説明

磁壁の伝播のための導管中の磁性粒子の操作

溶液中の任意の数の磁性粒子の制御された操作のためのシステムおよび方法が示される。本発明のシステムおよび方法は、高精密に磁壁を注入し、移動させ、および消滅させるために適切に構造化された磁性導管の使用と、当該磁壁が磁性粒子に対して高い吸引力を加えることとに基づいている。したがって、当該磁性導管に沿って磁壁を注入し、移動させ、および消滅させると、その結果、当該磁性導管に近接して溶液中に置かれた単一の磁性粒子の捕捉、移動、および解放がそれぞれなされる。本発明の機器は、線形セグメントによって形成される導管に沿った磁性粒子のデジタル移送の可能性、ならびにカーブした導管上の当該磁性粒子の操作における高度な制御およびナノメータ精密度を保証する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の分野
本発明は、懸濁液中の磁性粒子の操作の分野に関する。特に、本発明は、磁壁の伝播による磁性粒子の操作の分野に関する。さらに特に、本発明は、適切に構造化された磁性材料導管内での磁壁の創出、伝播、および消滅による磁性粒子の操作の分野に関する。
【背景技術】
【0002】
現行技術
粒子の制御された操作は、ナノテクノロジーの主な目的の1つである。ナノメータの精密度で懸濁液中のナノ粒子を駆動できることは、化学、物理学、材料科学、バイオテクノロジー、および医学などのいくつかの科学および工学分野で主要な役割を果たす。特に、化学、生物学、および医学分野では、ナノメータの尺度まで小型化された機器を実現し、ミクロ流体手段によって導入されるわずかなサンプル量に対して化学的および生物学的分析または合成を行なえる可能性が関連の対象である。一般的にこの種の方策は「ラボオンチップ(lab on a chip)」と定義され、これは、顕微鏡レベルでの任意の科学研究室、すなわちマイクロチップの寸法を有する「研究室」、での典型的な動作の実行を示唆する。この方面で最も有望な分野の1つは、溶液中の磁性粒子の制御された操作に係る。実際、磁性粒子は、生化学および医学診断用途でそれらが用いられると、特に重要な役割を果たす。それらの表面を適切に官能化することにより、実際に、磁性粒子を、粒子に対する磁力の作用のおかげで生物学的エンティティを搬送したりもしくは分離したりするためのキャリアとして用いたり、または粒子自体の磁気特性に基づく検出用の分子マーカーとして用いたりすることができる。
【0003】
磁性粒子の操作のためのいくつかのラボオンチップシステムは、溶液中に磁性粒子を含む流体の制御された搬送用の構造の実現のため、いくつかの種類のマイクロバルブおよびマイクロポンプを含み得る複雑な機器に基づいている。これらのシステムは複雑であり、したがって設計および実現が高価であるだけでなく、外部の装置の使用も必要となり、これはシステムの全体的な寸法を大幅に増大させてしまう。
【0004】
これに対し、磁性粒子が分散される流体の運動とは独立して磁性粒子を直接に移動させる可能性が存在する。
【0005】
磁性粒子の操作に用いられる方策の1つは、当該粒子と特に磁化された基板である磁性基板との間の相互作用に基づいている。
【0006】
この方策の根底にある考えは、磁性粒子が制御され予測可能な態様で変更に反応するようにこれを変更する基板の磁気構成に対して動作することである。もっとも、これまでに達成された制御可能性および予測可能性は非常に限定されている。しかしながら、一般的に、文献で公知のシステムは、巨視的な永久磁石に基づく磁気機器に基づいているか、または外部磁界によっておよび一般的に設計および実現が困難な適正な電気回路によって搬送されなければならない高電流によって駆動される。電流の通過に基づくシステムは、湿気のある反応環境、特に溶液の存在下で用いることは困難であり、応じて、磁性粒子溶液から電気コンタクトを絶縁するには徹底した注意が必要となる。
【0007】
さらに、渦電流生成現象および一般的に電子雑音に加えて、電流の通過に基づくシステムでは、機器の小型化と、機器が高密度でかつ並列化レベルが高いシステムの創出とが可能にならない。
【0008】
磁性粒子の制御された操作のためのシステムに係る典型的な問題のうち1つはさらに、達成可能な空間分解能に係る。特に、文献で公知のシステムでは、数マイクロメータのオーダの精密度の磁性粒子の運動の制御が可能である一方で、理想的にはナノメータの範囲のより高精密な制御が達成可能であることが望ましいであろう。
【0009】
文献で公知のような機器に係るさらなる問題は、単一の磁性粒子を精密に操作することの難しさに関する。一般的に、文献で公知の機器によって粒子群の運動が可能になるが、それらによって単一の粒子の運動の管理が可能になるわけではない。
【0010】
PRE 67,042401(2003)で、著者らは、ガドリニウムガーネット膜表面上の非常に広いブロッホの壁によって駆動される磁性粒子移動モダリティを記載する。システムの外形により、非常に多くのかつ制御不能な数の磁性粒子が磁壁の変位に追従して変位する。応じて、PRE 67,042401(2003)に記載のシステムは、単一の磁性粒子の制御された変位には不十分である。
【0011】
PRL 91,208302(2003)では、磁性膜の表面上の先端形状の磁壁を用いる。外部界によってこの先端形状の磁壁を変位させると、磁壁の先端から出てくる高い界との相互作用において超常磁性粒子が変位する。PRL 91,208302(2003)に記載の先端形状の磁壁の創出のためのメカニズムは非常に複雑であり、先端が形成する正確な位置を制御することは難しい。さらに、得られる変位は1マイクロメータのオーダの精密度で、100マイクロメータまでである。
【0012】
Appl. Phys. Lett. 93, 203901 (2008)およびAdv. Mater. 17, 1730 (2005)には、回転磁界と強磁性構造との作用の組合せによって駆動される磁性粒子の変位が記載される。外部磁界は、界の回転の間、石版印刷された磁気構造のいくつかの点に焦点合せされ、構造の特別な形状および配置により、磁性粒子が、特定の方向に沿った前方への集団運動でこれらの点に追従できるようになる。それにもかかわらず、変位が考慮される尺度は、低分解能の数ミクロンまたは数十ミクロンの範囲内である。さらに、粒子の変位の際、粒子の運動に対してもそれらの数に対しても精密な制御を得ることができない。最終的に、これらの文書に記載のシステムは永久外部磁界の存在を暗示する。
【0013】
米国特許出願第2008/0080222A1号には、磁性ガーネットの連続した膜においてある磁壁から別の磁壁へジャンプする常磁性粒子のデジタル変位のためのシステムが記載される。2つの異なる構成、すなわち、ブロッホの壁を有する交互のストライプ磁区の創出と、磁気バブルの創出とが示される。磁性粒子の変位は、磁壁または磁気バブルの配置を変化させる外部磁界によって活性化されて、優先的な変位方向を作り出す。したがって、US2008/0080222A1に記載のシステムによって、粒子群の変位の実現は可能になるが、単一の粒子の運動に対する制御が可能になるわけではない。この場合も、磁壁の正確な配置は制御できない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
発明の範囲
以上言及した磁性粒子の制御された操作に係る問題および欠点に照らして、本発明の範囲は、当該問題を解消できるようにする磁性粒子の操作のためのシステムおよび方法を提供することである。
【0015】
特に、本発明の範囲は、任意の十分に規定された数の磁性粒子、しかも単一の磁性粒子すらの制御された操作を可能にする、懸濁液中の磁性粒子の操作のためのシステムおよび方法を提供することである。さらに、本発明の範囲は、10−100ナノメータのオーダの精密度で単一の磁性粒子の位置に対する制御の達成を可能にする、磁性粒子の操作のためのシステムおよび方法を提供することである。さらに、本発明の範囲は、設計および実現が容易で、かつ小型化されたプラットフォームで用いることが容易なシステムを提供することである。本発明のさらなる範囲は、磁性粒子に付着して分子間の相互作用および選択的反応を促進するいくつかの分子の操作を可能にするシステムおよび方法を提供することである。本発明のさらなる範囲は、磁性粒子の制御された操作が永久外部界の存在を要件としないシステムおよび方法を提供することである。本発明のさらなる範囲は、ポンプ、シリンジ、および弁などの機械的要素を用いずに溶液中の磁性粒子の制御された操作を可能にするシステムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
要約
本発明は、磁性粒子の制御された操作のためのシステムおよび方法に関する。本発明は、適切に構造化された磁性導管内の磁壁の非常に精密かつ制御された運動を、当該磁壁と単一の磁性粒子との間に確立する効果的な相互作用と組合せるという一般的考えに基づいている。
【0017】
本発明の特に有利な実施形態に従うと、基板と、磁壁の創出、移動、および消滅に好適な磁性導管と、当該磁性導管の表面に近接して置かれる磁性粒子溶液とを備える、磁性粒子の制御された操作のための機器が提供され、当該磁性導管は磁性材料からなるストリップを備え、これにより当該磁性粒子は、当該ストリップに沿った当該磁壁の創出、移動、および消滅、ならびに当該磁壁と当該磁性粒子との間の相互作用の結果として、当該ストリップに沿って捕捉され、移動され、および解放され得る。
【0018】
本発明のさらなる実施形態に従うと、複数の隣接するセグメントを備える、磁性材料からなるストリップを備える、磁性粒子の制御された操作のための機器が提供され、当該セグメントの長さは当該セグメントの横断方向の寸法(幅および厚み)よりも実質的に大きく、これにより磁壁は、当該ストリップに対して横断するように置かれ、移動の間それらの完全性を維持する。
【0019】
本発明のさらなる実施形態に従うと、複数の隣接するセグメントを備える、磁性材料からなるストリップを備える、磁性粒子の制御された操作のための機器が提供され、当該複数の隣接するセグメントは複数の直線のセグメントを備え、これにより直線のセグメントに沿った磁性粒子の変位はデジタル変位である。
【0020】
本発明のさらなる実施形態に従うと、複数の隣接するセグメントを備える磁性材料ストリップを備える、磁性粒子の制御された操作のための機器が提供され、当該複数の隣接するセグメントは複数のカーブしたセグメントを備え、これによりカーブしたセグメントに沿った磁性粒子の変位は連続した変位である。
【0021】
本発明のさらなる実施形態に従うと、複数の隣接するセグメントを備える磁性材料ストリップを備える、磁性粒子の制御された操作のための機器が提供され、当該複数の隣接するセグメントは、直線のセグメントに沿った磁性粒子の変位がデジタル変位となるような複数の直線セグメントと、カーブしたセグメントに沿った磁性粒子の変位が連続した変位となるような複数のカーブしたセグメントとの両者を備える。
【0022】
本発明のさらなる実施形態に従うと、磁性材料からなる方形のリングを備える磁性導管を備える、磁性粒子の制御された操作のための機器が提供される。
【0023】
本発明のさらなる実施形態に従うと、磁壁の注入のための注入器と、当該磁壁の制御されたデジタル変位のためのジグザグ構造を形成する複数の隣接する直線のセグメントと、当該磁壁の消滅のための終端部とを備える磁性導管を備える、磁性粒子の制御された操作のための機器が提供される。
【0024】
本発明の特に有利な実施形態に従うと、磁壁の制御されたデジタル変位のための水平方向セグメントと交互にされ、角度2αを形成するように置かれる傾いたセグメントの対を備える変形のジグザグ構造を備える磁性導管を備える、磁性粒子の制御された操作のための機器が提供される。
【0025】
本発明のさらなる実施形態に従うと、磁性材料からなる円形のリングを備える磁性導管を備え、これにより円形のリングに沿った磁壁の変位は連続した制御された移動である、磁性粒子の制御された操作のための機器が提供される。
【0026】
本発明のさらなる実施形態に従うと、磁壁の注入のための注入器と、当該磁壁の制御されかつ連続した移動のためのカーブした構造と、当該磁壁の消滅のための終端部とを備える磁性導管を備える、磁性粒子の制御された操作のための機器が提供される。
【0027】
本発明の特定的な実施形態に従うと、磁性導管を2つ以上の異なる分岐に分割する少なくとも二股部を備える磁性導管を備える、磁性粒子の制御された操作のための機器が提供される。
【0028】
本発明の特定的な実施形態に従うと、磁壁および/または磁性粒子を検出するための少なくともセンサを備える、磁性粒子の制御された操作のための機器が提供される。
【0029】
本発明の特に有利な実施形態に従うと、本発明に従う磁性粒子の制御された操作のための機器と、磁性導管中の磁壁の生成、移動、および消滅のための手段とを備える、磁性粒子の制御された操作のための装置が提供される。
【0030】
本発明の特に有利な実施形態に従うと、磁壁の創出、移動、および消滅に好適で、かつ磁性材料ストリップを備える磁性導管の表面に近接して磁性粒子の溶液を配置するステップと、当該ストリップに沿った少なくとも磁壁の創出によって当該ストリップに沿って当該磁性粒子のうち少なくとも1つを捕捉するステップとを備える、磁性粒子の制御された操作のための方法が提供される。
【0031】
本発明の特に有利な実施形態に従うと、磁性材料ストリップに沿った少なくとも磁壁の制御された移動によって当該捕捉された粒子を移動させるステップを備える、磁性粒子の制御された操作のための方法が提供される。
【0032】
本発明の特定的な実施形態に従うと、磁性材料ストリップに沿った少なくとも磁壁の消滅によって当該捕捉された磁性粒子を解放するステップを備える、磁性粒子の制御された操作のための方法が提供される。
【0033】
本発明のさらなる実施形態に従うと、接着性物質または表面反応基により少なくとも磁性粒子を官能化させて、当該磁性粒子を少なくとも1つの非磁性分子に結合可能にするステップを備える、磁性粒子の制御された操作のための方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1a】2つの磁壁が内部に存在する、磁性材料からなる方形のリングを概略的に表示する図である。
【図1b】図1aに示されたものと同様のシステム中の磁壁の創出の基礎となる原則を概略的に表示する図である。
【図1c】図1aに示されるものと同様のシステム中の磁壁の移動の基礎となる原則を概略的に表示する図である。
【図2】磁壁上方の平面に置かれる超常磁性ナノ球体に作用する力のベクトル図である。
【図3a】本発明の特定的な実施形態に従う、図1aに示されるのと同様のシステム中の磁壁の移動による超常磁性粒子の移動の基礎である原則を概略的に表示する図である。
【図3b】本発明の特定的な実施形態に従う、図1aに示されるのと同様のシステム中の磁壁の移動による超常磁性粒子の移動の基礎である原則を概略的に表示する図である。
【図3c】図1aに示されるのと同様の2つの現実の方形のリング中の磁壁の移動による超常磁性ナノ球体の変位を示す、光学顕微鏡によって撮影された実験画像を表示する図である。
【図3d】図1aに示されるのと同様の2つの現実の方形のリング中の磁壁の移動による超常磁性ナノ球体の変位を示す、光学顕微鏡によって撮影された実験画像を表示する図である。
【図4a】本発明の特定的な実施形態に従うジグザグ構造を有する磁性導管を表示する図である。
【図4b】磁壁によって捕捉される超常磁性ナノ球体とともに、図4aに示される導管中の磁壁の創出を表示する図である。
【図4c】図4aに示される導管中の捕捉された超常磁性ナノ球体および磁壁の伝播を表示する図である。
【図4d】図4aに示される導管中の捕捉された超常磁性ナノ球体および磁壁の伝播を表示する図である。
【図5】図4に示されるのと同様のジグザグ構造を有する導管による、超常磁性粒子の捕捉aおよび解放bの基礎である原則を表示する図である。
【図6】本発明の特定的な実施形態に従う変形のジグザグ構造を有する導管を概略的に表示する図である。
【図7】図6に示されたものと同様の導管中の第1の磁壁(磁壁HH)の創出および伝播を概略的に表示する図である。
【図8】図7に示されるシステム中の第2の磁壁(磁壁TT)ドメインの創出および伝播を概略的に表示する図である。
【図9】本発明の特定的な実施形態に従う磁性導管の構造を概略的に示す図である。
【図10】図9に示されるものなどの磁性導管中の磁壁HHおよびTTの創出および伝播に用いられる磁界のxおよびy方向に沿った成分を概略的に示し、磁界強度はOe単位で表現される、図である。
【図11】本発明の特定的な実施形態に従う、円形のリング形状を有する導管中の磁壁HHおよびTTの創出および伝播を概略的に表示する図である。
【図12】本発明の特定的な実施形態に従う、カーブした形状を有する導管中の磁壁HHの創出、伝播、および消滅を概略的に表示する図である。
【図13】本発明の特定の実施形態に従う二股部を有する磁性導管を表示する図である。
【発明を実施するための形態】
【0035】
詳細な説明
同封の図では、同一または対応の部分は同じ参照番号で同定される。
【0036】
以下、本発明は、同封の図面に示されるような特定的な実施形態を参照して説明される。それにもかかわらず、本発明は以下の詳細な説明に記載され、かつ図に示される実施形態に限定されるものではなく、むしろこれらの実施形態は本発明のさまざまな局面を例示するものであり、その範囲は請求項によって規定される。
【0037】
本発明のさらなる変更例および修正例が当業者には明らかとなるであろう。したがって、本発明は、本発明のすべての当該変更例および/または修正例を備えるものとして考えられなければならず、その範囲は請求項によって規定される。
【0038】
磁壁は、2つの磁区、すなわち異なる均一な磁性を有する材料からなる2つの領域、の間の界面領域である。基板上の平面構造を参照すると、磁性が平面外の成分を呈しているか否かに応じて、ブロッホの壁およびネール磁壁を規定することが可能である。以下、ネール磁壁を有する構造を参照するが、本発明の概念はブロッホの壁の場合に拡張可能である。
【0039】
特に、本発明の概念は強磁性材料からなるストリップ中の磁壁を利用する。ここでは、形状の異方性は、磁性をストリップの軸に平行になるように制限する。そのようなストリップにおいては、磁壁は、反対向きに整列された磁性の領域を分離する移動性の界面である。幾何学的な閉じ込めにより、磁壁のスピン構造はストリップの横方向寸法および膜厚を介して制御可能であり、その長さはストリップ幅によって決まる。このために、そのような磁壁は閉じ込められた磁壁と称され、本発明の概念において実現されるものである特定的な条件下で、これらの磁壁は磁壁自体のスピン構造を変更せずにストリップ内で操作可能である。この性質が本発明の概念において考慮されるストリップ外形の独自性であり、磁壁の数も長さおよび操作も制御できない拡張2次元および3次元システム(膜および多層)中の磁壁が異なる目的および同様の目的の双方に用いられてきた以前の場合とは実質的に異なっている。
【0040】
図1aは、方形を有するリング構造100中の2つの磁壁を概略的に表示する。図1aに示されるリング100の縦方向の辺は、図に示される基準座標系x−yのy軸の正の方向に沿って向けられる均一な磁性を表示する一方で、横方向の辺は、軸xの負の方向に沿って向けられる均一な磁性を表示する。このように、2つの磁壁HHおよびTTは、方形のリング100の左上角および右下角にそれぞれ見られる。方形のリングの左上角の磁壁はHH(「ヘッドトゥヘッド(Head to Head)」)で示される。というのも、これは、それらの磁性が両者とも磁壁自体に向けられている2つの磁区の間の界面からなっているからである。これに対し、右下角の磁壁はTT(「テイルトゥテイル(Tail to Tail)」)で示される。なぜなら、これは、それらの磁性が磁壁自体に対して両者とも外向きに向けられている2つの磁区の間の界面からなるからである。
【0041】
図1bは、図1aに示されるような方形のリング構造100中の2つの磁壁HH、TTの創出の基礎である原則を概略的に表示する。典型的に、この種の構造は、室温で強磁性の材料を用いて実現されてもよい。当該材料の非網羅的な例は、鉄、ニッケル、コバルト、パーマロイ(登録商標)(ニッケル−鉄合金)、磁性酸化物、水マンガン鉱、ホイスラー合金、磁鉄鉱である。本開示に示される構造はパーマロイ(登録商標)で得られたが、これを本発明の適用分野の制限と理解してはならない。方形の右下の頂点をその左上の頂点につなぐ方形の対角線に沿って向けられた外部磁界H0を方形のリング構造100に印加すると、図1aに記載のように方形の辺に均一な磁性が誘導される。特に、界H0は負の成分H0xおよび正の成分H0yを有する。成分H0xは方形のリング100の横方向の辺の均一な磁性を定める一方で、成分H0yは当該リングの縦方向の辺の均一な磁性を定める。したがって、外部界H0の印加の結果、方形のリング100の左上頂点および右下頂点それぞれに磁壁HHおよびTTが創出される。一旦獲得されると、リング100の辺の磁性は外部界H0が存在しなくても安定するので、図1bに示される構成は当該外部界を除去すらしても不変のままであり、磁壁HHおよびTTは安定している。
【0042】
図1aに示される方形のリングと同様の構造中の磁壁の興味深い性質の1つは、構造自体内で制御態様で当該壁を移動させる可能性である(たとえば、P. Vavassori, M. Grimsditch, V. Novosad, V. Metlushko, およびB. Ilic, Phys. Rev. B 67, 134429 (2003)を参照)。図1cでは、図1aに示されるものなどの方形のリング構造100中の磁壁の移動の基礎である原則が示される。図1bに対して示されるようなリングの左上頂点および右下頂点にそれぞれ磁壁HHおよびTTが一旦創出されると当該磁壁は安定し、それにより磁壁が創出された界H0を除去すらしても不変のままである。次にx軸の正の方向に沿って向けられ、方形のリング100の横方向の辺の均一な磁性を反転させるのに十分強力な外部界Hextを印加すると、図1cに示される構成が実現される。リングの縦方向の辺の磁性は、y軸の正の方向に向けられて不変のままである。というのも、界Hextのこの方向の成分は0だからである。これに対し、界Hextの作用に加えて、リングの横方向の辺は、x軸の正の方向に沿って向けられた均一な磁性を表示する。その結果、磁壁HHはいまやリング100の右上頂点に置かれる一方で、磁壁TTは左下頂点に置かれる。基本的に、界H0を除去して界Hextを印加すると、リング100内部の磁壁の移動が行なわれる。
【0043】
文献(P. Vavassori, V. Metlushko, B. Ilic, M. Gobbi, M. Donolato, M. Cantoni, およびR. Bertacco, Appl. Phys. Lett. 93, 203502, 2008)およびイタリア特許出願TO2008A00314から、図1a、図1b、および図1cに示されるものなどの磁壁が磁性粒子を引き寄せる性質を特徴とすることが公知である。これは、磁壁が狭い空間(典型的には10ナノメータから100ナノメータのオーダ)に閉じ込められる幾何学的構造であり、次に局所化される強力な磁界(数kOeまで)を発生することによるものである。したがって、磁壁に近接して発生する界の高勾配は、磁性粒子を捕捉できる吸引力を生成する。
【0044】
エネルギの観点から、磁壁は、粒子と壁自体との間の安定した結合構成を規定することができる電位ウェルを創出する。この効果は、強磁性粒子、すなわち室温で安定した磁気双極子モーメントを有する粒子と、超常磁性粒子、すなわち室温で合計0の磁気双極子モーメントを有するが、外部磁界の存在下では(誘導された)高い磁気双極子モーメントをとることができる粒子との両者について観察される。強磁性粒子の場合、磁壁によって生成される磁界の高められた勾配が粒子の磁気双極子を方向付けし、かつ引き寄せる。超常磁性粒子の場合、磁壁によって生成される磁界の高められた勾配が粒子中に磁気双極子モーメントを誘導し、その結果それらを引き寄せる。したがって、一般的に、磁壁の存在はナノまたはミクロ粒子に対する効果的な捕捉および焦点合せ作用を作り出す。磁壁が作り出す超常時性粒子に対する吸引力は以下の式によって与えられる。
【0045】
【数1】

【0046】
式中μ=μ(H)hであり、ここでμ(H)は、粒子が受ける磁界Hの強度の関数としての粒子の磁化曲線であり、hは磁界Hに平行な単位元ベクトル(unity vector)である。
【0047】
図2は、中心が磁壁HH上方に置かれる平面γにある超常磁性ナノ球体に作用する力のベクトル図を概略的に示す。磁壁は、平面γに平行でかつこれから距離dだけ離間した平面δ上に置かれる。図2に示されるベクトル図は、ナノ粒子が、その近くで吸引力が強力である磁壁に向けて引き寄せられていることを明確に示している。
【0048】
厚みが30nmで、セグメントの幅が200nmに対応する角110を規定しているパーマロイ(登録商標)について、パーマロイ(登録商標)表面から100nmに等しい距離dをあけて置かれ、かつ磁壁上に中心合せされた、直径が130nmのnanomag(登録商標)−D粒子に作用する力は約10pNの値を有することがわかる。
【0049】
外部磁界の印加による制御された態様での磁壁の移動という性質と磁壁が磁性粒子に対して加える吸引性とを利用して、懸濁液中の当該粒子を精密に操作することが可能である。
【0050】
図3aおよび図3bは、図1aに示されるものなどのような方形のリング100中の磁壁の移動による超常磁性粒子の移動の基礎である原則を概略的に示す。
【0051】
方形のリング100には、図1bに関して記載されたのと同じ態様で、外部界H0により左上頂点および右下頂点にそれぞれ2つの磁壁HHおよびTTが設けられる。その後、磁性粒子を含む溶液がリング100に近接して分散される。上述のような磁性粒子に対して磁壁HHおよびTTが加える吸引の結果、粒子のうちいくつかは当該磁壁に近接して捕捉される。特に、図3aでは、粒子Aがリング100の左上頂点の磁壁HHに近接して捕捉される。図1cについて記載されたのと同様の態様で進めると、リング100の右上頂点上に磁壁HHを、かつリング100の左下頂点上に磁壁TTを移動させることができる。図3bに示されるように、磁壁HHに近接して捕捉される粒子Aは当該磁壁の運動に追従し、そのスタート位置に対して制御された態様で移動する。
【0052】
図3cおよび図3dは、図1aに概略的に示されるものと同様のシステム群に関する、光学顕微鏡によって得られる実験結果を表示する。
【0053】
図3cおよび図3dに示される方形のリングは、SiO2/Siからなる基板に対する石版印刷技術によって堆積されたパーマロイ(登録商標)からなる。パーマロイ(登録商標)層の厚みは30ナノメータである。リングの寸法は6μm×6μmであり、方形の各セグメントの幅は200nmに等しい。リングは、厚みが50ナノメータのSiO2の保護層によって覆われる。右下頂点を左上頂点につなぐ画像の対角線に沿って向けられた、強度が1000Oeの外部界H0の印加に加えて、リングの各々は、図1bに概略的に示されるものなどの構成をとり、磁壁HHおよびTTは、各々のリングの左上頂点および右下頂点にそれぞれ存在する。図3cは、外部界H0が除去された後であって、そのように構成されたシステムに対する、106個の粒子/μlの濃度の磁性粒子溶液(nanomag(登録商標)−D、直径500nm)の配置後に得られた。図3cに見られるように、この特定的な実験では、粒子のうちいくつかが、磁壁HHが置かれる2つの方形のリングの左上頂点に捕捉される。
【0054】
図3dは、水平方向右に向けられた外部界Hextを印加した後の、光学顕微鏡で得られた画像を表示する。その結果、磁壁は図1cに概略的に示されるように移動し、各々の方形のリングの右上頂点および左下頂点に置かれる。図3dに見られるように、磁性粒子は磁壁HHの運動に追従し、リングの右上頂点に位置する。実際に、磁性粒子は、単に外部界H0およびHextに対して作用する完全に制御された態様で6μmだけ変位する。
【0055】
現実には、文献(たとえば、D. A. Allwood, Gang Xiong, M. D. Cooke, C. C. Faulkner, D. Atkinson, N. Vernier, およびR. P. Cowburn, Science 296, 2003 (2002)を参照)から、磁壁の移動はHextの印加後非常に短時間で(1μmのオーダの距離については数ナノ秒)で起こることが公知である。これに対し、ここで示される実験データは、磁性粒子の移動が磁壁の移動に対して遅延した態様で起こることを表示した。特に、磁性粒子の移動は、溶媒がpH8のNH4−OHの水溶液である場合、Hextの印加後数百ミリ秒のタイミングで起こることが測定された。これは、特に、たとえば溶媒の粘度による摩擦、粒子と基板と溶媒との間の静電相互作用、ブラウン運動などの、システム中で役割を果たす他の力によるものである。しかしながら、この一時的な遅延にもかかわらず、粒子は、少なくとも数マイクロメータまでの変位空間については、磁壁によって加えられる高められた吸引のおかげで磁壁の運動に正確に追従する。しかしながら、磁性粒子が一方端から他方端への運動の間に失われないことを保証する、これに沿って磁壁が移動する直線空間の最大長が、粒子、溶媒、および考慮される基板の具体的な特徴、ならびにパーマロイ(登録商標)ナノ構造の厚みに大きく依存することに留意しなければならない。特に、厚みの増大は吸引力の増大を暗示し、この自由度を変位距離の長さを増大するのに用いてもよい。
【0056】
以前の図に示された磁性粒子の制御された操作は、以下に例示されるような本発明のいくつかの局面に従って実現される。
【0057】
図4aは、本発明の特定的な実施形態に従って構造化された磁性導管200を表示する。磁性導管200は、以下に詳細に記載される手順に従って磁性導管200中の磁壁の創出に用いられる注入器202を備える。図4aに示される注入器は2つの矩形202aおよび202bを備える。磁性導管200は、2つの隣接するセグメント間に形成される角度が幅2αまたは360°−2αとなるようにジグザグの態様で置かれかつ同じ長さを有する一連の隣接するセグメント203A1、203Anによって形成されるジグザグ構造203をさらに備える。図4aに示される本発明の特定的な実施形態では、2αは90°に対応する。磁性導管200は磁壁の消滅のための端204をさらに備える。図4aに示される端204は先が尖っている。
【0058】
隣接するセグメント203A1、203Anによって形成されるジグザグ構造は、同じ向きに置かれた一連の二等辺三角形を形成するため、2つの隣接する三角形は底辺の頂点の1つを共有する。各々の二等辺三角形の頂点の角度は2αと測定される一方で、システムの外形により、底辺での2つの角度は90°−αと測定される。
【0059】
さらに、図の説明の簡潔のため、デカルト基準座標系x−yを考える。ここでx軸は二等辺三角形の底辺と平行である。このように、x軸に対してセグメント203A1、203Anの1つによって形成される角度は90°−αに等しい一方で、y軸に対して形成される角度はαに等しい。
【0060】
隣接するセグメント203A1、203Anはまず均一な態様で磁化され、y軸に沿って負の成分を有する外部磁界H0を印加するので、システム中に磁壁は存在しない。このように、磁気構造200の各々のセグメントの磁化ベクトルはx軸の負の方向に沿って向けられた成分を有する。
【0061】
界H0を除去した後、強度が界H0よりも低い外部磁界Hiが印加される。界Hiはx軸の正の方向に沿って主に向けられているが、y軸に沿った負の成分は小さいので、壁はセグメント202bと203A1との間の角で停止することができる。好ましくは、y軸に沿った成分は、界がx軸に対して20°以下の角度を形成するようなものである。このように、磁壁は、その磁化ベクトルがx軸の正の方向に沿って向けられる注入器202中に創出される。これに対し、隣接するセグメント203A1、203Anの磁化ベクトルはx軸の負の方向に沿った成分を維持する。これは、注入器202の外形により可能となる。特に、注入器の第1の矩形202aはジグザグ構造の隣接するセグメント203A1、203Anよりも広く、したがって、これはより低い形状異方性を特徴とする。この理由により、注入器の磁性を反転させるのに必要な磁界は、隣接するセグメント203A1、203Anにおいて同じ反転を得るのに必要な磁界よりも低い。
【0062】
したがって、図4bに示されるように、界Hiの存在により、注入器202と一連の隣接するセグメント203A1、203Anの第1のセグメント203A1との間に磁壁HHが創出されるようになる。
【0063】
図4cに示されるように、一連の隣接するセグメント203A1、203Anのうち第1のセグメント203A1に平行な界H1が後に印加される。界H1の強度はセグメント203A1の磁性の反転による磁壁の移動に必要な臨界磁界の強度よりも高いが、これはすべてのセグメント203An(nは奇数である)の磁性を同時に反転させるのに必要な界Hnよりも低く、このことは導管の各々の角に磁壁を有するミクロ磁性構成の創出を暗示するであろう。このように、磁壁HHが移動して、一連の隣接するセグメント203A1、203Anのうち第1のセグメント203A1と第2のセグメント203A2との間に置かれる。
【0064】
図4dに示されるように、一連の隣接するセグメント203A1、203Anのうち第2のセグメント203A2に平行な界H2が後に印加される。システムの対称のため、界H2の強度はH2の強度に等しい。このように、磁壁HHが移動して、一連の隣接するセグメント203A1、203Anのうち第2のセグメント203A2と第3のセグメント203A3との間に置かれる。
【0065】
応じて、上述のように界H1およびH2のシーケンスを印加すると、n番目のセグメント203Anに向けての磁気構造200に沿った磁壁HHの制御された移動が実現される。
【0066】
磁壁HHの運動の方向を反転させるには、界H1およびH2の方向を反転させて第1のセグメントに向けて磁気構造200に沿って磁壁HHを移動させることが必要である。
【0067】
界H0、Hi、H1、H2、Hnの強度は、磁気構造200の磁気特性および当該構造の幾何学的性質の両者に依存する。特に、注入器202および一連の隣接するセグメント203A1、203Anの幅および厚み、ならびに隣接するセグメント同士の間の角度2αによて、界H0、Hi、H1、H2およびHnの強度の値が決まる。
【0068】
一般的に、当該磁界は導管の長さおよび幅の減少を増大させる。
図4に示される構造200の外形を考慮すると、ジグザグ構造の傾いた辺の方向に対するHiの投射(projection)がH1およびH2の強度よりも低い場合は、磁壁の創出および移動の2つのプロセスを切り離すことが可能であり、これにより注入は磁壁の伝播を生じない。
【0069】
隣接するセグメント203A1、203Anによって形成されるジグザグ構造によって規定される三角形の頂点は、磁壁に関して安定した位置である。その結果、これらの頂点の1つに置かれる磁壁によって引き寄せられる磁性粒子は、外部磁界が存在しなければ、無限の時間の間この位置に保たれ得る。さらに、上述のように磁気構造200に沿って磁壁を移動させると、磁性粒子も制御された態様で移動する。
【0070】
本発明の特定的な実施形態では、磁気構造200は、それぞれ寸法が4μm×0.6μmおよび3μm×0.2μmである2つの矩形202aおよび202bと、長さが2μmおよび幅が0.2μmである隣接するセグメント203A1、203Anとからなる注入構造202を特徴とする。構造の厚みは0.03μmである。この構造のために好ましく用いられる界の強度は、H0=1000Oe、Hi=140Oe、H1=H2=150Oeである。水平方向に対するH1によって形成される角度は好ましくは50°である。完全さのため、界Hn=300Oeの値も引用する。この種の構造では、磁壁に結合される磁性粒子の移送速度は0.5mm/sのオーダであることが観察されている。
【0071】
磁気構造200のさらなる適用例が図5に示される。
隣接するセグメントが均一に磁化されて磁壁が存在しない初期磁気構成の実現後に、y軸の正の方向に沿った(すなわちx軸に沿った成分が0である)磁界Htが印加される。このように、図5aに示されるようなジグザグ構造の各頂点に磁壁が存在する構成が実現される。磁壁HHおよびTTは交互である。したがって、各々の頂点は存在する磁壁の種類とは独立して磁性粒子を引き寄せ捕捉することができる。その後、磁壁を消滅させることができる磁界Hrを印加することによって、図5bに示されるように磁性粒子の解放が得られる。本発明の特定的な実施形態に従うと、以上特定された寸法および材料を用いると、好ましく用いられる界の強度の値は、Ht=400Oe、Hr=150Oeである。
【0072】
図4に示される磁気構造200はいくつかの磁壁の注入および伝播には適合しない。なぜなら、壁TTおよび壁HHは、同じ界の作用下では反対方向に伝播するであろうからである。これは、任意の数の磁性粒子が同じ導管に沿って搬送される場合には不利であろう。実際に、反対方向への壁TTおよびHHの伝播は、粒子の効果的な前方への運動を妨げる。この問題を解消するため、磁壁TTを移動させるのに必要な界に対して磁壁HHの安定した位置が創出され、またその逆も同様である、磁性導管を構築する必要がある。
【0073】
本発明の特定的な実施形態に従うこの種類の磁性導管の一例が図6に概略的に示される。図6は、変形のジグザグ構造303を有する磁性導管300を表示する。特に、磁性導管300は、水平方向セグメントと交互の底辺のない三角形を形成するように置かれた隣接するセグメント303A1、303A2、303B1、…、303A2n−1、303A2n、303BNを備える。図6に示される例では、三角形は等辺であり、水平方向セグメントの長さは三角形の辺と同じ長さである。実際に、図6に示されるジグザグ構造は、隣接する半六角形が頂点を共通に有する一連の隣接する半六角形として記載することができる。磁性導管300は注入構造302をさらに備える。
【0074】
x軸の負の方向に沿って向けられ、y軸に沿った負の成分が小さいために界が好ましくは(セグメント302を含めて構造全体の磁性を飽和するように)水平方向セグメントの方向に対して約10°の角度を形成する適切な外部磁界H0を印加すると、図6および図7aに示されるように初期磁化状態が実現される。y軸に沿った当該負の成分は、y軸に従って向けられたセグメント302を備える全構造中の単一のドメインの創出を容易にする機能を有する。
【0075】
図7は、磁性導管300中の第1の磁壁HHの創出および伝播を表示する。界Hiの除去の後、y軸に沿って正の成分を有する磁界Hi1が印加される(図7b)。このように、注入構造302および第1のセグメント303A1は、初期状態に対して新たな磁性を取る。特に、セグメント303A1の磁性は初期状態に対して反転し、変形のジグザグ構造の第1のセグメント303A1と第2のセグメント303A2との間に磁壁HHが創出される。セグメント303A2に平行に外部磁界H1を印加すると、当該セグメントの磁性が反転し、磁壁HHが移動して、これが第2のセグメント303A2と第1の水平方向セグメント303B1との間に置かれる(図7c)。第1の水平方向セグメント303B1に平行な外部磁界H2を印加すると、当該セグメントの磁性が反転し、磁壁HHが移動して第1の水平方向セグメント303B1とセグメント303A3との間に置かれる(図7d)。セグメント303A3に平行な外部磁界H3を印加すると、当該セグメントの磁性が反転し、磁壁HHが移動して、セグメント303A3とセグメント303A4との間に置かれる(図7e)。
【0076】
図7cに示されるのと同様に進めると、セグメント303A4に平行な外部界H1が印加されて磁壁HHが移動し、セグメント303A4と第2の水平方向セグメント303B2との間に置かれる(図7f)。
【0077】
図7dに示されるのと同様に進めると、第2の水平方向セグメント303B2に平行な外部界H2が印加されて磁壁HHが移動し、第2の水平方向セグメント303B2とセグメント303A5との間に置かれる(図7g)。
【0078】
印加される磁界の強度は適正な条件を満たさなければならない。たとえば、界H1は、セグメント303A2nに沿った磁壁の伝播が所望されないさらなる磁壁の注入を生じるのを回避するようなものでなければならない。さらに、界Hi1の強度は、すべてのセグメント303A2n−1の磁性を反転させて各セグメント303A2n−1の端に2つの壁を創出するのに必要な界Hnの強度よりも低くなければならない。さらに一般的には、それぞれセグメント303A2n、303Bn、303A2n−1に沿った、壁HHの運動のために用いられる界H1、H2、H3は、それらが関連付けられるセグメントの磁性の反転のみを定める必要があり、それらの末端には既に磁壁が存在し、他のセグメントの磁性の一切のさらなる摂動はない。
【0079】
磁界の強度が満たさなければならない条件は、たとえば、注入構造302を規定するセグメントの幅を変えることによってなど、いくつかの態様で実現されてもよい。
【0080】
本発明の特定的な実施形態に従うと、用いられる磁界は数百Oeのオーダの強度を有する。
【0081】
図7gに示される状態は、磁性導管300中の第2の壁TTを注入するのに必要な外部磁界に対して安定した状態である。壁TTの注入および移動を図8に概略的に示す。
【0082】
x軸の負の方向に沿って向けられた外部磁界Hi2を印加すると、磁性導管300の第1のセグメント303A1の磁性が反転し、第1のセグメント303A1と第2のセグメント303A2との間にTT壁が創出される(図8a)。磁界Hi2は、その間に壁HHが置かれるセグメント303B2と303A5との磁性の反転に有効な成分を有していない。この理由のため、壁HHは、壁TTが注入されても移動しない。
【0083】
壁TTの移動は、壁HHの移動について上述されたのと同様の態様で行なわれる。特に、その間に磁壁が置かれるセグメントのうちの1つの磁性を反転させることができる外部磁界が印加される。
【0084】
セグメント303A2に平行な外部磁界H4を印加すると、当該セグメントの磁性が反転し、壁TTが移動して、セグメント303A2と第1の水平方向セグメント303B1との間に置かれる(図8b)。界H4は、壁TTの位置に影響を及ぼすことなく、セグメント303A1の磁性の反転を発生させるのみであるようなものでなければならない。
【0085】
セグメント303A5に平行な外部磁界H3を印加すると、当該セグメントの磁性が反転し、壁HHが移動する(図8c)。界H3は、磁壁TTがその間に置かれるセグメントの磁性の変化を引き起さず、したがってこの壁は移動しない。
【0086】
セグメント303B1に平行な外部磁界H5を印加すると、当該セグメントの磁性が反転し、壁TTが移動してセグメント303B1とセグメント303A3との間に置かれる(図8d)。しかしながら、この場合、壁HHが移動しないようにするため、H5を適正に選択しなければならない。
【0087】
セグメント303A6に平行な外部磁界H1を印加すると、磁壁HHが移動する(図8e)。
【0088】
適正な外部磁界を同様の態様で印加することを続けると、図8jに示される構成が得られる。この構成は、図8kに示されるような新たな磁壁HHの注入に対して安定している。
【0089】
壁の移動の説明で注記したように、印加すべき界の選択においていくつかの極めて重要な点が存在し、当該極めて重要な点は以下の条件を暗示する。
【0090】
a) それぞれセグメント303A2n、303Bn、303A2n−1に沿った壁HHの移動に用いられる界H1、H2、H3は、それらが関連付けられるセグメントの磁性の反転のみを定めなければならず、その端には磁壁が既に存在し、他のセグメントの磁性の一切のさらなる摂動はない。特に、それらはさらなる壁の注入を定める必要はない。
【0091】
b) それぞれセグメント303A2n、303Bn、303A2n−1に沿った壁TTの移動に用いられる界H4、H5、H6は、それらが関連付けられるセグメントの磁性の反転のみを定めなければならず、その端には磁壁が既に存在し、他のセグメントの磁性の一切のさらなる摂動はない。特に、それらはさらなる壁の注入を生じる必要はない。
【0092】
c) 注入界は、それらが印加されるモーメントのミクロ磁気構成特性における注入器以外の構造の部分の磁化状態を変える必要はない。
【0093】
たとえば、印加すべき界の方向および強度の観点で、それに従ってこれらの条件が実現される態様は用いられる外形および材料に大きく依存し、これにより図8に示される方式はいくつかの実際的な実現例に従って利用可能な原則を表すものと理解しなければならない。特に、構造のセグメントに界が平行である必要はない。
【0094】
図9は、本発明の特定的な実施形態に従う、特に磁壁HHおよびTTの創出および伝播のシミュレーションに用いられる図8に示される方式に従う磁性導管400を概略的に示す。磁性導管400には、幅が0.2μmおよび長さが2μmの注入構造402が設けられる。セグメント303A1、303A2、303A3、および303A4は、長さが2μmおよび幅が0.2μmである。隣接するセグメント同士の間の角度2αは60°に等しく、そのため形成される三角形は等辺三角形である。水平方向セグメント303B1は長さが2μmかつ幅が0.1μmである。90°の角度を有する角405は当該位置で壁を安定させるように傾いたセグメントの端に対応して存在する。磁壁の消滅のための端404は先が尖っており、その最大幅は0.1μmである。磁性導管400は、SiO2/Si基板上に堆積される厚みが30nmのパーマロイ(登録商標)によって形成されてもよい。
【0095】
図9に示され、適正なミクロ磁気シミュレーションによって得られるものなどのような構造中の磁性粒子の創出および移動に必要な界が図10に示される。示されるベクトルの大きさ(界の強度)はOeで表現される。界の命名は、これらのプロセスを詳細に説明する図7および図8について用いられたものと同じである。しかしながら、特に、図7および図8に示されたものとは異なり、図9および図10に記載の本発明の実施形態に従って用いられる界は磁性導管400のセグメントに平行ではない。これは、導管のセグメントに対して傾いた磁界がセグメントの端での磁壁の拘束を容易にするとともに、注入界を低減することが観察されたことによるものである。特に、図10aでは、注入磁界Hi1およびHi2が注入構造402に対して15°だけ傾斜していることを観察することができる。壁HHの移動のための磁界は、セグメント403A2および403A1に対して10°だけかつ水平方向セグメント403B1に対して15°だけ傾斜している(図10b)。同様に、壁TTの移動のための磁界は、セグメント403A2および403A1に対して10°だけかつ水平方向セグメント403B1に対して15°だけ傾斜している(図10c)。
【0096】
界が印加される角度の選択および当該界の大きさにより、上述の条件a、bおよびcを満たすことが可能になり、壁HHおよびTTの注入を当該壁の伝播から切り離すことが保証される。
【0097】
図1、図4、図6、および図9に示される磁性導管など、セグメントおよび角を備える磁性導管の使用により、磁壁の創出および移動の精密な制御が可能になる。特に、磁壁が非常に安定している角の存在のおかげで、当該磁壁の場所を精密に知ることができる。同様に、磁性粒子が当該磁壁に結合している場合、当該粒子の場所を精密に知ることができる。一般的に、それにより磁性粒子の局所化がわかる最大の理論的精密度は磁壁の広がりに対応する。応じて、本発明に従って適切に構造化された導管における磁性粒子の局所化をこれによって知る最大精密度は、10ナノメータのオーダである。この精密度は、溶液中の粒子のブラウン運動および磁気構造中の不規則性の存在などの外部摂動理由のために、数百ナノメータまで大きく低下し得る。
【0098】
セグメントおよび角に基づく磁壁の運動はデジタル運動である。特に、磁壁の移動の始点および終点は精密にわかり、それに沿って磁壁が移動するセグメントの端に対応している一方で、端と次の端との間の移動の間の当該壁の性質および運動を制御することは容易ではない。直線のセグメント上では、壁自体に追従して粒子が連続性を持って移動可能なように壁の速度を低減することは難しい。さらに、運動の間に磁壁が典型的な横断構造の代わりに渦構造をとる場合、磁性粒子が解放される可能性がある。この不都合を回避するため、本発明の特定的な有利な実施形態に従うと、カーブしたセグメントによって形成される磁性導管を用いる。カーブしたセグメントに沿った磁壁の運動は、速度が外部磁界の回転速度と等しい連続した運動であり、したがって制御可能である。
【0099】
図11は、円形のリングの形状を有する磁性導管500に基づく本発明の特定的な実施形態を表示する。磁性導管500の円形構造により、磁壁の性質およびプロセスの各々の瞬間のそれらの移動の精密な制御が可能になる。
【0100】
外部飽和磁界Hiを印加すると、図11aに示されるように磁壁HHおよび磁壁TTが創出される。回転径方向磁界Hrを印加すると、非常に高精密にリング500の周に沿って磁壁を移動させることができる(図11b)。磁界Hrの回転速度を制御すると、磁壁の移動を制御することができる。特に、磁壁の回転速度は磁界Hrの回転速度と一致する。界Hrの強度は、リング500の構造、特にリング自体の材料中の不均質性および円形構造中のあり得る不規則性の存在によって決まる。磁界Hrは径方向であるため、磁壁は移動の全体にわたってそれらの横断構造を維持する。
【0101】
一例として、5μmに等しい半直線(ray)および0.2μmの導管幅を有するパーマロイ(登録商標)リング上の粒子の移動の効率についてのいくつかの実験データを報告する。特に、表1では、磁性粒子の回転の最大周波数が、印加される回転界Hrの強度の関数として報告される。周波数がより高いほど、粒子が壁から離れるであろう。
【0102】
【表1】

【0103】
このデータは、pH8のNH4−OHの水溶液中の直径500nmのnanomag(登録商標)−D粒子の運動および厚み50nmのSiO2の被覆を有するパーマロイ(登録商標)構造に関する。
【0104】
半径が10μmでかつ界Hr=300Oeである同様の構造上で回転の最大周波数が0.5Hzに低減されると、磁性粒子の損失がしばしば観察される。このことは、粒子および壁の回転に必要な界が曲率半径とともにどのように増大するかを示す。
【0105】
界Hrの回転速度が低いと、磁性粒子の制御された移動により、その非常に精密な位置決めが可能になり、観察される分解能は100ナノメータのオーダである。
【0106】
図12は、カーブした形状を有する磁性導管600を有する、本発明の特定的な実施形態を表示する。磁性導管600は、磁壁の注入のための注入構造602と、カーブした部分603と、磁壁の消滅のための端604とを備える。カーブした部分603は、楕円の一部に対応する。本発明の代替的な実施形態に従うと、カーブした部分603は、放物線、双曲線、または円周の一部に対応してもよい。端604は先が尖っている。磁性導管600はまず、図12aに示されるように、図のような外部磁界H0によって均一に磁化される。その後、磁界H0が除去され、Hiが鉛直方向に対して傾斜するように本質的にy軸の正の方向に沿って向けられているが、x軸に沿った負の成分がわずかである外部磁界Hiが印加される。界Hiにより、磁性導管600のカーブした部分603中の磁壁HHの注入が可能になる(図12b)。回転径方向磁界Hを印加すると、カーブした部分603全体に沿って高精度で磁壁HHを移動させることができる(図12c、図12d、図12e)。図12に示されるミクロ磁気構成は、200nmに等しい導管幅および30nmの厚みを有するパーマロイ(登録商標)構造に対する適正なシミュレーションのための結果を総合的に要約する。1000Oeの界H0は、初期化のため、水平方向に対して10°だけ傾斜して印加された一方で、界HiおよびHはそれぞれ200Oeおよび300Oeに対応し、Hiは鉛直方向に対して10°だけ傾斜している。磁壁HHの回転角速度は磁界Hの回転角速度と等しい。連続したかつ制御された移動に必要な界Hの強度は、(それとともに増大する)曲率半径およびカーブした部分603の構造、特にカーブした部分603中のあり得る不規則性の存在およびカーブした部分自体の材料中の不均質性によって決まる。磁壁HHが端604に達すると、これは消滅する(図12f)。磁性導管600の場合、カーブした部分603の直径に等しい距離に沿って磁性粒子を移動させることができる。一般的に、当該距離は数十マイクロメータのオーダであり得る。
【0107】
パーマロイ(登録商標)からなり、幅が0.2μmのカーブした部分603を有する、厚みが30nmおよび直径が10μmの磁性導管600を考えると、磁壁HHは、パーマロイ(登録商標)構造から200nmの距離のところで100Oeよりも高い磁界を発生すると算出された。生成された界の高い傾斜は、直径が130nmで、中心がカーブした部分603の表面から200nmのところにある超常時性粒子nonomag(登録商標)−Dに対する、10pNに等しい吸引力を暗示する。この値は、方形のリングの角の場合に得られる値に匹敵する。したがって、導管600について算出される力は、磁性粒子と磁壁との間の安定した連結を実現するのに十分である。磁性導管600上方に配置されるSiO2保護層は、粒子の移動の間の相互作用力を最大限にするためには、できるだけ厚みが小さい(ここに示される実験データについては50nm)のが好ましいことが明らかである。
【0108】
本発明の特定的な有利な実施形態に従うと、異なる曲率半径、異なる厚み、および異なる幅などの異なる磁気特性を有する、接続されたカーブした部分の配列を備える磁性導管が実現される。
【0109】
本発明に従って適切に構造化された磁性導管により、非常に精密な態様で、ナノメータ分解能で磁性粒子の位置および移動を制御することができることが示された。
【0110】
本発明の特定的な実施形態に従うと、二股部を備える磁性導管を実現することができる。図13に示される磁性導管700は二股部701を備え、これにより磁性導管700は分岐700aおよび700bに分割される。図13に、二股部701に置かれる磁壁HHが示される。分岐700aの第1のセグメント703aの磁性を反転させることができる外部磁界Haが印加されると、壁HHは分岐700Aに入り、この分岐に沿って伝播可能である。これに対し、分岐700bの第1のセグメント703bの磁性を反転させることができる外部磁界Hbが印加されると、壁HHは分岐700bに入り、この分岐に沿って伝播可能である。
【0111】
図1から図13に示される機器は、適切に構造化された磁性導管を備える、本発明の特定的な実施形態を表示する。特に、図1から図13に示される磁性導管は、非磁性基板(たとえば、SiO2、Si)上に堆積される、室温で強磁性の材料(たとえば、パーマロイ(登録商標))からなる2次元システムである。示される磁性導管は、(SiO2などの)非磁性材料の保護層でさらに覆われてもよい。それにもかかわらず、本発明のさらなる実施形態に従うと、3次元磁性導管が設けられる。このように、3Dネットワークが創出され、これに沿って非常に高精密にかつ完璧な制御をもって、いくつかの磁性粒子を移動させることができる。したがって、磁壁の移動によって磁性粒子を選択的に移動可能ないくつかの環境の層化(stratification)を実現することができる。これにより、異なる化学反応が起こり得る環境の層化が実現される、理想的なラボオンチップ条件の実現が可能になる。
【0112】
本発明のさらなる実施形態は、磁壁および磁壁に結合される磁性粒子の存在を検出することができる磁気センサを有する、本発明の磁性導管を提供することにある。当該センサの例は、イタリア特許出願TO2008A00314に見出すことができ、その教示はその全体が引用によりここに援用されている。TO2008A00314に記載のセンサは、異方性磁気抵抗現象に基づく磁性導管中の磁壁の存在の検出に基づいている。基本的に、磁性導管の電気抵抗は導管中の磁壁の存在または不在に応じて変化する。したがって、オーミック測定によって磁性導管中の磁壁の存在を判断することができる。さらに、磁区に近接した磁性粒子の存在の検出は、磁性導管に沿って磁壁を移動させるのに必要な磁界が、磁壁が磁性粒子に結合していることまたは結合していないことに応じて変化することに基づいている。したがって、TO2008A00314に記載のセンサは、磁性導管中の磁壁の検出および当該磁壁が磁性粒子に結合されているか否かの判断を可能にする。したがって、これらの種類のセンサは、本明細書中に記載の構造と完全に一体化可能である。TO2008A00314に記載のようなオーミック測定を行なうため、当該磁性導管に、たとえば金の電気コンタクトなどの電気コンタクトを設けることができる。磁性導管と同様に、電気コンタクトも石版印刷技術によって実現されてもよい。本発明の磁性導管中のセンサの存在により、磁性導管を通る磁性粒子の数を高精密に制御することができるカウンタの実現が可能になる。
【0113】
本発明の実施形態に従う磁性導管中の磁壁の創出、移動、および消滅が外部磁界の印加に関連して説明された。外部磁界は連続的であってもまたは交互であってもよい。本発明の代替的な実施形態に従うと、外部電磁界の印加によって磁性導管中で磁壁の創出、移動、および消滅を行なうことができる。本発明のさらなる実施形態に従うと、磁壁の創出、移動、および消滅は、磁性導管を通過することを許される電流によって行なわれる。これは、たとえば、水マンガン鉱、ホイスラー合金、および磁鉄鉱などの、フェルミ準位で高いスピン偏極を特徴とする磁性材料で磁性導管が実現される場合に特に実現可能である。電流を磁性導管に通すため、当該磁性導管に、たとえば、金の電気コンタクトなどの電気コンタクトを設けることができる。磁性導管と同様に、電気コンタクトも石版印刷技術によって実現されてもよい。
【0114】
磁性粒子の溶液の存在下で適切に構造化されて置かれた磁性導管中の磁壁の創出、移動、および消滅によって、単一の磁性粒子の移動を非常に高精密にかつ正確に制御することができることが示された。当該磁性導管の構造(形状および寸法)の正確な設計により、磁壁の創出による予め定められた位置での単一の磁性粒子の捕捉が可能である。磁壁の消滅により、予め定められた位置での単一の磁性粒子の解放がさらに可能である。磁壁がこれに沿って精密に移動可能な磁性導管に沿って制御されたかつ精密な態様で単一の磁性粒子を移動させることも可能である。
【0115】
これにより、粒子の制御されたかつ精密な操作が要件とされるいくつかの分野で、本発明の方法およびシステムを用いることが可能になる。特に、本発明を、磁性粒子の捕捉、移動、蓄積、および移送が必要な各分野で用いてもよい。粒子の制御された操作が重要な役割を果たす分野の例は、たとえば、超常磁性粒子がマーカーまたは生体分子の移送のための支持体として用いられる生物医学的適用例に係る。これらの分野の適用例のいくつかの例は、たとえば、バイオセンサによる生体分子の同定の場合、またはDNAの抽出および精製に係る。本発明によると、「ラボオンチップ」方策はいくつかの適用例の分野において改良される。本発明に従う機器のコンパクトなアレイの実現により、たとえば、生体サンプルを調製すべき場合に、必要に応じて磁性粒子の高い量の捕捉、搬送、および解放が可能になる。さらに、本発明は、たとえば、高度に制御された化学的または生物学的合成の分野で用いることができる、カーブした導管を用いる、非常に正確かつ精密な「磁気ピンセット」の種類の実現を可能にする(ナノメータ分解能を得ることが可能である)。
【0116】
本発明のいくつかの局面により、磁性粒子の極めて精密かつ制御されたデジタル運動と、必要な適用例の種類に応じた磁性粒子の極めて精密かつ制御された連続運動との両者を行なうことができることが示された。
【0117】
本発明は、分子が磁性であるか否かとは独立して、磁性粒子を生物学的または非生物学的な任意の種類の分子に結合するために、たとえば、接着性物質または表面反応基によって官能化される磁性粒子を用いる場合に特に有利である。特定の分子に結合された磁性粒子の制御された運動により、粒子がそれを通って移動する異なる環境で局所化される溶液中の他の分子、または次に磁性粒子によって移動される他の分子を、制御された態様で当該分子と相互作用させることが可能になる。
【0118】
具体的な適用例として、異なるベースを含有する環境を通して順次移動される磁性球に付着するDNA配列の合成を考えることができる。適正な二股部を有するように適切に設計された導管中でのこの球のプログラムされた移動は、当該機能性の実現を可能にするであろう。
【0119】
本発明に従うシステムおよび方法の適用例は、リアルタイムポリメラーゼ連鎖反応(リアルタイムPCR)などのその後の分析のための生体サンプルの調製の分野に係る。この場合、増幅されるべきDNAサンプルの調製は、DNA分子を分離し、サンプルを精製するための磁性粒子の使用を暗示する。この機能は一般的に、サンプルが適正な反応物と接触させられるさまざまな相中のDNAに結合される磁性粒子を引き寄せるもしくは解放するようにテストチューブに近づけられるかもしくはさらに遠ざけられるテストチューブおよび永久磁石を用いる、オペレータまたはロボットの手動介入によって、一般的に得られる。本発明に従って示される構造による磁性粒子の捕捉、解放、および移動の機能性により、ラボオンチップ機器におけるサンプル調製の一体化が可能になる。これにより、完全にラボオンチップの分析の見込みに有利な、サンプルの調製の外部相の排除が可能になるであろう。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
懸濁液中の磁性粒子の操作のための機器であって、
基板と、
磁壁の創出、移動、および消滅に好適な磁性導管とを備え、前記磁性導管は前記基板の上に置かれ、さらに
前記磁性導管の表面に近接して置かれた磁性粒子溶液を備え、
前記磁性導管は磁性材料からなるストリップを備え、これにより前記磁性粒子は、前記ストリップに沿った前記磁壁の創出、移動、および消滅、ならびに前記磁壁と前記磁性粒子との間の相互作用の結果として、前記ストリップに沿って捕捉され、移動され、および解放され得ることを特徴とする、機器。
【請求項2】
前記ストリップは複数の隣接するセグメントを備え、前記セグメントの長さは前記セグメントの横断方向の寸法(幅および厚み)よりも実質的に大きく、これにより前記磁壁は、前記ストリップに対して横断するように置かれ、かつ移動の間のそれらの完全性を維持することを特徴とする、請求項1に記載の機器。
【請求項3】
前記セグメントの厚みは100nm以下であることを特徴とする、請求項2に記載の機器。
【請求項4】
前記セグメントの幅は1μm以下であることを特徴とする、請求項2または3に記載の機器。
【請求項5】
前記複数のセグメントは複数の真っ直ぐなセグメントおよび/または複数のカーブしたセグメントを備え、これにより、前記真っ直ぐなセグメントに沿った前記磁性粒子の移動は前記真っ直ぐなセグメントの終点同士の間のデジタル移動であり、前記カーブしたセグメントに沿った移動は連続した移動であることを特徴とする、請求項2から4のうち1項に記載の機器。
【請求項6】
前記複数の隣接するセグメントは方形のリング(100)を形成することを特徴とする、請求項2から5のうち1項に記載の機器。
【請求項7】
前記複数の隣接するセグメントはジグザグ構造(203)を形成し、これにより、前記ジグザグ構造(203)に沿った前記粒子の移動はデジタル移動であり、前記ストリップは注入器(202)およびストリップ端(204)をさらに備えることを特徴とする、請求項2から5のうち1項に記載の機器。
【請求項8】
前記複数の隣接するセグメントは、水平方向セグメント(303Bn)と交互にされ、角度2αを形成するように置かれた傾いたセグメント(303A(2n−1),303A2n)の対を備える変形のジグザグ構造(303)を形成し、これにより、前記変形のジグザグ構造(303)に沿った前記粒子の移動はデジタル移動であり、前記ストリップは注入器(302)およびストリップ端(304)をさらに備えることを特徴とする、請求項2から5のうち1項に記載の機器。
【請求項9】
前記ストリップは円形のリング(500)を形成し、これにより前記ストリップに沿った前記粒子の移動は連続した移動であることを特徴とする、請求項1に記載の機器。
【請求項10】
前記ストリップは、注入器(602)と、カーブした構造(603)と、ストリップ端(604)とを備え、これにより、前記ストリップに沿った前記粒子の移動は連続した移動であることを特徴とする、請求項1に記載の機器。
【請求項11】
前記ストリップは少なくとも二股部(701)を備えることを特徴とする、請求項1、2、3、4、5、7、または8に記載の機器。
【請求項12】
前記ストリップは、前記基板によって規定される平面中のセグメントと、3次元回路を形成するように前記基板によって規定される前記平面から出て行く方向に沿って置かれるセグメントとを備えることを特徴とする、請求項1、2、3、4、5、7、8、または11に記載の機器。
【請求項13】
前記機器は、磁壁および/または磁性粒子を検出するための少なくともセンサをさらに備えることを特徴とする、請求項1から12のうち1項に記載の機器。
【請求項14】
前記磁性材料は、たとえば、パーマロイ(登録商標)、コバルト、鉄、ニッケル、水マンガン鉱、Fe34、またはホイスラー合金などの、室温で強磁性の材料であることを特徴とする、請求項1から13のうち1項に記載の機器。
【請求項15】
磁性粒子の操作のための装置であって、
請求項1から14のうち1項に記載の磁性導管を備える、磁性粒子の操作のための機器を備え、前記磁性導管中の磁壁の生成、移動、および消滅のための手段をさらに備えることを特徴とする、装置。
【請求項16】
磁壁の生成、移動、および消滅のための前記手段は、外部界の創出のための手段を備えることを特徴とする、請求項15に記載の装置。
【請求項17】
前記外部界は、外部磁界および外部電磁界のうち1つを備えることを特徴とする、請求項16に記載の装置。
【請求項18】
磁壁の生成、移動、および消滅のための前記手段は、前記磁性導管を通る電流の生成のための手段を備えることを特徴とする、請求項15に記載の装置。
【請求項19】
前記装置は、たとえば、ピペット、マイクロポンプ、またはマイクロバルブなどの、前記磁性導管の表面に近接して前記磁性粒子の溶液を配置するための手段をさらに備えることを特徴とする、請求項15から18のうち1項に記載の装置。
【請求項20】
磁性粒子の操作のための方法であって、
磁壁の創出、移動、および消滅に好適で、磁性材料からなるストリップを備える磁性導管の表面に近接して磁性粒子溶液を配置するステップと、
少なくとも磁壁を前記ストリップに沿って創出することにより、前記ストリップに沿って前記磁性粒子のうち少なくとも1つを捕捉するステップとを備えることを特徴とする、方法。
【請求項21】
前記方法は、前記ストリップに沿って前記磁壁を移動させることによって、捕捉された前記粒子を移動させるステップをさらに備えることを特徴とする、請求項20に記載の方法。
【請求項22】
前記方法は、前記ストリップに沿って前記磁壁を消滅させることによって、捕捉された前記磁性粒子を解放するステップをさらに備えることを特徴とする、請求項20または21に記載の方法。
【請求項23】
前記方法は、前記磁性粒子が少なくとも1つの非磁性分子または細胞に結合可能であるように、かつ前記磁性粒子の操作が前記分子または細胞の操作を可能にするように、接着性物質または表面反応基で前記磁性粒子を官能化させるステップをさらに備えることを特徴とする、請求項20から22のうち1項に記載の方法。

【図1a】
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【図1b】
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【図1c】
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【図2】
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【図3a】
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【図3b】
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【図3c】
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【図3d】
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【図4a】
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【図4b−4d】
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【図5a】
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【図5b】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10a−10c】
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【図11a】
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【図11b】
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【図12a−12f】
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【図13】
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【公表番号】特表2012−517601(P2012−517601A)
【公表日】平成24年8月2日(2012.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−549486(P2011−549486)
【出願日】平成22年2月12日(2010.2.12)
【国際出願番号】PCT/EP2010/000879
【国際公開番号】WO2010/091874
【国際公開日】平成22年8月19日(2010.8.19)
【出願人】(511196744)
【氏名又は名称原語表記】ASOCIACION−CENTRO DE INVESTIGACION COOPERATIVA EN NANOCIENCIAS − CIC NANOGUNE
【Fターム(参考)】