説明

発光分光分析方法

【課題】試料と対電極間隔を特別な状態に調整することなく、レーザを照射した箇所にスパーク放電を発生させ、金属試料の微小領域における成分を分析するための方法を提供することを目的とする。
【解決手段】金属試料と対電極との間にスパーク放電を発生させ、発生したスパーク放電による発光スペクトルを分光することで、金属試料の成分を分析する発光分光分析法において、対電極の先端より金属試料へ下ろした垂線の足を中心として半径3.0mm以内の金属試料表面に対し、該表面におけるパワー密度が10W/cm以上であるパルスレーザを照射し、該パルスレーザの照射後200μs以内に、金属試料のレーザ照射部位と対電極との間にスパーク放電を発生させることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属試料の成分(組成比を含む)を分析するためのスパーク放電発光分光分析方法に関し、特に、パルスレ−ザによる放電制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
スパーク放電による発光分光分析法は、金属試料中の多くの元素を同時に迅速に分析することができる優れた分析方法であるが、試料上での放電位置が一定していないため、直径数mmの放電領域全体の平均的な情報しか得ることが出来ないという問題がある。
特許文献1、2、3には、試料表面へのレーザ照射とスパーク放電発光分光分析法を組み合わせた技術について開示されている。
【0003】
特許文献1に記載の技術は、特定微小領域に高エネルギーを集中させて注入することで試料を蒸発させ、その蒸発した試料に対しスパーク放電で発光分光分析を行う技術で、高エネルギー注入手段としてレーザを用い、低エネルギーのスパーク放電を用いることにより、分光分析時のバックグラウンド低下を計っている。
【0004】
特許文献2に記載の技術は、スパーク放電の放電トリガとして試料にレーザを照射する発光分光分析を行う技術で、選択的なスパーク放電に伴う異常発光の発生を防ぐことを目的としている。
【0005】
また、特許文献3に記載の技術は、スパーク放電に先立ちレーザを試料に照射し、レーザ照射部と放電対電極間でスパーク放電を発生させる技術であり、金属試料の微小領域における成分を分析することを目的としている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平08−210980号公報
【特許文献2】特開平09−229863号公報
【特許文献3】特開平2008−14649号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1の方法では、低エネルギーのスパーク放電を用いることによりバックグラウンド低減の効果は得られるが、レーザを照射した箇所と試料対向電極(対電極)との間でスパーク放電が発生するとは限らず、せっかく微小領域のみの試料蒸気を採取できても、その微小領域のみの情報が、必ずしも得られるとは限られないという問題がある。
【0008】
特許文献2の方法では、レーザの試料への照射位置と放電用の対電極との位置関係についての詳細な検討はなされていない。また、実施例においてモータを用いたレーザの走査について述べているが、この方法では、レーザの照射位置と放電電極の位置関係が変化するため、放電が不安定になるという問題がある。
【0009】
また、特許文献3の方法では、レーザ照射位置と放電対電極の間でスパーク放電を起すことが可能であるが、レーザ照射がない場合にスパーク放電が発生しない状態になるように、試料と対電極の間隔を調整する必要がある。しかしながら、レーザ照射がない場合にスパーク放電が発生しないような試料と対電極の間隔は、試料の表面状態、対電極の先端形状、放電室内の雰囲気等の影響を受けるため、適正な試料と対電極の間隔への調整は煩雑であり時間がかかるという問題があった。
【0010】
また、これら特許文献1〜3において、スパーク放電と組み合わせる際のレーザの照射エネルギーの条件について詳細に検討したものはない。
【0011】
本発明は、上記問題を解決し、レーザとスパーク放電を利用した発光分光分析法において、試料と対電極間隔を特別な状態に調整することなく、レーザを照射した箇所にスパーク放電を発生させ、金属試料の微小領域における成分を分析するための方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
発明者等は、金属試料の表面にレーザを照射し、照射部と対電極との間で、スパーク放電を発生させる分析法を検討する中で以下の知見を得た。
【0013】
レーザ照射部位に対するスパーク放電の誘導は、レーザ照射により生成する試料蒸気やイオンの影響を受ける。そこで、レーザの照射条件、特に照射エネルギーと照射面積を変えた場合について、試料とレーザとの相互作用とスパーク放電の誘導状態との関係について鋭意検討を行い、スパーク放電をレーザ照射部位に誘導するための条件を以下のように見出した。
【0014】
レーザを金属試料に照射した場合、レーザから供給されるエネルギーの増加に伴い、局所的に試料の温度が上昇し、溶融、蒸発、電離(プラズマ化)の現象が起こる。これらのレーザと試料との相互作用の状態とスパーク放電の誘導状態を系統的に調査し、試料のプラズマ化、すなわち、レーザ誘起プラズマが生成するレーザ照射条件において、レーザ照射位置にスパーク放電を発生させることができることを見出した。
上述した知見により、得られた本発明の構成は、以下の通りである。
【0015】
(1)金属試料と対電極との間にスパーク放電を発生させ、発生したスパーク放電による発光スペクトルを分光することで、金属試料の成分を分析する発光分光分析法において、対電極の先端より金属試料へ下ろした垂線の足を中心として半径3.0mm以内の金属試料表面に対し、該表面におけるパワー密度が10W/cm 以上であるパルスレーザを照射し、該パルスレーザの照射後5〜200μsの範囲の時間内に、金属試料のレーザ照射部位と対電極との間にスパーク放電を発生させることを特徴とする発光分光分析方法。
(2)前記パルスレーザは固体パルスレーザであって、1パルスあたりのエネルギが1mJ以上で、パルス幅として50ns以下であることを特徴とする(1)に記載の発光分光分析方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、金属試料に照射するレーザのエネルギーをレーザ誘起プラズマが生成するパワー密度以上の条件で照射する。このため、金属試料の表面のレーザ照射部位と対電極との間で、スパーク放電を発生させることが可能となり試料における微小領域のみの情報を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明方法の一実施形態である測定装置の模式図。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明にかかる発光分光分析方法について、図を用いて本発明の実施の形態を説明する。図1は、本発明の一実施の形態である発光分光分析方法の場合を示した模式図である。1は分析対象である金属試料、2はスパーク放電用の対電極、3はレーザ光、4は試料台、5は分光分析装置、6は対電極2に電圧を印加する放電装置、7はレーザ光3を生成する為のレーザ発振器、8はレーザ用集光レンズ、9は光ファイバ、10は制御装置、11はレーザ光3の照射方向を調整するレーザ反射ミラーを示す。制御装置10は、分光分析装置5、放電装置6およびレーザ発振器7にそれぞれ接続しており、分光分析装置5、放電装置6およびレーザ発振器7の動作をそれぞれ制御する。特に、レーザ光3の照射と対電極2への電圧印加のタイミングは、制御装置10が放電装置6とレーザ発振器7を制御することで実現する。
【0019】
先ず、試料台4に金属試料1を取り付け、レーザ発振器7からレーザ光3を、金属試料1の表面で分析を希望する位置に照射する。レーザ光3は、レーザ誘起プラズマを生成するに足る極めて高いエネルギー密度が必要であり、具体的には、レーザ発振器7としてNd:YAGレーザなどの固体パルスレーザを用いることが望ましく、1パルスあたりのエネルギーとして1mJ以上、パルス幅として50ns(以下のパルスレーザを発振できるものであれば、集光レンズを用いて、レーザ誘起プラズマ生成に必要なパワー密度を得ることが出来る。また、レーザ発振器7の繰返し発振性能として、200〜1000Hz程度の高繰返し発振が可能であることが望ましい。これは、スパーク放電発光で用いられる繰返し周波数が300〜400Hzであり、これと同等の繰返し性能を有すれば、従来法と比較して分析時間が延長することなく本発明法を実施できる。また、レーザとスパーク放電との同期が容易に行えるというメリットもある。
【0020】
また、レーザ光3の照射位置は、対電極2の先端より金属試料1へ下ろした垂線の足を中心として半径3.0mm以内であることが望ましい。この位置であれば、レーザ光3を照射した箇所と対電極2との間で、スパーク放電を発生させることができる。3.0mmを超えるとレーザ照射位置とは関係なく、試料表面の易放電サイトと電極間での放電が起こり始め、レーザ照射位置へのスパーク放電を安定して発生させることが困難になる。したがって、レーザ光3の照射位置は、対電極2の先端より金属試料1へ下ろした垂線の足を中心として半径3.0mm以内であるとした。
【0021】
表面におけるパワー密度が10W/cm以上であるパルスレ−ザを照射するのは、パワー密度が10W/cm未満であると、スパーク放電を誘導出来ないためである。パルスレ−ザとしたのは、単位時間あたりにエネルギーを集中して照射することが可能であり、高パワー密度を容易に得られるとともに、間欠的に繰り返されるスパーク放電との同期に特に適しているからである。
また、パルスレ−ザのパワー密度は大きいほど、レーザ照射位置に放電を発生しやすくなるが、過度に大きいエネルギー密度のパルスレーザでは、試料にパルスレーザが到達する前に、放電ヘッド内のガス中でプラズマが発生するため、本発明の分析法においては、パルスレーザのエネルギー密度は1011W/cm以下とすることが望ましい。
【0022】
金属試料1の表面にレーザ誘起プラズマを生成するに足るパワー密度のレーザ光3を照射した後、5μs(マイクロ秒)以上から200μs以下の時間内に放電装置6により対電極2に電圧を印加する。この範囲内の時間内であれば、レーザ光3の照射した位置に、スパーク放電を発生できる。この時間が5μsより短い場合、レーザ光3の照射により生成する金属試料1の蒸気やイオンが、金属試料1の表面に高密度に存在し、これが障壁となり金属試料1と対電極2との間の導通が妨げられ、分析希望位置へのスパーク放電の発生が不安定となる。一方、この時間が200μsより長い場合、レーザ光3の照射により生成するレーザ誘起プラズマが拡散してしまい、同様に、分析希望位置へのスパーク放電の発生が不安定となる。
【0023】
レーザ光3を照射した位置と対電極2との間で発生したスパーク放電により、金属試料1の成分を反映した励起発光が発生する。この励起発光を、光ファイバ9を介して分光分析装置5へ導光し、分光分析装置5で、試料中に含まれる成分元素の発光線強度を計測する。濃度既知の試料を用いて予め用意した検量線等を用いて、この発光線強度から元素濃度を算出しても良い。
【0024】
以上が、金属試料1の表面の、特定の一箇所を測定する場合の分析方法である。同一の金属試料1の他の箇所を測定する場合は、レーザ反射ミラー11により、試料表面におけるレーザ照射位置を変えて、上記を繰り返せば良い。
【実施例】
【0025】
本発明に係る発光分光方法により、金属試料1の表面においてレーザ光3を照射した箇所で、スパーク放電するレーザ照射条件を確認するために、パルスレーザのエネルギーと金属試料1の表面における照射径を変えながら、スパーク放電を行い放電痕の形状を比較した。
【0026】
発光分光分析装置は、島津製作所製のPDA−5017(商品名)を使用し、金属試料にパルスレーザを照射するための入射窓を備えた発光スタンドを用いた。レーザは、波長1064nm、パルス幅12nsのNd:YAGパルスレーザを使用し、レーザ用集光レンズ8には、焦点距離100mmの球面平凸レンズを用いた。
【0027】
試料表面におけるレーザ照射面積は、レーザ用集光レンズ8の位置を変えることにより変化させた。また、試料表面におけるパワー密度は、各レンズ位置でパルスレーザのエネルギーを変えることにより変化させた。ここで、試料表面でのパワー密度とは、パルスレーザのエネルギーをパルス幅で除し、さらにレーザビームの照射面積で除した値で、単位面積、単位時間あたりのレーザのエネルギーである。
【0028】
分析の際は、レーザを照射しながらレーザ反射ミラー11を走査し、試料表面におけるレーザ照射位置を対電極2の先端より金属試料1へ下ろした垂線の足を中心として幅2.0mm(±1.0mm)の条件で走査した。
【0029】
表1に、検討したレーザ照射条件および各照射条件での試料表面でのパワー密度、レーザ誘起プラズマの生成有無、レーザ照射位置へのスパーク放電の誘導効果の有無を示す。ここで、レーザ誘起プラズマの生成の有無は、レーザ照射直後から1μsにおける波長300nm帯でのレーザ誘起プラズマに起因する連続スペクトルを測定して判断した。またスパーク放電の誘導の有無は、パルスレーザ走査中の放電走査状態をカメラで観察すると共に、測定後の放電痕の形状変化にて判断した。
【0030】
表1より、スパーク放電の誘導の有無は、照射レーザのエネルギーに依存するのではなく、試料表面でのパワー密度に依存することがわかる。また、試料表面におけるパワー密度が10W/cm以上の場合に、スパーク放電をレーザ照射位置に誘導できるが、試料表面におけるパワー密度が10W/cm未満の領域の場合には、スパーク放電を誘導出来ないことが確認できる。このパワー密度が10W/cm未満の領域は、レーザと金属試料の相互作用が試料蒸発領域に相当するためであり、試料蒸気の生成のみでは、スパーク放電を誘導出来ないためである。
【0031】
【表1】

【符号の説明】
【0032】
1 分析試料
2 放電対電極
3 レーザ光
4 試料ステージ
5 分光分析装置
6 放電装置
7 レーザ発振器
8 レーザ用集光レンズ
9 光ファイバ
10 制御装置
11 レーザ反射ミラー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属試料と対電極との間にスパーク放電を発生させ、発生したスパーク放電による発光スペクトルを分光することで、金属試料の成分を分析する発光分光分析法において、対電極の先端より金属試料へ下ろした垂線の足を中心として半径3.0mm以内の金属試料表面に対し、該表面におけるパワー密度が10 W/cm 以上であるパルスレーザを照射し、該パルスレーザの照射後5〜200μsの範囲の時間内に、金属試料のレーザ照射部位と対電極との間にスパーク放電を発生させることを特徴とする発光分光分析方法。
【請求項2】
前記パルスレーザは固体パルスレーザであって、1パルスあたりのエネルギが1mJ以上で、パルス幅として50ns以下であることを特徴とする請求項1に記載の発光分光分析方法。

【図1】
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【公開番号】特開2011−158345(P2011−158345A)
【公開日】平成23年8月18日(2011.8.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−19885(P2010−19885)
【出願日】平成22年2月1日(2010.2.1)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】