説明

発酵飼料中の硝酸態窒素・亜硝酸態窒素を低減する微生物

【課題】 硝酸態窒素含有量の高い発酵飼料原料(特に野菜残さ、サイレージ原料である牧草や飼料作物、TMR発酵飼料原料)を用いて発酵飼料を調製した際に、発酵飼料中の硝酸態窒素および亜硝酸態窒素を‘安全性が高く’且つ‘顕著に’低減する方法、を提供することを目的とする。また、良質な発酵飼料(特に野菜残さ発酵飼料、サイレージ、TMR発酵飼料)を製造することを目的とする。
【解決手段】 優れた硝酸態窒素低減能および良質な発酵飼料の製造に適した性質を有する新規のバチルス属の菌株、および、優れた亜硝酸態窒素低減能および良質な発酵飼料の製造に適した性質を有する新規の乳酸菌の菌株、;前記菌株を含有してなる発酵飼料製造用の微生物製剤、;前記菌株を添加することを特徴とする硝酸態窒素および亜硝酸態窒素が低減された発酵飼料(詳しくは、野菜残さ発酵飼料、飼料作物・牧草サイレージ、TMR発酵飼料)の製造方法、;を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規の硝酸態窒素低減能もしくは亜硝酸態窒素低減能を有する微生物菌株に関し、詳しくは、優れた硝酸態窒素低減能および良質な発酵飼料の製造に適した性質を有する新規のバチルス属の菌株、および、優れた亜硝酸態窒素低減能および良質な発酵飼料の製造に適した性質を有する新規の乳酸菌の菌株に関する。
また本発明は、前記菌株を含有してなる発酵飼料製造用の微生物製剤、;前記菌株を添加することを特徴とする硝酸態窒素および亜硝酸態窒素が低減された発酵飼料(詳しくは、野菜残さ発酵飼料、飼料作物・牧草サイレージ、TMR発酵飼料)の製造方法、;に関する。
【背景技術】
【0002】
野菜豊作時の余剰野菜カット野菜工場より排出される食品残さ(野菜残さ)は、年間排出量が多く、タンパク質やビタミン類は豊富に含まれる。
しかしながら、このような野菜残さ、特に、キャベツ、白菜などの葉菜類などには、硝酸態窒素含量が高い(非特許文献1参照)。また、このような野菜残さには、水分含量が高いものは多い。
そのため、これらを家畜飼料としては利用するためには、硝酸態窒素含量の低減および水分含量の調整などの良質の貯蔵法に工夫が必要であり、一部は圃場還元や堆肥化して処理されるか、そのほとんどは産業廃棄物として処理され、家畜飼料として有効に利用されてないのが現状である。
なお、このような水分含量が高い野菜残さは、長期にわたって貯蔵することはできないため、そのまま放置すると腐敗による悪臭や、蝿、蛆などの害虫の発生により、環境汚染に進展する恐れもあるため、排出後に早急に適切な処理が必要である。そのため、食品製造工場から排出された野菜残さは、排出後の迅速乾燥が必要となるが、高水分の食品副産物を乾燥するには、大型乾燥機の導入や多くの熱エネルギーを必要とする。したがって、製造コストが上がり、事実上、家畜飼料としての活用は極めて困難である。
【0003】
また、発酵飼料の原料に用いる飼料作物の畑には、堆厩肥が多く施用され、土壌中に窒素や塩類が高濃度に集積した飼料畑が多い。この様な圃場で栽培される‘野菜’、‘牧草’および‘飼料作物’中に硝酸態窒素(NO−N)が多く蓄積されている。
また、TMR発酵飼料の原料の中にも、硝酸態窒素(NO−N)を多く含むものがある。
【0004】
従って、これらを原料として発酵飼料を調製する場合、硝酸態窒素含量が高いため、家畜に給与する場合、硝酸塩中毒を発生する場合があり、安全対策が求められる。
例えば、サイレージ発酵過程において、硝酸還元菌の働きによって、硝酸態窒素を減少させる方法(非特許文献2参照)や、触媒と還元剤を用いた化学反応により、硝酸態窒素を無害な窒素ガスに変換する方法(非特許文献3参照)、が報告されている。
しかしながら、硝酸還元菌の働きは不明であり、硝酸態窒素低減効果も不十分であり、安全な発酵飼料を調製・確保できる程度に技術が確立していない。また、触媒や還元剤を用いた方法で調製したものは、安全性の点で飼料として適さない。さらに、これらの還元過程で生じる亜硝酸態窒素も毒性がある物質であり、飼料中に残存すると好ましくない。
【0005】
このように、従来技術では、発酵飼料中の硝酸態窒素の有効な低減技術が開発されておらず、上記のような野菜残さは産業廃棄物として処分され、硝酸態窒素含有量の高い飼料作物も安全に利用できないのが現状である。
従って、家畜生産において、これら野菜残さや未利用の飼料作物などの低・未利用資源を有効に利用することは、飼料自給率を向上することだけでなく、環境の保全や資源循環型の畜産を進めるためにも極めて有用な技術であり、極めて重要な課題である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】2006年度日本草地学会大会沖縄大会講演要旨pp.244-245.
【非特許文献2】畜産の研究, 44(12), p1357, 1990年
【非特許文献3】特開平8−309335号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記課題を解決し、硝酸態窒素含有量の高い発酵飼料原料(特に野菜残さ、サイレージ原料である牧草や飼料作物、TMR発酵飼料原料)を用いて発酵飼料を調製した際に、発酵飼料中の硝酸態窒素および亜硝酸態窒素を‘安全性が高く’且つ‘顕著に’低減する方法、を提供することを目的とする。
また、本発明は、良質な発酵飼料(特に野菜残さ発酵飼料、サイレージ、TMR発酵飼料)を製造することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
(1)本発明者は、発酵飼料原料およびサイレージから、バチルスと乳酸菌を分離し、硝酸態窒素と亜硝酸態窒素の低減能を示す微生物のスクリーニングを行った。そして、細胞形態、生理生化学性状、16SrDNA塩基配列の解析により菌種を同定した。
その結果、優れた硝酸態窒素低減能を示すバチルス菌株、並びに、優れた亜硝酸態窒素低減能を示す乳酸菌の菌株を見出した。
(2)また本発明者は、硝酸態窒素含有量の高い発酵飼料原料(特に野菜残さ、サイレージ原料である牧草や飼料作物、TMR発酵飼料原料)に、これら菌株を添加してサイレージ発酵を行うことで、発酵飼料中の硝酸態窒素と亜硝酸態窒素を低減できることを見出した。
【0009】
サイレージ発酵過程において、これらの微生物を添加して増殖させることで、硝酸態窒素低減能に優れた微生物によって硝酸塩を亜硝酸塩まで還元し、そして亜硝酸態窒素低減能に優れた微生物によって、亜硝酸塩が資化される(もしくは、一部がアンモニアに還元されて除去される)と考えられる。
すなわち、本発明者は、これら微生物の働きによって、‘硝酸態窒素’を‘菌体成分’に変換することで発酵飼料中から除去し、硝酸塩中毒の発生の危険性を低減された発酵飼料(サイレージ)を調製できる技術を開発した。
本発明は、これらの知見に基づいて完成したものである。
【0010】
即ち、請求項1に係る本発明は、嫌気条件および低pH条件で生育可能であり、酸耐性、胞子形成能、高温耐性、並びに、優れた硝酸態窒素低減能を有する「バチルス・サブティリス(Bacillus subtilis)NAS1菌株(NITE P-753)」、もしくは、前記NAS1菌株と前記菌学的性質の点で同一の性質を有する「バチルス・サブティリス(Bacillus subtilis)に属する分離菌株」、に関するものである。
請求項2に係る発明は、嫌気条件および低pH条件で生育可能であり、酸耐性、優れた乳酸生成能、並びに、優れた亜硝酸態窒素低減能を有する「ラクトコカス・ラクティス(Lactococcus lactis)NAS2株(NITE P-754)」、もしくは、前記NAS2菌株と前記菌学的性質の点で同一の性質を有する「ラクトコカス・ラクティス(Lactococcus lactis)に属する分離菌株」、に関するものである。
請求項3に係る発明は、発酵飼料用原料に、請求項1に記載の菌株および請求項2に記載の菌株、を添加することを特徴とする、;硝酸態窒素および亜硝酸態窒素が低減された発酵飼料の製造方法、に関するものである。
請求項4に係る発明は、前記発酵飼料用原料が、野菜残さ、サイレージ原料である牧草又は飼料作物、およびTMR発酵飼料用原料、のいずれか1以上のものである、請求項3に記載の発酵飼料の製造方法、に関するものである。
請求項5に係る発明は、請求項1に記載の菌株および請求項2に記載の菌株、を含有してなる発酵飼料製造用の微生物製剤、に関するものである。
請求項6に係る発明は、請求項1に記載の菌株を含有してなる微生物製剤、および、請求項2に記載の菌株を含有してなる微生物製剤、を含む発酵飼料製造用の微生物製剤キット、に関するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、硝酸態窒素含有量の高い発酵飼料原料(特に野菜残さ、サイレージ原料である牧草や飼料作物、TMR発酵飼料原料)を用いて発酵飼料を調製した際に、発酵飼料中の硝酸態窒素および亜硝酸態窒素を‘安全性が高く’且つ‘顕著に’低減することを可能とする。
また、本発明は、‘硝酸態窒素および亜硝酸態窒素が顕著に低減され’、且つ、‘良質な発酵飼料’(低pHであり、乳酸含量が多く、アンモニア態窒素含量が低い発酵飼料)、を製造することを可能とする。
さらに本発明は、前記発酵飼料の製造に用いる微生物製剤、微生物製剤キットを提供することを可能とする。
【0012】
さらに、本発明は、硝酸態窒素含量が高い野菜残さや飼料作物などの未利用飼料資源の有効利用に図れるばかりでなく、野菜工場の生産効率の向上や廃棄物等の発生抑制・有効利用など、より一層の環境負荷の少ない生産システムの構築を可能とするものである。
従って、本発明では、多種多様な食品残さの飼料化を図るために、栄養価や機能性成分を有効に活用し、資源の特性に応じた発酵飼料の製造を可能とする。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】実施例1で分離された、(A)NAS1株および(B)NAS2株の写真像図である。
【図2】実施例1における硝酸態窒素低減率と亜硝酸態窒素低減率を示す図である。
【図3】実施例2における硝酸態窒素含量を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、優れた硝酸態窒素低減能および良質な発酵飼料の製造に適した性質を有する新規のバチルス属の菌株、および、優れた亜硝酸態窒素低減能および良質な発酵飼料の製造に適した性質を有する新規の乳酸菌の菌株、に関する。
また本発明は、前記菌株を含有してなる発酵飼料製造用の微生物製剤、;前記菌株を添加することを特徴とする硝酸態窒素および亜硝酸態窒素が低減された発酵飼料(詳しくは、野菜残さ発酵飼料、飼料作物・牧草サイレージ、TMR発酵飼料)の製造方法、;に関する。
【0015】
<新規のバチルス属の菌株>
本発明における前記新規のバチルス属の菌株とは、‘優れた硝酸態窒素低減能’を有し且つ‘良質な発酵飼料の製造に適した性質’を有するものである。
当該菌株としては、特に「バチルス・サブティリス(Bacillus subtilis) NAS1菌株(NITE P-753)」を挙げることができる。
【0016】
NAS1菌株の菌学的性質の特徴としては、まず「優れた硝酸態窒素低減能」を挙げることができる。
ここで、優れた硝酸態窒素低減能とは、発酵飼料中における硝酸態窒素のほとんどを除去できる能力を有するものである。なお、当該菌株による硝酸態窒素の低減は、発酵飼料中に存在する硝酸態窒素を、亜硝酸態窒素に‘還元’することによって行われるものである。
【0017】
また、NAS1の菌学的性質として、「良質な発酵飼料の製造に適した性質」を挙げることができ、具体的には、‘嫌気性’‘低pH耐性’‘酸耐性’‘胞子形成能’‘高温耐性’を挙げることができる。
ここで、‘嫌気性’は、嫌気条件での生育能を指すものであり、通常の発酵飼料の発酵が嫌気条件で行われることから必須の性質である。
また、‘低pH耐性’‘酸耐性は’、良質な発酵飼料(低pHであり、乳酸や有機酸を多く含む)を製造する上で必須な性質である。なお、低pH耐性として具体的には、pH3.5までの生育能を示すものである。
また、‘胞子形成能’‘高温耐性’は、厳しい環境でも生育可能となる性質であり、発酵熱による温度の上昇等にも耐えうる性質である。なお、高温耐性としては、具体的には50℃までの生育能、75℃までの生存耐性を示すものである。
【0018】
また、NAS1菌株以外の菌株であっても、NAS1菌株と前記した菌学的性質の点で同一の性質を有する「バチルス・サブティリス(Bacillus subtilis)に属する分離菌株であれば、本発明の菌株として用いることができる。
また、特には、配列表の配列番号1に記載の16SrDNAと同一の塩基配列を有するものを用いることができる。
【0019】
なお、当該菌株の分離方法としては、発酵飼料の原料や発酵飼料(具体的には、野菜残さ)などの分離源の希釈液を寒天培地に塗布し、嫌気条件で菌株を分離培養した後、硝酸態窒素の低減能、生理生化学的性質などを調べることで、選抜することができる。
【0020】
<新規の乳酸菌の菌株>
本発明における前記新規の乳酸菌の菌株とは、‘優れた亜硝酸態窒素低減能’を有し且つ‘良質な発酵飼料の製造に適した性質’を有するものである。
当該菌株としては、特に「ラクトコカス・ラクティス(Lactococcus lactis)NAS2株(NITE P-754)」を挙げることができる。
【0021】
NAS2菌株の菌学的性質の特徴としては、まず「優れた亜硝酸態窒素低減能」を挙げることができる。
ここで、優れた亜硝酸態窒素低減能とは、発酵飼料中における亜硝酸態窒素(前記バチルス属の菌株によって硝酸態窒素から還元されて生成されたもの)、を除去できる能力を有するものである。なお、NAS2菌株の亜硝酸態窒素低減能としては、他の乳酸菌と比べて2倍以上の硝酸態窒素低減能を有するものであると推定される。
なお、当該菌株による亜硝酸態窒素の低減は、発酵飼料中に存在する亜硝酸態窒素を菌体内に取り込んで‘資化’することによって行われるものである。なお一部は、アンモニアに還元されて除去されると考えられる。
【0022】
また、NAS2の菌学的性質として、「良質な発酵飼料の製造に適した性質」を挙げることができ、具体的には、‘嫌気性’‘低pH耐性’‘酸耐性’‘優れた乳酸生成能’を挙げることができる。
ここで、‘嫌気性’は、嫌気条件での生育能を指すものであり、通常の発酵飼料の発酵が嫌気条件で行われることから必須の性質である。
また、‘低pH耐性’‘酸耐性’‘優れた乳酸生成能’は、良質な発酵飼料(低pHであり、乳酸や有機酸を多く含む)を製造する上で必須な性質である。なお、低pH性として具体的には、pH3.5までの生育能を示すものである。また、優れた乳酸生成能としては、効率の良いホモ発酵型乳酸発酵能、代謝性の高いL型乳酸生成能を有するものである。
また、当該菌株は、発酵飼料の発酵過程における好気性細菌や大腸菌群などの有害微生物の増殖を抑制するものである。
【0023】
また、NAS2菌株以外の菌株であっても、NAS2菌株と前記した菌学的性質の点で同一の性質を有する「ラクトコカス・ラクティス(Lactococcus lactis)に属する分離菌株」であれば、本発明の菌株として用いることができる。
また、特には、配列表の配列番号2に記載の16SrDNAと同一の塩基配列を有するものを用いることができる。
【0024】
なお、当該菌株の分離方法としては、発酵飼料の原料や発酵飼料(具体的には、牧草・飼料作物サイレージ)などの分離源の希釈液を寒天培地に塗布し、嫌気条件で菌株を分離培養した後、亜硝酸態窒素の低減能、生理生化学的性質などを調べることで、選抜することができる。
【0025】
<発酵飼料の製造方法>
本発明では、発酵飼料を製造する際に、発酵飼料用原料に前記新規のバチルス菌株と新規の乳酸菌の菌株を添加することによって、製造される発酵飼料中の硝酸態窒素および亜硝酸態窒素を顕著に低減することができる。
【0026】
本発明においては、前記新規のバチルス菌株と新規の乳酸菌の菌株の‘2種類の菌株’を、発酵飼料原料に添加することが必須である。
添加の方法としては、原料中に偏りなく、好ましくは均一になるように行うことが望ましい。例えば、菌株を水に懸濁し噴霧する方法、混合攪拌する方法、などで行うことができる。
2種類の菌株は、両者を混合して形態で添加してもよく、別々に1種類ずつ添加してもよい。
添加する各菌株の量としては、原料1kgに対して、前記新規のバチルス菌株10〜10菌数レベル、前記新規の乳酸菌の菌株10〜10菌数レベルで添加することが望ましい。具体的には、前記新規のバチルス菌株10菌数レベル、前記新規の乳酸菌の菌株10菌数レベルで添加することが望ましい。
なお、菌株の添加時期は、サイレージ発酵を開始する前に行うことが望ましいが、サイレージ発酵の途中の段階で添加を行ってもよい。
【0027】
本発明においては、原料中にこの2種類の菌株を添加してサイレージ発酵中に増殖させることによって、硝酸態窒素低減能に優れた前記新規のバチルス菌株によって硝酸塩を亜硝酸塩まで還元し、そして亜硝酸態窒素低減能に優れた前記新規の乳酸菌株によって、亜硝酸塩を資化(もしくは、一部がアンモニアに還元されて除去)することができる。
即ち、本発明では、これら2種類の菌株の働きによって、‘硝酸態窒素’を‘菌体成分’に変換することで発酵飼料中から除去することができるため、発酵飼料原料として、硝酸態窒素含量が高いものを用いた場合においても、‘硝酸態窒素および亜硝酸態窒素が低減された発酵飼料’を製造することができる。
【0028】
従って、本発明における発酵飼料原料としては、硝酸態窒素含量が高く、従来は発酵飼料原料として用いることが難しかったものでも用いることができる。具体的には、食品残さである野菜残さ(例えば、キャベツ、レタス、ハクサイ、などの葉菜類)、サイレージ原料である牧草や飼料作物(例えば、イタリアンライグラス、スーダングラス)、TMR発酵飼料原料、などを挙げることができる。
【0029】
上記発酵としては、通常のサイレージ発酵と同様の条件で行うことができる。嫌気条件で、外気温で30日以上で行うものである。
具体的には、サイロを用いる通常の方法、ロールベールサイレージ法、フレコンバック法、などで行うことができる。
【0030】
上記2種類の菌株を添加したサイレージ発酵によって得られる発酵飼料は、‘良質の発酵飼料’(低pHであり、乳酸含量が多く、アンモニア態窒素含量が低い)と認められるものである。また、発酵飼料の発酵過程における好気性細菌や大腸菌群などの有害微生物の増殖が抑制されたものである。
なお、具体的に、製造される発酵飼料としては、野菜残さ発酵飼料、サイレージ、TMR発酵飼料を挙げることができる。
【0031】
<微生物製剤>
本発明においては、上記菌株を含有してなる微生物製剤の形態にして提供することができる。
微生物製剤の形態としては、上記菌株を凍結乾燥状態にして粉末状の形態、賦型剤等と混ぜて固形にした形態、カプセルに充填する形態、液体アンプルの形態、などを挙げることができる。好ましくは、凍結乾燥製剤の形態が好適である。
また、本発明では、‘2種類の菌株を混合して含有する剤’の形態とすることもできるが、‘1種類の各菌株ずつを含有する剤を2種類含むキット’の形態とすることもできる。
なお、2種類の菌株の含有比(もしくは使用時における混合比)は、特に制限はなく1:9〜9:1程度の範囲であればよいが、特には1:1とすることが望ましい。
【0032】
剤の使用形態としては、直接原料に添加することもできるが、好ましくは、水等に溶けて用いることが望ましい。
また、本発明の微生物製剤の使用量としては、原料1kgに対して、前記新規のバチルス菌株10〜10菌数レベル、前記新規の乳酸菌の菌株10〜10菌数レベルで添加することが望ましい。具体的には、前記新規のバチルス菌株10菌数レベル、前記新規の乳酸菌の菌株10菌数レベルで添加することが望ましい。
【実施例】
【0033】
以下、実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明の技術範囲はこれらにより限定されるものではない。
<実施例1> NAS1,2菌株の分離と同定
(1)菌株の分離
各種野菜残さ、もしくは、牧草・飼料作物サイレージから、発酵飼料中の硝酸態窒素、亜硝酸態窒素の低減に優れた菌株の分離を行った。
まず、これら試料各10gをストマッカ−用ビニール袋(飛竜KN208、旭化成(株)製)に採取し、滅菌した生理食塩水90mlを加えて10倍希釈液とした後、この液をさらに10倍まで希釈した。
これらの希釈液をLactobacilli MRS寒天培地(DIFCO Laboratories, Detroit, USA)、普通寒天培地(日水製薬(株)、日本)及びGYP白亜寒天培地(小崎ら、乳酸菌実験マニュアル、1992)に塗布して、恒温培養装置を使って嫌気条件にて30℃で2日間培養するか、もしくは、乳酸菌用嫌気培養装置を使って嫌気条件にて30℃で2日間培養した。
得られた培養物から分離した菌株(バチルス30株、酵母10株、乳酸菌50株について)、硝酸態窒素、亜硝酸態窒素の低減能に優れたものをスクリーニングした。分析には、HPLC硝酸態窒素分析システム(日本分光社製)を用いて行った。
その結果、上記野菜残さのうちのキャベツ由来の培養物から、硝酸態窒素低減能に優れたバチルス属の‘NAS1菌株’を選抜した。また、牧草サイレージ由来の菌株から亜硝酸態窒素低減能に優れた乳酸菌の‘NAS2菌株’を選抜した。
【0034】
(2)菌学的性質
上記の培養物から分離した菌株について、菌学的諸性質や生理的・生化学的性質等を調べた。菌学的性質を表1に示す。そして、これら分離した菌株の顕微鏡写真を、図1(A:NAS1菌株、B:NAS2菌株)に示す。
【0035】
【表1】

【0036】
図1(A)が示すように、NAS1菌株は、短桿菌であることが示された。そして表1が示すように、pH3.5まで生育可能な菌株であり、酸耐性を有することが示された。さらに、高温耐性をもち、芽胞(胞子)を形成する菌株であることが示された。
これらのことから、NAS1菌株は、‘良質の発酵飼料の製造に適した性質’(嫌気性、低pH耐性、耐酸性、高温耐性、胞子形成能)を有するバチルス属の菌株であることが示された。なお、高温耐性、胞子形成能を有することで、発酵熱による温度の上昇等の厳しい環境でも生育可能であることが示された。
【0037】
また、図1(B)が示すように、NAS2菌株は、ラクトコッカス属(乳酸菌)に属する球菌であることが示された。そして表1が示すように、pH3.5まで生育可能な菌株であり、酸耐性を有することが示された。さらに、ホモ発酵型乳酸発酵をし、L型乳酸を生成することが示された。
これらのことから、NAS2菌株は、‘良質の発酵飼料の製造に適した性質’(嫌気性、低pH耐性、耐酸性、優れた乳酸生成能)を有する、ラクトコッカス属(乳酸菌)の菌株であることが示された。なお、優れた乳酸生成能として、効率の良いホモ発酵型乳酸発酵能、代謝性の高いL型乳酸生成能を有することが示された。
また、NAS2菌株は、発酵飼料の発酵過程における好気性細菌や大腸菌群などの有害微生物の増殖を抑制する乳酸菌株であることも示された。
【0038】
(3)硝酸態窒素および亜硝酸態窒素の低減能
次いで、NAS1菌株およびNAS2菌株における、硝酸態窒素と亜硝酸態窒素の低減能を詳細に調べた。
まず、硝酸カリウムを0.2%、もしくは、亜硝酸カリウムを0.2%、を添加した各液体培地(NA,MRS,YM培地)を調製した。
各種菌株として、NAS1菌株、NAS2菌株、酵母(CO119)、乳酸菌(畜草1号)、バチルス(LQ13)を植菌し、30日間培養した。
その後、HPLC硝酸態窒素分析システム(日本分光社製)を用いて、培地における硝酸態窒素の濃度と亜硝酸態窒素の濃度を測定し、培養前と後でのこれらの低減率を算出した。結果を図2に示す。
【0039】
その結果、図2(左)が示すように、NAS1菌株を、硝酸カリウム0.2%を添加した培地で30日間培養することによって、ほぼ100%の硝酸態窒素を培地中から低減(除去)できることが示された(なお、培養途中である1週間後の低減率は約50%であり、10日間の培養では約90%であった)。
一方、NAS1菌株と同じバチルス属である「LQ13」でも、約18%しか低減することができず、NAS2菌株、乳酸菌、酵母では10%以下であった。
このことから、「NAS1菌株」は、‘極めて優れた硝酸態窒素低減能’を有するものであることが示された。
【0040】
また、図2(右)が示すように、NAS2菌株を、亜硝酸カリウム0.2%を添加した培地で30日間培養することによって、62%の亜硝酸態窒素を培地中から低減できることが示された。
一方、NAS2菌株と同じ乳酸菌である「畜草1号」でも、約20%しか低減することができず、NAS1菌株、バチルス、酵母では5%以下であった。
このことから、「NAS2菌株」は、‘極めて優れた亜硝酸態窒素低減能’を有するものであることが示された。
【0041】
(4)分子系統解析
選抜したNAS1菌株、NAS2菌株について、16SrRNA遺伝子の全領域塩基配列を決定して分子系統解析を行った。なお、決定した16SrDNAの塩基配列を配列表(配列番号1:NAS1菌株、配列番号2:NAS2菌株)に示す。
【0042】
分子系統解析の結果、NAS1菌株の分子系統位置はBacillus属のクラスターにあり、Bacillus subtilisとの基準株と最も近縁な系統関係を示した。さらにDNA−DNA相同性試験の結果でも、Bacillus subtilisと同定された。
また、NAS2菌株の分子系統位置はLactococcus属のクラスターにあり、Lactococcus lactisとの基準株と最も近縁な系統関係を示した。さらにDNA−DNA相同性試験の結果でも、Lactococcus lactisと同定された。
これらの菌株は、基準株と最も近縁な系統関係にあるが、糖類発酵特性等において基準株と異なることから、本発明者らは新規菌株種であると判定した。そして、それぞれを「バチルス・サブティリス(Bacillus subtilis) NAS1」、「バチルス・サブティリス(Lactococcus lactis) NAS2」と命名した。
なお、これら菌株は、独立行政法人 製品評価技術基盤機構 特許生物寄託センターに寄託されており、その受託番号はバチルス・サブティリス(Bacillus subtilis)NAS1株が「NITE P-753」であり、ラクトコカス・ラクティス(Lactococcus lactis)NAS2株が「NITE P-754」である。
【0043】
<実施例2> 野菜残さ発酵飼料の製造と発酵品質
野菜圃場や野菜工場で排出された野菜残さ(キャベツ)を用いて、小規模発酵試験法によって、発酵飼料を調製した。
まず、野菜残さを切断し、表2に記載の各微生物を液体培地で培養し、材料1kgあたり培養液1ml(各菌10菌数レベル)を添加した後、サイロに詰め込んで密封し、温度20〜30℃、60日間貯蔵してサイレージ発酵して得た発酵飼料の品質を分析した。
また、得られた各発酵飼料の発酵品質(pH、各種有機酸含量、アンモニア態窒素含量)について調べた。結果を表2に示す。
また、各発酵飼料中の発酵硝酸態窒素含量についてHPLC硝酸態窒素分析システム(日本分光社製)を用いて測定した。結果を図3に示す。
【0044】
【表2】

nd: 未検出を表す。
【0045】
その結果、図3が示すように、NAS1菌株の添加、NAS1菌株とNAS2菌株の混合添加により、野菜残さ発酵飼料中の硝酸態窒素が顕著に低減されることが示された。
また、表2が示すように、NAS1菌株とNAS2菌株の混合添加により調製した発酵飼料は、pHが低く、乳酸が多く生産され、アンモニア態窒素含量が少ない、良質の発酵飼料であることが示された。
なお、微生物無添加(対照)や他の菌株の添加に比べ、NAS2菌株、NAS1菌株とNAS2菌株の混合添加した発酵飼料では、発酵飼料中の大腸菌数が減少し、乳酸菌数が増加した。即ち、NAS2菌株は、発酵飼料の発酵過程における好気性細菌や大腸菌群などの有害微生物の増殖を抑制する乳酸菌株であることが分った。
【0046】
<実施例3> 牧草サイレージの製造
牧草(イタリアンライグラス)を用いて、ロールベールサイレージを調製した。
まず、牧草を切断し、実施例2の方法と同様にして上記NAS1菌株とNAS2菌株を混合添加した後、ラップフィルムでラッピングして野外で60日間貯蔵した。
得られた牧草サイレージは、硝酸態窒素が顕著に低減され、良質の発酵飼料であった。
【0047】
<実施例4> TMR発酵飼料の製造
TMR発酵飼料原料である、牧草、作物・食品残さ、濃厚飼料を混合したものを用いて、実施例2の方法と同様にして上記NAS1菌株とNAS2菌株を混合添加した後、フレコンバック法で発酵TMR飼料を調製した。
得られたTMR発酵飼料は、硝酸態窒素が顕著に低減され、良質の発酵飼料であった。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明は、食品残さ発酵飼料、サイレージ、TMR発酵飼料の硝酸態窒素低減方法として、畜産分野において広範な利用が期待される。また、環境にやさしく、安全性にすぐれている。
また、新規サイレージ調製(製造)用添加物として、飼料メーカーへの技術移転が期待される。
【受託番号】
【0049】
NITE P−753
NITE P−754

【特許請求の範囲】
【請求項1】
嫌気条件および低pH条件で生育可能であり、酸耐性、胞子形成能、高温耐性、並びに、優れた硝酸態窒素低減能を有する「バチルス・サブティリス(Bacillus subtilis)NAS1菌株(NITE P-753)」、もしくは、前記NAS1菌株と前記菌学的性質の点で同一の性質を有する「バチルス・サブティリス(Bacillus subtilis)に属する分離菌株」。
【請求項2】
嫌気条件および低pH条件で生育可能であり、酸耐性、優れた乳酸生成能、並びに、優れた亜硝酸態窒素低減能を有する「ラクトコカス・ラクティス(Lactococcus lactis)NAS2株(NITE P-754)」、もしくは、前記NAS2菌株と前記菌学的性質の点で同一の性質を有する「ラクトコカス・ラクティス(Lactococcus lactis)に属する分離菌株」。
【請求項3】
発酵飼料用原料に、請求項1に記載の菌株および請求項2に記載の菌株、を添加することを特徴とする、;硝酸態窒素および亜硝酸態窒素が低減された発酵飼料の製造方法。
【請求項4】
前記発酵飼料用原料が、野菜残さ、サイレージ原料である牧草又は飼料作物、およびTMR発酵飼料用原料、のいずれか1以上のものである、請求項3に記載の発酵飼料の製造方法。
【請求項5】
請求項1に記載の菌株および請求項2に記載の菌株、を含有してなる発酵飼料製造用の微生物製剤。
【請求項6】
請求項1に記載の菌株を含有してなる微生物製剤、および、請求項2に記載の菌株を含有してなる微生物製剤、を含む発酵飼料製造用の微生物製剤キット。

【図2】
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【図3】
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【図1】
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【公開番号】特開2011−10594(P2011−10594A)
【公開日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−157011(P2009−157011)
【出願日】平成21年7月1日(2009.7.1)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、農林水産省、新たな農林水産政策を推進する実用技術開発委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(501203344)独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 (827)
【Fターム(参考)】