説明

砒素の分離方法

【課題】強酸性の溶液中からも砒素を効率よく選択的に分離除去することができる砒素の分離方法を提供する。
【解決手段】処理対象となる溶液から砒素を分離する方法であって、溶液が酸性の状態で、この溶液に対してアンチモン含有物を加える。アンチモンを添加することによって、溶液中の砒素がアンチモンと難溶性の塩を形成するので、溶液が酸性の状態であっても砒素を溶液中から除去することができる。特に、酸化剤によってアンチモンが5価のアンチモンに酸化されると砒素とアンチモンから成る塩(砒酸アンチモン(V))の溶解度が低下するため、効率よく砒素を溶液中から除去することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、砒素の分離方法に関する。さらに詳しくは、砒素を含有する強酸性の液体から砒素を分離する工程に用いることができる砒素の分離方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電子材料や熱交換器などの材料として用いられる銅の製造には、鉱山で採掘した銅鉱石を選鉱して品位を向上した銅精鉱とし、銅精鉱を製錬工程に投入して砒素などの不純物を分離して粗銅アノードを製造し、粗銅アノードを精製工程で電解精製して純度99.9%以上の高純度な銅を得る方法が一般的に用いられる。
【0003】
かかる電解精製では、電解液に溶出できない不純物は銅電解スライムとなるが、この銅電解スライムには、銅よりも貴な金や銀、白金族等の貴金属、その他の希少金属が濃縮された状態で含有されている。このため、電解精製終了後、銅電解スライムは浸出法や製錬等によって処理されて、貴金属やその他の希少金属が回収される。
【0004】
近年、世界的な金属需要の増大と良質な鉱石の枯渇に伴い、鉱石中に含有される不純物、特に砒素のレベルは増加する傾向にある。銅鉱石に含まれる砒素と銅とを選鉱により物理的に分離できる方法はほとんどなく、鉱石中の砒素の大部分は、銅精鉱中に分配される。すると、銅の製錬及び精製工程において使用する原料に多量の砒素が含まれることになるため、電解精製によって得られる製品銅の品質に影響を与えるとともに、電解精製時に生成される銅電解スライムにも大量の砒素が含有されることになる。
【0005】
最近では、銅電解スライムから希少金属等の回収する方法として湿式法を用いることが増えているが、かかる湿式法を用いた場合、銅電解スライムに大量の砒素が存在していると、浸出工程において、砒素が浸出液中に溶出してしまう可能性がある。そして、砒素が浸出液中に存在すると、貴金属や希少金属をイオン交換樹脂で回収したり溶媒によって抽出するとき等に、砒素がイオン交換樹脂に吸着されて吸着を阻害したり、抽出を妨害したりするので、貴金属や希少金属の回収効率が悪化してしまう。このため、貴金属や希少金属を効率よく回収するためには、浸出液から砒素を除去することが必要となる。
【0006】
また、最近では、上述した乾式製錬方法と比べて設備がコンパクトで、SOガスを発生しないなどの利点をもつ湿式法による銅製錬も試みられている。この方法は、銅精鉱中の銅を塩酸や硫酸などを用いて浸出し、溶媒抽出等によって銅を濃縮し、電解採取などの方法で製品銅を得る方法である。この湿式法による場合には、銅精鉱に含有される砒素などの不純物は浸出液に溶出するので、浸出液に溶出した砒素を除去する処理が必要となる。
【0007】
液体に含まれる砒素を除去する方法として、従来からよく用いられてきた方法としては凝集沈殿法がある。
凝集沈殿法として、処理する液体のpHを6〜9程度に調整し、鉄(III)イオンを加えることによってFeAsO4やFeAsO3等の砒素と鉄との化合物を形成させ、同時に生成するFe(OH)3などの水酸化鉄の成分と共沈させて砒素を液から分離する方法がある。
また、消石灰や生石灰を用いて水溶液のpHをアルカリ側に調整し、5価イオンとして存在する砒素をCa3(AsO4)2やCaHAsO4の形態で分離した後、さらに過酸化水素等の酸化剤を用いて3価イオンとして残留するヒ素を5価に酸化し、上述と同じ形態の砒素とカルシウムの沈殿として分離する凝集沈殿法もある。
さらに、pHを中性以上のアルカリ領域とし、アルミニウム化合物や鉄化合物で構成される凝集剤を添加し、生成した凝集フロックに液中の砒素化合物を包含させて除去する凝集沈殿法も良く知られている。
【0008】
上述したような凝集沈殿により砒素を分離する方法は、排水処理などには広く用いられてきた。
しかし、先に述べたような銅電解スライムの浸出液や、湿式法による銅製錬の浸出液は高い酸濃度である場合が多いが、かかる浸出液のpHを上記凝集沈殿法によって砒素を除去できる条件まで高めると、他の金属成分が一緒に析出し砒素の選択的分離の目的を達成することができないなどの問題があり、上述の凝集沈殿法で砒素を効果的に浸出液から分離することは困難である。
【0009】
上記沈殿法以外にも、液体に含まれる砒素を除去する方法として、1)硫化物を形成させて分離する方法、2)電解採取法、3)金属表面で還元・吸着する方法、4)活性白土・キレート剤に吸着する方法、5)酸化物・水酸化物に吸着する方法がある。
【0010】
しかし、上記1)〜4)の方法には、以下の問題がある。
1)の方法の場合、砒素以外の金属も硫化物として析出してしまうので、砒素だけを分離することは難しい。しかも、液体が酸性の場合には、硫化水素の発生が避けられないという問題がある。
2)の方法の場合、有毒なアルシンガスが発生したり、砒素以外の金属が共析したりする可能性がある。
3)の方法の場合には、砒素以外の金属も金属表面で同時に還元されてしまう場合が多く、強酸性では消費される金属が増加するなどの問題がある。
4)の方法の場合、吸着剤(活性白土・キレート剤)や溶離時に要する薬剤のコストがかさむ問題がある。
【0011】
5)の酸化物・水酸化物に吸着する方法は、砒素分離の選択性と高い砒素除去率により近年注目されている(特許文献1〜3)。
特許文献1では、低結晶性鉄鉱物シュベルトマナイトFe8O8 (OH)8-2X(SO4)X への砒酸イオンの吸着が記載されており、シュベルトマナイトがゲータイトへ変化するのを制御でき、効果的な砒素吸着を促進する方法が提案されている。
特許文献2では、還元性の鉄系沈殿物を主体とするグリーンラストと称する吸着体による砒素等の分離除去の可能性を提案している。
特許文献3では、ロックウールと、アルカリ土類金属又はアルカリ金属の珪酸塩、水酸化物、又は酸化物の一以上を主成分とする無機バインダー、との混合物を固化して得られた吸着体により酸性排水から鉄分や砒素などの重金属を除去する方法が提案されている。
【0012】
しかるに、特許文献1〜3の方法を、上述したような銅電解スライムの浸出液等からの砒素除去に使用する場合には、以下の問題がある。
特許文献1の方法では、骨格となる塩基性硫酸鉄は1mol/lを超えるような高濃度の酸では溶解するため、強酸性の液体中では吸着剤として機能しない。
特許文献2の方法では、使用する吸着体が鉄の水酸化物を主成分とするため、原理的に酸への溶解は不可避である。
特許文献3の方法では、この方法を使用できるpH条件がpH3〜pH6での適用に限定される。なぜなら、アルカリまたはアルカリ土類のケイ酸塩はpH3未満の酸性で容易に分解し、珪酸に変化するためである。
つまり、特許文献1〜3のどの方法を用いても、銅電解スライムの浸出液や湿式法による銅製錬の浸出液のような強酸性の液体から砒素を選択して分離することはできない。
【0013】
上記のように、液体から砒素を除去する種々の提案がなされてきてはいるが、現在のところ、強酸性領域における砒素の選択分離技術は開発されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特許第3859001号公報
【特許文献2】特許第3928650号公報
【特許文献3】再公表特許WO2002/079100号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は上記事情に鑑み、強酸性の溶液中からも砒素を効率よく選択的に分離除去することができる砒素の分離方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
第1発明の砒素の分離方法は、処理対象となる溶液から砒素を分離する方法であって、前記溶液が酸性の状態で、該溶液に対してアンチモン含有物を加えることを特徴とする。
第2発明の砒素の分離方法は、処理対象となる溶液から砒素を分離する方法であって、前記溶液に対してアンチモン含有物と、酸化剤とを加えることを特徴とする。
第3発明の砒素の分離方法は、第1または第2発明において、前記アンチモン含有物を加えた状態における前記溶液を、その酸化還元電位が銀塩化銀電極を参照電極として測定した値で900mV以上となるように維持することを特徴とする。
第4発明の砒素の分離方法は、第1、第2または第3発明において、前記溶液を、70℃以上の液温に維持することを特徴とする。
第5発明の砒素の分離方法は、第1、第2、第3または第4発明において、前記アンチモン含有物を、前記溶液中の砒素量に対して、2倍モル当量以上加えることを特徴とする。
第6発明の砒素の分離方法は、第1、第2、第3、第4または第5発明において、前記アンチモン含有物が、アンチモン化合物であることを特徴とする。
第7発明の砒素の分離方法は、第1、第2、第3、第4、第5または第6発明において、前記溶液が、銅電解スライムを溶解した液体であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
第1発明によれば、アンチモンを添加することによって、溶液中の砒素がアンチモンと難溶性の塩を形成するので、溶液が酸性の状態であっても砒素を溶液中から除去することができる。
第2発明によれば、アンチモンを添加することによって、溶液中の砒素がアンチモンと難溶性の塩を形成するので、溶液が酸性の状態であっても砒素を溶液中から除去することができる。特に、酸化剤によってアンチモンが5価のアンチモンに酸化されると砒素とアンチモンから成る塩(砒酸アンチモン(V))の溶解度が低下するため、効率よく砒素を溶液中から除去することができる。
第3発明によれば、溶液中に存在するアンチモンの大部分を5価のアンチモンとすることができるから、より一層効率よく砒素を溶液中から除去することができる。
第4発明によれば、温度を70℃以上とすると、アンチモンの加水分解反応が生じやすくなるので、溶液中に残存するアンチモンの量を少なくすることができる。
第5発明によれば、溶液に、全ての砒素が塩を形成することが可能となる量のアンチモンを供給するので、砒素を溶液中からより確実に除去することができる。しかも、アンチモンは加水分解して沈殿するので、砒素との間で塩を形成しないアンチモンが存在した場合でも、溶液中に残存するアンチモンの量を少なくすることができる。
第6発明によれば、溶液に添加するアンチモン含有物を安価に入手できるので、溶液の処理コストを抑えることができる。
第7発明によれば、銅電解スライムに含まれていた溶液中の砒素を効率よく確実に除去できるから、砒素を除去した銅電解スライムに含まれる他の希少物質を効率よく回収することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本実施形態の砒素の分離方法の概略フローチャートである。
【図2】他の実施形態の砒素の分離方法の概略フローチャートである。
【図3】実施例の結果を示した表である。
【図4】アンチモン化合物の添加量と残留砒素濃度および残留アンチモン濃度との関係を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
つぎに、本発明の実施形態を図面に基づき説明する。
本発明の砒素の分離方法は、砒素を含有する溶液から砒素を選択的に分離する方法である。例えば、溶液に金や銀、白金族等の貴金属、その他の希少金属等の回収すべき物質が含まれている場合に、これらの回収すべき物質は溶液中に溶出された状態で残しつつ、砒素を析出沈殿させて分離する方法である。
とくに、本発明の砒素の分離方法は、溶液が強酸性であっても、砒素を選択的に析出させて分離することができる点に特徴がある。
なお、本明細書において、強酸性とは、例えば、殆どの鉄塩が溶解する、pHが1より小さい状態(pH<1)、または、アンチモンと砒素以外の殆どの金属塩が溶解する、pHが0より小さい状態(pH<0)を意味している。そして、本発明の砒素の分離方法を実施する場合、他の希少金属の共沈を考慮した場合には溶液のpHが1より小さい状態で実施することが好ましく、より選択的に砒素を分離するには、pHが0より小さい状態で実施することが好ましい。
【0020】
(処理対象)
まず、本発明の砒素の分離方法(以下、単に本願方法という)を説明する前に、本願方法を用いて砒素を除去する対象(溶液)について説明する。
砒素を含有する溶液には、例えば、工業排水や、塩酸系や硫酸系の工程液等があり、本願方法は、砒素を含有している溶液であれば、とくに限定されることなく適用することができるのであるが、本願方法は、銅製錬において生じる強酸性の浸出液から砒素を除去する方法に適している。
銅製錬において生じる強酸性の浸出液とは、例えば、電解精製において生じる銅電解スライムを溶解した溶液や、湿式法による銅製錬の浸出液などである。
以下では、処理対象が銅電解スライムを溶解した溶液である場合を代表として、本願方法を説明する。
【0021】
(本願方法の説明)
図1に示すように、銅電解スライムから、浸出法によって銅電解スライムに含まれる物質を回収する場合には、銅電解スライムを溶解して銅電解スライムの酸性水溶液とする。具体的には、銅電解スライムに、水と塩素を加えて混合し攪拌すると、銅電解スライムが溶解した酸性水溶液となる。この酸性水溶液は、銅電解スライムを溶解させたものであるため、通常、pHが0より小さい強酸性の水溶液となる。
なお、湿式法による銅製錬の浸出液を処理対象とする場合には、浸出液をそのまま上記酸性水溶液とすればよい。
【0022】
酸性水溶液が形成されると、この酸性水溶液に対してアンチモンを含有するアンチモン含有物を供給する。すると、アンチモン含有物中のアンチモンが酸性水溶液中に溶出し、アンチモンイオンとなる。酸性の溶液中において、アンチモンは3価と5価の価数を取ることができるので、酸性水溶液中には、3価のアンチモンイオン(Sb3+)と、5価のアンチモンイオン(Sb5+)が共存する状態となる。
【0023】
ここで、5価のアンチモンイオン(Sb5+)は、酸性水溶液中の砒素、具体的には、酸性水溶液中の砒酸イオンと反応して難溶性の塩を形成するため、酸性水溶液中の砒素とアンチモンとを含む塩が沈殿する。
つまり、本願方法の場合、酸性水溶液に対して後から添加したアンチモンを、酸性水溶液に元々存在していた砒酸と反応させて、酸性水溶液から除去することができるのである。
【0024】
なお、5価のアンチモンイオンと砒素によって塩が形成される反応は、以下の反応式によって表されるものと推測される。
【化1】

【0025】
しかも、酸性水溶液は、強酸性の状態を維持したまま砒素が除去されるので、他の金属成分(金、銀、白金等)が一緒に析出することがなく、砒素を選択的に分離することができる。とくに、金属と安定な錯塩を形成し易いことから沈殿分離法によって砒素を分離することが困難とされてきた塩酸性溶液に対しても、砒素とアンチモンの化合物が安定で溶解度が低いため充分な砒素除去効果を得ることができる。
【0026】
また、アンチモンイオンが酸性水溶液中に残存している場合も、砒素と同様に、酸性水溶液から他の金属成分を回収する障害となるので、アンチモンイオンを酸性水溶液から除去する必要があるが、アンチモンイオンは特別な処理を行わなくても、加水分解反応により沈澱するため、酸性水溶液から除去することができる。
【0027】
具体的には、砒素とアンチモンとを含む塩の沈殿が終了すると、酸性水溶液の温度を上昇させる。すると、アンチモンイオンの加水分解反応が促進され、アンチモンイオンはアンチモン水酸化物となって沈殿する。例えば、アンチモン水酸化物が形成される反応としては、以下の反応が考えられる。
【化2】

つまり、酸性水溶液に添加した不純物であるアンチモンは、加水分解反応によって酸性水溶液から除去されるのである。
【0028】
以上のごとく、本願方法は、酸性水溶液に対してアンチモンを含有するアンチモン化合物を添加することによって、酸性水溶液中の砒素を、砒素とアンチモンとを含む塩として除去する。このため、沈殿分離法等の従来の方法では砒素分離が困難とされてきた強酸性の酸性水溶液(とくに、塩酸性溶液)中の砒素でも、他の回収すべき金属成分を析出させることなく、酸性水溶液から除去することができるのである。
しかも、添加したアンチモン含有物に含まれていたアンチモンは、特別な処理を行わなくても酸性水溶液から除去することができるから、アンチモンを添加したことにより酸性水溶液の後処理が複雑化することも防ぐことができる。
【0029】
(同時処理)
なお、上記例では、砒素分離が終了した後で酸性水溶液の温度を上昇させるようにしているが、図2に示すように、酸性水溶液の温度は、砒素分離を行っている状態からアンチモンの加水分解が生じる温度まで上昇させてもよい。
この場合、塩の形成による砒素分離と、加水分解によるアンチモンの除去が同時に生じるので、処理工数を少なくすることができ、他の金属成分を回収するまでの期間を短くできるので、好ましい。
しかも、酸性水溶液の温度が高くなることによって、上記式(化1)の反応が右辺に向かって進みやすくなり塩の形成が促進されるから、砒素除去作業の時間を短縮することもできる。
【0030】
(アンチモン化合物)
また、酸性水溶液に対して添加するアンチモン含有物は、酸性水溶液中において、5価のアンチモンイオン(Sb5+)を生じるものであればとくに限定されない。アンチモン含有物として、例えば、酸化アンチモン(III)、酸化アンチモン(IV)、酸化アンチモン(V)、塩化アンチモン(III)、硫酸アンチモン(III)など大部分の代表的なアンチモン化合物を用いることができる。また、メタルのアンチモンを添加してもよいが、コストや取扱いの点を考慮した場合には、酸化アンチモン(III)が最も適している。
【0031】
(酸化剤添加)
上述したように、酸性水溶液中のアンチモンイオンのうち、砒素と反応して塩を形成するのは5価のアンチモンイオン(Sb5+)である。よって、添加するアンチモン含有物の使用量を減らしたり、塩の生成を促進したりする上では、酸性水溶液中のアンチモンイオンのうち、5価のアンチモンイオンの割合が多いほど好ましく、全てのアンチモンイオンが5価となっていることが最も好ましい。
そこで、図1および図2に示すように、酸性水溶液に、アンチモン含有物とともに酸化剤を添加すれば、酸性水溶液中に存在する5価のアンチモンイオンの割合を増加させことができるので、好適である。
とくに、酸性水溶液の酸化還元電位を銀塩化銀電極で測定したときに、その酸化還元電位の値が、900mV以上となるように調整すれば、酸性水溶液中の全てのアンチモンイオンを5価のアンチモンイオンとして存在させることができるので、好ましい。
【0032】
ここで、酸化還元電位の値を900mV以上とする理由は、以下のとおりである。
【0033】
酸化剤によるアンチモンの酸化は以下の(化3)の反応式で表されるが、電位pH図によると、下記(化3)式の反応において、標準電極電位は下記(数1)式で算出することができる。
【化3】

【数1】

【0034】
例えば、上記(数1)式に、(SbO2+)/( SbO+)=100、酸濃度3mol/l(pH-0.48)を代入すると、標準電極電位は0.807Vとなる。
そして、一般に反応を確実に進行させるためには、活性化エネルギーが必要であり、理論値の電位(標準電極電位)以上の電位が必要となる。よって、強酸性の状態を維持しつつ、砒素およびアンチモンを酸性水溶液から除去するための実用的な反応を進める上では、酸化還元電位を、銀塩化銀電極で測定したときに、900mV以上とすることが好ましく、1000mV以上とすることがより好ましい。
【0035】
なお、酸化還元電位を調整するために使用する酸化剤は、とくに限定されないが、過酸化水素であれば、酸性水溶液が塩化系であっても硫酸系であっても使用することができる。そのほかにも、酸性水溶液が塩化系の液の場合には、例えば、塩素ガス、次亜塩素酸塩、亜塩素酸塩、塩素酸塩塩素系の酸化剤が好ましい。また、酸性水溶液が硫酸系の液の場合には、例えば、ペルオキソ硫酸塩、ペルオキソ二硫酸塩などの硫酸系の酸化剤が好ましい。
【0036】
(酸性水溶液の温度について)
酸性水溶液の温度は、アンチモンが加水分解反応によって沈殿する温度に保てばよいが、液温が高温であるほど、アンチモン水酸化物の溶解度が低下し、酸性水溶液中に残存するアンチモンの量を少なくすることができるので好ましい。
例えば、アンチモンを含有する酸性水溶液の温度を変化させた場合、概ね60℃以上で加水分解による沈殿生成の兆候が始まり、70℃以上に維持すると加速されて顕著となる。一方、酸性水溶液を100℃を超える温度とするには、酸性水溶液の沸騰蒸発を抑えるために高圧条件化で処理を行なわなければならなくなるため、オートクレーブのような高価な設備が必要となりコストが増加する。
したがって、酸性水溶液の温度は70℃以上が好ましく、工業的に利用する上では、0℃以上かつ常圧で昇温可能な100℃以下の範囲とすることが好ましい。
【0037】
(アンチモンの量)
また、酸性水溶液に対して供給するアンチモン含有物の量は、このアンチモン含有物中のアンチモンの量が、酸性水溶液中の砒素量に対して、2倍モル当量以上となるように供給する。つまり、酸性水溶液中の砒素量が、1mol/lとすると、供給するアンチモン含有物中のアンチモンの量が2mol/l以上となるように供給する。すると、酸性水溶液に、全ての砒素との間で塩を形成することが可能な量のアンチモンが供給されるので、砒素を酸性水溶液中からより確実に除去することができる。
なお、アンチモンの量を2mol/l以上とした場合、酸性水溶液中の砒素量に対して過剰にアンチモン含有物が供給された状態となるが、上述したように、アンチモンは加水分解して沈殿するので、酸性水溶液中にアンチモンが大量に増加するということはない。
(実施例)
【0038】
本願方法による砒素除去の有効性を確認した。
なお、本発明の方法は、以下に示す実施例によって何ら限定されるものではない。
【0039】
本実施例では、砒素を含有する酸性水溶液に対してアンチモン含有物を添加した検査水溶液について、酸化還元電位、温度を変化させて、砒素およびアンチモンの除去効果を確認した。
検査水溶液は、表1に示す組成の砒素を含んだ塩酸酸性の酸性水溶液50mlに対して、酸性水溶液中に存在する砒素の4倍モル当量となる試薬酸化アンチモン(III)2gを添加し混合して調製した。
【0040】
実験において、検査水溶液の温度はホットスターラーを用いて調整した。検査水溶液の酸化還元電位(ORP)は、酸化剤である亜塩素酸ナトリウムを用いて調整した。なお、酸化還元電位は、銀塩化銀電極を用いて測定した値である。
また、砒素除去後の検査水溶液中の残留砒素濃度、および残留アンチモン濃度は、酸化還元電位および温度をそれぞれの状態を維持しつつ1時間スターラーで混合し、所定の時間経過後、濾過してその濾液をICP分析法によって分析して求めた。ICP分析には、ICP発光分光分析装置(エスアイアイ・ナノテクノロジー(株)製 SPS3000型)を使用した。
【実施例1】
【0041】
図3の表2には、検査水溶液の酸化還元電位を565mVに維持した場合(試験番号1、2)と、酸化還元電位を1130〜1140mVの範囲となるように維持した場合(試験番号3、4)について、残留砒素濃度、および残留アンチモン濃度を調べた結果を示している。
なお、表2に示すように、試験番号1、3の検査水溶液の温度は25℃に維持しており、試験番号2、4の検査水溶液の温度は80℃に昇温して維持した。
【0042】
表2からわかるように、液温が25℃と低く、酸化還元電位が565mVである試験番号1でも、砒素濃度は低下しており、検査水溶液から他の金属成分を回収する場合に許容される5g/l以下の条件は満たしている。
一方、試験番号3のように、液温が25℃のままでも、酸化還元電位を1000mV以上に達するまで酸化すれば、検査水溶液の砒素濃度を大幅に低下させることができ、1g/l以下まで低下させることができることが確認できる。
また、試験番号2のように、酸化還元電位が565mVの条件でも80℃に昇温すれば、検査水溶液の砒素濃度を、1g/l以下までの低下させることができることが確認できる。
そして、試験番号4のように、液温を80℃とし、酸化還元電位を1000mV以上にすれば、検査水溶液の砒素濃度、アンチモン濃度をともに1g/l以下までの低下させることができる。つまり、検査水溶液に含まれている砒素除去とともに、添加したアンチモンが残留することを防ぐためには、酸化と昇温とを同時に行うことが効果的であることが確認できる。
【実施例2】
【0043】
図3の表3には、検査水溶液の温度を80℃に昇温した状態において、酸化還元電位を変化させた場合における、残留砒素濃度、および残留アンチモン濃度を調べた結果を示している。
試験番号5〜7では、検査水溶液中の砒素濃度は、いずれも1g/l以下まで低下しており、検査水溶液から砒素を十分分離できることが確認できる。
アンチモンについては、検査水溶液中の酸化還元電位が1000mV以上に維持されている試験番号6、7の場合には、その濃度がいずれも1g/l以下まで低下しており、添加したアンチモンを十分に検査水溶液から分離できていることが確認できる。
一方、酸化還元電位が983mVの電位に維持して酸化した試験番号5の場合、アンチモンが2g/l以上検査水溶液に残留している。このことから、砒素とアンチモンを同時に除去し、しかも、検査水溶液中に所定の濃度以上のアンチモンが残留することを防ぐためには、検査水溶液の酸化還元電位を1000mV以上に維持することが好ましいことが確認できる。
【実施例3】
【0044】
表1の酸性水溶液について、添加するアンチモン化合物(酸化アンチモン(III))の量を変化させて検査水溶液を調製し、アンチモン化合物の添加量と、残留砒素濃度および残留アンチモン濃度との関係を調べた。結果を図3の表4および図4に示している。
なお、検査水溶液は、温度は80℃に、酸化還元電位は1080〜1100mVに維持した。
【0045】
表4および図4に示すように、酸性水溶液中に添加するアンチモン化合物の量を0.25〜2.0gの間で変化させると、添加量の増大にともなって検査水溶液中の砒素濃度だけでなく、アンチモン濃度も低減することが確認できる。
しかし、図4から分かるように、酸性水溶液中の砒素量に対するモル濃度を、2倍モル当量から4倍モル当量まで増加させても、砒素、アンチモンともにその減少割合が少なくなっている。
このことから、酸性水溶液から砒素を安定に除去するには、アンチモンは砒素に対して2倍モル当量以上4倍モル当量程度までを添加することが望ましいと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明の砒素の分離方法は、銅電解スライムや強酸性の液体から砒素を分離する方法に適している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
処理対象となる溶液から砒素を分離する方法であって、
前記溶液が酸性の状態で、該溶液に対してアンチモン含有物を加える
ことを特徴とする砒素の分離方法。
【請求項2】
処理対象となる溶液から砒素を分離する方法であって、
前記溶液に対してアンチモン含有物と、酸化剤とを加える
ことを特徴とする砒素の分離方法。
【請求項3】
前記アンチモン含有物を加えた状態における前記溶液を、その酸化還元電位が銀塩化銀電極を参照電極として測定した値で900mV以上となるように維持する
ことを特徴とする請求項1または2記載の砒素の分離方法。
【請求項4】
前記溶液を、70℃以上の液温に維持する
ことを特徴とする請求項1、2または3記載の砒素の分離方法。
【請求項5】
前記アンチモン含有物を、前記溶液中の砒素量に対して、2倍モル当量以上加える
ことを特徴とする請求項1、2、3または4記載の砒素の分離方法。
【請求項6】
前記アンチモン含有物が、アンチモン化合物である
ことを特徴とする請求項1、2、3、4または5記載の砒素の分離方法。
【請求項7】
前記溶液が、銅電解スライムを溶解した液体である
ことを特徴とする請求項1、2、3、4、5または6記載の砒素の分離方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−264331(P2010−264331A)
【公開日】平成22年11月25日(2010.11.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−115138(P2009−115138)
【出願日】平成21年5月12日(2009.5.12)
【出願人】(000183303)住友金属鉱山株式会社 (2,015)
【Fターム(参考)】