説明

硫化腐食の評価方法

【課題】還元性雰囲気下の材料の腐食を、酸素ガス及び硫黄ガスに基づいて評価することができる硫化腐食の評価方法を提供する。
【解決手段】硫黄化合物ガスの濃度を一定にし、かつ酸素ガス及び硫黄ガスの分圧を所定圧力に設定して材料の腐食量を測定する工程を、酸素ガス及び硫黄ガスの分圧を変えて実施して、酸素ガス及び硫黄ガスの分圧ごとの腐食量を測定し、酸素ガス及び硫黄ガスの分圧の変化に対して腐食量が所定量以上に変化しないときの当該酸素ガス及び硫黄ガスの分圧の範囲を第1領域とし、酸素ガス及び硫黄ガスの分圧の変化に対して腐食量が変化するときの当該酸素ガス及び硫黄ガスの分圧の範囲を第2領域とし、第2領域では酸素ガス及び硫黄ガスの分圧のみで材料の腐食量を評価する。また、第1領域では、硫黄化合物ガスの減少に対して腐食量が減少する範囲があるが、その場合でも安全性評価に基づいて、酸素ガス及び硫黄ガスの分圧で腐食量を評価できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硫化腐食の評価方法に関し、特に、微粉炭を燃料とする火力ボイラの炉壁管の硫化腐食を評価する場合に適用して有用なものである。
【背景技術】
【0002】
近年、火力発電設備として、従来から燃料として利用されてきた石炭と可採埋蔵量の豊富な別種の石炭とを一定比率で混合した混合微粉炭を燃料とするものが用いられている。一方、火力発電設備では、環境に対する配慮などの観点から、低NOx運転を強化しているが、これにより、火力ボイラの炉内に強い還元性雰囲気が形成され、炉を構成する炉壁管等の腐食・減肉(以下、これらを単に腐食と称する。)の進行速度が増大するという問題が生じている。
【0003】
このような腐食に対して、予防手段を講じることの他に、腐食の程度を定量的に予測することも重要な課題となっている。従来技術としては、ボイラの炉壁管などの腐食と、硫化水素ガス(硫化物ガス)の濃度との関係に基づいて炉壁管の寿命を評価する方法がある(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
しかしながら、火力ボイラを様々な燃焼条件で稼働させる事情があることや、前記したように石炭種別が多様化している現状を鑑みれば、硫化水素(HS)ガスのみを評価基準とすることは必ずしも妥当であるとは言えず、腐食の正確な評価が行えないと考えられる。
【0005】
なお、このような問題は、微粉炭を用いる火力ボイラの炉壁管に限られず、還元性雰囲気下で用いられる材料の腐食を評価する場合にも同様に存在する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2003−4201号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記従来技術に鑑み、還元性雰囲気下の材料の腐食を、硫化物ガス以外の指標に基づいて評価しうることを明らかにし、当該指標でより正確に腐食を評価することができる硫化腐食の評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記特許文献1等に示されるように、従来では、炉壁管の腐食の評価に際して、HS濃度を指標としている。
【0009】
しかしながら、本願の発明者は、その指標のみを用いることの妥当性を検討し、実験を重ねた結果、それ以外の指標を用いて腐食の評価を行えるという知見を得た。すなわち、本願発明者は、火力ボイラでは、炭種や燃焼条件が異なれば、炉内雰囲気中のHSガス以外のガスについての分圧も異なることに着目し、炉壁管の腐食量の評価に際しては、そのようなガスの一例である酸素ガス及び硫黄ガスの分圧を指標とすることができる、という知見を得たのである。
【0010】
そして、本願の発明者は、この知見に基づき、還元性雰囲気下の材料の腐食を、酸素ガス及び硫黄ガスの分圧を指標に用いて評価できることを明らかにし、当該指標でより正確に腐食を評価することができる硫化腐食の評価方法を完成させた。以下に、本発明に係る硫化腐食の評価方法を説明する。
【0011】
前記目的を達成するための本発明の第1の態様は、還元性雰囲気下における材料の硫化腐食の評価方法であって、硫黄化合物ガスの濃度を一定にし、かつ酸素ガス及び硫黄ガスの分圧を所定圧力に設定して材料の腐食量を測定する工程を、酸素ガス及び硫黄ガスの分圧を変えて実施して、酸素ガス及び硫黄ガスの分圧ごとの腐食量を測定し、酸素ガス及び硫黄ガスの分圧の変化に対して腐食量が所定量以上に変化しないときの当該酸素ガス及び硫黄ガスの分圧の範囲を第1領域とし、酸素ガス及び硫黄ガスの分圧の変化に対して腐食量が変化するときの当該酸素ガス及び硫黄ガスの分圧の範囲を第2領域とし、前記第2領域では酸素ガス及び硫黄ガスの分圧のみで材料の腐食量を評価することを特徴とする硫化腐食の評価方法にある。
【0012】
かかる第1の態様では、第2領域においては、材料の腐食量を酸素ガス及び硫黄ガスの分圧のみで評価することができる。
【0013】
本発明の第2の態様は、第1の態様に記載する硫化腐食の評価方法において、前記第1領域と前記第2領域との境界の範囲を遷移領域とし、前記遷移領域について、酸素ガス及び硫黄ガスの分圧を一定にし、かつ硫黄化合物ガスの濃度を所定濃度に設定して材料の腐食量を測定する工程を、硫黄化合物ガスの濃度を変えて実施して、硫黄化合物ガスの濃度ごとの腐食量を測定し、前記材料の腐食量に対する前記硫黄化合物ガスの濃度の影響についての安全性評価を行い、当該安全性評価に基づいて、前記遷移領域においては酸素ガス及び硫黄ガスの分圧のみで材料の腐食量を評価することを特徴とする硫化腐食の評価方法にある。
【0014】
かかる第2の態様では、遷移領域において、安全性評価に基づいて、材料の腐食量を酸素ガス及び硫黄ガスの分圧のみで評価することができる。
【0015】
本発明の第3の態様は、第2の態様に記載する硫化腐食の評価方法において、前記安全性評価として、硫黄化合物ガス濃度の増大に対する腐食量が変化する関係にあるか否かを評価し、変化しない関係にある場合には、酸素ガス及び硫黄ガスの分圧で前記材料の腐食量を評価することを特徴とする硫化腐食の評価方法にある。
【0016】
かかる第3の態様では、安全性評価として、硫黄化合物ガス濃度の増大に対する腐食量が変化する関係にあるか否かを評価することで、遷移領域において、腐食量は酸素ガス及び硫黄ガスの分圧で評価することができる。
【0017】
本発明の第4の態様は、第1〜第3の何れか一つの態様に記載する硫化腐食の評価方法において、前記第1領域について、酸素ガス及び硫黄ガスの分圧を一定にし、かつ硫黄化合物ガスの濃度を所定濃度に設定して材料の腐食量を測定する工程を、硫黄化合物ガスの濃度を変えて実施して、硫黄化合物ガスの濃度ごとの腐食量を測定し、硫黄化合物ガス濃度の増大に対する腐食量の増加が飽和している硫黄化合物ガス濃度の範囲を第1−A領域とし、前記第1−A領域では酸素ガス及び硫黄ガスの分圧のみで材料の腐食量を評価することを特徴とする硫化腐食の評価方法にある。
【0018】
かかる第4の態様では、第1−A領域において、材料の腐食量を酸素ガス及び硫黄ガスの分圧のみで評価することができる。
【0019】
本発明の第5の態様は、第4の態様に記載する硫化腐食の評価方法において、前記第1領域のうち、前記第1−A領域以外の領域を第1−A’領域とし、前記第1−A’領域において、前記材料の腐食量に対する前記硫黄化合物ガスの濃度の影響についての安全性評価を行い、当該安全性評価に基づいて酸素ガス及び硫黄ガスの分圧のみで材料の腐食量を評価することを特徴とする硫化腐食の評価方法にある。
【0020】
かかる第5の態様では、第1−A’領域において、安全性評価に基づいて、酸素ガス及び硫黄ガスの分圧のみで材料の腐食量を評価することができる。
【0021】
本発明の第6の態様は、第5の態様に記載する硫化腐食の評価方法において、前記安全性評価として、硫黄化合物ガス濃度の減少に対して腐食量が減少している関係にあるか否かを評価し、減少する関係にある場合には、酸素ガス及び硫黄ガスの分圧で前記材料の腐食量を評価することを特徴とする硫化腐食の評価方法にある。
【0022】
かかる第6の態様では、第1−A’領域において、硫黄化合物ガス濃度の減少に対して腐食量が減少する場合、材料の腐食量を酸素ガス及び硫黄ガスの分圧のみで評価することができる。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、還元性雰囲気下の材料の腐食を、硫化物ガス以外の指標に基づいて評価しうることを明らかにし、当該指標でより正確に腐食を評価することができる硫化腐食の評価方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の実施形態1に係る評価装置の概略構成を示す図である。
【図2】本発明の実施形態1に係る硫化腐食の評価方法の実施手順を示すフローである。
【図3】みかけの硫黄分圧及び酸素分圧と腐食量との関係を示す図である。
【図4】第1領域におけるHSガス及びSOガスの濃度と腐食量との関係を示す図である。
【図5】第1−A領域、第1−B領域及び第1−C領域におけるHSガス及びSOガスの濃度と腐食量との関係を示す図である。
【図6】遷移領域におけるSOガスの濃度と腐食量との関係を示す図である。
【図7】遷移領域におけるHSガスの濃度と腐食量との関係を示す図である。
【図8】腐食量をみかけの硫黄分圧及び酸素分圧で評価し得ることを示す図である。
【図9】本発明の実施形態2に係る石炭燃焼設備の概略構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
〈実施形態1〉
本発明に係る硫化腐食の評価方法は、還元性雰囲気下における材料をその対象とするものである。本発明でいう材料の硫化腐食の評価とは、還元性雰囲気下にある材料の腐食量が、還元性雰囲気を構成する硫黄ガス及び酸素ガスの分圧とどのような関係があるかを明らかにすることをいう。
【0026】
以下、本実施形態では、還元性雰囲気を形成する評価装置を用いて材料の腐食量を評価する場合について説明する。
【0027】
図1は、本実施形態に係る評価装置の概略構成を示している。図示するように、評価装置Iは、石英管から構成される試験部10と、この試験部10の内部を所望の温度に設定するための電気炉11を備えている。試験部10は、内部に試料台12が配置され、その試料台12に試料20(材料)を保持することが可能となっている。
【0028】
試験部10はその内部が気密に保たれ、一方の開口から還元性ガスが導入され、他方の開口から還元性ガスが排出されるようになっている。具体的には、評価装置Iには、還元性ガスを構成する各種ガスを貯蔵するガスボンベ30と、各ガスボンベ30からのガスを混合するガス混合器31と、ガスボンベ30からガス混合器31に流入する流量を調整するマスフローコントローラ32とが設けられている。
【0029】
評価装置Iは、各ガスボンベ30からのガスがマスフローコントローラ32により流量調整され、ガス混合機で混合され、所望の組成比率の還元性ガスが形成されて試験部10内部に導入されるように構成されている。なお、Arガスについては、オキシゲントラップ33により酸素が除去され、ガス混合器31により形成された還元性ガスに混合されるようになっている。また、Nガスについては、オキシゲントラップ34により酸素が除去され、加湿器35中の純水を経由し、所定温度に保たれた状態でガス混合器31に流入されるようになっている。
【0030】
試験部10内部に導入された還元性ガスは、試料20と反応して試料20に硫化腐食を生じさせ、試験部10外部に送出された後、中和槽40、ミストキャッチャ槽41、活性炭槽42、NOx等を除去するPt触媒43等を経由して浄化された後、大気中に排出される。
【0031】
また、ガス混合器31と試験部10との間、及び試験部10の出口側には、還元性ガスを採取するためのガス採取口13、14が設けられており、試料20と反応する前後の還元性ガスを採取することが可能となっている。さらに、試験部10には、先端部が試料20近傍に配置され、他端部が試験部10外部に配置されたモニター用熱電対15が設けられており、モニター用熱電対15により試料20近傍の還元性ガスの温度を外部から測定することが可能となっている。
【0032】
このような構成の評価装置Iでは、任意の温度かつ任意の組成の還元性ガスを試料20に反応させることができ、その還元性ガスに反応した試料20を得ることができる。また、試料20近傍の還元性ガスの温度、及びガス採取口13、14から還元性ガスを採取して、ガスクロマトグラフィー装置によりその還元性ガスの組成を得ることができる。
【0033】
以下、このような評価装置Iを用いた硫化腐食の評価方法の実施手順を説明する。
【0034】
図2は、本実施形態に係る硫化腐食の評価方法の実施手順を示すフローである。まず、試験部10内のHSガス及びSOガス(硫黄化合物ガス)の濃度を一定とし、試験部10内の酸素(O)ガス及び硫黄(S)ガスの分圧を変えて、それらの分圧ごとの試料20の腐食量を測定する(ステップS1)。なお、本実施形態では、試料20は、STBA24(低合金鋼。鉄、クロム(2.25重量%)、モリブデン(1重量%)からなる)である。
【0035】
Sガス及びSOガスの濃度を一定とし、Oガス及びSガスの分圧を任意にするためには、例えば、各ガスボンベから供給される流量をマスフローコントローラ等で調整することにより行う。
【0036】
試験部10内のHSガス及びSOガスの濃度は、公知のガス濃度測定器(例えば、ガスクロマトグラフィー装置やガス濃度検知管)を用いて測定することができる。
【0037】
また、Oガス及びSガスの分圧(以降、Oガスの分圧をPO2、Sガスの分圧をPS2とも表記する)は、次のようにして得ることができる。
【0038】
試験部10内の雰囲気を構成するガス組成は、Oガス、Sガスの他に、水素(H)、水分(HO)、一酸化炭素(CO)、二酸化炭素(CO)、HS、SOなどのガスからなるが、これらのうち、H、HO、CO、CO、HSガスの組成(濃度)を測定する。一方、試験部10内の還元性ガスの温度を測定する。
【0039】
試験部10内では、各ガスは次式に示すような状態にあり、還元性ガスの平衡組成と、試料20の表面温度から定まる平衡定数とからO及びSの分圧(平衡分圧)を計算で求めることができる。具体的には、マスフローコントローラ32により各ガスボンベ30からのガスの流量を調整することで、試験部内の雰囲気が、石炭燃焼設備の火炉における燃焼ガス温度と同等の温度である1000℃〜1300℃における平衡組成を模擬した雰囲気となるようにし、その雰囲気を前記ガス濃度測定器で測定することにより還元性ガスの組成を得る。また、試料20は、当該火炉を構成する炉壁管等に相当するものであるが、電気炉11を用いて設定された試料20の表面温度(400℃〜550℃)での平衡定数を定めた。
【0040】
【数1】

【0041】
ここで、Oガス及びSガスの2つに着目したのは次の理由による。前記したように、試験部10内の雰囲気は、複数のガス種から構成される。単純に、これらの全てのガスが腐食に影響しているとして評価するとするならば、数十種類にも及ぶガス種を指標として腐食量を評価しなくてはならない。
【0042】
しかしながら、このように十数種類のガス種の全てについて考慮しなくても、上記数1のように、H、HO、CO、CO、HSからO及びSの分圧が算出できるという関係があり、さらに、OとSとは、試料20に反応生成される硫化物・酸化物に最も関係があると考えられるため、OとSとを選択した。このように、PO2とPS2のみを指標とすることは、間接的に数十種類のガス種が腐食量に与える影響を評価しているとも捉えることができ、従来のHS濃度という一つの尺度のみで腐食量を評価するよりも正確に腐食量の評価をすることができる。
【0043】
なお、通常、O、Sの分圧は、各種ガス(H、HO、CO、CO、HS)が平衡組成となっているときの温度における平衡定数を用いるが、上述した分圧の算出は、その温度とは異なる試料20表面の温度における平衡定数を用いた。このため、以降ではOガス及びSガスの分圧を「みかけのPO2」、「みかけのPS2」とも称する。
【0044】
また、試料20の腐食量は、試験部10内に配置する前の試料20の重量と、試験部10内に配置されて腐食が進行した後の試料20の重量との重量差を測量し、その重量差を試料20の表面積で割った単位面積当たりの重量として測定することができる。
【0045】
次に、PO2及びPS2に対して腐食量が変化しない分圧の範囲を第1領域とし、変化する分圧の範囲を第2領域とする。また、第1領域と第2領域の境界部の分圧の範囲を遷移領域とする(ステップS2)。
【0046】
図3(a)に、PO2及びPS2と、腐食量との関係をグラフに表す。同図には、HS濃度を300ppm、SO濃度を320ppmで一定にした条件の下におけるPO2、PS2ごとの腐食量が示されている。なお、図中の点線範囲は、実機で想定されるPO2、PS2の範囲である。
【0047】
図示するように、同程度の腐食量には、同色を付してあり、みかけのPO2及びみかけのPS2の変化に対して腐食量が変化する範囲と変化しない範囲とが存在することが分かる。
【0048】
具体的には、みかけのPO2については、logPO2が約−20〜−21.5の範囲では、みかけのPO2が小さくなるほど腐食量が増大し、みかけのPO2が約−21.5より小さい範囲では、腐食量の変化はなくなっている。また、みかけのPS2については、logPS2が約−6.5〜約−5.5の範囲では、みかけのPS2が大きくなるほど腐食量が増大し、みかけのPS2が約−5.5よりも大きい範囲では、腐食量の変化はなくなっている。
【0049】
このように、HS濃度やSO濃度の試験条件によってみかけのPO2及びPS2の値は異なるが、みかけのPO2及びみかけのPS2の変化に対して、腐食量が変化していない範囲と変化する範囲がある。
【0050】
このような濃度と分圧の関係を図3(b)に示す。図示するように、HSガス及びSOガスの濃度が一定の下、みかけのPO2及びみかけのPS2の変化に対して、腐食量が変化していないそれらのガスの分圧の範囲を第1領域とする。同様に、腐食量が変化しているそれらのガスの分圧の範囲を第2領域とする。さらに、第1領域と第2領域の境界部の分圧の範囲を遷移領域とする。
【0051】
なお、図3(c)には、各領域における試料20の表面の状態を示してある。第1領域においては、タイプαに示すように、試料20には、その表面に、鉄(Fe)、クロム(Cr)、硫黄(S)及び酸素(O)からなる層が形成され、さらにその上に、硫黄層、硫化鉄(FeS)層が形成されている。また、遷移領域においては、タイプβに示すように、最表面側に、硫化鉄と酸化鉄からなる針状被膜が形成されている。また、第2領域においては、タイプγに示すように、鉄、クロム及び酸素からなる層と、その上の酸化鉄層とが形成され、これらの層の間に硫化鉄が点在している。
【0052】
図3(a)に示したように、HSガス及びSOガス濃度が一定の下、第1領域、第2領域及び遷移領域のそれぞれについて腐食量の変化の態様が異なる場合、まず、第2領域においては、PO2及びPS2のみで腐食量を評価する(ステップS3(図2参照))。つまり、PO2及びPS2の値が第2領域にある場合、腐食量は、HSガスやSOガス濃度の指標を用いず、PO2及びPS2の値で、腐食量を評価できることとなる。
【0053】
一方、第1領域については、さらに運転条件を変えて試料20の腐食量を測定する。すなわち、PO2及びPS2を一定とし、HSガス及びSOガスの濃度を変えて、濃度ごとの腐食量を測定する(ステップS4(図2参照))。この測定結果を図4に示す。
【0054】
図4(a)には、みかけのPO2及びみかけのPS2を一定にし(本実施例では、それぞれ−21.25、−5.0とした。)、さらにSO濃度を一定にした条件における、HS濃度と腐食量との関係が示されている。また、図4(b)には、みかけのPO2及びみかけのPS2を一定にし、HS濃度を一定にした条件における、SO濃度と腐食量との関係が示されている。これらの図に示すように、HS濃度及びSO濃度の増大に対して、腐食量は、一定量以上には増加せずに飽和しており、腐食量に変化が生じていないことが分かる。
【0055】
このようにHS及びSO濃度の増大に対する腐食量が変化していない濃度範囲を第1−A領域とし、それ以外の範囲を第1−B領域、第1―C領域とする(ステップS5(図2参照))。これらの領域を纏めたグラフを図5に示す。同図に示す第1−A領域は、図4(a)及び(b)において、HS濃度及びSO濃度の増大に対して腐食量が変化していない範囲に対応している。第1−A領域におけるHS及びSO濃度では、どの濃度においても腐食量は同程度である。なお、記号△は、試料20の腐食量をそのHS濃度及びそのSO濃度で測定したことを示しており、その状態は、タイプα(図3(c)参照)である。
【0056】
このような第1−A領域では、HS及びSO濃度によらず、腐食量は一定であることから、腐食量はみかけのPO2及びPS2に関係があると評価する(ステップS6)。
【0057】
第1−B領域は、図4(b)において、SO濃度の減少に対して腐食量が減少している範囲に対応している。本実施形態では、SO濃度が約200ppm以下の範囲に対応する。第1−B領域では、いかなるHS濃度であっても腐食量が減少している。なお、記号◇は、試料20の腐食量をそのHS濃度及びそのSO濃度で測定したことを示しており、その状態は、タイプα(図3(c)参照)である。
【0058】
同様に、第1−C領域は、図4(a)において、HS濃度の減少に対して腐食量が減少している範囲に対応している。本実施形態では、例えば、SO濃度が150ppmの場合、HS濃度が約200ppm以下の範囲に対応する。記号○は、試料20の腐食量をそのHS濃度及びそのSO濃度で測定したことを示しており、その状態は、タイプαとタイプβとが混在している(図3(c)参照)。
【0059】
なお、これらの第1−B領域及び第1−C領域は、請求項4に記載の第1−A領域以外の第1−A’領域に対応するものである。本実施形態では、硫黄化合物ガスとして、HSガスとSOガスの2つを用いているので、便宜上、第1−A’領域を第1−B領域、第1−C領域とに分けて表現した。
【0060】
このように、第1−B領域及び第1−C領域(第1−A’領域)では、HSガス濃度及びSOガス濃度の変化に対して、腐食量も変化しているため、これらの領域では、腐食量は、PO2及びPS2のみに依存していると評価することはできないとも考えられる。しかしながら、安全性評価を行うことにより、腐食量は、ガス濃度を無視してPO2及びPS2に依存性があると評価することができる。安全性評価とは、試料20の腐食量に対する硫黄化合物ガスの影響を無視できるものであるか否かを判断することをいう。安全性評価としては、硫黄化合物ガスの濃度の増大に対して腐食量が変化するか否か、を挙げることができる。変化しない場合は、腐食量は分圧のみに依存性があると評価することができる。他の安全性評価としては、硫黄化合物ガスの濃度の増大に対して腐食量が所定値以下であるか否か、を挙げることができる。所定値以下である場合は、腐食量は分圧のみに依存性があると評価することができる。
【0061】
本実施形態では、図4(a)、(b)に示したように、HSガス及びSOガス濃度が増大しても一定以上腐食量は増大することはないし、それらのガス濃度が減少すれば腐食量も減少している。つまり、ガス濃度は、腐食量が増大する要因としては小さなものである。このような安全性評価によって、これらの領域では、腐食量はPO2及びPS2に依存性があると評価することができる(ステップS7(図2参照))。
【0062】
一方、遷移領域についても、第1領域と同様に考えることができる。すなわち、遷移領域についてもPO2及びPS2を一定とし、HSガス及びSOガスの濃度を変えて、濃度ごとの腐食量を測定する(ステップS8(図2参照))。この測定結果を図6及び図7に示す。
【0063】
図6(a)、(b)には、みかけのPO2、みかけのPS2及びHS濃度を一定にした条件における、SO濃度と腐食量との関係が示されている。また、さらに図7には、みかけのPO2、みかけのPS2、SO濃度を一定にした条件における、HS濃度と腐食量との関係が示されている。
【0064】
これらの図に示すように、腐食量は、HS濃度及びSO濃度の増大に対して、ほとんど変化がないか、一定の濃度以上で腐食量に変化がなくなっている。このような場合についても、第1−B領域及び第1−C領域と同様に、HS濃度及びSO濃度の腐食量に対する影響が小さいと考えられるため、遷移領域では、腐食量はPO2ガス及びPS2ガスのみに依存性があると評価することができる(ステップS9(図2参照))。
【0065】
図8に、各領域におけるPO2及びSOと腐食量との関係についてまとめたものを示す。同図に示すように、第2領域においては、腐食量はPO2及びPS2のみに依存性があると評価することができる。
【0066】
一方、第1領域及び遷移領域においては、HSガス及びSOガス濃度の変化に対して腐食量が変化するものの、安全性評価により、PO2及びPS2のみで評価しても差し支えがない。
【0067】
以上に説明したように、本実施形態に係る硫化腐食の評価方法によれば、腐食量はPO2及びPS2のみに依存性があると評価することができる。また、従来ではHSの濃度という、一つの尺度のみで腐食量を評価していたため他のガス種の影響が考慮されていないという問題を解決する一方、他のガス種の全てを考慮すると、かえって腐食量の評価がし難くなるという問題を回避することができる。
【0068】
〈実施形態2〉
実施形態1では、本発明に係る硫化腐食の評価方法を評価装置を用いて実施したが、これに限らず、還元性雰囲気を形成するものであればどのような装置でも良い。
【0069】
例えば、微粉炭を燃焼する石炭燃焼設備の火炉において、火炉を構成する炉壁管(材料の一例に相当)の硫化腐食を評価する場合にも本発明を適用することができる。
【0070】
図9は、石炭燃焼設備の概略構成を示す図である。図示するように、石炭燃焼装置101が有する火炉102の周囲には、複数のバーナ103a、103bが設けられており、各バーナ103a、103bは微粉炭路111a、111bを介して石炭粉砕装置108a、108bとそれぞれ繋がっている。石炭粉砕装置108a、108bは石炭を貯留するホッパ109a、109bにそれぞれ接続されており、各ホッパ109a、109bには燃料比の異なる石炭が投入される。
【0071】
各ホッパ109a、109bに石炭を投入すると、所定量の石炭が石炭粉砕装置108a、108bに運ばれる。そして、各石炭は、石炭粉砕装置108a、108bにより、所望の粒径に調整されて微粉炭となる。
【0072】
このように、燃料比の異なる各石炭は粒径を調整された後に、微粉炭路111a、111bを通り、火炉102の周囲に設けられたバーナ103a、103bから火炉102に投入されて燃焼する。一方、火炉102には、例えばバーナ103a、103bを通して、空気が送り込まれる。また、火炉102の上部には、上段空気ノズル104が設けられている。
【0073】
このようにして、下段に設けられたバーナ103a、103b及び上段空気ノズル104から火炉102に送り込まれる空気により、微粉炭が火炉102の中で完全燃焼する。やがて火炉102の中で燃焼した微粉炭は、燃焼灰となって火炉102の右上方部と下部にある石炭灰排出口112から排出される。
【0074】
以上に説明した石炭燃焼装置101では、例えば、下方に位置するバーナ103aに微粉炭を供給すると共に、その微粉炭よりも燃料比が低い微粉炭をバーナ103aの上方に位置するバーナ103bに供給することにより、燃料比が異なる複数種類の微粉炭を燃焼させた際の灰中未燃分濃度を低減させると共にNO濃度を低減させることができる。
【0075】
このような石炭燃焼装置101では、火炉102内には還元性雰囲気(低NO濃度)が形成され、火炉102を構成する炉壁管113の火炉102側表面は、腐食が進行する。
【0076】
かかる石炭燃焼装置101についても、実施形態1と同様の硫化腐食の評価方法を行うことができる。ここでは、実施形態1に説明した硫化腐食の評価方法とは異なる点について説明する。
【0077】
まず、炉壁管の腐食量であるが、これは、評価方法の実施前後における炉壁管の厚さの差を腐食量とする。
【0078】
また、硫黄ガス及び酸素ガスの分圧を算出する際には、火炉102から燃焼ガスを抜き出して、その組成を分析し、その組成と実測した炉壁管113の表面温度における平衡定数とから硫黄ガス及び酸素ガスの分圧を算出する。
【0079】
以降、図2に示したステップに従って炉壁管113の腐食量を評価することで、当該腐食量が硫黄ガス及び酸素ガスとどのような関係にあるかを評価することができる。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明は、硫化腐食の腐食量を評価・予測することを要する産業分野で利用することができる。
【符号の説明】
【0081】
10 試験部
11 電気炉
12 試料台
13、14 ガス採取口
15 モニター用熱電対
30 ガスボンベ
31 ガス混合器
32 マスフローコントローラ
33、34 オキシゲントラップ
40 中和槽
41 ミストキャッチャ槽
42 活性炭槽
43 Pt触媒
101 石炭燃焼装置
102 火炉
103a、103b バーナ
104 上段空気ノズル
108a 石炭粉砕装置
109a ホッパ
111a、111b 微粉炭路
112 石炭灰排出口
113 炉壁管

【特許請求の範囲】
【請求項1】
還元性雰囲気下における材料の硫化腐食の評価方法であって、
硫黄化合物ガスの濃度を一定にし、かつ酸素ガス及び硫黄ガスの分圧を所定圧力に設定して材料の腐食量を測定する工程を、酸素ガス及び硫黄ガスの分圧を変えて実施して、酸素ガス及び硫黄ガスの分圧ごとの腐食量を測定し、
酸素ガス及び硫黄ガスの分圧の変化に対して腐食量が所定量以上に変化しないときの当該酸素ガス及び硫黄ガスの分圧の範囲を第1領域とし、酸素ガス及び硫黄ガスの分圧の変化に対して腐食量が変化するときの当該酸素ガス及び硫黄ガスの分圧の範囲を第2領域とし、
前記第2領域では酸素ガス及び硫黄ガスの分圧で材料の腐食量を評価する
ことを特徴とする硫化腐食の評価方法。
【請求項2】
請求項1に記載する硫化腐食の評価方法において、
前記第1領域と前記第2領域との境界の範囲を遷移領域とし、
前記遷移領域について、酸素ガス及び硫黄ガスの分圧を一定にし、かつ硫黄化合物ガスの濃度を所定濃度に設定して材料の腐食量を測定する工程を、硫黄化合物ガスの濃度を変えて実施して、硫黄化合物ガスの濃度ごとの腐食量を測定し、
前記材料の腐食量に対する前記硫黄化合物ガスの濃度の影響についての安全性評価を行い、当該安全性評価に基づいて、前記遷移領域においては酸素ガス及び硫黄ガスの分圧で材料の腐食量を評価する
ことを特徴とする硫化腐食の評価方法。
【請求項3】
請求項2に記載する硫化腐食の評価方法において、
前記安全性評価として、硫黄化合物ガス濃度の増大に対する腐食量が変化する関係にあるか否かを評価し、変化しない関係にある場合には、酸素ガス及び硫黄ガスの分圧で前記材料の腐食量を評価する
ことを特徴とする硫化腐食の評価方法。
【請求項4】
請求項1〜請求項3の何れか一項に記載する硫化腐食の評価方法において、
前記第1領域について、酸素ガス及び硫黄ガスの分圧を一定にし、かつ硫黄化合物ガスの濃度を所定濃度に設定して材料の腐食量を測定する工程を、硫黄化合物ガスの濃度を変えて実施して、硫黄化合物ガスの濃度ごとの腐食量を測定し、
硫黄化合物ガス濃度の増大に対する腐食量の増加が飽和している硫黄化合物ガス濃度の範囲を第1−A領域とし、
前記第1−A領域では酸素ガス及び硫黄ガスの分圧で材料の腐食量を評価する
ことを特徴とする硫化腐食の評価方法。
【請求項5】
請求項4に記載する硫化腐食の評価方法において、
前記第1領域のうち、前記第1−A領域以外の領域を第1−A’領域とし、
前記第1−A’領域において、前記材料の腐食量に対する前記硫黄化合物ガスの濃度の影響についての安全性評価を行い、当該安全性評価に基づいて酸素ガス及び硫黄ガスの分圧で材料の腐食量を評価する
ことを特徴とする硫化腐食の評価方法。
【請求項6】
請求項5に記載する硫化腐食の評価方法において、
前記安全性評価として、硫黄化合物ガス濃度の減少に対して腐食量が減少している関係にあるか否かを評価し、減少する関係にある場合には、酸素ガス及び硫黄ガスの分圧で前記材料の腐食量を評価する
ことを特徴とする硫化腐食の評価方法。

【図2】
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【図6】
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【図7】
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【図9】
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【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−39011(P2011−39011A)
【公開日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−189568(P2009−189568)
【出願日】平成21年8月18日(2009.8.18)
【出願人】(000173809)財団法人電力中央研究所 (1,040)
【Fターム(参考)】