説明

石炭灰の放射率スペクトル予測方法および放射率スペクトル予測装置

【課題】石炭灰の放射率スペクトル予測方法および放射率スペクトル予測装置を提供する。
【解決手段】石炭灰の放射率スペクトルを予測する波長帯域を、プランクの黒体放射強度の式で表される波長の関数のピークを含む短波長帯域1と、石炭灰の放射率が波長に対してなだらかに変化する長波長帯域3と、短波長帯域1および長波長帯域3の間の中波長帯域2と、に三分割し、短波長帯域1では、石炭灰の組成の質量分率、石炭灰の温度、波長についての一次式である第1の関数で近似し、長波長帯域3では、石炭灰の組成の質量分率、石炭灰の温度、および波長についての一次式である第2の関数で近似し、中波長帯域2では、短波長帯域1と中波長帯域2と連続的にする第3の関数で近似する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、石炭灰の放射率スペクトル予測方法および放射率スペクトル予測装置に関する。
【背景技術】
【0002】
石炭を主燃料として燃焼させ、燃焼により生じる熱エネルギを水に与え、水から蒸気を生成する装置としては、石炭を微粉炭機(ミル)で微細な粒子(微粉炭)にして、微粉炭をボイラの火炉内の空気中に浮遊させながら燃焼させる微粉炭焚きボイラがよく知られている。
微粉炭焚きボイラは、火炉内の熱を吸収して通流する熱媒体(水/蒸気)を加熱する熱交換器を備えている。熱交換器を設計するためには、熱交換器が壁面を通じて吸収する熱エネルギ(熱吸収量)を推算する必要がある。ここで、熱吸収量のうち、約80%は放射伝熱に由来し、残りの約20%は対流伝熱に由来する。このため、事前に熱交換器の壁面が石炭の燃焼火炎から受ける放射熱流束を予測し、放射伝熱に由来する熱吸収量を推算することが、熱吸収量の推算に重要である。
【0003】
放射伝熱に由来する熱吸収量を推算するための鍵となる技術は、熱交換器の壁面の放射率を予測する技術である。ここで、熱交換器の壁面の放射率は、ボイラで燃焼させる石炭の種類によって異なる。その理由は、燃焼させる石炭の種類によって、熱交換器の壁面に付着する石炭灰の種類が異なり、石炭灰の組成が異なるためである。さらには、熱交換器の設置位置や石炭の燃焼の仕方によって、熱交換器の壁面に付着する石炭灰の温度が異なるためである。
【0004】
したがって、燃焼経験がない石炭を燃焼させる場合の熱交換器の壁面の放射率を予測することが関心事となっており、例えば非特許文献1に開示されているように、いろいろな温度を有する石炭灰に対して、石炭灰の放射率スペクトルを予測する技術が知られている。
【0005】
非特許文献1に記載の石炭灰の放射率スペクトル予測技術では、セルビア石炭灰(セルビア共和国で産出された石炭を微粉炭にして燃焼させた際に生じた石炭灰)の放射率スペクトルを温度範囲302〜1187℃のいろいろな温度に対して放射率スペクトル測定値を再現する計算式を提供している。
図12は、セルビア石炭灰の放射率スペクトルの測定結果の一例を示すグラフである。図13は、非特許文献1に記載の放射率スペクトル測定値を再現する計算式による放射率の計算結果の一例を示すグラフである。ここで、図13の放射率スペクトル測定値を再現する計算式の具体的な式は、次の式(1)の通りである。
【0006】
【数1】

【0007】
式(1)において、εN(λ)は、該計算式による放射率の値を表す。放射率εN(λ)の(λ)は、放射率εN(λ)が波長λ[μm]の関数になっていることを意味する記号である。パラメータεmin[−]、εmax[−]、p[−]、およびλm[μm]は、いずれも石炭灰の温度T[℃]により定まる、波長λ[μm]に依らない定数である。εmin[−]、εmax[−]、p[−]、およびλm[μm]の具体的な石炭灰の温度T[℃]の依存性は、図14に示す通りである。なお、[]は単位系(次元)を示し、[−]は無次元量であることを示す。
【0008】
図12(測定結果)においては、温度範囲302〜1187[℃]のいろいろな温度条件で測定された放射率スペクトルが描画されている。波長8[μm]以上の長波長帯域では、放射率の値は概略0.8〜0.9[−]であり、石炭灰の温度が高くなるにつれて放射率の値は小さくなっている。波長4[μm]以下の短波長帯域では、放射率の値は概略0.15〜0.8[−]であり、石炭灰の温度が高くなるにつれて放射率の値は大きくなっている。
【0009】
図13(式(1)の計算結果)においては、温度範囲302〜1187[℃]のいろいろな温度条件で計算された放射率スペクトルが描画されている。波長8[μm]以上の長波長帯域では、放射率の値は概略0.8〜0.9[−]であり、石炭灰の温度が高くなるにつれて放射率の値は小さくなっている。波長4[μm]以下の短波長帯域では、放射率の値は概略0.25〜0.75[−]であり、石炭灰の温度が高くなるにつれて放射率の値は大きくなっている。
【0010】
これら図12(測定結果)と図13(式(1)の計算結果)との比較より、温度範囲302〜1187[℃]のいろいろな温度において、式(1)による計算結果は、セルビア石炭灰の放射率スペクトルが温度Tの高低によって変化する様子を定性的に再現している。
【0011】
さらに、非特許文献1に記載の放射率スペクトル測定値を再現する計算式(式(1))の定量的な特性について述べる。図15は、セルビア石炭灰の放射率スペクトルの測定結果の一例と、非特許文献1に記載の放射率スペクトル測定値を再現する計算式(式(1))による放射率の計算結果の一例と、を示すグラフである。図15において、○印のプロットは、図12に示した測定結果のうち温度条件727[℃]の測定結果を示すものである。図15の実線の曲線は、図13に示した式(1)の計算結果のうち温度条件727[℃]の計算結果を描画したものである。
【0012】
図15において、計算結果の平均偏差(測定結果に対する計算結果の偏差の二乗平均の平方根)は0.023[−]である。即ち、非特許文献1によって提供されている放射率スペクトルの計算式(式(1))は、放射率スペクトルの測定値を0.023[−]で再現している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】A. Saljnikov、他4名、「Investigation on Thermal Radiation Spectra of Coal Ash Deposits」、International Journal of Heat and Mass Transfer 、(オランダ)、2009年、第52巻、第11−12号、p.2871−2884
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
しかしながら、非特許文献1に記載の放射率スペクトル測定値を再現する計算式(式(1))は、セルビア石炭灰の放射率スペクトル測定結果をフィッティングして求めた計算式であるため、セルビア石炭灰以外の石炭灰の放射率スペクトルを予測できる保証はない。
【0015】
図16は、SP炭灰(ドイツ連邦共和国・シュバルツェプンペ(Schwarze Pumpe)で産出された石炭を微粉炭にして燃焼させた際に生じた石炭灰)の放射率スペクトル測定結果と、非特許文献1に記載の放射率スペクトル測定値を再現する計算式(式(1))による放射率の計算結果の一例と、を示すグラフである。図16において、○印のプロットは、SP炭灰の温度条件742[℃]の放射率スペクトル測定結果をプロットしたものである。図16の実線の曲線は、式(1)の計算結果のうち温度条件742[℃]の計算結果を描画したものである。
【0016】
波長5[μm]以下の帯域において、SP炭灰の測定結果(図16の○印プロット参照)はセルビア石炭灰の測定結果(図15の○印プロット参照)と比較して、波長が短くなるにつれて放射率が急な傾きでほぼ線型に低くなっている。
これに対して計算結果(図16の実線の曲線参照)は、波長が短くなるにつれて放射率が緩やかな傾きで低くなっており、波長の変化に対してほぼ一定になっている。
このように式(1)の計算結果は、SP炭灰の放射率スペクトルの測定結果を定性的に再現していない。
【0017】
計算結果が測定結果を再現しない理由は、放射率スペクトル測定値を再現する計算式(式(1))の関数形の特性による。式(1)の関数形の特性とは、波長λが概略3[μm]以下になると放射率εN(λ)がεminに漸近し、ほぼ一定になるという特性を指す。式(1)の関数形は、セルビア石炭灰の放射率スペクトルの測定結果のフィッティングにより求められたため、セルビア石炭灰以外の石炭灰(例えば、SP炭灰)の特性を表現しない。即ち、非特許文献1によって提供されている放射率スペクトル測定値を再現する計算式(式(1))は、セルビア石炭灰の放射率スペクトルに対してのみ適用できる放射率スペクトル予測技術である。
そのため、いろいろな種類の石炭灰の放射率スペクトルを予測できなかった。特に、いろいろな組成を持つパウダー状石炭灰(微粉炭を燃焼させた際に生じた石炭灰)に対して、放射率を予測できなかった。
【0018】
そこで、本発明は、石炭灰の放射率スペクトル予測方法および放射率スペクトル予測装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
このような課題を解決するために、本発明は、石炭灰の放射率スペクトルを予測する波長帯域を、プランクの黒体放射強度の式で表される波長の関数のピークを含む波長帯域である短波長帯域と、石炭灰の放射率が波長に対してなだらかに変化する波長帯域である長波長帯域と、前記短波長帯域および前記長波長帯域の間の波長帯域である中波長帯域と、に三分割し、前記短波長帯域では、前記放射率を、石炭灰の第1の組成群の組成の質量分率、石炭灰の温度、および波長についての一次式である第1の関数で近似し、前記長波長帯域では、前記放射率を、石炭灰の第1の組成群の組成の質量分率、石炭灰の温度、および波長についての一次式でありかつ前記第1の関数とは異なる第2の関数で近似し、前記中波長帯域では、前記放射率を、前記短波長帯域と前記中波長帯域との境界において前記第1の関数と連続的に接続し、前記中波長帯域と前記長波長帯域との境界において前記第2の関数と連続的に接続する第3の関数で近似することを特徴とする石炭灰の放射率スペクトル予測方法である。
【0020】
また、本発明は、石炭灰の組成の質量分率が入力される入力部と、前記入力部から入力された石炭灰の組成の質量分率に基づいて、石炭灰の放射率スペクトルを予測する演算部と、石炭灰の放射率スペクトルを予測するための関数を記憶する記憶部と、を備える石炭灰の放射率スペクトル予測装置であって、前記記憶部は、前記石炭灰の放射率スペクトルを予測するための関数について、プランクの黒体放射強度の式で表される波長の関数のピークを含む波長帯域である短波長帯域に用いる第1の関数と、石炭灰の放射率が波長に対してなだらかに変化する波長帯域である長波長帯域 に用いる第2の関数と、前記短波長帯域および前記長波長帯域の間の波長帯域である中波長帯域に用いる第3の関数と、に三分割して記憶しており、前記演算部は、前記短波長帯域では、前記放射率を、石炭灰の第1の組成群の組成の質量分率、石炭灰の温度、および波長についての一次式である前記第1の関数で近似し、前記長波長帯域では、前記放射率を、石炭灰の第1の組成群の組成の質量分率、石炭灰の温度、および波長についての一次式でありかつ前記第1の関数とは異なる前記第2の関数で近似し、前記中波長帯域では、前記放射率を、前記短波長帯域と前記中波長帯域との境界において前記第1の関数と連続的に接続し、前記中波長帯域と前記長波長帯域との境界において前記第2の関数と連続的に接続する前記第3の関数で近似して石炭灰の放射率スペクトルを予測することを特徴とする石炭灰の放射率スペクトル予測装置である。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、石炭灰の放射率スペクトル予測方法および放射率スペクトル予測装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】第1実施形態に係る石炭灰の放射率スペクトル予測装置の構成図である。
【図2】第1実施形態に係る石炭灰の放射率スペクトルの予測結果の一例を示すグラフである。
【図3】プランクの黒体放射強度の相対値の一例を示すグラフである。
【図4】パウダー状石炭灰の放射率スペクトルの測定結果の一例を示すグラフである。
【図5】第1実施形態に係る放射率スペクトルの予測結果の一例と、比較例に係る放射率スペクトルの一例と、放射率スペクトルの測定結果の一例と、を示すグラフであり、(a)はSP炭灰、(b)はSH炭灰、(c)はHB炭灰である。
【図6】第1実施形態の予測結果に基づく吸収率の一例と、比較例に基づく吸収率の一例と、真値と、を示すグラフであり、(a)はSP炭灰、(b)はSH炭灰、(c)はHB炭灰である。
【図7】第2実施形態に係る石炭灰の放射率スペクトルの予測結果の一例を示すグラフである。
【図8】第2実施形態に係る放射率スペクトルの予測結果の一例と、比較例に係る放射率スペクトルの一例と、放射率スペクトルの測定結果の一例と、を示すグラフであり、(a)はSP炭灰、(b)はSH炭灰、(c)はHB炭灰である。
【図9】第2実施形態の予測結果に基づく吸収率の一例と、比較例に基づく吸収率の一例と、真値と、を示すグラフであり、(a)はSP炭灰、(b)はSH炭灰、(c)はHB炭灰である。
【図10】、第1実施形態、第2実施形態および比較例に係る石炭灰の放射率スペクトルの平均偏差を示す図である。
【図11】第1実施形態、第2実施形態および比較例に係る石炭灰の放射率スペクトルから計算した吸収率の偏差の大きさを示す図である。
【図12】セルビア石炭灰の放射率スペクトルの測定結果の一例を示すグラフである。
【図13】非特許文献1に記載の放射率スペクトル測定値を再現する計算式による放射率の計算結果の一例を示すグラフである。
【図14】非特許文献1に記載の放射率スペクトル測定値を再現する計算式におけるパラメータを示す図である。
【図15】セルビア石炭灰の放射率スペクトルの測定結果の一例と、非特許文献1に記載の放射率スペクトル測定値を再現する計算式による放射率の計算結果の一例と、を示すグラフである。
【図16】SP炭灰の放射率スペクトル測定結果と、非特許文献1に記載の放射率スペクトル測定値を再現する計算式による放射率の計算結果の一例と、を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明を実施するための形態(以下「実施形態」という)について、適宜図面を参照しながら詳細に説明する。なお、各図において、共通する部分には同一の符号を付し重複した説明を省略する。
【0024】
≪第1実施形態≫
<石炭灰の放射率スペクトル予測装置100>
図1は、第1実施形態に係る石炭灰の放射率スペクトル予測装置100の構成図である。
石炭灰の放射率スペクトル予測装置100は、例えば、コンピュータ装置であり、入力部110と、電源投入時等のイニシャルブートプログラムが格納されているROM(Read Only Memory)120と、ワーキングメモリとして使用されるRAM(Random Access Memory)130と、OS(Operations System)や石炭灰の放射率スペクトルを予測するためのアプリケーションプログラムが格納されているHDD(Hard Disc Drive)140と、演算部としてのCPU(Central Processing Unit)150と、出力部160と、を備え、各部はバスラインで接続されている。
【0025】
CPU150は、HDD140に格納されている石炭灰の放射率スペクトルを予測するためのアプリケーションプログラムを実行することにより、入力部110から入力された情報に基づいて、石炭灰の放射率スペクトルを演算(予測)し、その結果を出力部160に出力することができるようになっている。
具体的には、入力部110から石炭灰の構成分率が入力され、放射率スペクトル(後記するEMI(λ,TASH))を出力することができるようになっている。
なお、放射率スペクトルを予測する波長λの波長帯域(以下の説明においては、2〜16[μm]とする)や、放射率スペクトルを予測する灰温度TASHの温度範囲(以下の説明では、500〜1100[℃]とする)を、入力部110から入力することができるようになっていてもよい。
【0026】
<石炭灰の放射率スペクトル予測方法>
CPU150が実行する石炭灰の放射率スペクトル予測について説明する。
図2は、第1実施形態に係る石炭灰の放射率スペクトルの予測結果の一例を示すグラフである。
図2に示すように、放射率スペクトルを予測する波長帯域(ここでは、2〜16[μm]とする)を短波長帯域1、中波長帯域2、および、長波長帯域3に3分割している。なお、図2において、短波長帯域1は2〜4[μm]の波長帯域であり、中波長帯域2は4〜8[μm]の波長帯域であり、長波長帯域3は8〜16[μm]の波長帯域である。
【0027】
ここで、図3を用いて、短波長帯域1の波長帯域(換言すれば、短波長帯域1と中波長帯域2との境界)について説明する。
図3は、プランクの黒体放射強度の相対値の一例を示すグラフである。横軸は波長λ[μm]であり、縦軸は波長λ=2[μm],温度T=500[℃]におけるプランクの黒体放射強度を1とするプランクの黒体放射強度の相対値である。
なお、プランクの黒体放射強度IB(λ,T) [MW/(m2 μm)]は、式(2)に示す通りであり、λは波長[μm]、Tは温度[℃]、C1は第1定数(1.193×10-16[Wm])、C2は第2定数(0.01440[Km])である。
【0028】
【数2】

【0029】
図3には、温度T=500,600,800,1000,1200[℃]に仮定した場合におけるプランクの黒体放射強度の相対値と波長λとの関係が示されている。図3に示すように、短波長帯域1において、プランクの黒体放射強度はピークを持っている。即ち、短波長帯域1には、波長λに対するプランクの黒体放射強度の変化が大きい領域(プランクの黒体放射強度のピークよりも短波長側)が含まれるようになっている。
換言すれば、プランクの黒体放射強度のピークが短波長帯域1に含まれるように、短波長帯域1(短波長帯域1と中波長帯域2との境界)を設定する。本実施形態では、短波長帯域1と中波長帯域2との境界を4[μm]として説明する。
【0030】
なお、プランクの黒体放射強度を算出する温度(図3において、500,600,800,1000,1200[℃])は、石炭灰の放射率測定実験の温度範囲(例えば、500〜1100[℃])に準拠するように設定する。
【0031】
ここで、図3に示すように、温度Tが減少するほど、プランクの黒体放射強度がピークとなる波長λは大きくなる。このため、温度範囲の下限値(ここでは、500[℃])が短波長帯域1と中波長帯域2との境界を設定する場合において重要となる。
ここでは、石炭灰の放射率スペクトル予測を、微粉炭焚きボイラにおける放射伝熱に由来する熱吸収量を推算に用いる場合には、微粉炭焚きボイラの火炉水壁の中を流れる蒸気の温度が400〜500℃であること、及び、火炉内部の温度は火炉水壁よりも高いことから、温度範囲の下限値を500[℃]と設定し、短波長帯域1と中波長帯域2との境界を4[μm]とした。
【0032】
次に、図4を用いて、長波長帯域3の波長帯域(換言すれば、中波長帯域2と長波長帯域3との境界)について説明する。
図4は、パウダー状石炭灰の放射率スペクトルの測定結果の一例を示すグラフである。図4に示されている3本の曲線は、いろいろな石炭灰のうち3種類の灰(SP炭灰、SH炭灰(ドイツ連邦共和国・シュレーンハイン(Schleenhain)で産出された石炭を微粉炭にして燃焼させた際に生じた石炭灰)およびHB炭灰(ドイツ連邦共和国・ハムバッハ(Hambach)で産出された石炭を微粉炭にして燃焼させた際に生じた石炭灰))の、放射率スペクトルの測定結果である。なお、SP炭灰については灰温度555[℃]の条件における測定結果であり、SH炭灰については灰温度563[℃]の条件における測定結果であり、HB炭灰については灰温度567[℃]の条件における測定結果である。
【0033】
図4に示すように、長波長帯域3において、パウダー状石炭灰の放射率は、短波長帯域1および中波長帯域2と比較して、波長に対してなだらかに変化する。
換言すれば、パウダー状石炭灰の放射率が波長に対してなだらかに変化する領域が長波長帯域3となるように、長波長帯域3(中波長帯域2と長波長帯域3との境界)を設定する。本実施形態では、中波長帯域2と長波長帯域3との境界を8[μm]として説明する。
【0034】
なお、パウダー状石炭灰の放射率が波長に対してなだらかに変化する領域(即ち、中波長帯域2と長波長帯域3との境界とする波長)は、図12に示すように温度によらずほぼ一定であり、図4に示すように石炭灰の種類によらずほぼ一定である。
【0035】
図2に戻り、第1実施形態に係る石炭灰の放射率スペクトルの予測結果について説明する。
図2に示されている1本の曲線は、放射率スペクトルの予測結果の一例である。該予測結果は、石炭灰の放射率スペクトル予測装置100(CPU150)により演算(予測)された放射率スペクトルEMI(λ,TASH)であり、その関数形は各波長帯域(短波長帯域1、中波長帯域2、長波長帯域3)において場合分けして与えられる。
【0036】
短波長帯域1においては、石炭灰の組成の質量分率、石炭灰の温度、および波長についての一次式で与えられる。長波長帯域3においては、石炭灰の組成の質量分率、石炭灰の温度、および波長についての一次式(第1の関数)で与えられ、かつ、その一次式は短波長帯域1での一次式とは別の一次式(第2の関数)で与えられる。中波長帯域2においては、短波長帯域1で与えられた一次式(第1の関数)と長波長帯域3で与えられた一次式(第2の関数)とを連続的に接続する滑らかな関数(第3の関数)で与えられる。
【0037】
短波長帯域1(図2参照)において、石炭灰の組成の質量分率、石炭灰の温度および波長についての一次式で与えられる放射率スペクトルの関数形(第1の関数)は、具体的には式(3)で与えられる。
【0038】
【数3】

【0039】
ここで、XSiO2、XAl2O3、XFe2O3、XCaOおよびXMgOは、石炭灰に含まれる組成のうちの五種類の組成SiO、Al、CaO、FeOおよびMgOの和に対する各組成の質量分率[kg/kg]である。TASHは、灰温度[℃]である。λは、波長[μm]である。
ASSiO2、ASAlO2、ASFe2O3、ASCaO、ASMgO、BSM、CSMおよびASM0は、後記する所定の算出方法(第1の定数算出方法)で値が定まる定数である。
【0040】
なお、日本工業規格「JIS M 8815 石炭灰及びコークス灰の分析方法」には、五種類の組成物SiO、Al、CaO、FeOおよびMgO(石炭灰の第1の組成群)の分析方法が示されており、石炭灰における五種類の組成物の質量分率(XSiO2、XAl2O3、XFe2O3、XCaOおよびXMgO)は分析することができるようになっている。
【0041】
長波長帯域3(図2参照)において、石炭灰の組成の質量分率、石炭灰の温度および波長についての一次式で与えられる放射率スペクトルの関数形(第2の関数)は、具体的には式(4)で与えられる。
【0042】
【数4】

【0043】
ここで、ALSiO2、ALAlO2、ALFe2O3、ALCaO、ALMgO、BLM、CLMおよびALM0は、後記する所定の算出方法(第1の定数算出方法)で値が定まる定数である。
【0044】
中波長帯域2(図2参照)において、短波長帯域1で与えられた一次式(第1の関数)と長波長帯域3で与えられた一次式(第2の関数)とを連続的に接続する滑らかな関数(第3の関数)は、具体的には式(5)で与えられる。
【0045】
【数5】

【0046】
ここで、DM0、DM1、DM2、および、DM3は定数である。なお、中波長帯域2における放射率スペクトルの関数形(第3の関数)は、短波長帯域1と中波長帯域2との境界点における放射率スペクトルの値および傾きが等しくなるように拘束され、中波長帯域2と長波長帯域3との境界点における放射率スペクトルの値および傾きが等しくなるように拘束されるため、4つの定数(DM、DM、DM、および、DM)で定義する3次関数とした。
定数DM0、DM1、DM2、および、DM3は、具体的には式(6)から式(9)で与えられる。
【0047】
【数6】

【0048】
【数7】

【0049】
【数8】

【0050】
【数9】

【0051】
ここで、CSMは短波長帯域1で与えられた一次式(第1の関数:式(3)参照)における定数CSMと等しく、CLMは長波長帯域3で与えられた一次式(第2の関数:式(4)参照)における定数CLMと等しい。
ESMおよびELMは、具体的には式(10)および式(11)で与えられる。なお、式(10)は式(3)において、λ=4[μm]としたものと等しく、式(11)は式(4)においてλ=8[μm]としたものと等しい。
【0052】
【数10】

【0053】
【数11】

【0054】
<効果>
第1実施形態に係る石炭灰の放射率スペクトル予測装置100(CPU150)により演算(予測)された放射率スペクトルEMI(λ,TASH)と、放射率スペクトルの測定結果と、後記する比較例に係る放射率スペクトルと、を対比しつつ、効果を説明する。
図5は、第1実施形態に係る放射率スペクトルの予測結果の一例と、比較例に係る放射率スペクトルの一例と、放射率スペクトルの測定結果の一例と、を示すグラフであり、(a)はSP炭灰、(b)はSH炭灰、(c)はHB炭灰である。
【0055】
図5(a)から(c)において、破線で示す測定結果とは、パウダー状石炭灰((a)はSP炭灰、(b)はSH炭灰、(c)はHB炭灰)の放射率スペクトルを所定の灰温度TASHで測定した結果であり、図4に示すそれぞれのパウダー状石炭灰の曲線と同一である。
なお、灰温度TASHは、(a)のSP炭灰においては555[℃]、(b)のSH炭灰においては563[℃]、(c)のHB炭灰においては567[℃]として、測定を行った。
【0056】
図5(a)から(c)において、実線で示す予測結果とは、第1実施形態に係る石炭灰の放射率スペクトル予測装置100(CPU150)により演算(予測)された放射率スペクトルEMI(λ,TASH)、即ち、式(3)から式(11)により演算し描画された曲線であり、前記した図2に示されている曲線に相当するものである。
なお、灰温度TASHは、測定結果と同様に、図5(a)のSP炭灰においては555[℃]、図5(b)のSH炭灰においては563[℃]、図5(c)のHB炭灰においては567[℃]として、演算(予測)を行った。
【0057】
図5(a)から(c)に示すように、SP炭灰、SH炭灰およびHB炭灰のいずれにおいても、予測結果(実線)は測定結果(破線)を近似している。
【0058】
ここで、後記する吸収率を推定する方法として、放射率スペクトルを波長λによらない一定の値として吸収率を推算する方法が知られている。このため、放射率スペクトルを波長λによらない一定の値とした場合を比較例とし、第1実施形態に係る放射率スペクトルの予測結果EMI(λ,TASH)と比較例とを対比する。
図5(a)から(c)において、一点鎖線で示す平均値とは、放射率スペクトルの測定結果(図5において破線で示す)のプランク平均値EMIAVE(TASH)を算出し描画された直線である(比較例)。
なお、放射率スペクトルの測定結果のプランク平均値EMIAVE(TASH)は、式(12)に示す通りであり、λは波長[μm]、TASHは灰温度[℃]、EMIACT(λ,TASH)は放射率スペクトルの測定結果、IB(λ,TASH)はプランクの黒体放射強度[MW/(m2 μm)]、λ1は積分範囲の下限波長[μm]、λ2は積分範囲の上限波長[μm]である。本説明において、放射率スペクトルを予測する波長λの波長帯域を2〜16[μm]としているため、λ1=2[μm],λ2=16[μm]となる。なお、放射率スペクトルを予測する波長λの波長帯域を限定しない場合、λ1=0[μm],λ2=∞[μm]となる。
【0059】
【数12】

【0060】
ここで、図10に、第1実施形態の予測結果の平均偏差と比較例(平均値)の平均偏差を示す。なお、図10には、第2実施形態の予測結果の平均偏差も記載されているが、これについては、後記する第2実施形態において説明する。ここで、平均偏差とは、測定結果に対する予測結果(比較例においては、プランク平均値)の偏差の二乗平均の平方根である。
図10に示すように、第1実施形態の予測結果の平均偏差は、SP炭灰で0.050、SH炭灰で0.100、HB炭灰で0.104であった。一方、比較例(平均値)の平均偏差は、SP炭灰で0.156、SH炭灰で0.191、HB炭灰で0.189であった。
このように、第1実施形態の予測結果は、SP炭灰、SH炭灰、HB炭灰の全てにおいて、比較例(平均値)よりも平均偏差が小さくなっている。即ち、第1実施形態の予測結果は、比較例(平均値)よりも、好適に放射率スペクトルを表している。
【0061】
次に、第1実施形態係る石炭灰の放射率スペクトルの予測結果EMI(λ,TASH)から計算した吸収率と、比較例に係るプランク平均値EMIAVE(TASH)から計算した吸収率とを対比する。
図6は、第1実施形態の予測結果に基づく吸収率の一例と、比較例に基づく吸収率の一例と、真値と、を示すグラフであり、(a)はSP炭灰、(b)はSH炭灰、(c)はHB炭灰である。
【0062】
図6(a)から(c)において、破線で示す真値とは、図5(a)から(c)に示す測定結果EMIACT(λ,TASH)(図5において破線で示す)で示される放射率の値を用いて、後記する式(13)により吸収率ABSACT(TASH,TF)を計算し、火炎温度TF=1500〜2000[℃]の範囲で描画されたものである。なお、火炎温度TFの範囲を1500〜2000[℃]に採った理由は,ボイラの火炉の典型的な温度が1500〜2000[℃]であることによる。
【0063】
図6(a)から(c)において、実線で示す予測結果からの計算値とは、図5(a)から(c)に示す予測結果EMI(λ,TASH)(図5において実線で示す)で示される放射率の値を用いて、後記する式(13)により吸収率ABS(TASH,TF)を計算し、火炎温度TF=1500〜2000[℃]の範囲で描画されたものである。
【0064】
図6(a)から(c)において、一点鎖線で示す平均値からの計算値とは、図5(a)から(c)に示すプランク平均値EMIAVE(TASH)(図5において一点鎖線で示す)で示される放射率の値を用いて、後記する式(13)により吸収率ABSAVE(TASH,TF)を計算し、描画されたものである。
【0065】
予測結果からの計算値である吸収率ABS(TASH,TF)は、式(13)に示す通りであり、λは波長[μm]、TASHは灰温度[℃]、TFは火炎温度[℃]、EMI(λ,TASH)は放射線スペクトルの予測結果、IB(λ,TF)はプランクの黒体放射強度[MW/(m2 μm)]、λ1は積分範囲の下限波長[μm]、λ2は積分範囲の上限波長[μm]である。本説明において、放射率スペクトルを予測する波長λの波長帯域を2〜16[μm]としているため、λ1=2[μm],λ2=16[μm]となる。なお、放射率スペクトルを予測する波長λの波長帯域を限定しない場合、λ1=0[μm],λ2=∞[μm]となる。
【0066】
【数13】

【0067】
なお、真値である吸収率ABSACT(TASH,TF)は、式(13)のABS(TASH,TF)をABSACT(TASH,TF)に、EMI(λ,TASH)をEMIACT(λ,TASH)に読み替えればよい。
また、平均値からの計算値である吸収率ABSAVE(TASH,TF)は、式(13)のABS(TASH,TF)をABSAVE(TASH,TF)に、EMI(λ,TASH)をEMIAVE(TASH)に読み替えればよい。
【0068】
ここで、図11に、第1実施形態の予測結果から計算した吸収率の偏差の大きさと、比較例(平均値)から計算した吸収率の偏差の大きさと、を示す。なお、図11には、第2実施形態の予測結果から計算した吸収率の偏差の大きさも記載されているが、これについては、後記する第2実施形態において説明する。
真値を基準とした予測結果からの計算値の偏差の大きさは、火炎温度1500〜2000℃の範囲において、SP炭灰で7〜8%、SH炭灰で16〜17%、HB炭灰で17〜18%であった。一方、真値を基準とした平均値(比較例)から計算した吸収率の偏差の大きさは、火炎温度1500〜2000℃の範囲において、SP炭灰で15〜18%、SH炭灰で23〜28%、HB炭灰で24〜29%であった。
このように、第1実施形態の予測結果から計算した吸収率は、SP炭灰、SH炭灰、HB炭灰の全てにおいて、比較例(平均値)から計算した吸収率よりも偏差の大きさが小さくなっている。即ち、第1実施形態の予測結果は、比較例(平均値)よりも、好適に吸収率を推算することができる。
【0069】
以上のように、第1実施形態に係る石炭灰の放射率スペクトル予測装置100は、波長帯域を短波長領域1、中波長領域2、長波長領域3に3分割し、分割した各波長帯域ごとに与えられた関数形(式(3)から式(11)参照)で放射率を算出し、図2に示される曲線のように放射率スペクトルの予測結果を得ることができる。その結果、図5および図10に示すように、いろいろな組成を持つパウダー状石炭灰の放射率スペクトルを平均偏差0.050〜0.104[−]で予測することができる。また、図6および図11に示すように、第1実施形態の予測結果は、比較例(プランク平均値)よりも好適に吸収率を推算することができる。
【0070】
なお、第1実施形態によれば、石炭灰の組成の質量分率(XSiO2、XAl2O3、XFe2O3、XCaOおよびXMgO)さえ測定できれば、放射率スペクトルの予測結果を得られる。このため、燃焼経験がない石炭であっても、放射率スペクトルの予測結果を得られる。なお、石炭灰の組成の質量分率(XSiO2、XAl2O3、XFe2O3、XCaOおよびXMgO)は、日本工業規格「JIS M 8815 石炭灰及びコークス灰の分析方法」により分析することができる。
【0071】
≪第2実施形態≫
第2実施形態係る石炭灰の放射率スペクトル予測装置について説明する。第2実施形態に係る石炭灰の放射率スペクトル予測装置は、第1実施形態に係る石炭灰の放射率スペクトル予測装置100(図1参照)と石炭灰の放射率スペクトル予測方法が異なる点を除けば構成は同様であり、説明を省略する。
【0072】
<石炭灰の放射率スペクトル予測方法>
CPU150が実行する石炭灰の放射率スペクトル予測について説明する。
図7は、第2実施形態に係る石炭灰の放射率スペクトルの予測結果の一例を示すグラフである。
図7に示すように、放射率スペクトルを予測する波長帯域(ここでは、2〜16[μm]とする)を第1実施形態(図2参照)と同様に、短波長帯域1、中波長帯域2、および、長波長帯域3に3分割している。なお、図7において、短波長帯域1は2〜4[μm]の波長帯域であり、中波長帯域2は4〜8[μm]の波長帯域であり、長波長帯域3は8〜16[μm]の波長帯域である。
【0073】
第2実施形態に係る石炭灰の放射率スペクトルの予測結果について説明する。
図7に示されている1本の曲線は、放射率スペクトルの予測結果の一例である。該予測結果は、石炭灰の放射率スペクトル予測装置100(CPU150)により演算(予測)された放射率スペクトルEMI(λ,TASH)であり、その関数形は各波長帯域(短波長帯域1、中波長帯域2、長波長帯域3)において場合分けして与えられる。
【0074】
短波長帯域1においては、石炭灰の組成の質量分率、石炭灰の組成の質量分率の双曲線正接関数、石炭灰の温度、および波長についての一次式で与えられる。長波長帯域3においては、石炭灰の組成の質量分率、石炭灰の組成の質量分率の双曲線正接関数、石炭灰の温度、および波長についての一次式(第1の関数)で与えられ、かつ、その一次式は短波長帯域1での一次式とは別の一次式(第2の関数)で与えられる。中波長帯域2においては、短波長帯域1で与えられた一次式(第1の関数)と長波長帯域3で与えられた一次式(第2の関数)とを連続的に接続する滑らかな関数(第3の関数)で与えられる。
【0075】
短波長帯域1(図7参照)において、石炭灰の組成の質量分率、石炭灰の組成の質量分率の双曲線正接関数、石炭灰の温度および波長についての一次式で与えられる放射率スペクトルの関数形(第1の関数)は、具体的には式(14)で与えられる。
【0076】
【数14】

【0077】
ここで、XSiO2、XAl2O3、XFe2O3、XCaOおよびXMgOは、石炭灰に含まれる組成のうちの五種類の組成SiO、Al、CaO、FeOおよびMgOの和に対する各組成の質量分率[kg/kg]である。TASHは、灰温度[℃]である。λは、波長[μm]である。
ASSiO2、ASAlO2、ASFe2O3、ASCaO、ASMgO、BSM、CSMおよびASM0は、後記する所定の算出方法(第1の定数算出方法)で値が定まる定数である。
【0078】
TiO2、XNa2O、XK2O、XSO3およびXP2O5は、試料全体に対する各組成(TiO、NaO、KO、SOおよびP)の質量分率[kg/kg]である。
ASTiO2、ASNa2O、ASK2O、ASSO3、ASP2O5、YTiO2、YNa2O、YK2O、YSO3、YP2O5、BSS、CSS、ASSは、後記する所定の算出方法(第2の定数算出方法)で値が定まる定数である。
【0079】
なお、日本工業規格「JIS M 8815 石炭灰及びコークス灰の分析方法」には、前段の五種類の組成SiO、Al、CaO、FeO、MgO(石炭灰の第1の組成群)、および、後段の五種類の組成TiO、NaO、KO、SO、P(石炭灰の第2の組成群)の分析方法が示されており、石炭灰における十種類の組成物の質量分率(XSiO2、XAl2O3、XFe2O3、XCaO、XMgO、XTiO2、XNa2O、XK2O、XSO3およびXP2O5)は分析することができるようになっている。
【0080】
長波長帯域3(図7参照)において、石炭灰の組成の質量分率、石炭灰の組成の質量分率の双曲線正接関数、石炭灰の温度および波長についての一次式で与えられる放射率スペクトルの関数形(第2の関数)は、具体的には式(15)で与えられる。
【0081】
【数15】

【0082】
ここで、ALSiO2、ALAlO2、ALFe2O3、ALCaO、ALMgO、BLM、CLMおよびALM0は、後記する所定の算出方法(第1の定数算出方法)で値が定まる定数である。
ALTiO2、ALNa2O、ALK2O、ALSO3、ALP2O5BLS、CLS、ALSは、後記する所定の算出方法(第2の定数算出方法)で値が定まる定数である。
【0083】
中波長帯域2(図1参照)において、短波長帯域1で与えられた一次式(第1の関数)と長波長帯域3で与えられた一次式(第2の関数)とを連続的に接続する滑らかな関数(第3の関数)は、具体的には式(16)で与えられる。
【0084】
【数16】

【0085】
ここで、DM0、DM1、DM2、DM3、DS0、DS1、DS2およびDS3は定数である。
定数DM0、DM1、DM2、および、DM3は、具体的には第1実施形態において説明した式(6)から式(9)で与えられる。
定数DS0、DS1、DS2、および、DS3は、具体的には式(17)から式(20)で与えられる。
【0086】
【数17】

【0087】
【数18】

【0088】
【数19】

【0089】
【数20】

【0090】
ここで、CSSは短波長帯域1で与えられた一次式(第1の関数:式(14)参照)における定数CSSと等しく、CLSは長波長帯域3で与えられた一次式(第3の関数:式(15)参照)における定数CLSと等しい。
ESSおよびELSは、具体的には式(21)および式(22)で与えられる。
【0091】
【数21】

【0092】
【数22】

【0093】
<効果>
第2実施形態に係る石炭灰の放射率スペクトル予測装置により演算(予測)された放射率スペクトルEMI(λ,TASH)と、放射率スペクトルの測定結果と、前記した比較例に係る放射率スペクトルと、を対比しつつ、効果を説明する。
図8は、第2実施形態に係る放射率スペクトルの予測結果の一例と、比較例に係る放射率スペクトルの一例と、放射率スペクトルの測定結果の一例と、を示すグラフであり、(a)はSP炭灰、(b)はSH炭灰、(c)はHB炭灰である。
【0094】
図8(a)から(c)において、破線で示す測定結果は、第1実施形態の測定結果(図5において破線で示す)と同じものである。また、一点鎖線で示す平均値(比較例)は、第1実施形態のプランク平均値(図5において一点鎖線で示す)と同じものである。
【0095】
図8(a)から(c)において、実線で示す予測結果とは、第2実施形態に係る石炭灰の放射率スペクトル予測装置により演算(予測)された放射率スペクトルEMI(λ,TASH)、即ち、式(14)から式(22)により演算し描画された曲線であり、前記した図7に示されている曲線に相当するものである。
なお、灰温度TASHは、測定結果と同様に、図8(a)のSP炭灰においては555[℃]、図8(b)のSH炭灰においては563[℃]、図8(c)のHB炭灰においては567[℃]として、演算(予測)を行った。
【0096】
図8(a)から(c)に示すように、SP炭灰、SH炭灰およびHB炭灰のいずれにおいても、予測結果(実線)は測定結果(破線)を近似している。
【0097】
ここで、図10に、第2実施形態の予測結果の平均偏差と、第1実施形態の予測結果の平均偏差と、比較例(平均値)の平均偏差を示す。
図10に示すように、第2実施形態の予測結果の平均偏差は、SP炭灰で0.033、SH炭灰で0.052、HB炭灰で0.052であった。
このように、第2実施形態の予測結果は、SP炭灰、SH炭灰、HB炭灰の全てにおいて、第1実施形態の予測結果および比較例(平均値)よりも平均偏差が小さくなっている。即ち、第2実施形態の予測結果は、第1実施形態の予測結果および比較例(平均値)よりも、好適に放射率スペクトルを表している。
【0098】
次に、第2実施形態係る石炭灰の放射率スペクトルの予測結果EMI(λ,TASH)から計算した吸収率と、比較例に係るプランク平均値EMIAVE(TASH)から計算した吸収率とを対比する。
図9は、第2実施形態の予測結果に基づく吸収率の一例と、比較例に基づく吸収率の一例と、真値と、を示すグラフであり、(a)はSP炭灰、(b)はSH炭灰、(c)はHB炭灰である。
【0099】
図9(a)から(c)において、破線で示す真値は、第1実施形態の真値(図6におい破線で示す)と同じものである。また、一点鎖線で示す平均値からの計算値(比較例)は、第1実施形態の平均値からの計算値(図6におい一点鎖線で示す)と同じものである。
【0100】
図9(a)から(c)において、実線で示す予測結果からの計算値とは、図8(a)から(c)に示す予測結果EMI(λ,TASH)(図8において実線で示す)で示される放射率の値を用いて、前記した式(13)により吸収率ABS(TASH,TF)を計算し、火炎温度TF=1500〜2000[℃]の範囲で描画されたものである。
【0101】
ここで、図11に、第2実施形態の予測結果から計算した吸収率の偏差の大きさと、第1実施形態の予測結果から計算した吸収率の偏差の大きさと、比較例(平均値)から計算した吸収率の偏差の大きさと、を示す。
真値を基準とした第2実施形態の予測結果からの計算値の偏差の大きさは、火炎温度1500〜2000℃の範囲において、SP炭灰で5〜6%、SH炭灰で7〜8%、HB炭灰で15〜16%であった。
このように、第2実施形態の予測結果から計算した吸収率は、SP炭灰、SH炭灰、HB炭灰の全てにおいて、第1実施形態の予測結果から計算した吸収率および比較例(平均値)から計算した吸収率よりも偏差の大きさが小さくなっている。即ち、第2実施形態の予測結果は、第1実施形態の予測結果および比較例(平均値)よりも、好適に吸収率を推算することができる。
【0102】
以上のように、第2実施形態に係る石炭灰の放射率スペクトル予測装置は、波長帯域を短波長領域1、中波長領域2、長波長領域3に3分割し、分割した各波長帯域ごとに与えられた関数形(式(14)から式(22)参照)で放射率を算出し、図7に示される曲線のように放射率スペクトルの予測結果を得ることができる。その結果、図8および図10に示すように、いろいろな組成を持つパウダー状石炭灰の放射率スペクトルを平均偏差0.033〜0.052[−]で予測することができる。特に、第2実施形態の予測結果は、第1実施形態の予測結果よりも小さな平均偏差で測定結果を予測でき、いろいろな組成を持つパウダー状石炭灰の放射率を、より精度高く予測することができる。また、図9および図11に示すように、第2実施形態の予測結果は、第1実施形態の予測結果および比較例(プランク平均値)よりも好適に吸収率を推算することができる。
【0103】
なお、第2実施形態によれば、石炭灰の組成の質量分率(XSiO2、XAl2O3、XFe2O3、XCaO、XMgO、XTiO2、XNa2O、XK2O、XSO3およびXP2O5)さえ測定できれば、放射率スペクトルの予測結果を得られる。このため、燃焼経験がない石炭であっても、放射率スペクトルの予測結果を得られる。なお、石炭灰の組成の質量分率(XSiO2、XAl2O3、XFe2O3、XCaO、XMgO、XTiO2、XNa2O、XK2O、XSO3およびXP2O5)は、日本工業規格「JIS M 8815 石炭灰及びコークス灰の分析方法」により分析することができる。
【0104】
≪第1の定数算出方法≫
式(3)の定数ASSiO2、ASAlO2、ASFe2O3、ASCaO、ASMgO、BSM、CSMおよびASM0、および、式(4)の定数ALSiO2、ALAlO2、ALFe2O3、ALCaO、ALMgO、BLM、CLMおよびALM0の算出方法について説明する。
【0105】
各定数の算出は、五種類の酸化物SiO、Al、Fe、CaOおよびMgOのパウダー状試料の放射率スペクトルの測定データのフィッティングによる。
五種類の酸化物のうち、SiO、AlおよびMgOのパウダー状試料の放射率スペクトルの測定データは、例えば非特許文献2(S. Linka: Untersuchung der Eigenschaften von Schulacken und Schmelzen in technischen Feuerungen: Dissertation zur Erlangung des Grades Doktor-Ingenier、 Ruhr-Univerasitaet Bochum、 2003 (in German))に開示されている。
また、FeおよびCaOのパウダー状試料の放射率スペクトルの測定データは、例えば非特許文献3(S. Bohnes: Strahlungs- und Waermeleitungseigenschaften von Aschen und Ablagerungen aus Kohlefeuerungen: Dissertation zur Erlangung des Grades Doktor-Ingenier、 Ruhr-Univerasitaet Bochum、 2008 (in German))に開示されている。
【0106】
五種類の酸化物のパウダー状試料の放射率スペクトルの測定データのうち、短波長帯域1(図2参照)に相当する波長4μm以下の帯域の測定データのみを利用して、式(3)で表される関数形を仮定し、フィッティングすることにより、定数ASSiO2、ASAlO2、ASFe2O3、ASCaO、ASMgO、BSM、CSMおよびASM0の値を求めた。
また、長波長帯域3(図2参照)に相当する波長8μm以上の帯域の測定データのみを利用して、式(4)で表される関数形を仮定し、フィッティングすることにより、
定数ALSiO2、ALAlO2、ALFe2O3、ALCaO、ALMgO、BLM、CLMおよびALM0の値を求めた。
【0107】
≪第2の定数算出方法≫
式(14)の定数ASTiO2、ASNa2O、ASK2O、ASSO3、ASP2O5、YTiO2、YNa2O、YK2O、YSO3、YP2O5、BSS、CSS、ASS、および、式(15)の定数ALTiO2、ALNa2O、ALK2O、ALSO3、ALP2O5BLS、CLS、ALSの算出方法について説明する。
【0108】
各定数の算出は、十種類のパウダー状石炭灰の放射率スペクトルの測定データのフィッティングによる。十種類のパウダー状石炭灰の放射率スペクトルの測定データは、独自の放射率スペクトル測定実験により取得した。放射率スペクトル測定実験装置の概要は、例えば非特許文献2および非特許文献3に開示されている。
【0109】
十種類のパウダー状石炭灰の放射率スペクトルの測定データのうち、短波長帯域1(図7参照)に相当する波長4μm以下の帯域の測定データのみを利用して、式(14)で表される関数形を仮定し、フィッティングすることにより、定数ASTiO2、ASNa2O、ASK2O、ASSO3、ASP2O5、YTiO2、YNa2O、YK2O、YSO3、YP2O5、BSS、CSS、ASSの値を求めた。
また、長波長帯域3(図7参照)に相当する波長8μm以上の帯域の測定データのみを利用して、式(15)で表される関数形を仮定し、フィッティングすることにより、定数ALTiO2、ALNa2O、ALK2O、ALSO3、ALP2O5BLS、CLS、ALSの値を求めた。
【符号の説明】
【0110】
1 短波長帯域
2 中波長帯域
3 長波長帯域
100 石炭灰の放射率スペクトル予測装置
110 入力部
120 ROM
130 RAM
140 HDD(記憶部)
150 CPU(演算部)
160 出力部
λ 波長
ASH 灰温度(石炭灰の温度)
EMI 放射率

【特許請求の範囲】
【請求項1】
石炭灰の放射率スペクトルを予測する波長帯域を、
プランクの黒体放射強度の式で表される波長の関数のピークを含む波長帯域である短波長帯域と、
石炭灰の放射率が波長に対してなだらかに変化する波長帯域である長波長帯域と、
前記短波長帯域および前記長波長帯域の間の波長帯域である中波長帯域と、に三分割し、
前記短波長帯域では、前記放射率を、石炭灰の第1の組成群の組成の質量分率、石炭灰の温度、および波長についての一次式である第1の関数で近似し、
前記長波長帯域では、前記放射率を、石炭灰の第1の組成群の組成の質量分率、石炭灰の温度、および波長についての一次式でありかつ前記第1の関数とは異なる第2の関数で近似し、
前記中波長帯域では、前記放射率を、前記短波長帯域と前記中波長帯域との境界において前記第1の関数と連続的に接続し、前記中波長帯域と前記長波長帯域との境界において前記第2の関数と連続的に接続する第3の関数で近似する
ことを特徴とする石炭灰の放射率スペクトル予測方法。
【請求項2】
前記短波長帯域と前記中波長帯域との境界となる波長を4μmと定める
ことを特徴とする請求項1に記載の石炭灰の放射率スペクトル予測方法。
【請求項3】
前記中波長帯域と前記長波長帯域との境界となる波長を8μmと定める
ことを特徴とする請求項1または請求項2に記載の石炭灰の放射率スペクトル予測方法。
【請求項4】
前記第1の関数における前記石炭灰の第1の組成群の組成は、
SiO、Al、Fe、CaOおよびMgOである
ことを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載の石炭灰の放射率スペクトル予測方法。
【請求項5】
前記第2の関数における前記石炭灰の第1の組成群の組成は、
SiO、Al、Fe、CaOおよびMgOである
ことを特徴とする請求項1乃至請求項4のいずれか1項に記載の石炭灰の放射率スペクトル予測方法。
【請求項6】
前記第3の関数は、波長についての3次式である
ことを特徴とする請求項1乃至請求項5のいずれか1項に記載の石炭灰の放射率スペクトル予測方法。
【請求項7】
前記第1の関数は、石炭灰の第1の組成群の組成の質量分率、石炭灰の第2の組成群の組成の質量分率の双曲線正接関数、石炭灰の温度、および波長についての一次式であり、
前記第2の関数は、石炭灰の第1の組成群の組成の質量分率、石炭灰の第2の組成群の組成の質量分率の双曲線正接関数、石炭灰の温度、および波長についての一次式でありかつ前記第1の関数とは異なる一次式である
ことを特徴とする請求項1乃至請求項6のいずれか1項に記載の石炭灰の放射率スペクトル予測方法。
【請求項8】
前記第1の関数における前記石炭灰の第2の組成群の組成は、
TiO、NaO、KO、SOおよびPである
ことを特徴とする請求項7に記載の石炭灰の放射率スペクトル予測方法。
【請求項9】
前記第2の関数における前記石炭灰の第2の組成群の組成は、
TiO、NaO、KO、SOおよびPである
ことを特徴とする請求項7または請求項8に記載の石炭灰の放射率スペクトル予測方法。
【請求項10】
石炭灰の組成の質量分率が入力される入力部と、
前記入力部から入力された石炭灰の組成の質量分率に基づいて、石炭灰の放射率スペクトルを予測する演算部と、
石炭灰の放射率スペクトルを予測するための関数を記憶する記憶部と、
を備える石炭灰の放射率スペクトル予測装置であって、
前記記憶部は、
前記石炭灰の放射率スペクトルを予測するための関数について、
プランクの黒体放射強度の式で表される波長の関数のピークを含む波長帯域である短波長帯域に用いる第1の関数と、
石炭灰の放射率が波長に対してなだらかに変化する波長帯域である長波長帯域に用いる第2の関数と、
前記短波長帯域および前記長波長帯域の間の波長帯域である中波長帯域に用いる第3の関数と、に三分割して記憶しており、
前記演算部は、
前記短波長帯域では、前記放射率を、石炭灰の第1の組成群の組成の質量分率、石炭灰の温度、および波長についての一次式である前記第1の関数で近似し、
前記長波長帯域では、前記放射率を、石炭灰の第1の組成群の組成の質量分率、石炭灰の温度、および波長についての一次式でありかつ前記第1の関数とは異なる前記第2の関数で近似し、
前記中波長帯域では、前記放射率を、前記短波長帯域と前記中波長帯域との境界において前記第1の関数と連続的に接続し、前記中波長帯域と前記長波長帯域との境界において前記第2の関数と連続的に接続する前記第3の関数で近似して石炭灰の放射率スペクトルを予測する
ことを特徴とする石炭灰の放射率スペクトル予測装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2013−101056(P2013−101056A)
【公開日】平成25年5月23日(2013.5.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−245038(P2011−245038)
【出願日】平成23年11月9日(2011.11.9)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】