説明

発毛方法

毛乳頭または培養毛乳頭細胞を皮膚移植して毛髪を再生させる際に、効率良く発毛させ、さらに天然毛髪に近い状態へと発毛誘導させる方法であり、以下の成分:(a)毛乳頭または毛乳頭細胞、(b)表皮組織または表皮細胞、および/または(c)毛包を構成する組織またはその細胞を含む組成物を表皮欠損部位に移植することを特徴とする発毛方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
この出願の発明は、毛乳頭細胞の移植による発毛方法と、この方法に使用する移植材料に関するものである。
【背景技術】
毛髪を作り出す毛包組織は、毛乳頭(パピラ)と呼ばれる特殊な間充織と表皮との相互作用によって形成される。毛乳頭は毛髪の伸長・休止の周期である毛周期の進行にも深く関与していると考えられている。男性ホルモン濃度や血行の悪化等、種々の原因によってこの毛周期に変調を来すことで、男性型の脱毛(症)は発症する。男性型脱毛症後期では、発毛治療薬等の効果は低く、また毛乳頭密度も疎になることから、細胞移植により毛包組織の数を増加させる治療技術が求められてきた。
これまでの治療技術では、脱毛症発症部位皮膚を切除後、頭部あるいは側頭部の健常な毛髪を有する頭皮組織そのものを脱毛症部位に植皮することで、脱毛症部位の面積を減少せしめる方法が報告されている(非特許文献1)。また、健常な頭皮より毛包を外科的に分離したのちに、脱毛症発症部位に移植する方法も報告され治療効果を上げている(非特許文献2)。しかしながら、いずれの方法においても、脱毛症部位の面積縮小は達成できるものの、毛包数あるいは毛髪の総数は現状と同数か減少せざるを得ない。これは、健常な毛包を脱毛部位に移動させるのみであることによる。したがって、広範囲におよぶ脱毛症を治療する場合には、より広範囲の正常頭皮を皮弁形成せしめるか、切除後に毛包供給のドナー組織とする必要がある。従って利用する正常皮膚の面積に合わせて、予め皮下組織にストレッチャーを挿入し、徐々に皮膚を伸長させたり(非特許文献3)、また数回の施術に分けて皮膚の伸長を待つ必要があり、自己組織移植でありながら肝臓や心臓移植といった臓器移植と同様に頭皮組織ドナー不足の現状にある。更に非常に高い外科的な技術と、手作業による組織の分離を要求される。
このような外科的な方法は、非常に侵襲性が高く、患者に対しては非常に大きな苦痛と負担を強いるものであった。だが一方では、健常な形質の毛包により脱毛症発症部位が覆われ、種々の脱毛症発症要因に暴露されても脱毛しにくい毛髮を得ることが出来る唯一の根本的治療法として有効であった。
そこで、脱毛症患者の苦痛と負担を軽減させ、また健常頭髪組織のドナー不足を解決し、かつ高度な移植技術を必要としない移植用人工毛髪の実現が望まれてきた。移植用人工毛髪としては、生体親和性を持つように加工された高分子ポリマーを皮膚内に挿入し、真皮組織および皮下組織に親和させる方法がとられてきた。しかし、この方法では少なからず免疫拒絶、感染症が発生し、米国ではすでに禁止されている。
これらの現状に鑑みて、患者自身の細胞を、極めて小さな組織より分離し、培養して増殖させ、これを材料にして毛包を構築することで、移植用の毛包を増やす方法が考えられる。毛包は、患者の自己細胞より形成されるため、免疫拒絶が原理上起こらず、また極めて高い生体親和性を示すため異物応答も惹起されず、速やかに移植組織の修復が完了する。従って、人工毛移植のように人工毛の周囲が上皮化するまで数日から数週間に渡って、高い感染症リスクを患者に負わせる必要も無い。例えば特許文献1には、患者自身の頭皮から単離した毛乳頭細胞を培養増殖させ、この培養毛乳頭細胞を患者に移植する方法が開示されている。しかしながら、培養増殖した毛乳頭細胞を皮膚に移植しても発毛の効率は極めて低く、また発毛したとしても毛髪の状態は脆弱であって天然毛髪の再生とは言い難いのが実情である。
人工的に毛包を誘導するには、発生学的な知見を基本として、組織工学的な手法を応用しなければならない。発生学的には前述したように毛包は表皮細胞と真皮性細胞である毛乳頭細胞の相互作用により形成される。また、この毛包形成に至る相互作用は、培養毛乳頭細胞と新生児由来の表皮細胞を混合し、皮膚全層除去後の筋膜上に移植する実験によって再現できることが報告されている(非特許文献4)。また、ヒト毛乳頭と動物毛包の組み合わせによる毛包形成の方法も既に報告されている(非特許文献5)ことから、ヒトの脱毛症治療にも応用可能であることは知られている。
さらに、毛乳頭や培養毛乳頭細胞から成る人工毛乳頭は鋭利なピンセットやメスによって皮膚を切開して手作業で真皮・表皮間隙へ移植することで、皮膚内に新たな毛包を再構築できることが報告されてきた(非特許文献6)。あるいは注射器を用いて皮膚内部へ移植する方法も試みられ、限定的な結果ではあるが毛乳頭あるいは毛乳頭細胞移植部位に毛包構造や毛髪が誘導されることが報告されている(特許文献1)。しかしながら、表皮細胞と毛乳頭細胞の相互作用によって制御される毛包形成では、表皮細胞と毛乳頭細胞が相互作用を及ぼすことができるまで、極めて近接させる必要がある。これを実現する方法としては、表皮の直下に毛乳頭細胞を移植するか、表皮細胞と毛乳頭細胞を混合して移植することが考えられる。
表皮の真下に極めて接近させて毛乳頭細胞を移植するには、極めて高い精度で細胞の移植位置を制御する高い技術が要求される。真皮層では、線維芽細胞が構築したコラーゲンを主とした細胞外マトリックスの線維が複雑に絡まっている。皮膚内部に微少組織、細胞、コラーゲンビーズなどの薬物輸送担体を注入する場合、生理食塩水、培地、血清などに懸濁して注入せざるを得ない。この時、真皮を構成する線維は注入時の圧力によって開裂が生じる。このため、注射器を用いて毛乳頭、人工毛乳頭、毛乳頭細胞等を注入する場合、表皮−間充織相互作用が期待できる表皮直下に移植することは極めて難しい。従って技術的に実現できても数千から数万本分の細胞移植を行うには膨大な時間がかかり、これは開発費用および治療費用に加算される結果となる。
また、表皮をピンセットとメスによって切開し、表皮直下に手作業で移植する方法では、技能と労力、またレシピエント皮膚への大きなダメージを要求し、脱毛症患者が必要とする数千〜数万本分の毛を誘導するには実質上不可能であった。
なお、この出願の発明者らは、ラット頬髭より分離培養された毛乳頭細胞は、線維芽細胞増殖因子2(FGF2)やラット足裏表皮細胞初代培養上清を培地に添加することで長期継代培養することができること、そしてこの継代培養した毛乳頭細胞が数十代の継代数を通じて毛包誘導能を保持していることを足裏の表皮と真皮間に継代毛乳頭細胞を移植することで明らかし、既に特許出願している(特許文献2)。またこの出願の発明者らは、毛乳頭細胞等の微細生体材料の一定量を、注射器等の排出装置から確実かつ安定的に排出して皮膚移植するための方法を発明し、特許出願している(特許文献3)。
以上の通り、毛乳頭細胞の移植による発毛のためには、毛乳頭あるいは培養毛乳頭細胞を確実に表皮細胞に近接させて、より多数、レシピエントへの負担を少なく移植し、移植した毛乳頭細胞から効率よく発毛させることが必要である。
また、毛乳頭細胞は10代程度継代培養を繰り返すことにより、発毛誘導能が減弱していくことが知られている(非特許文献7)。これに対してこの出願の発明者らは、毛包誘導能を長期間にわたり保持した状態で毛乳頭細胞を増殖させる培養技術を発明している(特許文献3)。しかしながら、この特許文献3の方法で培養増殖させた毛乳頭細胞の場合にも、移植後の毛包形成は可能であるが、発毛誘導能が継代とともに減弱し失われることに変わりはない。従って、長期の継代培養によって増殖させた毛乳頭細胞に十分な発毛誘導能を付与した状態で移植する方法が強く望まれてもいる。
一方、真皮毛根鞘は毛包の最外層を取り囲む真皮性細胞からなる組織である。真皮毛根鞘は、毛球部の最下端において毛乳頭と連続している(図7、矢頭)。また、毛乳頭と毛母を部分切除した毛包を腎皮膜内あるいは皮下組織に移植すると、毛球部が再構築され、毛管の伸長が観察されることから、真皮毛根鞘に毛乳頭細胞の前駆細胞が分布していると考えられている。
最近、男性の真皮毛根鞘を女性の前腕部皮膚に他家移植する実験を行った結果、毛包が形成誘導され発毛することが報告されている(非特許文献8)。また、初代培養真皮毛根鞘細胞を耳介の無毛皮膚表皮直下に移植する実験を行った結果、毛包が形成誘導され発毛することも報告されている(非特許文献9)。これらの事から、真皮毛根鞘細胞もまた、毛髪再生のための有望な移植材料であると考えられている。
しかしながら、真皮毛根鞘細胞の場合にも初代培養細胞には毛包誘導発毛能が認められるが、継代培養によって増殖させた真皮毛根鞘細胞には有意な発毛は認められていない(非特許文献9)。
[特許文献]
1:特開2001−302520号公報
2:特開平7−274950号公報
3:特開2003−235990号公報
[非特許文献]
1:Stough DB et al.,Surgical procedures for the treatment of baldness.Cutis.,37(5),362−5,1986
2:David Julian et al.,Maicrograft size and subsequent survival,Dermatol.Surg.,23,757−762,1997
3:Wieslander JB,Repeated tissue expansion in reconstruction of a huge combined scalp−forehead avulsion injury.Ann Plast Surg.,20(4),381−5,1988
4:Lichti U et al.,In vivo regulation of murine hair growth:insights from grafting defined cell populations onto nude mice,J Invest Dermatol.,101(1),124S−129S,1993
5:Jahoda CA et al.,Trans−species hair growth induction by human hair follicle dermal papillae,Exp Dermatol.,10(4):229−37,2001
6:Jahoda CA,Induction of follicle formation and hair growth by vibrissa dermal papillae implanted into rat ear wounds:vibrissa−type fibres are specified.Development.,115(4),1103−9,1992
7:Weinberg WC et al.Reconstitution of hair follicle development in vivo:determination of follicle formation,hair growth,and hair quality by dermal cells.J.invest.Dermatol.,100,229−236,1993
8:Reynolds AJ et al.,Trans−gender induction of hair follicles.,Nature,402,33−34,1999
9:McElwee KJ et al.,Cultured peribulbar dermal sheath cells can induce hair follicle development and contribute to the dermal sheath and dermal papilla.J.invest.Dermatol.,121,1267−1275,2003
【発明の開示】
この出願の発明は、毛乳頭または培養毛乳頭細胞を皮膚移植して毛髪を再生させる際に、効率良く発毛させ、さらに天然毛髪に近い状態へと発毛誘導させる方法と、そのための移植材料を提供することを課題としており、これらの課題解決の手段として以下の発明を提供する。
この出願の第1の発明は、以下の成分:
(a) 毛乳頭または毛乳頭細胞;および
(b) 表皮組織または表皮細胞
を含む組成物を表皮欠損部位に移植することを特徴とする発毛方法である。
第2の発明は、以下の成分:
(a) 毛乳頭または毛乳頭細胞;および
(c) 毛包を構成する組織またはその細胞
を含む組成物を表皮欠損部位に移植することを特徴とする発毛方法である。
第3の発明は、以下の成分:
(a) 毛乳頭または毛乳頭細胞;
(b) 表皮組織または表皮細胞;および
(c) 毛包を構成する組織またはその細胞
を含む組成物を表皮欠損部位に移植することを特徴とする発毛方法である。
前記第1から第3発明においては、表皮欠損部位が表皮全層と真皮の一部を欠損させて形成されることを好ましい態様としている。
また、前記の各発明おける成分(a)、(b)および(c)がヒト由来、さらにはヒト頭皮由来であること、そして成分がヒト頭皮由来である場合には、前記の表皮欠損部位がヒト頭皮に形成されることを好ましい態様としている。
またさらに、前記第1から第3発明においては、成分(a)の毛乳頭細胞が培養細胞であることを好ましい態様としている。
前記第2または第3発明においては、成分(c)が真皮毛根鞘または真皮毛根鞘細胞であること、また成分(a)の毛乳頭細胞が10代以上の継代培養細胞であり、成分(c)が毛球部の真皮毛根鞘または真皮毛根鞘細胞であることをそれぞれ好ましい態様としている。そしてこの方法の場合には、成分(c)の真皮毛根鞘細胞が培養細胞であり、さらに具体的には、成分(c)の真皮毛根鞘細胞がFGF2含有培地で増殖した培養細胞であることをそれぞれ好ましい態様としている。
さらにこの出願は、前記の各発明方法に使用する移植材料して以下の発明を提供する。すなわち、この出願の第4の発明は、以下の成分:
(a) 毛乳頭または毛乳頭細胞;および
(b) 表皮組織または表皮細胞
を含む組成物である。
第5発明は、以下の成分:
(a) 毛乳頭または毛乳頭細胞;および
(c) 毛包を構成する組織またはその細胞
を含む組成物である。
第6発明は、以下の成分:
(a) 毛乳頭または毛乳頭細胞;
(b) 表皮組織または表皮細胞;および
(c) 毛包を構成する組織またはその細胞
を含む組成物である。
これらの第4から第6発明においては、成分(a)、(b)および(c)がヒト由来、さらにはヒト頭皮由来であることを好ましい態様としている。
また、前記第4から第6発明においては、成分(a)の毛乳頭細胞が培養細胞であることを好ましい態様としている。
またさらに、前記第5または第6発明においては、成分(c)が真皮毛根鞘または真皮毛根鞘細胞であること、また成分(a)の毛乳頭細胞が10代以上の継代培養細胞であり、成分(c)が毛球部の真皮毛根鞘または真皮毛根鞘細胞であることをそれぞれ好ましい態様としている。そしてこの方法の場合には、成分(c)の真皮毛根鞘細胞が培養細胞であり、さらに具体的には、成分(c)の真皮毛根鞘細胞がFGF2含有培地で増殖した培養細胞であることをそれぞれ好ましい態様としている。
なお、この発明においては、「毛乳頭」とは皮膚から単離した毛乳頭組織を意味し、「毛乳頭細胞」とは毛乳頭を構成する個々の細胞を意味する。同じく、「表皮組織」とは皮膚から単離した表皮の組織であり、「表皮細胞」とは表皮組織を構成する個々の細胞をいう。さらに「真皮毛根鞘」とは毛包から単離した真皮毛根鞘それ自体であり、「真皮毛根鞘細胞」とは真皮毛根鞘を構成する個々の細胞を意味する。
さらに、この発明における「発毛」とは移植した毛乳頭または毛乳頭細胞から毛包が形成され、この毛包から自発的に毛が発生することを意味する。また「発毛」とは、前記のとおりに毛包から発生した毛が自発的に伸長することを意味するが、このような毛の伸長と「発毛誘導」と記載することもある。
この発明のその他の用語や概念については、発明の実施形態や実施例の記載において詳しく説明する。またこの発明を実施するために使用する様々な技術は、特にその出典を明示した技術を除いては、公知の文献等の記載に基づいて当業者であれば容易かつ確実に実施可能である。
【図面の簡単な説明】
図1は毛乳頭細胞、表皮細胞の混合移植の模式図である。健常な男性の後頭部(a)より毛の生えた皮膚を分離した(b)。この皮膚を酵素処理およびピンセットによる手作業により表皮(c)と毛球部(d)に分離した。表皮はトリプシン処理により表皮細胞(e)とし、毛球部はさらに、真皮毛根鞘(f)と毛乳頭(g)に分離した。毛乳頭と真皮毛根鞘はコラゲナーゼおよびトリプシン処理を行いシングルセルとし、さらに蛍光色素DiI標識し、DiI標識毛乳頭細胞(i)、真皮毛根鞘細胞(h)とした。また毛乳頭細胞の一部は、プラスチックディッシュに播種し、初代培養を行った(k)。この初代培養毛乳頭細胞は3回継代培養を行い(l)、さらに蛍光色素標識を行い、培養毛乳頭細胞(m)とした。非培養の表皮細胞(e)、真皮毛根鞘細胞(h)、毛乳頭細胞(i)を混合し、前頭部皮膚移植創に自己細胞移植した。また培養毛乳頭細胞(m)と、上述方法で新たに調製した表皮細胞(n)を混合し、同様に前頭部皮膚移植創に自己細胞移植した(o)。
図2は毛乳頭細胞、表皮細胞の混合移植創および術後カバーの断面模式図である。移植部位は予め毛髪の存在しない前頭部皮膚を選び、さらに深さ3mmまで皮膚を全層除去した。そこに混合細胞ペレットを注入した。
図3は非培養毛乳頭細胞、真皮毛根鞘細胞、表皮細胞の混合移植の結果である。Aは移植後3週間で発毛した毛髪(矢印)および移植部位(破線円)。Bは移植部位に発毛した毛包の組織切片をヘマトキシリン・エオジン染色したもの。Pは毛乳頭、HMは毛母、IRSは内毛根鞘、ORSは外毛根鞘を表す。CはBの連続切片におけるDiI蛍光写真。Pの位置に蛍光シグナルを認める。Dは同じくCを核染色した蛍光写真。
図4は継代培養毛乳頭細胞、非培養表皮細胞の混合移植の結果である。Aは移植後3週間で発毛した毛髪(矢印)および移植部位(破線円)。Bは移植部位に発毛した毛包の組織切片をヘマトキシリン・エオジン染色したもの。Pは毛乳頭、HMは毛母を表す。CはBの連続切片におけるDiI蛍光写真。Pの位置に蛍光シグナルを認める。Dは同じくCを核染色した蛍光写真。
図5はメス刃角度を任意に調製できるメス柄の写真である。このデバイスを用いることで、図2のような円形欠損のみならず、線上の表皮欠損を形成することができる。
図6は毛乳頭細胞を含む真皮由来細胞と表皮細胞を混合した移植による発毛状態の写真像である。移植後3週目に直線上に並んだ発毛を得た。これにより、毛流の再現が可能となった。
図7はラット頬髭組織のHE染色像。真皮毛根鞘は、毛球部の最下端において毛乳頭と連続し、毛包を取り囲んでいる(矢頭)。DPは毛乳頭、DSは真皮毛根鞘、Mは毛母、Oは外毛根鞘、Iは内毛根鞘、Iは内毛根鞘、Cは毛皮質。
図8は低継代数培養毛乳頭細胞(6継代)の発毛誘導能および誘導された組織の組織化学を示す。継代数n=6のラット頬髭由来培養毛乳頭細胞を新規調製ラット新生児表皮細胞と混合し、ヌードマウス背部にグラフトチャンバー法にて移植した。移植3週間後に発毛が観察された(a:矢印)。発毛部位よりパラフィン切片を作成し、HE染色(b)、蛍光色素DiI(c)、核染色蛍光色素Hoechst(e)により顕微鏡観察した。この連続切片を、真皮毛根鞘を特異的に識別するSM−α−Actin抗体により免疫染色した(d)。SM−α−Actin抗体の陽性反応が真皮毛根鞘で確認された(d:矢頭)。DPは毛乳頭、DSは真皮毛根鞘、Mは毛母。
図9は高継代数培養毛乳頭細胞(39継代)の発毛誘導能および誘導された組織の組織化学を示す。高継代数培養毛乳頭細胞(n=39)を新規調製ラット新生児表皮細胞と混合し、ヌードマウス背部にグラフトチャンバー法にて移植した。移植3週間後、発毛は観察されなかった(a:破線部位)。細胞移植部位よりパラフィン切片を作成し、HE染色(b)、蛍光色素DiIと核染色蛍光色素Hoechst共染色(c)により顕微鏡観察した。DiI陽性細胞が毛乳頭内に多数観察された(c:破線部位内、小矢印により代表例を示す)。この連続切片を、真皮毛根鞘を特異的に識別するSM−α−Actin抗体により免疫染色した(d)。しかし、陽性細胞は毛細血管(d:矢印)以外には認められなかった。DPは毛乳頭、Mは毛母。
図10は培養真皮毛根鞘細胞(1継代)の発毛誘導能と誘導された組織の組織化学を示す。培養真皮毛根鞘細胞(n=1、GFPラット由来)を新規調製ラット新生児表皮細胞と混合し、ヌードマウス背部にグラフトチャンバー法にて移植した。移植3週間後に若干の発毛が観察された(a:破線部位)。発毛部位より凍結切片を作成し、HE染色(b)、蛍光色素GFP(c)および核染色蛍光色素Hoechst共染色(d)により顕微鏡観察した。形成誘導された毛球部にGFPの蛍光が観察された(c:矢頭)。DPは毛乳頭、DSは真皮毛根鞘、Mは毛母
図11は高継代毛乳頭細胞(39継代)と培養真皮毛根鞘細胞(1継代)の混合移植による発毛能回復・増強と誘導組織の組織化学を示す。高継代数培養毛乳頭細胞(n=39)と培養真皮毛根鞘細胞(n=1、GFPラット由来)を新規調製ラット新生児表皮細胞と混合し、ヌードマウス背部にグラフトチャンバー法にて移植した。移植3週間後に非常に活発な発毛が観察された(a:矢印)。細胞移植部位より凍結切片を作成し、HE染色(b)、蛍光色素GFP(e)、蛍光色素DiIと核染色蛍光色素Hoechst共染色(d)により顕微鏡観察した。DiI陽性細胞が毛乳頭内に多数観察された(d:破線部位内)。形成誘導された毛球部の真皮毛根鞘にGFPの蛍光が観察された(e:矢頭)。この連続切片を、真皮毛根鞘を特異的に識別するSM−α−Actin抗体により免疫染色した(c)。SM−α−Actin抗体の陽性反応が真皮毛根鞘で確認された(c:矢頭)。DPは毛乳頭、DSは真皮毛根鞘、Mは毛母。
図12はヒト頭皮への培養頬髭毛乳頭細胞と新規調整真皮毛根鞘細胞の混合移植の結果を示す。継代培養ヒト毛乳頭細胞(n=3)と新規調製培養真皮毛根鞘細胞を表皮細胞と混合し、ボランティア(健常男性33才)の前頭部無毛部位に自家移植した。移植後2週間目に真皮毛根鞘細胞を混合移植部位で3本の黒い毛が観察された(a:白破線内、白矢印)。しかし真皮毛根鞘細胞非混合部位では、移植後3週目でも細くて白い毛が1本だけしか観察されなかった(b:白破線内、白矢印)。黒矢印は移植前から存在する毛幹および毛穴を表す。
【発明を実施するための最良の形態】
この出願の第1の発明は、
成分(a):毛乳頭または毛乳頭細胞:および
成分(b):表皮組織または表皮細胞
を含む組成物(第4発明の組成物)を表皮欠損部位に移植することを特徴とする発毛方法である。
毛乳頭は、例えば動物の皮膚(例えばヒト頭皮)から摘出した毛包から、細密なピンセット等を用いて単離することができる。また毛乳頭細胞は、摘出した毛乳頭からコラゲナーゼやトリプシンを用いて個々の細胞に分散させたものや、あるいは適当な動物細胞培地(例えば実施例に記載したFGF2添加10%牛胎児血清含有ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM10))等で適当な期間培養し、さらに必要に応じて数回から数十回継代培養して増殖させたものを使用することができる。なお、培養細胞は浮遊液状態ではなく、出来る限り培養液等を除去することが好ましい。
表皮組織や表皮細胞は、好ましくは毛乳頭を摘出したのと同一個体の表皮、さらに好ましくは摘出した毛乳頭が存在した箇所から可及的に近接した皮膚からの表皮組織またはその細胞を使用する。例えば、毛乳頭を単離するために摘出した毛包に付着した表皮組織やその分散細胞を使用する。
この移植用組成物における成分(a)および(b)の混合比率は、約1:9〜約9:1の間で任意に変動させることができる。また、この組成物は、他の皮膚細胞(例えば足裏皮膚の繊維芽細胞等)を含有してもよい。この場合の成分(a)と成分(B)および線維芽細胞等の混合比率も、約1:9から9:1とすることができる。
移植用組成物を移植する表皮は、表皮全層、または真皮の一部をメス等によって切除して形成することができる。例えば、深さ1〜5mm、長さ1〜5mm程度の切れ込みである。この表皮欠損部位への組成物注入量は、一カ所当たり10μl以下とすることが好ましい。その場合の細胞数は約107〜8個以下程度である。
第2発明は、
成分(a):毛乳頭または毛乳頭細胞;および
成分(c):毛包を構成する組織またはその細胞
を含む組成物(第5発明の組成物)を表皮欠損部位に移植することを特徴とする発毛方法である。
この方法に使用する第5発明組成物の成分(a)は前記第4発明組成物における成分(a)と同一である。一方、成分(c)は毛包を構成する真皮毛根鞘、外毛根鞘、内毛根鞘、毛乳頭柄等であり、特に真皮毛根鞘またはその細胞が好ましい。成分(c)としての真皮毛根鞘は、好ましくは毛乳頭を単離した同一個体に由来するもの、さらに好ましくは、毛乳頭を単離するために摘出した毛包から分離したものを使用する。この真皮毛根鞘は、そのまま成分(a)の毛乳頭または毛乳頭細胞と混合して組成物とすることができる。あるいは、個々の細胞に分散させた後、適当な動物細胞用の培地で培養したものを使用することができる。このとき、培地にFGF2を添加することによって、効率良く毛根鞘細胞を増殖させることができる。
この移植用組成物における成分(a)および(c)の混合比率は、約1:0.1〜1:0.01の間で任意に変動させることができる。また、この組成物は、他の皮膚細胞(例えば足裏皮膚の繊維芽細胞等)を含有してもよい。
第3発明は、
成分(a):毛乳頭または毛乳頭細胞;
成分(b):表皮組織または表皮細胞;および
成分(c):毛包を構成する組織またはその細胞
を含む組成物(第6発明の組成物)を表皮欠損部位に移植することを特徴とする発毛方法である。
この第3発明の組成物における成分(a)および(b)は第1発明における組成物と同一であり、成分(c)は第2発明の組成物と同一である。また各成分の混合比率も第1発明および第2発明と同一であり、成分(a):成分(b)は約1:9〜約9:1であり、成分(a):成分(c)は約1:0.1〜約1:0.01である。
なお、第2発明および第3発明の方法においては、長期の継代培養(従来方法における約10代以上、またはこの出願の発明者らによる特許文献3の方法による約15代以上)によって発毛誘導能を消失または減少させた毛乳頭細胞を成分(a)とする場合には、成分(c)としては、毛包毛球部の毛根鞘または毛根鞘細胞を使用することが、優れた発毛誘導効果を得るために好ましい。
【発明の効果】
第1発明の方法によれば、毛乳頭または毛乳頭細胞が表皮組織または表皮細胞と共に移植されることによって、表皮細胞と毛乳頭細胞が相互作用を及ぼし合える位置および距離を自立的に形成する。表皮細胞が皮膚内に嚢包(病的な表皮の固まり)を形成することもない。これによって、移植層内部で皮膚再構成と毛包形成が実現され、移植した毛乳頭細胞からの発毛が促される。
また第2発明によれば、成分(c)が毛乳頭または毛乳頭細胞と共に移植されることによって、発毛誘導が促進され、毛包から発生した毛の成長が顕著に促進される。これによって、発毛部位には毛流が形成されるため、皮膚移植や毛包移植に比較して、より自然な再生毛が生じる。
さらに第3発明によれば、成分(b)および(c)が毛乳頭または毛乳頭細胞と共に移植されるため、成分(b)の作用によって毛包形成および毛の発生が促進され、さらに成分(c)の作用によって発生した毛の伸長が促進される。これによって、従来方法に比較してはるかに有効な移植毛再生が可能となる。
【実施例】
以下、実施例を示してこの発明についてさらに詳細かつ具体的に説明するが、この発明は以下の例によって限定されるものではない。
[実施例1]
1 方法
1−1 移植用ヒト細胞の調製
健康な32歳と44歳の男性ボランティアの後頭部有毛部より皮膚を採取し、前頭部無毛部に自家細胞移植を行った。移植に用いた細胞は図1で示す部位より分離し、酵素処理によりシングルセル化して使用した。以下に細胞調製の詳細を記載する。
細胞移植の4週間前に、後頭部より毛球部を含む3cmの頭皮を採取した。手術材料皮膚をマイクロ剪刀を用いて皮膚と皮下組織に分離した。皮膚組織を2000units/mlディスパーゼを含む10%自己血清DMEMで37℃、1時間処理し、表皮と真皮を分離した。真皮組織は1mm角に細切して、3.5cmプラスチックディッシュに播種し、通法に従って初代培養および3回の継代培養を行った。皮下組織より300個の毛乳頭と真皮毛根鞘を分離した。このうち、10個の正常な毛乳頭は3.5cmプラスチックディッシュに播種し、特許文献2の方法を用いて初代培養および3回の継代培養を行った。
細胞移植当日に後頭部より毛球部を含む3cmの頭皮を再度採取し、皮膚と皮下組織を分離した。皮下組織より毛包を分離し毛休部を分離した。毛球部より毛乳頭を分離し、0.35%コラゲナーゼ、0.25%トリプシンEDTAで37℃、1時間消化してシングルセルとし、使用まで4℃の10%自己血清DMEM中で保存した。皮膚組織は2000units/mlディスパーゼを含む10%自己血清DMEMで37℃、1時間処理し、毛包を含む表皮を真皮より分離した。毛包を含む表皮は0.25%トリプシンEDTAで37℃、1時間消化し、シングルセルとした。毛乳頭細胞と真皮毛根症細胞はDiIにより蛍光染色を行った。なお、全ての行程はクリーンベンチ内あるいは、無菌器具内において無菌的に行われた。
1−2 表皮および真皮欠損部位の作製と細胞移植
前頭部無毛部位の細胞移植位置に炭素微粒子を70%エタノールにより溶解した染料にて刺青を施した。この部位を予めデジタル顕微鏡(キーエンス製)により高解像度写真撮影し体毛の分布を記録した。1%リドカイン 1%エピネフリンにて麻酔した後に、直径2.5mmのトレパン(貝印)を用いて、深さ3mmまでの皮膚を切除し、移植ベッドとした(図2)。新規に調整した毛乳頭細胞または培養毛乳頭細胞、表皮細胞、線維芽細胞および真皮毛根鞘細胞を表1で示すように混合し、混合細胞は2000rpm、5分間遠心した。また細胞を出来る限り濃い状態で移植する必要があるため、遠心時にヒアルロン酸ゲルを重層し、遠心した後に、マイクロシリンジにより押し出す方法(特許文献3)を用いて皮膚欠損部に移植した。移植部位は図2で示すように、テガダームおよびヌージェルによりカバーした。混合細胞を移植ベッドに移植した後、28日後までデジタル顕微鏡で経過観察し、移植部位をバイオプシーした。バイオプシー標本は、20%ホルマリンで一晩固定した後、通法に従ってパラフィン包埋し、5μm厚の切片として組織学的観察に供した。

2 結果
移植例1;前頭部への毛乳頭細胞移植(移植例1)において、移植部位は7日目に完全に上皮化した。その後7日おきに6週間の経過観察を行った。移植例1では移植後3週間目に、2本の細い白色毛幹が2mm伸長していることが観察された(図3−A)。移植後6週目に、発毛部位を採取し、組織学的に観察したところ、移植例1において5本の毛包が観察された。これらの毛包を蛍光観察したところ、毛乳頭には予め毛乳頭細胞および真皮毛根鞘細胞に標識した赤い蛍光色素が観察された(図3−B,C,D)。ヒト皮膚には同様の赤い自家蛍光が見られるが、G励起光のみで励起されることから標識色素と区別される。また、この発毛部位には、細胞移植前に毛が無く、且つ毛包の分布する深さまで皮膚を完全に切除している。
移植例2;継代培養したヒト毛乳頭細胞のみのヒト表皮に対する毛包誘導能および発毛誘導能を確認するために、継代培養した毛乳頭細胞を後頭部皮膚より新規に調製した表皮細胞混合して前頭部に移植した。
移植後7日まで移植例2と同様の経過をたどり、移植後4週間目に、2本の細い白色毛幹がそれぞれ0.3mmと0.5mm伸長していることが観察された(図4−A)。移植後4週目に、発毛部位を採取し、組織学的に観察したところ、移植例2において4本の毛包が観察された。これらの毛包を蛍光観察したところ、毛乳頭には予めパピラ細胞に標識した赤い蛍光色素が観察された(図4−B,C,D)。
[実施例2]
1 方法
1−1 移植用細胞の調製
発毛誘導能を持つ毛乳頭細胞と発毛分化能を持つ表皮細胞は、生後2日齢のFischerラット新生児の皮膚より調製した。Fischerラット新生児を断頭により犠牲死させ、前後肢および尾部を切除し、躯幹部分のみとした。躯幹部の皮膚を剥離し、イソジンと70%エタノールで滅菌した後に、生理食塩水で洗浄し、使用時まで4℃にて保存した。無菌環境下において実体顕微鏡を用いて、新生児皮膚に付着している皮下組織をマイクロ剪刀により除去した。なお、これ以下の全ての行程はクリーンベンチ内あるいは、無菌器具内において無菌的に行われた。
皮膚組織は幅3mm、長さ10mm程度の短冊状に切り、1000units/mlになるように10%牛胎児血清を含むダルベッコ改変イーグル培地に溶かしたディスパーゼ溶液で4℃一晩処理した。ディスパーゼ処理した皮膚組織は生理食塩水でよく洗浄し、無菌環境下において表皮と真皮を分離した。
表皮と真皮は外科用メスを用いて細切し、0.25%トリプシンEDTA溶液で37℃、10分間処理して浮遊細胞懸濁液とした。
また真皮は0.35%コラゲナーゼ生理食塩水溶液にて、37℃、60分間処理して、細胞浮遊細胞懸濁液とした。この真皮細胞浮遊細胞懸濁液には、毛包形成する表皮成分も含まれるため、300rpm、2分間遠心分離し、真皮性の細胞のみから成る、浮遊画分を分離した。
それぞれの細胞懸濁液は100μmおよび40μmのメッシュサイズの無菌篩いにかけて、複数の細胞同士接着した集塊は除去した。
同一細胞数の表皮細胞と真皮細胞を混合し、1500rpm、5分間遠心し、細胞ペレットを作製した。このペレットより培地を除去し移植まで氷温で保存した。
1−2 メス刃角度を任意に調製できるデバイス
外科用メス替え刃を用いて、刃先を10°から150°の任意の角度で交差可能な柄を作製した(図5)。この機構により皮膚の切開角度を任意に設定可能である。
1−3 表皮欠損部位の作成と細胞移植
BALB/C nu/nuマウス(雄生、4週齡)の背部に幅0.5mm、全長10mmに渡って表皮欠損部分を作製した。100μlサイズのマイクロシリンジに先端部を除去した27G注射心を装着し、細胞ペレットをシリンジ内に吸引した。10個の細胞ペレットをシリンジより押しだして表皮欠損部位と移植した。細胞移植部位は乾燥を防ぐために、フィブリン糊を固化させてカバーを施した。
1−4 毛乳頭細胞を含む真皮由来細胞と表皮細胞を混合した移植による発毛観察
移植前に顕微鏡観察し、移植部位に体毛の有無を確認した。移植後1〜2週間ごとに顕微鏡観察し移植皮膚の変化を観察した。
2 結果
移植より、3日目にはフィブリン糊はマウス通常生活状態でに脱落し、移植創は治癒していた。その後、経過観察したところ、3週目に発毛を認めた(図6)。これらの発毛は線上に分布し、表皮欠損部分に一致していた。
[実施例3]
1 方法
1−1 ラット頬髭毛乳頭および真皮毛根鞘の単離培養
6週齢の雄Fischerラットは、ジエチルエーテル麻酔により犠牲死させ、頬を切除した。切除頬はイソジン(明治製薬)と70%エタノールで滅菌した後に、生理食塩水で洗浄した。摘出した毛包から、細密なピンセットを用いて注意深く毛乳頭を単離し、35mm培養ディッシュ(ペクトンディッキンソン社製)に播種した。FGF2添加10%牛胎児血清含有ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM10)で2−3週間初代培養を行い、5日に1度の培地交換を行った。初代培養後、7−10日ごとに継代培養を行った。移植には、継代数6、39代の細胞を移植に用いた。
成体雄EGFPトランスジェニックWistarラット(株)ワイエス研究所)は、ジエチルエーテル麻酔により犠牲死させ、頬を切除した。切除頬を同様に滅菌した後、毛包を摘出した。摘出した毛包から、真皮毛根鞘を単離し、35mm培養ディッシュに播種した。FGF2添加DMEM10で2−3週間初代培養を行い、3−4日に1度の培地交換を行った。初代培養後、7−10日ごとに継代培養を行った。移植には、継代数1代の細胞を移植に用いた。
1−2 ラット新生仔表皮細胞の調製
発毛誘導能を持つ毛乳頭細胞と発毛分化能を持つ表皮細胞は、生後2日齢のFischerラット新生仔の皮膚より調製した。Fischerラット新生仔をジエチルエーテル麻酔により犠牲死させ、前後肢および尾部を切除し、躯幹部分のみとした。躯幹部の皮膚を剥離し、イソジンと70%エタノールで滅菌した後に、生理食塩水で洗浄し、使用時まで4℃にて保存した。実体顕微鏡を用いて、無菌環境下において新生仔皮膚に付着している皮下組織をマイクロ剪刀により除去した。なお、これ以下の全ての行程はクリーンベンチ内あるいは、無菌器具内において無菌的に行われた。
皮膚組織は幅3mm、長さ10mm程度の短冊状に切り、1000units/mlになるようにDMEM10に溶かしたディスパーゼ(三協純薬工業製)溶液で4℃、一晩処理した。ディスパーゼ処理した皮膚組織は生理食塩水でよく洗浄し、表皮と真皮を分離した。
表皮は外科用メスを用いて細切し、0.25%トリプシンEDTA溶液で37℃、10分間処理して浮遊細胞懸濁液とした。
それぞれの細胞懸濁液は100μmおよび40μmのメッシュサイズのフィルターを通し、複数の細胞同士接着した集塊を除去した。
1−3 成体ラット足裏真皮からの線維芽細胞の調整
10週齢の雄Fischerラットは、ジエチルエーテル麻酔により犠牲死させ、足裏皮膚を切除した。切除足裏皮膚はイソジンと70%エタノールで滅菌した後に、生理食塩水で洗浄した。実体顕微鏡を用いて、無菌環境下において足裏皮膚に付着している皮下組織をマイクロ剪刀により除去した。
除去後、4等分し、1000units/mlになるようにDMEM10に溶かしたディスパーゼ溶液で4℃、一晩処理した。ディスパーゼ処理した皮膚組織は生理食塩水でよく洗浄し、表皮と真皮を分離した。この真皮を1−2mm角に細切し、60mm培養ディッシュ(ペクトンディッキンソン社製)にエクスプラントして線維芽細胞の初代培養を行った。
初代培養後、成体ラット足裏真皮由来線維芽細胞は継代培養を行い、継代2−4代までの細胞を移植に用いた。
1−4 ラット頬髭毛乳頭細胞、GFPラット頬髭真皮毛根鞘細胞、ラット新生仔表皮細胞、成体ラット足裏真皮由来線維芽細胞の混合移植
4週齢雄ヌードマウス(日本チャールズリバー社製)をソムノペンチル腹腔内投与により麻酔し、イソジンで滅菌した後、側腹部の皮膚を直径7mmの円形に全層切除去した。この部位にグラフト・チャンバーをナイロン縫合糸によって装着した。あらかじめ蛍光色素(DiI)で標識したラット頬髭毛乳頭細胞(継代数6、39)、GFPラット頬髭真皮毛根鞘細胞(継代数1)、ラット新生仔表皮細胞、ラット足裏真皮由来線維芽細胞を表2の組み合わせで混合し、2000rpm、5分間遠心し、細胞ペレットを作製した。このペレットより培地を除去した後、グラフト・チャンバー内にマイクロピペットを用いて注入した。以上の操作は無菌的に行った。移植後1週間は、外科用テープ(ニチバン)によって移植部位を保護した。細胞移植1週間後にグラフト・チャンバーを除去し、移植部位をイソジンで消毒し、さらに2週間感染症に注意しながら飼育を行った。
1−5 細胞移植による発毛および組織観察
術後3週間経過した移植部位を実体顕微鏡(ライカ社製)にて観察し、発毛の様子を写真撮影した。撮影後移植部位を摘出し、マイルドホルム10Nで一昼夜固定し、パラフィン包埋した。薄切した切片は(5μm)ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色および核の蛍光染色を行い、パピラに標識した蛍光色素DiIと、ラット頬髭真皮毛根鞘細胞のGFPの確認を行った。また、連続切片で真皮毛根鞘のマーカーであるSM−α−Actin抗体を用いた免疫染色を行った。

2 結果と考察
ラット頬髭毛乳頭細胞の発毛能に関して、グラフト・チャンバーを用いた解析を行った。継代数6(図8)または継代数39(図9)の培養頬髭毛乳頭細胞を、ラット新生仔表皮細胞、およびラット足裏真皮由来線維芽細胞と混合し移植した。細胞移植1週間後、移植細胞由来の皮膚が形成されていた。細胞移植3週間後、6継代の培養頬髭毛乳頭細胞を移植した部位で発毛が確認されたが(図8−a)、39継代の細胞では発毛が観察されなかった(図9−a)。しかし、両組織のHE染色像の観察から、毛包が確認され(図8−b,図9−b)、39継代の細胞に発毛能はないが毛包誘導能はあることが確認された。これと連続する切片で、毛包の毛乳頭に移植前に標識したDiIの蛍光が確認され、移植した毛乳頭細胞による発毛または毛包であることが確認された(図8−c,d、図9−c)。これらの細胞に誘導された毛包で、真皮毛根鞘が形成されているか、真皮毛根鞘のマーカーであるSM−α−Actin抗体を用いた免疫染色を行った。その結果、6継代の細胞によって発毛した毛包でのみ陽性反応が観察され、真皮毛根鞘の形成が確認された(図8−d,e、矢頭)が、39継代の細胞によって形成された毛包では陽性反応が観察されなかった(図9−d)。以上の結果から、ラット頬髭毛乳頭細胞は、発毛誘導能が継代とともに減弱し失われ、真皮毛根鞘の形成能も失われることが明らかとなった。
次に、長期間の継代培養により発毛誘導能を失ったラット頬髭毛乳頭細胞に、真皮毛根鞘細胞を加え、同様にグラフト・チャンバーを用いた解析を行った。培養真皮毛根鞘細胞(1継代)を単独で加えた群では、若干の発毛が観察された(図10−a)。HE(図10−b)および蛍光染色像(図10−c)の観察から、毛包の毛乳頭にGFPの蛍光が確認され、真皮毛根鞘細胞による発毛包であることが確認された。また、GFPの蛍光が真皮毛根鞘にも観察されることから、移植した真皮毛根鞘細胞によって形成されていることが確認された(図10−c)。これに対して、ラット頬髭毛乳頭細胞(39継代)と培養真皮毛根鞘細胞(1継代)を合わせて移植した群では、明らかに有意な発毛が観察された(図11−a)。組織のHE(図11−b)および蛍光染色像(図11−c)の観察から、DiIの蛍光が毛乳頭に、GFPの蛍光が真皮毛根鞘に確認された。さらに、SM−α−Actin抗体を用いた免疫染色の結果、培養真皮毛根鞘細胞を加え発毛した群で真皮毛根鞘の形成が確認された(図11−e)。以上の結果から、真皮毛根鞘の形成が発毛に重要であり、発毛能を失った毛乳頭細胞に真皮毛根鞘細胞を加えることで発毛能が回復することが明らかとなった。この事実より、発毛誘導能のある毛乳頭細胞に真皮毛根鞘細胞を加えることで、より高い発毛誘導が可能であることが示唆された。
[実施例4]
1 方法
1−1 移植用ヒト細胞の調製
健康な33歳の男性ボランティアの後頭部有毛部より皮膚を採取し、前頭部無毛部に自家細胞移植を行った。以下に細胞調製の詳細を記載する。
細胞移植の4週間前に、後頭部より毛球部を含む3cmの頭皮を採取した。手術材料皮膚をマイクロ剪刀を用いて皮膚と皮下組織に分離した。皮膚組織を2000units/mlディスパーゼを含む10%自己血清DMEMで37℃、1時間処理し、表皮と真皮を分離した。真皮組織は1mm角に細切して、3.5cmプラスチックディッシュに播種し、通法に従って初代培養および3回の継代培養を行った。皮下組織より300個の毛乳頭と真皮毛根鞘を分離した。このうち、10個の正常な毛乳頭は3.5cmプラスチックディッシュに播種し、特許文献2の方法を用いて初代培養および3回の継代培養を行った。
細胞移植当日に後頭部より毛球部を含む3cmの頭皮を再度採取し、皮膚と皮下組織を分離した。皮下組織より毛包を分離し毛休部を分離した。毛球部より毛乳頭を分離し、0.35%コラゲナーゼ、0.25%トリプシンEDTAで37℃、1時間消化してシングルセルとし、使用まで4℃の10%自己血清DMEM中で保存した。皮膚組織は2000units/mlディスパーゼを含む10%自己血清DMEMで37℃、1時間処理し、毛包を含む表皮を真皮より分離した。毛包を含む表皮は0.25%トリプシンEDTAで37℃、1時間消化し、シングルセルとした。毛乳頭細胞と真皮毛根症細胞はDiIにより蛍光染色を行った。なお、全ての行程はクリーンベンチ内あるいは、無菌器具内において無菌的に行われた。
1−2 表皮および真皮欠損部位の作製と細胞移植
前頭部無毛部位の細胞移植位置に炭素微粒子を70%エタノールにより溶解した染料にて刺青を施した。この部位を予めデジタル顕微鏡(キーエンス製)により高解像度写真撮影し体毛の分布を記録した。1%リドカイン 1%エピネフリンにて麻酔した後に、直径2.5mmのトレパン(貝印)を用いて、深さ3mmまでの皮膚を切除し、移植ベッドとした(図2)。新規に調整した毛乳頭細胞または培養毛乳頭細胞、表皮細胞、線維芽細胞および真皮毛根鞘細胞を表1で示すように混合し、混合細胞は2000rpm、5分間遠心した。また細胞を出来る限り濃い状態で移植する必要があるため、遠心時にヒアルロン酸ゲルを重層し、遠心した後に、マイクロシリンジにより押し出す方法(特許文献3)を用いて皮膚欠損部に移植した。移植部位は図2で示すように、テガダームおよびヌージェルによりカバーした。混合細胞を移植ベッドに移植した後、28日後までデジタル顕微鏡で経過観察し、移植部位をバイオプシーした。バイオプシー標本は、20%ホルマリンで一晩固定した後、通法に従ってパラフィン包埋し、5μm厚の切片として組織学的観察に供した。

2 結果
継代培養ヒト毛乳頭細胞と真皮毛根鞘細胞混合移植による発毛能力向上を確認するために、継代培養した毛乳頭細胞を後頭部皮膚より新規に調製した表皮細胞および真皮毛根鞘細胞と混合して前頭部に移植した。また、表皮細胞:真皮性細胞の比率を1:1とするために、培養線維芽細胞(継代数3)と混合した。継代数3の毛乳頭細胞は6日間培養され、この間の平均細胞倍加時間は40時間であった。
移植部位は3日目に完全に上皮化した。その後7日おきに経過観察を行った。移植後の経過観察により真皮毛根鞘細胞を加えた群(移植例1)では2週後に3本の発毛が観察されたが(図12−a)、加えない群(移植例2)では3週目に初めて1本だけ発毛が確認された(図12−b)。
以上の結果から、毛乳頭の移植の再には、真皮毛根鞘細胞を加えることにより、明らかに高い発毛誘導を得られることが明らかとなった。
【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】

【図6】

【図7】

【図8】

【図9】

【図10】

【図11】

【図12】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の成分:
(a) 毛乳頭または毛乳頭細胞;および
(b) 表皮組織または表皮細胞
を含む組成物を表皮欠損部位に移植することを特徴とする発毛方法。
【請求項2】
以下の成分:
(a) 毛乳頭または毛乳頭細胞;および
(c) 毛包を構成する組織またはその細胞
を含む組成物を表皮欠損部位に移植することを特徴とする発毛方法。
【請求項3】
以下の成分:
(a) 毛乳頭または毛乳頭細胞;
(b) 表皮組織または表皮細胞;および
(c) 毛包を構成する組織またはその細胞
を含む組成物を表皮欠損部位に移植することを特徴とする発毛方法。
【請求項4】
表皮欠損部位が、表皮全層と真皮の一部を欠損させて形成される請求項1から3のいずれかの発毛方法。
【請求項5】
成分がヒト由来である請求項1から3のいずれかの発毛方法。
【請求項6】
成分がヒト頭皮由来である請求項1から3のいずれかの発毛方法。
【請求項7】
表皮欠損部位がヒト頭皮に形成される請求項6の発毛方法。
【請求項8】
成分(a)の毛乳頭細胞が培養細胞である請求項1から3のいずれかの発毛方法。
【請求項9】
成分(c)が毛根鞘または真皮毛根鞘細胞である請求項2または3の発毛方法。
【請求項10】
成分(a)の毛乳頭細胞が10代以上の継代培養細胞であり、成分(c)が毛球部の真皮毛根鞘または真皮毛根鞘細胞である請求項2または3の発毛方法。
【請求項11】
成分(c)の真皮毛根鞘細胞が培養細胞である請求項9または10の発毛方法。
【請求項12】
成分(c)の真皮毛根鞘細胞がFGF2含有培地で増殖した培養細胞である請求項9または10の発毛方法。
【請求項13】
以下の成分:
(a) 毛乳頭または毛乳頭細胞;および
(b) 表皮組織または表皮細胞
を含む組成物。
【請求項14】
以下の成分:
(a) 毛乳頭または毛乳頭細胞;および
(c) 毛包を構成する組織またはその細胞
を含む組成物。
【請求項15】
以下の成分:
(a) 毛乳頭または毛乳頭細胞;
(b) 表皮組織または表皮細胞;および
(c) 毛包を構成する組織またはその細胞
を含む組成物。
【請求項16】
成分がヒト由来である請求項13から15のいずれかの組成物。
【請求項17】
成分がヒト頭皮由来である請求項13から15のいずれかの組成物。
【請求項18】
成分(a)の毛乳頭細胞が培養細胞である請求項13から15のいずれかの組成物。
【請求項19】
成分(c)が真皮毛根鞘または真皮毛根鞘細胞である請求項14または15の組成物。
【請求項20】
成分(a)の毛乳頭細胞が10代以上の継代培養細胞であり、成分(c)が毛球部の真皮毛根鞘または真皮毛根鞘細胞である請求項14または15の組成物。
【請求項21】
成分(c)の真皮毛根鞘細胞が培養細胞である請求項19または20の組成物。
【請求項22】
成分(c)の真皮毛根鞘細胞がFGF2含有培地で増殖した培養細胞である請求項19または20の組成物。

【国際公開番号】WO2005/053763
【国際公開日】平成17年6月16日(2005.6.16)
【発行日】平成19年6月28日(2007.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−516036(P2005−516036)
【国際出願番号】PCT/JP2004/018421
【国際出願日】平成16年12月3日(2004.12.3)
【出願人】(503190578)株式会社バイオインテグレンス (5)
【出願人】(503449018)株式会社フェニックスバイオ (7)
【Fターム(参考)】