硫黄系正極活物質とその製造方法及びリチウムイオン二次電池用正極。
【課題】リチウムイオン二次電池の充放電容量およびサイクル特性を向上させ得る硫黄系正極活物質と、その硫黄系正極活物質を容易に調達可能な材料で製造できる方法を提供する。
【解決手段】ポリイソプレンと硫黄粉末との混合物を加熱することで、ポリイソプレン由来の炭素骨格に硫黄が結合してなる硫黄系正極活物質を得る。この硫黄系正極活物質を正極に用いたリチウムイオン二次電池は、400mAh/g以上の高容量を発現する。
【解決手段】ポリイソプレンと硫黄粉末との混合物を加熱することで、ポリイソプレン由来の炭素骨格に硫黄が結合してなる硫黄系正極活物質を得る。この硫黄系正極活物質を正極に用いたリチウムイオン二次電池は、400mAh/g以上の高容量を発現する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硫黄を含む硫黄系正極活物質とその製造方法、及びその硫黄系正極活物質を含むリチウムイオン二次電池用正極に関する。
【背景技術】
【0002】
非水電解質二次電池の一種であるリチウムイオン二次電池は、充放電容量の大きな電池であり、主として携帯電子機器用の電池として用いられている。また、リチウムイオン二次電池は、電気自動車用の電池としても期待されている。
【0003】
リチウムイオン二次電池の正極活物質としては、コバルトやニッケル等のレアメタルを含むものが一般的である。しかし、これらの金属は流通量が少なく高価であるため、近年では、これらのレアメタルに代わる物質を用いた正極活物質が求められている。
【0004】
またリチウムイオン二次電池の正極活物質として、硫黄を用いる技術が知られている。硫黄を正極活物質として用いることで、リチウムイオン二次電池の充放電容量を大きくすることができる。例えば、硫黄を正極活物質として用いたリチウムイオン二次電池の充放電容量は、一般的な正極材料であるコバルト酸リチウム正極材料を用いたリチウムイオン二次電池の充放電容量の約6倍である。
【0005】
しかし、正極活物質として単体硫黄を用いたリチウムイオン二次電池においては、放電時に硫黄とリチウムとの化合物が生成する。この硫黄とリチウムとの化合物は、リチウムイオン二次電池の非水系電解液(例えば、エチレンカーボネートやジメチルカーボネート等)に可溶である。このため、正極活物質として硫黄を用いたリチウムイオン二次電池は、充放電を繰り返すと、硫黄化合物の電解液への溶出により次第に劣化し、電池容量が低下するという問題があった。
【0006】
そこで硫黄化合物の電解液への溶出を抑制するために、硫黄を含む正極活物質(以下、硫黄系正極活物質と呼ぶ)に、例えば炭素材料等の硫黄以外の材料を配合する技術が提案されている(特許文献1)。
【0007】
特許文献1には、硫黄系正極活物質として、炭素と硫黄を主な構成要素とするポリ硫化カーボンを用いる技術が紹介されている。このポリ硫化カーボンは、直鎖状不飽和ポリマーに硫黄が付加されたものである。この硫黄系正極活物質は、充放電の繰り返しに伴うリチウムイオン二次電池の充放電容量低下を抑制できるとされている。以下、充放電の繰り返しに伴って充放電容量が低下するリチウムイオン二次電池の特性を「サイクル特性」と呼ぶ。充放電容量の低下度合いが小さいリチウムイオン二次電池はサイクル特性に優れるリチウムイオン二次電池であり、充放電容量の低下度合いの大きなリチウムイオン二次電池はサイクル特性に劣るリチウムイオン二次電池である。
【0008】
しかし、特許文献1に紹介されている硫黄系正極活物質によっても、リチウムイオン二次電池のサイクル特性を充分に向上させることはできなかった。これは、放電時に硫黄とリチウムとが結合することにより、ポリ硫化カーボンに含まれる−CS−CS−結合や−S−S−結合が切断されて、ポリマーが切断されるためだと考えられている。
【0009】
そこで本発明の発明者らは、ポリアクリロニトリルと硫黄との混合物を熱処理して得られる硫黄系正極活物質を発明した(特許文献2)。この正極活物質を正極に用いたリチウムイオン二次電池の充放電容量は大きく、かつ、この正極活物質を正極に用いたリチウムイオン二次電池はサイクル特性に優れる。
【0010】
その一方で、ポリアクリロニトリルは比較的高価な材料である。また、この正極活物質を正極に用いたリチウムイオン二次電池は、ポリアクリロニトリル原料粉末の品質(特に粒径)によって充放電容量、サイクル特性等の電池性能が大きく左右される。品質の一定なポリアクリロニトリルはさらに高価である。このため、特許文献2に開示されている硫黄系正極活物質によると、大きな充放電容量を持ち、かつサイクル特性に優れるリチウムイオン二次電池を、安価に提供し難いという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2002−154815号公報
【特許文献2】国際公開第2010/044437号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、大きな充放電容量を持ち、かつサイクル特性に優れるリチウムイオン二次電池を提供するとともに、比較的容易に調達可能な材料を用いた硫黄系正極活物質、この硫黄系正極活物質の製造方法、およびこの硫黄系正極活物質を用いたリチウムイオン二次電池用正極を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の発明者らは、鋭意研究の結果、硫黄系正極活物質の炭素材料として、比較的容易に調達可能な材料である天然ゴムなどのポリイソプレンを用いることで、大きな充放電容量および優れたサイクル特性を維持できる硫黄系正極活物質を製造できることを見いだした。
【0014】
すなわち、上記課題を解決する本発明の硫黄系正極活物質の製造方法の特徴は、ポリイソプレンと硫黄粉末とを含む原料を混合して混合物とする混合工程と、混合物を加熱する熱処理工程と、を行うことにある。
【0015】
そして上記製造方法によって製造される本発明の硫黄系正極活物質の特徴は、ポリイソプレン由来の炭素骨格と、その炭素骨格と結合した硫黄(S)とからなることにある。
【0016】
またもう一つの発明の硫黄系正極活物質の製造方法の特徴は、ポリイソプレンと、ポリアクリロニトリル粉末と、硫黄粉末とを含む原料を混合して混合物とする混合工程と、混合物を加熱する熱処理工程と、を行うことにある。
【0017】
そして上記製造方法によって製造される本発明の硫黄系正極活物質は、ポリアクリロニトリル由来の第2の炭素骨格と、その第2の炭素骨格と結合した硫黄(S)とからなる第2硫黄系正極活物質をさらに含んでいる。
【0018】
上記課題を解決する本発明のリチウムイオン二次電池用正極は、本発明の硫黄系正極活物質を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明の硫黄系正極活物質の製造方法によると、リチウムイオン二次電池の充放電容量およびサイクル特性を向上させ得る硫黄系正極活物質をポリイソプレンという比較的容易に調達可能な材料で製造できる。また天然ゴムを原料として用いれば、植物由来の天然ゴムと天然に豊富な資源である硫黄から硫黄系正極活物質を製造できる。
【0020】
また、本発明の硫黄系正極活物質およびリチウムイオン二次電池用正極によると、リチウムイオン二次電池の充放電容量およびサイクル特性を向上させることができ、第2硫黄系正極活物質をさらに含むことでサイクル特性がさらに向上する。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】実施例の硫黄系正極活物質の製造方法で用いた反応装置を模式的に表す説明図である。
【図2】実施例1の硫黄系正極活物質をX線回折した結果を表すグラフである。
【図3】実施例2の硫黄系正極活物質をX線回折した結果を表すグラフである。
【図4】比較例1の硫黄系正極活物質をX線回折した結果を表すグラフである。
【図5】実施例1の硫黄系正極活物質をラマンスペクトル分析した結果を表すグラフである。
【図6】実施例2の硫黄系正極活物質をラマンスペクトル分析した結果を表すグラフである。
【図7】比較例1の硫黄系正極活物質をラマンスペクトル分析した結果を表すグラフである。
【図8】実施例1の硫黄系正極活物質をFT−IRスペクトル分析した結果を表すグラフである。
【図9】実施例2の硫黄系正極活物質をFT−IRスペクトル分析した結果を表すグラフである。
【図10】比較例1の硫黄系正極活物質をFT−IRスペクトル分析した結果を表すグラフである。
【図11】天然ゴムをFT−IRスペクトル分析した結果を表すグラフである。
【図12】400℃で熱処理された天然ゴムをFT−IRスペクトル分析した結果を表すグラフである。
【図13】エボナイトをFT−IRスペクトル分析した結果を表すグラフである。
【図14】実施例1のリチウムイオン二次電池の充放電曲線を表すグラフである。
【図15】実施例2のリチウムイオン二次電池の充放電曲線を表すグラフである。
【図16】比較例1のリチウムイオン二次電池の充放電曲線を表すグラフである。
【図17】実施例1のリチウムイオン二次電池のサイクル試験の結果を表すグラフである。
【図18】実施例2のリチウムイオン二次電池のサイクル試験の結果を表すグラフである。
【図19】比較例1のリチウムイオン二次電池のサイクル試験の結果を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
(硫黄系正極活物質の製造方法)
本発明の硫黄系正極活物質の製造方法(以下、本発明の製造方法と略する)においては、硫黄系正極活物質の原料として、ポリイソプレンと硫黄とを用いる。このうちポリイソプレンとしては、天然ゴム及び合成ポリイソプレンの何れも用いることができるが、シス型のポリイソプレンは分子鎖が折れ曲がった構造をとって不規則な形を取りやすく、分子鎖と分子差の間に多くの隙間を生じ分子間力が比較的小さくなる為、分子同士の結晶化が起こらず軟らかな性質を持つようになるから、トランス型よりシス型が好ましい。
【0023】
本発明の製造方法は、ポリイソプレンと硫黄粉末とを含む原料を混合して混合物とする混合工程と、混合物を加熱する熱処理工程と、を行う。混合工程は、ポリイソプレンの乾燥物を粉砕し硫黄粉末と混合してもよいし、ポリイソプレンを溶媒に溶解した溶液と硫黄粉末を混合してもよいし、天然ゴムのようなラテックスあるいは生ゴムと硫黄粉末とを混合することもできる。混合手段は、ミキサー、各種ミルなどを用いることができる。
【0024】
熱処理工程では、ポリイソプレンと硫黄とを反応させる。この反応は、一般には加硫と称されているが、本発明ではポリイソプレンの量に対して硫黄の量を過大として反応させ、硫黄を高濃度で含む正極活物質とすることが望ましい。この熱処理工程の温度は、ポリイソプレンの少なくとも一部と硫黄の少なくとも一部とが液体となる条件で行うことが望ましい。このようにすることで、ポリイソプレンと硫黄との接触面積を充分に大きくでき、硫黄を充分に含みかつ硫黄の脱離が抑制された硫黄系正極活物質を得ることができる。
【0025】
熱処理工程では、あまり高温にすると硫黄が気化するため反応系内の硫黄濃度が低くなる場合がある。そのような場合には、硫黄を還流しながら反応させることが望ましい。このようにすることで、硫黄を充分に含む硫黄系正極活物質を得やすくなる。熱処理工程において硫黄を還流する場合、ポリイソプレンの融点は約30℃と低いので、硫黄が気化する温度以上の温度であれば良い。ここで言う気化とは、硫黄が液体または固体から気体に相変化することを指し、沸騰、蒸発、昇華の何れによっても良い。参考までに、α硫黄(斜方硫黄、常温付近で最も安定な構造である)の融点は112.8℃、β硫黄(単斜硫黄)の融点は119.6℃、γ硫黄(単斜硫黄)の融点は106.8℃である。硫黄の沸点は444.7℃である。ところで、硫黄の蒸気圧は高いため、混合原料の温度が150℃以上になると、硫黄の蒸気の発生が目視でも確認できる。したがって、混合原料の温度が150℃以上であれば硫黄の還流は可能である。なお、熱処理工程において硫黄を還流する場合には、既知構造の還流装置を用いて硫黄を還流すれば良い。
【0026】
なお、一般的なゴム材料の加硫は、100℃〜190℃の温度領域で行われる。120℃前後での加硫は低温加硫と呼ばれ、180℃辺りからは高温過加硫と呼ばれる。本発明で行う熱処理の温度は上述の温度領域より高く、加熱温度としては250℃〜500℃が好ましく、300℃〜450℃がより好ましい。
【0027】
ここで、熱処理工程を如何なる雰囲気で行うかについては特に問わないが、ポリイソプレンと硫黄との結合を妨げない雰囲気(例えば、水素を含有しない雰囲気、非酸化性雰囲気)下で行うのが好ましい。例えば、雰囲気中に水素が存在すると、反応系中の硫黄が水素と反応して硫化水素となるため、反応系中の硫黄が失われる場合があるからである。また、ここでいう非酸化性雰囲気とは、酸化反応が進行しない程度の低酸素濃度とした減圧状態、窒素やアルゴン等の不活性ガス雰囲気、硫黄ガス雰囲気等を含む。
【0028】
混合物におけるポリイソプレンおよび硫黄の形状、粒径等は特に問わない。熱処理工程においてポリイソプレンと硫黄とが液体状で接触するのが好ましいため、ポリイソプレンや硫黄の粒径が不均一であったり大きかったりする場合にも、ポリイソプレンと硫黄とが液体状で接触する条件とすれば、ポリイソプレンと硫黄とが充分接触するためである。また、混合物中のポリイソプレンと硫黄とは、均一に分散しているのが好ましいが、不均一であっても良い。
【0029】
熱処理工程における混合物の加熱時間は、加熱温度に応じて適宜設定すれば良く、特に限定しない。上述した好ましい温度で混合物を加熱する場合には、1分〜10時間程度加熱するのが好ましく、5分〜60分加熱するのがより好ましい。一般的なゴム材料の加硫の時間は、加熱温度にもよるが数分〜数十分で行われる。1時間を超えるような加硫時間は、過加硫と呼ばれ、ゴムとしての性能は下がるとされている。本発明の硫黄系正極活物質にはゴム材料に求められるような柔軟性は必要なく、加熱処理の時間は、過加硫と呼ばれる時間より長くしても問題はない。
【0030】
本発明の製造方法において、混合物中のポリイソプレンと硫黄との配合比にも好ましい範囲が存在する。ポリイソプレンに対する硫黄の配合量が過小であるとポリイソプレンに充分量の硫黄を取り込めず、ポリイソプレンに対する硫黄の配合量が過大であると、硫黄系正極活物質中に遊離の硫黄(単体硫黄)が多く残存して、リチウムイオン二次電池内の特に電解液を汚染するためである。混合物中のポリイソプレンと硫黄との配合比は、質量比でポリイソプレン:硫黄が1:0.5〜1:10であるのが好ましく、1:1〜1:7であるのがより好ましく、1:2〜1:5であるのが特に好ましい。
【0031】
なお、天然ゴムを主原料とする一般的なゴムの加硫処理は、ゴムに硫黄を加える割合を変えて、ゴムの伸び縮みを変化させる。鎖状構造の生ゴムに硫黄を約3〜6%加えて加熱処理することで弾性ゴム(例えば輪ゴム)が生成し、硫黄が約30〜40%の場合には、硬質ゴム(エボナイト、仕様例:電球ソケット、万年筆)となる。通常ゴムの加硫は140℃程度の温度で行われるが、本発明では250〜500℃の高温で行うため、−C=C−二重結合へのSの付加反応と、構造中の−CH2などから水素を引き抜いて硫化水素ガスが発生し、抜いた水素の代わりにSが付加する反応とが生じ、Sの含有量(含硫率)の高い物質が得られる。
【0032】
ポリイソプレンに対する硫黄の配合量を過大とすれば、熱処理工程においてポリイソプレンに充分な量の硫黄を容易に取り込むことができる。そしてポリイソプレンに対して硫黄を必要以上の量で配合したとしても、熱処理工程後の被処理体から過剰の単体硫黄を除去する単体硫黄除去工程を行うことで、上述した単体硫黄による悪影響を抑制できる。詳しくは、混合物中のポリイソプレンと硫黄との配合比を、質量比で1:2〜1:10とする場合、熱処理工程後の被処理体を、減圧しつつ200℃〜250℃で加熱する(単体硫黄除去工程)ことで、ポリイソプレンに充分な量の硫黄を取り込みつつ、残存する単体硫黄による悪影響を抑制できる。熱処理工程後の被処理体に単体硫黄除去工程を施さない場合には、この被処理体をそのまま硫黄系正極活物質として用いれば良い。また、熱処理工程後の被処理体に単体硫黄除去工程を施す場合には、単体硫黄除去工程後の被処理体を硫黄系正極活物質として用いれば良い。
【0033】
混合物は、ポリイソプレンおよび硫黄のみで構成しても良いし、正極活物質に配合可能な一般的な材料(導電助剤等)を配合しても良い。
【0034】
本発明の製造方法によると、正極活物質の材料としてコバルト等のレアメタルを配合するかわりにポリイソプレンと硫黄とが反応してなる物質を配合したことで、リチウムイオン二次電池の充放電容量を向上させる正極活物質を比較的容易に調達可能であるから、安価に製造できる。
【0035】
また、天然ゴムは完全には精製されていない材料であり、非常に安価である。このため、本発明の製造方法によると、例えばポリアクリロニトリル等の炭素材料を用いる場合に比べても、硫黄系正極活物質を安価に製造できる。一般的に天然ゴムには非ゴム成分として、タンパク質、脂肪酸、炭水化物、灰分などが合わせて6〜7%程度含まれるが、このような材料を用いた場合でも硫黄系正極活物質として機能する材料を得ることができる。
【0036】
また、ポリイソプレンは加熱することで容易に液体状にできる。このため、ポリイソプレンと硫黄とは熱処理工程において充分に接触し、ポリイソプレンや硫黄の粒径等を特に考慮する必要はない。本発明の製造方法は、このことによっても、硫黄系正極活物質を安価に製造できる。
【0037】
本発明の製造方法は、これらの協働によって、リチウムイオン二次電池の充放電容量およびサイクル特性を向上させ得る硫黄系正極活物質を安価に製造できる。
【0038】
(硫黄系正極活物質)
本発明の硫黄系正極活物質は、本発明の製造方法で製造できる。本発明の硫黄系正極活物質は、正極、負極および電解質を持つリチウムイオン二次電池用の正極に用いられる。
【0039】
本発明の硫黄系正極活物質は、例えば、化1式で示されるようなエボナイトに類似した構造であると考えられるが、その構造は明らかではない。しかし、ポリイソプレン由来の炭素骨格を有し、FT−IRスペクトルにおいて、1452cm-1付近と、1336cm-1付近と、1147cm-1付近と、1067cm-1付近と、1039cm-1付近と、938cm-1付近と、895cm-1付近と、840cm-1付近と、810cm-1付近と、584cm-1付近と、にそれぞれ主なピークが存在する。
【0040】
一方、ポリイソプレンは、FT−IRスペクトルにおいて、3279cm-1付近と、3034cm-1付近と、2996cm-1付近と、2931cm-1付近と、2864cm-1付近と、2728cm-1付近と、1653cm-1付近と、1463cm-1付近と、1378cm-1付近と、834cm-1付近と、579cm-1付近と、にそれぞれ主なピークが存在する。
【0041】
また、ポリイソプレンを400℃で熱処理して得た物質は、FT−IRスペクトルにおいて、2962cm-1付近と、2872cm-1付近と、2723cm-1付近と、1701cm-1付近と、1458cm-1付近と、1377cm-1付近と、968cm-1付近と、885cm-1付近と、816cm-1付近と、にそれぞれ主なピークが存在する。
【0042】
さらに、含硫率約30%の一般的なエボナイトはFT−IRスペクトルにおいて、2928cm-1付近と、2858m-1付近と、1735cm-1付近と、1643cm-1付近と、1599cm-1付近と、1518cm-1付近と、1499cm-1付近と、1462cm-1付近と、1454cm-1付近と、1447cm-1付近と、1375cm-1付近と、1310cm-1付近と、1277cm-1付近と、12254cm-1付近と、1194cm-1付近と、1115cm-1付近と、1088cm-1付近と、1031cm-1付近と、953cm-1付近と、835cm-1付近と、739cm-1付近と、696cm-1-1付近と、654cm-1付近と、592cm-1付近と、にそれぞれ主なピークが存在する。
【0043】
FT-IRスペクトルにおいて、1300〜650cm-1の領域は指紋領域と呼ばれており、この領域には細かいピークが多数みられ、そのパターンは物質に固有のものとなる。したがって、この領域の吸収を既知試料やスペクトルデータベースと照合することで、その物質が何かを同定することが可能である。本発明の硫黄系正極活物質と、ポリイソプレンおよびポリイソプレンを400℃で熱処理して得た物質およびエボナイトのFT−IRスペクトルは全く異なっており、特に上述の指紋領域のスペクトルなどから本発明の硫黄系正極活物質を同定することが可能である。特に、1067cm-1付近と、895cm-1付近のピークは、本発明の硫黄系正極活物質にのみ認められるもので、FT−IRスペクトルで同定することが可能である。
【0044】
【化1】
【0045】
本発明の硫黄系正極活物質を元素分析すると、硫黄(S)と炭素(C)とが大部分を占め、少量の酸素および水素が検出される。硫黄(S)と炭素(C)の組成比は、原子比(S/C)で1/5以上の範囲で含まれていることが望ましい。この範囲より硫黄が少ないと、リチウムイオン二次電池用正極に用いた時に充放電特性が低下する場合がある。
【0046】
本発明の硫黄系正極活物質は、ポリアクリロニトリル由来の第2の炭素骨格と、第2の炭素骨格と結合した硫黄(S)とからなる第2硫黄系正極活物質をさらに含むことが望ましい。この第2硫黄系正極活物質をさらに含むことで、リチウムイオン二次電池用正極に用いた時にサイクル特性がさらに向上するようになる。その理由は明らかではないが、ポリアクリロニトリルと硫黄との結合力が大きいので硫黄が固定化されるためと考えられている。
【0047】
この第2硫黄系正極活物質をさらに含む正極活物質を製造するには、ポリイソプレンと硫黄との反応により形成された第1の硫黄系正極活物質と第2硫黄系正極活物質とを物理的に混合することもできる。しかし安定性が懸念される場合があるため、安定性を高めるためには、ポリイソプレンと、ポリアクリロニトリル粉末と、硫黄粉末とを含む原料を混合して混合物とする混合工程と、この混合物を加熱する熱処理工程と、を行うことが望ましい。ポリアクリロニトリル粉末としては、重量平均分子量が10,000〜300,000程度の範囲内にあるものが好ましい。また、ポリアクリロニトリルの粒径については、電子顕微鏡によって観察した際に、0.5〜50μm程度の範囲内にあるものが好ましく、1〜10μm程度の範囲内にあるものがより好ましい。
【0048】
混合物中のポリイソプレンとポリアクリロニトリルとの合計量と、硫黄との配合比は、質量比で1:0.5〜1:10とすることができる。ポリイソプレンとポリアクリロニトリルとの合計量に対する硫黄の配合量が過小であるとポリイソプレン及びポリアクリロニトリルに充分量の硫黄を取り込めず、ポリイソプレンとポリアクリロニトリルとの合計量に対する硫黄の配合量が過大であると、硫黄系正極活物質中に遊離の硫黄(単体硫黄)が多く残存して、リチウムイオン二次電池内の特に電解液を汚染するためである。混合物中のポリイソプレンとポリアクリロニトリルとの合計量に対する硫黄の配合比は、質量比で1:0.5〜1:10であるのが好ましく、1:1〜1:7であるのがより好ましく、1:2〜1:5であるのが特に好ましい。
【0049】
混合物中にさらにポリアクリロニトリル粉末を含む場合の熱処理工程は、前述したポリイソプレンと硫黄とを反応させる製造方法と同様に行うことができる。
【0050】
第2硫黄系正極活物質の混合量は特に限定的ではないが、コストの観点からは、正極活物質全体に0〜80質量%程度とすることが好ましく、5〜60質量%程度とすることがより好ましく、10〜40質量%程度とすることが更に好ましい。
【0051】
(リチウムイオン二次電池用正極)
本発明のリチウムイオン二次電池用正極は、上述した本発明の硫黄系正極活物質を含む。このリチウムイオン二次電池用正極は、正極活物質以外は、一般的なリチウムイオン二次電池用正極と同様の構造にできる。例えば、本発明のリチウムイオン二次電池用正極は、本発明の硫黄系正極活物質、導電助剤、バインダ、および溶媒を混合した正極材料を、集電体に塗布することによって製作できる。
【0052】
導電助剤としては、気相法炭素繊維(Vapor Grown Carbon Fiber:VGCF)、炭素粉末、カーボンブラック(CB)、アセチレンブラック(AB)、ケッチェンブラック(KB)、黒鉛、アルミニウムやチタンなどの正極電位において安定な金属の微粉末等が例示される。
【0053】
バインダとしては、ポリフッ化ビニリデン(PolyVinylidene DiFluoride:PVDF)、ポリ四フッ化エチレン(PTFE)、スチレン−ブタジエンゴム(SBR)、ポリイミド(PI)、ポリアミドイミド(PAI)、カルボキシメチルセルロース(CMC)、ポリ塩化ビニル(PVC)、メタクリル樹脂(PMA)、ポリアクリロニトリル(PAN)、変性ポリフェニレンオキシド(PPO)、ポリエチレンオキシド(PEO)、ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)等が例示される。
【0054】
溶媒としては、N-メチル-2-ピロリドン、N,N-ジメチルホルムアルデヒド、アルコール、水等が例示される。これら導電助剤、バインダおよび溶媒は、それぞれ複数種を混合して用いても良い。これらの材料の配合量は特に問わないが、例えば、硫黄系正極活物質100質量部に対して、導電助剤20〜100質量部程度、バインダ10〜20質量部程度を配合するのが好ましい。また、その他の方法として、本発明の硫黄系正極活物質と上述した導電助剤およびバインダとの混合物を乳鉢やプレス機などで混練しかつフィルム状にし、フィルム状の混合物をプレス機等で集電体に圧着することで、本発明のリチウムイオン二次電池用正極を製造することもできる。
【0055】
集電体としては、リチウムイオン二次電池用正極に一般に用いられるものを使用すれば良い。例えば、集電体としては、アルミニウム箔、アルミニウムメッシュ、パンチングアルミニウムシート、アルミニウムエキスパンドシート、ステンレススチール箔、ステンレススチールメッシュ、パンチングステンレススチールシート、ステンレススチールエキスパンドシート、発泡ニッケル、ニッケル不織布、銅箔、銅メッシュ、パンチング銅シート、銅エキスパンドシート、チタン箔、チタンメッシュ、カーボン不織布、カーボン織布等が例示される。このうち黒鉛化度の高いカーボンから成るカーボン不織布/織布集電体は、水素を含まず、硫黄との反応性が低いために、硫黄系正極活物質用の集電体として好適である。黒鉛化度の高い炭素繊維の原料としては、カーボン繊維の材料となる各種のピッチ(すなわち、石油、石炭、コールタールなどの副生成物)やポリアクリロニトリル繊維(PAN)等を用いることができる。
【0056】
本発明のリチウムイオン二次電池用正極は、正極活物質として、上述した本発明の硫黄系正極活物質を含む。したがって本発明のリチウムイオン二次電池用正極を用いたリチウムイオン二次電池は、充放電容量が大きくサイクル特性に優れる。
【0057】
(リチウムイオン二次電池)
以下、本発明の硫黄系正極活物質を正極に用いたリチウムイオン二次電池の構成について説明する。以下、本発明の硫黄系正極活物質を正極に用いたリチウムイオン二次電池を単にリチウムイオン二次電池用と略する。なお、正極に関しては、上述したとおりである。
【0058】
(負極)
負極材料としては、公知の金属リチウム、黒鉛などの炭素系材料、シリコン薄膜などのシリコン系材料、銅−錫やコバルト−錫などの合金系材料を使用できる。負極材料として、リチウムを含まない材料、例えば、上記した負極材料の内で、炭素系材料、シリコン系材料、合金系材料等を用いる場合には、デンドライトの発生による正負極間の短絡を生じ難い点で有利である。ただし、これらのリチウムを含まない負極材料を本発明の正極と組み合わせて用いる場合には、正極および負極が何れもリチウムを含まない。このため、負極および正極の何れか一方、または両方にあらかじめリチウムを挿入するリチウムプリドープ処理が必要となる。リチウムのプリドープ法としては公知の方法に従えば良い。例えば、負極にリチウムをドープする場合には、対極に金属リチウムを用いて半電池を組み、電気化学的にリチウムをドープする電解ドープ法によってリチウムを挿入する方法や、金属リチウム箔を電極に貼り付けたあと電解液の中に放置し電極へのリチウムの拡散を利用してドープする貼り付けプリドープ法によりリチウムを挿入する方法が挙げられる。また、正極にリチウムをプリドープする場合にも、上記した電解ドープ法を利用することが出来る。
【0059】
リチウムを含まない負極材料としては、特に、高容量の負極材料であるシリコン系材料が好ましく、その中でも電極厚さが薄くて体積当りの容量で有利となる薄膜シリコンがより好ましい。
【0060】
(電解質)
リチウムイオン二次電池に用いる電解質としては、有機溶媒に電解質であるアルカリ金属塩を溶解させたものを用いることができる。有機溶媒としては、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、ジメチルカーボネート、ジエチルカーボネート、エチルメチルカーボネート、ジメチルエーテル、γ−ブチロラクトン、アセトニトリル等の非水系溶媒から選ばれる少なくとも一種を用いるのが好ましい。電解質としては、LiPF6、LiBF4、LiAsF6、LiCF3SO3、LiI、LiClO4等を用いることができる。電解質の濃度は、0.5mol/l〜1.7mol/l程度であれば良い。なお、電解質は液状に限定されない。例えば、リチウムイオン二次電池がリチウムポリマー二次電池である場合、電解質は固体状(例えば、高分子ゲル状)をなす。
【0061】
(その他)
リチウムイオン二次電池は、上述した負極、正極、電解質以外にも、セパレータ等の部材を備えても良い。セパレータは、正極と負極との間に介在し、正極と負極との間のイオンの移動を許容するとともに、正極と負極との内部短絡を防止する。リチウムイオン二次電池が密閉型であれば、セパレータには電解液を保持する機能も求められる。セパレータとしては、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリアクリロニトリル、アラミド、ポリイミド、セルロース、ガラス等を材料とする薄肉かつ微多孔性または不織布状の膜を用いるのが好ましい。リチウムイオン二次電池の形状は特に限定されず、円筒型、積層型、コイン型等、種々の形状にできる。
【実施例】
【0062】
以下、本発明の硫黄系正極活物質の製造方法、硫黄系正極活物質、および、リチウムイオン二次電池用正極を具体的に説明する。
【0063】
(実施例1)
〈硫黄系正極活物質の製造〉
〔1〕混合工程
天然ゴムをヘプタンに溶解したゴム糊(マルニ工業株式会社製)に平均粒径50μmの硫黄粉末を混合し、その後ヘプタンを乾燥させて混合原料を調製した。混合原料中における天然ゴムと硫黄との配合比率は、固形分の重量比で硫黄36質量部に対して天然ゴムが1質量部となるようにした。
【0064】
〔2〕装置
図1に示すように、反応装置1は、反応容器2、蓋3、熱電対4、アルミナ保護管40、二つのアルミナ管(ガス導入管5、ガス排出管6)、アルゴンガス配管50、アルゴンガスを収容したガスタンク51、トラップ配管60、水酸化ナトリウム水溶液61を収容したトラップ槽62、電気炉7、電気炉に接続されている温度コントローラ70を有する。
【0065】
反応容器2としては、有底筒状をなすガラス管(石英ガラス製)を用いた。後述する熱処理工程において、反応容器2には混合原料9を収容した。反応容器2の開口部は、三つの貫通孔を持つガラス製の蓋3で閉じた。貫通孔の一つには、熱電対4を収容したアルミナ保護管40(アルミナSSA-S、株式会社ニッカトー製)を取り付けた。貫通孔の他の一つには、ガス導入管5(アルミナSSA-S、株式会社ニッカトー製)を取り付けた。貫通孔の残りの一つには、ガス排出管6(アルミナSSA-S、株式会社ニッカトー製)を取り付けた。なお、反応容器2は、外径60mm、内径50mm、長さ300mmであった。アルミナ保護管40は、外径4mm、内径2mm、長さ250mmであった。ガス導入管5およびガス排出管6は、外径6mm、内径4mm、長さ150mmであった。ガス導入管5およびガス排出管6の先端は、蓋3の外部(反応容器2内)に露出した。この露出した部分の長さは3mmであった。ガス導入管5およびガス排出管6の先端は、後述する熱処理工程においてほぼ100℃以下となる。このため、熱処理工程において生じる硫黄蒸気は、ガス導入管5およびガス排出管6から流出せず、反応容器2に戻される(還流する)。
【0066】
アルミナ保護管40に入れた熱電対4の先端は、間接的に反応容器2中の混合原料9の温度を測定した。熱電対4で測定した温度は、電気炉7の温度コントローラ70にフィードバックした。
【0067】
ガス導入管5にはアルゴンガス配管50を接続した。アルゴンガス配管50はアルゴンガスを収容したガスタンク51に接続した。ガス排出管6にはトラップ配管60の一端を接続した。トラップ配管60の他端は、トラップ槽62中の水酸化ナトリウム水溶液61に挿入した。なお、トラップ配管60およびトラップ槽62は、後述する熱処理工程で生じる硫化水素ガスのトラップである。
【0068】
〔3〕熱処理工程
混合原料9を収容した反応容器2を、電気炉7(ルツボ炉、開口幅φ80mm、加熱高さ100mm)に収容した。このとき、ガス導入管5を介して反応容器2の内部にアルゴンを導入した。このときのアルゴンガスの流速は100ml/分であった。アルゴンガスの導入開始10分後に、アルゴンガスの導入を継続しつつ反応容器2中の混合原料9の加熱を開始した。このときの昇温速度は5℃/分であった。混合原料9が100℃になった時点で、混合原料9の加熱を継続しつつアルゴンガスの導入を停止した。混合原料9が約200℃になるとガスが発生した。混合原料9が360℃になった時点で加熱を停止した。加熱停止後、混合原料9の温度は400℃にまで上昇し、その後、低下した。したがって、この熱処理工程において、混合原料9は400℃にまで加熱された。その後、混合原料9を自然冷却し、混合原料9が室温(約25℃)にまで冷却された時点で反応容器2から生成物(すなわち、熱処理工程後の被処理体)を取り出した。なお、このときの加熱時間は400℃で約5分であり、硫黄は還流された。
【0069】
〔4〕単体硫黄除去工程
熱処理工程後の被処理体に残存する単体硫黄(遊離の硫黄)を除去するために、以下の工程をおこなった。
【0070】
熱処理工程後の被処理体を乳鉢で粉砕した。粉砕物2gをガラスチューブオーブンに入れ、真空吸引しつつ200℃で3時間加熱した。このときの昇温温度は10℃/分であった。この工程により、熱処理工程後の被処理体に残存する単体硫黄が蒸発・除去され、単体硫黄を含まない(または、微量の単体硫黄を含む)実施例1の硫黄系正極活物質を得た。
【0071】
〈リチウムイオン二次電池の製作〉
〔1〕正極
実施例1の硫黄系正極活物質3mgとアセチレンブラック2.7mgとポリテトラフルオロエチレン(PTFE)0.3mgとの混合物を、ヘキサンを適量加えつつ、メノウ製乳鉢でフィルム状になるまで混練し、フィルム状の正極材料を得た。この正極材料全量を、φ14mmの円形に打ち抜いたアルミニウムメッシュ(#100メッシュ)の上に置き、卓上プレス機で圧着し、100℃で3時間乾燥した。この工程で、実施例1のリチウムイオン二次電池用正極を得た。
【0072】
〔2〕負極
負極としては、厚さ0.5mmの金属リチウム箔(本城金属社製)をφ14mmに打ち抜いたものを用いた。
【0073】
〔3〕電解液
電解液としては、エチレンカーボネートとジエチルカーボネートとを混合した混合溶媒に、LiPF6を溶解した非水電解質を用いた。エチレンカーボネートとジエチルカーボネートとは体積比1:1で混合した。電解液中のLiPF6の濃度は、1.0mol/lであった。
【0074】
〔4〕電池
〔1〕、〔2〕で得られた正極および負極を用いて、コイン電池を製作した。詳しくは、ドライルーム内で、厚さ25μmのポリプロピレン微孔質膜からなるセパレータ(「Celgard2400」Celgard社製)と、厚さ500μmのガラス不織布フィルタと、を正極と負極との間に挟装して、電極体電池とした。この電極体電池を、ステンレス容器からなる電池ケース(CR2032型コイン電池用部材、宝泉株式会社製)に収容した。電池ケースには〔3〕で得られた電解液を注入した。電池ケースをカシメ機で密閉して、実施例1のリチウムイオン二次電池を得た。
【0075】
(実施例2)
実施例1と同様の天然ゴムをヘプタンに溶解したゴム糊に平均粒径50μmの硫黄粉末と、平均粒径1μmのポリアクリロニトリル粉末(ポリサイエンス社製)とを混合し、その後、ヘプタンを乾燥させて混合原料を調製した。混合原料中における配合比率は、固形分の重量比で硫黄56質量部に対してポリアクリロニトリルが8質量部、天然ゴムが1質量部となるようにした。
【0076】
この混合原料を用い、実施例1と同様の装置を用いて実施例1と同様に熱処理工程を行い、熱処理温度を250℃としたこと以外は実施例1と同様に単体硫黄除去工程を行って、実施例2の硫黄系正極活物質を得た。
【0077】
そして、実施例2の硫黄系正極活物質を用い、実施例1と同様にして実施例2のリチウムイオン二次電池用正極を形成し、実施例1と同様にして実施例2のリチウムイオン二次電池を得た。
【0078】
(比較例1)
実施例1と同様の平均粒径50μmの硫黄粉末を25.008gと、実施例2と同様のポリアクリロニトリル粉末を5.061gと、を乳鉢で混合し、混合原料を調製した。
【0079】
この混合原料を用い、実施例1と同様の装置を用いて実施例1と同様に熱処理工程を行い、その後、実施例2と同様に単体硫黄除去工程を行って、比較例1の硫黄系正極活物質を得た。
【0080】
そして比較例1の硫黄系正極活物質を用い、実施例1と同様にして比較例1のリチウムイオン二次電池用正極を形成し、実施例1と同様にして比較例1のリチウムイオン二次電池を得た。
【0081】
<元素分析>
実施例1及び実施例2の各硫黄系正極活物質について元素分析を行った。結果を表1に示す。
【0082】
【表1】
【0083】
<X線回折による硫黄系正極活物質の分析>
実施例1、実施例2、比較例1の各硫黄系正極活物質についてX線回折分析を行った。装置として粉末X線回折装置(MAC Science社製、M06XCE)を用いた。測定条件は、CuKα線、電圧:40kV、電流:100mA、スキャン速度:4°/分、サンプリング:0.02°、積算回数:1回、回折角(2θ):10°〜60°であった。得られた回折パターンを図2〜4にそれぞれ示す。
【0084】
図2〜4から明らかなように、回折角(2θ)が20°〜30°の範囲では、25°付近にピーク位置を有するブロードな回折ピークだけが観察され、硫黄単体の存在を示すシャープなピークは観察されなかった。すなわち実施例1、実施例2、比較例1の各硫黄系正極活物質には単体の硫黄が含まれていないことが確認できた。
【0085】
<ラマンスペクトル分析による硫黄系正極活物質の分析>
実施例1、実施例2、比較例1の各硫黄系正極活物質についてラマンスペクトル分析を行った。分析装置には日本分光株式会社製の「RMP-320」(励起波長λ=532nm、グレーチング:1800gr/mm、分解能:3cm-1)を用いた。得られたラマンスペクトルを図5〜7にそれぞれ示す。図5〜7における横軸はラマンシフト(cm-1)であり、縦軸は相対強度である。
【0086】
実施例1の硫黄系正極活物質は、図5に示されるように、主ピークが1466cm-1付近に存在し、1250cm-1付近、500cm-1付近、224cm-1付近にピークが存在する。
【0087】
実施例2の硫黄系正極活物質は、図6に示されるように、1530cm-1付近と1350cm-1付近に主ピークが存在し、165cm-1付近と150cm-1付近にピークが存在した。
【0088】
比較例1の硫黄系正極活物質は、図7に示されるように、1328cm-1付近に主ピークが存在し、1558cm-1付近、946cm-1付近、479cm-1付近、379cm-1付近、317cm-1付近にピークが存在した。
【0089】
なお単体硫黄(S8硫黄)のピークは500〜550cm-1付近に存在し、非常に強いピークであることが知られている。図5〜7には、このS8硫黄のピークは認められなかった。この結果から、実施例1、実施例2、比較例1の各硫黄系正極活物質に硫黄はS8硫黄としては存在していないと考えられる。このため、硫黄系正極活物質の硫黄は、C−S結合等の結合をした状態で存在するか、または、ラマンスペクトルで検出できない非晶質の状態で存在すると考えられる。
【0090】
<FT−IRスペクトル分析>
実施例1、実施例2、比較例1の各硫黄系正極活物質と、天然ゴム、天然ゴムを400℃で熱処理したもの、及び市販のエボナイト(S:天然ゴム=3:7)についてそれぞれFT−IRスペクトル分析を行った。分析装置には島津社製の「IRAffinity-1」を用い、測定条件は、拡散反射法を用いて、分解能:4cm-1、積算回数:100回、測定範囲:400cm-1〜4000cm-1とした。得られたスペクトルを図8〜13にそれぞれ示す。
【0091】
実施例1の硫黄系正極活物質は、図8に示されるように、1452cm-1付近と、1336cm-1付近と、1147cm-1付近と、1067cm-1付近と、1039cm-1付近と、938cm-1付近と、895cm-1付近と、840cm-1付近と、810cm-1付近と、584cm-1付近と、にそれぞれ主なピークが存在した。
【0092】
実施例2の硫黄系正極活物質は、図9に示されるように、1515cm-1付近と、1360cm-1付近と、1253cm-1付近と、1165cm-1付近と、1042cm-1付近と、1023cm-1付近と、991cm-1付近と、939cm-1付近と、828cm-1付近と、800cm-1と、744cm-1付近と、668cm-1付近と、633cm-1付近と、587cm-1付近と、515cm-1付近にそれぞれ主なピークが存在した。
【0093】
比較例1の硫黄系正極活物質は、図10に示されるように、1270cm-1付近と、1167cm-1付近と、1022cm-1付近と、990cm-1付近と、941cm-1付近と、803cm-1付近と、746cm-1付近と、675cm-1付近と、633cm-1付近と、587cm-1と、516cm-1付近にそれぞれ主なピークが存在した。
【0094】
一方、天然ゴムは、図11に示されるように、3279cm-1付近と、3034cm-1付近と、2996cm-1-1付近と、2931cm-1付近と、2864cm-1付近と、2728cm-1付近と、1653cm-1付近と、1463cm-1付近と、1378cm-1付近と、834cm-1付近と、579cm-1付近と、にそれぞれ主なピークが存在する。
【0095】
また400℃で熱処理された天然ゴムは、図12に示されるように、2962cm-1付近と、2872cm-1付近と、2723cm-1付近と、1701cm-1付近と、1458cm-1付近と、1377cm-1付近と、968cm-1付近と、885cm-1付近と、816cm-1付近と、にそれぞれ主なピークが存在する。
【0096】
さらに、含硫率約30%の一般的なエボナイトは、図13に示されるように、2928cm-1付近と、2858m-1付近と、1735cm-1付近と、1643cm-1付近と、1599cm-1付近と、1518cm-1付近と、1499cm-1-1付近と、1462cm-1付近と、1454cm-1付近と、1447cm-1付近と、1375cm-1付近と、1310cm-1付近と、1277cm-1付近と、12254cm-1付近と、1194cm-1付近と、1115cm-1付近と、1088cm-1付近と、1031cm-1付近と、953cm-1付近と、835cm-1付近と、739cm-1付近と、696cm-1付近と、654cm-1付近と、592cm-1付近と、にそれぞれ主なピークが存在する。
【0097】
FT-IRスペクトルにおいて、1300〜650cm-1の領域は指紋領域と呼ばれており、この領域には細かいピークが多数みられ、そのパターンは物質に固有のものとなる。したがって、この領域の吸収を既知試料やスペクトルデータベースと照合することで、その物質が何かを同定することが可能である。本発明の硫黄系正極活物質のFT−IRスペクトルは、ポリイソプレン(天然ゴム)と、ポリイソプレンを400℃で熱処理して得た物質およびエボナイトのFT−IRスペクトルとは全く異なっており、特に上述の指紋領域のスペクトルなどから本発明の硫黄系正極活物質を同定することが可能である。特に、1067cm-1付近と、895cm-1付近のピークは、本発明の硫黄系正極活物質にのみ認められるものである。
【0098】
<充放電容量測定試験>
実施例1、実施例2、比較例1の各リチウムイオン二次電池の充放電容量を測定した。詳しくは、各リチウムイオン二次電池に、正極活物質の1gあたり50mAに相当する電流値で充放電を行った。このときの放電終止電圧は1.0V、充電終止電圧は3.0Vであった。実施例1のリチウムイオン二次電池については、充放電を12回繰り返した。実施例2のリチウムイオン二次電池については、充放電を32回繰り返した。比較例1のリチウムイオン二次電池については、充放電を100回繰り返した。それぞれの充放電曲線を図14〜16に示す。
【0099】
実施例1のリチウムイオン二次電池は、図14に示されるように、初期容量(1回目充放電)は大きいが、2回目の充放電以降に急速に容量低下が生じた。一方、実施例2のリチウムイオン二次電池は、図15に示されるように初期容量も大きく、かつ、2回目の充放電以降にも容量低下が少なかった。この結果から、第2硫黄系正極活物質をさらに含むことにより、リチウムイオン二次電池の充放電容量およびサイクル特性を向上させ得ることがわかる。また実施例2のリチウムイオン二次電池は、比較例1のリチウムイオン二次電池に対してほぼ同等の充放電特性を示していることがわかる。
【0100】
<サイクル試験>
実施例1、実施例2、比較例1の各リチウムイオン二次電池について、30℃で繰り返し充放電をおこなった。実施例1のリチウムイオン二次電池については11サイクル充放電し、実施例2のリチウムイオン二次電池については30サイクル充放電し、比較例1のリチウムイオン二次電池については38サイクル充放電した。詳しくは、まず0.1Cで1.0VまでCC放電(低電流放電)を行い、それ以降のサイクルは0.1Cで3.0VまでCC充電を行った後に0.1Cで1.0VまでCC放電を行う充放電を、繰り返した。サイクル試験の結果を図17〜19に示す。
【0101】
図17及び図18に示すように、実施例2のリチウムイオン二次電池は、実施例1のリチウムイオン二次電池に比べてサイクル経過後にも充放電容量が大きく、比較例1のリチウムイオン二次電池と同等のサイクル特性を示した。この結果から、第2硫黄系正極活物質をさらに含むことにより、リチウムイオン二次電池のサイクル特性を向上させ得ることがわかる。
【符号の説明】
【0102】
1:反応装置 2:反応容器 3:蓋 4:熱電対
5:ガス導入管 6:ガス排出管 7:電気炉
【技術分野】
【0001】
本発明は、硫黄を含む硫黄系正極活物質とその製造方法、及びその硫黄系正極活物質を含むリチウムイオン二次電池用正極に関する。
【背景技術】
【0002】
非水電解質二次電池の一種であるリチウムイオン二次電池は、充放電容量の大きな電池であり、主として携帯電子機器用の電池として用いられている。また、リチウムイオン二次電池は、電気自動車用の電池としても期待されている。
【0003】
リチウムイオン二次電池の正極活物質としては、コバルトやニッケル等のレアメタルを含むものが一般的である。しかし、これらの金属は流通量が少なく高価であるため、近年では、これらのレアメタルに代わる物質を用いた正極活物質が求められている。
【0004】
またリチウムイオン二次電池の正極活物質として、硫黄を用いる技術が知られている。硫黄を正極活物質として用いることで、リチウムイオン二次電池の充放電容量を大きくすることができる。例えば、硫黄を正極活物質として用いたリチウムイオン二次電池の充放電容量は、一般的な正極材料であるコバルト酸リチウム正極材料を用いたリチウムイオン二次電池の充放電容量の約6倍である。
【0005】
しかし、正極活物質として単体硫黄を用いたリチウムイオン二次電池においては、放電時に硫黄とリチウムとの化合物が生成する。この硫黄とリチウムとの化合物は、リチウムイオン二次電池の非水系電解液(例えば、エチレンカーボネートやジメチルカーボネート等)に可溶である。このため、正極活物質として硫黄を用いたリチウムイオン二次電池は、充放電を繰り返すと、硫黄化合物の電解液への溶出により次第に劣化し、電池容量が低下するという問題があった。
【0006】
そこで硫黄化合物の電解液への溶出を抑制するために、硫黄を含む正極活物質(以下、硫黄系正極活物質と呼ぶ)に、例えば炭素材料等の硫黄以外の材料を配合する技術が提案されている(特許文献1)。
【0007】
特許文献1には、硫黄系正極活物質として、炭素と硫黄を主な構成要素とするポリ硫化カーボンを用いる技術が紹介されている。このポリ硫化カーボンは、直鎖状不飽和ポリマーに硫黄が付加されたものである。この硫黄系正極活物質は、充放電の繰り返しに伴うリチウムイオン二次電池の充放電容量低下を抑制できるとされている。以下、充放電の繰り返しに伴って充放電容量が低下するリチウムイオン二次電池の特性を「サイクル特性」と呼ぶ。充放電容量の低下度合いが小さいリチウムイオン二次電池はサイクル特性に優れるリチウムイオン二次電池であり、充放電容量の低下度合いの大きなリチウムイオン二次電池はサイクル特性に劣るリチウムイオン二次電池である。
【0008】
しかし、特許文献1に紹介されている硫黄系正極活物質によっても、リチウムイオン二次電池のサイクル特性を充分に向上させることはできなかった。これは、放電時に硫黄とリチウムとが結合することにより、ポリ硫化カーボンに含まれる−CS−CS−結合や−S−S−結合が切断されて、ポリマーが切断されるためだと考えられている。
【0009】
そこで本発明の発明者らは、ポリアクリロニトリルと硫黄との混合物を熱処理して得られる硫黄系正極活物質を発明した(特許文献2)。この正極活物質を正極に用いたリチウムイオン二次電池の充放電容量は大きく、かつ、この正極活物質を正極に用いたリチウムイオン二次電池はサイクル特性に優れる。
【0010】
その一方で、ポリアクリロニトリルは比較的高価な材料である。また、この正極活物質を正極に用いたリチウムイオン二次電池は、ポリアクリロニトリル原料粉末の品質(特に粒径)によって充放電容量、サイクル特性等の電池性能が大きく左右される。品質の一定なポリアクリロニトリルはさらに高価である。このため、特許文献2に開示されている硫黄系正極活物質によると、大きな充放電容量を持ち、かつサイクル特性に優れるリチウムイオン二次電池を、安価に提供し難いという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2002−154815号公報
【特許文献2】国際公開第2010/044437号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、大きな充放電容量を持ち、かつサイクル特性に優れるリチウムイオン二次電池を提供するとともに、比較的容易に調達可能な材料を用いた硫黄系正極活物質、この硫黄系正極活物質の製造方法、およびこの硫黄系正極活物質を用いたリチウムイオン二次電池用正極を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の発明者らは、鋭意研究の結果、硫黄系正極活物質の炭素材料として、比較的容易に調達可能な材料である天然ゴムなどのポリイソプレンを用いることで、大きな充放電容量および優れたサイクル特性を維持できる硫黄系正極活物質を製造できることを見いだした。
【0014】
すなわち、上記課題を解決する本発明の硫黄系正極活物質の製造方法の特徴は、ポリイソプレンと硫黄粉末とを含む原料を混合して混合物とする混合工程と、混合物を加熱する熱処理工程と、を行うことにある。
【0015】
そして上記製造方法によって製造される本発明の硫黄系正極活物質の特徴は、ポリイソプレン由来の炭素骨格と、その炭素骨格と結合した硫黄(S)とからなることにある。
【0016】
またもう一つの発明の硫黄系正極活物質の製造方法の特徴は、ポリイソプレンと、ポリアクリロニトリル粉末と、硫黄粉末とを含む原料を混合して混合物とする混合工程と、混合物を加熱する熱処理工程と、を行うことにある。
【0017】
そして上記製造方法によって製造される本発明の硫黄系正極活物質は、ポリアクリロニトリル由来の第2の炭素骨格と、その第2の炭素骨格と結合した硫黄(S)とからなる第2硫黄系正極活物質をさらに含んでいる。
【0018】
上記課題を解決する本発明のリチウムイオン二次電池用正極は、本発明の硫黄系正極活物質を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明の硫黄系正極活物質の製造方法によると、リチウムイオン二次電池の充放電容量およびサイクル特性を向上させ得る硫黄系正極活物質をポリイソプレンという比較的容易に調達可能な材料で製造できる。また天然ゴムを原料として用いれば、植物由来の天然ゴムと天然に豊富な資源である硫黄から硫黄系正極活物質を製造できる。
【0020】
また、本発明の硫黄系正極活物質およびリチウムイオン二次電池用正極によると、リチウムイオン二次電池の充放電容量およびサイクル特性を向上させることができ、第2硫黄系正極活物質をさらに含むことでサイクル特性がさらに向上する。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】実施例の硫黄系正極活物質の製造方法で用いた反応装置を模式的に表す説明図である。
【図2】実施例1の硫黄系正極活物質をX線回折した結果を表すグラフである。
【図3】実施例2の硫黄系正極活物質をX線回折した結果を表すグラフである。
【図4】比較例1の硫黄系正極活物質をX線回折した結果を表すグラフである。
【図5】実施例1の硫黄系正極活物質をラマンスペクトル分析した結果を表すグラフである。
【図6】実施例2の硫黄系正極活物質をラマンスペクトル分析した結果を表すグラフである。
【図7】比較例1の硫黄系正極活物質をラマンスペクトル分析した結果を表すグラフである。
【図8】実施例1の硫黄系正極活物質をFT−IRスペクトル分析した結果を表すグラフである。
【図9】実施例2の硫黄系正極活物質をFT−IRスペクトル分析した結果を表すグラフである。
【図10】比較例1の硫黄系正極活物質をFT−IRスペクトル分析した結果を表すグラフである。
【図11】天然ゴムをFT−IRスペクトル分析した結果を表すグラフである。
【図12】400℃で熱処理された天然ゴムをFT−IRスペクトル分析した結果を表すグラフである。
【図13】エボナイトをFT−IRスペクトル分析した結果を表すグラフである。
【図14】実施例1のリチウムイオン二次電池の充放電曲線を表すグラフである。
【図15】実施例2のリチウムイオン二次電池の充放電曲線を表すグラフである。
【図16】比較例1のリチウムイオン二次電池の充放電曲線を表すグラフである。
【図17】実施例1のリチウムイオン二次電池のサイクル試験の結果を表すグラフである。
【図18】実施例2のリチウムイオン二次電池のサイクル試験の結果を表すグラフである。
【図19】比較例1のリチウムイオン二次電池のサイクル試験の結果を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
(硫黄系正極活物質の製造方法)
本発明の硫黄系正極活物質の製造方法(以下、本発明の製造方法と略する)においては、硫黄系正極活物質の原料として、ポリイソプレンと硫黄とを用いる。このうちポリイソプレンとしては、天然ゴム及び合成ポリイソプレンの何れも用いることができるが、シス型のポリイソプレンは分子鎖が折れ曲がった構造をとって不規則な形を取りやすく、分子鎖と分子差の間に多くの隙間を生じ分子間力が比較的小さくなる為、分子同士の結晶化が起こらず軟らかな性質を持つようになるから、トランス型よりシス型が好ましい。
【0023】
本発明の製造方法は、ポリイソプレンと硫黄粉末とを含む原料を混合して混合物とする混合工程と、混合物を加熱する熱処理工程と、を行う。混合工程は、ポリイソプレンの乾燥物を粉砕し硫黄粉末と混合してもよいし、ポリイソプレンを溶媒に溶解した溶液と硫黄粉末を混合してもよいし、天然ゴムのようなラテックスあるいは生ゴムと硫黄粉末とを混合することもできる。混合手段は、ミキサー、各種ミルなどを用いることができる。
【0024】
熱処理工程では、ポリイソプレンと硫黄とを反応させる。この反応は、一般には加硫と称されているが、本発明ではポリイソプレンの量に対して硫黄の量を過大として反応させ、硫黄を高濃度で含む正極活物質とすることが望ましい。この熱処理工程の温度は、ポリイソプレンの少なくとも一部と硫黄の少なくとも一部とが液体となる条件で行うことが望ましい。このようにすることで、ポリイソプレンと硫黄との接触面積を充分に大きくでき、硫黄を充分に含みかつ硫黄の脱離が抑制された硫黄系正極活物質を得ることができる。
【0025】
熱処理工程では、あまり高温にすると硫黄が気化するため反応系内の硫黄濃度が低くなる場合がある。そのような場合には、硫黄を還流しながら反応させることが望ましい。このようにすることで、硫黄を充分に含む硫黄系正極活物質を得やすくなる。熱処理工程において硫黄を還流する場合、ポリイソプレンの融点は約30℃と低いので、硫黄が気化する温度以上の温度であれば良い。ここで言う気化とは、硫黄が液体または固体から気体に相変化することを指し、沸騰、蒸発、昇華の何れによっても良い。参考までに、α硫黄(斜方硫黄、常温付近で最も安定な構造である)の融点は112.8℃、β硫黄(単斜硫黄)の融点は119.6℃、γ硫黄(単斜硫黄)の融点は106.8℃である。硫黄の沸点は444.7℃である。ところで、硫黄の蒸気圧は高いため、混合原料の温度が150℃以上になると、硫黄の蒸気の発生が目視でも確認できる。したがって、混合原料の温度が150℃以上であれば硫黄の還流は可能である。なお、熱処理工程において硫黄を還流する場合には、既知構造の還流装置を用いて硫黄を還流すれば良い。
【0026】
なお、一般的なゴム材料の加硫は、100℃〜190℃の温度領域で行われる。120℃前後での加硫は低温加硫と呼ばれ、180℃辺りからは高温過加硫と呼ばれる。本発明で行う熱処理の温度は上述の温度領域より高く、加熱温度としては250℃〜500℃が好ましく、300℃〜450℃がより好ましい。
【0027】
ここで、熱処理工程を如何なる雰囲気で行うかについては特に問わないが、ポリイソプレンと硫黄との結合を妨げない雰囲気(例えば、水素を含有しない雰囲気、非酸化性雰囲気)下で行うのが好ましい。例えば、雰囲気中に水素が存在すると、反応系中の硫黄が水素と反応して硫化水素となるため、反応系中の硫黄が失われる場合があるからである。また、ここでいう非酸化性雰囲気とは、酸化反応が進行しない程度の低酸素濃度とした減圧状態、窒素やアルゴン等の不活性ガス雰囲気、硫黄ガス雰囲気等を含む。
【0028】
混合物におけるポリイソプレンおよび硫黄の形状、粒径等は特に問わない。熱処理工程においてポリイソプレンと硫黄とが液体状で接触するのが好ましいため、ポリイソプレンや硫黄の粒径が不均一であったり大きかったりする場合にも、ポリイソプレンと硫黄とが液体状で接触する条件とすれば、ポリイソプレンと硫黄とが充分接触するためである。また、混合物中のポリイソプレンと硫黄とは、均一に分散しているのが好ましいが、不均一であっても良い。
【0029】
熱処理工程における混合物の加熱時間は、加熱温度に応じて適宜設定すれば良く、特に限定しない。上述した好ましい温度で混合物を加熱する場合には、1分〜10時間程度加熱するのが好ましく、5分〜60分加熱するのがより好ましい。一般的なゴム材料の加硫の時間は、加熱温度にもよるが数分〜数十分で行われる。1時間を超えるような加硫時間は、過加硫と呼ばれ、ゴムとしての性能は下がるとされている。本発明の硫黄系正極活物質にはゴム材料に求められるような柔軟性は必要なく、加熱処理の時間は、過加硫と呼ばれる時間より長くしても問題はない。
【0030】
本発明の製造方法において、混合物中のポリイソプレンと硫黄との配合比にも好ましい範囲が存在する。ポリイソプレンに対する硫黄の配合量が過小であるとポリイソプレンに充分量の硫黄を取り込めず、ポリイソプレンに対する硫黄の配合量が過大であると、硫黄系正極活物質中に遊離の硫黄(単体硫黄)が多く残存して、リチウムイオン二次電池内の特に電解液を汚染するためである。混合物中のポリイソプレンと硫黄との配合比は、質量比でポリイソプレン:硫黄が1:0.5〜1:10であるのが好ましく、1:1〜1:7であるのがより好ましく、1:2〜1:5であるのが特に好ましい。
【0031】
なお、天然ゴムを主原料とする一般的なゴムの加硫処理は、ゴムに硫黄を加える割合を変えて、ゴムの伸び縮みを変化させる。鎖状構造の生ゴムに硫黄を約3〜6%加えて加熱処理することで弾性ゴム(例えば輪ゴム)が生成し、硫黄が約30〜40%の場合には、硬質ゴム(エボナイト、仕様例:電球ソケット、万年筆)となる。通常ゴムの加硫は140℃程度の温度で行われるが、本発明では250〜500℃の高温で行うため、−C=C−二重結合へのSの付加反応と、構造中の−CH2などから水素を引き抜いて硫化水素ガスが発生し、抜いた水素の代わりにSが付加する反応とが生じ、Sの含有量(含硫率)の高い物質が得られる。
【0032】
ポリイソプレンに対する硫黄の配合量を過大とすれば、熱処理工程においてポリイソプレンに充分な量の硫黄を容易に取り込むことができる。そしてポリイソプレンに対して硫黄を必要以上の量で配合したとしても、熱処理工程後の被処理体から過剰の単体硫黄を除去する単体硫黄除去工程を行うことで、上述した単体硫黄による悪影響を抑制できる。詳しくは、混合物中のポリイソプレンと硫黄との配合比を、質量比で1:2〜1:10とする場合、熱処理工程後の被処理体を、減圧しつつ200℃〜250℃で加熱する(単体硫黄除去工程)ことで、ポリイソプレンに充分な量の硫黄を取り込みつつ、残存する単体硫黄による悪影響を抑制できる。熱処理工程後の被処理体に単体硫黄除去工程を施さない場合には、この被処理体をそのまま硫黄系正極活物質として用いれば良い。また、熱処理工程後の被処理体に単体硫黄除去工程を施す場合には、単体硫黄除去工程後の被処理体を硫黄系正極活物質として用いれば良い。
【0033】
混合物は、ポリイソプレンおよび硫黄のみで構成しても良いし、正極活物質に配合可能な一般的な材料(導電助剤等)を配合しても良い。
【0034】
本発明の製造方法によると、正極活物質の材料としてコバルト等のレアメタルを配合するかわりにポリイソプレンと硫黄とが反応してなる物質を配合したことで、リチウムイオン二次電池の充放電容量を向上させる正極活物質を比較的容易に調達可能であるから、安価に製造できる。
【0035】
また、天然ゴムは完全には精製されていない材料であり、非常に安価である。このため、本発明の製造方法によると、例えばポリアクリロニトリル等の炭素材料を用いる場合に比べても、硫黄系正極活物質を安価に製造できる。一般的に天然ゴムには非ゴム成分として、タンパク質、脂肪酸、炭水化物、灰分などが合わせて6〜7%程度含まれるが、このような材料を用いた場合でも硫黄系正極活物質として機能する材料を得ることができる。
【0036】
また、ポリイソプレンは加熱することで容易に液体状にできる。このため、ポリイソプレンと硫黄とは熱処理工程において充分に接触し、ポリイソプレンや硫黄の粒径等を特に考慮する必要はない。本発明の製造方法は、このことによっても、硫黄系正極活物質を安価に製造できる。
【0037】
本発明の製造方法は、これらの協働によって、リチウムイオン二次電池の充放電容量およびサイクル特性を向上させ得る硫黄系正極活物質を安価に製造できる。
【0038】
(硫黄系正極活物質)
本発明の硫黄系正極活物質は、本発明の製造方法で製造できる。本発明の硫黄系正極活物質は、正極、負極および電解質を持つリチウムイオン二次電池用の正極に用いられる。
【0039】
本発明の硫黄系正極活物質は、例えば、化1式で示されるようなエボナイトに類似した構造であると考えられるが、その構造は明らかではない。しかし、ポリイソプレン由来の炭素骨格を有し、FT−IRスペクトルにおいて、1452cm-1付近と、1336cm-1付近と、1147cm-1付近と、1067cm-1付近と、1039cm-1付近と、938cm-1付近と、895cm-1付近と、840cm-1付近と、810cm-1付近と、584cm-1付近と、にそれぞれ主なピークが存在する。
【0040】
一方、ポリイソプレンは、FT−IRスペクトルにおいて、3279cm-1付近と、3034cm-1付近と、2996cm-1付近と、2931cm-1付近と、2864cm-1付近と、2728cm-1付近と、1653cm-1付近と、1463cm-1付近と、1378cm-1付近と、834cm-1付近と、579cm-1付近と、にそれぞれ主なピークが存在する。
【0041】
また、ポリイソプレンを400℃で熱処理して得た物質は、FT−IRスペクトルにおいて、2962cm-1付近と、2872cm-1付近と、2723cm-1付近と、1701cm-1付近と、1458cm-1付近と、1377cm-1付近と、968cm-1付近と、885cm-1付近と、816cm-1付近と、にそれぞれ主なピークが存在する。
【0042】
さらに、含硫率約30%の一般的なエボナイトはFT−IRスペクトルにおいて、2928cm-1付近と、2858m-1付近と、1735cm-1付近と、1643cm-1付近と、1599cm-1付近と、1518cm-1付近と、1499cm-1付近と、1462cm-1付近と、1454cm-1付近と、1447cm-1付近と、1375cm-1付近と、1310cm-1付近と、1277cm-1付近と、12254cm-1付近と、1194cm-1付近と、1115cm-1付近と、1088cm-1付近と、1031cm-1付近と、953cm-1付近と、835cm-1付近と、739cm-1付近と、696cm-1-1付近と、654cm-1付近と、592cm-1付近と、にそれぞれ主なピークが存在する。
【0043】
FT-IRスペクトルにおいて、1300〜650cm-1の領域は指紋領域と呼ばれており、この領域には細かいピークが多数みられ、そのパターンは物質に固有のものとなる。したがって、この領域の吸収を既知試料やスペクトルデータベースと照合することで、その物質が何かを同定することが可能である。本発明の硫黄系正極活物質と、ポリイソプレンおよびポリイソプレンを400℃で熱処理して得た物質およびエボナイトのFT−IRスペクトルは全く異なっており、特に上述の指紋領域のスペクトルなどから本発明の硫黄系正極活物質を同定することが可能である。特に、1067cm-1付近と、895cm-1付近のピークは、本発明の硫黄系正極活物質にのみ認められるもので、FT−IRスペクトルで同定することが可能である。
【0044】
【化1】
【0045】
本発明の硫黄系正極活物質を元素分析すると、硫黄(S)と炭素(C)とが大部分を占め、少量の酸素および水素が検出される。硫黄(S)と炭素(C)の組成比は、原子比(S/C)で1/5以上の範囲で含まれていることが望ましい。この範囲より硫黄が少ないと、リチウムイオン二次電池用正極に用いた時に充放電特性が低下する場合がある。
【0046】
本発明の硫黄系正極活物質は、ポリアクリロニトリル由来の第2の炭素骨格と、第2の炭素骨格と結合した硫黄(S)とからなる第2硫黄系正極活物質をさらに含むことが望ましい。この第2硫黄系正極活物質をさらに含むことで、リチウムイオン二次電池用正極に用いた時にサイクル特性がさらに向上するようになる。その理由は明らかではないが、ポリアクリロニトリルと硫黄との結合力が大きいので硫黄が固定化されるためと考えられている。
【0047】
この第2硫黄系正極活物質をさらに含む正極活物質を製造するには、ポリイソプレンと硫黄との反応により形成された第1の硫黄系正極活物質と第2硫黄系正極活物質とを物理的に混合することもできる。しかし安定性が懸念される場合があるため、安定性を高めるためには、ポリイソプレンと、ポリアクリロニトリル粉末と、硫黄粉末とを含む原料を混合して混合物とする混合工程と、この混合物を加熱する熱処理工程と、を行うことが望ましい。ポリアクリロニトリル粉末としては、重量平均分子量が10,000〜300,000程度の範囲内にあるものが好ましい。また、ポリアクリロニトリルの粒径については、電子顕微鏡によって観察した際に、0.5〜50μm程度の範囲内にあるものが好ましく、1〜10μm程度の範囲内にあるものがより好ましい。
【0048】
混合物中のポリイソプレンとポリアクリロニトリルとの合計量と、硫黄との配合比は、質量比で1:0.5〜1:10とすることができる。ポリイソプレンとポリアクリロニトリルとの合計量に対する硫黄の配合量が過小であるとポリイソプレン及びポリアクリロニトリルに充分量の硫黄を取り込めず、ポリイソプレンとポリアクリロニトリルとの合計量に対する硫黄の配合量が過大であると、硫黄系正極活物質中に遊離の硫黄(単体硫黄)が多く残存して、リチウムイオン二次電池内の特に電解液を汚染するためである。混合物中のポリイソプレンとポリアクリロニトリルとの合計量に対する硫黄の配合比は、質量比で1:0.5〜1:10であるのが好ましく、1:1〜1:7であるのがより好ましく、1:2〜1:5であるのが特に好ましい。
【0049】
混合物中にさらにポリアクリロニトリル粉末を含む場合の熱処理工程は、前述したポリイソプレンと硫黄とを反応させる製造方法と同様に行うことができる。
【0050】
第2硫黄系正極活物質の混合量は特に限定的ではないが、コストの観点からは、正極活物質全体に0〜80質量%程度とすることが好ましく、5〜60質量%程度とすることがより好ましく、10〜40質量%程度とすることが更に好ましい。
【0051】
(リチウムイオン二次電池用正極)
本発明のリチウムイオン二次電池用正極は、上述した本発明の硫黄系正極活物質を含む。このリチウムイオン二次電池用正極は、正極活物質以外は、一般的なリチウムイオン二次電池用正極と同様の構造にできる。例えば、本発明のリチウムイオン二次電池用正極は、本発明の硫黄系正極活物質、導電助剤、バインダ、および溶媒を混合した正極材料を、集電体に塗布することによって製作できる。
【0052】
導電助剤としては、気相法炭素繊維(Vapor Grown Carbon Fiber:VGCF)、炭素粉末、カーボンブラック(CB)、アセチレンブラック(AB)、ケッチェンブラック(KB)、黒鉛、アルミニウムやチタンなどの正極電位において安定な金属の微粉末等が例示される。
【0053】
バインダとしては、ポリフッ化ビニリデン(PolyVinylidene DiFluoride:PVDF)、ポリ四フッ化エチレン(PTFE)、スチレン−ブタジエンゴム(SBR)、ポリイミド(PI)、ポリアミドイミド(PAI)、カルボキシメチルセルロース(CMC)、ポリ塩化ビニル(PVC)、メタクリル樹脂(PMA)、ポリアクリロニトリル(PAN)、変性ポリフェニレンオキシド(PPO)、ポリエチレンオキシド(PEO)、ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)等が例示される。
【0054】
溶媒としては、N-メチル-2-ピロリドン、N,N-ジメチルホルムアルデヒド、アルコール、水等が例示される。これら導電助剤、バインダおよび溶媒は、それぞれ複数種を混合して用いても良い。これらの材料の配合量は特に問わないが、例えば、硫黄系正極活物質100質量部に対して、導電助剤20〜100質量部程度、バインダ10〜20質量部程度を配合するのが好ましい。また、その他の方法として、本発明の硫黄系正極活物質と上述した導電助剤およびバインダとの混合物を乳鉢やプレス機などで混練しかつフィルム状にし、フィルム状の混合物をプレス機等で集電体に圧着することで、本発明のリチウムイオン二次電池用正極を製造することもできる。
【0055】
集電体としては、リチウムイオン二次電池用正極に一般に用いられるものを使用すれば良い。例えば、集電体としては、アルミニウム箔、アルミニウムメッシュ、パンチングアルミニウムシート、アルミニウムエキスパンドシート、ステンレススチール箔、ステンレススチールメッシュ、パンチングステンレススチールシート、ステンレススチールエキスパンドシート、発泡ニッケル、ニッケル不織布、銅箔、銅メッシュ、パンチング銅シート、銅エキスパンドシート、チタン箔、チタンメッシュ、カーボン不織布、カーボン織布等が例示される。このうち黒鉛化度の高いカーボンから成るカーボン不織布/織布集電体は、水素を含まず、硫黄との反応性が低いために、硫黄系正極活物質用の集電体として好適である。黒鉛化度の高い炭素繊維の原料としては、カーボン繊維の材料となる各種のピッチ(すなわち、石油、石炭、コールタールなどの副生成物)やポリアクリロニトリル繊維(PAN)等を用いることができる。
【0056】
本発明のリチウムイオン二次電池用正極は、正極活物質として、上述した本発明の硫黄系正極活物質を含む。したがって本発明のリチウムイオン二次電池用正極を用いたリチウムイオン二次電池は、充放電容量が大きくサイクル特性に優れる。
【0057】
(リチウムイオン二次電池)
以下、本発明の硫黄系正極活物質を正極に用いたリチウムイオン二次電池の構成について説明する。以下、本発明の硫黄系正極活物質を正極に用いたリチウムイオン二次電池を単にリチウムイオン二次電池用と略する。なお、正極に関しては、上述したとおりである。
【0058】
(負極)
負極材料としては、公知の金属リチウム、黒鉛などの炭素系材料、シリコン薄膜などのシリコン系材料、銅−錫やコバルト−錫などの合金系材料を使用できる。負極材料として、リチウムを含まない材料、例えば、上記した負極材料の内で、炭素系材料、シリコン系材料、合金系材料等を用いる場合には、デンドライトの発生による正負極間の短絡を生じ難い点で有利である。ただし、これらのリチウムを含まない負極材料を本発明の正極と組み合わせて用いる場合には、正極および負極が何れもリチウムを含まない。このため、負極および正極の何れか一方、または両方にあらかじめリチウムを挿入するリチウムプリドープ処理が必要となる。リチウムのプリドープ法としては公知の方法に従えば良い。例えば、負極にリチウムをドープする場合には、対極に金属リチウムを用いて半電池を組み、電気化学的にリチウムをドープする電解ドープ法によってリチウムを挿入する方法や、金属リチウム箔を電極に貼り付けたあと電解液の中に放置し電極へのリチウムの拡散を利用してドープする貼り付けプリドープ法によりリチウムを挿入する方法が挙げられる。また、正極にリチウムをプリドープする場合にも、上記した電解ドープ法を利用することが出来る。
【0059】
リチウムを含まない負極材料としては、特に、高容量の負極材料であるシリコン系材料が好ましく、その中でも電極厚さが薄くて体積当りの容量で有利となる薄膜シリコンがより好ましい。
【0060】
(電解質)
リチウムイオン二次電池に用いる電解質としては、有機溶媒に電解質であるアルカリ金属塩を溶解させたものを用いることができる。有機溶媒としては、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、ジメチルカーボネート、ジエチルカーボネート、エチルメチルカーボネート、ジメチルエーテル、γ−ブチロラクトン、アセトニトリル等の非水系溶媒から選ばれる少なくとも一種を用いるのが好ましい。電解質としては、LiPF6、LiBF4、LiAsF6、LiCF3SO3、LiI、LiClO4等を用いることができる。電解質の濃度は、0.5mol/l〜1.7mol/l程度であれば良い。なお、電解質は液状に限定されない。例えば、リチウムイオン二次電池がリチウムポリマー二次電池である場合、電解質は固体状(例えば、高分子ゲル状)をなす。
【0061】
(その他)
リチウムイオン二次電池は、上述した負極、正極、電解質以外にも、セパレータ等の部材を備えても良い。セパレータは、正極と負極との間に介在し、正極と負極との間のイオンの移動を許容するとともに、正極と負極との内部短絡を防止する。リチウムイオン二次電池が密閉型であれば、セパレータには電解液を保持する機能も求められる。セパレータとしては、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリアクリロニトリル、アラミド、ポリイミド、セルロース、ガラス等を材料とする薄肉かつ微多孔性または不織布状の膜を用いるのが好ましい。リチウムイオン二次電池の形状は特に限定されず、円筒型、積層型、コイン型等、種々の形状にできる。
【実施例】
【0062】
以下、本発明の硫黄系正極活物質の製造方法、硫黄系正極活物質、および、リチウムイオン二次電池用正極を具体的に説明する。
【0063】
(実施例1)
〈硫黄系正極活物質の製造〉
〔1〕混合工程
天然ゴムをヘプタンに溶解したゴム糊(マルニ工業株式会社製)に平均粒径50μmの硫黄粉末を混合し、その後ヘプタンを乾燥させて混合原料を調製した。混合原料中における天然ゴムと硫黄との配合比率は、固形分の重量比で硫黄36質量部に対して天然ゴムが1質量部となるようにした。
【0064】
〔2〕装置
図1に示すように、反応装置1は、反応容器2、蓋3、熱電対4、アルミナ保護管40、二つのアルミナ管(ガス導入管5、ガス排出管6)、アルゴンガス配管50、アルゴンガスを収容したガスタンク51、トラップ配管60、水酸化ナトリウム水溶液61を収容したトラップ槽62、電気炉7、電気炉に接続されている温度コントローラ70を有する。
【0065】
反応容器2としては、有底筒状をなすガラス管(石英ガラス製)を用いた。後述する熱処理工程において、反応容器2には混合原料9を収容した。反応容器2の開口部は、三つの貫通孔を持つガラス製の蓋3で閉じた。貫通孔の一つには、熱電対4を収容したアルミナ保護管40(アルミナSSA-S、株式会社ニッカトー製)を取り付けた。貫通孔の他の一つには、ガス導入管5(アルミナSSA-S、株式会社ニッカトー製)を取り付けた。貫通孔の残りの一つには、ガス排出管6(アルミナSSA-S、株式会社ニッカトー製)を取り付けた。なお、反応容器2は、外径60mm、内径50mm、長さ300mmであった。アルミナ保護管40は、外径4mm、内径2mm、長さ250mmであった。ガス導入管5およびガス排出管6は、外径6mm、内径4mm、長さ150mmであった。ガス導入管5およびガス排出管6の先端は、蓋3の外部(反応容器2内)に露出した。この露出した部分の長さは3mmであった。ガス導入管5およびガス排出管6の先端は、後述する熱処理工程においてほぼ100℃以下となる。このため、熱処理工程において生じる硫黄蒸気は、ガス導入管5およびガス排出管6から流出せず、反応容器2に戻される(還流する)。
【0066】
アルミナ保護管40に入れた熱電対4の先端は、間接的に反応容器2中の混合原料9の温度を測定した。熱電対4で測定した温度は、電気炉7の温度コントローラ70にフィードバックした。
【0067】
ガス導入管5にはアルゴンガス配管50を接続した。アルゴンガス配管50はアルゴンガスを収容したガスタンク51に接続した。ガス排出管6にはトラップ配管60の一端を接続した。トラップ配管60の他端は、トラップ槽62中の水酸化ナトリウム水溶液61に挿入した。なお、トラップ配管60およびトラップ槽62は、後述する熱処理工程で生じる硫化水素ガスのトラップである。
【0068】
〔3〕熱処理工程
混合原料9を収容した反応容器2を、電気炉7(ルツボ炉、開口幅φ80mm、加熱高さ100mm)に収容した。このとき、ガス導入管5を介して反応容器2の内部にアルゴンを導入した。このときのアルゴンガスの流速は100ml/分であった。アルゴンガスの導入開始10分後に、アルゴンガスの導入を継続しつつ反応容器2中の混合原料9の加熱を開始した。このときの昇温速度は5℃/分であった。混合原料9が100℃になった時点で、混合原料9の加熱を継続しつつアルゴンガスの導入を停止した。混合原料9が約200℃になるとガスが発生した。混合原料9が360℃になった時点で加熱を停止した。加熱停止後、混合原料9の温度は400℃にまで上昇し、その後、低下した。したがって、この熱処理工程において、混合原料9は400℃にまで加熱された。その後、混合原料9を自然冷却し、混合原料9が室温(約25℃)にまで冷却された時点で反応容器2から生成物(すなわち、熱処理工程後の被処理体)を取り出した。なお、このときの加熱時間は400℃で約5分であり、硫黄は還流された。
【0069】
〔4〕単体硫黄除去工程
熱処理工程後の被処理体に残存する単体硫黄(遊離の硫黄)を除去するために、以下の工程をおこなった。
【0070】
熱処理工程後の被処理体を乳鉢で粉砕した。粉砕物2gをガラスチューブオーブンに入れ、真空吸引しつつ200℃で3時間加熱した。このときの昇温温度は10℃/分であった。この工程により、熱処理工程後の被処理体に残存する単体硫黄が蒸発・除去され、単体硫黄を含まない(または、微量の単体硫黄を含む)実施例1の硫黄系正極活物質を得た。
【0071】
〈リチウムイオン二次電池の製作〉
〔1〕正極
実施例1の硫黄系正極活物質3mgとアセチレンブラック2.7mgとポリテトラフルオロエチレン(PTFE)0.3mgとの混合物を、ヘキサンを適量加えつつ、メノウ製乳鉢でフィルム状になるまで混練し、フィルム状の正極材料を得た。この正極材料全量を、φ14mmの円形に打ち抜いたアルミニウムメッシュ(#100メッシュ)の上に置き、卓上プレス機で圧着し、100℃で3時間乾燥した。この工程で、実施例1のリチウムイオン二次電池用正極を得た。
【0072】
〔2〕負極
負極としては、厚さ0.5mmの金属リチウム箔(本城金属社製)をφ14mmに打ち抜いたものを用いた。
【0073】
〔3〕電解液
電解液としては、エチレンカーボネートとジエチルカーボネートとを混合した混合溶媒に、LiPF6を溶解した非水電解質を用いた。エチレンカーボネートとジエチルカーボネートとは体積比1:1で混合した。電解液中のLiPF6の濃度は、1.0mol/lであった。
【0074】
〔4〕電池
〔1〕、〔2〕で得られた正極および負極を用いて、コイン電池を製作した。詳しくは、ドライルーム内で、厚さ25μmのポリプロピレン微孔質膜からなるセパレータ(「Celgard2400」Celgard社製)と、厚さ500μmのガラス不織布フィルタと、を正極と負極との間に挟装して、電極体電池とした。この電極体電池を、ステンレス容器からなる電池ケース(CR2032型コイン電池用部材、宝泉株式会社製)に収容した。電池ケースには〔3〕で得られた電解液を注入した。電池ケースをカシメ機で密閉して、実施例1のリチウムイオン二次電池を得た。
【0075】
(実施例2)
実施例1と同様の天然ゴムをヘプタンに溶解したゴム糊に平均粒径50μmの硫黄粉末と、平均粒径1μmのポリアクリロニトリル粉末(ポリサイエンス社製)とを混合し、その後、ヘプタンを乾燥させて混合原料を調製した。混合原料中における配合比率は、固形分の重量比で硫黄56質量部に対してポリアクリロニトリルが8質量部、天然ゴムが1質量部となるようにした。
【0076】
この混合原料を用い、実施例1と同様の装置を用いて実施例1と同様に熱処理工程を行い、熱処理温度を250℃としたこと以外は実施例1と同様に単体硫黄除去工程を行って、実施例2の硫黄系正極活物質を得た。
【0077】
そして、実施例2の硫黄系正極活物質を用い、実施例1と同様にして実施例2のリチウムイオン二次電池用正極を形成し、実施例1と同様にして実施例2のリチウムイオン二次電池を得た。
【0078】
(比較例1)
実施例1と同様の平均粒径50μmの硫黄粉末を25.008gと、実施例2と同様のポリアクリロニトリル粉末を5.061gと、を乳鉢で混合し、混合原料を調製した。
【0079】
この混合原料を用い、実施例1と同様の装置を用いて実施例1と同様に熱処理工程を行い、その後、実施例2と同様に単体硫黄除去工程を行って、比較例1の硫黄系正極活物質を得た。
【0080】
そして比較例1の硫黄系正極活物質を用い、実施例1と同様にして比較例1のリチウムイオン二次電池用正極を形成し、実施例1と同様にして比較例1のリチウムイオン二次電池を得た。
【0081】
<元素分析>
実施例1及び実施例2の各硫黄系正極活物質について元素分析を行った。結果を表1に示す。
【0082】
【表1】
【0083】
<X線回折による硫黄系正極活物質の分析>
実施例1、実施例2、比較例1の各硫黄系正極活物質についてX線回折分析を行った。装置として粉末X線回折装置(MAC Science社製、M06XCE)を用いた。測定条件は、CuKα線、電圧:40kV、電流:100mA、スキャン速度:4°/分、サンプリング:0.02°、積算回数:1回、回折角(2θ):10°〜60°であった。得られた回折パターンを図2〜4にそれぞれ示す。
【0084】
図2〜4から明らかなように、回折角(2θ)が20°〜30°の範囲では、25°付近にピーク位置を有するブロードな回折ピークだけが観察され、硫黄単体の存在を示すシャープなピークは観察されなかった。すなわち実施例1、実施例2、比較例1の各硫黄系正極活物質には単体の硫黄が含まれていないことが確認できた。
【0085】
<ラマンスペクトル分析による硫黄系正極活物質の分析>
実施例1、実施例2、比較例1の各硫黄系正極活物質についてラマンスペクトル分析を行った。分析装置には日本分光株式会社製の「RMP-320」(励起波長λ=532nm、グレーチング:1800gr/mm、分解能:3cm-1)を用いた。得られたラマンスペクトルを図5〜7にそれぞれ示す。図5〜7における横軸はラマンシフト(cm-1)であり、縦軸は相対強度である。
【0086】
実施例1の硫黄系正極活物質は、図5に示されるように、主ピークが1466cm-1付近に存在し、1250cm-1付近、500cm-1付近、224cm-1付近にピークが存在する。
【0087】
実施例2の硫黄系正極活物質は、図6に示されるように、1530cm-1付近と1350cm-1付近に主ピークが存在し、165cm-1付近と150cm-1付近にピークが存在した。
【0088】
比較例1の硫黄系正極活物質は、図7に示されるように、1328cm-1付近に主ピークが存在し、1558cm-1付近、946cm-1付近、479cm-1付近、379cm-1付近、317cm-1付近にピークが存在した。
【0089】
なお単体硫黄(S8硫黄)のピークは500〜550cm-1付近に存在し、非常に強いピークであることが知られている。図5〜7には、このS8硫黄のピークは認められなかった。この結果から、実施例1、実施例2、比較例1の各硫黄系正極活物質に硫黄はS8硫黄としては存在していないと考えられる。このため、硫黄系正極活物質の硫黄は、C−S結合等の結合をした状態で存在するか、または、ラマンスペクトルで検出できない非晶質の状態で存在すると考えられる。
【0090】
<FT−IRスペクトル分析>
実施例1、実施例2、比較例1の各硫黄系正極活物質と、天然ゴム、天然ゴムを400℃で熱処理したもの、及び市販のエボナイト(S:天然ゴム=3:7)についてそれぞれFT−IRスペクトル分析を行った。分析装置には島津社製の「IRAffinity-1」を用い、測定条件は、拡散反射法を用いて、分解能:4cm-1、積算回数:100回、測定範囲:400cm-1〜4000cm-1とした。得られたスペクトルを図8〜13にそれぞれ示す。
【0091】
実施例1の硫黄系正極活物質は、図8に示されるように、1452cm-1付近と、1336cm-1付近と、1147cm-1付近と、1067cm-1付近と、1039cm-1付近と、938cm-1付近と、895cm-1付近と、840cm-1付近と、810cm-1付近と、584cm-1付近と、にそれぞれ主なピークが存在した。
【0092】
実施例2の硫黄系正極活物質は、図9に示されるように、1515cm-1付近と、1360cm-1付近と、1253cm-1付近と、1165cm-1付近と、1042cm-1付近と、1023cm-1付近と、991cm-1付近と、939cm-1付近と、828cm-1付近と、800cm-1と、744cm-1付近と、668cm-1付近と、633cm-1付近と、587cm-1付近と、515cm-1付近にそれぞれ主なピークが存在した。
【0093】
比較例1の硫黄系正極活物質は、図10に示されるように、1270cm-1付近と、1167cm-1付近と、1022cm-1付近と、990cm-1付近と、941cm-1付近と、803cm-1付近と、746cm-1付近と、675cm-1付近と、633cm-1付近と、587cm-1と、516cm-1付近にそれぞれ主なピークが存在した。
【0094】
一方、天然ゴムは、図11に示されるように、3279cm-1付近と、3034cm-1付近と、2996cm-1-1付近と、2931cm-1付近と、2864cm-1付近と、2728cm-1付近と、1653cm-1付近と、1463cm-1付近と、1378cm-1付近と、834cm-1付近と、579cm-1付近と、にそれぞれ主なピークが存在する。
【0095】
また400℃で熱処理された天然ゴムは、図12に示されるように、2962cm-1付近と、2872cm-1付近と、2723cm-1付近と、1701cm-1付近と、1458cm-1付近と、1377cm-1付近と、968cm-1付近と、885cm-1付近と、816cm-1付近と、にそれぞれ主なピークが存在する。
【0096】
さらに、含硫率約30%の一般的なエボナイトは、図13に示されるように、2928cm-1付近と、2858m-1付近と、1735cm-1付近と、1643cm-1付近と、1599cm-1付近と、1518cm-1付近と、1499cm-1-1付近と、1462cm-1付近と、1454cm-1付近と、1447cm-1付近と、1375cm-1付近と、1310cm-1付近と、1277cm-1付近と、12254cm-1付近と、1194cm-1付近と、1115cm-1付近と、1088cm-1付近と、1031cm-1付近と、953cm-1付近と、835cm-1付近と、739cm-1付近と、696cm-1付近と、654cm-1付近と、592cm-1付近と、にそれぞれ主なピークが存在する。
【0097】
FT-IRスペクトルにおいて、1300〜650cm-1の領域は指紋領域と呼ばれており、この領域には細かいピークが多数みられ、そのパターンは物質に固有のものとなる。したがって、この領域の吸収を既知試料やスペクトルデータベースと照合することで、その物質が何かを同定することが可能である。本発明の硫黄系正極活物質のFT−IRスペクトルは、ポリイソプレン(天然ゴム)と、ポリイソプレンを400℃で熱処理して得た物質およびエボナイトのFT−IRスペクトルとは全く異なっており、特に上述の指紋領域のスペクトルなどから本発明の硫黄系正極活物質を同定することが可能である。特に、1067cm-1付近と、895cm-1付近のピークは、本発明の硫黄系正極活物質にのみ認められるものである。
【0098】
<充放電容量測定試験>
実施例1、実施例2、比較例1の各リチウムイオン二次電池の充放電容量を測定した。詳しくは、各リチウムイオン二次電池に、正極活物質の1gあたり50mAに相当する電流値で充放電を行った。このときの放電終止電圧は1.0V、充電終止電圧は3.0Vであった。実施例1のリチウムイオン二次電池については、充放電を12回繰り返した。実施例2のリチウムイオン二次電池については、充放電を32回繰り返した。比較例1のリチウムイオン二次電池については、充放電を100回繰り返した。それぞれの充放電曲線を図14〜16に示す。
【0099】
実施例1のリチウムイオン二次電池は、図14に示されるように、初期容量(1回目充放電)は大きいが、2回目の充放電以降に急速に容量低下が生じた。一方、実施例2のリチウムイオン二次電池は、図15に示されるように初期容量も大きく、かつ、2回目の充放電以降にも容量低下が少なかった。この結果から、第2硫黄系正極活物質をさらに含むことにより、リチウムイオン二次電池の充放電容量およびサイクル特性を向上させ得ることがわかる。また実施例2のリチウムイオン二次電池は、比較例1のリチウムイオン二次電池に対してほぼ同等の充放電特性を示していることがわかる。
【0100】
<サイクル試験>
実施例1、実施例2、比較例1の各リチウムイオン二次電池について、30℃で繰り返し充放電をおこなった。実施例1のリチウムイオン二次電池については11サイクル充放電し、実施例2のリチウムイオン二次電池については30サイクル充放電し、比較例1のリチウムイオン二次電池については38サイクル充放電した。詳しくは、まず0.1Cで1.0VまでCC放電(低電流放電)を行い、それ以降のサイクルは0.1Cで3.0VまでCC充電を行った後に0.1Cで1.0VまでCC放電を行う充放電を、繰り返した。サイクル試験の結果を図17〜19に示す。
【0101】
図17及び図18に示すように、実施例2のリチウムイオン二次電池は、実施例1のリチウムイオン二次電池に比べてサイクル経過後にも充放電容量が大きく、比較例1のリチウムイオン二次電池と同等のサイクル特性を示した。この結果から、第2硫黄系正極活物質をさらに含むことにより、リチウムイオン二次電池のサイクル特性を向上させ得ることがわかる。
【符号の説明】
【0102】
1:反応装置 2:反応容器 3:蓋 4:熱電対
5:ガス導入管 6:ガス排出管 7:電気炉
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリイソプレン由来の炭素骨格と、該炭素骨格と結合した硫黄(S)とからなることを特徴とする硫黄系正極活物質。
【請求項2】
FT−IRスペクトルにおいて、1452cm-1付近と、1336cm-1付近と、1147cm-1付近と、1067cm-1付近と、1039cm-1付近と、938cm-1付近と、895cm-1付近と、840cm-1付近と、810cm-1付近と、584cm-1付近と、にそれぞれ主なピークが存在する請求項1に記載の硫黄系正極活物質。
【請求項3】
元素分析の結果、硫黄(S)と炭素(C)とが原子比(S/C)で1/5以上の範囲で含まれている請求項1又は請求項2に記載の硫黄系正極活物質。
【請求項4】
ポリアクリロニトリル由来の第2の炭素骨格と、該第2の炭素骨格と結合した硫黄(S)とからなる第2硫黄系正極活物質をさらに含む請求項1〜請求項3のいずれか一つに記載の硫黄系正極活物質。
【請求項5】
FT−IRスペクトルにおいて、1515cm-1付近と、1360cm-1付近と、1253cm-1付近と、1165cm-1付近と、1042cm-1付近と、1023cm-1付近と、991cm-1付近と、939cm-1付近と、828cm-1付近と、800cm-1と、744cm-1付近と、668cm-1付近と、633cm-1付近と、587cm-1付近と、515cm-1付近にそれぞれ主なピークが存在する請求項4に記載の硫黄系正極活物質。
【請求項6】
ポリイソプレンと硫黄粉末とを含む原料を混合して混合物とする混合工程と、該混合物を加熱する熱処理工程と、を行うことを特徴とする硫黄系正極活物質の製造方法。
【請求項7】
前記熱処理工程における加熱温度は250℃〜500℃である請求項6に記載の硫黄系正極活物質の製造方法。
【請求項8】
前記熱処理工程において、前記硫黄を還流する請求項6又は請求項7に記載の硫黄系正極活物質の製造方法。
【請求項9】
前記混合物中の前記ポリイソプレンと前記硫黄との配合比は、質量比で1:1〜1:5である請求項6〜請求項8の何れか一つに記載の硫黄系正極活物質の製造方法。
【請求項10】
前記混合物中の前記ポリイソプレンと前記硫黄との配合比は、質量比で1:2〜1:10であり、
前記熱処理工程後の前記混合物を、減圧しつつ200℃〜250℃で加熱する単体硫黄除去工程を含む請求項6〜請求項8の何れか一つに記載の硫黄系正極活物質の製造方法。
【請求項11】
請求項6〜請求項10の何れか一つに記載の硫黄系正極活物質の製造方法で製造され、
FT−IRスペクトルにおいて、1452cm-1付近と、1336cm-1付近と、1147cm-1付近と、1067cm-1付近と、1039cm-1付近と、938cm-1付近と、895cm-1付近と、840cm-1付近と、810cm-1付近と、584cm-1付近と、にそれぞれ主なピークが存在することを特徴とする硫黄系正極活物質。
【請求項12】
ポリイソプレンと、ポリアクリロニトリル粉末と、硫黄粉末とを含む原料を混合して混合物とする混合工程と、該混合物を加熱する熱処理工程と、を行うことを特徴とする硫黄系正極活物質の製造方法。
【請求項13】
前記熱処理工程における加熱温度は250℃〜500℃である請求項12に記載の硫黄系正極活物質の製造方法。
【請求項14】
前記熱処理工程において、前記硫黄を還流する請求項12又は請求項13に記載の硫黄系正極活物質の製造方法。
【請求項15】
前記混合物中の前記ポリイソプレンと前記ポリアクリロニトリルとの合計量と前記硫黄との配合比は、質量比で1:0.5〜1:10である請求項12〜請求項14の何れか一つに記載の硫黄系正極活物質の製造方法。
【請求項16】
前記混合物中の前記ポリイソプレン前記ポリアクリロニトリルとの合計量と前記硫黄との配合比は、質量比で1:2〜1:10であり、
前記熱処理工程後の前記混合物を、減圧しつつ200℃〜250℃で加熱する単体硫黄除去工程を含む請求項12〜請求項15の何れか一つに記載の硫黄系正極活物質の製造方法。
【請求項17】
請求項12〜請求項16の何れか一つに記載の硫黄系正極活物質の製造方法で製造され、FT−IRスペクトルにおいて、1515cm-1付近と、1360cm-1付近と、1253cm-1付近と、1165cm-1付近と、1042cm-1付近と、1023cm-1付近と、991cm-1付近と、939cm-1付近と、828cm-1付近と、800cm-1と、744cm-1付近と、668cm-1付近と、633cm-1付近と、587cm-1付近と、515cm-1付近にそれぞれ主なピークが存在することを特徴とする硫黄系正極活物質。
【請求項18】
請求項1〜請求項5、請求項11、請求項17の何れか一つに記載の硫黄系正極活物質を含むことを特徴とするリチウムイオン二次電池用正極。
【請求項1】
ポリイソプレン由来の炭素骨格と、該炭素骨格と結合した硫黄(S)とからなることを特徴とする硫黄系正極活物質。
【請求項2】
FT−IRスペクトルにおいて、1452cm-1付近と、1336cm-1付近と、1147cm-1付近と、1067cm-1付近と、1039cm-1付近と、938cm-1付近と、895cm-1付近と、840cm-1付近と、810cm-1付近と、584cm-1付近と、にそれぞれ主なピークが存在する請求項1に記載の硫黄系正極活物質。
【請求項3】
元素分析の結果、硫黄(S)と炭素(C)とが原子比(S/C)で1/5以上の範囲で含まれている請求項1又は請求項2に記載の硫黄系正極活物質。
【請求項4】
ポリアクリロニトリル由来の第2の炭素骨格と、該第2の炭素骨格と結合した硫黄(S)とからなる第2硫黄系正極活物質をさらに含む請求項1〜請求項3のいずれか一つに記載の硫黄系正極活物質。
【請求項5】
FT−IRスペクトルにおいて、1515cm-1付近と、1360cm-1付近と、1253cm-1付近と、1165cm-1付近と、1042cm-1付近と、1023cm-1付近と、991cm-1付近と、939cm-1付近と、828cm-1付近と、800cm-1と、744cm-1付近と、668cm-1付近と、633cm-1付近と、587cm-1付近と、515cm-1付近にそれぞれ主なピークが存在する請求項4に記載の硫黄系正極活物質。
【請求項6】
ポリイソプレンと硫黄粉末とを含む原料を混合して混合物とする混合工程と、該混合物を加熱する熱処理工程と、を行うことを特徴とする硫黄系正極活物質の製造方法。
【請求項7】
前記熱処理工程における加熱温度は250℃〜500℃である請求項6に記載の硫黄系正極活物質の製造方法。
【請求項8】
前記熱処理工程において、前記硫黄を還流する請求項6又は請求項7に記載の硫黄系正極活物質の製造方法。
【請求項9】
前記混合物中の前記ポリイソプレンと前記硫黄との配合比は、質量比で1:1〜1:5である請求項6〜請求項8の何れか一つに記載の硫黄系正極活物質の製造方法。
【請求項10】
前記混合物中の前記ポリイソプレンと前記硫黄との配合比は、質量比で1:2〜1:10であり、
前記熱処理工程後の前記混合物を、減圧しつつ200℃〜250℃で加熱する単体硫黄除去工程を含む請求項6〜請求項8の何れか一つに記載の硫黄系正極活物質の製造方法。
【請求項11】
請求項6〜請求項10の何れか一つに記載の硫黄系正極活物質の製造方法で製造され、
FT−IRスペクトルにおいて、1452cm-1付近と、1336cm-1付近と、1147cm-1付近と、1067cm-1付近と、1039cm-1付近と、938cm-1付近と、895cm-1付近と、840cm-1付近と、810cm-1付近と、584cm-1付近と、にそれぞれ主なピークが存在することを特徴とする硫黄系正極活物質。
【請求項12】
ポリイソプレンと、ポリアクリロニトリル粉末と、硫黄粉末とを含む原料を混合して混合物とする混合工程と、該混合物を加熱する熱処理工程と、を行うことを特徴とする硫黄系正極活物質の製造方法。
【請求項13】
前記熱処理工程における加熱温度は250℃〜500℃である請求項12に記載の硫黄系正極活物質の製造方法。
【請求項14】
前記熱処理工程において、前記硫黄を還流する請求項12又は請求項13に記載の硫黄系正極活物質の製造方法。
【請求項15】
前記混合物中の前記ポリイソプレンと前記ポリアクリロニトリルとの合計量と前記硫黄との配合比は、質量比で1:0.5〜1:10である請求項12〜請求項14の何れか一つに記載の硫黄系正極活物質の製造方法。
【請求項16】
前記混合物中の前記ポリイソプレン前記ポリアクリロニトリルとの合計量と前記硫黄との配合比は、質量比で1:2〜1:10であり、
前記熱処理工程後の前記混合物を、減圧しつつ200℃〜250℃で加熱する単体硫黄除去工程を含む請求項12〜請求項15の何れか一つに記載の硫黄系正極活物質の製造方法。
【請求項17】
請求項12〜請求項16の何れか一つに記載の硫黄系正極活物質の製造方法で製造され、FT−IRスペクトルにおいて、1515cm-1付近と、1360cm-1付近と、1253cm-1付近と、1165cm-1付近と、1042cm-1付近と、1023cm-1付近と、991cm-1付近と、939cm-1付近と、828cm-1付近と、800cm-1と、744cm-1付近と、668cm-1付近と、633cm-1付近と、587cm-1付近と、515cm-1付近にそれぞれ主なピークが存在することを特徴とする硫黄系正極活物質。
【請求項18】
請求項1〜請求項5、請求項11、請求項17の何れか一つに記載の硫黄系正極活物質を含むことを特徴とするリチウムイオン二次電池用正極。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【公開番号】特開2012−150933(P2012−150933A)
【公開日】平成24年8月9日(2012.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−7475(P2011−7475)
【出願日】平成23年1月18日(2011.1.18)
【出願人】(000003218)株式会社豊田自動織機 (4,162)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年8月9日(2012.8.9)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年1月18日(2011.1.18)
【出願人】(000003218)株式会社豊田自動織機 (4,162)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】
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