説明

磁気共鳴剤の過分極方法

本発明は、磁気共鳴映像法(MRI)または磁気共鳴スペクトロスコピー(MRS)での使用に適した磁気共鳴(MR)剤を過分極化する方法を提供するものであって、a.MRIまたはMRSの使用に適したMR剤と、20℃で1×10-10秒未満の電子スピン緩和時間を有した常磁性金属イオンである少なくとも1種類の緩和剤とを含んだ溶液を準備する工程と、b.5K未満の温度及び少なくとも1Tの磁場に前記溶液を曝す工程とを備える。緩和剤は、例えばジスプロシウムでもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気共鳴映像法(MRI)または磁気共鳴スペクトロスコピー(MRS)への使用に好適な磁気共鳴剤の過分極方法に関する。さらに、本発明は、過分極化した磁気共鳴(MR)剤を準備する最初の工程を含む改善されたMRIまたはMRSの方法に関する。
【背景技術】
【0002】
磁気共鳴映像法や磁気共鳴スペクトロスコピーは、診断や研究のツールとして広範囲に使用されている。このような使い方が広く行き渡っている理由の1つは、上記の方法が非侵襲性であり、また、人体の検査でX線のような有害となりうる放射線に患者を曝す必要がないことにある。
磁気共鳴スペクトロスコピーは、生体内外での分子構造、分子力学、及び分子代謝の研究のための分析ツールとして広く使用されている。従来のMRIは、主に水からの信号の検出、及び脂肪からの信号の検出に基づくところが大きく、生物医学研究や放射線診断において広く利用されている。これらの技術は非常に効果的ではあるが、検出された化合物の潜在的な核磁気をさらに利用することができると、より効果的である。
【0003】
磁気共鳴信号の強度は、画像化核の核スピン状態間の分布密度の差、即ち、印加された磁場に従って並ぶ核磁気の分布密度と、印加された磁場に逆らって並ぶ核磁気の分布密度間の差に部分的に依存する。この差はボルツマン分布に従う。
熱平衡状態の下では(例えば、室温や体温)、磁場に逆らって並ぶ核磁気は、磁場に従って並ぶ核磁気よりもわずかにエネルギーが高く、結果としてわずかに小さい分布密度となる。2つの状態間の分布密度の差はとても小さいので、核磁気は弱い分極となると考えられている(一般的に約0.01〜0.001%)。
【0004】
陽子磁気共鳴の場合、弱い分極のレベルは、わずかな比率の陽子(例えば水の中)しか検出されない(約10000〜100000分の1)ということになり、13C、15N、31Pのような他の原子核の場合も分極は小さい。従って、この技法の感度を全般的に高めるために、この分極を増大させることがかなり重要になる。
1つの方法として、磁場の強さを増大させることが挙げられるが、今まで以上に強力な磁石を必要とするだけでなく、人体検査における有害な影響の可能性があるため制約がある。これに代わる方法は、原子核のスピン状態の非平衡分布を人工的に作り出すことであり、このような状態は過分極状態という。
【0005】
13Cの原子核に適用可能な様々な過分極方法は、ゴルマン(Golman)他により調査されている(Eur.Radiol.16,2006,57−67ページ)。このような方法の1つは、いわゆる「力ずくの」方法であり、試料が超低温において非常に強力な磁場に曝される。しかしながら、13Cへの適用に関し、ゴルマンは実用化するために非現実的な超低温とする必要があると結論づけた。
【0006】
類似した方法が、米国特許第6,125,654号明細書でホニッヒ(Honig)により提示されている。この特許では、「力ずくの」方法を使用して大量の過分極化された129Xeを生産する方法について開示されており、129Xeが低温(例えば、5〜10mK)で強磁場(〜10T)に曝されることにより分極レベルを増大させる。しかしながら、スピンが1/2の原子核について、低温の強磁場において、有効な分極レベルに到達するのに必要な時間(スピン格子緩和時間T1によって規定される)は非常に長いため、実用的な緩和時間にするために、ホニッヒは種々の「緩和スイッチ」の使用について開示している。
【0007】
ホニッヒによれば、緩和スイッチの第1条件は、緩和時間T1の縮小をもたらすものでなければならないということである。第2条件は、低温及び強磁場の環境からキセノンを取り除く際に高い分極レベルが失われないように緩和スイッチが除去可能でなければならないということである。適切な緩和スイッチの例として、常磁性体酸素分子と、磁化して分散し、重合体内に包摂された微小粒子と、安定した遊離基と、ヨウ化水素、臭化水素、オルト水素、及び重水素化水素(HD)のような感光性分子と、照射や固定磁気ワイヤーによって誘導された不純物とがホニッヒにより開示されている。
【0008】
別の方法であるスピン冷却技術が、アクセルソン(Axelsson)他により提示されている(米国特許出願公開第2002/0058869号明細書)。この技術では、分極化させる物質へ常磁性イオンをドープした後、当該混合物を低温かつ強磁場に置いて、磁場に対応した配向を繰り返しまたは連続して行う。アクセルソンはこの技術で、分極化させる物質は固体の状態、好ましくは単結晶の状態であることが必要であると開示している。また、好ましくは、生理的耐性を改善し、スピン格子緩和時間T1を延長するために、即ち、スピン冷却過程が完了したら過分極の急激な低下を防ぐために、できるだけ大きな比率の常磁性イオンを過分極化後のMRI剤から分離すべきだと記載している。
【0009】
さらに他の方法は、ゴルマン(Golman)他による動的核分極(DNP)法である(Eur.Radiol.16、2006、57−67ページ)。適切な低温及び磁場状態(例えば、1K、3T)の下で、13C原子核分極化は0.1%を下回るのに対し、90%を越える電子が分極化される。DNP法は、電子スピンから対をなす核スピンへの過分極化への転移に依存する。この方法は、電子共鳴周波数に近いマイクロ波の放射を介して達成される。この転移は、対になっていない電子を含む物質を過分極化させる物質にドープすることにより促進される。例えば、遷移金属イオン、並びにニトロキシド基及びトリチル基のような有機遊離基といった多くの常磁性物質は、DNP剤として使用することができる(国際公開第98/58272号参照)。DNPにより、MRI剤における核分極レベルを20〜40%以上に増加させることができる。しかしながら、常磁性剤は毒性を有する可能性があり、過分極化物質が体内へ注入される前に除去する必要がある。
【0010】
ここでの記載に限らず、「過分極」という用語は、代表的な磁気共鳴作用条件(例えば、室温で20Tまでの磁場)の下での平衡時よりさらに大きい分極を有するという意味で用いられている。従って、実例の分極が強磁場且つ低温状態の適用下での熱力学平衡にあったとしても、室温で20Tまでの磁場における平衡時よりも分極の度合いが高い限り、低温且つ強磁場のときには過分極として実例を説明している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】米国特許第6,125,654号明細書
【特許文献2】米国特許出願公開第2002/0058869号明細書
【特許文献3】国際公開第98/58272号明細書
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Golman et al. Eur. Radiol. 16,2006,57-67ページ
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
さらに、上述した方法はMRIやMRSに用いられる薬剤の効果的な過分極化をある程度得ることができるが、より効果的な過分極方法が依然として必要とされている。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は磁気共鳴映像法(MRI)または磁気共鳴スペクトロスコピー(MRS)における使用に好適な磁気共鳴(MR)剤を過分極化する方法を提供するものであり、本発明の方法は、
a)MRIまたはMRSの使用に適したMR剤と、20℃で1×10-10秒未満の電子スピン緩和時間を有する常磁性金属イオンである少なくとも1種類の緩和剤とを含んだ溶液を準備する工程と、
b)5K未満の温度及び少なくとも1Tの磁場に上記溶液を曝す工程と
を備えることを特徴とする。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明に基づく緩和剤が、低温(即ち、5K未満)においてMR剤の緩和時間(核スピン格子緩和時間)T1の大幅な減少を引き起こすことや、室温においてはMR剤の緩和時間T1に微小な影響しか及ぼさないということが判った。
本発明の方法を用いて行われるMRIまたはMRSの方法では、緩和剤、即ち、20℃で1×10-10秒未満の電子スピン緩和時間を有する常磁性金属イオンが、過分極工程中に磁気共鳴(MR)剤の分極率を高める(換言すれば、加速する)という効果を有する。緩和剤なしでは有用な過分極を得るために何年もかかるのに対し、緩和剤を用いると、極めて短時間に有効なレベルの過分極を得ることができる。使用するために、MR剤は高い温度に(例えば室温)戻され、重要な点として、MR剤が低温環境(5K未満)から脱すると、緩和剤が非常に好ましくない過分極の低下を助長することはなくなる。ここで使用されている磁気共鳴(MR)剤という用語は、MRIまたはMRSの使用に適している薬剤のことを示すときに用いられる。
【0016】
通常状態において、MR剤における核磁気は環境との間で弱い相互作用を生じる。過分極率を増加させるためには、環境との相互作用を増大する必要がある。常磁性イオン(それら自体が強磁石である)が媒介として作用することができるので、この相互作用を増大することができる。
緩和剤、即ち、20℃で1×10-10秒未満の電子スピン緩和時間を有する少なくとも1種類の常磁性金属イオンは、電子スピン緩和時間が温度と共に変化するという特性のために、非常に好ましくない過分極低下を加速することなく、過分極率を高めることができると考えられる。
【0017】
室温で1×10-10秒未満の電子スピン緩和時間を有する常磁性イオンの「フリッピング(flipping)」は、室温では速すぎてMR剤の原子核との間の強い緩和時間T1相互作用を引き起こすことができない。従って、少なくとも1種類の常磁性イオンは、室温では比較的不十分な緩和剤である。しかしながら、上述した特性を備える少なくとも1種類の常磁性イオンの電子スピン緩和時間は温度が下がるにつれて増大し、「フリッピング」の速度は減少し、MR剤の原子核との常磁性イオンの相互作用が増大する。従って、少なくとも1種類の常磁性イオンは、低温において比較的強い緩和剤になる。このような特徴は緩和剤が存在する場合、MR剤の緩和時間T1の大幅な減少によるものと考えられる。分子運動がゼロに近付く極低温(即ち、絶対零度に限りなく近い温度)においては、MR剤の相互作用が弱くなるために緩和剤の効力は再び低下する。
【0018】
環境温度(室温)における緩和効果に対応して低温時の緩和効果が最大となるように、適切な電子スピン緩和特性(即ち、電子スピン緩和時間が1×10-10秒未満)を有するイオンを選択可能であることが判った。
本発明の好ましい実施形態において、緩和剤はランタノイドイオンである。例えば、緩和剤はランタン、セリウム、プラセオジム、ネオジム、プロメチウム、サマリウム、ユウロピウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ホルミウム、エルビウム、ツリウム、イッテルビウム、またはルテチウムのいずれかのイオンにしてもよい。
【0019】
特に好ましい実施形態として、特に短い電子スピン緩和時間、例えば1×10-11秒未満、より好ましくは1×10-12秒、またはさらに好ましくは1×10-13秒未満の緩和時間を有する常磁性ランタノイドイオンが、本発明の方法に使用される。特に好ましいランタノイドイオンは、プラセオジム、サマリウム、ユウロピウム、ジスプロシウム、エルビウム、及びホルミウムからなるグループから選択される。
【0020】
好ましい実施形態においては、秒または分の時間尺度(室温の溶液中における過分極低下の時間尺度)では過分極の低下にわずかな効果しかない一方で、週、月、または年の時間尺度(極低温における固有の過分極率の時間尺度)では顕著な過分極効果を有するように緩和剤の濃度を選択可能である。上記濃度は、0.1μM〜1M、好ましくは1μM〜100mM、さらに好ましくは10μM〜1mMの範囲にあるのがよく、例えば0.1mMであるのがよい。
【0021】
緩和剤は1種類の常磁性イオン種または少なくとも2種類の常磁性イオン種の化合物であってもよい。
好ましくは、緩和剤はキレート化合物である。キレート化によって緩和剤の溶解度が改善されるとともに、過分極化したMR剤や緩和剤を含む溶液の毒性が低減される。このように、キレート化は、緩和剤から過分極化したMR剤をまず分離することなく患者(受診者)に過分極化したMR剤及び緩和剤の混合物を注入することが可能となる。これにより、MRI/MRS処理を実行する方法が簡略化され(即ち、分離の工程は必要でなくなり)、さらに、過分極処理と実際のMRI/MRS処理との間の時間が縮小されるという効果が得られる。このことは、過分極における損失が最小限になることを意味している。但し、別の実施例において、患者に注入される前に、過分極化したMR剤から緩和剤を分離するようにしてもよい。
【0022】
緩和剤の溶解度の改善および/または溶液中の毒性の低減が得られる公知の何れのキレート化剤を本発明の方法に使用してもよい。使用可能なキレート化剤の例には、ジエチレントリアミン5酢酸(DTPA)、テトラアザシクロドデカン4酢酸(DOTA)、10−(2−ヒドロキシプロピル)−1,4,7,10−テトラアザシクロドデカン−1,4,7−3酢酸(HP−DO3A)、及びジエチレントリアミン5酢酸ビスメチルアミド(DTPA−MBA)が含まれる。特に好ましいキレート化剤は、ジエチレントリアミン5酢酸(DTPA)とすることができる。キレート化剤の的確な選択は、必要とされる特性や使用される金属による。
【0023】
本発明の方法の過分極工程の間、MR剤及び緩和剤の溶液は低温に曝され、この低温は、例えば5Kより低く、好ましくは4.2Kより低く、より好ましくは2.5Kより低く、さらに好ましくは1.6Kより低く、よりさらに好ましくは1Kより低く、これより好ましくは0.1Kより低く、最も好ましいのは0.01K以下である。
このような温度は、液化ヘリウム溶液への浸漬または希釈冷凍機のような極低温装置の使用といった様々な適合する方法により達成することができる。希釈冷凍機の原理は当業者によく知られているだろうが、ここで簡単に記載する。この手法は、3He及び4Heの2つの同位体の混合物を利用するものであって、700mKより低温に冷却した場合、自発的な相分離により3He濃厚相と3He希薄相を形成する。3He原子を濃厚相から希薄相まで移動させるにはエネルギーを必要とし、原子が継続的に濃厚相から希薄相への境界を越えるよう仕向けられると、混合物が冷却される。
【0024】
あるタイプの希釈冷凍機は、連続サイクル希釈冷凍機として知られており、この冷凍機では、3He原子が一旦3He希薄相に移動すると、再度そのプロセスを開始するために再利用される。このようなシステムの利用により、0.002Kより低い温度を達成することが可能になる。本発明の方法に使用することができる希釈冷凍機の例として、英国、オックスフォードシャー州、アビンドンのオックスフォード機器製ケルビノックス400がある。
【0025】
本発明の方法での過分極工程の間、MR剤及び緩和剤の溶液は強磁場にも曝され、この強磁場は、少なくとも1T、好ましくは少なくとも3T、より好ましくは少なくとも3.35T、さらに好ましくは少なくとも5T、よりさらに好ましくは少なくとも7T、これより好ましくは少なくとも10T、最も好ましいのは少なくとも15Tである。
強磁場を生成する方法は、当業者に公知の方法であればどのようなものでもよく、例えば超電導磁石の使用により引き起こすことができる。適合する超電導磁石の例として、英国、オックスフォードシャー州、アビンドンのオックスフォード機器製アクティブシールド400(9.4T)がある。
【0026】
MR剤中に生成される分極レベルは、例えば0.1%を上回り、好ましくは1%を上回り、より好ましくは10%を上回り、さらに好ましくは25%を上回り、よりさらに好ましくは50%を上回り、75%を上回るのが最も好ましい。このような高い分極レベルにより特定の磁界強度に対してより多くの原子核が「可視化」され、従って生体内外での実験におけるMRIまたはMRS処理の間に得られる信号対雑音比の値がより上昇するという効果がある。結果として、MRI/MRS処理により、より詳細な情報が得られる。多くの効果の中には、非常に少量のMR剤を検出できる余地があると共に、非常に強力な磁石を利用する必要性の低減がある。
【0027】
本発明のMR剤及び緩和剤を含む溶液は、分極レベルに著しい上昇が生じる任意の期間中、5K未満の温度及び少なくとも1Tの磁場に曝してもよく、このときの分極レベルの上昇で、例えば分極レベルは0.1%を上回り、好ましくは1%を上回り、より好ましくは10%を上回り、さらに好ましくは25%を上回り、よりさらに好ましくは50%を上回り、最も好ましいのは75%を上回る。本発明のMR剤及び緩和剤を含む溶液は、6ヶ月未満の間、5Kより低い温度及び少なくとも1Tの磁場に曝されるのが有効であり、好ましくは3ヶ月未満、より好ましくは1ヶ月未満、さらに好ましくは7日未満の期間とするのがよい。MR剤の過分極を達成するために使用される的確な条件に応じ、一実施例として、本発明のMR剤及び緩和剤を含む溶液を、5K未満の温度及び少なくとも1Tの磁場に少なくとも1時間曝すようにしてもよい。他の実施形態として、本発明のMR剤及び緩和剤を含む溶液を、5K未満の温度及び少なくとも1Tの磁場に少なくとも6時間、例えば少なくとも1日曝すようにしてもよい。
【0028】
本発明の方法による過分極工程の間、MR剤及び緩和剤を含む溶液は5K未満の温度及び少なくとも1Tの磁場に曝される。分極率の上昇は、20℃で1×10-10秒未満の電子スピン緩和時間を有する常磁性金属イオンとの相互作用により達せられるものと考えられる。一実施例では、溶液へのマイクロ波の照射は同時に行わない。他の実施例では、溶液に対し繰り返して、磁場に対応した配向を繰り返し行ったり、連続して行ったりしない。さらに他の実施例では、溶液に対し円偏光の照射を行わない。
【0029】
過分極化したMR剤は、一旦低温環境から脱しても、十分に長い期間にわたり過分極を維持し、ゆとりを持って後工程を行うことが可能となる。
特に好ましい実施例では、MRIまたはMRS処理の間中、MR剤が緩和剤と混合されたままとなる。
【0030】
また、本発明は、磁気共鳴映像法(MRI)または磁気共鳴スペクトロスコピー(MRS)への使用に適した磁気共鳴(MR)剤を過分極化する方法を提供することにあり、本発明の方法は、
a.MRIまたはMRSに適したMR剤と、20℃で1×10-13秒未満の電子スピン緩和時間を有する常磁性金属イオンである少なくとも1種類の緩和剤を含む混合物を準備する工程と、
b.上記混合物を5K未満の温度及び少なくとも1Tの磁場に曝す工程と、
を備える。
また、上述した好ましい実施例の特徴は、本発明の当該方法にも適用することができる。
【0031】
また、本発明は、磁気共鳴映像法(MRI)または磁気共鳴スペクトロスコピー(MRS)の使用に適した磁気共鳴(MR)剤を過分極化する方法を提供することにあり、本発明の方法は、
a.MRIまたはMRSの使用に適した薬剤と、常磁性金属イオンである少なくとも1種類の緩和剤とを含む溶液を準備する工程と、
b.5K未満の温度及び少なくとも1Tの磁場に上記溶液を曝す工程と、
を備える。
また、上述した好ましい実施例の特徴は、本発明の当該方法にも適用することができる。
【0032】
さらに本発明は、磁気共鳴映像法(MRI)または磁気共鳴スペクトロスコピー(MRS)に関する方法を提供し、当該映像法または当該スペクトロスコピーの処理は、本発明の方法によって過分極化され、MRIまたはMRSの使用に適した磁気共鳴(MR)剤を使用して実行される。
他の実施例として、本発明は、20℃で1×10-10秒の電子スピン緩和時間を有する常磁性金属イオンである少なくとも1種類の緩和剤と、本発明の方法を使用するための説明書とを含むキットを提供する。
【0033】
さらなる実施例として、本発明は磁気共鳴映像法または磁気共鳴スペクトロスコピーの使用に適した磁気共鳴(MR)剤と、少なくとも1種類の緩和剤であって、20℃で1×10-10秒未満の電子スピン緩和時間を有する常磁性金属イオンである緩和剤と、本発明の方法を使用するための説明書とを含むキットを提供する。
【0034】
本発明の方法は核スピンが零ではないあらゆる原子核の過分極化にも使用可能である。好ましい実施例では、MR剤のMR可視原子核が長い緩和時間T1を呈する。長い緩和時間T1を有するMR剤が、37℃の重水内において7Tの磁場のもとで、少なくとも6秒の緩和時間T1を有すると定義される。好ましくは、緩和時間T1は8秒以上であり、より好ましくは15秒以上、さらに好ましくは30秒以上、よりさらに好ましくは60秒以上、最も好ましいのは100秒以上である。長い緩和時間T1を伴う適切な原子核には、13C、15N、19F、3Li、6Li、15N、29Si、または31Pを含む。
【0035】
本発明の方法は、適合するいずれのMR剤の過分極化にも使用することができる。MR剤の特定の原子のMR可視化同位体が、本来最も豊富な同位体ではない場合、MR剤は13Cまたは15Nのような少なくとも1種類のMR可視化同位体を用いて濃度を高めてもよい。MR剤は1箇所または複数箇所でMR剤の濃度を高めるように濃化してもよい。濃度の上昇は当業者に知られているどの方法により行われてもよく、例えば化学合成または生物学的標識がある。好ましくは、濃度の上昇は少なくとも10%、より好ましくは少なくとも25%、さらに好ましくは少なくとも75%、よりさらに好ましくは少なくとも90%、最も好ましいのは100%近くである。
【0036】
MR剤は、比較的小さい分子量(例えば、500Da未満)の小さい分子、または例えば蛋白質のように大き目の分子でもよい。本発明の一実施例として、生体内の特定の組織または生物学的経過を厳密に調査するためにMR剤を使用してもよい。好ましい実施例では、MR剤の少なくとも1種類のMR可視化原子がMR剤の置かれている周囲の状態により影響を受ける。特に好ましい実施例では、化学シフトまたは少なくとも1種類のMR可視化原子のMR信号の結合定数が、温度、pH、イオン濃度等の生理的パラメータを変更することにより影響を受ける。従って、このようなMR剤は生理的パラメータの変化をリアルタイムで追跡するのに使用してもよい。MR剤は、MRI/MRS処理中に別の分子に変換されるようにしてもよく、これにより化学シフトまたは少なくとも1種類のMR可視化原子のMR信号についての結合定数に対し影響を及ぼす。生体内組織や生体内作用の検査のために特に好ましいMR剤は、例えば糖、アミノ酸、ペプチドといった小分子、例えばピルビン酸塩、酢酸塩、乳酸塩、コハク酸塩、重炭酸塩及びコリンといった他の代謝産物、及びリチウムのようなイオンである。室温及び大気圧で気体であるヘリウムやキセノンのような薬剤をMR剤として使用してもよい。このような物質は体内に自然に存在する場合もあれば、存在しない場合もある。これらに代えて、生体内検査に使用されるMR剤は、例えばプロテインのような大き目の分子であってもよい。さらなる実施例として、大きい分子と小さい分子の両方のMR剤自体を、生体外分析の対象とすることができる。
【0037】
一実施例では、MR剤は溶媒中で溶解するのが好ましく、水性溶媒中で溶解するのがより好ましい。過分極処理のために特に好ましい溶媒としては水、特に生理的に許容できる水溶液、例えば塩水、リンガー溶液、ブドウ糖溶液、ブドウ糖及び塩の溶液、乳酸塩リンガー溶液、並びに、Remington’s Pharmaceutical Sciences、15th ed.、Easton:Mack Publishing Co.、1405−1412ページ及び1461−1487ページ(1975)、及びNational Formulary XIV、14th ed. Washington:America Pharmaceutical Association(1975)に記載された、他の類似する溶液が含まれる。溶媒には、安定剤、酸化防止剤、重量オスモル濃度調整剤および/または緩衝剤のような成分がさらに含まれてもよい。MR剤及び緩和剤を含む溶液は、5K未満の温度で固化することが予想される。溶液の結晶化を防止するために、溶液は少なくとも1種類のガラス形成剤(ガラス剤(glassing agent)としても知られている)を含んでもよい。適切なガラス形成剤は、例えばグリセリン、プロパンジオール、グリコールである。いくつかのMR剤または緩和剤はそれ自体がガラス形成剤となることができ、ガラス化(glassing)に必要なレベルに達するためにさらに成分を加える必要はない。
特定のMR剤の場合、MR剤及び緩和剤を含む溶液は、MR剤中に緩和剤を溶解したものとすることができる。
【0038】
本発明の方法は、少なくとも1Tの磁場及び低温(即ち、5K未満)状態から溶液を取り出す工程を含むのが一般的である。
溶液を強磁場から取り出し、室温に移行する処理はいくつかの工程に分けて実行することができる。例えば、磁場から溶液を取り出す間、溶液を低温にすることが効果的な場合がある。或いは、溶液を室温に移行させる間、溶液を磁場に曝し続けると有益な場合がある。溶液を室温に移行させ、強磁場から取り出す処理には、移行開始時の初期温度より高い中間温度に所定期間にわたって溶液を曝す処理、および/または取り出す直前の磁場より低い中間強度の磁場に溶液を曝す処理が含まれていてもよい。
【0039】
過分極化したMR剤を使用した後に行われるMRI/MRS処理は、生体内で実行されてもよい。即ち、MR剤は体内(例えば、人または動物の体)に導入された後、体内の薬剤に対し画像化処理またはスペクトロスコピー処理が実行される。代わりの実施例では、過分極化したMR剤自体が、当該MR剤が体外での画像化処理またはスペクトロスコピー処理の対象とすることができる。
【0040】
過分極化したMR剤が体内で調査されるような本発明の実施例の場合、過分極化したMR剤は被験体への投与より前に室温または体温へ急速に温めてもよい。これは当業者に知られているどのような適切な方法で行ってもよい。例えば、過分極化したMR剤は、前もって適切な温度に温められた適正量の溶液(「投与液」)と混合するようにしてもよい。過分極化したMR剤を適切な温度及び最終的な濃度に必要な投与液の適切な量及び適切な温度は、当業者が容易に決定することができる。また、投与液は、安定剤、酸化防止剤、重量オスモル濃度調整剤および/または緩衝剤のような非経口投与に適した成分を含んでもよい。
【0041】
過分極化したMR剤を被験体に投与する経路は、薬剤自体の性質及び実行される調査に依存する。例えば、静脈注射、動脈注射、筋肉注射、皮下(subdermalまたはsubcutaneous)注射により、薬剤を投与してもよい。肺を画像化する場合、薬剤はスプレー、例えばエアゾルスプレーで投与してもよい。また、薬剤は経口的に、例えば胃腸系から投与してもよい。
【0042】
生体内実験に使用する場合、実行される調査、例えば生体内画像化に適した濃度で過分極化MR剤を投与してもよい。当業者により決められる適切な濃度は、薬剤の毒性や投与経路のような様々な要因に依存する。一般的に、MR剤は過分極化と投与との間の期間で希釈するものである。
過分極化されたMR剤自体を体外実験で調査する場合、低温の固体状態で調査してもよいし、または、例えば上述したように事前に温められた溶液内での溶解または解凍により、室温に移行させてもよい。
【0043】
過分極化されたMR剤を使用して実行される現行のMRIまたはMRS処理は、当業者に周知の方法を使用して実行してもよい。このような方法の例はゴルマン(Golman)他、及びそこで参照される文献に開示されている(Proc. Natl. Acad. Sci. USA 103:11270−11275、2006)。
【実施例】
【0044】
13C−濃化ピルビン酸塩の過分極化>
実施例1:
300mMの13C−濃化ピルビン酸塩と水性緩衝剤中の0.1mMのジスプロジウム−DTPAからなる水溶液1mlがpH7.4に調整されて入っている薬瓶をケルビノックス400希釈冷凍機の冷却室に入れる。冷却室は超伝導ソレノイド(アクティブシールド400(9.4T))により囲まれ、薬瓶はソレノイドの磁場の中心に置かれる。
【0045】
9.4Tの磁場を印加している間、冷却室の温度は0.01Kまで下げられる。冷却室は1ヶ月にわたりこのような状態に保持されることにより、13C原子核の核分極が熱平衡に達することができる。分極度はNMRにより測定することが可能である。
過分極化の後、薬瓶は冷却室から取り出され、液体ヘリウム槽へ浸漬することにより4.2Kの温度に保持され、1Tという中程度の強度の磁場に曝された中間保管室へ移される。2日間中間保管室で保管された後で、超低温状態の間に生成された13C原子核の過分極が実質的に保持されていることが、NMRにより確認できる。
【0046】
13C濃酢酸塩の過分極>
実施例2:
2molの[1−13C]ナトリウム酢酸塩、12mMのジス−DTPA、及び50%のグリセリンからなる水溶液が50μl入っている薬瓶が、3.35Tのオックスフォード機器製磁石の穴の内部に配置されてヘリウムによる冷却温度が可変の挿入体内に置かれた。温度は回転ベーンポンプを使用したヘリウム槽の汲み上げにより1.5Kに下げられた。ジス−DTPAがないときに10時間を上回る緩和時間T1値と比較して、ジス−DTPAの存在により13Cの緩和時間T1を40分近くに短縮した。
【0047】
上記で使用された溶液の濃度に関して20倍の希釈で同一の1対の溶液を準備することにより、[1−13C]ナトリウム酢酸塩の濃度は100mMとなり、ジス−DTPAの濃度は0.6mMとなった。11.7Tの強度の磁場及び21℃の温度において、0.6mMのジス−DTPAの存在により、[1−13C]ナトリウム酢酸塩の13Cの緩和時間T1値(ジス−DTPAがないとき、約40秒であった)を10%未満だけ短縮した。
ジス−DTPAの存在は、低温において、[1−13C]ナトリウム酢酸塩における
13Cの緩和時間T1の際立った短縮を引き起こし、高温では最小限の影響しか及ぼさない。従って、ジス−DTPAが本発明の方法で使用するための適切な緩和剤である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁気共鳴映像法(MRI)または磁気共鳴スペクトロスコピー(MRS)での使用に適した磁気共鳴(MR)剤を過分極化する方法であって、
a.MRIまたはMRSの使用に適したMR剤と、20℃で1×10-10秒未満の電子スピン緩和時間を有した常磁性金属イオンである少なくとも1種類の緩和剤とを含んだ溶液を準備する工程と、
b.5K未満の温度及び少なくとも1Tの磁場に前記溶液を曝す工程と
を備えたことを特徴とする、磁気共鳴(MR)剤の過分極方法。
【請求項2】
前記緩和剤はランタノイドイオンであることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記ランタノイドイオンは、プラセオジムイオン、サマリウムイオン、ユウロピウムイオン、ジスプロシウムイオン、エルビウムイオン、及びホルミウムイオンからなるグループから選択されることを特徴とする、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記緩和剤はキレート化合物であることを特徴とする、請求項1乃至3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
前記キレート化合物は、ジエチレントリアミン5酢酸(DTPA)であることを特徴とする、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記溶液は、0.1K未満の温度に曝されることを特徴とする、請求項1乃至5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
前記溶液は、少なくとも5Tの磁場に曝されることを特徴とする、請求項1乃至6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
前記MRIまたは前記MRSでの使用に適した前記MR剤の過分極化レベルは、少なくとも10%であることを特徴とする、請求項1乃至7のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
磁気共鳴映像法(MRI)または磁気共鳴スペクトロスコピー(MRS)での使用に適した磁気共鳴(MR)剤を過分極化する方法であって、
a.MRIまたはMRSでの使用に適したMR剤と、20℃で1×10-13秒未満の電子スピン緩和時間を有した常磁性金属イオンである少なくとも1種類の緩和剤とを含んだ混合物を準備する工程と、
b.5K未満の温度及び少なくとも1Tの磁場に前記混合物を曝す工程と
を備えたことを特徴とする、磁気共鳴(MR)剤の過分極方法。
【請求項10】
磁気共鳴映像法(MRI)または磁気共鳴スペクトロスコピー(MRS)での使用に適した磁気共鳴(MR)剤を過分極化する方法であって、
a.MRIまたはMRSでの使用に適したMR剤と、常磁性金属イオンである少なくとも1種類の緩和剤とを含んだ溶液を準備する工程と、
b.5K未満の温度及び少なくとも1Tの磁場に前記溶液を曝す工程と
を備えたことを特徴とする、磁気共鳴(MR)剤の過分極方法。
【請求項11】
磁気共鳴映像法(MRI)または磁気共鳴スペクトロスコピー(MRS)の方法であって、
請求項1乃至10のいずれかに記載の方法に従って過分極化された磁気共鳴剤を使用して実行されることを特徴とする、過分極方法。
【請求項12】
前記MRIまたは前記MRSでの使用に適する前記磁気共鳴剤は、前記MRIまたは前記MRS処理の間、前記緩和剤と混合された状態に保持されることを特徴とする、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記磁気共鳴映像法または前記磁気共鳴スペクトロスコピーでの使用に適し、請求項1乃至10のいずれかに記載の方法に従って過分極化されたことを特徴とする磁気共鳴剤。
【請求項14】
20℃で1×10-10秒未満の電子スピン緩和時間を有する常磁性金属イオンである少なくとも1種類の緩和剤と、
前記緩和剤を請求項1乃至11のいずれかに記載の方法で使用するための説明書と
を備えることを特徴とするキット。
【請求項15】
前記磁気共鳴映像法または前記磁気共鳴スペクトロスコピーでの使用に適する磁気共鳴剤と、
20℃で1×10-10秒未満の電子スピン緩和時間を有した常磁性金属イオンである少なくとも1種類の緩和剤と、
前記磁気共鳴剤と前記緩和剤とを請求項1乃至11のいずれかに記載の方法で使用するための説明書と
を備えることを特徴とするキット。

【公表番号】特表2010−532195(P2010−532195A)
【公表日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−514130(P2010−514130)
【出願日】平成20年7月7日(2008.7.7)
【国際出願番号】PCT/GB2008/002323
【国際公開番号】WO2009/004357
【国際公開日】平成21年1月8日(2009.1.8)
【出願人】(510000471)
【氏名又は名称原語表記】GADIAN, David
【住所又は居所原語表記】The Old Vicarage, 7 May Street, Great Chishill, Royston, Hertfordshire, SG8 8SN, United Kingdom
【Fターム(参考)】