説明

磁気共鳴測定装置

【課題】小型化および軽量化を図った磁気共鳴測定装置を提供する。
【解決手段】磁気共鳴測定装置100は、サンプル11に磁場を印加する磁石102と、サンプル11と一定関係の位置に配置されたインダクタ101と、インダクタ101に交流電流を供給する交流電圧源103およびオペアンプ113と、その交流電流の周波数を変化させる周波数調整部104と、変化された周波数ごとに、インダクタ101のインダクタンスを計測するインダクタンス計測部105と、計測されたインダクタンスの虚部が特徴的な変化傾向を示す周波数に基づいて、サンプル11の物性値を特定する特性値検出部106および物性評価部107とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、測定対象物の磁気共鳴に関する物性値を測定する装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、測定対象物の磁気共鳴に関する物性値を測定する装置として、測定対象物に含まれる、不対電子を持つ原子、分子またはイオンであるフリーラジカルを測定する電子スピン共鳴(ESR:Electron Spin Resonance)装置が利用されている(例えば、非特許文献1参照)。
【0003】
このような電子スピン共鳴装置(以下、単にESRという)は、電子材料や機能性素材の性能評価、年代測定などに用いられている。また、最近では、ESRは、生体内の薬の動態の観測や、食物の抗酸化作用の定量化、環境測定などにも広く利用されている。
【0004】
図7は、上記非特許文献1のESRの原理を説明するための説明図である。
【0005】
ESR900は、マイクロ波発振器901と、サーキュレータ902と、空洞共振器903と、電磁石904と、検波器905と、評価部906とを備えている。マイクロ波発振器901、空洞共振器903および検波器905は、導波管907を介してサーキュレータ902に接続されている。
【0006】
マイクロ波発振器901は、例えば10GHzの周波数のマイクロ波(電磁波)を発生する。
【0007】
サーキュレータ902は、マイクロ波発振器901から出力され、導波管907を介して伝播するマイクロ波の伝播方向を空洞共振器903側に向ける。また、サーキュレータ902は、空洞共振器903から出力され、導波管907を介して伝播するマイクロ波の伝播方向を検波器905側に向ける。
【0008】
空洞共振器903は、マイクロ波発振器901から導波管907を介して入力されるマイクロ波を空間内に閉じ込めて共振させる。このような空洞共振器903は、そのマイクロ波が共振条件を満たすような寸法に設定されている。また、この空洞共振器903の内部には、測定対象物であるサンプル10がキャピラリ管に封入された状態で挿入される。
【0009】
電磁石904は、サンプル10に直流の磁場(磁場の強さHDC)を印加する。この磁場の磁束密度は、例えば数百mTである。
【0010】
検波器905は、空洞共振器903から導波管907を介して入力されるマイクロ波のエネルギーを検出する。
【0011】
評価部906は、検波器905によって検出されたエネルギーに基づいて、測定対象物の磁気共鳴に関する、つまり測定対象物のフリーラジカルに関する物性値を特定し、測定対象物の定量的および定性的な評価を行う。
【0012】
このようなESR900を用いてサンプル10の測定を行うときには、空洞共振器903にマイクロ波を入力し、サンプル10に磁場を印加する。サンプル10に磁場が印加されると、サンプル10に含まれるフリーラジカルの不対電子にはゼーマン分裂が生じる。つまり、2種類の不対電子に、磁場の強さHDCに比例した大きさのエネルギー差が生じる。
【0013】
そして、磁場の強さHDCを変化させる。その結果、特定の磁場の強さHDCにおいて、マイクロ波のエネルギーと、ゼーマン分裂によるエネルギー差とが一致する。このとき、不対電子の状態に遷移が生じ、つまり共鳴(磁気共鳴)が生じる。これにより、マイクロ波のエネルギーはその磁気共鳴によって吸収される。
【0014】
すなわち、磁場の強さHDCを変化させると、検波器905では、特定の磁場の強さHDCにおいて、マイクロ波のエネルギーが急激に減少することが観測される。
【0015】
評価部906は、このようにマイクロ波のエネルギーが急激に減少する磁場の強さHDCなどに基づいて、つまり、電力損失の変化に基づいて、フリーラジカルに関する物性値を特定する。
【非特許文献1】“ESRとEPR”、[online]、日本電子株式会社、[平成19年2月2日検索]、インターネット<URL:http://www.jeol.co.jp/technical/ai/esr/esr-information/esrinfo-01.htm>
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
しかしながら、従来のESRでは、その装置の大きさが非常に大きく、さらにその装置の重量が非常に重いという問題がある。
【0017】
例えば、空洞共振器903の寸法は、マイクロ波の波長に応じた寸法(半波長の整数倍)でなければならない。その結果、空洞共振器903を小型化することができない。また、マイクロ波やサンプル10に応じて磁場の強さHDCを調整する必要があり、電磁石904も小型化することができない。その結果、ESRの装置の重量は、600kg〜2tとなっている。
【0018】
したがって、このようなESRを実地に運び、環境測定を行うようなことができず、ESRの使い勝手も悪いという問題も生じている。さらに、従来のESRでは、マイクロ波の周波数を容易に変更することができないので、サンプル10に応じて装置全体のシステムを組み直す必要がある。
【0019】
そこで、本発明は、かかる問題に鑑みてなされたものであって、小型化および軽量化を図った磁気共鳴測定装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
上記目的を達成するために、本発明に係る磁気共鳴測定装置は、測定対象物の磁気共鳴に関する物性値を測定する磁気共鳴測定装置であって、前記測定対象物に磁場を印加する磁場印加手段と、前記測定対象物と一定関係の位置に配置されたインダクタと、前記インダクタに交流電流を供給する電流供給手段と、前記電流供給手段によって供給される交流電流の周波数、または、前記磁場印加手段によって印加される磁場の強さを調整値とし、前記調整値を変化させる調整手段と、前記調整手段によって変化された調整値ごとに、前記インダクタのインダクタンスを計測するインダクタンス計測手段と、前記インダクタンス計測手段によって計測されたインダクタンスが特徴的な変化傾向を示す前記調整値に基づいて、前記測定対象物の物性値を特定する物性値特定手段とを備えることを特徴とする。
【0021】
これにより、磁気共鳴をさせずに、インダクタンスの変化傾向に基づいて測定対象物の物性値を特定するため、寸法制限を有する従来のESRの空洞共振器を不要とし、装置全体の小型化を図ることができる。例えば、磁気共鳴測定装置を携帯電話や腕時計のサイズにまで小型化し得る可能性がある。その結果、磁気共鳴測定装置を携帯することができ、実地での測定および評価であるin−situ評価を行うことができる。また、従来のESRでは、マイクロ波の周波数を変更するときには、空洞共振器の寸法を調整するようにシステムを組み直す必要があるが、本発明では、インダクタに流れる交流電流の周波数、または測定対象物に印加される磁場の強さを調整値として変化させても、その変化に応じて装置寸法を調整する必要がない。したがって、本発明では、従来のようにシステムを組み直すことなく、測定対象物の物性値の測定を容易に行うことができる。
【0022】
なお、本発明は、このような磁気共鳴測定装置として実現することができるだけでなく、その磁気共鳴測定装置による測定方法や、その磁気共鳴測定装置に測定させるためのプログラム、そのプログラムを格納する記憶媒体、集積回路としても実現することができる。
【発明の効果】
【0023】
本発明の磁気共鳴測定装置は、小型化および軽量化を図ることができるという作用効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、本発明の実施の形態における磁気共鳴測定装置について図面を参照しながら説明する。
【0025】
図1は、本発明の実施の形態における磁気共鳴測定装置の構成図である。
【0026】
本実施の形態における磁気共鳴測定装置100は、小型化および軽量化された装置であって、インダクタ101、磁石102、交流電圧源103、周波数調整部104、インダクタンス計測部105、特性値検出部106、物性評価部107、電圧計111、電流計112、およびオペアンプ113を備えている。
【0027】
磁石102は、測定対象であるサンプル11に、例えば数十mTの磁束密度の直流磁場を印加する。
【0028】
インダクタ101は、サンプル11と一定関係の位置、即ちサンプル11から磁気的影響を受けるような位置に配置されている。例えば、インダクタ101の中空部にサンプル11が配置される。
【0029】
交流電圧源103は、周波数調整部104によって設定された周波数の交流電圧を供給する。
【0030】
オペアンプ113は、交流電圧源103から供給される交流電圧に応じた電流をインダクタ101に流すバッファアンプ(インピーダンス変換器)である。
【0031】
つまり、本実施の形態では、交流電圧源103およびオペアンプ113が、インダクタ101に交流電流を供給する電流供給手段として構成されている。
【0032】
電圧計111は、インダクタ101にかかる交流電圧の値を計測する。そして、電圧計111は、インダクタ101にかかる交流電圧の値を、そのインダクタ101にかかる交流電圧と交流電圧源103の交流電圧との位相差に応じた複素数vとして、インダクタンス計測部105に通知する。
【0033】
電流計112は、インダクタ101に流れる交流電流の値を計測する。そして、電流計112は、インダクタ101に流れる交流電流の値を、そのインダクタ101に流れる交流電流と交流電圧源103の交流電圧との位相差に応じた複素数iとして、インダクタンス計測部105に通知する。
【0034】
周波数調整部104は、交流電圧源103から供給される交流電圧の周波数を調整して設定する。例えば、周波数調整部104は、低周波数から高周波数まで所定の間隔で交流電力の周波数をスイープ(変化)させる。そして、周波数調整部104は、設定された周波数をインダクタンス計測部105に通知する。
【0035】
つまり、本実施の形態では、周波数調整部104が、交流電圧源103およびオペアンプ113によってインダクタ101に供給される交流電流の周波数を調整値とし、その調整値を変化させる調整手段として構成されている。
【0036】
インダクタンス計測部105は、その周波数調整部104によって設定された周波数、つまりインダクタ101に流れる交流電流の角周波数ωにおける、インダクタ101の自己インダクタンスLを複素数として算出する。
【0037】
即ち、インダクタンス計測部105は、角周波数ωにおける複素数の自己インダクタンスLを、L=v/iによって算出する。
【0038】
なお、本来、自己インダクタンスは、2端子対回路のリアクタンス成分として定義され、実数値で表されるが、ここでは、計算方法を明確にするため、複素透磁率に比例する複素数の自己インダクタンスという量を定義する。
【0039】
特性値検出部106は、インダクタ101に流れる交流電流の角周波数ωが変化するごとに、その角周波数ωにおける自己インダクタンスLの実部または虚部の変化傾向を観測する。そして、特性値検出部106は、特徴的な変化傾向を示すときの角周波数ωを、特性値である共鳴角周波数ω0として検出する。さらに、特性値検出部106は、その特徴的な変化傾向を示すときにおける自己インダクタンスLの実部または虚部を、特性値として検出する。
【0040】
ここで、自己インダクタンスLは、インダクタ101の形状に依存した係数Ageoと透磁率μとを用いて、L=μ・Ageoとして示される。また、透磁率μはμ=μ’(ω)−jμ”(ω)として、つまり複素数として示される。その結果、自己インダクタンスLは、L=(μ’(ω)−jμ”(ω))・Ageo=μ’(ω)・Ageo−jμ”(ω)・Ageoとして、透磁率μの実部μ’(ω)と虚部μ”(ω)とを用いて示される。
【0041】
したがって、特性値検出部106は、透磁率μの実部μ’(ω)または虚部μ”(ω)の変化傾向を観測し、特徴的な変化傾向を示すときにおける透磁率μの実部μ’(ω)または虚部μ”(ω)を、特性値μ’0または特性値μ”0として検出している。
【0042】
なお、複素数である透磁率μの実部μ’(ω)は、磁界エネルギーの蓄積に対応し、透磁率μの虚部μ”(ω)は、エネルギーの損失に対応している。
【0043】
物性評価部107は、上述の特性値に基づいて、サンプル11の磁気共鳴に関する、つまりサンプル11のフリーラジカルに関する物性値を特定する。すなわち、物性評価部107は、フリーラジカルの濃度、構造、電子状態、および電子分布などを特定して評価する。
【0044】
例えば、物性評価部107は、既知の複数のサンプルの特性値と物性値とを対応付けたテーブルを記憶しており、そのテーブルを参照することにより、サンプル11の物性値を特定する。
【0045】
具体的には、物性評価部107は、例えば、半導体、セラミックス薄、触媒、および色素材料などの材料評価、さらに、食品の評価や血液診断などの生体材料や生体組織の分析、および活性酸素などのフリーラジカルの計測による薬品投与の影響追跡などを行う。なお、食品の評価や血液診断のように、水分を含むサンプル11に対しても評価される。
【0046】
なお、本実施の形態では、特性値検出部106および物性評価部107が、インダクタンス計測部105によって計測されたインダクタンスが特徴的な変化傾向を示す調整値に基づいて、サンプル11の物性値を特定する物性値特定手段として構成されている。
【0047】
図2は、角周波数ωに対する磁化率χの実部χ’と虚部χ”の変化を示す図である。
【0048】
角周波数ωに対する透磁率μの実部μ’(ω)および虚部μ”(ω)の変化傾向は、角周波数ωに対する磁化率χの実部χ’(ω)および虚部χ”(ω)と同様の変化傾向を示す。
【0049】
磁化率χは、χ=χ’(ω)−j・χ”(ω)として複素数で示される。そして、透磁率μの実部μ’(ω)は、磁化率χの実部χ’(ω)を用いて、μ’(ω)=μ0・(1+χ’(ω))として示され、透磁率μの虚部μ”(ω)は、磁化率χの虚部χ”(ω)を用いて、μ”(ω)=μ0χ”(ω)として示される。なお、μ0は真空中の透磁率である。
【0050】
したがって、透磁率μの実部μ’(ω)および虚部μ”(ω)は、磁化率χの実部χ’(ω)および虚部χ”(ω)とそれぞれ比例関係にある。
【0051】
磁化率χの実部χ’(ω)は、図2の(a)に示すように、インダクタ101に流れる交流電流の角周波数ωが共鳴角周波数ω0付近で変化すると、大きく変動する。つまり、自己インダクタンスLの実部または透磁率μの実部μ”(ω)も、図2の(a)に示すような変化傾向を示す。
【0052】
また、磁化率χの虚部χ”(ω)は、図2の(b)に示すように、インダクタ101に流れる交流電流の角周波数ωが共鳴角周波数ω0になると、最大になる。つまり、角周波数ωが小さい値から共鳴角周波数ω0に近づくと、虚部χ”(ω)は共鳴角周波数ω0付近から急激に増加し、共鳴角周波数ω0で最大値となる。そして、角周波数ωが共鳴角周波数ω0よりも大きくなると、虚部χ”(ω)は共鳴角周波数ω0付近で急激に減少する。
【0053】
つまり、自己インダクタンスLの虚部または透磁率μの虚部μ”(ω)も、図2の(b)に示すような変化傾向を示す。
【0054】
本実施の形態における特性値検出部106は、図2の(a)に示す変化傾向または図2の(b)に示す変化傾向から、最大値や最小値となるような激しい変動を示す傾向を、特徴的な変化傾向として見つけ出している。
【0055】
ここで、従来のESRにおける測定感度について説明する。
【0056】
従来のESRの測定感度Δmは、それぞれ以下の(数1)によって示される。なお、H0(Resonator)は空洞共振器の磁場の強さを示し、H0(Sample)はサンプル中の磁場の強さを示す。また、Volume(Resonator)は空洞共振器の体積を示し、Volume(Sample)はサンプルの体積を示す。
【0057】
【数1】

【0058】
上記(数1)において、H0(Resonator)≒H0(Sample)が成り立つため、(数1)は以下の(数2)のように示される。
【0059】
【数2】

【0060】
つまり、従来のESRでは、Volume(Resonator)を小さくすることができないため、薄膜材料のような微小なサンプルに対しては、測定感度が非常に低下してしまう。例えば、従来のESRの測定感度は、1012個よりも少ないフリーラジカルを検出することができない。
【0061】
一方、本実施の形態における磁気共鳴測定装置100では、従来のESRのように空洞共振器を用いないため、インダクタ101を小さくすることで、微小なサンプルであっても高い測定感度を維持することができる。
【0062】
ここで、本実施の形態における予備実験結果について説明する。
【0063】
予備実験では、DPPH(1,1-diphenyl-2-plcrylhydrazy)をサンプルとして用い、半導体集積回路(チップ)上に形成されたインダクタ101を利用した。
【0064】
図3は、本実施の形態の予備実験に使用される半導体集積回路の外観図である。
【0065】
この図3に示すように、半導体集積回路20には、幅寸法が約120μmのインダクタ101が形成されている。
【0066】
予備実験では、このような半導体集積回路20のインダクタ101が形成されている部分に、約250μMのDPPHを含むエタノール溶液を約2μlだけ滴下して乾燥させた。
【0067】
また、公称磁束密度が約10mTの永久磁石を磁石102として利用し、約10〜140MHzの範囲で交流電圧源103の周波数をスイープさせた。なお、インダクタンス計測部105には、HP4396A-85046A Network Analyzer(日本ヒューレットパッカード社製)を利用した。
【0068】
図4は、インダクタンス計測部105によって計測されたインダクタンスの実部を示す図である。
【0069】
インダクタンス計測部105による計測では、インダクタンス(自己インダクタンス)の実部において、低周波数の領域に多くのノイズが現れたが、約120MHz付近で特徴的な変化傾向が観測された。
【0070】
図5は、インダクタンス計測部105によって計測されたインダクタンスの虚部と測定時の角周波数との積を示す図である。
【0071】
インダクタンス計測部105による計測では、インダクタンス(自己インダクタンス)の虚部において、上述と同様、低周波数の領域に多くのノイズが現れたが、約120MHz付近で特徴的な変化傾向が観測された。
【0072】
このような図4および図5によって示される計測結果から、特性値である共鳴角周波数ω0が120MHzとして検出された。
【0073】
また、本予備実験における測定感度を概算したところ、1011〜1012個のフリーラジカルを検出することができるという結果が得られた。したがって、本予備実験では、サンプルが微小であるにも拘らず、本発明が従来のESRと同等以上の測定感度を有することが示された。なお、本予備実験では、磁束密度などの設定値を最適化せずに測定を行っており、得られた結果が測定感度の最良値でないことは言うまでもない。また、サンプルに印加される磁場の磁束密度にはばらつきがあり、正確な磁束密度を特定するためには、サンプルの位置における磁束密度を実際に測定する必要がある。なお、本予備実験におけるサンプルの磁束密度は、サンプルのg値から、約4.3mTと算出される。
【0074】
上記に示されたように本実施の形態では、磁気共鳴をさせずに、インダクタンスの変化傾向に基づいて物性値を特定するため、寸法制限を有する従来のESRの空洞共振器を不要とし、装置全体の小型化を図ることができる。言い換えれば、寸法設計の自由度を高めることができる。
【0075】
また、空洞共振器の制限を受けることなく、交流電流の角周波数ωを自由に設定することができる。したがって、交流電圧源103を小型化することができる。さらに、サンプルに印加される磁場の強さは角周波数ωと密接な関係にあるが、角周波数ωを適切に選択することができるため、その磁場を印加する磁石を簡素化することができる。
【0076】
つまり、従来のESRでは磁場の強度を変化させてサンプルの物性値を測定する必要があるが、本実施の形態では、角周波数ωを自由に設定することができるため、磁場の代わりに角周波数ωを変化させてサンプルの物性値を測定することができる。その結果、磁石102に電磁石を用いる必要がなく、永久磁石を用いることができる。
【0077】
したがって、大きな体積と重量の空洞共振器を有する従来のESRでは、その装置全体をチップ化することは不可能であるが、本実施の形態における磁気共鳴測定装置100では、その装置をチップ(半導体集積回路)化して小型化することが可能となる。さらに、装置の外部に強い電磁波が放出されないため、電波法の規制を受けることなく、使用可能な角周波数ωの選択の幅を広げることができる。
【0078】
その結果、本実施の形態の磁気共鳴測定装置では、実地での測定および評価であるin−situ評価を行うことができる。例えば、本実施の形態のインダクタ101が形成されたチップにサンプルを載せたり、インプランタブルにサンプルを測定したりすることよって、フリーラジカルなどの短寿命の物質や薄膜材料の定量化を行うことができる。
【0079】
さらに、本実施の形態では、導波管やマイクロストリップ線路を用いず、一般的な集積回路だけを使用するため、本実施の形態の磁気共鳴測定装置100を量産化することができ、コスト低減を図ることができる。
【0080】
さらに、本実施の形態では、インダクタ101を含む集積回路の微細加工技術により、インダクタ101に対するサンプルの体積比率を高めることができ、その結果、高感度化を図り、微小なサンプルでも十分な測定感度で測定することができる。
【0081】
このように本実施の形態における磁気共鳴測定装置は、医療技術分野や材料科学分野で多用されているESRやNMR(Nuclear Magnetic Resonance)と同様の用途および機能を有しながら、それらの装置よりも測定感度が高く、集積回路化を図ることができる。
【0082】
(変形例)
以上、本発明に係る磁気共鳴測定装置について、実施の形態を用いて説明したが、本発明は、これらに限定されるものではない。
【0083】
例えば、上記実施の形態では、インダクタ101の自己インダクタンスを計測したが、相互インダクタンスを計測しても良い。
【0084】
図6は、本変形例に係る磁気共鳴測定装置の構成図である。
【0085】
本実施の形態における磁気共鳴測定装置200は、相互インダクタンスの変化に基づいてサンプル11のフリーラジカルに関する物性値を測定する装置であって、インダクタ201a,201b、磁石202、交流電流源203、周波数調整部204、インダクタンス計測部205、特性値検出部206、物性評価部207、電圧計211,212、オペアンプ213,214、およびフィードバック抵抗215を備えている。
【0086】
磁石202は、測定対象であるサンプル11に、例えば数十mTの磁束密度の直流磁場を印加する。
【0087】
インダクタ201a,201bは、それぞれ磁気的に結合され、サンプル11と一定関係の位置、即ちサンプル11から磁気的影響を受けるような位置に配置されている。例えば、インダクタ201a,201bの中空部にサンプル11が配置される。
【0088】
交流電流源203は、周波数調整部204によって設定された周波数の交流電流を供給する。また、交流電流源203には、PLL(Phase Locked Loop)が備えられている。
【0089】
オペアンプ213は、インダクタ201aに流れる交流電流をフィードバック抵抗215に流す反転増幅器として動作する。
【0090】
オペアンプ214は、ボルテージフォロアとして構成されており、インダクタ201bに生じる誘導電圧を出力する。
【0091】
電圧計211は、インダクタ201aにかかる交流電圧の値を計測する。そして、電圧計211は、インダクタ201aにかかる交流電圧の値を、そのインダクタ201aにかかる交流電圧と交流電流源203の交流電流との位相差に応じた複素数v1として、インダクタンス計測部205に通知する。
【0092】
電圧計212は、インダクタ201bに誘導される交流電圧の値を計測する。そして、電圧計212は、インダクタ201bに誘導される交流電圧の値を、そのインダクタ201bに誘導される交流電圧と交流電流源203の交流電流との位相差に応じた複素数v2として、インダクタンス計測部205に通知する。
【0093】
周波数調整部204は、交流電流源203から供給される交流電流の周波数を調整して設定する。例えば、周波数調整部204は、低周波数から高周波数まで所定の間隔で交流電流の周波数を変化させる。そして、周波数調整部204は、設定された周波数をインダクタンス計測部205に通知する。
【0094】
インダクタンス計測部205は、その周波数調整部204によって設定された周波数、つまりインダクタ201aに流れる交流電流の角周波数ωにおける、インダクタ201a,201bの相互インダクタンスMを算出する。
【0095】
つまり、インダクタ201bに誘導される交流電圧v2は、インダクタ201aに流れる交流電流の値I1を用いて、以下の(数3)のように示される。
【0096】
【数3】

【0097】
ここで、電流値I1の代わりにフィードバック抵抗215の抵抗値Rと電圧値v1とを用いると、交流電圧v2は、以下の(数4)のように示される。
【0098】
【数4】

【0099】
したがって、インダクタンス計測部205は、以下の(数5)に示すように、相互インダクタンスMを複素数として算出する。
【0100】
【数5】

【0101】
特性値検出部206は、インダクタ201aに流れる交流電流の角周波数ωが変化するごとに、その角周波数ωにおける相互インダクタンスMの実部または虚部の変化傾向を観測する。そして、特性値検出部206は、特徴的な変化傾向を示すときの角周波数ωを、特性値である共鳴角周波数ω0として検出する。さらに、特性値検出部206は、その特徴的な変化傾向を示すときにおける相互インダクタンスMの実部または虚部を、特性値として検出する。
【0102】
ここで、相互インダクタンスMは、インダクタ201a,201bの形状および構成に依存した係数Ageoと透磁率μとを用いて、M=μ・Ageoとして示される。また、透磁率μはμ=μ’(ω)−jμ”(ω)として、つまり複素数として示される。その結果、相互インダクタンスMは、M=(μ’(ω)−jμ”(ω))・Ageo=μ’(ω)・Ageo−jμ”(ω)・Ageoとして、透磁率μの実部μ’(ω)と虚部μ”(ω)とを用いて示される。
【0103】
したがって、特性値検出部206は、透磁率μの実部μ’(ω)または虚部μ”(ω)の変化傾向を観測し、特徴的な変化傾向を示すときにおける透磁率μの実部μ’(ω)または虚部μ”(ω)を、特性値μ’0または特性値μ”0として検出している。
【0104】
物性評価部207は、上述の特性値に基づいて、サンプル11の磁気共鳴に関する、つまりサンプル11のフリーラジカルに関する物性値を特定する。
【0105】
このように本変形例に係る磁気共鳴測定装置200は、相互インダクタンスの変化傾向に基づいて物性値を特定するため、上記実施の形態の磁気共鳴測定装置100と同様、寸法制限を有する従来のESRの空洞共振器を不要とし、装置全体の小型化を図ることができる。
【0106】
以上、本発明について実施の形態およびその変形例を用いて説明したが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0107】
例えば、本実施の形態およびその変形例では、インダクタに流れる交流電流の角周波数ωを調整値として変化させたが、角周波数ωの代わりに、サンプルに印加される磁場の強さを調整値として変化させてもよい。
【0108】
また、インダクタが形成されたチップ上に、磁束密度を測定するための回路(ホール素子など)を集積化して、高精度化を図ってもよい。
【産業上の利用可能性】
【0109】
本発明の磁気共鳴測定装置は、小型化を図ることができるという効果を奏し、例えば、半導体、セラミックス薄、触媒、および色素材料などの材料評価に有用であり、さらに、食品の評価や血液診断などの生体材料や生体組織の分析、および活性酸素などのフリーラジカルの計測による薬品投与の影響追跡などに有用である。
【図面の簡単な説明】
【0110】
【図1】本発明の実施の形態における磁気共鳴測定装置の構成図である。
【図2】同上の測定方法を説明するための説明図である。
【図3】同上のインダクタが形成された半導体集積回路の外観図である。
【図4】同上のインダクタンスの実部の計測結果を示す図である。
【図5】同上のインダクタンスの虚部と角周波数との積の計測結果を示す図である。
【図6】同上の変形例に係る磁気共鳴測定装置の構成図である。
【図7】従来のESRの原理を説明するための説明図である。
【符号の説明】
【0111】
10,11 サンプル
100 磁気共鳴測定装置
101 インダクタ
102 磁石
103 交流電圧源
104 周波数調整部
105 インダクタンス計測部
106 特性値検出部
107 物性評価部
111 電圧計
112 電流計
113 オペアンプ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定対象物の磁気共鳴に関する物性値を測定する磁気共鳴測定装置であって、
前記測定対象物に磁場を印加する磁場印加手段と、
前記測定対象物と一定関係の位置に配置されたインダクタと、
前記インダクタに交流電流を供給する電流供給手段と、
前記電流供給手段によって供給される交流電流の周波数、または、前記磁場印加手段によって印加される磁場の強さを調整値とし、前記調整値を変化させる調整手段と、
前記調整手段によって変化された調整値ごとに、前記インダクタのインダクタンスを計測するインダクタンス計測手段と、
前記インダクタンス計測手段によって計測されたインダクタンスが特徴的な変化傾向を示す前記調整値に基づいて、前記測定対象物の物性値を特定する物性値特定手段と
を備えることを特徴とする磁気共鳴測定装置。
【請求項2】
前記物性値特定手段は、
前記インダクタンスが特徴的な変化傾向を示す前記調整値と、前記調整値におけるインダクタンスの実部または虚部とをそれぞれ特性値として検出し、
前記特性値に応じた前記測定対象物の物性値を特定する
ことを特徴とする請求項1記載の磁気共鳴測定装置。
【請求項3】
前記インダクタンス計測手段は、
前記インダクタの自己インダクタンスを計測する
ことを特徴とする請求項1または2記載の磁気共鳴測定装置。
【請求項4】
前記インダクタンス計測手段は、
前記インダクタと、前記インダクタに磁気的に結合された他のインダクタとの間の相互インダクタンスを計測する
ことを特徴とする請求項1または2記載の磁気共鳴測定装置。
【請求項5】
前記物性値特定手段は、
前記測定対象物の電子スピン共鳴に関する物性値を特定する
ことを特徴とする請求項1または2記載の磁気共鳴測定装置。
【請求項6】
測定対象物の磁気共鳴に関する物性値を測定する集積回路であって、
前記測定対象物に磁場を印加する磁場印加手段と、
前記測定対象物と一定関係の位置に配置されたインダクタと、
前記インダクタに交流電流を供給する電流供給手段と、
前記電流供給手段によって供給される交流電流の周波数、または、前記磁場印加手段によって印加される磁場の強さを調整値とし、前記調整値を変化させる調整手段と、
前記調整手段によって変化された調整値ごとに、前記インダクタのインダクタンスを計測するインダクタンス計測手段と、
前記インダクタンス計測手段によって計測されたインダクタンスが特徴的な変化傾向を示す前記調整値に基づいて、前記測定対象物の物性値を特定する物性値特定手段と
を備えることを特徴とする集積回路。
【請求項7】
測定対象物の磁気共鳴に関する物性値を測定する磁気共鳴測定方法であって、
前記測定対象物に磁場を印加する磁場印加ステップと、
前記測定対象物と一定関係の位置に配置されたインダクタに、交流電流を供給する電流供給ステップと、
前記電流供給ステップで供給される交流電流の周波数、または、前記磁場印加ステップで印加される磁場の強さを調整値とし、前記調整値を変化させる調整ステップと、
前記調整ステップで変化された調整値ごとに、前記インダクタのインダクタンスを計測するインダクタンス計測ステップと、
前記インダクタンス計測ステップで計測されたインダクタンスが特徴的な変化傾向を示す前記調整値に基づいて、前記測定対象物の物性値を特定する物性値特定ステップと
を含むことを特徴とする磁気共鳴測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−203104(P2008−203104A)
【公開日】平成20年9月4日(2008.9.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−39951(P2007−39951)
【出願日】平成19年2月20日(2007.2.20)
【出願人】(504160781)国立大学法人金沢大学 (282)