに傷がついて副作用が現れる。
この他にも、p53の遺伝子や、p53によって誘導されてアポトーシスを誘導するBaxやp53A1P1などの遺伝子をアデノウィルスベクターに組み込んで癌細胞に感染させ、アポトーシスを誘導させて死滅させようという試みもなされてはいるが、よい結果が得られているとはいえない。
【発明が解決しようとする課題】
この発明は、癌細胞にのみアポトーシスを誘導して死滅させる新しい癌治療の手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、癌細胞からp53の発現に伴ってクラスリン重鎖と見られる約170kDaのタンパク質が共沈殿してくることを見出し、クラスリン重鎖のcDNAを発現ベクターに導入して癌細胞の核内へトランスフェクトすると、p53AIP1プロモーターの転写能を高めることを見出した。このような結果から、このクラスリン重鎖とp53とが結合して転写因子を構成し、p53AIP1プロモーターの転写能を高め、癌細胞のアポトーシスを誘導すると結論された。
即ち、本発明は、p53(配列番号1)又はその1個若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加された変異p53、及びクラスリン重鎖(配列番号2)から成る、癌細胞のアポトーシスを誘導する転写因子である。これらは、ヒト等の組織や細胞から抽出・精製して取り出して用いてもよいし、これらをコードするDNAを含む形質転換体を培養して得て用いてもよい。
また、前記変異p53は、少なくとも46位のSerが置換されたp53であってもよく、特にその46位のSerがPheに置換されていることが好ましい。
また本発明は、この転写因子を有効成分とする癌の治療薬である。
【図面の簡単な説明】
第1図は、クラスリン重鎖によるp53AIP1の転写活性の制御の概念図を示す。
第2図は、pc−p53−fベクターの構造を示す。
第3図は、p53AIP1.pro.reporterベクターの構造を示す。
第4図は、pc−CHCベクターの構造を示す。
第5図は、発現ベクター(pcDNA−p53−f)をヒト骨肉腫由来細胞にトランスフェクトし、そのp53A1P1プロモーターからの転写能を示す。
第6図は、発現ベクター(pcDNA3.1、pcDNA−p53−f)をヒト非小肺がん由来細胞にトランスフェクトした細胞抽出物のSDS−PAGE(銀染色)を示す。
第7図は、発現ベクター(pcDNA−p53−f)をヒト非小肺がん由来細胞にトランスフェクトした細胞抽出物の抗クラスリン重鎖抗体及び抗p53抗体によるウエスタンブロットを示す。図中、WTはWT−p53、46AはS46A−p53、46DはS46D−p53、46FはS46F−p53、Δ44−63は44−63−P53を用いたものを示す。
第8図は、発現ベクター(pcDNA3.1、pcDNA−p53−f)をヒト非小肺がん由来細胞にトランスフェクトした細胞の細胞質及び核抽出物に対し、抗クラスリン重鎖抗体を用いたウエスタンブロットを示す。図中、pcDNAはpcDNA3.1、WTはWT−p53、46FはS46F−p53、Δ44−63は44−63−p53を用いたものを示す。
第9図は、クラスリン重鎖のcDNAを入れた発現ベクター(pc−CHC)とp53発現ベクター(pcDNA−p53−f)を共にヒト骨肉腫由来細胞にトランスフェクトし、その細胞抽出物を調べた結果を示す。図中、Clathrin HCはpc−CHC、WTはWT−p53、S46FはS46F−p53、Δ44−63は44−63−p53を用いたものを示す。
【発明を実施するための最良の形態】
クラスリンには重鎖と軽鎖とがあり、普通は細胞表面から内部への物質の取り込みであるエンドサイトーシスに働く。しかし、本研究の結果、発明者らは、このクラスリン重鎖が、第1図に示すように、癌細胞の中で軽鎖とは結合せずにp53と結合してp53の転写活性化能を高め、アポトーシスを強く誘導することを見出した。特に、p53のセリン46をフェニルアラニンに置換したp53とは特に強く結合してアポトーシスも強く誘導する。
本発明の転写因子を何らかの方法で癌細胞に注入するか、又はクラスリン重鎖のみを何らかの方法で癌細胞に注入し癌細胞中に存在するp53と結合させることにより、癌細胞にアポトーシスを誘導して死滅させることができる。
このような転写因子を利用すれば、正常細胞には傷をつけないで、癌細胞にのみ特異的に、従来の方法よりも効果的にアポトーシスを誘導させて死滅させることが可能になり、従来の方法よりも効率のよい癌治療法になる。
以下、実施例により本発明を例証するが、これらは本発明を制限することを意図したものではない。
試験例1
この試験例では、以後の試験で用いる下記5種のベクター(これらを総称して「pcDNA−p53−f」という。)を作成した。
(i)野生型ヒトp53遺伝子をpcDNA3プラスミド(Invitrogen社、第2図参照)に挿入した野生型ヒトp53発現ベクター(以下「WT−p53」という。)
(ii)46位のSerをAlaに置き換えた変異型ヒトp53遺伝子をpcDNA3プラスミドに挿入した変異ヒトp53発現ベクター(以下「S46A−p53」という。)
(iii)46位のSerをAspに置き換えた変異型ヒトp53遺伝子をpcDNA3プラスミドに挿入した変異ヒトp53発現ベクター(以下「S46D−p53」という。)
(iv)46位のSerをPheに置き換えた変異型ヒトp53遺伝子をpcDNA3プラスミドに挿入した変異ヒトp53発現ベクター(以下「S46F−p53」という。)
(v)44〜63位を欠失させた変異型ヒトp53遺伝子をpcDNA3プラスミドに挿入した変異ヒトp53発現ベクター(以下「44−63−p53」という。)
以上のベクターを以下の手順で作成した。
各種pcDNA−P53−fは、まずpcDNA3プラスミド(Invitrogen社)を制限酵素XhoI部位及びXbaI部位で切断し、9アミノ酸残基からなるFlag配列(GDYKDDDDK)をコードする二本鎖DNA(配列番号8)を挿入した(pcDNA−f)。作製したpcDNA3−fプラスミドの制限酵素BamHI部位及びXhoI部位を切断し、BamHI部位及びXhoI部位切断末端を持つ野生型ヒトp53遺伝子(配列番号9)又は変異型ヒトp53遺伝子を挿入した(pcDNA−p53−f)。これらベクターの地図を第2図に示す。
試験例2
この試験例では、p53AIP1遺伝子イントロン1内にあるp53結合配列を含む約500bpをpGL3−promoterベクター(Promega社)のluciferase遺伝子の上流へ挿入したレポータープラスミドを作成した。
pGL3−promoterベクター(Promega社)を制限酵素SacI部位及びBglII部位で切断し、制限酵素SacI部位及びBglII部位切断末端を持つp53結合配列を含むp53AIP1イントロン1(約500bp、配列番号10)を挿入した。このベクターの地図を第3図に示す。以下このレポーターを「p53AIP1pro.reporter」という。
試験例3
試験例1と同様の操作で、クラスリン重鎖遺伝子(かずさDNA研究所から分与、配列番号11)をpcDNA3プラスミド(Invitrogen社、第2図参照)に挿入して、クラスリン重鎖発現ベクター(以下「pc−CHC」という。)を作成した。このベクターの地図を第4図に示す。
試験例4
この試験例では、試験例1で用意した5種の発現ベクターをヒト骨肉腫由来細胞にトランスフェクトし、その細胞抽出物を調べた。
試験は以下の手順で行った。
1)7 X 10個のSaos−2細胞(骨肉腫由来)を24穴プレートに蒔き、一晩培養した。
2)トランスフェクションするためのDNAを、試験例1と試験例2で用意したpcDNA−p53−fとp53AIP1pro.reporterを用いて、表1のように調製した。加えた各pcDNA−p53−fは0〜30ng用い、pcDNA3.1と併せて総量30ngとした。なお、phRG−TKは、ウミシイタケluciferaseを発現するプラスミド(Promega社、内部コントロール)を示す。トランスフェクションの方法はInvitrogen社のキットに添付されているプロトコールに従った。

3)DNA溶液とLipo溶液を混和し、室温で30分間インキュベーションした。
4)そのDNA−liposome複合体を1)で調製した細胞に滴下した。
5)4時間後、DNA−liposome複合体を除去し、細胞を1 X PBS−で洗浄した。
6)トランスフェクションしてから24時間後、細胞を1 X PBS−で洗浄し、Dual luciferase assay kit(Promega社)を用いて、細胞中のホタルluciferase活性及びウミシイタケluciferase活性(内部コントロール)をそれぞれルミノメーターで測定した。その測定方法は、Promega社のキットに添付されているプロトコールに従って行った。
7)pcDNA3.1を導入した細胞抽出液中のホタルluciferase活性をウミシイタケluciferase活性で割った値を1とした時の相対的な活性(Fold Activation)を算出した。
その結果を第5図に示す。p53のSer46Phe置換体はp53A1P1プロモーターからの転写を野生型よりもかなり強く誘導することがわかった。
【実施例1】
この実施例では、試験例1で用意した5種の発現ベクターをヒト非小肺がん由来細胞にトランスフェクトし、その細胞抽出物を調べた。
試験は以下の手順で行った。
1)9×10のH1299細胞(非小肺がん由来)を15cmディッシュに蒔き、一晩培養した(10枚)。
2)トランスフェクションするためのDNAを表2のように調製した。トランスフェクションの方法はRoche Applied Scienceのキットに添付されているプロトコールに従った。

3)そのDNA−liposomeを室温で30分間インキュベーションし、1)で調製した細胞に滴下した。
4)トランスフェクションしてから21時間後、細胞をスクレイパーで剥がし、600 x g、5分間低速遠心して細胞を回収した。
5)細胞を1度 X PBS−で洗浄した後、10mlの表3の下記細胞溶解緩衝液で細胞を溶解した。

6)細胞を超音波破砕後、不溶性画分を15krpm、15分間、4℃で除去した。
7)その上清を0.2mlの抗FLAG抗体アガロースビーズ(Sigma)と一晩インキュベーションした。
8)インキュベーション後、ビーズを上記細胞溶解緩衝液で4回洗浄した。
9)その後、1.5mg/ml FLAGペプチドを含む上記細胞溶解緩衝液で競合的にビーズからp53タンパク質溶出した。
10)その溶出画分をSDS−PAGE次いで銀染色した。
その結果を第6図に示す。その結果、S46F置換体ではp53と一緒に分子量170kDaのタンパク質が強く共沈澱してくる。これをマススペクトロメトリーにかけてみたところ、LHIIEVGTPPTGNQPFPK、IVLDNSVFSEHR、VANVELYYR、QLPLVKPYLR、及びVDKLDASESLR(配列番号3〜7)のアミノ酸配列が得られた。これらは、それぞれクラスリン重鎖(配列番号2)の228−245、1011−1022、1398−1406、1444−1453、及び1610−1620位に相当する。これは、この170kDaのタンパク質がクラスリンの重鎖であることを示す。
11)170 kDのタンパク質の同定には銀染色で使われた量の約20倍のタンパク質を濃縮し、SDS−PAGE次いでCBB染色、目的バンドの切り出し、トリプシン消化後、質量分析を用いて行った。
12)10)の実験手順で得られた溶出液の100分の1容をSDS−PAGE次いでPVDF膜に転写後、抗クラスリン重鎖抗体(Transduction Laboratories)あるいは抗p53抗体(Santa Cruz)を用いたウエスタンブロッティング法を行った。ここではAmersham社のhorseradish peroxidase−抗マウスIgG二次抗体とECLキットを用いてバンドを視覚化した。
その結果を第7図に示す。S46F置換体にクラスリン重鎖が特に強く結合することがわかった。
試験例5
この試験例では、実施例1で用いたヒト非小肺がん由来細胞の核抽出物を調べた。試験は以下の手順で行った。
1)15cmディッシュ一枚分を実施例1と同様の手順でトランスフェクションした。
2)細胞を回収後、1mlの表4の低張緩衝液*1で細胞を懸濁し、ホモジナイザーで細胞膜を破壊した。

3)それを600 x g、5分間、4℃で低速遠心し、細胞質画分と核画分に分離した。
4)核画分に関しては2)、3)の操作を2回繰り返し、核画分に細胞質由来のタンパク質の持ち込みをできる限り除去した。
5)核画分を0.2mlの表4の高張緩衝液*2で懸濁し30分間氷上に置き、核からタンパク質を溶出した。
6)10 k x q、5分間、4℃で核画分から不溶性画分を除去した。
7)細胞質画分と核画分由来のタンパク質をSDS−PAGE次いでPVDF膜に転写後、抗クラスリン重鎖抗体を用いた実施例1と同様にウエスタンブロッティング法を行った。核画分は細胞質に比べ5倍量の細胞由来のタンパク質を用いた。
その結果を第8図に示す。この結果、クラスリンは細胞質でのみ働くと思われていたが、クラスリン重鎖の一部分は核内にも存在することを確認した。
【実施例2】
この実施例では、試験例4の手順のうち2)のトランスフェクションするためのDNAを、試験例3で用意したpc−CHCを用いて、表5のように調製した以外は、試験例4と同様の試験を行った。

その結果を第9図に示す。上記DNA溶液において、pc−CHC(400ng)を用いたものをClathrin+、pcDNA3.1(400ng)を用いたものをClathrin−と表記する。
クラスリン重鎖のcDNAを発現ベクターに入れてp53と共にトランスフェクトすると、p53A1P1プロモーターからの転写能を高めたことが認められた。特に、S46F置換体では強く高められた。
【配列表】
















【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】

【図6】

【図7】

【図8】

【図9】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
p53又はその1個若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加された変異p53、及びクラスリン重鎖から成る、癌細胞のアポトーシスを誘導する転写因子。
【請求項2】
前記変異p53が、少なくとも46位のSerが置換されたp53である請求項1又に記載の転写因子。
【請求項3】
前記変異p53が、その46位のSerがPheに置換されている請求項2に記載の転写因子。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の転写因子を有効成分とする癌の治療薬。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の転写因子又はクラスリン重鎖を癌細胞に注入することから成る癌治療法。

【国際公開番号】WO2004/076483
【国際公開日】平成16年9月10日(2004.9.10)
【発行日】平成18年6月1日(2006.6.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−502912(P2005−502912)
【国際出願番号】PCT/JP2004/002238
【国際出願日】平成16年2月25日(2004.2.25)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【出願人】(590001452)国立がんセンター総長 (80)
【Fターム(参考)】