説明

発光分光分析方法及び装置

【課題】スパーク放電発光分光分析方法による金属材料の定量分析において、安定な放電条件下で、自己吸収の影響を抑制して、高濃度域における検量線の直線性を改善し、定量分析精度を向上させるための方法と装置を提供することを目的とする。
【解決手段】パルスレーザを金属試料に照射し、金属試料と対電極との間のスパーク放電により、発生した発光スペクトルを分光することで、金属試料の成分を定量分析する発光分光分析方法において、前記パルスレーザは分光器の入射光軸の中心から外れた位置に照射し、前記スパーク放電を誘導し、分析対象元素の発光線の発光強度を測定することを特徴とする発光分光分析方法及び装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属試料の成分及びその組成比を分析するためのスパーク放電発光分光分析方法及び装置に関し、特に、パルスレーザによる放電位置制御を用いた定量発光分光分析方法及び装置に関する。
【背景技術】
【0002】
スパーク放電による発光分光分析方法は、金属試料中の多くの元素を同時に迅速に分析することができる優れた分析方法である。しかし、スパーク放電発光分光分析方法で金属材料中の成分濃度を定量する際に、分析対象元素の濃度が数パーセント以上の高濃度である場合には、発光強度の自己吸収により、検量線の直線性が失われ曲線となり定量分析では分析精度が問題となる。このような場合には、近似曲線を用いた検量線により定量分析が行われている。
【0003】
しかし、分析試料の表面状態や対電極の状態などにより放電状態は一定ではないため、発光強度のみならず放電により生成するプラズマ中の原子密度なども不安定に変化する。このように発光強度に対する自己吸収の影響量は一定ではないため、非直線の検量線を用いた定量分析では分析精度が低下するという課題がある。
【0004】
この課題に対し、特許文献1、2では、スパーク放電の放電エネルギーを小さくすることにより、プラズマ中の原子密度を小さくし、自己吸収の影響を軽減するとともに、測定する発光線として、直線性の高い発光線を選択することにより、定量精度の向上を図っている。
【0005】
一方、特許文献3には、スパーク放電に先立ちレーザを試料に照射し、レーザ照射部と放電対電極間でスパーク放電を発生させることにより、金属試料の微小領域における成分を分析する技術について開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平10−318926号公報
【特許文献2】特開平11−83744号公報
【特許文献3】特開2008−14649号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、特許文献1、2の方法では、放電エネルギーを小さくしすぎると放電が不安定となり、分析精度が劣化するため、放電エネルギーの減少には限界がある。さらに、スパーク放電発光分光分析法では、試料上での放電位置が一定ではないため直径数mmの放電領域全体の平均的な情報しか得られず、特定の放電位置からの発光強度を得ることは出来ないという課題がある。
【0008】
また、特許文献1の図2や特許文献2の図1、図2に開示されているように、検量線の非直線性は完全には解消されていない。
【0009】
一方、特許文献3の方法は、レーザ照射位置にスパーク放電を起すことが可能であるが、レーザ照射がない場合にスパーク放電が発生しない状態を維持するために、試料と対電極の間隔を調整する必要がある。
【0010】
しかし、レーザ照射がない場合にスパーク放電が発生しないような試料−対電極間隔は、試料の表面状態、対電極の先端形状、放電室内の雰囲気等の影響を受けるため、適正な試料−対電極間隔への調整は煩雑であり時間がかかるという問題があった。また、レーザ照射位置に放電を誘導した際の、発光強度に対する影響については知見がない。
【0011】
本発明は、上記問題を解決し、スパーク放電発光分光分析方法による金属材料の定量分析において、安定な放電条件下で、自己吸収の影響を抑制して、高濃度域における検量線の直線性を改善し、定量分析精度を向上させるための方法と装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
発明者等は、金属試料の表面にパルスレーザを照射し、照射部と対電極との間で、スパーク放電を発生させる分析方法を検討する中で、パルスレーザ照射位置が変化すると発光強度も変化することを見出した。そこで、パルスレーザ照射位置が各元素の発光強度及び定量精度に与える影響について、さらに詳細に検討した。
【0013】
各元素の発光強度は、パルスレーザ照射位置を分光器の入射光軸に垂直な方向(図1(b)x方向)に変化させた場合に大きく変化し、分光器の入射光軸の中心上にパルスレーザを照射し放電を誘導した場合に最も発光強度が高く、分光器の入射光軸の中心から外れるに従い発光強度が低くなる。
【0014】
また、パルスレーザ照射位置において、代表的な分析元素の検量線を作成し、定量精度を比較検討することにより、パルスレーザ照射位置が分光器の入射光軸の中心から外れた場合に検量線の直線性が改善し、定量精度が向上することを、さらに見出した。
【0015】
上述した知見より得られた本発明の構成は、以下の通りである。
(1)パルスレーザを金属試料に照射し、金属試料と対電極との間のスパーク放電により、発生した発光スペクトルを分光することで、金属試料の成分を定量分析する発光分光分析方法において、前記パルスレーザは分光器の入射光軸の中心から外れた位置に照射し、前記スパーク放電を誘導し、分析対象元素の発光線の発光強度を測定することを特徴とする発光分光分析方法。
(2)前記分光器の入射光軸の中心から外れた位置は、前記パルスレーザを、分光器の入射光軸の中心と垂直方向に照射しつつ走査し、発光強度を測定し、最も高い発光強度の1/20以上1/2以下の発光強度を示す照射位置であることを特徴とする(1)に記載の発光分光分析方法。
(3)パルスレーザ発生装置及びスパーク放電発生装置を備えた発光分光分析装置において、前記パルスレーザ発生装置は、金属試料の表面を走査及び照射する手段と、
分光器の入射光軸の中心から外れた位置にパルスレーザを照射する手段
とを有することを特徴とする金属試料の成分を分析する発光分光分析装置。
【発明の効果】
【0016】
本発明にかかる方法及び装置によれば、金属試料にパルスレーザを照射して、放電位置を制御することにより、分析対象元素の発光線の自己吸収を抑制することが可能となり、検量線の直線性が改善されるので、定量分析の精度を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明方法の一実施形態である測定装置の模式図
【図2】レーザ照射位置を分光器の入射光軸の中心から垂直方向に変化させた際の発光強度の変化
【図3】ステンレス鋼におけるCrの検量線(レーザ照射の有無の比較)
【図4】ステンレス鋼におけるNiの検量線(レーザ照射の有無の比較)
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態を、図を用いて説明する。図1(a)は、本発明の実施の形態で使用する発光分光分析装置の一例を示した模式図である。1は分析対象である金属試料、2はスパーク放電用の対電極、3は対電極2に電圧を印加する放電装置、4は分光分析装置(分光器)、5は分光後の発光線の強度を計数するデータ処理装置、6はパルスレーザ、7はレーザ発振器、8はレーザ走査装置、9はレーザ反射鏡、10はレーザ集光レンズ、11は制御装置、Aは分光器への入射光軸を示す。
【0019】
制御装置11は、放電装置3、データ処理装置5及びレーザ発振器7にそれぞれ接続しており、パルスレーザ6の照射、対電極2への電圧印加及びデータ処理装置5における光強度の計数のタイミングを制御する。
また、図1(b)は、図1(a)の金属試料1の近傍を対電極2側から投影した図である。
図中矢印は、パルスレーザー6をx、y方向にそれぞれ走査可能であることを示している。
【0020】
次に、本発明に係る分析測定手順を以下に示す。金属試料1を分析位置に取付け、パルスレーザ6を金属試料1に照射する。ここで、本発明に用いるレーザ発振器7として、レーザ照射位置に放電を効果的に誘導するために、試料表面上でレーザ誘起プラズマを生成できるものが望ましく、例えば、1パルスあたりのエネルギーとして1mJ以上、パルス幅として50ns(ナノ秒)以下のレーザパルスを発振できるNd:YAGレーザなどの固体パルスレーザを用いることが望ましい。
【0021】
また、レーザ発振器7の繰返し発振性能として、200〜1000Hz程度の高繰返し発振が可能であることが望ましい。これは、スパーク放電発光で用いられる、繰返し周波数が300〜500Hzであり、これと同等の繰返し性能を有すれば、従来のスパーク放電発光分光分析方法と比較して分析時間が延長することなく本発明法を実施できるからである。また、このような発振性能であると、レーザとスパーク放電との同期が容易にできるというメリットもある。
【0022】
次に、金属試料1の表面にパルスレーザ6を照射した後、5μ秒以上から500μ秒以下の時間内に放電装置3により対電極2に電圧を印加し、パルスレーザ照射位置に放電を誘導する。この時間内であれば、パルスレーザ6を照射した位置に、スパーク放電を発生できることが、実験的に明らかになっている。
【0023】
しかし、この時間が5μ秒より短い場合、パルスレーザ6の照射により生成する金属試料1の蒸気やイオンが、金属試料1の表面に高密度に存在し、これが障壁となり金属試料1と対電極2との間の導通が妨げられ、分析希望位置へのスパーク放電の発生が不安定となる。
【0024】
一方、この時間が500μ秒より長い場合、パルスレーザ6の照射により生成するレーザ誘起プラズマが拡散してしまい、同様に、分析希望位置へのスパーク放電の発生が不安定となる。放電により発生した各元素発光の発光強度を分光分析装置4及びデータ処理装置5で計数し蓄積する。また、制御装置11は、パルスレーザ6の照射、対電極2への電圧印加及びデータ処理装置5における光強度の計数のタイミングを正確に制御するために、1μ秒以下の時間分解能でタイミング制御可能であることが望ましい。
【0025】
本測定に先立ち、レーザ走査装置8を用いて、試料表面上のパルスレーザ6の照射位置を分光器の入射光軸Aに対して垂直方向(図1(b)におけるx軸方向)に変化させながら、パルスレーザ照射位置毎の各元素の発光強度を測定し、最も高い発光強度から外れた位置をレーザー照射位置に定める。このとき、最も高い発光強度の1/20以上、1/2以下の発光強度となる位置をレーザー照射位置に定めるのが好ましい。最も高い発光強度の1/20未満であると、S/B比(シグナル/バックグラウンド比)が低くなり精度が低下し好ましくない。また、最も高い発光強度の1/2超では、高濃度域の自己吸収の影響を十分軽減できないので好ましくない。このようにして、定めた照射位置にパルスレーザを照射しながら、スパーク放電発光分光分析を行う。
【0026】
レーザ走査装置8は、金属試料1の表面上におけるパルスレーザ6の照射位置を2次元的に変化させることができるガルバノスキャナのようなものが好ましいがこれに限るものではない。
【0027】
本発明によれば、レーザ走査装置を用いて試料表面上のパルスレーザ照射位置を分光器の入射光軸Aに対して垂直方向に変化させて、パルスレーザ照射位置毎の各元素の検量線を作成し、自己吸収の影響が少ないパルスレーザ照射位置を定めてから、定めた照射位置にパルスレーザを照射し放電を誘導しながら、スパーク放電発光分光分析を行うようにしたので、分析対象元素の発光線の自己吸収を抑制して定量分析をすることが可能となる。
【実施例】
【0028】
本発明に係る発光分光分析方法によりステンレス鋼中のCr,Niを分析した。分析の対象試料は、Cr及びNiの濃度範囲が、重量%(以下、特に断らない場合は、%表示は重量%を意味する)で、それぞれ、10.34〜27.02%及び4.03〜29.62%であるステンレス鋼を用いた。発光分光分析装置は、島津製作所製のPDA−5017(製品番号)を使用し、金属試料にパルスレーザを照射するための入射窓を備えた発光スタンドを用いた。放電条件は、この装置に予め設定された放電条件の中で最も放電エネルギーが小さいノーマルスパークモードを用いた。また、測定に用いるFe,Cr及びNiの固有スペクトル線の波長は、それぞれ287.2nm、298.9nm、227.7nmのものを用いた。レーザは、波長1064nm、パルス幅12nsのNd:YAGパルスレーザを使用し、レーザの集光及び走査は焦点距離100mmのfθレンズを備えたガルバノスキャナにより行った。
【0029】
図2に、レーザ照射位置を分光器の入射光軸の中心から垂直方向に変化させた際の発光強度の変化を示す。横軸は、分光器の入射光軸の中心からの距離、縦軸は各元素の発光強度である。
【0030】
分光器の入射光軸の中心から垂直方向に2mmずらした位置(図2で示されるように、最も高い発光強度の1/20となる位置)にレーザを照射して放電を誘導した場合の、Cr及びNiの検量線を、レーザ照射がない場合と比較して、図3及び図4に示す。図に示すように、レーザ照射がない場合は、Cr,Ni高濃度域で発光強度が飽和傾向にあり、検量線が曲線となる。これに対し、レーザ照射により放電位置を分光器中心軸から外した本発明に係る方法では、検量線が直線状に改善されることが確認できる。このように、レーザ照射により放電位置を制御することにより、特に高濃度域での検量線の直線性が改善される。
【符号の説明】
【0031】
1 分析試料
2 放電対電極
3 放電装置
4 分光分析装置
5 データ処理装置
6 パルスレーザ
7 レーザ発振器
8 レーザ走査装置
9 レーザ反射鏡
10 レーザ集光レンズ
11 制御装置
A 分光器の入射光軸の中心

【特許請求の範囲】
【請求項1】
パルスレーザを金属試料に照射し、金属試料と対電極との間のスパーク放電により、発生した発光スペクトルを分光することで、金属試料の成分を定量分析する発光分光分析方法において、前記パルスレーザは分光器の入射光軸の中心から外れた位置に照射し、前記スパーク放電を誘導し、分析対象元素の発光線の発光強度を測定することを特徴とする発光分光分析方法。
【請求項2】
前記分光器の入射光軸の中心から外れた位置は、前記パルスレーザを、分光器の入射光軸の中心と垂直方向に照射しつつ走査し、発光強度を測定し、最も高い発光強度の1/20以上、1/2以下の発光強度を示す照射位置であることを特徴とする請求項1に記載の発光分光分析方法。
【請求項3】
パルスレーザ発生装置及びスパーク放電発生装置を備えた発光分光分析装置において、
前記パルスレーザ発生装置は、
金属試料の表面を走査及び照射する手段と、
分光器の入射光軸の中心から外れた位置にパルスレーザを照射する手段
とを有することを特徴とする金属試料の成分を分析する発光分光分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−52822(P2012−52822A)
【公開日】平成24年3月15日(2012.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−193237(P2010−193237)
【出願日】平成22年8月31日(2010.8.31)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】