説明

硫酸基の脱離を抑えた硫酸化多糖の低分子化物およびその製造方法

【課題】安価かつ短時間の処理で済み、しかも分子量制御が容易で、低分子化後の硫酸基保持率が高い、低分子化フコイダンの製造方法、およびかかる方法により得られる低分子化フコイダンを提供する。
【解決手段】硫酸基の脱離を伴わない低分子化フコイダンの製造方法であって、硫酸基が脱離しない水熱条件下にフコイダンの水溶液を保持することを特徴とする方法、フコイダンの水溶液のpHを中性付近〜アルカリ性に調整後、硫酸基が脱離しない水熱条件下にフコイダンの水溶液を保持することを特徴とする方法、ならびにこれらの方法により得ることのできる低分子化フコイダン。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低分子化フコイダンの製造方法に関する。詳細には、水熱反応を用いることにより硫酸基の脱離を伴わずにフコイダンを低分子化させることを特徴とする、低分子化フコイダンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
天然物質であるフコイダンは、オキナワモズク、モズク、ワカメ、昆布などの褐藻海草類に含まれる「ぬめり」成分であり、癌細胞の死滅、免疫系の調節、組織再生の促進など、様々な生物活性を有することが明らかになっている。また、フコイダンは肌を引き締める作用を有していたり、保湿作用を有していたりすることから、化粧品にも利用されている。このように、フコイダンは、健康食品、機能性食品、サプリメント、化粧品および医薬品などの原料あるいは成分として需要が増大している。
【0003】
このようにフコイダンは有用な活性を示すが、高分子であるため粘度が高く、取り扱いの点で問題があった。また高分子のままでは体内に摂取された場合に吸収が悪いことが多い。さらに、天然物質であるフコイダンは分子量が不均一なために生理活性が一定でなく、健康食品、機能性食品、サプリメントおよび医薬品などに使用した場合に、効果にばらつきが出てしまう。さらに分子量が不均一で分布が広いと、他の夾雑物質を除去して純度を上げることも難しくなる。このような欠点をなくすために酵素処理、酸加水分解などにより低分子化させる試みがなされてきた(特許文献1等参照)。粘度が低く体内への吸収が良い低分子化フコイダンの分子量は数百〜数万の範囲といわれている。しかも、低分子化フコイダンがその生理活性を発揮するためには硫酸基が保持されていることが必要である。しかしながら、上記のような性質の低分子化フコイダンを得るために、酵素処理では反応時間が長くなりコストも高くつく、酸加水分解では硫酸基の保持率が低い、あるいはこれらの方法では生成物の分子量の制御が困難である等の欠点があった。
【0004】
また、水熱処理により多糖類を低分子化させる試みもあったが(特許文献2等参照)、硫酸基の脱離に関して検討したものではなく、ましてやフコイダンの硫酸基の脱離が伴わない水熱処理に言及した例はない。
【特許文献1】特開平7−215990号公報
【特許文献2】特開2005−110675号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
安価かつ短時間の処理で済み、しかも分子量制御が容易で、低分子化後の硫酸基の脱離が伴わない低分子化フコイダンの製造方法を提供することが、本発明の課題であった。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは上記課題を解決せんと鋭意研究を重ねた。そして、水熱反応を用いることにより硫酸基の脱離を伴わずにフコイダンを低分子化できることを見出した。さらに本発明者らは、フコイダンの水溶液のpHを中性付近に調整後、水熱反応に供することで低分子化を抑制することにより、分子量制御が格段に容易になることも見出した。本発明者らは、これらの知見に基づいて本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち本発明は:
(1)硫酸基の脱離を伴わない低分子化フコイダンの製造方法であって、硫酸基が脱離しない水熱条件下にフコイダンの水溶液を保持することを特徴とする方法;
(2)pH無調節のフコイダンの水溶液を100℃ないし約160℃未満の水熱条件下に約5分ないし約20分未満保つことを特徴とする(1)記載の方法;
(3)pH無調節のフコイダンの水溶液を100℃ないし約150℃未満の水熱条件下に約5分ないし約40分未満保つことを特徴とする(1)記載の方法;
(4)pH無調節のフコイダンの水溶液を100℃ないし約140℃未満の水熱条件下に約5分ないし約60分未満保つことを特徴とする(1)記載の方法;
(5)pH無調節のフコイダンの水溶液を100℃ないし約150℃の水熱条件下に約5分ないし約20分保つことを特徴とする(1)記載の方法;
(6)pH無調節のフコイダンの水溶液を100℃ないし約140℃の水熱条件下に約5分ないし約40分保つことを特徴とする(1)記載の方法;
(7)水熱処理前にフコイダンの水溶液のpHを約5.5〜約12に調節し、フコイダンの低分子化を抑制しつつ水熱反応を行うことを特徴とする、低分子化フコイダンの製造方法;
(8)該水熱反応が、硫酸基が脱離しない水熱条件下で行われることを特徴とする(7)記載の方法;
(9)約5.5よりも高いpHないしpH12に調節したフコイダンの水溶液を100℃ないし約140℃未満の水熱条件下に約5分ないし約20分保つことを特徴とする(8)記載の方法;
(10)pH約6〜約8に調節したフコイダンの水溶液を100℃ないし約160℃未満の水熱条件下に約5分ないし約20分未満保つことを特徴とする(8)の方法;
(11)pH約6〜約8に調節したフコイダンの水溶液を100℃ないし約140℃未満の水熱条件下に約5分ないし約60分保つことを特徴とする(8)記載の方法;
(12)(1)〜(11)のいずれかに記載の方法により得ることのできる低分子化フコイダン
を提供するものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、安価かつ短時間の処理で済み、しかも分子量制御が容易で、低分子化後の硫酸基の脱離を伴わない低分子化フコイダンの製造方法が提供される。本発明の方法により得られる低分子化フコイダンは、生物学的活性に必要な硫酸基が脱離しておらず分子量も揃っている。それゆえ、本発明により得られる低分子化フコイダンは活性が保持されていて、そのばらつきが少なく、しかも低分子であるので吸収がよい。しかも不快な風味を有しない。したがって、本発明により得られる低分子化フコイダンは、健康食品、機能性食品、サプリメント、化粧品および医薬品などにおける使用に適している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明は、フコイダンを水熱処理に付して加水分解することにより低分子化させる方法を提供するものである。さらに本発明は、フコイダンの水溶液を水熱処理に付す前に、水溶液のpHを中性付近に調整することにより低分子化を抑制して、低分子化フコイダンの分子量制御を容易ならしめる方法も提供する。水熱処理を用いることにより、あるいはそれに加えて水熱処理前にフコイダン水溶液のpHを調節することにより、他の方法に伴う欠点、例えば、酵素処理では反応時間が長くなりコストも高くつく、酸加水分解では硫酸基の保持率が低い、あるいはこれらの方法では生成物の分子量の制御が困難である等の欠点が克服される。換言すれば、本発明の方法は、安価かつ短時間の処理にて低分子化フコイダンが得られ、しかも低分子化フコイダンの分子量制御が容易で、低分子化後の硫酸基の脱離が伴わないという優れた方法である。
【0010】
本発明の方法において、フコイダンは精製品であってもよく、粗精製品または部分精製品であってもよく、蛋白類、脂質類、他の糖類などの夾雑物質を含むものであってもよい。例えば、もずくなどの海草類をそのまま、あるいはそれらの粗抽出物をフコイダンとして本発明の方法に使用してもよい。本発明において、フコイダンは水溶液として処理される。フコイダンを水だけに溶解させてフコイダン水溶液としてもよく、フコイダンを塩類などの他の物質が含まれている水に溶解させてフコイダン水溶液を調製してもよい。
【0011】
一般に、水熱処理は亜臨界水(100℃ないし374℃の温度で、1気圧ないし22MPaの圧力)を用いて行われるものであるが、本発明の方法においては、水熱処理による低分子化の際にフコイダンの硫酸基の脱離が伴わないような温度範囲(圧力範囲)および処理時間の範囲とすることが必要である。本発明の方法においてフコイダンを有意に低分子化させるためには、以下に述べる各温度には約5分以上保持することが好ましい。フコイダンの低分子化を確認するには、例えばゲルろ過カラムクロマトグラフィー法などを用いることができる。
【0012】
水熱処理によるフコイダンの低分子化において、水熱処理温度が高いほど、そして水熱処理時間が長いほど、フコイダンの低分子化が促進され、得られる低分子化フコイダンの分子量が小さくなる。しかし、水熱処理温度が高いほど、そして水熱処理時間が長いほど、硫酸基の脱離が起こりやすくなる。また、水熱処理温度が低いほど、そして水熱処理時間が短いほど、フコイダンの低分子化が進まず、得られる低分子化フコイダンの分子量が大きくなる。当業者は、所望の分子量の、硫酸基が脱離していない低分子化フコイダンを得るための水熱条件を通常の実験によって、容易に定めうる。
【0013】
一般的には、フコイダンの硫酸基の量は元素分析またはバリウム沈殿法などの公知の方法にて測定することができる。元素分析またはバリウム沈殿法で測定した場合に低分子化フコイダンの硫酸基が実質的に脱離しない(約95%以上の硫酸基が残存している)水熱処理条件(水熱処理前にフコイダン水溶液のpHを調節しない)としては、例えば、100℃ないし約180で約5分ないし約20分、100℃ないし約160℃で約5分ないし約20分、100℃ないし約140℃で約5分ないし約60分保持する条件等が例示されるが、これらの条件に限定されない。
【0014】
さらに好ましくは、そしてさらに厳密には、本発明の水熱処理にて得られた低分子化フコイダンの赤外吸収(IR)スペクトルを調べ、ピラノース環由来のIR吸収スペクトル(1100cm−1)のパターンが水熱処理前後で変化しなければ、糖の骨格構造に変化がないと判断し、吸収スペクトルのパターンが変化していればフコイダンの化学構造の可能性があると判断する。さらに、イオウの結合に関連した吸収スペクトルのパターン(1300cm−1)のピーク変化も観察することが好ましい。本発明において、IR吸収スペクトルのパターンの変化で判断した場合に、低分子化フコイダンの構造変化を伴わない水熱処理の条件(水熱処理前にフコイダン水溶液のpHを調節しない)としては、100℃ないし約160℃未満で約5分ないし約20分未満保持する条件、100℃ないし150℃未満で約5分ないし約40分未満保持する条件、100℃ないし約140℃で約5分ないし約60分未満保持する条件、100℃ないし約120℃で約5分ないし120分未満保持する条件が挙げられ、さらに好ましくは、100℃ないし約150℃で約5分ないし約20分保持する条件、100℃ないし約140℃で約5分ないし約40分保持する条件が挙げられるが、これらの条件に限定されない。
【0015】
さらに本発明は、フコイダンの水溶液のpHを中性付近〜アルカリ性に調節し、次いで、硫酸基が脱離しない水熱条件下にフコイダンの水溶液を保持することを特徴とする、低分子化フコイダンの製造方法を提供する。フコイダンの水溶液のpHを中性付近〜アルカリ性に調節してから水熱処理に付すことによって、フコイダンの低分子化を抑制しつつ、反応を行うことができる。これにより、得られる低分子化フコイダンの分子量の制御が容易になり、所望の分子量のものをより確実に得ることができる。
【0016】
フコイダンの水溶液のpHは、調節しない場合は弱酸性領域(典型的には約5〜約5.5付近)にあるのが通常である。本発明においてフコイダンの水溶液のpHを中性付近に調節する場合において、中性付近〜アルカリ性のpHは約5.5〜約12であり、好ましくはpH7付近、例えばpH約6〜約8、さらに好ましくはpH約6.5〜約7.5に調節して水熱処理を行う。この場合、低分子化の著しい遅延は認められず、処理速度をある程度早く保ちながらも上手く分子量を制御できる。水熱処理前のフコイダンの水溶液のpHが酸性側(約5未満、例えばpH4)だと、フコイダンの低分子化速度が大きくなる。しかし、pH4未満(例えばpH約3.4あるいはそれ以下)だと、フコイダンが溶けにくくなり、沈殿が生じる、あるいは水熱処理により着色する、フコイダンが分解する等の弊害が生じる。また、水熱処理前のフコイダンの水溶液のpHがアルカリ性側(例えばpH約9あるいはそれ以上)の場合には、フコイダンの低分子化速度の抑制効果が顕著となる。しかし、pH9〜12の範囲では、フコイダンの低分子化速度にあまり差はない。
【0017】
フコイダンの水溶液のpHを中性付近にするには塩基を水溶液に添加するのが通常である、塩基は当業者によく知られており、適宜選択することができる。典型的には塩基の水溶液を用意し、pHをモニターしながら除々にフコイダン水溶液に滴下して所望のpHにすることができる。塩基としては水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどの金属水酸化物、炭酸ナトリウム、炭酸カリウムなどの金属炭酸塩、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウムなどの金属炭酸水素塩などが挙げられるが、食品や医薬品に適用することを考慮すると、フコイダンと不要な反応をしない、毒性や着色の問題がない、風味を損なわないものが好ましく、このような塩基の例として水酸化ナトリウム、水酸化カリウムが挙げられる。
【0018】
フコイダンの水溶液のpHを中性付近〜アルカリ性に調節してから水熱処理に付す場合において、元素分析またはバリウム沈殿法で測定した場合に低分子化フコイダンの硫酸基が実質的に脱離しない(約95%以上の硫酸基が残存している)条件、ならびにIR吸収スペクトルのパターンの変化で判断した場合に低分子化フコイダンの硫酸基が脱離していない水熱処理の条件は、pH無調整の場合とほぼ同じである。そのような低分子化フコイダンを得るための水熱条件としては、約5.5よりも高いpHないしpH約12に調節したフコイダンの水溶液を100℃ないし約140℃未満の水熱条件下に5分ないし20分保つ条件、pH7付近、例えばpH約6〜約8に調節したフコイダンの水溶液を100℃ないし約160℃未満の水熱条件下に5分ないし20分未満保つ条件、あるいはpH7付近、例えばpH約6〜約8に調節したフコイダンの水溶液を100℃ないし約140℃の水熱条件下に5分ないし60分保つ条件が挙げられるが、これらの条件に限定されない。
【0019】
本発明の水熱処理に用いる装置は、試料を上記温度範囲に上記時間保持できるものであればいずれの装置であってもよい。例えば、各種のオートクレーブ用装置や圧力釜のように加圧下で試料を一定温度に保持できる装置が公知であり、市販されているので、それらを用いてもよい。このような装置はあまり高価なものではなく、ランニングコストも比較的安い。また、このような装置は大型化も容易であるので、本発明によれば、安価かつ大量に低分子化フコイダンを得ることができる。また、上記以外の装置として温度調節が可能なプレッシャークッカーなどの装置を本発明の方法に用いてもよい。
【0020】
上述のように、本発明の方法においては、水熱処理温度および/または水熱処理時間を変化させることにより、あるいはそれに加えて水熱処理前にフコイダン水溶液のpHを中性付近に調節することにより、得られるフコイダンの分子量を容易に調節・制御することができる。水熱処理温度が高いほど得られるフコイダンが低分子化し、水熱処理時間が長いほど得られるフコイダンが低分子化する。本発明の方法によれば、上記条件を適宜選択することによって、平均分子量約1万以上約30万未満の範囲の低分子化フコイダンを容易に得ることができる。しかも、本発明の方法により得られる低分子化フコイダンは不快な味、臭いがなく、しかもフコイダンとしての諸活性を保持しているので、食品(特に機能性食品、健康食品など)や医薬品に好適である。したがって、本発明は、上記低分子化方法により得られた低分子化フコイダンを含む飲食物および医薬品も提供する。
【0021】
以下に実施例を示して本発明をさらに詳細かつ具体的に説明するが、実施例は本発明を限定するものではない。
【実施例1】
【0022】
実施例1 分子量に及ぼす処理温度の影響
フコイダン(海産物のきむらや製)800mgを水80mlに溶解してフコイダン水溶液を調製し(pH無調整、pH5.2であった)、処理温度を120℃、140℃、160℃、180℃として、各温度に20分保持した。水熱処理装置としてHTP−50/250(日阪製作所製)を用いた。低分子化したフコイダン試料をHPLCによるゲルろ過カラムクロマトグラフィー(GPC)にて分析した。分析条件は以下のとおり。カラム:Shodex Asahipak GS520+GS320+GS220、溶出液:0.1M NaNO、流速:1.0ml/分、検出:RID、カラム温度:40℃、検量線標品:プルランスタンダード。
【0023】
結果を図1および表1に示す。処理温度が高くなるにつれ、フコイダンの分子量が低下した。処理温度と分子量の関係はなめらかであった。本発明の方法によれば処理温度を変化させることによって所望の分子量のフコイダンが容易に得られることがわかった。また、いずれの反応系においてもGPCチャートのベースラインが低く平坦であり、ピークの形が左右対称に近く、クロマトグラフィー装置等を用いて所望の分子量のフコイダンを分取できることもわかった。データは示していないが、処理時間を変化させることによっても所望の分子量のフコイダンを分取できる。
【表1】

表中、Mwは重量平均分子量を、Mnは数平均分子量を示す。処理温度を上昇させるにつれ、MwおよびMnの値が小さくなり、平均分子量が減少していることが示された。
【実施例2】
【0024】
実施例2 硫酸基の置換度に及ぼす処理温度の影響
実施例と同じフコイダン水溶液および水熱処理装置を用いて、処理温度を140℃、160℃、180℃とし、各温度に20分保持した後、元素分析法にて分析を行い、低分子化フコイダンの硫酸基の置換度(DS)を調べた。結果を表2に示す。
【0025】
再沈殿はアセトンまたはエタノール添加により行ったものである。透析は分画分子量500の透析膜を用いて得られたものである。表2からわかるように、いずれの温度で処理を行った場合でも、そして、いずれの画分においても、低分子化フコイダンのDSと未処理フコイダンのDSとの間で有意な差異は認められなかった。したがって、元素分析法を用いて調べた場合、上記の水熱処理条件下では、水熱処理による低分子化フコイダンの硫酸基の脱離は認められなかったといえる。
【表2】

【0026】
さらに、元素分析法に加えてバリウム沈殿法によっても、本発明の方法による低分子化フコイダンの硫酸基の量を調べた。水熱処理条件は140℃に60分保持であった。実験を2系で行った。結果を表3に示す。元素分析法、バリウム沈殿法にいずれの分析方法を用いても、上記の水熱処理条件下では、DSおよび硫酸基含有率に有意な差異は認められなかった。

【表3】

【0027】
したがって、元素分析および/またはバリウム沈殿法で測定した場合に低分子化フコイダンの硫酸基が実質的に脱離しない条件の例としては、例えば、100℃ないし約180で約5分ないし約20分、100℃ないし約160℃で約5分ないし約20分、100℃ないし約140℃で約5分ないし約60分保持する条件を挙げることができる。
【実施例3】
【0028】
実施例3 IR吸収スペクトル法による硫酸基脱離の有無の検討
水熱処理温度がフコイダンの硫酸基に及ぼす影響について、赤外吸収(IR)スペクトルを測定することにより調べた。フコイダン水溶液および水熱処理装置は実施例1および2と同じものであった。120℃、140℃、160℃および180℃の各温度に試料を20分保持して、得られた低分子化フコイダンのIRスペクトルを取り、S=O伸縮振動に関連する吸収パターンの変化を調べた。結果を図2に示す。
【0029】
処理温度140℃まではIR吸収スペクトルのパターンに変化が見られなかったが、処理温度160℃以上では図2中矢印で示す糖骨格であるピラノース環およびS=O伸縮振動の吸収スペクトルのパターン(および破線で示す領域の吸収スペクトルのパターン)に変化が認められた。これらの結果から、低分子化フコイダンの硫酸基の脱離を含む構造変化がない上限温度は、20分保持の場合には140℃以上160℃未満であることがわかった。したがって、IR吸収スペクトルのパターンにて確認される硫酸基の脱離を含む構造変化がない処理条件としては100℃ないし約160℃未満、好ましくは100℃ないし約140℃で約5分ないし約20分保持する条件が挙げられる。
【0030】
次に、水熱処理時間がフコイダンの硫酸基に及ぼす影響について、赤外吸収(IR)スペクトルを測定することにより調べた。フコイダン水溶液および水熱処理装置は実施例1および2と同じものであった。処理温度120℃で5分保持、ならびに処理温度140℃で10分、20分、40分および60分保持して、得られた低分子化フコイダンのIRスペクトルを取り、S=O伸縮振動に関連する吸収パターンの変化を調べた。結果を図3に示す。
【0031】
処理時間40分(140℃)まではIR吸収スペクトルのパターンに変化が見られなかったが、処理時間60分以上(140℃)では図3中矢印で示すS=O伸縮振動の吸収パターン(および破線で示す領域の吸収スペクトルのパターン)に変化が認められた。これらの結果から、低分子化フコイダンの硫酸基の脱離を含む構造変化がない処理時間の上限は、処理温度が140℃の場合には40分以上60分未満であることがわかった。したがって、IR吸収スペクトルのパターンにて確認される硫酸基の脱離を含む構造変化がないもう1つの処理条件としては100℃ないし約140℃で約5分ないし約60分未満、好ましくは約5分ないし約40分保持する条件が挙げられる。
【0032】
上と同じフコイダン水溶液(pH無調整、pH5.2)について、水熱処理温度と処理時間を変えて実験を行った場合のMw、Mn、Mw/Mn、DS、IRスペクトルの変化を表4に、MwおよびIRスペクトルのパターンの変化を図4にまとめた。140℃で60分、150℃で40分、160℃で20分および180℃で20分の水熱処理でIR吸収パターンに変化が見え始め(わずかな変化、+−)、あるいは観察された(+)。
【表4】

【0033】
これらの結果をまとめると、pH無調整で水熱処理して得られた低分子化フコイダンのIR吸収スペクトルのパターンの変化およびDS値から判断した場合に、低分子化フコイダンの構造変化と硫酸基の脱離を伴わない水熱処理の条件としては、100℃ないし約160℃未満で約5分ないし約20分未満保持する条件、100℃ないし150℃未満で約5分ないし約40分未満保持する条件、100℃ないし約140℃で約5分ないし約60分未満保持する条件、100℃ないし約120℃で約5分ないし120分未満保持する条件が挙げられ、さらに好ましくは、100℃ないし約150℃で約5分ないし約20分保持する条件、100℃ないし約140℃で約5分ないし約40分保持する条件を挙げることができる。したがって、例えば、上記水熱条件によりMw、Mnが数万〜数千の、硫酸基が脱離していない低分子化フコイダンが得られる。
【実施例4】
【0034】
実施例4 水熱反応前にpH調節をした場合
水熱処理前に酢酸水溶液(pH5.2未満のpHに調節)または水酸化ナトリウム水溶液(pH5.2よりも高いpHに調節)でpHを3.2〜12に調節した。pH調節後140℃で20分水熱処理を行った場合のMw、Mn、Mw/Mn、DS、IRスペクトルの変化を表5に、pHとMwの関係を図5に示す。
【表5】

【0035】
pH3.4および3.2の条件で水熱処理した場合、溶液中に不溶部が認められた。pH7前後ではフコイダンの低分子化の著しい遅延は認められず、処理速度をある程度早く保ちながらも上手く分子量を制御できることがわかった。水熱処理前のフコイダンの水溶液のpHが酸性側(4、3.4、3.2)の場合、フコイダンの低分子化速度が大きくなる。しかし、pH3.4および3.2では処理後の水溶液に不溶部が生じた。また、水熱処理前のフコイダンの水溶液のpHがアルカリ性側(例えばpH9、10、11、12)の場合には、フコイダンの低分子化速度の抑制効果が顕著となったが、pH9〜12の範囲では、フコイダンの低分子化速度にあまり差はなかった。上記の実験においてpH5.2〜12では、低分子化フコイダンのIR吸収スペクトルの変化は認められなかった。pH4以下のものはIRスペクトルのわずかな変化が見られた。
【実施例5】
【0036】
実施例5 水熱反応前にpH7に調節した場合
実施例4におけるpH7の条件での水熱反応について、水熱処理温度と処理時間を変えて実験を行った場合のMw、Mn、Mw/Mn、DS、IRスペクトルの変化を表6および図6にまとめた。
【表6】

【0037】
pH7での水熱処理では140℃で60分の処理によってもIR吸収スペクトルのパターンに変化は見られなかった。DS値もほぼ同じであった。したがって、例えば、pH7で水熱処理を約140℃、約5分〜約60分行うことによって、Mw約99000〜約13000、Mn約25000〜約6000の、硫酸基が脱離していない低分子化フコイダンが得られる。pH7での160℃で20分、および180℃で20分の水熱処理により、低分子化フコイダンのIR吸収パターンに変化が認められた。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明は、安価かつ短時間の処理で済み、しかも分子量制御が容易で、硫酸基の脱離を伴わない低分子化フコイダンの製造方法を提供する。したがって、本発明の方法ならびにそれにより得られる低分子化フコイダンは、健康食品、機能性食品、サプリメント、化粧品および医薬品などの分野において利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】図1は、水熱処理温度と得られる低分子化フコイダンの分子量の関係を示す。
【図2】図2は、水熱処理温度による低分子化フコイダンのIRスペクトルの変化を示す。
【図3】図3は、水熱処理時間による低分子化フコイダンのIRスペクトルの変化を示す。
【図4】図4は、水熱処理前にpHを調節せずに(水熱処理前のpH5.2)水熱処理温度および水熱処理時間を変化させて水熱処理を行った場合の低分子化フコイダンのMwおよびIRスペクトルのパターンの変化を示す。
【図5】図5は、140℃で20分水熱処理を行った場合のpHとMwの関係を示す。
【図6】図6は、水熱処理前にpHを7.0に調節して水熱処理温度および水熱処理時間を変化させて水熱処理を行った場合の低分子化フコイダンのMwおよびIRスペクトルのパターンの変化を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
硫酸基の脱離を伴わない低分子化フコイダンの製造方法であって、硫酸基が脱離しない水熱条件下にフコイダンの水溶液を保持することを特徴とする方法。
【請求項2】
pH無調節のフコイダンの水溶液を100℃ないし160℃未満の水熱条件下に5分ないし20分未満保つことを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項3】
pH無調節のフコイダンの水溶液を100℃ないし150℃未満の水熱条件下に5分ないし40分未満保つことを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項4】
pH無調節のフコイダンの水溶液を100℃ないし140℃未満の水熱条件下に5分ないし60分未満保つことを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項5】
pH無調節のフコイダンの水溶液を100℃ないし150℃の水熱条件下に5分ないし20分保つことを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項6】
pH無調節のフコイダンの水溶液を100℃ないし140℃の水熱条件下に5分ないし40分保つことを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項7】
水熱処理前にフコイダンの水溶液のpHを5.5〜12に調節し、フコイダンの低分子化を抑制しつつ水熱反応を行うことを特徴とする、低分子化フコイダンの製造方法。
【請求項8】
該水熱反応が、硫酸基が脱離しない水熱条件下で行われることを特徴とする請求項7記載の方法。
【請求項9】
5.5よりも高いpHないしpH12に調節したフコイダンの水溶液を100℃ないし140℃未満の水熱条件下に5分ないし20分保つことを特徴とする請求項8記載の方法。
【請求項10】
pH6〜8に調節したフコイダンの水溶液を100℃ないし160℃未満の水熱条件下に5分ないし20分未満保つことを特徴とする請求項8記載の方法。
【請求項11】
pH6〜8に調節したフコイダンの水溶液を100℃ないし140℃未満の水熱条件下に5分ないし60分保つことを特徴とする請求項8記載の方法。
【請求項12】
請求項1〜11のいずれか1項記載の方法により得ることのできる低分子化フコイダン。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−266299(P2008−266299A)
【公開日】平成20年11月6日(2008.11.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−50534(P2008−50534)
【出願日】平成20年2月29日(2008.2.29)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度、文部科学省都市エリア産学官連携促進事業「染色体工学技術等による生活習慣病予防食品評価システムの構築と食品等の開発」に係る委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの
【出願人】(504150461)国立大学法人鳥取大学 (271)
【出願人】(307016180)地方独立行政法人鳥取県産業技術センター (32)
【出願人】(390016953)株式会社海産物のきむらや (9)
【Fターム(参考)】