説明

皮膚における創傷被覆材の環境模擬測定装置およびその測定方法

【課題】ヒト皮膚と創傷被覆材との間の微小空間の環境を模擬的に測定する装置およびその測定方法を提供する。
【解決手段】環境模擬測定装置は、外部環境を調節する恒温恒湿槽14、その中に設置された熱交換器12、これに温水を供給する恒温水槽10とポンプ11および熱交換器12に設置される簡単に着脱可能な容器1からなる。容器1は、保水性部材2を収容しており、その上部開口が水蒸気拡散調整部材4で覆われている。水蒸気拡散調整部材4とその上に置いた創傷被覆材5との間に生じる微小空間6は、人体と創傷被覆材5との間の空間を模擬的に再現したものである。この微小空間6内に薄型温湿度センサ7を設置して、経時的に温湿度を測定する。複数の容器1を用いれば、複数種類の創傷被覆材5を用いた測定を同時に行うことができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒト皮膚と創傷被覆材との間の微小空間の環境を模擬的に測定する装置およびその測定方法に関する。特に、創傷被覆時の創傷部や褥瘡部などにおける、ヒト皮膚と創傷被覆材との微小空間における温湿度特性を模擬的に再現して測定する装置および測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
皮膚創傷に対する創傷治療方法としては、大別して、創傷部を乾燥状態に保ち、痂皮を形成させて治癒を行う、いわゆるドライドレッシングと、適度の湿潤環境をつくることで、創傷の治癒も速やかになり、創傷部表面の乾燥壊死が少なく、創傷保護効果も有するウェットドレッシングとが知られている。
【0003】
後者において、適度な湿潤環境、すなわちヒトにおける創傷皮膚と創傷被覆材との微小空間の環境、特に温湿度特性等の情報を得ることは創傷治癒において大変重要である。しかしながら、ヒトの創傷部または褥瘡部での温湿度特性の測定は、非常に困難であり、ましてや長時間にわたる測定は極めて困難であることから、未だヒトにおける創傷皮膚と創傷被覆材との微小空間の環境、特に温湿度特性等の情報は得られておらず、それらに関する報告もない。
【0004】
一方、ヒトにおける創傷皮膚と創傷被覆材との微小空間の環境に近い条件を再現できる模擬測定装置を作製し、それを用いて温湿度特性の測定を試みた報告もみられない。
このため、創傷治癒の環境を検討する上で、ヒトにおける創傷皮膚と創傷被覆材との微小空間の環境に近い条件下での測定が可能で、大型の設備を必要とせず、試料の測定を簡便に行える模擬測定装置およびその測定方法の開発が望まれる。また、創傷被覆材の開発に際し、創傷被覆材を評価するために簡便に使用できる模擬測定装置およびその測定方法が望まれる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従って、本発明の目的は、創傷被覆時の創傷部や褥瘡部など、ヒト皮膚と創傷被覆材との微小空間における温湿度特性を模擬的に再現して測定する装置およびその方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の環境模擬測定装置は、「創傷被覆材の使用環境を模擬的に再現する恒温恒湿漕」と「恒温恒湿漕内に設置されていて、水分を収容した容器を体温を模した温度まで加温する加温装置」と「容器の開口を覆うように試料を保持するとともに水蒸気透過性を有する試料保持体」と「試料保持体と試料間の空間内の温度および湿度の少なくとも一方を測定するセンサ」とを備える。
【0007】
また、本発明の環境模擬測定方法は、次の工程を含む。
(1)創傷被覆材の使用環境を模擬的に再現する恒温恒湿漕内に、加温装置を配置する。
(2)水分を収容した容器を、恒温恒湿漕内で加温装置により、ヒトの体温を模した温度まで加温する。
(3)容器の開口を覆うように配置され水蒸気透過性を有する試料保持体上に、創傷被覆材の試料を乗せる。
(4)試料保持体と試料間の空間内にセンサを配置して、当該空間内の温度および湿度の少なくとも一方を測定する。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、ヒト皮膚とその上に貼付された創傷被覆材との間の空間内の環境を模擬的に再現し、その局所環境(温度および湿度)を評価することが可能となる。したがって、人体を検体とした場合には困難な長時間の測定も可能となり、かつ、皮膚と創傷被覆材間における温湿度特性を明確にすることができる。これにより、使用に適したよりよい創傷被覆材の開発を促進できる。
【0009】
また、恒温恒湿漕内の加温装置上に複数の容器を配置した場合には、複数の試料の同時測定も簡便に行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下に図面を用いて本発明の好ましい態様について説明する。図1は、本発明の一実施形態に係る温湿度特性模擬測定装置の概略図である。この装置は、創傷被覆材(または貼付剤)と皮膚との間の微小空間の温湿度特性を、擬似的に再現して測定する。
【0011】
≪装置の構成≫
この装置は、外部環境を調節する恒温恒湿槽14、その中に設置された側面および下面を断熱材13で囲まれた熱交換器12、熱交換器12に温水を供給する恒温水槽10を備える。温水は、ポンプ11を用いて、恒温水槽10および熱交換器12内を循環する。熱交換器12上には、容器1が着脱可能に載置される。
【0012】
熱交換器12は、断熱水槽が好ましく、恒温恒湿槽14の外部に設置された恒温水槽10の温水をポンプ11で循環させることにより温度調節可能である。熱交換器12の好ましい温度は30℃〜40℃であり、より好ましい温度は37℃±2℃である。これは、一般的な体温の温度範囲を模したものである。
【0013】
図示した例では、ヒトの体温を模した温度にまで容器1を加温する加温装置として、熱交換器12(および、これに温水を循環させる恒温水槽10、ポンプ11)を採用しているが、その他にも電気ヒータ等の適宜の加温装置を採用することが可能である。
【0014】
後述するように、試料保持体3(場合によっては、これと水蒸気拡散調整部材4を合わせたもの)がヒト皮膚を模したものであって、その上に試料5(創傷被覆材)を配置し、これらの間に生じた微小空間6をもって『ヒト皮膚と創傷被覆材との間の微小空間』とみなす。そして、この微小空間6の温度および湿度をセンサで測定する。
【0015】
熱交換器12上に載置される容器1は、熱伝導性の良好な材質、例えば、ステンレス、アルミニウム、真鍮、鉄、銅等の金属製のものが好ましい。容器1の内部には、保水性部材2を設置し、容器1の上部開口を水蒸気拡散調整部材4で被覆し、さらにその上面に試料保持体3を配置する。
【0016】
保水性部材2中の水分は、熱交換器12により体温に近い温度に加温され、蒸発して水蒸気拡散調整部材4および試料保持体3を透過する。すなわち、これはヒト皮膚からの発汗を模したものである。したがって、蒸気拡散調整部材4および試料保持体3は水蒸気を透過させる素材で作製することが必要である。
【0017】
水蒸気拡散調整部材4として、不織布、織布、セロハン、ポリスチレンフィルム(PS)、各種濾過用膜フィルター等を用いることができるが、創傷被覆材で被覆した創傷部または褥瘡部の状態の模擬条件によっては、水蒸気拡散調整部材4を省略することも可能である。保水性部材2と水蒸気拡散調整部材4とを様々に組合せることにより、創傷被覆材で被覆した創傷部または褥瘡部における環境の模擬条件を種々設定することができる。
すなわち、創傷部あるいは褥瘡部に多量の浸出液が存在し湿潤状態にある皮膚の場合には、保水性部材2は含水性および蒸散性が良好な材質のものを選び、これを充分含水させた上で容器1内に設置し、水蒸気拡散調整部材4は使用せずに測定すればよい。
一方、創傷部あるいは褥瘡部に浸出液がほとんどない皮膚の場合、含水性および蒸散性が劣る保水性部材2に水を含ませ、水蒸気拡散調節部材4として、水蒸気拡散をある程度抑制する材質のものを用いて測定すればよい。さらに、正常状態の皮膚の場合も、模擬条件を設定することが可能である。
【0018】
試料保持体3は、容器1の開口を覆うように試料5を保持するためのもので、そのための適当な強度を有し、試験終了後に簡単に試料を取り外しできる材質のものが好ましい。例えば、テフロン製薄板(テフロンは登録商標)、シリコンコートされた薄板、フッ素樹脂コートされた薄板等を用いることができる。特に、テフロン製薄板(テフロンは登録商標)が好ましい。
なお、試料保持体3にも水蒸気透過性が要求されるので、これをメッシュ状に作製したり、あるいは、適当な開口を設ける。
【0019】
また、保水性部材2には、保水性がある部材、すなわちセルロース、ポリビニルアルコール(PVA)、ウレタン、メラミン樹脂、海綿等のスポンジを用いることができ、その材質により含水量および蒸散量が異なるため、目的の測定条件にあった材質を選択することができる。保水性部材2は、試験開始前に水中に浸すこと等により充分含水させた後、容器1の内部に設置する。
なお、容器1は、その内部に水分を収容していれば足りるので、保水性部材2を使用せずに水を直接容器内に入れておくことも可能である。
【0020】
試料5として、各種創傷被覆材またはパップ剤、テープ剤やプラスター剤等の貼付剤を用いる。
【0021】
試料保持体3と試料5の間にできた微小空間6における温湿度を温湿度センサで測定する。個別の温度センサおよび湿度センサを使用してもよいが、両者を測定可能な温湿度センサを用いるのが好ましい。測定の都合上、小型かつ薄型のセンサが望ましい。
【0022】
外部環境を調節するための恒温恒湿槽14は、温度が20℃〜40℃、湿度が25%〜99%RHの範囲で調節可能でまた風量も変化させることができることが好ましい。これは、創傷被覆材の使用環境を模したものであり、通常の室内の環境や、布団(寝具)の中の環境を再現するためである。
外部環境の好ましい条件としては、温度が20℃〜40℃、湿度が30%RH〜80%RHであり、より好ましくは、温度が25℃〜35℃、湿度が40%RH〜60%RHである。
【0023】
≪測定方法≫
本発明による測定方法は、次の通りである。
恒温恒湿槽14の内部に熱交換器12を設置し、外部に設置した恒温水槽10からポンプ11で温水を循環させ、熱交換器12が局所体温に相当する温度になるように予備的に加温する。このとき、熱交換器12上に設置した容器1も同時に予備加温する(試料5は未だ試料保持体3上には乗せてはいない)。
【0024】
予備加温後、「試料5」および「試料5を乗せていない容器1」の重量をそれぞれ測定する(測定1)。容器1の試料保持体3上に薄型温湿度センサ7を設置して、その上に試料5を乗せた後、容器1の周囲を水蒸気が漏れないようにシールテープ9でシールし、これを再度熱交換器12上に設置する。
温湿度センサ7は、試料保持体3と試料5の間にできた微小空間6に設置され、リード線8を介して、恒温恒湿槽14の外部に配置した計測装置(図示せず)に接続されていて、温度および湿度の計測値を経時的に出力する。
なお、複数の容器1を熱交換器12上に設置すれば、複数種類の試料5の測定を同時に行うことができる。
【0025】
温湿度センサ7により微小空間6内の温湿度を経時的に測定する間、これとは別に、容器1の(その上に乗った試料5も含めた)総重量も経時的に測定する(測定2)。この測定は、例えば、恒温恒湿漕14内に計量装置(不図示)を配置して行うことができる。
【0026】
上記「測定1」で測定した「試料5」および「試料5を乗せていない容器1」の合計重量から、「測定2」で測定した容器1の総重量を引き算することで、容器1内の水分の蒸散量も経時的に測定することができる(測定3)。
【0027】
試験終了後、試料5のみの重量を測定し、ここから上記「測定1」で求めた試料5の重量を引き算することで、試料5自体の吸水量を算出できる。算出した吸水量を上記「測定3」で求めた最終的な蒸散量から引き算することで、試料5を通過した蒸気量を求めることができる。さらにこれを試験時間で割ることで、「試料5の時間当たりの透湿度」を算出することができる。
【0028】
次に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はそれらに限定されるものではない。各実施例では、試料5として、褥瘡治療用として市販されている下記の創傷被覆材を用いた。
市販品A (成分:ハイドロコロイド材)
市販品B (成分:ポリウレタンフィルム材)
市販品C (成分:ハイドロゲル材)
市販品D (成分:ポリウレタンフィルム材)
【実施例1】
【0029】
市販品AおよびBの創傷被覆材を試料5として用い、外部環境要因の一つである湿度について検討した。
外部環境の調節可能な恒温恒湿槽14(東京理科器械製:EYELA恒温恒湿器KCL−2000W)中に設置された熱交換器12に予め保水性部材2および水蒸気拡散調整部材4を設置した容器1を置き、予備的に加温した。
予備加温後、容器1に試料5(市販の創傷被覆材)および温湿度計7(神栄製:デジフル温湿度計TRH−CA)を設置した。外部環境は、寝具内の温度を想定して35℃とし、湿度は40%RH、50%RHおよび60%RHに設定して、経時的に微小空間6の湿度および温度を検討した。その測定結果を表1および表2に示した。
測定開始60分後には、市販品AおよびBの両者とも、褥瘡部に滲出液がある状態(湿潤状態)の条件では、微小空間6内の温湿度にほとんど差異はなかった。一方、褥瘡部に滲出液がない状態(乾燥状態)の条件では、微小空間6内の温度にはほとんど差がなかったが、外部環境の湿度の増加とともに微小空間の湿度は上昇した。
【0030】
【表1】

【0031】
【表2】

【実施例2】
【0032】
実施例1と同様に、市販品AおよびBの創傷被覆材を試料5として用い、種々の保水性部材2および水蒸気拡散調整部材4について検討した。外部環境は温度35℃および湿度40%RHとした。その結果を表3に示した。
各種の保水性部材2と水蒸気拡散調整部材4との組み合せにより、微小空間6内における湿度の調整が可能で、褥瘡部における滲出液の有無を模擬的に再現できることがわかった。
【0033】
【表3】

【実施例3】
【0034】
実施例1と同様に、市販品A、B、CおよびDの創傷被覆材を試料5として用い、短時間における微小空間6内の湿度および温度の変化を経時的に測定した。外部環境は温度35℃および湿度40%RHとした。その結果を表4に示した。
褥瘡部に滲出液がある条件では、4種の市販品とも微小空間6内の温湿度はほぼ同様であったが、滲出液がほとんど無い条件では、市販品Aに比べて、市販品BおよびDは微小空間6内の湿度が若干低い傾向にあった。これは、市販品の組成の違いによるものと考えられた。
【0035】
【表4】

【実施例4】
【0036】
実施例1と同様に、市販品A、B、CおよびDの創傷被覆材を試料5として用い、長時間における微小空間6内の湿度および温度の変化を経時的に測定した。外部環境は温度35℃および湿度40%RHとした。その結果を表5に示した。
各褥瘡部の条件において、全ての市販品における微小空間6内の湿度は、測定開始後24時間まで95%RH〜99%RHに保たれており、また温度は35℃前後で一定していた。
【0037】
【表5】

【0038】
以上の実施例の結果からも分かるように、ヒト皮膚と創傷被覆材との間の微小空間の環境を模擬的に再現して測定する本環境模擬測定装置を用いることにより、創傷治癒に重要な要因である適度な湿潤環境、すなわちヒトにおける創傷皮膚と創傷被覆材との微小空間の環境、特に長時間にわたる温湿度特性等の情報を得ることが可能となった。
本環境模擬測定装置は、既存の創傷被覆材の評価に加えて、新規の創傷被覆材の開発に大いに役立つものである。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明の一実施形態係る装置を説明する概略図。
【符号の説明】
【0040】
1 容器
2 保水性部材
3 試料保持体
4 水蒸気拡散調整部材
5 試料(創傷被覆材)
6 微小空間
7 温湿度センサ
8 リード線
9 シールテープ
10 恒温水槽
11 ポンプ
12 熱交換器
13 断熱材
14 恒温恒湿槽

【特許請求の範囲】
【請求項1】
創傷被覆材の使用環境を模擬的に再現する恒温恒湿漕(14)と、
恒温恒湿漕内(14)に設置されていて、水分を収容した容器(1)を体温を模した温度まで加温する加温装置(12)と、
容器(1)の開口を覆うように試料(5)を保持するとともに水蒸気透過性を有する試料保持体(3)と、
試料保持体(3)と試料(5)間の空間(6)内の温度および湿度の少なくとも一方を測定するセンサ(7)と、を備えたことを特徴とする、環境模擬測定装置。
【請求項2】
上記容器(1)は、含水させた保水性部材(2)を収容していることを特徴とする、請求項1記載の環境模擬測定装置。
【請求項3】
上記容器(1)の開口を覆い、水蒸気の透過量を調節する水蒸気拡散調整部材(4)をさらに備えることを特徴とする、請求項1記載の環境模擬測定装置。
【請求項4】
上記容器(1)が複数個設置されていることを特徴とする、請求項1記載の環境模擬測定装置。
【請求項5】
上記センサは、温度および湿度を測定できる温湿度センサであることを特徴とする、請求項1項記載の環境模擬測定装置。
【請求項6】
創傷被覆材の使用環境を模擬的に再現する恒温恒湿漕(14)内に、加温装置(12)を配置し、
水分を収容した容器(1)を、恒温恒湿漕(14)内で加温装置(12)により、ヒトの体温を模した温度まで加温し、
容器(1)の開口を覆うように配置され水蒸気透過性を有する試料保持体(3)上に、創傷被覆材の試料(5)を乗せ、
試料保持体(3)と試料(5)間の空間(6)内にセンサ(7)を配置して、当該空間(6)内の温度および湿度の少なくとも一方を測定することを特徴とする、環境模擬測定方法。

【図1】
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【公開番号】特開2008−89465(P2008−89465A)
【公開日】平成20年4月17日(2008.4.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−271971(P2006−271971)
【出願日】平成18年10月3日(2006.10.3)
【出願人】(000215958)帝國製薬株式会社 (44)
【Fターム(参考)】