説明

発酵乳製品の酸味及び/又は渋味マスキング剤、該マスキング剤を含有する発酵乳製品並びに該マスキング剤を利用する酸味及び/又は渋味のマスキング方法

【課題】 発酵乳製品の本来の風味に影響を与えることなく、保存に伴い生じる酸味及び/又は渋味を抑制することができるマスキング手段を提供すること。
【解決手段】 1,3−オクタンジオール、5−オクテン−1,3−ジオール及びジメチルメトキシフラノンよりなる群から選ばれる化合物の1種以上を有効成分として含有する発酵乳製品の酸味及び/又は渋味のマスキング剤、該マスキング剤を含有する発酵乳製品並びに該マスキング剤を利用するマスキング方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、発酵乳製品の酸味及び/又は渋味マスキング剤、該マスキング剤を含有する発酵乳製品並びに該マスキング剤を利用する酸味及び/又は渋味のマスキング方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、乳酸菌等の有用微生物がもつ様々な生理活性作用に関する研究がなされており、これらの微生物が腸内フローラを改善し、便通改善や免疫力の強化等の効果を有することが報告されている。消費者の健康志向の高まりとともに、これらの有用微生物を利用した食品への関心も高まってきている。
【0003】
発酵乳飲料やヨーグルトといった発酵乳製品は、これらの有用微生物を手軽に摂取することができ、消費者の健康志向を満足させるものとして、数多くの商品が販売されているが、発酵乳製品の摂取により、上記のような有用な効果を得るためには、有用微生物を生きた状態で、より多く摂取することが重要である。このため、有用微生物を発酵乳製品中に、より多く含有させるための方法が検討されている。
【0004】
一方、微生物を高菌数で含有する発酵乳製品、例えば、乳酸菌を用いて製造した発酵乳飲料においては、保存中に乳酸菌が乳酸や酢酸といった有機酸等の物質を産生することにより、酸味及び/又は渋味が強くなり、風味が劣化するという問題があった。
【0005】
そこで、この問題を解決するために、高甘味度甘味料であるアスパルテームやスクラロースを添加し、酸味及び/又は渋味をマスキングする方法(特許文献1および特許文献2)が提案されている。
【0006】
ところが、高甘味度甘味料の甘味の質には特有のくせがあり、発酵乳製品本来の風味を損なう場合があるため、酸味及び/又は渋味のマスキングに有効な新たな手段の確立が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開昭59−224650号公報
【特許文献2】特開平10−243776号公報
【特許文献3】特開昭54−84511号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従って、本発明の課題は、発酵乳製品の風味を損なうことなく、保存に伴い生じる酸味及び/又は渋味を抑制することができる新規な酸味及び/又は渋味のマスキング剤や酸味及び/又は渋味のマスキング方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するため、発酵乳製品における酸味及び/又は渋味をマスキングし得る化合物について、鋭意検索を行ったところ、1,3−オクタンジオール、5−オクテン−1,3−ジオール及びジメチルメトキシフラノンよりなる群から選ばれる化合物が、優れた酸味及び/又は渋味のマスキング効果を有することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
即ち、本発明の要旨は、以下の(1)〜(5)である。
(1)1, 3−オクタンジオール、5−オクテン−1,3−ジオール及びジメチルメトキシフラノンよりなる群から選ばれる化合物の1種以上を有効成分として含有することを特徴とする発酵乳製品の酸味及び/又は渋味マスキング剤。
(2)(1)に記載の酸味及び/又は渋味マスキング剤を含有せしめたことを特徴とする発酵乳製品。
(3)1,3−オクタンジオール、5−オクテン−1,3−ジオール及びジメチルメトキシフラノンよりなる群から選ばれる1種以上の化合物各々の発酵乳製品中における濃度が、0.0001〜10ppmとなるように(1)に記載の酸味及び/又は渋味マスキング剤を含有せしめたことを特徴とする(2)に記載の発酵乳製品。
(4)(1)に記載の酸味及び/又は渋味マスキング剤を発酵乳製品に配合することを特徴とする酸味及び/又は渋味のマスキング方法。
(5)酸味及び/又は渋味マスキング剤を、1,3−オクタンジオール、5−オクテン−1,3−ジオール及びジメチルメトキシフラノンよりなる群から選ばれる1種以上の化合物の濃度として、0.0001〜10ppmとなるよう発酵乳製品に配合することを特徴とする(4)に記載の酸味及び/又は渋味のマスキング方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明のマスキング剤は、発酵乳製品において、保存に伴い生じる酸味及び/又は渋味に対し、優れたマスキング効果を有し、更に、発酵乳製品本来の風味を損なわないものである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に、本発明を実施の形態に即して詳細に説明する。
【0013】
本発明の発酵乳製品の酸味及び/又は渋味マスキング剤(以下、「マスキング剤」ということがある)は、発酵乳製品に配合することにより、酸味及び/又は渋味をマスキングするものである。本発明における酸味及び/又は渋味とは、発酵乳製品の保存に伴い生じる酸味及び/又は渋味のことをいう。
【0014】
また、本発明のマスキング剤は、1,3−オクタンジオール、5−オクテン−1,3−ジオール及びジメチルメトキシフラノンよりなる群から選ばれる化合物の1種以上を有効成分とするものである。
【0015】
ここで、1,3−オクタンジオールは、ほぼ無臭の化合物であり、リンゴやペアーなどに含有しているものである。また、5−オクテン−1,3−ジオールは、お茶のような渋い香りを有する無色の化合物であり、リンゴやペアー等に含有しているものである。更に、ジメチルメトキシフラノンは、ドライフルーツやリキュールのような熟成された甘い香りを有する無色の化合物であり、リンゴ、ペアー、マンゴーフルーツ等に含有しているものである。
【0016】
本発明のマスキング剤の有効成分である1,3−オクタンジオール、5−オクテン−1,3−ジオール及びジメチルメトキシフラノンは、何れも食品衛生法により、食品への添加が認められているものであるが(厚生労働省食監発第0520002号の別添及び食安基発第0814001号の別添参照)、何れの化合物も発酵乳製品に配合した場合における酸味及び/又は渋味のマスキング効果は知られていない。
【0017】
本発明のマスキング剤の有効成分である1,3−オクタンジオール、5−オクテン−1,3−ジオール及びジメチルメトキシフラノンは、天然物からの抽出・精製、或いは、化学合成により得ることができ、いずれの方法で得られたものでも好適に使用することができる。
【0018】
例えば、天然物から抽出・精製して得る場合には、天然物を原料として、常法により抽出・精製すればよい。ここで原料として用いることができる天然物は、1,3−オクタンジオール、5−オクテン−1,3−ジオール又はジメチルメトキシフラノンが含まれているものであればよく、特に制限されない。例えば、リンゴ、ペアー、マンゴーフルーツ等を挙げることができる。また、前記天然物からの抽出方法としては、例えば、未乾燥又は乾燥した前記天然物をそのまま又は粉砕し、水性溶媒に浸漬等して抽出する方法を挙げることができる。このとき用いる水性溶媒としては、食品に使用することができるものであれば、特に限定されず、例えば、エタノール、プロピレングリコール、グリセリン等を挙げることができる。更に、前記の方法により得られる抽出液から精製する方法としては、例えば、カラムクロマト法を挙げることができる。
【0019】
前記の方法に代表される常法により抽出・精製された1,3−オクタンジオール、5−オクテン−1,3−ジオール又はジメチルメトキシフラノンは、これをそのまま本発明のマスキング剤の有効成分として用いることができるが、前記の抽出物も、1,3−オクタンジオール、5−オクテン−1,3−ジオール又はジメチルメトキシフラノンを含むものであり、これをそのまま本発明のマスキング剤として用いることもできる。更に、この抽出物を加熱揮散して得られる濃縮物や乾燥物等をそのまま本発明のマスキング剤として使用することもできる。
【0020】
一方、化学合成により得る場合は、これら化合物を得るための通常の方法を用いればよく、例えば、特許文献3記載の方法を挙げることができる。
【0021】
天然物からの抽出・精製、或いは化学合成により得られた1,3−オクタンジオール、5−オクテン−1,3−ジオール又はジメチルメトキシフラノンは、何れも常温で液体の物質であり、そのまま本発明のマスキング剤として使用することができる。更に、これら化合物を、エタノール、プロピレングリコール、グリセリン等の溶媒中で溶解した製剤も本発明のマスキング剤として用いることができる。
【0022】
このようにして得られる本発明のマスキング剤は、発酵乳製品における酸味及び/又は渋味に対して優れたマスキング効果を有するものである。発酵乳製品に配合される本発明のマスキング剤の量は特に制限されるものではないが、酸味及び/又は渋味のマスキング効果の点から、1,3−オクタンジオール、5−オクテン−1,3−ジオール及びジメチルメトキシフラノンよりなる群から選ばれる1種以上の化合物各々の発酵乳製品中における濃度が、0.0001〜10ppmとなるように配合することが好ましい。
【0023】
更に、1,3−オクタンジオールを本発明のマスキング剤の有効成分として用いる場合には、酸味及び渋味のマスキング効果の点から、1,3−オクタンジオールの発酵乳製品中における濃度が0.0001〜10ppmとなるように発酵乳製品に配合することが好ましい。また、酸味のマスキング効果の点から、特に0.1〜10ppmとなるように配合することがより好ましく、渋味のマスキング効果の点からは、特に0.001〜10ppmとなるように配合することがより好ましい。
【0024】
また更に、5−オクテン−1,3−ジオールを本発明のマスキング剤の有効成分として用いる場合には、酸味及び渋味のマスキング効果の点から、5−オクテン−1,3−ジオールの発酵乳製品中における濃度が0.0001〜1ppmとなるように発酵乳製品に配合することが好ましい。また、酸味のマスキング効果の点から、特に0.1〜1ppmとなるように配合することがより好ましく、渋味のマスキング効果の点からは、0.0001〜1ppmとなるように配合することが好ましい。
【0025】
更にまた、ジメチルメトキシフラノンを本発明のマスキング剤の有効成分として用いる場合には、酸味及び渋味のマスキング効果の点から、ジメチルメトキシフラノンの発酵乳製品中における濃度が0.001〜10ppmとなるように発酵乳製品に配合することが好ましい。また、酸味のマスキング効果の点から、特に0.1〜10ppmとなるように配合することがより好ましく、渋味のマスキング効果の点からは、特に0.01〜10ppmとなるように配合することがより好ましい。
【0026】
本発明のマスキング剤は、その有効成分である1,3−オクタンジオール、5−オクテン−1,3−ジオール又はジメチルメトキシフラノンを、それぞれ単独で、若しくは2種以上を組み合わせて使用することにより、発酵乳製品の酸味及び/又は渋味をマスキングすることができるが、酸味及び渋味の総合的なマスキング効果の点から、2種以上を組み合わせて使用することが好ましく、さらに3種を全て組み合わせて使用することがより好ましい。
【0027】
本発明のマスキング剤を発酵乳製品に配合する時期及びその方法は特に限定されず、発酵乳製品の製造時の任意段階で配合すればよい。配合は、マスキング剤を直接発酵乳製品に添加して行ってもよく、本発明のマスキング剤を含む香料製剤を調製して、該香料製剤を発酵乳製品に添加して行ってもよい。本発明のマスキング剤を含む香料製剤に添加することができる食品用香料成分としては、例えば、アルデヒド類、脂肪酸類、脂肪酸高級アルコール類、フェノール類等を挙げることができる。
【0028】
本発明のマスキング剤は、発酵乳製品に配合することにより、酸味及び/又は渋味をマスキングすることができる。ここで、本発明のマスキング剤が配合される発酵乳製品とは、乳又は乳製品を原料とし、これを乳酸菌等により発酵させることにより得られるものであって、発酵乳製品中の微生物が死滅していないものをいい、そのようなものであれば特に制限されるものではない。例えば(1)脱脂粉乳等の粉乳類を水で溶解した後、乳酸菌やビフィズス菌等を用いて発酵処理して得られる発酵乳飲料;(2)前記発酵乳飲料にゼラチン、寒天等を配合したハードタイプのヨーグルト等を挙げることができる。
【0029】
本発明のマスキング剤が配合される発酵乳製品の製造に用いられる微生物としては、通常、食品に用いられるものであれば、特に制限されず、例えば、ラクトバチルス・カゼイ、ラクトバチルス・マリ、ラクトバチルス・アシドフィルス、ラクトバチルス・デルブルッキィ サブスピーシーズ ブルガリカス、ラクトバチルス・ヘルベティカス等のラクトバチルス属細菌;ストレプトコッカス・サーモフィルス等のストレプトコッカス属細菌;ラクトコッカス・ラクチス等のラクトコッカス属細菌;エンテロコッカス・フェカーリス等のエンテロコッカス属細菌などの乳酸菌、あるいは、ビフィドバクテリウム・ブレーベ、ビフィドバクテリウム・ビフィダム、ビフィドバクテリウム・ロンガム等のビフィドバクテリウム属細菌などのビフィズス菌を挙げることができるが、これらの微生物の中でも、ラクトバチルス・カゼイ、ラクトバチルス・マリ、ラクトバチルス・アシドフィルス、ラクトバチルス・デルブルッキィ サブスピーシーズ ブルガリカス、ストレプトコッカス・サーモフィルス、ラクトコッカス・ラクチス、ビフィドバクテリウム・ブレーベ、ビフィドバクテリウム・ビフィダムから選ばれる1種又は2種以上を発酵に用いた場合は、発酵乳製品において酸味及び/又は渋味が非常に強く発現するため、本発明のマスキング剤は、これらの微生物を用いて発酵した発酵乳製品に対して好適に使用することができる。
【0030】
上記微生物を乳又は乳製品に接種し、発酵する条件及び方法としては、通常の発酵乳の製造に使用される条件及び方法を適用すればよく、特に限定されない。例えば、30〜40℃の温度で、pHが3.0〜5.0になるまで発酵させればよく、その方法も、静置発酵、攪拌発酵、振とう発酵、通気発酵等から適宜選択して発酵に用いる微生物に適した方法を用いればよい。
【0031】
また、本発明のマスキング剤が配合される発酵乳製品の製造直後の微生物の生菌数は、特に制限されるものではないが、本発明のマスキング剤は、強い酸味及び/又は渋味であっても有効にマスキングできるという点から、製造直後の微生物の生菌数が、1×10cfu/ml以上、特に1×10cfu/ml以上の発酵乳製品に対して特に好適に使用することができる。
【0032】
さらに、本発明のマスキング剤は、果汁が配合された発酵乳製品に対して特に好適に使用することができる。本発明で使用することができる果汁の種類としては、特に制限されず、例えば、ストロベリー果汁、ブルーベリー果汁、グレープ果汁、マスカット果汁等を挙げることができる。また、発酵乳製品に配合される果汁の量は、特に限定されるものではない。
【0033】
さらに、果汁の配合時期は特に限定されず、発酵乳製品の製造時の任意段階、すなわち発酵前、発酵途中、発酵後のいずれかの段階で添加すればよい。その配合方法も特に限定されず、果汁を直接発酵乳製品に添加する方法や、別途果汁を含むシロップ液として、発酵後の発酵乳製品に添加する方法を適用することができる。
【0034】
なお、本発明のマスキング剤は、通常用いられる各種食品素材を配合する発酵乳製品に対しても使用することができる。ここで用いられる食品素材としては、例えば、糖質、甘味料、増粘剤、乳化剤、ビタミン類、フレーバー等を挙げることができ、より具体的には、ショ糖、グルコース、フルクトース、パラチノース、キシロース、麦芽糖等の糖質;ソルビトール、キシリトール、エリスリトール、パラチニット、還元水飴等の糖アルコール;スクラロース、アスパルテーム、ソーマチン、アセスルファムK、ステビア等の高甘味度甘味料;寒天、ゼラチン、カラギーナン、グアーガム、キサンタンガム、ペクチン、ローカストビーンガム、ジェランガム等の増粘(安定)剤;ショ糖脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、レシチン等の乳化剤;ビタミンA、ビタミンB類、ビタミンC、ビタミンE等のビタミン類;ストロベリーフレーバー、ブルーベリーフレーバー、グレープフレーバー、マスカットフレーバー等のフレーバー等を挙げることができる。
【実施例】
【0035】
以下、試験例、比較例及び実施例を挙げて、本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに何ら制約されるものではない。なお、以下の試験例、比較例及び実施例において、甘味度とは10%のショ糖溶液を100とした場合の相対的な甘さの値を意味する。
【0036】
試 験 例 1
発酵乳飲料において、保存後の酸味及び渋味を評価する際の保存条件について検討した。まず、20%脱脂粉乳溶液を120℃で3秒間殺菌した後、ストレプトコッカス・サーモフィルス(YIT2001株)のシードスターターを0.2%となるように接種し、更に、ラクトバチルス・カゼイ(YIT9029株)のシードスターターを0.1%となるように接種して34℃でpH4.4まで培養し、均質化機を用いて15MPaで均質化して発酵乳ベースを得た。
【0037】
次に、水にショ糖60gとペクチン3gを溶解し、全量を600gとした後、110℃で3秒間殺菌してシロップを得た。
【0038】
上記の方法により得られた発酵乳ベース400gとシロップ600gを混合し、発酵乳飲料(試験品1)を調製した。試験品1の製造直後の総生菌数は8.4×10cfu/mlであった。試験品1について、これを10℃21日間保存したもの(試験品2)と、20℃3日間保存したもの(試験品3)を用意した。
【0039】
試験品1〜3について、保存期間終了後に下記評価基準に基づいてパネル10名により風味評価した。また、それぞれの試験品について、pHと酸度を測定した。それらの結果を表1に示す。なお、ここで、酸度とは、9gの試料を中和するのに必要な1/10規定水酸化ナトリウム水溶液の量(ml)を指す。
<評価基準>
[ 酸味・渋味の程度について ]
酸味・渋味が非常に強いという評価を1点、酸味・渋味が非常に弱いという評価を7点とした7段階で評価した。
【0040】
【表1】

【0041】
表1に示すとおり、10℃21日間保存したものと20℃3日間保存したものとでは、ほぼ同じ強度の酸味及び渋味が感じられ、そのpHや酸度といった性状も同等であった。
したがって、20℃3日間保存した発酵乳飲料は、10℃21日間保存した発酵乳飲料と同等のものとすることができた。ここで、本来の流通販売過程を想定し、発酵乳飲料の保存に伴い生じる酸味及び渋味の程度を評価する際には、10℃21日間保存後の発酵乳飲料の風味を評価するのであるが、10℃21日間という保存条件に代えて、20℃3日間という保存条件を採用しても発酵乳飲料の保存に伴い生じる酸味及び渋味の程度の評価には何ら影響がないと考えることができた。よってこれ以後の比較例及び実施例においては、本発明の効果をより迅速に評価するために、10℃21日間という保存条件に代えて、20℃3日間という保存条件を採用することにした。
【0042】
比 較 例 1
甘味料が、保存後の発酵乳飲料における酸味及び渋味の程度とその嗜好性に対して与える影響について検討した。まず、20%脱脂粉乳溶液を120℃で3秒間殺菌した後、ストレプトコッカス・サーモフィルス(YIT2001株)のシードスターターを0.2%となるように接種し、更に、ラクトバチルス・カゼイ(YIT9029株)のシードスターターを0.1%となるように接種して34℃でpH4.4まで培養し、均質化機を用いて15MPaで均質化して発酵乳ベースを得た。
【0043】
次に、下表2に示すとおりの量のショ糖とペクチン3gを水に溶解し、全量を600gとした後、110℃で3秒間殺菌してシロップAを調製した。また、下表2に示すとおりの量のスクラロースとペクチン3gを水に溶解し、全量を600gとした後、110℃で3秒間殺菌してシロップBを調製した。ここで、シロップ中の各甘味料は、最終製品の甘味度が60となるように調製した。すなわち、甘味度は10%のショ糖溶液を100とした場合の相対的な甘さの値であり、スクラロースはショ糖の600倍の甘みがあるものとして計算した。
【0044】
上記の方法により得られた発酵乳ベース400gとシロップA600gを調合し、発酵乳飲料(比較品1)を調製した。また、発酵乳ベース400gとシロップB600gを調合し、発酵乳飲料(比較品2)を調製した。比較品1及び2の製造直後における総生菌数は何れも8.4×10cfu/mlであった。
【0045】
比較品1及び2について、製造直後及び20℃3日間保存した後の酸味及び渋味の程度と嗜好性を下記評価基準に基づいて、パネル10名により評価した。その結果を表2に示す。また、20℃3日間保存した後の風味に関するコメントを自由描写した。その結果を表3に示す。
【0046】
[ 酸味・渋味の程度について ]
<評価基準>
酸味・渋味が非常に強いという評価を1点、酸味・渋味が非常に弱いという評価を7点とした7段階で評価した。
[ 嗜好性について ]
<評価基準>
嗜好性が非常に低いという評価を1点、嗜好性が非常に高いという評価を7点とした7段階で評価した。
【0047】
表2中の保存中の評価点の変化は、以下の式から求めた。また、以下の表4〜10の保存中の評価点の変化も同様にして求めた。
【0048】
<式>
保存中の評価点の変化=(20℃3日間保存後の各評価点)−(製造直後の各評価点)
【0049】
【表2】

【0050】
【表3】

【0051】
表2及び表3に示すとおり、ショ糖を使用した場合には、保存後の酸味及び渋味のマスキングができなかった。また、スクラロースを使用した場合は、保存後の酸味及び渋味のマスキングはできるが、甘味が後口に残り、嗜好性が低かった。
【0052】
実 施 例 1
20%脱脂粉乳溶液を120℃で3秒間殺菌した後、ストレプトコッカス・サーモフィルス(YIT2001株)のシードスターターを0.2%となるように接種し、更に、ラクトバチルス・カゼイ(YIT9029株)のシードスターターを0.1%となるように接種して34℃でpH4.4まで培養し、均質化機を用いて15MPaで均質化して発酵乳ベースを得た。
【0053】
次に、水にショ糖60gとペクチン3gを溶解し、全量を600gとして110℃で3秒間殺菌してシロップを得た。
【0054】
上記の方法により得られた発酵乳ベース400gとシロップ600gを調合し、発酵乳飲料(比較品1)を調製した。更に、比較品1に1,3−オクタンジオールを最終製品あたり0.0001〜10ppmとなるように配合し、発酵乳飲料(本発明品1〜6)を製造した。これらの製造直後における総生菌数は8.4×10cfu/mlであった。
【0055】
比較品1及び本発明品1〜6について、製造直後及び20℃3日間保存した後の酸味及び渋味の程度と嗜好性を比較例1と同様の評価基準に基づいて、パネル10名により評価した。その結果を表4に示す。
【0056】
【表4】

【0057】
表4の保存中の評価点の変化から、1,3−オクタンジオールを0.0001〜10ppm配合した場合には、保存後の酸味及び渋味がマスキングされ、嗜好性も良好なものとなることがわかった。また、0.1〜10ppm配合することにより、酸味がより有効にマスキングされ、更に、0.001〜10ppm配合することにより、渋味がより有効にマスキングされることがわかった。
【0058】
実 施 例 2
前記実施例1で調製した発酵乳飲料(比較品1)に、5−オクテン−1,3−ジオールを最終製品あたり0.0001〜1ppmとなるように配合し、発酵乳飲料(本発明品7〜11)を調製した。これらの製造直後における総生菌数は8.4×10cfu/mlであった。
【0059】
比較品1及び本発明品7〜11について、製造直後及び20℃3日間保存した後の酸味及び渋味の程度と嗜好性を比較例1と同様の評価基準に基づいて、パネル10名により評価した。その結果を表5に示す。
【0060】
【表5】

【0061】
表5の保存中の評価点の変化から、5−オクテン−1,3−ジオールを0.0001〜1ppm配合した場合には、保存後の酸味及び渋味がマスキングされ、嗜好性も良好なものとなることがわかった。また、0.1〜1ppm配合することにより、保存後の酸味がより有効にマスキングされ、さらに、0.0001〜1ppm配合することにより、保存後の渋味が有効にマスキングされることがわかった。
【0062】
実 施 例 3
前記実施例1で調製した発酵乳飲料(比較品1)に、ジメチルメトキシフラノンを最終製品あたり0.001〜10ppmとなるように配合し、発酵乳飲料(本発明品12〜16)を調製した。これらの製造直後における総生菌数は8.4×10cfu/mlであった。
【0063】
比較品1及び本発明品12〜16について、製造直後及び20℃3日間保存した後の酸味及び渋味の程度と嗜好性を比較例1と同様の評価基準に基づいて、パネル10名により評価した。その結果を表6に示す。
【0064】
【表6】

【0065】
表6の保存中の評価点の変化から、ジメチルメトキシフラノンを0.001〜10ppm配合した場合には、保存後においても酸味及び渋味がマスキングされ、嗜好性も良好なものとなることがわかった。また、0.1〜10ppm配合することにより、保存後の酸味がより有効にマスキングされ、さらに、0.01〜10ppm配合することにより、保存後の渋味がより有効にマスキングされることがわかった。
【0066】
実 施 例 4
前記実施例1で調製した発酵乳飲料(比較品1)に、1,3−オクタンジオール、5−オクテン−1,3−ジオール及びジメチルメトキシフラノンよりなる群から選ばれる化合物の1種以上を表7のとおり配合して、発酵乳飲料(本発明品4、10、14、17〜20)を調製した。これらの製造直後における総生菌数は8.4×10cfu/mlであった。
【0067】
比較品1及び本発明品4、10、14、17〜20について、製造直後及び20℃3日間保存した後の酸味及び渋味の程度と嗜好性を比較例1と同様の評価基準により評価した。その結果を表7に示す。
【0068】
【表7】

【0069】
表7の保存中の評価点の変化から、1,3−オクタンジオール、5−オクテン−1,3−ジオール及びジメチルメトキシフラノンよりなる群から選ばれる化合物の1種以上を配合した場合は、保存後の酸味及び渋味がマスキングされ、嗜好性も良好なものとなることがわかった。また、1,3−オクタンジオール、5−オクテン−1,3−ジオール及びジメチルメトキシフラノンよりなる群から選ばれる1種の化合物を発酵乳飲料に配合した場合よりも、上記化合物を2種配合した場合の方が、酸味及び渋味を総合的にマスキングする効果がより高く、さらに3種配合した場合の方が、酸味及び渋味を総合的にマスキングする効果がより高いことがわかった。
【0070】
実 施 例 5
まず、20%脱脂粉乳溶液を120℃で3秒間殺菌した後、ストレプトコッカス・サーモフィルス(YIT2001株)のシードスターターを0.2%となるように接種し、ラクトバチルス・カゼイ(YIT9029株)のシードスターターを0.1%となるように接種して34℃でpH4.4まで培養し、均質化機を用いて15MPaで均質化して発酵乳ベースを得た。
【0071】
次に、水にショ糖60g、ストロベリー濃縮果汁(Bx.65)10g及びペクチン3gを溶解し、全量を600gとして110℃で3秒間殺菌してストロベリー果汁入りシロップを調製した。
【0072】
上記の方法により得られた発酵乳ベース400gとストロベリー果汁入りシロップ600gを混合し、ストロベリー果汁含有発酵乳飲料(比較品3)を調製した。次に、比較品3に、1,3−オクタンジオール、5−オクテン−1,3−ジオール及びジメチルメトキシフラノンを表8のとおり配合し、ストロベリー果汁含有発酵乳飲料(本発明品21〜23)を調製した。また、前記実施例1と同様の方法で発酵乳飲料(比較品1)を調製した。この比較品1に、1,3−オクタンジオール、5−オクテン−1,3−ジオール及びジメチルメトキシフラノンを表8のとおり配合し、ストロベリー果汁を含有しない発酵乳飲料(本発明品4、10、14)を調製した。これらの製造直後における総生菌数は8.3×10cfu/mlであった。
【0073】
比較品1、比較品3及び本発明品4、10、14、21〜23について、製造直後及び20℃3日間保存した後の酸味及び渋味の程度と嗜好性を比較例1と同様の評価基準に基づいて、パネル10名により評価した。その結果を表8に示す。
【0074】
【表8】

【0075】
表8の保存中の評価点の変化から、ストロベリー果汁含有発酵乳飲料に1,3−オクタンジオール、5−オクテン−1,3−ジオール又はジメチルメトキシフラノンを配合した場合は、酸味及び渋味がマスキングされることがわかった。また、ストロベリー果汁を含有しない発酵乳飲料(本発明品4、10、14)に比べ、ストロベリー果汁含有発酵乳飲料(本発明品21〜23)の場合は、酸味及び渋味の保存中の評価点の変化が少なく、保存後の酸味及び渋味がより有効にマスキングされていることがわかった。
【0076】
実 施 例 6
まず、20%脱脂粉乳溶液を120℃で3秒間殺菌した後、別にラクトバチルス・カゼイYIT9029株を0.2%となるように接種して34℃でpH4.4まで培養し、発酵乳ベースを得た。次に、20%脱脂粉乳溶液を120℃で3秒間殺菌した後、それを攪拌しながら乳酸を添加してpH4.4とすることにより酸乳ベースを得た。発酵乳ベースの菌数を確認した後、発酵乳ベースと酸乳ベースを混合して、均質化機を用いて15MPaで均質化し、最終製品でのラクトバチルス・カゼイの生菌数が1×10〜1×10cfu/mlとなるような5種類の発酵乳及び酸乳混合ベースを得た。
【0077】
次に、ショ糖60g及びペクチン3gを溶解し、全量を600gとして110℃で3秒間殺菌してシロップを調製した。
【0078】
上記の方法により得られた5種類の発酵乳及び酸乳ベースそれぞれを400gとシロップ600gを混合し、ラクトバチルス・カゼイの生菌数が1×10〜1×10cfu/mlである発酵乳飲料(比較品4〜8)を調製した。さらに、比較品4〜8のそれぞれに対し、1,3−オクタンジオールを最終製品あたり0.1ppmとなるように配合し、発酵乳飲料(本発明品24〜28)を調製した。
【0079】
比較品4〜8及び本発明品24〜28について、製造直後及び20℃3日間保存した後の酸味及び渋味の程度と嗜好性を比較例1と同様の評価基準に基づいて、パネル10名により評価した。比較品4〜8の風味評価の結果を表9に、本発明品24〜28の風味評価の結果を表10に示す。
【0080】
【表9】

【0081】
【表10】

【0082】
表9の20℃3日間保存後の各評価点が示すとおり、1,3−オクタンジオールが配合されていない発酵乳飲料(比較品4〜8)では、ラクトバチルス・カゼイの生菌数が多くなるほど、酸味及び渋味を強く感じ、その風味評価は大きく低下した。これに対し、表10の20℃3日間保存後の各評価点が示すとおり、1,3−オクタンジオールが配合された発酵乳飲料(本発明品24〜28)では、酸味及び渋味が有効にマスキングされ、ラクトバチルス・カゼイの生菌数が多くなっても、風味評価はあまり低下しなかった。また、比較品4〜8と本発明品24〜28の保存中の評価点の変化を対比することにより、酸味及び渋味のマスキング効果は発酵乳飲料中のラクトバチルス・カゼイの生菌数が1×10cfu/ml以上、さらに1×10cfu/ml以上のものでより高いことがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0083】
本発明のマスキング剤は、発酵乳製品に不良な風味を付与することなく、保存に伴い生じる酸味及び/又は渋味を有効にマスキングするものである。
【0084】
従って、本発明のマスキング剤は、各種の発酵乳製品に対して有効に利用し得るものであり、本発明のマスキング剤を配合する発酵乳製品は、酸味及び渋味がマスキングされ、嗜好性も高く、高い商品価値を有するものである。
以上

【特許請求の範囲】
【請求項1】
1,3−オクタンジオール、5−オクテン−1,3−ジオール及びジメチルメトキシフラノンよりなる群から選ばれる化合物の1種以上を有効成分として含有することを特徴とする発酵乳製品の酸味及び/又は渋味マスキング剤。
【請求項2】
請求項第1項に記載の酸味及び/又は渋味マスキング剤を含有せしめたことを特徴とする発酵乳製品。
【請求項3】
1,3−オクタンジオール、5−オクテン−1,3−ジオール及びジメチルメトキシフラノンよりなる群から選ばれる1種以上の化合物各々の発酵乳製品中における濃度が、0.0001〜10ppmとなるように、請求項第1項に記載の酸味及び/又は渋味マスキング剤を含有せしめたことを特徴とする請求項第2項に記載の発酵乳製品。
【請求項4】
請求項第1項に記載の酸味及び/又は渋味マスキング剤を発酵乳製品に配合することを特徴とする酸味及び/又は渋味のマスキング方法。
【請求項5】
酸味及び/又は渋味マスキング剤を、1,3−オクタンジオール、5−オクテン−1,3−ジオール及びジメチルメトキシフラノンよりなる群から選ばれる1種以上の化合物の濃度として、0.0001〜10ppmとなるよう発酵乳製品に配合することを特徴とする請求項第4項に記載の酸味及び/又は渋味のマスキング方法。

【公開番号】特開2010−200636(P2010−200636A)
【公開日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−47521(P2009−47521)
【出願日】平成21年3月2日(2009.3.2)
【出願人】(000006884)株式会社ヤクルト本社 (132)
【出願人】(000121512)塩野香料株式会社 (23)
【出願人】(509060729)株式会社ヤクルトマテリアル (4)
【Fターム(参考)】