説明

磁気記録媒体、磁気再生装置、磁気再生方法、光変調素子

【課題】データの記録領域として磁性細線でトラックを形成した磁気ディスクにおいて、磁性細線の加工形状によらずに再生エラーのない磁気ディスクを提供する。
【解決手段】磁気ディスクは基板上に磁性細線5を同心円状に備え、それぞれの磁性細線5に、イオン注入により相対的に飽和磁化の高い高Ms領域5sを局所的に設けたことを特徴とする。磁性細線5には「0」または「1」のデータが連続して記録され、データを記録された領域は磁区D0,D1等として、磁性細線5の両端に接続された一対の電極61,62にて供給されるパルス電流により磁性細線5中を断続的に移動する。電流供給により高Ms領域5s外に到達した磁壁DW2は、パルス電流における電流停止時に、近傍の高Ms領域5sまで自発的に移動して係止される。したがって、磁性細線5において高Ms領域5sを磁壁が通過する度に微小な位置ズレが補正されるため、再生エラーを防止できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トラックが細線状の磁性体で形成された磁気記録媒体、この磁気記録媒体に電流を供給することでトラック内で磁壁を移動させながら磁壁に挟まれた磁区からデータを読み出して再生する磁気再生装置および磁気再生方法、ならびに光変調素子に関する。
【背景技術】
【0002】
ハードディスクドライブ(HDD)等の記憶装置は、扱われる情報量の増大に伴い、高記録密度化ならびに記録や再生の高速化が進められている。高記録密度化に伴い、HDD等に使用される磁気ディスク等の記録媒体のトラックは狭ピッチ化し、さらにトラックにおける1データ(1ビット)分の長さは短くなり、このような微小な領域の磁気を検出するために、記録・再生方式はGMR(Giant MagnetoResistance:巨大磁気抵抗効果)素子やTMR(Tunnel MagnetoResistance:トンネル磁気抵抗)素子のような磁気抵抗効果素子からなる磁気ヘッドによる磁気方式、あるいはレーザー光の照射による光磁気方式が適用されている。
【0003】
このような磁気ディスクにおける記録および再生は、ディスクをスピンドルモータで回転駆動させ、磁気ヘッドやレーザー光の照射スポットをディスクの径方向のみに移動させることで、トラックに沿って(ディスクの周方向に)所定方向に磁化する(記録する)、または磁気を検出する(再生する)。このようなディスクにおいて記録および再生を高速化するためには、ディスクの回転速度を速くすることが第一に挙げられる。しかし、記録においてはトラックの磁化に要する時間、再生においては磁気の検出に要する時間、さらにディスクの振動による誤動作等の問題から、回転速度の高速化には限界がある。そのため、パーソナルコンピュータに内蔵されるHDD等においては、2〜10枚程度の磁気ディスクを重ねてそれぞれの磁気ディスクに磁気ヘッドを備え、各磁気ディスクを並列に記録または再生を行うことで、記録または再生の高速化を可能としている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】米国特許第6834005号明細書
【特許文献2】特開2010−20114号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】T. Koyama et al., “Control of Domain Wall Position by Electrical Current in Structured Co/Ni Wire with Perpendicular Magnetic Anisotropy”, Appl. Phys. Express 1, 101303 (2008)
【非特許文献2】Xin Jiang et al., “Enhanced stochasticity of domain wall motion in magnetic racetracks due to dynamic pinning”, Nature Communications, 1, pp.1-5 (2010)
【非特許文献3】T. Kato et al., “Planar patterned media fabricated by ion irradiation into CrPt3 ordered alloy films”, J. Appl. Phys. 105, 07C117 (2009)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
磁気ディスクにおける記録および再生の速度は、トラック上の1ビットの長さ(ビット長)およびディスクの回転速度に収束され、さらに高速化する場合は同時に記録・再生するディスク枚数を増やす必要がある。例えば、スーパーハイビジョン(超高精細度テレビジョン)システムを実現するためには、約72Gbpsの超高速で再生する必要がある。約24Gbpsの実験用のスーパーハイビジョンシステムであっても、例えば3〜10枚程度のディスクを搭載したサーバ用の大容量ストレージを、数十台同時に稼動する必要があり、大規模かつ高消費電力を必要とする。このように、扱われる情報の大容量化、高密度化に対して、現行では記録媒体やその再生装置等が十分に対応できていない。
【0007】
ここで、記録媒体を駆動させずに記録されているデータを移動する方法として、特許文献1には、細線状の磁性体(以下、適宜磁性細線)をU字型等に形成してトラックとしたメモリデバイスが開示されている。これは、磁性体を細線状に形成すると、その長さ方向に磁区が形成され、さらに当該長さ方向に電流を供給すると磁区同士を区切るように生成している磁壁がすべて磁性細線の長さ方向に等距離移動する、シフト移動を行う特性を利用したものである(非特許文献1,2参照)。すなわち、トラック(磁性細線)上の所定の一箇所(特許文献1ではU字型の頂部)に記録用および再生用の各磁気ヘッドを固定し、トラック両端から電流を可逆的に供給して磁壁に挟まれた所望の磁区を磁気ヘッドに対向する位置に移動させる。この方法においては、磁性体の形状(線幅等)や供給する電流により異なるが、磁壁の移動速度は数十m/sから約250m/sと極めて高速であるので、現行のディスクの回転による再生速度を超えることが期待される。
【0008】
特許文献1では、ランダムアクセス方式によるデータの書換えを可能とするために、U字型を多数直列に接続した波型の磁性細線をさらに並列に設けて、U字型の頂部のそれぞれに磁気ヘッドを備える形態としている。また、特許文献2では、1本あたりで「1」と「0」のデータを1つずつのみ格納した単純な構成の磁性細線をマトリクス状に配置して、それぞれの磁性細線に電流を供給することでいずれかのデータを選択する構成としている。これらの技術では、ランダムアクセスメモリや多数のデータを同時に提示する空間光変調器としては好適であるが、例えば長時間の動画のような連続したデータの記録・再生を行う記録媒体としては効率に劣る。そこで、本発明者らは、磁性細線を同心円状に形成して、これを一般的な磁気ディスクや光磁気ディスクと同様にトラックとして、円盤形状の記録媒体(ディスク)とすることに至った。このような記録媒体であれば、記録媒体本体を回転駆動させる必要がないため振動による誤動作等がなく、また、トラック上を、データを高速移動させることができるので、記録および再生を高速化できる。
【0009】
このように、1本の磁性細線に連続して多数のデータを磁区として記録した場合、電流供給による磁壁のシフト移動、すなわちデータの移動において、微小な移動ズレも累積されて再生エラー等に至る虞がある。そこで、磁性細線に生成している磁壁が、当該磁性細線における括れ部分や屈曲部に係止され易いという特性を有することから、特許文献1,2のように、磁性細線に括れ(ノッチ、図3(b)参照)を形成したり、屈曲した形状として、磁性細線における所望の位置で磁壁を係止させることにより、移動ズレを防止している。
【0010】
しかしながら、このような磁性細線の形状により移動ズレを防止する構成とすると、括れの深さ等により磁壁を係止させる力の強弱が大きく変化するため、高い加工精度が要求される。したがって、磁性細線の加工限界によりその大きさ(線幅)が収束されることになり、記録媒体の高記録密度化が制約されるため、さらなる大容量化のために改良の余地がある。また、このような磁性細線を空間光変調器の光変調素子とした場合は、前記加工精度の他に、磁性細線の括れ部分で光が乱反射することにより光の取り出し効率が損なわれ、やはり改良の余地がある。
【0011】
本発明は前記問題点に鑑み創案されたもので、前記の磁性細線でトラックを形成した記録媒体を対象として、磁性細線の加工形状によらずに再生エラーのないものとして、いっそうの高記録密度化の可能な磁気記録媒体、そしてこのような磁気記録媒体の再生を高速に行う磁気再生装置および磁気再生方法を提供することが課題である。また、本発明は光の乱反射を抑えて光の取り出し効率を向上させることのできる磁性細線を用いた光変調素子を提供することが課題である。
【課題を解決するための手段】
【0012】
前記課題を解決するために、本発明者は、磁性細線に飽和磁化の異なる領域があると、磁性細線が電流を供給されていないときに、当該領域において磁壁は飽和磁化の高い領域へ移動する性質があることを見出し、飽和磁化の高い領域を現行の磁性細線のノッチ等と同じように利用することに想到した。そして、本発明者は、磁性体がイオンを注入されると飽和磁化が低くなる現象(非特許文献3参照)を利用し、磁性細線に局所的に飽和磁化の高い領域を設けて、磁壁を前記領域に係止させる方法を見出した。
【0013】
本発明に係る磁気記録媒体は、基板上に磁性体を細線状に形成してなる1以上の磁性細線を備えて、前記磁性細線に2値のデータを異なる2方向の磁化のいずれかとして当該磁性細線の細線方向に連続して記録され、前記磁性細線の一端から他端へパルス電流を細線方向に供給されることにより、当該磁性細線において、前記2値の一方のデータを記録されて形成した磁区と前記2値の他方のデータを記録されて形成した磁区との間に生成している磁壁が細線方向に断続的に移動するものである。このような磁気記録媒体において、磁性細線は、前記パルス電流における電流停止時に磁壁を到達させる領域として、細線方向に区切られた領域に高飽和磁化領域を備える。そのため、磁性細線は、前記高飽和磁化領域以外にイオンを注入されたことにより、当該高飽和磁化領域の飽和磁化を相対的に高くして予め形成されたことを特徴とする。
【0014】
かかる構成により、磁気記録媒体は、磁性細線に磁区として記録されたデータの、磁壁のシフト移動に伴う断続的な移動において、その静止時に高飽和磁化領域で磁壁が係止されるので、パルス電流における電流停止時にデータの移動ズレが補正され、当該磁気記録媒体のデータを再生する装置等に補正手段等を備えなくても的確にデータが再生される。また、高飽和磁化領域は、イオン注入にて形成されるので、磁気記録媒体における所望の位置および大きさに容易に形成でき、飽和磁化の変化量の制御が容易であり、また磁性細線の形状を変化させるものではないので、磁性細線についてはいっそうの微細化が可能で、磁気記録媒体の高記録密度化が可能である。
【0015】
さらに、本発明に係る磁気記録媒体は、磁性細線が円盤形状の基板上に当該基板と同心円状に形成されて、その平面視形状が円環の一部を欠いたものであることが好ましい。かかる構成により、磁気記録媒体を従来公知の記録媒体と同様の外形とし、また磁気記録媒体の大きさが制限されても、磁性細線を屈曲させることなく基板上に長く連続した形状とすることができる。
【0016】
また、本発明に係る磁気記録媒体の磁性細線が磁気光学材料で形成されてもよい。このような磁気記録媒体とすれば、レーザー光等による光磁気方式にて再生が可能となる。
【0017】
また、本発明に係る磁気再生装置は、前記の本発明に係る磁気記録媒体に記録されている2値のデータを再生する装置である。この磁気再生装置は、前記磁気記録媒体から1以上の磁性細線を選択する選択手段と、この選択手段が選択した磁性細線にその両端に接続して当該磁性細線に生成している磁壁を断続的に移動させるパルス電流をその細線方向に供給する電流供給手段と、この磁性細線について磁化方向を検出するための予め指定された位置の領域における磁化方向を検出する磁気検出手段と、前記パルス電流に同期して当該パルス電流における電流停止時に前記磁気検出手段が検出した磁化方向をデータとして再生するデータ再生手段と、を備えることを特徴とする。
【0018】
あるいは、磁性細線の磁化方向を検出する前記磁気検出手段に代えて、磁性細線から出射した光の偏光の向きを検出する光検出手段を備えて、磁性細線が磁気光学材料で形成された磁気記録媒体に記録されている2値のデータを再生する装置としてもよい。そのため、このような磁気再生装置においては、前記選択手段が選択した磁性細線の前記指定された位置の領域に光を入射させる照射手段をさらに備えて、前記磁性細線から光を出射させる。そして、前記データ再生手段は、磁性細線の磁化方向に代えて、前記光検出手段が検出した光の偏光の向きをデータとして再生する。
【0019】
かかる構成により、磁気再生装置は、パルス電流における電流停止時にデータの移動ズレが自動的に補正されるので、補正手段等を備えなくても再生エラーを防止することができる。さらに、磁性細線の磁化方向を検出するための予め指定された位置の領域は、前記電流停止時において常に、データ同士の境界である磁壁が静止せず、当該領域全体を1つのデータが到達しているので、この領域から磁気または光を検出することにより的確にデータが再生される。
【0020】
また、本発明に係る磁気再生方法は、前記の磁気記録媒体に記録されている2値のデータを再生する方法で、前記磁気記録媒体から1以上の磁性細線を選択する選択工程と、前記選択した磁性細線に記録されているデータを再生する再生工程と、を行う。そして、この再生工程は、前記磁性細線に、当該磁性細線に生成している磁壁を断続的に移動させるパルス電流を、その細線方向に供給する電流供給処理と、前記磁性細線の磁化方向を検出するための予め指定された位置の領域における磁化方向を検出する磁気検出処理と、前記パルス電流に同期して当該パルス電流における電流停止時に前記磁気検出処理にて検出した磁化方向をデータとして再生するデータ再生処理と、を行うことを特徴とする。
【0021】
あるいは、磁性細線が磁気光学材料で形成された磁気記録媒体に記録されている2値のデータを再生する方法として、磁性細線の磁化方向を検出する前記磁気検出処理に代えて、磁性細線から出射した光の偏光の向きを検出する光検出処理を行ってもよい。そのため、前記再生工程においてさらに、磁性細線の前記指定された位置の領域に光を入射させる照射処理を行って、前記磁性細線から光を出射させる。このような磁気再生方法においては、前記データ再生処理において、磁性細線の磁化方向に代えて、前記光検出処理にて検出した光の偏光の向きをデータとして再生する。
【0022】
かかる手順により、磁気または光の検出時に、磁性細線の高飽和磁化領域でデータ同士の境界である磁壁が係止されるので、1つのデータのみが到達する領域を磁化方向を検出するための領域に予め指定して、この領域から磁気または光を検出することができ、的確にデータを再生することができる。
【0023】
また、本発明に係る光変調素子は、基板上に磁気光学材料を細線状に形成してなる磁性細線と、この磁性細線の両端に接続された一対の電極とを備え、前記磁性細線に入射した光の偏光の向きを変化させて出射する構成とする。このような光変調素子において、前記磁性細線は細線方向に連続して2以上の磁区が形成されており、前記一対の電極を介して電流を細線方向に供給されることにより、隣り合う2つの磁区の間に生成している磁壁が細線方向に移動して、前記光が入射する、細線方向に区切られた領域である入射領域に前記2つの磁区の一方を選択的に到達させる。このような光変調素子において、前記磁性細線は、前記電流の停止時に前記磁壁を到達させる領域として、前記入射領域外に、細線方向に区切られた高飽和磁化領域を備える。そのため、磁性細線は、前記高飽和磁化領域以外にイオンを注入されたことにより、当該高飽和磁化領域の飽和磁化を相対的に高くして予め形成されたことを特徴とする。
【0024】
かかる構成により、光変調素子は、電流の停止時に磁性細線における入射領域外に設けた高飽和磁化領域に磁壁が係止されるため、光の入射領域に磁壁が停止しないので、動作が安定する。
【発明の効果】
【0025】
本発明に係る磁気記録媒体によれば、高速再生を保持しつつ、磁性細線に括れ等の加工を施す必要がないので、いっそうの高記録密度化による大容量化が可能となる。
本発明に係る磁気再生装置および磁気再生方法によれば、データの移動ズレがなく、的確に磁気記録媒体のデータを高速再生することができる。
【0026】
本発明に係る光変調素子によれば、1つの磁性体とこれに接続された一対の電極からなる光変調素子として、簡素な構成の空間光変調器を得ることができる。また、磁性細線に括れや屈曲部等の加工が施されていないため、光の乱反射を抑えて光の取り出し効率を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明に係る磁気記録媒体の構成を説明する平面模式図である。
【図2】本発明に係る光磁気方式の磁気再生装置の構成を示す外観図である。
【図3】磁気記録媒体における磁性細線の構成を説明する平面図であり、(a)は本発明の実施形態の模式図、(b)は従来例の模式図である。
【図4】本発明に係る磁気記録媒体の構成を説明するための磁性細線の長さ方向における断面図であり、(a)は一実施形態に係る磁気記録媒体の模式図、(b)は別の実施形態に係る磁気記録媒体の模式図である。
【図5】磁性体へのイオン注入と飽和磁化の関係を説明するための、Fe膜における印加磁界に対する磁気光学カー回転角の変化を示すグラフであり、(a)はイオン注入なし、(b)はGaイオン数5.20×1010/μm2、(c)はGaイオン数1.56×1011/μm2である。
【図6】本発明に係る磁気記録媒体の磁性細線における磁区の移動を説明するための模式図で、磁性細線の長さ方向における断面図である。
【図7】本発明に係る磁気再生方法を説明するための、磁性細線の長さ方向における断面図であり、(a)、(b)は光磁気方式の磁気再生装置による方法、(c)は磁気方式の磁気再生装置による方法である。
【図8】本発明に係る光磁気方式の磁気再生装置の変形例による磁気再生方法を説明するための、磁気記録媒体の再生領域の拡大斜視図である。
【図9】本発明に係る光変調素子を備えた空間光変調器の構成を示す平面模式図である。
【図10】本発明に係る光変調素子を備えた空間光変調器を用いた表示装置の模式図で、図9のA−A断面図に対応する図である。
【図11】本発明に係る別の光変調素子を備えた空間光変調器を用いた表示装置の模式図で、図9のA−A断面図に対応する図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明に係る磁気記録媒体、ならびに磁気再生装置および磁気再生方法を実現するための形態について図を参照して説明する。
【0029】
[磁気ディスク]
本発明の実施形態に係る磁気ディスク(磁気記録媒体)50は、図1に示すように、円盤形状の基板7上に、磁性体を細線状に形成してなる磁性細線5をデータの記録(格納)領域として備える。この磁性細線5には、2値のデータすなわち「0」または「1」のデータを当該磁性細線5の長さ方向(以下、細線方向という)に連続して記録される。この磁性細線5の、1つのデータを記録された領域を1つのデータ領域と称し、その細線方向長さを単位長さとする。記録された(格納されている)データは、例えば図2に示すように、磁気ディスク50を磁気再生装置1に搭載または内蔵して再生される。磁性細線5においては、「0」、「1」のデータを異なる2方向の磁化のいずれかとして記録される。したがって、磁性細線5において、データ領域は、1つで、あるいは同値(「0」または「1」のいずれか)のデータを連続して記録された場合は当該連続したデータ領域で、1つの磁区を形成する。本明細書では、適宜、磁性細線5におけるデータ領域を磁区として説明する。
【0030】
磁性細線5は、その一端から他端へ細線方向に電流を供給されることで、当該磁性細線5において磁区を区切る磁壁がすべて細線方向に等距離移動する、いわゆるシフト移動を行うため、すべての磁区すなわち磁性細線5に記録された一連のデータが順次移動する。例えば磁気再生装置1によりパルス電流を磁性細線5に供給することで、磁気ディスク50を回転駆動することなく、磁性細線5に格納されているデータが磁壁と共に断続的に移動する。したがって、磁性細線5は、磁化方向を検出するための再生領域5r、および記録されるデータに対応した方向に磁化されるための記録領域5wを、それぞれ磁気ディスク50における所定の位置の領域に設定することができる。そして、磁性細線5は、このパルス電流における電流停止時に磁壁を到達させる領域として、細線方向に区切られた領域に、相対的に飽和磁化の高い高Ms領域(高飽和磁化領域)5sを備える。高Ms領域5sは、図3(a)に示すように、磁性細線5の当該領域以外にイオンを注入されることにより形成される。
【0031】
図1に示すように、磁気ディスク50において、磁性細線5,5,…は、平面視で互いに絶縁層8を挟んで離間して同心円状に基板7上に形成されている。詳しくは、1本の磁性細線5は、平面視で円環の一部を欠いたC字型に形成され、幅(磁気ディスク50の径方向長さ)および厚さ(膜厚)は一定である。このように、本実施形態において、磁気記録媒体は、円盤形状の基板をベースとしてその外形が現行の磁気ディスク等と同様に円盤形状であるので、磁気ディスク50と称し、また磁性細線5のそれぞれは、現行の磁気ディスクのデータの記録領域であるトラックの形状に類似するため、適宜トラック5と称する。なお、磁気ディスク50に形成する磁性細線5の本数は特に制限されず、トラックピッチ(磁性細線5の幅および間隔)や磁気ディスク50の径等に応じて設定すればよい。また、磁気ディスク50における磁性細線5のそれぞれの長さ方向長(トラック長)は、同じ長さでなくてよい。
【0032】
このように、磁性細線5の細線形状(平面視形状)は、屈曲していない直線、または厚さおよび幅方向長に対して十分に緩やかな曲線とし、本実施形態のように外形が円盤形状である磁気ディスク(磁気記録媒体)50の場合は、その外形寸法に対して十分な長さとすることができ、また製造が容易な形状として、円環(円弧)が好ましい。このような磁性細線5は、磁気ディスク50の外周寄りに形成したものほど長くすることが可能であり、磁気ディスク50の全体としてデータの記録可能な領域(容量)を大きくすることができる。また、磁気記録媒体は円盤形状に限らず、例えば平面視が矩形の板状でもよく、この場合、磁性細線は互いに平行な直線状に形成すればよい。
【0033】
磁性細線5の両端には、当該磁性細線5に磁気ディスク50の外部(例えば磁気再生装置1)から電流を供給するための接続端子となる一対の電極61,62が接続されている。電極61,62は、Cu,Al,Au,Pt,Ag等の金属やその合金のような一般的な電極用金属材料からなり、磁気ディスク50において、それぞれの磁性細線5の両端で積層されて接続される。また、電極61,62は、磁性細線5の下に形成されてもよく、その場合は、外部からの電流供給のために電気的に接続可能となるように基板7の一部が除去されて、磁気ディスク50の裏面(下面)に電極61,62を露出させる。あるいは、平面視で電極61,62を磁性細線5の端部から外へ張り出すように形成しておき、磁気ディスク50の表面から絶縁層8を貫通して、電極61,62の上面の前記張り出した領域を露出させるコンタクトホールを形成してもよい。
【0034】
(磁性細線)
磁気ディスク50において、磁性細線5は、図4(a)に示すように基板7の上に絶縁層8を介して形成されている。なお、図4、および図6、図7は、磁性細線5の細線方向に沿った面による断面を示す。磁性細線5は強磁性材料からなり、特に膜面に垂直な方向の磁化を有する垂直磁気異方性材料が好ましく、具体的にはNi,Fe,Co等の遷移金属やその合金、さらにPd,Pt,Cuとの積層膜が挙げられる。また、光磁気方式で再生するものについては、さらに磁気光学効果の大きい材料(磁気光学材料)が好ましい。磁性細線5の厚さは5〜100nm、幅は10〜200nm、磁性細線5,5間は40〜200nmが好ましく、幅および間隔が短いほど、いわゆるトラックピッチ(磁性細線5の幅と間隔の和)が狭いほど磁気ディスク50の記録容量を大きくできる。ただし、磁気ディスク50の磁性細線5は、その再生方式に対応可能な幅およびトラックピッチとし、具体的にはレーザー光による光磁気方式であれば幅100nm程度以上が好ましく、GMR素子やTMR素子のような磁気抵抗効果素子による磁気方式であれば幅60nm程度以上が好ましい。磁性細線5の細線方向長(トラック長)は、特に制限されず、厚さおよび幅方向長に対して十分に長いものであればよい。磁性細線5は、データの保存(磁化の保持)および再生のためには一体の磁性体で構成されたものでよいが、データを記録するためには、記録方式によって後記するように異なる材料を積層する必要がある。そのため、磁性細線5は、データが記録される記録領域5w(図1参照)において異なる材料を積層し、あるいは磁性細線5の全体を記録領域5wと同じ構成とする。
【0035】
記録領域5wは、磁性細線5にデータを記録するために当該磁性細線5の磁気をデータに対応する磁化方向にするための領域であり、この領域においては磁性細線5の構造を記録方式に対応したものとする。記録領域5wの細線方向長さは記録方式や加工精度等に対応したものとすればよい。具体的には、例えば現行の磁気ディスクへの記録方法と同様、図4(a)に示すように、磁極からなる記録用磁気ヘッド22を書込手段として外部磁界を印加する場合は、磁性細線5の下(記録用磁気ヘッド22に対向する側の反対側)に非磁性層52を介して軟磁性層51を積層する。軟磁性層51により、記録用磁気ヘッド22からの外部磁界が磁性細線5で垂直な書き込み磁束を形成するための磁路を形成する。このような構成とすることで、例えば図4(a)では、初期状態の磁化が上方向の磁性細線5を記録領域5wにおいて、記録用磁気ヘッド22が下向きの磁界を印加して、磁化を下方向に反転させている。
【0036】
また、本発明に係る磁気ディスク50は、磁性細線5に対して書込手段の位置が固定されていても磁性細線5の全体にデータを記録できるので、記録領域5wを次のような構成とすることもできる。すなわち磁性細線5を記録領域5wにおいてスピン注入磁化反転素子構造として、直流の電流を正負反転して供給可能な電源22Aを書込手段とし、記録領域5wに電流を供給して、磁性細線5をスピン注入磁化反転にて所望の磁化方向とすることができる。詳しくは、図4(b)に示すように、磁性細線5の上に、非磁性体または絶縁体からなる中間層53を介して磁化固定層54を積層し、さらにその上に上部電極63を接続し、一方、磁性細線5の下に下部電極64を接続する。磁化固定層54は、磁性細線5の記録領域5wにおける保磁力よりも大きい保磁力の強磁性材料とし、また磁性細線5が垂直磁気異方性材料であれば同様に垂直磁気異方性材料とし、その磁化を上方向または下方向の一方に固定する。また、磁性細線5を記録領域5wにおいてスピン注入磁化反転させるため、このような磁気ディスク50については、磁性細線5の厚さは5〜30nmとすることが好ましい。なお、図4(b)では、基板7および絶縁層8(図4(a)参照)は省略する。このような構成とすることで、記録領域5wにおいて磁性細線5が磁化自由層となり、電源22Aを電極63,64に接続し、書き込むデータに対応して上向きまたは下向きに電流を供給することにより、磁化を磁化固定層54と同じ方向または反対方向とすることができる。例えば図4(b)では、電流を上部電極63から下部電極64へ、下向きに供給して、初期状態の磁化が上方向の磁性細線5を、磁化を上方向に固定した磁化固定層54と反対向きの磁化方向に反転させている。
【0037】
再生領域5rは、磁性細線5の磁化方向を検出するための領域であり、詳しくは、磁気ディスク50のデータを再生する際に、磁性細線5においてこの領域に到達している磁区(データ領域)に限定してその磁化方向を検出する領域である。再生領域5rは、再生方式に対応した細線方向長さとし、具体的には、光磁気方式であればレーザー光の波長にもよるが、長さ200nm程度以上が好ましく、磁気抵抗効果素子による磁気方式であれば長さ20nm程度以上が好ましい。また、再生領域5rは磁性細線5に格納されているデータの1つのデータ領域(磁区)の細線方向長さ(単位長さLb)以下とすることが、的確にそのデータ領域の磁化方向を検出するために好ましい(図7(a)参照)。また、磁性細線5は、再生領域5rにおける構造を再生方式に対応したものとしてもよく、例えば光磁気方式においては、磁気光学効果の大きい材料を積層したり、下に反射膜を設けてもよい(図示省略)。
【0038】
本実施形態では、図1に示すように、すべてのトラック5の再生領域5rおよび記録領域5wは、それぞれ磁気ディスク50の平面視形状である円の半径に沿った位置に設定されているが、これに限らず、前記半径以外の一本の直線または曲線に沿った位置としてもよい。いずれの場合も、磁気ディスク50のすべてのトラック(磁性細線)5において、隣り合うトラック5,5における再生領域5r,5r、記録領域5w,5wがそれぞれ互いに近接するように設けられることが好ましい。このように配置されることにより、例えば図2に示す光磁気方式の磁気再生装置1によりデータを再生される場合、1本のトラック5のデータの再生の完了後に次のすなわち隣のトラック5に移行(シーク)する際に、レーザースポットを移動させる距離を短くして時間を短縮することができる。したがって、磁気再生装置1によりデータを再生される磁気ディスク50においては、再生領域5rの位置を、光学系10(ミラー14および対物レンズ15)によるレーザースポットの移動経路に合わせたものとする。同様に、磁気方式の磁気再生装置や磁気記録装置(図示せず)により、データを再生、記録される磁気ディスク50においては、再生領域5r、記録領域5wのそれぞれの位置を、再生用の磁気ヘッド21(図7(c)参照)、記録用磁気ヘッド22(図4(a)参照)の移動経路に合わせたものとする。
【0039】
さらに本実施形態では、図1に示すように、トラック5は、再生領域5rをデータ(データ領域)移動方向の前方(電極62側)に、記録領域5wを同後方(電極61側)に、それぞれ設けている。詳しくは後記するが、本実施形態に係る磁気ディスク50は、データ領域が磁壁のシフト移動により細線方向の一方向に、電極61側から電極62側へ移動する。そのため、記録領域5wで記録されたデータはその前方の長い領域に多く格納でき、一方、再生領域5rではその後方の長い領域から移動して到達する多くのデータを再生できる。したがって、本実施形態では、再生領域5rと記録領域5wとを互いの位置を離して1箇所ずつ設けているが、これに限らず、例えば1つの領域で兼用あるいは隣接して設けてもよい。記録領域5wを図1に示す再生領域5rと同じ位置または近傍に設定した場合は、データ移動方向を反対方向として、データを逆順に記録すればよい。また、1本のトラック5が、再生領域5rおよび記録領域5wをそれぞれ複数箇所に設けていてもよく、これらの領域5r,5wの位置や数は磁気ディスク50を再生する磁気再生装置1(図2参照)の構成等に応じて設定される。
【0040】
本発明に係る磁気記録媒体(磁気ディスク)50は、磁性細線5に、図3(a)に示すように、他の領域よりも飽和磁化を高くした領域である高Ms領域5sを1箇所以上設ける。詳しくは後記するが、この高Ms領域5sは、磁性細線5において、従来の磁性細線105における括れ(図3(b)参照)と同様の効果を奏し、磁性細線5に電流を供給していない状態、例えばパルス電流における停止時に、磁壁が当該領域5sに係止される。したがって、磁壁と共に移動する磁区すなわちデータ領域の位置ズレを防止し、また再生領域5rから細線方向に所定の距離を空けた位置に設ければ、パルス電流における停止時に、常に、1つのデータ領域が再生領域5rを完全に内包する位置に到達する(図7(a)参照)ように制御されるので、的確にデータを再生できる。このような高Ms領域5sは、当該領域5s以外における磁性細線5にイオンを注入することで形成できる。磁性細線5に注入されたイオンの数が多いほど飽和磁化の低下量が大きく、相対的にイオンを注入しない高Ms領域5sの飽和磁化が高くなり、またイオン種や注入する条件によっても変化する。イオン種としては、Ga,N,O,Ar,Kr,Xe等が挙げられる。高Ms領域5sの飽和磁化は特に限定しないが、磁壁が好適に係止されるようにするために、他の領域に対して1.2〜10倍程度とすることが好ましい。
【0041】
次に、具体的に、磁性体にイオンを注入した場合の飽和磁化の変化について観察した結果を説明する。磁性体として純Feを適用し、Si基板上に厚さ100nmで成膜して、フォトリソグラフィにて幅50μm×長さ250μmの長方形を2つ交差させた十字型に形成したものを試料とした。この十字型の中央部の約10μm角の正方形領域に、Gaイオン(Ga+)を試料表面に垂直に入射して、磁性体の飽和磁化の変化を測定した。イオン照射条件は、加速電圧:31kV、電流:858pAとし、これにより、Gaイオンが面積および時間あたり1.73×109/μm2・秒で注入された。照射時間を変化させて、30秒間(イオン数:5.20×1010/μm2)、90秒間(イオン数:1.56×1011/μm2)、および0(イオン照射なし)の3種類の試料を作製した。
【0042】
試料を両面から挟むように2つのコイルを配置して、Fe膜に外部磁界をその大きさを変化させながら膜面に垂直に印加し、飽和磁化の測定に代えて、表面磁気光学カー効果測定装置(SMOKE)にてGaイオン照射領域のカー回転角を測定した。図5にカー回転角の印加磁界依存性のグラフを示す。以下の通り、印加磁界によるカー回転角の変化量を比較することにより、飽和磁化の変化率を算出することができる。
【0043】
磁性体における磁界Hによる磁化Mの変化について、H⊥Mの関係が成立すると仮定したとき、磁性体に印加されている外部磁界Hexに対して有効磁界Heffは、当該磁性体にかかる反磁界の大きさを考慮して、(Hex−NM/μ0)で表される。μ0は真空の透磁率で定数である。Nは反磁界係数であるが、試料の面積に対して膜厚が極端に小さいことから試料に垂直に磁界を印加したとき、ほぼ1(N≒1)とみなすことができる。また、強磁性体の磁化Mはほぼ飽和磁界Msとみなすことができる。したがって、(Heff≒Hex−Ms/μ0)が成立する。
【0044】
図5(a)、(b)、(c)に示すように、Gaイオン注入によってFe膜の印加磁界あたりのカー回転角が増大する。言い換えれば、同じ大きさのカー回転角を得るために要する外部磁界は減少しており、これはGaイオン照射領域における飽和磁化Msが低減したことを示す。したがって、イオン注入前の試料(図5(a))の外部磁界/カー回転角の比に対する、Gaイオン注入後の試料の比の変化率が、飽和磁化Msの変化率となる。具体的には、飽和磁化が、図5(b)の照射時間30秒間の場合はイオン注入前の62%に低下し、図5(c)の照射時間90秒間の場合はイオン注入前の60%に低下したといえる。なお、照射時間30秒間に対して90秒間としても飽和磁化の低下量の差が小さく、さらに照射時間を延長しても飽和磁化の低下は確認されず、この条件で長時間照射すると試料表面が劣化すると推測される。イオン照射条件やイオン種、磁性体材料等により、飽和磁化のさらなる低減は可能であり、飽和磁化をほぼ0とすることも可能である(非特許文献3参照)。ただし、高Ms領域5s以外の領域すなわち磁性細線5のほとんどの領域の飽和磁化を極度に低下させてしまうと、データ領域の磁化が保持されなくて再生困難となるため、磁性細線5へのイオンの注入は、再生の妨げとならない範囲で制御する。
【0045】
[磁気ディスクの製造方法]
図1および図4に示す磁気ディスク50は、例えば以下に示すように、磁性細線(トラック)5をダマシン法にて形成することで製造できる。まず、表面を熱酸化したSi基板やガラス基板等の公知の基板材料からなる基板7上に、SiO2やAl23等の絶縁膜をスパッタリング法等の公知の方法により成膜し、この絶縁膜に電子線リソグラフィおよびイオンミリングや反応性イオンエッチング(RIE)等のエッチングで磁性細線5,5,…の形状の溝を形成して絶縁層8とする。この絶縁層8の上に磁性材料をスパッタリング法等の成膜方法にて溝に堆積させた後、表面をCMP(Chemical Mechanical Polishing:化学機械研磨)等で溝内以外の磁性材料を除去して磁性細線5,5,…とする。磁性細線5の記録領域5w等に異なる材料を積層する場合は、前記磁性材料の前または後に連続して成膜する。そして、高Ms領域5sとする領域にマスクを形成して、その上から、例えば半導体装置の製造に適用されるイオン注入装置にて、イオンを照射することにより、磁性細線5にマスクによりイオンを注入されていない高Ms領域5sを形成する。なお、イオンは磁性細線5,5間の絶縁層8に注入されても問題ないため、前記マスクは、全磁性細線5に共有される一本の線状とすればよい。磁性細線5の両端の上に、電極用金属材料をスパッタリング法等により成膜、フォトリソグラフィおよびエッチング、またはリフトオフ法等により加工して、電極61,62とする。最後に、電極61,62上を除いて樹脂等(図示省略)で表面を被覆する。なお、磁性細線5の形成においては、磁性細線5を、その下地となる部分の絶縁膜(絶縁層8)を成膜した後にリフトオフ法にて形成し、その後に磁性細線5,5間に絶縁層8を堆積させてもよい。また、電極61,62を形成してから、磁性細線5に高Ms領域5sを形成してもよい。
【0046】
[磁性細線における磁壁の移動]
図6を参照して、本発明に係る磁気記録媒体(磁気ディスク)の、磁性細線での磁壁の移動における動作を説明する。本発明においては、磁気記録媒体に記録されたデータを再生するため、次のように、磁性細線にデータを記録されて形成された磁区を挟むように生成している磁壁を細線方向に移動させる。
【0047】
本実施形態においては、磁性細線5は垂直磁気異方性材料からなるものとし、その磁化方向は上または下を示すため、データ「0」は下方向の磁化、「1」は上方向の磁化として記録されているとする。図6に示す磁性細線5では、所定の単位長さLbの2つのデータ「0」、「1」が連続して記録されている。なお、「長さ」とは、別段の記載のない限り、磁性細線5の細線方向(長手方向)長さを指し、またこの方向を前後方向(図6では右左)として説明する。このとき、図6(a)に示すように、磁性細線5について、データ「0」が記録されたデータ領域である磁区D0と、その後続の(図6における左側の)データ「1」が記録されたデータ領域である磁区D1が存在する。
【0048】
磁性体において、磁区D0,D1間等の隣り合う磁区間には、両磁区を区切るように磁壁が生成される。言い換えればそれぞれの磁区は磁壁で挟まれており、磁性細線5においては、磁区D0は磁壁DW1−DW2間に、磁区D1は磁壁DW2−DW3間に形成されている。磁壁内部ではそれを挟む2つの磁区の一方の磁化方向から他方の磁区の磁化方向へと磁化が徐々に変化すなわち回転している。なお、一般的に、磁壁の長さ(厚さ)は磁性細線の幅および厚さならびにデータ長にもよるが、5〜100nm程度で、磁区に対して極めて短い(狭い)が、図6においては磁壁を模式的に拡大して示す。したがって、磁区D0,D1のそれぞれの長さLD0,LD1は、磁壁DW1,DW2,DW3の長さがない(0である)ものとして示され、図6(a)においては、LD0=LD1=Lbである。
【0049】
磁性細線5の断面積をS、飽和磁化をMsとし、単位長さLbのデータ「0」、「1」が記録されたデータ領域すなわち磁区D0,D1の有する磁気モーメントを+m,−mで表したとき、下式(1)の関係が成立している。なお、磁性体において、磁区のそれぞれの磁気モーメントは、当該磁性体の外部から磁場が印加されない限り、向き、大きさ共に保存される。
【数1】

【0050】
この磁性細線5に、図6(a)に示すように、その両端の電極61,62により、後方向(図6では左方向)に電流を供給して、前方向に電子を注入する。詳しくは、例えば磁気再生装置1の電流供給部30(図2参照)にて、電極61を「−」、電極62を「+」とすることで、電極62から電極61へ電流Iを供給する。すると、電子スピンのトルクに影響されて、磁壁DW1,DW2,DW3がそれぞれ前(図6では右)へ移動して、図6(b)に示す状態となる(以下、このような変化を、図6(a)→(b)と表す)。それに伴い、これらの磁壁DW1,DW2,DW3に挟まれた磁区D0,D1もそれぞれ前へ移動する。
【0051】
供給した電流Iの電流密度をJとし、この電流Iを単位時間Δt供給したときの磁壁の移動距離をΔlとする。このとき、磁区D0,D1間の磁壁DW2が移動する前後の磁気モーメントの変化量Δm(=|−m−(+m)|)は、磁壁DW2が通過したために磁化方向が反転したので下式(2)で表すことができる。
【数2】

【0052】
一方、電流Iを単位時間Δt供給したことにより磁性細線5に注入された電子の数neは、下式(3)で表すことができる。式中のeは素電荷である(e≒1.6×10-19C)。
【数3】

【0053】
式(3)より、前記電流供給による磁気モーメントの変化量Δmは、磁性細線5のスピン分極率をpとしたとき、磁化方向が反転するので下式(4)で表すことができる。式中のμBはボーア磁子である。
【数4】

【0054】
(2μB/e)は定数であり、スピン分極率p、断面積Sは、それぞれ磁性細線5の材料、幅および厚さで決定される。したがって、磁性細線5における磁気モーメントの変化量Δmは電流密度Jに依存し、さらに式(2)から、磁壁DW2の移動距離Δlも電流密度Jに依存する。
【0055】
また、磁壁DW2の移動速度(磁壁速度)vは(Δl/Δt)で表すことができる。ここで、式(2)、(4)から下式(5)の関係が成立し、さらにこれを変形すると、磁壁速度vは下式(6)で表すことができる。
【数5】

【0056】
式(6)より、磁性細線5に一定の電流Iを供給したときの磁壁DW2の移動速度vは一定である。したがって、図6(a)→(b)に示すように、磁壁DW2,DW3は、それぞれ同じ磁壁速度vで移動、すなわち移動距離が同じなので、これらの磁壁DW2,DW3に挟まれた磁区D1も、同じ距離を移動し、またその長さLD1は変化しない(LD1=Lb)というシフト移動を行う。このように、幅および厚さを一様に形成された磁性細線5において、データ領域である磁区のすべてを、一定の電流を供給する時間を制御することで、任意の距離を移動させることが可能である(非特許文献1参照)。
【0057】
次に、図6(a)→(b)における磁壁DW1の移動について説明する。図6(a)において、磁性細線5は、磁区D0の磁壁移動方向前方(以下、単に前方という。)に、飽和磁化が磁性細線5における他の領域の飽和磁化Msよりも相対的に高い高Ms領域5sが設けられている。具体的には、高Ms領域5sの飽和磁化をβMsとする。なお、βは定数である(β>1)。また、高Ms領域5sの長さLsは、データの単位長さLbに対して十分に小さい。図6(a)→(b)において、磁壁DW1はこの高Ms領域5s内を移動する。前記式(6)より、磁性体における一定の電流供給による磁壁速度は、当該磁性体の飽和磁化に反比例する。したがって、高Ms領域5sにおける磁壁DW1の移動速度は(v/β)で表すことができ、磁性細線5において同時に移動している磁壁DW2,DW3の移動速度vに対して1/βと遅くなる。高Ms領域5sを移動するときの磁壁DW1の移動速度をvLow(=v/β)とする。
【0058】
図6(a)→(b)において、磁壁DW1,DW2に挟まれた磁区D0は、後方の磁壁DW2が磁壁速度vで移動するのに対し、前方の磁壁DW1はそれよりも低速の磁壁速度vLowで移動するため、共に移動しつつその長さLD0が収縮する。この、磁区D0が、高Ms領域5sに到達してその一部または全体を含んでいるときの収縮した長さLD0は、次の通りである。高Ms領域5sの長さLsのうちの比x(0<x≦1)が磁区D0に含まれているとする。なお、x=1のとき、磁区D0は高Ms領域5sの全体を含んでいる。すなわち、磁区D0のうちの長さ(x×Ls)が飽和磁化βMsの高Ms領域5sに存在し、それ以外は飽和磁化Msの領域に存在する。そして、高Ms領域5sにおいても断面積は同じSであり、前記したように磁区D0の磁気モーメントmは保存されて一定であるので、前記式(1)より、高Ms領域5s外に存在する磁区D0の部分の長さは(Lb−x×Ls×β)である。したがって、磁区D0の長さLD0は、当該磁区D0が高Ms領域5sに到達しているときには下式(7)で表すことができる。
【数6】

【0059】
さらに電流Iを供給すると、図6(b)→(c)→(d)に示すように、磁壁DW1,DW2,DW3はさらに前へ移動する。このとき、磁壁DW1は高Ms領域5sを通り過ぎて、磁壁DW2と同じ磁壁速度vで移動するため、磁区D0は収縮した状態を維持して右に移動する。そして、図6(d)の段階で、磁壁DW2が高Ms領域5sに到達する。したがって、さらに電流Iを供給すると、図6(d)→(e)に示すように、磁壁DW2が高Ms領域5s内を磁壁速度vLowで移動し、一方、磁壁DW1,DW3は磁壁速度vで移動する。その結果、図6(e)上段に示すように、今度は磁区D1が収縮し、一方、磁区D0は伸長してその長さLD0が回復する(LD0=Lb)。
【0060】
このように、1本の磁性細線5に、その細線方向に区切られた領域に飽和磁化の異なる領域(高Ms領域5s)を設けても、飽和磁化の変化に応じて、磁壁の移動速度が変化し、かつ磁区が細線方向に伸縮するため、磁性細線5の全体として、磁壁はシフト移動を保持する。したがって、一定の電流供給による、磁性細線5のある特定の位置におけるデータ領域の移動速度は一定である。
【0061】
次に、供給していた電流を停止した時の磁性細線5における動作について説明する。図6(e)上段において、磁壁DW2は高Ms領域5sから退出する直前の、高Ms領域5s内外の界面に到達している。この界面辺りにおいては、磁性細線5の飽和磁化が高Ms領域5sのβMsから高Ms領域5s外のMsへと細線方向に沿って漸減する勾配を形成している。前記したように、磁壁内ではそれを挟む2つの磁区の一方の磁化方向から他方の磁区の磁化方向へと磁化が徐々に回転している。そして、電流を停止した(電子を注入されていない)磁性細線5の磁壁においては、磁化が磁化容易軸である上方向または下方向の近い方になるべく回転しようとする。しかし、磁壁を挟んだ両側で磁化が上方向と下方向とに異なるために、この両側のそれぞれの近傍の磁化は、互いに反対方向へ回転しようとすることになり、通常は、磁化が回転することなく平衡を保っていることで磁壁は静止している。図6(e)上段における磁壁DW2については、その両側(前後)の磁区D0,D1のそれぞれの近傍の領域の磁化を比較すると、後方の磁区D1寄りの磁化の方が飽和磁化が高いために回転し難い。したがって、電流を停止すると、磁壁DW2は、より回転し易い磁区D0寄りの磁化が回転して磁区D0と同じ下方向になることで磁区D0側から磁区D1側へ移動、すなわち電流Iの供給時とは逆方向に移動(後退)する。このような電流供給を停止した状態で磁壁が移動することを「自発的に移動する」という。そして、磁壁DW2は、両側の飽和磁化が等しくβMsとなる高Ms領域5sの中央部に到達すると、磁化が回転することなく平衡になって静止する(図6(e)下段)。この磁壁DW2の静止位置に合わせて、磁区D0,D1がそれぞれの磁気モーメント+m,−mを保持する長さLD0,LD1(式(7)参照)となるように、磁壁DW1,DW3も移動(後退)してから静止する。
【0062】
このように、磁性細線5において、細線方向に区切られた局所的に飽和磁化の高い領域である高Ms領域5sを設けると、高Ms領域5s内外の界面に磁壁が到達した状態で電流を停止した場合、磁壁が高Ms領域5sに係止されるように、自発的に移動してから静止する。そして、この磁壁の自発的な移動に合わせて、他の磁壁も移動する、すなわちシフト移動を行う。磁壁の自発的な移動は図6(e)に示すような後方への移動に限らず、例えば図6(a)に示すように、磁壁DW1が高Ms領域5sに進入し始めた位置で電流を停止すれば、磁壁DW1は前へ自発的に移動して高Ms領域5sに係止される。また、図6(c)に示すように、磁壁DW2が高Ms領域5sから十分に離れている状態で電流を停止しても、両側の飽和磁化がMsで釣り合っているので、自発的には移動しない。
【0063】
磁壁が自発的に移動するのは、高Ms領域5s内外の界面辺りの飽和磁化が勾配を形成する領域に限られ、このような領域において飽和磁化のより高い方へ移動して、高Ms領域5sにおける飽和磁化の勾配のない領域まで到達して静止する。したがって、磁壁の係止する位置をより精度よく制御するためには、高Ms領域5sの細線方向長さLsは、磁壁の長さ(厚さ)以上、かつ磁壁に対して長過ぎない、具体的には1〜10倍とすることが好ましく、これは磁性細線5の幅の1/10〜2倍程度に相当し、10〜500nm程度の範囲である。また、高Ms領域5sの飽和磁化は、他の領域との差が小さいと、界面辺りの飽和磁化の勾配が不十分で磁壁が自発的に移動せず、反対に差が大き過ぎると、飽和磁化の勾配が急峻になって、磁壁の電流供給による移動において高Ms領域5s内から退出し難くなる虞があり、電流密度Jを高くする必要が生じる。したがって、高Ms領域5sの飽和磁化は、パルス電流により磁性細線5を磁壁(データ領域)が好適に移動するように、前記したように他の領域の飽和磁化の1.2〜10倍程度の範囲で設定する。
【0064】
前記したように、磁性細線5において、磁区すなわちデータ領域は、当該磁性細線5に電流を供給されることで細線方向に沿って移動するので、この細線方向に連続して格納されたデータは、再生領域5rでは順番に入れ替わることになる。そして、電流を供給する時間を制御することで、任意の距離を移動させることが可能である。そこで、データ領域を高Ms領域5s外(飽和磁化Msである領域)で単位長さLbの距離を移動させる時間をパルス幅tH(tH=Lb/v)とするパルス電流を磁性細線5に供給することにより、データ領域を単位長さLb刻みですなわち1データずつ断続的にシフト移動させることができる。そして、磁性細線5に細線方向に区切られた領域である高Ms領域5sを設けることにより、パルス電流における電流停止時に、その直前に高Ms領域5sからずれた位置に到達した磁壁が高Ms領域5sまで自発的に移動して係止され、さらにこの移動に合わせて磁性細線5の全データ領域がシフト移動する。したがって、磁性細線5に記録された一連のデータにおける「0」、「1」の切り替わりすなわち磁壁が、高Ms領域5sを通過する度に、データ領域の微小な位置ズレが補正される。そのため、磁性細線5において、補正できないほどにデータ領域の位置が大きくずれることがない。そして、磁性細線5において電流停止時に高Ms領域5sで磁壁が係止されることで、磁性細線5の他の領域において、電流停止時には常に磁壁が到達していない領域が形成されることになる。このような領域を再生領域5rに設定することにより、パルス電流における電流停止時には常に再生領域5rの全体にデータ領域の1つが到達しているように、容易に制御することができる。
【0065】
例えば、図7(a)に示すように、再生領域5rから1データ領域分(単位長さLb)の距離を空けた後方(図7における左)に高Ms領域5sを設けることで、電流停止時に、m+1番目のデータ領域とm+2番目のデータ領域の間の磁壁DWが高Ms領域5sにて位置を補正されるので、m番目のデータ領域が再生領域5r内に精度よく到達した状態で静止する。再生領域5rは少なくとも磁気ディスク(磁気記録媒体)50の再生方式に対応した長さが必要であるものの、さらにデータ領域の位置ズレを想定した余裕を設けて単位長さLbを長くする必要がないので、単位長さLbを再生領域5r近くまで短くしてデータを格納することが可能となる。その結果、磁気ディスク(磁気記録媒体)50をより大容量化することができる。なお、再生領域5rと高Ms領域5sとの間隔は特に規定せず、静止時のデータ領域の位置を制御可能であればよく、0から数データ領域分の間隔とすることが好ましい。例えば図7(c)に示すように、再生領域5rが2つの連続したデータ領域を跨ぐ領域に設定されている場合は、これらのデータ領域の境界(磁壁)が再生領域5rの中心に到達して静止するように、高Ms領域5sの位置を設定する。また、磁性細線5において、高Ms領域5sは2箇所以上形成してもよく、また再生領域5rから離れた箇所、例えば記録領域5wの近傍に形成してもよい。
【0066】
また、磁性細線5における高Ms領域5sの磁壁の係止効果は、高Ms領域5sの内外の界面辺りの飽和磁化の勾配によるものであるので、磁性細線5は、高Ms領域5s外のすべての領域にイオンを注入して飽和磁化を低くしなくてもよい。図7(b)に示すように、細線方向長さLsの間隔を空けて2箇所の低Ms領域5e,5eを形成することで、低Ms領域5e,5eに挟まれた領域が、当該領域の近傍に対して相対的に飽和磁化の高い高Ms領域5sとなる。磁性細線5を形成する磁性材料の磁気特性等から、磁壁を係止させる箇所以外であるほぼ全体にイオン注入にて飽和磁化を低くすることが望ましくない場合、このように細線方向に区切られて限定された領域である低Ms領域5e,5eを形成してもよい。なお、図6を参照して説明した通り、磁区は飽和磁化の高い領域では収縮するので、反対に低Ms領域5eに到達しているデータ領域は伸長する。
【0067】
低Ms領域5eの細線方向長さは、図7(b)においては単位長さLbよりも短く、伸長したデータ領域よりも十分に短いが、反対に伸長したデータ領域よりも長くてもよく、特に規定しない。ただし、低Ms領域5eの高Ms領域5sに隣接しない側の界面辺りも飽和磁化が勾配しているため、電流停止時に低Ms領域5eの内外の界面辺りに、特に低Ms領域5eの内側寄りに磁壁が到達していた場合、この磁壁は低Ms領域5eの外へ自発的に移動しようとする。例えば、低Ms領域5eの細線方向長さが伸長したデータ領域と同程度であると、電流停止時に1つの磁壁が低Ms領域5eの一方の界面の内側寄りに到達し、同時に他方の界面の外側寄りに別の磁壁が到達している場合が生じる。そして、界面の内側寄りの磁壁は低Ms領域5eの外へ移動しようとしても、界面の外側寄りの磁壁はこの箇所に静止しようとして、2つの磁壁の自発的移動が相反するものとなり、飽和磁化の勾配の程度の微小な差に影響される等、磁壁の係止効果が不安定となる。したがって、2以上の磁壁が相反する自発的移動をしないように、例えば低Ms領域5eの高Ms領域5sに隣接しない側の界面が、電流停止時に磁壁が到達している位置から十分に離れているように設計することが望ましい。
【0068】
なお、パルス電流における電流の停止時間tLは、再生方式に対応して磁化方向の検出に要する時間以上に設定すればよい。電流の大きさ|I|については、磁性細線5の断面積Sあたりの電流密度Jを大きくすると磁壁速度vが速くなるので、磁性細線5の幅と厚さ、および再生速度に基づいて設定し、磁壁移動方向と逆の一定の向きに電流を供給するため正または負のいずれかの直流とする。具体的には、電流密度J:105〜1013A/m2、パルス幅tH:1ps〜10μs、停止時間tL:10ps〜10μsの範囲で調整することが好ましい。また、データ領域を1データ長Lb移動させるために、パルス幅tHの時間1回の電流供給に限らず、2回以上の所定回数の電流供給で、電流の停止を挟んで断続的に移動させてもよい。
【0069】
磁気記録媒体にデータを記録する場合も、再生と同様に磁性細線にパルス電流を細線方向に供給することにより、当該磁性細線の細線方向に連続してデータを記録できる。図4においては、磁性細線5の初期状態の磁化方向は上向きであり、これは初期データとして「1」が記録された状態である。磁性細線5に初期データ「1」とは異なるデータ「0」を記録することにより、図4(a)、(b)に示すように記録領域5wに下向きの磁区が形成され、磁性細線5にこの磁区を挟む磁壁DW,DWが生成する。したがって、記録した後に電流をパルス幅tHの時間供給することで、前記データ「0」を記録された領域を磁壁DWと共に単位長さLbの距離をシフト移動させ、同時に、新たに初期状態の領域を記録領域5wに到達させることができる。そして、データの記録においては、パルス電流における電流の停止時間tLは、記録方式に対応して、磁性細線5の所望の方向への磁化(磁化反転)に要する時間以上に設定すればよい。なお、ここでは記録領域5wは単位長さLbよりも細線方向長さが長い。したがって、直前にデータを記録されたデータ領域(磁区)の一部が記録領域5wに残留するが、記録領域5wに次のデータを記録することで、前記データ領域の長さが単位長さLbに短縮される。このように、記録領域5wの長さに関係なく、記録されるデータ領域はパルス電流のパルス幅tHに対応する単位長さLbに格納される。また、データを記録する場合も、2回以上の所定回数の電流供給で単位長さLbを移動させてもよい。
【0070】
以上のように、本発明に係る磁気記録媒体は、イオン注入により磁性細線に局所的に飽和磁化の高い領域を形成することにより、当該領域が、磁性細線を加工してなる括れ(図3(b)参照)と同じ磁壁を係止する効果を有し、データの再生等における磁性細線でのデータ移動ズレによる誤動作を防止できる。
【0071】
次に、前記本発明に係る磁気記録媒体に記録されているデータを再生するための磁気再生装置および磁気再生方法の実施形態を説明する。
【0072】
[磁気再生装置:光磁気方式]
本発明に係る磁気再生装置について、図2を参照して説明する。磁気再生装置1は、本発明に係る磁気ディスク(磁気記録媒体)50(図1参照)を搭載し、この磁気ディスク50に記録されたデータを光磁気方式で再生する装置である。磁気再生装置1は、さらに、磁気ディスク50の表面(上面)の所定の領域に入射光を照射する光学系(照射手段)10と、入射光が磁気ディスク50で反射した出射光の偏光の向きを検出する検出部(光検出手段)20と、磁気ディスク50のトラック(磁性細線)5にパルス電流を供給する電流供給部(電流供給手段)30と、これらを制御する制御部(選択手段、データ再生手段)40と、を備える。
【0073】
磁気再生装置1は、現行の光磁気方式による磁気ディスク(光磁気ディスク)の再生と同様に、磁気ディスク50のトラック5に光を入射して、この光が磁気光学効果によりトラック5の磁化方向に対応して偏光の向きを回転させて(旋光して)反射して出射した光(出射光)について、偏光の向きを検出することでデータを再生する。したがって、光学系10および検出部20については、現行の光磁気方式の磁気再生装置に適用されているものと同様の構成とすることができる。ただし、磁気再生装置1は、現行の磁気再生装置と異なり、スピンドルモータのような磁気ディスクの回転駆動機構を要せず、その代わりに電流供給部30を備える構成である。また、磁気再生装置1において、磁気ディスク50は、現行のDVD(Digital Versatile Disc)再生装置のように交換可能としても、現行のHDD装置と同様に内蔵としてもよい。また、本実施形態においては、磁気ディスク50の表面(上面)を光の入射/出射面とし、上方が光の入射/出射方向である。
【0074】
光学系10は、レーザー照射装置11、ならびにこれに光学的に接続されてレーザー光を所定のスポット径に縮小または拡大する1枚以上のレンズ(図2においては2枚のレンズからなるレンズ群12)、特定の向きの偏光を遮光する偏光子(偏光フィルタ、図示省略)、そしてこの偏光子を透過した光をさらに透過するハーフミラー13、磁気ディスク50表面の所望の位置へ照射するためのミラー14、および光の入射する領域(レーザースポット)を絞る対物レンズ15で構成される。一方、検出部20は、磁気ディスク50で反射した出射光を撮像する撮像装置(図示省略)を備える。なお、磁気ディスク50からの出射光は、ハーフミラー13に反射して、入射光と異なる光路を進行して検出部20に入射する。レーザー照射装置11は、所定波長(例えば500nm)のレーザー光を照射する装置である。ミラー14および対物レンズ15は、磁気ディスク50の径方向に沿って移動可能で、レーザースポットを、再生しようとするデータを記録されているトラック5の所定の領域上に移動させる。この所定の領域は、当該トラック(磁性細線)5の磁化方向を検出するための予め指定された位置の領域である。磁化方向を検出するための予め指定された位置の領域とは、磁気記録媒体(磁気ディスク)50の実施形態より、再生領域5r(図1参照)が該当し、位置が指定されていることから、搭載または内蔵した磁気ディスク50において光を入射される既定の領域である。前記実施形態(図7(a)、(b)参照)において説明したように、再生領域5rは、高Ms領域5sの位置に対応して、磁性細線5への電流停止時には常にその全体にデータ領域の1つが到達しているような位置の領域に設定されている。検出部20の撮像装置としては、CCDカメラやフォトダイオード等の、光を検出可能で、1データの再生速度より速い時間分解能の光検出器であれば適用できる。
【0075】
電流供給部30は、磁気ディスク50の各磁性細線(トラック)5の両端に設けられた電極61,62(図1参照)に接続して、パルス電流を磁性細線5へ細線方向に供給する。電流供給部30は、例えば磁気ディスク50のすべての磁性細線5の電極61,62のそれぞれに接続する端子と、端子毎のスイッチを備えて、パルス電流を供給する磁性細線5に限定して電気的に接続する構成とすることができる(図示省略)。このパルス電流により、磁性細線5中を、データ領域である磁区が磁壁と共に当該磁性細線5の長さ方向に沿って断続的に移動するので、磁性細線5において不動の再生領域5rには、データ領域が順番に進入しては退出する。したがって、磁気再生装置1は、磁気ディスク50それ自体を回転駆動する機構を必要とせず、光学系10についても、トラック5毎に1箇所すなわち再生領域5rに照射できればよい。制御部40は、磁気ディスク50からデータを再生する磁性細線5を選択し、それに合わせて電流供給部30にパルス電流を供給する磁性細線5を指示し、かつ光学系10のミラー14等を移動させる。さらに制御部40は、電流供給部30が供給するパルス電流の周期に同期して検出部20に出射光の偏光の向きを検出させて、この偏光の向きをデータとして再生する。
【0076】
[磁気再生方法]
次に、本発明に係る磁気再生装置(図2参照)による磁気ディスクの再生方法を説明する。本実施形態においては、任意の1本のトラック(磁性細線)を再生するものとして説明する。本発明に係る磁気再生方法は、選択工程および再生工程を必要に応じて繰り返し、また、光磁気方式にて磁性細線から出射した光の偏光の向きを検出してこの偏光の向きをデータとして再生する。
【0077】
(選択工程)
選択工程では、制御部40が、磁気ディスク50のトラック(磁性細線)5,5,…から、後続の再生工程にて再生しようとするデータが格納されている1本のトラック5を選択する。選択するトラック5は、例えば1回目の選択工程であれば、磁気ディスク50の最外周のトラック5を選択するように、また2回目以降であれば、直前の再生工程にて再生されたトラック5に隣り合う内周側の1本を選択するように設定されていてもよい。あるいは磁気再生装置1外部からの操作により、任意のトラック5を選択できるように設定されていてもよい。選択工程においてデータを再生しようとするトラック5が選択されると、制御部40が光学系10のミラー14および対物レンズ15を移動させてレーザースポットが当該トラック5の再生領域5rに照射されるようにする。さらに、制御部40は、電流供給部30を、このトラック5にパルス電流を供給するように当該トラック5の電極61,62に接続させ、再生工程に移行する。
【0078】
(再生工程)
再生工程では、選択工程で選択された磁気ディスク50のトラック(磁性細線)5に、電流供給部30がパルス電流を細線方向に供給して、磁壁と共にデータ領域を断続的に移動させながら(電流供給処理)、光学系10がこのトラック5の再生領域5rにレーザー光を1つの向きの偏光の光として照射する(照射処理)。そしてトラック5で反射した出射光の偏光の向きを検出部20が検出し(光検出処理)、パルス電流における電流の停止時に検出した出射光の偏光の向きを、制御部40が「0」または「1」のデータに変換して再生する(データ再生処理)。
【0079】
(再生工程:電流供給処理)
電流供給部30は、トラック5の電極61,62に接続されて、正または負のいずれかの直流の一定の電流およびパルス周期のパルス電流を当該トラック5に供給する。このパルス電流により、トラック5においてデータ領域が断続的にシフト移動する。データ領域の移動については、前記磁気ディスク50の磁性細線5における磁壁のシフト移動(図6参照)として説明した通りであるので、説明を省略する。
【0080】
(再生工程:照射処理)
光学系10において、レーザー照射装置11から照射されたレーザー光は、レンズ群12により所定のスポット径の平行光となり、図示しない偏光子を透過して、1つの偏光成分の光の入射光となる。さらに、この入射光は、ハーフミラー13を透過して直進し、ミラー14で反射して、対物レンズ15で集光されて、選択されたトラック(磁性細線)5の再生領域5rに向けて照射される。入射光は、対物レンズ15にて集光されて再生領域5rの大きさに縮径されて当該磁性細線5の再生領域5rに入射し、反射して、再び対物レンズ15を透過して出射光となる。したがって、図7(a)に示すように、本実施形態において、再生領域5rは、対物レンズ15で縮径可能なレーザー光(入射光)のスポット径以上の細線方向長さに設定する。
【0081】
(再生工程:光検出処理)
出射光は、入射光と同じ光路を逆方向に進行してミラー14で反射するが、ハーフミラー13でも反射することで、検出部20に入射する。この出射光は、磁性細線5で反射した際に、磁気光学カー効果により偏光の向きが回転(旋光)した光となる。さらに、磁性細線5の反射した(照射された)領域の磁化方向が上向きか下向きかによって回転が互いに反対の向きとなる。すなわち、出射光は、磁性細線5の再生領域5rにおける磁化方向により、偏光の向きが異なるものとなる。したがって、検出部20により出射光の偏光の向きを検出することで、反射した時点の磁性細線5の再生領域5rに到達しているデータ領域(図7(a)、(b)ではm番目のデータ領域)が、下向き、上向きのいずれの磁化方向の磁区であるか、すなわち「0」、「1」のいずれのデータを記録されているかが判別できる。偏光の向きの検出方法としては、公知の光磁気方式による再生に適用される差動方式が挙げられる。また、出射光の光路上(例えばハーフミラー13と検出部20との間)に、光学系10に備えたものとは別の偏光子を配置して(図示せず)、一方の向きに旋光した出射光のみがこの偏光子に遮光されて検出部20に入射しないように構成してもよい。
【0082】
(再生工程:データ再生処理)
検出部20は、照射された出射光を、磁性細線5においてデータ領域が静止するタイミングで、すなわち電流供給部30によるパルス電流における電流停止時に、光電変換にて撮像(検出)する。このとき、制御部40が電流供給部30および検出部20を制御することで、検出部20による撮像のタイミングを合わせる。制御部40は、検出部20が光を撮像した場合と撮像しなかった場合とで、再生データを「0」または「1」として認識して信号化し、得られた信号を磁気再生装置1外部に出力して、映像、音声等の情報として再生する。
【0083】
このように、磁気再生装置1は、トラック(磁性細線)5中を、データ領域を移動させながら、所定の領域として再生領域5rから光の偏光の向きを検出する。そして、当該トラック5に格納されたすべてのデータを再生したら、パルス電流の供給を停止して再生工程を完了し、再び選択工程にて新たなトラック5を選択する。さらに磁気ディスク50のすべてのトラック5のデータの再生を完了したら、磁気ディスク50の再生を完了する。
【0084】
以上のように、本発明に係る磁気再生装置および磁気再生方法によれば、電流供給処理のパルス電流における電流停止時に、トラック(磁性細線)5において高Ms領域5sに磁壁が係止されることでデータ領域の微小な移動ズレが自動的に補正される(図6(e)参照)。そのため、再生領域5rにおいて再生エラーに至るようなデータ領域の位置ズレが生じることなく、電流停止時には常に、再生領域5rの全体に1つのデータ領域が到達しているので、的確にデータを再生できる。
【0085】
(磁気再生装置の変形例)
磁気再生装置1においては、磁気ディスク50から1本のトラック5を選択してデータを再生しているが、磁気ディスク50の隣り合う2本以上のトラック5の再生領域5rを内包する1つのレーザースポットを照射することで、これらのトラック5について、並行してデータを再生することができる。ここでは、変形例として、磁気ディスク50から隣り合う4本のトラック5を選択してこれらのデータを同時に再生する磁気再生装置について、図8を参照して説明する。図8においては、入射光と出射光(反射光)のそれぞれの光路を識別し易くするためにレーザー光を傾斜させて入出射するように示し、またミラー等は省略する。この磁気再生装置は、図2に示す磁気再生装置1と同様に、光学系10、検出部20、電流供給部30、および制御部40を備える。また、磁気ディスク50の構成は前記と同様である(図1参照)が、一連のデータがトラック5の4本ずつで並列して記録されている。本変形例では、光学系10(図2参照)において、対物レンズ15は用いず、レンズ群12にてレーザー光を磁気ディスク50に照射するスポット径の平行光とする。
【0086】
本変形例の磁気再生方法は、制御部40が選択工程にて隣り合う4本のトラック5を選択し、電流供給処理にて電流供給部30がこれらのトラック5を同じタイミングでデータ領域を移動させながら、照射処理にて4本のトラック5の再生領域5rを内包する領域に光学系10からレーザースポットを照射する。この照射された1条のレーザー光(平行光)の磁気ディスク50での反射光(出射光)には、4本のトラック5のデータ領域のデータが含まれる。ただし、レーザースポットは円形であるので、出射光には各トラック5における再生領域5rの前後のデータ領域のデータも含まれる。そのため、検出部20にて磁気ディスク50からの出射光が入射した領域で区分けする等して再生領域5rからの出射光を検出し(図8中の検出領域)、制御部40がトラック5毎に信号化する。このような方法によれば、隣り合う2本以上のトラック5に1条のレーザー光を照射すればよいので、磁気再生装置は1つの光学系10を備えればよい。
【0087】
また、前記したように、トラック(磁性細線)5に形成した高Ms領域5sにより、データ領域の微小な移動ズレは自動的に補正される。そのため、並行して再生する2本以上のトラック5同士でのデータ長の差が例えば記録時における誤差程度の微小なものであれば、パルス電流における電流停止時に、これらのトラック5のすべてについてデータ領域の位置が自動的に揃えられる。したがって、電流供給部30は、同時に選択したそれぞれのトラック5に独立したパルス電流を供給して、トラック5毎にデータ領域の移動距離や移動速度を制御する必要がなく、構造を簡素化できる。具体的には、電流供給部30に並行して再生するトラック5の電極61,62を並列に接続して共通のパルス電流を供給すればよい。そして、このように2以上のトラック5を並行して再生すれば、同時に多数台の磁気再生装置を稼動することなく、さらなる高密度データの再生が可能となる。
【0088】
[磁気再生装置:磁気方式]
本発明に係る別の磁気再生装置について説明する。光磁気方式の前記磁気再生装置1(図2参照)と同一の要素については同じ符号を付し、説明を省略する。磁気再生装置(図示省略)は、磁気ディスク(磁気記録媒体)50を搭載し、そのトラック(磁性細線)5の磁化方向を検出するための予め指定された位置の領域である再生領域5rにおける磁化方向を検出する検出部(磁気検出手段)20A(図7(c)参照)と、磁気ディスク50のトラック5にパルス電流を供給する電流供給部(電流供給手段)30と、これらを制御する制御部(選択手段、データ再生手段)40と、を備える。
【0089】
磁気再生装置は、現行の磁気ディスクの再生と同様に、GMR素子やTMR素子のような磁気抵抗効果素子からなる磁気ヘッド21を備える検出部20Aにより、磁気ディスク50のトラック5の磁気ヘッド21が対向する領域における磁化方向を検出する。検出部20Aは、図7(c)に示すように、磁気ヘッド21の一対の電極(図示省略)に接続して磁気ヘッド21に電流を供給する電源、および電流計をさらに備える。磁気ヘッド21は、磁気ディスク50のすべてのトラック5の各1箇所すなわち再生領域5rに対向できるように、アーム(図示省略)で支持されて移動可能に備えられる。再生領域5rのトラック(磁性細線)5における位置は、磁気記録媒体(磁気ディスク)50の実施形態において説明した通りである。したがって、磁気再生装置は、図1に示す磁気ディスク50のように、その平面視形状の円の半径上に再生領域5rが配置されている場合、この半径に沿った直線方向に磁気ヘッド21を移動可能であればよい。このように、磁気再生装置は、磁気ディスクの回転駆動機構を備えない代わりに電流供給部30を備えること以外は、現行の磁気方式の磁気再生装置と同様の構成である。磁気ヘッド21と共に磁極からなる記録用磁気ヘッド22(図4(a)参照)のような書込手段をさらに備えて、データの記録を行うこともできる磁気記録再生装置としてもよい。
【0090】
[磁気再生方法]
本発明に係る磁気再生装置による磁気ディスクの再生方法を説明する。本実施形態においては、前記した光磁気方式の磁気再生装置による磁気ディスクの再生方法と同様に選択工程および再生工程を必要に応じて繰り返し、磁気方式にて磁性細線の磁化方向を検出する。
【0091】
(選択工程)
選択工程では、制御部40が、磁気ディスク50のトラック(磁性細線)5,5,…から1本のトラック5を選択する。本実施形態では、トラック5が選択されると、制御部40がアームを駆動して、このトラック5の再生領域5rに対向する位置に検出部20Aの磁気ヘッド21を移動させる。そして、制御部40は、電流供給部30を、このトラック5にパルス電流を供給するように当該トラック5の電極61,62に接続させ、再生工程に移行する。
【0092】
(再生工程)
再生工程では、選択工程で選択された磁気ディスク50のトラック(磁性細線)5に、電流供給部30がパルス電流を細線方向に供給して、磁壁と共にデータ領域を断続的に移動させながら(電流供給処理)、検出部20Aがこのトラック5の再生領域5rにおける磁化方向を検出し(磁気検出処理)、パルス電流における電流の停止時に検出した磁化方向を、制御部40が「0」または「1」のデータに変換して再生する(データ再生処理)。したがって、光磁気方式による磁気再生方法と同様に電流供給処理を行い、一方、照射処理は行わず、また光検出処理に代えて磁気検出処理を行う。電流供給処理は、前記した通りであるので説明を省略する。以下、磁気検出処理について説明する。
【0093】
(再生工程:磁気検出処理)
現行の磁気ディスクと同様に、図7(c)に示すように、検出部20Aの磁気ヘッド21として例えばGMR素子が、対向する再生領域5rにおける磁性細線5のデータ領域(磁区)からの漏れ磁界によりその磁化自由層が磁化されることで、このGMR素子の抵抗が変化する。検出部20Aに備えられた電流計にて電流値を測定して、例えば予め設定された閾値に基づき漏れ磁界の向きを判定して再生領域5rにおける磁性細線5の磁化方向を検出する。したがって、再生領域5rは、磁気ヘッド21(GMR素子)で検出可能な漏れ磁界が得られる細線方向長さに設定する。本発明に係る磁気再生方法は、現行の磁気ディスクと異なり磁気ディスク50が高速回転しないため、磁気ヘッド21が磁気ディスク50から浮き上がることがなく、表面に接触した状態であるので、より微小な漏れ磁界を検出可能である。
【0094】
(再生工程:データ再生処理)
光磁気方式による磁気再生方法におけるデータ再生処理と同様に、制御部40は、パルス電流における電流の停止時に、検出した磁化方向から再生データを「0」または「1」として認識して、信号化する。
【0095】
このように、磁気方式による再生においても、光磁気方式と同様に、トラック(磁性細線)5中を、データ領域を移動させながら、所定の領域として再生領域5rから磁化方向を検出する。そして、トラック5に格納されたすべてのデータを再生したら、パルス電流の供給を停止して再生工程を完了し、再び選択工程にて新たなトラック5を選択する。
【0096】
以上のように、本発明に係る磁気再生装置および磁気再生方法によれば、光磁気方式による再生と同様に、再生領域5rにおいて再生エラーに至るようなデータ領域の位置ズレが生じることなく、電流停止時には常に、再生領域5rの全体に1つのデータ領域が到達しているので、磁気ヘッド21により的確にデータを再生できる。
【0097】
(磁気再生装置の変形例)
本実施形態においては、磁気ディスク50から1本のトラック5を選択してデータを再生しているが、磁気方式による磁気再生装置についても、例えば異なる2本のトラック5,5の再生領域5rに対向させることができる2つの磁気ヘッド(磁気抵抗効果素子)21,21を備えて、それぞれの磁気ヘッド21の電流値を並行して測定できる構成の検出部20Aとすれば、2本のトラック5,5を並行して再生できる(図示省略)。
【0098】
以上のように、本発明に係る磁気記録媒体の再生においては、この磁気記録媒体の磁性細線に形成した高飽和磁化領域に対応した位置を、当該磁性細線の磁化方向を検出するための再生領域に指定することで、データを的確に高速再生することができる。
【0099】
磁性細線にイオン注入することで形成された飽和磁化の高い細線方向に区切られた局所的な領域は、磁性細線の括れ(ノッチ)と同じ磁壁を係止する効果を有する。したがって、前記磁気記録媒体(磁気ディスク)のような、磁性細線をトラックとして多数のデータを連続して記録される磁気記録媒体に限らず、「0」、「1」のデータを磁化方向として2以上記録する、すなわち2以上の磁区が形成され、これを細線方向に所望の距離を移動させる磁性細線全般に高飽和磁化領域を利用することができる。以下、磁性細線を適用した光変調素子について説明する。
【0100】
[光変調素子、空間光変調器]
本発明に係る光変調素子を画素として適用した空間光変調器を図9に示し、さらにこの空間光変調器を用いた表示装置を図10に示す。なお、本実施形態における平面(上面)は、空間光変調器の光の入射面である。また、図9においては、磁性細線の平面視形状および磁化方向を示すため、上部電極の一部を切り欠いて表す。
【0101】
空間光変調器1Bは、図9に示すように、基板7B上に、画素として光変調素子2Bを2次元アレイ状に配列してなる画素アレイ50Bと、画素アレイ50Bから1以上の画素を選択して駆動する電流制御部30Bと、を備える。なお、本明細書における画素とは、空間光変調器による表示の最小単位での情報(明/暗)を提示する手段を指す。
【0102】
図9に示すように、画素アレイ50Bは、一例として、4行×4列の16個の画素(光変調素子2B)を備える構成として示し、平面視で行(横)方向に延設された4本のストライプ状の上部電極62Bと、同じくストライプ状で、平面視で上部電極62Bと直交するように列(縦)方向に延設された4本の下部電極61Bと、を備え、上部電極62Bと下部電極61Bとの交点毎に1つの画素すなわち光変調素子2Bを備える。したがって、画素アレイ50Bにおいて、行方向に配列された4個の光変調素子2Bが1本の上部電極62Bを共有し、列方向に配列された4個の光変調素子2Bが1本の下部電極61Bを共有する構造となっている。また、上部電極62Bと下部電極61Bは、適宜、両者をまとめて電極61B,62Bと称する。
【0103】
それぞれの画素(光変調素子2B)は、下部電極61Bと上部電極62Bとの隙間に、細線状に形成された磁性体(以下、磁性細線)5Bを備え、この磁性細線5Bの一端近傍の下面に下部電極61Bが接続され、他端近傍の上面に上部電極62Bが接続されている。したがって、光変調素子2Bは、磁性細線5Bと、その両端に接続された画素毎に異なる組み合わせの上部電極62Bと下部電極61Bとを備える。また、画素アレイ50Bにおける隙間、すなわち上部電極62B,62B間、下部電極61B,61B間、および磁性細線5B,5B間は絶縁層8で埋められている。光変調素子2Bの大きさ(ピッチ、いわゆる画素サイズ)は、空間光変調器1Bが例えば後記の表示装置(図10参照)に使用される際の画素アレイ50Bに照射する光学系10Bからの光(入射光)の波長にもよるが、200nm程度以上とすることが好ましく、かつ1mm以下とすることが好ましい。
【0104】
図9に示すように、電流制御部30Bは、下部電極61Bを選択する下部電極選択部31と、上部電極62Bを選択する上部電極選択部32と、これらの電極選択部31,32を制御する画素選択部40Bと、電極61B,62Bに電流を供給する電源33と、を備える。これらはそれぞれ公知のものを適用でき、光変調素子2Bに適正な電圧・電流を供給するものとする。
【0105】
下部電極選択部31は下部電極61Bの1つ以上を選択し、上部電極選択部32は上部電極62Bの1つ以上を選択し、それぞれに電源33から所定の電流を供給させる。画素選択部40Bは、例えば図示しない外部からの信号に基づいて画素アレイ50Bの特定の1つ以上の画素(光変調素子2B)を選択し、選択した光変調素子2Bに接続する電極61B,62Bを電極選択部31,32に選択させる。電源33は、選択した光変調素子2Bにおける磁性細線5Bに一方向またはその反対方向の一方の向きに電流を供給する。このような構成により、特定の画素すなわち光変調素子2Bが選択され、この光変調素子2Bの磁性細線5Bに電流が供給されて後記の動作を行う。
【0106】
(磁性細線)
磁性細線5Bは、公知の磁気光学材料を適用でき、本発明に係る磁気記録媒体(磁気ディスク)50の磁性細線5と同様に垂直磁気異方性材料でもよいし、面内磁気異方性材料でもよい。空間光変調器1Bにおいては、磁性細線5Bは面内磁気異方性材料からなる。磁性細線5Bの幅は、100μm以下とすることが好ましく、入射光の波長等にもよるが、100nm以上とすることが好ましい。また、磁性細線5Bの厚さ(膜厚)は10nm〜2μmの範囲が好ましい。磁性細線5Bの細線方向長さは、厚さおよび幅に対して十分に長いものとし、また光変調素子2Bの大きさに対応して設定し、200nm〜500μm程度の範囲とすることが好ましい。また、隣り合う磁性細線5B,5B同士の間隔は40nm以上が好ましい。なお、図9に示すように、本実施形態においては、磁性細線5Bは、細線方向を画素アレイ50Bの対角線に平行な方向に、すなわち平面視で45°傾斜させているが、これに限らない。また、磁性細線5Bの平面視形状は、直線状(細長い長方形)としているが、これに限らず、後記する磁壁DWの移動の妨げとならない範囲であれば、円弧等の曲線状に形成してもよい。
【0107】
本実施形態において、磁性細線5Bは、細線方向における中央部が光の入射する領域であり、この領域を磁気ディスク50の磁性細線5と同様に再生領域5r(図10参照)とし、その長さは200nm程度以上とすることが好ましい。再生領域5rは、磁性細線5Bにおいて両端部近傍を除く細線方向に区切られた所定の領域に設定される。そして、磁性細線5Bは、再生領域5rの細線方向における両側に、相対的に飽和磁化の高い高Ms領域(高飽和磁化領域)5s1,5s2をイオン注入にて形成される。高Ms領域5s1,5s2の飽和磁化および細線方向長さについては、磁気ディスク50の磁性細線5における高Ms領域5sと同様であるので説明を省略する。高Ms領域5s1,5s2の磁性細線5Bにおける位置は、磁性細線5Bのそれぞれの端から磁性細線5Bの全長の5〜40%、高Ms領域5s1,5s2の間隔は同全長の30〜90%とすることが好ましく、高Ms領域5s1,5s2間に再生領域5rが設定される。2つの高Ms領域5s1,5s2の磁性細線5Bのそれぞれの端からの距離は均等でなくてもよい。さらに、高Ms領域5s1,5s2の一方だけが、磁性細線5Bの再生領域5rの片側に形成されてもよい。
【0108】
電極61B,62Bは、磁気ディスク50の磁性細線5に接続された電極61,62と同様に、磁性細線5Bの両端に接続される一対の電極であり、当該磁性細線5Bにその細線方向に電流制御部30B(電源33)からの電流を供給する。電極61B,62Bは、一般的な金属電極材料を適用でき、基板7B上にスパッタリング法等により成膜、フォトリソグラフィ等によりストライプ状に成形される。その厚さおよび幅は、材料や供給する電圧・電流等によって設定されるが、好ましくは厚さ10nm〜5μm、幅20nm〜500μmである。また、上部電極62Bおよび下部電極61Bの各ピッチ(配線ピッチ)は前記の画素サイズに対応する。
【0109】
基板7Bは、磁気ディスク50の基板7と同様に、公知の基板材料を適用できる。また、絶縁層8についても公知の絶縁材料を適用でき、具体的には、磁性細線5Bに入射する光を透過するようなSiO2やAl23等の透明な絶縁材料が挙げられる。
【0110】
次に、本発明に係る光変調素子(空間光変調器の画素アレイ)の製造方法について、その一例を説明する。
まず、下部電極61Bを形成する。基板7Bの表面に、金属電極材料をスパッタリング法により成膜、フォトリソグラフィ等によりストライプ状に成形する。そして、絶縁層8を成膜して下部電極61B,61B間に堆積させる。
【0111】
次に、磁性細線5Bを形成する。下部電極61Bを形成した基板7Bの表面に、磁気光学材料をスパッタリング法により成膜、フォトリソグラフィおよびイオンミリング(イオンエッチング)により画素毎に1本の細線状に成形する。または、下部電極61Bを形成した基板7Bの表面に、磁性細線5Bのネガパターンのレジストマスクを形成した後、その上から磁気光学材料を成膜して、レジストマスクと共にその上の強磁性材料を除去してもよい(リフトオフ)。そして、磁気ディスク50の製造方法と同様に、イオン照射により磁性細線5Bに高Ms領域5s1,5s2を形成する。磁性細線5B,5B間に絶縁層8を成膜して堆積させる。なお、磁性細線5Bへの高Ms領域5s1,5s2の形成(イオン照射)は、磁性細線5Bの上に上部電極62Bや絶縁層8が形成される前であればよい。また、イオン照射の方法は、磁気ディスク50の製造方法と同様である。
【0112】
そして、上部電極62Bを形成する。磁性細線5Bを形成した基板7Bの表面に、下部電極61Bと同様に、金属電極材料をスパッタリング法により成膜、フォトリソグラフィ等によりストライプ状に成形する。最後に、絶縁層8を成膜して上部電極62B,62B間および表面に堆積させて画素アレイ50Bとする。
【0113】
次に、本発明に係る光変調素子の動作を、図10を参照して説明する。本実施形態においては、光変調素子2B(2B0,2B1)の磁性細線5Bは面内磁気異方性材料からなるため、その磁化方向は細線方向に沿ったものとなり、図10において右向きの磁化の磁区D1と左向きの磁化の磁区D0との2つの磁区が、磁壁DWを挟んで細線方向に並んで存在する。図10においては磁性細線5Bへの電流供給は停止した状態であり、図10の左側の光変調素子2B0では高Ms領域5s1に、右側の光変調素子2B1では高Ms領域5s2に、それぞれ磁壁DWが係止されている。したがって、光変調素子2B0,2B1それぞれの磁性細線5Bの再生領域5rにおいては、光変調素子2B0では磁区D0が存在するので左向きの磁化を示し、光変調素子2B1では磁区D1が存在するので右向きの磁化を示す。
【0114】
この状態の光変調素子2B0に、電極61B,62Bにて、磁性細線5Bに電流を左方向に供給する。詳しくは、電流制御部30Bにて、下部電極61Bを「−」、上部電極62Bを「+」とすることで、電極62Bから電極61Bへ電流を供給する。すると、磁気ディスク50の磁性細線5における磁壁のシフト移動(図6参照)と同様に、電流の向きと反対方向の右へ磁壁DWが移動する。磁性細線5Bにおいては、2つの磁区D1,D0とその間の1つの磁壁DWのみが形成されているので、磁壁DWの移動に伴い、その左側の磁区D1が伸長し、右側の磁区D0が収縮する。電流密度や供給時間により、磁壁DWを、高Ms領域5s1,5s2間の長さの距離を移動させて電流を停止すると、磁壁DWは高Ms領域5s2で係止された、光変調素子2B1の状態となり、磁壁DWの左側の磁区D1が再生領域5rにまで拡張する。これは、磁性細線5Bの再生領域5rにおいて、磁区D0から磁区D1に入れ替わり、磁化が右向きへ反転したことと同じ動作を生じる。反対に、光変調素子2B1について、下部電極61Bを「+」、上部電極62Bを「−」として、磁性細線5Bに電流を右方向に供給すると、左へ磁壁DWが移動して、光変調素子2B0の状態となり、再生領域5rにおいては磁化が左向きへ反転する。
【0115】
このように、特定の画素(光変調素子2B)について、電極61B,62Bから向きを変えて電流を供給することにより、磁性細線5Bの再生領域5rにおける磁化方向を所望の向きとすることができる。電流は、磁気ディスク50のデータ再生と同様にパルス電流が好適であり、磁壁DWを高Ms領域5s1,5s2間の距離を移動させるパルス幅に設定する。もちろん、2回以上の電流供給(2クロック以上)で高Ms領域5s1,5s2間を移動させてもよい。そして、本発明に係る磁気ディスク50の磁性細線5と同様に、磁性細線5Bに高Ms領域5s1,5s2を設けたことにより、磁壁DWの移動ズレがなく、電流の停止時には再生領域5rに磁区D0,D1の一方のみが存在する。このような光変調素子2Bに1つの偏光成分の光(図10の入射偏光)が入射すると、旋光して別の一様の偏光成分の光(出射偏光)として出射するため、安定した光変調動作が得られる。
【0116】
次に、本発明に係る光変調素子を画素として適用した空間光変調器の動作を、この空間光変調器を用いた表示装置として、図10を参照して説明する。電極61B,62Bは、前記の通り、電流制御部30Bに接続される。また、空間光変調器1Bの画素アレイ50Bの上方には、画素アレイ50Bに向けて光を照射する光学系10Bと、光学系10Bから照射された光を画素アレイ50Bに入射する前に1つの偏光成分の光の入射偏光とする偏光子PFiと、画素アレイ50Bで反射して出射した光から特定の向きの偏光のみを透過する偏光子PFoと、偏光子PFoを透過した光を検出する検出部20Bとが配置される。光学系10Bは、図2に示す磁気再生装置1の光学系10と同様に、光源であるレーザー照射装置11と、このレーザー照射装置11から照射されたレーザー光を画素アレイ50Bへの照射領域(すべての光変調素子2B)に合わせたスポット径の平行光とするレンズ群12とを備える。また、画素アレイ50Bには平行光を照射するため、対物レンズ15は備えない。検出部20Bは、スクリーン等の画像表示手段やカメラ等の撮像装置である。
【0117】
光学系10Bから照射されて偏光子PFiを透過した入射偏光は、図10に示すように、所定の入射角で画素アレイ50Bに入射する。入射偏光は上部電極62B,62B間を通って(絶縁層8を透過して)磁性細線5Bで反射し、出射偏光となって、再び上部電極62B,62B間を通って画素アレイ50Bから出射し、偏光子PFoに到達する。偏光子PFoは、入射偏光に対して所定の角度で旋光した偏光を遮光し、偏光子PFoを透過した出射偏光が検出部20Bに照射される。
【0118】
入射偏光は磁性細線5Bで反射したとき、磁気光学カー効果により、当該磁性細線5Bの再生領域5rにおける磁化方向に対応した向きの、−θkまたは+θkの角度で旋光する。偏光子PFoは、入射偏光に対して+θk旋光した光を遮光するものとする。そのため、右向きの磁化の磁性細線5Bで反射した、図10の右側の光変調素子2B1からの出射偏光は、偏光子PFoで遮光される。一方、図10の左側の光変調素子2B0からの出射偏光は、偏光子PFoを透過して検出部20Bに照射される。したがって、図10の左側の画素(光変調素子2B0)は明るく(白く)、右側の画素(光変調素子2B1)は暗く(黒く)、検出部20Bに表示される。前記したように、画素アレイ50Bにおける光変調素子2Bのそれぞれは、電極61B,62Bにて供給される電流の向きに対応して磁性細線5Bの再生領域5rにおいて磁化方向を右向き/左向きに反転させることができるので、画素毎に明/暗(白/黒)を切り分けられ、電流の向きを切り換えれば明/暗が切り換わる。なお、空間光変調器1Bの初期状態として、画素アレイ50Bにおける全画素を例えば明状態(白表示)に揃えるためには、画素アレイ50Bに適切な強さかつ向きの一様な外部磁界を印加することで、すべての光変調素子2Bの磁性細線5Bについて、1つの磁壁DWを生成して高Ms領域5s1に係止させればよい。
【0119】
また、旋光角−θk,+θk(|θk|)を大きくする、すなわち磁性細線5Bの磁気光学効果(カー効果)を大きくするために、入射偏光は、磁性細線5Bの入射領域5rにおける磁化方向により平行に近い方向に沿って入射されることが好ましい。本実施形態に係る空間光変調器1Bにおいては、磁性細線5Bの入射領域5rにおける磁化方向は磁性細線5Bの細線方向であり、図9に示すように画素アレイ50Bの対角線方向である。ただし、入射方向は磁化方向と平行に近付き過ぎるとそれぞれの磁性細線5Bの入射領域5rに光が入射することが困難となるので、入射角が80°程度以内となるように、磁性細線5Bの細線方向に対して10°〜60°程度の角度の方向とすることが好ましい。したがって、本実施形態に係る空間光変調器10においては、入射角30°〜80°程度の範囲となるように入射偏光の入射方向を傾斜させるため、図10に示すように、入射偏光および出射偏光のそれぞれの光路に合わせて、光学系10Bや偏光子PFi,PFo等が配置される。
【0120】
なお、光変調素子2Bは、図10においては、上方から入射した光が磁性細線5Bで反射して、再び上方へ光が出射する反射型の空間光変調器1Bの画素としているが、これに限らず、磁性細線5Bを透過性の高い磁気光学材料で形成して、光を透過させてファラデー効果により旋光させる光変調素子としてもよい。このような光変調素子は、ガラス、SiO2、Al23、MgO等の透明な基板上に配置して、透過型の空間光変調器とすることができる(図示せず)。このような空間光変調器については、その下方に偏光子PFoおよび検出部20Bを配置して表示装置とする。
【0121】
(変形例)
本発明に係る別の光変調素子を画素として適用した変形例に係る空間光変調器について、図11を参照して説明する。本変形例に係る空間光変調器1Cは、磁性細線5C以外は空間光変調器1B(図10参照)と同様の構成であり、同一の要素については同じ符号を付し、説明を省略する。磁性細線5Cは垂直磁気異方性材料からなり、画素アレイ50Cの平面視形状は、磁性細線5Cの磁化方向以外は図9に示す画素アレイ50Bと同じである。
【0122】
図11に示すように、磁性細線5Cの磁化方向は上向き(磁区D1)または下向き(磁区D0)であり、電流の供給による磁壁DWの移動およびそれに伴う磁区D1,D0の伸長、収縮は、面内磁気異方性材料からなる磁性細線5Bと同様であり(図10参照)、入射領域5rにおいて磁化方向を下向きまたは上向きのいずれか所望の方向へ磁化反転させることができる。
【0123】
磁性細線5Cは、細線方向中央部の入射領域5rを内包する領域(図11では入射領域5rとほぼ同じ領域)に、イオン注入されることにより低Ms領域5eを形成されている。言い換えると、磁性細線5Cは、入射領域5rの両外側から端部までに高Ms領域5s1,5s2が形成されている(図11の左側の光変調素子2C(2C0)参照)。磁性細線5Cに低Ms領域5eを設けたことにより、磁壁DWが電流供給による移動のズレにより低Ms領域5eの内外の界面辺りに到達した場合、電流の停止時に低Ms領域5eの外へ自発的に移動してから静止する。したがって、電流の停止時には再生領域5rに磁壁DWがなく、磁区D0,D1の一方のみが存在する。このような磁性細線5Cを備える画素アレイ50Cの製造においては、各光変調素子2C(画素)の磁性細線5Cの中央部の1箇所を空けたマスクを形成してイオン照射を行えばよく、マスク形状を簡素化できる。
【0124】
空間光変調器1Cにおいては、図11に示すように、磁性細線5Cの磁化方向に平行にすなわち画素アレイ50C(画素アレイ50Cの面内方向)に垂直に近付けて光(入射偏光)を入射することで、磁気光学効果を大きくすることができ、入射偏光の入射角を30°程度以内とすることが好ましい。なお、図11においては省略するが、図10に示す空間光変調器1Bと同様に、空間光変調器1Cを用いた表示装置においては、光学系10Bおよび偏光子PFiを画素アレイ50Cの上方に配置する。
【0125】
さらに、空間光変調器1Cは、画素アレイ50Cに垂直に入射偏光を入射することで、磁気光学効果が最大となるため、画素アレイ50Cの直上に光学系10Bおよび偏光子PFiを配置して、入射偏光が入射角0°で入射されることが最も好ましい。このような構成の表示装置においては、画素アレイ50Cで反射して出射した光(出射偏光)が入射偏光と同一の光路となるため、偏光子PFiと画素アレイ50Cとの間に画素アレイ50Cに対して45°傾斜させたハーフミラーをさらに配置する。したがって、偏光子PFoおよび検出部20Bは、ハーフミラーの側方に配置される(以上、図示省略)。
【0126】
以上のように、本発明に係る光変調素子は、イオン注入により磁性細線に局所的に飽和磁化の高い領域を形成することにより、当該領域が、磁性細線の括れ(図3(b)参照)と同じ磁壁を係止する効果を有し、光を入射する所定の領域に的確に所望の磁化方向とすることができ、光変調動作が安定する。さらに、磁性細線を加工してなる括れと異なり、表面で光が乱反射して光の取り出し効率が損なわれることがない。
【0127】
以上、本発明に係る磁気記録媒体、その磁気再生装置および磁気再生方法、ならびに光変調素子を実施するための形態について述べてきたが、本発明はこれらの実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能である。
【符号の説明】
【0128】
1 磁気再生装置
10 光学系(照射手段)
1B,1C 空間光変調器
20 検出部(光検出手段)
20A 検出部(磁気検出手段)
2B,2C 光変調素子
30 電流供給部(電流供給手段)
40 制御部(選択手段、データ再生手段)
50 磁気ディスク(磁気記録媒体)
50B,50C 画素アレイ
5 磁性細線(トラック)
5s 高Ms領域(高飽和磁化領域)
5e 低Ms領域
5r 再生領域
5w 記録領域
5B,5C 磁性細線
5s1,5s2 高Ms領域(高飽和磁化領域)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に磁性体を細線状に形成してなる1以上の磁性細線を備えて、前記磁性細線に2値のデータを異なる2方向の磁化のいずれかとして当該磁性細線の細線方向に連続して記録され、前記磁性細線の一端から他端へパルス電流を細線方向に供給されることにより、当該磁性細線において、前記2値の一方のデータを記録されて形成した磁区と前記2値の他方のデータを記録されて形成した磁区との間に生成している磁壁が細線方向に断続的に移動する磁気記録媒体であって、
前記磁性細線は、前記パルス電流における電流停止時に前記磁壁を到達させる領域として、細線方向に区切られた領域に高飽和磁化領域を備え、
前記磁性細線は、前記高飽和磁化領域以外にイオンを注入されたことにより、前記高飽和磁化領域の飽和磁化を相対的に高くして予め形成されたことを特徴とする磁気記録媒体。
【請求項2】
前記基板が円盤形状であり、前記磁性細線が平面視において、円環の一部を欠いた形状で前記基板上にその外形と同心円状に形成されていることを特徴とする請求項1に記載の磁気記録媒体。
【請求項3】
前記磁性細線が磁気光学材料からなる請求項1または請求項2に記載の磁気記録媒体。
【請求項4】
請求項1または請求項2に記載の磁気記録媒体に記録されている2値のデータを再生する磁気再生装置であって、
前記磁気記録媒体から1以上の磁性細線を選択する選択手段と、
前記選択手段が選択した磁性細線に、当該磁性細線の両端に接続して、当該磁性細線に生成している磁壁を断続的に移動させるパルス電流をその細線方向に供給する電流供給手段と、
前記選択手段が選択した磁性細線において、磁化方向を検出するための予め指定された位置の領域における磁化方向を検出する磁気検出手段と、
前記電流供給手段が供給するパルス電流に同期して、前記パルス電流における電流停止時に前記磁気検出手段が検出した磁化方向を、データとして再生するデータ再生手段と、を備えることを特徴とする磁気再生装置。
【請求項5】
請求項3に記載の磁気記録媒体に記録されている2値のデータを再生する磁気再生装置であって、
前記磁気記録媒体から1以上の磁性細線を選択する選択手段と、
前記選択手段が選択した磁性細線に、当該磁性細線の両端に接続して、当該磁性細線に生成している磁壁を断続的に移動させるパルス電流をその細線方向に供給する電流供給手段と、
前記選択手段が選択した磁性細線において、磁化方向を検出するための予め指定された位置の領域に、光を入射させる照射手段と、
前記照射手段から入射して前記磁性細線から出射した光の偏光の向きを検出する光検出手段と、
前記電流供給手段が供給するパルス電流に同期して、前記パルス電流における電流停止時に前記光検出手段が検出した光の偏光の向きを、データとして再生するデータ再生手段と、を備えることを特徴とする磁気再生装置。
【請求項6】
請求項1または請求項2に記載の磁気記録媒体に記録されている2値のデータを再生する磁気再生方法であって、
前記磁気記録媒体から1以上の磁性細線を選択する選択工程と、
前記磁気記録媒体の前記選択した磁性細線に記録されているデータを再生する再生工程と、を行い、
前記再生工程は、前記磁性細線に、当該磁性細線に生成している磁壁を断続的に移動させるパルス電流を、その細線方向に供給する電流供給処理と、
前記磁性細線の磁化方向を検出するための予め指定された位置の領域における磁化方向を検出する磁気検出処理と、
前記電流供給処理にて供給されるパルス電流に同期して、前記パルス電流における電流停止時に前記磁気検出処理にて検出した磁化方向を、データとして再生するデータ再生処理と、を行うことを特徴とする磁気再生方法。
【請求項7】
請求項3に記載の磁気記録媒体に記録されている2値のデータを再生する磁気再生方法であって、
前記磁気記録媒体から1以上の磁性細線を選択する選択工程と、
前記磁気記録媒体の前記選択した磁性細線に記録されているデータを再生する再生工程と、を行い、
前記再生工程は、前記磁性細線に、当該磁性細線に生成している磁壁を断続的に移動させるパルス電流を、その細線方向に供給する電流供給処理と、
前記磁性細線の磁化方向を検出するための予め指定された位置の領域に、光を入射させる照射処理と、
前記照射処理にて入射して前記磁性細線から出射した光の偏光の向きを検出する光検出処理と、
前記電流供給処理にて供給されるパルス電流に同期して、前記パルス電流における電流停止時に前記光検出処理にて検出した光の偏光の向きをデータとして再生するデータ再生処理と、を行うことを特徴とする磁気再生方法。
【請求項8】
基板上に磁気光学材料を細線状に形成してなる磁性細線と、この磁性細線の両端に接続された一対の電極とを備え、前記磁性細線に入射した光の偏光の向きを変化させて出射する光変調素子において、前記磁性細線は細線方向に連続して2以上の磁区が形成されており、前記一対の電極を介して電流を細線方向に供給されることにより、隣り合う2つの磁区の間に生成している磁壁が細線方向に移動して、前記光が入射する、細線方向に区切られた領域である入射領域に前記2つの磁区の一方を選択的に到達させるものであり、
前記磁性細線は、前記電流の停止時に前記磁壁を到達させる領域として、前記入射領域外に、細線方向に区切られた高飽和磁化領域を備え、
前記磁性細線は、前記高飽和磁化領域以外にイオンを注入されたことにより、前記高飽和磁化領域の飽和磁化を相対的に高くして予め形成されたことを特徴とする光変調素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2012−84206(P2012−84206A)
【公開日】平成24年4月26日(2012.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−230886(P2010−230886)
【出願日】平成22年10月13日(2010.10.13)
【出願人】(000004352)日本放送協会 (2,206)
【Fターム(参考)】