説明

発酵アルコール飲料の製造方法

【課題】発酵遅延が抑制された発酵アルコール飲料の製造方法の提供。
【解決手段】本発明によれば、発酵前液中のグルコースおよびマルトースの含有比率を調整することにより発酵遅延を抑制することを特徴とする、発酵アルコール飲料の製造方法が提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、発酵アルコール飲料の製造方法に関し、より詳細には、発酵遅延が抑制された発酵アルコール飲料の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
発酵アルコール飲料の製造において、発酵遅延は生産性を低下させるだけでなく、最終製品の風味や香味の低下を招くことが知られている。このため、発酵遅延を改善する方法として、発酵助成剤による方法や発酵制御による方法等の数多くの発酵技術が開発されている(特許文献1)。
【0003】
近年では、グルコースによって不活化または分解されにくいオリゴ糖トランスポーターを発現し、マルトースなどのオリゴ糖の資化性を向上した酵母を作成する技術が開発されている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−178405号公報
【特許文献2】特許4430133号公報
【発明の概要】
【0005】
本発明者らは、発酵アルコール飲料の製造において、発酵前液中の単糖類と二糖類の含有比率を調整することによって発酵遅延を有意に回避あるいは解消できることを見出した(実施例1)。従来の発酵技術から、グルコースのような単糖類の比率が高いほど発酵促進効果があり、単糖類の比率が低下するとエキス消費が緩慢になることが予想されたが、意外にも、グルコースとマルトースの比率が極端に異ならない範囲で発酵遅延が発生することが明らかとなった。本発明者らは、また、グルコースとマルトースを使用する発酵前液で発酵遅延が発生した場合であっても、発酵前液中のアミノ酸量を増加させることでエキス消費を有意に向上させることができることを見出した(実施例2)。本発明者らは、さらに、グルコースとマルトースを使用する発酵前液で発酵を行った場合に、発酵遅延を活性酵素種活性(以下、単に「ROS活性」ということがある)を測定することにより評価できることを見出した(実施例3)。本発明はこれらの知見に基づくものである。
【0006】
すなわち、本発明によれば、以下の発明が提供される。
(1)発酵前液中のグルコースおよびマルトースの含有比率を調整することにより発酵遅延を抑制することを特徴とする、発酵アルコール飲料の製造方法。
(2)発酵前液中のグルコースおよびマルトースの含有比率(固形分重量比)を0<グルコース<30または70<グルコース<100の範囲(但し、グルコース+マルトース=100とする)に調整して発酵を行うことを含む、上記(1)に記載の製造方法。
(3)発酵アルコール飲料が、発酵麦芽飲料またはビール風味アルコール飲料である、上記(1)または(2)に記載の製造方法。
(4)上記(1)〜(3)のいずれかに記載の製造方法により製造された発酵アルコール飲料。
(5)発酵アルコール飲料の製造において、発酵前液中のグルコースおよびマルトースの含有比率を調整して発酵を行うことを特徴とする、発酵遅延を抑制する方法。
(6)発酵アルコール飲料の製造において、発酵遅延を抑制するために発酵前液中のグルコースおよびマルトースの含有比率を調整することを特徴とする、発酵前液の調製方法。
(7)発酵前液中のアミノ酸量を調整することを特徴とする、上記(1)に記載の製造方法。
(8)発酵前液中のグルコースおよびマルトースの含有比率(固形分重量比)が30≦グルコース≦70の範囲(但し、グルコース+マルトース=100とする)の場合に発酵前液中のアミノ酸濃度を640mg/Lを超えるように調整して発酵を行うことを含む、上記(7)に記載の製造方法。
(9)ROS活性を発酵管理指標として用いる、上記(1)〜(4)、(7)および(8)のいずれかに記載の製造方法。
(10)ROS活性の測定工程をさらに含んでなる、上記(9)に記載の製造方法。
(11)発酵前液中のグルコースおよびマルトースの含有比率を調整してROS活性の上昇を抑制することを特徴とする、上記(5)に記載の方法。
(12)ROS活性の測定工程をさらに含んでなる、上記(11)に記載の方法。
(13)発酵アルコール飲料の製造において、発酵中の酵母のROS活性を測定することによりSICD(Sugar-Induced Cell Death)の程度を評価する方法。
【0007】
本発明によれば、発酵前液中のグルコースおよびマルトースの含有比率を調整することにより有意に発酵遅延を抑制して発酵アルコール飲料を製造することができる。現在、ビール類の製法は多岐に及んでおり、ビールや発泡酒等の麦芽を原料として使用する発酵麦芽飲料や、麦芽を使用せず炭素源を含有する液糖や、麦芽以外のアミノ酸含有材料としての窒素源を原料として使用するアルコール飲料があるが、その発酵液中の成分組成も複雑であり、それらの成分が同一であるとは限らない。本発明は、様々な発酵アルコール飲料(特に、発酵麦芽飲料やビール風味アルコール飲料)に適用可能であり、また、複雑な操作を必要とせず、効果的に発酵遅延を抑制することができる点で有利である。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】発酵前液中のグルコースおよびマルトースの含有比率を変化させた場合の発酵時エキス消費量を示した図である。図中、例えば「G40」はグルコース比率40%を意味する。
【図2】発酵前液中のアミノ酸量を640mg/Lから、960mg/Lおよび1280mg/Lに増加させた場合の発酵時エキス消費量を示した図である。図中、例えば「G40」はグルコース比率40%を意味する。
【図3】発酵前液中のアミノ酸量を640mg/Lから、960mg/Lおよび1280mg/Lに増加させた場合の、発酵5日目以降のエキス消費量を示した図である。図中、例えば「G40」はグルコース比率40%を意味する。
【図4】発酵前液中のグルコースおよびマルトースの含有比率を変化させた場合の発酵時エキス消費量と、活性酸素種活性(ROS活性)および酵母死滅率を示した図である。ROS活性および死滅率はいずれもグルコース比率が0の場合を1とした相対値を示す。図中、例えば「G40」はグルコース比率40%を意味する。
【発明の具体的説明】
【0009】
本発明において「発酵アルコール飲料」とは、炭素源、窒素源および水などを原料として酵母により発酵させた飲料を意味する。
【0010】
「発酵アルコール飲料」としては、原料として麦芽を使用した発酵麦芽飲料や、原料として麦芽を使用しないビール風味アルコール飲料が挙げられる。
【0011】
本発明において「発酵麦芽飲料」とは、炭素源、窒素源および水などを原料として酵母により発酵させた飲料であって、原料として少なくとも麦芽を使用した飲料を意味する。
「発酵麦芽飲料」としては、ビール、発泡酒、リキュール(例えば、酒税法上、「リキュール(発泡性)(1)」に分類される飲料)が挙げられる。
【0012】
本発明において「ビール風味アルコール飲料」とは、炭素源、窒素源、および水などを原料として酵母により発酵させたビール風味を有するアルコール飲料であって、原料として麦芽を使用しない飲料を意味する。「ビール風味アルコール飲料」としては、原料として麦芽を使用しないビール風味発酵飲料(例えば、酒税法上、「その他の醸造酒(発泡性)(1)」に分類される飲料)が挙げられる。
【0013】
本発明による製造方法では、発酵前液中のグルコースおよびマルトースの含有比率を測定し、発酵遅延が抑制される含有比率になるようにグルコースおよび/またはマルトースを発酵前液中に添加するか、場合によっては発酵前液を希釈してもよい。グルコースやマルトースの含有量は、例えば、HPLCを用いたイオンクロマトグラフィー法により測定することができる。
【0014】
本発明による製造方法では、グルコースおよび/またはマルトースの含有量が予め測定された原材料を準備し、発酵遅延が抑制される含有比率になるように原材料を調合して発酵前液としてもよい。後記するようにROS活性に基づいて発酵遅延を予測することができることから、ROS活性を指標にして発酵遅延が抑制される含有比率になるように原材料を調合してもよい。
【0015】
発酵遅延が抑制されるグルコースとマルトースの含有比率は後記実施例に記載された方法に従って決定することができる。発酵遅延が生じているか否かは、発酵時エキス消費量(Δ°P)から判断することができ、例えば、発酵時のエキス消費量がグルコース比率100%の場合に比べて約80%以下の場合に発酵遅延が生じていると判断することができる。また、発酵遅延が生じているか否かは、発酵工程中のROS活性から判断することができ、例えば、ROS活性がグルコース比率0%の場合に比べて約120%以上、好ましくは約130%以上の場合に発酵遅延が生じていると判断することができる。なお、本発明において「発酵遅延の抑制」とは、上記のような発酵遅延状態を回避ないし解消することを意味する。
【0016】
本発明による製造方法では、発酵前液中のグルコースおよびマルトースの含有比率(固形分重量比)を0<グルコース<30または70<グルコース<100の範囲(但し、グルコース+マルトース=100とする)に調整して発酵を行うことができる。すなわち、本発明によれば、発酵前液中のグルコースおよびマルトースの含有比率(固形分重量比)を0<グルコース<30または70<グルコース<100の範囲(但し、グルコース+マルトース=100とする)に調整して発酵を行うことを含んでなる発酵アルコール飲料の製造方法が提供される。ここで、例えば、グルコースが20のとき、マルトースは80となり、グルコース:マルトース=20:80の含有比率を意味する。
【0017】
後記実施例に示されるようにROS活性に基づいて発酵遅延を予測することができる。従って、本発明による製造方法ではROS活性を発酵管理指標として用いることができる。例えば、本発明による製造方法ではROS活性を発酵遅延の指標として用いることができ、具体的には、発酵工程中あるいは発酵後のROS活性を測定し、その測定値に基づいて発酵前液中のグルコースおよびマルトースの含有比率を調整することができる。すなわち、ROS活性の上昇が観測された場合にはグルコースおよびマルトースの含有比率などの原料配合や仕込条件を調整し直した発酵前液を準備し、それによりROS活性の上昇を抑制し、発酵遅延を抑制することができる。
【0018】
ROS活性は活性酵素種を検出できる方法であれば特に限定されないが、測定の信頼性と活性追跡の便宜性から、活性酵素種を蛍光色素で染色し、フローサイトメトリーを使用してROS活性を測定することが望ましい。
【0019】
本発明では、グルコースおよびマルトースを主成分とする糖化液が糖源として添加された発酵前液を用いて発酵を行うことができる。「グルコースおよびマルトースを主成分とする糖化液」とは、主としてグルコースとマルトースの二成分から構成される糖化液を意味し、マルトトリオースやマルトテトラオースなどの他の糖類が20重量%以下含まれていてもよい。本発明では、グルコースおよびマルトースから本質的になる糖化液が糖源として添加された発酵前液を用いて発酵を行うこともできる。この場合、グルコースおよびマルトース以外の糖類(例えば、マルトトリオースやマルトテトラオース等)が約5.5重量%以下の割合で原料に不可避的に含まれている場合がある。
【0020】
本発明では、発酵前液に添加される糖源のすべて(100重量%)を糖化液とすることができる。本発明ではまた、後述するように、糖化液以外の副原料を糖源として発酵前液に添加してもよい。糖化液以外の糖源を添加する場合には、発酵前液中の糖源の少なくとも75重量%、好ましくは、少なくとも90重量%を糖化液とし、残りを糖化液以外の糖源とすることができる。この場合、糖化液中のグルコースおよびマルトースの含有比率(固形分重量比)を0<グルコース<30または70<グルコース<100の範囲(但し、グルコース+マルトース=100とする)に調整して発酵を行ってもよい。すなわち、本発明によれば、グルコースおよびマルトースを主成分とする糖化液あるいはグルコースおよびマルトースから本質的になる糖化液が糖源として添加された発酵前液を用いて発酵を行うことを含んでなる発酵アルコール飲料の製造方法であって、糖化液中のグルコースおよびマルトースの含有比率(固形分重量比)を0<グルコース<30または70<グルコース<100の範囲(但し、グルコース+マルトース=100とする)である製造方法が提供される。
【0021】
本発明による製造方法は、発酵前液中のグルコースおよびマルトースの含有比率を調整すること以外は、通常の発酵アルコール飲料の製造手順に従って実施することができる。
【0022】
本発明による製造方法により製造される飲料が発酵麦芽飲料である場合には、少なくとも水、麦芽、およびホップを含んでなる発酵前液を発酵させることにより製造することができる。すなわち、麦芽、ホップ等の醸造原料から調製された麦汁(発酵前液)に発酵用ビール酵母を添加して発酵を行い、所望により発酵液を低温にて貯蔵した後、ろ過工程により酵母を除去することにより、発酵麦芽飲料を製造することができる。
【0023】
上記製造手順において麦汁の作製は常法に従って行うことができる。例えば、醸造原料と水の混合物を糖化し、濾過して、麦汁を得、その麦汁を煮沸し、煮沸した麦汁を冷却することにより麦汁を調製することができる。ホップは、麦汁を煮沸した後、あるいは麦汁を煮沸中に添加することができる。
【0024】
本発明による製造方法では、ホップ、麦芽以外に、米、とうもろこし、こうりゃん、馬鈴薯、でんぷん、糖類(例えば、液糖)等の酒税法で定める副原料や、タンパク質分解物や酵母エキス等の窒素源、香料、色素、起泡・泡持ち向上剤、水質調整剤、発酵助成剤等のその他の添加物を醸造原料として使用することができる。
【0025】
本発明による製造方法により製造される飲料がビール風味アルコール飲料である場合には、発酵麦芽飲料の製造手順に準じて、少なくとも水、炭素源、および窒素源を含んでなる発酵前液を発酵させることにより製造することができる。すなわち、炭素源(糖源)、窒素源(例えば、タンパク質分解物、酵母エキス)、および水から調製された発酵前液に発酵用ビール酵母を添加して発酵を行い、所望により発酵液を低温にて貯蔵した後、ろ過工程により酵母を除去することにより、発酵麦芽飲料を製造することができる。
【0026】
本発明による製造方法では、炭素源(糖源)として、例えば、糖化液などの糖類を添加することができ、窒素源として、例えば、タンパク質分解物や酵母エキスなどのアミノ酸供給源を添加することができる。また、必要に応じて、ホップ、香料、色素、起泡・泡持ち向上剤、水質調整剤、発酵助成剤等のその他の添加物等を添加することができる。ホップは、発酵前液を煮沸した後、あるいは発酵前液を煮沸中に、添加することができる。
【0027】
本発明による製造方法では、発酵前液調製工程の前あるいは発酵前液調製工程において、必要に応じてアミラーゼ、プルラナーゼ、イソアミラーゼ等の分解酵素を添加して麦芽等の穀物原料の糖化を行ってもよい。この場合には、まず液糖以外の糖源(例えば、麦芽やコーンスターチのような穀物や穀物由来の原料)に糖分解酵素を作用させて穀物等の糖質を酵母資化性糖類に転換することができる。
【0028】
本発明による製造方法では糖源全部または一部として液糖を使用してもよい。液糖の添加のタイミングは、糖化スタート時、糖化終了時、煮沸スタート時、仕込み工程中のいずれであってもよい。
【0029】
本発明によれば、発酵アルコール飲料の製造において、発酵前液中のグルコースおよびマルトースの含有比率を調整して発酵を行うことを特徴とする、発酵遅延を抑制する方法が提供される。本発明によれば、また、発酵アルコール飲料の製造において、発酵遅延を抑制するために発酵前液中のグルコースおよびマルトースの含有比率を調整することを特徴とする、発酵前液の調製方法が提供される。いずれも本発明による製造方法に関する記述に従って実施することができる。なお、上記二つの発明では、発酵前液中のグルコースおよびマルトースの含有比率を調整する際にROS活性を指標とすることができ、また、発酵前液中のグルコースおよびマルトースの含有比率を調整することでROS活性の上昇を抑制し、ひいては発酵遅延を抑制できることはいうまでもない。
【0030】
後記実施例に示されるように発酵工程中の酵母のROS活性はSICD、すなわち、糖誘導による細胞死、と相関している。従って、本発明によれば、発酵アルコール飲料の製造において、発酵中の酵母のROS活性を測定することによりSICDの程度を評価する方法が提供される。例えば、酵母のROS活性が上昇する場合にはSICDが引き起こされていると、また、酵母のROS活性が低下する場合にはSICDが抑制されていると評価することができる。SICDは発酵遅延の原因であると考えられていることから、SICDを評価することにより発酵遅延を予測することができる。
【実施例】
【0031】
以下の例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
【0032】
実施例1:発酵試験(1)
発酵試験では、下面発酵酵母を用いて、500ml発酵槽を用いて、Difco社Yeast Nitrogen Base without amino acids and ammonium sulfate(以下YNBと略する)0.067%培地を用いて20℃にて発酵試験を行った。糖源は単糖としてグルコース、二糖類としてマルトースを用いた。「グルコース:マルトース」の比率(固形分重量比)を「0:100」から「100:0」まで10%ずつ変更し、最終濃度が10w/w%となるように11水準の培地で発酵試験を行った。発酵前液に添加しているアミノ酸は、23種類のアミノ酸をビール類の成分比率に合わせて調整し、最終濃度が640mg/Lとなるように加えて本発酵試験に供した。発酵性の評価は、発酵前液の糖度から発酵後の糖度を差し引いた値(発酵時エキス消費量)を用いた(Δ°P)。
【0033】
グルコースとマルトースの組成を10%ずつ変更し、同一の栄養条件・培養条件にした場合におけるエキス消費量の変化を図1に示した。従来の知見からは単糖類の比率が低下するほど、エキス消費が緩慢になると予想されたが、予想に反し、グルコース比率が100%の場合において、最もエキス消費率が高い結果となり、グルコース比率が下がると共に、徐々にエキス消費量は低下した。グルコース比率40%の時に最もエキス消費量が低く、発酵遅延を引き起こす結果となったが、グルコース比率30%以下になると、一転してエキス消費量が徐々に向上し、グルコース比率20%以下の場合には発酵遅延は解消された。すなわち、発酵時のエキス消費量がグルコース比率100%の場合(11Δ°P)に比べて約80%以下の場合(8.8Δ°P以下)に発酵遅延が生じていると判断することができる。
【0034】
このことから、グルコース比率30〜70%の範囲で発酵遅延が発生することが明らかになった。すなわち、このグルコース比率の範囲を避けることにより発酵遅延を回避できることが明らかとなった。
【0035】
実施例2:発酵試験(2)
酵母が死滅する現象には様々な要因が知られているが、栄養源の欠乏もその一つである。グルコースを唯一の栄養源として発酵を行うと、酵母は直ちに死滅する。この現象は、糖誘導による細胞死、すなわち、SICD(Sugar-Induced Cell Death)と呼ばれている[FEMS Yeast Res. 2003 4:7-13]。換言すれば、糖以外の栄養源欠乏による細胞死とも考えられる。これにより、糖類と糖類以外の栄養源のバランスが発酵遅延を回避するために重要である。そこで、糖以外の栄養源の一つであるアミノ酸濃度とこの現象の関係について調べた。
【0036】
発酵試験は実施例1に記載の手法に準じて行った。すなわち、グルコース比率40%、50%、60%、70%、80%、および100%の場合に、発酵前液に添加するアミノ酸量を最終濃度で640mg/L、960mg/L、1280mg/Lになるように調整し、本発酵試験を実施した。発酵性の評価は、発酵前液の糖度から発酵後の糖度を差し引いた値(発酵時エキス消費量)を用いた(Δ°P)。
【0037】
結果は図2および図3に示される通りであった。図2に示されるように、アミノ酸量を通常の640mg/Lから960mg/L、1280mg/Lと増加させた結果、エキス消費量が向上した。特にグルコース比率40%におけるアミノ酸増強効果が大きく、グルコースの比率が100%から40%に近づくにつれて、アミノ酸増強効果が大きくなる可能性が示唆された。発泡酒や新ジャンルでは発酵後半のエキス消費遅延が問題となることが多く、図3では発酵5日目以降のエキス消費量を示した。その結果、アミノ酸増強によるエキス消費量向上効果は発酵5日目以降も観察され、発酵後半でのエキス消費維持が重要と考えられる発泡酒・新ジャンルでは有効な手法となる可能性が高いことが判明した。
【0038】
これらの結果により、原料配合時点での窒素源の選択方法や、仕込工程中の糖化条件或いは酵素剤の使用方法を変更することにより、麦汁中のアミノ酸量を増加させることによって、グルコース比率30〜70%の範囲でも発酵遅延を回避できることが明らかとなった。
【0039】
実施例3:発酵試験(3)
実施例1によりグルコース比率30〜70%の範囲で発酵遅延が発生していることを明らかにしたが、実施例2で述べた通りこれはSICDに起因していると考えられる。そこで、グルコース比率によるSICDへの影響を確認するために、活性酸素種(ROS:Reactive Oxygen Species)活性を測定した。具体的には、ROS染色色素と細胞膜非透過性のDNA染色色素を用いて同時染色して、2種類の波長の励起光を照射して蛍光を発生させ、フローサイトメーターを用いて測定することによって、酵母細胞内のROS活性と、酵母死滅率を同時に測定した。
【0040】
発酵試験は実施例1に記載の手法に準じて行った。すなわち、グルコース比率0%、40%、50%、および100%の場合に発酵試験を実施し、リアルタイムでROS活性と酵母死滅率を測定した。発酵性の評価は、発酵前液の糖度から発酵後の糖度を差し引いた値(発酵時エキス消費量)を用いた(Δ°P)。
【0041】
結果は図4に示される通りであった。図4に示されるように、グルコース比率が0%のROS活性の相対値で比較すると40%、50%の場合にROS活性が上昇していた。また、グルコース比率が0%の酵母死滅率の相対値で比較すると40%、50%の場合に酵母死滅率が上昇していた。すなわち、グルコース比率が40%、50%の場合の様に発酵遅延を引き起こす範囲ではSICDが発生しており、SICDによる影響からROSが上昇し、発酵遅延の引き金になっている可能性が示された。なお、図4中のROS活性と酵母死滅率は発酵開始24時間後のときの値に相当する。
【0042】
このようにグルコース比率における発酵遅延をROS活性測定により評価できることから、グルコース比率に加え、ROS活性の程度に基づいて発酵遅延を予測することができる。
【0043】
また、これらの結果から、原料配合時点での窒素源の選択方法や抗酸化活性剤の添加、仕込工程中の糖化条件あるいは酵素剤の使用方法を変更することにより、窒素源若しくは抗酸化剤を増加させることによって、グルコース比率30〜70%の範囲でも発酵遅延を回避できることが明らかとなった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
発酵前液中のグルコースおよびマルトースの含有比率を調整することにより発酵遅延を抑制することを特徴とする、発酵アルコール飲料の製造方法。
【請求項2】
発酵前液中のグルコースおよびマルトースの含有比率(固形分重量比)を0<グルコース<30または70<グルコース<100の範囲(但し、グルコース+マルトース=100とする)に調整して発酵を行うことを含む、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
発酵アルコール飲料が、発酵麦芽飲料またはビール風味アルコール飲料である、請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の製造方法により製造された発酵アルコール飲料。
【請求項5】
発酵アルコール飲料の製造において、発酵前液中のグルコースおよびマルトースの含有比率を調整して発酵を行うことを特徴とする、発酵遅延を抑制する方法。
【請求項6】
発酵アルコール飲料の製造において、発酵遅延を抑制するために発酵前液中のグルコースおよびマルトースの含有比率を調整することを特徴とする、発酵前液の調製方法。
【請求項7】
発酵アルコール飲料の製造において、発酵中の酵母のROS活性を測定することによりSICD(Sugar-Induced Cell Death)の程度を評価する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−65643(P2012−65643A)
【公開日】平成24年4月5日(2012.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−112654(P2011−112654)
【出願日】平成23年5月19日(2011.5.19)
【出願人】(307027577)麒麟麦酒株式会社 (350)
【Fターム(参考)】