説明

磁気ディスク

【課題】10nm以下の極低浮上量においてもフライスティクション障害や腐食障害などが防止できる耐熱性が優れ、且つ密着性の高い潤滑層を備えた磁気ディスクを提供する。また、温度特性が良好な潤滑層を備え、広範囲な温度条件で安定した動作を示す磁気ディスクを提供する。
【解決手段】基板1上に磁性層3と炭素系保護層4と潤滑層5を備える磁気ディスクであって、前記潤滑層5は、一つの分子中にホスファゼン環と2つ以上の水酸基及び/又はカルボキシル基を有する化合物からなる磁気ディスク用潤滑剤を含有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はハードディスクドライブなどの磁気ディスク装置に搭載する磁気ディスクに関する。
【背景技術】
【0002】
ハードディスクドライブ(HDD)等の磁気ディスク装置においては、停止時には磁気ディスク面の内周領域に設けられた接触摺動用領域(CSS領域)に磁気ヘッドを接触させておき、起動時には磁気ヘッドをCSS領域でディスク面と接触摺動させながら浮上させた後、CSS領域の外側に設けられた記録再生用のディスク領域面で記録再生を行なう、CSS(Contact Startand Stop)方式が採用されてきた。終了動作時には、記録再生用領域からCSS領域に磁気ヘッドを退避させた後に、CSS領域でディスク面と接触摺動させながら着地させ、停止させる。CSS方式において接触摺動の発生する起動動作及び終了動作をCSS動作と呼称する。
このようなCSS方式用磁気ディスクにおいては、ディスク面上にCSS領域と記録再生領域の両方を設ける必要がある。また、磁気ヘッドと磁気ディスクの接触時に両者が吸着してしまわないように、磁気ディスク面上に一定の表面粗さを備える凸凹形状を設ける必要がある。
【0003】
CSS動作時に起る磁気ヘッドと磁気ディスクとの接触摺動によるダメージを緩和するために、例えば、特開昭62−66417号公報(特許文献1)などにより、HOCH2-CF2O-(C2F4O)p-(CF2O)q-CH2OHの構造をもつパーフルオロアルキルポリエーテルの潤滑剤を塗布した磁気記録媒体などが知られている。
また、特開2000−311332号公報(特許文献2)には、低浮上型磁気ヘッドを用いても潤滑剤を分解することなく、潤滑特性、CSS特性を向上させるような環状トリフォスファゼン系潤滑剤とパーフルオロポリエーテル系潤滑剤を組み合わせた潤滑剤を塗布した磁気記録媒体が開示されている。さらに、特開2004−152460号公報(特許文献3)には、末端基にホスファゼン環を有するパーフルオロポリエーテル化合物と、末端基に水酸基を有するパーフルオロポリエーテル化合物を組み合わせた潤滑剤を用いて、極低浮上においても安定して動作し、マイグレーションを抑制し得る付着性の高い潤滑層を備えた磁気ディスクが開示されている。
【0004】
【特許文献1】特開昭62−66417号公報
【特許文献2】特開2000−311332号公報
【特許文献3】特開2004−152460号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
最近、CSS方式に代わってLUL(Load Unload:ロードアンロード)方式の磁気ディスク装置が導入されつつある。LUL方式では、停止時には、磁気ヘッドを磁気ディスクの外に位置するランプと呼ばれる傾斜台に退避させておき、起動時には磁気ディスクが回転開始した後に、磁気ヘッドをランプから磁気ディスク上に滑動させてから記録再生を行なう。この一連の動作はLUL動作と呼ばれる。LUL方式はCSS方式に比べて磁気ディスク面上の記録再生用領域を広く確保できるので高情報容量化にとって好ましい。また、磁気ディスク面上にはCSSのための凸凹形状を設ける必要が無いので、磁気ディスク面を極めて平滑化でき、このため磁気ヘッド浮上量を一段と低下させることができるので、記録信号の高S/N比化を図ることができ好適である。
【0006】
LUL方式の導入に伴う、磁気ヘッド浮上量の一段の低下により、15nm以下の低浮上量においても磁気ディスクが安定して動作することが求められるようになってきた。しかしながら、このような低浮上量で磁気ディスク面上に磁気ヘッドを浮上飛行させると、フライスティクション障害やヘッド腐食障害などが頻発するという問題が発生した。
フライスティクション障害とは、磁気ヘッドが浮上飛行時に浮上姿勢や浮上量に変調をきたす障害であり、不規則な再生出力変動を伴う。場合によっては浮上飛行中に磁気ディスクと磁気ヘッドが接触し、ヘッドクラッシュ障害を起こす事がある。
腐食障害とは、磁気ヘッドの素子部が腐食して記録再生に支障をきたす障害であり、場合によっては記録再生が不可能となったり、腐食素子が膨大して、浮上飛行中に磁気ディスク表面にダメージを与えることがある。
【0007】
本発明者らは、最近の磁気ディスクで顕著化してきた、前述の障害の発生原因は、以下のメカニズムが発生した結果であろうという知見を得た。
磁気ヘッドの浮上量が15nm以下の低浮上量となると、磁気ヘッドは浮上飛行中に空気分子を介して磁気ディスク面上の潤滑層に断熱圧縮及び断熱膨張を繰り返し作用させるようになり、潤滑層は繰り返し加熱冷却を受けやすくなり、このため潤滑層を構成する潤滑剤の低分子化が促進され易くなっている。潤滑剤が低分子化すると流動性が高まり保護層との付着性が低下する。流動度の高まった潤滑剤は、極狭な位置関係にある磁気ヘッドに移着堆積し、浮上姿勢が不安定となりフライスティクション障害を発生させるものと考えられる。特に、最近導入されてきたNPAB(負圧)スライダーを備える磁気ヘッドは、磁気ヘッド下面に発生する強い負圧により潤滑剤を吸引し易いので、移着堆積現象を促進していると考えられる。移着した潤滑剤はフッ酸等の酸を生成する場合があり、磁気ヘッドの素子部を腐食させる場合がある。特に、磁気抵抗効果型素子を搭載するヘッドは腐食され易い。
【0008】
また本発明者らは、LUL方式が、これら障害の発生を促進しているという知見を得た。LUL方式の場合ではCSS方式の場合と異なり、磁気ヘッドは磁気ディスク面上を接触摺動することが無いので、一度磁気ヘッドに移着堆積した潤滑剤が磁気ディスク側へ転写除去され難いことが判った。従来のCSS方式の場合にあっては、磁気ヘッドに移着した潤滑剤は磁気ディスクのCSS領域と接触摺動することによりクリーニングされ易いので、これら障害が顕在化していなかったものと考察される。
【0009】
また、最近では磁気ディスク装置の応答速度を敏速化するために、磁気ディスクの回転速度を高めることが行なわれている。モバイル用途に好適な小径の2.5インチ型磁気ディスク装置の回転数は従来4200rpm程度であったが、最近では、5400rpm以上の高速で回転させることで応答特性を高めることが行なわれている。このような高速で磁気ディスクを回転させると、回転に伴う遠心力により潤滑層が移動(マイグレーション)して、磁気ディスク面内で潤滑層膜厚が不均一となる現象が顕在化してきた。
【0010】
また、近年の高記録密度化に伴う磁気ヘッドの浮上量が一段と低下(10nm以下)したことにより、磁気ヘッドと磁気ディスク表面との接触、摩擦が頻発する可能性が高くなる。また、磁気ヘッドが接触した場合には磁気ディスク表面からすぐに離れずにしばらく摩擦摺動することがある。また、上述のように近年の磁気ディスクの高速回転による記録再生のため、従来以上に接触や摩擦による発熱が生じている。従って、このような熱の発生により、磁気ディスク表面の潤滑層材料が熱分解を起こす可能性が従来よりも高くなり、この熱分解され低分子化し流動性の高まった潤滑剤が磁気ヘッドに付着することで、データの読み込み、書き込みに支障を来たす可能性が懸念される。さらに、近い将来の磁気ヘッドと磁気ディスクとを接触させた状態でのデータの記録再生を考えたとき、常時接触による熱発生の影響がさらに懸念される。
【0011】
このような状況を考えると、潤滑層に求められる耐熱性の更なる向上が望まれている。一般的には、使用する材料の分子量を大きくすることで耐熱性を向上できることは知られている。しかしながら、例えば従来潤滑剤として一般的に用いられているパーフルオロポリエーテル系化合物の主鎖を長くすることにより分子量を大きくしたときは、フライスティクション障害やヘッド腐食障害などが生じやすくなり、磁気ディスクの信頼性が悪いという問題があった。この理由は、保護層上に潤滑層を成膜すると、長いパーフルオロポリエーテル主鎖の部分が保護層表面を覆ってしまい、末端の水酸基が保護層表面に配される可能性が少なくなるため、保護層との密着性が弱くなるためと考えられる。
【0012】
また、上記特許文献2や特許文献3に開示されているように、従来のパーフルオロポリエーテル系潤滑剤にホスファゼン系化合物のような耐熱性を有する材料を混合して用いることにより、耐熱性を高めることも提案されている。しかしながら、本発明者の考察によると、このような耐熱性を有する材料とパーフルオロポリエーテル系潤滑剤を混合して用いる場合、潤滑層に要求される耐熱性を従来よりも高めようと、耐熱性を有する材料を多く含有させても、保護層上に成膜したとき優先的にパーフルオロポリエーテル系潤滑剤が保護層表面に付着し、耐熱性を有する材料が磁気ディスク表面に付着し難くなり、耐熱性の向上があまり認められなかった。
【0013】
また、最近では、カーナビゲーションシステムに磁気ディスク装置が搭載されているが、例えば日本国内においても例えば冬場は−20℃程度まで気温が低下する地域もあれば、例えば夏場は30〜45℃程度まで気温が上昇する地域もある。従って、このようなカーナビゲーションシステム用の磁気ディスク装置に搭載される磁気ディスクは、上記広範な温度範囲においても故障なく安定して動作することが求められている。そのためには、広範な温度範囲においても潤滑剤の粘度が大きく変化しないことが求められる。
従来用いられて来た、前記特許文献1に記載の潤滑技術は、主としてCSS動作の改善を主眼として開発されたものであって、LUL方式用磁気ディスクに用いると前記障害発生頻度が高く、最早、最近の磁気ディスク求められる信頼性を満足することが困難となっていた。また、前記特許文献2、特許文献3に記載されたホスファゼン系化合物とパーフルオロポリエーテル系潤滑剤を混合して用いる場合、磁気ディスクを使用する温度条件によっては前記障害発生が起こりやすく、使用されうる広範な温度範囲において高い信頼性が得られないという問題がある。
【0014】
本発明は、このような事情のもとで、その目的とするところは、第1に、10nm以下の極低浮上量においてもフライスティクション障害や腐食障害などが防止できる耐熱性が優れ、且つ密着性の高い潤滑層を備えた磁気ディスクを提供することであり、第2に、温度特性が良好な潤滑層を備え、広範囲な温度条件で安定した動作を示す磁気ディスクを提供することであり、第3に、特にLUL(ロードアンロード)方式用に好適な磁気ディスクを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者は以下の発明により、前記課題が解決できることを発見し、本発明を完成させた。
すなわち、本発明は以下の構成を有する。
(構成1)基板上に磁性層と炭素系保護層と潤滑層を備える磁気ディスクであって、前記潤滑層は、一つの分子中にホスファゼン環と2つ以上の水酸基及び/又はカルボキシル基を有する(但し、水酸基を有する基がホスファゼン環の結合手のうちの1つの結合手と結合している場合には3つ以上の水酸基を有する)化合物からなる磁気ディスク用潤滑剤を含有することを特徴とする磁気ディスクである。
(構成2)前記磁気ディスク用潤滑剤は、その分子中に、−(O-C2F4)m−(O-CF2)n−(m、nはそれぞれ1以上の整数である。)で示されるパーフルオロポリエーテル主鎖を有することを特徴とする構成1記載の磁気ディスクである。
(構成3)前記磁気ディスク用潤滑剤は、ホスファゼン環の少なくとも1つの結合手に、パーフルオロポリエーテル主鎖を介して、その末端基に水酸基及び/又はカルボキシル基を有することを特徴とする構成1又は2記載の磁気ディスクである。
(構成4)基板上に磁性層と炭素系保護層と潤滑層を備える磁気ディスクであって、前記潤滑層は、
一般式(I)
【0016】
【化1】

(式中、R〜Rはそれぞれ含フッ素基、水酸基又はカルボキシル基であり、かつ、R〜Rの少なくとも1つは、その構造中に−(O-C2F4)m−(O-CF2)n−(m、nはそれぞれ1以上の整数である。)を有し且つ末端に水酸基及び/又はカルボキシル基を有する基であり、さらに一つの分子中には2つ以上の水酸基及び/又はカルボキシル基を有する。但し、R〜Rのうちの1つが、その構造中に−(O-C2F4)m−(O-CF2)n−(m、nはそれぞれ1以上の整数である。)を有し且つ末端に水酸基を有する基である場合にはその末端に3つ以上の水酸基を有する。)
で示されるホスファゼン化合物を含有することを特徴とする磁気ディスクである。
(構成5)前記ホスファゼン化合物の数平均分子量(Mn)が300〜7000であることを特徴とする構成4記載の磁気ディスクである。
(構成6)ロードアンロード方式磁気ディスク装置に搭載される磁気ディスクであることを特徴とする構成1乃至5の何れか一に記載の磁気ディスクである。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、一つの分子中にホスファゼン環と2つ以上の水酸基及び/又はカルボキシル基を有する化合物からなる磁気ディスク用潤滑剤を用いて潤滑層を形成しているので、10nm以下の極低浮上量においてもフライスティクション障害や腐食障害などが防止できる耐熱性が優れ、且つ密着性の高い潤滑層を備えた磁気ディスクを提供することができる。
また、本発明によれば、上記磁気ディスク用潤滑剤を用いて潤滑層を形成しているので、潤滑剤の分子量を大きくしたため温度特性が良好な潤滑層とすることができ、その結果広範囲な温度条件で安定した動作を示す磁気ディスクを提供することができる。
さらに本発明によれば、特にLUL(ロードアンロード)方式用に好適な磁気ディスクを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明を実施の形態により詳細に説明する。
本発明の磁気ディスクは、基板上に磁性層と炭素系保護層と潤滑層を備える磁気ディスクであって、前記潤滑層は、一つの分子中にホスファゼン環と2つ以上の水酸基及び/又はカルボキシル基を有する化合物からなる磁気ディスク用潤滑剤を含有することを特徴としている。
【0019】
このような一つの分子中にホスファゼン環と2つ以上の水酸基及び/又はカルボキシル基を有する化合物(以下「本発明のホスファゼン化合物」と呼ぶ。)からなる磁気ディスク用潤滑剤を用いることにより、耐熱性の向上に寄与する分子量を大きくするためのホスファゼン環を有し、且つ、保護層との密着性を高めるために、上記ホスファゼン環と同じ分子中の末端に水酸基を有するので、耐熱性と密着性の両方の機能を兼ね備え且つ向上させた潤滑層を形成することができる。従来のように、主に耐熱性の機能を持たせたホスファゼン環を有する化合物と、主に密着性の機能を持たせた末端基に水酸基を有するパーフルオロポリエーテル化合物とを混合して用いると、優先的に上記パーフルオロポリエーテル化合物が保護層表面に付着し、耐熱性を有する材料が磁気ディスク表面に付着し難くなり、耐熱性の向上があまり認められなかったという問題点を本発明は解決することができる。本発明のホスファゼン化合物において、一つの分子中に水酸基とカルボキシル基の両方を有する場合には、水酸基とカルボキシル基を合わせて2つ以上有していればよい。炭素系保護層との密着性向上の観点からは、少なくとも水酸基を有していることが好ましい。
【0020】
本発明のホスファゼン化合物は、上記水酸基及び/又はカルボキシル基とホスファゼン環に加えて、その分子中に、−(O-C2F4)m−(O-CF2)n−(m、nはそれぞれ1以上の整数である。)で示されるパーフルオロポリエーテル主鎖を有する構造であることが好ましい。上記パーフルオロポリエーテル構造を含めることにより、磁気ディスク用潤滑剤として好適な潤滑性能が得られるからである。また、パーフルオロポリエーテル主鎖の長さを適当な範囲に調節することで分子量の調節ができる。例えば、パーフルオロポリエーテル主鎖の長さを適当な範囲で長くすることにより、分子量を大きくして、広範な温度範囲においても潤滑剤の粘度の変化を小さくして潤滑剤の温度特性を改善することができる。パーフルオロポリエーテル主鎖の長さは、特に制約はされないが、主鎖の長さがあまり短いと潤滑剤が蒸発しやすかったり、良好な潤滑性能が得られない場合があり、一方、主鎖の長さが長いと分子量が大きくなり、温度特性の向上には寄与するものの、分子末端の水酸基が保護層表面に配されにくくなり、密着性が低下する場合がある。従って、パーフルオロポリエーテル主鎖における上記m+nが2〜80、好ましくは3〜60程度の範囲とすることが本発明にとって好適である。
【0021】
また、本発明のホスファゼン化合物は、ホスファゼン環の少なくとも1つの結合手に、パーフルオロポリエーテル主鎖を介して、その末端基に水酸基及び/又はカルボキシル基を有する構造であることが好ましい。このように、一つの分子が、パーフルオロポリエーテル主鎖を介して、その一方の末端がホスファゼン環、もう一方の末端が水酸基及び/又はカルボキシル基となるような構造を備えることにより、耐熱性、密着性及び潤滑性能がともに良好に発揮されるので、本発明にとって特に好適である。
但し、本発明のホスファゼン化合物において、水酸基を有する基がホスファゼン環の結合手のうちの1つの結合手と結合している場合には3つ以上の水酸基を有する。
【0022】
本発明のホスファゼン化合物としては、例えば、
一般式(I)
【0023】
【化2】

で示されるホスファゼン化合物が好ましく挙げられる。
【0024】
式中、R〜Rはそれぞれ含フッ素基、水酸基又はカルボキシル基であり、かつ、R〜Rの少なくとも1つは、その構造中に−(O-C2F4)m−(O-CF2)n−(m、nはそれぞれ1以上の整数である。)を有し且つ末端に水酸基及び/又はカルボキシル基を有する基であり、さらに一つの分子中には2つ以上の水酸基及び/又はカルボキシル基を有する。但し、R〜Rのうちの1つが、その構造中に−(O-C2F4)m−(O-CF2)n−(m、nはそれぞれ1以上の整数である。)を有し且つ末端に水酸基を有する基である場合にはその末端に3つ以上の水酸基を有する。
上記含フッ素基としては、例えば、−OCH2CF3などが挙げられる。一般式(I)で示されるホスファゼン化合物において、一つの分子中の全水酸基及び/又はカルボキシル基数は2つ以上であるが、保護層との密着性の向上のためには、一つの分子中の水酸基及び/又はカルボキシル基数が4つ以上であることがより好ましく、更に好ましくは6つ以上である。
以下、一般式(I)で示されるホスファゼン化合物の例示化合物を挙げるが、本発明はこれらの化合物には限定されない。
【0025】
【化3】

【化4】

【化5】

【0026】
本発明のホスファゼン化合物の分子量は特に制約はされないが、例えば核磁気共鳴吸収(NMR)法を用いて測定した数平均分子量(Mn)が300〜7000の範囲であることが好ましく、500〜6000の範囲であることが更に好ましい。例えば分子中のパーフルオロポリエーテル主鎖の長さを長くても適当な範囲に調節することで、本発明のホスファゼン化合物の分子量を上記の範囲にすることにより、良好な潤滑性能に加え、超低浮上量の下で磁気ヘッドとの接触、摩擦による発熱が生じても熱分解されず、障害なく安定した記録再生を続けられる高い耐熱性と、保護層との良好な密着性とを兼ね備え、さらに広範な温度範囲での良好な温度特性を備えることができる。
【0027】
本発明において、本発明のホスファゼン化合物からなる潤滑剤を適当な方法で分子量分画することにより、分子量分散度(重量平均分子量(Mw)/数平均分子量(Mn)比)を1.3以下とするのが好ましい。
本発明において、分子量分画する方法に特に制限を設ける必要は無いが、例えば、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)法による分子量分画や、超臨界抽出法による分子量分画などを用いることができる。
【0028】
また、本発明のホスファゼン化合物からなる磁気ディスク用潤滑剤を用いて潤滑層を成膜するにあたっては、潤滑剤を適当な溶媒に分散溶解させた溶液を用いて、例えばディップ法により塗布して成膜することができる。溶媒としては、例えばフッ素系溶媒(三井デュポンフロロケミカル社製商品名バートレルXFなど)を好ましく用いることができる。潤滑層の成膜方法はもちろん上記ディップ法には限らず、スピンコート法、スプレイ法、ペーパーコート法などの成膜方法を用いてもよい。
本発明においては、成膜した潤滑層の保護層への付着力をより向上させるために、成膜後に磁気ディスクを70℃〜200℃の雰囲気に曝してもよい。本発明のホスファゼン化合物は耐熱性に優れるため、この熱処理により分解するおそれはない。
【0029】
本発明にあっては、潤滑層の膜厚は5Å〜15Åとするのがよい。5Å未満では、潤滑層としての潤滑性能が低下する場合がある。また15Åを超えると、フライスティクション障害が発生する場合があり、またLUL耐久性が低下する場合がある。
【0030】
本発明における保護層としては、炭素系保護層を用いることができる。特にアモルファス炭素保護層が好ましい。このような保護層は、末端基に水酸基を有する本発明のホスファゼン化合物との親和性が高く、良好な付着力を得ることができる。付着力を調節するためには、炭素保護層を水素化炭素及び/又は窒素化炭素として、水素及び/又は窒素の含有量を調節することにより制御することが可能である。水素の含有量は水素前方散乱法(HFS)で測定したときに3〜20原子%とするのが好ましい。窒素の含有量はX線光電子分光分析法(XPS)で測定したときに、4〜12原子%とするのが好ましい。
本発明において炭素系保護層を用いる場合は、例えばDCマグネトロンスパッタリング法により成膜することができる。また、プラズマCVD法により成膜されたアモルファス炭素保護層とすることも好ましい。特にプラズマCVD法で成膜したアモルファスの水素化炭素保護層とすることが好適である。
【0031】
本発明においては、基板はガラス基板であることが好ましい。ガラス基板は剛性があり、平滑性に優れるので、高記録密度化には好適である。ガラス基板としては、例えばアルミノシリケートガラス基板が挙げられ、特に化学強化されたアルミノシリケートガラス基板が好適である。
本発明においては、上記基板の主表面の粗さは、Rmaxが6nm以下、Raが0.6nm以下の超平滑であることが好ましい。なお、ここでいうRmax、Raは、JIS B0601の規定に基づくものである。
【0032】
本発明の磁気ディスクは、基板上に少なくとも磁性層と保護層と潤滑層を備えているが、本発明において、上記磁性層は特に制限はなく、面内記録方式用磁性層であっても、垂直記録方式用磁性層であってもよい。とりわけ、CoPt系磁性層であれば、高保磁力と高再生出力を得ることができるので好適である。
本発明の磁気ディスクにおいては、基板と磁性層との間に、必要に応じて下地層を設けることができる。また、該下地層と基板との間に付着層を設けることもできる。この場合、上記下地層としては、Cr層、あるいはCrMo,CrW,CrV,CrTi合金層などが挙げられ、上記付着層としては、NiAl,AlRu合金層などが挙げられる。
【実施例】
【0033】
以下、実施例により本発明を更に具体的に説明する。
(実施例1)
図1は、本発明の一実施の形態による磁気ディスク10である。
磁気ディスク10は、基板1上に順次、付着層2aと下地層2bからなる非磁性金属層2、磁性層3、炭素系保護層4、潤滑層5が順次形成されてなる。
【0034】
(磁気ディスクの製造)
化学強化されたアルミノシリケートガラスからなる2.5インチ型ガラスディスク(外径65mm、内径20mm、ディスク厚0.635mm)を準備し、ディスク基板1とした。ディスク基板1の主表面は、Rmaxが4.8nm、Raが0.43nmに鏡面研磨されている。
このディスク基板1上に、DCマグネトロンスパッタリング法により、Arガス雰囲気中で、順次、付着層2a、下地層2b、磁性層3を成膜した。
付着層2aは、NiAl合金膜(Ni:50原子%、Al:50原子%)を300Åの膜厚で成膜した。
下地層2bは、CrMo合金膜(Cr:80原子%、Mo:20原子%)を80Åの膜厚で成膜した。
磁性層3は、CoCrPtB合金膜(Co:62原子%、Cr:20原子%、Pt:12原子%、B:6原子%)を150Åの膜厚で成膜した。
引き続き、DCマグネトロンスパッタリング法により、Arガスと水素ガスの混合ガス(水素ガス含有量30%)雰囲気中で、炭素ターゲットによりスパッタリングを行い、水素化炭素からなる保護層4を膜厚25Åで成膜した。
【0035】
次に、潤滑層を以下のようにして形成した。
超臨界抽出法により分子量分画した本発明のホスファゼン化合物(例示(4)の化合物)からなる潤滑剤(NMR法を用いて測定したMnが4000、分子量分散度が1.25)を、フッ素系溶媒である三井デュポンフロロケミカル社製バートレルXF(商品名)に0.02重量%の濃度で分散溶解させた溶液を調整した。この溶液を塗布液とし、保護層4まで成膜された基板を浸漬させ、ディップ法で塗布することにより潤滑層5を成膜した。
成膜後に、磁気ディスク10を真空焼成炉内で130℃、90分間で加熱処理することにより、潤滑層5を保護層4上に付着させた。潤滑層5の膜厚をフーリエ変換型赤外分光光度計(FTIR)で測定したところ10Åであった。こうして、本実施例の磁気ディスクを得た。
【0036】
次に、以下の試験方法により、本実施例の磁気ディスクの評価を行った。
(磁気ディスクの評価)
まず、保護層に対する潤滑層の付着性能(密着性)を評価するために、潤滑層付着性試験を行った。まず、本実施例の磁気ディスクの潤滑層膜厚をFTIR法で測定した結果、前記のように10Åであった。次に、本実施例の磁気ディスクを前記フッ素系溶媒バートレルXFに1分間浸漬させた。溶媒に浸漬させることで、付着力の弱い潤滑層部分は溶媒に分散溶解してしまうが、付着力の強い部分は保護層上に残留することができる。次に、磁気ディスクを溶媒から引き上げ、再び、FTIR法で潤滑層膜厚を測定した。溶媒浸漬前の潤滑層膜厚に対する、溶媒浸漬後の潤滑層膜厚の比率を潤滑層密着率(ボンデッド(bonded)率)と呼ぶ。ボンデッド率が高ければ高いほど、保護層に対する潤滑層の付着性能が高いと言える。本実施例の磁気ディスクでは、ボンデッド率は92%であった。ボンデッド率は70%以上であることが好ましいとされるので、本実施例の磁気ディスクは、潤滑層の付着性能に優れていることがわかる。
【0037】
次に、潤滑層被覆率評価を行った。
潤滑層の被覆率は、米国特許第6099981号により知られているX線光電子分光分析法により測定した。潤滑層被覆率が高ければ高いほど、磁気ディスク表面が潤滑層によって一様に被覆されていることを示し、ヘッドクラッシュ障害や腐食障害を抑制することができる。即ち、潤滑層被覆率が高いほど、磁気ディスク表面は防護されており、保護層表面の露出度が小さいので、磁気ディスク表面の潤滑性能が高いと共に、磁気ディスク装置内雰囲気に存在する酸性系コンタミや、シロキサン系コンタミ等、腐食障害やフライスティクション障害の原因となり易い物質から磁気ディスク表面を防護することができる。本実施例の磁気ディスクでは、潤滑層被覆率は98%であった。潤滑層被覆率は90%以上であることが好ましいとされるので、本実施例の磁気ディスクは、潤滑層被覆率が高く、好適な特性を示していることが分かる。
【0038】
次に、得られた磁気ディスクのLUL(ロードアンロード)耐久性を調査するために、LUL耐久性試験を行なった。
LUL方式のHDD(ハードディスクドライブ)(5400rpm回転型)を準備し、浮上量が10nmの磁気ヘッドと磁気ディスクを搭載した。磁気ヘッドのスライダーはNPABスライダーであり、再生素子は磁気抵抗効果型素子(GMR素子)を搭載している。シールド部はFeNi系パーマロイ合金である。このLUL方式HDDに連続LUL動作を繰り返させて、故障が発生するまでに磁気ディスクが耐久したLUL回数を計測した。
その結果、本実施例の磁気ディスクは、10nmの超低浮上量の下で障害無く90万回のLUL動作に耐久した。通常のHDDの使用環境下ではLUL回数が40万回を超えるには概ね10年程度の使用が必要と言われており、特に60万回以上耐久すれば好適であるとされるので、本実施例の磁気ディスクは極めて高い信頼性を備えていると言える。
LUL耐久性試験後の磁気ディスク表面を光学顕微鏡及び電子顕微鏡で詳細に観察したが、傷や汚れ等の異常は観察されず良好であった。また、LUL耐久性試験後の磁気ヘッドの表面を光学顕微鏡及び電子顕微鏡で詳細に調査したが、傷や汚れ等の異常は観察されず、また、磁気ヘッドへの潤滑剤の付着や、腐食障害も観察されず良好であった。
【0039】
次に、フライスティクション試験を実施した。本実施例の磁気ディスクを100枚製造し、浮上量5nmのグライドヘッドでグライド試験を行うことで、フライスティクション現象が発生するかどうかを試験した。フライスティクション現象が発生すると、グライドヘッドの浮上姿勢が突然異常になるので、グライドヘッドに接着された圧電素子の信号をモニタすることで、フラシスティクションの発生を感知することができる。その結果、本実施例の磁気ディスクでは、フライスティクション現象は発生せず、試験通過率は100%であった。
なお、温度特性を評価するために、LUL耐久性試験、フライスティクション試験を−20℃〜50℃の雰囲気で行ったが、本実施例の磁気ディスクでは、特に障害は発生せず、良好な結果が得られた。
以上、本実施例の磁気ディスクの評価結果はまとめて表1に示した。
【0040】
(実施例2、実施例3)
潤滑層に用いる潤滑剤として、本発明の例示(1)の化合物(Mnが2500、分子量分散度が1.2)を使用した以外は実施例1と全く同様にして実施例2の磁気ディスクを製造した。また、潤滑層に用いる潤滑剤として、本発明の例示(3)の化合物(Mnが4000、分子量分散度が1.2)を使用した以外は実施例1と全く同様にして実施例3の磁気ディスクを製造した。
実施例1と同様に磁気ディスクの評価を行なったところ、実施例2及び実施例3ともに実施例1と同様の優れた結果が得られた。評価結果はまとめて表1に示した。
【0041】
【表1】

【0042】
(比較例1、比較例2)
比較例1では、
−OCH2CF2(OC2F4)m(OCF2)n OCF2CH2 O−R(R,Rはそれぞれホスファゼン環、m、nはそれぞれ1以上の整数である。)で示される末端基にホスファゼン環を有するパーフルオロポリエーテル化合物(Mnが2800、分子量分散度が1.07)と、両末端基に水酸基を有するパーフルオロポリエーテル化合物(上記R,Rがそれぞれ水素原子)(Mnが3700、分子量分散度が1.08)とを重量比で1:1となるように混合し、前記フッ素系溶媒バートレルXFに0.02重量%の濃度で分散溶解させた溶液を調整した。この溶液を塗布液とし、保護層4まで成膜された基板を浸漬させ、ディップ法で塗布することにより潤滑層5を成膜した。この点以外は実施例1と同様にして製造した磁気ディスクを比較例1とした。
また、上記両末端基に水酸基を有するパーフルオロポリエーテル化合物のみを用いて潤滑層を成膜した以外は実施例1と同様にして製造した磁気ディスクを比較例2とした。
【0043】
実施例1と同様に磁気ディスクの評価を行なった。結果は上記表1に示した。比較例1も比較例2も、ともにボンデッド率、潤滑層被覆率は低かった。また、比較例1ではLUL回数が20万回で故障した。また、試験したHDDの内、80%のHDDでフライスティクション障害が発生した(合格率20%)。比較例2では、LUL回数が30万回で故障した。また、試験したHDDの内、70%のHDDでフライスティクション障害が発生した(合格率30%)。試験後に比較例1及び2のHDDから磁気ヘッドを取り出して調査したところ、磁気ヘッドのNPABポケット部やABS面に潤滑剤の移着や腐食障害が確認され、磁気ディスク表面には汚れ付着が確認された。
また、温度特性を評価するために、LUL耐久性試験、フライスティクション試験を−20℃〜50℃の雰囲気で行ったが、比較例1、比較例2のいずれの磁気ディスクにおいても障害が発生し、雰囲気温度によっては障害の程度が大きかった。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】本発明の磁気ディスクの一実施形態の模式的断面図である。
【符号の説明】
【0045】
10 磁気ディスク
1 ディスク基板
2a 付着層
2b 下地層
3 磁性層
4 保護層
5 潤滑層


【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に磁性層と炭素系保護層と潤滑層を備える磁気ディスクであって、
前記潤滑層は、一つの分子中にホスファゼン環と2つ以上の水酸基及び/又はカルボキシル基を有する(但し、水酸基を有する基がホスファゼン環の結合手のうちの1つの結合手と結合している場合には3つ以上の水酸基を有する)化合物からなる磁気ディスク用潤滑剤を含有することを特徴とする磁気ディスク。
【請求項2】
前記磁気ディスク用潤滑剤は、その分子中に、−(O-C2F4)m−(O-CF2)n−(m、nはそれぞれ1以上の整数である。)で示されるパーフルオロポリエーテル主鎖を有することを特徴とする請求項1記載の磁気ディスク。
【請求項3】
前記磁気ディスク用潤滑剤は、ホスファゼン環の少なくとも1つの結合手に、パーフルオロポリエーテル主鎖を介して、その末端基に水酸基及び/又はカルボキシル基を有することを特徴とする請求項1又は2記載の磁気ディスク。
【請求項4】
基板上に磁性層と炭素系保護層と潤滑層を備える磁気ディスクであって、
前記潤滑層は、
一般式(I)
【化1】

(式中、R〜Rはそれぞれ含フッ素基、水酸基又はカルボキシル基であり、かつ、R〜Rの少なくとも1つは、その構造中に−(O-C2F4)m−(O-CF2)n−(m、nはそれぞれ1以上の整数である。)を有し且つ末端に水酸基及び/又はカルボキシル基を有する基であり、さらに一つの分子中には2つ以上の水酸基及び/又はカルボキシル基を有する。但し、R〜Rのうちの1つが、その構造中に−(O-C2F4)m−(O-CF2)n−(m、nはそれぞれ1以上の整数である。)を有し且つ末端に水酸基を有する基である場合にはその末端に3つ以上の水酸基を有する。)
で示されるホスファゼン化合物を含有することを特徴とする磁気ディスク。
【請求項5】
前記ホスファゼン化合物の数平均分子量(Mn)が300〜7000であることを特徴とする請求項4記載の磁気ディスク。
【請求項6】
ロードアンロード方式磁気ディスク装置に搭載される磁気ディスクであることを特徴とする請求項1乃至5の何れか一に記載の磁気ディスク。


【図1】
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【公開番号】特開2007−193924(P2007−193924A)
【公開日】平成19年8月2日(2007.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−13614(P2006−13614)
【出願日】平成18年1月23日(2006.1.23)
【出願人】(000113263)HOYA株式会社 (3,820)
【Fターム(参考)】